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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十七章 デティフローア=ガルドラボーク
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622.魔女の弟子と魔女を目指す者

「そうですか、イシュキミリは……」


「ごめん、私には彼を助けられなかった」


メサイア・アルカンシエルとの戦いを終えたエリス達は皆イシュキミリとの戦いに臨み、そして帰還したデティを迎え入れた。


結果だけ言うなればデティの完勝だ、信じられないほど強くなったデティは八大同盟の盟主イシュキミリさえ寄せ付けず焉龍屍山での戦いを終え無傷で帰還した。空を飛び…エリス達の前に降り立つと全身の魔力化を解いて、大人の姿のままエリス達の前で事の仔細を話してくれた。


……イシュキミリは死んだそうだ。最後の最後でデティの治癒を拒絶し、魔術を拒絶し、この世を去ったと。それを聞いたエリスは…まぁ複雑な思いだ、アイツは敵だし嫌いだし、でも最後の最後で意地を貫いて逝けたなら、それはそれでよかったんじゃないか、なんて思ったりもする。


だが責任を感じるのは…。


「僕が…僕が追い詰めたから」


ナリアさんだ、彼は色々責任を感じてるようだ。ここで『まぁいいじゃないですか、結果オーライ』とか言えばエリスは今後一生ナリアさんから人格を疑われる。エリスだってそれくらいの気は遣える。


彼はイシュキミリを責め立てた事を後悔してる。まぁそりゃそうだろ、こんな結果になったんだし。けどエリス的には…別に悪い事をしたとは思えないけど───。


「いいじゃん、結果オーライ」


「え!?」


思わず二度見する、エリスが気を遣って言わなかった言葉を言ったのは…デティだ、いつもみたいに快活に笑いながらも凛々しく大人びた姿で腕を組むデティだ。なんて事を言うんだとエリスが唖然としていると。


「ナリア君がさ、イシュキミリに答えをあげたんだよ。彼が見失った答えをナリア君が再認識させた、だから彼は最後の最後で自分で選んで自分の意地を貫いた。ならそれでいいじゃない」


「答えを見つけた結果、死んでしまっても…よかったって言えるんですか……」


「うん、少なくともイシュキミリならそう言うんじゃない?志も答えも理想も無く生きるくらいなら、理想と志を得て死ぬ事を選ぶ…ってね」


「……イシュキミリさんなら」


イシュキミリは敵だ、敵だがエリスが彼を評価するなら『意固地な程真面目で、誇り高すぎる男』…だ。もう少し不真面目に生きられたらあんな事にはなってなかったとエリスは思う。だがそれが彼の生き方だと言うのならそれを捻じ曲げてでも生を望むのはエリス達のエゴだろう。


叩きのめして勝利しておいて、理想のあり方まで強要するのは勝者のエゴ。そう言うのはあまり好きじゃない、エリスはエリスの理屈と理想を押し通す為に戦ってるのであって敵のあり方なんかには興味がない。


「……割り切れません、割り切れませんけど…分かりました」


「割り切らなくてもいいよ、人が死んでるわけだしね…大勢さ」


そう言って目を伏せるデティの姿にエリスは認める。見慣れたはずのデティの姿だ、彼女は真面目な話をする時はいつも腕を組む、ちっちゃい手をキュッ!と仕舞うように腕を組むんだ。


けど今は違う、エリスよりも高い背で、長い手を組んで、凛々しい顔を憂げに静めている。もう凄い様になる、今までは雰囲気だけで魔術導皇感を出していたがこうして大人の姿を見るとなんかもう…あれだ、何から何まで『ああこの人は世界中の魔術を治める人なんだ』って気がしてくる。


「ところでだが、デティ…話を変えてもいいか?」


ふと、デティに傷を治癒されたメルクさんが目を尖らせデティを見据える、すると目を伏せていたデティが困ったように眉を下げ。


「何かな…メルクさん」


「何かなじゃねぇよ、覚醒出来たんだなデティ。俺…そんな話聞いてないけど」


「…………ごめん」


ラグナがややムッとしながら言う、まぁエリスもちょっとムッとするよこれは、覚醒出来るなんて話聞いてないよ。


「ごめんって…もしかして結構前からか?」


「うん、実は旅を始めるずっと前から。シリウスとの戦いを終えた辺りから出来てたんだよね…」


「そんなに前からか!?」


「ってことは私魔女の弟子の中で四人目の覚醒では無く五人目の覚醒だったのでございますか!?ちょっとショック…」


「ああ、ショックだぞデティ。あんな力を隠して来たなんて…」


「ごめん、これに関しては…本当に謝罪するしかないよ。みんなが何度もピンチに陥ってるのに私は力を隠してみんなの危機を放置して来たんだから────」


「違うそっちじゃない」


「え?」


ラグナが口を開く、そっちじゃないと。確かにデティは覚醒をずっと隠して来た、ジャックとの戦いの時も、モースとの戦いの時も、ジズとの戦いの時もオウマと戦いの時も…何度もみんなが死ぬ思いをしている中真の力を見せず手を出さず放置していた。そこに責任を感じると言うのならまぁ感じるでしょうよって感じだが、エリス達が怒ってるのはそこじゃ無くて…。


「隠し事されてた方だよ…俺達が怒ってるのは」


「そっち?いやまぁ…そうなんだけど。でも見たでしょ?私の力…あれを見たら……」


「デティ、お前さっき言ったよな。みんなの危機を放置してってさ、それってつまりお前は今までの戦いの中でずっと覚醒を隠し続ける事に苦しんでたんじゃないのか?」


「うっ……」


「どう言う事情で隠してたかは知らないけどさ、言っとくが俺はデティが苦しい思いをするような隠し事ならする必要はないと思ってる、ドーンと言ってくれればどんな事情だって飲み込むよ」


「……敵わないなぁ」


デティは大きく息を吐き肩を落とす。ラグナが全部言ってしまったエリスの言いたい事、なのでエリスはそうだそうだと頷きます。隠し事はまぁいいよ、みんな全部を曝け出してるわけじゃない、だがその結果としてデティが苦しむならエリス達は嫌だ。


