624.魔女の弟子と最高の友達
蝉の裁判官が告げる、私の罪状を挙げ列ね刑を言い渡す。
蝉の裁判官が告げる、蝉の裁判官が告げる、蝉の裁判官が告げる。
私は罪であり、その存在が罪であり、そこにある罰は一つだけ。ならばこそ笑おう、ならばこそ泣こう、狂気の上でこそ人は笑い人は泣く、そこにあるのはただ一つ。
渇望の狂気だけ。
感情こそが…人を動かす原動力さ。
「そうだろう!そうだろうサトゥルナリア!同じ芸術に生きる徒よ!私はお前を見るよ!私はお前だけを見るよ!君はこれほどまでに美しい!それ程までに愚かしい!」
「ルビカンテェェッッ!!!」
怒りを込めた声が響く、思わずルビカンテは笑いながら眼下に目を向ける。既に世界は滅びつつある、真っ赤に染まった空は割れ、サイディリアルの街並みは砕け始め天に開いた黒穴に吸い込まれつつある。
直ぐに全ては消えて無くなる。この滅びと死と破壊に満ちる世界の中を突っ切って走るただ一人の少年は…サトゥルナリアは私目掛け走ってくる。実力差は歴然だ、戦って勝てるとは思ってないだろう。
だが彼はそれでも私に向かってくるだろう…だって。
「お前を止める!僕はもう!お前をこれ以上狂わせない!!」
「そう言うと思ったよサトゥルナリアッ!君は私の親友だ!君は私の仇敵だ!殺し合おう!助け合おう!その一途な思いが私をより大きくするッ!」
砕けて崩れた王城の屋根から飛び降りてサトゥルナリアに向かう、きっと彼はここに来てくれると思っていたよ…君は優しいからね、どんな困難が間に立ち塞がろうとも、どんな窮地でも、乗り越えてここに来る。
そんなに大切かい?全てが、ならいいよ…私はそれを壊そう、全てを壊して砕けた瓦礫と破片を一生懸命掻き集めて涙を流そう。やるんじゃなかったって後悔させてくれよサトゥルナリア!
「イィーーーーアハハハハハハハハハハハハッ!」
「もう諦めろ…ルビカンテ・スカーレット!!」
空を駆け抜けるサトゥルナリア、天より飛来し狂気に笑うルビカンテ、第四円・狂気のジュデッカに木霊する二人の絶叫、二人の芸術家の魂の咆哮、それがぶつかり合う。
ルビカンテにとってはあまりにも長く、サトゥルナリアにとってはあまりにも短い、二人の戦いがここで決着を求める。
────────────────────
「冥王乱舞・一拳ッッ!!」
「不折不曲のセイレムッ!!」
瞬間激突する二つの拳。片や神速に至る冥拳、片や万通の煌めきを誇る神拳。それが今写真の中…アルクカースの荒野にて激突し…。
「うぉっ!?マジか!」
「く、空間が割れております!」
「二人ともすごい…」
そのあまりの威力に空間そのものが鳴動し衝撃波が周囲で見ていた弟子達の元まで到達する。壮絶な力と力の鬩ぎ合い…バチバチと火花を散らしながらぶつかり合い、そしてやがて…。
「ぅぎゃっ!?」
吹き飛ばされる、拳を放ったエリスが逆に相手の拳に押し飛ばされピョーンと飛んで地面をバウンドする…押し負けた、押し負けたー!!
「ぐぎゃー!悔しいぃーー!!」
「へっへーん!私の勝ちだねエリスちゃん!」
「うう、デティ強くなりすぎですよ…」
相手はデティだ、魔力覚醒を行う大人の姿になったデティが腰に手を当て大きくなった胸を張る。押し負けた、デティを相手に拳を撃ち合い真っ向から迎え撃って負けた…悔しい!
……今エリス達は写真の世界で組み手をしている。お相手はデティ、それも最近魔力覚醒を解禁したデティだ…その覚醒の強さが如何程か体感するために戦ったのだが、これがまたとんでもなく強い。
身体能力も激上がり、攻撃一発に数千発の魔術が乗り、こっちが攻撃しても体力が減らないしなんなら魔術を連発しても魔力が減らない、常時古式魔術を展開し続けているから失った瞬間補填されるのだ。
はっきりいいましょう、強い云々以前にずるいの領域に入っている。
(これが才能ってやつなのかな…)
エリスは体を軽く動かしコンディションを確かめながら考える。思えばデティはクリサンセマムと言う家が八千年かけて作り上げた魔術の寵児。そんじょそこらの天才とは格が違うのだ。それが覚醒したらそりゃあ強くもなるか…。
(八千年かけて…か)
歴史の積み重ねばかりは個人の努力ではどうにもならない。そしてそう言う歴史の積み重ねという意味でデティはこの世界の頂点にいる、クリサンセマムの持つ歴史は魔女様と対等なんだから。
だからデティが強いのは当然…なんてつまらない結論を出すつもりはない。そもそもエリスだって一応天才の部類、そこについてグダグダ言う資格はないし何よりデティが強いのはデティが努力をしてきたからと言う部分が何より大きい。
つまり…だ、何が言いたいかと言えば。
(俄然燃えてきましたよ、デティ。魔女の弟子最強になるのはエリスです)
瞳の中で炎が燃える。いいのだ、今越えられても、後で追い抜けばそれで。エリス達魔女の弟子が目指すのはつまりこの八人の中での最強…師の誇りに懸けて、自らの師こそが最高であることを証明するために最後の最後に最強になれればいい。
だから、たとえ千年級の天才でもエリスは超えますよ…。
「………ふふふ」
そしてそんなエリスの魂の躍動を感じ取ったのかデティは嬉しそうにニコニコと笑い、覚醒を解除しいつものちっちゃい姿に戻る。
さて…今日の組手はそろそろ終わりか。
「なぁデティ、次俺と戦ろうぜ」
「えー、やだ。エリスちゃんと戦った後にラグナって…どんな悪夢の連戦コースよ」
「別にいいだろ?覚醒の消耗とかないんだろ?」
「覚醒中は消耗しないだけ、魔力が自動装填されるからね。けど覚醒を解いたら別…何より精神的な面でもちゃんと消耗します〜」
