630.星魔剣とフォルティトゥド家
「…………………」
こんにちわ、ステュクスです。今中央都市サイディリアルにて国王直属の護衛部隊近衛隊の一員として日夜修行に仕事に大忙しで暮らしています。
かつては冒険者として苦しい暮らしを強いられていた俺も、今や戸建ての一軒家を持つに至りそれなりに言う暮らしをしています。近衛隊の仕事は大変だけどその分給金もいいのです。
ある意味、俺の日々は順風満帆と言ってもいいでしょう。…ただ、そんな俺の順風満帆な日々に一つ、懸念というものが生まれてですね。
いや、悪い事が起こったというわけではないんです。本当に、ただその…なんつーのかな。凄く言葉にしづらいんですけど。
「あ、おはようございます。ステュクスさん、朝ごはん出来てますよ」
「朝ごはんはいいんですけど、なんでいるんですか…ハルさん」
朝起きて、パジャマから着替えて自室から出てくると。何故かキッチンに人がいた、この人は俺の恩師アレスさんの孫娘…オレンジ色の長髪と輝くような翡翠の瞳が特徴のザ・綺麗系って感じのお姉さん、名をハルモニアさん。
優しくて、気立でも良くて、賢くて色々教えてくれるそんなハルさんが俺の家のキッチンで朝ご飯を作っている。
なんでだろうね、因みにだがこの人を家に招いた覚えはないんだなこれが。
「はい?ああ、開錠して入りました。これで」
そう言いながらハルさんは犯罪者が使うようなピッキングツールを俺に見せる。なるほど、それで入ったのか。そっかそっか、で済むかよ。
これでもう十三回目だぞ、家に忍び込んでくるの。
「あの、こういうのやめてくれませんか?流石に困ります」
「何故ですか?私達は結婚を前提に付き合っていますよね」
「いないですが…」
これだ、これが俺の頭を悩ませる出来事…その名も『なんかハルモニアさんがメチャクチャアプローチし出してきて俺と結婚しようとしている事』だ。
ハルモニアさんは世間一般で見れば美人だ、身長も高くプロポーションも最高、もう少し前の俺なら鼻の下伸ばして見てたくらいの美人。そんな人に結婚を迫られるというのはありがたいというか嬉しいんだが…違うだろ。
俺とこの人は知らない仲じゃない。この人には色々教えもらったし恩人と言ってもいいが、あまりにも急過ぎる。本当に急なんだ、本当にいきなり俺に対して結婚しようと言い出してきた。
これに俺が何か思い当たる節があれば結婚しましょう!となれるがそれもない。聞いても答えない。なんなんのか…分からないんだ。
「さぁ、朝ごはんを食べましょう」
「う、うい…」
『全く情けないのうステュクス、男ならシャンとせんかい』
(うるせぇな、ロア…)
ハルさんの声に促され俺は席に着くと、用意されていたトーストとシチューが差し出される。そんな様を見たロア…俺の愛剣である星魔剣ディオスクロアのロアがブツクサと文句を言い出す。
『結婚しろって言われとるんじゃろう?ならしてやればええじゃろうが』
(そうもいかないだろ…)
『ええじゃろ、これでまぁ岩みたいな顔面に虫へばりついたみたいなドブスが迫ってくるなら同情もするが、ええ感じの美人じゃし、料理も上手いし、何よりワシの事も磨いてくれるし』
「え?磨く?ハルさん俺の剣…」
「はい、やや切れ味が落ちていたので磨いておきましたよ」
『最高の腕前じゃったわ、お前よりも百倍上手いわ』
こいつ懐柔されてんじゃねぇか。ったくアテになんねー奴だな…。そう思いながら俺は朝飯を頬張る…いや美味い、めちゃくちゃ美味いなこれ!
「ハルさんこれ美味しいですよ!」
「ふふふ、お祖母様の家で毎日料理していたので。そう言っていただけると自信になります。したくなりましたか?結婚」
「いやそれとこれは話別ですけど…、ってかここにいていいんですか?今家にはアレスさん一人なのでは…。あの人なんかボケてるみたいだし誰か一緒にいた方が…」
「そこら辺は大丈夫です」
大丈夫なのか、大丈夫じゃない気がするけど。しかし参ったな、断っても断りきれないし…ここ最近ずっと俺と一緒にいたがるし。好かれるのは嫌いじゃない、寧ろ人との関係なんて好かれてれば好かれてるだけいい。けどその理由に検討がつかないってのがなぁ。
『ステュクス、あんまり我儘言うでない。こんな美人が一目惚れしてくれたんじゃ、ありがたく結婚せえ』
(俺にだって選ぶ権利ってのがあんだよ。そもそも結婚ってのは相手によってありがたがったり嫌がったりするもんでもないだろ)
『ふぅ〜〜一生独身じゃぞそれ、じゃがまぁ…問題があると言えばあるかもしれんのう』
(ああ、問題だよ…ハルさんのお兄さんがな)
そう、問題があるとするならこの人の兄なんだ。ハルモニア・フォルティトゥドの兄はあの冒険者協会最強の男、『最強にして最低の冒険者』と名高きストゥルティ・フールマンなのだ。
冒険者協会屈指の勢力をもつ超極大クラン『リーベルタース』のボスにして現最強の冒険者。マレウスの四大最高戦力として国内最強エクスヴォート、将軍マクスウェル、神将オケアノスに並ぶ存在としてマレウス全土で有名な男。それがハルさんの兄貴だった。
そんでもって最悪なのがストゥルティの奴、かなり妹ラブのシスコン兄貴だったようで俺がハルさんに求婚されていると知るや否や激烈な敵意を向けてきやがった。国軍にも匹敵するクランを持つストゥルティに敵対視されるのはかなりまずい。
『あのストゥルティとか言う奴、結構ヤバい性格しとったが腕前は確かじゃぞ』
