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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十七章 デティフローア=ガルドラボーク
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621.同盟討伐戦・第三戦『魔術道王』イシュキミリ・グランシャリオ


デティフローア・クリサンセマム


魔術導皇一族クリサンセマム八千年の歴史の中で最高傑作と呼ばれる逸材にして今現在最も多くの現代魔術を会得しているものでもある。その総習得量は一万とも十万とも噂されるし、それ以上とも言われることもある。


まさしく史上最強の現代魔術師と言ってもいい。魔術導皇は魔術王になる権利がないと言うルールがなければ彼女はきっとアリナを抑えて次期魔術王と呼ばれていた…いや、ともすれば現魔術王のヴォルフガングからも魔術王の座を直ぐにでも奪えるかもしれない程に、彼女は強い。


発表する論文はいつも世界の最先端を行き、多くの功績を残し、六王として世界の統治にも関わり、ありとあらゆる点で今までの魔術導皇から隔絶した存在であり彼女を神と崇める者もこの世にはいる。


そんな彼女の唯一の弱点といえば背が低いことくらい、五歳の頃から伸びない身長はあまりにも威厳に欠け本人もとても気にしている話ではあるが。これも致し方ないこと。


彼女は魔蝕の子なのだ、それも魔蝕当日に生まれた最高の祝福を得た子供。その祝福故に身長は伸びないし成長もしない。つまり彼女は身長は魔蝕の代償、天狼シリウスの束縛なのだ。


おチビの大魔術師デティフローア、そんな彼女は…実は魔力覚醒を会得していたりする。時期はレグルスの体を乗っ取ったシリウスとの戦いを終えて直ぐ、エリスと別れた後くらい。修練の最中…突然意識が混濁し、…まぁ色々あって会得したんだ。


けれどその覚醒の内容を把握したデティはみんなに隠す覚悟を決めた、これはみんなに見せてはいけないと…でなければ『あの悪夢』と同じことが起こる。





デティは、私はね、よく不思議な夢を見る。まるで未来の出来事を予知するかのような夢、ただ私の知る世界とは少し違う世界…その未来を私はよく夢に見る。


例えば本来は敵であるはずの人が味方の世界とか、エリスちゃんの性格が少し違う世界とか、助けたはずのレグルスさんが死んでる世界とか、今より凄惨な世界もあれば良い世界も夢に見た。


その中でデティが夢に見た世界で印象に残ったのが…不思議な世界だった。


まず、シリウスが完全に復活してるんだ、私の知る魔女の弟子達より幾分大きく成長した姿をしたみんなと一緒にシリウスと戦うんだけど…みんな、私の記憶にあるそれよりも随分弱い。その代わり私だけが強い世界。


その世界では私はなんと魔女様と同じ領域に至っていたんだ。つまり第四段階の臨界魔力覚醒まで扱えていた、しかしそのせいか…本来みんなが倒して乗り越えるべき難敵を全て私が倒してしまった世界の夢。その世界では私がみんなを守るように、ラグナのように振る舞っていた…そのせいでみんなが強くなれなかった世界、みんなが私を頼ってしまった世界。


その世界ではみんなが弱かった、シリウスとの戦いに耐えきれずみんな呆気なく死んでしまうんだ。転がるみんなの残骸を前に私は一人シリウスと戦い…そして敗北する。その時後悔するんだ…『みんなの前で力をひけらかすべきじゃなかった』ってさ。


そしてシリウスに殺される寸前で私は夢から覚める。所詮夢さ、一回見ただけの夢さ、けどそれがどうにも頭にこびりついた私はみんなの前で覚醒を使う事を躊躇ってしまった。


だから嘘をついた、私の覚醒はどう考えても覚醒の段階に収まらない力を持ってる、これをみんなに見せたら夢と同じことになるんじゃないかって、もしかしたらこの不思議な夢は予知夢で…これが未来に起こる出来事なら、絶対に避けねばならないと考え、私は今日まで覚醒を封じてきた。



けれどそれも今日までだ。私は今日みんなの見ている前で覚醒を使う…私が嘘をついたからこんなことになったんだ、だからもう…嘘はつかない。私はみんなを信じる、私はみんなに信じられているから嘘をつかない。


だから、今目の前に立つイシュキミリを倒すため…私は。


「魔力覚醒『デティフローア=ガルドラボーク』ッ!!」


逆流する魔力が魂に流れ込み、肉体と同調し全てが変質する。イシュキミリを前に覚醒を披露するデティフローアの体は光に包まれ…全てが変わる。


まず変化が起こったのは髪だ、彼女の髪は光を取り込み徐々に伸び切り…白光を放つ長髪へと変わる、その髪はデティの低身長には似合わずあまりにも長く伸び地面に山を作るほど長く伸びる…。


と同時に…肉体の方にも変化が起こるが、その前に一つ述べるならば…。


デティフローアの持つ覚醒は、現行世界最強の覚醒である。これは断言出来る情報であり、あまりにも規格外の力を持つが故に彼女の運命そのものにも影響をもたらす。


そう、そのあまりにも巨大過ぎる力は…肉体の変化そのものにも現れる。


「な、なんだその変化は……」


イシュキミリは絶句する、何故なら…『デティフローアが巨大化し始めた』からだ。


「ぐっ…ゔぅっ!」


巨大化する肉体にデティ自身が苦悶の声を上げる、とはいえこれはただそのまま大きくなっているのではない、と言うか…大きくなっているのはただの副作用だ。


これはただ…デティが自らの体を蝕む呪いを破砕しているだけだ。…そう、デティの体は魔蝕の呪いにより成長しないようになっている、ある意味シリウスの束縛だ。だがこのあまりにも巨大な力はそんな束縛さえも破壊する。


…するとどうなる?自らの体を小さく留めている呪いが消えたらどうなる?…決まっている。


『デティフローアは覚醒している間だけ、魔蝕の呪いに蝕まれなかった本来の背丈を手に入れる』のだ…その身長は。


「で、デティ……なんですか?」


「…エリスちゃん」


覚醒による変化を終え、収まった光と共に振り向き声を出せば…嗚呼、やはり慣れない。この姿になるといつもより少し声が低くなる。


長く伸びた髪は腰の辺りまで伸び、スラリと伸びた手足と確かについた筋肉、そして幼さを残し続ける顔は成長し確かな凛々しさを手に入れ。何よりコンプレックスだった身長は、なんとエリスよりも大きく…魔女レグルスに匹敵する高身長へと変化する。


これが、デティフローアが呪いによる低身長にならず、二十そこそこまで成長した姿…デティフローア本来の姿なのだ。


「大人に、なりましたね…」


「これが私本来の体だよ、魔蝕の影響を受けなければ…私はこれくらいになってたの」


「エリスより大きいです…それに」


「それに?」

 

「とっても綺麗です…デティ」


背後で倒れる親友の言葉に、デティは幾分救われる。心配だったのは、あまりにも普段と乖離したこの姿を受け入れられないのではないかと言う不安もあったが、馬鹿な話だ。エリスちゃんは私を見た目で判断なんかしないんだ。


「ありがとうエリスちゃん、じゃ…後は任せて、それとこれ借りるよ」


エリスのコートを翻す。このコートは覚醒に反応して白く変色する効果がある、それに伴い私の覚醒にも呼応し、白く染まる。


エリスの背丈に合わせたコートが似合う姿に変貌したデティは一歩踏み出す。肉体の成長はあくまでオマケ…副作用だと言っただろう。ここからが…この覚醒の本来の力の発揮。


「いくよ、イシュキミリ」


「あ…あ……」


そう戦闘態勢をとった瞬間、デティの輪郭がぼやける。まるで光の集合体のように白光の化身のように変わる。


松明の光のように輪郭はなくともそこにある、そこに居る。光を放つどころか光そのものとなったデティフローアの瞳が赤く輝く。


「多分だけど、勝負にはならない。ごめんね」


これこそがデティフローアの完全形態、大人びたスラリとした手足に長い髪、それら全てが光の塊となり赤く煌めく瞳で敵を見る。イシュキミリには分かる、今のデティは光になっているのではない。


その手足も、体も、頭も、何もかもが超高密度の魔力になっているのだ。防壁を重ねた時魔力が発光することがあるが原理はそれと同じ。肉体が常軌を逸する程に濃く、厚い、魔力体と化したのだ。


さながら魔力の化身、人型の魔力、いや…魔人?


