635.魔女の弟子と大冒険祭
大冒険祭、それは英雄ガンダーマンが開いたとされる冒険者の為の祝宴であり世界最強の冒険者を決める、命知らずの中の命知らずを決める狂気の大会である。その規模はマレウス全土を巻き込む魔蝕祭すら上回り世界的な影響も考えればある意味世界で最も大規模なイベントと言っても過言ではない。
世界中から集まった命知らず達が自らの蛮勇を誇り、最強の座を賭けて戦い、頂点をもぎ取る。最強だ、最強。冒険に憧れるような奴はみんなこの名前が欲しいんだ…誰だって参加を夢見る。
この日の為に他国に拠点を置く冒険者達もマレウスを訪れ、諸事情により解散していたチームがこの日の為に再結成したり、夢見た新入り冒険者達が勇んで参加したり、様々な冒険者がこの場に集う。
そうして集まった様々な冒険者が鎬を削る、まさしく冒険者にとってのドリームマッチ。それが今日この日、サイディリアルで開催される。
今日はその予選の日だ。予選で数万あるチームを千チームに限定する。その後本戦にてポイント獲得をかけた試合を三試合行い最終日までにポイント獲得数が最も多いチームが優勝、という形になる。
『いよいよ今日だね〜』
『大冒険祭、今年は何処が優勝するんだろうね』
それだけ大きな祭典だ、サイディリアルの住人達もまた湧き立つと言うもの。人とは往々にして『力』と『勝利』に惹かれる物で、最強を決めるこの祭りは人々の関心を集めるには十分な物だった。
住人達の話題は今日開催される大冒険祭の優勝チームに集まっている。と言っても選択肢はそれほど多くない、その辺の一チームが優勝するなんてあり得ない…優勝するなら、三つの優勝候補に絞られる。
『やっぱり今年もリーベルタースかな』
『一年で一回しか本気を出さないストゥルティさんが確実に本気を出してくるし、確実だろうな』
『幹部から隊長に至るまで役者が揃ってるしなぁ、しばらくリーベルタースの天下は続くだろ』
そこかしこの酒場で語る冒険者達、街を行く若者、主婦、子供、それらから最も多く名前が出るのは現冒険者協会最強と名高い超大型クラン『リーベルタース』。
自由と勝手気ままを信条とする半ば無法者に近い集団でありながらその実力は一級品。特にクランレベルの小競り合いになった時の強さは異常でありライバルクランを相手に百戦百勝。大冒険祭二連覇の実績とその看板の豪華さは他の追随を許さない。
所属メンバーも強者ばかりであり字持ちの多さならここが一番だろう。特に昨年まではまさしく無双、予選突破の八割がリーベルタースのメンバーと殆ど消化試合気味だったんだ。しばらくは大冒険祭もストゥルティのワンサイドゲームが続くと見られたが…今年は違う。
『いやいや、今年は烈技會がいるぜ』
『あっという間にトップクランに登り詰めた奴だよな。今年はやるかもしれないぜ』
『北辰烈技會…数も質もとんでもねぇ』
特に冒険者達から多くの支持を集めるのがリーベルタースの対抗馬にして今現在最も多くの人員数を誇る超大型クラン『北辰烈技會』。結成は数年前ながらあっという間に無数のクランを吸収し肥大化。その後も『キャットハウス』や『ソードブレイカー』などの有力クランを取り込み今現在規模で言えばリーベルタースを上回るほどだ。
クランマスターとして名を馳せていた面々を実働隊長として使い、今まで鎬を削っていたクランの主力メンバー達を纏めて傘下に入れ半ばドリームチーム状態の烈技會はリーベルタースに対抗することができるだろうと冒険者達は見ている。
ただ不安な点があるとするなら、北辰烈技會のクランマスターが不参加であること。彼は東部の拠点から出てくることが少ない為今回は実働本部長のネコロアが代行として指揮を取るようだ。
『ワシぁ今年こそ赤龍の顎門になんとしてでも勝ってほしいねぇ』
『ガンダーマンさんのとこだもんねぇ、アタシも思い入れがあるから頑張って欲しいわぁ』
『打倒リーベルタースに燃えてるし、案外今年はやるかもしれねぇや』
比較的年配な者、冒険者協会通なマニアから多くの支持を集めるのが古株の超大型クラン『赤龍の顎門』。かつて英雄ガンダーマンが初代クランマスターを務めたとされる歴史あるクランだ。
人数も質もどれも高水準。前回前々回は唯一リーベルタースに食らいついたと言う実績もある。所謂リーベルタースのライバルとして見られているが…今年はその座を北辰烈技會に奪われ噂ではかなり気合を入れていると言う話だが…どうなるかはまだ分からない、
『まぁ何にしても、優勝するならこのどれかだろうな』
そして大凡の味方としては『リーベルタース』『北辰烈技會』『赤龍の顎門』…このどれかが優勝すると言う見方が大きい。と言うのも予選突破出来るチーム数は千組が限度。本戦に参加出来るのは千チームまでなんだ。
優勝するには集団で協力し合う必要があり、その規模が大きければ大きいほど有利だ。つまり予選をどれだけ突破し自分のクランのメンバーを本戦に送り込めるかが鍵となる。となるとその辺のクランよりも余程人員に余裕があり、かつ戦力の揃っているこの三クランが有力となるのは当たり前だ。
え?クラン所属じゃない単一のチーム?論外だ、千人単位万人単位で動くクラン所属にたかだか十人そこらの単一チームが勝てるわけがない。
『急いで急いで!始まっちゃう!』
『大冒険祭は開会式を見てこそだよなぁ!』
そして住人達は走る、プリンケプス大通りを超えた先にあるアウグストゥス大広場にて行われる大冒険祭の大開会式を見る為に…そして、この祭典に参加する為集った冒険者達もまた、開会式に参加する為…歩き出す。
………………………………………………
『よぉおおおお〜〜〜く来てくれたぁ!命知らずのバカヤロー共ォーッ!!!大冒険祭を彩る最初の花火!大開会式が始まるぜ!?寝てる奴はいねぇよなぁ!』
カンカンと響くような声がアウグストゥス大広場に木霊する。専用に作られた超巨大会場から拡声魔道具を用いてリーゼントを天高く聳えさせる司会の冒険者が場を温める。眼下の広場には既に多くの人々が集まり彼の声に注目している。
今この時を持って大冒険祭を開催する、その為の大開会式だ。まずは主役を紹介する前に屋台骨を紹介しなくてはなるまいと司会は野太い声で叫び散らかす。
『野郎ども!今日という日を生きて迎えられて嬉しいぜ!前回開催から何人死んだ?まぁ数えてねぇか!それが俺たち冒険者だもんなぁ!つーわけでそんな俺たちの為のイベントを用意してくれたゲスト達を紹介するぜぇっ!…えー、まず出資してくださった商会の皆様にお礼の言葉と共にお名前を読み上げさせていただきます』
