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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十八章 ナリア・ザ・ハード 〜サイディリアルより愛をこめて〜
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625.魔女の弟子と友情の証明


「クソッ、何がどうなってんだ…?」


「分からん、これは一体どういうことなんだ?」


「どうしちゃったんでしょうか、エリスさん」


イコゲニアの街にて足止めを食らった俺達は暇な三日間を過ごす為、この街に滞在することを決めた…のだが、その矢先に巻き起こったとある大事件に俺達は頭を悩ませていた。


それは……。


「この馬車、エリスと師匠の馬車ですよね。でも内装が変わってる…貴方達何かしたんですか?」


「何言ってるんですかエリス様、この馬車は随分前からこうではありませんか」


「はぁ?そんなわけないでしょう」


「本当に忘れてしまっているのですか…?」


メグは愕然としつつ戻ってくる…、事件の内容はつまり『エリスが俺達のことを忘れてしまった事』だ。サンドイッチを買いに出かけたエリスがいつまで経っても戻ってこないから何があったのかと迎えに行ってみれば…これだ。


俺たちを見ても誰か分からず、剰え師匠がどうのなんて訳のわからないことを言っている。つまりエリスは俺達を忘れてしまったんだ、一応なんとか説得しつつ馬車に戻ってきたはいいが。


馬車の中身が違うだことの、エリスと師匠の馬車に勝手に入るなだのと騒ぎ立てる始末…。俺たちどころか旅の記憶まで無くしちまっているんだ。


「…………何者ですか、貴方達」


「うう、エリスちゃん……」


「う…エリスにあんな視線を向けられると、キツイな」


エリスは俺たちを警戒し距離を取りつついつでも戦えるよう拳を握ってソファに座っている。そのあまりにも剣呑な空気に俺たちは近寄ることもできず部屋の隅に集まって距離を取る。


あのエリスが俺達にこんなナイフみたいな視線を向ける…なんてのは正直言ってあり得ない事だ。アイツは友達思いで友達の為ならなんでもする…それこそ命を懸けてデティを助けに行くような奴だ、絶対に友達に敵意に満ちた目を向けることはない。


その事実にデティやメルクはもう完全に参っちまってる。ラグナもさっきから茫然自失。エリスがこんな風になるなんて…。


「エリスさん!僕ですよ!サトゥルナリアです!」


「サトゥルナリア?僕ですよなんて言われてもまるで誰だか分かりません。知り合いですか?いや…知り合いではないですよね。一度出会っているならエリスは忘れませんから」


「記憶力の良さが悪い方向に働いてるな」


しかもエリスは記憶を失っている自覚がない。まぁそうだ、なんせあのエリスだ、記憶力に関しては世界一と言ってもいいし本人もそれを武器にしている。だからこそ『自分が覚えていないということは知らない人間だ』と決めつけているんだ。


本人も記憶を失うなんて経験がないから自覚出来ないんだ。こりゃ参ったぞ…。


「エリスちゃん!私は覚えてる?テディフローアだよ?」


「知りません、…というかさっきからなんなんですか貴方達は」


「うぅー!泣いちゃうよー!」


「勝手に泣いてください、というかエリスは師匠のところに行かなきゃいけないんです」


「何言ってるのさエリスちゃん!レグルス様はいないよ!」


「居ない?どういう意味ですか…師匠に何かしたんですか!」


「びぇーーーん!!何もしてないですぅーっ!」


特にデティに関してはダメだな、完全に冷静じゃない。俺達の中で一番付き合いが長くその上最初から仲が良かったらしいし…まぁエリスにこんな扱いをされるのには慣れてないよな。その点俺はまぁなんとなく懐かしい気がしてるよ。


初対面の頃はこんな感じだったしな、まぁ俺はもっと悪辣だったが?


「どうする?アマルト」


「んー…ん?なんで俺に聞くの?」


「この中で冷静なの、アマルトとメグだけ」


「え?」


ふと、ネレイドに声をかけられて周りを見ると…ラグナは呆然としたまま動かず、メルクは目に見えて落ち込み、ナリアはさっきの会話で凹んでる。デティは言わずもがな…ある程度冷静になれているのは俺のメグとネレイドの三人だけ。


いや、敵対したことがある人間だけか…。普段ならラグナにどうするか聞くところだがあの調子じゃ役には立たねぇだろうな。仕方ない。


「取り敢えずよ、なんでこんな事になっちまったかを探るしかないだろ」


「なんでこんな事に…でございますか?」


「記憶を失うなんてそうある事じゃない。ましてや頭を打って記憶を失いました…にしては失った記憶がピンポイント過ぎる」


「確かに…エリス様はまるで私達の記憶だけを失ってしまったようでございますしね」


「狙ったみたい」


「そう言うこと、狙うってのは意図してるってことだろ?じゃあ誰の意図?…そう言う話さ」


そう、記憶を失ったとはいうがレグルス様の事は覚えているしこの馬車の事も覚えていた。だが俺達に関する記憶だけがすっぽりと抜け落ちている。これはどう考えても普通じゃない…確実に何かあった。ならその事をエリス本人から聞くしかない。


「しゃあねぇ、本人に聞くか」


「聞けるでしょうか、今のエリス様から」


「聞けるさ、楽勝だね」


ポケットに手を突っ込み俺はソファに座るエリスの前に向かうとエリスはやや俺達を掲載したように目を細める。いつもの友好的な雰囲気はどこにもない…マジで忘れてんのかよ、悲しいなぁ。けど……それだけだ。


「よう、エリス。俺は分かるか?」


「分かりません、貴方もエリスを知っているんですか?」


「ああ、俺はアマルト・アリスタルコス。アリスタルコス家の名前は聞いたことがあるか?」


「ないですね」


「ふーん、じゃあはっきり言ってやるぜ?エリス。俺はお前の友達だ、だがお前はどう言う事かは分からないが俺たちの記憶を失っている」


「エリスが?忘れてる?あり得ませんよ、だってエリスは…」


「すげぇ記憶力があるんだろ?知ってる、だが忘れている。今からそれを証明してやろうか」


「……分かりました」


俺は近くの椅子を引いてエリスの前に座ると…エリスに指を指し。


「まず聞いていいか?お前は今ここで何をしてる?」


「何って、修行の旅です。師匠と一緒にマレウスで修行の旅をしてるんです」


なるほど、そう言う事になってるのか…俺達との記憶が抜けた代わりにレグルス様と旅をしてると思い込んでいると…、そう言う風に処理する事で記憶の矛盾をなくしているんだな…だが、それでも矛盾は生じるぜ、例えば。


