619.対決 第一刃『極致』のカルウェナン
デティに通ずる唯一の道を塞ぐのはメサイア・アルカンシエル最強の幹部カルウェナン。その実力はラグナを持ってしても手も足も出ず、メグとの二人がかりであっても勝ち目すら見出せない程であった。
そこに遅れて到着したエリスはシモンの隠れ研究所から一気に地面を掘り進み…ラグナ達の魔力目掛け一気に飛翔。そのままカルウェナンのとの戦いに乱入。ようやくエリスはこの場にやってくることが出来たのだ。
デティまでもう少し、こいつを倒せばもう目の前だ。
「よっ!ほっ!はっ!」
軽くその場で飛び上がり関節を伸ばしながらエリスは見る。目の前にはカルウェナン、以前会った時とは違い今回は本気でエリス達を倒しにきている。背後にはラグナ達、メグさんとラグナの二人でかかっても全く勝負になってないって感じだ。
本当ならエリスとラグナとメグさんとナリアさんの四人で戦う予定だったんだ、そこを二人でやったんだからこうなるか…、ちょっと信じられないな。ラグナがやってもこんなになるなんて、しかも修行して強くなってるはずなのに。
正直驚きだ、カルウェナンの奴…前戦った時は全然本気を出してない事は分かってましたが、まさかここまでですか。
「おいエリス、お前今までどこ行ってたんだ」
「遅いでございます!」
するとラグナとメグさんがエリスの横に並び立つ。二人ともこっぴどくやられたようだがエリスが稼いだ一瞬を使い時界門で取り寄せたポーションで回復を果たす。帝国軍が使うような高品質の品物だがデティの治癒や魔女様のポーションと比べると回復量は遥かに落ちる。あまり無理はさせられないな。
「すみません二人とも、ナリアさんを助けてたら道踏み外して。なんか今まで気絶させられてました」
「な!?大丈夫か?」
「問題ありません!ただすみません、ナリアさんは敵と交戦してるようで…連れ来れませんでした」
「敵?もう幹部はいないだろ…?」
そこに関しては分からない、ただ以前メサイア・アルカンシエルのアジトに乗り込んだ際イシュキミリの側にいた白衣の男と戦っているようだったし、事情はわからないがナリアさんもソイツを逃したくない様子だった。
するとカルウェナンは腕を組み。
「なるほど、シモンか。アイツを引っ張り出すとはやる物だ、で?きっちりシモンは倒したんだろうな」
「さぁ、でもナリアさんは負けませんから。今頃そのシモンっていう貴方のお仲間はバラバラになってるでしょうね」
「なら好都合だ、アイツは好かん。バラバラにしてくれたなら寧ろ頭を下げて礼を言いたいくらいだ」
「必要ありませんよ…、ただ道を譲ってくれれば」
「フッ、それは出来んな」
組んだ腕を解き、腰を落とし構えるカルウェナンにエリス達三人もまた構えを取る。さて…やるか。
「エリス、はっきり言う。ナリアがこの場にいない以上想定よりもずっと苦しい戦いになると思う」
「覚悟の上です、けど…ラグナでも全然ダメでしたか?」
「ああ、技量…特に魔法の腕前じゃ話にならない。しかもアイツまだ本気じゃねぇ…」
「何処までも強い、それがあのカルウェナンと戦った感想です。正直言うと…今も勝てる気は全然してません」
二人にここまで言わせるなんて相当だな、いやラグナは最初から分かっていたんだ、だから最低でも四人必要と口にした。そこをシモンに崩され今エリス達は三人で戦うしかない状態になっている。
苦しい戦いになるのは分かってる、けど…。
「それでも勝ちます!行きますよ二人とも!」
「おう!」
「はい!」
「ふふふ、血湧き肉踊るッ!来い魔女の弟子!」
ラグナもメグさんも共に魔力覚醒を発動し、エリスもまた覚醒する。今日は出し惜しみなしだ、最初からフルスロットル!全身全霊全力全開で行きます!!
「冥王乱舞ッ!」
飛ぶ、全霊の加速で一気にカルウェナンに飛び掛かると同時にエリスは拳の先に魔力を集め…。
「『一脚』ッ!」
「む」
拳に魔力を集めながら振りかぶるフリをして足を振り上げ加速と共にカルウェナンの顎先を蹴り上げる…が、ダメだ。寸前で回避された!なんて反応速度だ。
「フェイント、なるほど直線的な動きの改善策として虚実を入れ混ぜたか!だが所詮小細工だ!」
続いてカルウェナンが拳を握る、来る!と思った時には既に拳は振り抜かれており、エリスの顔面を打ち抜くような打撃が炸裂する。
「ぐっ!なんの!」
されど、痛みで怯んでやれるほど今のエリスは安易な気持ちでここに来ていない。一気に決めるんだ、長く戦えば不利になるのはこちら!だったら!
「冥王乱舞!」
「ッ…」
両手に魔力を集めそれを一気にカルウェナンに放つ────。
と見せかけて、それを背後に向けて放ち推進力に変え一気にカルウェナンに向け膝から突っ込む。
「ぅぐっ!?」
「当たった!けど…」
ようやく当たった、けど全然手応えがない。相変わらず凄まじい厚さの防壁を纏ってやがる。だが今の膝蹴りでカルウェナンを吹き飛ばせた!ならこのまま追い打ちをかけてやるとエリスは更に加速しカルウェナンを追いかける。だが…。
「九字切魔纏・『兵』!」
「んなっ!?」
吹き飛ばされながらもカルウェナンはエリスに向けて手伸ばす。するとそこから放たれたのはカルウェナンと同じ姿の剣を持った騎士…合計五人。これはエアリエルの御影阿修羅!?いやそれより幾分精度は落ちるがこんなことも出来るのか!?
「チッ!加速に乗り切れない!」
飛んできた騎士の動きはエアリエルと異なり単調だ、ただ突っ込んできて剣を振り下ろすだけ。だがそれも凄まじい速度で行われるんだ、回避するので手一杯。とても追撃出来る状況じゃ────。
「九字切魔纏・『烈』ッ!」
「むっ!ぅぐぐぐっ!?」
そしてその間にも体勢を整えクルリと一回転し着地したカルウェナンの手から放たれたのは巨大な黄金の魔力弾。これ単体で魔術と見ても不思議はないレベルの魔法がエリスに迫る、回避しなくてはと思ったがその隙をついて…。
「うっ!?防壁が!?」
防壁で形成された騎士がその瞬間爆ぜ、防壁として再び再構成されエリスの手足を拘束するのだ。これは避けられない────。
「がはぁっ!?」
「勢いだけで倒せると思われたのなら、小生も挽回しなくてはならんな、容易くはないと」
魔力弾の爆発に巻き込まれ吹き飛ばされる。エリスとカルウェナンの初めての衝突はカルウェナンの勝利に終わったと見てもいい。向こうにダメージは殆どないのに対しこちらは大きなダメージを負ってしまったのだから。
「クソッ!まだまだ!」
「エリス!逸るな!」
「ラグナ…!」
瞬間、エリスの背後からラグナが飛んでくる、回復が終わり行動を開始したラグナはエリスに向けて一直線に飛んでくると同時に…。
「それと!」
がっしりとエリスの襟を掴むと…そのまま持ち上げカルウェナンに向け投げ飛ばす。
「止まるな!俺と一緒だ!やるぞ!」
「ッ!はい!」
投げ飛ばされながらエリスは空中で体勢を整え空を飛び、地を駆けるラグナと共にカルウェナンのに向け二人で突っ込む、エリス一人じゃダメ、ラグナ一人でもダメ、ならば二人だ!
「冥王乱舞!」
「『熱拳…!」
「面白くなってきた!ドンドン来い!」
拳を合わせるように握る、魔力を高め…同時に叩き込む、エリスとラグナ…二人の力でカルウェナンを突破するんだ!
「『一拳』ッ!」
「『一拳』!!」
「フンッ!!」
叩き込まれるエリスの冥王乱舞・一拳とラグナの熱拳一発。そしてその双方を両手を使い受け止めたカルウェナン…三人の間に衝撃が走り大地がヒビ割れ、力が拮抗する──。
…………………………………
「点火ッ!」
「カルウェナンッッッ!!」
エリスとラグナ、二人が個人で戦っても敵わないカルウェナンという大敵。二人ともカルウェナンにはこっ酷く負けている、なんなら八人で戦っても負けている。そんな大敵を相手に今…。
「フハハハハッ!丁度いい具合になってきたな!」
互角に戦っている、高速で飛び回り超火力を叩き込むエリス、そしてそれを援護するように拳を振るいカルウェナンの足を止めるラグナのコンビネーションは確かにカルウェナンに効いている。
エリス一人では、その直線的な動きを見切られ簡単に対応されてしまう。
ラグナ一人では、そもそも殴り合いの力量に差があるためカルウェナンに巧みに捌かれてしまう。
だが二人の連携はカルウェナンに確かに通用している。それはカルウェナンという男の戦い方が『一対一』に特化しているからだ。
カルウェナンは強い、圧倒的に強いが絶対的ではない。その凄まじい防御力も攻撃力も一点に集中させることで真の威力を発揮する。つまりエリスが撹乱しラグナが攻め続ける限りカルウェナンは常にどちらか片方しか相手出来ない。
エリスに注力している時は防壁はエリスの攻撃を重点的に防ぐし、ラグナに注力している時はその攻撃はラグナ一人注がれる。二人がほぼ同時に仕掛けることでカルウェナンの動きを制限しているんだ。
「『熱拳一蹴』ッ!」
「ッ…!」
「どうしたカルウェナン!さっきまでよりも随分と動きが鈍いぜ!」
ラグナを蹴りを手で払い除けるように弾く、さっきまでなら防壁で防いでいたのに手を使って回避した。つまり防壁はエリスの方を向いている。何よりラグナの攻撃を回避するタイミングをエリスが潰しているから、ラグナは最前線でカルウェナンと殴り合えるのだ。
回避と防御のない純粋な力勝負なら、カルウェナンとラグナは互角の領域にいる。
「『蒼拳天泣乱打』ッッ!!」
「むぉぉっっ!!中々の速度だ!…だが!」
ラグナの怒涛の連打を同じ速度の手刀で迎え撃ち弾き続けるカルウェナン…その瞬間を狙いエリスの魔力が炎を吐く。
「そこッ!冥王乱舞・一蹴ッ──うぇ!?」
「目も慣れてきた、対応は可能だ」
背後から飛び蹴りを繰り出したエリス、だったがその蹴りは背後に展開した防壁で防ぎ切り、そのままエリスを弾いてしまう。
「エリス!」
「余所見をしている場合か?」
「あっ!?」
そしてその瞬間、ラグナの視線が一瞬エリスに向いた瞬間、怒涛の拳撃を弾いたカルウェナンが逆にラグナの手首を掴み…。
「そらお返しだッ!」
「ぐごぁっ!?」
腕を掴んだ状態でラグナの顔面を拳で滅多打ちにする。さながらヨーヨーのように吹き飛びそうになるラグナの腕を引いて戻し再び何度も殴打する。
「この!ラグナを離しなさい!冥王乱舞!『瞬影』ッ!」
「貴様の動きはもう見切った!」
ラグナを助けようと一直線に飛びカルウェナンにタックルをかまそうとするエリス、だがカルウェナンはそれを見抜いているとばかりにエリスに向け防壁を展開しタックルを防ごうとする…が。
「むっ!?」
瞬間カルウェナンは気がつく、エリスのタックルを防いだ筈が…手応えがない、何故だ?そう考えたその時、エリスはカルウェナンが見切った方向とは全く別の方角から飛んできて全身で突っ込みカルウェナンを吹き飛ばす。
(ッ!?小生が誤った?違う…これは!フェイントか!)