(俺と戦ったら、どうなる)
『十中八九お前は殺されるじゃろうな。絶対戦うなよ、アレとやれるのはお前の仲間じゃエクスヴォートくらいじゃろう。お前が以前戦った八大同盟の盟主ジズ…あれより強いと思え』
(オケアノスさんは)
『ちょい怪しいのう、オケアノスも悪くはないがちょっと肉体的超人の体に依存しすぎじゃ』
つまるところ、もしまた俺がストゥルティと顔合わせをすれば…その時点で俺は死ぬって事だ。おまけにストゥルティの冒険者協会内での影響力は絶大…いつ冒険者がこの家に攻め入ってくるか、俺は毎日ヒヤヒヤしてんだ。
「どうされました?ステュクスさん、顔色が悪いですよ?」
「え?あ…すんません、一緒にご飯食べてるのに黙りこくって。感じ悪かったですよね」
「いえ、大丈夫ですよ」
「えっと、…ハルさんのお兄さんの事を考えていました」
「………むぅ」
あら、お兄さんのお話したら急にほっぺた膨らませちゃった。困ったな、でもするよ、兄貴の話。
「ハルさんのお兄さん、ストゥルティ・フールマンなんですね」
「今はそう名乗っているようですね」
「今は名乗ってるって、ああ…そう言えば姓がフォルティトゥドじゃない」
フォルティトゥドの代わりにフールマンなんて小馬鹿にするような姓を名乗って…おまけにハルさんとの関係も悪そうだし、何があったんだ?なんて疑問を口にするまでもなくハルさんは口を開き。
「兄は…ストゥルティは私を置いて行ったんです。祖母のやり方に反目して…私達フォルティトゥド家のやり方を否定して、一人で逃げたんです」
「フォルティトゥド家のやり方?なんですかそれ」
「……ステュクスさんは知らなくてもいいです」
そっか、なら思わせぶりな事は言わないでほしいな。しかしそうか、逃げたねぇ。そう言う家族関係のいざこざには口を出したくない。だってそう言うのは往々に小難しく他人が口を出しても解決なんかするわけがないからだ。
何故断言できるか、それは俺自身そう言う問題を抱えているからだ。最近はマイルドになったがそれでも未だに解決に至っていないのは…問題の根深さが洒落にならないからだ。
「兄はフォルティトゥド家を嫌っています、私の事は愛していると口にしていましたが…それでも連れて行ってくれなかった。自分が嫌っている場所に私を置いていった、なのに好きだなんだと言われてどう受け取れと言うのですか」
「まぁ、そうですけど…じゃあハルさんは、ストゥルティが一緒に逃げようと言ったら逃げたんですか?」
「それは…………分かりません、あり得なかった未来なので」
まぁ、そっか。答えようがないっちゃないよなぁ…、つーかやっぱり根深そうだな。個人的にはあれだよ、ハルさんとストゥルティが上手い具合に仲良くしてさ、俺へのヘイトがなくなって欲しいんだが。
ハルさん自身がストゥルティに対して敵対心にも似た嫌悪感を持っている以上どうしようもないか。
(しかし、私を置いて逃げた…か)
そんな事を昔言われたな。誰にって?姉貴にさ。姉貴は母ハーメアが自分を置いて逃げた事をとても恨んでいた、怒っていたし悲しんでいた。家族に置いていかれると言うのは俺にはない経験だから理解は出来ないが、とても苦しい事なんだろう。
結果、ハルさんは兄を憎んでいる。姉弟…兄妹、上が恨むか下が恨むか、構図はまるっきり真逆だが、怒りの根底は同じか。
或いは姉貴に話をしてもらえればハルさんも少しは話を聞いてくれるだろうか。いやそもそも姉貴は俺の話を聞かねぇか、なはは。
「まぁ、思うところがあるなら無理に仲良くする必要はないっすね」
「ええ、そうです」
「まぁそれはそれとしても、ストゥルティの奴はなんとかしないといけませんね…何してくるか分かりませんもん」
「兄は基本『勝てば官軍、負ければ地獄行き』のスタイルで生きています。幼い頃から祖母に叩き込まれた戦闘術と抜群の魔力操作センス…そしてあの下劣な性格も相俟って事を構えた相手は基本的に再起不能になってます」
「俺もう事を構えてますけど」
「なので私はステュクスさんの家を守ります。家内として」
「家内かはまた話し合う必要があるかもしれませんけどありがたいです。確かにハルさんがこの家にいるとなればストゥルティも下手な事はしてこないか」
「です、家を守るのは妻の役目です」
「妻ではないですが」
だが確かに今こうして出入りしてくれているおかげでストゥルティは手を出してこないのか。そこは考えていなかった、そうか。この人もこの人なりに俺を守ろうとしてくれているんだろうな。
……はぁ、だとしても奴が狙ってることに変わりはない。出来れば早期に問題解決したいが、どうしたもんか。
『おいステュクス、そろそろ出ないと遅刻するぞ』
(え?もうそんな時間か)
『ワシをアラーム扱いするやつなど世界にお前だけじゃわ』
「悪いハルさん。俺そろそろ出るよ」
「分かりました、ではお洗濯物してますね」
「あ、このまま家にいるんですね」
よし、んじゃあ出ますかねと俺はロアを肩に掛け制服を着て玄関口に出てお見送りに来たハルさんに軽く挨拶をして、俺は王城に向かう為外に出る…すると。
「あれ?」
「やぁ、奇遇だね」
道に出ると偶然というかなんと言うか…俺の冒険者時代からの仲間である老齢の戦士ウォルターさんとばったり出くわす。彼もまた俺と同じように騎士の鎧を着て歩いており、どうやら出勤時間が被ったらしい。