スンッと落ち着いた司会は手元にメモを取り出し出資商会をそれぞれ読み上げる。基本、ここは誰も聞いてない、みんな雑談に耽ったりトイレに行ったり、参加者は準備を整えたり、先程まで猛っていた群衆が嘘のように静まり返る。
『──以上、出資してくださった皆々様に今一度深くお礼を申し上げます。そして今回の大冒険祭の開催を許可してくださった女王レギナ様にも、お言葉を頂きます。どうぞ』
『あ、はい…えー…。皆さん、大変名誉なイベントに参加するにあたって、気合を入れることでしょうが、出来る限り怪我などないようお願い致します』
そして、今日起床すると同時に大冒険祭の開会式に登壇することを聞いたレギナが舞台上に立ちしどろもどろになりながらカンペを見つつ、ドつまらないスピーチを終え拡声魔道具を司会に返す。
『はい、ありがとうございました。では続きまして大冒険祭の主催者である……ガンダーマン現会長の登場だァーッ!!!野郎ども目ぇかっぽじってその勇姿を見やがれぇーっ!!』
『うぉおーーーー!!!』
その瞬間、司会は息を吹き返したように元気になり雄叫びをあげるとドーン!と群衆もまた声を張り上げ盛り上がりだし、止まった時が動き出したように本当の開会式が始まる。
どう見ても女王であるレギナよりも目立つ形で、目立つ場所で、魔術師達の火炎魔術の演出を背に会場の中心に現れた大男は、右拳を高らかに掲げ…。
『がっははははは!我輩こそがガンダーマンである!皆の者!励んでいるかーッ!!』
『うおおおーーーっっ!!』
パツパツの白スーツ、手には金の指輪やら宝石やらをつけた白髪白髭の大男…ガンダーマンは楽しそうに大笑いする。数年に一度、自分こそが世界の主役になれる瞬間を大いに謳歌しながら彼は両手を広げる。
実態は冒険者協会を傾けたヘタクソ執政、経済難に陥りながらも浪費を繰り返し、酒も女も大好きなダメジジイだが…それでも民衆、取り分け年配者からの人気は未だ絶大。冒険者の中の冒険者、大冒険王のご登場に会場の熱は最高潮に至る。
『ぐわははは!かつては我輩も最強と呼ばれた身!そんな最強に近づきたい気持ちも分からんでもない!だが最強の証明というのがこれが存外難しい!機会に恵まれなければ磨がれた剣も鋭さを見せないように!力というのは場がなければ意味がない!故に!我輩がこの場に集う命知らず達に与えよう!機会と場を!!』
ちゃっかり自分の武勇伝も交えつつ腰に手を当てて悠然と喋るガンダーマンは胸を張る。このイベントは自分が開いたのだ、自分に感謝しろ?とでも言いたげな彼は歯を見せ笑い。
『それがこの大冒険祭だ!特に今回の大冒険祭は大きな意味を持つ!…昨今マレウスを取り巻く状況ははっきり言って悪くなる一方だ!魔女の手先アド・アストラの台頭!王貴五芒星の崩壊!そして無能な王!最早マレウス王政府はアテにならん!だからこそ民間の冒険者が強く在らねばならんのだ!』
『そ、それ私の前で言いますか普通…』
ジトっとした視線を向けるレギナを放置し…ガンダーマンは腕を組み高らかに宣言する。
『そこで我輩は決意した!冒険者という存在は新たなステージに上がらねばならないと!故に我輩は此度の大冒険祭を一つの転機とし、変革をもたらすと…つまり、此度の優勝賞品は、過去行われた如何なる賞品よりも豪華だと伝えよう。誰もが欲しても手に入れられない…魔女でさえ得られない物を、授ける!』
ドヨドヨと民衆が響めく、何やら今回のガンダーマンはちょっと違うぞと。いつもなら金品とか称号とかなのに、随分賞品に自信があるようだ。
未だかつてないほど豪華な賞品、それは一体なんなのか…皆がゴクリと息を呑む。
『知りたいか?知りたいだろ…知りたいはずだ!ならば教えよう!此度の賞品は『冒険者協会の──』』
『ちょちょちょ!ちょーっと待った!待ってくださいよガンダーマン会長〜』
『む?ケイトか?』
ふと、賞品発表を前にして割り込んでくるのは冒険者協会最高幹部の一人ケイト・バルベーロウだ。彼女は何やら慌てた様子でワタワタとガンダーマンの肩を掴み待て待てと首を横に振り。
『なんだケイト!今いいところだというのに!』
『いやぁいいところなのは分かってるんですけど!その前にすることあるってリハで言ったじゃないですか〜!』
『喧しいわ!遅刻気味で来た癖をして!』
『私ね!もうお婆ちゃんなので!あんまり無茶させないでくださいよぉ〜!』
冒険者名物ケイトとガンダーマンの漫才で軽く笑いをとりつつも、ケイトはガンダーマンから拡声魔道具を強奪し。
『その前に、主役の皆様にご登場を願いましょう。ね!ガンダーマン会長!』
『うむぅ、仕方ない!では来い!優勝に最も近き三大クラン達よ!』
その言葉で会場は一層盛り上がりつつ…人混みに三つの道が生まれる。人々が道を譲る程の威圧と存在感を纏わせた三つの集団がこの場に現れたのだ。
皆より遅れて現れたのは余裕の表れか。如何なる人間も自分達に道を譲ると言う自尊心の表れか。そいつらはプリンケプス大通りや主要な通りを歩き…悠然と大広場に姿を現す。そしてその姿を見た民衆は声を上げて盛り上がる。
『見ろ!赤龍の顎門の連中だ!』
『クランマスターのヴァラヌスもいるぞ、強そうだな、相変わらず…』
冒険者達の視線の先にいるのは、右方より現れし赤い鎧を身に纏った集団。冒険者の花形『討伐依頼』を主要に行い、数多くの大魔獣を狩り尽くしてきた赤龍の顎門だ。
その先頭を歩くのは頭一つ飛び抜ける巨大を持った赤鎧の騎士、龍型の兜で顔を隠し、手には龍の鱗をそこかしこに取り付けた人一人よりも大きな大剣…彼の名は四ツ字冒険者『紅蓮討龍』のヴァラヌス・ドラグーン。赤龍の顎門のクランマスターにしてガンダーマンの跡を継ぐ男だ。
「初代クランマスターであるガンダーマン様の為にも、此度の大冒険祭こそはリーベルタースを打ち倒す。討龍隊!燃え上がれッ!!」
「応ッ!」
ヴァラヌスの背後を守る三十人ほどの鎧騎士達、彼らの名は赤龍の顎の主力部隊でもある『討龍隊』だ。なんと構成メンバー全員が四ツ字と三ツ字のみで構成された冒険者協会切っての実力者達だ。
討龍隊に加入するには龍型魔獣の単独討伐が条件。龍型魔獣は基本的にAランクかBランクしかいないことを考慮するに、赤龍隊が如何に協会の上澄にいるかが理解出来る。
しかし…そんな上澄達さえ霞む存在が、すぐさま現れる。
『ああ!北辰烈技會よ!』
