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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十七章 デティフローア=ガルドラボーク
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614.魔女の弟子と魔術を否定する者


「さて、運命の日だね…デティフローア」


「……………」


「アレから食事にも水にも手をつけず、死ぬ覚悟は出来たと見える」


三日が経った、弟子達に下した決断の時が訪れた。故にイシュキミリもまた支度を始めた…嘆きの慈雨を降らせる準備とデティフローアの魂を捧げる支度を。


彼は語りかける、十字架型の魔力吸引装置に貼り付けにされたデティフローアを…部下達に運ばせながら、遺跡となったシュレイン跡地のとある場所へと。


「君は知っているかい、この街シュレインはシュレイン教と言う宗教を崇めていたそうだ」


「……………」


「シュレインは人々に日々の生活と繁栄を約束する神だそうでね、彼らはそれを信じ崇め生きていた…しかし皮肉なことに、ご覧通り滅びたんだ。神はいない、奇しくもこの街はそれを証明する最大の証拠になってしまったんだ」


「…………」


デティフローアは返事をしない、まるで死んだように動かない。そこに関しては面白くないとは思いつつも…彼はため息を吐きながら、続ける。


「それでもこの街には残っている、神に捧げる祭壇がね…そしてこれまた奇しくも、その祭壇は…地獄へ通じる穴を開けた」


階段を登り、この街の最奥に存在する巨大祭壇の真ん中へとデティフローアを乗せた十字架を配置する…すると、その背後には、この神殿型の街の奥の壁がある。それはキングフレイムドラゴンの襲撃により綺麗にくり抜かれるように穴が開き…奥の景色が見えるようになっている。


その穴は外へ通している、外には南部の密林が見える…そして、その密林の奥にはドス黒い瘴気を漂わせる漆黒の山が…焉龍屍山が見える形となっているんだ。


「君には見えないだろうが、ここからは焉龍屍山が丁度見える…君の魂を抜き出しあそこに捧げ、細胞を活性化させることで獣人兵の強化をするよ。君を…不可能を可能とする因子を消し去れば私はまた理想を抱けるだろうか…、その新たな理想を叶える為の戦力を作らせてくれよデティフローア…」


「……貴方は結局、何がしたいの」


ようやくデティフローアが口を開く、チラリと力のない目でイシュキミリを見る。何がしたいんだと…聞いてくる。だから答えてやる…何かしたいか。


「分からない、自分でも…理想を捨てたいのか、理想を抱きたいのか、人を救いたいのか、殺したいのか。分からない、だが君がいなくなれば何かが変わると思っている。私の理想を根底から崩す君の存在が消えればね」


「……お前はただ、理想を抱いていたいだけだ。悲劇を前に理想を抱き、壊れる心を理想で覆った。現実を直視せず、自分の力不足を認められず、この世の不条理と決めつけ、他者に押し付けようとした…だから、君は歪んだ」


「何が言いたい」


「死者蘇生、それが不可能だと信じる事が君の心を守る唯一の概念だった、そうでしょう」


「………」


トレセーナを失い、ポワリと母を生き返らせる事が出来なかった。ああそうさ、その事実を『魔術にも不可能がある』と信じる事で…心を守った、そこは事実だよ、ああそうさ。だから君の存在が疎ましいんだ、私の力不足で何もかもを失った…と言う事実を突きつけてくる君が、嫌なんだ。


ああそうだ、…それの何が悪い。君がいなくなればまた私は理想を抱ける…魔術にも不可能があるんだとまた主張出来る。不可能に挑む魔術師を消し去りこの世の悲劇をもう繰り返させないと言い張れる。


死者蘇生は…この世にあっちゃいけないんだ…。


「理想を抱く事を理想にした…だから君は、手段を選ばなくなった」


「……それを私に突きつけて、君は何がしたい。デティフローア」


「……周りくどいことはやめて。貴方がマレウス全域に嘆きの慈雨を降らせるのは、ただの嫌がらせでしょう」


「フッ、そこまで分かっていたか」


ああそうだ、私がつけつけた二択は…結局一択だ。魔女の弟子はきっとお前を助ける道を選ぶ、魔女の弟子にとってマレウスは結局は他国…見捨てても構わない存在だ。こちらを助ける方に労力は裂かない。


