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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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636.魔女の弟子と星魔剣を添えて


大冒険祭予選の内容はレッドゴブリ十匹の討伐だった、これはレッドゴブリンを倒せるかどうかではなく早い物勝ちの勝負だ、故にエリス達は西のチデンス渓流へと向かう。


それが予選、そして今その予選の開始の合図がなされた。ならやるべきことはなんだ?決まってる、ライバルを蹴落とす事…自分がたとえ百番目に遅く目的地に到達するとしても、上の九十九人を消して終えば一番になれるから。


だから芽を積む意味合いでも…このスタート地点で周囲の全てに出来る限りの損害を与えるんだ。故にこのサイディリアル近郊の平原は今…戦場となる。


「いけぇーっ!全員ぶっ飛ばして道を作れッッ!!」


「ゔぉぉーーー!!退け退けーッ!」


「『フレイムインパクト』ッ!雑魚はここでリタイアしていろ!」


スタートの合図と共に始まった『妨害』の応酬。これは冒険者の祭りだ、細かいルールも眠たい規則もない、なんなら殺しだってOKだ…まぁ咎められはするが、だが飽くまでそれだけ。


求められるのは勝利だけ、だから周囲の参加者を出来る限り脱落させる為暴れ出したんだ。


「う、うわぁああ!なんなんだこれ!」


「ぜ、全員が一斉に妨害してくるなんて…これじゃスタートなんか出来な…ぐぁあ!?」


まずここで、経験の浅い冒険者が全員脱落する。レッドゴブリンを見つける早い物勝ちのレースだと誤認しロケットスタートを決めようと馬車に乗り込んでいた連中は纏めて吹き飛ばされここで落ちる。


この予選は早い物勝ちのレースじゃない。よりクレバーにより合理的に、そしてそれを実行に移せる実力を兼ね備えた者が勝つ耐久戦なのだ。その本質を見逃した奴が勝てるわけがないのだ。


『消えろーっ!テメェ前から気に入らなかったんだよ!』


『爆弾だ爆弾!今ここで使え!纏めて蹴散らすぞ!』


『字持ちの俺がお前らに負けるかぁ!』


「おーおー、やってんなぁ…」


「楽しそーだね、ラグナ」


「ラグナはこういうの好きですからね」


そしてここに一組、優勝を狙うチームが一つ。魔女の弟子達で構成されたチームもまた混戦の中にあった。


馬車の上に立つのはラグナとデティとエリスの三人…ラグナが選んだ『戦闘員』だ。三人は既に戦闘態勢を取り、戦いに備える。


「ラグナ、防壁の展開は終わってる。いつでもいいよ」


「馬車とジャーニーは私達が守る、存分にやれ」


「おう、頼むぜネレイド…メルクさん」


パキポキと音を鳴らして拳を作り、籠手を嵌めて息を整え、ボタンを外し襟元を緩める。馬車はネレイドさんが展開している『鉄壁防壁』で守ってくれている、好きにやれと彼女は言ってくれる。


ならばやろうか、大冒険祭にエリス達が参加したと言うその事実を…ここで刻みつけてやる。


「盛大に行きます…魔力覚醒ッ!」


拳を握り、爆発するように魔力を増幅させ、顕現させる。光り輝く魔力の波動が周囲の冒険者達の視線を集める。さぁ盛大にやるぞ…。


「『ゼナ・デュナミス』ッ!」


「『デティフローア・ガルドラボーク』…」


「「拳神一如之極意』!」


『な、なんだあれ…姿が変わった…?』


『まさか魔力覚醒!?覚醒者三人って…何処のクラン所属だ!?』


『ありえねぇだろ在野のチームに覚醒者複数って!?』


エリス、デティ、ラグナの三人の覚醒が並び立ち壮絶な魔力の奔流が吹き荒れる。冒険者達にとって覚醒とは四ツ字冒険者の代名詞であり、四ツ字冒険者とは協会の中でも最上位の使い手やクランマスターしか使えない絶技。それを三人が一斉に使ったんだ…そりゃ慄きもするだろう。


新米冒険者達に至っては覚醒の存在すら知らない奴もいる、だが悪いね…エリス、手加減とかするつもりないんで。


「エリス、デティ、向かうは西の渓流だ。そこに向かうまでのライバルは少ない方がいい!だから…」


「出来るだけ多く潰せってんでしょう!分かってますよ!ラグナ!」


「なんだが弱い者いじめしてるみたいで気が引けるけど…そう言うのも折り合いで参加してるんだろうし、割り切ろうか、お互いさ」


燃え上がる炎のようなオーラを纏うラグナは先陣を切り走り出し、魔力の化身となり身長がグンと伸びたデティがヒラリと大地に降り立ち…エリスもまた空中で一回転し、着地と同時に敵を見据える。


「冥王乱舞…点火!」


「く、来るぞ!覚醒者がッ!!」


目の前で繰り広げられる乱闘に狙いを定め、肘から紫炎を吹き出し…一気に加速し空を飛び。エリスの姿が一線に見えるほどの速度で音を切り裂き、放つ。


「『星線』ッ!!」


「ぐぎゃあああああ!?!?!?」


一気に飛ぶと共に飛び蹴りを放てば人が紙吹雪のように舞い上がり一撃で何十人と吹き飛び大地が抉れ天に上がる程の爆発が発生する。


まさしく災害の一撃、大地を揺らすエリスの一撃に一気に周りの冒険者達の視線がエリスに注がれる。


「アイツ…なんだアイツ!危険すぎるだろ!」


「一時休戦だ!アイツを片付けるんだ!」


「いや覚醒者の相手なんてしてられねぇ!お前らアレの恐ろしさをしらねぇんだ!」


戦々恐々、恐れを知らないものはエリスに向かい、知る者は一斉に逃げ出す…対するエリスは大きく息を吸い己の中の魔力に意識を向ける。今の一撃を放って思ったんだ…。


(まずい、火力が高過ぎる…)


最近強い奴らとしか戦ってなかったから気が付かなかった、冥王乱舞を手に入れた事によりエリスの力は隔絶の域に入ってしまっている事に。こんな物覚醒もしてない一般的な冒険者に向けられない…殺しかねない。エリスは別にこの場を殺戮会場にしたいわけじゃないんだ。


(そっか、師匠が無闇矢鱈に全力を出さなかったのは…こう言うことか)


自分の力の自覚、エリスは今その段階に入ったのだ。同時にやはり尊敬するよ…師匠、貴方はエリスはなんかとは比較にならない実力を持っていたのに、エリスとの組み手ではその片鱗さえ見せなかった、あなたはどれだけ手加減が上手いんだ。


「このクソアマァッ!!」


「………」


瞬間、背後から迫る剣士の一撃を防壁で受け止め…チラリと剣士の方に視線を向ける。


「な、なんだこれ!?触れてないのに防がれた!?」


「この場にいる人達全員に謝っておきます」


「え?」


「エリス、今手加減練習中なので…大怪我させたらごめんなさい」


「は?─────ぶげぇっ!?」


そして殴り飛ばす、冥王乱舞を使いその上で威力を抑え殴ったつもりが剣士の姿は遥か彼方まで吹き飛んでいく。ダメか…違うのかな。


「丁度いいです、エリス手加減の練習がしたいので…相手になってください」


「な、何言ってんだアイツ、あんなことしておきながら手加減?」


「頭おかしいのかアイツ…」


「じゃあ行きます!冥王乱舞!」


「ちょっ!?手加減するならそれやめろッッ!」


冥王乱舞はフルスロットル、その上で殺さない程度の火力。大丈夫、相手は山ほどいる…手加減が必要な雑魚がワラワラと。だったらここで上手い具合に練習していこうとエリスは両手に魔力の球を集め──。


