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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十七章 デティフローア=ガルドラボーク
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623.魔女の弟子と魔道の導者


「魔術導皇様、ご無事で何よりです」


「うん、マティアスもレイダもご苦労様。お陰でマレウスの人々の命は救われました」


そして街に戻って来たエリス達は、マティアスさん達魔術師団と面を向い礼を述べる。彼らが嘆きの慈雨の中和剤を作り上げてくれたからこそ、メサイア・アルカンシエルの凶行を阻止できた。

マゲイアの妨害により傷だらけになりながらも中和剤を作り続けてくれたおかげで、今や天には青い空が広がっている。この空を守ったのはマティアスさん達だ。


「魔術会議に参加しただけなのにとんでもない目に遭ってしまった」


「ですが得難い経験でもあった、あのメサイア・アルカンシエルとの決戦の一助になれたのは誇らしくもあります」


特にこの件を主導してくれたマティアスさんとレイダさんには頭が上がらない。二人が頑張ってくれたからなんとかなったわけだしね、だからデティはここに来るなり治癒魔術を使いみんなを回復させたんだ、魔術導皇として労う為に。


「みんなが居てくれたから、私は命を助けられ、魔術の未来を救うことができました」


むん、と胸を張って頷くデティ。因みにだが既に覚醒は解除されている、なんで解除したのかって…多分説明が色々面倒くさいからだと思う。一応みんなデティを助ける為に頑張ったをだし、普通に顔見せた方がいいと思ったからだろう。


そしてそんな様をエリス達は遠目で見守る。というかみんなもう疲れてヘトヘトだ、全員でその辺の荷物の上に乗ったり地面に直接座ったりして体を休めている。思えば魔術会議からストレートに色々ありすぎたな…、昨日なんだよな魔術会議。色々ありすぎてか遥か昔のことのように思える。


「しかし、聞けばトラヴィス様が亡くなられたとか、それに…イシュキミリまで…」


「そうだね…魔術御三家の一角が崩れるのは世界の魔術界の損失だと私も考えている。けれどここにいる人達ならきっとトラヴィス卿やイシュキミリの穴を埋められると信じてる。これから大変かもしれないけど…みんなもこれから魔術師として鍛錬に励んでほしい」


「ははぁ……」


言ってみれば今回の魔術師達にとって、この戦いは報酬無き戦いだ、エリス達にとってはデティという得る物があったが彼等にエリスから与えられる物はない、巨万の富を与えることはできるけどそれが見合うかと言えばそうではないし。

だがそれでも、それで十分と思わせるものをデティは今与えた。それは『魔術導皇のお褒めの言葉』、彼らの仕事をこの世界の頂点が認め礼を言った。


それは如何なる金の山にも匹敵し得ない無上の勲章となるだろう。


「それでは、我々はこれで…」


「もういっちゃうの?」


「一応私も貴族です、我々の中には地位の高い者も居ます。あまり長くは滞在出来ません、元々一日の会議に出席するだけの予定でしたしね、なので」


戦った魔術師達の中には外から来た人間もいる、彼等がここに居たのはメサイア・アルカンシエルという見えない脅威が居たから。それが取り除かれた以上長居する選択肢はないのか。マティアスさんは静かに礼をして他の魔術師達同様動き出す。


彼等ももう解散なようだ、ある意味エリス達は彼等の奮起に救われた。この恩は胸に刻んでおかなくては。


なんてしみじみ感じながらエリスは小腹が空いたのでメグさんが持ってきてくれたパンを齧っていると…。


「やぁ、エリス君」


「んぉ、んぐっ!」


いきなりマティアスさんがこちらに歩いてきてエリスに話しかけてくるもんだからびっくりして喉に詰まらせてしまった。いけないいけない、油断していた。


「ごくっ、どうしたんですか?」


周りを見れば既に魔術師達は帰り支度を始めている。そんな中彼は一も二もなくエリスの方に歩いてきて…。


「いや、君は今も冒険者を続けているらしいね」


「一応ですけどね、依頼とかは受け付けてませんが」


「ははは、私はもうやめてしまったから今も冒険者をやっている君を…凄いと思うよ」


彼は軽く頭を掻きながら何やら言葉を選ぶように目を伏せている、何の用なんだろう。別に早く言えよとは言わないけど何だかもどかしい。


「……お礼を言いにきたんだ」


「お礼?」


「ああ、君があの時私の鼻っ柱を折ってくれていたから私は今日まで真面目に生きられた」


鼻っ柱というと例の冒険者試験の時か。あの時はエリスも若かったから力を見せつける事に躊躇がなかった、むしろ強いと思われる方がいいと思ってさえいた。だから普通に古式魔術を使って周りを下手に威圧していたんだ。