「そうだな、ならエリス。お前はディオスクロア文明圏を一周する旅をしたな」


「そんな事も知ってるんですね…」


「ああ、で…お前アルクカースでは何をした?」


「アルクカースで?王位継承戦に参加しましたよ」


「その時一緒に戦ったのは?」


「バードランドさんやリバダビアさん、ハロルドさんやテオドーラさんですね、ちゃんと覚えてますよ」


「ならお前は誰を王にする為戦った?」


「………………あれ?」


エリスは俺に指摘され顎に指を当て考え込む、そう…矛盾が生じるのは『ディオスクロア文明圏一周の旅』の方だよ。


「デルセクトでも大変だったんだよな、奴隷になったんだっけ?いや執事か?で?ご主人様は誰だった」


「……………」


「エトワールでの旅でお前の面倒を見たのは、アガスティヤでの戦いでお前の導きで帝国に来た、オライオンで立ち塞がった四神将全員言えるか?…何も穴がないか?」


「…………確かに『思い出せない』。こんな感覚初めてです…ディオスクロア一周の旅はエリスにとって大切な事のはずなのに、思い返せば返すほど記憶が穴だらけだ」


いくらレグルス様と一緒に旅してました…で記憶を補完しようとしてもどうしても矛盾が生じてしまう。それはエリスの旅と戦いの中には常に友達の…他の魔女の弟子の存在があったからだ。こいつらを抜きにしてエリスの旅は語れない…故に忘れてしまっている以上そこにはエリス自身でさえ説明の出来ない矛盾が生まれるのさ。


「信じられません、エリスは本当に物を忘れていると?」


「俺も同じくらい信じられないが、実際そうみたいだぜ?」


「なるほど、つまり貴方達はエリスがディオスクロアの旅で出会った友人…と言う事ですか?」


「そうだ、なんとなく状況は飲み込めたか?」


「まぁ…そうですね、いきなりの事で混乱していますが」


エリス自身俺の言葉に納得出来る部分があったのか受け入れつつ頷いて警戒を解いてくれる。ホッ…とりあえずなんとかなったか。


「おい、警戒解いてくれたぜ」


「凄いでございますアマルト様。この状態のエリス様を説き伏せるとは」


「だから言ったろ、楽勝だって。…だって記憶を失ってもエリスはエリスだ、理屈を用意して語れば話を聞かない奴じゃないからなこいつは」


エリスって人間はどうにも苛烈な面が目立つがこいつは何も理由もなしに相手を殴ったり攻撃したりはしない。どうにも許せない理由がない限り明確な敵対行動は取らない、きちんと話せば分かる奴だ。だからこっちが警戒する必要はないのさ。


「えっと……」


するとエリスは俺達を一人一人見つつ、困ったように頬を掻き。


「すみません、エリスどうやら皆さんのことを忘れてしまったようで。よければ一人一人お名前を聞かせて頂いてもいいでしょうか」


「私はデティだよエリスちゃん!デティフローア・クリサンセマム!さっきも言ったよね」


「そうですね、ではよろしくお願いします。デティフローアさん」


「ゔっ…!」


まぁとはいえ、エリスの中で俺達が敵ではなくなっただけで記憶が戻った訳じゃないからどうにも他人行儀な点は気になるが…そこはおいおい解決していこう。


と言うわけで俺たちは一人一人エリスに簡単な自己紹介と今までの旅の話、そして現状を説明する。するとエリスは腕を組んで…静かに頷き。


「みんな揃って魔女の弟子、エリス達は今魔女様に命令されてマレウスで旅を……ですか」


「ああ、…何か思い出せそうか?」


「いえ、エリスの記憶では師匠の命令で一人でマレウスに来た…と言う形になっていますが、今にして思えば矛盾がある…一人で来たのになんでエリスは今師匠と一緒にいると思い込んでいたんだ」


「多分、記憶が一気にすっぽり抜けちゃって…その穴を埋める為頭が勝手に偽り記憶を作り上げたんだと思う。よくある事だよ」


「なるほど、それで本当は他の魔女の弟子達と…ですか。些か信じられませんがそちらの方が納得出来る話ですね」


説明を受けたエリスは難しい顔をしながらも俺達の話を受け信じる事を選んでくれる。とは言えやはりまだ受け入れ難いような気持ちが残っているのかもな…。


「にしても信じられません、他の魔女様にも弟子がいたなんて」


「あ、そこからなのか」


「ええ、エリスの記憶では他の魔女様には弟子なんて居なかった…。ラグナさんはアルクトゥルス様の弟子なんですか?」


「ら、ラグナさんなんて他人行儀な呼び方やめてくれよ…凹む」


「す、すみません。いまいち慣れなくて」


その会話を聞いて俺は腕を組んで考える。今のエリスは本当に他の魔女の弟子に関連する記憶だけを無くしている…魔女様や自分が何者かまでは忘れていない。こんなおかしな記憶喪失なんてあり得るのか?…そろそろ踏み込むか。


「なぁエリス、お前なんでそんな風になっちまったか…分かるか?思い当たる節とか、これが原因かも…とか、そういうのって」


「無いですね。街を歩いていたら突然…何をしたらいいかわからなくなって、彷徨うように街を歩いていたんです」


「何をしたらいいかわからなくなった?」


「多分、エリスちゃんの行動指針だった『私達にサンドイッチを買ってくる』が突然『誰かの為にサンドイッチを何故か買う』と言う意味不明なものに書き変わった所為で混乱しちゃったんだと思う」


デティの解説を受けて納得がいく、なるほど。俺達の為にサンドイッチを買っていた最中にいきなり俺たちの事を忘れてしまったから頭が何が何だか訳がわからなくなって混乱したのか。


となると本当になんの前触れもなく記憶がなくなったって事か。


「何かされたとかそう言うのは無いのかエリス、例えば突然現れた刺客に魔術をかけられたとか」


「いえ、それは無いですね。そもそもそんな事させられる程エリスは弱くありませんよメルクリウスさん」


「ゔっ…」


「お前らいい加減一々ショック受けるやめろ!…しかしなんだぁ、原因がまるで分からんぜ」


原因が分からない、何かきっかけがあったわけでも何かされたわけでもなく突然記憶が消える、それもピンポイントに俺たちの記憶だけが…こんな天変地異みたいなことありえんのかね本当に。もしかしてエリスの識確が暴発して間違って消えちゃいました…とかの方がまだあり得そうだし…。


っていうか…そもそも。


「つーかこれって、治るのか?」


「……………」


俺がポツリと呟く、その瞬間俺は失言を悟る。なんでって?メルクリウスやラグナを始めたとしたこの場にいる全員の顔が真っ青になったからだ。やっちまった…ただでさえ頭を働かさなきゃならん場面で頭脳労働が得意なラグナとメルクにトドメの一撃打っちまった。


だが悲しいが実際そうだろ、原因が分からないんじゃ治るかどうかも分からねぇ。もしこのままだったら…それは悲しいだろ。いくらエリスはエリスのままだって言っても今までの記憶が全部無くなってるなんて……。


「治せるよ」


「え?」


しかし、そこで毅然とした態度で答えるのは……デティだ。


「治せるって、マジか?デティ」


「うん、なんとなく原因は分かったから…恐らくだけどエリスちゃんは何者かの攻撃を受けたんだと思う」


「攻撃を?」


「うん…多分エリスちゃんは『記憶消しのポーション』を飲まされたんだと思う」


「記憶消しの……」


そう言えばそんなポーションがあるって話は聞いたことがある。なんでも飲んだ人間の記憶を消し去ることができるやばい薬だ。飲めば立ち所に記憶が失われ思い出すことができなくなる忘却の魔薬。


エリスはそれを飲まされたって?だが確かにそれくらいしか考えられない。人の記憶を消せるのはそれこそ識確くらいなもんだ、だがその使い手は現状エリスとダアトしかいない、なら記憶消しのポーションを使われたと考えるのが妥当か。


「記憶消しのポーションは製造過程の調整である程度消去する記憶を選べる傾向にあるの。もしエリスちゃんに攻撃を仕掛けた奴が『友達の記憶を消す』ように設定していたなら…」


