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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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631.星魔剣と大冒険祭


「ぐぬぅ…何故我輩がこんな狭苦しい部屋にいなければならんのだ。ソファはもっと柔らかい物を、膝掛けはないのか、酒をもってこい!」


ガタガタと地面を揺らすような貧乏ゆすりをしながら…薄暗い部屋の中ソファに座り腕を組む大男。一般的な成人男性より二回り程巨大な体躯と白いスーツをパツパツに引っ張るほど隆起した筋肉、指にはキラキラと輝く金色の指輪を多数つけ、胸元まで掛かるようなモジャモジャの髭で口元を隠す…巨大な老人はこの部屋の環境に文句を垂れる。


薄暗いことを除けばこの部屋はそれなりいい部屋だ、だが贅沢三昧で我儘が染み付いた老人は最早何を前にしても文句しか出てこないのだ。


「お待ちくださいませ、ガンダーマン会長…」


「我輩は忙しいのだ!そもそも何故我輩が待たされなければならんのだ!」


老人の名はガンダーマン・ゾディアック…冒険者協会の現会長であり、かつてマレウスを未曾有の危機に陥れた最悪の魔獣『焉龍』キングフレイムドラゴンを討伐した…と言われる冒険者界隈の英雄とも言われる男だ。


とは言え今は昔、今の彼は贅沢三昧と好き勝手な施策で冒険者協会を傾けた暴君であり、自著を協会の経費で出版する程自己顕示欲に満ちた老人であり、今もこうしてもてなしが甘いと駄々を捏ねる我儘な人物である。


そんな彼が何故このような薄暗い部屋にいるのか、彼はこの部屋に唯一いる自分以外の人間である目の前の黒衣の男に声をかける。


「話があると言うから来たのだぞ。この我輩が!大冒険王であり現冒険者協会の会長である我輩がだ、分かっておるのかこの…!」


「過敏になる気持ちも分かります、ですが我々も今手一杯でして…」


「フンッ!知らん!貴様らの事情など我輩の知るところではないわ!手一杯なら手に余裕が出来てから呼べ!」


「いやぁ、それを私に言われても…」


ガンダーマンは苛立ちながら足を揺らす、今自分は忙しいんだと何度も口にしながら挙動不審に視線を動かし鋭い目つきであちこちを睨む…すると。


「む……」


チラリとガンダーマンは視線を前に、扉の向こうに遣る。ワンテンポ遅れて扉の側に立つ黒衣の男も反応し。


「あ、どうやら来たみたいです」


「フンッ……」


腕を組み直し待ち構えると、扉を開けて…奴は入ってくる。ガンダーマンを前にしても不遜な態度を崩さないのは…。


「お前が来たか、サラマンドラ」


「ええ、お久しぶりです。大冒険王ガンダーマン様?」


現れたのは真っ赤なスリットドレスを着て紅の髪を流すように下ろした美人…まるで如何わしい店の店員のような格好だが、彼女もまた冒険者…しかも超一流に類する力を持った冒険者なのだ。


名を『祝融朱雀』のサラマンドラ…リーベルタースの大幹部『四大神衆』の一人。当然の如く第二段階に入った覚醒者でありストゥルティの女の一人でもある。そんなサラマンドラは革の鞄を手にガンダーマンの前に座る。


今日ここにガンダーマンを呼びつけたのは他でもないリーベルタースだ。大クランであり尚且つ現状冒険者協会最強のクランでもあるリーベルタースの誘いともあれば断らないわけには行かないのか、ガンダーマンも大人しくここで待っていたのだ。


「こんな美しくない場所で待たせて申し訳ありません、ですが人目につくわけにも行かないのです」


「なんでもいい、それより…持ってきたんだろうな」


「ええ、勿論…こちら『例のブツ』でございます」


そう言ってゆっくりと鞄を渡そうとするサラマンドラの手から強引に鞄を奪い取り、ガンダーマンは慌てた様子で中身を確認する…。


「おお!これは!フフフ間違いなく受け取ったぞ…?ご苦労だったな」


「いえいえ、ですが取引の件は…」


「ああ、分かっている分かっている。取引だったな…現冒険者協会の会長としてお前達の活動を支援しよう、大冒険祭……我輩はお前達を応援するぞ」


「それは頼もしい、英雄ガンダーマンに応援されたら皆も励むことでしょう。勢い余って余裕で優勝してしまうかも」


フッフッフッとガンダーマンとサラマンドラは笑う。暗闇に二人の笑い声だけが響く、この談合は外部に漏れてはいけない、この取引は表沙汰になってはいけない。リーベルタースとガンダーマンが繋がっていると知られてはいけない…そう。


大冒険祭の主催と参加者が…裏で繋がっているなどとは。


…………………………………………………………


冒険者って職は底辺の仕事だ、学もなければ歴もない、能もなければ志もない、ただ軽い命と強い腕っ節があればやっていけるだけの仕事だ。なる奴はバカだよ、けどそう言うバカにも居場所と役割があるのが世界ってもんで、そう言う世界だからこそ俺みたいな学も力もない子供が生きて行けたんだとステュクスは思っている。


そうだ、冒険者には役割がある。魔獣を相手に戦い回る力と役割と経験を持ったのが冒険者だ。これは絶対に必要な仕事だ、冒険者協会という組織が出来る前から魔獣と戦う者達は名前や在り方を変えつつ全ての時代に存在していたくらいには重要な仕事なんだ。


特に、マレウスのように魔獣発生が著しい国にとっては最も重要な仕事の一つにも数えられる。


冒険者協会は絶対に必要だ、無くしていいわけがない…のだが。


「ボイコットってどういうことですか…」


「分からない、ただいきなり冒険者協会本部で『もう仕事は受け付けない』って言い出す奴らが現れて、そいつらが協会を占領してるから誰も仕事が受けられなくて…」


俺とレギナはカリナの案内を受けて冒険者協会本部に向かいながら説明を聞く。何やら協会の方で何かが起こっているらしく、なんと依頼の受付をしないだなどと言い出したというのだ。


これは一大事だ、冒険者が仕事を受けられないととんでもないことになる。ただでさえ大冒険祭が近いってのに…こんなことになるなんて。


「ステュクス…どうしましょう」


「どうするもこうするも、現地向かって状況を確認するしかないだろ…レギナは城で待ってたほうがいい」


「そうもいきません、よく分かりませんが国の危機なんですよね。なら私も働きます」


うーん、あんまり国の王様が直接現地に赴くのは良くないが…レギナは聞く素振りもない。そして事実として国の危機だ。もし冒険者が仕事を受けなければ魔獣は増える一方、サイディリアルのような広大な街はまだいい、だが地方の農村のような力のない集落は真っ先に影響を受ける。