奴らはきっとここにくる。だから私はマレウスを滅ぼす。奴らの選択で大勢死ぬ…これはキツイぞ、ああそうだ辛いぞ。『自分の選択のせいで大勢死ぬ』と言う経験は心を歪ませる程に辛いと…身を以て言える。


だからデティフローアは例えここで生き残っても、生涯歪みを抱えて生きていくことになる。それが私の…計画だ。


「奴らはきっとここにくる、お前を助けにな。そしてマレウスで大勢死ぬ…お前らのせいで大勢死ぬんだ!」


「違う、殺すのはお前らだ」


「だがお前はきっと責任を感じる…そうだろう?」


「……………」


「損だよな、この世の守護者ってのはさ」


クルリと私は踵を返し…祭壇の下に集った戦士達を見る。ここにはメサイア・アルカンシエルの全戦力が集っている。ここに敵が来ると分かっているんだ、なら迎え撃つ支度は済ませてあるに決まっている。


「もう直ぐここに弟子達が来る、諸君…全力で迎え撃て、そして殺せ」


『ハッ!イシュキミリ様!』


「……ッ!やめて!イシュキミリ!」


戦士達に号令をかけると、デティフローアはやめろと叫ぶ…今日一番の声だな、いい声だ…そう言う声を聞きたかった。


「んん?何故だい?デティフローア」


「…私の魂なら、もう抜いてもいい。だから…仲間には手を出さないで」


「なんだいデティフローア、仲間の事を信じてやれよぉ」


「…違うの、嫌なの……」


すると、デティフローアの瞳から…ポロポロと涙が落ち始める。手足を拘束され、魔力吸引装置により魔術も封じられた小さな女の子は、やめてくれと首を振って抵抗する。


「嫌なの、私のせいで…私のせいで、仲間が傷つくのは…」


「……………」


「私は治癒術師、…傷を癒しても、作るのは嫌。仲間の傷を…私のせいで作るのは嫌…だったら、死んだほうがマシ」


「フッ、この期に及んでも自己犠牲かい。流石だよデティフローア、それでこそ存在全てを否定するに値する者だ…よしわかった」


自分を犠牲にしてても仲間が傷つくのは嫌か、大した精神力だ。分かったよ、その精神力に免じて…撤回しよう。


「諸君、訂正する。魔女の弟子達がここに来ても…殺すな、絶対にだ」


「ッ…それで、いい……」


「ただし…」


「え……?」


「ただし、殺さず捕らえ、ここに連れて来い。そしてデティフローアの目の前で、一人づつ首を刎ねる。勿論、最大限甚振った後にね」


「イシュキミリ…ッ!」


この方が君には効きそうだ。…私はねデティフローア…ともかく君の存在が許せないんだ、君が死者蘇生なんか使わなかったらこんなことにはならなかったんだ。私の心がこうも掻き乱されるのはきっとお前のせいなんだ。


だから努めて苦しんでくれ、どうあっても不幸になってくれ、私はその為ならなんでするよ。


「……君達も頼むよ、セーフ…アナフェマ」


階段を降り、祭壇を後にすると共に…兵士達と共に立つセーフとアナフェマに目を向ける。私が保有する戦力の中でも最大級の存在、彼らなら弟子達にも対抗出来る筈だ。


「は、はい会長!私狂っても頑張ります!」


「正直一回戦ってる奴らなんで、負けはないかなって思ってます!」


「そうか」


「だから坊ちゃん、もし我々が勝てたら…」


「ん?勝てたら?」


ふと、セーフが珍しく何やら遠慮気味に歩み寄ってくる。何か言いたいことでもあるのかと思い問いかけるが、セーフは金庫頭を横に振って。


「いえ、なんでもないです…持ち場に着きます!」


「あ!ちょっと!セーフさん!あ…あの、会長!私も頑張りますから!見ててください!」


「ああ、見てる。励めよ」


なんだか変な感じだ、いつもは煩わしいくらい騒がしいのに…今はあの騒がしさが、少し…少しだけ、欲しいと思ってしまった。


「イシュキミリ様…」


「シモンか?どうした」


「いえ、実は先程斥候からこちらに向かってくる者達がいるとの報告が」


チラリと寄ってくるのはなんとも影の薄そうな研究者風の男、この組織の参謀シモンだ。彼は丸い眼鏡をクイクイと動かしこちらに来る存在がいると報告をもたらす、こっちに来る人間…誰かなだと言う必要はない。


