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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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633.魔女の弟子と出会の幕


エリス達がステュクス達と合流し、ルビーとも合流を図ろうとしている頃、その時ラグナ達は…。


「立派な城だなぁ、ネビュラマキュラ城だっけ?年季も入ってるし景観もいいし、やっぱ王城は格別だよな」


「そうだな、まぁ翡翠の塔の方が綺麗だが」


「今それ言う?」


ステュクスがエリス達と既に合流しているとも知らず、王城を目指して歩いていたのだった。メンバーはラグナ、メルクリウス、アマルト…そして。


「それにしても凄い人だなぁ」


「おうナリア、あんまり離れるなよ。直ぐに逸れちまいそうだ」


サトゥルナリアの四人だった。ナリアはみんなの後を追うようにオチオチと歩く。と言うのもこちらの大通りも人通りが凄く、比較的背も低く体格的に細っちょろいナリアでは人の流れで飛ばされそうになる為みんなの影に隠れて歩いているのだ。


なるべくピッタリくっつくように歩いているがそれでも偶に流されそうになってしまう。そんな有様にナリア自身は…。


(情けないなぁ)


少し、情けなさを感じていた。ラグナさんは言わずもがな、体格的にも大きなメルクさんやアマルトさんは前から歩いてくる冒険者にも負けないくらい力強い。けど僕はどうだ、腕は細いしいくら鍛えても力はつかないし…。


今こうしてみんなに守られて歩いている有様が、まさしく自分の有り様を表しているようで居て、なんだかとても嫌だった。とは言えだ…自分が前に出ますと言っても訳わからないし、そんな事は言わないんだけどさ。


もっと強くなりたいな、みんなを守れるくらいに…さ。


「……………」


道行く冒険者を見ていると、少し憧れてしまう。みんなは僕の顔を見て女の子みたいだと言う、それはいい、僕は女優だ…男で女優だ。だからこの顔は商売道具だしもっと女の子らしくなりたいとは思っている。


だがそこで勘違いされてしまうが、別に僕は女そのものになりたい訳じゃない。趣向は男だし男の価値観を持つし、だからこそ表現出来る女性らしさを追求している。…だから何が言いたいかと言うと。


ああ言う胸板とか、太い腕とかに、憧れが全くないかと言えば…ねぇ。あのくらい僕も大きかったらみんなと肩を並べて戦えたのかな。今もみんなと横並びになって歩けたのかな。


「ん?どうした?ナリア」


ふと、アマルトさんがこちらを向く。アマルトさんは僕にとっていいお兄ちゃんのような存在だ、この人は事あるごとに僕を気にしてくれるし、助けてくれる。危機に陥ったら一番に助けてくれる。…だから僕は思わず言ってしまう。


「僕も、みんなと横に並んで歩きたいです」


「は?」


ふと、アマルトさんはそう言われ横に並んで歩くラグナさん達を見て。


「あ、おいお前ら。通りで横になって歩くのはアレだよ。マナーが悪い、縦並びになるぞ」


「む…確かにそうだな」


「いつもの調子で歩いてたけど、確かにこの人通りで横並びは邪魔か」


そう言って僕達は縦に並ぶ。なんか…そう言う事じゃない気がするけど…。なんて思っているうちに僕達は縦並びになり通路の端を歩き始める。するとアマルトさんはこちらを向いて。


「な?」


「へ?」


と、笑うのだ。歯を見せ『な?』と笑うアマルトさんに呆気を取られると。


「これで並んだだろ、縦並び。こうすりゃお前一人が仲間外れにならねぇじゃん?」


「アマルトさん…」


「それにこうすればまぁ、横に並んでるとも見えなくもないだろ?あっち側から見るとさ。だからまぁなんだ、何気にしてるかわからねぇけど寂しがるなよ」


そう言って僕の頭を撫でてくれる。この人は…本当に優しいな…。そっか、そう言うことか、僕が一人で後ろに立っていることを気にして僕も並べるようにしてくれたのか。

でも僕が気にしてるのは精神的な意味で……。


「ありがとうございます、アマルトさん」


「ん?おお…しかしすげぇ人通りだよなぁ。人口密集地って奴?」


「コルスコルピの豊穣祭みたいな物だ。大きな祭りがある時は人が寄ってくる、例え冒険者でなくても冒険者を相手に商売しようと考える人間もまたこの街を訪れるのさ」


「なるほどねぇ」


アマルトさんの言葉に答えるメルクさんの話を聞いて、僕もなんとなく察する。この街は今浮ついている、街にいる人みんなが浮ついているから街全体がそう言う雰囲気を漂わせているんだ。そして浮ついている人は財布の紐も緩くなる…こう言う時は普段買わない物を買ってしまう。


芸術品…美術品というのは所謂ところ『普段買わない物』に部類する。こう言うものを扱って生きようと思うとやはりこの手の浮ついた空気を利用するのが一番なんだ。


「エトワールはこう言う浮ついた空気を作る為、たくさんイベントごとがあるんです」


「ああ、私もエトワールのそう言う部分も模倣して、デルセクトで四六時中何かしらのイベントがあるようにしている。祭りだなんだは主催すると金もかかるが…国内の金を動かすには最適だからな」


「毎日祭りってのも疲れそうだけどな」


なんて苦笑いするラグナさんを先頭に僕達は城を目指して歩き続ける。そんな中僕は街の空気がなんだか面白くて、初めて来る街でなんだか僕自身も浮ついて、キョロキョロと周りを見回してしまうんだ。


すると……ふと、目に映る。


「あ……」


それは、僕達が歩く通りの向こう側、中央を流れる人込みの向こう側に…美しい赤が見えた。目に映るような、そして映えるような赤。誰も見向きもせず雑踏は過ぎ去るばかりだが…僕は確かにその向こうにそれを見たんだ。


「綺麗」


口を割って出たのはそんな言葉だ。血よりも薄く、火よりも濃い。そんな塩梅に彩られたそれを見て僕は徐に歩き出しそれを確認するべく雑踏を突っ切ってその赤の元へ向かう。


確かにこの目で見たかったから、それほどの価値があると思ったから…僕は近づいた。何度か人に蹴られそうになりながらも僕は人混みを突き抜け…その前に立つ。


すると。


「これは、絵画…?」


そこにあったのはキャンパスだ、全体を真っ赤に染められたキャンパスが額縁に入れられそこに飾られていた。一体なんだと周りを見回せば…この通りの側面に陣取るように、いくつかの額縁がそこには置かれており…。


なるほど、これは個展だ…と即座に把握する。何せそれらの額縁の直ぐ近くに作者と思われるローブを着込んだ女性が座っていたからだ。


「あの、もしかして作者さんですか?」


「…………」


そう声をかけると、女性はこちらを見て…ニコリと笑う。やはりそうだ、さっきも言ったか。この手のお祭りなどの浮ついた空気を利用して芸術家は自身の作品を売りに出すことがある。この女性は画家だ、そしてその絵画をこれを機に売りにきたのだろう。


しかし……。


「凄い作品ですね、この真っ赤な絵画…タイトルはなんて言うんですか?」


僕が目を引かれたこの赤の絵画は赤以外が描かれていない。文字通り赤い絵の具の中につけたように、ただ一色で構成されているんだ…なんとも前衛的な絵画だ、是非タイトルが知りたいと口にすると、彼女は小さく口を開き。


「『究極の美』」


「え?」


「私はこの絵を究極の美と呼んでいます」


究極の美…それは今僕にとって大きな意味合いを持つ言葉。追い求めるものであり、苦々しい物である。そんな物と同じ意味合いを持つ絵画に僕は思わずその絵を二度見してしまう、これが究極の美?