デティのことだ、利己的な話ではない、エリス達を気遣った結果の隠し事だろう。ならそんな物は必要ない、エリス達を気遣ってデティが苦しむならそんな隠し事は不要だ。


「というか!今回の件だって怒ってるからなデティ!お前自分が死ねば丸く収まるとか言いやがって!ナメんな!俺はないからな!誰も死なせる気!」


「そうだね……うん、ごめん」


「ほんとに分かってんのかな…」


やや頭をゴシゴシしながらボヤくラグナと満足げに微笑み、うんと一つ大きく頷き何かを決意したデティは一歩前に出て。


「ならしっかり謝る、ごめんみんな!私この覚醒を見せたら…みんなが強くなる意地を挫いて、萎えてしまうと思ったから!だから隠してました!」


「え?なんで萎えるんだ?」


「強すぎるから……」


「はぁ!?そんなわけねぇだろ!」


「そうだぞデティ!それは傲慢過ぎる!寧ろ…なぁエリス」


メルクさんがこちらを見て頷く、ああ…そうだ。まさかデティがそんなこと言うなんてショックですよ!そんな理由で隠してたんですか!?怒りますよそりゃ!だって…。


「そうです!萎えるどころか燃えてますよエリス達は!同じ魔女の弟子として負けられません!」


「でも強すぎて私頼りになっちゃうかもだし」


「そんなことないですよ!寧ろデティ…あんまり調子に乗ってると置いてかれますよ!エリスもみんなも新しい段階への扉を開いてるんです、萎える?馬鹿馬鹿しい。エリスはね…絶対に最強になりますよ、ラグナもデティも超えて最強に」


萎えることなんてない、確かに今エリスとデティが戦えばどっちが勝つか分からない。見たところデティはあのカルウェナンとタイマンを張ってもやりあえそうなくらい強かった。今とエリスじゃみんなの力を借りて過重覚醒を得ないと同じ土台には立てないかもしれない。


そこは正直言えば…悔しい、悔しいけど…だからって立ち止まらないよ。エリスはこれからも強くなります、誰よりもね。


そう言えばデティはウルウルしながらこっちを見て…。


「ッ流石エリスちゃん!ほんとにエリスちゃんがいてくれてよかった!」


「ちょ!?デティ…もがっ!?」


いきなりエリスに抱きついてお礼を言い始めるのだ、なんでお礼を言われてるかは分からないがそれより問題は胸だ、デティ…体が大きくなって胸も相応に大きくなって…埋まる!抱きつかれると埋まる!息が出来ん!


「しっかしデティデカくなったなぁ」


「ああ、思えば彼女も二十数歳、本来ならこれくらい大きくなっていておかしくないな。忘れがちになるがこの子もエリスと同じ歳だったな」


「にしても発育が良すぎますがね、メルク様よりも背が高いのでは?」


「デティさん…なんであんなお菓子ばっかり食べてて肌も綺麗でプロポーションがいいんだろう。僕的にはそっちのが腹立ちますよ」


(言ってないで助けて!)


もうすっかり解決ムード。デティを助けてにっくき敵をぶっ倒して一先ず安心って空気が漂う。ぶっちゃけ全ての問題が解決したかと言えばそうじゃないがそれでも先程までの逼迫した空気感はもうどこにもない。


あとは、帰るだけだ……そんな空気が漂い始めたその時だった。


「イシュキミリ坊ちゃん!」


「会長!」


「デティ…!?さっき治癒魔術の光が」


「うー…血が足りん、デティ〜…解放されたなら早く治してくれ〜…ってこれどう言う状況?」


「ッ…みんな!」


「とメサイア・アルカンシエルの幹部!?」


瓦礫を押し退けて現れたのはネレイドさんだ、結構な重傷を負ったネレイドさんに背負われたなんか片腕がないアマルトさん、そしてズタボロの怪物…いや声的にミスター・セーフ?と同じくボコボコのアナフェマが一斉にこの場にやってくるのだ。


もうあっという間に場は混乱の只中に追いやられる、そんな中真っ先に動いたのはデティだ。長い手足をバッ!と動かし機敏に動きネレイドさんに駆け寄ると。


「ネレイドさん!アマルト!大丈夫!?」


「え?貴方誰…?いやもしかして…」


「あーう、なんか血が足りなくてデティが大人になって見えてくらぁ…」


「ってアマルト片腕ないじゃん!?!?何やってんの!?」


「ああこれ俺の覚醒の代償でさぁ」


「何やってのさッ!」


「あいてー!?何すんだよデティ!?ってデティ!?マジででかいじゃん!何事!?成長期か!?」


「終わったわンなもん!それよりそこで横になって!二人とも治す!」


体は大人になってもいつもの調子。ポカーン!と重傷のアマルトさんを殴りつけそのまま地面に横にして古式治癒で無くなった腕を治し、お腹に風穴が空いたネレイドさんの傷も治す。


よかった、デティが戻って来てくれなかったらこの二人も死んでたところだった…本当に危なかった。


「坊ちゃんは!?坊ちゃんはどこですか!?」


「会長!会長〜〜!」


で、問題はこの二人。ミスター・セーフとアナフェマ…敵対していたはずの二人が今ここにいる。今ここで更にもう一戦か?と思ったが二人はイシュキミリを探すばかりでエリス達など眼中にないようだ。


どうやら、イシュキミリを探しに来たようだ…けど。うーん…なんと言って良いやら。


「な、なぁあんたら…」


「魔女の弟子!イシュキミリ坊ちゃんを何処へやった!」


「会長を返してください!」


「……どうすっかな」


イシュキミリは死んだ…と伝えれば二人は間違いなく激昂する、さてどうしたもんかとラグナが首を傾げていると…。


「問題ない、二人には小生から説明しよう」


「え…!?」


「なっ…!?」


その瞬間響いた声にエリス達は思わず野太い声が出てしまう。いや…だって。


「カルウェナン!?」


「然り、小生なり」


そこには先程エリスがぶっ倒した筈のカルウェナンが胡座をかいてウンウンと頷いていた。な、なんでこいつが起き上がって…!