エリスはカルウェナンに突っ込む直前に魔力だけをカルウェナンに飛ばした。それは可能な限りエリスの体を模倣しただけの攻撃力のない魔力体。しかし魔力を感じて咄嗟に動いてしまったカルウェナンは飛んできた魔力体と本体を誤認し防壁で防ごうとしてしまったのだ。
魔力体から一瞬遅れて動き出したエリスは防壁を見てからそれを迂回し突っ込んだ。だからカルウェナンは防げなかったんだ。
「魔力体を使ったフェイントか!若人らしい思い切りのいい作戦だ!お陰で小生のリズムを狂わされた!」
「ぅぐぐぐ!」
そのままカルウェナンの体を持ったまま壁に叩きつけようと加速を続けるエリス、しかし…。
「だがその程度では無駄だ!『闘』ッ!」
「ぅぐっ!?」
カルウェナンの腰に向けて突っ込み加速するエリスを拳で叩き落とし、そしてそのままカルウェナンは手を開き。
「九字切魔纏・『前』ッ!!」
「げぶぅぅ!!」
押し出されたのは魔力の波、波濤の如く押し寄せる魔力の波がエリスを地面に押し付け、更に圧迫し押し潰さんとばかりに放たれる。抜け出せない、このままではエリスは潰される…故にカルウェナンはチラリとラグナを見る。
「エリス…!」
(やはり助けに来るか、コンビネーションの深さが仇になったな)
拳を握る、片手でエリスを押し潰しながらもう片方の手でラグナを待ち構える、このまま叩き潰せばそのままエリスを倒せる…そう考えた瞬間、カルウェナンの脳裏に別の影が過る。
(…待て、この場にはエリスとラグナ以外にもう一人────)
「覚醒冥土奉仕術・『空前』ッ!!」
「ぅぐっ!?」
完全なる不意打ち、ラグナを待ち構えていたカルウェナンの背後から突如拳が出現し光速を超える速度で叩き込まれカルウェナンの体を前面に軽く吹き飛ばす。
誰がやった、決まってる…この場にもう一人いる魔女の弟子──。
「ぷはぁ!助かりましたメグさん!」
「エリス様!準備完了でございます!ささ!どうぞ!」
メグだ、次元跳躍で飛んだメグが背後から強襲を仕掛けたのだ、そして圧迫から救われたエリスに何かを手渡すと…。
「点火ッ!」
「『時界門』!」
「しまった……」
カルウェナンは舌を打つ、やられたと。エリスはそのまま加速しメグの作った時界門の中に消えたのだ。つまりカルウェナンは今完全にエリスを見失って…。
「『乱・展開』!」
「む!?」
次の瞬間メグが両手を開く、と同時にカルウェナンの周囲に無数の穴が開く。時空の穴だ、それが数えきれない程乱立し…そして中から飛んでくるのは。
「冥王乱舞ッッ!」
「エリスか!」
飛んできたのはエリス、先程時界門の中に消えたエリスが乱立する時界門の一つから飛び出してきてカルウェナンに飛びかかってきた、それを軽く回避するとエリスはそのまま別の時界門の中に消え、そしてまた別の穴から現れ再び突っ込んでくる。
この穴はそれそれがそれぞれの穴に通じており、ただエリスは直進するだけで他の穴に飛び込めるようになっており、そしてまた別の穴から出てきて戻って来れるようになっている。
あまりの速度に直進しか出来ないエリスの最高速。それを時空を歪めることでカルウェナンに対し三次元的な攻撃が出来るようにしているんだ。
「ッ…流石にこの速さは手がつけられん!」
エリスは直進すればするほど加速する。やがてエリスの防壁が空気を切り裂き摩擦で燃え上がり赤く光る程の速度に到達し、ゴムボールのように乱反射しカルウェナンに連続攻撃を仕掛ける。
しかし。
「手はつけられんが、防ぐだけなら問題ない!」
足を止め防壁を展開し拳を振るい、迫り来るエリスの連続突撃を弾き捌き続ける。何度も何度も行われるそれを直感と反射で反応し防ぎ続けるのだ。これだけの速さを得てもまだ尚カルウェナンには届かない…。
だがそこで、カルウェナンは眉をひそめる。
(妙だ)
エリス達の動きが妙だ、エリスは加速し続けるだけでいつまで経ってもキメにこない、一体何が狙いかで…。
「むっ!?」
次の瞬間、カルウェナンはようやく気がつく。エリスの打撃を防いだ瞬間、腕が動かなくなったことに。いや腕だけじゃない、足も体もどこも動かない。
まるで縄で縛られたようにその場で静止するカルウェナンにメグはガッツポーズをとり。
「よしっ!拘束成功です!」
「これは…見えない糸だと!?」
見ればカルウェナンの体中に見えないほど細く、それできて引きちぎれない程頑丈な糸が絡み付いている。
「帝国謹製軍事利用繊維です!簡単には切れませんよ!」
エリスだ、今のエリスの連撃はただ突っ込んできただけじゃない、糸をカルウェナンの体に縛り付けていたんだ。そしてそのまま時空の穴を通り再びこちらに戻ってきている。
この糸は時空の穴を通じてカルウェナンの体を縛っている、つまりカルウェナンを縛り付ける糸の先にはカルウェナン自身がいる。自らの体を自らの体で括り付けられ押して止められているのだ。
「ぜぇぜぇ!今ですラグナ!」
そしてあまりの加速に疲労困憊になったエリスは穴から転がり出てきて、叫ぶ…ラグナの名を。そして当然動くのは…。
「任せろッ!」
ラグナだ、拳を赤く輝かせ、紅に染めた魔力を一気に解放し動けないカルウェナンに向かってくる…あれは。
「『熱赫一掌』ッ…!」
(あれは…まずい!)