国は末端が死んだら次々と瓦解する。冒険者は謂わば国の白血球だ、働かなければ国という名の人体は指先から壊死して死ぬ。だから今直ぐにでもボイコットをやめさせる必要がある。


「カリナ、お前は一旦王宮に戻って軍隊に話をしてきてくれ」


「ぐ、軍隊って…あんた武力鎮圧でもするつもり?」


「そのつもりはないよ、けど…もし連中が意地でも本部の占領を解かないなら、威圧の必要はあると思っている」


「…………」


本部が占領されると全ての冒険者協会に仕事が行かなくなる。だから今直ぐにでも占領とボイコットをやめさせる必要がある、なら…軍隊でもなんでも使うべきだ。


「わ、分かった!マクスウェル将軍やエクスヴォートさんに話をしてくる!」


「頼んだ…俺はちょっと、協会の様子を見に行く!」


「私もいきます!」


レギナはついてこなくてもいいけど…仕方ない。連れて行くか…ということで俺はまたもレギナを連れて冒険者協会へと向かう。


プリンケプス大通りを中頃まで行って右折、そうすればあっという間に冒険者通りに出る。少し前にルビーを連れて冒険者協会本部に向かった時よりも出歩いている冒険者の数が多い…けど。


『なんか依頼受けられないんだけど…』


『え?どういう事だよ』


『よく分からん連中が冒険者協会を占領していてさ…』


狼狽えている冒険者達が何やら焦った様子であれこれ話し合っている。冒険者にとって依頼を受けられないってのは死活問題だ。大冒険祭を前に資金調達をしたかった連中も困った様子だ。


これは早期に解決しねぇと…ってか、一体何が占領してんだ?冒険者達全員がボイコットしてるわけじゃないのか?


「わっ!ステュクス見てくださいアレ、魔獣の骨が売ってます。あ!見てくださいアレ、ナイフがたくさん売ってますよ、一本買っていきませんか」


「あのなレギナ…観光に来てるんじゃないんだけど」


「あ……す、すみません。あまりこっちの方には来たことがなくて…」


レギナは何やら冒険者通りの品物を見て興奮しているようだ。それを指摘するなりカァッと顔を赤くして歩幅が短くなる。もしかしてこいつ…冒険者のあれこれを見たくてついてこようと?


「冒険者の皆さんはなんだか困った様子ですね。冒険者協会は王族とは縁遠い組織なので…イマイチ実態が分からないんですよね」


「そうなのか?そういう割には俺を頼ってくれたじゃないか」


「そ、それはステュクスだからですよ。冒険者だから頼ったわけじゃありません」


ムゥと唇を尖らせるレギナに軽く謝りつつ、俺は冒険者協会本部に目を向ける…するとそこは、もう見るからに異常が起きてますって様相だ。


なんせ、木材で入り口にバリケードが作られていたからだ。まるで何者かが立て篭もっているようだ。


「これのせいで冒険者が依頼を受けられないのか」


「なんか入り口が塞がってますね、いつもこんな感じですか?」


「そんなわけないだろ…初めてだよこんなの。なぁおい、ちょっといいか?」


「ん?」


ふと、俺は俺達と同じように入り口付近で困った様子の冒険者に声をかける。


「何が起きたんだこれ」


「さぁよく分からない、なんか今日来たらこんな感じでさ」


「こんな感じってお前、依頼受けられないとみんな飢え死ぬんだろ。なんで誰も強行突破しねぇんだよ…なんのための腕っ節自慢の冒険者だ」


「そう言われてもよ、だって占領してるのは……」


そう言って冒険者が協会本部のバリケードを指差す…。よくよく見てみるとそのバリケードの向こうに見えるメンツは…。


『アハハハハハ!今日は大盤振る舞いだ!さぁ飲め食え!』


『キャー!ボスかっこいい〜!』


『うぉおおー!最高っすストゥルティ様ぁ〜!』


(ゲェッ!?ストゥルティ!?ってかリーベルタースか!占領してるのは!)


バリケードの隙間から見えるのはリーベルタース揃いのコートを着込んだ連中達が酒や料理を独占して飲み食いする姿だった。


つまりバリケードを作ったのも、本部を占領したのも、ストゥルティ率いるリーベルタースだったんだ。だからか…誰も強行突破しねぇのは、突っ込んでいってた後が怖いから誰も奴等の占領に立ち向かえないんだ。


「ほら、見えるだろ。リーベルタースだよやったのは…何考えてるか知らないけど、アイツらと事を構えたら命がいくつあっても足りないよ。まぁアイツらだってバカじゃないし酒に酔って腹一杯になったらそのうち占領も解くだろ」


「……だといいけど」


リーベルタースは…というかストゥルティは気まぐれな男として有名だ。ある日突然一切のクラン全体で依頼受付を停止したり、かと思えば掲示板前に大量の人員を配置し凡ゆる依頼を独占したり、なんなら時々他の冒険者の依頼を恐喝で奪ったり…やりたい放題やっている。


だからみんな耐性ができてるんだ。どーせまた暫くしたら気が変わるだろって。まぁそういうみんなを振り回す点が…ストゥルティを『史上最強にして史上最低の冒険者』という評価にしているんだがな。


(まぁ、だが確かにストゥルティが犯人ならそのうち解除するだろ。どうせ理由も宴会を邪魔されたくないからとかだろうし…)


逆に言えばこれはいつも通り、平常運転だ。流石にストゥルティも今後永遠に依頼を受けさせないなんてことはしないだろうし…うん、ストゥルティに関わりたくないしここは帰ろう。


「レギナ、帰ろ────」


『あ!ボス!来ました!ステュクスです!』


「いッ!?」


咄嗟に上を見る、すると協会本部の二階部分にリーベルタース隊員がいる。そいつが望遠鏡片手に俺を指差し叫んでる。マズった!あんなところに見張りがいたのか!


やべぇ!なんか口振り的にマズそうだ!とにかくレギナを連れて逃げないと───。


「レギナ!逃げるぞ!」


「え!?」


即座に俺はレギナの手を握って踵を返し逃げ出そうとした…その時だった。


「───待てや、おい…!」


「なっ!?」


吹き荒ぶ…『黒い風』が。まるで光を遮るような黒い風は協会本部の入り口から突風のように噴き出て、俺を追い越し目の前で渦を巻き…形を作る。


「よう、久しぶりじゃねぇか…ステュクス」


「す、ストゥルティ……!?」


黒い風が爆発するように晴れると、そこには黒い外套を羽織った薄橙色の髪の男が…巨大な鎌を肩に背負い立っていた。見間違えるわけがない…こいつはストゥルティだ。俺を殺したいと、殺すと宣言している冒険者協会最強の男!