「それが、お前の覚醒……」


自然とイシュキミリの息が荒くなる。魔術師として、魔の道を歩む者として本能的にデティが醸し出す超絶した空気感に体の芯が恐怖する、あれがどう言う存在か分からない、どう言う覚醒かは分からない、だが少なくとも想像出来る範囲には─────。


「ッッ関係あるかッ!『サルガドゥラ・メチカブラ』…『霜の王』ッ!!」


しかしそれでもイシュキミリはデティフローアの破壊を望む、この手で地獄に落とすと叫んだ彼は魔力覚醒を行い、同時に純白の霜を放ち全てを凍らせようと冷気を放つ。


(設定は『一分』…保険だ!)


「………」


放たれる冷気を前にデティフローアは静かに手を前へ突き出し、ゆっくりと開かれた手が迫る冷気を捉え……。


「『炎熱』」


その瞬間ボコボコとデティの魔力で構成された腕が泡立ち内側から膨らむように原型を失い、冷気全てを防ぐほどに巨大化した手は内側から赤く染まり…一気に破裂し巨大な爆炎を作り出し冷気を全て消し払う。


「なっ…防がれた、霜の王が…こんな簡単に、だが!ならば『暁の虎口』ッ!」


冷気を防がれた瞬間、イシュキミリの体が紅く輝く。その光は冷気と引き換えに強く染まりイシュキミリに神速を与える。


目にも止まらぬ速度で高速で飛翔するイシュキミリは周囲の壁や床を蹴ってや乱反射しデティを撹乱する。


「ハハハッ!目で追えまいッ!冷気が防がれるならば直接叩くまでッ!」


「……貴方も大概不思議な覚醒だね」


十分撹乱を終えたと未だに突っ立っているデティを見据えたイシュキミリは背後から剣のように鋭い蹴りを放ち───。


「でも、言ったはず、勝負にはならないってね」


「は!?」


背後から蹴ったはずだ、デティは未だに振り向かず腕を組んでいるはずだ、なのに蹴りを掴まれた…デティフローアの背中から、新たに腕が生えてそれが蹴りを掴んだのだ…何が起こっているんだ、そもそもこいつの覚醒はなんなんだ。


「イシュキミリ、君の覚醒は変質の覚醒だね…歴史上でも数度しか確認されていない『複数の覚醒を内包する覚醒』…だね?」


「ぅっ!?」


図星とばかりにイシュキミリは咄嗟に背後に飛び退く、この一瞬で…覚醒の内容も見抜かれた。その焦りから飛び退いた瞬間イシュキミリの体から赤い輝きが消え、代わりに瞳が黄金に輝く。


「ふむ、変更は自分の意思じゃ行えない感じかな、ってことは時間経過かな?」


(そこまで、バレたか)


ゆっくりと振り向くデティはニタリと笑う…、エリスはイシュキミリの冷気を見て『サルガドゥラ・メチカブラ』は属性同一型だと考察したが、違う。


────分類不能型魔力覚醒『サルガドゥラ・メチカブラ』。イシュキミリの覚醒は世にも珍しい『複数の効果を持つ覚醒』である。その効果は四つ、それぞれが属性同一、肉体進化、概念抽出、世界編纂の効果を持つ。


魔力を冷気に変換する属性同一型『霜の王』、魔力を身体能力に変換する『暁の虎口』…そして概念抽出型の『黄昏の十三階段』、世界編纂型の『宵の断頭台』。一つで四つの型を持つ万能の覚醒。


それはイシュキミリが覚醒と同時に設定した時間によってオートで切り替わる、時間は時計の針が一周回るまで属性同一型から世界編纂型まで変化する。つまり『一分』『一時間』『一日』の間で覚醒の効果は一周するようになっているのだ。


今イシュキミリは一分に設定している、つまり十五秒置きに覚醒の内容は変化することになっている。そこにイシュキミリの意志は関係ない、当初設定した時間は針が一周するまで変更は出来ない。


時間によって在り方を変える、イシュキミリ自身の移ろい易い在り方を投影したようなこの覚醒は相手に内容を暴かせない所に強みがある。


「一つの覚醒の中に四つの覚醒が内包されているなんて、どんな生き方をしたらそんな風になるのか想像もつかないよ。イシュキミリ」


「…………」


イシュキミリはデティを前に一度その覚醒を解除する。彼の覚醒は時間で変化する、つまりある意味時間制限がある覚醒だ、彼自身の意思を無視して変質するこの覚醒を扱えるようになるまで血の滲むような修練をしてきた。


だからこそ一旦解除する、時間経過による変化を一度リセットするにはこうするしかないからだ。そして杖をクルリと回して。


「どうやらお前の覚醒も相当な物のようだな、その自信…随分だ」


「まぁね、ってかさ…」


するとデティは腕を組んだまま肩を落とし。


「ねぇ、そろそろ攻めていい?それともまだ披露したい技とかある?」


「──────ッ」


挑発、なんともわかりやすい挑発を前にしてイシュキミリはピクリと目元を揺らす。今の彼にそれを受け流すだけの余裕はない…当然、そんな挑発を前に彼が取る行動は一つ。


「私を侮るなッッ!『サルガドゥラ・メチカブラ』!」


覚醒、放つ冷気…そして同時に…。


「『バーストレイン』ッ!」


放つのは暴風雨魔術、水と風を掛け合わせた水嵐。水滴が冷気により凍り凡ゆる物を凍らせ砕く純白の暴風が吹き荒れる。炎で防ぐなら防いでみろ、その瞬間炎をレジストして切り刻んでやる…そうイシュキミリは考える。


だが違う、デティフローアはそろそろ攻めると言ったのだ…ならば攻める、もう防御をしてやる優しさなどない。故に彼女は拳を握る。


「本気で行くよ、イシュキミリ…」


鋭い眼光で嵐の向こうのイシュキミリを見遣る。そうして彼女は魔力覚醒の真の力を振るう。


───魔力覚醒『デティフローア・ガルドラボーク』。それは先も述べた通り現行世界最強の魔力覚醒であり、ただそれ一つで凡ゆるを成し遂げる。


魔力覚醒とは本来膨張した魂と肉体を一体化させる事で力を得ると言う物だが、デティは違う。魂が強すぎるんだ、それこそシリウスの呪縛さえ破壊してしまうほどに、故に覚醒と同時に一旦肉体は魂に飲み込まれ混ざり合い、体全てを魔力のみで構成し直す事で意思を持った魔力体として再誕する覚醒。


その効果は多岐に渡る、全ステータスを魔力総量と同値にする、特定の魔術の無効化、物質非物質問わず干渉する力など多くを兼ね備えるが…何よりも特筆すべき点は。


『魔力となった肉体は習得した全ての魔術と同化する』点にある。


「……『不折不曲の───」


前途の通り彼女は今この世界に存在する全ての現代魔術を会得している。数十万以上の魔術を会得している、それ即ち彼女の肉体の内側から好きな時に好きな魔術を好きなだけ取り出せると言う点にある。


人類が数千年かけて積み重ねてきた現代魔術の歴史と魔術導皇の歴史をその身に宿す覚醒。それは時すら超えて彼女の身に宿る。


その絶対的な力は覚醒の種別すら超える、分類不能型にすら分類されない『神象魔力覚醒』。シリウスの使ったイデアの影と同じ神を象る魔力覚醒だ。


魔力の体に、無限の魔術を内包する。それは即ち────。


「──『セイラム』」


その瞬間拳を突き出すように放たれたのは『不折不曲のセイラム』。拳を放つと同時にデティフローアの魔力で構成された肉体が変質、それは魔術発動と同じプロセスを辿る。魔力が変質し別の物体に変わり顕現する。