「デティ!?カルウェナンの治癒もしたんですか!?」


「してなーい!」


「小生はただ気絶から目が覚めただけである。心配せずとも敗軍の将らしく大人しくするつもりだ。それよりセーフ、アナフェマ…よく聞け。事の顛末を説明する」


…………………………………………………………


「ゔぇええええええええん!イシュキミリ坊ちゃぁぁああああん」


「がいぢょうがじんじゃっだぁ〜〜!」


そして、カルウェナンよりイシュキミリの顛末を聞かされた二人はその場で膝から崩れ落ちワンワン泣き始めるのだ。…それを見てるとなんだか心が痛くなるが、エリスに心を痛める権利はない。


エリス達は勝った側、理屈を押し通した側。それが敗者に同情してその理屈を捻じ曲げることなど絶対に許されないのだから。


「泣く気持ちは分かる、すまなかった…小生がもっと強ければ」


「あんた十分強かったよ、ってかあんた気絶してた割には事情に詳しいな。いつから起きてたんだ?」


「そこなエリスがイシュキミリに踏みつけられた辺りだ、見捨てると言えば助けるとか言ってた辺り」


「割と直ぐに起きてたんだな!?」


「とは言え体が動くようになったのはついさっきだ。…だからこそ聞いていたぞ、魔女の弟子ナリアよ」


チラリと兜の向こうでカルウェナンの目が動き、ナリアさんを見つめるとクルリと胡座のまま動きナリア君に向き直ると。


「まず、イシュキミリの道を正してくれて感謝する。敵ながら寄り添う心を見せたその働きがイシュキミリにかつての理想に溢れる姿取り戻させた。礼を言う」


「い、いや僕は…」


「だが、あれは本当か?シモンと我が主…いやファウストが結託してイシュキミリを陥れたと言うのは」


それはナリアさんが語った言葉、イシュキミリの真実。彼が歪んだ由来にして…師匠ファウストの策謀、それが事実ならイシュキミリは強制的に歪まされあんな悲劇を生むことになったのだ。


それを真摯な顔で聞くカルウェナンに、ナリアさんは強く…頷く。


「はい、と言うか…知らなかったんですか?古くからメサイア・アルカンシエルにいるんですよね」


「ああ、…だが知らなかった。どうやらファウスト様は小生には真実を話さなかったようだ……」


天を見上げるカルウェナン、彼もまたセーフやアナフェマのように感情を表に出さないようだが…いろいろ思うところがあるようだ。するとそんなナリアさんの隣に治癒を終えたデティが立ち…腕を組む。


「貴方達、これからどうするつもり?イシュキミリからセーフやアナフェマ、メサイア・アルカンシエルの面々は見逃すように言われてる。だから私たちはこれ以上貴方達と戦うつもりはない」


「坊ちゃん〜〜!最後まで我々の事をぉぉ〜〜!!」


「うぇへぇ〜〜ん!!だったら生きててください〜〜!」


「……小生達も同じだ、メサイア・アルカンシエルと言う軍は頭であるイシュキミリを失った以上、空中分解するのも時間の問題だ。民間の抗議組織の方はどうかは分からんが…これ以上何かをする力をメサイア・アルカンシエルは持てん。故に小生達も野に降る事とする」


「野に降る?他の組織に移ったり、マレフィカルムに行ったりしないの?」


「しない、…小生はこれから、ファウスト・アルマゲストに真意を問うつもりだ。一体どう言うつもりでイシュキミリという少年を拐かしこのような悪鬼羅刹にしたのかを…」


そう語り拳を握るカルウェナンの姿には、怒りが籠っている。そして言うのだ、先代会長ファウスト・アルマゲストに真意を問うと…それはつまり。


「イシュキミリの仇討ち?」


「になるかは話を聞いてみなければ分からん、だがもし悪意からイシュキミリを惑わせたのであれば斬って捨てる」


「……貴方は、主君を何より重んじる性分のはず。何故そうまでしてイシュキミリにこだわるの?ファウスト・アルマゲストは古参の貴方にとっては真の主人でしょ?」


「違うな。ファウスト様は小生に『イシュキミリを支えろ』と仰られた。その時点で小生の主君は今も変わらずイシュキミリだ。そんなイシュキミリを破滅の道に引き摺り込んだのであれば如何にかつての主君とは言え許せん、せめてこの手でこの一件に蹴りをつけねば気が済まん」


「……そっか」


一本筋の通った男、そこは最後まで変わらない。彼なりの屁理屈や理論はあるもののそれでも彼は一貫して自分の価値観に従い続けている。だから強いんだろう、その姿勢は見習うべきところがある。


そして、例え自分を拾い育ててくれた人物でも主君のためなら斬ることすら躊躇わないとは、凄まじい男だよこいつは、本当に。


「分かった、じゃあさ?手を組まない?私達もマレフィカルムの情報が欲しい、きっとファウストともいずれ戦う、なら私達も一緒に連れて行ってよ。ファウストの居場所はきっとマレフィカルム本部だから」


そうデティは提案するが…。


「それは出来んな」


カルウェナンは断りを入れる、休戦も協力もしないと。


「それは、貴方なりの道?価値観から私達とは手を組めないと?」


「そうではない…『連れて行って』というのが無理だ、小生もファウストの居場所は知らんから今から探すところだ」


「は?」


「あぁ、この人大事な会議とか集まりとか全部すっぽかして修行してた人なんで、重要施設とかそういう場所まるで知らないんですよねぇ」


すんませんとセーフはガックリと謝る…というか、カルウェナン!ダメじゃん!折角カルウェナンから重要そうな情報聞けそうだったのに!え?ってことは。


「マレフィカルム本部の場所は…知らないの?」


「それは知ってる、黒鉄島だ」


「いつの話してるの…そこはもう捨てられてたよ」


「何ッ!?いつだ!?どこに変わった!?」


「それを探してんの!…はぁ〜〜…ダメだこりゃ」


こりゃカルウェナンから有用そうな情報は貰えそうにないな。折角話のわかるやつだったのに、戦い以外はてんでダメだな…こりゃ。


「役に立てなくてすまんな、では小生は行くが……セーフ、アナフェマ、お前達はどうする」


「え?我々ですか?」


「私達…?」


「小生はこれからイシュキミリの尊厳を取り戻す戦いに向かう。お前達はどうすると聞いている」


「…………」


見つめ合うミスター・セーフとアナフェマ…二人は揃って暫し考えたあと小さく頷くと。


「行きますとも!我々のイシュキミリ坊ちゃんを傷つけたのがファウスト前会長だっていうなら!」


「私達戦います!会長を苦しめる人は全て敵です!」


「そういうことだ、かまわんか?魔女の弟子」


「私達の邪魔しなければなんでもいいよ」


正直、八大同盟の幹部を野放しにするのは怖いけど…なんとなくだがカルウェナンがいるなら下手なことはしないと思える。こいつは一本筋が通っている、つまり筋違いな要件ではエリス達と敵対する事はない。