『なんじゃあのメンバー…誰が勝てんだよあれに』
『まさしく冒険者協会のドリームチームだな…』
ゾロゾロと現れた一貫性のない服装の者達、彼らが掲げる『烈技』の旗こそ彼等が如何なる存在かの証明となる。…冒険者協会最大勢力『北辰烈技會』が数万人のメンバーを揃えて現れたのだ。
しかも特筆すべきはそのメンバー…。
『率いるのはネコロアか、こりゃマジでテッペン取るかもな』
「にゅふふふ、盛り上がっているにゃあ…」
先頭を歩くのは北辰烈技會の指揮官、実働部隊長『猫神天然』のネコロア・レオミノル。かつてはケイト・バルベーロウの再来とまで呼ばれた天才魔術師であり積み上げた実績は数知れず。実力も実績も兼ね備えた彼女の存在はヴァラヌスに勝るとも劣らないだろう。
『あっちには『大世必剣』のアスカロンもいるぞ!』
「出来れば、この期待を『ソードブレイカー』として得たかったが…仕方あるまい」
ネコロアの背後を歩くのは両腰にそれぞれ蒼の剣を携えた青髪の剣士が憂いを帯びた表情でため息を吐く。彼の名を『大世必剣』のアスカロン、かつては大クラン『ソードブレイカー』を率いた実力ある冒険者であり、その背には元ソードブレイカーの主力部隊が随伴する。
「ゲガガガガ!オレぁなんでもいい!ぶっ壊してぇよ!全部!」
『きゃー!『傍若悪漢』のボーリングよ!』
そして同じく共に歩くのはゴリラのように巨大な体と筋肉を持った髭面スキンヘッドの悪漢、『傍若悪漢』の四ツ字を持つようにガラの悪い連中を束ね大クラン『ダーティバーティー』を率いた実力者のボーリング。そして彼の副官達。
他にも大クラン『ブリザードバーン』のクランマスター『極寒吹雪』のレージョ。大クラン『悪代官』のクランマスター『金銀戝砲』のオールデン。並いる大クランのクランマスター達とその主力達が揃い踏みかつて協会内部に群雄割拠を作り出した猛者達が一つの旗の下に揃っているのだ。
それら全てを飲み込んだ北辰烈技會の兵力は最早マレウス王国軍でも手をつけられるか怪しいレベルに達している。そして彼等が優勝候補として讃えられる原因こそがここにある。
クランマスターは基本的にみんな実力派の四ツ字ばかり、各々が各地で名声を高めている。そんなのが纏めて一つに一緒くた…弱いわけがない。寧ろこれに対抗出来るクランなど存在しないレベルで凄まじいんだ。
……いや違う、対抗出来るクランはある、一つだけ。それこそが…。
『来た!キタキタキタ!俺達のチャンピオン!』
『なんのかんの言っても結局ここが勝つだろ!リーベルタース!』
『無敵の三連覇!期待してるぜ!ストゥルティ!』
最も多くの声援を集めるのは中央を割いて現れる黒ジャンパーのならず者達。史上初の大冒険祭二連覇を成し遂げ、今前人未到の三連覇に挑む現冒険者協会最強にして最低の超大規模クラン『リーベルタース』が登場したのだ。
規模、戦力、実績、どれをとっても他の追随を許さず結成と同時に瞬く間に頂点へ駆け上がり以降一度として玉座を譲ったことがない冒険者協会の最大戦力。それは即ちマレウスの国民にとっての安寧の象徴であり冒険者の憧れの姿その物である。
「前座がよぉ!イキって群れんなって歩くんじゃねぇよぉ!おい!」
ポケットに手を突っ込み、顎を上げて歩くその姿に歓声が湧き上がる。彼は悪どい、性格だって最低だし尊敬出来る人間じゃない。だがその最低っぷりは常に一貫している、人は貫き通される物にこそ好意を寄せる。彼の在り方はある意味人に好かれる物なのだ。
だからこそ、彼はその期待に応えるようにポケットから手を抜き出し。
「オラッ!本命様が通るぜッ!ここ一番の歓声上げろやッ!クソ共が!」
『オォォーーーーッッ!!!』
漆黒の大鎌、薄橙の髪、人相の悪い垂れ目に牙がズラリと並ぶ凶暴な笑みを浮かべ万雷の喝采を歩むのは冒険者協会最強最低の男四ツ字冒険者『天禍絶神』のストゥルティ・フールマン。
単独でAランクの群れを撃破した、二日酔いで戦地に赴き憂さ晴らしに両軍を滅した、睨んだだけで他の四ツ字が心臓発作で死んだ。などなど凄まじい逸話を残し今現在冒険者協会最強の名を持つその男は、民をクソと呼びながらも愛される。愛されるだけに彼は強い。
「ボスも気合い入ってるなぁ!」
「流石ボス、美しいですわ」
「あらあら、これは今回も私達の圧勝かも知れませんね」
「無論、敵は撃滅する」
『おぉ!四大神衆も揃い踏みだ!』
『相変わらず美人だー!』
そしてストゥルティに付き従うのは四大神衆…大地を操る『蓐収白虎』のノーミード。炎を操る『祝融朱雀』のサラマンドラ、水を操る『句芒青龍』のウンディーネ、風を操る『玄冥玄武』のシルヴァ。皆が皆大クランのマスターをしていても不思議ではないレベルの実力者が幹部として揃っている。
それだけじゃない、部隊長もまた全員字持ち、なんなら構成員の中にも字持ちがいる。全員度重なる修羅場を乗り越えただけありその全てが洗練されている。そして…。
「うーっし!あたしも頑張る!」
「気ぃ入れすぎんなよ、ルビー」
「おう!任せとけやストゥルティ!」
未だ誰も知らぬ大器、ルビー・ゾディアックもここにいる。民衆はまだ彼女のことを知らない、加入したてで知名度はほぼ無い…が、それでもストゥルティが側に置いて歩くと言うことは、そう言うことなのだ。
構成員の数では若干北辰烈技會に譲る物の、その質と戦力では未だリーベルタースの方が上という見方が大きい。数多くのクランを吸収しドリームチームとなった北辰烈技會でさえ届かない戦力を保有するリーベルタースが今までどれ程の地位にいたか、想像に難く無い。
『……………』
『おや?ガンダーマン会長?何を見ているので?』
『なんでも無い、赤龍の顎門を見ていたのだ。我輩がかつて所属していたクランだからな!今年こそ優勝するように!がわはははは!』
なんて嘯きながらガンダーマンはルビーから視線を外し、こほんと咳払いをし。
『さて、主役が揃ったな!この大冒険祭でどのクランが勝ち上がるか…見させてもらうぞ!』
ガンダーマンは語る、この三つのうちどれかが勝つと。それ以外は眼中にないと。実際そうだ、これほどの戦力を持つクランが参加している以上他のクランやチームでは勝負にならないだろう…それが民衆とガンダーマンの見立て。
だが、まだ誰も知らない。あと一つ…この大冒険祭に波乱を巻き起こす勢力が存在することを。それはどこよりも小さく、それでいて…何処よりも、恐ろしい集団。その名も。
「盛り上がってますね、ラグナ」
「ああ、すげぇ盛況ぶりだ。面白くなってきたぜ」