今思えば幼稚だったと思う、じゃあ今はそんな事しないのかといえば…本格的に気にしなくなっただけで別に謙虚にはなってないと思う。だってぶっちゃけどうあれエリスは他より強いわけだし、隠す意味合いもあんまりないし。ただそれを誇示することはなくなったかな。


「いえ、エリスもあの時は幼稚でした…」


「そんなことはない。君が見せてくれた魔術があったから…私はマゲイアという魔術師を前にしても恐れなかった。だって彼女が見せた炎雷より君の出した輝きの方が眩しかったから」


「そう、ですかね…」


そう言いとマティアスさんはエリスに手を差し出し、握手を求めてくる…恐らくはこれが彼がしたかったことだろう。


「ありがとう、エリス君。君がいてくれたお陰で今と私がある、君にとっては瑣末な出来事かもしれないが私の運命を変えたのは君だ…そのお礼が言いたかった」


「そんな…いえ、嬉しいです。そう言ってもらえて」


ギュッと迷わずエリスもマティアスさんの手を握る。お礼を言ってくれるならそれを否定するのは失礼に値する。故に受ける、彼のお礼を。するとマティアスさんも嬉しそうにはにかみ。


「まだ旅は続くんだろ?ならもし何かあればクルスデルスール家を頼ってくれ。と言っても私に解決できるような問題ならデティフローア様が直ぐに解決してしまうだろうがね」


「いえ、心強いです」


「そうかな…君に言われると何だか自信に繋がるよ」


そうして暫く握手をした後マティアスさんはエリスから離れながら…。


「そうだ、君も冒険者ならアレに参加するのかい?もし参加するなら私も見に行くよ」


「アレ?ってなんですか?」


「驚いたな、君にとっては大冒険祭も瑣末な出来事かなのかい?」


「大冒険祭…ああ、あれですか」


興味がなさすぎて思考の中になかったが、確かにそろそろあれの時期か。数年に一度開催されるとかいう大冒険祭…別名大規模クランの小競り合い。アレは冒険者の実力云々以前にそもそもそれなりの組織を持っていることが前提になる祭だ、エリス達が参加してもあんまり楽しくないだろう。


「そう、あれさ。君なら優勝も狙いだろう?」


「さあどうでしょうかね」


「なんせ王政府が主催に関わってるんだ、きっと女王陛下やガンダーマン会長からも褒賞が出る。暇なら参加してみるといいよ」


暇ではないし、そもそもマティアスさんはあんまり大冒険祭がどんな物なのか把握してないっぽいな。けど…。


(ガンダーマンか……)


面白い話が聞けたな…。大冒険祭…少し考えてみるのも良さそうだ。


「じゃ、そういうわけだ。またどこかで会えることを祈ってる」


そして彼はそれだけ言い残しエリスに手を振って踵を返し立ち去っていく。またどこかでか…会えるといいな、彼は前見た時より随分頼もしくなっていた。それこそイシュキミリかんの穴を埋めるに足る程。

もしかしたら彼は次代のトラヴィス卿のような存在になり得るかもしれないな。


「……随分仲良さげだったな、エリス」


「ラグナ?」


ふと、背後を見るとジトーッとラグナがこちらを見ていた、何でそんな顔してるんだ?


「マティアス、爽やかな奴だったな…」


「そうですね」


「家柄も良くてハンサムだし」


「ラグナの方が家柄はいいでしょ、そ…それに」


「それに?」


言えるか!ラグナの方がハンサムだと!なんて口をモゴモゴさせていると後ろからアマルトさんがひょこっと出てきて。


「こっちは随分爽やかじゃねぇなラグナ」


「うっせ」


「それよか、みんな帰り支度してるぜ?俺達はどうすんだ?」


「……どうするもこうするも」


ラグナの頭をシャカシャカ撫でて笑うアマルトさんの言葉を受けたラグナは、やや悲しそうに館の方を見る。トラヴィス邸があった場所だ…。今まではあそこに滞在していたがもうあそこには帰れないし、トラヴィスさんもいない。


