618.対決 魔解の『参謀』シモン
『極致』のカルウェナン、今回の戦いにおける最大の障壁。その実力は明らかに今の段階での戦いのレベルを大きく逸脱しておりエリスでもラグナでもまるで通用しない、なんなら一度は八人の弟子全員を相手にして軽く捻るように撃破してさえいる。
そんなアイツを倒さなくては俺達はデティの元へ辿り着けない。なら倒すしかない…だが。
「『烈』ッ!」
「ぐぅっ!?」
「ラグナ様!」
「どこを見ているッ!」
「キャッ!?」
神殿街シュレインの最奥にて悲鳴と絶叫が木霊する。戦っているのはカルウェナン、そしてラグナとメグの三人だ。奥にある扉を越えれば先にはデティがいる、それは間違いないのだが…ここまで来てラグナ達の歩みは止まってしまった。
「さぁ立て若人、敵は今も滾っているぞ!」
「ぅぐ!?くぅ…!」
倒れ伏したラグナを掴み上げ更に殴り飛ばすカルウェナンの拳を受け、ラグナはよろめきながらも立ち続ける。二人はカルウェナンを前に苦戦している…なんてレベルじゃない、正直勝ち目さえ見えないくらい今絶望的な戦いを強いられている。
本当なら、もう少し勝負になる予定だった…だがそれもこれも全て狂った。
(クソッ、エリス…ナリア…まだか!)
ラグナは一人拳を構えながら耐え続ける。本来ならカルウェナンには四人で挑む予定だった、が…寸前でエリスとナリアの二人と逸れてしまった。現状エリスとナリアは行方不明、生きているかも分からない…いや生きていると信じるしかない。
二人が来ないことには戦いにならない、だから俺は今ここで耐え続けることしかできないんだ。
「メグ……」
「くっ、ダメです!やっぱり時界門が繋がりません!二人を呼び出せません!」
「どうなってんだ…」
一応メグに頼んで二人を呼び寄せてもらおうかと思ったが、最悪なことに繋がらないのだ。ここぞって時に…だが二人は恐らく何か想定もしていない事態に巻き込まれてしまった可能性が高い。
自力で、戻ってきてくれるといいんだが…。
「さぁドンドン行くぞ、敵陣の最奥まできているのだ!今更準備不足でしたなどと言うつまらん言い訳は聞かんぞッ!」
「分かってるよッ!!」
再び拳を構えるカルウェナンと渡り合う、素早く踏み込み相手の踏み込みを牽制しつつ懐に入り拳を振るうラグナ、しかし…。
「何も変わらんな、お前は」
受け流される。カルウェナンに当たる寸前でラグナの拳が横側に押し出され打点をずらされて、空を切る。タネは分かっている、カルウェナンの防壁がラグナの打撃を受け止めつつ横側へ逸れたんだ。
つまり、カルウェナンは防壁を使って攻撃を受け流している。まるで手を使って相手の攻撃を受け流すように。はっきり言って意味がわからないくらい凄い、俺にはここまで流動的に防壁を扱うことなんて出来そうに無いと初見で思ってしまうくらいだ。
「ガラ空きッ!」
「がはっ!?」
そして無防備になった俺の顎にカルウェナンの拳が炸裂する。魔力を凝縮し、圧縮して固めた防壁を纏っての打撃。これがまた効く、俺の熱拳一発と同じ原理だがそれを遥かに上回る練度と技術で放たれている。とてもじゃないが防ぎ切れるもんじゃない。
「『烈』ッッ!!」
「ぐぁぁあああああ!?!?」
そのまま手を開き、放たれた魔力砲弾が俺の体を打ち据え爆裂と共に吹き飛ばす。……これが基本的な流れだ、俺はそうやって常に打ちのめされている。
カルウェナンは魔術を使わない、覚醒も魔力事象を消して身体強化と魔力増強に使っている。奴はただただ純粋な身体能力と技術力と魔法の巧みさだけで戦ってくる。打撃の練度一つとっても俺やガウリイルを遥かに上回る、魔法の巧みさで言えばエアリエルでは勝負にならない。
その技の名前、或いは覚醒の名を『九字切魔纏』…常時展開する『臨』を始めとして『兵』『闘』『者』『皆』『陣』『烈』『在』『前』の合計九つの型を適宜に応じ切り替え戦うスタイル。
小細工なし、ただ鍛えて磨いた技だけでこいつは最強の座に座っている。八大同盟の最強幹部はその手の傾向が非常に強いが…カルウェナンはその中でも際立っている。下手すりゃ殴り合いの技術ならレグルス様の肉体を乗っ取ったシリウスと同等と見てもいいかもしれない。
どう見ても、今の俺達が戦っていいレベルじゃねぇよ…。
「このッ!よくもラグナ様をッ!」
瞬間、メグが次元を移動しカルウェナンの背後を取るが…。
「それはもう見切った、出たり消えたりするだけで…何が出来る」
「んぐっ!?」
カルウェナンはメグに目も向けず、ただ腕だけを伸ばしメグの首を掴む。メグの覚醒が完全に見切られ始めた…クソがッ!
「メグを離せッッ!!」
「離させてみろ」
咄嗟にメグを助けようと飛び掛かるが、飛んできた鋭い蹴りが俺の腹を叩き抜き衝撃に押し飛ばされ壁に叩きつけられる。
「そら、お望みの物だ!」
そして同時に、壁に叩きつけられた俺にメグが投げつけられ…壁が倒壊するほどの衝撃が周囲に走る。
「ぐぐ…」
「ッ…私の覚醒が通じないなんて……」
「ふむ、最初に会った時より幾分強くなったな。以前までのお前達ならこれくらいで動けなくなっていたはずだ」
折り重なるように倒れる俺とメグを、カルウェナンは見下ろしながら腕を組み語り出す。
ああそうさ、俺たちも強くなった。修行を乗り越え強くなったはずなのに…。
「正直ラグナ、君の成長には目を見張る物がある。以前会った時とは別人レベルに強くなっている…が、まだまだ小生の敵ではないな」
「クソッ……」
通じない、修行の成果が…。このままじゃマジで一方的にやられる。
(エリス…ナリア、…今どこで何やってんだ…!)
