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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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632.魔女の弟子とサイディリアル


世界最大の非魔女国家『マレウス』…正式名称はマレウス王国。それはカストリア大陸の中部に存在し魔女大国にも匹敵する広大な土地を持つ世界有数の大国であり、魔女の力を借りずに自立している世界唯一の国でもある。


その歴史は深く、建国は約五百年前…。当初この近辺は無数の小国が覇権を争い長きに渡る戦乱を繰り返す紛争地帯であった。その紛争の紛れによって偶然生まれた小国マレウス、そのマレウスを率いて紛争を戦いカストリアの中部に於いて覇を唱えたのが当時の国王にして建国の祖『アウグストゥス・ネビュラマキュラ』とその弟『プリンケプス・ネビュラマキュラ』の二名だった。


兄アウグストゥスは国王として兵を率いて近辺の戦乱に身を投じ、神算鬼謀の戦術と圧倒的武力で瞬く間に近辺を制圧、弟はその小国マレウスにて執政を奮い繁栄を呼び込み、この二人により長きに渡る戦乱は『マレウス王国の中部制覇』と言う形で終わり、近辺の領地全てを自国領土とし…今の大国マレウスが生まれた。


それが五百年前の事。そして当時最初に生まれた小国マレウスがあった場所は名前を変えて…今はこう呼ばれている。


マレウスが生まれた地にして、ネビュラマキュラ家の覇道の始まった場所…その名も。


「よーやくついた!サイディリアル!」


『中央都市サイディリアル』と…。それはこの国に於いて最も繁栄している最大都市にして王政府が聳える巨大都市。この国に於ける重要な機関の殆どを擁する街だ。


五十年前に発生したキングフレイムドラゴンによる大厄災に際してガタガタになったマレウスという大国全体を支えた経歴が伝えられるように、絶大な防衛能力と物資保有能力を持つ。


これを最初に見たラグナも『アレを攻め落とすのは至難の業だな』と口にしたくらいには堅牢な街だ。最初に見て言う感想がそれかと言うのは無しにして…さて。


「ようやく着きましたか」


エリス達は今サイディリアルの街を前にしている。マレウスを旅して一年半以上…もう直ぐ二年、という頃合いに至ってエリス達はようやくこの国の中心部へとやってきた。


目的は一つ、大冒険祭に参加しマレフィカルムに関わりのあるであろうガンダーマンと接触する事。出来ればレナトゥスやマクスウェルと言ったセフィラである事が確定している者を見つけること。


やる事は多いし、危険は伴うが…やらなければならないのだ。


「ようやく到着か、なんというか今までやってきた街よりずっと人通りが多いな。流石は大国の中央都市」


エリス達は馬車をサイディリアル郊外の馬車停め場に保管し、みんなで馬車から降りて長旅から解放され伸びをして目の前に聳えるサイディリアルの絶壁を前にする。


サイディリアルはマレウスで最も広大な面積を誇る。と同時に魔獣の侵攻を防ぐため街全体を分厚い壁で覆っているんだ。魔獣がいる国特有の…そして共通の特徴だ。


チラリと横を見れば巨大な門が見える。あそこからサイディリアルの中に入れるんだ…懐かしいな。


前来た時は師匠と一緒だった、アレから色々あったし…強くもなったが、まさかこんな状況でまたこの街に来ることになるとは。


「でー?どう動くんだよ、大冒険祭に参加するのか?その前にレギナちゃんに挨拶したほうがよくねー?」


するとアマルトさんがポケットに手を突っ込みながら大欠伸をする。確かに…大冒険祭の開催は二日後、参加するなら早いうちに動いたほうがいい。だが今のままでは人数が足りないから参加出来ない。…ステュクスを貸してもらうにはレギナちゃんに話をしなくてはならない。


やる事は多い、多いけど…。


「いえ、その前に…」


エリスがそう口を開いた瞬間……何処からか『ぐぅ〜〜』と気の抜ける音が鳴る、そう…お腹の音だ。つまり…。


「お腹空いたんで、ご飯にしません?」


「さんせーい!私お腹ペッコペコーっ!」


「大賛成でございます!折角サイディリアルに来たんですしサイディリアルグルメ楽しみましょう〜!」


「よし!じゃあ俺肉食いたい!」


そう、まずは腹ごしらえだ。何にしてもまずは食べないと話にならない、お腹空いたまま話し合ってもいい案は出てきませんからね!というかお腹空いたからご飯食べたい。


「おいおいお前らなぁ、この間あんな事があったばかりだろ?えっと…なんだっけ」


「記憶消しのポーションですね」


「ああそうだった、ったく不便だなこれ。エリスが記憶消しの知識を消しちまったから何かあった事は思い出せるけどそれ以外のことが思い出しにくいんだよ…」


「すみません、けど記憶消しはもうこの世にありませんし毒とかポーションが入ってたらメグさんとデティが気がつきますし、気をつけていれば大丈夫ですよ」


「そんなもんかね」


アマルトさんは前回の騒動の時メチャクチャ苦労したからか、ちょっと抵抗感があるようだ。とは言え経験はあるんだ、注意すれば大丈夫。


「エリスいい店知ってるんで、そこでご飯食べながら話しましょうよ」


「そう言えばエリス様はこの街に来た事があるんでしたね」


「じゃあ…エリスの紹介だし、そこ…行こっか…」


「さんせーい!うぇーい!」


騒ぎ立てるデティをネレイドさんはおんぶして…さて、取り敢えずサイディリアルに行きましょうかとエリス達はみんな揃ってこの街の入り口である正面門へと進み、街へと進んでいく。


正面門は街を出る人と入る人の往来は多くなる。行き交う人達をみんな一丸となって乗り切りつつエリス達はサイディリアルの街に踏み込むと…。


「なんか、ホッとするよな」


街の情景を最初に見たラグナはそんな事を口にするのだ。ホッとすると…そこに広がる街は。


「うーん!至って普通!変なところはないし私達のよく知る感じの街だぁ〜」


「マレウスに来てから、なんか変に特徴的な街ばかりだったからな…こういうのでいいんだよ」


デティとメルクさんのいう通り…サイディリアルの街は至って普通なんだ。特別豪華とか特別栄えているとかではなく、普通の街の情景が何処までも続く。石作りの壁にオレンジ色の屋根。生垣、謎の柱、犬、人、人、人、猫、人…何処にも変なところはない。


ザ・スタンダード…いやスタンダードよりちょい栄えている寄りか。それがサイディリアルという街なんだ。


「街人も多いし、やっぱり中央都市って感じがするな」


「冒険者も多いですね…、あっちこっちに武装した人がいますよ…」


「……大冒険祭の参加者か何かだろうな」


ナリアさんは周囲を歩く怖い人相の冒険者を前にビビる。が…ナリアさん、貴方そこらへんの冒険者を怖がる必要ありませんよ。貴方はもう十分化け物レベルで強いんですから。


「へぇ、なんか懐かしい感じがするな。エリス」


「え?ああ…このピリピリした感じ。確かに継承戦に似てますね」


感覚を研ぎ澄ませば、感じ取れる。皮膚を刺すような『警戒』と『苛立ち』にも似た物が風に乗って漂ってくる。この感じは継承戦に似ている…いや。大冒険祭そのものか。継承戦と同じく『擬似戦争』だからか。


(最高の冒険者を決める大冒険祭、なんてのは建前。本当は大規模クラン同士のぶつかり合い…それはもう戦争にも似た形にもなる。或いは継承戦と同じ擬似戦争…か)


そしてエリス達は、此度もまたそれに勝たねばならない…か。まぁやるしかないんだが。


「ここにいる人達、みんなが大冒険祭に参加するの?」


「さぁ、必ずともそうとは限りませんが。恐らく大部分は参加の為に来ているんでしょう…大冒険祭にて優勝すれば、或いは優秀な成績を残せば今後の冒険者にもいい影響が出ますしね」