「ふーん、万能の覚醒ってわけでもないんだな」
「デティ!次はエリスと戦りましょう!」
「話聞いてた!?ってかエリスちゃんとは今やったじゃん!」
「いえ!次はあれやります!過重覚醒!カルウェナンだって倒したあれなら勝てるはずです!」
「言っとくけどあれ二度とやらないでよ!?もう見るからに魂に負担がかかってるんだから!簡単に切れるカードの中に入れないで!」
うーん、やっぱり過重覚醒は使っちゃダメか…まぁ確かにみんなには言ってなかったけどあれ使ってから数日くらいボーッとしてたし、全身が痺れた感覚がしたんだよな。エリスの経験上あの感覚はちょっと冗談にならない感じがした。
デティの言う通り、過重覚醒はもう二度と使わない方が良さそうだ。多用はダメというより…次使って無事でいられる保証がないって感じだ。あの時は奇跡的に大丈夫だっただけ。
「そろそろ終わりか?んじゃ昼飯にしようぜ〜」
するとそんな中アマルトさんがエリス達の間に割り込んできて…その手に持った巨大なバスケットを差し出すのだ。お昼か、お腹も空いてるしご飯にしようかな。
「やっほーい!今日の昼飯はなんだー!」
「折角だしピクニックスタイルにしようと思ってさ。昨日から作り置きしてたんだ、ここで食うか?」
「ここ?」
そう言ってエリスは周囲を見る。ここは写真の世界…アルクカースの荒野だ、修行によく使ってる空間ではあるけど…。
「ここはいやです、アジメクの写真の方にしましょう」
「だな、同感」
「えぇ〜、いいじゃんここで」
「そらお前はな、俺達は嫌なの」
反対するラグナ一人を引き連れてエリス達は一旦アルクカースの写真から出て直ぐにアジメクの方に移動する。メグさんとメルクさんの覚醒の合わせ技により次元移動の扉を固定出来るようになったからこういう使い方も出来るのだ。
……エリス達は今、南部を抜けて中部に差し掛かる辺りを旅している最中だ。南部ウルサマヨリでの戦いを終え次なる目的地はサイディリアル、マレフィカルムの情報を知っているであろうガンダーマンやレナトゥスと言った面々を探る為エリス達はこの国の中枢たる街へ向かうのだ。
そして何より、その最たる目的は。
「大冒険祭…だったか?」
アジメクの花畑が映された写真の中に映ったエリス達は、色とりどりの花々が煌めく絨毯の上にシートを引いてお昼ご飯の支度を始める。その最中にふと口を開くのはメルクさんだ。
「私達はそれに参加するんだよな」
「ええ、それに参加し優勝すれば少なくともガンダーマンには会える筈です」
エリス達の目的は大冒険祭への参加とそれに優勝すること。今最も情報を多く持っているであろう男の一人ガンダーマンは少なくともエリス達がマレウスに来てからずっとその行方をくらませ続けてきた。それにより全く接触出来なかったのだが…。
ある意味これは最大のチャンスとも言える。だって優勝さえすれば確実に会える権利が手渡されるのだから。
「優勝すればガンダーマンに話を聞けます、これは間違いありません」
「その件なんだが、現れるのか?今まで姿をくらませていたあの男がそんなイベント如きに顔を出すとは思えんのだが」
「んー、それなー。またなんとかんのあってブッちされるんじゃね?」
「いえ、あり得ませんね」
「言い切るねぇ、根拠はあんのか?」
食器を並べるアマルトさんがニタリと笑ってこちらを見る。根気はあるか?あるに決まっている。
「大冒険祭はそもそもガンダーマン発案の物で尚且つ冒険者協会関連で最も大きなイベントです。その影響力は世界中に波及するほどですから」
「言ってたな、確か全世界から参加者が集まるから世界的に冒険者不足になって魔獣被害が増えるんだっけ?傍迷惑な話だぜ」
「それほどの影響が出るにも関わらず今日まで大冒険祭の存在が許されてきたのはその影響力と同じくらい大きな金が動くからです、世界中の商会や資産家…ありとあらゆる富豪を巻き込んで行われる世界で最も贅沢な遊びとも言われるのです」
「へぇ、って話だけどうちで一番の金持ちさんは噛んでねぇの?」
「む?ああ、そう言えば数年に一度冒険者協会から資金援助の申し出が来ていたな…イベントをするとかなんとか、イベント構造自体に興味があったからそれなりに出資して見返りを得ていたが…そうか、今思えばあれが大冒険祭か」
「お前な…」
「いえ、多分ガンダーマン自身が積極的にメルクさんを関わらせたくなかったから詳細を隠していたんでしょう。彼は魔女嫌いで有名ですから」
「だったな…、で?なんでガンダーマンは現れるんだっけ?」
「それだけ大きなイベントです、もしこの大冒険祭がコケたら動く冒険者協会がダース単位で吹っ飛んでも足りないくらいの金額が闇に消えます。それこそ王政府も関わってるんです、そのイベントの責任者がガンダーマンですよ?彼が来ないのはあり得ません」
「確かに、もし顔出さないでなんかあったらなぁ。王政府が関わってる以上テメェが顔出さないせいで失敗したろーが!死刑!ってのもあり得そうだ」
「レギナにそんなことをする胆力があるとは思えんがな」
つまりこの巨大なイベントの責任者であるガンダーマンが顔を出さないというのはあり得ない、もし顔を出せないならそもそも開催自体しないだろう。だが今のところ開催中止の発表は聞こえてこない。ならやるんだろうしガンダーマンも出席するんだろう。
なら後は優勝するだけだ。
「しかしそんなデケェイベントなのか」
「多分、みんなが今まで見てきたどんなイベントよりも大きいかと思われます」