耐えるしかない、今はとにかく…二人が来てくれることを信じて、やるしかないんだ。
だから頼むぜ二人とも。早く来てくれよ…。
…………………………………………………
「君はサトゥルナリア・ルシエンテスだね?データにあるよ、魔女プロキオンの弟子だとか」
「クッ……」
アナフェマの行った迷宮崩壊に飲まれて、僕は足を取られラグナさん達と逸れてしまった。僕にはカルウェナン打倒の援護という大役があるのに全く別の空間に出てしまった。
早くラグナさん達と合流しないといけない、なのに…今僕は。
「ふふふ、興味深いね」
「ッ邪魔しないでください!」
僕は今、どこかも分からない何故の空間にいる。無数の培養槽と研究資料、そして設備が取り揃えられた地下空間。そこで待っていた男…参謀シモンと名乗る男が僕の前に立ち塞がる。こいつが何をしようとしているかはわからない…けど一番の問題は。
「エリスさんを解放してください!」
エリスさんが捕まっていること。突如放たれた拘束具によって壁に磔にされ、電流によって意識を奪われ捕まってしまったんだ。僕だけがここから逃れても意味がない、主力であるエリスさんが解放されない限り僕だけがカルウェナンのところに行っても意味がないんだ。
何よりエリスさんを見捨てて、僕だけ逃げる気になんて…到底なれない。僕がこの事態を招いたんだ、僕がなんとかしないと!
「エリスさん!起きてくださいエリスさん!」
「無駄ですよ、その首輪がある限り彼女は起きない。『意識を奪う魔力機構』…これで拘束しなければ彼女は簡単に拘束から逃れてしまいますから」
「ならそれを壊せば…!」
僕はエリスさんに飛びつき磔にされたエリスさんの首輪を壊そうとする。首輪というには大きすぎる、胸全体を覆うようなそれに魔術陣を書き込み破砕しようとするが…。
「お勧めしませんよ、それに触るのは」
その言葉と共に、光が溢れ、電流が走る。首輪に触れた瞬間凄まじい電流が僕の体を駆け巡り、焼き尽くす。
「ぅぎゃっ!?」
「その首輪を破壊しようとすれば電流が流れる仕組みになっています、触れない方が賢明ですよ」
「ぐっ……!」
まずい、触れなきゃ魔術陣を書き込めない。それ以外の方法だとエリスさんを傷つけかねない、意識がなく防壁を張れないエリスさんを下手に傷つけると、この後の戦いにも影響が…。
「それにやめてください、彼女を解放しないで。孤独の魔女の弟子エリスには個人的に用があるんです」
「何が個人的な用ですか!ふざけないでください!」
「うーん、というかねぇ、そもそもこの場所を見られてしまった時点で…君は生かして返すわけにはいかないわけだしねぇ」
するとシモンは後ろに手を回しながらコツコツと僕の周りを歩き始める…。
「この場所はね、イシュキミリ様にも内緒にしてあった場所でしてね。座標隠しの魔力機構を張り、魔力妨害仕様の壁面を用意し、入念作り上げた私だけの研究所だった…それをね、見られてしまったしね」
「イシュキミリさんにも…内緒に…、貴方イシュキミリさんの部下なんですよね。なんであの人にまで内緒に…」
「別に貴方にいう必要はないですよね。貴方はここで死ぬわけですし…」
「や、やる気ですか!」
シモンはこの組織の参謀、幹部ではないが敵だ。もしエリスさんを傷つけ僕と戦おうというのなら容赦しない。そういう風に僕が拳を構えるとシモンは慌てて両手を振って。
「ま、待った待った!私はマゲイアやカルウェナンのようなびっくり人間じゃなくて普通の人間なんですよ、戦えませんよ」
「へ?貴方弱いんですか?」
「そりゃまぁ、魔術研究家なので…。魔獣遺伝子の取り込みとかしたら魔獣の意志に乗っ取られそうですし、とてもじゃないですが戦えませんよ」
な、なんか拍子抜けだな。というかそんなに弱いならなんでこの場で偉そうに出来るんだ。
「と、ともかく!僕は乱暴なのは好きじゃありませんがエリスさんを解放しないと、えっと…凄く痛い目に合わせますよ!」
「それは怖い、魔術陣で攻撃されでもしたら私は死んでしまう。ですがこう言う事は出来るので抵抗させて頂きます」
そう言うなりシモンは指を鳴らす、すると周囲に並べられていた培養槽が突如として割れ、中から黒い触手が液体と共に溢れ僕に向けて飛んでくるのだ。
「ッ!?何これ!?」
「あ、改造魔獣です。魔獣の肉体を弄り理想の魔獣を作り上げれば獣人兵の強度も飛躍的に向上しますから、とは言えこれは失敗作でしてね…私の呼びかけに応じて姿を変えるだけの、動く粘土のような物です」
飛んできた触手を回避すれば、その触手は地面に突き刺さり即座に形を変えドロドロと粘土のように蠢きながらシモンの周囲を漂い始める。なんだよ、武器あるじゃんか…いや当然か、この人だって無策ならあんなこと言わないよ。
「申し訳ありません、私はこれからしなきゃいけないことが沢山あるので貴方のことは早急に殺さねばならないのですよ」
「殺されません、僕は絶対!エリスさんを返して頂きますから!」
「そうですか、頑張ってください」
粘土のような魔獣が刃となり再び飛来する、意思を持った武器…凡ゆる形になって飛んでくるのか、攻略は難しそうだ。けどシモン自体には力はないんだ、そこを上手く突けばきっと倒せるはずだ。
「『衝爆陣・武御名方』ッ!」
魔術陣を書き込んだカードを投げ爆裂を作り出し飛んできた刃を消し飛ばす…がダメだ、いくら吹き飛ばしても直ぐに空中で集まって元に戻ってしまう。破壊は難しいか…?
