629.魔女の弟子とエリスとクレア
アジメクには二人の伝説がいる。往々にして魔女大国の中では比較的大人しめの戦力であったアジメク、或いは魔女大国最弱とも呼べるそんな国に突如として変貌させたのが、当代の魔術導皇。
名を魔術導皇デティフローア…圧倒的な魔術の才覚を持ち、国際的な知見も豊かで新しい技術の導入に抵抗がなく、それでいて常に見えない脅威に備えるような国政はアジメクの戦力事情を劇的に向上させた。そして…そんな彼女の心に応えるように同時期に生まれた天才が二人。
一人が黒金の絶望クレア・ウィスクム。
先代騎士団長ヴェルト・エンキアンサス同様目覚ましい成績を残し士官学校を卒業、その後少しのブランクを開けてから騎士団に正式加入。それから凄まじい勢いで功績を上げながら実力を高めあっという間に歴代最強の騎士団長の座に座った現アジメク最強の使い手。
そしてもう一人が孤独の魔女の弟子エリス
孤独の魔女レグルスの弟子として世界各地を巡り修行に明け暮れ絶大な力を手にした求道の術師。アジメクには駐在していない為あまり数えられることもないが一応彼女もアジメクの人間でありアジメクの戦力だ。その実力は既に世界トップクラスの域に達しており…魔女大国最高戦力と比べても劣らないほどだ。
アジメクの兵士達は言う。クレア・ウィスクムとエリスは…結局どちらが強いのだと。勿論強い方が正式にアジメク最高戦力を名乗るべきだし、使い手である以上優劣はつけられるはずだ。
だが、そこはなんと言うか…機会に恵まれなかったとでも言おうか。エリスとクレアはそもそも姉妹分のような仲であり顔を合わせれば抱き合いながら思い出話に花を咲かせるくらいには良好な間柄。その上騎士団長として多忙なクレアと世界中を旅するエリスではそもそも腕を比べ合う機会すらやってこない。
だからこそ、今までなあなあになっていた。どっちが強いか…と言う問題が。
そして今、その問題に…答えが出る時が来た。
「クレアさん、準備はいいですか?」
「私はいつでもいいよ、エリスちゃん」
軽くストレッチを始めるエリスと黒剣を肩に背負うクレア、場所はアジメクではなくエトワール。城の中庭…と言ってもかなりの広さを誇る広大なスペースにて、降り積もる雪の中二人は睨み合う。
きっかけはなんでもない事だった。ただばったり会って、クレアさんが手合わせの相手を求めていたから…エリスが応じた。それだけだ、たったそれだけでアジメクの兵士達を長年議論させてきたどっちが強いか問題に決着がつく時が来た。
「最後にしっかりやったのはいつだっけ」
「エリスがデティと出会う前です」
「ああそうだった、あの頃は戦い方もてんで素人で加減し損ねて潰しちゃう所だったね」
クレアさんとは何度か模擬戦という形で手合わせはしている、だがしっかりした実戦形式でやったのは皇都に着く前のアジメクの彩絨毯での一戦のみ。あれ以降正式な形で戦わず、互いに修練に励んできた。
あの頃のエリスはひたすらに弱かった。今思えばあまりの情けなさに涙さえ出てくるほどに…だが、それからエリスも強くなった、クレアさんも強くなった。あの時とはまるで違う状況になったんだ。
「今度は、あの時のようには行きません」
「上等、私に見せてよ。エリスちゃんの成長と…レグルス様の指導の賜物を」
グッ!とエリスが拳を握れば、クレアさんも肩に背負った剣を下ろし鋒をエリスに向ける。
「クレアさん、覚醒はどうしますか?使います?」
「あった方がいいでしょ」
「なら魔術もありで?」
「無しなら私が勝っちゃうよ」
「怪我は?」
「多少ならあり、殺しは無し」
「なら…負けた後の言い訳は?」
「いいね、聞きたいよ」
「そうですか、よかった…なら考えておいてください、クレアさんの株を落とさない、言い訳を…!」
全身に魔力が激る。今日は最初から全力だ、その結果クレアさんを瞬殺してしまうならそれそれで良い。ただ…今あるエリスの全てをこの人にぶつける!
「魔力覚醒ッ!『ゼナ・デュナミス』ッ!」
「いいねぇ…ノッてきた!」
覚醒を行うエリス、同時にクレアさんも全身に魔力を巡らせる。肉体の強度を高める魔力遍在、トラヴィスさんとの修行でみんなが会得したそれをクレアさんはエリス達以上の練度で発揮し足元の雪が吹き飛ぶ。
準備は出来た…いざ!ここで決着を!