「そう言えば優勝したら何がもらえるんだ?名誉…である事は分かるのだが、ここまで人が揃うには何か報酬がなければ成り立たない」


メルクさんの言う通り、いくら勝利の名誉とか喝采の栄誉が得られるにしてもゲンナマがない限り人は命をかけない生き物だ、特に冒険者という生き物は。


じゃあ何がもらえるか…と言うと。


「さぁ、分かりません」


「分かりませんって…、知らないのか?」


「知らないというより、明確に決まってない…というべきでしょうか。協会の状況によって毎回毎回違うんですよね…例えば冒険者協会に金がある時は豪華絢爛な剣や鎧に数十年分の活動資金、金がない時は優勝チーム全員に四ツ字を与えたり…色々なんですよね」


「なるほど、つまるところその時冒険者協会が与えられる最大限の物を褒賞とするわけか。つまり今は…?」


「そこが微妙なんですよね。プリシーラさんのおかげで財政状況はかなりよくなったとは言えまだまだ潤沢というわけではないですし、何が褒賞にされるんでしょうね」


「事前に発表されたりしないんですか?エイト・ソーサラーズ選考会みたいに予め貰える栄誉が分かってたほうがみんなやる気が出るんじゃ」


「褒賞の発表は開催と同時に行いますのでそれまで分かりません。…まぁ冒険者ってスリルとかドキドキワクワクが好きな人達なのでそういうのがウケるんですよ。飽くまで冒険者の為のイベントですし」


「何が貰えるか分からない大会に参加するってマジ〜…」


アマルトさんはドン引きしてるが…そもそも伊達と酔狂で生きてる連中が冒険者達だ。だが少なくとも分かっているのはその褒賞はガンダーマン本人から渡される物であるという事。


であるなら、エリス達が優勝すれば…奴は絶対にエリス達のところに来なければならない。今まで巧妙に姿を隠してきた奴も、エリス達と話をしなければならないのだ。


そこで問い詰めて、話を聞けば…何か分かる。と思いたい。


「ま、どの道優勝さえすればいいんです」


「簡単に言うよねぇ、まぁ私達なら楽勝でしょ」


「果たしてそうかねぇ…まぁいいや。それよりエリス、紹介してくれる店ってどれだ?」


「あ、あそこです」


そう言ってエリスが指差すのは…結構年季の入ったレストラン、掲げる看板は『獅子王亭』。そんな店を前にして…漂う匂いは芳しく、ラグナなんかは即座に反応する。


「肉か!」


「ええ、ここはステーキを出すお店です」


そう、ここはステーキを取り扱う専門店『獅子王亭』…エリスと師匠が初めてこの街を訪れた時やってきた食事処だ。師匠はここでミディアムレアの肉を食ってゲロ吐いたんだ。懐かしいな。あの時はエリス達と一緒にヤゴロウさんもいたなぁ…。


そんな思い出溢れるお店にエリス達は八人揃って入る。みんなと一緒にここに来れるなんて夢のようだ。


「今日はここで食べます、いいですよね」


「店に入りながら言われても拒否権ねぇだろ。まぁガッツリいきたい気分だしいいぜ、なぁ?メルク」


「何故私に聞く」


なんのかんの言いながらアマルトさん達も一緒に樽を利用した大テーブルに輪になって座るエリス達。さぁお昼ご飯だとエリス達はメニュー表を見てみんなであれこれ考える。


「どれにします?デティ」


「私ね、お腹減ってるからたくさん食べちゃうよ。クマみたいに食べるから」


「ふむ、品揃えがいいな意外に」


「おや、スパイシーステーキですって、気になりますですはい」


「アマルトさんはどれにしますか?」


「んー、別にどれでもいいけど…折角だから変わり種はやめとくか」


「ラグナ…」


「ああ、分かってる。ガッツリ食う」


メニュー表を真ん中に広げみんなであれこれ指をさして決めていると、そこに気がついた店員さんが近寄ってきて。


「注文は決まりましたか?」


「はい、エリスとデティはこの普通のステーキで」


「あ、エリス。私も」


「じゃあメルクさんも加えて三つで」


エリスは三本の指を立て注文しつつ、他のメンバーにパスする。


「では私はこのスパイシーステーキで…」


「んー、じゃあ〜俺は〜このカットしてある奴。ソースはいらない、塩胡椒もかけずにこっちに直接持ってきてくれ」


「では僕もアマルトさんと同じので」


メグさんはなんかド辛そうな真っ赤なステーキを、アマルトさんは一口大に切り分けられたステーキのセットをナリアさんと一緒に頼むようだ。となると後はうちの超食いしん坊コンビ…ネレイドさんとラグナになるが。


「じゃあ、私…このキングネビュラマキュラサイズのステーキを一つ」


「い、いいんですかお客さん、それかなり大きいですよ…って聞くまでもないですね」


「うん、お願い」


ネレイドさんは店で一番大きいサイズのステーキを頼むようで、店員さんもネレイドさんの体の大きさを見て納得しつつ手元のメモ帳に注文を書き加える…するとラグナは。


「なぁ、このチャレンジャーステーキってなんだ?」


そう言ってメニュー表にデカデカと書かれた『チャレンジャーステーキ』の欄を指差す。すると店員さんは目をギラリと輝かせ。


「おや?お客さん、それに挑戦するので?それは牛一頭分丸々用いた大量の肉肉肉の大山となります。ありとあらゆる部位を楽しめる代わりにあまりにも多すぎる量に屈強な冒険者の皆様でさえ肉恐怖症にしてしまう程の代物です…」


「へぇー、そんなに多いんだ」


「ええ、もし三十分以内に食べきれれば無料となりますが…食べきれない場合は結構な額を請求させていただきますよ?文字通り挑戦でございます」


店員は何故か勝ち誇ったように言う。どうやらこの店の目玉である所謂『大食い系』のようだ。時たまに見かける、頭おかしい量の食事を用意し時間以内に食べられたら無料にします…的な奴だ。


エリスも昔やったことがある、やったことがあるが全然食べきれず師匠に泣きついて一緒に食べてもらったんだ。こう言うのは迂闊に手を出すべきじゃないんだが…ラグナはその説明を聞いて『ふんふん』と首を縦に振ると、そのままメニュー表に書かれたチャレンジャーステーキから指を動かさず。


「じゃあ、それ三つ」


「は?」


立てるは…指三つ。チャレンジャーステーキを三つ寄越せと言うのだ、屈強な冒険者でさえ食い切れないチャレンジャーステーキを三つ…あまりのことに店員は呆然としつつ。


「い、いやいやお客さんふざけちゃダメだよ。そう言うのはね?一緒に食べるお友達に許可をとってからじゃないと」


「え…え?なんでみんなと一緒に食べることになってるんだよ、俺一人で食うのに…」


「は、…はぁ!?」


「ああすまん、彼ならきちんと食べ切る。責任を持つから持ってきてやってくれないか?」


「えぇ…、もうどうなって知りませんよ…」


困惑するラグナに助け舟を出すようにメルクさんがフォローすれば、店員も納得したのか…或いは食えるもんなら食ってみろとばかりにキッチンの方に戻っていく。


しかしラグナ、聞いたことないですよ。大食いメニューを複数注文するなんて…まぁ彼なら全部食うんだろうけどさ。



そして注文を終え、みんなでくだらない話で駄弁っている内に…エリス達が注文したお肉達が運び込まれてくる。


「うひょー!ステーキだぁー!」


「牛という奴は憎い奴だよ、焼いただけでこんなにいい匂いがするんだから」


「お、メルク様。肉だけに、憎い奴。焼いただけに、妬いてしまうと!?いや流石!メルク様流石!」


「メグ、黙れ」


並べられるステーキにエリス達は思わずニコニコになってしまう。お肉の匂いってのはいいですね、嗅いでいるだけで幸せになれちゃいますよ。


「ふむふむ。おー…ここの店いい肉使ってんな…焼き加減も絶妙だ、いい店紹介してくれたなエリス」


「見ただけで分かるんですか?アマルトさん」


「まぁな、半端な店だと肉がブヨブヨで油気も薄く白っぽい…けどこの店はそうじゃない。多分南部産の肉だな、いいやつだ」


そうだったんだ、なんとなしに食べていたから分からなかったが…思えばエリスが前来たのは十年前、そんな前から今もこうして店があるという事はやはり味は確かなのだろう。


「ん、美味しい…美味しいね、ラグナ」


「おう、やっぱさ!肉っていいよな!こう…喉をグイグイ押し広げながら通る感覚が最高だよなぁ」


一方、なんか洒落にならない大きさのステーキを食べるネレイドさんと、山のようなステーキを食べるラグナが目に入り…なんか見ただけでお腹がいっぱいになる。特にラグナのやつはすごい、牛丸々一頭使ってるというのは嘘じゃないのか…なんか牛の足も見えるんですけど。あれ食うの?