デティフローアの肉体は魔力そのものになっている、故に…今デティフローアは数千の魔術を同時に発動させ拳の一つに込めたのだ。


『衝撃発射系魔術百五十種類』『防壁形成系魔術四十五種』『物体運動制御系魔術十二種』『斬撃系魔術百十二種』『貫通系魔術百二十四種』『物体破壊系魔術百十四種』『無属性魔術二百五十五種』等……この一撃に数多の魔術が込められている、肉体が魔力故に肉体を魔術に変え、魔術を内包するが故に詠唱を必要とせず…事実上無限の魔術を一度に解放できるこの覚醒は即ち『不可能を可能にするする覚醒である』。


「なぁッ…!?」


一撃、ただデティフローアが拳を振るっただけでイシュキミリの小賢しい魔術は消し飛び、衝撃波はイシュキミリの頬を掠め背後の壁を貫き森を破砕し巨人が大地を抉ったように彼の背後で何もかもが破壊される。


「ッ…な…ぁ……!?」


イシュキミリはゆっくりと振り返り、あまりの威力を前に絶望する。強すぎるが故に絶望する、今まで自分が積み重ねきた全てを否定されるようなあまりの強さに…震えが止まらない。


(なんだこれは、天災…?いや…厄災)


あまりにも強烈な一撃、まるでカルウェナンの…いや、これはカルウェナン以上か?そんなのありかとイシュキミリは口を開く。あまりにも違いすぎる、覚醒の規模が違いすぎる。だがそれでもデティは悠然と歩き、こちらに指を差し。


「次は当てるよ、もっと強烈なのを…」


そう言うのだ、…今のはただの一撃に過ぎない。次が来る、そう感じたイシュキミリは…。


「ッ……うわぁぁああああああ!!」


吠える、恐怖と絶望に絶叫し『暁の虎口』にて肉体を強化し一気に魔力を身体能力に変換し杖を剣のように握り大地を砕きながら一気に迫る。目にも止まらない速度は八大同盟の盟主に相応しいレベルのものであり、事実エリス達が相対したならば対処には苦慮しただろう…だが。


「死ねェッ!!!…ぐぅっ!?」


デティの首目掛け振るった杖はデティに触れた瞬間弾かれ余りの反動に逆に殴りかかったイシュキミリが膝をついてしまう。


「私の体は今魔力そのものになっている、魔力そのものってことは魔術そのものにもなれるし、勿論肉体で魔法だって出来るよ…教えてくれたもんね。防壁」


「ぐっ……!」


今デティの肉体は『ダイヤモンドフォートレス』を始めとした防壁魔術を二百近く重ね掛けしている、その上で更に魔法による防壁すらも展開し常軌を逸した防御力を持っているのだ。それをただ殴りつけただけでは…破壊なんて夢のまた夢だ。


「さぁドンドン行くよ、はァッ!!!」


「ぅぐっ!?」


その瞬間デティの右腕が振るわれると同時に糸の束のように解け膨大な風となる。風系魔術四十種を同時発動させたのだ、当然この風にイシュキミリは耐えきれず吹き飛ばされる。


「『不鈍不止のトーシュオーケル』ッ!」


そして吹き飛んだイシュキミリを追い飛翔したデティの肉体は風系魔術百十種、加速系魔術百種同時発動により一瞬で神速に至り、吹き飛んだイシュキミリを何度も襲い、空中で何度も方向転換を繰り返し怒涛の追い打ちを仕掛ける。


「ぅぐぉぁっ!?」


「これこそ、お前が否定した魔術の歴史。自己犠牲の果てに生まれた力だよイシュキミリ」


飛んでくる拳も蹴りも見えない、最早人間の手に負える速度ではない、肉体進化で強化された体でも対応し切れない。ただただ苦痛と激痛の中で狂うイシュキミリを何度も殴り抜いたデティはトドメとばかりに右拳を大きく引いて…。


「『多重付与』」


使うの現代付与魔術による肉体付与、ラグナのように鍛え抜かれた体でしか扱えない筈の肉体付与を行う…が、今のデティは魔力そのものだ。肉体への負荷と言うデメリットは存在しない。


故に…『際限がない』。


「一億四千八百五十万七千二百六十三連付与…!」


常軌を逸した量の付与魔術を右腕に集約する、するとデティの右腕はボコボコと膨らみ丸太のように巨大に膨張する。それはまるで魔神の拳の如く筋肉が隆起しており…見ているだけで力強さが伝わる姿形を示し────。


「ほら、防壁。それくらいの時間はあげる」


「なっ!?ぐっ…!」


そして振りかぶった拳を大きく掲げながら防壁を展開しろと述べるデティ、それに対して応えるように防壁を張った瞬間。


「『不壊不砕のトリーア』ッ!!」


「ギッッ!?」


振り下ろされたその一撃はイシュキミリを打ち最も簡単に防壁を叩き砕き地面へと撃ち下ろす。イシュキミリが落ちる前にただ拳を振っただけの衝撃で大地は砕け、風圧で神殿街が瓦解し始める。


「あ…がっ…ごぇ…」


「嘘でしょ……」


潰されたカエルのように地面に倒れ伏すイシュキミリを見ていたエリスは、ただただ呆然と口を開ける。


イシュキミリは八大同盟の盟主、格としてはジズやオウマと同格の筈。それがまるで子供…いや赤子扱いだ、勝負になってないどころの騒ぎじゃない、イシュキミリの全てがデティに通じずデティの全てをイシュキミリは防ぐ術を持たない。


今エリスはカルウェナンに似た絶対的な何かをデティに感じている。強すぎると言う感想を超えた先にいる…絶対の領域に今デティはいる。


(エリスの過重覚醒で勝負になるかどうかって…そのレベルだ)


それでいてデティはまるで無理をしている様子がない、まだまだ全力全開を出しているようには見えないのだ。これがデティ本来の実力……?




「分かった、イシュキミリ。力によって物事を捻じ曲げようとする、それ以上の力が返ってくる。私の先生もよく言っていたよ…」


「ぁが…がっ…ぶふぅ…」


巨大なクレーターの中で倒れるイシュキミリを前にデティは腕を組む。その様はまさしく魔術を統べる『魔術導皇』たる絶対の立ち姿。本来の成長分の身長と絶対の力を得た彼女はまさしく魔術の王に相応しい実力を手に入れたのだ。


魔術導皇と対を成す魔術道王?そもそも格が違う。積み重ねてきた歴史も、それに対する向き合いの姿勢も。


「なんだこれ…っ、理不尽だろ…、ここはもっと…いい勝負する…流れじゃないのか」


「知らないよそんなの。でも君はね…そう言う理不尽を怒らせたんだ、自分だけが勝手を出来ると思っていたの?」


「ぅぐ……」


「悪いけど結婚も破談だから、君のメサイア・アルカンシエルは私が潰すし、君の願った嘆きの慈雨は完全に歴史から抹消するし、魔術は未来永劫続く…私は私より強い子を産み、その子は更に強い子を産む。そうやって魔術の守護者は巨大化していくんだ」


「……異常者が」


「だから言ってるでしょう、悪いねって」


そしてこの中で最も格の違いを味わっているのはイシュキミリだった。死者蘇生を使えて、父の愛を受け取って、友に恵まれて、その上こんなに強いなんてズルすぎる。自分が欲しかったもの全部持って…その上で更に自分から奪おうとしている。


理不尽、そんな言葉しか湧いてこない。そんな言葉を吐くことしか抵抗の手段がない。でも…それでも……。


「それでも…負けられん……!」


「そうまでして魔術を消し去りたいの?」


「違う!私は…私は……」


魔術を消し去りたい…もう今はそんな事どうでもよかった、この場に及んで今以上を求めることは出来ない、だからこそ求めるのは勝利だけ。そう…だって。


(ここで負けたら、私は私の今までを否定することになる…魔術導皇と対を成せるよう育ててくれたファウスト師匠との時間を…否定することになる!それだけは、それだけは…)