「冥王乱舞!」
「魔力覚醒ッ!」
そして、二人のアジメク最強は…一切の甘え、躊躇、情けを捨てて…動き出す。
「『一拳』ッ!」
「『神閃のミストルティン』ッ!」
衝突する拳と黒剣、その衝撃により雪が円状に舞い上がり大地が一瞬沈み込む。何もかもを跳ね除ける超絶した力が正面からぶつかり合い行き場をなくした力が四方に霧散し爆発と言う現象になって生じたのだ。
『うわぁぁ!』
その衝撃に後方から声が上がる、恐らく見物人だろう。なんか聞いたことある声な気がするが今はそんな事に気を向けている暇はない、何故なら。
「しぃぃ〜〜……!」
既に、クレアさんが次の行動に移っている。剣を引いて振りかぶりながら更に一歩踏み込んできた、爛々と輝く眼光と歯茎を見せる勢いで牙を剥くその様相はもう怪物…いや鬼神の一言だ。
「ちぇぇぇええりぉおおおおおお!!!」
「フッ……!」
怒涛、その一言に尽きる。成人男性を上回る重量を持つクレアさんの『黒剣』…それを片手で、まるで棒切れでも振るうように機敏に振るいエリスの領域を次々と制し後方へ追いやる。
重く、早く、鋭く、抜け目ない攻め。以前戦った時よりも更に高次元に位置する物の根底にあるやり方は変わらない。この人は昔から…常に攻撃の主導権を渡さない超絶攻撃特化型のインファイターなんだ。
「『神閃のミストルティン』ッ!」
「ぐっ!?」
そこから更に爆発するような急加速で放たれた光の一撃にエリスの体は防御の上から吹き飛ばされる。
話には聞いていたが…味わうのは初めてだ。クレアさんの覚醒『神閃のミストルティン』…覚醒の中では比較的スタンダードな肉体進化型の中にあって更に異色の覚醒。
内容は単純、一秒にも満たない一瞬の間のみに凝縮した覚醒にて研ぎ澄まされた一撃を放つ。時間を一瞬に限定することにより通常の肉体進化型では再現出来ないような速度と強化幅を実現し、その上覚醒を行っても殆ど消耗しない為連続で覚醒を行うことが出来ると言うあまりにも効率に特化した内容。
四年前の戦いにおいて、師匠の体を乗っ取ったシリウスを相手に一太刀を浴びせ『あまりに無駄がない覚醒』とまで褒めさせた完成された覚醒。それが今エリスに牙を剥く。
「くぅっ…一瞬ではある物のエリスの冥王乱舞の反応さえ上回りますか!」
「面白い技を身につけたね!エリスちゃん!それが貴方の答えね!」
緩急をつけるようなクレアさんの攻め、通常時は巧みにエリスの逃げ道を塞ぐように立ち回り、そしてそこに挟み込むように放たれる神閃のミストルティン…防ぐので精一杯だ。覚醒も一瞬だから弱点らしい弱点もないし。
流石に強い、けど…エリスだって強くなったんだ。
「冥王乱舞・『逆風』ッ!」
普段は推進力として肘や足裏から放つ魔力の超噴射を逆に手の先から前面に向けて放つ。それが大地に向かって放たれ、目前の雪を一気に舞い上げる。
「む、雪の煙幕…!」
そう、舞上げられた粉雪が煙幕のように機能する。その瞬間クレアさんの動きが止まる、白に染め上げられた世界の中で剣を構えたまま視線を流し。
(けど無駄だよ、…『魔視の魔眼』!)
開眼するのは魔力を見る魔眼。それにより雪の向こうにいるエリスを見つけようと目を凝らす。それが煙幕を張られた時の定石だ、魔眼により相手を見つけようとするのはある一定の段階に至った者にとって当然の所作。故にエリスはそこまで読んでいた。
(え!?エリスちゃんが増えた!?)
雪の向こうに見えるエリスの姿が、突如として八体に増え文字通り八方向に飛び別れたのだ。分裂する魔術、そんな物をレグルス様は与えたのかと驚くクレアさん…しかし、違うんだなぁ!
(あ!違う!これは──)
「冥王乱舞・『星線』ッ!」
「チィッ!!」
ガツンと響き渡る金属音、クレアさんの意図しない方向から飛んできたエリスとの超加速による飛び蹴りを咄嗟の反応で動き剣で防いだのだ。だが防御姿勢が十分でなかったこともありクレアさんの体はボールのように吹き飛び雪の上を転がる。
よしよし、上手くいったな…!
「チッ、防壁を切り分けて囮にしたか…魔視の魔眼で見られることも予測しての動き、やるわねエリスちゃん!」
「エリスも色んな奴と戦ってきたので!」
雪の中でエリスがやったのは…エアリエルの御影阿修羅のモノマネだ。正直アレを完全に模倣することは難しいが、エリスの体の形を真似た防壁を八つ作ることは出来る。それらを切り分けて八方向に飛ばす…すると魔力を見る魔眼では本物のエリスと区別がつかない。故に一瞬思考に空白が生まれるのだ。
…これもエアリエル戦で学んだ事だ。奴との戦いで嫌と言う程見せられたからね、こう言う経験は国で修練を続けるクレアさんには得られないものだ。
「フッ、アハハ。まさかこの私が瞬間の読み合いで上回られるなんてね…立派になったねエリスちゃん」
「はい、なりました。今のエリスは強いですよ、クレアさん」
しかし、正直に言うと今の一撃でクレアさんにそれなりの痛手を喰らわせる予定だった。もう完全に当たる!ってところまで行ったのに、当たる直前で反応して来て剣で防がれた。仰天の反射神経だ、普段どんな生活してたらそんな反射的に動けるんだってレベルの。
「ふふふ、エリスちゃん。私が昔言ったこと…エリスちゃんなら覚えてるよね。昔あの花畑で戦った時、私がエリスちゃんにあげたアドバイス」
駆け抜けるクレアさんの斬撃が無数に飛び交いエリスを追い立てる、こちらは冥王乱舞で引いているというのに一向に距離が離れない。クレアさんは踏み込みの一瞬に『神閃のミストルティン』を合わせ超加速を行っているんだ。覚醒の練度が違う…ってやつかな。