「おお!それが古式魔術陣ですね、いやぁ初めて見ましたよ。やはり欲しい、貴方も頂くとしましょう」
「欲しい…何言ってるんですか!」
飛んできた刃をクルリと空中で身を翻して回避しながら、喜びながら僕の戦いを見るシモンに疑いの目を向ける。こいつは何を言ってるんだ…?欲しい?あげないしそもそもあげられる物でもないよ。
「古式魔術ですよ、それは魔術の本来の姿です。今世に蔓延る偽物とは違う、魔術本来の形であり純度の高い魔力事象を人の意思で生み出す絶技…素晴らしいと言わざるを得ないでしょう」
「貴方、魔術解放団体ですよね」
「魔術廃絶を訴えているのはイシュキミリだけですよ。ああ、あと組織内にいる極小数の彼のシンパくらいですか…私は彼とは違い魔術を愛しています。まぁ彼には言いませんがね」
「何を言って……」
シモンはくつくつ笑いながら粘土型の魔獣を指先で操り僕を見る。見た目は冴えない男だ、けどそのメガネの奥に溢れる狂気、害意、悪意は…今まで僕が見てきた誰よりも濃くて。
「この際だから言っておきましょう、イシュキミリは我々にとって『ただ都合のいい頭』でしかない。カリスマ性があって実力もある、だから担ぎ上げているだけで甘ったれの彼に真に忠誠を誓う者は少ないです」
「はぁ…?イシュキミリさんを、なんだと思ってるんですか…!」
「何って、私と先代会長で作り上げた…『理想の王』ですよ」
理想の王、そう語るシモンは両手を広げ口角を上げる。
「先代会長が組織を去ることになってしまった以上新たな頭領がこの組織には必要だ、だが私やマゲイアはトップに立って主導できるタイプじゃない、カルウェナンは論外だ。だから彼を連れてきた、外部から…」
「連れてきた…?まさか貴方……」
「ええ、いやぁ我ながら良い作戦だったと思いますよ。彼の心を歪め我々にとって都合の良い王に仕立て上げる作戦、見事成功を収めたのですから!」
……僕はチラリと自分の胸を見る。そこにはトラヴィスさんの遺書が収められている。そこにはイシュキミリさんが歪んでしまったと思われる一つの事件について書かれていた。
彼は死者蘇生を目指していた、その過程で母が死に…姉と慕うポワリなる女性が死に、そして最後には自分の過失でトレセーナという女性を死なせてしまったと。
それはあの人が僕との修行の中で語った話と同じだ、死なせてしまったと、かつて共に修練に励んだ人間を死なせてしまったと。つまり彼は今もその事を引きずっている…だがそれが彼の歪みだというのなら、まさか…。
「全ては彼の方の指示から始まった、才覚を持ち歪みを抱えたイシュキミリこそ新たなる王に相応しいと、だから私は側で彼を動かし彼を誘導した、いやそれよりも前から私の活動は始まっている、ポワリなる女性を殺害し彼を孤独にする為手を回し会長以外依存する先を無くし意のままに操る、嘆きの慈雨を作り変え彼の退路を断つ、全てが上手くいった、全てが。どれもこれも私の掌の上で動いている、私こそイシュキミリを操る真の御者としてあのお方に選ばれたんだ…ふふ、あははは!」
まるで自分の成果を誇るように興奮してあれこれと喋るシモンの姿を見て絶句する、じゃあ何か、こいつか?こいつのせいで…イシュキミリさんは───。
「…おっと、喋り過ぎてしまいました。興奮すると饒舌になるからいつも冷静でいろと言われていたのに、失敗失敗」
「……お前か」
「ん?何がですか?」
「お前かって、聞いてるんだ。イシュキミリさんを…彼をそっちに引き摺り込んだのはッッ!!」
そう僕が吠え立てればシモンは悩んだようにコンコンと額を指で叩いて考えながら。
「えぇ〜あぁ〜、こちら側に引き込んだかと言われれば怪しいところはあります。そもそも彼にはこちら側に立つ素養があったので遅かれ早かれ彼はメサイア・アルカンシエルに来ていた可能性はありますしそもそもの立案者は先代会長なわけですし、この場合の原因にスポットを当てるとなるとこの一件は非常に難解かつ複雑で、具体的にどこに要因があったかを語るのは難しいですが…端的にいうなれば、うーん…」
腕を組み、しばらく考え込んだ後、あれはニタリと口角を上げ…自らの胸を手で指し。
「『はい』…と答えておきましょうか。ポワリを殺したのも、嘆きの慈雨の改造そのものを行ったのも、彼を追い詰めたのも、全部私ですから」
「ッッ……!」
怒りが込み上げる、イシュキミリさんは敵だよ、僕達にとって敵だ…だが僕個人にとっては、恩人なんだ。
こいつは知ってるのか、イシュキミリさんが僕に修行をつけていた時の楽しそうな顔を。あれは演技なんかじゃない、断じてない。彼は心の底から『誰かに何かを教えるのが好きな人』だった。どれだけ歪もうともそこは変わらないくらい、彼の本質はそこだった。
本当なら、トラヴィスさんみたいに誰かに何かを教える立場に立ち、大勢を導いていたかもしれない人を、ここまで歪ませて…それを誇るなんて。断じて許せる話ではない、決して許容出来る事柄ではない!
「お前ェッ!!!」
「ふふふふ、彼は良い王になれる。我々メサイア・アルカンシエルが作る新たなる世!先代会長が提唱する『魔術支配世界』!凡ゆる者から魔術を取り上げ支配者層だけが魔術を行使する世界!それを我々は作り上げる!その旗印こそがイシュキミリなのだ!」
「そんな勝手をあの人に押し付けるな!」
「押し付けではない、彼が心から望んでいるんだ。まぁその心を押し付けたかと言われれば返答に困りますがね」
再びシモンが指を鳴らす、迫る触手が槍となる。だが恐る必要はない…こいつは倒さなくちゃいけない事に変わりはないが、それでもやはり、許せなくなった。尚の事許せなくなった、絶対に…僕が!
「僕は、イシュキミリさんから色々な事を教わった。修行をつけてくれている時のイシュキミリさんの目は!嘘偽りのない物だった!それを歪めたお前らを…許さない」
「む……」
跳躍と共に触手を回避しカードを一枚握る。この粘土に攻撃しても意味がない、狙うはシモン…それで───。
「『穿火陣・火遠理』!」
カードを翻せば光る紅の輝きが炎となり、一気に触手の間を縫ってシモンに迫る…がしかし。僕の炎はシモンに触れる前に方向を変え、四方に散ってしまうのだ、まるで見えない壁に阻まれたように…。
「なっ!?」
「防壁魔力機構ですよ。私のような研究者が鎧も着ないで貴方のような実力者の前に現れたとでも?」
魔視眼に切り替えてシモンを見る…するとどうだ、シモンの前面には部屋を両断するほどの大きさの防壁が張られているではないか。分厚く広く隙間がない…完全に僕のいる場所と奴の立つ場所を分けるような巨大な防壁、あれは抜くのは…無理かも。
「私は研究者です、故にこれは闘争ではない。私は安全な場所から粘土型魔獣を操作し君を痛めつける。君に出来るのは私への攻撃ではなく可能な限りの抵抗だけですよ」
「ッ……くそぅ…!」
「ここに君達が来たのは誤算でした、ですが…不運でしたねぇ」
痩せぎすで冴えない顔をしたあのメガネの男が、今僕には堪らなく不気味に見える。他人の人生を狂わせた事を笑い、抵抗出来ない人間を痛めつけることに何の感情すら見せずに動き続ける。
狂人ではない、異常者だ。彼は心の底から歪んでいるんだ…今のイシュキミリさんなんて相手にならないくらい、根底から捻じ曲がってるッ…!