弟子達の持つ技の中で唯一カルウェナンが『直撃はまずい』と感じる程の拳。世界最硬の鉱石アダマンタイトすら砕く最強の一撃が向けられる。メグが道を作り、エリスが縛り、ラグナが終わらせる布陣。つまり本来三人の連携とはこういう形のものなのかと理解する。
(一人一人を相手にするより、連携する人数が増えれば倍化を超えた速度で手強くなる…なるほどな、これが魔女の弟子か。確かに面白い…だが)
向かってくるラグナを前にカルウェナンは軽く吐息を漏らすように、集中の為呼吸を整える。それと同時にラグナの拳が自らに触れる直前…。
「九時字切魔纏──」
「なっ!?まだ何か…」
「『皆』ッッ!!」
その瞬間、カルウェナンの鎧の兜から眩い光が放たれる。甲冑の小さな隙間から光が差し…全身から凄まじい勢いの魔力爆発が発生する。それは全身を縛る糸も、近くで待機するエリスもメグも、迫るラグナの拳さえも、何もかも吹き飛ばしていく。
「きゃっ!?」
「うぅっ!?」
「嘘だろッ!?」
放たれた全方位爆破は弟子も糸も地面さえも吹き飛ばし神殿の一角を削る程の威力を発揮し、障害を全て跳ね除けたカルウェナンは砕けた地面の上に立ち、コキコキと首の関節を鳴らす。
「いい連携だ、だがまだ小生には届かんな」
(……なんかの冗談でしょ…)
ここまでやって、未だ無傷。ラグナの拳は届かずエリスとメグさんの連携は児戯のように振り払われた。強い強いとは思っていたが…ここまで次元が違うとは。
「連携を加え、多少マシになったな。だがどうにも穴がある…完璧ではないな」
(やっぱ一手足りねぇか)
ラグナは起き上がりながら考える、今の拘束からの熱赫一掌は元々決めてあった流れだった…が、本来はエリス達の拘束を先手で行う副拘束、そして動きを止めた後にナリアの魔術陣によるより強固な本拘束を入れる予定だった。今のはナリアがいれば確実に入っていた流れだった。
やはりナリアが居ない穴は大きい、エリスとメグを加えて尚届かない高み。…三人でも、やはり足りない。
「エリス…なんかいい手はあるか?」
「…………」
ラグナに聞かれ、エリスは思わず黙り込んでしまう。戦略戦術を得意とするラグナがエリスを頼る、つまり既にラグナ的にはお手上げ状態ということ…しかし。
「あるには、あります。けどまだ使えません」
「なんかあるのか?」
「ええ、けど今の状態のアイツに使っても多分受け流されます…だからもう少し待ってください」
「……?」
ラグナは首を傾げる、まだ使えないという点は分かる、だが待てと言う言葉はわからない。ナリアの到着を待てと言うことだろうか、だがナリアも一戦を終えた後ここに向かってくるとなると到着は相当後になるし、何より万全に動けるかも分からない。
だがそれでも。
「分かった、取り敢えずみんなで色々試しながら動いてみる。まだ行けそうか?みんな」
「エリスはまだまだ元気です」
「私も、まだやれます」
「よし、それなら…!」
構える、連携が通じずとも、切り札が防がれようとも、戦いを止める理由にはならないからだ。それにエリスが待てと言うのならきっと勝機はいずれ訪れる。
「不屈の闘志か、若さだな。いいだろう、小生ももう諦めを促すようなしみったれた事は言わん。とことんやれ、小生はそれを上回ろう」
組んだ腕を解き両手を広げる、そしてエリスは見据える…。
(まだ、まだです。まだ……)
待つ、カルウェナンを倒し得る最後の切り札。ラグナさえも計算に入れていない…エリスだけが見据える唯一の『逆転の機』を。
…………………………………………
「………嘆きの慈雨が消えていく、マゲイアは失敗したのか?あのマゲイアが負けたと言うのか」
一方、祭壇の間にて大きく広がる亀裂の穴から外を眺めるイシュキミリは徐々に薄くなる嘆きの慈雨を見て愕然とする。敵が何かを仕掛けてきているのは分かる、だがその対処にはマゲイアを向かわせた。
あのマゲイアだぞ、マレフィカルム全体で見ても屈指の実力を持つマゲイアが向かって…何者かに倒されたとでも言うのか、あり得ない。
「ッ……魔力が近い、すぐそこで戦っているのか」
そして背後を向けば、そこには祭壇の間に通じる唯一の扉があり、その先はカルウェナンが守護する最終防衛ラインとなっている。戦闘の音が聞こえるのは件の扉の先、つまりカルウェナンが戦っていると言う事。
敵がすぐそこに来ている、何より驚きなのがカルウェナンがここまで長時間戦って未だ決着をつけられずにいること。カルウェナンは最強だ、自分よりも遥かに強い、だがもし…もし負けるようなことがあれば。
「また、なのか…?」
空を見上げる、またなのかと。また自分は目的を達することもできずに敗北に塗れるのか、死者蘇生さえ叶わず、たった一つの望みさえも潰されて、自分は一体何のために生まれて来たんだ。
「私は一体、何故こうも……何もかも上手くいかないんだ」
拳を握る、怒りに満ちた瞳で握った拳を見つめ…それを叩きつけるようにイシュキミリはすぐ横にて拘束されているデティフローアの首を強引に掴み引き締める。
「それもこれも全部ッ!お前のせいだデティフローア!お前がいるから!上手くいかないんだ!」
「ぐっ……!」
「お前が居たから、私は孤独になった。それだけに飽き足らず今度は嘆きの慈雨さえも消し去り…お前は何度私の道を阻めば気が済むんだ!」
「嘆きの慈雨は…私、関係ないじゃん…!」
「ある!お前が居たから!こうなった!」
「駄々っ子…かよ」
そう思うより他なかった、この苛立ちの行方を見つけるには今のイシュキミリにはあまりに余裕がなさ過ぎた。デティフローアのせいにして落ち着くより選択を見出せなかった。だがデティフローアはそれでも、イシュキミリを見つめ続け。
「私はね、イシュキミリ。貴方に嘘をついたことを…申し訳なく思ってる。死者蘇生のことを内緒にしていたのは、本当に。けど…死者蘇生は私もなんで使えるか分からないの、だからそんなに…怒らないでよ……」
「………今更そんなこと言われて、私はどんな顔をすればいい」
嘆きの慈雨は潰えた、死者蘇生の悪夢もデティフローアによって覆された、だというのに今更そんな事を言われて、どう反応すればいいんだ。謝罪されて、許せてとでもいうのか。
「…私にはもう道がない、父を殺した時点でもう何かを選べる立場にない。私は終生を賭けてお前への恨みに縋るしかないんだ。…だから苦しんでくれ、お前のみならず、お前の仲間も…だから」
イシュキミリはデティフローアを拘束する魔力吸引装置に手を置き、動かし始める。嘆きの慈雨が消えた以上、あと望める結果は四魔開刃が魔女の弟子達を捕らえてくるという結果だけ、だがもしそれも望めないのなら。
「もうお前を殺すしかない、デティフローア…」
「……………」
「魔力吸引装置起動からお前の魂を抜き切るまで残り十五分、それまでに他の弟子の死に様をお前に見せられる事を望むことしか、私には出来ん」
ゴウンゴウンと音を立てて動き始めた装置、これが起動すればデティフローアは死ぬ…こいつは今死を目の前にしている。それくらいデティフローアだって分かるはずだ。
だから怯えろ、恐怖しろ、終わりを迎えることを恐怖しろ…!
「…………………」
だというのに、何故デティフローアは怯えない。今もジッと扉の向こうを眺めている。仲間達が戦っているであろう扉の先を、まさか仲間が助けに来てくれると思っているのか?だとしたらその考えはあまりにも───。
「イシュキミリ」
「ッ…!」
瞬間、デティフローアはこちらを見て…あまりにも凪いだ瞳で、こちらを見て。
「もし私が死んだら、エリスちゃん達にはそう伝えて。私は死んだと、そして出来れば彼女達を無事帰して…私を恨んでくれて構わない、けどエリスちゃん達は、本当に無関係だから…魔術界の因縁には」
「………」
こいつは、この期に及んで…自分の死で事を丸く収めようとしているのか。自分のせいで仲間が傷つくくらいなら自分が死んだ方がマシだと判断しているのか?
……それは優しいとか、友愛とか、そういう段階を超えているだろ。
(狂気的だ…なんなんだこいつは)
イシュキミリは恐怖する。イシュキミリが恐怖する。デティフローアという存在は今歪み果てた自分よりもずっと歪んでいる。これがこいつの正体?この…あまりにも希薄な自己意識を持った存在が、デティフローア・クリサンセマムという人間の本質?
生半可に残った人間性がデティフローアに対する恐怖を抱き、イシュキミリは呆然と固まる。
そして、その間にも…デティフローアは。
(エリスちゃん………)
見つめる、ただ自分を助けるために傷つきどんどん小さくなる魔力を感じ、涙を流し…祈る。
(お願い、みんな無事でいて…)
項垂れ、謝罪するように…仲間の無事だけをただ祈る。
………………………………………
「『蒼乱天泣───!!」
「『九字切魔纏──!!」
そして、戦いは今も続く。デティフローアに唯一届き得るラグナ達は今、最強の壁を前に歩みを止める。カルウェナン対魔女の弟子三人、絶望すら漂う戦いは今もなお継続している。
「『激打』ッ!」
「『連闘』ッ!!」
ラグナとカルウェナンの怒涛の連撃が衝突する。ラグナの横降りの雨の如き拳撃と残像を残す程の速度で放たれるカルウェナンの絶拳が正面から衝突し互いに打撃による応酬にて戦いを繰り広げ……いや。
衝突しただけ、戦いにはなっていない、カルウェナンの方が技の冴えも速度も巧さも段違い。打撃の応酬から二秒後、やがてラグナの足がほんの数ミリ後ろに後退した瞬間。
「フンッッッ!!」
「ガァ…ッ!?」
ラグナの両手を打ち払い、下からカチ上げるような鋭いアッパーがラグナの顎を叩く。それも魔力遍在にて身体能力を上げ、魔力放出で威力を上げ、防壁で硬度を上昇させた一撃だ。この一撃にはたまらずラグナも瞳を揺らし意識を飛ばして───。
「ぬんぐぅぁっ!」
「何ッ!?」
否、意識が飛ぶ寸前で舌を噛み気絶を回避し、そのまま体を無理矢理起こしながら勢いよくカルウェナンの足を踏む。右足、軸足のつま先を踏むのだ。それによるダメージはない…だが。
一瞬、カルウェナンがその場に釘付けになる。
「冥王乱舞ッッ!!」
「くっ!」
そして当然来るのはエリスだ、ラグナがカルウェナンの動きを縛った瞬間を狙い紫炎で加速し一気に正面から突っ込み。
「『神打薙』ッ!」
全身を回転させ放つのは回転鋸のような鋭い回し蹴り。風で空を裂き一気にカルウェナンの胴を狙う…が。
「来ることが見え透いているぞッ!」
取る、エリスの蹴りを両手で挟みながら防壁で圧迫し触れることなく受け止めエリスの蹴りを防御する…と同時に、カルウェナンは。
「そこかッ!」
「第一装『赫神鋒アグネヤストラ』──って嘘!?」
背後から迫っていた炎の化身となったメグ、その手に握られた炎の槍を咄嗟に後ろを振り向いて手で掴むカルウェナン。見切っていたのだ、エリスの攻撃が飽くまで陽動である事を、背後からメグが迫っていることに。
故に取った、エリスを掴みつつメグも掴んだ。この怒涛の波状攻撃さえカルウェナンは容易く防ぎ切る。
「ッまだまだ!『アグネヤストラ・完全燃焼モード』ッ!」
「む?」
その瞬間、メグの手に握られた炎の槍。アストラセレクション・アグネヤストラが光り輝きながらパーツを展開し始め…激烈な炎を噴き出しメグごとカルウェナンを業火で包み始めた。
「『火力限界突破』ッ!燃えろぉおおおおおおおッッ!!」
膨張した熱が爆発の如き勢いを生む。それほどの炎がカルウェナンとメグを包み部屋に突き刺さる炎の柱の如く燃え上がる。アグネヤストラを用いた限界突破の完全燃焼、これで一気にカルウェナンを焼き飛ばそうというのだ…だが。
「煩わしいだけだぞ…!」
「ぅゔっ!?」
炎の中で平然と動いたカルウェナンはメグの首を掴み、締め上げながら持ち上げ…。