「『大魔道』ッッ!!」


「手加減は!?」


地面に叩き込む魔力の弾は炸裂と共に空気を押し出し圧縮させ、圧縮熱による爆裂を生み出し当たり一面を吹き飛ばす。


結果は言うまでもない、惨憺たる結果だ。…まぁ、殺してないからよし。





「エリスちゃん暴れてるなぁ…」


一方同じく飛び出したデティフローアは、つい最近解禁した魔力覚醒『デティフローア=ガルドラボーク』を遺憾無く使用し、…一騎当千の活躍をしていた。


「死ねやぁぁ!」


「殺すのはダメでしょ?」


咄嗟に飛びかかってきた戦士の斧がデティフローアの首元を狙うが、刃はデティフローアを捉えずスルリと空を切る。回避された?違う、デティフローアの首が刃が触れる寸前に消失し空振りに終わったのだ。


「な…当たらねえ…!?」


そう、当たらない。覚醒中のデティフローアは肉体が魔力で構成されている。肉そのものがなくなっているのだ、魔力とはそもそも物理的干渉能力がない、故にその密度を下げる事により攻撃そのものを無効化することが出来る。


「悪いけど、対等な勝負をするもつもりはないよ。嫌だったら道を開けて…いやごめん、自分で開けるからいいや」


「ヒッ…」


そしてデティは指先を冒険者達に向け…。


「『アルテマライトシャワー』」


放つ、光系魔術と誘導系魔術を数十近く合わせた一条の光の柱。それは天へと昇り空に漂う雲の中へと消えていく…それを呆然と眺める冒険者達は、あることに気がつく。


「なんだあれ」


「…雨……?」


雲から何かが飛び出して来た。それは地上目掛け飛んでくるんだ…光の粒が天から地に向けて、一体何が起こるのか警戒する冒険者達は目を凝しそれらを見ると。


「ま、待て!あれ…メチャクチャデカいぞ!?」


「やばい!逃げろッ!」


分かる、見えてようやく分かる。降り注いできたのは巨大な光弾…雨なんてサイズじゃない、流星群のようなそれが辺り一帯を明るく照らし容赦なく降り注ぎ地形を変えるほどの大現象が発生する。


「ぐぎゃぁっ!?」


「に、逃げきれない!大きすぎる!」


家屋一つ分より大きな光弾の雨、それは周辺を吹き飛ばしながらもなお続く。最早逃げ場などなく瞬く間に周囲の冒険者は吹き飛んでいく。これをただ軽く指を振っただけで発生させる…そのあまりの魔力の大きさに恐れを知る冒険者達は戦慄する。


「異常だろ…あれ」


「ッ!来るぞ!」


そしてデティは流星群の中を腰に手を当てて悠然と歩き出す。その間もデティフローアの髪が光線へと変化し無数の光鞭となり彼女自身が手を下すまでもなくただ歩くだけで冒険者達が吹き飛び、一人、また一人と瞬きの間に片付けられていく。


「異常すぎる…なんなんだこいつら!リーベルタースでも北辰烈技會でもないって!」


「在野にこんな強いのがいてたまるかよ!」


「ダメだー!撤退だー!戦闘はやめて移動を────」


「『熱拳龍垓』ッッ!!」


「んなぁっ!?」


デティとエリスから逃げようと動き出した冒険者達、それは血気盛んなだけの若者とは異なり経験を知り恐れを知る実力者だ。こう言うのは逃すと後の過言になる。故に狙ったのは…ラグナだ。


放たれたのは魔力衝撃と共に打ち出されたラグナの拳撃。それが逃げ出した冒険者達を薙ぎ払うように爆発し纏めて吹き飛ばすのだ。


「やりぃ、命中命中」


振り抜いた拳を引きながら自身の前に広がる破壊の跡を見て満足そうに笑うラグナ。腕を組みエリスとデティの戦いぶりを見る。


超殲滅特化型のエリスと超射程距離のデティ、この二人を敵陣に放り込んで大暴れさせ、怖気付いたところを俺が潰す。二人は爆薬、俺は蓋の役割だ。これが最も効率の良い殲滅戦のやり方…ただ。


「面白くはねぇな」


ラグナは不満げにため息を吐く。殲滅力だと純粋な魔術師であるエリスとデティには劣る、とは言え…俺だって思いっきりやりてぇ〜!


「テメェこの野郎!よくもやってくれたなっ!」


「お?俺んとこ来てくれる?マジ?やりぃ!」


しかしそれで済まないのがこの乱闘、ラグナが目立てばそれを倒そうと突っかかる奴は次々と現れる。来るってんなら、まぁ…やりますとも。


「フッ!」


「ごはぁっ!?」


迫ってきた槍を軽く手で流しそのまま裏拳を突き出し迫る冒険者の顎を砕き引き倒し、次々と迫る冒険者を前に魔力も使わず立ち回る。


「やっぱいいなぁ!鉄火場は!」


蹴りを振るい、拳を突き、胸ぐらを掴み投げ飛ばし笑う。やっぱりこう言う立ち回りの方が似合ってるわ、俺。


「さぁエリス!デティ!ぶちかますぞぉ!」


「はい!」


「任せてー!」


そして暴れる、暴れる事を目的として暴れる。スタートから十分…サイディリアル西地区にて膨大な数の脱落者が出たことは言うまでもない。


……………………………………………


「ヤベェ、完全にイかれてる」


ステュクスはただ茫然と目の前で繰り広げられる蹂躙を見つめる。姉貴とデティさんとラグナさんがいきなり戦い始めた、この場の妨害合戦に打って出て少しでも敵の数を減らそうって考えは分かる。


だが想定していたレベルよりも遥かに多くの参加者が今脱落している。姉貴達が凄まじい勢いで潰しているんだ。


『冥王乱舞・一拳ッ!!』


「なんだあの技、俺と戦った時は使ってなかったよな…」


俺は一度姉貴と戦っている、俺の人生で一番やばかった戦いの一つだ。あの時姉貴は俺の手の届かない領域にいた…けど俺もあれから強くなった、今回は少しくらいは肩を並べて戦えると思ってたんだが。


(いや、姉貴はここに修行の旅に来てるって言ってた。つまり姉貴は一年間ずっと修行してたってことだよな……そりゃ強くなりもするか)


…たったの一年、俺がレギナに拾われ、姉貴が八大同盟と戦い始め、たったの一年だ。それだけの時間でこれほどまでに差をつけられたのか。


「なんか…気が抜けちまうなぁ……」


結局こうか。俺と姉貴の関係性は今も変わらない、俺が強くなってもその力を姉貴は鼻で笑い片手間に蹴散らす。俺だって姉貴みたいになりたいのに…。


『ぬはは!エリスめまた強くなりおった!』


(ロア…俺も姉貴みたいになれるかな)


『無理じゃろ』


だよなぁ…。でもそんなはっきり言うなよな。


姉貴達の実力はここまでの物になっていた、その事実を前に若干打ちひしがれていると…。


「このォッ!よくも仲間をォッ!!」


「わわっ!?こっちに来やがった!」


一人の髭面冒険者が斧を片手にこっちに突っ込んで来るんだ。アイツ姉貴達に敵わないと見るや否や馬車の方に狙いを定めやがったな!クソ…仕方ない!俺がやるか!