立ち上がる、今自分の手元にあるのは魔術だけ、魔術を否定する師匠との唯一の繋がりだけ…だからこれだけは否定するわけには……。



「イシュキミリさん!!」


「ッ……!?」


その瞬間、声が呼ぶ。イシュキミリの名を……。


それは、その声は……。


「ナリア君……」


「イシュキミリさん!」


ナリア君と呟けば、それに応えるように瓦礫の中から這い出てくるサトゥルナリアが声を張り上げる。あれから魔力消耗を抱えながらも地下から這い出てきたナリアはようやくこの場に現れ、そして周囲を見て…。


「え!?どういう状況ッ!?」


彼は覚悟していた、地上に戻れば即座にカルウェナンとの戦闘が始まりデティフローアを助けるための最後の戦いに挑むと。しかし実際に来てみればカルウェナンは既に倒されておりいない筈のメルクリウスがいて、何よりイシュキミリがボロ雑巾になっている。


そして何より…。


「誰ですか貴方!?」


見知らぬ人物がイシュキミリの前に立っているのだ、全身が魔力となった長身の女性はパッとナリアの方を見ると。


「あ、ナリア君、やっぽーん!」


「ノリ軽ッ!え!?デティさん!?捕まってた筈では!?と言うか背ぇ高…!」


グッパッ!と手を開くデティフローアにナリアは混乱しつつも…それでもイシュキミリを見る、彼がここにきたのは…イシュキミリと話すためなのだから。


「イシュキミリさん、もうこんなことやめましょうよ!」


「…………」


「ねぇ!イシュキミリさん!」


「ナリアさん、近づかないでください…危険です」


イシュキミリに近寄ろうとするナリアを手で制し止めるエリス、しかしそれでもナリアは呼びかけるのをやめない。止まるわけにはいかない、この中で唯一彼の真実を知るナリアだけは止まるわけにはいかなかった。


「ねぇ、イシュキミリさん。もうやめましょう…きっと向いてませんよ、こういうの」


「…………」


「イシュキミリさんは。悪いこととか…そう言うの向いてないんです」


「君に何がわかる、私の何も知らないくせに…」


「知ってます、今知りました。僕…地下の底でシモンと言う人と戦って、全部聞いたんです」


「……シモンと?」


はたとイシュキミリは顔を上げる、おかしい…シモンにはこの場を離れ中央都市に残してあったメサイア・アルカンシエル本隊に連絡し動員をかけるよう指示しておいたのに、何故地下になんかいるんだと顔をしかめる。


しかしそれでもナリアは続ける、今ここで伝えなければ一生後悔する気がしていたから。


「シモンさんが言っていました!イシュキミリさんを…利用していると」


「馬鹿馬鹿しい…今度は精神攻撃か…?悪いがもう攻撃されても痛みを感じられるほど、心に余裕はないんだ」


「本当です!貴方をメサイア・アルカンシエルを統べる王にする為に…ファウスト・アルマゲストと結託してポワリという女性を殺したとッ!!」


「……は?」


イシュキミリの顔色が変わる、もう聞きたくない名前と今聞きたくない名前が一緒に出てきたからだ。誰が誰を殺したと?まるでそう聞くように彼は目を見開いて杖で地面を突き…ナリアの方を見る。


「何言ってるんだお前…ポワリお姉ちゃんを…ファウスト師匠が…?そんなバカなことが…」


「あるわけないと思っているなら、さっきまでみたいに鼻で笑えばいいですよね…。でもそうして必死に否定しようとするってことは、何処かで思ったことがあるんじゃないんですか!?」


「ッ……」


言われれば点と点が線で繋がる感覚をイシュキミリが襲う。ポワリは中央魔術理学院に行った、それも不可解極まる大抜擢で…。そして魔術理学院でポワリが死んだ直後に測ったかのようにファウスト・アルマゲストは現れた…。


(あり得ない…あり得ない…あり得ない)


『旧友の家を久しく尋ねてみたら、これはどういう事か。少年が一人で泣いている、君…何があったかこの私に話してみる気はないだろうか』


何もかもを失い、孤独に震えていた自分を救い出してくれたのは紛れもなくファウスト師匠だった、しかし思えばタイミング的にも…まるで奇跡的のようなタイミングだった。


『君は悪くない、魔術が悪かったんだ。不可能はないなんて嘘をついて君を惑わせた…君は悪くない』


あの時抱きしめてくれたのも、あの時慰めてくれたのも、それから私を引き取ってくれたのも、育ててくれたのも─────。


「イシュキミリさん!貴方は利用されてるだけなんです!嘆きの慈雨を改造して殺戮兵器にしたのも!貴方を追い詰めて道を踏み外させるための罠だったです!」


『魔術が無い世の中になれば、悲劇は生まれない。それを体現できるのは君だけだイシュキミリ』


「ファウストとシモンは貴方を利用して自分に都合の良い世界を作ろうとしていた!魔術を支配の道具にして!権力を確かな物にする為の!道具にしようとしていた!貴方の理想はその為に植え付けられた物なんです!」


『孤独を知る君になら、私はなんでも出来ると信じている、魔術の悲劇によって全てを失った君にこそ世界は変えられる』


「貴方の孤独は!ファウストによって作られた物なんです!貴方を引き戻す役目を持った人間を全て排除するように!!動いていたんです!」


『私を父親代わりと呼んでくれるか?…旧友の息子にそう言われるとむず痒いですね、ですが…諸行無常、これもまた定めか』


「そして、貴方がトラヴィスさんを殺したのも…奴らにとってただ好都合だったから───」


「ナリアさんッッ!!」


瞬間、エリスがナリアに飛びかかり押さえつけ言葉を途切れさせる…口を抑え、これ以上言うなとばかりに。その事にナリアは必死に抵抗する…。


「何するんですか!エリスさん!イシュキミリさんに語りかけないと彼は道を踏み外して…」


「それ優しさで言ってるつもりですか!ナリアさん!追い詰めてるだけですよ!イシュキミリを!」


「え……!?あ……」


エリスに指摘されて、ギョッとする。エリスが止めていたのは…何もイシュキミリが憎くてじゃない。今のイシュキミリには…優しさや慈愛こそ、毒になるからだ。


事実、それを聞いたイシュキミリは……。


「あ、あああ…ああああぁぁああああ!!!」


割れていた、自分の中にあるアイデンティティ全てがガラスのように割れていく感覚を味わっていた。全てが作りもの、何も無い自分に植え付けられた全ては作り物、虚影でしか無い思い出に縋っていた事に気が付かされた彼は…頭を抱え苦しんでいた。


父に、指摘された時…過剰に反応し頭に血が昇ったのは、その時どこかで気がついたからだ。今の自分がどこまでも師匠の都合の良い存在になっていると、そしてその事に気が付きながらもそこに縋るしかない自分の情けなさに気がついたから、彼は父を殺すほどに激昂し動揺した。


そしてその事実に蓋をしていたのに、今…それさえもナリアに否定され、引き剥がされた。


「今のイシュキミリは自暴自棄になってるんです、何かに縋っている…デティを殺すと言う目的に縋らなくては立ってられないくらい彼は自棄になってるんです。そこに自棄になる理由をまとめて引っぺがすような正論正道を説いたって…逆効果ですよ」


「ッち、ちが…僕は…!イシュキミリさん!!僕は貴方に…魔術師になって欲しいんです!」


咄嗟にイシュキミリに寄り添うべくエリスを引き剥がし駆け出したナリア。自分は追い詰めたいつもりはない、ただ今いる場所はイシュキミリさんの為にならないと…そう言いたいんだ


「イシュキミリさん!」


「今更、戻れるか…ここから……」


「戻れます!絶対!」


「私はもう何人も殺してる!父も!そんな私が!戻れるか!正道に!」


だから理想を捨てた、だから夢を捨てた、自分にはもう理想を抱く権利さえない。夢を捨て理想を捨てる理由をデティに押し付けた、魔女の弟子を殺す理由として使う事で理想を捨てることさえ正当化した。だがそんな魔女への敵対心すらファウストに植え付けられた物なら…もう自分には何も無い。