「そんなにか、詳細は分かるか?エリス」
「エリスも出たことはありませんが…毎年凄まじい数の参加者で出ますからね、それを予選にプラスして三回戦で振るいにかけるんです」
エリスはアマルトさんとメルクさんに聞かせるように語る。大冒険祭とは基本的に三つの方法で争われ一つの一つの競技で数十万近い参加者を振るいに掛け最終的に一組の冒険者を優勝者に選ぶのだ。
大体期間は一ヶ月、一回戦毎に一週間、間に二日のインターバルを挟み一ヶ月かけて行う。つまり大冒険祭は一ヶ月ぶっ通しで行われるのだ。
「へぇ、一ヶ月かけてねぇ。大々的だな」
「だから影響も大きいんです」
「競技は大体どんな物があるんだ?」
「それは分かりません、毎年違うので。ですが大冒険祭の名の通り冒険者としての資質を争う物なので基本的に冒険者活動に則したものになりがちですね」
だから指定された魔獣を何匹倒してこいとか、なんたら山に生えてるなんとかって草を持ってこいとか、いつぞや学園でやったような事を大規模な感じでやるのが大冒険祭だ…。
「つまりさ」
すると、そんなエリス達の話を聞いていたのか向こうからラグナがやってきて首をコキコキ鳴らすと…。
「全員倒せばいいんだろ?なら簡単だぜ」
「全然違います」
話聞いてなかったな…、直接ぶつかり合うわけがないでしょ。殺し合いなんかしたら冒険者協会に損しかないですよ、だって参加者はみんな協会にとって大切な戦力なんですから、内輪揉めなんかさせるわけがないですよ。
「内輪揉めなんかさせてこないですよ、協会が」
「えぇー、つまんねー」
「いくら勝負をつけるといっても戦ったらそれは同士討ちだからな、その辺は考えているのだろう」
「まぁでも…あくまで競技的に争う物がないだけで、妨害はしてくるでしょうね…間違いなく」
「へぇ、やっぱ面白そう」
勝利条件は潰し合うことではない、だがルールに潰し合うなとは書かれてない。だから攻撃を仕掛けて全治一ヶ月の怪我でも負わせりゃハイそれまでよ。
これはイベントではあるが参加者は全員半無法者の冒険者達。頭も品も育ちも悪いが腕っ節はあるって連中だ、敵を叩き潰してリタイアさせる…なんて簡単な方法があるならまず間違いなくそこに飛びついてくるだろうよ。
「ま、今更冒険者程度…って感じだろ、こっちはもう八大同盟三つ潰してんだぜ?」
「そうも言ってられませんよ、アマルトさん」
「そうか?」
「そうですよ、冒険者協会といえばアド・アストラ、マレウス・マレフィカルムに次ぐ世界三番目の超大規模武装組織ですよ。それが一堂に会して争うあうのですから…油断は出来ません」
「むぅ、それもそうかも…」
「特に今幅を利かせている大規模クランは注意が必要ですね。そいつらはまず間違いなく軍隊になって動くので」
「…ああそうか、クランか。このイベントは人数が物を言うイベントでもあるのか」
流石メルクさん、直ぐそこに気がつくか。そうだ、大冒険祭には一チーム毎にエントリー出来る人数に制限がある、だがクランには制限がないんだ。つまり一千人単位のクランがそれぞれチームに分割して動けばイベント中無条件に結託して動く百チームが出来上がる。
例えばうち十チームが他チームの妨害、残りが課題のクリアに動くってやり方をすれば間違いなく勝てる。
ここがエリスが大冒険祭に参加しなかった理由でもある。ただ個別に参加しただけの一チームでは纏って動く百チーム二百チームの集団にはとても太刀打ちができない。結果第一回戦で残るチームは全てがクランの主力になり、クラン所属でないチームが残るのは稀…第二回戦に残ったとしても大型クラン同士が鬩ぎ合う第二回戦では何も出来ずすり潰されるのがオチだからエリスは参加しなかったんだ。
戦いというのは、数が物を言う。千を蹴散らせる一も万を相手にしたら分からないように、際限なく寄る人波を跳ね除けられる強者は一部だけなんだ。だからそれが出来る魔女という存在が崇められているんです。
「おいおい!それじゃ俺達参加しても意味ねぇじゃん。優勝できなきゃ無駄足だろ」
「まぁエリス達ならなんかとかなるでしょ…。超大型クランとのぶつかり合いは避けつつ…まぁ、臨機応変に」
「大丈夫かそれ…」
「まぁ我々八人ならなんとかなるだろ」
「ええ、ああいや待ってください。参加するのはエリス達八人だけじゃありません、大冒険祭に参加するためには一チーム十人でなければなりません」
「は?十人?足りねーじゃん」
そう、一チーム十人が大冒険祭の原則。この為に十人以下のパーティは他のパーティから勧誘したり、この時のためだけの傭兵冒険者を雇い入れたりして人員を工面する。
そして知っての通りエリス達は八人、参加するには後二人足りない。
「どうするんだ?まさかアリスとイリスを参加させるなんて言わねぇよな」
「いいませんよ、そもそも大冒険祭に参加出来るのは冒険者協会の免許を持つ者、それも資格取得から三ヶ月以上経過し尚且つ依頼をこなしたことがあるチームだけです」
「それ俺達大丈夫か?」
「そこはケイトさんがエリス達の免許更新免除をしてくれているでしょう、ケイトさん護衛依頼を通常依頼と同じようにカウントしてくれていることに賭けます」
「不安だなぁ…それ、でもじゃあ他二人は誰を入れるんだよ。俺嫌だぜ?見ず知らずの奴と一ヶ月一緒に過ごすの」
「大丈夫ですよ、誘うのはステュクスとルビーちゃんですから」
「え?ああ、そう言えば二人は今サイディリアルにいるんだったな」
そう、今二人はサイディリアルにいる。二人ともエリス達の知り合いだ、この二人を入れればあら不思議!十人になりますよ!