「そこを退きやがれェッ!!」


「デカい声出さないでくれよ!つーか刃物ブンブン振り回すんじゃねぇよ!」


俺目掛け振り下ろされる斧を一歩横にズレて回避する。いくら治癒魔術があるからってコイツ思いっきり胴体狙ってきやがったな、下手すりゃ死んでたぞ!


「なぁ!?速っ!?」


「いやお前が遅いんだろっと!」


「ぶげぉ!?」


そして無防備になった冒険者の腹に靴先を食い込ませるようなフロントキックを見舞い、体がくの字に曲がったところで剣を振るい星魔剣の腹で思い切り叩き抜き気絶させる。


ふぅ、大したことなくてよかったぜ…。


「ステュクス君…」


「ひゃ!?」


すると、突然声をかけられ振り向くと…そこには馬車を守っている巨人のお姉さんがいた。えっと名前は確か…ネレイドさんだっけか?あのオケアノスさんをして全然敵わなかったと言っていたオライオンの神将って人。


噂にゃ聞いてたけど、マジでデカいな。最初はオケアノスさんに勝つってどんな奴だよと思いもしたが、逆によくこんなデカいのに喧嘩売ったなオケアノスさん。


「君、強いね」


「え?俺が?」


「うん、君とっても強い…今の動きよかった」


なんて言って褒めてくれるんだ。けど…敵は大したことないし、一人しか倒してないし…。


「ははは、ありがとうございます…気ぃ使わせちゃいましたかね」


「そんな事ないけど…」


「いや俺一人しか倒して───」


『マジかよ!字持ちが一発でやられたぞ!?』


「え?」


ふと、周りの冒険者を見ると…俺が倒したさっきの髭面を指差して悲鳴を上げてる、字持ちだとかなんだとか…え?コイツ字持ち?


…そう言えば昔こんな冒険者を見たことがあったな。名前は確か『破斧』のディレット…二ツ字の実力派冒険者とかなんとか。


「え?コイツ強かったの?」


いやいやそんなことないだろ、ハルさんよりずっと遅かったし、ヴェルト師匠よりよっぽどトロかったし……いや、今考えたらこの人達が異常に強いのか?


(前も思ったけど、俺ってひょっとしてかなり強いのか…)


最近修行漬けであんまり実戦に出れてなかったけど、前回リーベルタースの下っ端を軽く捻ったことから考えるに。もしかして俺マジで強くなってたのか?分からない、分からないけど少なくとも…。


『どりゃぁああああああ!冥王乱舞・星線ッ!』


(あれには絶対負けるよな……)


俺がどれだけ強くなろうとも、あれには負けるよ。マジで…。


「よーし!これくらいで十分だ!みんな馬車に乗り込め!」


「もういいんですか?ラグナ」


「これ以上やると追い回さなきゃいけないでしょ、ボチボチでやめとこ!エリスちゃん!」


そしてラグナさん達はある程度の冒険者を蹴散らした後そのままこちらに向かって走ってくるなり馬車に乗り込み…。


「ネレイド!出してくれ!」


「はーい」


「ステュクス、お前も乗れ!」


「ちょっ!?え!?」


するとラグナさんは俺を片手でヒョイと持ち上げ馬車の中に引き摺り込む。いや…俺とあんまり背丈が変わらない人にこうも簡単に持ち上げられると、なんかこう…不思議な感覚だ。


『待てー!馬車を狙えー!』


『ダメだ攻撃が当たらねぇ!見えない壁に弾かれてる!』


『魔力防壁!?なんつー厚さだ…あれマジで冒険者か?』


追い打ちとばかりに弓や魔術がボンボン飛んでくるがネレイドさんが展開している防壁がその全てを弾き、馬車は悠々と出発を始める…と思いきや。


「やっぱりもうちょっとやります!」


「姉貴!?」


姉貴が馬車から飛び出し屋根の上に飛び乗ると同時に覚醒を展開し。見遣るは馬車の後方、意地でも俺達を逃すまいと追い縋る無数の馬車群。さっきまで逃げ回ってた奴も含めて俺達が馬車に乗り込んだと見るや否や攻勢に転じ、俺達に釣られる形で馬車達が集まっているんだ。


姉貴はそれを見る、自分目掛け迫ってくる馬車達に向け両手を広げ。


「おまけです!『冥災・土雷招』ッ!」


全身から噴出する雷が天空に飛び、空から巨大た光の槍…の如き落雷が十本二十本と降り注ぎ俺たちを追う馬車ごと大地をめちゃくちゃに耕し地形を変える。…いや派手過ぎるだろ。


「ふぅー、片付けときました」


「エリス、ナイスだ」


「えっへん!」


たった一人で数百近いチームを全滅させた姉貴は軽々と馬車の中に戻り胸を張る、人間一人が出していい火力じゃないだろ、あれ。

こうして俺たちは悠々とスタートを決めた。横に並ぶ馬車はない…マジで周辺のチーム全部潰したようだ。


「よし、後は移動するだけだな。みんなご苦労、暫くは暇だから体を休めておいてくれ」


「はーい」


「ステュクス、お前もご苦労さん」


ポンっとラグナさんに肩を叩かれ…仕事が終わった。もうちょっと激しい戦いになるかと思ったんだが、全然そんな事なかったな。寧ろ姉貴達三人で簡単に終わらせてしまった。


(こりゃ、戦闘面じゃ役に立てそうにないな…)


俺の予測になるが、姉貴とラグナさんとデティさんだけが際立って強いってわけじゃなさそうだ、ネレイドさんやメルクさんやメグさんも覚醒していると聞くし、全員がこのレベルを持っていると見ていい。


だとすると俺はこの中で雑魚もいいところだ、戦闘じゃ確実に役に立てない。しかしそれでいいのか?俺を助けてくれるこの人達の前で俺はおんぶに抱っこ、全部終わった後俺はついて行っただけでした…でいいのか?


(いいわけねぇよな、俺も俺のやれる事やらねぇと)


周囲を見ると既にみんなは自由にやってる、戦闘は終わった。つまり今は移動時間だ…所謂冒険タイム。幸い俺は冒険者としての経験もあるし知識もある。なら戦闘では役に立てずともこう言う日常的な部分でなら役に立てるはずだ。


(よし!さっきの挽回をするぞ!……しかしぃ)


そのまま俺は壁際に移動し部屋の全体像を見る。しかしここ…馬車の中のはずだったよな、にしてはえらく広いと言うか、見た目は普通の馬車だったはずだったのに、中に入るとなんかいい感じのコテージくらい空間があるぞ。


「メルクさんなんの本読んでるんですか?」


「冒険小説だ、君も読むかい?エリス。もう直ぐ読み終わるが…」


「じゃあまた後で貸してください」


メルクさんは壁に飾られている本棚から本を抜き取り、フワフワのソファに座りながら優雅にお茶を楽しんでいる。姉貴も地図を見ながらコーヒー飲んでるし…めちゃくちゃ優雅だ。これ旅?俺と知ってる旅とは違う気がするんだけど。


「ステュクス様」


「うぉっ!?」


するといきなり背後から声をかけられるピョーンと飛び跳ね振り返ると、そこにはメイドのメグさんがいた。トリンキュローさんの妹さんで俺の姉貴の間をなんとか取り持とうとしてくれるいい人だ。


「そう言えばステュクス様はこの馬車に乗って一緒に移動するのは初めてでしたね」


「あー、はい…俺どこにいたらいいかよく分からなくて、っていうかめちゃくちゃ豪華ですね」


「勿論、帝国の最新鋭魔力機構にて空間を極限まで拡張していますので。そうだ、折角ですし案内しましょう」


「案内?馬車の中を?」


「ええ、エリス様〜ご一緒にお願いします〜」


「え?エリスも?……わかりました」


そしてなんかよく分からないことになった。メグさんと姉貴と一緒にこの馬車の中を案内してくれるそうだ。しかし馬車の中だぜ?そんなにスペースがあるもんかと思ったが、なんかあっちこっちに扉があるんだけど…え?もしかしてここ、一部屋だけじゃないの?