「おはようございます、ウォルターさん」
「ああ、何やら大変そうだね。ステュクス」
「え?何がですか?」
「何やら求婚されてるって話だからね、何より君の顔が大変さを物語っている」
「あはは…」
どうやらウォルターさんには見抜かれているようだ。思えばこの人とももう長い付き合いだ、俺がソレイユ村を出て冒険者になって…でもまだ子供だったから見習いにしかなれなくて。仕事も受けられずカリナと一緒にどうしようか困っている時に声をかけてくれたのが…ベテランの老齢冒険者のウォルターさんだった。
それからずっとだ、この人は俺と一緒に行動してくれている。俺が冒険者を止めて警備会社に務めると言ってもついて来て、冒険者に復帰すると言えば迷わず共に来て、今もこうして騎士をやってくれている。本当に頭が上がらない。
「まぁ、だが騎士になれて一軒家も購入出来たんだ。そろそろ所帯を持つのも悪く無いだろう、冒険者では絶対に出来ない生き方だ」
「そうっすけど…」
にしても、思う。この人は本当にこれでいいのか…と。
「冒険者では絶対に出来ない生き方って…ウォルターさんは俺よりもずっと昔から冒険者をやってるんですよね」
「ああ、もうかれこれ四十年近く前から冒険者をやっている。今よりずっと無法な状況から…ケイト・バルベーロウの尽力により持ち直すところまで、この目で見て来た」
「冒険者に未練はないんですか?」
「前にも言ったろ、この歳だ。安定した仕事が出来るに越したことはない」
「まぁ、そうですけど…なんか俺の勝手気ままな旅に巻き込んでるようで、申し訳なくて」
「構わないさ、冒険者を再開したのだって…成り行きだったんだから」
ん?そう言えば聞いたことがなかったな、ウォルターさんって…なんで冒険者を再開したんだ?
いや、と言うのもだ。俺とカリナが冒険者になった時ウォルターさんも偶然現役復帰を果たしていたらしく新米冒険者と復帰冒険者で都合がいいからとチームを組んだんだ。だが言い換えれば復帰と言うことは一度はやめてる。
冒険者を一度辞めた人間が、また冒険者に戻るってのはなかなかに珍しい。一度冒険者生活を経験した人間はもう二度とあの生活に戻りたくないと思う物だからだ。だから大抵の人間はまとまった金を手に入れたらそのまま別の仕事を始めて、そこで所帯を持ち落ち着いて余生を過ごす物。
だがウォルターさんはそうではない、と言うかそもそもこの人に家族はいるのか?どこから来たんだ?何にも知らないぞ、俺この人の事。
「えっと、ウォルターさんってなんで冒険者に復帰したんでしたっけ」
「………他にする事もなかったからね」
「その、家族とかは…」
「居ないよ、妻も娘もいない。天涯孤独というやつさ」
「す、すみません」
「いいさ、割り切ってるからね」
そっか、割り切ってるのか。ならこれ以上は聞けないな、例え疑問があったとしても聞けない。そう、例えば『妻と娘もいない』…なんでそこで娘限定なんだ?そういう時って普通は妻も子供もいないっていうもんじゃないのか?なんて疑問があっても、聞けないよ。
「それより今はやるべきことがある。私は真面目なんだ、仕事には一途にやる…他の事は今は考えられない」
「そうですね、よし!今日も仕事頑張りましょう!」
「ああそうだとも」
そうして俺達は王城に通じる大通りに出る。今日もサイディリアルは人通りが多く様々な人達が行き来している。これぞサイディリアル名物『プリンケプス大通り』だ。
プリンケプスってのは実在の人物で正式名称はプリンケプス・ネビュラマキュラ。この国マレウスを建国した建国王アウグストゥス・ネビュラマキュラの弟で戦いに出ている兄に代わって国が執政を執り行ったとされる偉人だ。
そのプリンケプスが作った街こそがこのサイディリアル。彼の偉業を讃えこの街で最も主要な通りにその名をつけた、で…プリンケプス大通りだそうだ。
まぁ言っちまえばレギナのご先祖様だな。しかし本当にこの国はつくづくネビュラマキュラ家が支配して来たんだなぁと感じるよ。ちょっと前はレナトゥスが実権握ってたけどさ、けどレナトゥスが弱体化するなり元鞘に収まるようにレギナに権力が戻った辺り、この国に於けるネビュラマキュラという存在のデカさが窺える。
「しかし今日は随分アレですね、人通りが多いっすね」
「冒険者風の身なりが多い、大冒険祭が近いからだろう」
「あー、そういやそうでしたね」
大冒険祭か、それでこんなにワラワラ人相の悪い奴らが歩いているのか。もう直ぐ冒険者による冒険者の為の一大イベントが開催されるんだ。そりゃ多くもなるか。
結局、俺もそれに参加するつもりでいたけどそもそも仕事もあるし、チームも組めんしで半ば諦めてしまったような状態だ。まぁ仕方ないか、今回は見逃そう…というか、どうせ今回もリーベルタースが勝つだろ、ストゥルティに恨まれている現状で大冒険祭なんかに参加したらどえらい目に遭わされそうだ。
……ああ、でも気がかりなことがあるとするなら。
「ルビーは上手くやってるかな」
「なんだい?ルビー?」
「あれ?言ってなかったですっけ、ルビーって言う小娘が前訪ねて来たんすよ。俺を、なんでも姉貴の紹介とかで」
「いや聞いてないな…、誰なんだい?そのルビーという子は」
「あ〜、すんません共有忘れてました。実は数日前に俺を訪ねて来た女の子で、姉貴の紹介で冒険者になりに来たんですよ。で名前がルビー・ゾディ──」
