634.魔女の弟子と復讐の猫神
「結局成果無しか」
「そう簡単に見つからないって…」
夕暮れ時、なんの成果も得られず帰ってきたエリス達はオレンジ色に染まった世界の中帰路に着く。目的であった十人目の仲間を探す…という話は結局形になることなく、エリスとステュクスの努力は徒労に終わった。
夕暮れになり人気もなくなり始めてきた。これ以上街で人探しをしても効果は薄いだろう。日が暮れてから出歩く奴はそもそも社会に迎合されていないならず者が多い、そういう奴はいくら向こうが乗り気でもエリス達は仲間にするつもりがない。
なので今日はもう帰ることにした。けどその前にみんなと合流しなきゃいけない…というわけでエリス達がみんな揃って合流地点として利用することにしたのが。
「ほら姉貴、こっちこっち」
「こっちって…本当のいいんですか?ステュクス、貴方の家を集合場所に使っても」
「別にいいよ俺の家だし、それにそれなりに広いし多分みんな揃って話をするなら俺の家が一番だと思うな」
「そ、そうですか…」
エリスは周りを見回す、エリスが今いるのはサイディリアルの高級住宅街。あちこちもう見事な屋敷が乱立する区画だ。アジメクの貴族達が住む区画に似て一定の財力を持つ者だけが住むことを許された場所…そこを歩いているということはつまり、ステュクスの家は…。
「あ、見えた。あれだよ姉貴」
「……貴方いい家に住んでますね」
ピッとステュクスが指差したのは、館だ。トラヴィスさんが住んでいた屋敷に比べれば幾分スモールだがそれこそ貴族が住むような立派で新品なお館がそこには屹立していた。あれにエリスの弟が住んでるって?
うーん、どうにも昔のイメージが拭えないから森の中の小屋に住んでるイメージだったけど、こいつ意外にいい生活してるな?
「まぁな、これでも女王直属の近衛隊の隊員だぜ?まぁ俺も初めて持った自宅ってのがあんな立派なものになるとは思わなかったけどさ……ん、そういや姉貴って普段何処に住んでんだよ」
「エリスは基本旅から旅の根無草なので自宅とかは持ちません。強いて言うなれば馬車が家でしょうか」
遠くに見える立派な館に向けて歩きながらとりあえず雑談に耽る。ちなみにエリスの自宅は無い…というわけでは無い、一応師匠と一緒にギアール王国の辺境に小屋を持ってる、けどエリスも師匠もあちこちに飛び回るのが好きだから殆ど帰ってないんだよな。
偶に荷物を置きに行ったり、落ち着いて修行したい時に使う程度で寝泊まりはしてない。だから自宅というより拠点の一つってイメージの方が強いんだな、これが。
するとステュクスはそれを聞いて何やらニマニマ笑い出し。
「そっかぁ、姉貴旅人だもんなぁ。そりゃあ自宅とか持ってねぇよなぁ」
「…なんですかそのムカつく顔は、殴って埋めますよ」
「ど、何処に…?てかいいじゃんか。俺姉貴に勝てる部分とか無いと思ってたからさ、こう…収入面で勝った!社会的地位で勝ったと思いたいんだよ」
なんだそれ、ムカつくな…と言うか。
「ステュクス、社会的地位とか収入面とか言ってますけど。貴方エリスを無職だと思ってませんか?」
「え?仕事あんの?姉貴」
「アド・アストラの最高幹部です。指揮する支部拠点も持ってます…殆ど行ってませんが。ああ、収入はこちらです」
そう言ってエリスは鞄の奥深くにしまっておいた給料明細をピラッとステュクスに見せる。するとステュクスはそこに書かれた額に顔を青ざめさせ…。
「え、アド・アストラの最高幹部って…こんなに貰えるの?」
「何にもしてないんですけどね、でも昔の功績とかを鑑みてデティが任命してくれて。殆ど仕事はしてないんですけど金庫に大量の給金だけが積み重なってます…まぁ、エリスはあんまりお金を使う生活をしてないのであってもなくても関係ありませんが」
「……はぁ〜〜何それ〜〜…」
甘いんですよ、エリスに勝とうなんてね。まぁ自宅を持ってないのは確かですが…それに普段こう言う地位的な物を使う場面がないので関係もない。お金が必要になる場面になると基本的に何処からともなくメルクさんがやってきて勝手に支払いを済ませてしまうし。
多分、エリスが家が欲しいと言ったらメルクさんは勝手に買うだろう。しかもデルセクトの一等地に、城みたいなのを。
「なんか一気にどうでも良くなってきた。俺の家行くのやめない?」
「何言ってんですか、もう目の前でしょ」
「うぃー」
そうしてエリス達は館の前に立つ…と、同時に。
「お、エリス達もいるじゃんよ」
「ん、偶然」
「あれ?アマルトさんにネレイドさん」
偶然一緒にステュクスの家にやってきたのはネレイドさんとアマルトさんだ、二人もエリス達と同じタイミングで切り上げて合流場所のステュクスの家へと向かったようだ。
いや二人だけじゃない。
「なんだ、もう全員揃っているのか?」
「いえ、ラグナ様とデティ様とナリア様がいませんね
メグさんとメルクさんも一緒だ、ラグナとデティ、そしてナリアさんの三人を除いた全員が館の庭先に揃い扉の前で一堂に会する。やっぱエリス達は友達ですね、気が合うと言うかなんと言うか。
「皆さん成果ありましたか?」
「あったように見えるかよこの顔が、こっちは何にも無しだ。メルク達は?」
「無理だな、話も聞いてくれん。何が冒険者だ…日和よってからに、エリスは?」
「全然ダメでした、収穫ゼロ。今日はみんなで涙で枕を濡らしましょう」
と言うことは二日ある猶予のうち一日を無駄にしたわけだ。うーん…こりゃあんまり贅沢を言わないで適当なのを連れて行くか?そもそも参加すらできなきゃお話にもならないし…。
「まぁ、ダメだったもんはダメだったで明日の俺達に任せようや。ってかさぁステュクス、これお前の家ってマジ?すげーじゃん、流石宮使え!」
「え?…で、でしょう!凄いでしょ!」
何やらアマルトさんとステュクスが話してる…と言うかアマルトさんはこういう時やたら年下に対して当たりが良い。普段は敵愾心剥き出しの陰キャの癖をして自分より幼い相手には面倒見が良くなるんだ。…いや、そもそもエリスの弟だから気を遣ってるのかな。分からない。
「姉貴にはああ言ったけどやっぱ俺この家自慢したいよ!」
「おーおー、いいじゃん。十分自慢出来るぜ」
「ですよね!」
「ステュクス、やめなさい。そこにいるアマルトさんは普通にコルスコルピの大貴族だからこの館より数倍デカい家に住んでますよ」
「え?」
「ネレイドさんは将軍ですので城みたいに家持ってますし、メルクさんは……言う必要あります?」
「……え?魔女の弟子ってもしかしてみんな金持ち?」
旅人のエリスを除けばみんなかなり社会的地位は高いですよ。そんな相手に自宅自慢はやめなさいとエリスが止めるとアマルトさんがため息を吐き。
「お前なぁ、こう言う時は乗ってやれよ。それに俺は今家出中だからあの家には住んでないの。気落ちすんなよステュクス、いい家さ」