………いや、そうか。


「それは、随分物悲しいですね」


「ッ……!?」


女性がハッとしながらこちらを見る。彼女の言った言葉の真意、それはとても…とても物悲しい。


「分かるんですか?この絵の意味が」


「ええ、この絵が表しているのは究極の美その物ではなくある種の諦念…ですよね」


この絵は一見するとただ真っ赤に染められただけの絵でしかない。だがこの鮮やかな赤…鮮烈な色合い、これは赤い絵の具に更に複数の色を絶妙な割合で混ぜなければ生まれない『至高の赤』だ。それを一切のムラなく均一に塗り上げる技術、更にそこに目を引く赤をチョイスするセンス。


その全てが究極と呼んでもいい技術の上で成り立っている…世に名を轟かせる芸術家や愛好家が見ればかなりの値を出してでも手に入れようとするほどに技術が詰まっている。


だがどうだ、雑踏の中…足を止めこの絵を見る者はいない。こんなにも凄い絵なのに誰も目もくれない、何故か?決まってる、伝わらないからだ…。


知識のない人間から見ればこれはただ赤いだけの絵。赤い絵の具を塗りたくっただけの雑な絵。知識がない人間にはそうとしか見えない。だがそれは悪いことではない、全ての人間に芸術的素養を求めるのは芸術家のエゴでしかない。


つまるところ…究極の美、と名づけられたこれは誰にも見られないことで、表現したい事を叶えている一種の芸術の極致と言える。同時に、絵画なんて突き詰めて言えば誰も真に理解する事はないと言う諦念でもある…。


(僕がエフェリーネさんに言われたことは、これと同じだ)


僕が作り上げようとしていた究極の美を体現する演劇も完成していたらこの絵と同じになっていただろう。見る者が見れば唸るが、観客の殆どは理解出来ない。それはエフェリーネさんが言ったように単なる技術の自慢でしかない。


分かる者だけが分かる美の極致が…究極の美と言えるのか。少なくとも僕は…そうとは呼べない。呼ばないし、呼びたくない。


それをこの絵は伝えてくれている。素晴らしい絵だよ。


「素晴らしいです、この絵。他の絵も…みんな凄い出来です、こんな路上に飾っていい代物じゃない」


「ありがとう…ございます、まさか伝わる人がいるなんて。単なる自己満足の絵だったのに」


「それをここまで的確に表現する、その点を見て素晴らしいと言ったんです」


「……ふふふ」


女性はローブの向こうで小さく微笑む。しかし究極の美に対する諦念やエゴを表す作品に究極の美と名前をつけるなんて、随分斜に構えた芸術家だ…。これだけの腕があれば何処かに召し抱えられてもおかしくないのに。


「もしかして、貴方も芸術家ですか…?」


「え?僕?はい、役者をやっています、最近は舞台の演出や脚本にも手を出していて…」


「なるほど、いいですね…舞台。芸術でなくてはならない芸術…自己満足が許されない分野だ」


「ははは、…そうですね」


この人は…どうやらかなり僕に近い感性を持っているようだ、だからこそ気が付かされた。僕が目指していたのは究極の美ではなく単なる独りよがりの自慢披露会だった。ならば…究極の美とは、最も美しい物とはなんなのか。


「…なら僕からも聞いてもいいですか?」


「なんでしょう」


「貴方は、究極の美をなんだと思いますか?」


「……………」


そう僕が聞くと女の人は顎に指を当てて暫く考え込むと、首を横に振り。


「分かりません」


そう言うのだ、…そうか。彼女でも分からないか。


「私には分かりません、そもそも…美とはなんなのかが」


「え?」


「究極と言うのなら、美の極致なのでしょう?でも、私はそもそも美そのものが分からない」


僕は一瞬呆気に取られる。究極の美ではなくそもそも根っこの美そのものが分からないと、とは言うが…。


「美とは、この絵画では?ここにある絵画はどれも美しいです」


そう僕は指をさす、ここに置いてある絵画はどれも美しい…ならそれが美ではないのか?そう聞くが彼女は首を傾け。


「なんで、美しいんですか?」


「え……」


「何も書かれていないキャンバスは美しくないのですか?何かが書かれていたら美しいのですか?何が書かれたら美しいのですか?美しい物と美しくない物の線引きは?それはどこにありいつ何処のタイミングでどのように変遷するのですか?」


「そ、そんな哲学的な事分かりませんよ…」


「そう、これは哲学…でも美しさの変遷は学問では答えられない。人は学問にて理屈を解き明かす生き物ですから…どうあれ美しさの本懐を理解することはできないと、私は考えています。だから…」


「『これ』を描いたと…」


そうして見るのは彼女が描いた『究極の美』…。誰からも見向きもされず、路傍にあって雑踏の一部となり、見られていながらも観られない作品。彼女はそう考えているからこそこの絵を描いたと…まぁ、分からない話じゃない。


けどやはりそれは諦念だ、諦めだよ。


「……納得してませんか?」


「すみません、でもやっぱり僕は美の本質を追い求めます。…美の本質が人に理解出来ないのなら美術なんて分野は存在し得ない。人は何処かで美の本質を理解したからこそ世はこんなにも美しいんですから…」


「なるほど……」


そこまで言ってハッとする、まずいこれは…機嫌を損ねたか?


「いや、すみません。貴方の作品を否定するつもりは…」


「貴方の言う通りですから、私も気付かされました。究極の美…私が諦めただけで、ここまでだと思っただけで、その先にも道は続いていたんですね。貴方には感謝しなくてはなりませんね」


そう言って女性は立ち上がり僕に握手を求めてくる。いや…そんな、僕はそんなつもりは…。ううん、違うね…相手は敬意により握手を求めてきた。ならこちらも敬意で返すべきだ。


「ありがとうございます、貴方のお陰で僕も色々気付かされました」


「ふふふ、まさか…この街に貴方のような芸術の徒がいるとは、良ければお名前を聞いても?」


「え?…えっと、僕は…ナリアです。貴方は?」


「私は──────」


そう彼女が口を開いた瞬間……。


『おぉーい!ナリアー!お前何処行ってんだよ〜!』


「アッ!しまった!僕みんなと一緒に城に行く最中だった!」


「おや、用事ですか?」


「は、はい!すみません僕急ぎます!」


しまった、何やってるんだ僕は。みんなと逸れないようにしてたのに絵画に惹かれてフラフラと…ああ!もう!みんなに迷惑をかけてしまうなんて!


僕は慌てて女性から手を離し軽く会釈しつつ人混みの隙間を縫って走りなんとかアマルトさんの声がする方へと走っていく。いいものが見られたが…今じゃないよな!今じゃ!