「大冒険祭の間だけですがステュクス様もこの馬車の搭乗員の一人となったのですから、設備はご自由にお使いください。ですがそのためにはまずいろいろ説明が必要でございますね」


そういうなりメグさんはまずその場で両手を広げてクルクルと回転を始め…。


「まずここがリビングでございます、ソファは基本どれを使っても自由、そちらの本棚に置いてある本は隔週で私が入れ替えますので読みたい本があればお申し付けを頂ければ取り置きます」


「本は読んだらきちんと棚に戻してくださいね、それと文字順に並べないと後でデティに怒られますから」


まずはリビング。部屋の正面には外に通じる出入り口があり、部屋の左右には色々飾られている棚やぎっしり本の詰まった本棚。そしてそこかしこにソファやら椅子やらが置かれておりみんな自由にそこに座ったりして過ごしている。中にはあんまりにもどでかいクッションが置かれてたりするが…『ネレイド専用』って名前が書いてある。


しかし、ソファの品質もそうだがこの本、全部新品だ…この間サイディリアルで発売されたやつもあるし、賢そうな学問書から大衆小説まで色々置いてある。


「本って…冒険だぜ?読んでる暇なんかあるのか?」


「ございます、では次に参りますね」


そしてメグさんは続いてリビングに飾られている無数の絵画を指差し…ってなんだこの絵画、メチャクチャリアルな絵画だな、こんなレベルで描画出来る奴がこの世にいるのか?


「こちら、写真になります」


「写真?」


「そこからですか。いいですか?ステュクス。写真っていうのはデルセクトで開発された風景を写す最新の投影機です。まだ世間には普及してませんが…まぁそのうち一般化するでしょうね」


「一般化されてない物を知らない事がそんなに悪いか、で?なんで飾ってんだ?」


「これ、中に入れますから」


「は?」


何言ってんだ姉貴、中に入れる?このリアルな絵画の中に?前からおかしい奴だと思ってたけどまさかここまでおかしいとは、やっぱり病院行ったほうがいいんじゃないか?と言う視線を向けた瞬間姉貴の視線がギラリと光り。


「疑うなら見てみなさい!」


「ちょっ!?」


その瞬間姉貴は俺の頭を掴みそのまま草原が映し出された絵画に向け叩きつけ……いや待て、叩きつけられない。写真に触れた瞬間まるでカーテンでも潜るように向こう側に…って。


「えぇ!?マジで中がある!?しかも広い!?」


気がつくと俺の頭は写真の中に突っ込まれ、その内側の景色を見ていた。草原の写真の中に草原がある!しかも広い!嘘だろ…なんだこれ。


「信じましたか?」


「な、何がどーなって…写真ってこんな事も出来るのか?」


「はい、そうです」


「いやエリス様、嘘つかないでください。これは私の覚醒の力ですよ。メルク様に固定化してもらってるだけでございます…ここにはアジメクの草原、アルクカースの荒原などなどございます。ああ、夜はオライオンの秘湯でお風呂に入るのでその時にまた詳しい説明をいたしますね」


風呂?風呂に入るの?冒険の最中に?何言ってんだろうこの人達。ってかこの写真一つ一つに空間があるって事?なんかメチャクチャ過ぎて理解が追いつかないけど、つまりこれ…一つが一つの部屋みたいになってるってこと?


……頭痛くなってきた…。


「そしてこちら、右の扉が女性用の寝室になります」


「え?こっちにも部屋があるんですか?」


ふと、リビングの奥に取り付けられた扉に手をかける、寝室って…ベッドでもあるのか?とドアノブを捻った瞬間。


「こらっ!ステュクス!女性用寝室って言ってるでしょう!」


「痛っ!?殴るなよ!?しかも顔を!」


「この馬車のルールです、男性は女性寝室には絶対に入ってはいけない、同じく女性も男性寝室には入ってはいけない…です!」


「知らねーよそんなルール、男性寝室はどっちよ…」


「左側です、入ってみなさい」


姉貴に促され反対側の壁を見ると、確かに扉がある。…俺は恐る恐るそちらに向かい、男性寝室の扉を開ける。今度は殴られる事なく俺はそちらに入ることを許される。


男性寝室もリビングと同じくらいの広さがある。落ち着いた木目調の壁と暖かな赤いカーペット、そして小さな机と椅子…三つのベッドが置かれている。マジかよ、冒険中にベッドで寝れるのか?


「ん、どうした?ステュクス」


「あ、ラグナさん」


ふと、横を見てみると男性寝室の隅でラグナさんが筋トレをしていた。ラグナさんは俺を見るなり腕立て伏せをやめ、片手で体を持ち上げクルリと回転しながら立ち上がる。


「いや、今姉貴達に案内してもらってて…凄いっすね、こんなところに部屋があるなんて」


「は?何言ってんだ?お前ここ来たことあるだろ」


「え?……あー……そう言えば」


そう言えば思い出した、俺…エルドラドでの戦いが終わった後、確かこの部屋に運び込まれて治療を受けたんだ。いや忘れてたと言うか、あの時は大切な奴が死んだ直後だったりいろいろ打ちのめされた直後だったりでそんなこと気にしてる場合じゃなかったんだよな。


「あはは…と言うか俺もここで寝るんですか?」


「ああ、メグがもう一個ベッドを用意してくれるらしい。この部屋は男子用の寝室であると同時にある程度プライベートな空間でもあるからな、必要なものがあったらここに置け?」


「そこに置いてある荷物もラグナさん達のですか?」


「おう、ただ散らかすとアマルトが起こるから整理整頓は心がけろ?俺も昔はしょっちゅう怒られた…『この王族が!自分で片付けをしろ!』ってな感じで」


部屋の隅の棚にはそれぞれ区分けして荷物が置かれている。多分この馬車に乗ってる男子メンバーのプライベートな持ち物なんだろう。しかし冒険者の手荷物としてはあまりに少ない、財布とかバックとかそれくらいなもんだ。


いや、必要ないのか、これだけの設備があったら。ごちゃごちゃ持ち運ぶ必要もない…っていうか。


「男子部屋なのに片付いてますね」


「さっきも言ったがアマルトがな、気にするんだ」


「女子部屋はどうなってるんです?」


「さぁ?入ったことないからなんとも、だが向こうはメグが管理してるから向こうも片付いてると思うぞ」


「なるほど…、俺の寝るスペースとかありますかね」


「あるよ、女子の方は五人で使ってんだ。それに比べりゃまだまだスペースもあるしな」


「確かに」


ラグナさん曰く女子部屋は人数的にもネレイドさん的にも男子部屋よりもう少し大きいらしいが…それでもやはりスペース的な余裕はある。なんせ八人の魔女の弟子の内五人が女なんだ、所謂女所帯と言ってもいい。そう考えると男子部屋もまだまだ余裕があるか。