「来たか、魔女の弟子」


「……みんなッ…!」


笑いが込み上げる、やはりここに来たか。そうでなくては面白くない、奴らはここに勝てるつもりで来ている、馬鹿な奴らだ、勝てるわけがないだろう…メサイア・アルカンシエルに。


「シモン、兵力を前に。連中をここに入れさせるな…」


「畏まりました」


「そして、嘆きの慈雨を」


「勿論でございます」


奴らはデティのを選んだ、つまりマレウスはどうなってもいいと言うことだ。嘆きの慈雨を降らせ大勢が死のうとも構わないと言うこと。ならばこそ切り捨てよう、彼らが切り捨てた物を我等が踏み潰し強調しよう、そして背負え…咎を。


「カルウェナン、お前も行け」


「ああ、理解した…だが」


腕を組んだカルウェナンに命令を飛ばす、彼は私に従うと忠義を示してくれた…だが、カルウェナンは組んだ腕を解きながら。この街の入り口がある方角を見て…。


「イシュキミリ、お前は最後の最後でミスをしたかもしれんぞ」


「何?」


「或いは最初からか。見誤っていたのさ、小生もお前も」


「何が言いたい!……む」


私も思わずカルウェナンと同じ方角を見てしまう。なんだこれ…『何かがこちらに向かってくる』。いや分かる、魔女の弟子だ…だが。


(記憶にある物よりも、ずっと気配が濃い…!なんだこれは!?)


猛然とシュレインに向かってくる気配は私が想定していた物、私が知っている物よりもずっとずっと濃いのだ。一瞬何がこちらに向かってきているか分からなかった程に以前とは見違えている。


まさかこの三日で修行をして強くなった?……いや、いや違う。


(まさかこれ、エリスか…!?)


それは、奴がデティフローアを攫おうとする私に向けた膨大な敵意、そしてそこから発せられる魔力の増幅。奴はデティフローアを攫われた瞬間爆発するように魔力が増えたのだ…感情に呼応して魔力生成能力が増えるタイプだとその時は思ったが…違う。


「どうやら魔女の弟子は、『ここぞ』に強い連中のようだ…今までと同じとは思わん方がいい」


絶世の勝負強さ…そうだよ、当初私はこれを警戒していたんじゃないのか!?何を油断していた!奴等はジズとオウマを倒した連中だぞ。


あの不気味極まる達人であるジズを、私に初めて『勝てないかもしれない』と思わせた絶対強者たるオウマを、倒したんだあいつらは。しかも最後の最後、これ以上引き下がれば全てが終わると言う最終ラインを背にした状態で。


「イシュキミリ、お前は選択を迫り奴らを追い詰めたつもりだったようだが、それが逆に開けたようだぞ…魔女の弟子達と言う『地獄の釜』を───」


地獄の釜、そう形容された…その時だった。



『デティイイイイイイイイイイッッッッッ!!!!』


「ッなんだ!?」


響き渡る猿叫、それは轟音となりこの神殿街全体を揺らし、天井から砂埃がパラパラと落ちるほどの爆音となって響き渡る。まるで大地の底から化け物が怨嗟を響かせるような声は…神殿の入り口からこちらに届く。


この街の入り口に、いるのか…奴が…!


『エリスが貴方を守りますッッ!!だから…だからァァァア!!』


「来たか、魔女の弟子…」


「ッ……エリスぅ…!」


笑うカルウェナン、戦慄するイシュキミリ…そして。


「…エリスちゃん……!」


涙を一筋溢すデティフローア。今この時、決戦を望む魔女の弟子達により…戦いの火蓋は切って落とされた。


……………………………………………………………


「だからッッ!!」


決戦の日、約束の時、魔女の弟子達はシュレインの街の入り口へと馳せ参じた。皆が決戦の支度を整え、巨大な神殿型の街の巨大な門の前、誰も通すまいと、殺意を滲ませる数千数万の兵の前に立ち。