はっきり言ってしまえばエリス、こいつとはもう二度と戦いたくない。あんな苦しい戦いは今までで初めてだ。正直シリウスの時並にやばかった。


そんな奴と恨み合わずに別れられるならそれはそれで良いのかもしれない。


「では、見逃してくれた事感謝する」


「本音を言うと…イシュキミリ坊ちゃんが死ぬ一因になった貴方達には思うところはありますけど、飲み込みます」


「イシュキミリ会長を止められなかったのは私達も同じですから……」


「そうだね、恨んでくれてかまわない。けど私は貴方達を傷つけるつもりはない…イシュキミリは最後まで君達の為に戦ってたからね、私は彼の意思そのものは尊重する…だから」


するとデティは別れを告げるセーフとアナフェマ、そしてカルウェナンに指先を向け。光をつ…それは確かに古式魔術の輝きで。


「貴方達の傷は私の魔術で治す。イシュキミリに与えられなかった分は君達が持っていって」


「ッ…体が……これが古式治癒か」


「会長…これがあれば生きられたのに」


「それだけ反魔術を貫いて…なら私達も、会長の意志に従わないと」


治癒魔術を受け取り、体を直してもらったセーフ達は襲いかかってくる気配はない。まぁ今やってもエリス達が勝ちますが、そんな話ではないか。ただ治癒の向こうにイシュキミリを見るのだ。


彼はこれを拒否した、それだけ強い気持ちでセーフとアナフェマとの約束に殉じた。それを理解したからこそ二人はその生涯を今は亡きイシュキミリに捧ぐ覚悟を決めるのだ。


「では今度こそさらばだ魔女の弟子達。何処か小生達の道が交わる時また会おう」


「その時は出来れば一緒に並んで歩けることを願いますよ」


「心配はいらんさ、きっと次は味方になる。今小生達が向いている方向は同じなのだからな…さぁ行くぞセーフ、アナフェマ」


「はい!ファウスト前会長を探しましょう!」


「イシュキミリ会長のことを聞くんです!」


そう言って歩み出したセーフとアナフェマ、そして踵を返したカルウェナン…だったが、カルウェナンは一人歩みを止め。


「……そうだ、小生はマレフィカルムの本部は知らんが、一つ話しておく」


すると、カルウェナンは肩越しにこちらを見て…。


「お前達は小生達に勝った、それは見事だ。だがそれでも小生はマレフィカルムでも六番目…まだ上はいるぞ」


「聞いてますよ、それ。でも半ば信じられませんよ」


カルウェナンは強かった、だがそれでも彼はマレフィカルムで六番目、これより強いのがいるんだ。そりゃ知ってるよ、バシレウスもダアトもカルウェナンより強いんだろう…そこは分かるけどカルウェナンを倒した側からすると信じられない気持ちが強くなる。


だがカルウェナンは自傷気味に笑い。


「まぁ、小生には才能がなかったからな」


「え?」


「小生はな、魔術の才能がまるで無いんだ。いくら鍛えてもスタートラインにも立てないくらいにな、だから魔法を極めた…それだけのことだった。だが小生より上の人間はそうじゃ無い、小生並の鍛錬に加え圧倒的な才能を持った化け物達だ。はっきり言って比べ物にもならんぞ」


ゴクリと全員が唾を飲む。あのカルウェナンでさえ…ここまで言うか。


「…小生は六番目、上には五人いる。一つ上のラセツと言う男がいる、少々変わった訛りで喋る陽気な男だ。あれは侮るなよ、奴はまだ若くそれでいて小生以上、下手に時間を置くと手がつけられなくなるくらい強くなる可能性がある」


「ラセツ…ですか」


「ああ、他にもクレプシドラやイノケンティウス…フッ、小生より強い奴は山といる。臆したか?魔女の弟子」


カルウェナンより強い奴はまだまだいる、そしてエリス達はきっとそいつら全員倒さなきゃいけない。けどね、そんな事分かりきってるんですよ、今更言われるまでも無い。


「ビビリませんよ、エリス達はみんな倒しますから、そのラセツとか言う奴も全員ね」


「そうか、まぁそうだな。すまん、わかりきったことを聞いた。お前達には才能がある、競い合えるライバルがいる、そして何より良き師に恵まれている。きっと小生を超えて第三段階…最強の領域へ至れるだろう。その時はまた手合わせをしよう…小生もまたこれから強くなる、故に」


「ええ、また会いましょう」


そんなエリスの言葉を聞くなりカルウェナンは親指を立て先に行ったセーフとアナフェマを追い今は亡き主君に殉ずる旅に出る。次会う時は敵じゃなければ良いなあ…。


なんでエリス達は立ち去っていくカルウェナン達を見送り…ホッと息を吐く。


「これで終わりな感じ?」


ムクリと治癒されたアマルトさんが起き上がる、ネレイドさんとナリアさんが見つめ合い、メグさんがメルクさんと頷き合い、エリスとラグナは確信するように腕を組み、デティが腰に手を当て。


「終わりだね」


ニッと笑うのだ、ああ…これで終わりだ、この戦いは。


「いや何捕まってた人間が綺麗に纏めようとしてんだよぉ」


「いいじゃん別にさ!ってかんん〜?アマルト君どちたの〜?頭低いところにあるねぇ〜?んん〜?えぇ〜?チビ〜?」


「うるせぇしうぜぇ〜。ってかテメェなんだそのナリはよぉ、十中八九心当たりはあるけどよ!」


「覚醒です」


「だろいな!まぁ別にいいけど、俺も一応だが覚醒会得したし」


「え!?マジで!見せて!」


「また治癒してもらう必要あるけど」


「もしかして今の腕!どんな無茶な覚醒会得したの!」



「なんかデティとアマルトが言い合ってるといつもの感じに戻った気がするな」


「デティ様の身なりはまだ見慣れませんがね」


ポツポツと話し合うメルクさんとメグさんの横でエリスはデティを観察する。しかしデティ…今こうして覚醒の状態を維持しているのに随分余裕そうだな、ここから更に体を魔力に変換したり、体を変形させたり、色々できるようだし。


……覚醒の練度もかなりある。と言うかあれって解除したらいつものデティに戻るのかな。


「エリス」


「はえ?」


ふと、隣に立つラグナがエリスの方を見て…。


「先にウルサマヨリに戻ってる。お前はここで休憩してから戻ってこいよ」


「え?なんで?エリスもみんなと一緒に帰りたいです」


「いいからいいから、ほら…あるだろ、話が」


そう言ってラグナは気を使ったのかエリスとデティの方に追いやり。自分達はそのまま徒歩で歩き始めるのだ。ラグナが目で何かをみんなに伝えればみんなも察したのか軽く頷き『後で追いかけてこいよ』とか『ゆっくりしてくるんだ』とか伝え歩いていってしまい…。