チーム『魔女の弟子達』。十人で構成された単一チーム、誰も注目していない筈のそのチームは民衆に紛れて…会場にやってきていた。
今この時、大冒険祭の四大勢力…『赤龍の顎門』『北辰烈技會』『リーベルタース』『魔女の弟子達』が揃った。これより大冒険祭の幕が開ける……。
…………………………………………
朝早く、エリス達は所定の会場へ向かった。場所はサイディリアルの中心部『アウグストゥス大広場』、プリンケプス大通りを先に超えた所にある街一番のスペースだ。名前の由来は当然マレウス建国の王にしてプリンケプスの兄であるアウグストゥス・ネビュラマキュラさんだ。
そんな偉人の名を冠するだけあり物凄く広く街人に万単位の冒険者が集ってもまだ場所的な余裕があり…奥の壇上でガンダーマンとケイトさんが何やら司会をやっている。
そんな様を眺めつつエリスは大クランの登場で盛り上がる会場の中、一参加者としてみんなと一緒に開会式を見ていた。
やはり優勝候補は『紅蓮討龍』のヴァラヌス率いる『赤龍の顎門』。『猫神天然』のネコロアが率いる『北辰烈技會』。そして『天禍絶神』のストゥルティが率いる『リーベルタース』の三つ、この三強のようだ。
どこもかしこも冒険者とは思えないくらい凄い戦力だ…これは油断ならないぞとエリスは警戒していたんだが…。
「なぁメルクさん、なんか今日すげぇ肌寒くないか?」
「だから上着を一枚追加しろと言ったろ、もう季節的には冬だぞ…。というか防壁で温度調整すればいいだろ」
「俺それ下手なんだよなぁ…直ぐ汗かくし」
「そう言えばお前、元の体温がかなり高かったな。防壁で密閉すると体温が籠るのか」
ラグナは特に危機感も持たずなんか寒そうにさっきから体を揺さぶっている。大丈夫なのかこれ。メルクさんもメルクさんでなんか余裕そうだし。
「強そうですね、エリスさん」
だがナリアさんは真面目だ、真面目に三大クランの威容を見ている。エリスもそう思いますよ、強そうだと。冒険者だからってナメてた部分があったにはあったが、それにしたっても凄い戦力だ。
ザッと見た感じだがあそこにある大クラン一つ当たりが大体八大同盟の一角と同じくらいの戦力に見える。実際にハーシェルの影とかとやって互角に戦えるかは分からないが少なくとも勝負にはなるくらいの戦力をそれそれが保有していると見ていい。
つまり、今からエリス達は八大同盟級の大規模組織が三つ入り乱れる戦場へと飛び込むことになる。しかもうち二つからは狙われているという最悪の状況。
「もう完全に他のチームは萎縮してるなぁ」
「貴方はどうなんですか?ステュクス」
「え?俺?俺はまぁ…もう腹括ってるし」
チラリとステュクスに視線を向けると、彼はもう覚悟は決めたとばかりに頬を掻く。彼も伊達に修羅場は潜ってないな…ここでビビってたら喝を入れてやる所でしたよ。
「それより、あそこにいるのがガンダーマンだよな」
「ええ、そうです」
壇上を見ればそこにはいつか見た通りのムキムキ老人が胸を張って笑っている。冒険者協会の現会長『大冒険王』のガンダーマンだ。相変わらず俗っぽい格好だが…相変わらず元気そうだ。
今この街にはレナトゥスやマクスウェルはいない、マレフィカルムに通ずる存在はいない。後はトラヴィス卿が関係を指摘したガンダーマンしかいないんだ。
トラヴィス卿曰く、ガンダーマンは大昔マレフィカルムやそのスポンサーである元老院と共に行動していた時期もあったと言う。なら、何かを知っている可能性は高い…。
(というかケイトさんも参加してたんですね…)
ガンダーマンの隣でわちゃわちゃといつも通り賑やかな素振りを見せるケイトさんにやや懐かしさを覚える…と同時にどうしても思うのは。
(…帝都で出会った総帥ガオケレナ……)
帝都で偶然出会ったマレフィカルム全ての指揮を取る存在にして、エリス達が倒すべき存在、『生命の魔女』ガオケレナ・フィロソフィア。
あの時出会ったアイツの顔は、何故かケイトさんそっくりだった。奴はエリスの知り合いに顔を変えられると言っていたけど…ならなんでケイトさんの顔をして出歩いていたんだ、と言う疑問が嫌でも湧いて来る。
ケイトさんを見てると、ガオケレナの存在が脳裏に浮かぶ…と同時に一つの可能性が思い浮かぶんだ。
「どうした?姉貴、怖い顔して」
「いえ…それよりなんなんでしょうね、過去最も豪華な賞品って」
「それはでございますね!」
するとエリスとステュクスの会話に挟まってきたメグさんが目をキラキラさせながら…。
「きっとあれでございます、四ツ字を超えた五ツ字称号の授与」
「それ豪華なんですかね…」
「いやぁ、ぶっちゃけ冒険者界隈の上位層はあんまり字の多さを重要視してないらしいっすよ」
「そうなのですね、じゃあアレですかね。次期冒険者協会の会長の座とか」
「経営傾きかけの協会の会長の座を押し付けられても…」
なんてメグさんのくだらない話を聞いていると、ようやくガンダーマンが本題に入り始める。
『オホン!では気を取り直して本題に入ろう。我輩は常々考えていた、我輩が冒険者の会長に就任して早くも三十年。協会は目覚ましい成長を遂げたと言える』
直ぐ近くにいたアマルトさんが『本当に?』とこちらを見るが一応これは本当だ、ガンダーマン政権時代に入ってから冒険者協会はようやく一つの組織として確立し、なんと依頼達成率は驚異の十二倍にまで増加、冒険者の数も正直比較にならないくらい増えたしメルクさんをして『協会の構造は非常に勉強になる』と言われるほど成熟した組織体制を得た。
ある意味ガンダーマンが己の成果として誇るのも分かる。だが実際のところそれらの改革を行ったのは全てケイトさんだ。冒険者試験の導入に依頼書偽造対策と始まり数多の改革を行い魔獣退治屋の集団でしかなかった冒険者協会を『協会』にした、そこにガンダーマンは殆ど関与していない。
中にはケイトさんが会長だったらと言う声もあるが…まぁ分からんでもない。
『協会の地位は我輩が若かった頃より飛躍的に向上したが…そろそろ頭打ちを感じている。今世界を支配しているのはアド・アストラだ、冒険者協会よりも後発の組織のくせをして忌々しくも上をいっている!我輩はこれが許せない!なんとしてでもアド・アストラを凌駕し世界最大組織として冒険者協会を君臨させたい!』
無理だろ、と言うのがエリスの正直な感想。だって冒険者協会っていうのは基本的に非魔女国家の人間主体。なんらかの理由で魔女大国に居られなくなった者が加入こそすれどメインはそちら。