『テメェ!ナメた口聞いてんじゃねぇぞ!』
「ッ…喧嘩か?」
ふと、話を中断しプリンケプス大通りの一角を見ると…そこにはやや栄えた酒場が見える。そんな酒場のスイングドアが勢いよく開き蹴り出されるように若い冒険者風の男が転がり出てくる。
何より目を引くのはその体に刻まれた傷、リンチにでもあったのだろう。あっちこっちに打撲が見える。叫び声と言いただ事ではないと見た俺とウォルターさんは慌てて転がり出た若者の元へ向かう。
「大丈夫か!何があった!」
「あ!騎士さん!助けてください!輩に絡まれて!」
「輩ァ?」
恐らく、酒場で酔ったチンピラか何かが暴れて若者に言いがかりでもつけたんだろうと俺は若者を保護しつつスイングドアの向こうからやってくる影を見る。そいつの人数は五人ほど、体格も良く人相も悪い。腕毛モリモリ髭もモジャモジャのザ・悪漢って風体の男達が現れるんだ。しかも頬が赤い、酒に酔ってるな。
「おうおうゴルァテメェおい、威勢のいい事言うだけ言って軽く小突かれたら騎士様に泣きつくのかよ、情けねぇ〜なぁ〜!」
「い、威勢のいいことって、僕はただ大冒険祭に出たいって言っただけで…」
「それが生意気だってんだよ!大冒険祭は冒険者の中の冒険者だけが出れる崇高な戦いなんだよ。テメェみたいな血の色も知らねぇような鼻垂れ小僧が出ていい代物じゃねぇんだよ!」
「よ、予選にエントリーするくらいなら、自由じゃないですか」
「アんだとぉ!?まだ殴られ足りねぇか!」
理由は分かった、大冒険祭に出たいと若者がいい、歴戦の冒険者がそれを生意気だと腹を立てた。なるほどね、よくある構図だ。
嫌だね、歴だけ重ねたおっさんってのは。大冒険祭に出ようが出まいが若者の自由でこいつにはなんの関係もねぇだろうに。それで痛い思いしようがそれは若者の勝手だ、それを決める権利はこいつにはない。
つまり、何が言いたいかと言えば…。
「おい、やめろよ。落ち着けって…こんな衆目で乱闘騒ぎする気かよ、しかもお前…騎士の前で」
「ああ?」
「口頭で止めてるうちにやめろってんだよ」
咄嗟に殴りかかろうとした悪漢の拳を掴んで止め、そのまま握り締め力を込めると…みるみるうちに悪漢の顔色が変わり…。
「い、イテテテテ…!や、やめろって…!」
「はぁ?全然力入れてないだろ、軟弱だな」
『違うぞいステュクス、お前気がついとらんのか。お前はもう第二段階に入った強者の一人じゃぞ、その辺のチンピラ相手に本気出すにはお前は力を既に持ちすぎとるんじゃ』
(あ…そうだった、昔の感覚でいたから忘れてた…)
上ばかり見て忘れてたがそう言えば俺普通に第二段階に入ってる人間だった。第二段階と言えば冒険者で言えば三ツ字の中でも上位、下手すりゃ四ツ字級の強者。世界には俺より強い奴が山ほどいるが、割合で言えば俺より弱い奴の方がもう多いんだった。
あんまり、強くなった感覚がないから忘れてたぜ…。危ないなじゃあこれは、このまま握り締めたらこいつの腕が砕けそうだ。
「悪い悪い、力込めすぎたよ…ほらあんた、立てるかよ」
そのまま俺は足元で倒れている殴られた冒険者に目を向ける。もうすっかり彼は意気消沈してしまっており怯えている。ほらほら新人さん怖がってんじゃんか。
「大丈夫か?」
「う、はい…」
「ったく…ん?」
ふと、足元を見ると殴られた冒険者が落としたものだろう。冒険者協会公認の依頼手配書が落ちてるじゃ無いか。
そいつを拾い上げて中身を見る…ふむふむ。『テルソン村付近で起こっている家畜被害の原因究明』…ね。よくある使いっ走り系の依頼か、それにテルソン村と言えば中部リュディア領の西側にある村、近場に使いっ走りに行くってことは本当に新人なんだな。
「ほら、アンタの依頼だろ?」
「は、はい……」
「この手の調査系の依頼は大抵魔獣と出会したりするから、依頼に行く前にその怪我治してからいけよ」
「はい…ありがとうございます……」
そのまま俺は依頼書を手渡し、そのまま新人を逃す。しかし彼も彼で大冒険祭前に依頼受注か…最後に準備でもしたくて金が欲しかったのか?にしてもギリギリのスケジュール感だな。
「チッ、クソ馬鹿力が…俺が誰だか分かってんのかよ!」
「へぇ?誰だってんだよ」
そして俺はそのままさっきの暴力冒険者に向き直る、さてさてこの暴漢はどうしてくれようかと考えていると…そいつは言うんだ。
「リーベルタースの一員だよこの野郎!」
「え!?」
ギョッとしてしまう、リーベルタースの一員?って事はお前…もしかしてこいつ、ストゥルティの手下?ああそうか!だからこんなに偉そうなのか!リーベルタースは今一番冒険者協会で幅利かせてるクランだ、大冒険祭に参加する若者いびっても誰も文句が言えないくらいには力がある。そうか、そうだったのか…やべぇ、今一番会いたくないクランに会っちまった。
「……んん?おい、こいつ…」
そして更に最悪なことに悪漢の一人が何かに気がついたように指を差す。まずい、バレた…このままストゥルティを呼び出されたら俺殺される。
まずい、すぐに逃げようウォルターさん!そう俺が振り返ろうとした瞬間悪漢は指を差して声を上げ。
「ステュ──」
「何をしているのかね」
「うっ!?」
否、声を張り上げた瞬間…別の男が声を上げたのだ。あまりに野太く、あまりにも冷たく、冷徹で…恐ろしい声音。その恐怖を与えるような声音に怯えて俺を指差していた冒険者も思わず口を閉ざし。