「このカルウェナンに!小細工や小道具は通じんッ!」
「ぐほぉぁっ!?」
地面にメグを叩きつけ、炎をその衝撃波で消し去る。炎の中から現れたカルウェナンの体には、鎧には、傷一つついていない。
防壁だ、魔女などが行う魔力防壁による断熱で炎を防ぎ切ったのだ。帝国の知恵の結集とも言えるアストラセレクション、それにより生み出される古式魔術級の火力。しかしそれさえもカルウェナンの極められた技の前では無力─────。
「『蒼拳…!」
しかし、メグを地面に叩きつけたその瞬間を狙ったかのように、影がカルウェナンの側面に周り。
「『一閃』!!!」
お返しとばかりにラグナの怒りの拳がカルウェナンの右頬を射抜き、その衝撃波が地面を抉り、カルウェナンの向こう側の床や壁がスプーンで掘られたように砕け散る…だが。
「お前達は…」
「なっ!?」
カタリと音を立ててカルウェナンの兜が動き、ラグナの方を見る。…防がれている、ラグナの拳に合わせるように凝縮した防壁で完全に防ぎ切っている。届いていない…カルウェナンには。
「九字切魔纏・者ッ!!」
そして反撃が来る、カルウェナンの防壁が変形し無数の拳が作り出されラグナの体を次々と打ち抜き弾き飛ばす。
「ごはぁ…ぐっ、ぅぐ…!」
「お前達は、一人がやられると必ず助けに来る…こんな風にな!」
「冥王乱──うわっ!?」
ラグナを助けに入ろうと飛んできたエリスが加速し切る前にその頭を掴む。助けに入ることが分かっていたから、先んじて行動していたのだ。
「フンッ!」
「ぅぎゃっ!?」
…メグは地面に沈み、ラグナは吹き飛ばされ壁にめり込み、エリスはそのまま地面に投げ捨てられ数回バウンドし、ゴロゴロと転がり倒れ伏す。対するカルウェナンにはやはり傷がない、消耗も殆どない。
「誰か一人を、皆が助ける。聞こえは良いが戦術としては下の下、お前達は仲間がやられている間に自分達の態勢を整えるという事をしない…故に動きも読みやすい、これでは多人数の利点がまるでないではないか」
「うる…さい!冥王乱舞…!」
カルウェナンの言葉を受け、ヨロヨロと立ち上がったエリスはそのまま両手を翳し、魔力を高め…。
「『魔道』ッッ!!」
放つは魔力の熱線。膨大な魔力を一点に集め放つエリスが今持つ中でも大技に部類される魔法。しかしそれを前にカルウェナンは…静かに構える。
左手の人差し指を立て、それを右の手で包み込みながら右手の人差し指も立てる。まるで剣でも握るような構えを取り…。
「五大妙奥義…」
全身の魔力を高める、カルウェナンの体から金色の魔力が溢れる。それはやがて一点に集中し指先に集う。立てた人差し指を撫でるように魔力が集い硬化し作り出された防壁は刃のように鋭く伸び。作り出された黄金の魔力刀をカルウェナンは大きく振り上げ…。
「『降三世刀印』ッッ!!」
振るう、迫る魔力の熱線に向けて黄金の刀を振るう。それはまるでバターでも切り裂くようにすっぱりとエリスの魔力を切り裂き魔道の中に道を作るように一閃、切り裂くと同時に真っ二つにし。
「なっ…ぁ…!」
その斬撃はエリスの横を通り過ぎ…渾身の魔法を切り捨てた上でエリスの背後の壁を両断し、遥か先まで見えない程遠くまで、全てを両断する。
カルウェナンという男が魔法を極め、その先に辿り着いた五つの極意…『五大妙奥義』。そのあまりの威力にエリスは震えながら膝を突く。
「連携は良い、だがそれまでだ。小生がお前達に期待していた強さはこれではない…」
「ッ……」
「『個』だ…究極の個。強さとは即ち自らで全てを完結させる部分にある、他者に強さの由来を求めては肝心な時に揺らぐ。他者によって揺らぐ強さを小生は最強とは呼ばん。故に小生はお前達に期待していた、小生と同じ孤高の高みに至る事を」
絶対…そんな言葉が浮かぶほどにカルウェナンは強い。エリス達三人を相手にそれでも尚強く、孤高を貫く有様にエリス達は圧倒される。
強い強いとは思っていたが、今見せた一撃はエリス達が味わった何よりも強力だった、つまり奴はまだエリス達との戦いで全力を出していないのだ。あれだけ攻めて攻めて攻め尽くし、何もかもを叩き出しても、カルウェナンは余力を持って対応出来ている。
まさしく彼が語る究極の個とは、こうあるのだと見せられているようだ。
「……そんなに強いのに、残念ですよ。マレフィカルムなんかにいるなんて」
「いつか言っただろう、死合う場を得るにはマレフィカルムが一番だと…それに、技を極め俗世を離れ、孤独だった小生を先代会長は拾ってくれた。そういう恩義もある、だから小生はメサイア・アルカンシエルに忠誠を誓う」
「貴方言ってましたよね!殺戮には手を貸さないと!今イシュキミリがやろうとしていることは紛れもなく殺戮ですよ!」
「かもな、だがそれでも忠誠を貫くのが小生の道だ。一度主君を定めたならば、主君の道を糺すか、そうでなければ地獄の果てまで追従する。主君の在り方が気に入らんからと離反する程小生の忠義は甘くない」
「今のイシュキミリを、肯定すると」
「そうあるべくと当人が望んだなら、それがイシュキミリにとっての正義だ。ならば正しさを実現するのがが小生達だ」
こちらに歩んでくるカルウェナンに対し再びエリス達は立ち上がりながら拳を構える、メグさんもラグナもまだ動けない。動けるのはエリスだけだ。
「問うぞ魔女の弟子、お前達は何故戦うッ!」
「ッ…!」
瞬間、飛翔するが如き勢いで突っ込んできたカルウェナンの拳を跳躍で回避する、相変わらず速い。だがそれ以上に…こいつの拳はブレがない。迷いというものを極限まで削ぎ落としている。
奴の語る『道』や『忠義』もまた奴の強さの一端なのだろう。自分の行動に極力疑問を持たないよう、最初から受け入れられないことはしない。そんな彼が今イシュキミリの為に戦うと決めた以上、口でなんと言ってももうカルウェナンは止められない。何故なら迷わないから。
「エリスは友達の為に戦います!デティを助ける為に戦います!」
「ならば続けて問うぞ!今ここでデティフローアが死んだら貴様は戦うのをやめるのかッ!」
「うぎゃっ!?」
跳躍して飛んだ先で待ち構えていたようにカルウェナンの裏拳が飛び、エリスは防ぐ間も無く弾き飛ばされ地面を転がる。重い一撃だ…けどそれ以上に。
なんて言った?デティが死んだら戦わないのか?そんなもん決まってる。
「死なせない為に、戦ってるから…それはあり得ません…!」
「小生が聞いているのは覚悟の由来の話だ!お前の覚悟は他者の存在によって現れる物なのか!?消える物なのか!」
「ッ…くっ!」
そして再び飛んでくる巧みな連撃、右の拳を防げば左の拳を防げない、連撃を嫌い後ろに飛べばそれを読んだように踏み込んだカルウェナンの突拳がエリスを弾き、そして再びカルウェナンのペース。
エリスに問いかけを続けながらも止まない攻めでひたすら打ち続けるカルウェナンとただ一人で相対を続ける。
「ええそうですよ!エリスは友達の為にしか覚悟しません!エリスの力は友達の為にあります!だからもしデティが死んだなら…エリスはお前らの事命懸けで潰しにかかります。エリスの命は、力は、覚悟は!友達を守る為にあるんですから!」
「ならば!」
「ぐっ!?」
空間を引き裂くような手刀が振り下ろされ、防壁も防御も叩き砕き、それを防いだ両手がジンジンと痺れ、エリスの動きが止まる。
「ならばお前は…ここまでだ。友の有無に覚悟が由来するなら、今一人で戦うお前は小生には勝てん」
「ぐぎっ!?」
そして飛んでくる蹴りに弾き飛ばされ、エリスは壁際に転がり…ぐったりと項垂れる。ダメか…全然手足も出ないや、行けると思ったんだけど勢いでどうこうなる相手じゃない。
「友は倒れた、そして今お前も倒れた。ならばもうお前達は終わりだろう」
「…………」
「……残念に思うぞ、小生が目指す高みに至る為、お前達から得られるものがあると思っていた。小生が目指す究極の個、それを実現し得た世界で唯一の存在である魔女の力を受け継ぐお前達ならと、期待していた」
「…それは、残念でした」
「ああ残念だ、だが致し方あるまい。孤高を目指すとはそういうもので…」
「違います、魔女様は究極の個なんかじゃない。あの人達だって助け合って生きてるんです、助け合って戦ってるんです、お前だけです…ただ一人の強さを求めているのは」
こいつの言う究極の個とは、ある意味理想だろう。力を求めてる者全てが理想とする在り方だ、エリスだってなれるならカルウェナンみたいになりたい。けどそれはきっとカルウェナン自身が誰よりも強く思っているんだ。
誰にも依存しない強さを得たいから、彼は自らの道を定め、そしてその為に一人で戦う選択をした。だがこの世に於いて一人で戦ってる奴なんかいない…魔女様だって、友達のため、国のため、戦う理由を誰かに依存してるんですよ。
でもそれは依存じゃない、理由なんだ。苦しくても辛くても戦い続けられる理由なんだ、自分の中に突き刺さって抜けないほど深く突き立てられた一本の柱、それが人に苦難の道を選ばせ進ませる理由となるんだ。
エリスは曲げませんよ自分を、エリスの戦い理由は友達ですから…デティですから。
「エリスは友達と歩む為にここにいる、友達との未来を守りたいからここにいる。それは戦う理由を友達に依存してるんじゃない、戦いを他者に委ねているんじゃない、背中に背負った友の命を、守れるのがエリスだけだから!強くなるんです!戦い続けるんです!一つとして失いたくないから!」
「……なら、友に危機が一切及ばなくなったら、お前は戦うのをやめるのか。それほどの力を持ちながら」
「はい、きっと」
「……無粋であったか、お前は私の問いかけに一度として迷わなかった。個を目指す小生からすれば群を求めるお前の在り方は理解出来ん、理解出来んが…その心持ちの硬さは評価するぞ。だがそれで勝てなければ意味がない」
「ええそうですね、貴方は貴方の在り方…道や正義を貫いているから、強いんでしょうね……けど」
目を閉じ、探す…そして今、ようやく訪れ始めているのを感じる。確証はなかったし、確かにそれが訪れるという証拠もなかった、最初からこうしようと話し合っていたわけじゃない。
けどきっと、エリスが同じ立場なら…そうするはずだと信じられた、ならばきっと。
「エリス達にもエリス達なりの道があるんですよ。それと『正義』がね…」
「何を………む?」
カルウェナンがエリスから視線を外す、彼が見る先は後方、この部屋の潰れた入り口。シュレインの街の入り口に当たる方角を見て…首を傾げる。
「何か来る……しかも超高速で、こちらに向かってきている?誰だ、なんだ、何が来ている!」
「言ったでしょう!エリスは友達のために戦う!けどそれはエリスだけの話じゃない!エリス達みんな!デティの為に!友達の為に戦っている!それがエリス達の正義だがら!…そして、それが正義なら…『きっと彼女は動く』!」
「彼女…まさか……!」
──それは、地を駆け木々をすり抜け一直線に進む。大地に足跡を残し、あまりの速度に地面が捲れ上がる程の速度で進む。
シュレインの街目掛け一直線に飛び、ネレイドさんを飛び越え、崩れた迷宮を吹き飛ばし、通路に光芒を残し、鋭い眼光で敵を見据え、仲間を見据え、ただ…友を守る為だけに、彼女はここにやってくる。
「『ディー・コンセンテス』ッ!!」
「なッ!?」
刹那、崩れてなくなった迷宮の入り口が爆ぜ、向こう側から光が差す。その光は意志を持つように真っ直ぐ、そして誰にも反応出来ないほどの速度でカルウェナンに向け飛翔する。
やってくると信じていた、これがエリスの言っていた逆転の機。きっと彼女は勝利する、そして勝利した上でエリス達を助ける為にこちらに向かってくると信じていた、だってそれが彼女の正義だから、正義であるならこの光は…エリス達に届く!