対するアド・アストラは魔女大国全てが結託して作った組織、組織人員は億に昇る。そこに追いつくのは…ちょっと無理だろう。しかしそれを話の枕とするからには…あるのか?何か手が。
『そこで我輩は決断した、重大な決断だ!それはこの大冒険祭の賞品としてある物を提示することで示そう』
そう言うと同時に…ガンダーマンは両手を大きく広げ…。
誰も想像だにしていなかった物を賞品として掲げる。それは──。
『此度の大冒険祭で優勝した者には……『グランドクランマスターの権利』を与えるッ!!』
…最初は、小石が湖に投げられた程度の反応だった。なんだそれはと、つまりそれはなんなんだと。彼の言っていることを真に理解した者は絶句しつつも…黙る。そんな中ケイトさんが補足を始める。
『えー、つまりですね…これはアレです。全てのクラン…協会内に存在する全クランを一つのクランとして見立てそれらを統治する存在。つまり冒険者に存在する全てのクランに対して絶対的な命令権を持つ存在がグランドクランマスターですね…はい』
詳しく説明され…全員が理解する、それはつまり…今ここに存在する全てのクランを従える存在を決めると言うこと。グランドクランマスターになればリーベルタースだろうが北辰烈技會だろうが顎で使える、いやそれだけじゃない…命令すればクランそのものだって解体出来る。
それは何を意味するか?…そんなもん、冒険者界隈がひっくり返るよ。ここにいる全員が目ん玉飛び出るよ、豪華すぎるなんてレベルじゃない。
『ふ、ふざけんなよッ!?』
『なんだそれ!?じゃあ結果如何にせよ全部のクランが統合されるようなもんじゃねぇか!』
『一緒にやれないからクランごとに分かれてるのにそれじゃあ意味がありません!!』
『オレぁ嫌だぜ!オレのマスターはアイツだけだ!ほか他の奴に命令なんかされたくねぇ!』
それは夢を見る冒険者達に現実を見せるほどの巨大な報酬だ。事実上の全クラン統合宣言に近い物に冒険者達は非難轟々、もし負ければ自分達の望まない奴に命令されるかもしれない、唯一の居場所のクランさえ解体されるかもしれない。
冒険者は自分以外の冒険者を信用していない、権力を手にすれば絶対ロクでもないことをすると理解している。だからそんな報酬を冒険者に渡すのはやめてくれと…そう叫ぶのだが。
「クッ…かははははははははははッ!傑作だぜ会長サマぁ!ようやく俺の欲しそうなモンを提示しやがったなぁ!」
笑う、ただ一人…この非難轟轟の大非難の中で男は一人で笑い、周囲の批判の声を黙らせ静寂を作り出す。いやそりゃあ黙るさ、なんせ笑ってるのは…。
他でもない、ストゥルティ・フールマンなんだから。
「よぉお前ら!なにシケたこと言ってんだ?こんな美味しい勝負今まであったか?勝てば全てを手に入れる、全てを手に入れたらお前ら!毎日好き放題だぜ?気に食わない奴は外に放り出し好きな奴だけで酒が飲める、ウゼェクランは潰せるしもう無駄な喧嘩をする必要もなくなる!毎日薔薇色じゃねぇか!」
両手を広げ、彼は本気で笑う。その大爆笑に…エリスは思わず引き込まれる、聞いてしまう。
「で、ですがストゥルティさん。もし負けたら」
そんな中近くの部下がストゥルティを止めるように呟くが、ストゥルティは手をブンブンと振り否定をし。
「なら勝てばいい、そりゃいつもやってることだろ?お前ら冒険者が魔獣相手にいつもやってることさ。勝てば金が貰えて酒が飲める、負ければ死ぬ…それだけだろ?今更怖気付くやつが、まさか大冒険祭に参加しようとしてるなんてこと…ないよなぁ!」
仰々しい語り、本質を理解した言葉、何より有無を言わせぬ迫力。それは非難轟轟だった冒険者達に再び…見せる、夢を。
「う、上手い……!」
それは思わずエリスの隣で立ち尽くすナリアさんさえ絶句するほどの巧さだ。衆目の視線を集める動き、話術、カリスマ、何より身に纏う風格。全てが大役者のそれ…いやストゥルティは役者じゃない、だがそれでも…。
(人に夢を見せる事が出来るのは、夢を見る者だけ…。彼は誰よりも夢を見るから誰にでも夢を見せられるんだ…それはある意味、僕の目指す芸術のあり方そのものだ)
ナリアさんは見る、人の見る夢のあり方とそれを見せると言う事はどう言う事なのかを。ナリアさんが絶句するストゥルティの独壇場は続く。
「冒険者やってんだ、死ぬのが怖くねぇのは言うまでもないだろ?ならここは一丁!夢ぇかけて俺と戦やろうぜ?テメェらだってタダで俺に勝とう…なんて思ってなかったんだろ?ええ?だったらやろう!俺と!」
何度も言う、冒険者はバカだ。こんな風に言われて怖気付くなら誰もこんな仕事していない…例えストゥルティが二連覇の王者で、圧倒的優位な立場から上から目線でかかってこいと言っていても、乗らない奴は冒険者じゃない。
『や、やってやろうじゃねぇか!』
『赤龍の顎門が天下を取るチャンスだ!』
『もう大クランにデカい顔はさせねぇ!』
「おいおい、乗っちまったよ…」
アマルトさんが呆れ果てるように、周囲の冒険者達は瞬く間にその気になってやいのやいのと騒ぎ立てる。もう完全に…冒険者協会の未来を担って戦うムードだ。
そして、ストゥルティの援護もあり作り上げられたムードに乗ってガンダーマンも語り出す。
『協会をアド・アストラに対抗できる組織にするには一致団結しなければならない!故に!バラバラとなって対抗し合うより力を合わせる方がより強くなれる!故に我輩はここに集う全てのクランを束ね最強の組織を作り上げる!そしてその最強の組織には最強のクランマスターを置く!それを決めるのがこの場である!』
拳に握り、天に掲げれば…今度飛んでくるのは非難ではなく、賛成の轟音。あっという間にそう言う空気だ…。
そしてその空気を作り上げたのはガンダーマンではなく、ストゥルティだ。
(ストゥルティ・フールマン…最強の冒険者なんて呼ばれるだけあって、想像以上にやり手なようですね)
エリスは遠目に見る、ストゥルティのニヒルな笑みを。これは…思ってたよりも大変な勝負になるかもな。
だがエリス達だって負ける気はない。せっかくすぐそこにガンダーマンがいるんだ…このチャンスは物にさせてもらいますよ。
…………………………………………………………
『以上を持って大開会式は終了します、今から三十分後に予選を開始します。予選内容の発表は予選開始五分前に行いますのでそれまでに所定の場所に向かってください』