「逃げるなんて悲しいだろ、こうしてお前を待ってたってのによ…」


「待ってた?まさか…協会を占領したのは…」


「勿論、お前を誘き寄せる為さ…というか?」


チラリとストゥルティは面白くなさそうに俺の隣に立つレギナを見て、ギリギリと歯を食い縛り、怒りに満ちた形相で俺を睨み…。


「ハルというものがありながら…!随分色男じゃねぇかッ!ええ!?おいッ!」


「ぐぅっ!?」


「ステュクス!?」


飛んできたのは目にも止まらない速度の蹴り、振り上げるような蹴りが俺の顎を打ち据え一気に後方に押し飛ばす。その先にあるのはバリケード…だがそれさえも砕き、俺は一気に冒険者協会本部の中に叩き込まれることになる。


速い、その上重い、だが助かった…初手であの鎌が飛んで来てたら俺は避けようがなかった。いや…助かったと感じるのは…時期尚早か。


「キャハハハ!こいつがステュクスぅ?弱そ〜!」


「俺なら五秒で殺せそうだ」


「ねぇあんた字はいくつ持ってんの?あ?元冒険者でしょ?」


「………」


口元の血を拭いながら立ち上がると、そこにはリーベルタースが数百人…いや数千人単位で詰めていた。全員が黒いジャンパーのような物を羽織りナイフやら剣片手に笑っている。


朝方見かけたリーベルタースの団員、アレはどうやら相当末端の奴だったらしい。なんでそんな事今言うかって?そりゃここにいる奴らが全員洒落にならないくらい強そうだからって訳。


…俺は助かってない、リーベルタースの本隊が詰める協会内部に突っ込まれたんだ。逃げ場がない。


「よぉステュクスぅ、紹介するぜこいつらが俺の愛すべき仲間達。リーベルタース戦闘部隊さ」


「ストゥルティ……ッ!?お前!」


「キレんなよ…ステュクス!」


俺が壊したバリケードの隙間を縫うように歩いてくるストゥルティは笑う…けど俺は笑えねぇよ、だってそいつの手には。


「す、ステュクス…!」


「レギナ!」


レギナの手を掴み強引にこちらに引っ張ってきていたからだ。こいつ…レギナに乱暴しやがったな!


「テメェ分かってんのか!そいつはレギナ・ネビュラマキュラ!この国の王だぞ!乱暴な真似するんじゃねぇ!」


「あ?ああこいつが例の…。知ったこっちゃねぇなぁ、それとも俺を処刑するかい女王様。この国全体の魔獣退治の凡そ四割を占めるリーベルタースのトップである俺をよぉ!」


「キャッ!?」


「チッ!イカれ野郎が!」


レギナを投げ飛ばすようにこちらに追いやるストゥルティ。俺は咄嗟に体を動かしレギナを抱き止め…腰の星魔剣ディオスクロアに手を当てるが。その瞬間四方八方から凄まじい殺気が飛んでくる。


まずい、ここでやったらレギナを守り切れない…!


「まぁまぁ、待てや。ここでやろうってんじゃねぇよ…お前らも落ち着けって」


『うっす、ボス』


「なぁ、お前も落ち着けよ…ステュクス」


「落ち着いていられるかよ!レギナを傷つける奴は俺が全員───」


「落ち着けって、俺が言ってんだ。この意味分からねぇか?」


ふと、気がつく。項に冷たい感覚が走っていることに…視線だけ動かし確認すると、そこには白銀の刃。ストゥルティだ、奴が片腕で巨大な鎌を動かし俺の首に押し当てているんだ。


少しでも動けば、その瞬間鎌で首を刎ねるぞ…と。言葉もなく語るストゥルティを前に俺は剣から手を離す。見えない、こいつの動きが…。


「よしよし、いい子だ」


「何がしたいんだよ、ストゥルティ!」


「お前と話がしたいって言ってんだよ。だからこうして騎士であるお前が来る理由を作ってやった…まぁ女王様までくっついて来たのは意外だったがな」


ストゥルティはそのまま鎌から手を離しその辺に捨てると近くのソファに座り、取り巻きが持ってきたワインボトルの蓋を外す動きをしながら上部分をへし折り、そのまま酒を飲み始める。


「ぷはぁ、ハルモニアとはそれからどうなんだ。式はあげたのか…」


「あげてねぇよ、結婚すらしてない」


「え?結婚?ステュクス結婚するんですか!?誰と!?」


「レギナ、後で説明するから今はちょっとお口にチャック」


「はい!」


「はぁ〜〜……テメェからすりゃ、ハルモニアは女遊びの一環ってか」


「違う!」


レギナを一旦黙らせつつ、俺はストゥルティの誤解を解くために声を張り上げる。結婚するなってんならしないよ!寧ろあんたからも説得してくれよ!しないって!


「違うだと?なら結婚する気はあるのか!」


「無い!」


「テメェハルモニアの恋心を足蹴にするつもりか!」


「じゃあする!」


「テメェ!俺からハルモニアを奪おうってか!」


ほらこれだ、どうすりゃいいんだ。すると言えば殺すっていうし、しないって言えば殺すっていうし。もうどうしようもないぜこれ…。前もこうだった、だから説得を諦めたのに…。


「どうすりゃいいんだよ!」


「どうもこうも、俺はテメェを許せねぇ……だが」


チラリとストゥルティはニタリと笑いながら俺の手の中にあるレギナを見ると…。


「俺もよ、リーベルタースと言う組織を束ねる男だ。組織構図ってのはよく分かっている…部下のやった事に頭を下げるのは上の役目ってのがな」


「何が言いたい…」


「ハルモニアに粉かけたって事に対して、謝罪するってんなら受け入れる」


「だったら───」


「ただし謝るのはお前じゃねぇ、そこにいる女王様だ」


「え!?」


指差したのは、レギナだ。俺じゃなくてレギナに謝れと言うのだ…いや、いやいや!関係ないだろレギナは!一切!この件に!


「レギナは関係ないだろ!この件に!」


「だがテメェとは関係がある!違うか!それに謝るかどうか決めるのはお前じゃねぇんだよ!」


「ッ…お前!いい加減にしろよ!」


「そうだなぁ!謝罪してもらうなら…ここで服を脱げ、勿論パンツもな。そんで全裸になってここで土下座しろ。そうすりゃ許してやるよッ!」


「ッな!?」


れ、レギナが裸になって…土下座!?何言ってんだこいつ!そんな要求飲めるわけがない。レギナが俺のために謝るってのも許せないし、何より裸って…こいつ!