「喧嘩ですか?往来ですよ」
声の主は近くの人混みをかき分けて現れるんだが…これがまた仰天するような見た目なんだ。
(うぉっ…なんじゃこいつ…でっけぇ、その上に顔怖え…)
現れたのは、マレウス王国軍の制服を着込んだ巨漢。筋骨隆々で俺なんかパンチ一発でぶっ飛ばせそうな太い腕にデカい拳を持ち、色素の薄い金髪をオールバックで固める。しかも顔は傷跡だらけで二度見してしまうくらい怖い。
だというのに男は制服をきっちり着込み、眼鏡をかけて理知的に振る舞い、その印象とはかけ離れた落ち着いた様子で俺達の仲裁に入るんだ。
見ただけで分かる、只者じゃねぇ…なんだこいつ。そんな風に見上げていると大男を指差し冒険者はアワアワと口を震わせ。
「だ、ダイモス…さん。なんでお前が、あ…いや…なんでアンタがこんな酒場に」
「出勤途中です。見たところ貴方は冒険者のようですが…?まさかこんな往来で問題など起こしてはいないでしょうね」
「い…いや…別に」
あのリーベルタースが、借りて来た猫みたいに怯えている。俺相手にあんなにイキリ散らかしてたのに…というかダイモス?なんかどっかで聞いた名前だけど。
なんで首を傾げているとハッとウォルターさんが何かに気がつき。
「ダイモス…まさか、協会監査官のダイモスか…!」
「え…協会監査官って、あの!?」
協会監査官…それはつまりマレウスという王国が冒険者協会を見張る目であり、裁く為の法典であり、協会を縛る鎖そのもの。
冒険者協会を外部から監視し、違法な行為を行なっていた場合王国に報告を行う事を職務とする存在であり、同時に協会が王国に叛かないかを見張り続ける瞳そのものでもある。だから例えば監査官がこう言えば……。
「ふむ、貴方達所属クランは?言わずとも分かりますリーベルタースですね。この一件は上に報告を行います。リーベルタース団員が往来で乱闘騒ぎを起こし街の秩序を乱していたと」
「ちょっ!ちょっと待ってくださいよぉダイモスさん、俺達ぁ何も一般市民の皆さんには何も…」
「そうっすよぉ、勘弁してください…」
監査官が報告する…と言えば冒険者は頭を下げるしかない。なんせ監査官の報告で王国は協会への態度を考える。何か問題を起こせば協会そのものに王政府が通告を行い、問題が解消されない場合司法へ話を持っていくこともできる。
そんなことになったら協会も冒険者を庇えない、そいつの冒険者資格を無期限失効処分にして手打ちにしてくださいと謝罪するしかない。つまり監査官の言葉一つで冒険者は呆気なく失職してしまうんだ。
冒険者達から悪魔のように嫌われる存在…それが協会監査官。因みにこれになるには司法の知識と冒険者を相手に立ち回れる頭と腕っ節がなければなれない。王国軍切ってのエリートがなる職だ。
一応、俺の同僚にはなるんだが…ちょっと格が違う、向こうの方が持ってる権利の数が多すぎる。なんて臆しているとダイモスはチラリとこちらを見て。
「貴方、よく見れば冒険者ではありませんね?」
「え!?俺!?」
「ふむ、制服から見るに近衛騎士ですか…。女王の剣たる人間がこんな場所でこんな連中とつるんでいるとは、あまり感心しませんね」
「え、えぇ…」
「気をつけろステュクス、協会監査官は司法と行政のトップに直接連絡を取る手段を持つ、つまり…」
ウォルターさんの小声に小さく頷く。監査官は協会の動向を報告する為国のトップに直接連絡を取れる。つまりここで俺が下手な事を言えばレナトゥスの耳に直で話が行く、それがレギナの立場を危うくする可能性だってあるんだ。
冷徹な視線でこちらを見るダイモスに俺はぺこりと頭を下げ。
「す、すみません。俺も軽率でした」
「軽率でしたで済まされる話ではありませんが、まぁいいでしょう。私は軍法会議に掛け合う手段は持ちません、ここは…本業を励みます」
するとダイモスは俺から視線を外し、パタリとどこからか革製のメモ帳を取り出しそこに幾つかの文を書き込んでいく。
「往来での迷惑行為、暴力沙汰による民衆へ与えた恐怖の損害、そちらの酒場への補填、諸々ガンダーマン会長とレナトゥス様へ報告します。今度こそリーベルタースは解散させていただきますよ」
「だ、だから…」
「言い訳は結構、結果が全てですので。全く…やはりリーダーがリーダーなだけある、ストゥルティなんぞに付き従うゴミはこの街には不要なんですよ」
ちょ…ちょっと言い過ぎじゃないか、確かにリーベルタースは迷惑だったかもしれないが一般人には手を出してないし、リーベルタース側の話も聞かないし、何より言葉が苛烈過ぎる。
ダイモスの様子はなんだかおかしいように思える、なんか…使命として、職務に殉じているというより、リーベルタースそのものに私怨があるような…。
「ッテメェ…いい加減にしろよ!」
「俺達は好きに罵倒してもいいけどよ!ボスまでバカにするんじゃねぇよ腐れエリートが!」
するとどうだ、リーベルタース側も黙ってられない。もう後に引けなくなったからか顔を真っ赤にして激怒し、拳を握って吠え出すのだ。
やばい、荒事になる…俺でさえ分かるというのにダイモスはそんな冒険者達を鼻で笑い。
「バカにバカと言ったまででしょう、私としてはいずれ崖下に転落することが目に見えているトロッコに何故貴方達が嬉々として乗り込んでいるのか、理解に苦しんでいるんです」
挑発する、そんな事されたらもう…メンツで生きてる冒険者は後に引けないぞ!