「うまうま、エリスちゃん美味しい」


「ですね、美味しい……」


こうしてここで食事をしていると、昔のことを多く思い出す。思えばこの店でいろんなことがあった…ヤゴロウさんから第二段階の話を聞いたり、師匠が肉を食ってゲロ吐いたり。


……そうだ、ウルキさんともここで会ったな。あの時はまだウルキさんの正体に気がついていなかったから気安く話しかけたけど。…そう言えばウルキさんはあの時魔蝕祭の話をエリスにしてきたな。


魔蝕祭…は来年か。ウルキさんは四年前の戦い以降姿を消しているし、なんだかとても不気味だ。また何かあるなら…やはり魔蝕の日だろう。そう思うと、なんだか緊張してきたな…。


「で、これからどうする」


ふと、ソースをたっぷりかけたステーキを切り分け一口食べたメルクさんが右のほっぺを膨らませながら問いかける。これからどうするか…と。


これから…とはつまりサイディリアルで活動の話だ。


「大冒険祭に参加する、これが大目的とするならその前の小目的がいくつかあるな」


「確か大冒険祭は十人じゃないと参加できないんだよね。で、その参加者としてステュクス君とルビーちゃんを誘おうって魂胆でしょ?エリスちゃん」


「はい、ステュクスは城の方にいると思います…ルビーちゃんは多分冒険者協会本部の方だと思います」


「実際問題話を受けてくれるかは別にしても、まずはその二人に話をしないことには何にもならねぇよな」


自分の分とナリアさんの分に塩と胡椒をパッパッと振りかけるアマルトさんはチラリとこちらを見る。彼の言う通りまずはこの二人に話をしないことには予選のエントリーすら受けられない。ステュクスは嫌がっても引きずって参加させるとしても…ルビーちゃんが問題だな。


今何処にいるんだ、彼女は……いや、そうだ。


「デティ、ルビーちゃんの魔力って覚えますか?」


「んんっ!?ぉげぇっ!ゲホッゲホッ!?」


「あ、すみません」


どうやら肉を飲み込んでいる最中だったらしくゲホゲホと咳き込むデティの背中を撫でると。


「う、うん。そうだよ私覚えてるよ、ルビーちゃんの魔力を覚えてる事を忘れてたわ。待ってね?今探ってみる」


ややこしい忘れ方するんですね、人間って。ともあれデティは目を閉じウンウン唸ると…。


「あ、いる。冒険者協会の方にいるね」


「もう向かうのメンドクセーしよ、お前がなんかこうここから伝えられないのか?こっち来いってさ」


「遠隔念話の事?出来ない事ないけど相手に事前の了承を得ずにそう言うことするのは頂けないよ、もし相手が精密作業をしてる時に話しかけたら、相手を驚かせるかもしれないしね。そもそも魔術遠隔意思伝達法に於いても推奨されていない手段であり…」


「あー、わかったわかった。んじゃ二手に別れようぜ、城の方に行ってステュクスを協会の方に行って誘う係とルビー誘う係」


全員が無言で視線を交錯させる、さて…誰が何処に行く?と。で基本こう言うのを決めるのはラグナなのだが。


「ラグナ、お前食ってばかりいないで話に参加しろ」


「んぅ、悪い悪い、話は聞いてた。えーっと…」


モリモリ肉を食うラグナは考え込む。と言うか既にラグナの分の肉が半分ほどなくなっているんですけど…。


「よし、じゃあルビーを誘いに行くのはネレイドさんとデティとメグさんとメルクさん。向こうのほうは人通りが激しいしネレイドさんがいた方がいいしデティじゃないと詳しい場所が分からない、そして見つけ次第合流出来るメグと面識のあるメルクさんで行く」


「分かった、ってことはそれ以外は城の方か?」


「ああ、ステュクスを誘いに行くのは俺とアマルトとナリアとエリス──」


「はいっ!エリスはルビーちゃんの方がいいと思います!エリスはルビーちゃんと仲がいいですし冒険者協会本部にも行ったことがあるので役に立てると思います」


見計らったかのようにエリスは異議を唱える。やはり行かされるかエリスがステュクスの方に!だがエリスはルビーちゃんの方に行きたい!行きたいです!全身の躍動感を活かしてポーンと立ち上がり手を上げると。


「やっぱり…そう言うよな」


なんかラグナがドン引きしたようにこちらを見る。みんなもそれほどかとジト目でこっちを見てくる。けどなんとも思われようが構わない、エリスはステュクスの方には行きたくない…気まずい。


「お前がステュクス誘うって言ったんだからお前が行けよ…」


「じゃあ逆に聞きますが、エリスが行ってもいいんですか」


「は?そりゃお前……いや、お前絶対喧嘩するしステュクスもお前を怖がるか」


「そういうことですよアマルトさん、エリスの勝ちです」


「腹立つなこいつ」


「はぁ〜…仕方ない、じゃあそうしよう、メルクさんとエリス交代、メルクさんは俺と一緒に城の方に来てくれ」


「分かった、だがすると今度はこちらがステュクスと関わりの薄いメンバーになったが…」


「マイナスよりはいい」


ふんす、とエリスは勝ち誇るように鼻息を噴き出す。エリスからステュクスを誘うと言っておいてなんなのは分かりますけど、いざ前にすると…やっぱり少し怖い。アイツを前にするとエリスは嫌な奴になりますから、今もちょっと嫌な奴ですし、多分…エリスがいない方がアイツもやりやすいと思います。


「んじゃ、そろそろ行くか。俺はもう食い終わったけどみんなは?」


「なんであんだけ頼んだお前が一番食うの早えんだよ!」


というわけでそれぞれの行き先が決まった。エリスはルビーちゃんを誘いに協会の方に行くことになった。


それからまた食事を再開して席を立つことにした、支払いの時店員さんが『マジでチャレンジャーステーキを三つ完食したんですか…』と青い顔をしていたがそこはメルクさんが『美味いステーキだった、潰れてもらっては困るから支払いはちゃんとするよ』と完食による無料のボーナスは受けず、きちんと支払うことでことなきを得た…のか?分からない。少なくとも店員さんから二度と来るな的な視線はもらってしまった。


しかしラグナ、牛三頭丸々胃袋に収めて平気な顔してるの怖いんですけど…まぁもう慣れましたけど、慣れましたけども、この人本当に胃袋に限界がないんですね。


…そして。


「じゃ、俺達は城の方に行ってる。ルビーと合流出来たら時界門でこっちに来てくれ」


「はーい!」


そしてエリス達は二手に別れる。エリス達の組はネレイドさんとエリスとメグさんとエリスだ。


ラグナとメルクさんとナリアさんとアマルトさんの四人は軽く手を上げながらまた後でと城の方へと向かっていく…さて。


「じゃ、行きますか」


「だね、ってかエリスちゃんそんなにステュクス君と顔合わせたくないのに力は借りるつもりなんだね」


「いや、顔を合わせたくないわけじゃありません、ただ…彼もエリスに頼まれたら答えづらいと思います。変に気を使ったり、怖がったりして…彼自身の事情を無視してしまうかもしれないので、エリスは彼の力を借りたいですけど、別に強要はしたくないので…」