まっさらだ、今のイシュキミリには何も無い、虚無なのだ。ただ残ったのは人を殺した事実だけ、これでどうやって正道に戻れると彼は…本音を述べる。間違いなく本音だ、嘘も偽りも言い訳も使わない、正真正銘の本音…それを受け取ったからこそ、ナリアは胸を張って応える。


「戻れますよ!だってイシュキミリさんは一人じゃありませんから!」


「ッッ………!」


一人じゃ無いからだ、孤独じゃ無いからだ、誰かがいるからだ、今はもうイシュキミリさんは一人じゃ無い、今ここに真に想う人がいる…だから戻れる。


そう伝えられたイシュキミリは…目を見開き。


「一人じゃ無い…」


反芻する、そこで思い出す…そうだ、そもそも自分のルーツとはそこにあったと。死者蘇生への憎悪が魔術否定のルーツだとするならば…今の自分を作り上げたのは孤独への嫌悪感。


自分の周りに穴が開いていく感覚が嫌だった、だから死者蘇生を求めた。死者蘇生が不可能と知ったから、今度はファウストで埋めようとして、そして今がある。


そもそも孤独が嫌だったから、自分はこうなった…なってしまった、けど。


「私は…一人じゃ無い…か」


驚くほど馴染んでいくのを感じた、ナリアの言葉が彼の狂気と悲しみを癒していくのをイシュキミリ自身が感じていた。そうだ、自分はもう孤独じゃ無い…そう。


『イシュキミリは一人じゃない』…この事実が、ありとあらゆる物を失った彼に、一つの答えと確かなビジョンを与えた。


「はい、一人じゃありません。だから…」


「フッ、そうだな。だが……悪いねナリア君、やはり私は君とはいけないよ」


「え?」


そう言うなり優しくナリアを引き剥がすと…イシュキミリは再びデティを黙って睨み出し。


「デティフローア…悪い、時間を取らせた、続きをやろう」


「な、なんで!なんでですか!イシュキミリさん!なんで!」


「…………」


チラリと、ナリアを見遣るイシュキミリは軽く手を上げ…。


「君になら、頼めるからさ」


「え──────」


そう呟いたイシュキミリの顔に既に迷いはなかった、歪みはなかった、今イシュキミリという人間はようやく一人の人として完成された、だからこそ…訣別を選ぶ。


「さぁついて来いデティフローア!私を止めたいならばな!」


「イシュキミリさん!!」


そしてそれだけ言い残した彼は魔術で飛び上がりシュレインを離れていく、ナリアの声にも答えず…空の彼方へと消えていく。何を考えているのか、ナリアの言葉に何を思ったのか、分からないがそれでも。


奴は決着を望んでいる。


「デティ…」


「うん、お呼びみたいだ…決着つけてくるよ」


組んでいた手を解きイシュキミリの飛んでいった方向を見る。彼もどうやら決心がついたようだ、色々と。これは恐らく先程までのようにはいかないかもしれない。


「デティさん!デティさんですよね!お願いします!イシュキミリさんを止めてください!」


「ナリア君……」


止めてくれと、イシュキミリを止めてくれと私に縋り付くナリア君の目にはもう大量の涙が流れている。責任を感じているんだろう、きっと。


「僕が!僕が追い詰めたから!イシュキミリさんが…行ってしまった!」


ナリア君の言葉は結果的にイシュキミリにとって甘い物ではなかった、責め立て、罪を自覚させ、彼の根底を崩し、苦しめた。それはナリア君にとって本意ではなかったかもしれない…けど私はこう想うんだ。


「あれでよかったよ」


「え?」


「君は、いい事をした。罪に思う必要はない」


私もまたそれだけ言い残しイシュキミリを追う。ナリア君のしたことは厳しい事だ、だがイシュキミリは元来真面目な男、自分に言い訳し続けるなんて事…自分で許せないんだろう。だから彼は苦しんだ、だがきっとあそこでナリア君が責め立てなければ彼は今後一生苦しみ続けただろう。ひたすら言い訳をし責任転嫁をする自分に。


だからこそ彼は今、罪を自覚し己を見つめ直し、芯たる何かを見つめ直した…立ち直らせたんだ、まぁ結果として敵対したが…そういう定めだと諦めるより他ない。


寧ろ、ナリア君はそんな敵であるイシュキミリを立ち直らせた。これは十分な事だと私は思うよ…それより。


「イシュキミリのやつ…こっち方に向かったけど、まさか…」


彼は空に飛び上がり…何処かに向かった、その方角と魔力のする方を確認するが、やっぱりこっちだ…だがこちらには。


「焉龍屍山……」


通称マレウスの毒山と呼ばれる危険地帯がそこにある、イシュキミリはそこに向かった…人が立ち入れば十分とたたず死ぬとされる超危険地帯に、彼は一人で向かってしまった。


…それは即ち彼は死を覚悟しているという事、だがまぁそれくらいするだろう、今の彼なら……仕方ない。


「止めますか!イシュキミリを!」


全身から魔力を放ち、魔力体となった体を変形させ槍型に変身し、空気抵抗を減らしながら一気に加速魔術を複数展開、音すら超えて私は焉龍屍山へと飛来し────。




……………………………………………………………………


「ぶぇっぷ!何これ…」


焉龍屍山に到着しさぁ着地しようと地面に足をつけた瞬間私は焉龍屍山の中へと落ちてしまった。どうやら地面に見えていたそれは腐り切った薄皮だったようで、そこに足をついた瞬間破けて下に落ちてしまったのだ。


この山は元々キングフレイムドラゴンの死骸だ、つまり山そのものではない、でっかい死骸。それが腐って出来たのがこの山だ…長い年月で肉は腐り果て皮膚だけが残った、中身の肉はとっくに腐って地面に染み込んだ。


それが南部の異常生態の正体だとされている。地下にある光魔晶が光っていたのはそれだけこの大地が魔力を吸っていたから、魔力に満ちた大地は…生態系を歪ませるんだ。


「ここが、焉龍屍山内部。人類が誰も辿り着いたことのない領域…」


周囲に目を走らせば…そこかしこに紫の障壁が立ち登り生物は一匹として見当たらない。当然だ、ここに漂うガスは生き物を殺す、しかし代わりに大量の魔力を含んでいる…言ってみれば天然の嘆きの慈雨だ。


肉が腐って出来た壁と腐り切らない骨がそこかしこに屹立する。そしてこの異常な環境に適応したなんか気味の悪い多種多様色取り取りの植物がうねうねと意思を持ったように蠢き私の足に絡みついてくる。


はっきり言おう、気色悪い。とても気持ち悪い空間だ…しかしここに、イシュキミリが……。


「……何をしてるの、イシュキミリ」


「…………………」


そんな、生物の立ち入れない空間に生身で飛び込んだイシュキミリは…この死の空間の只中で一人、跪いて背を向けていた。


彼は死ぬ、ここに来た以上死ぬ。既に体は毒に侵されている…だが意味もなくそんな事する奴でもない、とすると恐らく狙いは…。


「来たか、迷いなく…ということは君はこの毒では死なないのかな?それとも自分も蘇生できるとか」


そう言いながら立ち上がるイシュキミリは、いつもの…私達がよく知る凛々しくも知恵に長けた声色で喋る。どうやら既に自分を取り戻したらしい。


「ええ、まぁ。今の私は毒じゃ死にません…けど君は違うでしょ」


「ああ、そうだな…だからこそ、ここに来た…ここなら誰にも邪魔をされないだろ?」


立ち上がった彼の手から零れ落ちたのは、注射器だ…遺伝子組み換え魔術に使う注射器。それを見て私の予感は現実のものとして確定した。やはり…キングフレイムドラゴンの因子狙いか。


「正気?」


「こうでもしなきゃ君を倒せないと判断した、魔獣の体を持てばこの毒にも幾分耐えられるしね」


「………私は以前、同じ事をした男を倒してる。無駄だよ、イシュキミリ」


「だがそれは、『イシュキミリ』じゃなかったろう?」


そう言って静かに振り向いた瞬間、イシュキミリの髪が炎のような真紅に染まり、瞳が龍のように金に染まる。…違う、南部魔術理学院で同じようにキングフレイムドラゴンの因子を手に入れたコバロスさんとは姿が違う。


ということは、こいつは…クライングマンと同じく、因子を完全に取り込み適応したのか…!