「じゃあ俺、ここに手荷物置いていいですか?」


「おう、置いてけ。剣とかぶら下げてると棚とかにぶつかって危ないしな」


「確かに」


ってわけでも俺もいろいろ持ってきた手荷物、多分使わないリュックと今は仕事のないロアを開いている棚になるべく綺麗に置く。


(悪いな、ロア。ここで待っててくれ)


『別にええがワシ女の子じゃぞ、ここにおってええんか?』


(剣に性別なんてないだろ)


ポンポンロアを叩いて棚に安置する、つーか忘れがちになるけど俺今馬車の中にいるんだよなぁ…普通に館の中にいる気分になりそうだ。


「じゃ、後でまたお願いします」


「おう、早いうちに慣れた方が気が楽だぜ」


そして俺は男性寝室から出ると姉貴とメグさんが待っていた。二人は俺が寝室を見終えて出てくるとこちらに視線を向け。


「どうでございましたか?」


「メチャクチャ凄いですね、俺てっきり寝袋とかを想像してましたし」


「それもいいですが、やっぱり快適な方が旅はやりやすいですしね。ウチは旅慣れしてないメンバーが多いですから」


そう言えばこの馬車にアド・アストラの六王のうち半分が乗ってるんだったな。そう思うと色々緊張してきた…いや今更か?


「では次はダイニングの案内です」


「厨房まであんのかよ…」


右の壁には女子寝室、左の壁には男子寝室、そして奥の扉…こちらを開くとダイニングがあるらしく、姉貴とメグさんが二人でそちらを開くと、奥には大体男子寝室の二倍の大きさの広い部屋が広がっている。


中央にはみんなで食事する用の机、そしてその奥には…。


「ん?どうした?昼飯はまだ出来てねぇけど」


「別に催促じゃないですよ」


キッチンに立ち鍋を掻き混ぜているアマルトさんの姿が見えた。あの面倒見が良くて兄貴肌のアマルトさんだ、先日俺の家にみんなが上がり込んだ時に彼の料理を食べたのだがこれが美味い。下手すりゃ王宮の料理人より美味いんじゃねぇかってレベルのを平気な顔で出してくる料理の達人だ。


そんな彼が俺の顔を見ながらニッと笑い。


「おうステュクス、お前好きな食い物と嫌いな食い物教えろ」


「え?俺ベーコンとチーズの入ったサンドイッチが好きです」


「若者だねぇ、嫌いなのは?」


「ゴリゴリした奴と言うか、硬い食い物は嫌いっす」


「ん、りょーかい。まぁ昼飯は楽しみにしとけよ」


「はいっ!あ!俺なんか手伝いますか!?」


「気持ちは嬉しいけどよ……あー…」


するとアマルトさんはチラリとメグさんに目を向けると。


「ステュクス借りていいか?」


「はい、もう凡その案内は終わったので」


「ならよし、ステュクスお前料理出来るか?」


「ちょっとは」


「よし、じゃあこっちで手伝え」


「はいっ!…あ」


その前に言わなきゃいけない事がある、一応ここまで案内してくれた姉貴達にお礼を言わないと。


「姉貴、メグさん。案内してくれてありがとう」


「構いませんよ、何か不自由がございましたら私が取り寄せますので」


「と、取り寄せる?」


「ああ、そこのちっちゃい扉あるだろ?そこ開けて必要な物をメモに書いて入れると、出てくるから、それが」


そう言ってアマルトさんがキッチンの横につけられたオーブンのような小さなスライドドアを開けると、中からもうそりゃあ見事な牛肉のブロックが出てくるんだ。それと一緒にメモを差し込むと…今度は新鮮な野菜が出てきて…。


なんなんだこの馬車、夢の空間か?


「そちら私の帝国の無限倉庫に繋がっているのです。そこにいるアリスとイリスがメモを受け取り必要な物品を用意してくれる…という仕組みでございます」


「全く分からないです」


「そうですか。では、また後ほど…お料理頑張って」


「ステュクス、アマルトさんに迷惑はかけないように」


「う、うす!」


なんか呆然としっぱなしだな、これ馬車の中なの?姉貴達こんな馬車で生活してるの?いい暮らししてんなぁ!流石は王族を乗せる馬車だ…最新鋭の技術を揃えればこんな風になるのか。


びっくりだけど…想定していたよりずっと快適な生活になりそうだ。だけど同時に…思う。


(これ俺本格的に役に立てねぇかも)


冒険者として、冒険の心得を持つ俺はこの大冒険祭の中でそれなりに活躍出来ると思っていた。焚き火の起こし方、夜の過ごし方、限られた食材で飯を作る方法…とか色々な。


けどどうだ?実際は。馬車の中は最新の魔力ランプで落ち着く暖色の光で照らされ、夜はフカフカのベッドで眠り、無尽蔵に食材が出てくる扉があると来たもんだ。こりゃ俺の知識なんか介在する余地なんかねぇな。


(はぁー、俺は一体この大冒険祭でどんな立ち位置でいりゃいいんだ…、これじゃまるっきり数合わせじゃねぇか)


折角姉貴と旅をするなら、成長した姿も見せたかったんだけどな…と思い俺はアマルトさんの隣に立つと。


「ん、ステュクス。お前皮剥きは出来るか?じゃがいもの」


「出来ます、これを剥けばいいんですか?」


「おう、夜の仕込み分も仕上げちまうからやっといてくれ」


「うっす!」


そう言って渡されたボウルいっぱいのじゃがいもを短剣で皮を剥いていく。うーん、こりゃあいいじゃがいもだな、これをサイディリアルで買おうと思うとそれなりするぞ、少なくともその日暮らしの冒険者にゃ手が出ない代物だな。


「……………」


黙々と作業を続け、皮を剥き続ける。懐かしいな…こうしてると、昔冒険者として飯の準備をしていた頃を思い出す。あの頃は全部自分のことは自分でしなきゃいけなかった。

いや、それよりも前からか。母が死んで…とーちゃんと一緒に暮らしてた頃から、こう言うことはしてたっけ。


「上手いじゃねぇか、ステュクス」


「え?」


ふと、横を見るとアマルトさんがニッと歯を見せ笑っていた。そう言って俺の手元のジャガイモを指差し…。


「手先が器用だ、昔からやってたな?」


「ええ、はい。母が死んでから父親と二人暮らしで…父は農夫をやってたんで、俺が料理をすることも多くて。後冒険者生活もそれなりだったんで」


「なるほど、そう言うところも姉弟ってのかね。エリスも上手いんだよな、皮剥くの」


「え?姉貴も料理できるんですか?」


「え?なに?知らねぇの?俺とメグとエリスでうちの厨房は回ってんだよ」


ああ、そっか。姉貴も長い間旅をしてるから料理は出来るんだ…ってことはあれじゃん。俺なんかより旅の知識はあるじゃん。はぁーなんだよ、じゃあどの道俺役割ねぇーじゃん。


とほほ、なんか情けなくなってくるぜ…所詮俺なんかこの程度ってか。


「……フッ」


「…なんすか」


アマルトさんが笑う、俺の顔を見て鼻で笑い。そのまま鍋に視線を移す、俺そんなに変な顔してましたかね、それとも負け犬の姿ってそんなに滑稽ですか?なら今度鏡でも見て笑ってやりますよ…なんて卑屈になっているとアマルトさんは小さく首を振り。