そんなアナウンスが響けば冒険者達はゾロゾロと所定の場所に向かったり最後の準備に向かったりする。所定の場所はエントリーの時に伝えられている…確か、街の外で馬車に乗って待機だったはずだ。
さて、エリス達も向かいますか。
「しかし、なんかどえれぇモンが賭け皿に乗ったな」
ふと、その辺の柵の上に座り、メグさんに取り寄せてもらった瓶ジュースを飲むアマルトさんはボヤく。まぁ確かに、想定していたものよりも随分大きなものが優勝賞品になりましたね。
「だな、どうする?これで私達が勝ったら私達がグランドクランマスターか?些か重い手荷物だな」
「魔女大国嫌いのガンダーマンが、我々魔女の弟子がグランドクランマスターになることを容認するか…或いは以前ケイト様が仰ったように我々の存在が明るみになり大問題になるかも知れませんね」
メルクさんとメグさんの危惧も最もだ、今エリス達は目立っていないからなんとかなってるがグランドクランマスターになればその限りではないかも知れない。けど…エリスの意見を言わせてもらえれば。
「どうでもいいのではないですか?そう言うの」
「え?」
みんなのドン引きした視線がエリスに注がれる。どうでもいい…なんて言う事がそんなに変か?
「おいおいエリス、どうでもよくはないだろ」
「いいですよ別に、問題になるならなればいいです。最初はこの国で問題を起こすのは…とも思いましたがどうやらこの国の奥深くまでマレフィカルムは根付いているようですし、なら逆にこの国を引っ掻き回して奴等の巣の居心地を悪くしてやれば案外出てくるかも知れませんよ」
「お前イカれてんのか」
「戦争が起こるかもって話だろうエリス、よく考えろ」
なんでそこまで言われなきゃいけないんですか…。……ん?
「来ます」
「みたいだな」
エリスとラグナが視線を鋭くさせ、流れる人混みを見遣る…。人混みの向こうからでも分かる威圧感と存在感、どうやら予選を前に彼らが挨拶に来たようだ。
「よぉ、やっぱ来てやがったなぁ?ステュクス」
「ストゥルティ……」
さっきの開会式のもう一人の主役ストゥルティ・フールマンだ。しかもどうやら腹心たる部下を何人か連れてきている。…何人か覚醒者もいるな。
「俺との勝負、受ける気だな…」
「勝敗は…どう決めるよ」
「どっちが優勝するか、に決まってるだろ」
ストゥルティを前にステュクスは怯えずに立派に張り合い立ち上がる。ストゥルティにとってこの大冒険祭はステュクスと妹ハルモニアを賭けた勝負でもある。だからこそ…ここにきた。
優勝した方が勝ち、賭けはハルモニアの身柄とステュクスの命をかけた物。ストゥルティが勝ったら…まぁ間違いなくステュクスは殺されるだろうな。他にも冒険者協会のストライキは継続される、グランドクランマスターになればそれも容易いかもな。
だからこそ、ステュクスは負けられない。まぁそもそもエリスも負ける気はありませんが。
「……へっ、今日は姉貴の後ろに隠れねぇか。しかし」
するとストゥルティはエリス達を見回して、やや顔を歪め…。
「何処に転がってたんだ、このレベルの連中が…」
「え?」
「こいつらまじで冒険者か?ありえねぇだろ。全員超大型クランのマスタークラスじゃねぇか…いや、そう言えば『瞬颶風』のエリスは…なるほどね」
「な、なんだよ」
「いいのかね、王国の騎士様が魔女の力なんか借りて」
「ゔっ…」
「まぁ、俺ぁなんでもいいけどさ」
ストゥルティはエリス達の正体に合点が入ったようだ、しかしその上でなんでもいいと言って退ける。どうやら余程の自信があるようだ、エリスも別にいいですよ…なんでもね。
「まぁなんだ、俺が言いたいのはつまり───」
『おうおうおうおう!なんだなんだニャンニャン!にっくき仇敵が雁首揃えてやがるにゃあ!』
「チッ、面倒なのが来た」
すると更に、おかわりが来る。ステュクスを求めてストゥルティが来るなら、当然こいつも来るよな。そうだ、ストゥルティとは別方向からやってくるのはまた別の集団。
「怖気付かず来たかにゃん!エリス!」
「怖気付く要素が何処にもないので」
「こ、こいつぅ…!」
猫神天然のネコロア・レオミノル…及び北辰烈技會だ、全員が腰や背中の武器に手を当てておっそろしい顔で辺りを睨み回しながらズカズカと現れる。するとリーベルタースもそれに応えるように武器に手を当てて舌打ちをし、まさしく一触即発のムードだ、
「おいネコババア…お前随分出世したな」
「んん?何が言いたいのかニャン?ストゥルティちゃぁ〜ん…戦力さえ揃えばテメェなんか敵じゃねぇニャン」
「ハッ、ボスに用意してもらった戦力でイキってんじゃねぇよ。俺に勝ちたきゃそっちのクランマスター呼んでからにしろや…!」
「分かってないにゃんねぇ、ボスが出たら一発で終わるにゃん。それじゃあ祭りとして成立しないから敢えて我輩が出たにゃんよ」
「言ってろ、痛えんだよお前の口調は」
「オウゴルァ!言っていいことと悪い事があんだろうがッッ!!」
ストゥルティもネコロアも普通に仲が悪いようだ。しかしそれでも…二人の目的はあくまでエリス達、ネコロアは怒りつつもエリスにギロリと視線を向け。
「エリス!お前は我輩がこの手で潰す…なんのために大冒険祭に参加するかは知らんが、絶対に我輩の前に立て。予選で負けられたら肩透かしにゃん」
「勿論、貴方を叩き潰して進むので心配はいりません」
「なんか雰囲気が師匠の方に似たにゃんね。まぁいいにゃん、分かってるならね、それだけいいに来ただけにゃん…それじゃあにゃ〜ん」
そう言ってネコロアは自分の戦力を見せつけるように帰っていく。背中に携えた部下達はまさしく大クランの混成軍のようだ、ストゥルティも怖いが北辰烈技會…こっちはこっちで油断出来ないな。
「…ま、俺も同じような事が言いたかったんだ。優勝した方が勝ち…だがやるなら気持ちいい勝負がしたいしな」
すると、ストゥルティも踵を返し歩き始め…肩越しに笑みを浮かべこちらを見ながら。
「予選…突破出来るといいな?」
「……………」
なんてやや不気味な事を言い残し、ストゥルティは去っていく。あれは宣戦布告か?よくわからないけど…奴等はエリス達を逃すつもりはないようだ。
「気持ちいい勝負か…勝負になるのかな、俺達」
「何弱気になってるんですか、気持ちよかろうが悪かろうが勝負になろうがそうじゃなかろうが、勝てばいいんですよ。その過程に想いを馳せたって仕方ないでしょう?」
「俺ラグナさん達尊敬するよ、姉貴のメンタリティについていけてるんだから」
「な、な…」