「……………ナリア」


そして、歩き去ったナリアを見て女性は手の感触を確かめるように軽く指を動かし、自ら描いた絵画に目を向ける。


「究極の美か、あんなにも真摯な目で美を追求出来るなんて…素晴らしいですね。もっと早く彼に出会いたかった…」


彼と私は感性が似ている、それでいて彼は私とは違い諦めていない…諦めずに、追求を続けている。私とは正反対だ。


「もう少し彼と語り合いたかっ───」


『ならそうすればいい』


「ッ…ぐっ!?」


しかし、突如として響く言葉に女は頭を抱えその場に蹲る。その声を聞く者は誰もいない、雑踏の中その声を聞いた者は誰もいない。なんなら声の主だっていない…その声は女の頭の中にだけ響く物だ。


『目は我々を見た、目は今ここにある。彼は目に導かれる存在で私達は跳ねた絵の具。なら拭われる前に自分の美しさを表現しよう、君のあり方は美しいんじゃないのか』


「う…るさい、黙れ…出てくるな…」


『出るのではなく在るのだ、君はそこに在り私はここに在る、何処に出るでも入るでもないんですよ』


「聞きたくない…聞きたくない……!」


ぜぇぜぇと頭を抱え自らの狂気に蓋をする。今ここで彼女に変われば…また沢山人が死ぬ。人が死ぬのはもう嫌だ、もういいんだ…これ以上は。


『フフフフ、ああ…そう。目は見ている、私は見ている、目は在る、私は在る、君は絵の具だ、跳ねた絵の具だ、私はなんだ?なら私なんだは?君は、彼は。ふふふふ…』


「ッ……」


耳を塞ぎ、蹲り…彼女はただ、待つ…声が消えるのを。しかし狂気はそんな様さえ嘲り笑い。


『大丈夫、私は消えない、私は君と共にある…共にあるよ、アルタミラ』


「うるさい……!」


彼女は…アルタミラは、ただただ宣う。もう…沢山だと、ここまでで良いのだと、ただひたすらに終幕を望む。


………………………………………………………


「あれーっ!?」


それから、僕が慌てて街を疾走しそのまま城の前に辿り着くと…そこには。


「ステュクスさん!?って言うかエリスさん達まで…え?どう言うことですか?」


城の前の城門にて先行したアマルトさん達に加え、ルビーさんを探しに行ったエリスさん達までもがそこにいた…というかステュクスさんまで居る。どう言う状況なんだと僕は目を白黒させていると。


「それがさ、さっきエリス達が時界門でこっちに戻ってきたんだよ。何故かステュクスと一緒にさ」


「なんかこっちに居ました、なので連れてきました」


「連れてきましたって…ルビーは?」


「それが、今からちょっと説明しますね…今の状況を」


「なら城の中で話そうぜ姉貴、一応往来だし」


「そうですね…ところでステュクス、城にレナトゥスは?」


「え?さぁ、どうだろう。アイツが何してるか知らないな…」


「なるほど、取り敢えず城に行きますか」


なんかよく分からないうちに城へと通されることになった僕達。なんでステュクスさんが冒険者協会の方にいたのか、ルビーさんがどうなったのか…混乱してると、城へと歩む僕の隣に。


「お久しぶりっす、ナリアさん」


「あ、ステュクスさん。お久しぶりです」


隣にいそいそとやってくるのはステュクスさんだ。エリスさんの弟で…エリスさん同様ハーメア・ディスパテルの息子。伝説の女優の一人と言われたハーメアさんの血を継ぐだけ在りやはり彼も美男子だ。


「いやぁすみません、俺に声をかけるために城まで来てくれたんすよね。でも俺色々あって大冒険祭に参加したくて…参加者を探すために協会の方に行ってたんですよ」


「え?ステュクスさんもですか?どうして…」


「その辺の説明は多分姉貴がやってくれると思います」


そう言ってステュクスさんはニッと笑いながら親指でエリスさんを差す。しかし随分気安くなったなぁ…僕は他の人より随分早くエリスさんとハーメアさんの確執を知っていた。なんならエトワールの旅の時点で僕はエリスさんに弟がいることも知っていた。


だからこそ、二人の溝の深さも知っていたけど…当時から比べると随分関係も軟化したなぁ。


「マジで助かりましたよ。そう言えばナリアさん…話に聞いたんですけど、ナリアさんって役者なんですか?」


「え…はい、そうですけど…」


「実は俺の母親も昔旅役者やってて…って、姉貴から聞いてるかな。もしかして知ってるかなって」


「知ってますよ、ハーメア・ディスパテル…ですよね。彼女は元々僕と同じエトワール出身で、…僕の両親とも仲が良かったみたいなんですよ」


「え…じゃあもしかしてナリアさんの両親ってユミルさんとスカジさん?」


「知ってるんですか…!?」


そうだ、僕の両親の名前はユミル・ルシエンテスとスカジ・ルシエンテス…今はもうその名を知る者は少なくなったが、かつてはハーメアさん、マリアニールさんと共にエフェリーネさんの劇団で活躍した役者だったんだ。一応クンラートさんも所属してたけど…本人曰く雑魚だったらしい。


「知ってますよ、母さんがそんな話してたんで。ああ母さんにも友達がいたんだなって…」


「……その息子である僕達が、こうしてまた出会うなんて。なんだか運命的ですね」


「ですね、ってナリアさんは姉貴と出会ってそれは体験済みでしょ」


「まぁ……」


ってステュクスさんは笑って言うけど、エリスさんは僕の前でハーメアさんの話を殆どしない。ハーメアさんとの思い出話もしない、無いからだ。その点で言えばステュクスさんはハーメアさんとの思い出話や昔話を知っている。これが確執の原因なんだろうけど…。


難しい話ではあるよな、そこをステュクスさんに指摘してもどうにかなるものでもないし。そもそも僕がどうこう言う問題でもないし。


(……そう言えば、クンラートさんは僕の両親がマレウスにいるって、言ってたな)


そんな話をしていたら、ふと思い出す。幼い頃…両親は僕を置いて何処に行ったのかクンラートさんに尋ねたことがある。するとクンラートさんは両親はマレウスに行ったと言っていた、なんで向かったのかは教えてくれなかったけど…両親は今マレウスにいるとだけ教えてくれた。


それ以来幼い頃の僕の夢はマレウスに行くことだった。いつか両親に会うことが僕の夢だった…けどいつからか僕はそれを口にしなくなった。どうしてか明確にしたことはない…けど、まぁ…なんとなく察しているからだ。


やっぱ僕の両親…死んでるよなぁ。だってここまで旅しても二人の名前を一切聞かないんだもん。でも…だとしたら何処で、いつ死んだんだろう。クンラートさんは知ってるのかな。


「ん?どうしました?ナリアさん」


「いえ、なんでもないです」


「そっすか…ん、そろそろ応接室ですね。一応そこで話しましょう、いいっすよね皆さん」


「ああ、構わん」


そして僕達は城の応接室に通される。しかしいいのだろうか、この城の主人のレギナさんに挨拶しなくて…。


「へぇ、意外にしっかりした応接室だな」


「それどう言う意味っすかラグナさん」


「あ、いや…別に変な意味じゃないんだ。ただなんと言うか…歴史ある城にしては綺麗な応接室だなって」


「それに、我々が話合うのに使うにしては良い部屋だな…と言う意味でもあるな」


「まぁ一応国賓レベルの人達ですし…」


僕達が通された応接室は窓から日が差し込むいい感じのお部屋だ。カーペットも机も新品、この部屋を管理してる人は相当気遣いが出来る人なんだろうと思い知らされながら僕達はみんな揃ってソファに座る。ステュクスさんも席に座る。


すると、いきなりエリスさんが話を切り出し。


「さて、取り敢えずステュクスの参加は取り付けましたが…皆さん、緊急事態です。ルビーちゃんを確保出来ませんでした」


「何?」


「実は……」


そこからエリスさんはソファに座り、膝の上に肘を置き語り始めた。冒険者協会に向かった先で何があったか、どうしてステュクスさんと合流したのか…その先でどうしたか。


まず、ステュクスさんはハルモニアという人物に求婚されているらしいこと、その兄であるストゥルティという人物がリーベルタースという大型クランを率いて勝負を仕掛けてきたこと、大冒険祭に勝たないといけないこと。だからこそステュクスさんは僕達と共に戦うことを選んでくれたと。


しかし、もう一人のキーマンであるルビーちゃんがストゥルティに先に確保されリーベルタースに加入していたせいでもう確保出来ない事。つまり…参加するにはあと一名参加者が必要という事。それらを説明され最初に口を開いたのはアマルトさんだ。