残されたのはエリスとデティだけになった。


「お、置いて行かれてしまった」


「なんかラグナも気を遣ってくれたみたいだね」


「のようです」


ラグナが気を遣ってくれたのはエリスとデティを二人きりにする為だろう。それは多分エリスがここに至るまでデティを助ける為に燃え上がり噴き上がっていたからだ。だから二人きりで話す時間をくれた。

とは言え別にそんな気遣いは無用だ、だってデティとは一緒に帰るわけだし二人きりで話たいなら馬車に戻ってからでも……いやそうじゃないな、今じゃなきゃ意味がないんだ。


「……改めて、無事でよかったです。デティ」


「うん…ありがとう、助けてくれて」


「もう自分を犠牲にとかやめてくたさいよ、セーフやアナフェマを見たでしょう?あれはエリスも同じですから」


「確かにそうだね、ごめん。無神経だったね」


共に肩を並べ…エリス達は焉龍屍山を眺め、語り合う。デティがエリスを心配するようにエリスもデティが心配なんですから…。


「今回の一件で学んだよ、私はもっとみんなと…多くの物と向かい合うべきだった。覚醒を隠したり実力を隠したり、魔術を隠したり本心を隠したり、ウルサマヨリに来てからの私は良くないことばかりをした…だから状況をややこしくした」


「…………」


「けど、…エリスちゃん。私みんなを信じるよ、たとえ何があっても一緒に進んでいけるってさ」


そう言うなりデティはエリスのコートをサラリと脱いで…。


「だからこれからも一緒に旅をしよう、エリスちゃん。これからは私もこの覚醒の力をフルに使って一緒に戦うからさ」


エリスに差し出してくる、そしてそのコートを受け取ると同時にエリスはデティと硬い握手を交わす、これからはデティも隠し事は無しだ。最強の覚醒を用いて一緒に戦ってくれると言うのだから頼もしい限りだ。


「勿論です、けど…いいんですか?」


「何が?」


「みんなメサイア・アルカンシエルを倒して忘れてますけど、エリスは忘れてませんよ。デティ…本当はイシュキミリと結婚して子供作るつもりだったんですよね、それが役目だから…けどイシュキミリの本性がああで、その上死んでしまった」


こっちの問題は解決していない、彼女は近いうちに結婚をし子供を作らなければならない、それが彼女の役目だからだ。そこはいいのか、イシュキミリと子供を作れればそれで良かったんだろうけど…それも不可能になった。


じゃあ、どうするんだろう……。


「あぁー、その件だけど…まぁ考えはあるから大丈夫だよ」


「え?考えって?」


「それは内緒、けど旅の間は結婚も無し!だから安心して」


「そうですか?…じゃあもし!結婚する時は!エリスに相談してください!少なくともデティと結婚する奴はエリスより強い奴じゃなきゃダメです!!」


「そんな奴いるの…?まぁでも、最悪見つからなかったらアマルトの呪術でエリスちゃんを男にして子供作るからいいよ」


「え!?あ…そんな呪術もありましたね…」


え、エリスとデティの子供?デティがいいなら別エリスはそれでいいけど…。


「デティはそれでいいんですか?」


肩を落としながら聞いてみると…彼女は──。


「いいよ、エリスちゃんならね。だって私エリスちゃんの事大好きだから」


「………」


割と、本気の目でそう言ってくるんだ。冗談って空気じゃない…え?マジ?マジなの?いやまぁデティがいいたら別にエリスはいいんですけど、うーん。分からない、どんな感じになるか、全く。


「なーんて、冗談だよ。エリスちゃんの気持ちを抜きにしてそんな事しないよう」


「本当ですか?エリス別にいいですけど」


「いいのいいの、それよりさ。色々話しながら帰ろうよ、みんなのところにさ」


「……分かりました」


そして、エリスとデティはシュレインを後にする、南部での戦いを終え、未だ先行きは見えないながらもエリス達は確かに強くなっている事を実感しながらも、今はただ友と一緒に進めるこの時間を大切にしながら帰るんだ。


……デティが胸に秘めている覚悟も知らず。


「デティ、ところでいつまで大人の姿でいるんですか?」


「これ大人の姿じゃなくて私本来の姿だからね?魔蝕がなければこうなったってたの。まぁいいじゃんちょっとくらい、みんなの前で堂々と魔力覚醒できるようになったんだしエリスちゃんと肩を並べて歩きたいよ」


「エリスはちっちゃいデティの方が好きです」


「そんな事言わないでよー!!」


「嘘です、大きいデティもカッコよくて好きです」


「でっへへーー!!」


──デティフローア・クリサンセマム。史上最高の魔術素養を持ち多くの功績を掲げる歴代最高クラスの魔術導皇と名高き人物。孤独の魔女の弟子エリスと共に歩み様々な戦いを切り抜けたと後年語られるように、彼女は友にも恵まれた。


だが、それでも歴史書に記すなら…彼女をこう呼ぶべきだろう。


「ってか徒歩でウルサマヨリに帰るなら結構時間かかりますよデティ!」


「なら競争しよう!今なら負けない気がする!」


「流石に無理ですよ、エリスの冥王乱舞に勝てますか!」


「よっしゃー!ならよーいどん!!」


「あ!ずる〜っ!待ってくださーい!」


……後に魔術導国院の創立を行い永遠に続く魔術史に名を残し、そしてクリサンセマム一族による独裁的魔術支配に終止符を打った偉人。『最後の魔術導皇デティフローア』として彼女の名は魔術界最大の礎として刻まれ続けることになるのだ。


その決意の側に何があったかまでは記されていない物の、それでも彼女は使命よりも優先するものを…いや、使命をかなぐり捨てる決断をさせる何かがあったことは確かなのだろう。


………………………………………………………


「しかし、これからどこに行くんです?カルウェナン様」


「様はやめろ、我々はもはやメサイア・アルカンシエルではない。そこに上下関係はないはずだ、かしこまった呼び方はやめろ」


「じゃあカルっち」


「叩くぞ」


一方エリス達とは別の方角に向かったカルウェナン、ミスター・セーフ、アナフェマの三人はジャングルを進みながらこれからの事を相談していた。イシュキミリを故意的に歪ませあんな外道に陥れたのがファウストであるならば、この手で切らねばならぬと決意したが故に旅に出たのだが。