「うう、アマルトさん…優しいっす」
「なはは、ほれ入ろうぜ。そろそろ寒い季節だし夜になるとより冷えるからさ」
パンパンっとステュクスの背を叩いて館へと歩いて行くステュクスを見守る…ちょっとエリスが嫌な奴だったな、そうだよ。彼は立派に自立して生きているならそこを褒めるべきだった、何を対抗心を燃やしてるんだエリスは。
「アマルトの方がいいお兄ちゃんだな、エリス」
「むぅ」
「むくれるな、行くぞ」
そしてなんかメルクさんに笑われながらもエリスは館の玄関をくぐりステュクスの家へとやってくる。以前エリスがステュクスの家にやってくる…と言うシチュエーションを敢行した時はステュクスはソレイユ村という小さな村の外れに小さな小屋を構え、父親と共に住むという質素な暮らしをしていた。
だが今は違う、玄関を潜るとランプの灯りで暖かな印象を感じるような光に照らされたカーペット、綺麗に磨かれたフローリングに広々とした通路と玄関口が見えた。立派な家だ…そうだ、立派なんだ。
エリスの弟は今、きちんと社会的な評価を得て、給金を得て、自立した生活をしているんだ。たった一人で仲間を作り、しっかりした職を得て、自立した生活を。
(いい家ですね、ステュクス…)
アマルトさんと一緒に前を歩くステュクスの背にそんな言葉を投げかける、いや投げかけてない、心の中で呟く。ちゃんと口に出さなきゃ意味ないのは分かってますけど…今はこれくらいで許してください。
『ステュクスさん?』
「ん?」
すると、すぐ横の通路…その脇にある扉を開けて、聞き慣れない声が響き見たことのない人間が現れる。ここはステュクスの家のはず、なのにステュクスではない人間が何故現れる。
現れたのはオレンジの長髪を腰当たりまで伸ばした若い女性だ、おっとりしたタレ目から感じるのは静かな怜悧さ。本当に見たことない人だ…いやまさかこの人が。
「あ、ハルさん。ごめん急にお客さん連れて来ちゃって、この人達…」
「もしかして一緒に大冒険祭に参加してくれる人達ですか?流石ステュクスさん、一日でこんなに集めてくるなんて」
「ま、まぁそうなんだけどさ。あ…紹介するよ、この人がハルモニアさん…俺の面倒を見てくれているアレス・フォルティトゥドさんの孫娘のハルモニア・フォルティトゥド」
「そして婚約者です」
「違います」
ハルモニア・フォルティトゥド…ケイトさんがかつてチームを組んでいた伝説の冒険者チーム『ソフィアフィレイン』のメンバーであり女戦士をしていたと言われるアレス・フォルティトゥドの孫娘。
そしてステュクスが今問題を抱えるに至った原因たる人物…、ステュクスとの結婚を強行しようとし、結果ストゥルティから恨まれるに至った文字通りの原因。それがこいつか…。
「こいつが例の……」
アマルトさんはポケットに手を突っ込みながらステュクスをチラリと見る…が、ステュクスはその視線に対し静かに首を横に振る。その瞬間全員がステュクスの気持ちを把握する。
つまり今のやりとりは『俺達の方から結婚に関して話をして断ろうか?』というアマルトさんの気遣いと『いや、この件は俺がなんとかしますから』というステュクスの返答による言葉のないコミュニケーション。
何処まで行ってもハルモニアとストゥルティの問題はステュクスの抱える問題でありエリス達が関わるべきではないのだろう…だから今は口出しするのはやめておこう。
「皆様、申し訳ありません…私と兄の身勝手に付き合わせて」
するとハルモニアもなんか申し訳なさそうに眉を下げながら歩み寄ってくる。身勝手な自覚はあるのか…なんて思っていると、ハルモニアはエリスの前に立ち。
「ステュクスさんをよろしくお願いします」
「は?」
手を差し伸べてくるんだ、つまり握手を求めてくるんだ。右を見て左を見てエリスですか?の自分を指差すとハルモニアはゆっくり頷く。なんでエリスに握手求めるんだ?
「あ、あの…ハルさん。その人はぁ…」
「ステュクスさんは私にとって未来の旦那様です。そんな旦那様を守って頂くことになる皆様に妻としてご挨拶をと思いまして」
「はあ…」
よく分からないが。挨拶したいというのなら応じようとエリスはハルモニアの手を握り握手を交わす───が、その瞬間。
(……ん?なんだこれ)
エリスは思わず握ったハルモニアの手を見てしまう。そうして見遣るハルモニアの手は…力んで震えていた、まるでエリスの手を握り潰さんばかりの力を込めてギュウギュウ強く握っていたのだ。
こいつはどういう意味だと再びハルモニアの顔を見るが、彼女はまるで惚けるように首を傾げ微笑んでいる。なんだこいつ…喧嘩売ってるのかな。よく分からないけどそっちが強く握るならエリスも握りますか。
「よろしく、ハルモニアさん」
「ッッ───!?!?!?」
軽く力を込めてギュッ!と握り返すとハルモニアはまるで電流に打たれたようにピョーンと飛び上がり咄嗟にエリスの手の中から自分の手を引き抜き逃げ出す。何がしたかったんだ?
「ちょっ!?姉貴!ハルさんに何したんだよ!」
「いや、なんかめっちゃ強く握ってきたので、そういう握手がお好きかと思い同じ流儀で返したまでですが」
「ッ…も、申し訳ありません。ステュクスさんと一緒に戦って頂けるということでしたのでどれほどの使い手か確かめる意味合いも込めて…少し試させていただいたのですが、なるほど。貴方がステュクスさんのお姉さんでしたか…お話に違わずお強いようで」
ハルモニアは頭を下げつつ握り潰されそうになった手を振って痛みを霧散させる。どうやらエリスを試したようで、力を込めてエリスが逃げ出すならその程度と断じるつもりだったようだ。
確かに先程のハルモニアの力はかなり強かった、一般的な範疇で言えば万力の如き力だった。ただそれを上回るだけの握力でエリスが返しただけで。
「…そうとは知らず、とんだご無礼を…義姉さん」
「貴方に姉と呼ばれる筋合いはありませんが、実力に関しては疑う余地はないと思っていただいて結構ですよ。ハルモニアさん」
「よりにもよって姉貴に仕掛けるって、ヒヤヒヤしたぁ…俺ぁてっきり姉貴がハルさんを伸すもんかと」
「そんなことしませんよ、それよりハルモニアさん」
「ハル…とお呼びください、義姉さん」
「…ハルさん、なんでステュクスと結婚を?」
「それは……」
ぶっちゃけ気になったので聞いてみる。別にステュクスと結婚するなとは言わないが、それでも彼女の感じはなんかこう…不可解だ。エリスが見た感じハルさんからはステュクスへの『恋愛的な好意』は感じられない。
人としてステュクスを信頼してるのは分かる、だがそこに恋愛感情はない。ただ彼女は結婚したいからする…というような、結婚そのものに意義を見出している感じがするんだ。
どうして分かるって?この間見たからですよ、イシュキミリと結婚しようとするデティ、あれと同じ感じだ。だから聞くとハルさんな困ったように視線を落とし。
「ステュクスさんが、好きだからです」