「なんじゃそりゃ!?おいエリスお前もっと説得したのかよ!?」


「説得なんかできるわけないでしょ!」


「金なりなんなりで引き抜いてさ、でなきゃ俺達大冒険祭に出られねぇぜ」


「いや、それ無理なんすよアマルトさん」


すると、その言い合いを制するのがステュクスさんだ。彼はソファに座りながら身を乗り出し…。


「大冒険祭の規約で既にエントリーを済ませた人間は如何なる理由があろうとも他チームへの移動や加入は許されないんです」


「そうなのか?…いやそれが罷り通ると大会が始まる前に参加チーム潰しが出来ちまうのか」


「そうです、大会開催前に金銭や恫喝で他チームの参加者を引き抜けばそれだけで引き抜かれたチームは人数不足で参加資格を失う。ここら辺の規制はかなり厳しいんですよ…だから俺たちがいくらルビーを説得して、ルビーが納得しても、ルール上それは出来ないです」


「チッ、じゃあ…どうする、ラグナ」


「どうするって言われてもな……」


大問題だ。参加者が足りない、参加するには冒険者でなければならないが…僕達には冒険者の知り合いが少ない、何より顔の広いエリスさんがこうして問題として提起した時点で少なくとも声をかけられる知り合いはいないのだ。


だからラグナさんも腕を組み困り果ててしまう。するとメルクさんがソファの背もたれに体重を預け。


「なら雇うのはどうだ?多額の金を積めばそれなりのが集まる。それらに面接をしいいのを選び一人だけ加入させるのは」


「それも無理っすねメルクさん、俺も参加者探しをしてましたけどこの街にいる冒険者の八割はもう参加してるか、絶対参加しないことを決めてるかのどっちかでしたから…あんまり効果はないかもしません」


「む、そうか…だが八割は、だろう。残り二割から選べばいい」


そうメルクさんは言う、だがその意見さえも否定するのはネレイドさんだ。


「やめておいた方がいいよ」


「む、何故だネレイド」


「金で集まった人間は、金で裏切るよ。いくら他チームへの引き抜きがされなくても…裏切ったり情報を流したりは、出来る。私はそういう人…信用出来ないかな」


「確かに……」


「信用出来ない人間を横に置いていたら、チーム全体の士気と行動の効率にも関わってくる。居ない方がいい人…ってのも世の中にはいるよ」


ネレイドさんの指摘は最もだ。僕達がいくら金を渡しても他がもっと金を渡せばコロッと裏切る。その人が買収されなかったとしても買収される可能性を僕達が気にしなきゃいけない時点でもうその人は信用が出来ない。信用出来ない人間はいない方がいい。


そうだ、そうなんだけど。


「しかし、そんなこと言って参加も出来なければ意味がないぞ。なんなら名前だけ借りて参加するか?」


「うーん…それでもいいが、俺達は少数精鋭だ。出来れば役に立つ奴を入れたいが…もうエントリー期限もギリギリだし贅沢も言ってられないか」


なんてラグナさんが考え込むと…ふと何か思い出すように眉を上げ、そのままなんだか面白そうに微笑み。


「なんか、こう言うの懐かしいな」


「へ?」


「何がだよ」


言うのだ、懐かしいと。その言葉に首を傾げる僕とアマルトさん。懐かしいってなんだろう時にしているとラグナさんが。


「いや、これはポルデューク組には通じないかもだけどさ。ほら、学園の課外授業…あったろ?こんな事が」


「ああ、五人参加の課外授業の最後のメンバー選びに苦慮していた時ガニメデさんが手伝ってくれた奴ですね」


「懐かしい〜、確かあの時もこんな感じで誰を誘おうか悩んだね〜!」


「フッ、そう言えばあの時は最後の一人にアマルトを選ぼうとして…手酷くフラれたっけな」


「言うなよ、実際次の課外授業だと共闘したからいいだろ〜!」


あ、これ僕達ポルデューク組が完全に仲間外れになるディオスクロア大学園の話だ。僕完全に知らない奴だ、偶に忘れそうになるけどこの人達みんな揃って学園通ってたんだよな。


こう言っちゃなんだけど、こんなメチャクチャな人達が一斉に学園に通って大丈夫だったんだろうか、色々と。噂じゃなんか色々めちゃくちゃになったらしいけど…。


「え?姉貴達ディオスクロア大学園に通ってたのか?」


「ええ、エリス学歴ありますよ。しかも高学歴です、貴方は?」


「ないけど…」


「フッ…」


「勝ち誇ったように笑うなや!ってか今その話全然関係ないよな!」


「んまぁ〜なんだ、あの時みたいにさ。探し回ったら案外いい奴が見つかるかもしれないし、金で集めるのは最終手段として取り敢えず見て回って探してみるのもいいかもなぁってさ」


確かに…金で集まった人間は金で裏切るかもしれない。そういう危険性を危惧するなら金ではなくもっと別の要因で手を貸してくれる人を探してみるのもいいかもしれない。案外いい人が見つかるかもね…か。


かなり楽観的な話だが、悪いようには思えない。


「エリス、エントリー期限はいつまでだ?」


「明後日までです」


「なら今日か明日で見つければいいな、よし!んじゃ今から行くぜ。探しに行こうや」


「そうだな、で…もし見つけられなければ、そうだな。マーキュリーズ・ギルドに掛け合ってスポンサー権限でルールを変えてもらう。九人でも出られるようにな」


「出来ればその手は使いたくないので諸君、頑張って人探そ〜!」


おー!とラグナさんはお気楽に拳を掲げる。本当にそんなので大丈夫なのか、もっと計画とか指標を決めて動いた方がいいのではないかと思いもするが…ラグナさんが言うならもしかしたら上手く行くかもしれないと思えるんだから不思議だ。


と言うことは、今から一緒に参加してくれる冒険者を探す為また街に行くことになるのか…。


「分かりました、では早速エリス行ってきますね。ステュクス、ついて来なさい」


「え!?俺行きたくない!」


「いいから来る!」


「では私とメグも動こう、アマルトはどうする?」

 

「ん?じゃあ俺はネレイドのアネゴといきやしょうかねぇ、へっへっへっ」


「いいよ、いこっか」


そして目的が決まった僕達の動きは早い。エリスさんが先陣を切るように動き出しそれにメルクさんとアマルトさんも続く。ステュクスさんはエリスさんと、メグさんはメルクさん、アマルトさんはネレイドさんを連れ…部屋には僕とラグナさんとデティさんだけが残る事となった。


「じゃあ僕達も出ますか?」


「え?あー…うん」


「?……どうしました?ラグナさん」


じゃあ僕達もいきましょうと伝えるが、ラグナさんはなんだか曖昧な答えを返す。まるで…何か別のことを考えているような。


なんて考えていると、ラグナさんは静かに隣に座るデティさんに顔を近づけ。


「で?どうだ、デティ」


「うーん、レナトゥスはいないね」


そこでハッとした。ラグナさんがさっき楽観的な事を言ってみんなを外に出したのは…ステュクスさんを外に連れ出す為。一刻も早くこのネビュラマキュラ城の中で弟子以外の人間のいない空間を作り出したかったから。


それはステュクスさんを巻き込まない為、…僕達は今まんまとこの国の中枢機関に潜り込んだのだ。ならこれを機に調べないわけにはいかない。


(だからエリスさんが率先してステュクスさんを連れて行ったのか)


多分、十人目の仲間を探すのは本音だろう、けど多分ラグナさんの本命はこっち。この城を調べて怪しいところがないかデティさんに探らせる事、そしてこれは恐らくだがアドリブで決まったんだ。