「しかし私が想定していたよりも古式魔術陣の威力が弱いな、私の想定ではもう少し効果は大きいはずなのですが…これでは現代魔術、それも少し強めの。君本当に魔女の弟子ですか?」
「ぁがっ!?」
そして続け様に飛んできた粘土型の魔獣の打撃を受け、僕の体はゴロゴロと地面を転がり…意識を失ったエリスさんの前へと、倒れ込む。
(……まだか…、まだ見てない)
チラリと倒れながら僕はエリスさんを見る、するとその行動を観察していたシモンは顎に手を置き。
「ふむ、まさか時間を稼いで孤独の魔女の弟子エリスが目覚めるのを待っているのですか?さっきも言いましたが意識を奪う首輪がある限り彼女は目覚めませんよ。無駄ですよ無駄」
「…………」
分かってんだよそれくらい、僕が待ってるのは『エリスさんじゃない』んだ。けどこれがバレるわけにはいかない、今はただ…時間を稼ぐしかない。そして、攻め続けるんだ。
「……シモン、お前のせいで、イシュキミリさんはお父さんを殺しているんですよ」
「おや、何の話をするかと思えば…。トラヴィス卿を殺させたのは私ではありませんしこの件に関しては完全に誤算ですよ。私にとっても好都合でしたが」
「違う、お前が歪ませたんだ…くだらない、くだらない目的の為に!」
「くだらないとはまた、言いますね。だが何とでも言いなさい、私は先代会長の言葉に夢を見た!魔女は憎いがその統治体制は完璧だ、絶対の力を持つ魔女が力を持たない人間を支配する、この構図は考えられる限り最高の統治だ。だから我々もそれを模倣する、それが魔術の独占、何が悪い。魔女だってやってるだろう」
「その先代会長とやらも間違ってますね!イシュキミリさん一人を歪めて利用して、そんな奴が世界を支配なんかできるわけありませんよ!」
「会長をバカにするか!あのお方はな!完璧なのだ!本部からのくだらない要請さえなければ今も我々を導いていたしイシュキミリよりもずっと効率よく行動していただろう!」
とにかく口を動かし奴の注意を引きつつ情報を引き出す、こいつは熱中するとベラベラと喋る癖がある。言ってはいけないことを口にする節がある。事実彼は今…僕に言ってはいけない事を言っている。
例えばそう…。
「その先代会長って誰ですか?」
「え?」
シモンの顔色が初めて変わる、しまったと…言ってはいけないことだったと。やはりビンゴ、奴はここを突かれたくない。だって個人名を出さず役職名でずっと呼んでるんだ、きっと奴はその正体を隠したいはずだ。
だが奴は情報を出し過ぎた。イシュキミリさんを真に歪めた男の正体を…。
「言ってましたよね、その会長とやらと一緒にイシュキミリさんを歪めたって。つまり今回の一件にその先代会長とやらは関わっている、けどメサイア・アルカンシエルには所属していない」
「な、何が言いたいのやら」
「そして貴方はトラヴィスさんの死を私にとって『も』って言いましたよね、つまりもう一人いる筈です、トラヴィスさんが死んで好都合な人間」
「い、言ってません」
「メサイア・アルカンシエルに所属せず、イシュキミリさんに影響を与えられて、尚且つトラヴィスさんの死を喜ぶ人間…僕一人しか思い当たりませんよ」
「や、やめろ。その名は秘匿するよう固く言い含められて…」
知るか、言ってやる。でなきゃお前は『見ない』だろう?だから言う!
「その先代会長って、メサイア・アルカンシエルの本来の支配者って…魔術理学院の本部院長ファウスト・アルマゲストなんじゃないんですか!?」
「ッ……」
どうやら大当たりだ、奴の顔を見れば一発でわかる。そもそもポワリという女性は魔術理学院本部に向かって、そこで死んだと遺書に記されていた。つまりポワリさんは魔術理学院本部…ファウスト・アルマゲストのところに行って死んだんだ。そして奴等は計画の為にポワリさんを殺しイシュキミリさんが歪む原因を作った…。
ファウスト・アルマゲスト…イシュキミリさんが師匠と慕う彼こそが、イシュキミリさんを歪めた張本人にして諸悪の根源だったんだ。いや…まだあるぞ。
「もしその先代会長とやらがファウスト・アルマゲストなら。…貴方言いましたよね、『本部からの要請がなければ』って…つまりファウストはマレフィカルム本部の命令で組織を離れた、なら今どこにいるんでしょうか…」
「…………」
「トラヴィスさんは言いました!この国の要職にはマレフィカルム本部の大幹部達!セフィラが忍んでいると!なら魔術理学院の本部長であるファウストだってそれに当てはまる。…つまりファウストはセフィラですね?」
「ッ……!」
掴んだ、掴んだぞ。マレフィカルム本部に繋がる情報の一つを!
ファウストはセフィラだ、この国の要職を掴むセフィラの一人だ、レナトゥスやマクスウェルなどと同じマレフィカルム本部の人間だ、こいつを捕まえれば本部の場所が分かるかもしれない、そう言う重要な情報をお前は僕に渡したんだよと僕はニタリと笑う。
「な、なんてことだ…私が、ファウスト様の足を引っ張ってしまった…?よりにもよって魔女の弟子に…!」
こいつらなら、僕達がマレフィカルム本部を探していることだって知っているはずだ、なんせそれはイシュキミリさんの前で話しているから。ならばこいつは焦る筈だ、マレフィカルム本部を探す敵に本部で働く親愛なる先代会長ファウスト様の正体を自ら明かしてしまったのだから。
青ざめ、震え、焦る。そしてきっと、こう思う。
「い、いやまだだ!ここでお前を殺せばこの情報は外には漏れない!私へ水は発覚しない!」
(来た…ようやく…『見た』!)
ギラリと殺意が光る瞳でシモンは僕を見る。そうだよな、僕を殺すしかないよな!でもそれならお前は何をする?お前は僕を殺す力を持っていない、ならば…。
「行け!魔獣達!」
粘土型の魔獣が槍の形になり、鋭く尖って僕に向けて飛んでくる。僕を串刺しにするつもりだ…だから僕は。
「ヒッ…!」
と声を上げてみる。恐怖する僕を見てシモンはやはり饒舌になり。
「ふはは!無駄だ!何をしても!それを破壊出来ないことはお前も知っているだろう!もう何をやっても無駄だ!!」
笑う、僕を殺せると。喜ぶ、僕を殺せると。だから魔獣の槍も僕を狙って迸る。そして槍は一直線に僕に迫り…その胸を貫き、僕を死に至らしめる。
「へ?」
……わけ、無いよな。
驚くシモン、魔獣の槍は確かに貫いた…だが僕をじゃ無い。僕に迫った槍は寸前で行方を変えて弾かれるように上方へと飛んでいった…、当たらなかった、弾かれた、何に弾かれた?決まってる…それは。
「魔力防壁だと!?使えたのか!?」
「えへへ……」
チロリと舌を出して、僕は前面に突き出した防壁を誇るように笑う。そう、魔力防壁、それで槍を上に弾いたんだ。シモンは驚く、使えたのかと、勿論使えるよ…だってこれは!!