「遠距離で戦うなら遠距離での戦い方を、近距離でやりたいなら近距離で。どっちつかずの戦い方だからエリスは弱いと…あの時のアドバイスのお陰でエリスは今の戦い方を確立出来ました」
クレアさんがはっきり言ってくれたから、エリスは近距離主体の魔術戦と言う極めて珍しいスタイルを確立出来た。エリスは近距離も遠距離も得意だが…どっちも出来ると言うのは逆を言えば器用貧乏になりかねない。だからどちらかに軸足を置けとクレアさんはアドバイスしてくれた。
だからエリスは今、こうして立っていられる。アジメクを発ってから経験した無数の実戦を生き抜くことができたんだ。
「覚えてたか。その結果…エリスちゃんはこうして私を相手に至近距離で打ち合えるくらい強くなったと。嬉しいよ、今国内で私とここまで張り合えるのはエリスちゃんしかいない」
「ッ……」
振り下ろされた黒剣を両手の籠手で受け止めギリギリと火花が散る。押し返せない、こちらがいくら押してもクレアさんの剣を押し返せない…なんて剛力だ。
「ッ…アリナちゃんとか護国六花とか強いのは他にもいますよね」
「アリナはまだ若過ぎるし、はっきり言うとメロウリースや他の護国六花は私の足元にも及ばない。弱いわけじゃない、私達が強すぎるだけ」
「なるほど…それは、つまらなかったでしょう」
「ふふ…」
エリスの言葉に、クレアさんは吹き出すように笑う。だってそうだろう、極めた技を使えないと言うのは…スッキリしない。ある意味ではカルウェナンの言っていた極めた技を扱う場と機会に恵まれないのは不運だ…と言う話にも通ずる。まぁエリス達はそう言う場を求めて違法な組織に所属したりはしませんが…それでもつまらない物はつまらない。
「ええ、そうです。つまらないわ、とってもね…アジメクは私一強の天下、そこに陰りを見せるのがエリスちゃんだとはね。いや寧ろ当然か、レグルス様の弟子なんだし」
「勿論です、エリスは最強になりますから。魔女の弟子でも…アジメクでも、そして最後には世界最強になります」
そして、エリスとクレアさんの力が弾け…互いに距離が生まれる。接近戦じゃあまだクレアさんの方が上、だったら遠距離?そんな眠たいこと言いませんよ。向こうが得意な距離で戦る、それが礼儀だ…。
「ならここで、私を倒さないと意味がないわね!」
「ぶっ倒してやりますとも!!」
昂る意欲、戦意が燃え上がり更に一歩互いに踏み込んだ領域へと戦いのステージを広げる。剣と魔術、意地と誇り、両者共に持てる全てを以てして───。
「ちぇりぉおおおおおお!!」
「おらぁぁあああああ!!」
───殴り合う。ただ常軌を逸した衝撃と振動を生みながら、ひたすらに二人は殴り合う。
……………………………………………………………
「あの二人は、他国で…しかもその王城で戦ってると言う意識はあるんでしょうか」
中庭の戦いを見守るマリアニールさんは深くため息を吐く。エリスさんとクレアさんの戦いは更に激化しもうなんか可視化された災害が暴れ回っているような、そんな末恐ろしさを醸し出す段階に至った。
「事前に防護陣を引いておいて良かった、下手をすれば城に被害が出るところだった」
マリアニールさんは咄嗟に被害を予測して魔術陣で中庭を隔離し、その上で二人の戦いが行きすぎた時のために剣に手を乗せたまま戦いを見守っていた。
そして、そんな様を見ていた僕は…サトゥルナリアは、ただただ圧倒されていた。
(凄すぎる……)
エリスさんは今アジメクの…魔女大国最高戦力と互角に戦っている。魔女大国最高戦力と言えば魔女大国を守護する最大の盾にして魔女排斥組織達に侵攻を踏みとどまらせる抑止力そのもの。
絶対的な実力と隔絶した力を持つ圧倒の存在。僕たちには手が届かない存在に思えたそれと…エリスさんは互角に戦っている。凄い、本当に。
(……僕はマリアニールさんと互角に戦えるだろうか)
チラリと僕はマリアニールさんを見る。マリアニールさんも同じく魔女大国最高戦力の一人だ、じゃあ僕が同じようにこの人と戦えるかと言えば…無理だと言わざるを得ない。だってただ立ってるだけなのに放っている魔力が尋常じゃない。僕なんか飛びかかっても…勝負にならないだろう。
「ふぅ、取り敢えずはこれで良さそうですね。二人ともあまり被害を広げるつもりもなさそうだ、では私は一旦離れます」
「ええ、ご苦労」
そう言ってマリアニールさんは僕と隣に立つエフェリーネさんに一礼をしてその場を去っていく。本当に多忙なようだ。
「エリス…彼女の戦いぶりは初めて見たけれど、なるほど。華奢な彼女にはあまりに苛烈な戦い方だと言うのに不思議と違和感はない。アレこそが彼女の本質…と言うことね」
エフェリーネさんはエリスさんとクレアさんの戦いを興味深そうに見ている。役者であるエフェリーネさんにとってあの戦いは本当に見世物以外の何物でもないと言うのに、とても興味深そうだ。
「……それで」
すると、エフェリーネさんはチラリと僕の方を見て…。
「貴方は、どうしてまたそんな自信のない顔をしているの」
「え!?」
「それで取り繕っているつもり?このエフェリーネを欺くには…まだまだ経験と技量が足りないわね」
フッとエフェリーネさんは笑いながら僕を見る。僕もよくやる、相手の演技を見破り嘘や本音を看破する技…これは何も僕だけが出来る特別な技じゃない。ある程度の役者ならみんな出来る、特に役者として明確に僕よりも上に立つエフェリーネさんなら…尚更だろう。
どうやら、僕の劣等感は…見抜かれているらしい。
「すみません、僕…今みんなと修行の旅をしてるんですけど、僕だけが明確に劣っていて…」
「貴方は役者でしょう、力がないことを嘆く必要はないのではなくて?」