ラグナさんが城に入るならと咄嗟に考え、デティさんがいるならと計画し、ラグナさんの機微に聡いエリスさんと心を読めるデティさんにだけ合図を送り計画を実行した。


流石だ、あんな一瞬でここまで考えるなんて。…けどレナトゥスはいないようだ。


「マクスウェルは」


「いない、セフィラ級の使い手っぽいのは今この城にはいないね。強いて言えばエクスヴォートさんと…なにこれ、よく分からないのが一人くらいかな、けどマクスウェルのじゃない…」


「ヴェルトさんじゃないか?それがオケアノス、いるんだろ?この城に」


「ヴェルトとオケアノスをよく分からないのとは言わないよ、少なくとも知り合いでもセフィラでもない、知らない人」


「ふーんそっか、上手くいけば尋問なりなんなり出来るかと思ったんだが…」


「でも、他に気になるところはあるかも」


「気になるところ?」


するとデティさんは下を見て…地面を見て、いや或いはその先?地面よりもずっと向こうを見て。


「この城、地下がある」


「あるだろそりゃあ、フリードリス大要塞にもあるし、なんなら白銀城ユグドラシルにだってあるだろ?」


「その比じゃないくらい深いよ、とても広大で、複雑で、それでいて全く使われている形跡がない…。不気味だよこのレベルの地下施設があってそれを使ってないのは」


「……まぁ、本題に関係あるかは分からないな。この国は地下に何かを作るのが好きみたいだし」


「だね、で?これからどうする?城の中ウロウロしてみる?」


「あんまり怪しまれるようなことはしたくないし、レギナに挨拶したら大人しく出よう。少なくとも一ヶ月はこの街に滞在するわけだしな。ああ、宿泊先も探さないと」


するとラグナさんはチラリとこちらを見て、ニッと笑うと。


「もし、レナトゥスが現れた時は…尋問の役を頼んでもいいか?ナリア」


「え?僕がですか?」


「ああ、カストリア組は諸共顔が割れてる。コルスコルピの舞踏会で顔合わせてるし何より身分があるしな、で…メグは隠密は得意だが尋問は上手くない、ネレイドは口下手だ、ってなったらやっぱり頼りになるのはナリアだ」


「はい、任せてください…僕、皆さんの役に立ちたいので」


「役に立ちたいって、別に俺は役に立つから任せてるわけじゃないんだが。ま、いいか…それよりそろそろ立つか。レギナに挨拶してステュクスを貸しもらえるよう頼みに行こう」


「だね、ナリア君も行く?」


「いえ、僕は…みんなを追いかけますね」


「え?一人で大丈夫?」


「人通りが少ないところを通れば多分大丈夫です」


僕がレギナさんのところに言ってもただ緊張するだけで挨拶とかも出来ないだろうし、ここは普通に動いていた方がいいだろう。ラグナさんはかなり楽観的に捉えていたが時間的余裕もないわけだし、協力できそうな人に目星をつけるくらいはやっておいた方がいいだろう。


そう言うわけで僕はレギナさんのところに向かうラグナさん達に一旦別れを告げ、一人で街に向かうのだった。


……………………………………………………


「待ってくれよ姉貴、早いって」


「貴方が遅いんですよ」


「いやそんな魚みたいに人の隙間泳ぐように進めるかよ!」


「通行人の視点を読めばいけますよ」


「へー、そんなこと出来るんだ。人間って…俺出来ないや」


なんだかんだ、流れで二人きりになってしまったとエリスは内心後悔しつつポケットに手を突っ込みながらスイスイ人を避けて進む。そしてそんなエリスについていくべくステュクスは慌てて人混みの中を走りなんとか追従する。


ラグナがなんか人を連れ出して欲しそうにしてたから一応ステュクスを連れてきた。別にエリスが連れ出さなくてもよかったんだが…ラグナの意図を察してるのがエリスとデティだけっぽかったので、仕方ない。ステュクスを問答無用で連れ出せるエリスが動いたのだ。


「はぁ〜なんとか人混み抜けたぁ〜」


「軟弱ですよステュクス、貴方は剣士でしょう。目の前の人間の動きすら見切れずどうするんですか」


「う、でもそんな日常生活でも気ぃ張ってられないよ」


「そうですか?エリスはやってますよ」


「そりゃ姉貴はな。ちょっと休まない?」


「別にいいですよ……」


ステュクスに誘われ…エリスは近くのベンチへと座り込むと、ステュクスもその隣にドカリと座る。なんか…気まずくてエリスはちょっとだけお尻を動かして距離を取る。


「……改めてさ、姉貴」


「なんですか」


「ありがとな、助けてくれてさ」


「別に貴方を助けたつもりはありません、…寧ろお礼を言いたいのはエリスの方です」


「そっか……」


会話が終わる、それ以上続かない。ステュクスはさっきから『あー』とか『うー』とか知能のかけらも感じられない言葉を言って……いや、言わせてるんだよね、エリスが。

気まずいよね、ステュクスも…それは分かってるんだ、エリスも。


「なぁ、姉貴…」


「なんですか」


「大冒険祭に一緒に参加するってことはさ、つまり俺達暫くの間一緒に行動することになるんだよな」


「そうですね」


「ならさ、…俺に修行つけてくれねぇかな」


「へ?」


思わず彼の方を見てしまう、するとステュクスは思いの外真剣な顔をしてエリスの方を見ていた、修行をつけてくれないかって…。


「貴方師匠いるでしょ、修行は師匠につけてもらいなさい」


「それはそうだけど、でももっと強くなりたいんだ俺」


「なら一途に師匠の教えを信じるんです。強いなりたいからと他人の教えをホイホイと受け入れてたら本当の意味で強くなれませんよ」


「分かってるよそんな事。けど…そんなの承知で頼んでんだ」


「……………」


あまり、好きではない。エリスは他人から教えを施されるのが…エリスは師匠によってのみ強くなりたい。それこそが弟子のあるべき姿だと思っているから、けどそれはエリスのエゴなのか。


ステュクスは真摯だ、彼が言うなら……。


「好きにしなさい、けど手加減はしませんよ」


「マジ!やったー!」


「もう……はしゃぎ過ぎですよ」


全くこの子は、そんな事ではしゃいでさ…子供じゃないんだから。


「じゃあさ、姉貴。これを機にさ…その」


「ん?なんですか?」


「………いや、なんでもねぇ」


「はぁ?そうですか」


そしてまた、会話が終わる。けど…今度の沈黙は悪くないように感じてしまうのはなんでだろうか。分からない、…家族なんだからもっと仲良くしたほうがいいのか、或いはこれが適切な距離なのか。エリスには分からない。


けど、それでも…今こうして二人で同じベンチに座ってられるのが、エリスは悪くないと思っているんだ。


(ハーメア、貴方はこんな光景が見たかったんですか?それとも…貴方の見たかった光景に、エリスはいるんですか?)


母から捨てられた子と愛された子、それらが並んでいるところを見て…母は何を思うのか。エリスは静かに考え、目を閉じる。






そんなエリスとステュクスの団欒とは言えない二人の時間を、ただ一人…目撃する人間がいた。


「あれは……」


雑踏の中、エリスを見て…目を見開くその影はエリスを見た瞬間、ビキビキと青筋を立て怒りに満ちた表情で牙を剥く。

間違いない、確信する。あそこに座る女は…間違いなくエリスだと影な確信する。


「アイツ…まさか、まさかエリスか…!ようやく、ようやく見つけたァ…ッ!」


ミシミシと手を前に出し恨み言を吐く影は、『あの日の屈辱』を思い出しエリスに殺意を向ける。憎らしい、憎らしい…今すぐこの手で殺してやりたい。奴のせいで自分の人生はめちゃくちゃになったんだ。


「ぐぅ…!だが今は手を出す事は出来ない、だが奴が今も冒険者なら……都合がいいぞ、ククク」


あの日エリスから逃げられ、それ以来自分の人生は狂い始めた。かつて持っていた地位は奪われ、輝かしい栄光の日々に影が差し始めたのは全てエリスのせいだと言い聞かせながら今日まで屈辱に耐えて生きてきた。


だがようやく、ようやく復讐の機会に恵まれたのだ。


「クックックッ、精々今を楽しめよエリス…お前はこの手で殺してやるニャ…!」


肉球型の飾りがついた杖を手に、そいつは猫目を輝かせ復讐に燃える。十年来の積年の恨み…ここで晴らさでおくべきか。猫を殺せば七代祟る…だが私は、一生祟る!