「で、できるわけないだろそんなの!レギナにそんな事!」


「あっ、そう。謝らないんだ、謝罪なしかぁ…じゃあ普通に殺すけどいいよな」


「は?」


瞬間、再び黒い風がストゥルティを中心に吹き出し…たかと思えば、いつの間にかストゥルティ姿が消えており…その辺に捨ててあった鎌をいつの間に拾い上げて、俺の首に押し当てていた。


「ッ……」


「テメェさっきからウダウダ言ってるけどよ、状況考えろや。お前はこの場において…一切の決定権も主導権も持ってねぇ、決めるのは俺…って事を忘れるなよ」


「だからって…レギナにそんな事させられねぇ、レギナにそんな事させるくらいなら、ここで死ぬ」


「大した度胸だ、評価はしねぇけどな。で?女王様は…どうだい?脱ぐ気になったかい?」


そうストゥルティは俺に鎌を押し当てながらレギナに問うと、レギナはキッと目を鋭く尖らせ。


「……私が頭を下げれば、ステュクスを許してくれるんですね」


「おう、ただし約束通り脱げばな?」


「…分かりました」


「レギナ!やめろ!」


「へへへっ、おうコイツ抑えとけ!」


「へい!ボス!」


するとそのまま俺は投げ飛ばされ近くの巨漢に押さえつけられ、抵抗する事さえ禁止される。そうしている間にレギナは…ストゥルティに連れられ…だ、ダメだ。


「ダメだ!やめろ!レギナ!」


「いいんです、ステュクスはいつも…命をかけて私を守ってくれているから、私だってステュクスの命を助けたいんです」


「ダメだ…ダメだそんなの!」


必死に手足を動かすが抜け出せる様子がない。そうしている間にレギナは穏やかに俺を安心させるように、なるべく心配させないように、不安や嫌悪感を押し殺して…笑うんだ。


それが堪らなく悔しかった、何をやってるんだ俺は…何がしたいんだ俺は、今すぐにここで覚醒してレギナを助けろ、例えストゥルティに勝てなくても…殺されても…いや、意味がない。


『そう、意味がない。ここでお前が無闇に暴れても意味がない。お前を殺した後にあの女が慰み物にされる事に変わりもない』


ロアが呟く、ここで俺が暴れてもレギナは助からない…ならどうすればいい、何かいい手はないのか、何か…いい手は!


「では……」


『ヒュー!』


『王族のストリップショーだ!』


『なかなか見られねぇぜ!こいつはよぉ!』


レギナが上着に手をかける、下卑た男が声を張り上げる、満足げにストゥルティが笑い…ソファに腰をかける。そんな中俺は…ただただ涙を流しながらその様を見て…。


「いきます…」


そしてレギナは…静かに、そして目を鋭く尖らせ、煌めく瞳でストゥルティを見据え…。ってなんかあいつ…テンション高くないか?


「身晒せェーッ!!!これがレギナ・ネビュラマキュラの生き様じゃーーー!!」


「い、色気ねぇ〜……」


ガバっ!とコートを脱いで『オッシャァい!』と男らしい雄叫びを上げるレギナに周囲はドン引き兼ゲンナリ…もっとこう、背徳感溢れるのを予想してらしいが…。


「こらっ!もっと盛り上げなさい!何ゲンナリしてるんですか!」


「なんで女王様はそんな乗り気なの…」


「ステュクスの役に立てるんですからね!ふふんっ!それに私最近ダイエットしてるので!見せても恥ずかしくないんですこれが!」


「そう言う問題か…それ」


……妙に浮世離れしてると言うか、ズレてるところがあると思ってたけど、アイツここまで常識離れしてたのか…?と言うか、この子はアレか?裸になって謝らせるの裸の部分をよく分かってないのか?そんな事ある?


「まぁいいや!ともあれ裸が見れるならなんでも!」


「よっしゃーい!盛り上がれーっ!」


「おうっ!おうっ!おうっ!」


「いぇーい!なんか盛り上がってますね!気分良くなってきました!」


では!とシャツに手をかけ始めた時点でハッとする。いやいや本人が乗り気でもダメだろ流石に!くそっ!どうにかしてやめさせないと………ん?


「……何か来る」


「え?」


ふと、ストゥルティが厳しい顔で入り口の方を見る。周りの団員達は首を傾げる…が、俺には分かる。何かが高速でこちらに飛んで来ている事に。それも凄まじい魔力を隆起させた存在が、怒りを携えてこっちに飛んで来ているんだ。


なんだこれ…いや!もしかしてあれか!カリナが軍部に話を通したからエクスヴォートさんの耳に届いたのか!


(エクスヴォートさんだ!助かった!)


俺一人じゃこの状況はなんともならない、けど…エクスヴォートさんが来てくれたならなんとかなる!


助かった、そう俺がホッとした瞬間…それは入り口のバリケードを完膚なきまでに吹き飛ばし、協会本部に乗り込んでくる。


「冒険者風情が…!ナメた真似を!」


「え!?」


「ナニモンだテメェッ!?」


「襲撃か!?」


咄嗟に冒険者達が武器を構える、凄まじい威圧が本部内に吹き荒れる…向かう先は入り込んで来た侵入者、されどそいつはそんな威圧さえ気にせず更に一歩踏み込み、視線を走らせレギナを見つけ…表情を変える。


助けが来たんだ、レギナと俺を助けに来てくれたんだ…けど。


肝心なのは…それがエクスヴォートさんじゃなくて。


「レナトゥス!?」


「女王陛下……」


レナトゥスだった、よりにもよって…俺達の最大の敵対者がこの窮地に飛び込んで来たんだ。アイツ…何をしに来たんだ。まさか俺達を助けに?


「レナトゥス…テメェ、この国の宰相のレナトゥス・メテオロリティスか…!」


「そう言う貴様はリーベルタースのストゥルティだな、話には聞いている…そう、報告済みだ」


「何しに来やがった?今いいとこなんだ、政治係は他所へすっこんでてもらえるか?」


ストゥルティは鎌を手にレナトゥスに向かっていく、それに伴い他の冒険者達も威圧するようにレナトゥスを囲む…しかし。


「煩わしい…ッ!」


「ッ……!?」


ただ、一睨みしただけで冒険者達が吹き飛んだ。ストゥルティでさえ踵を地面につけて堪える姿勢に入るほどの威圧が砲撃のように放たれ空間が軋む…。レナトゥスがここまで荒れてるのは初めて見たかもしれない。


と言うより、強いとは聞いてたけど…コイツここまでヤバい奴だったのかよ。


「お前達雑虫に興味はない、私が来たのは女王陛下に用があっての事。そう、そこの小娘にだ」


「れ、レナトゥス…貴方何を……」


「それはこちらのセリフです、女王陛下」


レナトゥスはその威圧で動けなくなった冒険者達を踏み越えて悠然と杖を突いてこちらに歩いてくるなりまるで侮蔑するような目でレギナを見下ろし…。


「貴方、何をしているのですか。こんなところで…この国の執政を司るネビュラマキュラの王が、こんなところで」


「す、ステュクスの為に謝るんです、裸になって」


「…………はぁ〜〜〜〜〜」


おっきなため息だぁ、すげぇ大きなため息。魂まで出るんじゃないかってくらい大きなため息してるよ、お手本みたいなため息だ。額に手をあてて『ホンマにこいつわ』って顔してる…かと思えばそのままレナトゥスは手を挙げて。


「フンッ!」


「ぁぎゃーん!?」


ポカリとレギナをぶん殴って気絶させる。しかも割と容赦がなかったぞ!?けどそのまま倒れる前に支えて、俵のように持ち上げて…え?回収するつもり?