「別に、比べねーから安心しろよ」


「え?」


「さっきからキョロキョロと。お前この一行の中でのポジション探してるだろ。それで姉貴と比べて落ち込んだ…違うか?」


この人…なんでそんなこと分かるんだ。まさかそう言う魔術の使い手?じゃああんまり失礼なこと考えたらバレたり…いや、俺が単純に分かりやすいのか。


「そうっすね、実力的にかなり劣ってますし」


「言うなよ、俺なんかまだ覚醒を完全に会得してないんだぜ?覚醒者に言われると肩身が狭いや。だがそれでもアイツらは区別しないし、蔑んだりしないぜ」


「……でも俺、外様だし…」


「今は内輪だろ、まぁ何を言っても気にするもんは気にするだろうが。それでも俺はお前とこうやって旅できるの楽しんでるぜ?お前も楽しもうや、いい機会だしさ」


「アマルトさん…、ほんとに優しいんですね」


この人は本当に優しい、俺の事を毎回毎回気にかけてくれて…こんな優しい人がいるなんて信じられないくらい優しい。男だけど惚れそうだよ、アマルトさんに。


「俺も気持ちが分からないでもないんだ、俺より優秀な姉…と言っても従姉妹だが、そう言うのが居て昔喧嘩してたから、お前の気持ちもなんとなく分かる。だからあれだ、なんかあったら俺に言えよ?無いとは思うが揉めたりしたら味方してやる」


な?と笑うアマルトさんに、俺はなんだか緊張をほぐされる。さっきのラグナさんもそうだ、メグさんが案内してくれたのも、姉貴が…なんかいつもより柔和なのも。みんな俺を受け入れようとしてくれているんだ。


それなのにいつまでも俺が卑屈になってたら、それの方が失礼だよな。


「ありがとうございます、アマルトさん」


「おう、まぁ頼れよ俺を」


「はいっ!」


こうして俺は姉貴達一団に加わるとになった。確かに実力面だと劣るかもしれないけど…逆を言えば得られる物があるかもしれない。そうだ、この大冒険祭の間だけでもみんなに胸を借りて…少しでも強くなっていこう。


………………………………………………………………


「ふむ」


「どうですか?エリスさん」


エリスさんは難しい顔をして地図と向かい合い、メグさんが淹れてくれたコーヒーを飲んでいる。馬車のリビングの椅子に座るエリスさんに対し突っ立ったまま彼女の様子を伺う僕とアルタミラさん。


そのしばしの沈黙の後、エリスさんは。


「この地図凄いですね、かなりの精度です。鮮明に書かれているからかなり細かい道まで分かりますよ」


「ありがとうございます、お役に立てそうでしょうか」


「はい、かなり役立ちます。ありがとうございますアルタミラさん」


そこで僕達はホッと胸を撫で下ろす。今僕達は大冒険祭の予選としてチデンス渓流へと向かっている…その道中の道のりが書かれた地図を用意したのは他でもないアルタミラさんだ。彼女がこのチームで役割を得られるかどうかはこの地図の出来栄えにかかっていたが…どうやら良い形に仕上がっているようだ。


「かなり詳しく書かれてますね、流石です」


「画家として食っていけないので、こちらで食い扶持を維持していて…それが役に立てたようで何よりです」


「こんなに絵が上手いのに画家として食べていけないんですか?」


「ええ、自分の描きたいものだけを描いていても…お金は貰えないので」


「ふーん、大変そうですね。ともあれこれだけの精度の地図があればルートの組み立てもしやすいです。ラグナ〜ちょっといいですか〜?」


「んー?」


そしてエリスさんは地図を持ってラグナさんの元へと行ってしまい…僕達は二人でリビングで取り残されることになる。さてどうしよう、これから。


「……………」


アルタミラさんをチラリと見ると彼女はボーッと虚空を眺めている。多分僕がこのままこの場を立ち去っても彼女はここに立ち続けるだろう…それはなんか申し訳ない。僕の方から誘ったんだから少しでも快適な空間、快適な時間を与えられるよう頑張りたい。旅に快適さを求めるなと言えばそうだけど…それでも努力目標として持つべきだ。


じゃあ何をしようか、そう言えばメグさんがステュクスさんに案内をしていたな…よし。


「えつと、アルタミラさん」


「はい?」


「その、この馬車で気になる場所とかありますか?あったら案内しますが…」


多分、大方の場所はメグさんの説明を立ち聞きして聞いてるだろうし、なら気になる部分があれば僕が細く説明をすればと思い声をかけると…アルタミラさんはゆっくりと首を動かし、部屋の一点を見て。


「あれ、気になります」


「あれ……」


そう言って指差したのは、額縁に飾られた…写真?


…………………………………………………………………


「素晴らしいです、この景色」


部屋の写真が気になると言われ、僕は早速アジメクの平原へとアルタミラさんを招くと…彼女はそのうちに広がる長閑な景色を見て、やや上機嫌そうに芝生の上を歩き辺りを見回している。


どうやら、写真そのものよりもその中に広がっている世界に興味があったようだ。いやまぁ不思議な空間ではあるけどね。


「確かに、いい景色ですよね」


ここはアジメクの彩絨毯の写真だ。アジメクの中央都市ステラウルブスの近郊にあるスピカ様の魔力で活性化したエネルギーにより咲き誇る千種類を超える花々、そしてそれにより織り出される彩色豊かな絨毯の如き光景。


それを一望出来る丘の写真。その中に入り込めば…やはり見えるのは良い景色。芝生の上に立ち花を見下ろすアルタミラさんは先程よりも朗らかな表情をしている。


「世界は神が描いた絵画です、私達は神の巨大な筆の跡に立つ小人にすぎない…この景色を見ているとそう実感させられますね」


「ええ、同感です」


二人で花の絨毯を見てただこの景色の美しさを感じる。色の鮮やかさ、色の深さ、絵の具を使わずただ存在するだけで花とは美しいもので。この世界を作った神は最高の芸術家と言えるだろう。


「本当に綺麗……」


(ん?)


ふと、花畑から目を離しアルタミラさんの方に視線を向けると…気がつく。彼女の口元が緩みとても楽しそうな笑みを浮かべていることに。


そして、僕はここに至るまで彼女の心からの微笑みを見ていないことに…気がついたんだ。


「僕、アルタミラさんが笑っているところ初めて見たかもしれません」


「え!?」


そう呟くとアルタミラさんはギョッとしながら口元を触り、一瞬僕に背を向く両頬を叩き緩んだ口元を整え…またいつものクールな顔つきに戻った、けど…なんか頬が赤い。


「す、すみません。少し気を抜いていたかもしれません…」


「別に、気を抜いてもいいですよ。僕達は今仲間じゃないですか」


「仲間にしてもらっているんです、礼儀は必要ですよ」


……うーん、僕この人のことをクールな人かと思ってたけど、もしかして単に人見知りなだけなのか?だとするなら、もっと僕達に慣れてもらう必要があるだろう。


「よし、じゃあアルタミラさん。早速始めましょう!」


「始める?…な、何を……」


「芸術家が二人揃っているんです、やることは決まってるでしょう?創作ですよ!」


そう言うなり僕は花畑の方に向けて走り、花畑を前にクルリと両手を広げポーズをとり。


「はい!スケッチしてください!」


「え?ナリアさんをですか?」


「はい!美しい花畑と美しい僕、絵になるでしょう?」


「……ふふふ、ナリアさんって控えめに見えて実は結構自信家なんですね」


笑った、また笑った。しかも今度は声も出して…笑ったんだ。それは浮かべるような笑みではなく噴き出すような笑い、そんな笑みを見て僕はホッと胸を撫で下ろす。よかった、この人も笑えるんだ…出会った時からずっと世界を達観視するような顔しか見せていないから…てっきりそんな顔しかできないと、心の冷えた人なのかと思ったら、全然違う。