これ以上ここで修行もできない。有意義な日々だったが…これ以上ここで鍛える意味はあまりないだろう。


「本当はもう少し修行をしたかったんだがな…」


「トラヴィスさんにはまだ礼も言えてねぇしな。正直…俺達の強くなった姿を見せたかったぜ」


「ああ…けど、立ち止まってる時間もない。俺達も今日中に出よう」


「だな」


もうここを発つより他ない、エリス達には立ち止まっている時間はないのだから。というわけで全員が立ち上がり動き始めようとしたその時。


「ねぇ、みんな」


「おん?デティ?」


魔術師達との話を終えて戻ってきたデティが、やや深刻そうな顔をして…述べる。


「ここを発つならその前に、トラヴィス卿に挨拶をしてきていいかな」


それは彼女がこの南部でやるべき最後の使命。自分を育ててくれた…大切な恩師への最後の挨拶、それをせずしてここは立ち去れない。故にエリス達は一も二もなく頷き…エリス達にとっても恩義のある人物へ挨拶に向かう。


…………………………………………………


「焼けちゃったか、全部」


それから歩いて館の跡地に来たデティは、焼け切った館の跡地を見て軽く肩を落とす。何か残っていればって話でもないだろうが、それでもトラヴィス卿のいたあの館が丸々焼けて無くなってしまったのは悲しいな。


「例の蔵書も完全に消えてなくなっちまったな」


「どいつもこいつも、本を大切にしやがらねぇな…」


アマルトさんも少し複雑そうな顔をして文句を垂れる。トラヴィス卿が集めていた数々の本も無くなってしまった、時屠りの間のようにまた貴重な本がこの世からなくなってしまったんだ。


けど、今回は少し違う。まだ読んでないけどナヴァグラハの写本は今回は確保できている。それがどういう意味を持つのか、これもナヴァグラハの意思による物なのかは分からないが…前回通りというわけではないだろう。


「……トラヴィス卿は?」


「魔仙郷の前に、埋葬してあります」


デティはメグさんにトラヴィス卿の埋葬地を伺う。埋葬といっても…まぁ殆ど残ってないし、墓と言える程立派な物も建ってはいないがそれでもあれだけ立派な人が墓も建てられないなんてのはあれだしね。


なので彼が終生をかけて管理していた魔仙郷の前へ導きそこに埋葬した。それでよかったかは分からないけど…まぁ、遺族とかもいないですしね。


「これが……」


そしてデティは遂に目見える。魔仙郷の前にポツンとおかれた墓に。魔術界に多大な貢献を残した大魔術師の墓にしては、あまりに簡素だ。ただ墓石に名前だけが刻まれている…彼の功績を書こうと思うと、それこそ家くらい大きな墓を建てなきゃダメだろう。


けどなんでかな、トラヴィス卿はそういう功績を誇るようなお墓は好きじゃないと思える。エリスは死人の言葉を個人の感情で代弁するような行いは嫌いだが、それでもそう思えてしまうくらい彼は清廉潔白だった。


何であんないい人が死んじゃうかなぁ……。


「トラヴィス卿……」


「…………」


ここからはデティ一人の時間だ、エリス達は声をかけることも並び立つこともできない、ただただ背後で皆彼女の挨拶が終わるまで待たねばならない。それだけ大切な人だったんだ、友達としてそういう気遣いは当然だ。


「……今までお世話になりました」


そう言ってデティは軽く墓石に触れて、軽く…本当に軽く挨拶を済ませようとする。ただ一言だけを言って離れようと足を動かす。エリス達を待たせているから、気にしてるんだろう。


だが、墓石に触れた手は…離れない。


「…………本当に、本当にお世話になりました」


離れようにも、離れられない、気がつけば墓石に触れる手にも力が篭り…デティの表情がこわばり始める。


「私が未熟で…小さくて、何も分からない頃から、ずっとずっと私を支えて…魔術界のなんたるかを教えてくれたのは、貴方です…トラヴィス卿」


やがてその瞳からポロポロと涙が溢れ、濡れた瞳で再び墓石の方を見ると…彼女も感情を抑えきれなくなったのか、震えながら墓石に抱きつき。


「いっぱい、いっぱいくれた、貴方は私に色んなものを与えてくれた、なのに…なのにまだ私、返せてない…なんにも返せてないよ貴方に!」


泣きながら墓石に抱きつき、ワンワンと泣き始める。トラヴィス卿は失われてはならない人間だった、少なくともデティにとっては。

けれど彼女には死者蘇生がある。ならトラヴィス卿を…と言いたいがどうやら死者蘇生には色々な制限や条件があるようで、それらを全てクリアしていないと実行出来ないようだ。