「さて、どこに行くかな。決めてない」


「では理学院本部に行くのはどうでしょうか、あそこならファウストもいるのでは」


「いや、ファウストは普段から理学院本部には顔を出していない。アイツはあれでセフィラの一角、ガオケレナからの指令でマレフィカルム本部にて現代魔術の開発に着手している」


行く当てがない、ファウストは基本的に普段は表には出てこない男だ。その魔術開発能力を買われあのガオケレナが態々声をかけに来る程の天才。アイツの手によって生み出された数々の魔術はどれも常軌を逸した物ばかり。


マゲイアのミラーリング・テイクオーバー然り、ティファレトの使う即死魔術やイェソドの使う現代虚空魔術も全てアイツの手によって作られている。だからこそファウストの存在はマレフィカルムにとってトップシークレット…狙われたらまずい最重要人物。簡単には見つけられないだろう。


これを見つけるのはかなり難しそうだ。


「あのぉ〜う、長旅になりますかねぇ〜これ」


すると、アナフェマがおずおずと顔を出して意見してくる。長旅になると言うかもう帰る気がないからこれはそもそも旅ですらないのではないか…と思っているとアナフェマは。


「流石に戦いが終わってすぐ旅は辛いですよう、せめて一回お家に帰らせてくださぁい。荷物とか…後お金とか持ってきたいですし」


「金?そんな物必要か?」


「必要ですよう!折角会長が私達に高いお給金払ってくれてたんですしぃ…こう言う時にこそ使いたいですぅ」


「……給金」


そう言えば自分にもそう言うものが振り込まれていたなとカルウェナンは暫し考え込む。とは言えカルウェナンはあまり金を必要としない生活をしている、腹が空いたらその辺の獣を狩ったりきのみを食べたりして生きている。


だが……そう言えば最近になってメサイア・アルカンシエルの金回りが良くなった気がするな。


「昔は、メサイア・アルカンシエルもそんなに金を持ってなかったのだが」


「そうなんですかぁ?カルウェナンさん給料明細とか見ないんですか?」


「出してるのか、メサイア・アルカンシエル…給料明細とか」


「出してますよう一応団体なので。ほらこれ」


と言ってアナフェマは手帳を取り出しこちらに見せる。彼女は几帳面にも渡された額を記録し収支を記載しているようで…金の流れが明確になっている。


「む……」


そしてやはり、ある一定の時期を皮切りに給金が倍増している。確かこの時期は…そうだ、嘆きの慈雨の計画が動き出した頃、そして……ふむ。


「よし、行く場所が決まった」


「私の家ですか?」


「それもそうだが、まず我々の目的地は…北部にする」


「北部?マレウスの北部って…カレイドスコープ領ですか?なんでそこに」


マレウス北部、反魔女運動が激烈に苛烈なあの地域だ。はっきり言ってあの辺りは無法地帯と言っても過言ではない状態で治安もあまり良くない…なんせあの辺りは八大同盟『パラベラム』の縄張り。死の商人セラヴィが貴族連中全員の弱味を握り実質支配しているのだから、犯罪者天国と言っても過言じゃない。


そこに行くと伝えればセーフもアナフェマも嫌そうな顔をする。だが…行く必要があるんだ。


「実はな、北部にはシモンの研究所があるんだ。確か…金の入りが良くなったのもシモンが北部に研究所を構えてからだったと思う」


「それがどうして我々が北部に行く理由になるんですか?」


「シモンはファウストと直接繋がっている存在だ、奴の研究所に行けば何か掴めるやもしれん」


「なるほど!そう言うことですか!でしたら早速そちらに向かいましょう〜」


「その前にセーフさん、一回お家帰りましょうよ〜」


(……………)


駆け出すセーフとアナフェマ…の背中を見て、カルウェナンは思う。実は北部に行くのはシモンの研究所に行く為ではない。研究所そのものならこの近辺にも、それこそシュレインにもあった。だがそれでも北部に行くのは…。


シモンの足取りが一度北部で掴めなくなった期間があった。そしてその後何食わぬ顔でシモンが戻ってきてから…メサイア・アルカンシエルは大きく変わった。


莫大な資金を手にチクシュルーブから銃火器を買い漁り、遺伝子組み換え魔術による強化を敢行し、そして嘆きの慈雨計画も始動した。全て…今回の一件に繋がる要素が北部から帰還したシモンを通じてメサイア・アルカンシエルに流れ込んできたんだ。


(シモン、貴様…北部で何があった)


北部から帰ってきたシモンは様子がおかしかったんだ。ただのつまらない研究者でしかなかったアイツが…瞳の奥に野心を覗かせるほどに、変貌したのはあの頃から。


北部に拠点を構えている八大同盟といえば武器や戦争の火種を扱う裏社会切っての財団でもあるパラベラム。…と、あともう一つ。


「そういえばシモンさんやマゲイアさんはどこに行ったんでしょう」


「さぁ、負けて捕まったんじゃないでしょうかぁ…」


(シモン…マゲイア、お前達まさか……)


天を見上げる、もしこの予測が的中しているならば…全ては一点で繋がっているのかもしれない。ジズの一件もオウマの一件もそして今回の一件も。


…『全て裏で主導した存在がいる』かもしれない。それはガオケレナとはまた別の意思で動く黒幕。そしてそいつはきっと魔女の弟子エリス達とも衝突する。


(気をつけろよ魔女の弟子達よ。恐らくこの一連の八大同盟の行動の全てには黒幕がいる、そしてそいつの計画は…お前達さえ組み込んで動いているかもしれん)


ガオケレナ率いるセフィラだけでも厄介なのに、更にもう一陣営追加で現れた可能性がある。それは魔女の弟子達に過酷な運命を強いいるだろう。


全く……なんと羨ましい運命をしているのだ。小生が血眼になって探し当てた強敵が向こうからやってくるとは、ううむ。やはり次は彼女達に味方してみるのもいいかもしれんな。