「いや!使えるか!イシュキミリが教えていたんだった!忘れていた…!?」
イシュキミリさんが教えてくれたんだよ!お前の歪めたあの人が僕に教えてくれた技だ!
そして否定する点があるとするなら、これは単にシモンが忘れていたわけじゃない。忘れるよう、思考の外に可能性を追いやっただけ、その為に僕はここに来てから一度も防壁を展開しなかった、いくら傷つけられても使わなかった。
その上でシモンを挑発した、挑発して奴に『僕だけを見るよう仕向けた』。奴は僕を冷静に観察してたからね、冷静に考えたら僕が防壁を使えることに何ですぐに気がつく。だから僕を見せる必要があった。
防壁を縛り、挑発して、幾多の条件を揃えた上での奇術…見事に成った、ならばもう終わりだよ。
「ハッ、だが槍を一撃防いだところで何になる!次は防壁を考慮した上で…」
「次?次なんて無いですよ」
「は?」
バカだな、本当に参謀か?僕の狙いがただ一撃防ぐためだけだと思ったのか?僕がここまでのお膳立てをして動いてきたのがただ一発防ぐためだけだと思ったのか?違う…違うよ。
「僕はこの戦いを終わらせたいだけですよ…ねぇ?エリスさん」
「は?え?……あぁっ!?槍が…!」
そう、槍を上に弾いた先に何がある。防壁を使って弾いて僕は槍をどこに飛ばした?僕はどこに立っている?僕は今…エリスさんの前に立ってるんだぞ?なら弾かれた槍が向かう先は。
「拘束具に!刺さって…!」
弾かれた槍は、エリスさんの意識を奪う首輪に突き刺さり…バチバチと電流を流しながら、パックリと割れる。この首輪は僕には壊せない、なら僕以外に壊してもらう必要がある。
この空間にいるのは、僕と魔獣だけだ。なら魔獣にやって貰えばいい…だから誘導した、だから誘った、だから挑発した!全ては!この瞬間のためにッ!!
「エリスさんッッ!!」
「ッッッ……今!起きました!状況はァッ!!!!」
瞬間、首輪を破壊され意識を取り戻したエリスさんが拘束具をミシミシと粉砕し、力任せに引きちぎり。復活する。よし、これで第一条件は達成だ…。
「すみませんエリスさん!僕のせいで地下に!エリスさんは早くラグナさん達を助けてあげてください!」
「……ナリアさんは?見たところ戦っているようですが」
「僕は……」
懐からカードを取り出す、大丈夫。僕は大丈夫、僕が闇雲に戦っているように見せていたのは飽くまで演技、本気で戦ってない…エリスさんを助けるのを優先したかったから本気を出すわけにはいかなかっただけ。
だから……。
「アイツは僕が倒します、エリスさんは上に」
「……フッ、わかりました!任せますよ!そして急いで追いついてくださいねナリアさん!!」
「はいッ!!」
その瞬間エリスさんは冥王乱舞を使って加速し、天井を引き裂いて地上を目指す。これでラグナさんのところにエリスさんが向かえた、多少は状況も良くなる。あとは……。
「ああああああ!!!孤独の魔女の弟子が!エリスが行ってしまう!ダメだそれは!奴の体がなければ!私は!私の研究成果が!取られてしまう!ダメだダメだダメだ!!」
「あとは、貴方を倒すだけですね」
「ッッ…サトゥルナリアぁぁああああ!!!」
「引き続き、僕だけを見ててください」
あとはこいつを倒して僕も向かうだけだ。…倒さなくても良いかと言われれば倒さなくていいんだろう、こいつを倒す前にラグナさん達を助けに行くべきなのだろう…それでも。
やっぱり許せないよ、僕は。あんな優しいイシュキミリさんを自分の都合で歪めたこいつらを。
「許さない許せない許さない許せない!お前だけは殺してやるサトゥルナリア!」
「好きにしなさいッ!」
瞬間、僕は向かってくる魔獣の刃を飛び越え…シモンを睨む。
全ては悲劇だった、悲劇だったとしか言えない。イシュキミリさんがああも歪んでしまったこと、イシュキミリさんがそうすることでしか生きられなかった事、こんな奴らに目をつけられたこと、そしてそれを守る人が近くにいなかったこと。全てが悲劇だった。
何より悲劇だったのは…イシュキミリさんがトラヴィスさんを『誤って殺してしまった事』だ。
『これを読んでいる誰かへ残す。南部守護者トラヴィス・グランシャリオは、きっとこの手紙が発見される頃には死んでいることだろう、そしてきっとその犯人が我が息子イシュキミリであることにも、気が付いている筈だ』
必死で身を動かし、身を捩り、刃を躱しながら思い浮かべる文面に滲む悔しさと悲しさと、それでもトラヴィスさんの息子を思う気持ちが胸を打つ。
トラヴィスさんはイシュキミリさんが歪んだと思われる全てを書きながらあの場で何があったかを書き記していた。イシュキミリさんは反撃したのだ、トラヴィスさんに向けて反撃したのだ。反撃が魔力の刃となりトラヴィスさんの命に届いてしまった。それがあの場の真実だ…。
ではトラヴィスさんは何故イシュキミリさんの反撃にあったのか、攻撃したのか?違う…そもそもトラヴィスさんはイシュキミリさんを害するつもりなど全くなかった、罰を与えるつもりなんか全くなかった。
『イシュキミリの罪は私の罪だ、彼への罰は即ち私へ罰だ、私は南部グランシャリオ領の領主を降りイシュキミリと共に贖罪の旅に出るつもりだった。息子に対して甘いと言われれば甘いのかもしれない、だがイシュキミリの歪みの始まりが私の臆病さが由来であるならば私は勇気を出して彼と向き合おうと思っていた。故に二人で共に罰を受け罪を背負う心算でいた』
『だがイシュキミリの歪みは私の想定以上だった、何より私に責められイシュキミリの精神的動揺が想定よりも大きかった。或いは彼は許されないまでも何処かで私に理解して欲しくてあの場に来たのかもしれないな。それを否定されたからこそ彼は動揺した、それ故に魔力が荒れ狂い、私はそれを鎮めようとした。だがどうやらそれが攻撃に見えたようだ、私は誤ってしまった。きっと世は、君達は、イシュキミリは私が殺された物と思っているだろう』
『だが違う、全ては私の不徳が招いた結果。全てを息子に押し付ける形にしてしまった事は無念だが、出来るならイシュキミリを止めてやって欲しい。あの子は私に似て変に真面目だ、私を殺したことで箍が外れる可能性がある。だが外道に落とすにはあまりに心苦しい』
『叶うならば、この文を見つけていることが魔女の弟子達である事を望む。君達の鍛錬を最後まで見れず申し訳ない、だが教えられる事は教えた、後は前へ向け歩いていけば…きっと究極の領域へ至れる。その姿を見れない事は悔しくもあるが。未来への萌芽、遺して逝ける事を喜ばしくも思う』
『至らぬ私の過ちを押し付けて申し訳ないが、後は頼む』
……死ぬべき人ではなかったと僕は、この文を読んで思った。イシュキミリさんがあそこまで歪んでしまった決定的な要因はきっと父を手にかけてしまったからこそなのだろう。だが反撃したと言う事はイシュキミリさんはお父さんに殺されそうになったと思い込んだ部分がある筈だ…。
だから歪んだ、人として。父に拒絶され剰え殺されそうになり、そして殺してしまったと言う事実によって。
せめて、そこだけでも僕は訂正しなくてはならない。イシュキミリさんに伝えなくてはならない、トラヴィスさんはイシュキミリさんを殺そうとしていたわけではなくただ罪を償って欲しかっただけ、その為にトラヴィスさんさんは全てを捨てても良いと考えていたことを。
そして、そんな状態に至りながらもトラヴィスさんは最後の最後までイシュキミリさんの身を案じたことを。伝えなくちゃいけないんだ…残された者として!