この人は花の美しさに喜びを覚え、他人との会話に笑いを見せる…普通の人間なんだ。だったら、うん…やっぱり。


「やっぱりアルタミラさんは笑ってた方がいいですよ」


「なッ!?え…ええ!?」


「少なくとも、僕はアルタミラさんのいろんな顔が見たいです」


「い、いきなり何を言うのやら。…笑顔、ですか?」


そう言うなり今度はニィーっと口角を上げヒクヒクと目尻を下げる不気味な笑顔を作って見せるアルタミラさん。どんな感情の笑顔ですかそれは…ふふ。


「あはは!ブサイク〜!」


「ブサ…!?つ、作り笑顔なんてこんなものでは」


「本物の作り笑顔を見せてあげますよ、ほらっ!にぱーっ!」


「うっ!私より可愛い」


「ほらほらアルタミラさんも!」


「い、いいです、ブサイクなので」


「拗ねないでくださいよ〜!」


アルタミラさんの手を取り花畑を前に話し合う。話し合うって言っても真面目な話じゃない、ただ取り留めもなく、ただ目的もなく、その場の思いつきと情動に任せた他愛もない掛け合い。


だからこそ、この会話で僕はアルタミラさんに教えるんだ。僕はこう言う人間だと、僕はこう言う人間で何を考え何を好み何を趣味とし何を目指しているかを、言葉ではなくあり方で。弱いところや恥ずかしいところも含め…教える。


人との距離を詰めるのは曝け出すことにあると僕は思っている。どれだけ性根の良い人でも話さず語らず教えなければ他人にとってはただの謎の人物でしかない。そう言う人とは仲良くなれないし、誰も仲良くなりたがらない。


つまり、僕はアルタミラさんと仲良くなりたい。その他大勢のモブではなく僕として見てほしい、だからこそ…だからこそなんだ。


「ほら、ここをこうしたらもっと綺麗に見えませんか?」


「んー、待ってくださいね」


それから話し合いは更に奥へと踏み込み趣味の語らいへと変じていく。アルタミラさんは持っていたスケッチブックで僕を写し描き、僕は絵になるポーズを考え互いに美を追求する。


なんだかとても新鮮な心地だった。同じく芸術を志し共に美を追求する間柄の人とこうして話し合うのは。


魔女の弟子のみんなはいい人だけど芸術家じゃない、深いことを話すとみんなは結構淡白に『分からない』と言う。中途半端に分かると言われるより余程ありがたいけど…それでも分かってはくれない。


アルタミラさんは同じ芸術家だからこそ、そういう話ができる。それがとても楽しいんだ…そして。


「もっと胸を張って、顎を引いた方が見栄えはいいですよ、ナリアさん」


「なるほど…」


「うん、うん…この方が、…うん、良い」


アルタミラさんも楽しそうだ。楽しそうなんだ…それがたまらなく嬉しかった、楽しかった。


芸術家同士…なんて肩書を無くしても、同じ物が好きな者同士語り合うってだけで、楽しい物だ。それこそ僕達は時間も忘れる程に絵を描き、美を追い求めていた……。






「なんか、二人で楽しんでますね」


「邪魔しちゃ悪いかもな、戻ろうぜ。エリス」


「はい、そうですね」


そう、それこそいつの間にか写真の世界の中に入っていたエリスさん達に気づかない程に。


「アルタミラさん!このポーズどうですか!?可愛くないですか!?」


「あざとすぎる!」


でもまぁ、今日くらいは…良いですよね。うん。そうしてチデンス渓流までの僅か二日間の旅路で、ステュクスさんとアルタミラさんは各々それぞれの立ち位置というのを見つけていくのだった。


そして……。


……………………………………


「そろそろチデンス渓流ですね」


「だな、いつもの道のりから考えるとなんか楽だし早かったな」


それから二日後、中部リュディア領の西部に存在する巨大な渓流…大きな崖に挟まれたチデンス運河を擁する野趣溢れる景色広がるチデンス渓流へと到着したエリス達。


サイディリアルから出発して二日目の朝、その間ずっと魔獣にも遭遇しなかったし他の冒険者チームにも遭遇することなく、二日間ずっと優雅に過ごせてしまった。それは中部の治安が良いからではない。


「違いますよメルクさん、アルタミラさんの地図がよかったからです」


「地図?地図ならいつも使ってる奴があるじゃん。地図一つ変わっただけでそんな変わるもんか?」


「ん?それマジで言ってるか?メルクさん」


朝食を終えリビングで三人並んで朝のコーヒーを飲むエリスとラグナとメルクさんの三人は会話の流れでアルタミラさんの地図を取り出す。確かにいつもはマレウス全土を網羅した地図を使っている。けど違うんですよこれが…地図一つで旅の精度ってのはグンと変わる。


「変わりますよぉメルクさん、なんせルートの細かい剪定が出来ますしね」


「俺達の普段使ってる地図は大まかな地形くらいしか書いてない。普段行商人が使っている安全なルート、民間人が用いている安定したルート、これらは現地の人間じゃないと分からない…が、アルタミラさんの地図はそういう物を感覚的に理解出来るように書いてあるんだ」


「そうなのか?私は見た感じ分からないが」


「そりゃまぁそういう知識がないと分かりませんよ、逆にそう言う知識込みで見てみるとこれかなりの物ですよ…まるで空に目をつけて、俯瞰で世界を見たかのような精度です」


アルタミラさんの地図は本当に凄い、細かい地形の起伏や道の荒れ具合や安定具合まで事細かに絵で書かれている。まるで世界を俯瞰したよう…とはエリス自身が用いた表現だがこれこそまさしくって例えだと思う。


これと同じ物を作ろうと思うとその土地を何十年も調査し調べ上げ精通しようやく作れるレベルの代物だ。だがアルタミラさんはそう言うレベルの事をしてるようには見えない…はてさてこれはどう言う種なのか、分からないがまぁ良いでしょう。


「このレベルの地図なら、確かに金を取れる。それも結構な額のな」


「大手のクランからお声がかかるのも分かりますよ、流石ですね!アルタミラさん!」


「い、いやぁ…」


なんて言いながらチラリとリビングの椅子に座り一人でスケッチをしているアルタミラさんに声をかけると、彼女は努めて表情を動かさないようにしつつ、あからさまに頬を赤くして頭を掻く。


この数日で分かったことだが、この人はクールぶってるだけで実は結構可愛らしい人だ。褒めると照れるし面白いと笑う、案外普通の人なんだ。


「よかったですね、アルタミラさん」


「か、からかってるんですか…」


そして、最近なんだからナリアさんと仲が良い。まぁナリアさんが連れてきたから仲がいいのは当たり前なんだけどね。


「なぁ姉貴…」


「む、なんですか」


すると、寝室から出てきたステュクスが腰に剣を装着しつつ、エリス達の方にやってくるなり…。


「そろそろチデンス渓流だろ?ってことはレッドゴブリンの巣が近くにある。ここからどう動く?」


「そう言うのはラグナに聞いてください」


「あ、ごめん…」


「まぁまぁ…エリスもそんなそっけない態度取るなよ」


……そっけない態度をとるつもりはなかった、ただ…教えるだけのつもりだった。ただ気を抜くとエリスの声は淡白になってしまうんだ。申し訳ない…と思えどもエリスの中にある蟠りがそれを拒絶させる。…ごめんなさいラグナ、ステュクス。