「そうは行きません!僕は魔女の弟子サトゥルナリア、そしてみんなとの友達のナリアなんです。僕だってみんなの助けになりたいし、守りたい。けどそれには…僕はまだまだ力不足で」
「そう……」
するとエフェリーネさんは再び目の前の戦いに視線を移し。
「老婆の域に片足を突っ込んだ年長者として、迷える若人に言葉の一つも残してあげたいけれど…戦いに関して私は素人。有用で具体的な事は何も言えない…けれどね」
エフェリーネさんは腕を組んで、エリスさんとクレアさんの戦いを観察する。その目は観覧にも似ている、ただの観覧じゃない、演劇のプロとして見る観覧だ。至極細かく、あまりにも繊細な観察は隅々まで見通している。だからこそ…その言葉が出るのだろう。
「魔術においても演劇においても、同じく『道を極める』事に変わりはない。そして極められた技術は往々にして似通る部分もある、だからこそ…言わせてもらうわ。サトゥルナリア…自分の星を見つけなさい」
「僕の…星?」
「ええ、…人は星の光に焦がれたからこそ、布に絵の具を塗りつけ、文字を手繰り、歌を唄い、芸術を産んだ。人は見る生き物なのだから…渇望し手を伸ばし、答えを見つけるの。究極の領域とはなんたるかを」
「なんたるかですか、確かに芸術と魔術には似たところがあるかもしれませんね」
魔術の究極は魔道の極致とはなんたるか、その答えを出す事にある。芸術もまた究極の美とはなんたるかを考える事にある。確かな答えなどなく、それこそ天に輝く星に手を伸ばすが如く果てしない話だ。
けどそれでも伸ばし続けなければ届かない。だから伸ばし続けろ…って事なのかな。
「魔術の究極も、芸術の究極も、同じ物であると私は考えるわ。察するに貴方は既に芸術家としては他の追随を許さない領域にいる。魔術として未だ到達出来ていない領域にね」
「そ、そうでしょうか…」
「私が保証するわ。…強くなるには答えを得る必要がある。けど魔術師としてはまだその領域にない、なら視点を変えてみましょう。サトゥルナリア…究極の美とは何かしら。その答えこそ貴方にとっての究極の魔術にも通ずると私は思うわ」
「なるほど…芸術と魔術が通ずるなら、芸術の視点から魔術を捉える…ですか」
それが即ち星であると。なるほど確かに為になる、今の分野で行き詰まったら他の分野からと言うのはよく聞く話だ。
傲慢な話かもしれないが、僕は芸術家としてなら世界トップクラスに居る。魔術師としての経験値より芸術家としての経験値の方が多い。ならその芸術家としての経験値をそのまま魔術師の経験値にもフィードバック出来れば相当なパワーアップしに繋がりそうだ。
しかし、究極の美か。
「僕も、丁度究極の美について考えていました。今度の選考会で披露する劇で…僕は僕の持つ全てを注ぎ込み、僕の成し得る究極の美は何かを追求するつもりです」
「あら丁度いいじゃない、よければ聞かせてくれる?ああ勿論、盗作なんてしないわ。する必要なんてない物…私は既に、知ってるから。究極をね」
だろうね、エフェリーネさんは既に世界最高の芸術家の一人だ。魔術師の世界で言うところの魔女の領域にいるのがエフェリーネさんだ、ならば彼女はもう究極の美を知っているだろう。
ならばぶつけよう、僕の究極の美を。
「まず究極の美とは自身の持つ最大のコンディションから発せられる物であると考えます。そして舞台の全てを掌握するが如く勢いで声を発し一つの世界を形成するんです」
「うんうん」
「ライトアップの角度、背景の壮絶さも必要です。音楽も自らで作り上げ自分の持つ芸術的感性で全てを満たす、不純物は取り入れず自身の感性を信じて一つの演劇を作り上げるんです」
「なるほど」
「そうして作り上げられた演劇は演劇の領域を超え、時間そのものになるんです。観客の皆様の人生、その何百分の一に残る最高の時間…それを作り上げる事こそが究極の美であり、極論を言えば永遠の記憶に残る情景こそが、究極です」
それが僕答えだった、鮮烈にして新鮮、圧倒にして絢爛。その目に焼き付け人生を覆すほどの体験…それを与える事こそが演劇における究極の美。だからこそ僕は僕自身の感性を信じ、様々なアイデアを取り入れた演劇を作り上げる事に熱を入れている。
これが完成すれば、きっとお客様みんなの人生に残る時間を与えられる。それが…僕の答えだ。
「どうでしょうか、これは…究極の美ですか?」
「そうね」
するとエフェリーネさんはにっこりと微笑み。
「ガッカリよサトゥルナリア、貴方まだそんなところにいるの?」
「え?」
しかし返ってきたのは存外冷たい言葉、まるで落第だと言わんばかりの批判だった。
「え?いや…」
「はぁ、貴方は私を超えられる唯一の逸材と考えて目をかけているのに。ガッカリよ、そんな事を今になっても言っているなんて、これでは次の選考会は期待できそうにないわね」
「そ、そんなことありません!」
「そうかしら?でも貴方が言ったのは単なる『技術自慢』や『自分の才能自慢』よ。自分の自己満足のひけらかしを見せられて果たして感動してくれるお客様は何人いるかしら」
「う……」
「それに何?自分の感性の発露?つまるところそれが究極であるなら、感性のない…才能のない人間には究極の美を追い求める資格はないの?なら…貴方自身は魔術の才能がそんなにあるのかしら、あるのなら問題ないけど。もしないと思っているなら、貴方に魔術の究極へ至る資格はない事になるけど」
「………………」
何も言い返せなかった。僕が詰め込もうとしている事全てが…技術自慢?才能のひけらかし?そんなつもりは無い、ないけど…果たして完全に否定出来るだろうか。