「クフフフ…くっふふふふ」


ワキワキと手を開閉しつつ物陰からエリスを狙う彼女は、密かに密かに復讐心を滾らせるのであった。


………………………………………………


「信用できそうな人、協力してくれそうな人、それでいて冒険者の人…何処かにいないかな」


そしてところ変わり、サイディリアルの裏路地。人通りの少ない道を一人で歩くナリアは大冒険祭に参加してくれそうな人を探すが、簡単な事じゃない。

ステュクスさんも言っていたがもうこの街にいる八割の冒険者は身の振り方を決めている。そこに僕達が話を持ち掛けても意味がない。


声をかけるなら僕達と同じように参加を決めているけど他のメンバーを見つけられずにいる人、或いはそもそも大冒険祭とは関係なくここに来ている人…うーん、希少な存在だな。いるのか本当にそんな人。


「にしても、裏路地は裏路地でなんだか汚いなぁ」


ふと、ナリアは周りを見回す。今自分が歩いているのは大通りからかなり外れた裏路地…所謂スラム街という奴だ。どんな絢爛な彫刻でも裏に返せば汚い部分はある物で、それと同じでこの街にもまた汚い部分は存在する。


濁があるからこそ、人は清を清であると認識出来る。だからこう言う場所も大きな街にはある程度必要なんだ…と思う。


「にしても…僕も大概おかしくなっちゃったよなぁ、昔ならこんな道絶対歩かなかったのに」


こう言う道は往々にして治安が悪い、普通なら歩かない、けどなぁ…旅を始めて色々経験したせいでなんかこう、こう言う路地裏にいるであろうチンピラさん方があんまり怖くなくなった。


だって、僕達が今まで戦ってきたハーシェル一家の殺し屋や逢魔ヶ時旅団の傭兵に比べたら街の裏手にいるガラの悪いチンピラくらい、ねぇ…。


「って言ってもケンカは好きじゃないし、あんまり目立たないように……」


『オルァワレェッ!話聞いとんのかいな!ちゃんとお返事しんかいゴルァ!』


「……なんか、いきなり叫び声が…」


なんてあんまり目立たないようにしようと心がけた瞬間、何処からか怒鳴り声が聞こえてしまう。なんだろう、嫌だな…喧嘩かな。喧嘩するのは別にいいけどあんまり大きな声出さないでほしいなぁ…。


いやだいやだと呆れたような首を振る。きっとこの路地裏の何処かでチンピラ同士が喧嘩してるんだろう、そこにわざわざ首を突っ込むほど僕は喧嘩好きじゃない。ここは一旦クルリと来た道を帰って別の方へ行こう。


そう考え僕は伏せた目を開き、踵を返そうとした…が。


「あ…!」


見えてしまった。何が見えた?喧嘩してるチンピラ?いや違う。


この建物と建物の間を道を称しているだけの狭苦しい路地裏の向こう。人気の少ない小さな広場へ通じる道の向こう、そこがチラリと僕の視界に入る。そこに見えるのは恐らく声を張り上げているチンピラ…と、もう一つ。


見えたんだ、赤が…あの『究極の赤色』がチラチラとチンピラの向こうから見えた気がしたんだ。気のせいか、いや気のせいなんかじゃない…あの赤は唯一、『あの人』にしか描けない物。


「ッ…やめろーーーっ!」


気がつくと僕は走り出していた、路地を超えて何やら声を張り上げるチンピラ達のいる小さな広場へと。もし僕の想像が正しいのなら、行かねばならないと感じたから。

そうだ、もし…あのチンピラが怒鳴っている相手が、あの人ならば…!


「アア?なんやねんお前、ガキは他所行けや…」


そこにいたのは金髪オールバックの目つきの悪いチンピラ、手には棍棒、コートを改造したようなギラギラのシルバーアクセサリーをつけたチンピラの強化形態みたいな奴を中心に五、六人。


そして、そんなチンピラ五、六人が囲んでいるのは…。


「……………」


あの人だ、さっき道端であった究極の美を描いた画家さんだ。彼女はローブで顔を隠し困ったようにキャンバスを抱きかかえ体を丸めている例の画家さんが居たんだ。


やっぱりそうだ、チンピラの喧嘩じゃない!彼女がこのチンピラに絡まれているんだ!


「やめろ!婦女子相手に大の男が五人も六人も囲んで!恥ずかしくないのか!」


「恥ずかしぃ?お前何抜けた事言うてんねん!事情も知らんのやったらすっこんどれや!」


リーダー格と思われる棍棒を肩に背負った金髪オールバックの男は奇妙な言葉遣いで吠え立てる。な、なんなんだこの喋り方…いや、昔演技の勉強をしてる時聞いたことがある。

確かこれ、デルセクト西部の方の特有の訛り…ってことはこの人デルセクト人か?


「事情も知らないって、こんな悪漢が女の人を取り囲んでたらそりゃ止めますよ!」


「悪漢って、あんなぁ?俺らこれでも冒険者やねん。ってか知らへんか?俺らは『北辰烈技會』の一員やねんで?」


「こちらにおられるのは北辰烈技會の第一攻撃部隊の隊長ミート様だぞ!それを相手に悪漢だとぉ?生意気な小娘だ!」


「ほ、北辰烈技會…?」


北辰烈技會…その名前はここに来る前に、エリスさんから聞いている。


今、冒険者協会において主要とされる勢力は三つ。


一つはストゥルティ率いる最強のクランである『リーベルタース』。保有戦力や実績諸々含めてここが最も強いと評価されている。


もう一つはかつてガンダーマン会長が率いたとされる『赤龍の顎門』。かつては最強と呼ばれたクランだったがガンダーマン会長が老齢により現役を引退して以降徐々に落ち目になったとされる旧時代の大クラン。


そしてこの二つに肩を並べるのが…『北辰烈技會』。ここ数年で結成されたにも関わらず他クランを次々吸収し瞬く間に最強格の大クランへ上り詰めた新進気鋭の集団。実績という面ではリーベルタースに劣るが、なんと所属人員ではリーベルタースすら超えて現在協会最大と言われる超巨大クランなのだ。


この三つが、大冒険祭の中心になると言われるクラン達。そのうちの一つ…北辰烈技會の攻撃隊長が、このミートとか言うチンピラみたいな人だって?