「キングフレイムドラゴンの力、マレウス史上最強の魔獣の力、これがあれば君を倒せる…」


「…………さて、どうかな」


「どの道これで君を倒せなきゃ私は終わりだ、なら…もうやるしかないだろ?」


ニッと龍牙を見せ笑うイシュキミリの体から、今までとは比較にならない魔力を感じる。そうまでして、私に勝ちたいか…、そうまでして。


「そうまでして魔術を否定するか、イシュキミリ」


「当たり前だろ…私は」


それは、自分の失敗から目を逸らすための口実でも、植え付けられた憎しみでもない。彼自身がたどり着いた、彼自身が得た…最後の答え。


「私は!『魔術道王イシュキミリ』!魔術を否定するもの達全ての道標だッッ!!」


瞬間、膨張した足の筋肉を一気に解き放ちこちらに向かってくるイシュキミリ。覚醒はしていない、だがそのスピードはさっきまでとは別格。


「だから私はお前と戦うんだ!魔術導皇デティフローア!魔術を肯定するもの全ての道標よッ!!」


「イシュキミリィッ!!」


衝突する私の拳とイシュキミリと拳。その衝撃波が焉龍屍山全体を揺らし…戦いが始まる、肯定する者と否定する者の全てを分かつ決戦が。


「『サルガドゥラ・メチカブラ』ァァッッ!!!!」


拳をぶつけた瞬間全身から冷気を放ち私を凍らせようと雄叫びを上げる、だが…効かないんだよ!それは!


「炎熱防衛!」


全身から熱を放ち冷気を防ぐ。熱波召喚系魔術凡そ百五十程を一気に使う神技、これは絶対零度すらも中和して───。


「だろうな、そう動くよな…お前は!魔術師だからな!」


「ッッ!?」


しかし私が熱を出して防御した瞬間、イシュキミリは口を開き…喉の奥から紅蓮の光を放ち…まずい!


「ブレスか!?」


「ゴォァッッ!!」


今のイシュキミリは龍人だ、キングフレイムドラゴンの力を得た龍人。口を開けば炎が出るのは自明の理であり、そして同時に熱では熱を防げないのも道理。冷気を出して私の動きを制限したか!


「くぅぅっ!!」


拳に力を溜め、一気に振り抜きイシュキミリの熱線を拳で弾く。魔術反射系魔術を無数に重ねがけした拳だ…キングフレイムドラゴンとブレスも元を正せば同じ魔術、ならこれで防げるんだよ!!


「『不折不曲のセイレム』ッッ!」


「カァッ!」


放たれたデティの魔拳を前にイシュキミリは空気を蹴り抜き足先から炎を噴いて真横にすっ飛ぶ、既に冷気は消えており代わりに肉体が紅く輝いており…。


(肉体進化に切り替わった、来るか…!)


「お前はァッ!!」


暁の虎口に切り替わり、その瞬間を狙ったかのようにイシュキミリは地面に着地し、地を這うような軌道で駆け抜け鋭い龍拳を私に叩き込むが、既に私の両手は幾千の魔法防壁と防壁魔術を重ね合わせた盾と化しており、それをクロスさせ拳を防ぎつつ背後に向けて飛ぶ。


それを追うようにイシュキミリもまた駆け抜け何度も私に向け拳を叩き込みまくる、やがて拳の残像が見えるほどの速度に至り、それでも止まらない。


「知っているかッッ!!」


「何を!」


「魔術界の悲劇をさ!」


イシュキミリの拳をこちらの拳で弾きながら打撃の応酬を繰り広げながら焉龍屍山の中を飛び回る、その際もイシュキミリは私の目を見続ける…真っ直ぐに。


「魔術によって生み出された人工生命体がいる!心を持ち!感情を持つ人と変わらぬ存在がいる!そいつは魔術によって生み出され!魔術同様人どころか生き物としても扱われていなかったッ!」


「…………」


イシュキミリの動きが加速するにつれ、私もまた腕を増やす。魔力で構成された肉体は人型に拘る必要性がない、四本の腕でイシュキミリの怒涛の攻撃を防ぎ切る。


「魔術に終生をかけ!その結果拒絶された者の娘の悲劇を知っているか!魔術認定制度の歪みによって生まれた罪無き少女をお前は見たことがあるかッ!」


「ッ……」


しかし、一瞬イシュキミリの動きが停止し…まるで打ち上げるような蹴りが飛び私の防御をすり抜けこの顎を打ち上げ大きく防御を打ち崩す。


「他にもいる!魔術によって恋人を奪われた者!魔術により財産を奪われた者!魔術により居場所を失った者!魔術の才能がないだけで虐げられた者も魔術の才能がありすぎるが故に妬みから傷つけられた者も!この世にはいるッ!!」


そして飛んでくるイシュキミリの剛拳が私の体に当たる…が、それすらも私には傷をつけない。腕が防壁展開により硬化していたなら、当然体だって硬化している。イシュキミリの今の拳では私の肉体に傷はつけられない。


「そういう事例は認知している、けど…同時に魔術は多くの人を救っている。犠牲を肯定するつもりはないけど、だからと言ってそれを理由に魔術は否定しない」


「ああ、だろうな。お前はそうするべきだ…お前の背中の向こうには幾万幾億の魔術師達がいるんだ、譲るわけにはいかないだろう……だがッッ!!」


「ッッ!?」


しかし、その瞬間イシュキミリの拳が赤く膨れり…まるで爆薬のように炸裂し私の防御すらも吹き飛ばし私の体を炎が貫通する。口からではなく…拳でブレスを放ったのか!?


「ぅ…ぐっ!?」


「だが…私の背中の向こうにもいるんだよ、魔術を否定する、魔術を憎む者達が幾万幾億と、そういう者達の導となる。私は少なくとも…そう約束した、だから戦う…それが私だ、イシュキミリだ」


それがイシュキミリという男が見出した唯一にして最大の目的、魔術廃絶は彼自身の弱さが生んだ理屈である、だが少なくとも彼の下に集まった者達は皆そのイシュキミリの理屈に共感し、従った。


だからこそ、彼は魔術道王なのだ。魔術導皇と対を成し魔術導皇の手の及ばぬ場所に立つ…もう一人の王。責任感の強い彼らしい答えだ、少なくとも自暴自棄に至った彼の在り方よりもずっと良い。


「だからデティフローア!死んでくれッ!」


その瞬間彼の纏う魔力が金色に変わる、また魔力覚醒の毛色が変わった…何が来る、ここから先は私も知らないぞ。


「『黄昏の十三階段』ッ!」


属性同一型の『霜の王』、身体強化の『暁の虎口』に続くのは概念抽出型の『黄昏の十三階段』…その効果は─────。


「ぐっ…!?」


瞬間私の周囲に黄金の縄が現れその五体を拘束する。黄昏の十三階段の効果は概念レベルでの拘束及び圧迫、魔力ではなく世界の修正力クラスの絶対的な力を持つ縄を無数に作り出し操る力。


それは鞭のようにもなり、絞首の如く締め付ける事もできる、汎用性の高い力だ。それにより私はは体を拘束される。というか…。


「魔術が使えない…!?」


「その縄は拘束の概念そのもの、第一として行動を制限する!」


縄そのものに効果があるタイプ、まずい…私の魔術が封じられた!?