僕は本当に、自分の力に驕っていないか?自分の技術と才能を見せ、万雷の喝采を得る事を夢想していないか?それはつまり、僕自身の力を世に見せつけたいだけではないのか。そんな物芸術と呼べるか…呼べないに決まってる。
「技術はあるに越したことはないけれど、技術を誇っていてはそこまでよ。サトゥルナリア」
「………なら、究極の美ってなんなんですか。錬磨した技術、研ぎ澄まされた才覚、それが必要ないのなら、究極ってなんなんですか」
「ここで貴方に言っても、貴方は理解し得ないでしょう。もう少し真摯に演劇と向き合うことね」
「っ………」
そう言うことか、僕はまだ芸術でも究極の領域にない。魔術も芸術も中途半端だから弱いのだ、だがそれならなんなんだ。究極の美って…。
「ただ、そうね。標となる言葉なら授けられるわ」
すると、エフェリーネさんはこちらを見て。目を伏せ…何かを思い返すように数秒置くと。
「私もかつては貴方のように技巧技量を尽くす事こそが美の最上と考えていた。けど…ある日、何気ない…名も知らないような、寂れた劇場に赴いて、空席も疎にあるような客席に座り、お世辞にも技巧が足りているとは思えない演劇を見た時に…気がついたのよ。究極の美とはなんたるかを」
「え?エフェリーネさんが…そんな劇場で?」
「ええ、私も驚いたわ。技巧が関係ないとは言わない、けど…美の究極とはそう言うところに宿るものでは無い。真に美しい物とは…それ即ち───…おっと、これ以上言ったら意味ないわね。あとは自分で考えなさい」
「…………………」
つまるところ、格式も技巧も技量も才覚も…関係ないところに究極の美とは宿ると。いや或いは凡ゆる技量を会得したからこそ『見えた』だけで、究極とはある意味普遍的な物なのだろうか。
分からないけれど…分かる気がする。だって僕は凡ゆる技が尽くされた演劇が好きなんじゃなくて、演劇そのものが好きなのだから。もしかしたらその中に…答えが。
「……………」
「考え、そして星を求めなさい。今の貴方の疑問に答えが出れば…きっと貴方は魔術師としても次の領域に至れるでしょう」
「ありがとうございます、エフェリーネさん」
「別にお礼を言われることではないわ、ただの自己満足よ」
そう言いながら再びエリスさん達の戦いに視線を戻すエフェリーネさんはそれ以上何も言わなかった。究極の美…それは僕の中に確かに残る言葉となった、きっとコーチも…同じような事を僕に言うだろう。
或いはコーチなら究極の美をなんと言うだろう…今までの指導の中に何かそれに類する物はあったかと考えると同時に。
(エリスさん……)
エリスさんの中にもあるのかな。彼女なりの…究極の美、いや究極の美学が。
……………………………………………………
「どっせい!」
「くっ…!」
クレアさんの剣が風を起こし、足元の雪を吹雪の如く舞い上げる。その圧力に思わずたたら踏めばその瞬間を狙うように斬撃が飛ぶ。
エリスとクレアさんの戦いは拮抗の一途を辿る。瞬間的な火力とスピードならエリスの方が上だ、だが反射的な動きと立ち回りではクレアさんに軍配が上がる。総合的な実力では全くの互角、互いに決め手を探れぬ程に拮抗する戦いは闇雲にスタミナだけを削っていく。
「クソッ!!」
日和っていては勝てない!もっと踏み込まないと!そう焦るエリスは斬撃に対し防壁を貼りながら一気に突っ込みクレアさんの懐に潜り込む。
「なぁっ!?剣士の懐に飛び込んでくるとか!」
エリスの咄嗟の行動にクレアさんは一瞬面を喰らうもそこは流石の反射神経と対応力、足元を蹴り上げ背後に向け飛びエリスの接近をほんの一瞬遅らせ着弾までの時間を稼ぐと。
「死にたいわけ!?『神閃のミストルティン』ッ!」
放たれる閃光の一撃、最早目視は出来ない、防壁での防御も不可能、だが──。
「ふんぐぅっ!取った!」
「嘘ぉっ!?」
両手を合わせ振り下ろされた斬撃を白刃取りで受け止める。クレアさんの神閃のミストルティンは速すぎて見えない、けど速度そのものは記憶出来た。後はクレアさんの視線と来るタイミング自体を読めば合わせるように防ぐ事自体は出来る。半分賭けでしたけどね!
でも取った!取ったなら後は!
「『冥天・旋風圏跳』ッ!」
冥王乱舞による加速で強化した旋風圏跳。エリスが出せる最高速を横方向に発生させると、エリスの体はその場でクルクルと回転を始める…クレアさんの剣を掴んだまま。
「うぉおおおおおおお!?!?!?回るぅぅぅ!!!??」
さながら分離機の如く回転するエリスはクレアさんを振り回し続ける。絶大な遠心力が体に掛かり血液が外側に追いやられ血管が破裂する。だが遠心力とは得てして中心よりも外側の方が強く働く物、故に回転の中心にいるエリスよりも外側で振り回されるクレアさんの方がダメージが大きいと言う寸法だ。
そして…。
「でぇええええい!」
「ぐっ!?!?」
回転もある程度の段階までいくとエリスの両肩の関節が外れクレアさんの体が投げ飛ばされる。そのまま地面を転がり雪をクッションに受け身を取るクレアさんを見つつ、エリスは防壁を使って外れた両肩をくっつけ、よし!また行ける!
「ゔっ!ぐっ…なんつー危険な技使うのよ、私以外だったら死んでるけど!」
「クレアさん覚悟ーーッッ!!」
「そしてまだまだ元気だし、チッ…まだ貴方のお姉さんで居たかったけど、しゃあなし!本気出しちゃうよ…!」
するとクレアさんは黒剣を天に掲げると…その剣を円月を描くようにクルリのゆっくり回すのだ。するとどうだ?円月のように回される剣はやがて幾つかの残像を残し…実体化する。
「『黒鉄八手型』ッ!」
(防壁形成で…腕を作った!?)