「大丈夫か?それ、だってステュクスの奴って……」
「何がですか?アマルトさん」
「いや別に…お前が気にしてないならいいが。つーかルビーに関しては俺的には半分くらい見ず知らずの人間なんだが。全然会話したことねぇし」
「文句言わないの!ステュクスはエリスが言えば言うこと聞きますから、ルビーちゃんもエリスが頼めばきっと受けてくれます」
「ふむ、いいかもしれんな。二人とも実力的には申し分ない、ましてやステュクスに至っては魔力覚醒も会得している実力者、頼めるならこちらから頭を下げて頼みたいくらいだ」
「エリスは下げませんけどね」
「お前のステュクスに関する距離感が分からん、嫌いなのかそうでもないのか」
別に嫌いじゃありません、あいつは信用出来ます。いい奴ですしね…けど…距離感が分からないんですよね。エリスは彼にとって恐怖の存在ですし、エリスにとっても目を向けたくない部分の象徴でもあります。そんな二人が姉弟という括りに入れられてしまっている。
だからこうやって言動で距離を取るしかないんです。
「ともあれそういうことです!まず現地に着いたら二人を探して一緒に大冒険祭参加を取り付けます!というわけでお昼にしましょう〜」
「おういいぜぇ、ほらよ!これどーよ!」
そうしてエリス達はお話もそこそこにアマルトさんが用意したバスケットを開ける。すると中から出てきたのは…。
「なんだこれ、変わったメニューだな」
バスケットは四つに割れそれぞれ『薄く切ったステーキに米が合わせられたステーキ寿司』『魚をソースに漬けた物を挟んだサンドイッチ』『綺麗に切り分けられた茹で卵』『スティック状に切り分けられた野菜と白いソース』が入っており…なんだかこう、不思議な組み合わせだ。
いや待てよ?この品揃え、これはもしかして。
「もしかしてこれマレウスの名産品ですか?」
「お!流石エリス!分かるか!」
「マレウスの名産?」
ラグナは首を傾げているがエリスは分かる、これは東西南北それぞれの代表的な食べ物で分けているんだ。
まずステーキ寿司は牛肉と米を使った料理の多い南部地方の食材を使った料理。
魚をソースで漬けたこれは西部の海産料理にこれは…バナナソースか。ボヤージュバナナを使ったソースと生臭さの少ない白身魚のサンドか、美味しいのか?
そしてこの茹で卵は恐らく温泉卵、そう…温泉と言えば東部、これは多分東部の名産品だろう。
で最後に野菜スティック…これはバーニャフレイダだ。マレウス北部はマレウス切っての農耕地帯。様々な野菜を使ったこれはまさしく北部の恵みと言える。
マレウスの東西南北にある食材をそれぞれ上手く使ってバスケットの中にマレウスという国が広がっている。とみんなに説明するとみんなも手を打って理解し。
「ほう、随分楽しい遊びをするじゃないか、アマルト」
「すげぇ、よくやるよなぁアマルトも」
「でへへ、まぁ〜なぁ〜」
「流石アマルトさんです!」
「この茹で卵…いいね」
「なはは、まぁーなぁー!」
ただ作るだけではなく料理に意味を、見た目に楽しさを、意識に美徳を、ただの食事をこうも意味ある物に変えるなんて、流石はアマルトさんだ。
「折角マレウスに来てるんだしさぁ、マレウスを味わうってのもやってみたいだろ?この間は飽食の街に行ったのにちっとも飽食出来なかったしよ?なら俺でやっちまおうって思ったのさ」
「アマルトって本当に料理好きだねぇ〜」
「小さい頃からやってるしな、つっても飽くまで趣味なだけなんだけどな。おうそれより食えよ食えよ」
彼に促されエリス達はみんな揃ってそれぞれのバスケットの中の料理を食べる。エリスもステーキ寿司を一つ取って口に入れる。
するとどうだ。想像していた肉のコッテリした旨味だけではない、芯にピリリと通るような味の筋がある…これは、なるほど!ワサビ!