「物の見事に俺達の記憶だけが消える…ってことか、だが消された記憶なんて治せるのか?」


「中和剤を作れば行けるよ、私ならそれが作れる」


大きく頷くデティを見てこんなにも頼りになるもんかと皆目を輝かせる。そう言えばウルサマヨリの時もそうだった、嘆きの慈雨もポーションによる中和剤を作ってなんとかしたんだ。


マティアス曰く中和剤を作る作業ってのはクソ難しいらしいが…そこを何気なしに『出来る』と断言出来るデティの腕前の凄まじさに感服する。


「よし、なら直ぐに作ってくれ」


「アイアイサー!と言いたいけど…今は無理だよ。エリスちゃんに使われた記憶消しのポーションと同じものがないと中和剤を作るのは難しい……」


「同じ物を、嘆きの慈雨の時もそうだったな…」


「うん、というかそもそも記憶消しのポーションは販売どころか製造も製造法の伝達さえも違法に当たる超一級禁止薬物だからね。おいそれと中和剤を作るのもままならないんだよね」


そう言えば聞いたことがある。人間ってのは弱い生き物で失敗や失態、敗北や恥辱と言った記憶に簡単に負けてしまう生き物なんだ。そういう嫌な記憶を消せてしまう記憶消しのポーションはどんな人間も欲しがる理想の薬とも言える。


記憶消しのポーションを売ればみんなこぞって買うだろう。嫌なことがある都度記憶消しを使う、記憶が消えたからまた同じ失敗をしてその記憶を消す為にまたポーションを買う。一種の中毒性のような物を持つが故に記憶消しのポーションは麻薬やらなんやら以上の危険な薬として扱われ、今や市場には絶対に並ばない代物。


中和剤を作るにしたっても作り方さえ伝来していたい薬だ、まずは現物がないと話にならないか…。


「ってことは、エリスに記憶消しのポーションを飲ませた奴を見つける必要があるか…」


「だな、そしてエリスを迷いなく狙ってくるあたり…確実に敵は俺たちの事を狙ってる。こりゃ呑気に遊んでる場合じゃなくなったな」


皆徐に立ち上がる、エリスをこんな風にした奴は敵で、敵は俺達を狙っている。ならこっちからも動かなきゃならない…何よりそいつが持っているであろう記憶消しのポーションを奪い取らなきゃエリスは一生このままなんだ。そんなの絶対嫌だ…絶対に!


「よし!エリスを元に戻す為にもその犯人とやらを探すぞ」


「ああ、って言ってもその犯人の記憶もエリスはないみたいだしな…」


「すみません、お役に立てなくて…でもみんなエリスの為に動いてくれているんですよね。なら何か協力したいです、エリスも何が何だか分からないままなんて嫌です!」


「とはいうがな…今のエリスに動いてもらうのもな」


ラグナは腕を組み考え始める。そもそもの話エリスはどうやって記憶消しのポーションを飲まされたんだ?押さえつけられて無理矢理飲まされたとも思えないし…手口が分からない。敵の全容も分からない、何より情報が足りない。


そう考えたラグナはよしと首を縦に振り。


「よし、じゃあ二人一組に別れて行動しよう。もし敵の攻撃で一人の記憶が消されてももう一人が対応出来るようにする、まず俺とメルクさん、デティとアマルト、メグさんとネレイド、ナリアはエリスについてここにいてくれ」


物の見事に覚醒者が一つの組に一人いるようになってるな、因みに俺は非覚醒者だ、一応覚醒が使えるがあれはその場凌ぎの力だしな…。


ともあれ行動開始だ、取り敢えずこのメンツで街を探って敵の尻尾を掴み上手くやれたならそのまま記憶消しのポーションを引っ張り出してエリスの治療に使う、うん。こういう作戦ならいけそうだ。


「ってわけだ、行ってくるぜ?ナリア、エリス」


「はい、エリスさんは僕が守ります!」


「……ありがとうございます、みんなエリスの為に動いてくれてるんですよね。でもエリスはみんなの事が分からない、とても悔しいです…」


「エリス……」


さっきも言ったが、記憶がなくなってもエリスはエリスだ。お人好しで誰かの為突っ込んでいける…いい奴のままなんだ。そんなエリスは今訳がわからない状況に陥りながらも俺達がエリスのために動いている事を理解して、…嬉しい、ではなく悔しいという言葉を溢す。


そんなお前と友達でいたいから、俺達は頑張るのさ…エリス。


「安心しろ、エリス…俺達が必ずなんとかする」


そしてそんなエリスの手を取って硬く握るラグナはエリスを安心させるように微笑む。皆もまた頷く、なんとかするよ…そうさ、俺たちがな。


「…どうやらエリスは、いい友達を持っているようですね…ありがとうございます、ラグナさん…いえ、ラグナ」


「ああ…!」


やや嬉しそうなラグナと共に、俺達は再びイコゲニアの街へと飛び出していく。しっかし…一体どうやってエリスに記憶消しのポーションを飲ませたんだ、いやそれ以前に…敵は一体いつから俺たちを狙ってる?記憶を消して一体何がしたい?…まだ分からない事だらけだ。



……………………………………………………


「で、どうすっか」


「かれこれ十分くらい駆けずり回ったけど怪しい人とか見当たらないね」


「まぁその手の人間が分かりやすく大通りに立ってるとは思えねぇしな」


勇んで飛び出したはいいが、ぶっちゃけ何にも手掛かりなんかない事に気がついたアマルトとデティは十分近く彷徨った後途方に暮れて通りのベンチに腰をかける。


敵がいる、攻撃されたかもしれない。じゃあ迎撃だ!という形で動いたものの、そもそも敵とはなんなのか、どういう奴が攻撃を仕掛けてきたかも分からない状況で動いても意味なんかないよな、冷静になって考えてみたら今こうやって手分けして探している現状がかなり時間の無駄な気がしてきた。


(いつものラグナならもうちょい冷静に考えるよな。やっぱエリスがあんな風になっちまったから冷静でいられなかったのかね)


しかし勝算が全くないわけではない。俺には見つけられないだけで他の奴らなら見つけられるかもしれない。例えば神の如き見識を持つメルクなら上手く敵の尻尾を掴むかもしれない、アド・アストラの諜報部隊を率いるメグなら俺の想像もつかない方法で見つけるかもしれない。


じゃあ俺は何もしなくていい…とはならない。なんかしなきゃいけないんだが…ぶっちゃけ出来ることなんてないしな。


「よし、デティ。魔力探知で探すんだ」


「何を?」


「エリスの記憶を消した犯人を」


「無理だよ誰かも分からないのに」


「だよなぁ…」


「って言うかお腹減ったぁ…」


「今かぁ?それよぉ…」


おいおいこんな状況で飯の心配か?と思ったがそう言えば昼飯食い損ねてたな。そこから更に街中駆けずり回っての大運動会…疲労も空腹もピークに達するか。仕方ない…。


「しゃあねぇ、軽食でも食うか?」


「私チョコチップクッキーがいい」


「飯にするつってんだろ、お菓子はダメ。お前将来絶対糖尿病になるぞ」


「いいもーん、糖尿病治す魔術作るからいいもーん」


そこはならない努力をしろよ…。まぁいいや、丁度ここは大通り…軽食を食う為の店は大量にある。と言っても机についてナイフとフォークで食うって気分でもないし片手間で食べられるファーストフードを……。