「あー…えっとな、チデンス渓流に着いたらそのままデティに探知をさせて、動きの速い俺とメルクさんがレッドゴブリンを仕留めてくるつもりだ。その間魔獣の襲撃があるかもしれないからそれ以外のメンバーはここで待機だ」


「……それだけ?」


「ん?ああそうだが…」


ステュクスはなんだか不満…と言うより不安そうだ、まぁ分かる。ステュクスの言いたいことは分かる。彼は元々冒険者だ、冒険者は魔獣討伐の依頼をこなす前にそれぞれの動きをかなり明確化させる。


例えば誰から攻撃を仕掛け、誰が注意を引き、誰が仕留めるか…そう言う一連の流れをキチッと決める、それが冒険者の当たり前。だがラグナからすればレッドゴブリンなんぞ軽く小突けばいいだけの雑魚だ。そう言う部分は決めなくてもいい…んだが。


「そうですか、まぁラグナさん達なら大丈夫か」


ステュクスはそれでも不安なのだ。魔獣討伐には不測の事態がつきもの…それがどうにも不安となって拭いきれないんだ。


『皆様〜、チデンス渓流につきました〜』


「お、着いたみたいだな…なら出るか」


「あ、エリスも様子を見ます」


そして、メグさんの声に弟子達は弾かれたように動き、馬車での入り口に集い、停止した馬車からみんな揃って外に出る。


「ここがチデンス渓流…」


「綺麗ですね」


そこには高く聳える二つの山と、その間を流れる清流が見える大自然感満載な景色が広がっていた。いいですよね、こう言う木!川!山!風!大自然!的な景色を見るとワクワクします。


「でもここにレッドゴブリンが巣を作ってるんだよね」


「そう考えると危険地帯ですね、でも見当たりませんが?」


馬車から降りて周りを見回すがレッドゴブリンがいる気配はない。もっと奥の方に隠れてるのだろうか…。レッドゴブリン…と言うよりゴブリン種は人に最も近い魔獣だと言われるだけあり知能が高く自分達で家を作ったりするらしい。


だからもっと奥の…それこそ木々の生い茂るような場所に住んでいるのかもしれない。


「俺達はここに一番乗りで来た。道中誰かに追い抜かされることもなかったし周りを見ていても並走してくるような馬車よなかった…だからここには俺達が一番乗りだ。苦労して手に入れた一番乗りのアドバンテージを活かそう」


西部チデンス渓流にはエリス達が一番乗りで到着した、じゃあここからは余裕かと言えば別にそうではない。目的はより早くレッドゴブリン討伐の証を持ち帰ること、そしてライバルは西部を目指す冒険者達だけではない。


恐らくだが、今頃はストゥルティやネコロアも東部や北部に到着し、レッドゴブリンを狩っている筈だ。奴等はクランだ、参戦チームも多い…だからより多くのチームを本戦に通す為より迅速に討伐を行うだろう。


モタモタしてたら、リーベルタースと北辰烈技會だけで千組の合格枠が埋まるかもしれない。ならここからも気を抜かず早めに行動に移すべきだろう。


「デティ、早速魔力探知を行ってくれ」


「あいあーい、ちょい待っててねぇ」


そしてデティはリビングの床を外し、地下に入り込むと同時に馬車内部に搭載された魔力機構を介し超範囲の魔力探知を行う。これで直ぐにレッドゴブリンは見つかる筈だ。


それでレッドゴブリンが見つかったら即座にラグナ達が移動して、それで……。


「え!?あれ!?」


「デティ…?」


しかし、そこでデティが口にしたのは…驚愕の悲鳴。彼女は頭抱え必死になって魔力探知を行っている。…何かあったのか?まさか見つからない?そんなバカなことがあるわけが…。


「居ない…居ないよ!?レッドゴブリン!」


「なんだと!?」


「どう言うこと!?ここにいるんだよね!ステュクス君!」


「え、ええ…チデンス渓流に大量のレッドゴブリンがいる筈ですけど…」


居ない、ここにレッドゴブリンはいない。そんな衝撃な話にエリス達は動揺する。そんなバカなことあるわけがない、チデンス渓流にレッドゴブリンが大量発生している話はエリスも知っているくらい有名な話であり、有名と言うことはそれだけ多く存在している筈なんだ。


棲家を絶対に変えることがないレッドゴブリンが居ないわけが…。


すると、その時…エリス達の近くの茂みが揺れて…。


「ギギョェッ!ニンーゲンッ!」


「うぉっ!?びっくりした…ってレッドゴブリン!?」


茂みから飛び出してきたのはアルタミラさんが書き起こした魔獣の絵そっくりな真っ赤なゴブリンだった。そいつがナイフ片手に飛び出してこちらに向けて走ってきているのだ。


「なんだ、いるじゃん」


「デティ?居ますけど…」


「待って…待って、これ…これまさか」


向かってくるレッドゴブリンを指差し普通に居るけどと言ってみるが、デティは既に別の何かに気を取られている。まぁいいや、取り敢えずレッドゴブリンが居るなら倒すますかとエリスが拳を構えた瞬間だった。


『レッドインペイルッ』


「ッ…魔術!?」


「ぎぉぇっ!?」


レッドゴブリンが飛び出してきた茂みから、今度は紅蓮の閃光が迸りレッドゴブリンの体を打ち抜き…一撃で火だるまにし、燃やし尽くしたのだ。


間違いない、これは炎熱系現代魔術のレッドインペイル!なんでそれが茂みから…いや、待てよ。まさか…。


「ふぅー…逃げやがって…」


燃え上がるレッドゴブリンを追いかけてきたのは、人間だ。身なりから察するに…あれは。


「冒険者!?」


「なんで!?私達が一番乗りじゃないの!?」


「待て…みんな、よく見てみろ…!」


突然現れたレッドゴブリン、そしてそれを焼き尽くした冒険者の到来。一体何が起こっているのか混乱の極致にあるエリス達。そんな中冷静に物を見ていたメルクさんが…気がつく。


よくよく、周囲の景色を見回す。そこには森と川がある…そこに動く物はないと、決めつけていたけど。よく見てみると…これは。


『ギョギョェッ!』


『死ねぇっ!レッドゴブリン!』


『フレイムバスター!』


『ゴゴガァッ!?』


茂みから次々と冒険者が現れ、レッドゴブリンが現れ、既に乱闘が巻き起こっている。それも一つ二つの局所的た戦闘じゃない…渓流全体で凄まじい数の冒険者がレッドゴブリンを狩っているんだ。


まさかこれはと全員が言葉を失った瞬間…デティが叫ぶ。


「やっぱりそうだ!これやばいよ!渓流全体に千人近くの冒険者がいる!もうレッドゴブリンが狩り尽くされているよ!」


「な、なんだと…私達が一番乗りじゃないのか!?」


既に渓流には大量の冒険者がいる、そいつらがレッドゴブリンを狩り尽くしている…だからレッドゴブリンが居ないんだ。それもこれいまさっき始まったようには見えない、エリス達がここにくる前から…狩りが始まっていたんだ。


なんでだ、どうしてだ…エリス達はここに一番乗り出来た筈なのに、一体何が起こってるんだ。分からない、どう考えてもおかしい…おかしいけど。


(これ、予選突破…出来るのか?エリス達)


いきなり、いきなりだ。いきなりエリス達はぶち当たってしまう…大冒険祭突破の危機に。

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