「そ、そんな人がなんで女の人を襲ってるんですか!」


「だーかーらー!襲ってるとちゃうねん。俺らはなぁ…このクソアマと約束をしてん。その約束をこのアマが守らんかったから怒っとんねん!なぁおい!」


「………私は、貴方の約束なんて引き受けたつもりはありません」


「なんやとぉ…!」


ミートと呼ばれた男は画家の女性の言葉にビキビキと怒りながら棍棒を地面に下ろす。しかし約束?そんなのしてないって彼女は言ってるし、どっちを信じたら…いや信じる信じない以前じゃないのかこの状況は。


「あんなぁ…あんま北辰烈技會ナメたらあかんでオネーさんよぉ。俺らは!大冒険祭に参加するために!お前の描く地図がいる言うてんねん!だから描け!」


「……リクエストですか、ならお代を…」


「ナメんくさんなや!なんで絵ぇ一つ描いてもらうんに金払わなあかんねん!そんなもん筆ちょいちょい動かすだけやろ!冒険者らしく命かけるわけでもなし!ケチくさいこと言うなや!」


「絵は…画家の魂の切り売りです。その筆をちょいちょい動かす為に命をかけるのが私達です。そこを理解してくない人に…描く絵はありません、お引き取りを」


なんて事を言うんだあのミートという人は。絵をなんだと思ってるんだ、芸術とは美術とは…ただ一心不乱に打ち込み、自分の至らなさに苦悶し頭を掻きむしりながらようやく完成させた一つの技能なんだぞ。


絵を描くという行為は簡単に見える、だが簡単に見えるようになるまで血の滲む訓練をしてる。そんなことさえ分からないなんて…どんなバカだ。


「クソアマがぁ…!やったらお前の絵に代わりに死んでもらうわ!」


「あ!」


しかし、ミートはそんな画家の言葉にブチギレ。足を振り上げ画家の女性を蹴り付ける…と見せかけ、彼女の抱えるキャンバスの束を蹴飛ばし地面に転がすのだ。あまりの出来事に僕も女性も呆気を取られる。


それがどれだけ行為か、僕達は分かっているからだ。けどそれを理解しないミートは転がった赤い絵を…踏みつけキャンバスを叩き割り。


「ギャハハハ!どうや?おお?お前の命なんやろ…?おう。次はお前の命そのものをこうしたるで?それが嫌やったら製図せんかい!お前が今この街におる中で一番の描画師やって分かっとんねん!」


「…………」


「おい!話聞いとんのかい!」


女性は答えない、粉々に砕かれた我が子も同然の絵画を前に呆然とするんだ。その顔は怒りか、悲しみか、はたまた別の感情か。読み解くことは出来ない……だが。


それでも一人、明確に怒りを浮かべている人間がいる…それは。


「貴様ッ……!」


「あ?まだおってんかい、お前」


…僕だ。怒りに打ち震え牙を剥き拳を握る。


人は誰しも許せない一線がある。エリスさんなら子供を傷つける、デティさんなら魔術を否定する、ラグナさんなら仲間を踏み躙る。メルクさんなら悪、ネレイドさんなら背教、皆許せないものがある。


それは僕にもある…ああそうだとも許せないさ。僕は…芸術を踏み躙る暴漢が何よりも嫌いなんだよッッ!!


「死んで償えッ!!野蛮人ッ!!」


「ぬぉっ!?やるんかいな!」


瞬間、走り出し飛び出した僕にミートは咄嗟に戦闘の体制を取り、棍棒を握り直し横薙ぎに棒を振るう。立ち振る舞いは粗雑だがその戦闘技能は確かで、美しいとさえ思えるほどの綺麗な直線を描く横薙ぎが音を鳴らす。


速い、鋭い、だが…今の僕には遅く、鈍く見える。


「遅いッ!!!」


「いや速ッ!?」


一瞬大地を蹴ってクルリと空中で一回転、アクロバットの要領で振るわれる棍棒を回避し同時に僕は懐から光の筆を取り出し高速で振るい…。


「『衝爆陣・武御名方』ッ!」


体を回転させた一瞬で空中に書き上げたのは衝撃波を放つ魔術陣。同じ衝撃波を放つ『衝爆陣』よりもなお強力な古式魔術陣『衝爆陣・武御名方』はミートを相手に反応すら許さない速度で猛烈な拳型の衝撃波を発生させその全身を撃ち抜く。


「ごぼぁぁっ!?」


「ミート様!?」


衝撃波に叩き抜かれた彼はそのまま広場の向こうまで飛んでいき壁に叩きつけられ、割れた歯の隙間からから、折れた鼻から、あらゆるところから血を吹き出しガックリと白目を剥いて瓦礫の中に倒れ伏す。


「人の積み上げた努力と、それにより生み出された技能、そこに敬意を払えない下劣で卑劣な野蛮人に!かける言葉はありませんッ!即刻この場から消え失せなさいッ!」


「ひ、ひぃ!なんだこの小娘!メチャクチャ強え!」


「お、覚えてろよッ!」


そうしてミートの取り巻きは気絶したミートを抱えて走り出し…消えていく。よかった、あんまり強くなくて、勢いで飛び出しちゃったからどうなるかと僕自身が一番心配しちゃったよ。


というか僕は小娘じゃなくて男ですよ。


「ふぅ……大丈夫、じゃないですよね」


「……そうですね」


僕は女性に歩み寄り、粉々になってしまった絵画を見て…気分が悪くなる。どうして人が努力して作り上げた物を壊そうと思えるんだ、そこに如何なる事情があろうとも…決して手を触れては行けないものが芸術だ。


芸術は魂の切り売りだ、限りある寿命という時間のうちの数割を使って練習し、数割を使って作業をして、ようやく生まれる逸品なんだ。それはもう命も同然…彼女は今、一度殺されたにも等しいというのに。


「その、なんとか直せる方法がないか…探します。僕の友人には賢い魔術師や錬金術師さんがいるのできっと…」


「構いません、そういうこともあるでしょう…」


そういうと女性は諦めをつけたように立ち上がり、壊れてしまったキャンバスから目を外す。いやいやそんな構わないことあるわけがないだろ、辛そうな顔してるのに…なんでそんな簡単に諦められるんだ。


「あの、怒ってないんですか?悲しくないんですか?」


「…無意に怒ったり、悲しんだりしてはいけない身の上なので」


どういう身の上なんだ…それ。怒るとエリスさんみたいに手がつけられなくなるとか?なんて思っていると女性はチラリとミート達が去った方角を見て。


「奴等は…私に地図を書いて欲しいようです」


「地図…言ってましたね、そんな事。けど地図なんてそれこそ店でも売ってるのにどうして…」


「それは、まぁ…私の技術が特異だからだそうで。食い扶持凌ぎのために始めた描画業の方が儲かってしまって…名も売れたようで」


そしてその結果、自らが描いた絵画を破壊されるなんていう憂き目にもあうんだ。そりゃやってられないだろう…。


「…大冒険祭が終わるまでは、街を離れた方がいいかもしれませんね…。また彼等が来るかもしれません、私をチームに加入させようと…躍起ですからね」


「そうなんですね……ん?チームに加入?」


チームってのはつまり、あれか?大冒険祭の参加チーム?でもそれに入るには冒険者じゃないと…いや、まさか。


「ええ、私これでも冒険者でして…しかもまだ何処にも加入するチームを見つけていない。だから連日北辰烈技會やリーベルタースから追われて…大変です。早くこんなお祭り終わればいいのに」


「え?…冒険者なんですか?お姉さん」


「はい、そうですけど…何か」


信じられない、こんな華奢な女の人が冒険者なんて…って言ったらなんかデティさんに怒られそうだな。でもそうか、特殊な技能を持つからこそそれを独占したく思い、ミート達は躍起になって彼女にアタックを仕掛けていたんだ。


そしてそれは北辰烈技會だけでなくリーベルタースも同じと…このまま僕がこの場から去ったら、きっとこの人はまた狙われる。その地図に魔術を乗せるというのがどういうことかは分からないが態々スカウトに来るほどなんだから相当なんだろう。