「ん、ホットドッグ屋があるぜ」


「ホットドッグ?何それ、温かい犬?逆に冷たい犬はもう死んでない?」


「お嬢様かよ、兎も角買ってくるから待ってろよ」


「うーい」


ポケットの中から財布を取り出しつつ通りの付近にある店、ホットドッグ屋へと向かう。パンを割いて中にソーセージを挟むだけの簡素な料理、普段作らない上あんまり普及してるわけでもないからデティは知らないっぽいが…捜索しながら食うには最適だろう。


「失礼しやーす……ん?」


「いらっしゃいませぇ」


ふと、ホットドッグ屋の前に立ち注文しようと看板を見ると…そこには。


(これもデナリウス商会?マジで色んなところに手ぇ出してんだな…)


そこには硬貨型のマークが刻まれており…さっきのサンドイッチ屋と同じデナリウス商会の傘下である事を示す紋様が見える。この手広さ、マレウス版マーキュリーズ・ギルドって話も頷けるな。


「注文ですか?」


「ん?ああ、ホットドッグ二つ」


「はい畏まりました、二つですね」


そう言うなり店主は俺の注文通りホットドッグを二つ作り始める。細長いパンを割いて中に焼きたてのソーセージを入れつつ特製のソースをかける。うーん、パンもソーセージも質がいい。このレベルの食材を継続して仕入れ続けるのは大変だろう。


デナリウス商会ってのは相当なやり手だな…。転移魔力機構も無しにここまでやるとは…、なんて感心している間にホットドッグは完成し。


「はい、お二つですね」


「サンキュー」


そのまま俺は代金を渡しつつホットドッグを受け取ると…。更に追加で何かを手渡される、これは…瓶?


「何これ」


「試供品です、今度デナリウス食料品部門で売り出そうと思っている飲料水がありまして。それをお客様にお配りしてるんです」


「ほーん?ジュースかい?」


「ええ、美味しければまた感想を聞かせてください」


「ほーい、ありがとよ」


試供品ねぇ、蓋を開けて匂いを嗅いでみればさっぱりした柑橘系の匂い。こりゃいいもん貰ったぜ、脂っぽいホットドッグに柑橘類の爽やかさが合うだろう。美味かったらナリアにも持って行ってやろうっと、あいつエードとかそう言うの好きだしなぁ。


「おーう、お留守番出来たかよ」


「あ、アマルト〜」


そして俺はホットドッグとジュース瓶を持ってデティが待つベンチ前に戻ると、デティはベンチの上にちょこんと座って俺を待っていた。さて、とっとと飯食ってまた街を歩き回るかねぇ。


「ほら、ホットドッグ」


「ありがとー、…でこれは犬のどこの部分?」


「犬の肉使ってるわけじゃねぇよ…」


「ドックなのに!?…あれ?アマルト、それ何?」


「お?これ?ジュース。試供品だってさ、もらった」


「ふーん」


ホットドッグをデティに手渡すとデティは俺の手に握られたジュース瓶を見て首を傾げつつ、徐にホットドッグを握っていない手をこちらに差し出し。


「で?私のは?」


「え?ないけど、一個しか貰わなかったし」


「そっか、じゃあそれ頂戴」


「嫌だけど…」


「なんでさ!ケチ!」


「ふざけんな!テメェで貰ってこいや!」


「自分で作ればいいでしょ!アンタ料理とか得意だし!」


「吐かせボケ!一杯のジュース作るのがどんだけ面倒かテメェ分かってんのかよ!」


知らん!寄越せ!とホットドッグ片手に俺にしがみついてくるデティを追い払うように手で押すが、ダメだ全然諦めねぇこいつ!


忘れてた!ジュースはナリアも好きだがこいつも好きなんだ!と言うか甘い飲み物全般好きなんだった!だがこいつは俺が貰ったもの、それをタダでくれてやるなんて絶対に嫌だ!


「いいじゃん頂戴よ!ケチケチドケチ!ドケチのアマルトで…ドケチルト?」


「考えて罵倒やろやアホフローア!」


「何をぉッ!いいから寄越しなさい!殴るよ!」


「嫌だね!ホットドッグの脂を柑橘の爽やかさで洗い流すんだ!」


「柑橘系?オレンジジュース的な?私オレンジジュース大好き!頂戴!」


「嫌だって言ってんだろ!?つーか離れろやチビ!」


「チビ!?チビって言ったな!こいつ!」


するとデティはそのまま俺にしがみついたまま瓶を強奪しようと手を伸ばすが、残念チビには届きません。…がしかし、デティはそれでも諦めず…。


「限定覚醒!」


「あ!お前!」


「『ちょいドラボーク』!」


瞬間、魔力覚醒を限定的に使い姿だけを大人の物に変え一気に巨大化し俺の手から瓶を奪い取ろうと手を伸ばす、俺もそれを察知し咄嗟に瓶を高く掲げる。伸ばされるデティと俺の手は俺達の頭上でぶつかり合い…。


「あ!」


「ああっ!」


俺の手の中から瓶が弾かれ、揉み合った結果ジュースの入った瓶は地面に落ち、甲高い音を立てながら炸裂し…地面にジュースがぶち撒けられる。ベタベタになった足元を二人で暫しの沈黙の中見つめて…。


「アホか!なんでこんな事に覚醒使うんだよ!おかげでジュースがオシャカだよ馬鹿タレ!」


「ケチなアンタが悪いでしょ!?もう一回お店行って私の分も貰ってきてよ!」


「我儘もいい加減にしろやお前!体ばっかりデカくなっても器は小せえままだな!」


「何をぉう!……ん?」


殴り合うか?ここでやるか?とお互い拳を握って腕捲りした瞬間…デティは何かに気がついたのかチラリとぶち撒けられたジュースを見て…。一瞬で覚醒を解除しいつもの小さな姿に戻ると同時にしゃがみ込みジュースをまじまじと見つめて。


「おい、まさか地面にぶち撒けられたジュース啜る気か?」


「そんなことしないよ!…それよりさ!ねぇアマルト、このジュースなんかおかしいよ」


「は?おかしい?何が?」


デティは地面にぶち撒けられたそれを指で掬い、何度か指の中で擦り合わせると…。


「…気化スピードが他の液体よりも若干速い…それに柑橘系の中に隠れる妙な匂い。これ…ポーションが混ぜられてる」


「何?ポーション…ってお前それまさか」


「これ、記憶消しのポーションが入ってるかも……」


「なんだと!?」


デティは指先だけの感覚で床に散らばった液体を調べ上げる。けどこいつが言うなら間違い無いんだろう…ジュースの中に記憶消しのポーションが入ってたって言うのは。


…え?なんでそんなもん入ってるんだ?だってこれ店から貰った試供品だぞ?……だとしたらまさか!