「まぁまぁ、それよりみんな。そろそろ馬車に向かおう…予選が始まるみたいだしな」
色々言いたいことはあったが、ラグナが宥めてくれたので見逃してあげます。それより予選ですね…しかし、馬車に乗り込をでスタートの予選とは一体…。
みんな揃って、馬車に向かう…そんな中茫然と立っていたのは。
「どうしたんですか?アルタミラさん」
「……いえ」
アルタミラさんだ、そこに気がついたナリアは足を止めて彼女の顔を見ると…。
「皆さん、色んなことを想って生きているんですね」
「え?ええ…みんなにもそれぞれ事情があるので」
「……色とりどりの感情の嵐、美しさとは違いますが。心動かされる物がありますね…」
「アルタミラさん…」
アルタミラの表情は物憂げだ、そこにナリアは彼女なりの事情を見る。思えば自分は何もアルタミラさんのことを知らない、そこに踏み込んでいいかも分からない…だからこそ。
「アルタミラさん、いろいろお話ししながら歩きませんか?」
「え?でも急いだ方がいいのでは…」
「口を閉じても、歩む速度は変わりません…だから、ね?」
「……はい」
微笑む、アルタミラはナリアの心遣いを感じたのか小さく微笑み、二人は…まずは一歩、踏み込むのであった。
……………………………………………………………
「すげぇ数の馬車でやんの」
それから街の外に出たエリス達は、そこに立ち並ぶ馬車の数に唖然とする。サイディリアルは大きな街だ、だがその外周をぐるっと覆い尽くす程に大量の馬車が並び、予選の開始を待っていたのだ。
馬車の数は万に届くだろう程だ、この馬車一つ一つが一チーム…つまり参加しているチームということだ。今からエリス達はこの中から最初の千組に入る為頑張らなければならないということで。
「なーんか、こういう風に馬車が並んでると…『アレ』を思い出すな」
なんてボヤくラグナを他所にエリス達はみんなで馬車に乗り込み、出発の準備を整える。
「エリス、先程協会の人間から配られた『予選の内容』はなんだった?」
「はい、予選の内容はどうやら魔獣討伐系のようです」
エリス達は揃ってリビングに集合し、エリスはその真ん中で先程協会の人から配られた予選の内容を読み上げる。予選の内容は単純な魔獣討伐系…つまり。
「予選は『レッドゴブリン十匹の討伐、討伐の証としてその右耳を持ち帰ること』でした」
「レッドゴブリン?そいつを倒して耳を持ち帰ればいいのか?」
ラグナの言葉に頷く、予選を突破するにはレッドゴブリンの耳を持ち帰る必要がある…勿論耳を取るには討伐する必要がある。つまるところエリス達はこのゴブリン十匹を倒し、またこのサイディリアルに持って帰ってくる必要があるんだ。
当然ながら、これは先着制。いくらレッドゴブリンを倒してもその耳を合計千チーム以内に持ち帰らねば予選突破は認められない。つまるところ早い物勝ち、より迅速な仕事が求められるんだとみんなに語ると。
「肝要なのはより早く、レッドゴブリンを見つけ討伐する事か」
「でも私レッドゴブリンがどんなのか知らないよ?見た目が分からなきゃ探しようがなくない?」
そんな風にデティが語る、確かにレッドゴブリンはメジャーな魔獣じゃない、見た事がないというのも割と珍しくない話だ。するとそこで動くのが…。
「でしたらこれをご覧ください、私が書いた魔獣図鑑です」
アルタミラさんだ、協会所属の描画師だけありそれなりに多くの資料を持っているらしく、持ってきた本の一冊…アルタミラの魔獣図鑑には正確な魔獣の姿が書き記されていた。
本を開き見せるページに書き記されたのは…まぁ名前の通り真っ赤なゴブリンだ。
レッドゴブリン…通常『赤鬼』。協会指定危険度Eランク、だがこれはあくまで単独でのランクでありゴブリン種は基本的に群れで生活する為軍隊で見たらBランク相当にまで危険度が跳ね上がる怪物だ。
通常のゴブリンより一回り大きい体躯と長く発達した耳、そして真っ白になった凶暴そうな瞳が特徴で通常のゴブリンとは異なり初歩的な重量操作魔術を扱い棍棒で痛烈な一撃を放ってくるのが特徴だ。
「これがレッドゴブリンか…ふむ、色々詳しく書いてあるな」
「こりゃ助かるぜ、後でこの図鑑読んでいいか?」
「ええ、構いません…それより考えるべきは」
「ああ、何処へ向かうか…だな」
「え?何処に?」
ステュクスの言葉にエリスも頷く、そうだ…問題は何処に行くか。このレッドゴブリンが通常のゴブリンと異なりメジャーと言われない最大の理由はこいつらは生息域を限定するところにある。
「ゴブリンは基本的に山賊みたいに獲物を探してあちこちを遊牧する魔獣なんです、だからあっちこっちで増えるんですけど…このレッドゴブリンはある一定の地域に留まりそこで繁殖増殖を繰り返す魔獣なんですよ」
「移動しない…という事か」
「はい、だからその近辺にさえ近寄らなきゃあんまり危険な魔獣じゃないんですけど…まぁ放置するとアホみたいな数に増えるんですよね。だから定期的に協会が大討伐作戦を敢行するんですけど、今年はそれを競技にしたようで…」
レッドゴブリンは森や谷といった場所に集落を作り、近寄ってきた人間を攫って巣で解体して食うんだ。逆に言えば近づかなきゃいいんだが…そうも言ってられないくらい増えることもある。
最悪な例として、マレウスではなく他所の非魔女国家では放置しすぎて王国軍より増えてしまい、手が出せなくなった結果領土の一部をレッドゴブリンに取られてしまった、なんて話もある。こうなると対処に時間がかかるから時折協会が莫大な金と引き換えに国を相手に商売をし、レッドゴブリン討伐を行っているんだ。
それに数が一定以上に増えたレッドゴブリンは時折『遠征』という集団で外部に出て獲物を狩り尽くし巣に持ち帰る行動に出たりする。つまり何が言いたいかというと放置は出来ないという事だ。
そしてそれはマレウスも同じ…。
「問題はその棲家ですよ、あんまり遠いと倒しても帰ってくるのに時間がかかるんで飽くまでこの中部内の棲家に行く必要があります、けど…俺が知ってる限りその棲家ってのが四つしかないんです」
「あんまり多くない…」
そう、そこなんだ。多くないんだ…棲家一つにつき大体数千匹はいるだろう、四つの棲家合わせて千組の合格者が出る分のレッドゴブリンはいるだろう、だが逆を言えば一つの棲家につきとれるレッドゴブリンの耳の数には限界がある。その棲家でレッドゴブリンが狩り尽くされいなくなってしまったら他の棲家を目指さざるを得ないが、そんな暇が果たしてあるだろうか?