「…………」
答える気はないか、まぁ…別にいいか。
「分かりました、それより少しこの家で休憩してもいいでしょうか。追加で仲間が三人ほどくるんです」
「ええ、もちろん。ごゆっくりどうぞ」
「いやこの家俺の家」
そうしてエリス達はハルさんに招かれて家の奥、リビングへと進むと…まぁこちらも綺麗に整理されている。メグさんがチラリと近くの棚を指で撫でるが、埃などが落ちているようには見えない。よく掃除されていますね。
「へぇ、おしゃれなリビングじゃーん、お…キッチンにも繋がってるのか」
「はい、普段は俺が自炊してるんすけど最近はハルさんが作ってくれていて」
「ふーん…俺、使ってもいい?」
「え?アマルトさんがですか?別にいいですけど」
「ラッキー、なぁメグ。食材頼むわ」
「畏まりました」
なんて早速アマルトさんはメグさんと一緒にキッチンに行ってしまう。メルクさんはメルクさんでなんかもうソファに座ってるし、ネレイドさんも体を丸めて何処にもぶつけないよう大人しくしてる。
もうすっかり待機ムードだな、ラグナ達がこちらに戻ってくるのを待とうか。
「エリス義姉さん」
「ん?なんですか?」
するとハルさんはエリスの方に寄って来る、明るい髪色に似合わずなんだかクールな顔つきのハルさんはあまり表情を変えずモミモミと自分の手を揉みつつエリスの元にスリスリと寄ってくると。
「肩をお揉みしましょうか」
「…………」
こいつまさか外堀埋めようとしてるのか?ああ、そうか。一応この人から見ればエリスは結婚しようとしている人のお姉さんだから…こう、結婚の後押しとかをして欲しいんだろうな。けどそういうことされてもエリスは期待には応えられないよ。
「エリスは別に、ステュクスが誰と結婚しようが構わないと思ってますよ」
「え!?」
「だから邪魔もしません、勿論手伝いもしませんが。貴方もステュクスと関わっているならなんとなく分かるでしょう?エリスが彼にとってどういう存在か」
「話を聞いたからこそ…なのですが」
「は?」
え?てっきり悪口でも言われてるかと思ったんだが…違うのか?するとハルさんは徐に姿勢を直し、メルクさん達と何やら話をしているステュクスを慈しむような目で見て…。
「分かっているんです、今私のしていることはステュクスさんにとって迷惑で、今の私は他人の迷惑も鑑みず自分の気持ちだけを押し通そうとしてる…嫌な奴だって」
「分かってるならなんでやめないんですか?」
「……やめる訳にはいかないからです。これがフォルティトゥド家の…宿命だからです」
「宿命…?」
「はい、先程のお話について、お答えします」
その瞬間ハルさんはチラチラと周りを見て、自分達の話を聞いている者が他にいないかを確認すると、声を潜ませながら。
「義姉さんだから…言いますね、私が結婚を望んでいる理由」
「ステュクスには言わないんですか?」
「言いません、言えません…私が結婚を望んでいるのが、家の決まりだから…なんて言ったら、ステュクスさんに失礼でしょう?」
家の決まりか、まぁ…そうですね。エリスの周りにはそういうものに振り回されている人間が多いからこそ否定はしません、そんなもん破っちゃえばいいじゃん…は外だからこそ言える勝手気ままな理論でしかない。当人の気持ちを考えるなら容易に否定は出来ない。
「私の祖母アレス・フォルティトゥドには…十二人の子供がいます」
「へぇ、子沢山ですね」
「孫は六十人います」
「多いですね…」
「ひ孫も含めればアレスお婆様の家族は百人近くいます」
大軍勢かよ、というかそんな数こさえようと思うと…一体何回性交渉と出産を繰り返せばいいのか分からないな…これは確実に『増やそう』と思って増やしてるとしか…いや、まさか。
「気が付きましたか?お婆様は『結婚し子供を産むことを義務』としているんです、フォルティトゥドの名を持って生まれた者は絶対に子供を作らねばならない…相手がいないなら攫ってでも寝取ってでも捕まえる。それが私の家なんです」
「過激ですね、そういうのはあれじゃないですか?こう、巡り合わせとか運命とか…」
「意外にロマンチストなんですね、ですがお婆様は元々天涯孤独の身…親兄弟がいないのを何よりも悲しいことだと思っているからこそ、自らの子供達にそういう結婚の義務を課している。しかもただの義務じゃありません…お婆様が認めるくらい強い人じゃないとダメです」
話が見えてきたぞ、つまりハルさんが結婚を望んでいるのは家の決まりだから。そしてその決まりに該当するだけの実力を持ち、尚且つハルさんとある程度親交がある者がステュクスなんだ。
つまりハルさんはステュクスが好きだから結婚したいんじゃなくて、ただアレスさんに言われたから…結婚するしかないんだ。
「それ、破ったらどうなるんですか?」
「以前、お婆様の息子の一人が結婚を嫌がり反抗しました。その時はお婆様…からではなく兄弟達から壮絶なリンチに合い、野に捨てられたと言います。『自分達も決まりを守ったんだから、お前も守れ』と」
「…………」
壮絶な同調圧力だな、だが結婚はそれだけ重いことだ、それこそ人生を一変させるほどの物だ。そこを捧げて決まりに従ったのに決まりに従わない兄弟がいたら、身勝手だがそりゃ怒るか。
いつだってそうなんだ、決まりが守られず怒るのは決まりを作った側ではなく決まりを守ってる側なのだ。だからハルさんもそれに従わなければ百人近い親族から酷い目に遭わされるんだろう…それこそ、命だって奪われるかもしれない。
「兄もそうです、ストゥルティもそれに反抗し兄弟親戚達のリンチを前に毅然と立ち向かい…最後には勘当されて、今ああしているんです」
「なるほど…、で次はハルさんの番と」
「はい、お婆様は何も言いませんがもうお婆様の意思など関係ない。親族達が目を光らせ私が結婚するのを見張ってる。ステュクスと言う相手が出来たなら結婚しろと…だから、私はステュクスさんと結婚しなければならない」
「……そりゃステュクスには言えませんね」
「はい、…こんな失礼な話彼には出来ません。ステュクスさんは優しいですから…この話をしたら、きっと彼は身を捧げてしまう。でも私は結婚するしかない…もうどうしたらいいか、私でも分からなくて」
「…………」
腕を組む、ままならないなと天をみる。『結婚したくないならしなければいい』『結婚したいならそれを正直に言えばいい』…とかそう言う話ではないんだ。ただ彼女は迷っているんだ、自分がどうすべきかも分からずただ呆然と言われるがままに動いていると言う状態か。
だってそうだろ、もし彼女が本気で結婚しようと思えばやれることなんか山ほどある。例えば服を脱いで素っ裸でステュクスに迫り、そのままベッドに放り投げればアイツは逃げ場を失う訳だし、そう言うことをしてないってことは…ステュクスに対する申し訳なさもあるんだろう。