押し固められた防壁が腕状に変わりクレアさんの背から生える。その数合計六本…クレアさん本来の腕と合わせれば八本の腕が八本の剣を持つ、腕と一緒に魔力防壁の剣も作ったのだ。
あのレベルの防壁を作るのに、どれだけの修練が必要かエリスは知っている。才能と努力と指導とキッカケに恵まれてようやく剣一本防壁で作れるかどうかと言う段階の話なのに、クレアさんはそれを腕と合わせて八本も…この人本物の天才か!
「『八連』…!」
「まずっ…!」
突っ込んだエリスは咄嗟にまずいとブレーキをかける。もしあの腕一本一本がクレアさんと同等のスペックを持ってるなら、今までの攻撃の数が事実上八倍になると言う事…そして多分。持ってるんだろう、同等のスペックを…だってエアリエルがそうだったから。
「『神閃衝』ッ!!」
「ぅぐっっっ!?」
まるで拡散するが如き光がエリスに向けて迸る。一瞬の覚醒で一撃を放つスタイル、魔力覚醒の域を超えた威力を発揮できる代わりに一撃しか放てないと言うデメリットを抱えた『神閃のミストルティン』と言う覚醒…。
そのデメリットを帳消しにする八本の腕。手がつけられないとはまさにこの事。
「私は!バシレウスに速度だけなら迫っていた!けどこの渾身の一撃は奴を傷つけるには至らなかった!だから負けた!」
「くっ!ちょっ!たんまたんま!」
「故に!次は傷つくまで殴る!勝つまで殴り続ける!それが私のスタイルの極致ッッ!!」
ガトリングガンのように飛んでくる高速の斬撃嵐を前にエリスは飛び回り冷や汗を宙に舞わせる。エリスが強くなり冥王乱舞を手に入れたように、クレアさんも強くなっているんだ。エリスがバシレウスに負けたままでは居られないと強くなったように、クレアさんもまた。
エリスとクレアさんは姉妹分だ、強くなるスピードも殆ど同じだ。なら先に戦場に立ちそれなりの成果を上げていたクレアさんの方が先を行くのは当たり前…とはいえ!
エリスは師匠の指導を受けていたんですよ!?この人独学ですよね!?嫌になるくらい天才ですねクレアさん!伊達じゃない…アジメク史上最強の騎士の名は!
「『神閃蜘蛛之手斬り』ッ!」
「防壁全開ッ!」
八つの腕を展開したまま閉じるように同時斬撃を放つクレアさんに向けエリスは防壁を展開しエリスとクレアさんの防壁が鬩ぎ合う。強い、本当に強い…クレアさん。
けど、だが…でもッ!!
「エリスだってね…強くなったんですよクレアさん!いつまでも…自分が上だと思うなッッ!!」
「ぐっ…魔力が更に増加した…!」
エリスだって強くなった。それがどう言う意味か…エリスは今まで凄まじい数の戦いを凌いできた。中にはエリスよりも遥かに強い強敵もいたし、こりゃあ勝てないわ…って戦いにも勝ってきた、それはクレアさんには出来ない経験だ。
それが、エリスの強さとなる。記憶こそがエリスの強さなんだ!
「冥王乱舞!奥義ッ!」
(…何か来る、今までのとは比較にならない何かが!)
吹き出した紫炎を拳の先に集め、包帯のようにグルグルと縛り上げ拳を包むと同時に…叩き込む、それは未だ未完成の冥王乱舞が得た新たな段階にして技。
「『王拳』ッッ!!」
(この風格は…魔女レグルス様!?)
エリスの体から吹き出している紫炎は超濃度になるまで絞って噴出したエリスの魔力そのものだ。それをそのまま防壁に変え薄く伸ばし、エリスの手に巻き付ける事で浸透させ縛り上げる事で強度を増加させ、肉体の中を魔力で満たす魔力遍在で拳を強化し放つエリスの新技。
ラグナの熱拳一発と同じ要領で、カルウェナンの九字切魔纏・闘から着想を得た一撃。それはエリスのひ弱だった拳を…立たせるに至る。
師匠…魔女レグルスの持つ絶倒の魔拳の遥か下層の段階に。つまりエリスのこの拳の延長線上には師匠がいる、これを極めていけば、磨いていけば、錬磨していけば、エリスは師匠と同じ拳を得ることができる。そう言う段階にエリスは立ったんだ!