何処の棲家を目指すか、これが肝心なんだ。そしてラグナも即座にそこを理解したようで…。
「ふむ、『四つ』か…ってことは当たりは一つだけだな」
「へ?当たりですか?」
「ああナリア、考えてみろ…俺達が気にするべきはレッドゴブリンをどう倒すかじゃなくて、如何にして他の大規模クランとカチ合わないか。だがそれは逆を言えば他の大型クランにとっても同じだろ?ってことはリーベルタースや赤龍の顎、北辰烈技會はそれぞれがそれぞれの狩場を独占するように動くはずだ、獲物を分け合うようにな」
「あ…ってことは」
そう、この予選…勝つには三つの大クランとかち合わない事が絶対条件。大クランと同じ場所を選んだら終わりだ、例えばリーベルタースと同じ場所を選べば奴らは潤沢な人員を使って全体の七割を妨害に使いその間にストゥルティ達主力がレッドゴブリンを狩り尽くし自分達の合格枠を確保するだろう。
いくらエリス達に戦力があっても何千何万の軍勢の妨害を受けながらとなるとレッドゴブリンを探すどころではなくなる。それは北辰烈技會も赤龍の顎も同じ。そしてきっと奴らは四つあるうちの三つを分け合う…奴らも予選でぶつかり合いたくないだろうからな。
だからエリス達のようなクラン所属じゃない奴らはクランとは別の場所を選ぶ必要がある。つまり正解は一つだけなんだ…。
「ステュクス、その棲家の場所は分かるか?」
「えっと地図は…」
「こちらに中部の地図がございます」
「お、準備いいっすね。えっと…」
するとステュクスは用意された中部地方の地図に、ペンで丸を書き込んでいく。
「棲家は四つ、それぞれ東西南北に分かれていて…東の『エンス渓谷』西の『チデンス渓流』南の『ディエース大森林』北の『リオネス山岳』です」
「なるほどな、デティ…それぞれのクランマスター達が陣取っている場所は分かるか?」
「待っててね?探るから」
するとデティはリビングの床をガコンと外し地下に入る。久々に使うな、この馬車に搭載された巨大魔力機構『デティ・システム』を使うんだ、これを使えばただでさえ巨大なデティの探索範囲は更に広がる。
「え?これ馬車なのに地下とかあるんすか?え?これ普通?」
なんてみんなの顔を見回すステュクスを無視しつつ、デティの答えを待つと…。
「分かったよ、ストゥルティは東に、ネコロアは南に、ヴァラヌスは北に陣取ってるよ」
開会式の時に一度肉眼でそれぞれのクランマスターを見てるからね。デティにかかればクランマスター達が何処にいるか直ぐに分かるのだ…しかしそうか、となると。
「行くべきは西…『チデンス渓流』か」
ラグナの纏めにより即座にエリス達の指針が決まる。それぞれのクランマスター達が向かうであろう場所から割り出すに恐らく空きは西だ。
「よしっ!そうと決まれば目的地はチデンス渓流だ。距離的にここから二日くらいの範囲だが…ルートの決定はエリス、お前がやってくれ」
「分かりました」
「現地に着き次第デティの探索でレッドゴブリンを見つけ、俺とメルクさんで仕留める。他メンバーは他の参加者からの妨害の阻止を、アルタミラさんはチデンス渓流の情報があればエリス達に共有を、ここから忙しくなる。全員準備を進めてくれ」
『おーっ!』
「おお…、あっという間に決まった…」
ラグナの手慣れた指揮とそれに文句も言わずに従うエリス達にステュクスは呆気に取られる。
「姉貴達ってマジでラグナさんという事聞くんだな…」
「まぁ、ラグナの役割がそれですからね。彼はこういう時しっかりとした判断をしてくれるので」
「へぇ〜…で今みんな何やってるの?」
「え?」
ふと、ステュクスに聞かれて首を傾げる。みんな何をしてるのって…『戦闘態勢』だが。
「御者はネレイド、防壁の展開を。俺とエリスとデティで表に出る、アマルトとメルクさんとナリアは防御を固めてくれ、アルタミラさんは待機で」
「ちょ、ラグナさんいきなり何やってるんですか…そんな急に戦争するみたいなフォーメーションとって」
「戦争するみたいも何も…するんだろ、戦争」
「え、ええ?いやいや今の話的に一刻も早くチデンス渓流に向かうって話じゃ…」
「何言ってんだよステュクス…」
そう言いつつラグナはエリスとデティ…戦闘部隊を率いて表に出る。ラグナの言っていることは正しいよ。今からやるのは戦争だ…だって。
「ありなんだろ?他参加者の妨害…なら、その参加者が一番集まる瞬間と場所は、いつだ?」
「え?……あ」
ステュクスもまた外に出て気がつく、他の馬車からもゾロゾロと戦闘員が出てきていることに。全ての馬車がすでに戦闘体制をとっていることに。そうだ、まずはスタートの瞬間…それが最も参加者が集中し、かつ他参加者を潰せる瞬間なんだ。
それはいつかエリス達が参加したディオスクロア大学園の課外授業と同じ、スタート地点が最大の山場なんだ。そして今回のそれは…学生とお遊びとはレベルが違う。
『それではお待たせいたました、これより大冒険祭……』
そして、響く…拡声魔道具によるアナウンスが、開始の合図を。
「ライバルは少ない方が都合がいい!全員!潰せるだけ潰して先に進むぞ!」
「おっけー!」
「分かりました」
「ステュクス、お前はどうする?丁度いいや…お前も俺たちと一緒に来い!」
「い、一緒にってまさか俺も一緒に戦えって事────」
『……予選!開始ですッ!』
響き渡るアナウンスと冒険者達の怒号、爆発する殺意と攻撃により始まる、エリス達の大冒険祭…そして、このサイディリアルを舞台とした戦いが。この時幕を開けたのだ。