「あ!店の店主が居ねえ!」


「チッ、多分アイツらだよ…!私達を攻撃してきた犯人!」


「犯人ってデナリウス商会だったのか!?…なんだってそんなところが俺達を攻撃してきて…」


チラリと店の方を見れば先程までいた店主が見当たらない。恐らく作戦が失敗したのを確認して逃げ出したんだ…つまりこれはもう確定だ、敵ってのはデナリウス商会だったんだ。なんでそいつらが俺達を攻撃してきたのか、記憶消しなんて裏社会でしか手に入らないような代物を持ってるのか、分からないことは山ほどある。


だが分かったこともまたある。


「こう言う手口か…」


ホットドッグ屋はデナリウス商会傘下だった、そしてエリスの立ち寄ったサンドイッチ屋もそうだ。ってことはエリスにも同じようなことが起こったんじゃないのか?試供品だなんだと言われてジュースを渡され、そいつを飲んで…記憶が消えた。


だからエリスは自分に何が起こったか理解してなかったんだ。ジュースを飲んでもそれが記憶消しのポーションだとは分からない。だから色々聞かれても手口が出てこなかった…。


「チッ、床にぶち撒けられたこれじゃあ中和剤の材料にならない、犯人を捕まえないと!アマルト!逃げた奴追いかけて!」


「ああ、直ぐにデナリウス商会の連中を捕まえるぞ。幸いこの街にはデナリウス商会傘下の店が山ほど………」


その瞬間、俺は一つの事実に気がつく。嫌な予感って奴がビリビリ脳裏で迸る。


待てよ、この街には大量にデナリウス商会傘下の店がある…もしそれが全部結託して俺達に対して攻撃を仕掛けてこようとしているなら。


「やべぇ!ラグナ達にこの事教えないと!」


「ッ!そっか!ラグナ達もデナリウス商会に騙されて記憶消しのポーションを飲まされてるかもしれないのか!大変!いくらラグナ達が強くてもこんなやり方でやられたら手も足も出ないよ!」


エリスの記憶を消した手口と、俺達に対して行った手口が同様である可能性が高い以上。これをラグナ達に対してもやってないって保証はない。寧ろラグナ達も似たような手口で騙されて記憶消しを飲まされている可能性が高い。


俺達は偶然気がつけたからいいが…下手したら全員…、くそッ!


「デティ!ラグナ達の居場所分かるか!まずはそっちが先決だ!」


「待って…近くにいる!こっち!」


「ああくそ、間に合ってくれよ!」


デナリウス商会を捕まえるのは後だ、今はラグナ達を止める方が先だ。故に俺とデティは走り出しラグナ達との合流を目指す、この街がデナリウス商会の店だらけだと言うのなら…この街で出される飲み物は一つとして飲んではいけないんだ。飲んだら最後…エリスと同じように記憶が消される!


「ど、どうしようアマルト…ラグナ達も記憶を消されてたら」


「やばいかもな…」


デティは俺の隣をせこせこ走りながらあわあわと口元を震わせる。もしラグナ達も記憶を消されていたら…やばいかもしれない。だってエリスの記憶が消えた時は俺達全員で引き止められたからいいが…。


「もし、全員の記憶が消されたら…最悪の場で全員離散する可能性が高い」


「みんながみんなの事を思い出せなくなるんだよね…、下手したらみんなそれぞれ個別で旅をしちゃうとか…」


「もっと悪ければ旅の目的も見失って国に帰っちまうかもしれない。しかしそれ以前に…」


「うん…嫌だよ私、みんなの事忘れるなんて、忘れられるなんて!」


「俺もだよ!畜生!」


八人全員がそれぞれの記憶を失えばもう全員で連携して旅をするのは不可能だ。誰も互いの事を思い出せないんだ、旅をするどころの騒ぎじゃなくなる…もう互いを仲間だったと認識することさえ出来なくなってしまうんだ。


そうなれば終わり、旅も戦いも何もかも終わりだ。それだけはなんとしても阻止しなければならない…何より、ダチの事を忘れて生きていけるかよ!


「居た!あそこ!ネレイドさんのメグさん!」


「ッ…メグ!ネレイド!」


そして見えてくるのはメグとネレイドの二人の影…けど、最悪だ。二人は今カフェのテラス席に座っている、多分俺達と同じように軽食を取りつつ今後の動きについて話し合いでもしていたんだろう。


最悪も最悪、だってカフェだぜ!?カフェって何する所なんだろうね!しかも見たところカフェの看板にもデナリウス印……まじかよ!


「おい!メグ!ネレイド!何も飲み食いするな!」


「おや?」


慌てて俺達はメグとネレイドに向けて叫びつつ二人のところに駆けつけると、こちらに背を向ける形で座っていたメグが俺の声に反応してこちらを見て……。


「……申し訳ございません、どちら様でしょう」


「…私の名前、呼んだ?」


「ッ……!」


ハッと二人の手元を見ると…そこには飲み干された空のティーカップ。そしてこのキョトンとした顔…マジか、遅かったのかよ!


「嘘でしょ!二人も!?」


「あの、何を仰っているのやら。人違いでは?…と言うか、私は一体ここで何を…?」


「ん……貴方誰?なんで私と相席しているの?」


「それはこちらのセリフでございます、こちらの方々といい…そもそもここは何処でございましょうか」


メグとネレイドはエリスの時同様、俺たちを見てもよく分からないと言う反応をしている。と言うか相席していたはずの相手を見て首を傾げている始末。メグもネレイドもやられた、互いに記憶を消されている。


これで間違いなくなった。デナリウス商会は俺たちを狙っている…そしてその上で飲み物にポーションを混入させて隙をついて記憶を消しにきてるんだ。


「メグさん!ネレイドさん!私デティだよ!ねぇ!」


「デティだよと言われましても…と言うかそもそもここはどちらですか?見たところ定刻ではないようですが」


「……私何やってるんだろう、早くオライオンに帰らないと」


「え?あ、おい!」


するとネレイドは徐に立ち上がり俺達に興味すら示さず何処かへ歩き去ろうとするのだ。何やってるって…まさかこいつら。


「私も、早く帝国に戻ってお仕事をしなければ。『時界門』」


「待て待て待て待て!ちょっと待てやメグ!帰るな!」


「まさかメグさん、旅をしてるって記憶までなくなっちゃったの!?」


いきなり時界門を開いて帝国に帰ろうとするメグを掴んでその場に押し留める。やっぱりこいつらマレウスで旅をしてるって記憶までなくなってる、もしかしてエリスよりも強く記憶消しが効いてるのか?エリスはあの記憶力があったからあの程度で済んだだけだったってのか?


だとしたらまずい、ほっといたらこいつら勝手に居なくなっちまう!


「ッ!?なんなんですか貴方!私はメイドですよ!?帝国に戻って陛下のお世話をしなければならないのです!」


「だから待てって!話聞けって!今戻ってもお前意味ないぞ!」


「待ってよネレイドさん!お願い話聞いて!ここはマレウスで!貴方はリゲル様の命令でここにいるんだよ!?」


「え?そんな事言われた覚えはないよ?ところで君は誰?おチビさん」


「それと私はチビじゃないよ!ねぇ〜!もぉ〜!やめてよ悲しいよ〜!」


最悪だ、最悪だ、あんまりにも最悪だ。もうこれデナリウス商会云々言ってる場合じゃなくなった。こいつらみんな旅の記憶も失って俺達の事も忘れてる…これじゃあ戦うとかそんなこと言ってる暇もない。


……もしかして俺達って今、今まで一番やばい状況にあるんじゃねぇのか!?