その条件が何かは知らないが、少なくともデティがそれをしないということは、そういうことだ。


「なんで…なんで死んじゃったのトラヴィス卿!私もっと!立派になったところを見せたかったよ!お父さんの分まで魔術導皇をやってる姿をもっと見てほしかったよぉ!」


デティにとって、それはある意味二度目の父との離別…それも他者によって命を奪われるという何ともやるせない終わり方。本当に…やるせないだろう。


エリスには想像もできない、この悲しさは。ずっと付き合ってきた恩人が…死んでしまうなんて。強いて言うなればリーシャさんか、けどこういう言い方は良くないし比べるもんでもないけどさ、デティはそれこそ子供の頃から憧れてきた恩人なわけだし…やっぱりその悲しさは想像できないよ。


ただ耐え難い事だけは分かる、立ち直れる物でも忘れられる物でもない…けど、けれど。


「けど…けど……」


それでも、デティは…強い。


「私、これからも進むよ。悲しいし苦しいし辛いけど…私には歩みを止める時間もない、貴方が作ってくれた時間。私が育つ為の時間、それを無駄にしないために…貴方の教えで育った私が、貴方の守った魔術界を守るよ」


涙を拭い立ち上がる、彼女は強いから…泣きながらでも歩けてしまう、彼女は立派だから…悲しくても進めてしまう。その強さも立派な姿もトラヴィス卿が作ってくれた時間のおかげで得ることが出来た。


なら、無駄には出来ない。それに…きっとデティの言葉の裏にはきっと…。


「じゃあ、おやすみなさい…今日まで、ご苦労でした。トラヴィス・グランシャリオ…後のことはこのデティフローア・クリサンセマムにお任せを」


そう言って、デティはその額を墓石に当てて告げる。優しい言葉だ、だがきっとその言葉の裏には…イシュキミリへの想いもあるはずだとエリスは思う。


イシュキミリから父との時間を奪ってしまったのはデティだ、イシュキミリに孤独を与える一助となったのはデティだ。イシュキミリにそんな想いをさせた分だけデティは前に進めた。


だからデティは今、トラヴィス卿とイシュキミリ…二人の想いを背負っているんだ。そしてそんな二人の想いを背負ってもデティは……。


「……さ!みんな、ありがとう。そろそろ発とうか」


……進めてしまうんだなぁ。涙を拭って振り向いたデティの姿は…小さくとも、大きく見える。見た目なんか関係ない、デティはやっぱり立派な魔術導皇なんだ。


「もういいのかよ、デティ」


「うん、いいよ」


「そうか、なら行くか」


そう言って振り向くと…そこには。


「ん?アンブロシウスさん?」


ふと、ラグナが口を開く。そこには焼けた館の只中に立ち…デティの姿を見ていたアンブロシウスさんの姿があった。彼はただ静かにそこに立ち…一礼して見せる。


「ありがとうございました、皆々様」


「アンブロシウスさん…、アンブロシウスさんはこれからどうするの?」


デティはアンブロシウスさんに歩み寄り、これからどうするのかと聞いてみる…するとアンブロシウスさんは街の方を見て。


「私は、これからもこの街に残ります。旦那様の最後の命令…この街を頼むという命令は今も遂行されたままなので」


「ウルサマヨリに?」


「ええ、一応レイダ様とマティアス様がこれからもこの街の面倒を見てくれるとは言ってくれていますが、トラヴィス様の威光によりこの街は繁栄していました、トラヴィス様亡き今やがてこの街も衰退の一途を辿り始めるでしょう。それまでの間私はこの街を守り続けます」


それは即ち、生涯をかけてこの街とこの墓を守り続けると言う宣言でもあった。例え主人がいなくなっても命令は生きている、なら従者はそれに従うだけだと…そう言っているようだった。