「馬鹿タレ小娘が、ハリボテの王でも王は王。ネビュラマキュラの象徴が冒険者風情に頭を下げたら…こっちにもいい迷惑がかかるんですよ。そんな事も分かっていないようだから慌てて様子を見に来てみれば…案の定とは」


どうやらレナトゥスはレギナが冒険者に対して要らぬ事をしないかと見に来たようだ。そして案の定要らぬ事をしようとしていたから…止めたと。そう言うことか…。


だが助けられた、レナトゥスが来てくれなきゃえらい事になってた。


「悪いがこのまま帰らせてもらうぞ。そう、お帰りだな」


「待てやオイゴルァ…、テメェ宰相だかなんだか知らねぇが俺達コケにして無事で帰れると思ってんのかよ」


「…………」


レギナを連れて帰ろうとするレナトゥスの道を阻むように、ストゥルティが立ち塞がる。レナトゥスもそれに応えるようにその前に立ち…嫌そうに顔をしかめながら睨み合う。二人の間で凄まじい殺気と殺意がぶつかり合い、空間が歪む。


「テメェ…殺すぞ」


「そこを退け冒険者、踏み潰してしまうかもしれんぞ」


「ハッ、…いいぜ?俺達リーベルタースをナメんなよ」


「リーベルタース…ねぇ、はぁ〜…これだから冒険者という職は好かん」


レナトゥスは周囲に視線を走らせ、リーベルタース達冒険者を侮蔑の目で見回すと『ハッ』と鼻で笑い。


「薄汚い、低俗で頭も悪く。それでいて自分は必要とされていると勘違いする…極めて不快感を催す生物、それが冒険者。同じ人間である事がこの上ない恥辱だ、許されるなら侮辱罪で訴えたいくらいには気に食わん」


『なんだとテメェ!』


『宰相がそんなに偉いかよ!』


『腐れインテリ女が!』


「こんな場所の空気など、一秒たりとも吸いたくない。心なしか空間そのものが匂うぞ」


レナトゥスの舌鋒は鋭く。豚の糞でも見るかのように頬を引き攣らせ見るからに見下しながらストゥルティ達を侮蔑する。その侮辱に…ストゥルティ達もブチギレ。


「お前、あんまり冒険者を侮るなよ。テメェらが平穏無事に生きられるのは俺達冒険者のおかげだって事を…忘れてんじゃねぇのか?」


「忘れてる?そんな事はないさ。忘れてるも何も最初から思っていないのだからね、さっきも言ったが君達は自分達が必要とされていると考えているようだが実際のところはそうでもない、寧ろどんな職にもつけない無能達にも働き先を与えるという意味で我々王政府が冒険者の存在を容認しているだけであって…私は別に君達など居なくても良い」


「なんだと…お前……」


「何やらボイコットなりなんなりしているようだが、好きにしたまえ。なんなら手伝ってあげようかそのボイコット活動、冒険者活動を一切禁止する法案を今すぐに通そう」


「……テメェ…」


「先に自らの身の上や立場を脅しの道具に使ったのは君達だろう。だから私も自分の立場を脅しの道具に使ったまでだ…それとも何か、君は今私に害を成そうとしているのか?ならするか…我々王政府軍と、戦争を」


「ッ……」


ストゥルティが何かに気がつき背後を見る。そこには協会本部の入り口がある、レナトゥスが入ってきた入り口がある。ただ、その入り口はすでに封鎖されている…バリケードでじゃない。


大量に構えているマレウス王国軍の兵士達、そして…。


「閣下、如何しますか?このまま…この建物ごと粉砕しますか?」


「レナ…レギナ様に何をした…の顔」


「マクスウェル…エクスヴォート…、こりゃちょっと旗色が悪いか…!」


兵達を束ねるように立つのは灰色の貴服を着込んだメガネの男…将軍マクスウェル・ヘレルベンサハルとマレウス最強の騎士エクスヴォート・ルクスソリスの二名。


王国軍が抱える最強戦力二名が揃い踏みで立っていたのだ。これには流石のストゥルティも旗色が悪いと苦虫を噛み締める。


「戦争がしたいなら好きにしろ、ただしやるなら塵一つ残さん」


「……………」


「こんな軽い神輿でも神輿は神輿。コイツにマレウスの品を落とされると私も困るんだ…そしてそれに君も加担するなら、私は君を排除する。分かったら私の道を塞ぐなゴミムシ」


「チッ……」


もう何も言えない、もしここで斬りかかればストゥルティは意地を通すことが出来る。だがその代償として彼は立場と居場所と仲間を失う事になる。彼一人は生き残れるだろう…だがそれでは意味がないと考えたのか、彼はレナトゥスに道を譲る。


「よろしい、…ああそれと。そこのドブネズミにも用がある。拘束を解いてくれ」


「……オイ」


そうストゥルティが合図をすると俺を拘束していた巨漢がおずおずと後ろに退く。俺も…解放されたのか。レナトゥスに助けられたって…なんか変な感覚だ。


「あ、ありがとうレナトゥス」


「…………」


「レナトゥス?」


俺は慌てて気絶したレギナを抱えて入り口に向けて歩き出すレナトゥスに礼を言うが、彼女は何も言わない…怒ってるのかな、やっぱり…と思ったが、俺が彼女の名を呼ぶとレナトゥスは苛立ったように『はぁ』とため息をつきこちらを向いて。


「何かな、ドブネズミ」

 

「あ、いや…ありがとう、助かった…けどどう言う風の吹き回しだよ」


「はぁ?ありがとう?どう言う風の吹き回し?お前はつくづく情けない上に低脳な奴だな。これが助けられたように見えるのか?」


「え?」


「死ぬなら勝手に死ねばいいと私は思っている、レギナもお前もな。だがこの国に損害を出されると困るのは私なんだ…仮にも玉座に座る人間が冒険者風情に頭を下げたと知られればどうなる。象徴を失った国は瞬く間に滅びる…ましてや今は私の影響も落ち、この小娘に縋る人間も増えている、だと言うのに貴様らは何も考えず…」