………………………………………………………


「……ってことがあって、今エリスさんはここにいるんですよ」


「なるほど、話を聞けば聞くほどエリスの中で失われている記憶が埋まっていく感覚を感じます。やはりエリスは何者かに記憶を奪われているのですね」


「はい、思い出せました?」


「いえ…でもやっぱり、聞いた話って感じがして…自分の事とは思えませんね」


「そうですか……」


一方馬車に残っていたナリアとエリスはそれから今までの旅の話をしてなんとかエリスが記憶を取り戻せないか試していたのだが、結果はダメだった。いくら今までのことを話してもエリスからすれば『他人から聞かされた話』程度でしかない。


知識として戻っても、それは思い出したことにはならない…ただ知っただけ、その事実を前にナリアは肩を落とし大きくため息を吐く。


「すみませんナリアさん、エリスもまさか思い出せない事で苦悩する日が来るとは」


「いえ、大丈夫です。みんながきっとなんとかしてくれますから」


「……信頼してるんですね」


「え?ええ、はい。してますよ、信頼」


「…………」


その言葉を聞いて、エリスさんは何やら悲しげな顔で天井を見上げる。その姿は今まで見たことがないくらい寂しげで…悲しげで、何より…孤独に見えた。


「……エリスは、今まで自分が孤独だと思っていました。実際はそうじゃないんでしょうけど記憶を辿れば辿るほどにエリスは独りで戦ってきた記憶しかない…今のエリスにとってはそれが過去なんです。たった独りで強力な敵と戦ってきた…それが今のエリスにとっての人生」


「エリスさん……」


それはただの思い込みだ、エリスさんは実際には多くの友達がいるし僕たちと言う仲間がいる。だが記憶がなくなってしまった以上エリスさんにとっては友の記憶が抜け落ちた今の記憶こそが過去なのだ。


友達のいない過去、僕達の存在の消え失せたエリスさんの人生…それは如何程に辛いものだったろうか。あり得ない世界の話だとしても…それはとても悲しい事だと容易に想像が出来てしまう。


「友達なんて居ない、ただ独りで…歩いてきた。信頼出来る人間は師匠だけ…本当の意味で心を許せる人は居ない、そう思っていたんですが…そうですか、エリスには友達がいたんですね。それは…とても喜ばしい」


やや困惑のこもった笑みを見て、僕は…途方もない怒りが滲み出る。エリスさんにこんな顔を…こんな思いをさせるなんて、エリスさんから記憶を奪った奴を許せない。


仮にとは言えエリスさんに孤独な人生を歩ませ、仲間のいない世界を歩かせたんだ。それは言葉に出来ないくらい罪深く、許し難い行いだ。


(これが、僕達のいない世界のエリスさん…とも言えるのかな)


そして同時に、思う。今のエリスさんは僕達が知るそれより幾分小さく弱々しく見える。エリスさんはいつも仲間と友達のために戦ってきた、謂わばエリスさんにとって仲間こそが原動力なんだ。


その原動力を失ったエリスさんは…こんなにも弱々しく映るのか。こんなエリスさんはエリスさんじゃないよ、やっぱり直ぐにでも元に戻してあげないと。


「他にもいろいろ話を聞かせてくれますか?ナリアさん」


「はい、ではエトワールでのお話を……」


『失礼しまーす』


「ん…?」


その時だった、僕達のいる馬車の出入り口、そこにかかる暖簾を分けて誰かが入ってきた。声音は穏やか、だが仲間のそれではない声に僕は咄嗟に魔術箋を取り出して警戒すると。


「あら、勝手にごめんなさいねぇ」


「貴方は…さっきのサンドイッチ屋さん?」


しかし入ってきたのはサンドイッチ屋を営んでいたおばさんだった。彼女は何やらたくさん手荷物を持って僕の顔を見るなり皺を深くしながら笑い…。


「どうしたんですか?」


「いやねぇ、なんだか大変そうだったし私に出来ることはないもんかって思ってね。って言っても私に出来る事なんて限られてるしね?これ良ければみんなで食べてね」


「わぁ、差し入れですか?」


するとおばさんは手に持った荷物、バスケットを開けて中からサンドイッチやジュースの入った瓶を取り出して僕に差し出してくれる。どうやらさっきの僕達の騒ぎようを見て心配してきてくれたようだ。


「いいんですか?」


「いいのいいの、『富める者には商いを、困窮した者には助けの手を』…これもウチの社訓なのよ」


「ウチ?ああ、デナリウス商会のですか?」


「そうそう、また困ったことがあったら私を訪ねてね」


「はい、ありがとうございます」


そう言っておばさんはサンドイッチとジュース瓶の入ったそれを突き出すように僕に手渡し、それだけ言い残し去っていく。どうやら心配をかけてしまったようだ……。


「これ、食べますか?エリスさん。お腹空いてません?一緒に食べますか?」


「……………」


「エリスさん?」


一緒に食べるか…と聞くとエリスさんはやや難しい顔をして僕を見つめ…。


え?何?何その顔…。


……………………………………………


「つまり皆様は私と同じ魔女の弟子で…」


「私達はその記憶を消されてると…」


「理解したか?正直今メチャクチャ急いでるから早めに理解してくれると助かるんだが…」


それから俺達はメグとネレイドを説得しこの場に押し留めつつ状況を説明した。二人とも一応大人しく聞いてくれているが…。


「イマイチ信じられないですね、他の魔女の弟子?そんな存在…私は聞いた事もありません」


「だーかーらーその記憶を消されてるんだって!」


「記憶を消されてる根拠がないよね…」


ダメだ、メグもネレイドも疑り深い。思い返せばこの二人…元々軍部所属の軍人だ、エリスと違って人を疑う事を知ってる人間。簡単には信用してくれない…参ったな、ただ話しただけじゃ信用してくれないか。


チラリとデティの方を見るが、デティはさっきからオロオロするばかり…ちょっと今は役に立ちそうにないな、いや…待てよ。


「なぁメグ、こいつの名前…覚えてるか?」


「そちらの小さなお方ですか?いえ?」


「デティフローアだ、この名前は?」


「ありません」


「なら当代の魔術導皇の名前は?」


「それは………あら?なんでしたっけ、覚えていますか?そちらの方」


「んー?あれ?なんだっけ?」


デティのことは知らずとも魔術導皇のことは知っているはずだ、軍人であり魔術を使う者なら魔術の基礎と同時にその名を教えられる程の存在であるデティを使えば二人の記憶が消えている証拠になる。エリスと同じ方法で記憶が消えている事をこいつらに証明すれば…。


「申し訳ありません、ド忘れしてしまいました、まぁそう言う事もあるでしょう」


「私も、ごめんね」


「う……」


いやダメだ、エリスに対してこの手が通用したのはエリスが自分の記憶力に絶対の自信を持っているからだ、思い出せないから何かおかしいとエリス自身が思えたから。普通の人間ならまぁド忘れか…で処理できる話だった。


「こいつはその魔術導皇デティフローア・クリサンセマムなんだよ」


「あらまぁ!それはそれは、ですが魔術導皇が何故マレウスに?いるわけがないじゃないですか」


「だぁー!くそ!全部が全部説明するの面倒くせぇーッ!!」


もうめちゃくちゃだ、どうすりゃこいつら説得出来る、説得できなきゃこの場も動けねぇ!ラグナ達も似たような状況になってる可能性が高い以上直ぐに動かなきゃいけないのに。


仕方ない!こうなったら!