「旦那様はこの街を愛していました、なので私は…残り続けます」


「そっか、なら私も出来る限り…いや、支援は惜しまない。トラヴィス卿に与えられた分をまだ何も返していないから」


「それは……ありがたい」


アンブロシウスさんは目に涙を溜める。トラヴィス卿が亡くなっても…残したものは消えていない、トラヴィス卿の威光はこの街から消えても魔術界からは消えない。きっとこの街は滅びることはないだろう。彼が多くを残したからこそ、彼が愛した街は滅ばない。


真摯に、真面目に、努力を続け、歩みを続け、施し続けた男の誠実に満ちた生涯は死後に至っても輝きは色褪せないのだ。


「デティフローア様、ご立派になられましたね…」


「そうかな…まだ分からないよ」


「立派でございます、私はここで旦那様と共に魔術導皇様の邁進を見守り続けます…どうぞ、これからもお進みくださいませ」


「……うん!!」


そうしてデティは前に進む、エリス達もまた後に続く。焼けた館にアンブロシウスさんだけが残る。彼がこれからどうやって生きるのかは分からないが…それでも在り方は変わらないんだろうな。


「…………」


エリスはみんなと歩きながら、ふと振り向いて…トラヴィスさんのお墓を見る。


「ねぇ、デティ」


「なぁに?」


歩きながら、エリスは聞いてみる。あのお墓を見ていて気になった…。


「あの、死後の世界って…ないんですよね」


死後の世界、それが気になった。エリスは一度死んだがあの時見た光景が死後の世界とは思えない、だってリーシャさんとかいなかったし、いたのシリウスだけだったし。


エリスは死後の世界があるなら、そこでトラヴィスさんとイシュキミリが今度こそ落ち着いて話し合えていたら、和解出来ていたらいいなって思ったんだが。デティは首を振り。


「ないよ、それは魔術的に証明されてる」


ないのか、まぁデティはその辺のプロだし、知識はある。多分説明しろと言えば物凄く事細かに説明してくれると思う。けど聞かない、今はそう言う気分じゃないから。


でも出来れば、あの悲劇の親子に…やり直すチャンスさえあれば……。


「でも……」


すると、デティはこちらをチラリと見て。


「奇跡はあるかもね」


「へ?」


「だって、飽くまで死後の世界はないって証明してるのは魔術的な話だしさ。魔術が奇跡は起こらない、不可能だ…なんて言っちゃうのはあんまりにも夢がないでしょ?」


「デティ……」


それは、デティがエリスの心を読んだからなのか…それともデティも同じことを考えていたからなのかは分からない、それでも…エリスはその言葉に幾分か救われた気がする、トラヴィスさんとイシュキミリさんが…だ。


「きっと二人は、今頃死後の世界で腹を割って話し合ってるよ。そんでお互いに謝ってる、もしかしたらこんなに直ぐにイシュキミリが追いかけてきた事をトラヴィスさんは怒ってるかもしれないし、イシュキミリもまた意地になってるかもしれない」


「ですね、でも……」


「うん、そういう言い合いが出来るのも…親子だから。二人はどうあっても、何があっても親子だから。きっとそうなる…奇跡は起こる」


不可能はないとデティは言い切る。それが…トラヴィスさんの求めた、トラヴィスさんが育てた魔術回を引っ張る魔術導皇のあり方だ。


「さ!そろそろ前向こう!みんな次どこ行く?」


「何処へ行くかねぇ」


そうしてエリス達はみんな横並びになってまた相談する。さて次は何処に行こうかって。


「やっぱりあれか?レナトゥスに突撃っすか、あいつがマレフィカルムなのは確定してっしよ」


「僕は魔術理学院に行きたいです!ファウスト・アルマゲストを許せません!」


「とは言え、レナトゥスもファウストもそう簡単に会えるとは思えんしな」


そう言ってみんなで話し合っているとデティがむんっと腕を組み。


「私何にもわかんないから!みんなに任せる!」


「いや何偉そうにしてんだよチビ」


と何故か偉そうなデティの頭をポーンとアマルトさんが押す、いつもならここからチビじゃないことのチビだことのと喧嘩が始まるが…デティはニタリと笑い。


「フッ…」


「な、なんだよ」


「すぅー…限定覚醒『ちょいドラボーク』!」


そういうなり全身に力を込め、魔力覚醒『デティフローア=ガルドラボーク』を限定的に用いて肉体だけを大人の姿に変える。スラリと伸びる手足と長い髪、そしてパツパツの衣服で組んでいた腕を解きアマルトさんの頭をポンポンと撫でて。