(いやただのワサビじゃない、普通のワサビより辛味が抑えめでほんのり甘味もある…山ワサビかな。普通の魚寿司と違って肉の主張が激しいからワサビも山ワサビに変えてるのか。うんうん…美味しい)
食べてると思わずニコニコしてしまう。山ワサビのおかげで肉の脂臭さを全く感じなかった、これならいくらでも食べられそうだ。
「うまっ!魚とバナナのサンドイッチって聞いて『マジ?』って思ったけどこれ美味しいよ!バナナソースっての?なんか豪華な味がするよぉ」
「茹で卵も…いいね、塩も振ってある…岩塩?」
「ふむふむ、バーニャフレイダもいい具合だ。落ち着く味だな」
「北部の野菜も侮れないでございますね」
デティは魚とバナナのサンドイッチを美味しそうに頬張りネレイドさんは茹で卵をニコニコしながら頬張り、メルクさんとメグさんは二人でバーニャフレイダをポリポリ食べている…そんな中。
「んふふ」
「ん?アマルト?お前食わねえの?」
ふと、ラグナがアマルトさんが手をつけていないことに気がつき声をかける。見ればアマルトさんは嬉しそうに微笑んでおり食べている様子がない。お腹空いてないのかな…遠慮するってタマでもないだろうに。
「いやぁ、今回の料理にはちょいと気合い入れててさ。構想も一週間くらいかけてやったし、何気に苦労したんだよな」
「へぇ、確かにどれもこれも美味しいや」
「だからさぁ、ダチが美味しい美味しいって言って食ってくれるとこう…嬉しくってさぁ」
本当に可愛いなこの人は。でもアマルトという男の行動原理は基本それだ、この人は我儘に見えて実際のところは実は相当面倒見がいい。というより第一に友達が来て次くらいに自分が来る…そんな感じの人だ。
友達じゃない人間に対する当たりはエリス以上に悪いが一旦受け入れると死ぬ程頼りになってくれる。まぁ…それが危うい場面もあるが…。
「だからお前らの嬉しそうな顔見てたら、腹一杯になった!」
「アマルト…」
「アマルトさん…」
それでもそれがこの人のいいところだ。エリス達もアマルトさんの事は大切にしないとなぁ。
「そんな事言わないでお前も食えよぉ!」
「そうですよ!エリス達もアマルトさんが食べてるところ見たいです!」
「どういう事!?まぁいいけどさ、食うよ。…うん、この寿司うめぇ〜」
「本当にアマルトさんって料理上手ですよね」
「んー…まぁな!」
そして彼もまた笑顔でエリスに対して笑いかけ、食事を始める。
このお昼のひと時は彼が居てくれるから、エリス達は楽しく旅が出来ている部分が大きいんだな…ってのを痛感した時間になって、そしてまた時間は過ぎていくのであった。
……………………………………………………………
そして、そんなひと時から数日後…エリス達は南部を抜けて完全に中部地方に入り、さぁこれから中央都市サイディリアルに向かおうかって時点に至り、とある問題に直面した。
「だぁああ!なんだそりゃ!」
「文句言うなよアマルト、こればっかりは仕方ないだろ」
「そうだけどよー」
「ぶー!私も納得いかないよー」
エリス達は中央都市サイディリアル…ではなく、そこからかなり離れた中部地方のとある街『繋がりの街イコゲニア』にて…足止めを食らっていた。
「そう言えばケイト殿も言っていたな。中部地方は関所が多く足止めを喰らう場面が多くなると…これのことか」
「申請承認まで三日…長過ぎません?」
この街イコゲニアは中部に繋がる関所でもありサイディリアルに行くには通らねばならない関所のうちの一つだ。そこでエリス達は『ここを通してください』と申請したところ承認には三日かかると言われたのだ。
これにアマルトさんとデティは文句タレタレ、時間制限がある身でこの三日は少し大きいと言うか、もう気分的にはサイディリアルに行く気満々だっただけにこの足止めは納得がいかないようだ。
「無視していかね?」
「バカ言うなよ、そんなことすりゃ捕まるぞ」
「かぁ〜だよな、じゃあ三日この街で滞在か?」
「そうなるな」
「仕方ありませんよアマルトさん、エリスも昔来た時はこうでしたし」
「なら俺賭博街アルフェラッツ行きてー…チクシュルーブはなくなっちまったしよ」
「そんな時間もありませんって」
とりあえず、この繋がりの街イコゲニアで三日滞在するのは確定なようだ。まぁここ最近色々動き通しだったし、偶にはこんな何もない時間ってのがあってもいいんじゃなかろうか。
「まぁいいか、この街は他の街に比べてなんか奇天烈な感じもしないし」
そういいながらアマルトさんはこの街を見渡す。見た感じこの街には特に変な要素はない。白い煉瓦で組まれた壁とオレンジ色の屋根がずらりと続く情緒ある街。他の街に比べて比較的大きくいろんな人達がそれなりに裕福な格好で歩いている。人通も多いし…いい感じの街だ。
「いい雰囲気の街ですね」
「いやいやそれだけじゃないって。この街にゃ変な奴が居なさそうじゃん。街人が真方教会と喧嘩してるわけでも、街人が人形ってわけでもない。領主がバカやって食い物を独占してる様子もないし…平和そうじゃん?」
「確かに…」
こう言うふうに何気なく立ち寄った街でもエリス達は何かと戦ったり問題解決したりしている気がする。しかしこの街は本当に普通だ、何も問題はなさそうだ。そう言う意味でも珍しい普通の街と言えるのか。
「この街は中部地方の中でも更に都会の方に入るので、そう言う意味でも問題は少ないのでしょう。よく言えば治安が良いのでございます」
「他の街は治安が悪いと。まぁそうだろうけど…んじゃ三日はこの街で暇つぶしか、何すっかな。カジノもなさそうだし」
『よってらっしゃい見てらっしゃい!』
「あん?」
ふと、エリス達は思わず足を止める。優雅で典雅で風光明媚なこの街に似つかわしくない…やや喧しい声が大通りに響いたからだ。その方向を見てみると。
「さぁ見てらっしゃい、デナリウス大商会が自信を持ってお送りするデナリウスクオリティの便利な魔道具の数々を〜!どれもこれもここでしか買えない逸品ばかり!多少値は張るがこれからマレウスの流行の最先端を走る品ばかりだから今買うに越したことはないよぉ」
「魔道具売りかよ、珍しいな」