「貴様は…!」
迸る青い髪、それが刹那の間にカルウェナンの目の前に現れ拳を握る。そして大きく弓を引くように振りかぶり───振り抜く。
「『コンセンテス・グラディウス』ッッ!!」
「メルクさんッッ!!」
到来したのはメルクさん、ウルサマヨリで嘆きの慈雨中和剤を守る役目を負っていた彼女が、光となって一直線に飛んできた。そして放たれた拳はカルウェナンに直撃し、その体を大きく吹き飛ばす。
さしものカルウェナンも、存在していなかった新手の攻撃にまでは対応出来ないようだ。
「ぅぐっっ!貴様…!」
「よくも我が友を傷つけてくれたな、いつかの騎士。だがもう好きにはさせんぞ…」
「メルクさん!メルクさん!!」
エリスは思わず、メルクさんの側に縋り付くように駆け寄り…彼女を涙ながらに見つめると、メルクさんはニッと歯を見せ笑い。
「いつもの返礼だ、エリス。私は君を助けられたか?」
お前はいつも、私の危機に駆けつけてくれる。だから私もまたお前の危機に駆けつけるんだ。そう語るメルクさんに…エリスはただただ頭が上がらない。来てくれると信じていた、それでもやっぱり…嬉しいよ。来てくれたのは…!
「さぁラグナッ!メグッ!起きろッッ!!」
「ゔ…め、メルクさん?」
「気絶していました…あら?メルク様?何故?」
メルクさんの声に反応し、気絶してきたラグナとメグさんが起き上がり、エリス達の横に並び立つ。
ラグナは言った、カルウェナンを倒すには最低でも魔女の弟子四人の力が必要だと。ナリアさんが想定外の敵に足止めされているこの状況でラグナの言った最低ラインをエリス達は達成出来ずに、先程までまぁ酷い形でボコボコにされてきた。
だが、ここからは違う。揃ったんだ…ようやく。
『四人』の魔女の弟子が!
「やるぞッ!ここから捲って逆転だ!」
「はいッ!勝ちますッ!」
「これが、友を想う…他者を想う覚悟の形。例え離れていようとも助けに来る。究極の群か…フッ、フハハハハハハハ!面白いッ!」
揃い並ぶ四人の弟子、エリス、ラグナ、メルクさん、メグさん。そして相手は究極の個…カルウェナン。今ここに逆転の機は訪れた!ここからやる。ここからだ!エリス達はここから勝つ!!
「へっ、よくわからねぇけどよく来てくれたメルクさん!これで条件は成った!押し通すぞ!」
「させん!何人で来ようが小生が押し止めるッ!」
そして戦いは、佳境を越える……あとはもう一押し!そう皆が自らを奮い立たせ、飛び出すように駆ける。狙うはカルウェナンただ一人。
「ラグナッ!」
「ああ!全部出し切る!」
先んじて前に出るのはエリスとラグナ、そのフォーメーションは変わらない、古くは学園時代から、シリウスとの戦いに於いてもエリスとラグナは最前線を担った。それは二人がトップクラスの近接戦能力を持つから、そして二人のコンビネーションはやはり弟子達の中でも隔絶して巧みだからだ。
「冥王乱舞・雷旋怒涛掌ッ!」
「蒼乱天泣激打ッ!」
「一人増えたとて!小生は未だ健在だぞ!九字切魔纏・双連闘ッ!」
打ち合う、連撃による応酬。それはエリスもラグナも一度負けている速さ勝負手数勝負。だが今度はそれを二人で行う。単純な人数の差以上に極まった連携による着実な攻めによりカルウェナンとの拳の応酬を、二人は拮抗させる。
……そう、拮抗だ。ここまでやってなおようやく拮抗膠着させるのでやっと。いつもならここからカルウェナンに押し切られていた…だが今は違う。
「『ディー・コンセンテス』!」
(むっ!まずい!手出しが出来ん!)
エリスとラグナの背後から現れたのはメルクリウス、そう…以前の連携。シリウスとの戦いで見せた連携と大きく変わった点があるとするならそれは『メルクリウスの覚醒により彼女の立ち位置が変化し点』だ。
覚醒前のメルクリウスの立ち回りは遠距離から多種多様な錬金術をぶつける手数重視で火力が控えめなアウトファイターだった。だが覚醒を会得し全てが変化した。
肉体再錬成により覚醒中は肉体的超人に匹敵する身体能力を持ち、数多くの概念錬成にて殆ど全ての役割をこなし、その上で更にこの修行で会得したこの『ディー・コンセンテス』により彼女は、ラグナとエリスに並び立てるだけのインファイターとしての働きも出来るようになった。
「『コンセンテス・グラディウス』ッ!」
発動させたのは概念錬成を肉体に補完する極技『ディー・コンセンテス』…それは本来錬金術の秘奥とされる肉体を再構成する技術の応用。グロリアーナが肉体を雷に変え動き回るように彼女もまたこれを応用し『肉体を概念に再構成することに成功した』。
シリウスの用いた事象や概念こそ神であるという定義に則り、概念そのものと化す事でで擬似的に神を錬成する今現在メルクリウスの持つ技の中で最高段階にあるディー・コンセンテスは使うだけでメルクリウスの戦闘能力を飛躍的に向上させる。
この『コンセンテス・グラディウス』は武と戦の概念で肉体を再構成し概念そのものと化すことで凡ゆる近接戦闘能力を大幅に強化し、尚且つ拳に魔力を集めることにより…。
「『概念錬成・震動』ッ!!」
「ぅぐっ!!」
震動を概念ごと拳を叩きつけ、カルウェナンに一撃を与える。それはカルウェナンの足を後ろへと流す。
押し勝った、初めて殴り合いで押し勝った。一人でもダメ、二人でもダメ、三人合わせてようやくカルウェナンに届いた。これならばとエリスは確かな手応えを得る。
「ラグナ!これなら!」
「ああ、けどじっくりは戦えねぇ!全員最高火力をぶつけるんだ…!」
エリスは勝ち目を見出していたが、ラグナは逆…今この状況が限りなく薄い氷の上に成り立つ仮初の優勢であることに気がついている。
ラグナとメグは既に長時間戦いダメージや消耗がほぼ限界に近い。
エリスはそんな二人を庇うようにフルスロットルで飛ばし続けているから消耗が著しい。
メルクさんもここに来るまでに幹部を一人倒し、ウルサマヨリからシュレインまで一気に飛んで無理に参戦している。今は余裕を見せているがその実かなり消耗しているはずだ。
何処かで誰かの糸が切れたら、あっという間に持って行かれる…何より。
「フッ!今のはいい一撃だった!だがァッ!」
よろめいたカルウェナンは即座に体勢を整え、全身から黄金の魔力を吹き出させる。それは今まで見せた如何なる魔力よりも濃厚でその上で凄まじい出力だ。
そうだ、こちらは消耗しまくっているのに向こうは殆ど手を抜いて戦っているから全くと言っていいほど消耗していない。それに加えて未だ力も隠し持って全力を出していない。
「『九字切魔纏・前』!!」
その瞬間、ゴォッ!と音を立てカルウェナンの体から凄まじい魔力の奔流が迸り俺達の体を押し飛ばそうと威圧混じりの魔力を放つ。
「グッ!」
「なんという魔力…!怪物か!」
全員の足が止まる、足を止めなければその瞬間吹き飛ばされてしまいそうだったから。だが…それこそがカルウェナンの狙いだった。
「まずは厄介なのから潰そうか」
「ッ!?しまっ──」
影の如く、カルウェナンがメルクさんに迫る。その固く握り締められた拳にはエリス達一人分程の魔力が容易く込められており…。
「『九字切魔纏・闘』ッ!」
「ガァッ!?」
「メルクさん!」
一閃、光のような拳が叩きつけられメルクさんの体が血と共に弾き飛ばされる、まずい…メルクさんがやられる!助けに行かなきゃ!でも奴はそれを見越している、助けに行けばまた連携を逆手に取られる。
いやそんなの関係ない!エリスが助けに行かなきゃ!エリスが戦う意味がない!