「チビ?私が?アマルトきゅんのがちっちゃいねぇ〜!」


「テメェ〜!そりゃズルだろ!」


「もうチビ煽りは効きましぇ〜〜〜ん!」


「だったら俺もレッドランペイジに変身するぞ!」


「そっちのがズルだよ!!」


なんか結局喧嘩が始まってしまったな…、というかデティ…覚醒をそんな事に使うのはどうかと思いますよ。ってか見た目だけでも変身出来るんですねそれ。


「おい、くだらん事で喧嘩するな、早い所目的地を決めるぞ」


「はい…」


「すんません」


ピシャリとメルクさんに注意され二人ともガックリと項垂れ謝り始める、まぁ…うん。


それよりも、エリス達はこれからも進まなきゃいけない、けど進むにしてもが何処に進むか…そう考えているみんなに、エリスは言ってみる。実は決めてるんだよね、次の目的地。


「ねぇみんな、大冒険祭に参加してみませんか?」


「は?なんで」


みんなエリスの方を見て首を傾げる。大冒険祭に参加してみたいかと…そういうんだ。確かにレナトゥスやファウストが情報を持ってるのは確かだが、会える確証がないし何より何処にいるかも判然としない。なら…こっちの方がいいと思う。


「そんなの参加してる場合か?そろそろ一年を切るぞ」


「魔女様の言った制限時間は無くなりましたが、ガオケレナがシリウスになる為に魔蝕を用いるならどの道制限時間は変わりませんからね、後一年とちょっとで魔蝕でございます」


「分かってます、だからこそです。大冒険祭に優勝するとガンダーマンから褒賞が出るそうです。つまりガンダーマンに確実に会えます、トラヴィスさんもガンダーマンがマレフィカルム関係者である可能性は言ってましたし」


「ガンダーマンか…忘れてたぜ、そういやそんな奴もいたな」


ラグナ…ちょっと、いい加減にしてくださいよ。


「そして大冒険祭は王政府も主催に関わってます、ならレナトゥスも現れるかも」


「ふむ、そう考えると確かに参加してみるのも悪くないかもしれん」


「ってことはあれか?大冒険祭の開催地は…」


「ええそうです。エリス達の次なる目的地は……」


エリス達と次なる目的は大冒険祭に参加しそれに優勝しガンダーマンと接触すること、そして次に向かう場所、それは大冒険祭開催地でもある…。


「中央都市サイディリアル!」


エリス達は…このマレウスの旅においてようやく、そして遂に…この街の王都であるサイディリアルに向かう。そこがエリス達の新たなる戦いの舞台だ!


………………………………………………………


「こらバシレウス、傷跡舐めないの。猫ですか貴方は」


「チッ、クソうるせぇな…」


一方、…マレウスの何処かにあるとされているマレフィカルム本部にて、セフィラの一角王国のマルクト…バシレウスは帝国での戦いを癒す為本部にて療養を受けていた。


石作りの暗闇、青い炎が周囲を照らす禍々しい空間にて地べたに座り舌を打つバシレウスは口煩く色々言ってくる師匠にしてマレフィカルム総帥ガオケレナに顔をしかめる。


「あのね、貴方分かってます?私一応師匠ですからね。師匠に対してなんです?『クソうるせぇ』?どんな教育受けてきたんですか!教育してる人間の顔見てみたいわ!」


「その教育してんのテメェだろうがよ!見てぇなら鏡見ろクソボケ!」


「まだボケてませんがー!?」


そんな事言わないでくださいよぉ〜と縋ってくるガオケレナにため息を吐く。こいつは普通に相手をしていると面倒臭い、話しているだけで頭がおかしくなりそうなくらい面倒くさい。これじゃ介護と変わらん。


けどそれでも、こいつは俺より遥かに強い。今も魔法の極意を色々と教えてもらっていたが…やっぱり色々別次元というか、持ってる技術が洒落にならんくらいレベルが高い。


「チッ、テメェ強いんだからもっと強そうにしろ」


「別に強そうにしなくても私強いですからいいです、ってかてか!私の事強いって認めてくれるんですか?や〜ん!可愛い〜!」


「事実だろ、お前やレグルス…魔女と呼ばれる奴等は果てしない。それを痛感させられてるだけだよ」


バシレウスは帝国での戦いで魔法の重要性を学んだ、今まで力任せにやっていた技をより効率よく、より洗練させるべきだと。そういう技巧の果てにいるのがルードヴィヒ…そして。