「だから義姉さん…お願いします。もう少し私に時間をくださいませんか…」
「別にエリスが決めることではありませんので好きにしたらいいと思いますけど、こんな事いつまで続ける気ですか?ステュクスは良くも悪くも普通の子です、いつまでもこの状況が続けば何処かで崩れてしまうかもしれない…」
「…………それはまだ、なんとも。最近フォルティトゥドの家が活発に動いていて…だから今は何も言えません。ですがいつか…ステュクスさんにお話しして決断しようとは思ってます」
「そうですか、勇気が出ないならまたエリスに言ってくれれば、隣に座って一緒に話を聞いてあげますよ。それくらいなら手伝います、だから今はしっかり考えてくださいね」
「…やっぱり優しいですね、お義姉さんは」
「別に優しくはないですよ、ただ聞いた責任を果たすだけです」
しかし、ステュクスも厄介なのに絡まれたな。完全に貰い事故だし彼自身に過失はどこにも無い、ただハルモニアとストゥルティ…そしてフォルティトゥド家の因縁に巻き込まれただけだ。
…本当は、エリスはハルモニアの顔を見た時少し怒ってやろうと思っていた。だって身勝手な理屈でステュクスを巻き込んで、何も悪くないステュクスがエリスを頼るくらい参ってるのは正直見ていて心苦しかった。
だがそれでも怒らなかったのは、ステュクスが止めたのともう一つ。エリスが彼の為に怒っていいものかと…。だってそうでしょ?彼自身は何も悪くないのに傷つけたという点ならエリスに勝る物はないのだからそこで怒っても『どの口が言うんだ』って話になるし。
だからハルモニアさんの話を聞いて、彼女に手を差し伸べたのは優しさではなく…ただの打算。この一件におけるエリスの立ち位置を明確にしたかったからこそハルモニアさんの話を聞いたんだ。
つまりエリスの立ち位置は…不干渉、ハルモニアさんがなんとかすると言うのなら、ステュクスが何もするなと言うのなら、何もしない。それははっきり言ってエリスの姉としての役目を放棄した現状への甘えにしかならないかもしれないが…それでも、こうするしかない。
「ん?姉貴とハルさん、なんの話してんだ?」
「別に、ただここ最近のステュクスの様子を聞いてたんですよ」
「はい、ステュクスさんはウチのお婆様の元で大層厳しい訓練を潜り抜けてきたとお義姉さんに報告してました」
「い、いいよ別にそんな事しなくて…」
ふとこちらの話に気がついたステュクスが寄ってきたが、軽く煙に巻いておく。さてこれからどうするかとエリスも座る椅子を探していると…。
『ここでいいのか?』
『みんなの魔力、ここから感じるよ。おーい!みんなー!』
「あ、ラグナ達が帰ってきたようですね」
玄関先からやってくるのはラグナ達の気配だ、そして彼は廊下を通ってリビングの扉を開け、集合してるエリス達の顔ぶれをジローっと見ると…。
ラグナは徐にハルさんの顔を指差して。
「この人がみんながスカウトしてきた人か?」
とか言うのだ、違う違う…。
「違いますよラグナ、彼女はハルさんです…ほら、ステュクスの」
「ああ、ステュクスに強引に婚姻迫った挙句クソ迷惑かけてる例の求婚女」
スパコーンッ!とラグナの頭を叩く、口!悪いよ!ラグナ!いつもそう言うこと言うのはアマルトさんの役でしょ!?なんでそんなこと言うの!
しかしハルさんはにっこり笑い。
「はい、そうです。私がステュクスさんに求婚してる女です」
「ラグナ、あんまり失礼なこと言って傷つけないでください」
「お、おお。けど…あんまり強引に求婚しかけないでやってくれよ…そう言うことされると、結構キツいから、無碍にも出来ないしさ」
「ああー、ラグナってばいつもそう言うことされてるもんね」
あ、そっか…そう言えばいつか言ってたな。今アルクカースという大国を率いてその上でアド・アストラ軍を統括する若き王…それはある意味世の貴族令嬢全員から見て最高の物件だからか、ラグナは連日そう言う求婚を受けまくっていると。
そしてラグナはそう言う求婚に対しかなり辟易しているとも聞いた。ステュクスの話を聞いて自分と重ね合わせたのか…。
そ、そっかそっか、ラグナは求婚受けてる側なんですもんね…。
「ご、ごめんなさいラグナ、叩いちゃって…と言うか今も求婚とか、その…受けてるんですか?」
「え?いや今はそんなに?だって旅してるし」
「……………」
そうか、そうだよね。なんか焦ってしまった…でもそっか、ラグナもいつか結婚するもんね…そしたらエリスも、彼に祝福を……。
……っていうかさっきからステュクスがジッとこっちを見てくるんですけど、なんなんですかね。
「しかしそれじゃあみんな収穫なしか?」
「はい、ちょっと思ったよりも厳しいかもしれません」
「やはり金を使うべきではないか?」
「なんならエントリーの時だけ名前だけ貸してもらって九人で出るのもありだと思うけど」
ラグナが場に現れたことにより休憩モードに入っていたみんながそれぞれ意見を出し始める、明日はどう動くか、何を目的に動くか。どの道明日がラストチャンス、今日みたいに浪費は出来ない。
そうしてあれやこれやこれこれそれと意見が乱立する中…ふとステュクスが。
「あれ?ナリアさんは?まだ帰ってないんすかね」
そう言うのだ、ナリアさんが帰ってないと…っていうか。
「ラグナ、ナリアさんと一緒だったんじゃないんですか?」
「い、いや…一人で探しに行くって…」
「一人で行かせたんですか!?危険ですよ!」
なんで一人で行かせたんですか、ナリアさんを。こんな冒険者だらけの街なんて治安激悪ですよ…そんなとこあんな可愛い子が歩いてたら、どうするよ!
エリスが普段から飲んだくれてる汚らしいおっさんなら間違いなく誘拐しちゃいますよ!とラグナに迫ると…。
「エリス…ナリアの事侮りすぎじゃないか?アイツだって八大同盟とやり合う実力者だぞ?」
「あ……」
「そりゃ一人で行って何かあったらとは思うが、危険だからって理由では止めないさ。アイツだって俺達と同じ魔女の弟子なんだから」
べ、別にナメてたわけでは…いや、うん。確かにそうだ、エリスはちょっとナリアさんを甘く見てたかもしれない。彼だって実力者だ、そりゃ殴り合いならエリスが勝つが…実際本気でやったらどうなるかは分からない。覚醒こそしてないが彼だって今まで修羅場を潜り抜けてきた男なんだ。
…ちょっと自己嫌悪、仲間をそういう風に下に見たくないが…事実エリスはそうやってナリアさんを見てたわけで…。
『すみませーん、遅れましたー』
「ん、帰ってきた」
チラリとネレイドさんが玄関に視線を向ける。どうやら帰ってきたようだ、やはりエリスの見当違いだったようだ。そりゃそうだよな、飲んだくれてるおっさん程度ならナリアさんは軽くあしらう。そういう人の追い払い方はエリス以上に心得ているスーパースターなんだから。
その場で座り込んで反省してると…エリスはとあることに気がつく。
(あれ?足音が…多い?)