アマルトさんが思わず呟く。大通りの真ん中で露店を構えていたのはデナリウス大商会の旗を掲げだ魔道具売りの商人だった。魔道具ってのはつまり魔力機構の事だ、本来軍部や公的機関で扱われる場合の多いそれを民間で売ってるなんて珍しいなとエリス達は目を引くのだ…何より。
「デナリウス大商会って…確か」
「ああ、マレウスで一番の商業グループだ」
メルクさんが静かに呟く。そう、今あそこで店を構えているのはマレウスで最も大きく最も成功していると言われるデナリウス大商会なのだ。
『デナリウス大商会』…数十年前からマレウスで幅を効かせる商業グループであり、彼らが取り扱う物はどれもこれも品質が良く、何よりなんでも取り扱っているのが特徴の文字通りの大商会。
例えば地図やコンパスのような旅に必要な物。野菜や肉のような食品も扱っているしタンスや机みたいな家具も取り扱っている。なんなら土地も売ってるし建築業もやっている。
だからその気になればデナリウスから土地を買いデナリウスで家を建て、デナリウス印の商品だけで生きていくことできる…なんて言われるくらいの凄い商会だ。あまりにも影響力がありすぎてメルクさんのマーキュリーズ・ギルドでさえマレウスに進出出来ない程と言われるほど、デナリウス大商会はマレウスで上手くやっているんだ。
「デナリウス大商会ってマレウスで一番大きな商会ですよね。そんなに稼いでいるのに露店を開いて営業するなんて…貪欲というか、向上心があるというか。凄いですね」
「ああ、大商会としての驕りが全く見られん。流石と言ったところか」
ナリアさんがほぇーと口を開きながらデナリウスの貪欲な商売姿勢に感嘆する。確かにデナリウスと言えばマレウスで一番有名な商会だ、やろうと思えばあんな露店なんか開かずともやっていけるだろうに…それでもああやって商売するくらいには初心を忘れていないということなんだろう。
まさしく王者の商売姿勢というやつですね。
「……そういや、デナリウス商会って…レーヴァテイン遺跡群を買い取ったってところだったよな」
「よく覚えてましたねアマルトさん」
「まぁな……」
アマルトさんはやや険しい顔でデナリウス大商会を見遣る。彼の言う通りマレウスの東部に存在すると言われる遺跡群…八千年前の謎が残る『レーヴァテイン遺跡群』をレナトゥスから買い取ったとされるのがデナリウス大商会なんだ。
レーヴァテイン遺跡群と言えばあれだ、不朽石アダマンタイトを作ったとされる八千年前の英雄『碩学姫』レーヴァテインの名を冠した遺跡にして魚宮国ピスケスの技術が眠ると言われる場所。ただレナトゥスはその遺跡から何も見つけられず結局手放したらしいが…デナリウス大商会はそんな遺跡を買い取って何がしたいんだか、って話だ。
「お、そこの身なりのいいお兄さんがた!どうですウチの魔道具は!見ていきません?」
「あー、いいよ。間に合ってる」
ふと、露店の商人がエリス達を見て客引きしようと手招きするが、アマルトさんは一も二もなくそれを手で払うように断って露店の前を通り過ぎて行ってしまう。まぁ確かに物珍しい店ではあるがエリス達は確かに間に合ってる。
だってメグさんがいるもん、多分この店で売ってる魔道具よりもずっと高性能な魔力機構をホイホイ出せるしね、この人。
「はぁー、一旦馬車に戻って何するか話し合おうぜ〜」
「そだねー」
「…………」
まぁともあれ、今はこの三日という時間をどう使うかだ。一旦馬車に戻って暇の潰し方でも考えるか…。
そうしてエリス達は露店の前を通り過ぎて…馬車への戻る。だが気がつかない、全員が気がつかない。
「……あの八人組…」
露店の商人が、通り過ぎるエリス達を見て訝しげに眉を歪めている事に。そして商人はエリス達に気がつかれないよう、懐から紙の束を取り出しその中を確認するように目を走らせると。
「ッ…間違いない、あの八人組…魔女の弟子達だ。ヘッヘッヘッ…こりゃあついてるぜ、大儲けが出来そうだ。アサリオン様に報告しねぇと」
怪しく笑う、エリス達の背中を見て笑う男の手に握られた紙に書かれていたのは…。
『懸賞金・魔女の弟子一人につき金貨三千枚』。
エリス達は気がつかない、密かに迫る魔の手の存在に。
………………………………………………………………
「じゃにゅーーーー!!!」
「ウェーイ!俺の勝ちー!」
「エリスちゃん本当に弱いね」
「んんんんっっ!!なんでですかー!」
それから、弟子達はみんなで馬車に戻りそこで適当に遊んで過ごす事になった。街に出て遊んでもいいけどこの街は特に娯楽が少なそうだった…というのもあり、メグにトランプを用意してもらい取り敢えずみんなで暇つぶしのカードゲームでもしますか…ってなわけで八人で卓を囲んでたんだが…。
「お前マジであれだな、運命的なレベルで弱えな」
「だから嫌だって言ったんですよエリスは!こういうゲームは嫌いなんです!」
エリスが悲しいくらい弱いんだ。何回やってもエリスは絶対に負ける。運命とか見えない力でそうなるよう決められているレベルで弱いもんだからやってるこっちが申し訳なくなるレベルだ…と、アマルトは…俺はトランプを回収しつつ思うのであった。
「うう、エリスも一回くらい勝ちたいですよう」
「まぁそういうなって、楽しかったろ?」
「……まぁ」
ズビズビと泣きながら机に突っ伏すエリスの肩を叩く。こいつはゲームが嫌いだ、というのも元来エリスという人間は死ぬほど負けず嫌いでたとえ負けるとわかって居ても勝ちを狙いに行くタイプの女だ。だからこそどうやっても勝てないゲームという物に若干苦手意識がある。
けど、それは裏を返せば誰よりもゲームに熱中する、って意味で。八人でこうして遊んでる時こいつは誰よりも必死になって遊んでた。そういう意味では楽しめただろう。
「はぁ、しかしマジでアマルトはこの手の頭と運を使うゲームが上手いな」
「はい、私も本気で勝ち行ったのですが…やはりアマルト様には敵いませんね」
「そんだけ強いならちょっとくらい手加減してやんなよアマルト〜」
「うっせぇ、手加減する方がこいつキレるだろ」