「す、すみません」


「近衛騎士の癖をしてそんな事も分からないような人間は要らん。責任を感じるなら死に失せろ、なんならそこのストゥルティに殺してもらえ」


「う……」


そ、そこまで言わなくてもいいじゃんか。でもレナトゥスの言う通りだな…反省は必要だ。


なんて考えているうちにレナトゥスはとっとと引き上げ、抱えたレギナをそのままどこかへ連れて行こうとし…。


「待て、の顔」


「エクス…」


「レナ、レギナ様をどこへ連れて行く」


それを阻止するようにエクスヴォートさんが立ち塞がる。するとレナトゥスはまたもため息をつき。


「今お前とやる気はない、預かっていろ…」


「レナ……」


そのままポーンとレギナをエクスさんに預けレナトゥスはそのまま一仕事終えたとばかりに横をすり抜け何処かへと歩いて行く。


「レナ、レギナ様を助けてくれた事…礼を言うの顔」


「……………」


「レナ…!」


「いつまで学友気分だお前は、…とっくに決別は済ませてあるだろう」


「だが私は…」


「助けたわけじゃない、私はただ…己の目的の為にこの国が必要なだけだ。その為に必要な事をしたまで…感謝される謂れはない。マクスウェル、行くぞ」


「御意」


結局レナトゥスはエクスヴォートさんの方を見る事なく、そのままマクスウェルを連れて何処かへと歩いていってしまう。そう言えば忘れてたけどあの二人は元々ディオスクロア大学園で同級生なんだったな…。


エクスさんの話的に、昔は仲良かったみたいだけど…今はそうでもなさそうだ。複雑な事情がありそうだ…の顔。


「おい、ステュクス…」


「うげっ…」


そして複雑な事情にあるのは俺も同じ、未だ俺を付け狙うストゥルティは激烈に怒った顔でこちらを見て、一歩…また一歩とこちらに向かってくる。


「ハルモニアを付け狙うだけじゃなく、よくも俺の仲間を傷つけてくれたな」


「へ?は?え?今の俺がやった判定になってるの?」


どうやらストゥルティは俺とレナトゥスが仲間だと思っているようで、レナトゥスがやったのは俺の為だと思っているようだ。いやまぁ両方王政府の勢力ではあるが実際は違う。どちらかと言うと敵同士なんだが…どうやらストゥルティはその辺の事情を知らないようだ。


「……許さねぇ、テメェに屈辱を味合わせる程度で今回は済ませてやるつもりだったが、そうもいかなくなった」


「ま、待てよ。勘弁してくれって…」


「出来るかよ、この一件…決着をつけなきゃ収まりがつかねぇ。この喧嘩に先に軍を引き出したのはお前だろ!」


「いや軍を連れ出したのは俺じゃねぇって!レナトゥスだよ!」


「お前を助けに来たんだろレナトゥスは!…ともあれお前がその気なら俺も本気を出す。本気でテメェを殺す。その為ならどんな手段だって使う」


「………本気かよお前」


本当に話を聞かねぇ奴だ。そんなにも俺を殺したいかよ…まぁいいよ、もう。レギナもこの場にいない、なら好きに戦おうぜ。殺されるかもしれないけど、俺ももうウンザリなんだ。


そう俺が腰の剣に手を伸ばした瞬間、ストゥルティは手を前に出し。


「違う、戦うのはここじゃねぇ…言ったろ、本気でやるって」


「は?戦わないのか?」


「ここではな。…ステュクス、俺と勝負しろ。お前が勝ったら俺はお前を諦める、ただしお前が負けたらお前はハルモニアから手を引け」


「…別にいいけど、何で勝負するんだよ」


するとストゥルティは手を組み、チラリと視線を横に向ける。そこには…近日開催される大冒険祭の張り紙があり。


「三日後に…大冒険祭が始まる。お前はそれに出ろ」


「は?」


「その大会内でお前を完膚なきまでに叩き潰す。分かったか?」


「い、いや待てよ…なんでそんな」


「ああそうだ、俺が勝ったら…今回の続きをやる、もしお前が断っても同じだ。分かったな」


「今回の続きって…ボイコットか!?」


「ああ、あの宰相さん曰く?俺達が何しようが勝手らしいし?なら好きにやらせてもらうぜ。冒険者が仕事しなくても構わないならそうさせてもらう…分かったな、分かったら出ろ、そして俺に勝ってみせろ。ステュクス…!」


「い…いやいや……」


なんかとんでもない話になったぞ、全然状況が好転してない!


え?俺が大冒険祭に出るの?それで勝ったらストゥルティは俺を諦める…けど、負けたらハルモニアさんを諦めるのと、何よりボイコット続行!?ハルモニアさんに関してはまぁ別としてもボイコット続行はまずい。


レナトゥスはああ言ったが実際冒険者が機能しないとかなりまずい。恐らくストゥルティはレナトゥスに対する意趣返しも込めて言ってるんだろうが…レナトゥスも余計な火種を残してくれた。


俺が負けたら、恐らく俺は殺される。そしてその上にオマケのように乗ってくる冒険者達による仕事の麻痺…それによる国の危機。魔獣被害の拡大。


こいつ、是が非でも俺を大冒険祭に出して…そこで叩き潰すつもりだ。


「俺が冒険者協会に掛け合ってお前の冒険者免許を再発行させる。本来なら大冒険祭直前に発行された免許じゃ参加はできないが…まぁその辺の融通は利かせてやる、感謝しろよ」


「い、いやいや…大冒険祭は十人いなきゃ参加出来ないだろ、俺一人じゃそもそも参加も…」


「そこはお前でなんとかしろ、人雇うなりなんなり好きにな。…予選開催は今から三日後、楽しみにしてるぜ…ステュクス」


「俺は、俺は全然楽しみじゃない……」


とんでもない事になった、絶対に逃げられない上に…避けられない死が目の前に迫ってきている。どうすりゃいいんだよ……。


…………………………………………………………


「ってことがありまして」


「なんと、そんな事が」


そしてその日の晩、家に帰った俺は…やはり家に駐在していたハルさんに相談してみた。今日の昼とんでもない事があったと…。


「兄さんがそんな事を…」


「はい、ハルさんの方でなんとかなりませんかね…」


「…………」


俺と一緒にシチューを食べるハルモニアさんはパンにシチューを付着させ、モニモニ咀嚼した後難しい顔で首を振り。


「いえ、兄さんが勝負を仕掛けたと言うことは…もう避けようはありません」


「そうなんですか?」


「はい、兄さんは卑怯で卑劣で嫌な奴です。ですが勝負と戦いに関して彼ほど真摯な人間を私は知りません、そんな兄が勝負を仕掛けたと言うことは…もう何がなんでもステュクスさんを滅ぼさねば気が済まないと思っていることでしょう。私が言っても、止められません…恐らく兄自身にも自分をもう止められないでしょう」