「はぁ〜気を使いすぎ〜、エリスちゃんもうちょっとステュクス君と気安くしてもいいと思うよ」


「そうでしょうか…」


「少なくとも、エルドラドでの一件を見るに、ステュクス君はエリスちゃんの事嫌ってはいないと思うよ」


そんな風にデティからお説教を喰らいながらエリス達はプリンスケプス通りを抜けて冒険者通りの方へと歩いていく。


「いやぁ、にしてもこっちに抜けると人通りが凄くなるね」


「これはネレイド様をこちらに配置したラグナ様の名采配となるかもしれませんね」


冒険者通りは普通の通りに比べやや狭いにも関わらず、この時期は凄まじい通行量になる。普通に歩いていたら人の流れに押し飛ばされて全然関係ないところに行ってしまうかもしれない。なのでエリス達は。


「ネレイドさん、お願いします」


「うん、ちょっとごめんね。通るよ」


ネレイドさんの出番だ、彼女が一歩歩けばどうあれ人は彼女を避ける。多少強引にでも彼女が通れば道が出来る。こういう時のネレイドさんの突破力の凄まじさを理解しているからこそエリス達もその背にピッタリくっついて進む。


「それでルビー様はどちらに?」


「こっちの方だよ、あの大きめの建物…あれが本部?」


「ですね、どうやら冒険者協会の本部に居るようです」


ステュクスの紹介でちゃんとルビーちゃんは冒険者になれたようだ、よかった。ってことはシャナさんも一緒にいるのかな?どうなんだろう。ともかく会うのが楽しみだ。


「……ん?」


「へ?どうしたのエリスちゃん」


ふと、何かが気になって足を止める。なんか…感じる。


(なんだこれ、なんか…胸の奥の方が…ビリビリする)


「ねぇちょっとエリスちゃん?ネレイドさん達行っちゃったよ!?」


(なんだこの感覚…なんだ……)


エリスが足を止めたことに気が付かず進むネレイドさんに置いて行かれたエリスを心配したデティだけがその場に残り、エリスの手を引くが…動けない。


突然巻き起こった異変。魂の内側から何かが隆起しようとする感覚にエリスは胸を抑え動けなくなってしまう。


「ッ…エリスちゃん、魂が…」


「デティ、…エリスに何が……」


「分からない、けど肉体で言うところの痙攣のようなものが起こってるよ。こんな症状初めて見た…病気?異変は見られないし、うーん」


胸を抑え目を閉じ内側に意識を向ける。エリスの身に何が起こっているのか…そう確かめようとすると、違和感の正体はまるで逃げるように霧散して消えていく。と同時にこの症状も穏やかに消えて……なんだったんだ。


(嫌な感覚だ、…昔のことを思い出す)


普段ならこんな感覚気にも留めないけど、よりにもよってこの街で正体不明の感覚に襲われるなんて。


そう、ここはサイディリアル。シリウスがエリスに最初に接触してきた街…あの時は常に正体不明の頭痛に襲われて本調子が出せずエリスは危うく死ぬところだった。もう嫌な感覚はないけど…気にしておくか。


「すみませんデティ、もう大丈夫です」


「ほんとに?まぁ確かにもう異常は見られないけど。無理しないでね…エリスちゃんは、ある意味史上初めての事例を抱える人間でもあるんだから」


「え?それって…」


「一回死んで、生き返ってるの…覚えてるでしょ」

 

「ま、まぁ……」


あんまり深くは問い詰めないようにしてるけどね。まぁ確かにこの身は長い旅でいろんなことを経験して、色んなものを刻み込んでいる。綺麗な体ではないが…だからこそ危機には聡くなってるつもりだ。だから安心してもいいですよとデティの頭を撫でる。


「大丈夫ですよ」


「もう、誤魔化さないで」


「えへへ、さぁネレイドさん達を追いかけますよ…えっと、ああ彼処にネレイドさんの後頭部が見えます。いい目印ですね、行きましょう」


そうエリスがデティの手を引いて人混みの向こうに見えるネレイドさんの頭目掛け歩き始めた…その時だった。


「あ、テメェ」


「はい?」


ふと、目の前を通りがかった人相の悪い冒険者風の男がエリスの顔を指さして呆気に取られた顔をするのだ。しかしおかしいな、彼に見覚えはない…え?エリスの事指さしてるの?と後ろを向くが誰もいない。やはりエリスを指差してる。


「おいテメェ!ステュクスだな!?」


「は?」


思わず表情が悪くなる。誰のこと指差して何言ってんだこいつは…。エリスがステュクス?ああ、エリスの顔はステュクスに似てる…と言うより同じような特徴をいくつか持っていると言った方がいいか。


なるほど、こいつはどうやらステュクスに恨みがあるタイプの人間らしい。だが残念、エリスはステュクスではない。


「テメェ昨日の今日でよくもリーベルタースのシマ歩けるな!ちょっとツラ貸せやボコボコにしてやるッ!」


「………?」


その上何かおかしなことを言いながら…一気に三人、四人と男の仲間が増えエリスを取り囲み、男の一人がエリスの胸ぐらをグッと掴み引き寄せるように吠える。ちょっと痛いじゃないですか…全く。


と言うかこいつら今リーベルタースと言ったか?あの冒険者協会最強最大のクランのリーベルタース?こいつらそこのメンバーか?なら地に落ちたな、リーベルタースも。


「何黙ってんだぁ?ああ?俺達がそんなに怖いかよ!オラッ!」


「はぁ…」


そして男の平手打ちがエリスの頬を叩く、小馬鹿にするようなビンタにエリスは思わずため息を吐いてしまう。なるほど、そう言うタイプか…お話が苦手なタイプだ。


「はぁ、デティ…行きましょう」


「え?無視するの…」


無視に決まってる、こいつら完全に頭に血が昇ってる。ステュクスを恨むなら勝手にすればいいがそこにエリスは関係ない。それにこいつらに別人であることを懇切丁寧に説明したところで納得するとも思えない。なのでここはそそくさと逃げるに限る。


「おいなんとか言ったらどうだよ!ステュクス!」


「すみません通ります、友達を待たせているんです」


「テメェ…いい加減にしろよッ!」


デティの手を引いて迂回して通ろうとした瞬間、男は激昂して腰の剣を抜いて振りかぶるのだ。そんなにか?そんなにステュクスを恨んでいるのか?全くアイツは何をしたんだ。アイツの問題だからエリスが関与したくないんだが…仕方ないここは────。


「ひゃっ…」


「───────」


その瞬間エリスは見てしまう、手を引いていたデティが近くの男の剣幕と振り上げられた刃にびっくりする様を、怖がる様を。そりゃデティの方が強いだろうよ、けどデティだって女の子だ…大きな男が目を血走らせて怒鳴り声をあげれば、勿論怖いんだ。


怖がったんだ、怖がらせたんだこいつらは、デティが怖がったんだ…こいつらの存在を。それってつまり…。


「テメェ…ッ!」


「へ!?」


「デティが怖がってんだろうがッ!」


「げぶぅっ!?」


「ぎゃー!ごめん私がついびっくりしたせいでエリスちゃんのスイッチ入っちゃったーッ!!」


炸裂する右ストレートが一撃で目の前の冒険者の意識を奪うと共に奥歯が口から弾け飛ぶ。だが止まらない、止まれない…エリスはエリスの友達を怖がらせたり、脅威となる存在は絶対に許さないのだから…だから。


「喧嘩する理由が欲しいならくれてやるよッ!ほらッ!やってみろよおいッッ!!」


「な、なんだこいつ!?急にキレて…ってか女!?人違い!?」


「もう遅せぇッッ!!」


慌てたもう一人の冒険者の胸ぐらを掴み引き寄せつつ顔面をぶん殴り、怯んだところで更にエリスは男を持ち直し太腿から持ち上げひっくり返すように投げ飛ばす。すると男はゴロゴロと転がり地面に頭を打ちつけ、更に追い討ちを仕掛けるように鉄板仕込みの靴で踏みつけ鼻をへし折る。