「シモンッッッ!!!」
「くっっ!?さっきよりも動きが良い、捕まえられん!?」
触手を飛び越え、僕はその先にいるシモンを睨む。防壁越しに睨みつける、イシュキミリさんはトラヴィスさんと敵対しながらも、本質では尊敬していた。トラヴィスさんもまた、敵対が分かりながらも、本質では彼を敵として見れていなかった。
確かに二人は向き合わない期間があったかもしれない、お互いの真の心を理解できていなかったかもしれない、だとしても…二人の間には確かに親子の絆があった!
それを引き裂いたのはお前達なんだよシモン!だから僕はお前を許さない!お前達だけは許さない!
「『穿火陣・火遠理』!!」
(さっきと同じ魔術陣…!?だが問題ない、あの火力なら防壁は抜けない!そうだッ!あの魔術が発動し終わった瞬間を狙って奴を拘束すればいいんだ!エリスに破壊された拘束具も一部は生きている!あれを使えば……)
僕は怒りのままに炎の魔術陣が書き込まれたカードを取り出す、それは一度防がれた物だ…だがいい、僕にはあるから…イシュキミリさんの教えが。
そう、僕だけなんだ…イシュキミリさんの本音と触れ合い、その教えを受けた人間は。
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「君には才能がある」
「え……?」
イシュキミリさんと一緒に修行をしていた頃、彼は不意にそう言った。魔力覚醒の修行を未だに完璧な形で遂行出来ず玉のような汗を流す僕を見て、イシュキミリは優しく顔を綻ばせながらそう言った。
「分かるよ、君は今自分の力不足を嘆いているね」
「え、ええ…こんなに付きっきりで教えてもらってるのに何にも物に出来なくて」
「焦る気持ちが湧いてくるのは仕方ないさ、けど何かを覚え会得すると言うのは簡単な事じゃない。何かが出来ない、達成出来ないと言うのは当たり前のことさ」
「でも他の弟子のみんなはもう会得してることですし…」
「それはみんなが既に一定の積み重ねをしているから、そして君は今その積み重ねをしている。ここで焦って急いだり諦めて嫌になるくらいなら、努力し続けたほうがいい」
イシュキミリさんは僕に魔力覚醒を教えてくれている。けどそれが難しくて…感覚は掴めてるんだ、だがそれを実現するだけの実力がない。一番悔しい形だ…けどイシュキミリさんはそれをゆったりと宥めて微笑みながら僕の髪を撫でる。
「それにさっきも言ったが君は才能があるよ、確かにね」
「そうなんですか…?」
「ああ、私が言うんだ。間違いない、それとも才能なんて曖昧な言葉で誤魔化して欲しくないかい?なら具体的に言おう。君は一般的な人間に比べ成長による魔力増加量が著しく大きく高い成長率を持っている、それにかなり初期の段階から難易度の高い魔術と触れ合ってる事もあり感覚が非常に研ぎ澄まされている、後は…」
「い、いえもういいです。なんか褒められてるってことは分かりますから、恥ずかしいです…」
「ふふ、後は…そうだね。多分だが君は僕と同じタイプの魔力覚醒に目覚めるだろう」
「へ?」
するとイシュキミリさんは近くの切り株に座り、腕を組み目を伏せる。同じタイプの魔力覚醒って…まだ覚醒もしてないのに分かるのだろうか。
「分かるんですか?魔力覚醒がどんな形になるか」
「どんな効果を得るかは分からない、だが多分タイプは僕と似ている、状況によって臨機応変に形を変えられる万能の覚醒。出来るならその使い方も教えてあげたいけど…多分目覚めはもう少し先になるだろうね」
「イシュキミリさんと似たタイプ……」
「君は、一人でなんでも出来るよう努めて励む男だ。そしてどんな顔にもなれる男だ、勇猛にもなれる、慈愛を見せること出来る、時に冷酷に、時に情け深く。そんな君に覚醒がもたらされればきっと他の弟子にも負けない力になるはずさ」
だから頑張るんだと彼は僕の弱気な部分を的確に解きほぐし、前を向かせてくれた。それはとても心強く…励みになるんだ。
「ありがとうございます、イシュキミリさん。励ましくてくれて」
「いいんだ、教え導く者として当然のことさ」
そう言って笑うイシュキミリさんは、やはり楽しそうだ…。
「やっぱりイシュキミリさんって、教えるの上手いですし、何より…楽しそうですよね」
「……まぁ、昔はこうなりたいと思っていたからね」
「こうなりたい?」
イシュキミリさんは視線を横に逸らし、遠くでエリスさん達の修行を見ているトラヴィスさんの背中を見つめ…少し、曖昧な表情をする。きっとイシュキミリさん自身、完全には理解していない感情が今、溢れているんだ。
「父は昔から魔術導皇の教育役として家を離れていた。母を早くに亡くし…私は独りの期間が長かった。そのことで父を恨む事もあったし、魔術導皇に対してよくない感情を抱く事もあった」
「イシュキミリさん……」
「けど同時に思ってしまうんだよな、同じ魔術師として父がどれだけ偉大で…誇らしいか。きっと自分も父と同じ立場に立ったら同じことをしてしまうと思えるくらい、私は父を尊敬している。複雑な気持ちだけど…憧れているんだ。誰かに何かを教え残す立場というのに」
それは本音であると僕は判断した、イシュキミリさんは何かを教え導く事に強い憧れを抱き、そしてその才能があった。きっと将来はトラヴィスさん以上の魔導師になるだろう、もしかしたらデティさんが産んだ子供、新時代の魔術導皇の教育役にも選ばれるだろう。
その時はきっと、トラヴィスさんよりもずっと良い教えを魔術導皇に残せるだろう。そうなる未来が透けて見えるくらい、イシュキミリさんにはその才気を感じる。
「きっとなれますよ、トラヴィスさんみたいな魔術師に」
「………」
一瞬、イシュキミリさんの顔色が曇ったのを感じ、僕は何か間違えたのかと焦るが即座に彼は苦笑いを浮かべ。