こっちに歩いてくるナリアさんの足音が、なんか多い気がする。二人分の足音だ…そこにラグナもメルクさんも気がつく、デティも魔力で気がつく。ナリアさんだけじゃない…ってことはつまり。
「すみません、皆さん」
「ナリアさん…もしかして」
扉をちょっとだけ開けてひょこっと顔を出したナリアさんが申し訳なさそうに頭を下げる。エリス達は出迎えるようにみんなで立ち…ゴクリと固唾を飲む。もしかしてと期待する、同時にナリアさんは期待に応えるように。
「実は、一緒に参加してくれるって人を見つけました」
「おお!本当か!ナリア!やるじゃねぇ〜か!」
「お手柄だぞナリア君!」
「流石でございます、それで…どういう方でしょうか?」
やはり、見つけてきたようだ。流石はナリアさんだ、エリス以上に人を見る目がある…が、おかしなことに彼は扉から顔を出しているだけで一向にその一緒に参加する人を見せてくれない。
「どういう方…あの、ちょっとだけ、驚くかもしれませんけど、まず僕の話を聞いてくれますか?」
「別にいいけど、もしかして俺達の知り合いか?」
「そういうわけじゃ……ともかく見てください、この人が僕達と一緒に参加してくれる…」
そう言いながら彼は扉を開けて、彼の後ろにいる女性を…エリス達に見せつける。その姿は……。
「彼女が、冒険者所属の描画師のアルタミラ・ベアトリーチェさんです」
「どうも……」
おずおずと頭を下げたのは、灰色の髪に赤い瞳を持った女性、絵の具で汚れた浮浪者のようなローブを何枚も着込み、腰には筆やらなんやらの道具をつけた…憂げな女性。アルタミラと呼ばれた彼女を見たエリス達は。
「んん?誰だ?メルクさん達分かるか?」
「いや、覚えがない…」
「なんでもったいぶったの?いい人そうじゃん」
ラグナやメルクさん、デティにネレイドさんは首を傾げる…だが、その中の一部。そう、『面識のあるメンバー』はもう目を剥いて口をワナワナ震わせ指をさす。ああそうだ、エリスはこの顔を知っている。間違いない、こいつは…。
「こ、この人!ルビカンテじゃないですか!?」
「おまっ!?ナリア!お前何考えてんだよ!?」
「ち、違うんです!」
エリスとアマルトさんは驚愕しアルタミラを遠ざけるように距離を取り、臨戦態勢を取る。そうだ、エリスとアマルトさんは知っている。
飽食の街ガラゲラノーツの領主カトレアの館に食材奪取のため忍び込んだ際…その用心棒として出てきたルビカンテ、いや曰くその一人格怠惰のグラフィアッカーネと顔が同じなんだ。そりゃ警戒もするよ…ってか!
「メグさん!貴方も知ってるでしょ!?」
「いやぁ、私は一発でやられたのでなんとも」
ラグナ達は知らない、あの場にいなかったから、メグさんもまぁ…一瞬で戦闘不能にされたからダメなのは分かるけど、そっか。知ってるのはエリス達だけか…いや。
ナリアさんもだ、他でもないナリアさんも知ってるはずだ、何故…彼女を仲間に加えようと思ったんだ。そんな風に不安げな目で彼を見ると。
「違うんです、この人は…ルビカンテじゃありません」
無理があるぞそれ、確かに髪の色は違うが特筆していうべき違いはそれくらい。顔のパーツや配置、大きさに至るまで完全にエリスの記憶と一致する、ここまで似ている人間がいるものか。これは間違いなくルビカンテだ。
「ですよね、アルタミラさん」
「はい…というか皆さんと言ってるルビカンテという単語さえ、私にはなんのことか」
「…信じられません、デティ…」
こいつは絶対嘘を言ってる、そう思いデティに聞いてみるが…彼女は首を傾げ。
「うーん、エリスちゃん…この人嘘言ってないかも」
「えぇ!?…ん?『かも』?」
なんだその曖昧な答えは、と思ったがデティはうんうんと頭を捻っている。何かあるのか?まぁ…デティの読心も絶対じゃない。事情があったとは言えイシュキミリさんの本心も見抜けてなかったしな。
そこで次に頼りになるのがナリアさんの『演技看破能力』…相手が嘘をつき演技をしていたら一発で見抜けるというデティに次ぐ嘘発見器、だがその彼が連れてきたのなら…うーん。
「アマルトさん、どう思います」
「ウチの嘘発見チームが何も言わねぇしな…、つーかあれじゃね?またルビカンテの一人格とか、その辺とか」
「でもルビカンテの人格はみんな画家として有名なんですよね」
ルビカンテは複数のペンネームを持つ、怒りの感情で猛る絵を描く時は『マラコーダ・ネーロ』…悲しい絵を描く時は『スカルミリオーネ・アルバストゥル』と言ったように、感情一つ一つに名前がついており、全く別のジャンルの絵を描くが故に別人と見られている…という話だ。
もし彼女が別人格なら『アルタミラ・ベアトリーチェ』という高名な画家として流しられている筈だが、ナリアさんを見るにそんな感じもなさそうだ。
となると、マジで接点がないのか?
「本当に接点も何もないんでしょうか」
「少なくとも、今それを証明するもんは何もないよな…」
「ですね…」
二人で虚空を見つめて色々考えるが、如何にもこうにもアルタミラとルビカンテを結びつける物が見た目の同一性以外何もない。これは理論的とは言えない、指摘してもそれは言いがかりだ。
とは言え、警戒すべきことに変わりはないような気がしないでもないが…。
「あの時ルビカンテ…いやグラフィアッカーネさんと戦った人達には思うところはあると思います。けど…僕を信じてくれませんか?」
「別にエリスはナリアさんを疑ってるわけじゃありませんよ、ただアルタミラさんを信じる理由がないだけで…」
「僕は、この人と話し…この人の芸術性を見て、信じると決めました。アルタミラさんは悪い人じゃありません」
うーん、芸術性と言われてもそこを信用の担保に出来るのはナリアさんだけ、だからこそ僕を信じて…なのか。どの道エリスに決定権はない、ここはラグナに意見を聞いてみるか。
「ラグナ、どうでしょうか」
「アルタミラとルビカンテが似てるんだよな?」
「ほぼ本人と言っても過言じゃないくらい顔が似てます」
「んー…エリス、ちょいちょい」
「なんです?」
するとラグナはエリスをちょいちょいと手招きし…、エリスはラグナに身を寄せると彼は声を潜めて。
「エリス、アルタミラをこうして見ていた感じ…そこまで強そうには見えないんだが」
「え?あ、本当だ……魔力が全然ない」
確かにこうして見ているとアルタミラからは魔力を殆ど感じない。一般的な女性と同じくらい、つまり世間的に見れば普通と言えるレベルの魔力しかない。八大同盟の盟主にしてはあまりに弱い。
流石に魔力を秘匿してたりしたらデティだって気がつくし、指摘する。ってことはやっぱり違うのか。
「それにナリアが信じるというのなら信じてもいいんじゃないか?エリスはルビカンテに殺されかかってるから危険に思うかもしれないが」
「まぁ、そうですね…でも確かに彼女をルビカンテだと断定する物は何もありませんし」
「だろ?俺はいいと思う、この人からはそこまで悪い気配を感じないし」
「……わかりました、信じます」
「よし」
するとラグナはエリスの背中を叩いてから前に出ると、やや不安そうなアルタミラさんの前に立つ。するとアルタミラさんは…。
「あの…やっぱり私、ここにいない方がいいんでしょうか…」
「いやぁそうじゃない、ただエリスが以前戦った敵と顔が似てたってだけさ。寧ろ俺達は協力してくれる人がいなくて困ってた、そこに手を貸してくれるんだから感謝こそすれど嫌がる理由は何処にもない」
「そうでしょうか…」
「そうさ、よろしくなアルタミラさん。俺はラグナ、こっちはエリスであっちはアマルト、それでここにいるのが…」