「ちょっ!やめ…ってかお前!俺達リーベルタースに手を出してタダで済むと思ってんのか!?」


「エリスがお前らをタダで済まさねぇんだよッ!」


ようやく反撃に移った頃には既にエリスを取り囲んでいた四人が二人に減ってからの事だった。残った冒険者は拳を構えエリスに向けてブンブンと威勢のいいパンチを繰り出すがエリスは上半身のスウェイだけで避けきり、そして。


「吐いてろゲロをッ!」


「ぉゲェッ!?」


「あ、相変わらずエリスちゃん…喧嘩強ぉ…」


抉り込むようなボディブローが破裂するような音を鳴らし冒険者の鳩尾を凹ませ、ゲロゲロと胃液を吐いて倒れるそいつを蹴り飛ばし───。


「がぁぁあああ!死ねぇぇええ!!」


「ッ……」


そして最後に残った一人が短剣を抜いてエリスに向けて突っ込んでくる。このままエリスを刺し殺すつもりだ…が。


「は…え?」


エリスに触れた瞬間ナイフがへし折れる。当たるわけないだろそんな短い刃が…防壁を纏うエリスに。当然だが防壁で弾かれた短剣は反動でへし折れ…相手は目を丸くする。


「な、何が起こって…何をした」


「さぁ、なんでしょう。何をしたと思いますか?お前はこれからどうするんですか?エリスはお前をどうすると思いますか?」


「ひ、ひぃぃい!!」


「待てよ」


慌てて折れた短剣を捨てて逃げようとする男の髪を掴んで引き寄せると…。


「人を怖がらせたんだから謝りなさいよ、ほら、ちょっと…額が地面についてないですよッ!」


「ごがぁっ!?」


そしてそいつを地面に叩きつけ、事なきを得る。パッパッと手を叩いて埃と汗を払う、いきなり喧嘩売ってきて…。


「なんなんですか、貴方達…いきなり」


「エリスちゃんが一番なんなんのさ、いや私のために怒ってくれたんだよね…ありがとね」


いきなり人をステュクス扱いしたかと思えば武器振り上げてデティを怖がらせて…、全く冒険者というやつはどこに行ってもガラが悪いったらない。アウトローのスタイルが好みならエリスもアウトローに行くだけだ。


おっと、こんな事して遊んでる場合じゃなかった。


「姉貴!?」


え?…今、誰がエリスを呼んで…いや名前も呼ばれていないのになんでエリスは呼ばれたと思ったんだ?…っていうか、この声。


「ん?ステュクス!?」


そこには人混みから顔を出す見慣れた顔…ステュクスがいた。ステュクスだ、エリスの弟のステュクスがいる、…前見た時より少し体つきががっしりしてる、ちゃんとご飯を食べて鍛えているようだ…そうか、彼もまだまだ育ち盛りだったな。それに騎士の鎧を着て…きちんと仕事してるんだ、エリスと違って。


そしてそんなステュクスはエリスを見てギョッとしつつもなんかリーベルタースに同情するような視線を向けている。


しかしなんでここにステュクスが…って言うか貴方城にいる筈じゃ、なんで冒険者通りに?あ…いや、待て。


(違う、そうじゃない…エリスは彼に頼みことをしにきたんだ。想定外だけどファーストコンタクトは大切だ…彼に、怖がられたり嫌がられないようにしないと)


落ち着け、いつもみたいにそっけない態度をとるなエリス。エリスは彼に助けてもらいたくてここにきたんだ…なのに失礼な態度はとっちゃいけない。


まずは彼がなんでここにいるか普通に聞こう、世間話だ。あ、いや…まずなんでこんなに奴らに狙われているかの心配をした方がいいのか?


「ステュクス、貴方なんでここに…と言うか何かしたんですか?」


なんて迷っているうちにエリスの口はなんだか辿々しく言葉を繋いでいた。話辛い…けどステュクスはそれをあまり気にせずポリポリ


「い、いやぁ色々あって…ってか姉貴なんでここに?サイディリアルになんか用か?」


色々ってなんだ、また恨みでも買ったのか。でもあんまり話したくなさそうだし…突っ込まない方がいいのかな。ああもう間怠っこしい!とっとと言ってしまうか!?


「いえ、用があるのはサイディリアルではなく貴方ですステュクス」


「え?俺?ってか俺も姉貴に頼みがあるんだ!実は……」


そういうと彼もまた何か話したそうに口を開くが、動き出したエリスの口も止まらず…彼の言葉と重なるようにエリスの声音がダブり。


「エリスと一緒に大冒険祭に出てくれませんか?」


「それが実は俺と一緒に大冒険祭に……え?」


「一緒に出てください。お願いします」


「………え?」


ん?今ステュクスも大冒険祭に参加してくれって言わなかったか?え?気のせい?ステュクスはエリスをパチクリと見つめながらこっちを見ている、エリスもまた驚いている…けどどうしてか彼が前にいると表情が動かない。


そうしてエリス達は何も言えずに呆然と見つめ合っていると。


「エリス様、何してるんですか…って、あら?ステュクス様?」


「うぉっ!?メグさん…びっくりしたぁ」


時界門から飛び出してきたメグさんがエリス達を迎えにきて、ステュクスがここにいる事に気がつき小さく首を傾げる。


「ステュクス様、お久しぶりでございます。てっきりお城の方に居るかと思っていたのでしたが…こちらにいましたか」


「ええ、ちょっと色々ありまして…話すと長くなるんですけどね。っていうかその口振り的に俺の事を探していた感じですか?」


「はい、エリス様から聞きましたか?実は我々ステュクス様にお願いをしたくこうしてサイディリアルに参ったのです」


「それって、大冒険祭に参加…ですか?」


「おやもう話を聞いていましたか、でしたらお話は早いです。落ち着ける場所で話しましょうか」


メグさんは現れるなりステュクスとスラスラと会話を進めていく、エリスが散々迷って出来なかった事を淡々と伝え、ステュクスもそれに答え、もうすっかりエリスなんて必要ない形で話が固まった。


久しぶり…か、そう言えばそうだった。忘れてたわけじゃないけどエリスとしたことが気が付かなかった。思えばエリスまだ彼に挨拶もしてないな…はぁ、どうにも彼が前にいると調子が狂う。エリスはやっぱりステュクスを前にすると嫌なやつになってしまうな…。


なんて小さな自己嫌悪を抱えつつ…再会したエリス達はメグさんの案内で人通りの少ない路地裏の方へと向かうのだった。


………………………………………………………


「さて、改めて。お久しぶりですねステュクス様」


「久しぶりだね〜ステュクス君、私の事覚えてる?」


「覚えてますよデティフローア様ですよね。メグさんも久しぶりっす、エルドラド以来ですよね」


そうしてエリス達は人通りの少ない路地裏で五人で集まって再び再会を喜ぶのであった、ステュクスは以前見た時より少し大きくなっており前よりも少し頼もしくなっていた。これが男の子の成長というやつか…と物思いに耽るエリスを放ってみんなの話は進んでいく。


「ん、元気そうだね…」


「えっと、ネレイドさんですよね。オケアノスさんから聞いてますよ、スゲェー強いって」


「照れる」


「それと…さっきは挨拶し損ねたけど、姉貴も…久しぶり」


「ええ、久しぶりですね」


「……………」


「…………」


チラリとこちらを見たステュクスに挨拶され、エリスもそれに返す。ただ普通の会話をしただけなのに…エリスの声は思ったよりも淡白で冷静なものになってしまった。ああくそ、こういう会話がしたいんじゃない…もっとみんなみたいに普通に話したいのに。