そう鼻で自分の冗談を笑い飛ばしながら…カルウェナンは北へと向かう。魔女の弟子との再会と今度は共に戦う未来を願って……。


──────そしてそれはとても意外な形で実現することになると、彼はまだ予想すらしていないのであった。


……………………………………………………


一方、カルウェナン達がシモンの噂話をしていた頃…当のシモンはと言うと。


「はぁ、はぁ、これだけしか持ち出せなかった!くそぅ!サトゥルナリア・ルシエンテスめぇ!私の計画が全て台無しになってしまった!」


両手に資料や研究成果の小瓶を抱え汗水垂らして彼はシュレインの隠し地下通路を通って一足先に離脱していた。まだイシュキミリの敗北を彼は知らない、カルウェナンの敗北を彼は知らない。


だがそれでも、仲間や主君を裏切るように彼は一人で研究成果を抱えては知って逃げていた。何故か…それは。


「メサイア・アルカンシエルはもう終わりだ、あんな状態になってしまった以上再建は不可能…!!」


彼は既に、メサイア・アルカンシエルに見切りをつけていた。それは今回の一件が由来ではない…もっと前から、かなり前から彼はメサイア・アルカンシエルとファウストを見限っていた。


ファウストがセフィラとして他組織に移ってしまった以上メサイア・アルカンシエルは頭打ち。いくら代理を立てようともファウストの持つ独特のカリスマに惹かれて集まった連中は御せない。何より最高戦力にカルウェナンが居座っているなら尚更だ。


だから彼は北部に研究所を建てた時、出会ったとある存在によって『鞍替え』を計画していた、つまり彼はもう既にメサイア・アルカンシエルの人間ではなかった…彼が本来所属する組織は。


「っ…なんだ、生きてたのねシモン」


「マゲイア…!?貴方死んだのでは…」


「ギリ、生きてたわ。こうして命辛々逃げてきたのよ」


通路の先に広がるとある部屋にて、既に待っていたのはズタボロのマゲイアだ。嘆きの慈雨の防衛に向かったはずのマゲイアがここにいる。てっきり既に魔女の弟子に敗北しているものと思っていたが…。どうやら途中で離脱してこちらに合流してきたようだ。


「それより貴方、研究成果は…それっぽっち?改造魔獣は!?」


「仕方ないでしょう…なんか隠し研究所に魔女の弟子が飛んできたんですから」


「なんで…、クソッ…この程度じゃ『あのお方』への手土産には薄すぎる」


マゲイアもまたシモンと共に鞍替えを決意した者の一人だ。あのお方からのスカウトを受け、指令を受けて動いていた。その為にイシュキミリを焚きつけ魔獣の因子の研究やら何やらを行わせたんだ。


最後はイシュキミリを狂わせるだけ狂わせてメサイア・アルカンシエルを吹き飛ばし、マゲイアとシモンの二人でトンズラする予定だった。手に入れた研究成果を手土産に鳴物入りすれば向こうでもまた幹部になれると思っていたのだが…。


シモンが持ってきた研究成果があまりにも薄い、これでは手土産には足りない。


「今から行ってとってきなさい!」


「む、無理ですよまた魔女の弟子が来るかもしれない、貴方が言ってください!」


「私はもうへとへとなの、それにもう約束の時間が───」


『なんの話をしている、マゲイア…シモン…』


「ッ……!」


その瞬間飛んできたのは猛烈な圧力、若き日のファウストに匹敵する膨大な魔力が空間を敷き詰めるように溢れ出てマゲイアとシモンの動きを緊張で縛る。来た…来てしまった。


「約束通り来てくれたな、二人とも」


闇の奥から現れた一団、その代表たる女がゆっくりとこちらに歩いてくる。マゲイア達が今日この場で正式に鞍替えし加入する予定だった組織が…幹部達で揃って現れた。


元はと言えばこいつらが全ての始まりだった。シモンに莫大な資金を与え、チクシュルーブから銃火器を買い漁らせた。結果チクシュルーブではヘリオステクタイトが、ウルサマヨリでは嘆きの慈雨が生まれた。


どこまでこいつの手のひらだったかは分からないが、結果として全て上手くいった…そんな巨大な絵を描いたのが、こうしてやってきた者達の頭目。


「『伯爵』…ご機嫌麗しゅう…」


そうマゲイアがとにかく礼儀を示さんと一礼すると、伯爵と呼ばれた女の後ろに控えていた『幹部』達が蠢き。


「ご機嫌が麗しく見えますか?これが、南部のジメジメした森の奥の更に地下奥底の通路を待ち合わせ場所にされてこちらは大変気分が悪いです、不愉快でございますです」


そう言って前に出たのは全身を薄汚い包帯で巻いたミイラ女だ、肌の露出は一切なく、ただキツく巻かれた包帯だけが女性的なプロポーションを表している。


「………ファックユー」


そしてその背後で首を掻き切るモーションを見せるのは頭に巨大なネジをブッ刺したツギハギだらけの巨大な女。この二人は共に幹部だ…八大同盟の幹部。


「ネフェルタリ、ヴィクトリア、下がりなさい」


「チッ、感謝しろよ外様」


「イエス、ボス」


ネフェルタリと呼ばれたミイラ女とヴィクトリアと呼ばれた人造人間の女は後ろに控える彼女達の親玉の言葉に一歩下がる。するとどうだ、こうして現れた幹部の中に…見覚えのある奴がいるではないか。


「……ん?お前、クライングマン?」


「悲しいなぁマゲイア様ぁ、あんたもこっちに鞍替えしてたとはさぁ」


一団の中に紛れるように立っていたのは…狼男クライングマンだ。デティフローアとの戦いに敗れた後行方不明になっていたはずのクライングマンまでそこにいるのだ。その事実に驚きつつも納得する。


なんとなく、分かっていた。クライングマンもまたこちらに鞍替え…いや、奴はそもそもこの組織の一員だったのだ。所謂スパイとして潜り込みメサイア・アルカンシエルを内側から操っていた。


だから、彼もまたイシュキミリの発狂に一手を与えたのだ。


「俺は元々『こっち』の幹部さ…メサイア・アルカンシエルに拾ってもらうよりもずっと前から、俺ぁこの人に忠誠を誓ってた…ですよね?」


そう言ってクライングマンが視線を向けた先にいるのは、この一団のボス。幹部達を従える…真の黒幕、その名も─────。


「ねぇ、孤独の魔女レグルス様」


「ふむ……」


そこに立っていたのは、魔女レグルス。八人の魔女の一員であるはずのレグルスが反魔女の徒達を従え、ボスとして立っていた。


絵画で見るよりずっと美しく、射干玉の如き黒の髪と炎のように赤い瞳。ここ数年で確認されたレグルスそのものの姿を晒した彼女の在り方に、マゲイアは思わず息を吐く。


「う、美しゅうございます、伯爵」


「その呼び方はやめろ、マゲイア…それより約束のものは?お前達を招き入れると言う約束を守る為に我々はここに来た、ならばお前達も約束を守れ」


ミイラ女ネフェルタリ、人造人間ヴィクトリア、狼男クライングマンの三人を従えるように立つ漆黒のローブを着込んだレグルスは一歩前に出て、マゲイアでさえ慄く程の魔力を持ったレグルスは…チラリとその姿を見て。