と、ラグナはエリス達の紹介を始める。ということは彼女を仲間に加えるのは確定ということだ、大冒険祭に参加するのに必要な十人…それはこのメンバーで挑むということ。
分かってはいたが、全く面識のない人を一人加えるというのはやや緊張感がある…嫌ってわけじゃないしエリスは人見知りする質でもない、けどやっぱりこう…どう関わって良いものか、それに加えてあの顔だし。
「すみません、エリスさん」
「ん?ナリアさん…こちらこそ。エリスはちょっと過敏になりすぎていました」
ラグナが色々説明している間に謝罪してくるナリアさんにエリスも謝罪で応戦する。しかし何があったのだろうか…彼がルビカンテそっくりな顔の女性をそこまで信頼するなんて。
「でもどうして彼女を信じようと?」
「…一つは、彼女の芸術を見て信じるに値すると思ったから。芸術は人間性の発露です、絵の具ではどうやっても嘘がつけない。彼女はそんなに悪い人間じゃないと思ったから」
「ふむふむ、…で二つ目は?」
「………実は、ガラゲラノーツで出会ったグラフィアッカーネさんに言われたんです。僕ならルビカンテを『止められる』と」
グラフィアッカーネってルビカンテの一人格ですよね、それが…止める?しかもアドバイスを?というかそんなやりとりあったんだ。
「その為にはアルタミラさんが必要だと言っていました、もし彼女がグラフィアッカーネさん言っていたアルタミラなら…もしこれから八大同盟『マーレボルジェ』と戦う時、力になってくれるかもしれない」
「なるほど…そういう事情があったんですね」
そこを言ってもらえれば納得が出来る。しかしだとするとアルタミラとルビカンテは全くの無関係ってわけじゃないんだろう、だがアルタミラはルビカンテを知らないと言い…ああもう、面倒くさくなってきた。
「まぁともあれ悪い人じゃなさそうですしね」
とか言ってみる、正直今ここで是非を決められるわけじゃないし。なら…乗ってみるしかないだろう。
「つーか飯にしようぜ、なんか衝撃で忘れてた」
「え?アマルトさん料理出来るんですか!ってか美味そー!」
「ぃやったー!アマルトのご飯だ!ご飯なんだ!ご飯!」
そうして、なんだか釈然としない部分を残しながらもエリス達は十人の仲間を揃えることとなった、これで大冒険祭に参加する為の準備は整ったんだ。
……………………………………………………
「と、いうわけで。暫くステュクス借ります」
「ええ、話は聞いてますよ。ラグナさん、是非ともウチのステュクスをよろしくお願いします」
そして翌日、エリス達は参加の目処が経ったということもありアルタミラさんも加え揃ってレギナちゃんの所へと挨拶に行くのであった。一応彼は騎士、それも女王直属近衛騎士だ。こう言うとステュクスはまるでエリートのように聞こえるが…いやまぁ実際エリートに入るんだろう。
そう言う人を借りるなら、こう言う義理立ては必須。という事で今日は応接室ではなく謁見の間にやってきました。
ネビュラマキュラ王城の謁見の間というのはアレですね、趣があります。エリスは全国各地津々浦々の謁見の間で謁見してきた謁見の名人ですがやっぱりあれですね、大理石とか使った柱はいいですね…うん、浅いことしか言えません。
「しかしまさか皆様がこの街に来てるとは…全然知りませんでしたよ。分かっていたなら盛大にパレードとかしたのですけど」
「いや、お忍びで来てるので…」
そして玉座に座りラグナと話すレギナちゃんは、なんというか暫く見ない間に立派になった。身体的にはそこまで変わってないが風格っていうんですかね。王様としての気風が備わりとても立派に見える。エルドラドでの一件が彼女を大きくしたようだ。
「ステュクスは強い、きっと役に立つ…の顔」
「ステュクス、デティフローア様をしっかり守るんだぞ」
「はい!エクスさん!ヴェルト師匠!俺行ってきます!」
そしてその脇を固めるのは王国最強の使い手エクスヴォートさんと元アジメク最強の騎士ヴェルトさんだ。この二人がレギナちゃんを守るならそりゃあまぁステュクスが抜けた穴くらいならなんとかなるだろう。
この二人を抜いてこれる奴がいたらそれはもうエリスとかステュクスとかではどうにもならない。
「それで、レギナ殿…一つ伺いたいのだが」
すると、メルクさんが腕を組みながらチラリと視線を周囲に走らせ。
「レナトゥス・メテオロリティスは今は不在だろうか」
「レナトゥスですか?」
伺う、レナトゥスの存在を。昨日は城にいなかったようだが…今はどうか、出来れば彼女にも接触しておきたいのだが…。
「それが、居ないんですよね。昨日から…その、トラヴィス卿の死去の話を聞いて血相を変えてマクスウェル将軍と一緒に飛び出して行って」
「ああ……」
みんなの顔が曇る、トラヴィス卿の死はエリス達にとっても悲しい…だが同時にレナトゥスにとっても洒落にならない事態だ。
トラヴィス卿は王貴五芒星の一角、そもそも王貴五芒星はレナトゥスが成立させたもので彼女からしてみれば自分の手足や目や耳に近い存在だった。特にクルスやソニア、ロレンツォさんが死んだなかでこの国に残った最も権威ある貴族の一人だったことも考えると…その死はあまりに大きすぎる。
レナトゥスもその死を聞いてひっくり返ったろう、そして慌てて穴を埋める為に飛び出して行ったと、そういうことか。
「正直、トラヴィス卿の死は私もショックです…ですがそれ以上に彼の方の死は王貴五芒星の死の中で最も大きな動乱を生むでしょう。正直、今のマレウスはガタガタです」
「…………」
ラグナはなんとなく、視線を逸らす。別にエリス達が悪いわけではないんだが…エリス達が行く先々で王貴五芒星が死んでるし、思うところがないわけではない。結果意図してないとは言え王貴五芒星は残り一角になりマレウスという国はガタガタになった。
「残すは北部領主のカレイドスコープ家のみとなりました。が…正直この家もいつまで持つか…」
「持つかって…その家もやばいのか?」
「ええ、例えるならあの家は松明の側に置いてある爆弾に近いです。いつ爆発してもおかしくない…明日お家騒動になって北部で大内乱が起こっても、多分私びっくりしないです」
カレイドスコープ家というのは非常に特異な家でありなんと『全く同じ家族構成の二つの家が対となって存在する』という意味不明な家なのだ。当然領主も二人いる、その二人の領主が常に主導権を取り合って家の中でバチバチやりまくってるんだ。
特に今代の領主の実力は拮抗しているようでお互い細かいことに気を遣っていられない状態となっている。その細かいことというのが民衆だ…お陰で今や北部は荒れ放題、過激な反魔女思想の温床となっており、レギナちゃんの言う通りいつ過激思想に火がついておかしくない。
そして、それを抑えるだけの力は今のカレイドスコープ家にはない…と言うか多分、抑える気もない。そんな家が唯一残ってしまったんだ、そりゃ頭も抱えるか。
「レナトゥスもそこを危惧して北部に釘を刺しに行ったんだと思います」
「た、大変だな…レナトゥスも」
「彼女も真面目なら、頼りになるんですが…」
はぁとため息を吐くレギナちゃんもまた大変そうだ。そんな中エリス達はステュクスを借りる…なんだか申し訳ないな。
「ともあれ、なんだかとても大変そうなので頑張ってください」
だがレギナちゃんもレギナちゃんでイマイチ事の重大さを理解していないみたいなのでまぁよし、良くはないが。
「ってわけで言ってくるわ、レギナ」
「はい、頑張ってください!ここから応援してるので!」
「おう!」
にしても、仲良さげだなぁあの二人…なんて思ってると、ステュクスはエリス達の前に立ち、バッと背筋を伸ばし。