カードゲームも一区切り、みんなテーブルに肘をついたり椅子の背もたれに体重を預けたりしながら談笑へと移る。最初は三日も暇だと聞かされた時はどうなるもんかと思ったけど…やっぱみんなで遊ぶのは楽しいな。
「んふふ…」
「楽しそうだね、アマルト」
「まぁな」
カードを回収しながら整え箱に移す。そんな作業の最中にも笑ってしまう。やっぱり俺はこいつらが好きだ、ここにいる七人全員が俺にとって大切な友達でこいつらもまた俺と同じように思っている。
親友と言っても差し障りないメンツでこうやって遊べるのが俺にとって何よりも幸せな事なんだ。
「さて、そんじゃあエリス。約束は守ってもらおうか」
「うっ……」
そして俺はカードを箱に戻し終え、机に突っ伏すエリスに声をかける。因みにだが今しがた行われた俺とエリスの一騎打ちはエリスの我儘によって行われたエキシビションマッチだった。
八人でババ抜きを三回行いその三回とも負け越したエリスは『負け続きは納得出来ません!最後に勝負です!アマルトさん!』と言い出しよりにもよって俺に勝負を仕掛けてきた。けどただ勝負を受けるだけってのも面白くないから賭けを申し出たんだ。
その賭けの内容とは…。
「はぁ、仕方ありません。全員分のお昼ご飯を買ってくればいいんですよね…チェッ」
「文句言うなよ、そこにサンドイッチ屋があったからそこで買ってこい」
つまり賭けの内容とはパシリだ。負けた奴がお昼ご飯のサンドイッチを買いに行くという罰ゲームが用意されていた。街の中に美味そうなサンドイッチ屋を見かけたからな、そこまで走って買いに行くんだ。
ゲームに負けたエリスはそのパシリを行う必要がある。ここにきて駄々を捏ねる奴でもない、エリスは渋々立ち上がりつつ全員分の注文が書かれたメモをチラッと見てポケットにしまう。
「んじゃあ頼むぜ、エリス」
「ぅぐぐぐ、エリス納得してませんからねアマルトさん。帰ってきたらもう一戦です!」
「お前キレるすぎだろ…」
「ふんす!」
やっぱり負けず嫌いだ。エリスはぷんすこ怒りながら馬車の外へと向かっていく。帰ってきたらもう一戦か…ならその時用の罰ゲームでも考えておくかなぁ。
「しかし、三日間こうして何もせず過ごすってのも…なんかあれだな」
「偶にはいいじゃないかラグナ、折角みんな一緒にいるんだ。こうして遊ぶのも悪くない」
「ま、そうなんだけどな…にしても」
そういうなりラグナは腕を組んで卓を囲む魔女の弟子達を見回し。
「なんていうか、いい感じになったよな。俺ら」
「は?」
とか言い出すのだ。その意味不明な言葉に全員が首を傾げる、いい感じになった?何言ってんだこいつは。
「どういう事?」
「いや、こうしてみんなで遊んでて思ったんだ。俺達はみんな故郷とする国が違う、中には敵対した奴もいる、けど今こうして一緒に遊ぶ関係になっている。立場も事情も何もかも違う俺達が…だ、これって普通のことじゃないよな」
「あー…確かにな」
ここにいるメンツは全員出身とする国が違う。エリスとデティを除けば全員故郷が違う。魔女の弟子という要素を除けば全員身分も違うし生い立ちも違う。なんなら俺やメグ、ネレイドに至っては敵対したこともある。
だが、それでも今俺たちはこうして一緒にトランプをして遊ぶくらい仲良くなっている。当たり前のことのように捉えてるけど、当たり前のことじゃないよなこれって。
「確かにな。なんならアルクカースとデルセクトは戦争一歩手前まで行ったしな」
「あーそうだよね〜、私も昔はアジメク以外の国のことよく分からなかったしね」
「今でこそ当たり前のように一緒にいますが、昔の私からすればこんなにも分かり合える友達が出来るなんて考えも致しませんでした」
「そうだね…、オライオンであんなにバチバチやり合った仲なのに、今こんなに仲良しだよね」
もし、魔女の弟子にならなければ俺たちはきっと知り合わなかった。いや…それ以前にきっと。
「エリスがいなけりゃ、こうならなかったかもな」
俺は思わずポツリと呟く。エリスがいたからこうなったと言ってもいい、アイツが世界中を巡って俺達と友達になって…アイツを中心にこうやって集まって、全員で仲良くなって。
エリスによって救われた奴も多くいる。みんな大切だがやっぱりエリスはなんか特別な気がするな。アイツがいない状況ってのを想像出来ない。
「だな、エリスが俺達を繋いでくれたんだよな」
「本人には小っ恥ずかしくて言えんがな」
「あはは、まぁそのエリスさんを今僕達は使いっ走りにしてるんですがね」
「そりゃ負けたアイツが悪いし」
でも、やっぱりエリスのいない八人の弟子チームってのは想像がつかない。そういう意味では大事な奴だよ、アイツもさ……。
そんな風に感傷に浸りながら俺達は椅子に座ってなんでもない時間を楽しんで………。
楽しんで…味わって………。
「いや!遅いな!?エリスの奴!」
それから三十分、三十分だ三十分。エリスが出てから三十分が経った…というのにエリスの奴一向に帰ってきやがらない!サンドイッチ屋なんてすぐそこだぞ!?どこで何やってんだアイツ。
「何かあったのか?」
「何かあったって、こんな平和な街でですか?」
メルクが立ち上がり、ナリアが首を傾げる。エリスに何かあったかもしれない、だがこの平和で何もない街で何があったというのだ。というかそれ以前にエリスだぞ、何かあった程度でどうにかなる存在かアイツ。
「仕方ねぇ、なんか面倒ごとに巻き込まれてるかもしれないし迎えに行こう」
「そうだな」
だが下手したら何か面倒ごとに巻き込まれているかもしれない、あるいは面倒ごとを巻き起こしているかもしれない。なら迎えに行った方がいいだろうと全員で立ち上がり馬車の外に出る。
馬車を出て向かうのはサンドイッチ屋だ、だが向かうと言っても本当にすぐそこなんだよ。大通りを通って数分、脇道に逸れた通りにそのサンドイッチ屋はある。そこへ向け俺達は全員で小走りで向かい…そうしてやはり数分で着く。
しかし……。
「いない、エリス…どこに行ったんだ?」
ラグナが周りを見回し心配そうに呟く、サンドイッチ屋のある通りの付近にはエリスどころか誰もいない。エリスがサンドイッチ屋の場所を間違えるとも思えないし…どこに行っちまったんだ?