「ってことは…」


「勝つしかありません、冒険者協会最強の男に」


「…………」


いけるかぁ?今日やった感じ勝ち目があるようには見えなかったぜあれ。と言うよりそもそも。


「俺、大冒険祭に参加しないといけないんですよ」


「さっき聞きました」


「俺以外の参加者がいないんですよ」


「なんと、大変ですね」


「勝つどころかそもそも土俵にも立てないかもしれません…」


ぶっちゃけこれが今一番の問題だ、参加者がいない。一応帰ってきたら家のポストに俺の冒険者証明書が再発行されていたが…再発行されていたのは俺一人分だけ、ウォルターさんもカリナも再発行されてないから二人は参加出来ない。


ヴェルト師匠もエクスヴォートさんも冒険者じゃないから参加出来ない。となるとどうだ?いない…いないのだ参加者が。大冒険祭には十人1チームで参加する物…規定人数に至らなければそもそも参加もできない。


「ハルさんは…冒険者証明書って」


「持ってないです、私は祖母のお世話をしなきゃいけないので冒険者にはなってないです」


「ですよね」


前冒険者に憧れてた的な事を言ってたんだ…それなのに冒険者資格を持ってるわけがない。となるとこれ…やばいぞ、どうする?勝てる勝てない以前にそもそも参加すらできない可能性が出てきた。


「どうすりゃいいんだ…あと九人、どっからそんな参加者引っ張ってくる」


「方法はないんですか?」


「……ありにはあります、参加してくれる冒険者を雇うって手が」


「なら…」


「……まぁ、最後の手段にはなりますね」


ぶっちゃけ、有望な冒険者はみんな参加する。なのに参加してない奴らってのはそもそも実力がお察しレベル。そんな奴ら引き連れて…勝てるわけがない。参加すればいいわけじゃない、勝たなきゃ意味がない。


けどそんな実力があるやつを九人も、無理難題すぎる…どうすればいいんだ。


「仕方ない、明日一日駆けずり回って参加者探してみます」


「分かりました、私もお手伝いします」


「ありがとうっす…はぁ、なんか徐々に面倒ごとに巻き込まれ始めたぞ」


なんとかなるのか?これ…いや、なんとかするしかないよな!大丈夫、俺も元冒険者。知り合いはそれなりにいる!そいつらを当たってみれば…。


(にしても……)


ハルさんと話していて思い出した事がある。ダイモスさんだ、ハルさんの従兄弟のダイモス・フォルティトゥド…冒険者協会を監視する監査官だ。

今回彼はボイコットにあって動く事はなかった、まぁ冒険者のボイコットなんて冒険者単体で完結してる話だから問題ないのかもしれないが…それより。


(結婚させたいダイモスと結婚させたくないストゥルティ…そして突然結婚を言い出したハルさん…か)


一つ、聞いてみたい。俺は一体今何に巻き込まれているんだと…でも聞けない、聞いたら…本当に後戻りが出来ない気がするから。ハルさんが詳細なことを言わないその理由を、何処かで察してしまい俺はこの日、何も聞けなかった。


………………………………………………


「はぁ?無理に決まってんだろ今更、他当たれよ」


「そう言わないでさ!頼むよ本当に…」


「無理だ無理、そもそも大冒険祭に参加するつもりなら最初から参加してるっての」


「あ、おい!ちょっと!金なら用意するって!……はぁ〜〜」


ダメでした。


翌日俺は知ってる限りの冒険者を探して回ってあれやこれやと話をしてみたが…結果は全滅、どうやら昨日の騒ぎの中心に俺がいた事は既に周知の事実らしく俺が声をかけるなり『リーベルタースに恨まれたくないから…』と離れて行く者も出る始末。


話が出来てもそもそも大冒険祭に参加するつもりはないとか、リーベルタースと喧嘩したくないとか、絶対勝てない戦いはしないとか、そんなんばっか…まぁ分かってたけどさ。ここまでダメか。


「だぁぁーー!クソ!どうりゃいいんだよ!」


そして俺はもう色々やり尽くして諦めの境地に至り、冒険者通りにある酒場にてグレープエードを飲みながら机に突っ伏していた。


こんな調子であと九人も…参加者を見つけられるのか?しかも期日はあと二日。九人ってのは結構な人数だ、雇うにしてもそれだけの人間が一気に集まるとも限らない。だが集められなければ俺は終わり…冒険者協会の機能も麻痺する。


どうする、何かいい手はないのか。


(なぁ、ロア…なにかいい手はないか?)


『金銭ちらつかせて意味がないのなら難しいのう。何より見た感じどいつもこいつもストゥルティは疎か奴が連れている雑魚兵士にも及ばないのばかり…あと出来る事があるとすれば』


(あるとすれば…?)


『腹括って遺書を書くくらいかのう!ぬははっ!』


(お前な!俺が死んでもいいのかよ!)


『しゃあなし!人間死ぬ時は死ぬものよ!なぁにその時が来ただけじゃわ!ぬははっ!』


(お前なぁ……)


ダメだ、ロアも頼れない。何が腹括れだ、その死が俺の選択によってもたらされるなら覚悟だって決める。だが俺の決定なんて一度として介在する事なく飛んできた死の運命なんか受け入れられるか!


なんとしてでも生きてやる、生き残ってやるぞ…俺はッ!


「とはいうものの…実際どうした物か。とほほ……」


「おや?どうしました?なんだかとても落ち込んでいるように見えますが」


「見えるんじゃなくて実際落ち込んでるんですよ…って、え?誰?」


ふと、机に突っ伏した頭を上げると、そこには…見慣れない女性がこちらの顔を覗き込んでいた。白い長髪に白い肌、色素の薄い瞳に…この服は、ああ…酒場の店員さんか。


「何か飲みますか?」


「ああ、えっと…じゃあグレープエードで」


「分かりました、グレープエードですね」


しかし、なんだこの店員さん…真っ白な髪に真っ白な肌、何よりすげぇ美人だ…こんな美人この酒場にいたか?俺も結構この酒場に来るけど、見たことないぞ。


「えっと、店員さん…新入り?」


「え?ええ、分かりますか?私普段は北部の方に住んでるんですが…ちょっと知り合いと出稼ぎに来てるんです」


「へぇ、出稼ぎっすか。大変っすね」


北部の方から出稼ぎに…そんな大変な身の上の人もいるんだなぁ。まぁ確かにこの街は給金もいいしな、そういうこともあるか。…ふと店員さんの胸元を見ると、そこには名札がある。


名前は…『オーランチアカ』か、変わった名前だな。…なぁんて思っていると。


『おい、シン…じゃなかった。オーランチアカ、注文を取ったならこっちにくれ』


「あ、はーい!すみません、一緒に働いてる知り合いが呼んでるので行きますね」


「はーい、頑張ってー」


なんて言って同じく店で働いている知り合いに呼ばれたのか仕事に戻っていってしまう。にしても美人だったな、あんな美人がいるとは…びっくりだよ俺も。


『オーランチアカ、注文は?』


『はい、グレープエードですよ。コフさん』


『コフさん呼びはやめてくれ…』


『フッ、流石はシ…オーランチアカ、革命的だ』


『何処が…』


何やら幸の薄そうな紫髪…コフさんと呼ばれた男と、なんか人相の悪い褐色肌の男…革命革命言ってる不思議な男と共に働くオーランチアカさんを呆然と見る。


ああいう出稼ぎの人が、ここに来れるのも冒険者が仕事をしてるからだ…レナトゥスはああ言ったがやっぱり冒険者は必要だ。これからも仕事をしてもらう為にも俺が頑張らないと!