「ッこの野郎ッッ!!言いやがったなッッ!!」
「あ!」
殴りかかる、冒険者達が纏めてダイモスを殺してやろうと、自分達のリーダーを詰られた恨みを晴らすように、ダイモス目掛け飛び掛かる。まずい、流石にあの人数じゃいくら王国軍の兵士だって言っても怪我じゃ済まないぞ…!
咄嗟に俺も間に入ろうとしたが……遅かった。
「監査官への直接的な暴力行為、これは流石に容認出来ませんね」
「ぁ…が………」
遅かった、ダイモスが…秒で片付けてしまった。殴りかかって来た冒険者を相手にその巨体を遺憾無く発揮し、鋭い拳で顎を砕き、槍のような蹴りで腹を打ち血を吐かせ、落雷のような拳骨で冒険者を潰し…そしてマントのように広い掌で冒険者の頭を持ち上げ、ギリギリと締め上げ、ズレた眼鏡を掛け直しため息を吐いている。
つ、強い…ありえねぇくらい強い。こいつその辺の兵卒なんか目じゃねぇくらい強いぞ。下手すりゃ軍団長…いや、それ以上だ。
「ぅ…ぐっ…ごぇ…」
「全く、雑魚が私に勝てると思いましたか?このダイモス・フォルティトゥドに…」
(え?フォルティトゥド…?)
「ともあれ、大冒険祭終了後に、リーベルタースは解散させて頂きますのでそのおつもりで」
そういうなりダイモスは冒険者達をその辺に捨ててサラリと立ち去っていく。こいつもメチャクチャやってんな、けどそれ以上に気になったのは。
フォルティトゥド…その姓には聞き覚えがある。フォルティトゥドってのはつまりアレスさん。俺の教育係であり元ソフィアフィレインのメンバー『戦士』のアレス・フォルティトゥドと同じ姓。
アレスさんと同じってことはつまりハルさん…ハルモニア・フォルティトゥドと同じでもある。アレスさん、ハルさん、そしてその兄ストゥルティ…そいつらと同じ姓を持つことに俺は驚いていた。
まさかストゥルティと同じでハルさんの兄貴?でもハルさん、ストゥルティ以外に兄がいるようなことは言ってなかったけど。
「な、なぁあんた」
「ん?」
俺は気がつくとダイモスを呼び止めていた、肩越しにこちらを見るその目は、何処かストゥルティに似ていて…。
「あんた、フォルティトゥドって…」
「ああ、…知っていますか。ええそうですよ?私はアレス・フォルティトゥドの孫ですが、それが何か」
「ってことはハルさんの!?」
「ハル…ハルモニア?何故貴方が私の従姉妹の名前を…」
あ、従姉妹なんだ…。しかしダイモスは俺の顔をジロジロ見て、何かに気がついたように踵を返して俺の方に向かってくるなり。
「なるほど、君がお婆様の言っていたハルモニアの婚約相手のステュクス君か」
「あ…!いや…」
しまった、と内心で感じた。この流れはまずい、ハルさんと俺の婚約が知られ、それが親族の耳に届く…以前はこのシチュエーションでどえらい目にあった。そうストゥルティだ、こいつも同じ反応を取らないとも限らない。
咄嗟に俺は身構えたが、それ以上にダイモスは早く、バッと手を動かし…。
「歓迎するよステュクス君、君は私の家族になる男だ」
「え?」
さっきまでの悪人面を柔和に綻ばせ、ダイモスは俺の手をキュッと優しく握り…笑顔を見せたのだ、それはストゥルティの反応とは…まるで逆。寧ろ結婚を歓迎するような口振りでニコニコと笑って俺の肩を叩くんだ。…何これ。
「なるほどハルモニアもいい男を見つけた、近衛騎士の旦那とは親族達も鼻が高いだろう。いつまでも独り身でまさか結婚する気がないのではと気を揉んだが…杞憂だったか」
「えっと、その…反対しないんです?」
「する物か、君はその資格がある。ハルモニアはあれで気立てがいい良い女だ、君を立てて立派な子を産むはずだ、その時はまた酒を酌み交わそう。その頃にはステュクス・フォルティトゥドになっているだろうしね…親族達の集まりにも参加出来るだろう」
な、何言ってんだこの人…というか結婚って婿入りで確定なんだ、別にいいけど…子供を作ることまで決められているようで、なんかちょっと…気持ち悪い。そもそも俺結婚する気ないんですけど…。
「あの、俺実はハルさんとは結婚する気は…」
「結婚する気は……何かな?」
「グッ…!?」
しません!と言いかけた瞬間俺の肩を掴むダイモスの手に力が籠る、まるで…逃げることは許さないとばかりに、顔は笑顔だが…目が笑ってねぇ。なんだ、なんなんだこれ。俺一体何に巻き込まれてるんだ…!?