「では改めまして!俺!ステュクス・ディスパテルです!実力に関してはまだ未熟かもしれないっすけど!冒険者活動の経験はあります!なんでも言ってください!皆さん!」
「おう、よろしくな」
「頼むよ、ステュクス君」
「頼もしいでございますね」
頭を下げる、もう挨拶なんか終わってるのに…いや、騎士として正式に同伴が許されたからこそ、改めて…なのだろう。義理堅いと言うか、しっかりした奴だ。
「姉貴もよろしくな」
「ええ、ですが甘くはしませんよ」
「勿論、足手纏いなら置いて行ってもらっても構わない。追いつくからさ」
「……フッ」
なんか生意気なこと言ってカッコつけている。いつもオドオドしてるくせに…カッコいいこと言うじゃありませんか。思えばソレイユ村にいたあんな小さな子が…こんなにも大きく立派になったと思えば感慨深いものがある。
「アルタミラさんだっけ、よろしくな」
「ええ、ステュクスさん…でしたね。よろしくお願いします」
そして追加組も挨拶をする。向こうには何の蟠りもなさそうだ、さて…これでやるべき事は済んだ、エリス達は揃ってレギナちゃんに別れを告げつつ、謁見の間を離れ…。
「で、大冒険祭の参加はこれでいいんだよな」
城から出つつ、ラグナはそう述べる。一応十人揃いましたしね。
「はい、朝イチでエリスがエントリーを済ませてきました。明日の早朝から予選が開始されるようです」
「予選一回、本戦三回…だったな。予選で通れるチームは幾つなんだ?」
「ザッと千組ですね」
「せ、千!?それで予選で絞った数字なのか?一体予選には何チーム参加するんだ」
「全国から集まりますからね、数万チームは参加するでしょう」
「って事は数十万人か…ははっ、その辺の小国なら攻め落とせるな」
それが冒険者協会が世界で三番目に巨大な組織と言われる所以だ、餌さえ用意すれば世界各地から数十万人がホイホイ集まる、凄い話ですよね…けど元より根無草な連中にとってはそれくらい屁でもないんですよ。
集まるのは数万チーム…そこから千チームに絞られ、本戦へと進みそこで鎬を削るのが大冒険祭だ。予選がどんな物になるか分からないが…どんな流れになるかは、まぁ予測はできるな。
後は野となれ山となれ、やるべき事は決まってる、明日に備えて馬車の整備の為の部品は…メグさんが確保するとして、食料は…メグさんが確保するとして、物品は…メグさんが確保するとして。ああそうだ、何より大切なポーションなどの各種魔術薬品は…メグさんが確保するとして。
(うーん、メグさんがいたら全部終わる)
メグさんが書類を書いて帝国に申請したら、次の日には一括で木箱に詰まって帝国本土から届くだろうから、別にエリス達が急いで買い揃える事はないな。なんなら旅の最中でも補給できる。そう考えるとメグさんの存在はあまりに反則過ぎる。
後必要なものと言ったら……。
「…………ん?」
ふと、エリスの視線に気がついた彼女はこちらを見る…そう、エリスが見ていたのはアルタミラさんだ。まだ彼女のことは良くわかってないが、彼女の肩書は知っている。
「アルタミラさん、エリス達はこれから冒険に出るのですが…」
「知ってます」
「アルタミラさん、冒険者協会所属と描画師、でしたよね。色々お願いできますか?」
「構いませんよ、戦闘では役に立てないので…任せてください」
そんなエリス達の会話を聞いてみんなの視線が集まる、みんな歩きながらエリスとアルタミラさんを見て。
「そう言えばさ、昨日聞いて思ったんだけど…描画師ってなんだ?」
ラグナがそう言うのだ、驚きだ…ラグナは描画師を知らないのか。いや知らないか、真っ当に冒険者をやらないなら関わりのない職だからな。だからこそ、ステュクスは分かっているようだ。
「ああそっか、描画師ならお願い出来るのか…そう考えると腕のいい描画師が仲間にいるのは心強いかも」
「ステュクスも知ってるのか?」
「描画師ってのは冒険者にとっての情報源的な奴ですよ」
ラグナが首を傾げる、ステュクスの話では分かりづらいか。ダメですよステュクス、ラグナは曖昧な答えじゃ分からないんですから。いいですか?描画師ってのは。
「描画師と言うのは地図や魔獣の絵、景色などを絵に描き留めて保存し情報を冒険者間に共有する職のことですよ」
「写真ですりゃいいじゃん」
「それまだ世の中に普及してません」
つまり『この場所にはこう言うものがあるよ』『この魔獣の特徴はこれですよ』『この地方の詳しい地形はこうですよ』…そう言うのはよりリアルに描ける人間が描いた方が情報の精度は上がる。
だから冒険者は一流の描画師を連れて一度訪れた場所の絵を描かせ、それを見て情報を再確認したり、またはその情報を売ったり、または見返して思い出を振り返ったりなど…まぁ言ってみれば情報を形として残すことが出来る職、俗に言う記録係だ。
因みにエリスと師匠が冒険者やってた時は一度として頼らなかった職でもあった、何故ならエリスがいるから。
「私はそれなりに絵を描いていますので、この近辺の地図や魔獣の図鑑、情報等は揃えていますので…後で自宅からとってきますから自由に閲覧してください」
「助かります」
やはり、アルタミラさんはこの近辺で活動してるからある程度『売れる情報』を持ってると思ったんだ。描画師は一人じゃ依頼に出れないからね、個人で売りに出せる情報…つまり地図や魔獣の情報を持ってると思ったんだ。そう言うのがないと生計を立てられない。
エリスがお願いしたのはこの近郊の情報の提供、彼女が味方にいるならそれらをタダで見ることが出来る。エリスも昔ここら辺を旅しましたが…十年前の情報がどれだけ頼れるか分からないしね。
「アルタミラさんは凄腕です、その腕前から…リーベルタースにも北辰烈技會にも狙われるくらい、だから僕は彼女をチームに誘ったんです」
「え?そうなのか?」
「はい、なんでも…不思議な絵が描けるとかで、それを求めて二つのチームが…」
『その通りニャン!』
「は?」
そして、エリス達が丁度城の門を越え街に出た瞬間のことだった。門を出たエリス達を取り囲むように無数の冒険者が壁となり行手を塞いでいたのだ。なんなんだこいつらとエリス達はみんなで構えを取ると、アルタミラさんが。
「こいつら、北辰烈技會です…お気をつけて」
「北辰烈技會…?アルタミラさんを狙ってたと言う…」
北辰烈技會…リーベルタース唯一の対抗馬と目される新進気鋭の超巨大クラン。リーベルタースを倒し優勝を狙えるのはここだけだと言われる程の規模を持ちながらつい最近出来たばかりだと言う謎多きクランが…どうやらアルタミラさんを狙いにでも来たのか、エリス達の前に立ち塞がるのだ。
「帰れよ、今更何しにきたかはしらねぇが…アルタミラはうちのチームに入ったんだよ。ここで何したって意味なんかねぇぞ」
『うにゃ〜そいつはずっとウチが狙ってた描画師にゃ、それを横からネコババしといて良くもまぁいけにゃあにゃあと…』
そして、そんな北辰烈技會の中心メンバーなのだろうか…奴等の壁を割って現れる女の声がエリス達に近づいてくる、…と言うか。
なんか、この声と喋り方…覚えがあるような。
『まぁ、だが今回は違うにゃ。そこの描画師に対して手出しが出来ないのもまた事実…今日は、アイサツに来たんだ…にゃん』
「こ、この無理矢理くっつけたような猫猫しい語尾とキャラ作り満載の喋り方…まさか」
「なんだエリス?知ってるのか?」
知ってる…そうだ、知ってるよエリスは。今エリス達の前に現れたローブの女性、低身長ながらも存在感を放つあの女の存在を!まさか…こいつも出るのか!?大冒険祭に!