「あの、すみません」
「あら、どうかされたかしら」
「ここにこんな感じの髪型の金髪の女の人が来ませんでしたか?八人分のサンドイッチを買ったと思うんですけど」
するとナリアは先んじてサンドイッチ屋のおばちゃんに話しかけに向かう。他のみんなはナリアに聞き込みを任せつつエリスがどこかにいないか少しバラけて探し出す…。そんな中俺はナリアの隣に立ち、一緒にサンドイッチ屋の話を聞いてみようとしたところ…。
(ん?)
ふと、気がつく。このサンドイッチ屋…。
(このサンドイッチ屋もデナリウス商会か。本当に手広くやってんだな)
チラリと見る看板の隅にはデナリウス印の硬貨型のマークが記されていた。つまりこのサンドイッチ屋もデナリウス商会の傘下って事になる。さっきあそこで魔道具売ってた奴と同じデナリウス商会、奇妙な偶然だ。
「金髪の女性?ええ来ましたよ、サンドイッチを買って向こうのほうに向かったけれど」
「向こう?馬車とは反対方向じゃねぇか…」
そう言ってサンドイッチ屋のおばちゃんがいうにエリスは通りの奥の方へ向かったらしい。だがそちらは馬車がある場所とは反対方向、一体何をしに向かったんだ?何考えてんだよエリス。
「ありがとうございます、…アマルトさん」
「ああ、ったくエリスの奴。まさかカードゲームに負けたことに拗ねてそこらへん彷徨いてんのか?」
何を考えているか分からないが…取り敢えず迎えに行こうかと俺とナリアは二人でおばちゃんと言った通り、路地の奥へと向かう。既に他の仲間達もあちこちを探し終え…見つからないのか首を傾げつつ俺達の方に向かってきている。
「何かわかったか?アマルト」
「向こうに行ったって」
「向こう?馬車とは反対方向だな」
「エリス…どうしたんだろう」
「さぁな、ってかデティ。お前魔力探知でエリスの居場所わからねぇの」
「うーん、すぐに見つかると思ったんだけど…分かった。ちょっと探ってみる」
みんなで路地の向こうに向かって歩きながらエリスを探す。唐突にいなくなったエリス、何故か反対方向に向かって歩いて行ったエリスの足跡を辿る。何を考えているのか、マジで何か問題に巻き込まれたのか…そう心配していると。
「あ!いた!すぐ目の前!」
「え?あ!マジじゃん!」
ふと、魔力探知を終えたデティが指差す先には…路地の真ん中を紙袋片手に歩くエリスの後ろ姿があった。なんだよ普通にいるじゃんよ!心配させやがって!つーか何してんだアイツ!
「ホッ、何か問題に巻き込まれているわけではなさそうだな」
「エリス様の場合その辺のチンピラと大喧嘩している可能性も考慮していましたがそういうわけでもなさそうでございますね」
「よかった…けど、何してるんだろう」
「分からねぇ、…おーい!エリス〜!」
何してるか、何してたか、そんなもん本人に聞けばいい。俺達はみんな揃ってエリスの背中を追いかけエリスの名を呼ぶと。
「ん?なんですか?」
「なんですかってお前なぁ…」
エリスは声に反応してクルリとこちらを向いて俺たちの方を見る。うーん…ゲームに負けて機嫌悪くしてるかと思ったがそういう感じでもなさそうだな。怪我とかもしてなさそうだし、返り血とかも浴びてない。至って普通、まぁひとまずよかったよ。
「何してたんだよエリス、こんな長い時間」
「そうだよエリスちゃん、みんなで心配したんだよ!」
「エリス様の場合何かと喧嘩していてもおかしくないですからね」
「………?」
「まぁいいや、取り敢えず帰ろうぜエリス。もう一戦やるんだろ?」
「…………」
「エリス?」
……なんだ?なんかおかしいぞ、エリスの様子がおかしい。いやいつもこいつはなんか変ではあるが今日は…今はそれに輪をかけておかしい。だってみんなでこんなに話しかけてるのに、無反応なんだ。
というかなんだその顔、訝しむような変な顔は…。
「……なんか変だぞ」
ラグナが思わず呟く、エリスの様子がおかしい。その異様な空気に安堵し始めたみんなの顔つきに妙な緊張感が走る。いつものエリスならもっとこう…犬みたいに寄ってくるのに、今はなんか距離がある、近寄ってこない。
なんだ…何があったんだ…。
「なぁ、エリス。なんかあったのか?」
そうラグナは手を伸ばすと…。
「無闇に近づかないでください!」
「え!?」
パシン!と音を立ててラグナの手を払ったのだ。あのエリスがラグナを払った、絶対に友達に対して無用な暴力を振るわないエリスが…。何が起きたか分からずラグナは停止する、俺たちも停止する。
そんな中、エリスは俺達に嫌悪感を示すように顔を歪め…警戒感を露わにし。
「貴方達、誰ですか。なんでエリスの名前を知ってるんですか…!」
「は?」
「エリスは師匠のところに行かなきゃいけないんです、ナンパなら他の人にしてください」
「な、何言って……え?」
何言ってんだこいつ、いや…そもそもこれ。
もしかして…エリスの奴…。
「俺たちの事忘れてんのか!?」
突如として巻き起こった前代未聞の未曾有の事態。あのエリスが…俺たちのことを忘れてしまう、そんな大事件を前に俺達はただただ混乱することしかできなかった。