「終わりだ、デティフローア…!」


そしてイシュキミリは腕を振るう、それに伴い光の縄が鞭の如くしなり、光芒を残す一閃と化し私の首目掛け飛び…切り裂く。


「ッッ……!」


イシュキミリ本来の魔力に加えキングフレイムドラゴンの魔力が乗った一撃は容易く私の首を両断し、頭部が宙を飛ぶ。その光景に勝ちを確信したイシュキミリは笑い……。


「勝った…!」


拳を握る、魔術を殺した、魔術の王を殺したと…しかし、そんな喜びも束の間…。


「まだだよ、イシュキミリ」


「は?」


頭部だけになったデティフローアが呟いた瞬間デティフローアの筋肉が膨張し縄を引き裂き、宙を舞う頭部をその手でキャッチし強引に首にくっつける…するとどうだ、切り裂かれた首は瞬きの間に治り、何事もなかったかのように塞がってしまうではないか。


その光景に今度は愕然とするイシュキミリ…だが、よくやったよ、私に切り札を使わせたんだから。


「バカな!魔術は封じていたはず…!」


「でも魔法は封じられてないよね、だから魔力遍在を高め肉体を膨張させて…」


「それ以前だ!何故死なん!?」


「ああ、それは…まぁなんていうのかな。そもそも私の体…いや魔力が異常でさ。私実は…魔力同一化現象が起こってるんだよね」


魔力同一化現象、それは属性を極めた者の魔力が本人の意思とは関係なく特定の属性に変換されてしまう呪いであり極みへ至った勲章。それが私の肉体に起こっているのだ。


「バカな!それは属性魔術の話!第一魔力同一化現象が起こっていれば一目で……いや、まさか」


「そう、私の魔力同一化は『古式治癒魔術』だよ」


本来は属性魔術にしか発生しない同一化現象、だが私達はとある例外を見ている。


それがピクシスだ、彼は属性を扱わないのに『方位』の同一化を起こしていた。つまり目視で確認出来ないだけでどんな魔術も極めれば同一化現象は起こるのだ、それはまだ世間には公表されていない私個人の見解でしかなかった…が。


どうやら私も同じ、古式治癒を使い続けたが故に私の魔力は常に治癒魔術と同じ効果を持つようになっているらしい。そして今私の体はその魔力だけで構成されている…つまり。


「今の私はどれだけの傷を負っても瞬時に回復出来る、ごめんね…だから言ったでしょう、勝てないってさ」


古式治癒によるオート回復…というかそれを超えたダメージの完全無効化。どれだけ傷つけられても意味がない、だってこの体は治癒魔術そのものと言っても過言じゃないんだ。だから体に風穴開けられようが首を切断されようが…死なない。


これは不死…いや、古式治癒により魔力も尽きないから…『不滅』か?


「どこまでも…どこまでも…」


「これを切らせた時点で君の負けは確定している、今の今まで…使用を躊躇っていた私に最後の一線を踏み越えさせたのは君だよイシュキミリ……君の思想は立派だけど、君は私の友達を傷つけすぎた」


「ッッ……」


だから使いたくなかった、なんて今言っても仕方ないだろ。それにイシュキミリ…君はそれでも諦めないんだろ。


「それでも、私はッッ!!」


瞬間、イシュキミリの黄金の縄が真紅に染まり、炎を纏い…暴れ回る。数十から数百に増えた縄の束は嵐の如く暴れ回り焉龍屍山の内部をメチャクチャに荒らす。


「負けるわけにはいかないのだ!私は私の孤独に抗い続ける!この身が果てるまでッ!皆の想いに応え続けるッッ!!」


感情に呼応して魔力が膨らんでいる、一歩も引く気がないか、立派だ。彼の誰かを思う気持ちは大変立派だ、だが…それはなぁ。


「私だって友達に約束してここに来てんだッ!引けるかイシュキミリィッ!!」


両手を防壁で硬化させ縄を弾きながら一気に迫る、イシュキミリもまた逃げるように縄に乗り空へと飛び上がる、縄の束を拳に変え炎拳を雨のように降り注がせる。


「魔術は否定する!私が!」


「『不倦不撓のベナンダンディ』ッ!」


燃え上がる拳の雨を前に私は魔力の体を変形させ無数の腕を作り出すと共に、作り出した腕に付与魔術を二百、加速魔術を五十、防壁魔術を五十、物体破壊を百、衝撃発射を百、合計五百の魔術をそれぞれに込め放つ連打は雨の如く炎の腕を破壊し突き進む。


「ッ…これが魔術……!!」


「そうだよイシュキミリ、君は否定するかもしれない、魔術に不可能は無い事を…だけど」


一瞬だ、空へと飛び上がったイシュキミリへ私が追いつくのは。彼の瑣末な抵抗すらもすり潰し…私は至る、イシュキミリのいる上空へ…そして、拳を握る。


「だけど…それでも私は唱える、魔術に不可能は無いと…それが君と今ここで戦い!君を否定する私の義務だと思ったから!」


「っっ吐かせッ!『宵の革命』ッッ!!」


「ッッ…それは!」


しかし、私の拳が届く前にイシュキミリが放った最後の覚醒…世界編纂型魔力覚醒『宵の革命』が発動し、それにより生み出された魔力によって私は吹き飛ばされる。


なんて皮肉だと私は歯噛みする、覚醒とはその者の生き様が由来となる。つまりこの直ぐに移ろう覚醒は彼の生き方の有り様だと言える。そしてこの宵の革命はそんな彼の移ろいの果てにある力…それがよもや。


「時間遡行…!」


巻き戻る、彼の魔力と肉体が。即ち宵の革命は限定的ながらに時間を巻き戻す力なのだ。それは不可能と言われた三つの魔術のうちの一つ『時間遡行』に匹敵する。


死者蘇生は不可能だったのに、時間遡行は可能となってしまった。焦がれに焦がれた力を得られず代わりに得た絶対の力。それが彼にとってどれだけ空虚だったか、どれだけ悔しかったか。これで死者蘇生を得ていたならばまだ溜飲も下がったろうに。


それでも宵の革命は巻き戻る、設定された時間の最後に配置された宵の革命は時間を遡行し再び最初の霜の王に戻る。そうしたサイクルを描くのが『サラガドゥラ・メチカブラ』なのだ。


そして、完全に巻き戻るまでの間、彼は不可能と言われた力を扱うことが出来る。


「『魔術箋・無限再生』!」


時間遡行により彼が今まで使ってきた魔術陣の書き込まれたページが再生され生み出される。その数百…いや千か!?


「全魔術陣完全燃焼、付与魔術瓦解点超過、魔力最大臨界…!」


そしてそれを束ねるように両手を掲げ、落ちていく私に向け視線を向ける。今イシュキミリは自らの全てを放とうとしている。


研鑽により得た魔力覚醒、執念の果てに手に入れた覚悟、そしてその覚悟によって得たキングフレイムドラゴンの魔力、…何より否定しながらも磨き抜いた先にある魔術と彼自身が作り上げた独自体系「魔術箋』…全てを込めている。


これは良く無いことだろう、彼はこれを聞いたら怒るだろう、だがそれでも…魂を燃やし、何かに打ち込み、見せる輝きを私は今美しいとさえ思ってしまった。


「再生するならば、チリの一つも残さずに消し飛ばす、これが私の最大最高の魔術…イシュキミリの最後の魔術…!」


集約する魔力を束ね、崩れていく魔術陣から溢れる魔力さえも束ね…彼は放つ、大地に降りた私の頭上から…。


「『天訣開囓焉星』ッ!」


放たれたのは膨大な魔力波動、金色の光を放つ極大の魔力塊。これが地表に落ちれば焉龍屍山どころか南部の一角に穴が開くだろう事は容易に想像出来る。これがイシュキミリの全力。


……よくぞここまで走り抜いた、君は魔術を否定するだろうがそれでも紛れもなく君は魔術師として一流だ、だからこそ私も答える!


この世界の全ての魔術を束ねる魔術導皇として、その全力を以て応える!