「貴方は…まさか」
「フッフーン…覚えていたか、ならば名乗ろう!我が名は!」
そう言うなり女はローブを脱ぎ捨て…その身を晒す、それは。
「そう!我が名は!猫より出て猫より猫し!冒険者協会所属最強猫魔術師のぉ〜!『猫神天然』のネコロア・レオミノルだにャァッ!!」
デティより少し大きいくらいの低身長、短く切り揃えられた濃い茶髪に猫の耳を模した跳ねっ毛、口の端から覗く尖った牙に肉球がくっついた魔術杖…全てあの時と同じ。十年前と同じだ。
奴の名は『猫神天然』のネコロア・レオミノル…冒険者協会に存在する魔術師の中でもトップクラスの実力を持つ魔術師であり、かつて冒険者になり魔術試験を受けた時、エリスが越えられなかった高得点を叩き出した魔術師の一人だ。
あの時こいつはエリスを無理矢理魔術で誘惑して強引に自分のクランに入れようとしたり色々してきたんだ。まさかこいつも大冒険祭に出るとは…!懐かしい顔ですねほんと!
「久しぶりだにゃあエリス、まさか我輩のことを覚えているとは驚きだにゃん」
「エリスは記憶力がいいんです、…で?またエリスをクランに勧誘しようとでも?」
「もうそんなことしないにゃ!頼まれたって入れやしない!寧ろ逆にゃ!お前が大冒険祭に参加すると聞いたからにゃあ!北辰烈技會としてお前をぶっ潰してやるにゃ!」
「な、なんでそんなにエリスの事を恨んで……ん?」
エリスはふと腕を組む、こいつなんかおかしくないか?いや喋り方は普通におかしいが、確かエリスの記憶では…。
「ネコロア、貴方が所属してるクランは確か『キャットハウス』とかそんな名前だったはずでは?」
「う……」
確かエリスの記憶では、こいつのクランは『キャットハウス』という大型クランで、当時の冒険者達の間ではそりゃあもう有名だった。ただ所属してる奴はみんな男も女も猫耳をつけていて、なんか気味悪かったんだよな…ムキムキの男に猫耳つけて侍らせてたし。
だが、今は違う。近くにいるは普通の格好をした奴だし…何より北辰烈技會所属?キャットハウスというクランを率いるネコロアが何故北辰烈技會に?
「貴方キャットハウスはどうしたんですか」
「…いで…ったにゃ…」
「へ?」
何やらモゴモゴするネコロアに耳を傾けると。
「お前のせいで無くなったにャァッ!!」
「うぉっ!?」
ギョッとする、無くなった?エリスはただこいつの誘いを断っただけ…こいつの魔術に誘惑されかかったエリスを師匠が助けてくれて、そのまま袖に振って逃げただけ。何もしてないはずなのに…なんでこんなキレて。
「あの時!有望株の新入りにナメた態度を取られた我輩のクランは…!『時代遅れの落目クラン』のレッテルを貼られたにゃ!仕事の実績は上々だったのに…冒険者社会はメンツの世界、メンツを…それも新入りに潰された我がクランには新入りが入らず、次第に廃れていったにゃ…」
「あ、ああ〜…なるほど」
「おかげで我がクランは弱体化しいつの間にやら北辰烈技會に丸呑みにされ、我輩も今や北辰烈技會の実働本部長としてクランマスターにコキ使われる始末…嗚呼、あのまま大クランを率いていずれは協会幹部になる我輩の人生設計が諸共パァッ!それもこれも!お前とお前の師匠の仕業にゃ!絶対許さん!」
「と言われましても……」
そういうことか、なるほど。まぁ分からないでもない、さっき冒険者になったばかりの奴に上から目線の勧誘をして…結果袖に振られて、ネコロアの面子は丸潰れ。しかも師匠に強引な勧誘の方法も看破され大勢の前で暴露され…そりゃあクランも廃れるか。
とは言えそんなもん知ったこっちゃないと言えば知ったことではない。強引な勧誘をしてきたこいつが悪いんだ。
「だが見方を変えれば我輩は今や北辰烈技會を動かす立場にある!今回大冒険祭に不参加のボスに代わり我輩が全軍の指揮を取る!お前がなんのために今更協会に舞い戻り大冒険祭に参加したかは分からにゃいが…宣言する!我輩達北辰烈技會はお前達を全員纏めてぶっ潰すとにゃあ!」
「逆恨みはやめてください!というか何年前の話ですか!」
「うるさいうるさい!我輩が積み上げた全部がおじゃんなんだぞ…にゃん!猫は三年の恩を三日で忘れるが積年の恨みは万年忘れにゃい!覚悟しておけよエリス!これは宣戦布告にゃ!にゃーっにゃっにゃにゃにゃ!」
「何言ってんですか貴方…」
こんな逆恨みで狙いをつけられてたまるか、クランが落ちぶれたのも全てこいつのせいで……というか。もう一つ気になることがあるな…。
「ところでネコロア?」
「うん?なんにゃ?」
「貴方エリスと出会った時からベテランでしたよね、その時からそんな感じのキャラでしたけど…貴方今一体いくつですか?」
「ゔぇっ!?」
「エリスの推察ですけど、にゃんにゃん言うにはちょっとキツい年齢じゃありません?そろそろやめたらどうですか?」
一体彼女は何歳なんだ?見た目はあんまり変わってないが、それでも前出会った時は既にベテラン冒険者として幅を利かせていた。そこから十年…今彼女は一体何歳なのか、歳によってはちょっと今のキャラはキツいのでは。
善意だ、これはエリスの善意ですよ。ただネコロアはみるみるうちに顔を赤くし。
「ぁ…う…ぉ…お…おッまえ!コロッすからな!絶ッ対!」
なんて言い残し激怒しながら仲間を率いてびゅーん!と走って消えて行ってしまった…何しにきたんだあいつら、ああ宣戦布告か。
「参りましたね、なんか」
「エリス、お前とんでもないのに恨まれてるな」
「貰い事故です」
ラグナが呆れたようにため息を吐く。しかしまさか十年前の因縁が今になって牙を剥くとは。まぁここで喧嘩するつもりではなかったようなのでよかったですが…。
「しかし、北辰烈技會のクランマスターは不参加、代わりにネコロアが総大将として参加ですか…アイツの腕前がどんなもんか知りませんが、それでもベテランですし気をつけたほうがいいかもですね」
「って言うかさ」
ふと、アマルトさんが話をぶった斬って口を開くと……。
「ステュクスはストゥルティに恨まれてリーベルタースから狙われててさ、エリスはネコロアに恨まれて北辰烈技會に狙われててさ、俺達のチーム…やばくね?」
「あ………」
ふと、全員が気がつきエリス達を見遣る。ステュクスはリーベルタースに、エリスは北辰烈技會に。それぞれが巨大クランの総大将に狙われ恨まれている…しかも両方とも優勝候補と言われる二大巨頭だ。
そしてエリスとステュクスが所属するこのチームは、この優勝候補の二大巨頭から狙い撃ちにされることになる。これは…かなり、いや相当やばいかも。
「うーーーん……これ、思ったよりやばいことになりそうかもな」
ラグナも苦笑いするしかないこのやばい状況…エリス達、本当に大冒険祭を優勝できるのか?
いやするしかない、ガンダーマンに話を聞き、接触するには優勝しかない…のだが、これは当初想定していたよりもずっとずっと厳しい話になるかもしれないな。