「大冒険祭が終わったら私も手が空く、そうなったら早速式を挙げよう。いい場所を知っている。君は将来の義弟だ、私が全て面倒を見よう…だから君も楽しみにしていなさい」
「ア、ハイ……」
「フッ、その頃にはストゥルティも放浪しているだろうし…大冒険祭の終わりが今から楽しみだ。それではね?ステュクス君」
バンバンと念押しするように肩を強めに叩くダイモスの怪力で、危うく肩が外れそうになる。まるで絶対逃げるなよ…と言っているようだ、ヤベェ…やっぱ口にするんじゃなかった。
「ステュクス、君は一体何をしたんだ…」
「こっちが聞きてぇっすよ…」
立ち去るダイモスの背を見送りながら俺とウォルターさんは唖然とする、ダイモスは俺とハルさんの結婚を望んでいる?そんな風には見えないぜ俺。なんか頻りに親族親族って、なんなんだフォルティトゥド家って。
「しかし、まぁ悪くないんじゃないかな?ステュクス・フォルティトゥドも」
「勘弁してくださいよウォルターさんまで…俺まだ結婚する気なですって」
「だがフォルティトゥド家と言えば王国切ってのエリート一族だ、そこの仲間入りが出来るならこれ以上はない気がするが…」
「え?そうなんですか?」
「知らなかったのかい!?」
そこから俺はウォルターさんから初めてフォルティトゥド家の話を聞いた。
フォルティトゥド家と言えば王国軍の要職を数多く押さえるエリート一族らしく、アレスさんの息子や娘、孫息子や孫娘達が軍の仔細を決める権利を持っておりどいつもこいつもインテリな上にバカ強いらしい。
思えばアレスさんも元は軍部の教官を務めていたし、ハルさんもあれ出来て実は軍人だしそういうところもあるのか…とするとダイモスはそのうちの一人ってことか?だとすると、ストゥルティは一体何をやってるんだ?アイツもフォルティトゥド一族なのに、一族の名前を捨てて冒険者なんて…。
「あ、いや…やっぱなしだ、確かフォルティトゥド家の大多数が今はレナトゥス派の筈だ。婿入りするとステュクス、君は針の筵だろう」
「そうなんすね…」
なーんか、ややこしい家庭事情がありそうだ。そして俺は時事を全く教えられることなくそのややこしい家庭に巻き込まれてつつある。
アレス…ダイモス…ハルモニア、そしてストゥルティ…。フォルティトゥドで繋がるなんかよく分からん包囲網のど真ん中に叩き込まれた俺の運命や如何に。いやマジで、これこのまま行くと結婚云々以前に俺…どう足掻いても殺される未来しか見えないぞ。
…………………………………………………………
「へぇー、ステュクス結婚するんだ」
「しないですって!」
それから俺は城へと向かい…取り敢えず頼りになる大人に相談しようと思い立ち、今こうして中庭にいる。相談相手は東部最強の神将オケアノスさんと俺の師匠ヴェルトさんだ。元々神聖軍であるはずの二人はクルスの死後何故か城に居座り客将としてレギナの護衛をやってくれているんだ。
とは言え、客将なのでこちらに命令権はない。なので日中は中庭でサッカーやってるんだけどね、本当に羨ましい生活だよ。
「そうはいうけどさー」
オケアノスさんはポンポンと足先でボールを蹴りながら、中庭の芝生の上で正座する俺を見て…。
「すりゃいいじゃん結婚、望んでる人がいるんでしょ?」
「そうは言いますけど、したらストゥルティに殺されるんですって」
「じゃあしなきゃいいじゃん、命が一番でしょ」
「しなきゃダイモスに殺されそうなんですって」
ストゥルティはハルモニアと結婚するなと言う、したら殺すって言う。ダイモスはもう俺が結婚するつもりでいる、しなきゃ何をされるか分からない。そしてハルさんは何も言わず俺と結婚しようとする。
もうどうすりゃいいか俺も分からないですよ、だから貴方に相談してるんですオケアノスさん。しかし彼女は面倒くさそうにため息を吐き頭の上にボールを乗っけて…。
「メンドクセー…好きにしろよもう」
「だーかーらー!好きに出来ないんですよー!クソォーっ!出来たら俺だってやってらァーッ!!!」
バターン!とその場に倒れジタバタと両手足を振り回して暴れる。好きにしろって出来ないから言ってるんでしょ!?クソがーっ!他人事だと思って楽観視しやがってー!