「よし!やるぞ!」


『おいテメェ!ステュクスだな!?』


「ひぃっ!?」


突如、怒号が鳴り響き背筋が凍り、入れた気合いが霧散する…今の怒声…もしかしなくてもこれ。


『テメェ昨日の今日でよくもリーベルタースのシマ歩けるな!ちょっとツラ貸せやボコボコにしてやるッ!』


「ち、違ッ…俺はただお前らのボスに言われて仲間を集めて…」


やばい!リーベルタースの団員だ!時がついた瞬間俺は椅子から立ち上がり振り返りつつ慌てて弁明する。俺はただ一緒に参加してくれる仲間を探しているだけ、それはリーベルタースのボスであるストゥルティからの言いつけを守ってるだけなんだと。そう弁明するが…。


「あれ?」


『何黙ってんだぁ?ああ?俺達がそんなに怖いかよ!』


「……いない?」


周りを見るが、酒場で飲んだくれる客ばかりで少なくとも俺の近くにはリーベルタースの団員の姿はない。だが声だけは聞こえる…ってか黙りこくって?俺黙ってないけど。


どうなってんだ?


『おいなんとか言ったらどうだよ!ステュクス!』


「…まさか俺以外の人間が間違って絡まれてるのか?だとしたら助けないと、声は…あっちか!すんませんちょっと出ます!」


慌てては俺は代金を置いて走り出し冒険者通りの人の流れの中に飛び込む。声が聞こえてくるのは別の場所だ、って事はもしかしたら俺によく似た人が間違って絡まれているかもしれない。だとしたらせめて助けないと…そう考え俺は人の流れを突っ切って怒号の聞こえる方向に走る、だが…。


『テメェ…いい加減にしろよッ!』


(まずい!間に合わない!)


ふと、少し先の人混みの向こうから拳が振り上げられるのが見える。ってか違う!拳じゃない!剣握ってる!まさかマジで殺す気か!?まずい間に合わない…やられる!俺とは全く関係のない人が────。


『くたばれやステュク──ぅげぇっ!?』


「え?」


しかし、代わりに聞こえたのは断末魔ではなく…鋭い殴打音と先程まで叫んでいた男の短い悲鳴、一体何が…。


『ちょっ!?何すん…げぅっ!?』


『ステュクステメェ!ぅぎゃぁっ!?』


『ひ、ひぃ!助け…ごぼぉっ!?』


「おいおい何が起こって……」


現場で何が起こっているのか、そんな渦巻く疑問のまま俺は現場に向かう。人を押し退け、視界を確保すると…そこには。


ボコボコにされたリーベルタースの団員複数人と…それ前に立ち、拳をポキポキと鳴らす俺そっくりの顔を持った人間…いや、あれは。


「なんなんですか、貴方達…いきなり」


「姉貴!?」


「ん?ステュクス…」


そこにいたのは…姉貴だ、エリスだ…俺の姉貴のエリスだ!なんで姉貴がここに!?ってか…バッカだなぁこいつら、よりにもよって姉貴と俺を間違えたのかよ。そりゃボコボコにされるわ。寧ろ生きてるだけ奇跡だよあれ。


なんてリーベルタースの団員に同情していると…ゾッとするような冷たい視線がこちらを向いていることに気がつく。姉貴だ…姉貴がこっち見てる。


「ステュクス、貴方なんでここに…と言うか何かしたんですか?」


「い、いやぁ色々あって…ってか姉貴こそなんでここにいるんだよ!」


「……居たら悪いですか」


ムッとする姉貴に思わず怯む。やべっ…不機嫌にしたか?相変わらずこの人怖えなぁ…ストゥルティなんかより断然怖えよ、だってストゥルティは脅しの後に暴力が来る、けどこの人は脅しと暴力がセットで来るんだもんな…。


「いや、姉貴ってマレウスを旅してるんだよな…、って事は態々サイディリアルに立ち寄ったって事は、なんかあるのかなって」


姉貴がここにいるのは驚きだが…ある意味納得もある。姉貴達は八人の魔女の弟子は今マレウス中を旅しているらしい。噂には聞いている、マレウス中を旅して四方八方で暴れ回ってるって、言ってみれば人の言葉を喋る台風みたいなもんだ。ちなみに人の言葉を喋るが会話にはならない。


(ってか姉貴と二人だとキツイな、めぐさんとか居ないのかな)


さっきも言ったが姉貴は八人で旅してる、最初出会った時も八人で冒険者として依頼を受けて各地を旅していたみたいだし………ん?


『八人』…『冒険者』…『凄腕の実力者』……。


(あれ、そういえば姉貴って…冒険者の資格持ってたよな。それで仲間のみんなも冒険者資格を……あれ?あれ?これってもしかして)


いけるのではないか?そんな予感が脳裏を過ぎる。もし姉貴達を仲間に出来れば一気に八人埋まる。いや断れるかもしれないけど…これはある意味ラストチャンスだ。よし!頼むぞ!


「いえ、用があるのはサイディリアルではなく貴方ですステュクス」


「え?俺?ってか俺も姉貴に頼みがあるんだ!実は……」


「エリスと一緒に大冒険祭に出てくれませんか?」


「それが実は俺と一緒に大冒険祭に……え?」


「拒否権はありません、一緒に出てください。お願いします」


「………え?」


問答無用と語り出した姉貴は…なんと俺と大冒険祭に出てくれと言い出したのだ。そのあまりにも唐突すぎる頼みと、あまりにも俺に都合が良すぎる流れに…俺は。


「マジ?」


「マジです」


ただただ、呆然とするのだった。


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革命的な給仕をするオーランチアカ…一体誰なんだ… 魔女の弟子の女性陣といい肌を晒しても恥じらうどころか、自信満々の人が多そう。ドヤ顔でポーズとるメルクが目に浮かぶ
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