「ぐぁっっ!?」
「ふぅぅぅ…」
エリスの拳はクレアさんの防御を吹き飛ばし、クレアさんの体を中庭の向こうへと押しやる。と同時にエリスの腕を縛っていた紫炎の包帯が解け、エリスはその手を見遣る。
いい威力が出た、だが足りない。これより上に行くにはまだ何か足りない。何が足りないんだ…ここから先に行くにはどうしたらいい。冥王乱舞と言う超絶した技を更に強化できたんだ、これより上にもいけるはずだ。
「ッ…やるわ、マジで。私が殴り飛ばされるとか、エリスちゃんはもう立派に魔女大国最高戦力級の強さね…」
「ありがとうございます、クレアさん。エリス勝ちますよ」
「かもね、けど…まだ魔女大国最高戦力…『級』よ、座は譲らないからね」
八本の腕を顕現させながら立ち上がり、手招きするクレアさん。まだまだやれるか、ならエリスも…まだまだやりますよ。
「さぁボコッボコにしてあげるから!かかってこいやぁああ!」
「行きますクレアさん!明日以降の仕事はキャンセルしておいてくださいッ!入院するのでッ!!」
「吐かせやぁあああああ!!」
突っ込む、八本の腕と剣を振るうクレアさんと再び魔力の帯で両手を包んだエリス。互いに最高火力を出せる状態で突っ込み…。
「ちぇりぉおおおお!!」
「クレアさんッッ!!」
衝突する力と力、このまま押し切りクリーンヒットをぶつけた方が勝つ。なら臆した方が負ける…勝つなら一歩も引いてはならない。故に拳と剣は火花を散らし何度も何度も激突し…。
「『多重連結神閃衝』ッ!」
「うぉっ!?」
しかし、そこで一手上回るのはクレアさんだ。八本の剣を横に並べた状態で全く同じ場所目掛け波状攻撃を仕掛けるんだ。一撃なら防げる防壁も八連撃となると流石に防ぎきれない。エリスと防壁は容易く砕かれその衝撃に思わずバランスを崩し。
「ゥガァッッ!!」
「っ!?」
そして次の瞬間飛んできたのは剣でも蹴りでもなく、声。クレアさんは牙を剥きながら一瞬で莫大な量の空気を吸い込み、爆裂させるように雄叫びを上げ威圧や魔力と共に声をエリスにぶつけて来たんだ。
反響する声に感覚が狂い、飛んできた威圧に直感が狂い、同時に乗って来た魔力に感知能力が狂い、一瞬エリスの動きが止まる。何が起こっているか頭で理解出来なくなり…。
「貰ったッ!『全身全霊全力全開八連神閃衝』ッ!」
隙だらけのエリスに向けて放たれたのは阿修羅の如き気迫と共に放たれた全身全霊の八連斬撃。魔力を纏い強化されたそれは一瞬で中庭を八等分し土が捲れ上がり耕されたようにめちゃくちゃに荒れ狂う…そしてその中心にいたエリスは。
「ぐぶぅっっ!?」
吹き飛ばされ血を吐き地面に転がる飛ぶ。今のやつ…ヤバかった、殺す気だったら死んでた…!咄嗟に防壁を再展開してギリギリで防げたが、…クソ!待たれた!
エリスを死なせないようにエリスが防壁を再度展開するまでクレアさんが一瞬攻撃を待った、だから助かっただけ!クソクソクソ!悔しい!
「がぁあああああ!!!エリスはまだやられませんよッ!クレアさんッ!」
「いい根性!さぁドンドン来い!」
八本の腕を展開し待ち構えるクレアさんにエリスは再び冥王乱舞で飛び掛かる、めちゃくちゃになった中庭の瓦礫を飛び越え一気に飛来し…。
「おらぁああああ!!」
「ちぇりぉおおおおおおお!!」
もうそこからは泥沼の殴り合い、冥王乱舞による超絶の一撃が大地を揺らし、クレアさんの神閃の連打が大地を抉り、その上で一歩も引かず張り合うように殴り合う。どつき合う。凌ぎ合う。
そうして戦いは激化し、激化し…激化して。
…………………………………………………………………
「他所様の国にッ!迷惑をッ!かけるなッッ!!」
「すんません、デティ様」
「ごめんなさい、デティ」
二十分の激戦の後、エリス達は雪の中正座をさせられ…デティに怒鳴られていた。あれから戦いを続け、一向に帰ってこないエリス達を心配しまた何かあったのかもとメグさんがデティを連れてエトワールにやってきて、この決闘が露見した。
エリス達を最初に見たデティはそりゃあもう顔を真っ赤にした。アジメク出身の二人がエトワールでとんでもないレベルの戦いを繰り広げている事実と、確実に迷惑をかけている現実。怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にしたデティはエリス達を雪の中正座させ…戦いは決着がつかぬまま終わった。
「何考えてんの!?エトワールの!しかも城の中で!二人で戦う!?ヘレナさんに顔向けできないよ私!」
「マリアニールさんがいいって言ってました」
「許可とりました、エリス達」
「そう言う問題じゃないッ!そう言うのはアジメクでやりなさい!いやもう二人くらい強いんならどこでも戦っちゃダメ!」
「ですがデティ、エリスかクレアさん。どっちが強いかをはっきりさせないと…」
「喝ァーッ!!!」
問答無用らしい。まぁ…よくよく冷静になってみればエリスもクレアさんも血まみれ傷だらけ、顔面も青あざで膨れ上がってもうちょっと戦ってたらどっちか死んでたってレベルだし、まぁ止めてくれてよかったのかな。
「どっちが最強とかどうでもいいじゃん、クレアさんは騎士団長として、エリスちゃんは魔女の弟子としてアジメクを支えてくれればそれでいいよ」
「そうはいきません!」
「エリス負けたくないです!それがクレアさんでも!」
「文句を言うな!…じゃあ聞くけど、今回はどっちの勝ちなの?どっちの方が強かったの?」
「私です」
「エリスです」
「ほら、こんな状態で白黒つけられるわけないでしょ。ともかくもう戦うのはダメ!…はぁ、何もないのは良かったけど、まさかアジメクを代表する二人が他国でそんな恥晒してるなんて。ヘレナさんに謝りに行かないと…」
「ところでデティ様、私たちはいつまで雪の中で正座してたらいいですか?寒いんですけど」
「エリスの肩に雪積もっちゃいました」
「私帰ってくるまでそうしてなさい」
「むぅ」
そうしてデティは肩を落としながらヘレナさんに謝罪に向かう。別にヘレナさんも怒ってないと思うけど、必要なことなのかな。この城は頑丈だし簡単には壊れない、そう言うのも見越してここでやったんだけど…まずかったか。