「─────」
「あ!」
メルクさんを助けに行こうと身を翻した瞬間、気がつく…そうか。そうだったのか!
「冥王乱舞・飛翔!」
「ッやはり来たな魔女の弟子エリス!お前は学ばん奴だ!」
冥王乱舞で空を駆け抜けメルクさんに追い打ちをかけようとするカルウェナンに向けて一気に突撃する…が、それを読んだカルウェナンはエリスの動きに合わせるように拳を振るいエリスを吹き飛ばそうと力を込め──。
「『時界門』!」
「なっ!?」
しかし、エリスに拳が当たる前に、エリスの体は突然出現した時界門によって覆い隠され消失する…と同時に。
「冥王乱舞・魔道脚ッ!」
「ぐぁっ!?」
背後から現れたエリスの叩き込む魔力塊を乗せた足が炸裂しカルウェナンの背面を打ち吹き飛ばす。飛び込むと同時に時界門で転移しカルウェナンの背後に回ったんだ…エリスは飛び出した時点で時界門が来ると理解していた、何故か?
それは飛び出す直前に見えた、メグさんの目。そうだ、そうだったんだよ。エリスがメルクさんを助けたいように、友達を助けたいように、メグさんや他のみんなも友達を助けたいんだよ。
ここで一人で行くから、返り討ちに合う。友達を助けるために一人で行けばやられてしまう、なら友達を助けるため他の友達と一緒に助けに行けばよかったんだ!四人になって人数的に余裕ができた、今ならこの動きができるんだ!!
「えぇぃい!煩わしい!九字切魔纏・皆ッッ!!」
「ぅがっ!?」
しかしそれでもカルウェナンは止まらない、全身から魔力を迸らせその場で大爆発を生み出しエリスもメグさんもラグナも吹き飛ばす。止まらない、まだまだ止まらない…生半可な火力じゃ奴は止められない。
それこそエリス達の最高火力を叩きつけなきゃ倒せない、となると…。
「メグさん!」
「エリス様…!」
吹き飛ばされながらメグさんの元へ飛ぶ。頼みたいことが一つあるんだ─────。
「ラグナッ!」
「クッ…!」
一方唯一爆発の外側にいたメルクリウスは立ち上がると同時にラグナに声を飛ばし奮起を促す、今この状況でお前がだらしない姿を見せるなと、魔女の弟子最強の男として情けない戦いをするなと叫ぶと同時にメルクリウスは腕捲りをし、カルウェナンに視線を向ける。
「長期戦は不利だ!一気に決めるぞ!『概念錬成』ッ!」
「む、何をする気───」
「『抑止』ッ!」
瞬間、メルクリウスは両手で何かを握り込むような姿勢を取る。するとカルウェナンの周囲の空気が凝固し、まるで見えない巨大な何かに掴まれたようにその場に押して止められる。
「なんだこれは!」
抑止の概念、特定の範囲内の特定の存在の動きを停止させる概念を生み出しカルウェナンの周囲の空気を鋼鉄並みに硬くし動きを止めたのだ。これでカルウェナンの動きは止めた、しかし。
「拘束か…だがッ!この程度で小生を止められると思うか!!」
「ッ…凝固させた空気を砕いているだと!?!」
動き出す、カルウェナンの活動を止められたのは本の数秒程度、次と瞬間にはミシミシと音を立てカルウェナンが活動を開始する。これはまずいと再びメルクリウスは魔力を高め。
「ッ!概念共鳴ッ!」
抑止の概念と自らの肉体を紐付け腕力によって更にカルウェナンの体を押さえ込む。凝固した空気がメルクリウスの力によって更に引き締まり拘束はより強固になる…だが。
「無駄だ!小生は小生の道を歩む、それを止められる者は存在しない!」
「ぐっ!?ぐぉぉおおおお!!!」
それでも空気は割れる、メルクリウスの腕にもヒビが入り鮮血が舞う。多少動きは遅くなったがそれでも抑え切れない、その場に押し留め切れない。このままでは拘束を破られるのは目に見えている。
だが、それでも…拘束したのは、ただ時間を稼ぐため。
「ラグナァァァッッ!!早くしろッッ!!」
「分かってるッッ!!」
瞬間、飛び出したのはラグナだ、メルクリウスが稼いだ数秒を使い…彼は大技の準備をしていた。今までは発動の機会さえ与えてもらえなかった彼の大技。それはこの修行で生み出したラグナの奥義の一つ。
「金剛烈心砕く事叶わず、荒神破手防ぐ事叶わず、凡ゆるを打破し遍くを踏破し天地神明の一拳が掴むは覇道戦勝のみ。これを以ってして全ての戦に勝鬨を!『五十天華・毘沙門閻浮提』!!」
拳に膨大な魔力を流し込み、拳にのみ付与魔術を与える。それは彼の許容点を超える程の魔力を生み出し漏れ出て内側から迸る程の魔力が走り、燃え上がる。
「これで決めるッ!!」
「むぐっ!魔女の弟子ラグナ!喝ァァッッ!!」
拳を振り上げるラグナと共にカルウェナンも一喝にてメルクリウスの拘束を吹き飛ばし迎撃の姿勢を取る…よりも早く、ラグナは突っ込む。
それは彼が今出せる最大の火力…彼が編み出した十の奥義の一つ。
「『熱赫臨掌』ッッ!!」
圧倒的な握力で魔力と筋肉膨張で一瞬世界を押し出し自らの魔力のみで構成された世界を作り、それを叩きつける奥義『熱赫一掌』…それを更に拳に限定した付与魔術で強化し魔力を一瞬臨界点に到達させる荒技。
彼の許容点を超えるということは、今現在拳の魔力は彼にも制御出来ない状態にあるということ。通常の熱赫一掌を更に大幅に強化し暴走させることで放つ奥義『熱赫臨掌』、それは紅の炎と蒼の炎が混ざり合った二色の光を放ちながら螺旋を描きカルウェナンに叩き込まれる。
「クッ!回避も出来んか!ならば九字切魔纏・陣ッ!」
当然カルウェナンも対応してくる、その場で分厚い魔力防壁を放ちラグナの拳を受け止める…が、それでも勢いは止まらない、ギリギリとラグナの魔力とカルウェナンの魔力が鬩ぎ合い光の粒子が火花のように飛び散り膨大な力と力が局所的にぶつかり合うことで空間が歪む。
「うぐおおぉおおおおおおおおおお!!」
「ぅがぁああああああ!!!そこを…退けよッ!」
「むぐぅっ!!!」
瞬間、ラグナの拳が更に力を放ち、カルウェナンの防壁にヒビが入る、砕け散る、防壁が。ラグナの一撃が絶壁を破壊し先に進む。
魔女アルクトゥルスは言った、ラグナの熱赫一掌は第二段階クラスなら防げる奴はいないと、故にカルウェナンも今まで回避やそもそも使わせないよう立ち回ってきた…だが今それを受け止めてしまった。故に防壁は破壊されたのだ。
「カルウェナンッ!!!」
「ッッ!!」
そして防壁を破壊したラグナの拳は一直線に飛び────。
「がはァッ!!」
拳が頬に突き刺さり、吹き飛ばされる……が、それはカルウェナンではない、殴り飛ばされたのは…ラグナの方だ。
「良い一撃だったが、まだそれは完全に扱える段階にないようだな」
殴り返したのはカルウェナンだ、ラグナの熱赫臨掌はカルウェナンの手によって受け止められそのままカウンターの『闘』を受け吹き飛ばされたのだ。
それもそうだ、ラグナの熱赫臨掌は防壁を砕いた時点で相殺されていた、カルウェナンに向かったのはただの拳、そして臨界点を超えて力を発揮した腕は既に壊れており、カルウェナンを殴り飛ばせるだけの力は残っていなかったのだ。
メルクリウスが身を挺して作った隙、そこを突いたラグナの捨て身の一撃、どちらも粉砕してカルウェナンは未だに健在、全て無駄に終わっ────。
「距離良し、入射角良し、遮蔽物なし、発動条件オールクリア。覚醒冥土奉仕術…奥義」
「む……!?」
否、メルクリウスが時間を稼いだのはラグナに決めさせるためではない、ラグナの今の一撃は防壁を破壊するためだけの一撃…ならば本命はどれだ。
「まさか…!!」
「『次元砲』…起動!」
メグだ、手元に時界門を作り出した彼女はそれを銃口のようにカルウェナンに向ける。メグもまたこの修行で新たな技を作っていた。
バシレウスとの戦いで火力不足を感じたメグは火力を伸ばす訓練を行い、生み出したのがこの『次元砲』。それは高次元に存在する物体は光速以上の速度で移動し現次元へと移動してくるという性質を利用した攻撃法。
普段はこれを拳による殴打に利用していたが、メグはこれを更に研ぎ澄ませた。
彼女が別次元に持っていけるのは彼女が手に持てる範囲の物に限られる。だが逆に言えば別次元に物を持っていくことはできる。故に彼女は高次元に大量の魔力機構をばら撒いて置き去りにしてきた。
魔力機構、武器ではない。例えば箱の中に入れた物を冷やす魔力機構とかマッサージ用の機構とか、どうでもいい物ばかり高次元に不法投棄しておいた。それを時界門で手元に移動させながら現次元に移動させながら射出する。
するとどうなる?光速以上の速度で打ち出されたそれはそのままこの世界に顕現してもなお速度を失わず時界門から発射される。そして簡易的な機構であるが故に機構は光速に耐え切れず射出から間も無くして一瞬で蒸発し消え失せる。
光速で移動する魔力機構は蒸発しても、内部に残された魔力は消えない、魔力だけが変わらず光速以上の速度で移動する。速度の圧力により常軌を逸するほどに圧縮されたそれは弾丸程の大きさに縮み、敵に向かって飛んでいく。
魔法の威力を決めるのは『魔力の圧縮率』と『出力量』だ。常軌を逸する程圧縮され光を超える速度の出力で放たれた魔力…それは今メグが扱える段階を大きく逸脱した大魔法となって敵を撃つのだ。
これこそが彼女が編み出した新技。不法投棄戦法…別名『次元砲』である。
(これはマズいッ!!)