放置すればまた同じことが起こる、けど…もし…もしも。


「あの、実は僕も冒険者なんです。それで大冒険祭に参加する為に…参加者を探してるんです」


「あなたが…まぁ、それはそれは」


「もし、貴方が良ければ…一緒に出ませんか?」


「…………」


もし、この人と一緒に出られるなら…それはつまりこの人の身を守ることにも繋がる。だってステュクスさんが言ってたもん、『既にチームに参加してる人間は、他チームには引き抜かれない』って。それに彼女が参加してくれたら僕も助かるし…と思ったが女性はあまり乗り気ではなく、僕は咄嗟にしまったと思う。


そうだよな、そもそも参加したくないから断ってるんだし、不躾なお願いだったか。


「……なら質問に答えて頂いてもいいですか?」


「へ?」


しかし、返ってきたのは以外にも拒絶の言葉ではなく、逆の質問だった。どういう意味だと首を傾げていると女性は懐から小さなロケットを取り出し、それをパカリと開けると。


「貴方はこの絵をどう思いますか?」


その中に入っていた小さな絵を見せてくれる。それは絵というより…模様?赤と黒の螺旋がぐるぐると外側から内側に向けて渦巻いているだけの絵だった。なんなんだこれ…。


「これは私が描いた絵です、この質問次第で、私は決断します」


「質問次第で…?」


まるで試すかのような物言いに再び僕は、この赤と黒の螺旋を見る。きっとリーベルタースにも北辰烈技會にも同じような質問をしたんだろうと思えるような流れに僕は考える。


この人が描いた絵なら、褒めた方がいい。具体的に何処がいいか、どう素晴らしいかを褒めれば彼女も気が良くなるはずだ。自分の絵を褒められて喜ばない人はいない。だから彼女に気に入られるように言葉を選んで、慎重に答えよう…そうだな、まずは。


「…薄気味悪く、見ているだけで苛立ちます」


…え?あ!何言ってるんだ僕!?これ完全な批判だよ!?こんなの完全に女性の気分を害するよ!でも…でもダメだ!


やっぱり芸術には嘘をつけないよ!だってこの絵、見ているだけで気分が悪くなる。まるで奥へ奥へ誘うかのような螺旋は人の深層心理に近づくような、不躾な印象を覚える。その遠慮のない乱雑な雰囲気は薄気味悪く、見ているだけでイライラする。


…分かってる、言うべきじゃないって…でも、答えろと言われたらそうとしか言えない。まずった、折角のチャンスを棒に振ったと僕は女性の顔を見ると…。


「…ふふふ、合格です。リーベルタースや北辰烈技會のような見え透いたおべっかなんて要らない。この絵は人を不快にする絵なんですから…それを取り繕わず本音を語って欲しい」


「もしかして、試したんですか?」


「ええ、貴方がこの絵を前にくだらないお為ごかしを言うようなら断ってました。絵を前に嘘をつく人間は…私に対しても嘘をつくから、そんな人は信じられない」


「え?じゃあ!」


「私で良ければ協力しますよ、サトゥルナリアさん」


「っ!」


思わず手が動いてガッツポーズをしてしまう。そんな!まさか!確保出来てしまうなんて!参加者を!それに僕のチームに入ってくれればこの人ももう乱暴な勧誘にも遭わないし!完璧だ!最高の結果になった!何より…何よりも!


「貴方と一緒に冒険出来るなんて嬉しいです!」


「わ、私と?」


「はい!貴方の芸術性をもっと聞きたいと思っていたので!」


ここまでの芸術家と一緒に行動できるなんて嬉しい以外の何者でもない!さっきの絵もどれもこれもこの人の描いた絵はとてもじゃないが路上で売っていいレベルじゃない。由緒あるオークションに出て凄まじい額の金額をつけられて然るべきの一流の絵。


それこそこの業界において最上位の腕と言っていい、そんな人と行動できるなんて光栄だ。


「そうですか…、私も…貴方のような芸術家とご一緒できるのは嬉しいです」


「本当ですか!ならこれからよろしくお願いします…えっと…えっと」


咄嗟に名前を呼ぼうとして僕は言い淀む、あれ?この人名前なんだっけ?……ああ!そうだ!僕この人の名前聞いてないや!ギリギリでアマルトさんに呼ばれたから聞き損ねたんだった!


「す、すみません…名前聞けてなかったですね。今更ですけど聞いてもいいですか?」


「え?…ふふふ、名前も知らずに助けたんですか?なら改めて名乗ります」


そう言って女性は顔を隠していたローブを脱いで、その顔を晒し────。


「……え?」


その顔を見た時程に、僕は運命という物を感じたことがない。その顔が美しかった?運命の出会いを感じた?違う違う。その顔に僕は見覚えがあったから、その顔の今ここでこうして出会ってしまったことに運命を感じたからだ。


…それは喜びの運命ではなく、…『恐怖』だった。


「る、ルビカンテ…!?」


「え?」


そう言ってローブを脱いだその向こうから出てきた顔は…いつかあの時見た顔と同じ顔。乱雑に伸びたボサボサの髪と、刻まれた目の下のクマ、そして憂いを帯びた悲しげな美貌…間違いない。


こいつはルビカンテだ、八大同盟『マーレボルジェ』の盟主ルビカンテ・スカーレットッ!ルビカンテの人格の一つだったグラフィアッカーネさんと全く同じ顔をしていたんだから、そりゃ驚きもする。


いや違う、ルビカンテの髪は赤だと聞いていた…グラフィアッカーネさんは髪が白だった、、けどこの人は…灰色の髪?まるで焼いた後の灰のような、色素の薄い灰色の長髪だ。


(なんだこれ、この人…ルビカンテ?それとも…別人格?)


グラフィアッカーネさん曰く…ルビカンテという存在は非常に異質であり、彼女は描く絵画のジャンルによって無数の人格とペンネームを使っているという。


悲しい絵を描く時は悲しい人格を、猛る絵を描く時は怒りの人格を、完全に一つの感情を人格として分離させることで全く違うテイストの絵を描ける鉄人だと言う。事実グラフィアッカーネさんもまた怠惰の感情を持つ人格であり、退廃的な絵を描く時のペンネームとしてグラフィアッカーネを名乗っていた。


そして何より恐ろしいのは、ルビカンテの人格は現実世界に出てくることが出来るということ。それにより彼女の組織『マーレボルジェ』は幹部がいないにも関わらず膨大な組織を運用できているんだ。無数の人格を幹部代わりに使い、統制しているんだ。


つまりマーレボルジェは無数のルビカンテが操る組織だったんだと、聞かされた。ならこの人もまたルビカンテの人格の一つ?だとしたら、敵…!?


「あ、貴方…ルビカンテ、ですか?」


「ルビカンテ?…なんのことですか?」


「え?違うんですか?」


「ええ、私はそんな名前じゃありません…」


するとルビカンテそっくりな灰髪の女性は静かに首を振り、その胸元に手を当てると…こういうんだ。


「私の名前はアルタミラ、アルタミラ・ベアトリーチェ…冒険者協会所属の絵描きです」


「アルタミラっ!?」


二度目の衝撃、一度目の衝撃も相俟って頭がこんがらがりそうだ。…だってアルタミラだよ、アルタミラ。僕はその名前に覚えがある。


グラフィアッカーネさんはルビカンテを複数の人格を使い分ける狂気の芸術家だと称し、同時にこうも言った。


『ルビカンテを止めるなら、アルタミラを探せ』と…ルビカンテを止め得る唯一の存在と名を挙げていたのがアルタミラだった。それが…このルビカンテそっくりな女性?何処にいるかも分からなかったアルタミラが今僕の目の前にいる?


何がどうなってるんだこれ、訳が分からなくなってきた…何が起きてるんだこれ。アルタミラさんとルビカンテの関係って…一体。


というかこの人、仲間として連れて帰ってもいいのかな……まずい、変なことになった。

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