「じゃあ俺が今からお前達の友達だって事証明する!証明出来たら俺を信じてくれるか!?」


「物によります」


「まずメグ!お前の好物は辛い物!それも舌がイカれてるのかってくらいやばい激辛!」


「おや…」


「ネレイド!お前は脂気の少ない物!テシュタル教徒だから当然加工が少ないものがいい!だよな!」


「え?あ…うん、よく知ってるね」


「当たり前だ、俺はお前らの友達として毎日飯作ってんだぜ?好物とか全部把握してるし、どうだ?信用出来るか?」


どうだ、これで。これはある意味奥の手だ、だって俺に出せる情報はこれ以上ない…これ以上個人的な情報を出すとなんか逆にキモいしさ…出来ればこれで信用してもらえるとありがたいんだが。


「…………」


メグはネレイドを見た後、チラリと俺を見て…。


「分かりました」


「本当か!」


分かりましたと頷きながら目を伏せ…立ち上がる。よかった信じてくれたから、これでラグナの方に行け────。


「貴方は敵である可能性が高い事が」


「は!?なんでそうなる!?」


「そうなの?敵なの?メイドさん」


「もし仮に、我々の記憶が消されていたとして…何故そうまでして必死に私たちを説得しようとするんですか?」


「それは友達だから……」


「そうですか?私には、記憶を消して…私達に偽りの関係を吹き込んで私達を操ろうとしているように見えますが」


「なッ!?」


そんなわけねぇだろと言いたいが…そうだ、メグは元来こう言う奴だ。直ぐに人を疑う…とかではない、こいつは魔女の弟子で唯一弟子以外の友達がいない…と言うより作ろうとしない。それも相まって俺たちの記憶を失った事で『そもそも友情というものが理解出来ない人間』になってしまったんだ。


だからこうも必死に説得しようとする俺の行動原理が理解出来ず…騙そうとしていると感じてしまったんだ。まずった、やらかした、一番最悪のパターンを引いたかもしれない。


「め、メグさん!じゃあアリスとイリスを呼んでよ!二人に聞いてみれば…」


「会わせる訳ないでしょう、敵である可能性が高い以上二人をここに呼ぶわけにはいきません」


一番最悪のパターン、それは記憶を失った結果敵対する…という状況。エリスも大概だがメグも一度敵対すると面倒臭い…。


「敵なの?」


「その可能性が高いという話です」


「そっか、なら……」


そしてそれに追従するようにネレイドもまた立ち上がる。おいおいマジでやる気かよ、戦いたくねぇよ俺こいつらと…。


「あ、アマルト…どうするの」


「……………」


「ねぇ、アマルト……」


戦いたくない、戦いたくないが…今メグとネレイドは俺達を前に臨戦体勢だ、何もしなければ普通にボコられる。


はぁ、嫌だね。奥の手が通用しないんだから…もう『この手』しか残ってないぜ。仕方ない。


「分かったよ、メグ…ネレイド。だが俺を攻撃する前にこれを見てくれるか?」


「これ?」


「何?」


「ほら、よく見てみろ」


そう言って俺は二人に向けて手を伸ばし、差し出されたメグとネレイドの手の中にポケットから取り出したそれを渡す。二人は渡されたそれをマジマジと見ながら首を傾げる…なんせ渡されたそれは。


「鳥の羽?」


「これ、どういう意味?」


渡されたのは鳥の羽だ。これが意味する物を探り切れず二人は再び俺に視線を戻す……前に、既に俺は動き出していた。


一気に踏み込み、一瞬で最高速に至り、視線を戻す二人に向けて一気に突っ込み…。


「ッ…何を!」


「速い!?」


「悪いな、メグ…ネレイド…!」


一陣の風の如き速度で二人の間をすり抜けたアマルトは謝罪する、と…同時にメグとネレイドの体が光り始め────。


「その四肢、今こそ刃の如き爪を宿し。その口よ牙を宿し、荒々しき獣の心を胸に宿せ、その身は変じ、今人の殻を破れ『獣躰転身変化』…ちょっと大人しくしててもらうぜ」


「ピ…ピィっ!?」


すれ違い様にアマルトは二人の体に触れていた。同時に呪術を叩き込み呪いによって二人の体を変化させる。…光に包まれた二人の体は瞬く間に小さなインコに変わってしまう。羽の色はメグの髪色を思わせるクリーム色とネレイドの髪色と同じ水色。二人は自分の体が小鳥に変わってしまい混乱しているのか自分の羽を見て狼狽えている。


その隙に俺は二人の体を鷲掴みにし…。


「よっと、ここで大人しくしてろ」


「ちょっとアマルト!?」


近くの麻袋を掴み小鳥になった二人を袋の中に突っ込み口を縛って拘束する。袋の中でメグとネレイドがピーピー喚いているが、悪いな。取り敢えず事が済むまで出す気はないぜ。


「何してんのさアマルト!二人が可哀想じゃん!」


「じゃあこのままメグとネレイド相手に真っ向から戦って、殴って蹴って大人しくさせた方が良かったか?」


「そ、それは…うう」


「それに二人を無力化するにはこのタイミングしかなかった。俺の事忘れてるなら当然俺の戦い方も忘れてるって事だしな」


「そっか、古式呪術のことも忘れてるから…」


そう、俺が古式呪術を使うことさえ忘れているのならこういう不意打ちが効く。普段のアイツらなら俺が動物の一部を手渡した瞬間変身呪術を警戒したろうからな。そういう意味でもこっちの手札を知らない二人だからこそこう言う無力化の方法もあった。


「それより急いだほうがいいかもしれない」


「そうだね、きっとラグナ達も記憶消しを飲まされてるかも」


「いや、そっちじゃねぇ。多分ラグナ達も間違いなく記憶を消されてるとしてだ…俺が警戒してんのはその先、多分敵の目的の方だ」


「目的?」


俺が強硬手段でメグ達を無力化したのは…事態を一刻も早く納めるため。メグと話していて気がついたんだ、敵の目的に。それを達成させる前になんとしてでも阻止しなきゃならねぇ。


「敵の目的って…私達全員の記憶を消して旅をやめさせる事じゃないの?」


「違うな、メグが言ってたろ?記憶を無くし右も左も分からない私達に偽りの関係を吹き込んで騙そうとしてるんじゃないかって」


「うん、けど私達そんなことしないよ」


「ああ、『俺達は』…な」


「え?……あ、ああ!まさか!」


気がついたか、そうだよ。記憶を無くして戦う理由もなくなって、右も左も分からなくなって…なんでここにいるかも分からなくなったラグナや俺達は、ある意味周りの人間から与えられる情報に極端に左右されやすい状態になっていると言える。


つまりだ、記憶消しを飲まされた人間は…どんな嘘だって本当のことのように思ってしまう、なら…敵はどう動く?記憶を消された俺達をそのまま放置?しないよな、だったら絶対やってくるはずだ。


「連中、ラグナ達を騙して俺達を同士討ちさせるつもりだ…!」


「最悪じゃん!私達のこと忘れたら…いくらラグナやメルクさんだって…」


「ああ、だから急ぐんだよ!絶対にそんなことさせてたまるか!ラグナ達の位置!分かるか!」


「う、うん!こっち!」


急ぐんだ、記憶を失ったラグナ達を敵に回収されたら…そのまま嘘を吹き込まれてしまうかもしれない。もしそうなったらどんな嘘を吹き込まれる?確実に俺達が敵であると言う嘘を吹き込まれる。そしてラグナ達がそれを信じてしまったら…。


もう記憶が消えた云々の話じゃなくなる!