「ヴェルト師匠〜!どうか知恵を貸してください〜!」
「いや俺に言われても…、お前もよくもまぁそんなどうしようもないドツボに嵌まれたな…」
「俺なんもしてないんすよ〜!」
ほんと、なんでこんなことになっちまったんだろうな…。フォルティトゥドだかなんだかしらねぇけど勝手やるなら他人巻き込むなよ…。
「だからさー」
すると、そんな風に暴れている俺を見下ろすオケアノスさんはやれやれと首を振り…。
「好きなようにしろって言ってるでしょ、ステュクス…君はどうしたいわけ?」
「え?……」
「結婚しようがしまいが殺されるんでしょ?ならもう好きな方選んじゃえよ」
……確かに言われてみればその通りかもしれないな。結局どっち選んでも同じなら、好きな方選んだ方がお得だ、じゃあ俺はどっちを選びたいんだ?ハルさんと結婚したい?したくない?
そりゃしたくない、だって結婚する気がないから。
じゃあハルさんは嫌いか?別に嫌いじゃない、寧ろ好意的だ。拒絶するほどの理由も今のところない。じゃあしてもいいんじゃないか?でもする気ないしな。
「うーーん」
「はぁ、生真面目なんだから」
「結婚はしたくないっす、けど結婚を断る理由もないっす」
「そう言うとこだぞー」
でも、やっぱり結婚しない側を前提として話してるから、俺は結婚したくないのかな。よく分からない、はぁ…どの道答えは出ないか。
「ステュクスやい」
「ん?どうしました?師匠」
すると、ヴェルト師匠はこちらを見て…なんだか呆れ混じりの顔をして。
「ともあれ、結婚するなら俺を呼べよ。祝辞述べるからさ」
「いや結婚はまだしませんって」
「そうだけどさ、ああ…それと言い忘れてたけどさ。俺もう直ぐしたらこの城を離れるから」
「え?」
なんかサラッと凄いこと言われなかったか?と俺は起き上がりながら師匠の方を見る。何?もう直ぐここを離れる?
「え?なんで離れるんすか」
「ちょっとな、俺の協力者だった人が死んだみたいで…それ関係でちょっと南部に行く」
「じゃあ俺も行きます」
「来なくていい、お前は近衛騎士の仕事があるだろ」
「いやいや、行きますよ俺。そもそも師匠に会いたくて俺は旅を始めて…」
「で、結果騎士になったんだろ。なら最後まで王の側にいろ…騎士として半端なことするなら許さんぞ」
「う………」
師匠に怖い目で睨まれてしまった、師匠は騎士としてのあり方についてはちょい厳しい。まぁでも確かに俺もいつまでも師匠にくっついているのもな…でも。
「帰ってきてくれますよね」
それでも寂しいもんは寂しい、だから頼むからまた帰ってきてくれ…また何処かへふらっと消えて探しに行かなきゃいけなくなるのは嫌だ、そう言ったんだけど…。
「さぁな、俺に教えられることはもうない」
「そんなぁ…」
師匠はそう言ってプイッとそっぽを向いてしまう。そんな事言わなくてもいいじゃんか…でもまぁ師匠もやることがあるみたいだし、しょーがないか。
「と言うかステュクス、そろそろレギナ様のところへ行け。仕事だろ?」
「そうでした、また相談に乗ってくださいねー!」
「うーい」
「はいよー」
取り敢えず、何も解決はしてないけど…今は仕事に移るとする。どの道ここで考えてもしょうがないんだ、なら今は一旦忘れよう…うん。
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それから俺とレギナはいつものように庭先にて茶を嗜む。レギナと一緒に公務を片付けそれが終わったらここで茶を飲む。それがここ最近のルーティンになり始めているんだ。
マレウス王宮のお茶ってのは美味しいんだ。最近いい茶葉ってのを沢山飲む機会に恵まれたからか…俺もそれなりにに分かるようになったんだ、茶の味が。
今日の茶葉はそれなりにいいヤツだ。なんでも北部で作られたお茶の葉らしい。流石はマレウスの食料供給を支える大農地と呼ばれる北部カレイドスコープ領…いい茶葉作るねぇ。
「いい茶葉だなぁ」
「今日はいい天気ですしねぇ」
ああ、全くもってその通りだ…平和ってのはこう言うのを言うんだろうなぁ。
……うーーーんなんか嫌な予感がしてきたぞ。これは俺の経験則なんだけどさ、こう言うなんでもない平穏ない一時を過ごしている時こそ、足元にとんでもないトラブルが忍び寄ってきていたりするんだ。
例えば、前はこうやって茶を飲んでいたところにルビーがやってきて、その結果俺はストゥルティに恨まれることになった。もしかしたらまた…似たような事が。
「大変よステュクス!レギナ!」
ほら来た…、庭園の向こうあら走ってくるのはカリナだ、しかもかなり…鬼気迫る表情。マジかよ、なんかトラブルか?
「どうしたよ、何があったんだ…」
「何呑気にお茶なんて飲んでるの!?サイディリアルの…いや下手したらマレウスそのものの危機かもしれないのよ!?」
「え?…そのレベル?」
俺個人に降りかかる危機じゃなくて…国家存亡レベル?ちょっとそれは洒落にならないなと俺はレギナと視線を合わせる。だが一体何があったってんだ?そう伺うようにカリナに聞いてみると…。
「ボイコットよ!それも…冒険者協会が!仕事を全面的にボイコットしたの!」
「は、はぁっ!?」
「冒険者が仕事をしないとマレウスは直ぐに魔獣被害だらけになる!なんとかしないと!」
突然言い渡された…冒険者協会によるボイコット。それは俺がどうのこうのというレベルの話ではなく、マレウス…いやともすれば人類そのものにさえリスクを負わせるほど、とんでもない大事件である。
しかし…なんたっていきなりそんな事になってんだよ!?