それにこういう話し方をするとステュクスは…。


「あ、あの…やっぱ怒ってます?」


ほらこれだ、直ぐにビクビクする…怒ってる?怒ってないですよ。


「別に、怒ってません」


ああだめだ、怒ってる人の言葉になってしまった。そして案の定ステュクスは青い顔をする…怒ってないのにな。


「う、すんません。俺のせいで絡まれたもんな…怒ってるよなそりゃ」


「ああ、エリスちゃんは本当に怒ってないよ。エリスちゃんはその程度じゃ怒らないもん」


「ほ、本当に?」


「そう言ってるでしょ」


「で、デティさん…やっぱ怒ってません!?」


「はぁ、もう面倒くさいからその話やめようよ」


デティはエリスの淡白な態度に呆れ果ててこの怒ってる怒ってない論争に終止符を打つ。うう、申し訳ないですデティ…けど、ステュクスを前にするとどうにも変なんです…。


「ってか姉貴やメグさん達、大冒険祭に参加するんですよね。いやぁありがたいっす、実は俺も参加しなくちゃいけない事になって」


「おや、レギナ様のご命令とかですか?」


「いやレギナは全然関係なくて…ややこしいんですけど、聞いてくれます?」


「いいですよ、聞きましょう」


そうしてステュクスはここに至るまでの話をし始める。なんでも彼に魔力覚醒の仕方や扱い方を教えている『アレス・フォルティトゥド』なる人物がいるそうで、彼はいつもそこで修行をしているとのこと。


問題はその孫娘ハルモニア・フォルティトゥドだ。ステュクスを相手にいつも打ち合いをしてくれている良き指導者なのだが、ここ最近何故か結婚しようと迫ってきているようでステュクスはその対応に苦慮しているらしい。これだけならまだまぁ本人だけでなんとかできるのだが…。


更に発生した問題はそのハルモニアの兄…それが現冒険者協会最強にして最大のクラン・リーベルタースの頭目ストゥルティ・フールマンだったというのだ。剰えストゥルティは妹ハルモニアを溺愛しておりステュクスに結婚を申し込むハルモニアを見て激怒、しかもステュクスに対して。


ストゥルティに恨まれた彼は色々あってストゥルティと拗れ、結果突きつけられた条件が『大冒険祭で勝負しよう、お前が負けたら冒険者協会を占領し冒険者協会の機能を麻痺させる』と言い出したのだ。しかもよりにもよって冒険者であるストゥルティがだ。


はっきり言って頭がおかしいとしか言えない条件を前にステュクスは逃げることもできず大冒険祭に参加しようとしたが…参加してくれる仲間が見つからず悩んでいた。そこにやってきたのがエリス達、ということなのだ。


なんというか、ステュクスはあれだな。トラブルとか問題を引き寄せる才能はエリス以上だな。そこは同情するよ…。


「まぁ、大変でしたね」


「大変なんてもんじゃないっすよ!なんだって俺がこんな目に」


「ステュクス、そのハルモニアとかいう人をストゥルティの前に突き出して結婚を拒んだらどうですか?する気がないんですよね、結婚」


「え?ああ、それは俺も考えたけど…ストゥルティの奴結婚を拒否するのも許せないらしくてさ、それにちょっと…別の奴にも結婚をせっつかれてて」


「なんというか、面倒なやつに絡まれましたね」


「本当にな」


ステュクスには同情する…というより普通に可哀想だ、いくら彼の事に関して思うところがあるにせよそんな一方的にぶつけられるような理不尽に彼が苦しまなければならないのは許せない、弟だから…とかではなく、普通に人として。


「分かりました、エリス達がなんとかします…というより、エリス達も貴方の手をを借りたいと思っていたんです」


「ああ、姉貴達も大冒険祭に参加したいんだっけ?なんで?」


「ガンダーマンに聞きたいことがあるんです、逃げられないようにするにはこれしかないので」


「ふーん、相変わらずすげぇな、ガンダーマン会長に話聞くためだけに大冒険祭に出るなんてさ…」


「エリスと貴方の利害は一致してます、どうでしょうか。ここは手を組みませんか?」


「……………」


ハッとする、しまったいつもの調子でなんとなく話してしまっていた。こ…怖がられたか?


ステュクスの顔を見てみたら、彼はなんか唇を尖らせやや不服そうな顔をしつつ…エリスの顔をジッと見て。


「利害ってさぁ……」


と、小さく呟くのだ。な…なんですか、利害は一致してるでしょ実際。


「まぁいいや、寧ろその話は願ってもない!姉貴達の力があればリーベルタースにも対抗出来そうだ!」


「うん、任せて」


「私達が軽ーく優勝させちゃうよ!」


「これにてステュクス様は確保でございますね、いやぁ幸運でした。ステュクス様がまさか我々と同じ目的を持っていたとは」


「いやいや俺もっすよ、こんな都合いいことあるのかって思いました…で、姉貴達は八人だったよな、参加者一人足りなくないか?」


「ああ、それならもうアテはつけてます。ルビーちゃんです」


「ルビー…ああ!姉貴!その件も言いたかったんだよ!いきなり俺のところによく分からないのを突っ込んでくるなよ」


「だってしょうがないじゃないですか…」


「まぁいいんすけど、でもルビーを誘うってルビーは何処にいるのか俺は知らないぜ?」


「それなら分かってるから大丈夫ですよ、さぁさぁ行きましょうドンドン」


「マジで?流石段取りがいいなぁ」


そうしてエリスとステュクスは歩き出し冒険者協会を目指して進むのだが…エリスは気がつかない。エリス以外の魔女の弟子…デティやメグさん、ネレイドさんの三人はその場に残って視線を交錯させていることに。


「…はぁ、気がついた?メグさん」


エリスが行った事を確認したデティはメグさんの方を向いて、大きなため息を吐く。


「ええ、なんか新境地でございますね。エリス様とステュクス様…ギクシャクしております」


「というより、ステュクスはあんまり気にしてないけど…エリスの方が凄く色々気にしてるように見える」


議題はエリスとステュクスの関係について。てっきり会うなり喧嘩をするもんだと思っていたが…どうやらエルドラドでの共闘でエリスもかなりステュクスへの態度を改めたようだ…が、今度は逆に過度にステュクスに気を使ったりしてとてもやり辛そうにしていた。


そして恐らく、エリスがやり辛そうにしてるのをステュクスも察している。利害と言われて不服そうにしたのはきっと『姉弟だから頼ってくれた』と感じていたからこそ、打算的な事を言われてショックを受けたのだろう。エリス的には逆に姉弟感を出さない方が良いと気を遣った結果なのだろうが…。


なんともはや、完全に二人ともすれ違っている。


「エリスちゃんがあそこまで誰かと話すのにやり辛そうに気を遣ってるの…初めて見たよ」


「気を使わなくてもいい相手には一切気使わない、そこがある意味でエリス様のいいところではあるのですがね…」


「仲良くなってる…のかな」


「仲良くはなってないでしょ、でも進展はしてる。あれじゃエリスちゃんが本調子を出せないしここは私達で背中押してあげましょうや」


「そうでございますね」


考えれば最初は顔を合わせただけで殺そうとしたり殴りかかったりしていたんだ、そこから考えればエリスちゃんも大分丸くなった。ならもう一押しで二人は案外いい関係になれるかもしれない、ならそこは友達である私達で手伝ってあげましょうとデティは胸を張る。


………………………………………


「ん?遅いですよデティ、みんな。何してたんですか?」


「ごめんごめん、靴紐解けちゃったから結んでた」


「え?デティの靴って紐ついてないんですよね」


「ネレイドさんの」


「………そう」


「なるほど」


そうして少しして後ろから追ってきたデティ達と合流しつつ、エリス達は十人目の参加者であるルビーちゃんを誘うため冒険者協会に向かう。その道中にステュクスを加え五人となった一行はまた人混みの中に突入する。


「でさ、姉貴」


「なんですか」


「姉貴達はエルドラドを離れた後何処に行ってたんだ?何してたか聞きたいんだけど」


「ああ、そうですね。それくらいは伝えてもいいかもしれません。エリス達はエルドラドを離れてから理想街チクシュルーブに向かい、その後ウルサマヨリに行ってたんです」


ステュクスの方から世間話を振ってきて、エリスはなるべく愛想を意識して…でもなんか無理でやっぱり淡々とした口調になりながらも今までの旅路を語るとステュクスは…。


「なるほどねぇ、縦横無尽だねぇ。エルドラドからチクシュルーブ、んでもってウルサマヨリかぁ…………ん?」


何かに…気がつく。そしてドン引きしたような目をエリスに向けて…。


「…なんか、姉貴達が立ち寄った街で悉く王貴五芒星…死んでね?」


「………言わないでください気にしてるんだから…!」


言うな、薄々思ってたけど言うな。確かにエルドラドではクルスとロレンツォさんが死に、チクシュルーブではソニアが死に、ウルサマヨリではトラヴィスさんが死んだ。全員王貴五芒星だ、あれだけいた五芒星も今や一角しか残ってない…と言うのにエリス達はその全ての死にある意味立ち会っているんだ。


なんか、エリス達は疫病神みたいだな…とは思ったが!言わないで!