………………………………………………


「つまり…俺達の記憶が無くなっちまったのはアンタの言う『敵』の仕業ってことか?」


「ふむ…、気がついたらこんな場所にいて混乱していたが…そうか、私は記憶を消されていたのか」


「ええそうなんです、飲み込めましたか?お二人とも」


一方…アマルトが危惧した通り、手分けをして行動していたラグナとメルクもまた記憶消しを飲まされ仲間の記憶を失っていた。剰え自分が何故ここにいるかも分からない状態になり街を彷徨っていたところ…二人は目の前にいる女に回収されたのだ。


イコゲニアの中でも比較的大きな屋敷に通され、応接間に案内された二人はソファに座りながら…目の前で揉み手擦り手で説明する女の話を聞く。


「しかしなんだってアンタが俺達を助けてくれたんだ?アンタ俺達のこと知ってるのか?」


「ああ、悲しゅうございます。そんな事も忘れてしまったのですね…私はデナリウス商会食料販売部門中部主任のアサリオンでございます。皆様とはそれはもう仲良くさせていただいていたのですが…貴方達は記憶消しのポーションを飲まされて多くの記憶を失ってしまったようで」


紫色の髪をして身綺麗なスーツを着たつり眼鏡のやり手な雰囲気を漂わせる女…デナリウス商会中部主任のアサリオンはラグナ達を前でハンカチを出して涙を拭う仕草を見せる。その話を聞いてラグナは腕を組み。


「アサリオン…聞いた事ない名前だ、だが今俺がなんでマレウスにいるかも思い出せない以上そこに関連する人間の記憶を失っていてもおかしくはないか…」


「デナリウス商会か、聞いた事があるぞ。マレウスでもトップクラスの大商会だな、そんなお前と私が関係を持っていたと?」


「ええ、思い出せませんか?メルクリウス様。貴方のマーキュリーズ・ギルド成立に私も関わったではありませんか」


「うーん、記憶がないからなんとも言えんが…だが確かに、私は誰かに助けられてこの地位を得た気もする。その誰かとはお前のことか?アサリオン」


「ええそうでございます、私は許せません。私の盟友たるお二人の記憶を奪った悪しき敵の存在を!」


話を聞く限りそれが真実であるか偽りであるか想像すらする事も難しい。だがこうして話を聞く感じアサリオンが嘘を言っているようには見えない…と二人は判断する。何より…。


「記憶が消されてるのはマジっぽいしな、分かったよアサリオン、アンタの話を信じる。その敵ってのを倒せば俺達の記憶も完璧に戻るのか?」


「恐らくですが…、きっと貴方達が何故ここにいるかの記憶も戻るかと思われます」


「そうか、分かった。俺も正直今何がなんだかわからない状況だし色々教えてくれるのは助かるよ」


「私もだ……しかし、となると君も私の関係者なのか?」


「ん?」


ふと、見つめ合うラグナとメルクリウス。二人は既に何年も共に歩んできた仲だが…そんな事も思い出せず二人は首を傾げている。こうしてアサリオンに一緒に連れてこられた上記憶を失っている者同士と言う共通点がある以上自分達もまた知り合いだったのでは…と勘繰る。


「アサリオン、君は覚えているんだろう?この赤毛の彼は私とはどう言う関係だったんだ?」


「え?え〜〜…あれですね、恋人です」


「な、何!?恋人なのか!?」


「い、いや俺に聞かれても…」


何やら適当なことを言ったアサリオンの言葉を待ち受けた二人はギョッとしながらお互いを再度見つめ合い…。


「え?アンタ…名前は?」


「私はメルクリウスだ、メルクリウス・ヒュドラルギュルム…デルセクト国家同盟群の同盟首長にしてマーキュリーズ・ギルドの総裁だが…君は?」


「俺はラグナ・アルクカース…アルクカースの王をやってる、けど…つまりそれって」


「で、デルセクトとアルクカースのトップが恋人関係!?まずくないか色々…いやいいのか?政略結婚?」


「いやぁ、俺別に政略結婚とかするタイプじゃないし…する必要ねぇし、メルクリウスさんは強いか?」


「腕っ節か?まぁな、強いぞ」


「ならそこに惚れたのか?…うーん、実感が湧かないからよく分からない、けどまぁ…そう言われるってことはそうなんだろうなぁ」


「うむ、実感は湧かんがな」


イマイチ納得し切れない物のそれでも記憶がない以上そうと言われたら否定も出来ない。そんな状態のラグナとメルクリウスの様子を見たアサリオンはニッコリと笑みを浮かべつつ。


(よしよし、上手くいっている…記憶消しが効いているから私の話も鵜呑みにしているし、これは上手くやれば同士討ちに持っていけるかもしれませんね)


…内心で腹黒く嘲笑する。ラグナとメルクリウスが記憶を失った原因…それは他でもない、ここにいるアサリオンこそが犯人である。いやもっと言えばこの街に魔女の弟子達が来ていると聞きつけこの作戦を立案し指示したのもまた彼女なのだ。


(上手くこいつらを同士討ちさせて、全員を捕える事ができたら…ぐふふ、私は『本部』から多大な報奨金が貰える。こんな場所に左遷されて出世は絶望的だと思っていましたが…ツキが巡って来たようで)


彼女の目的は一つ、魔女の弟子達の確保である。彼女の言う『本部』からある日突然打ち出された指令。魔女の弟子を一人でも捕まえられれば報奨金として金貨数百枚が貰えると言うのだから狙わない手はない。


社長からの覚えも良くなればもしかしたら本部の方に戻れるかもしれない。いやそれどころか私は……。


「なぁアサリオンさん」


「はぇ!?な…なんです?」


ふと、ラグナに声をかけられアサリオンは笑みを正す。今ラグナ達に疑われるわけにはいかない、自分は元々ラグナ達の協力者で仲間で友人で…そういう形を取り繕う必要がある。そうやってこの二人を上手く使って同じく記憶を失った弟子達を同士討ちさせる。


故にこそ、彼女は持ち前のビジネススマイルでラグナの言葉に答えて…。


「とっととその敵って奴を倒しに行きたい。情報をくれよ、あんたなんか知ってんだろ?」


「え?ええ…早速行ってくれるんですか?」


「勿論だよ、メルクリウスさんはここで待ってろよ。俺が全部片付けてきてやるよ」


「傲慢だな、必要ない。私が片付ける…名を言えアサリオン」


どうやら、魔女の弟子達は血の気が多いようだ。ならば都合がいいと歯を見せ笑うアサリオンは…告げる。


「そうですね、敵の名は『エリス』『サトゥルナリア』『メグ』『ネレイド』『デティフローア』…そして『アマルト』。こいつらは悪い奴らでしてね?そりゃあもう極悪非道の悪逆無道、日常的に強盗を繰り返し婦女子を誘拐しまくる頭のおかしい連中でして…」


そうして彼女は吹き込む、ラグナ達の本来の友人達のありもしない悪評を。そして狙う…魔女の弟子達の全滅を。



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