カルウェナンもその技の前にドッと冷や汗をかく。エリスの技やラグナの技を前にしても変えなかった顔色が一気に変わり防御姿勢を取る。防壁はない、さっきラグナに破壊されたせいで再展開を必要としている、だがその暇もない。
回避など出来ようはずもない、捌くなんて出来るはずもない、やられる。
「ぐぉぉおおおおおおおおおおお!?!?!?」
両手を使い、必死に次元砲を受け止める。魔力弾をがっしりと掴み必死に抑えて防ぎ切ろうとする…だがこの次元砲、最も恐ろしい点があるとするならその絶大な威力以上に。
「再装填」
「何!?」
「『次元砲』!次弾発射!」
それはただメグは別次元から物を移動させているだけなのでこれだけの威力を発揮しながらメグ自身には全く消耗がない点。故に可能なのだ、連射も。
少なくとも別次元に置いてきた魔力機構の数が尽きるまで、メグはこれを発射し続けることができる。
(連射出来ていい性能じゃないぞこれは!!)
続いて飛んできた次弾に更にカルウェナンの体は背後に流される。とてもじゃないが連射出来ていい性能の技じゃない。消耗もなく連射も可能、強いて弱点を挙げるなら発射された後の魔力弾は制御が効かない点。
迂闊に外せばとんでもないことになる、だから確実に当てられる場面じゃなきゃ使えない。だが逆に言えば当てられる場面なら…ややこしい手順も消耗の度合いも関係なくいつだって使える、使えてしまうのだ。
「再々装填!『次元砲』次弾発射!」
「ぐっ!ぅぐっ!ぅゔぉぉおおおおお!!!」
飛ばされる、飛ばされる、飛ばされる、抑え切れない、カルウェナンの力を持ってしても抑え切れず防ぎ切れない。地面に足を突き刺しても関係なくガリガリと地面を削り後ろへ押し飛ばされ、向かう先はデティフローアのいる祭壇の間へ通じる扉。
これを壊されたらその時点で防衛失敗、それだけは許されないとカルウェナンは更に力を込め。
「んぅぅうぐぅぉおおおおお侮るなああああああ!!!」
耐える、ギリギリで耐える…だが、だがそれでもメグは慌てることなく。
「次弾全装填」
「っ!?」
メグの周囲に五つの時界門が開かれる…即ち銃口が五つに増える。そう、連射が可能ということはつまり、一斉掃射もまた可能ということで。
「トドメでございます…『次元砲』…フルバーストッ!!」
「ッッッ!!!」
放たれるのは残弾を全て注ぎ込む次元砲の一斉掃射、流星群のように迫る光速魔力弾の雨がカルウェナンに迫り衝突していく。数発防ぐだけでもやっとだったそれが雨霰のように降り注ぐのだ。
とても耐え切れずカルウェナンの体は爆炎と爆風に飲まれ、消えていく。
「ッッ……ふぅ〜…お粗末さまでございました」
大きく息を吐き、黒煙に飲まれたカルウェナンを睨む。今持てる最大火力をぶつけての怒涛の攻撃、ラグナが防壁を剥がしその上で叩き込んだ…とても肉体だけで防げる一撃ではない。
だが、胸騒ぎが止まらない。メグも、倒れたラグナも…壁にもたれたメルクリウスも、三人とも勝利したと、宣言出来ない。まだあるんだよ、カルウェナンの圧力がこの空間に。
(嘘でしょ…まさか今の…耐えたとでも?私が出せる最高火力ですよ、人類に再現できる最高出力ですよ、それを防いだなんて…あり得るわけが)
そう言い聞かせるように心でつぶやいた瞬間、メグの顎から冷や汗が落ちる…同時に黒煙が晴れ、胸騒ぎの答えが姿を表す。
「今のは、危なかった」
「ッッ────!」
カルウェナンだ、まだ立っている…どころか、未だに傷がない。
「小生の五大妙奥義『烏枢沙摩与願印』が通じなければ、その時点で終わっていた」
「っ…そんな……!」
カルウェナンは無事だ、今の攻撃を完全に防ぎ切ったのだ。だがどうやって?…考えるまでもなくその答えは彼の左手にあった。
『烏枢沙摩与願印』…逆手に開いた左手で放つカルウェナンの五大妙奥義の一つ。それは相手の魔力攻撃に反応して発動する防御型の奥義。それは防壁ではなく相手の攻撃を遠ざけるように放たれる魔力波である。
常に左手から一定の勢いの魔力波を放つことにより魔力攻撃をまるで磁石のように遠ざけ続ける技であり、敵の攻撃が強ければ強いほど魔力波は圧縮され強固になる。魔力攻撃の威力に対応して無限に防御力が上がり続ける技、言うなれば魔法限定の絶対防御である。
メグの次元砲は魔力攻撃だ、それを左手で受け止め魔力波を放ち波が圧縮されるまでの間を身体能力のみで凌ぎ切る。そして圧縮した魔力波で次元砲のフルバーストを防げば…無傷で攻撃を無効化することができる。
「……嘘でしょ、そんなの……」
「言ったはずだ、小細工や小道具は極められた技には通じないと」
メルクリウスは動けない、ラグナも腕を破壊され動けない、メグも驚愕と戦慄から動けない、そんな中無傷のカルウェナンは…もう一つの五大妙奥義を発動させる。
「では『返す』ぞ?…五大妙奥義『大威徳施无畏印』……」
それは右手を開いて打ち出すもう一つの奥義。『烏枢沙摩与願印』と対を成す『大威徳施无畏印』、それは烏枢沙摩与願印が絶対の防御なら大威徳施无畏印は絶対の攻撃だ。
烏枢沙摩与願印は魔力波を放ち相手の攻撃を防ぎつつ魔力波を出し続け圧縮することで絶対の防御を行う技、ならば…その圧縮された魔力はどこへいく?どこにも行かない、カルウェナンの手元に残り続ける。
敵の攻撃により圧縮された膨大な魔力は彼の左手から右手に移り、開かれた手から放たれる。敵の攻撃が強ければ強いほど圧縮の度合いも強くなる、それを超高出力で打ち出せばどうなるか?魔法の威力を決める条件とは何か?
……そうだ、次元砲で圧縮された魔力が超高出力で弾き出される。それはつまり今から放たれる奥義は次元砲全発分を更に上回る威力を発揮するようになる。故にこそ二大一対…絶対防御の後の、絶対のカウンターだ。
「────────!!」
放たれた膨大な魔力は黄金の光を放ちながらメグ達に向け爆裂し…シュレイン神殿の一角を消し飛ばし、天からでも見える程の強烈な光を放ち周囲の全てを破壊する。
「良い死合いだった」
そう語りながら土煙を切り裂き前を見るカルウェナンの前に広がるのは瓦礫だけだ。轟轟と音を立てて崩れる全て、石像や柱も残らず破壊され目の前に立つのは誰もいない。
残されたのは背後に通じる扉だけ、あとは全員…破壊された。
「ぅ…が……」
ラグナは瓦礫の上で倒れ伏し、あまりのダメージに動けず白目を剥いている。
「あ…ぅ……」
メグもまた吹き飛ばされ辛うじて息をしている程度で動く気配がない。
「…ッ…これ、程か………」
メルクリウスもまた限界が来たのか、うつ伏せで倒れ伏し…全員が倒れている。これで勝敗は決した、もうカルウェナンを止められる者はいない。
「終わりだな、良い死合いだっただけに…終わるのはとても寂しい」
カルウェナンは兜の向こうで目を伏せる。結局はこうだと、自分はあの時から変わらない。
ただ愚直に強さを求めた、ただ生真面目に修練に励み続けた。女も、金も、酒も、名声も、とにかくこの世の全てに興味がなかった。ただ力を研ぎ澄ませていく過程にこそ興味があった。
だからこそ、孤独だった。だからこそ血に飢えた。修練の次はひたすらな闘争を求め、今思えば愚か極まりない行為をした事もある。そんな小生を拾い、騎士として使ってくれたファウスト様には恩義があるが…。
それでも、小生は孤独なままだった。自分より強い者などいないと驕る気にはなれないが、自分と互角に戦える者はあまりに少ない。
小生はただ、全力を尽くして戦いたい。戦いが終わった後悔が残らぬよう常に全力を出せる準備だけはしてある、肉体は勿論、精神面でも常に後悔を生まないように生きている。
いずれその精神は道となり、小生なりの生き方としてだけ残り…終ぞ全力の戦いには恵まれなかった。魔女の弟子なら或いはと思ったら、だがダメだった。
小生より明確に強い者となると後は帝国の将軍か、或いはマレフィカルム五本指…六番目の小生を超える五人の戦士達、或いはセフィラ。どれも立場上戦いを挑める相手ではない。今のこの地位が煩わしい、だが小生の価値観としてこの地位を投げ打つこともできない。
(なんてな…小生はただ血と戦いに飢える獣ではない、いかんな。良い死合いの後はいつも感傷に浸ってしまう、それより敵の始末だ…せめてもの情けだ、ここで殺してやる方がいいだろう)
そう考えを振り切りカルウェナンは目の前で倒れるラグナ、メルクリウス、メグの三人に目を向け───。
(…待て、『三人』だと?)