「王貴五芒星が死んで今マレウスめちゃくちゃなんですけど!」


「エリスに言わないでください!エリス達が殺したわけじゃありません!」


「だけどさぁ!」


「それにいいでしょ、この街には王貴五芒星はいないですし」


「そうかもだが……いやレギナがいるぞ!?まさかレギナの身に何かあるんじゃないのか!?」


「ありません!多分…」


なんか大冒険祭の結果色々あってあの城が火に包まれないとは限らない、今までの傾向から考えるに…最終的にこの街が滅ぶことになってもエリスは驚かない。しかしそうなるには八大同盟の襲撃とかそう言う大敵の存在が必須だ、そして現状八大同盟の影はない…だから多分、大丈夫。


「……………」


なんだよその問題起こすなよみたいな目は…エリス達別に何もしてませんよ、ただ疫病神なだけです。


「ほ、ほら冒険者協会に着きましたよ…って、あれなんですか」


ふと、冒険者協会の本部に着くと…なんか入り口付近に大量の人相が悪い奴らが屯しており、協会に入っていく冒険者を一人一人睨んでいる。なんなんだあれ。


「あ、あいつらリーベルタースだ…」


「さっき言ってた占領ってやつですか?」


「多分、一応大冒険祭が始まるまでは一時的に解放するらしいけどさ…ああやって入り口で張っていつでも占領を再開出来るようにしてるんだ」


「ふーん、暇そうで結構。行きますよ」


そうエリスがみんなを連れて冒険者協会本部に入ろうとした瞬間ステュクスがエリスの手を掴み。


「いやいや姉貴!待てよ…やめようぜあそこ行くの、多分中にストゥルティがいるんだ…俺またあそこに行ったら何されるか」


「じゃあここで待ってますか?その辺でリーベルタースがうろちょろしてますけど…貴方一人でここで、待ちますか?」


「う…………」


結局、ステュクスはエリス達についてくるしかない。リーベルタースが怖いのは分かるがエリス達は別に喧嘩をしに行くわけじゃない、中にいるルビーちゃんと合流するだけなんだ。そこでやいのやいの言うのなら協会組員とか警備員を呼んで仲裁して貰えばいいだけ。


何も殺されはしないんだ、怯える必要性はない。さぁとっとと行きましょうかとステュクスを急かしてエリスは協会の入り口に近づくと…。


「…っ!来やがった、ステュクスだ」


やっぱり、ステュクスが目をつけられる。そしてゾロゾロとエリス達の方に向かってくる…またさっきみたいなことになると厄介だ。


「ステュクス、エリスの後ろに」


「え?」


ステュクスをエリスの後ろに隠し、やってくるリーベルタースを相手にエリスは胸を張り腕を組む。


「何か御用でしょうか」


「あ?テメェには用とかねぇよ。俺達はその後ろの臆病者に用があるんだ」


「そうですか、ですが残念ながらオクビョウモノなんて名前の人はエリスの後ろにはいません」


「屁理屈言うなよ…ステュクスだよステュクス!ちょっとこっちに出せよ!」


「それが人に物を頼む態度ですか?と言うか退いてください、往来の邪魔です」


エリスはステュクスを守るように立ち、通さないように胸を張る。こいつらとステュクスを絡ませるとまた面倒なことになりそうだ、と言うか現在進行形で面倒臭い…張り倒して進もうかな。


「テメェなぁ、誰か知らないが俺達ぁリーベルタースだぜ?天下のリーベルタース!」


「だからなんですか」


「俺達の悪名、知らねぇのか。俺達ぁなんでもやるぜ?気に食わねぇ奴相手ならそれこそ表沙汰にならない手を使って消す事だって出来る。冒険者なんて荒くれ者の中でも切ってのならず者。それを敵に回すと怖いぞぉ?」


「話はいいので退いてください」


「腕っ節に自信ありか、…だがお前にだって狙われたくねぇ家族がいるだろ?ん?」


「いませんけど」


「え?俺は?姉貴、俺は?」


ステュクス、貴方はもう狙われてるから除外に決まってるでしょ。


「いいからそいつを渡せって、それで済ませてやる」


「断ります、どうしても彼に手を出したいなら…エリスを倒してからにしなさい」


「あ、姉貴ぃ…マジで味方にすると頼りになるよぉ、敵にすると死ぬほど怖いけど」


一言余計、このまま頭引っ掴んで引き渡してやろうか…。すると目の前のリーベルタースはイライラした様子でギリギリと歯を軋ませ、青筋を立てるなり。


「このクソアマァ…!こっちが大人しく伺ってりゃ調子に乗り腐りよってからに…!ぶっ殺して───」


『待てや…!』


協会の奥から、響くような声が放たれ…怒り狂うリーベルタース団員の体がぴたりと止まる。エリスでさえ息を呑むような威圧が放たれ…思わず魔力を隆起させ臨戦体勢をとってしまう。


…凄い威圧だ、それこそ八大同盟級はあるんじゃないかと思えるくらい、凄まじい威圧。これは…。


「そいつはかつて三ツ字冒険者だった『瞬暁風』のエリスだ。十代で正式に冒険者になりそのまま一気に三ツ字冒険者になった史上唯一の冒険者。冒険者界隈の生ける伝説みたいなヤツだ…迂闊に手を出したらお前、殺されるぞ」


「ぼ、ボス…!」


協会の奥から現れたのは、全身から凄まじい威圧を放つ黒外套の男。フードの隙間から禍々しい牙と凶悪な目を覗かせる薄橙色の髪をしたそいつは、エリスを見るなり背中の鎌に手を当てつつ…笑う。


「下っ端が失礼なことしたな、俺はこいつらのボス…ストゥルティ・フールマンだ。名前くらいは知ってるだろ?」


ストゥルティ・フールマン…冒険者協会最強にして最低の男と名高い男だ。冒険者というのはそれこそ世界中にいる。組織規模ではアド・アストラやマレウス・マレフィカルムに匹敵する、しかもその大部分が純然たる戦闘員というとんでもない軍事力を持った極大組織。


そんな組織において、最強と呼ばれることの如何に大きなことか。こうして目にしてよく分かる…こいつは強い、少なくともナメてかかれるレベルじゃない。なるほど、こいつがリーベルタースのリーダー…ステュクスも凄いのに睨まれたもんだ。


「ええ、知ってます。最低の男だと」


「クククッ、あのエリスさんに知られてるなんざ嬉しいねぇ…しかし」


するとストゥルティは首を傾け、エリスの後ろに隠れるステュクスを見て…。


「お前ステュクス、また来たのか昨日の今日で…。お前実は俺のこのあんまり怖がってないだろ」


「いやそんなことはないっすよ…ただ、成り行きというかなんというか…」


「はぁ、しかもまた別の女を侍らせて…と思ったが、お前らまさか姉弟か?」


「はい、ステュクスはエリスの弟です。こんなのでも弟ですからね…傷つけようってんならエリスが相手になりますよ」


ステュクスを守るように手を出してエリスも威圧すると、ストゥルティは肩をすくめ…。


「やらねぇよ、こいつとの決着は大冒険祭でって決めてんだ。ただ俺の意思を曲解した下っ端共が騒いでいるが…まぁすぐに大人しくさせるさ。何より、今ここであんたとやり合ったら大冒険祭にも影響が出そうだ」