「おい、約束のものは」


「は、はひ。それはこちらにいるシモンが……」


「あ、えっと…申し訳ありません、魔女の弟子の襲撃に遭い…これだけしか」


そう言って両手にいっぱい抱えた研究成果を差し出すと、レグルスは首でネフェルタリに指示をし、研究成果を受け取らせる。が…それでも。


「足りんな、遺伝子組み換え魔術に合わせ私は嘆きの慈雨の回収も頼んだはずだが」


「そ、それは……」


無い、無いのだ。嘆きの慈雨は…全て破壊されて中和されてしまったからもうこの世には無い。そしてその設計図もシモンが持ってこなかったから再現も出来ないし…何より嘆きの慈雨を開発した天才イシュキミリはもういない。


つまり……。


「も、申し訳ありません」


「………そうか」


嘆きの慈雨は回収出来ない、そう知ったレグルスはやや残念そうに首を振り。


「まぁいい、それでも『遺伝子組み換え』と『嘆きの慈雨』…このうちの半分回収出来ただけでもよしとしよう。多額の金を与えて動かした甲斐があったと、飲み込む。仕方ないか」


「ッ…ありがとうございます!」


仕方ないと諦めるレグルスにマゲイアは両手を合わせ礼を述べる、よかった、受け入れられた。ここで突き放されたら行く当てなどなかった。

正直ファウストの提唱する魔術が世を支配する世界というのは理想的だが、アプローチの仕方にマゲイアは疑問持っていた。民衆から魔術を奪い、そしてこちらだけが魔術を使う、そんな構図を作れれば良いが果たしてそれにはどれだけの時間を要す?


そう考えた時、『この組織』が掲げる理念を聞いた、この組織に入れば自分は一層強くなれる。他を隔絶する力を得て民衆を支配すればいい、魔術を無くせないなら魔術以上の力を手に入れればいいんだ。


それを持っているのが、彼女達…『伯爵』達なんだ。


「必ずやお役に立ちましょう、私はメサイア・アルカンシエルでも主力中の主力。ここにいる幹部達よりかは数段は強いでしょう、なので貴方のお役に───」


「仕方ない…仕方ないから、代わりの品を貰うよ」


「は?─────え?」


しかし、その瞬間動いたレグルスは歩み寄って来たマゲイアに手を伸ばし。そのまま目にも止まらぬ速度で貫手を放ち…マゲイアの胸を貫いたのだ。


「あ?え?なんで……」


「ん〜?ああ、あった…やはり。『火雷招』…魔女レグルスの魔術だ、いや弟子の方か?なんでもいい。頂くぞ、マゲイア」


「な、あ…あぁっ!?」


そしてレグルスがニタリと笑った瞬間。マゲイアの体から血が失せていく。まるでストローを突き刺し吸い上げるようにマゲイアの体から血が吸われていき、恐ろしいスピードで肉体が萎み、全てを徴収される。


「ァ…ガ…ァ……」


「私は『遺伝子組み換え魔術』と『嘆きの慈雨』を持ってこいと言った、そのうち片方しか持ってこれなかったのだから…その穴をお前の命で埋める。悪いなマゲイア」


「ァ………」


そして全てを吸い取られたマゲイアの体は塵と消え、後に残った僅かな血をレグルスは舌で舐め取り、ニタリと笑う。


「素晴らしい、火雷招…これでまた一歩、魔女レグルスに近づいた」


マゲイアがミラーリング・テイクオーバーでコピーしていた火雷招を物理的に奪い取ったレグルス…いやレグルスによく似たそれは血を舐め恍惚と笑う。その様はまさしく『吸血鬼』…人の血を吸い嗤う吸血の鬼そのものだ。


「あ…ああ……」


そしてその様を見たシモンは腰を抜かし、恐怖に引き攣った顔を見せる。しかしレグルスはそんなシモンを見て、手を差し伸べ。


「おめでとうシモン君、君は今日から私達の組織のメンバーだ…これからは私の為に励んでもらうよ」


彼女達は、メサイア・アルカンシエルと同じ八大同盟の一角にして、最も謎に包まれた組織。その実態を神を…彼女達にとっての神を崇める為の崇拝機構。…その名も。


「ヴァニタス・ヴァニタートゥムへようこそ、歓迎するよ」


その名も『死蠅の群れ』ヴァニタス・ヴァニタートゥム。死骸に群がり闇を成す八大同盟の一角…終末を鳴らす警笛の名を持つマヤ・エスカトロジーが統べる組織であるこのヴァニタス・ヴァニタートゥムへ招かれたシモンはおずおずと立ち上がり頭を下げ。


「あ、ありがとうございます…伯爵」


「その名で呼ぶな、と言っても魔女排斥の身で私をレグルスと呼ぶのは些か抵抗があるか、ならば仕方ない…我が真の名を呼ぶことを許す」


「は、はい…コルロ伯爵」


ヴァニタス・ヴァニタートゥムはマヤ・エスカトロジーの組織だ。だが元来組織を束ねる事に興味を持たないマヤに代わり、或いはマヤという神輿を掲げ真にこの組織を統治しているのは彼女…。


魔女レグルス…ではなくその真の名を伯爵。ヴァニタスに於ける第一幹部であるコルロ・ウタレフソン伯爵である。


「私達の真の目的は知っているだろう、さぁシモン。君の頭脳を私に貸してくれ…私が、新たなる魔女になる為に」


魔女レグルスとそっくりの顔を持つコルロは舌を見せ嗤う。ガオケレナに続く、そしてガオケレナさえも上回る存在を目指して…コルロは笑うんだ。


自分こそが、新たなる魔女になる為に。いや…正確に言うなれば、彼女が目指す『神』になる為に─────。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。最近、この作品を読むことが楽しみの一つになっています。 兎にも角にもこれでメサイア•アルカンシエルとの戦いは終わりですね。いや〜対八代同盟との戦いの中では1番手に汗握りまし…
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