違う、この場には四人いたはずだ。ラグナと、メルクリウスと、メグと…。
「エリス…エリスがいない!?」
思えば魔女の弟子達が畳み掛けてきた辺りからエリスの姿が見えなかったように思えた。どこかで仕掛けてくるものと思っていたが結局仕掛けて来ず、今も姿を見せていない。
「どこだ!?どこにいる!」
奴は危険だ、奴の執念は危険だ、奴の精神性は敵を破壊し尽くすまで止まらない、一番危険な奴が見当たらない…その事実にカルウェナンは周囲を見回し始めた、その時だった。
「っ…くっ…ぅ…!」
メグが動く、最後の力を振り絞り、目の前に手を向けて…魔力を集め。
「『時界門』」
「何…!?」
それは、カルウェナンの目の前で開かれた。ぽっかりと開かれた穴は人一人分を通す大きさになり、冷たい空気が一気にカルウェナンに当たる。
開かれた、時界門が…なら中から何が出てくる。決まってる、一つしかない。
「まずい………」
そう呟いた…その時だった。
「ッッッ冥王乱舞ッ!!」
「っ!?」
───それは、カルウェナンでさえ反応出来ない速度で飛んできた。中から現れたのはエリスだ、それも信じられない速度で…紫炎を噴きながら、飛び出してきた。
…今まで、エリスはどこにいたのか?時界門の先はどこなのか?それはエリスがメグに対して一つの頼み事をした瞬間から、メルクリウスが拘束を開始した辺りから始まっていた。
エリスの頼み事は一つ…『帝国にエリスを飛ばしてください』というもの。つまりエリスは帝国アガスティアに転移していたのだ、だからカルウェナンの攻撃に巻き込まれることはなかった。
なら何をしていた?帝国で増援でも連れてきたか?そんなことするわけない、カルウェナンはエリスが倒すんだ、他の誰にも譲らない。エリスがアガスティアへ転移したのは…そこが一番丁度よかったから。
そう、丁度よかった。アガスティアは何処にある?…上空だ。上空ということは遮る物がないということ。つまりエリスは離脱していた間、空を飛び、空を飛び、空を飛び続け加速に加速を重ねていた。
上空のジェット気流に乗り本来出せるスピードを遥かに超え、加速を続けさながら流星の如く飛び、自らの体を一つの矢に変え飛んでいた。
全ては、メグさんがもう一度時界門を開き…この場に連れ戻してくれるのを待って、信じて待って飛び続けた。
そして今、この場に戻った。遮る物の無い上空でジェット気流に乗って加速し続け手に入れた速度と共に、カルウェナンの反応速度を超える超スピードと共に戻った。
カルウェナンを倒すには生半可な攻撃じゃダメだ、全てを出し尽くす最高火力でなければ倒し切れない。だから…今。
ここに用意した!全てを倒せるだけの超火力を!!それがこの────。
「奥義…『流彗』ッッ!!!」
「ッッッ!?!?!?」
放たれたのは超加速から繰り出されるエリスの最大奥義『流彗』。加速を全て乗せた蹴りにより相手を撃破する最高火力、既にカルウェナンの反応速度を超えているが故に防御はない、物理的な蹴りであるが故に烏枢沙摩与願印での防御も不可能。
それは吸い込まれるようにカルウェナンの懐に突き刺さり、圧倒的な光を放ち…そして。
「エリスは!デティを助けるんですッッ!!例え何が立ち塞がっても!絶対にィッ!!」
「ぐっ!!ぅぐっっ!!ぐぉぁぁああああああ!?!?」
一瞬でカルウェナンの防御を破壊し一気にエリスはカルウェナンの体ごと空を駆け抜け、背後の扉を砕き…最大の障壁カルウェナンが守る最後の扉を、カルウェナンごと破砕する。
「ぐぅっ!うゔっ…!」
跡形もなく消滅し吹き飛ぶ扉、壁も何もかも消えて無くなり、エリスはあまりの勢いに自らも地面を転がり、倒れ伏す。
と同時に部屋の奥に存在する階段にカルウェナンは突き飛ばされ…階段を粉砕しながら奥深くへとめり込み、静かになる。
突破した、突破出来た…ようやく、カルウェナンを。そして…ここは。
「デティ……デティィ…!!」
地面を掴み、引きずるように立ち上がり…見上げる。カルウェナンが突き刺さり砕けた階段のその先に、見えるのは…憎きイシュキミリと。
「デティッッ!!来ましたよ!助けに!」
「エリスちゃん……!」
デティの姿があった。ようやく…ようやくここまで来れた…助けに来れた。この三日間、貴方に会いたくて…連れ去られたことが悲しくて、苦しかった、長かった。
ようやく…会えたんだ…!
「助けに来ました、デティ…帰りましょう」
「エリスちゃん…どうして、そんなにボロボロになって…」
「どうしても何もありません、言ったでしょ…助けるってッ!何をしても!」
フラフラと歩み出し、エリスは睨む…デティの隣に立つ、イシュキミリを。
「さぁイシュキミリ!デティを返してもらいますよ!!!」
「…………」
返してもらう、そう叫ぶとイシュキミリは威勢よく答え…なんてことはなく、青い顔で呆然と立ち尽くし。
「か、カルウェナンが…負けた?あのカルウェナンが…?こんな、こんな奴に!?」
「ええ、倒しましたよ…次は貴方の番ですから!」
「…あ、あり得ない…あり得ないあり得ない!どうしてこんな!こんな事ばかり!!」
「……随分変わりましたね、貴方」
イシュキミリは最後に見た時よりも、随分おかしくなっている。どうやら戻れないところまで行っているようだ、まぁそんな事エリスには関係ない、ただデティを返してもらい、ついでに五発くらいイシュキミリを殴れればそれでいいんだ。
だから、返してもらう。
「…来るな、させるわけがないだろう…この私が!」
「っ……」
しかし、エリスが一歩踏み出せば即座にイシュキミリの敵意が膨らむ。杖を手に…戦闘態勢を取る。やはり立ち塞がるか…正直今の状態でイシュキミリと戦うのはきついけど。
でも、いい。立ち塞がるなら…ぶっ潰すだけだ。
「いいですよ、相手になります…エリスが」
「ッ…こいつ、いいだろう!私がこの手でぶっ殺して────」
拳を握るエリス、杖を振りかぶるイシュキミリ、デティを取り戻す最後の戦いが今この時始まろうとした………。
その瞬間だった。
『待て』
「ッ!?」
「なっ!?」
エリスとイシュキミリの間に、声が響く。戦いを止める…声が…というか、この声って…。
『イシュキミリ、お前は手を出すな…まだこちらの戦いは、小生の死合いは終わっていない』
その言葉と共に、階段が破裂し…中から現れたのは、先程吹き飛ばした筈の、最大火力を叩きつけた筈のカルウェナンだった。
無傷じゃない、きちんとダメージを負ってる。確かに直撃したし…確かに当てた、なのに。
「久方ぶりだ、こうも激しくダメージを負ったのは…流石だな魔女の弟子エリス」
「ッ……」
鎧はヒビ割れ、全身に傷を作りながらも、カルウェナンは揚々と瓦礫を踏み越え祭壇の間の中央に立つ。なんで無事とか…どうやって今の攻撃を防いだとか、そういう話じゃない。
単純に、奴を倒し切ることが出来なかった。圧倒的な身体能力は即ち…それだけ奴も凄まじい耐久力を持っているということ。
「ここまで痛めつけられたのだ。ここからは小生も本気を出そう…!九字切魔纏・在…!」
そして、カルウェナンはエリスの前で拳を握ると…全身から更に魔力が溢れてくる。黄金の魔力を更に大量に吹き出させ、魔力の色が変わる。精神を統一させ魔力遍在にて体中に魔力を行き渡らせ、魔力覚醒を完全に解放したんだ…つまり今まではあれで、リミッターをかけていたという事。
鎧に刻まれた亀裂、鎧の隙間、兜の穴、その奥から真紅の光が漏れ出す。黄金の魔力の奥に血のように赤い魔力が荒れ狂い、今まで見てきたカルウェナンとは別人のように、魔力が大きく膨らむ。
本気…その言葉がなんともしっくりくるほどに、カルウェナンは真の力を発揮する。純白の鎧に亀裂から差し込む赤い光、そしてそれを包む黄金の魔力…これが、極致のカルウェナンが本来持つ、全力。
「さぁここからが本番だ、全力を尽くし合おう…!」
「こ、ここから…本番ですか…参ったな……」
思わず呆然と立ち尽くし、握った拳を解いてしまう。今まででも手がつけられないくらい強かったのに、まだ強くなったよ…こいつ。しかも全然元気…対するこっちは全部出し切って、もう出涸らししか残ってない。
これは…流石に無理かもしれない……。
(勝てない…こいつには……)
心が折れそうになる…こいつを倒す、デティを助ける、その信念だけでなんとか立っているが、分からない。それがいつまで持つか、エリスにも…。
…………………………………………
「嘘だろ…カルウェナンの奴、全力を出してないと思ったら、あんな力まで隠し持ってたのかよ…」
一方、瓦礫の上で倒れ伏すラグナは…体を引きずりながらエリスの手助けをしようとなんとか立ち上がるが、すぐまた尻餅をついてしまう。ここに来て今までのダメージが限界を超えてしまった。
そこに来てあのカルウェナンの全力。これは相当…いや、絶望的にやばい。完全に誤算だった、四人で倒せる…なんてレベルを大きく逸脱している。デティも魔力を封じられ動けないし、やばい…まじでやばい。
(どうする、どうすりゃいい…どうすればあの怪物を倒せるんだ)
浮かばない、何をやっても弾かれるイメージしか湧かない。
これほどかカルウェナン、トラヴィスさんが手を出すなと…ただ単独でトラヴィスさんを恐れさせるほどの実力とは、これほどなのか。
「クソッ、せめて…エリスを助けないと」
それでも戦いを止めるわけにはいかない、エリスを助けないと…そう思い立ち上がり、エリスの元へ向かおうとした瞬間。
「待て、ラグナ…」
「メルクさん…?無事だったか」
「無事な物か、もう戦えん…」
そこにはぐったりとしたメグを背負うメルクさんの姿があったが、彼女もかなり状態が悪い、もう戦わせられない。俺もいつまで戦えるかわからない…とてもじゃないが、さっきの連携と同じ真似はできない。
だがカルウェナンを倒すにはさっき以上の火力が必要だ。けどどうすれば……。
「ラグナ、一つ…いい手がある」
「なに…?マジかよメルクさん」
「ああ、これはエリスもお前も嫌がるだろう、出来るなら使いたくない手だったろう…それでも、やるしかない」
そういうとメルクさんは最後の力を振り絞り、魔力覚醒を行うと…。
「これは賭けだ、どうなるかは私にも想像が出来ん…だがもうこれしかない」
それは、メルクさんが最後の力で作り出した錬金術、そしてもたらされたその作戦とは……文字通り、全てをエリスに賭ける。一世一代の大博打だった。