「懸命です、フールマンなんて言う割には賢いじゃないですか」


「バカは死ぬ、それが冒険者の世界だ…で?なんの用だよ、言っとくがこっちだってプライドってのがあんだ。このままテメェらにオチオチ協会内部に入られたってんじゃメンツも潰れる、大人しくここはお互いせーので踵を翻して終わらせたいんだが」


「知りません、貴方のプライドなんか」


「まさかとは思うが、あんたバカか?」


ストゥルティの機嫌が明らかに悪くなる。そして鎌に手を当て…エリスもまた魔力を隆起させ応戦の構えに出る。


「あれ?エリスさん?」


「…ん?あれ?ルビーちゃん?」


ふと、意識がストゥルティから外れる。そして名前を呼ばれた方を見れば…そこにいたのはルビーちゃんだ、ルビー・ゾディアック…年齢に見合わぬムキムキの体に大人びた出立ちの彼女がエリスを見るなりこちらに駆け寄ってくる。


「おぉ!マジでエリスさんじゃん!久しぶり〜!」


「ルビーちゃん!」


赤い髪を揺らして此方に駆けてくるルビーちゃんに向けて両手を広げる…が彼女は別に抱きついてくる事はなくエリスの前で立ち止まる。


チクシュルーブでギャングをしていた頃からの打って変わり、あの時よりも随分顔色や表情は良いものになっている。それに冒険者風の格好も様になってるし手足の何処かがなくなってる事もない。

うん、上手く冒険者をやれてるようだ。ステュクスを頼ってよかった…。


「え?なに?エリスさん何やってんの?」


アレから数ヶ月、少し頼もしくなった彼女はエリスの肩を叩きながら友好の意を示してくれる。これは勧誘もうまくいきそうだ…。


「実はエリス達大冒険祭に参加するんです、その為にこの街に…」


「え?エリスさんも大冒険祭に参加すんのかよ!じゃあライバルだな!」


「はい!そうです……ん?え?は?ライバル?」


いや、別にエリスはルビーちゃんと争うつもりはないけど…いや待て。もしかしてだけど…。


「ルビーちゃん、もしかしてもうエントリーしちゃいました?」


「うん!」


し、しまった〜〜ッ!その可能性を考慮してなかった〜〜ッ!そうだよね、ルビーちゃんなら大冒険祭に参加するよね…!ギリギリできたエリス達が悪かったよごめんねぇ〜〜!


と内心で頭を抱えているとルビーちゃんはチラリと横に立つストゥルティを見て。


「こいつらと一緒に出るんだ!な!ストゥルティ!」


「あのなぁ、新米…俺の事はボスと呼べと言ったろうが。しかしなるほどねぇ、ここも知り合いかよ」


「え…えぇっ!?まさかルビーちゃん…リーベルタースに!?」


「うん!」


ギッ!とエリスは振り返りステュクスを睨む。ちょっとステュクス!どう言う事ですか!なんでルビーちゃんがリーベルタースに入ってるんですか!?


「あ、姉貴…言っとくけど俺…何も知らない…」


「貴方に任せたはずです…!」


「俺が任されたのは登録までだろ…!?登録してからはルビーの自由だろ!」


「だからってこんな半ばならず者集団みたいなリーベルタースに入れるのを容認するなんてねぇ!」


「落ち着けって!容認してねぇ!…つーかルビー!お前どうやってリーベルタースに入ったんだ!?リーベルタースに入るには多額の献上金が必要なはずだ!」


はっ、確かにルビーちゃんがリーベルタースに入団すん…ってのはちょっと違和感がある。クランってのは普通の組織とは違い『みんなで一緒に生きていくための団体』でしかない。つまりお荷物や役に立たない奴の面倒を見てくれるほど優しくない。


故に大規模なクランや有名なクランは実績のない人間は入れないし、入団にそれなりの代価を求めるところもある。この間冒険者になったばかりのルビーちゃんがリーベルタースに入れるか?最低な冒険者集団とは呼ばれるリーベルタースだが…それでも今現在最も大規模な戦力を有するトップクランだぞ。


「ああ、そこなんだけどさ。ストゥルティが私はいいって言ってくれたんだよ、献上金とかなんとかさ」


「ルビーは見るからに才能があったしな。まぁ所謂ところの先行投資って奴だ、こいつは先に確保しておく価値がある」


「そんな事言って!俺の知り合いだから仲間に引き入れたんじゃねぇのか!」


「しねぇよそんな事、する意味もねぇし。やるんだったらお前のお仲間のウォルターやカリナとか言う冒険者の方に粉かけてる…がしてないだろ?」


「う……」


恐らくだがこれは本当だろう、実際ルビーちゃんには冒険者の才能がある。肉体面でも凄まじいレベルに達しているし、精神面もやや甘い部分がある物の堕落街でギャングをやっていただけあり同年代に比べてしっかりしてる。


ストゥルティという世界最強の冒険者が目をつけるだけの事はあるんだ。そこも盲点だったか…そりゃ引く手数多だよ、エリスもそうだったもん。


「そーいう訳だ、ルビーは俺たちと大冒険祭に出る。で?お前も大冒険祭に出るのか?エリス」


「………そのつもりでは、います。一応」


しかし参ったぞ、これはかなりヤバい。ルビーちゃんというアテが外れた、後一人参加者が足りない…これじゃ出れるか分からない。


「フッ、そーかい。なら楽しみにしてるぜ?お前のこともそこでぶっ潰してやる」


「へへへ、私強くなったからな!次はエリスさんに勝つから!」


そう言いながらストゥルティとルビーは引き返していく…エリスの体からもう先に進む意志を感じ取れなくなっただからだろう。まぁ実際、もう協会に踏み込む理由はなくなった。


「エリスちゃん、やばくない?」


「これはまずいでございますね、参加者…今から探しますか?」


「……………」


腕を組み、みんなの言葉に対してエリスは黙る、というより答えがない。参加者が後一人足りなくなった…後は誰を誘えばいい?この街にいる他の知り合いなんて、いるか?


「そうだ、カリナさんやウォルターさんは…」


「冒険者資格の再発行してないから無理。大冒険祭のルールとして発行・再発行が直近の奴は参加出来ないんだ」


「…じゃあ今からヴェルトさんやアリスさん達に資格を取ってもらってってのはキツいか」


エリス達はケイトさんの東部護衛依頼を受けた報酬として資格再発行が免除されてるからいいとして。他はそうもいかない、頼むなら現役で冒険者の人にお願いすることになる。


エリスの知り合いの冒険者というと…後は誰がいる?東部に三ツ字冒険者のアルザス三兄弟がいるな、けど彼らは東部の孤児院守護についているから多分来れない。何より枠は残り一枠、彼らは三人揃って強いタイプの人たちだ、誰か一人を連れてきて数合わせ気味に入れても寧ろ逆効果になりかねない。


後は…ケイトさん?幹部を連れて来れるか。プリシーラさん…は冒険者やめてるし今どこにいるか分からない、ヤゴロウさん…はダメだ、普段は東部の果てにいると言っていた、今からじゃ間に合わない。レッドグローブ…もダメだ、アイツはクランの親分だがら個人で参加する事はないだろう、やるならクランで出るはずだ。


後は…後は……。


(……居ない、誰も)


ダメだ、知り合いの中に参加出来そうなのはいない。じゃあ誰を参加させる…誰を誘えばいいんだ。


まずい、いきなりピンチになってしまったぞ…どうすればいいんだこれ。

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