(レグルス…、こんだけ修行してもまだあいつにゃ勝てる気がしねぇ…)


『魔女』という絶対の領域、ルードヴィヒでさえ辿り着けなかった領域。俺はそこを目指せる立場にいる、が…目指せるだけで道のりはあまりに果てしない。


魔法を学び会得して、更にこれを研ぎ澄ませる必要がある。差し当たってダアトくらい上手くなりたいとガオケレナに言ったら『ダアトは目指さない方がいい、彼女は魔法の腕前でならマレフィカルムでも三本の指に入る実力者、の中で頂点に立つ天才ですから』とか言われた、知るかって言い返した。


「まぁ魔女の領域に行くには色々頑張らないといけませんしねぇ、私もめちゃくちゃ頑張りました」


そしてこいつはその領域にいる、あの怪物みたいな強さのレグルスと互角に張り合った力があるんだ。だからもう少し真面目にやって欲しいんだが……。


「さて、色々頑張りましたしそろそろ休憩にしますか」


「そーかい、…んじゃ行ってくる」


「いやいやいや待て待て待て、何勝手にどっかに行こうとしてるんですか。休憩って貴方どれだけ休むつもりですか」


クルリと踵を返してどこかに行こうとするとガオケレナに肩を掴まれ止められるが…。


「うるせぇ、俺はこういうカビ臭い所は嫌いなんだよ。表出る」


「はぁ、散歩に行きたいんですか?も〜しょうがないなぁ〜…なら私と一緒に行きますか?」


「は?何処にだよ」


するとガオケレナは少し…色々考えた末にこういうのだ。


「いやぁね、今度冒険者協会で結構大きめのイベントやるんですよね、知ってます?大冒険祭」


「知らね……いや、知ってる。確か何年かに一回冒険者全員で殺し合うやつだったか?」


「いやしませんよ、殺し合い。血生臭いですねぇ貴方。で…一応ほら、私表じゃケイト・バルベーロウとしてやってるでしょ?だから出席しないといけないんですよ〜…なので、一緒に行きません?」


グッと俺の手を引いて肩にクルリと手を回すガオケレナ、そしてこいつはニッコリと笑いながら…こういうんだ。


「中央都市サイディリアル…、懐かしいでしょ」


そういうのだ…、まぁ。この際外に出れるなら何処でもいいか。それに久しぶりに行ってみるのもいいかもしれない。


…中央都市サイディリアルに。


………………………………………………


そしてそして…、如何なる偶然かエリス達とバシレウスが同時にサイディリアル行きを決定したその時。当のサイディリアルに住まうのは…。


「いやぁ、今日も王都は平和っすねぇ」


「ですねぇ、最近何もないですしねぇ。このままなら恙無く大冒険祭を始め、そして終わらせられそうです」


ニッコリと微笑みながら呑気に庭園でお茶を飲むステュクスとレギナ…二人はまだ知らない。


「はぁ、こんな平和がいつまでも続けばいいんだけどなぁ」


「あ、ちょうちょ」


魔女の弟子とマレフィ最高戦力、そして新たなる災いの種が今この街に近づき始めていることに。彼が愛おしいと思うこの平和の賞味期限が…そろそろ切れそうな事に。


彼はまだ知らない、…災いの種達が迫っている事に…そして何より。






「ふんふふーん……」


同じくサイディリアル、王城から離れた街の入り口。人通りの多いこの街の玄関口で、手足を振って陽気に歩く絶世の美女が一人。


誰もが振り返る金髪の美女、袖の長い服で手元を隠した如何にも媚びた様子の彼女の名は…。


「えぇ〜っとぉ、レナトゥスしゃまの言うターゲットはぁ…」


彼女の名はオフィーリア・ファムファタール…セフィラの一角『美麗』のティファレトを務める絶世の美女にして絶対の強者が、何の気なしにブラブラ歩きながら手渡された紙束を手に、笑う。


そう、ステュクスはまだ知らない。魔女の弟子、バシレウスという災いの種に先んじて。


「…あぁ、思い出したぁ。女王レギナの暗殺…気合い入れちゃうぞ〜」


最悪の刺客が、迫っている事態そのものに。



……………………第十七章 終

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