「とは言え今の私はあれだよ、しがない一介の魔術研究者に収まってるわけだしね、父は私と同じ歳の頃には魔術理学院本部の主任にもなってたんだ、レベルが違うよ」
なんて言い出すのだ、でも…それは違うよね。
「それは違いますよ。そんなこと言ったら僕と同じ歳の頃にエリスさんは魔力覚醒してました。僕は出来てません、けど…今は積み重ねをしている最中、なんですよね。僕と一緒です!」
「積み重ね……か」
イシュキミリさんは考え込む、視線を下に落とし…静かに自分の手を見て…。
「ああそうだな、まさか励ましていたつもりが私が励まされるとは」
「お互い様ですよっ!ねっ!」
「ふっ、よし。それじゃあお詫びに私のとっておきの魔術でも教えようかな」
「ええ!いいんですか!よろしくお願いします!」
イシュキミリさんには誰かを導く才能があった。きっと将来はトラヴィスさんのように誰かの手を引いて歩いていくような優しい人になれるだろう。
と、思っていた。思っていたのに…この時既にイシュキミリさんは、メサイア・アルカンシエルの会長だったんですよね。
けど、でも、それでも…あの時僕に何かを教えるイシュキミリさんに嘘はなかった、それは役者としての名に賭けて言える。イシュキミリさんは自分の憧れを明確にしていた、本当はそうやって生きたいと思っていたんだ。
それを歪めたのは誰だ、彼の願いを阻んだのは誰だ。
プロキオンコーチと並び、僕に大切な事を教えてくれた恩人を……利用しようとしたのは、誰だッッッ!!!
────────────────
「シモン!僕は貴様を許さない!そして…セフィラの、ファウスト・アルマゲストも!僕が倒す!!絶対に!そしてイシュキミリさんの手を引いて僕が彼を正しい道へと導くんだッッッ!!」
「無駄だ!何をしても……ッ!?なんだそれは」
僕は『穿火陣・火遠理』の書き込まれたカードを取り出した、でもそれは一枚じゃない、十枚、二十枚と大量にばら撒いて空中に漂わせた状態で飛び上がり、触手を避けて、シモンを見据える。
これはイシュキミリさんが僕に与えてくれたとっておきの魔術。マレフィカルムに属する者でありながらマレフィカルムにと戦う僕に『これからも無事戦い抜けるように』と願いを込めて与えてくれた奥義。
きっとこれを教えてくれた時、イシュキミリさんは戦っていたんだ。メサイア・アルカンシエル会長としてのイシュキミリと魔術師イシュキミリの間で生まれる歪みと戦って、その上で教えてくれたんだ。
謂わばこれは『魔術師イシュキミリ』が最後に世に残した技…教え導く彼が、せめてと残した良心の結晶!それで貴様を撃つ、シモン!!
「『魔術箋』ッ!!」
「なっ!?それは…イシュキミリの!?」
漂う炎の札が法則性を持って動き、力を放つ。そう、これはイシュキミリさんの開発したイシュキミリさんだけの魔術…『魔術箋』。魔術陣を書き込んだページに付与魔術を与えながら現代魔術を放ち合わせる事で絶大な威力を放つ彼だけの最強の魔術使用法。
それを、僕は与えられていた。魔術陣を扱う僕にはきっと会得出来ると…一から簡単な付与魔樹と現代魔術を教え、使い方を伝授してくれた。
炎を幾重にも重ね、作り上げる灼熱の光。魔術の腕ならイシュキミリさんの方が遥かに上だ、僕には到底辿り着けない領域にいる。だがその差は…古式魔術陣の威力が埋める!
「『炎赫の陣』ッ!」
「まさか魔力防壁ごと!?ま…待て!分かった!私から言う!イシュキミリを説得する!それならどうだ!」
どうもこうもない、お前の存在そのものがイシュキミリさんの人生の汚点なんだ、これ以上関わらせるかよ。
お前はここで消えてくれ、そんな願いを込めて僕は腕を前に出す。袖が捲れ…腕に刻まれた魔力陣が隆起する。
お願いします、イシュキミリさん…どうか僕に力を貸してください。僕がきっと貴方を助けます。デティさんを殺させません…だから!
「───『久那土赫焉』ッッ!!」
それは魔を祓う絶界の赫炎。エリスさんの冥王乱舞による魔術を相殺した現代魔術最高峰の火力にして現代の天才魔術師イシュキミリが生み出した魔術系統『魔術箋』。それを用いたサトゥルナリアの一撃は本来彼が扱う魔術陣の威力を大きく逸脱し…シモンを守る巨大な防壁に衝突し…燃え上がる。
「ぼ、防壁が持たない!イシュキミリ…イシュキミリッ!どう言うつもりだこんな奴にこんな強力な魔術を与えるなんて!馬鹿かあいつはッッッ!!」
「バカはお前だよッ!」
瞬間、防壁が割れる。シモンを守る防壁が爆裂と共に消え失せ…その黒煙を切り裂き、サトゥルナリアがシモンの目の前まで、飛翔する。
拳を構え、怒りを滲ませ、『瞬風陣・志那都比古』を仕込んだ靴で加速し…シモンに向けて一直線に飛ぶ。
「バカはお前だ!計画だの作戦だので!人の人生を操れると思うな!人の本質を変えられると思うな!イシュキミリさんは…魔術師だッ!」
僕がいる限りイシュキミリさんの良心の証明は消えない、悪意の象徴たるお前に僕が打ち勝つ事で意味がある。だから…だからシモン。
「だから!歯ぁ食いしばれぇぇッッ!!!」
「なっ!?──げぐぅっ!?」
突き刺さる、サトゥルナリアの拳がシモンの顔面を打ち抜き、メガネがへし割れ、細枝のような体は容易く吹き飛びシモンの研究成果が大量に飾れた棚に突っ込み、吹き飛ばす。
「ガッ…ぅゴッ…ファウスト…様、私は…私は言いつけ通り…ァガ…」
ガクリと倒れ伏すシモンを見下ろし、息を吐く。悪く思うなよ、これも今までの悪事の積み重ね、その結果なんだ。
「ふぅ…勝った、勝ちましたよ!イシュキミリさん!!」
イシュキミリさん、勝ちました。貴方の技で貴方の人生を歪めた奴をぶっ飛ばしてやりました!貴方の魔術は確かに僕の中で息づいて…あれ?