「怒られちゃいましたね、クレアさん」
「ね、でもエリスちゃんも強かった。もう少し圧倒出来ると思ったんだけど…まさか互角とは。本当にエリスちゃんは魔女大国最高戦力と同等の力を得たのね」
「頑張ったので、死ぬ程。でも足りません、まだまだ」
「かもね、エリスちゃんは魔女レグルス様の弟子だもん。私なんかよりずっとずっと強くならなきゃダメですとも、頑張れ頑張れー!」
そう言うなりクレアさんはわしゃわしゃとエリスの頭を撫でる、エリスに殴られてズタボロの顔でクレアさんはにしゃあー!と笑う。結局ケリはつかなかったけど…でもなんだかとても嬉しい。
エリスの姉貴分たるクレアさんが、今もこうして強く在ってくれる事実が。そして何よりそんなクレアさんがエリスが強くなることを望んでくれていることが、嬉しかった。
「まだ旅の途中なんでしょ?なら旅が終わったらまたやりましょう。その時は私ももっと強くなってるので」
「はい!クレアさん!その時はアジメク最強の座は頂きます!」
「なっはっはっはっ!まだまだ若いモンには負けませんとも!」
「んふふふ、…ぶぇくしょぉっい!うう、寒い…もう防壁で冷気を跳ね除ける力も残ってないです」
「あー、デティ様怒らせちゃったなぁ。減給かなぁこれは」
なんて二人で雪の降り積もる中ボーッとしていると…ふと、雪を踏み締めてこちらに寄ってくる影が。
「ん?あんた誰」
「あ、ナリアさん。すみません待たせてしまいましたか?」
「いえ…」
歩いてきたのはナリアさんだ。クンラートさんとお話ししてるはずだったが、どうやら今度はエリスの方が待たせてしまったようだ。これは申し訳ないことをした。
しかし、ナリアさんは怒っていると言うか…どちらかと言うと困惑しているようで。
「どうしました?」
「その、エリスさんに聞きたいことがあって」
「なんでしょうか」
「……えと」
すると、ナリアさんは暫く悩んだように口籠もり…。
「エリスさんにとって、究極の美ってなんだと思いますか?」
「え?究極の美?そんなのエリスに聞かれても分かりませんよ」
いきなり聞いてくるんだ、究極の美って。でもエリスそんなの考えたことないし…第一美とかなんとか、エリスの感覚的にそう言うのは分からない。もしかして演劇のアイデアか何かを聞こうとしているのか。だとしたら完全に相手を間違えている、そう言うセンスはナリアさんの方があるに決まってる。
「分かりますか?クレアさん」
「究極の美?レグルス様でしょ」
「すみません聞く相手間違えました。ともあれエリスには分かりません」
「でしたら、究極の魔術は…なんだと思いますか?」
なんなんだこの質問は、究極の魔術?どう思いますか?クレアさんと視線を移すがクレアさんは『魔術の事はちんぷんかーん』と首を振る。うーん、質問の意図が見えないが聞きたいなら答えるしかないか。
「究極の魔術はどんな相手も一撃で爆発四散させる魔術です、抵抗も許さず防御も許さず、一撃で。強いでしょ?」
「え、いや…そんな具体的ではなく、なんか…こう」
「そうでないのなら、エリスはこの世界で一番凄い魔術は…記憶だと思います」
「記憶?」
そう、記憶だ。エリスにとって魔術とは戦う手段だ、ならエリスはなんのために戦う?それは友達の為に戦う。友達との記憶があるから戦えるし、友達との記憶を支えにエリスは戦っている。
凡ゆる物の根底であり、凡ゆる物の力になる存在。エリスはそれを記憶と呼ぶ、記憶がないなら…エリスはきっとそんなに強くないですし。
「記憶ですか…」
「エリスちゃん、そりゃあ魔術とはちょっと違くない?」
「そうですか?エリスは記憶も魔術を形作る一つだと思ってますよ。まぁ飽くまで捉え方の一つです、ナリアさんはきっと違う答えを持ってるでしょうがエリスに聞くならこう答えます」
「なるほど、流石エリスさんです。なんか…ちょっとだけ掴めた気がします」
そう語るナリアさんの瞳は、先程よりも迷いがないように思えた。まぁ…本人が納得したならいいけどさ、質問の意味くらい教えてほしいな。
「ありがとうございましたエリスさん、じゃあ僕寒いんで城に戻ってますね」
「あ、助けてくれないんですね」
「はい、デティさんに怒られるので。では…」
そう言って答えを得たナリアさんの背中を見送っていると…。
「あの子、なぁんか怪しくないですかねぇ」
「え?」
ふと、クレアさんがそう言うのだ。腕を組んでふむふむとナリアさんの背中を見て…。
「なんでそう思うんですか?」
「………なんか、焦っている感じがする。さっきの質問も多分何かしらの焦燥からくる物だと思うんですよね。だからこう…ああ言う時期の人間って何かを間違えると道を踏み外すかもしれませんよ。友達ならちゃんと見ておいた方がいいかもしれません」
「…………」
ナリアさんの事を知らないクレアさんが何言ってんだと言いたいが、だからこそ見える物もあるかもしれない。そうだ、この人は騎士団長…人を見る目はエリス以上だ。
しかしだとすると、ナリアさんが道を踏み外す?…そう思いたくないが、だが覚醒前の人間はある意味危険な状態にあり、ともすれば修羅道に落ちることもあるとヤゴロウさんも言っていた。
ならそう言うこともあるのか?うーん、あの優しいナリアさんがそんな事をするとは思えないが。
「分かりました、ちゃんと見ておきます」
「そうしなさいな、……で私達はいつまでこうしてればいいのか」
「デティがヘレナさんへの謝罪を済ませるまでですね」
「はぁ〜〜……」
そして五分ほどしてデティはヘレナさんへの謝罪を済ませ、諸々の要件を終えたナリアさん達と共マレウスへ戻ることになったのだが、一緒にデティの連絡を受けてアジメクから転移してきたメロウリースさんにクレアさんは引き取られ、エリスもデティに引っ張られ馬車に戻ってからもお説教をくらったのでした。
……魔女大国最高戦力、なりたかったなぁ。
これにて今年の更新は終了です、本年もまた一年間エリスの旅と戦いにお付き合い頂き本当にありがとうございます。また来年もよろしくお願いいたします。
また例年通り三が日は更新をお休みするので再更新は1/4になります。では良いお正月を。