「『スミンス』」


両拳を握り高く突き上げる、これはデティフローア=ガルドラボークを使っている時にしか使用出来ない私の究極魔術。


「『デシデランデス』」


古式治癒により魔力を限界を超えて再生させながら浪費し続ける、文字通り無限の魔力を超高速で一点に集約し圧縮を続ける。私が持つ魔力理論全てを使って作り出す史上最強の魔力現象、これがクリサンセマム家が八千年夢見た『魔女に匹敵する力』の答え。


「『アフェクティブス』」


凝縮したそれに加え、さらに私が所有する全ての魔術を何重にも多重使用を行い磨き抜き…今迫る光に向け、解き放つ───────。


「『天仰九品蓮華』ッッ!!」


用いたのは『スミンス・デシデランス・アフェクティブス』…私が作り上げた独自体系治癒による魔力増強からの魔女に届き得る天を射止める超極大魔法『天仰九品蓮華』。それが天に向かって咲き誇るように、大輪を開くように放たれたる。


これは魔術の歴史だ、限りない熱量をもって願わくば人々の暮らしに安寧をもたらさんと命を燃やした魔術師達の魂の叫びだ。イシュキミリ…お前は確かに凄まじい執念を持ってここにいるし、それだけの強さを得た。


だが、今の生活の基盤を作った者達もまた、同じだけの執念と熱量を持って戦い抜いてきたんだよ。


「ぐっ!?うっ…これでも、届かないのか!?」


一瞬で引き裂かれる自身の最大魔術を前にイシュキミリは歯噛みしながらも…、それでも拳を握る。


(セーフ…アナフェマ…私は……)


嘘にはしたくなかった、あいつらを誘った言葉を、あいつらが見た自分を、嘘にしたくなかった。自分を孤独から掬い上げてくれた同胞達に報いいるには…。


「勝つしか無いんだぁああああああ!!!」


突っ込む、ぶつかり合う極大魔術と極大魔法の只中に突っ込み身一つで引き裂きながら執念で拳を研ぎ澄ませ、デティフローアに一矢報いいる為闇雲に突き出す。


それは彼の在り方だ、いつだって彼は苦しみの中で手を伸ばし続けた。目を逸らしても立ち止まっても手を伸ばすことを止めなかった…だからこそ、この場面においても彼は前へ進めた。


────────しかし。


「それは、こっちのセリフだよ」


強いて言うなれば、イシュキミリに足りなかったのは…『前へ進んだ先に何を見るか』、その展望が欠けていた。彼は自身を信じる者達の為に前へ進むことを選んだが、その前というのがなんなのか未だ漠然としていた。ただ一人じゃ無いならなんでもよかった。


対するデティは違う、共に歩む者達と行きたい場所がある。だから止まれないし、止まらない、伸ばした先にある物が何なのかを理解してなお伸ばし続けた手は…イシュキミリよりもほんの少しだけ遠くへ伸びる。


「ぐっ…ぅぐっ!?」


「……………!」


魔術と魔法が弾け飛んだその瞬間映し出された光景は、拳を突き出したイシュキミリとそれを阻むように拳を突き上げ、イシュキミリの頬を殴り抜いていたデティフローアの姿だった。


「私は止まらない、仲間達と共に!『魔女の極み』へ至る為に!みんなで一緒に!私達は進む為にッッ!!」


「ごはぁっっ!?」


そして殴り抜きイシュキミリをキングフレイムドラゴンの骨を突き崩し吹き飛ばす。それが全てだった、魔術導皇と魔術道王の戦いは…終わったのだ。


結局、志が同じ高みに至れども…見る先が明暗を分けるのだ。


「ぅぐっっ………がはっ……」


「これで終わりだよ、イシュキミリ……それはあなたが一番理解してるでしょう」


吹き飛ばされ、壁面に叩きつけられたイシュキミリは血を吐き出し、ぐったりと手を下ろす。もう戦う力は残ってない…何故なら。


「時間遡行でキングフレイムドラゴンの因子を取り込む前に戻っている。もう体力も尽きたでしょう」


「ゔっ……」


既にイシュキミリはただの人間に戻っている、そして戻った分の体力と魔力もさっきの攻防で使い果たした。時間遡行を使えば魔獣の因子は消える、それは私が何度も実践してきたことで、何よりイシュキミリもそれを理解していたはずだ。


つまり彼は、さっきの一撃に全てを賭けていた。そしてその博打は私の勝利に終わったんだ。これで戦いは終わりだ。


「…ふっ、カルウェナンがよく言っていた…外から取り込んだ借り物の力や、小細工や小道具は極められた力には通用しないって…、お前のそれは数千年分の魔術師達の研鑽の結果なんだろ?…言うなれば人類史上最も研磨された力、小細工じゃ勝てない…か」


イシュキミリは血を吐きながら譫言のように呟く、衰弱した体にはこの毒は効くだろう…。硫酸の霧の中にいるも同然なんだ…既に目だって霞んでるはずだ。それなのに彼は私を強く見つめ。


「だがこれで終わりだと思うなよ、デティフローア…魔術界に歪みがある限り私は何度でも生まれる。それをお前は正す必要がある、それが出来ないのなら…今直ぐ魔術界は解体しろ」


「……君の言葉は確かに受け取った、私も君の存在を心に刻み込み永遠に教訓とする事を誓うよ」


「……なら、それでいい」


するとイシュキミリは膝の上に手を置いて…もうする事はないとばかりに目を伏せる。だが…彼を死なせるわけにはいかない。


「さぁイシュ君、帰るよ。君を待ってる人がいるんでしょ…だから」


そう言って私が彼を治癒しようとすると、イシュキミリは…私に手を出して、やめろとばかりに首をゆっくり横に振る。


「やめろ、デティフローア…治癒はいらない」


「……何言ってるの?死ぬよ」


「それでいい。私は自分のプライドを捻じ曲げて魔術を使い、戦い、お前にぶつけ、敗北した。魔術を憎む者達の先頭に立つ私がだ…それがまた治癒で生き延びたりしたら、ダメだろ」


「ダメじゃないよ、死んでまで意地を貫くの!?」


「貫く、…ブレて迷って見失って来たんだ。最後くらい…自分の意地を貫きたい」


イシュキミリだってここに来た時点で、宵の革命を発動した時点で、こうなる事は分かっていた。勝敗関係なしにそもそも彼は…死ぬつもりだったんだ。


「何言ってんのさ、あんた…いるんでしょ!?仲間が!その人達置いてくつもり!?」


「ああ、だから頼む…セーフとアナフェマ、私に付き従った部下達は…見逃してやってくれ…」


「………………」


出した手を引っ込めて、また出して…また引っ込める。ああ、イシュキミリ…君が私に対してやろうとしたどんな仕打ちよりも、これは辛いよ…そんな覚悟を決めて言われたら、私は……。


「そこまで、君は…」


「ああ…私は、魔術は嫌いだ。魔術を否定する者として…生きて死ぬ。そうさせてくれ、デティフローア…」


「…………」


拳を握り…力を込めて握り…手を引っ込め、立ち上がる。それが君の望みなら…私はそれを叶えよう。君もまた一人の魔術師というのなら、私はそれを…叶えよう。


「……あの世で、父と…私が殺してしまった人々に…謝るよ、デティフローア…」


「…………イシュキミリ」


立ち上がり、その場を立ち去ろうと踵を返し…それでもやっぱり、言い残したことがあると私は振り返り…彼の顔を見つめる。


イシュキミリは敵だ、だが…ただ敵と形容するには私は彼に対して多くの思いを持ちすぎた。だからそれだけは伝えておくよ。


「イシュキミリ、もし君がこんな事にならなければ…君が魔術解放団体の会長じゃなければ、私は君と………」


「………………」


「イシュキミリ…?」


そこで気がつく、そうか。そうなのか…イシュキミリ。


「………君は、誇り高すぎた」


私はやはり踵を返し言葉を残し、最早動かなくなったイシュキミリを置いてここから立ち去る。やがてこの毒は彼の身を残すことなく消し去るだろう、それは彼が何者であったかの証拠すら残さず消滅させるだろう。


それはある意味、救いだ。魔術師イシュキミリと魔術解放団体会長イシュキミリ…双方の名誉を守ることになるのだから。


ああでも、最後の言葉は伝えたかった…やっぱり、迷うのは良くないな。



迷いは道を断つ、私は迷ったから道を失いかけた、そこを友達が助けてくれたんだ。


だからこれからは迷わない、例え誰をも絶望させるこの力だって使って…これからは、みんなとの未来を、笑顔あふれる未来を守るんだ、作るんだ。


──────その為にも、私はこれからも進み続けよう。彼女らと共に。

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