「あ、あれ。フラフラする……もしかして、魔力使いすぎた?」
ふらりと倒れて尻餅をつく、しまった…魔力を使いすぎた。そりゃそうか…イシュキミリさんの久那土赫焉は本来僕の実力で扱える物じゃないのをイシュキミリさんの創意工夫で完全再現した物。当然負担は大きいし、何よりオーバースペック過ぎる。
けどあの防壁を壊すにはこれが必要だった…仕方ないとは言え、消耗しすぎた。
「…まだ立ち止まれない、ラグナさん達を助けに行かないと」
今から間に合うか、分からない。分からなくとも急げ…ラグナさんは言ったんだ、魔女の弟子が四人必要だと、カルウェナンを倒すには僕とエリスさんが必要だって、エリスさんも早く追いつけって…だから。
「急がないと!」
この戦いには負けられない、イシュキミリさんにトラヴィスさんの話を伝えないと、僕の気持ちを伝えないと、だから…急げ!サトゥルナリア!
…………………………………………………………………
「ぅぐ…ぐぐ……」
「アルクカース人特有のタフネス、その中でも随一の耐久力、見事だアルクカースの王…そこの一点は賞賛に値する、だが…些か無謀だったな」
拳を構えるカルウェナンと膝を突き息を整えるラグナ、二人の戦いとも呼べない絶望的な殴り合いは今も続いていた、続いていたとは言え…一応って感じだ。ラグナがなんとか立ち上がり成立させているが、今ここでラグナが折れればその瞬間戦いは終わる。
俺だってちゃんと全部分かってる。今この状況じゃどうやっても勝ち目がないことくらい。そしてカルウェナンを倒すには俺自身が必要だと言うことくらい。だからまだ負けられない、エリスとナリアが来るまで負けられない。
とは言えなぁ…。
「さぁどうする!ここでやめるか!引くか!?それとも戦るかッ!!」
「戦るに決まってんだろッッ!!」
拳を握り締め、立ち上がると同時に踏み込み、両拳に力を込める。既に魔力覚醒『蒼乱之雲鶴』は使っている、身体能力面ではカルウェナンと互角のはずだ…だが。
「オラァッ!!」
「精細に欠く」
受け止める。俺の渾身の拳、一直線を描く拳による突きをカルウェナンは容易く手を裏返し手の甲で受け止める、と同時に軸足を中心に体を回転させ俺の拳を受け流し勢いをそのままに一回転し拳によるカウンターで俺の頬をブチ抜く。
「ぐぅっ!?」
「ラグナ様!この…アストラセレクション『ヴィーヤヴァヤストラ』!」
殴り飛ばされ壁に叩きつけられる俺を庇うようにメグが風の太刀を手にカルウェナンに迫り、風による加速と共に放つ最速の刃を突きつけ…。
「『風絶ち閃空』ッ!」
「浅く愚鈍、まだまだ修練が足りていない」
閃光のような斬撃を人差し指で弾き返し、そのまま拳を握ったカルウェナンは…。
「『九字切魔纏・闘』ッ!」
「ごはぁっ!?」
次の瞬間にはメグもまた壁に叩きつけられており、防壁を張っていると言うのにそんな物お構いなしに貫通してきやがる!
「もう終わりにするぞ、『烈』ッ!」
「ッメグ!」
咄嗟に体を回転させ立ち上がると同時に飛んできた魔力弾を蹴り飛ばしメグを守る、が──。
「終わりにする、と言っている」
「ぐぅっ!?」
続いて飛んできたのはカルウェナンの拳だ。魔力弾と共に自らも駆け出し、凄まじい速度で突っ込んでくると同時に俺を壁に叩きつけ、更に蹴りを加え…壁の中に埋める。
ダメだ、まるで手が出ない…ここまでか…?
「お前達の成長速度を見込み時間を与えてやったが、期待外れだ」
手が足りない、まるで足りていない…これじゃあどうやっても勝てない。くそッ…もう少し時間があればなんて言い訳すら浮かんで来ないぞこの実力差。どうすればいい…どうすればこれを逆転に持っていける。
「逆転の目を探しているか?だが残念だったな、そんな物ここにはない…小細工も、小手先も、極められた技の前には無意味」
するとカルウェナンは俺達から距離を取る。何かをしようとしているがそれを止めるだけの体力もない…。そうこうしている間にカルウェナンは両手を合わせ、指先で輪を作ると。
「次で、今度こそ、終わらせる…我が五大妙奥義にて、ふぅぅー……」
精神統一にてただでさえ膨大なカルウェナンの魔力がジワジワと膨れ上がる。燃え上がるように天に立ち上る魔力を、指先に集中させる。
来る、どでかいのが。今まで見せた技なんかよりもずっとやばいのが…どうする。どうすりゃいい、どうすればこの悪い流れを変えられる!
防壁?無理だ、奴の通常攻撃だって防げないんだ。
メグの時界門?ダメだ、まだメグは動ける状態じゃない、再活動にはあと五秒いる。
俺がなんとかする?ダメだ…悔しいが、なんとも出来ん。
ダメか?終わりか?…あと少しで、デティのところまで行けるのに。
「行くぞ…五大妙奥義『不動法界────」
瞬間、カルウェナンが組んでいた指を解き拳を握った瞬間。黄金の魔力がカルウェナンの全身に激る。来る、負ける、やられる…そんな終わりを夢想した。
その時だった。
「───────!」
カルウェナンの様子が変わった、奥義を放つ寸前で動きを止め…視線を、下に向けた。
「クッ!」
『カァァルウェナァァアアアァァアアアンッッッ!!!!!』
砕かれる地面、下から突き上げられるように爆ぜた地面から飛び退いたカルウェナンは忌々しげに、そしてやや嬉しそうに…見る。地面を砕きて現れた存在を。
それは俺も、メグも、カルウェナンも待ち望んで存在…ようやく来やがった!
「エリス!」
「エリス様…!」
「ようやく来たか、どこで何をしていた…魔女の弟子エリス!」
着地するのは…エリスだ、地面を砕きてここまでやってきたんだ。メグから貰った外套を揺らし拳を鳴らすエリスはカルウェナンを睨みながら、吠える。
「すみませんラグナ!遅れました!さぁ倒しましょうか!カルウェナンを!」
エリスの到来、それは悪い流れを断ち切る最大の要因になる。これでようやく勝負になりそうだ…!
さぁ決着をつけようか、メサイア・アルカンシエルとの戦い、そしてカルウェナンとの因縁に!