燃え上がるように叫ぶ…。


「だからそこを退けぇぇええええ!!アルカンシエルッッ!!」


エリス、孤独の魔女の弟子エリスは到着するなり全力で叫び、まるで鹿を追う獅子の如く駆け出し飛びかかる。


「おいマジかよアイツ!いきなり絶叫して突っ込んでったぞ!?」


「エリス様…ここに来るまで静かだと思ったら、怒りチャージしてたんでございますか!?」


「気合い入ってる…」


「そんなレベルではない気がします!」


そしてその後に続くように走るのはアマルト、メグ、ネレイド、ナリア…そして。


「いやいい、ここまで来たらあとは気合いだ!俺達も続くぞ!」


ラグナがエリスの背について走る。シュレインへと訪れた魔女の弟子達『六人』はメサイア・アルカンシエル兵と激突しながら少数精鋭にて強行突入を敢行する。


「それでラグナ!マジでこのまま強引に攻め込むのか!?」


「それしかないさ…この街の構造上どうやってもそうなる」


アマルトはラグナにこの作戦の全容を問う。と言っても作戦は単純。


『真っ直ぐ行って全員ぶちのめしてデティを救う』…ただそれだけである。街一つを神殿で覆う形となっているこの街シュレインは四方を頑強な岩壁で覆われており、言ってみれば街一つが城塞のような形になっている。攻め込むのも難儀する形だ。


だが逆に言えばこれは自分達にとっても非常に都合が良いのだ。敵はそれこそ山ほどいる、だが神殿の中ならば横に展開されることもなければ完全に取り囲まれることもない。正直雑魚兵程度なら問題にはならないが幹部と一緒に無限の雑魚共に囲まれるとそれはそれで厄介だ。


だから正面から行って、出来る限り兵士を減らした上でカルウェナンのような強者と当たるのが望ましい。どの道幹部を倒さない限りデティは助けられないだろうから。


「まぁでも、正面突破も…これなら問題ないかもな」


アマルトは黒剣を取り出しながら前を見る。自分たちが兵士達と戦う必要はないと…前を見る。そう、何故なら…。


「…点火ッッ!!」


『魔女の弟子達を止めろぉおおおお!!』


「冥王乱舞…奥義ッ!」


最前線に立つのはエリスだ、門を開けワラワラと飛び出してくる兵士達を前に、全身から紫の炎を噴き出したエリスは、拳を握る。


握られた拳に込められたのは、怒り、悔しさ、悲しみ、何よりデティフローアを想う心。今日まで三日間、耐えたんだ。エリスは耐えたんだ、友が苦しむ時間を共有し自らもまた研ぎ澄ませた。


怒りを爆発させることなく、三日間耐えたエリスの中には…最早抑えきれない量の怒りが燃え上がっている。それらを遂に解き放つように…握った拳に力を込め、放つは一撃、奥義の噴火。


「『大魔道』ッッ!!」


振り抜かれた瞬間放たれた超高密度及び超高速の魔力噴射。それは空気を押し出し圧縮熱で赤熱し、押し出された熱と大気が魔力の勢いを得て大地を削り…一直線に飛翔する。崩れ溶けた大地に刻まれる一文字の魔力の道は群がる兵士達を一撃で吹き飛ばし、自らの道さえも切り開く。


「ドンドン来いやクソ野郎共ッッ!!テメェらにゃあ返さなきゃならん借りが山とあるッッ!!」


「エリスの勢いが凄まじすぎる、こりゃ俺戦う必要ねぇだろ」


アマルトはため息を吐く、エリスの勢いが常軌を逸している。今の一撃で数千は飛ばした。修行を経て強くなったとはいえこれは流石におかしすぎる。


友達の為に戦う、そう決めたエリスは強い。何よりあのデティフローアを攫われたんだ、おまけに三日も耐えてフラストレーションが限界突破している。あれは生半可な障壁じゃあ止まらない。


「いやそうもいかない、エリスだって無限に魔力があるわけじゃない…アイツはただ、一刻も早くデティを助けたいだけなんだ、全部アイツに任せるわけにはいかねぇよ!」


「そりゃそうだな!おっしゃ気合い入れるぜっ!」


「デティッッ!!」


突っ込む、強引に兵士を薙ぎ倒し六人一丸となってシュレイン神殿へと殴り込む。既にエリスの勢いに押され兵士達は意気消沈だ、そりゃそうだ…なんせ一撃で数千人も吹っ飛ばすような怪物が目を血走らせて突っ込んでくるんだから。


「だ、ダメだ…我々じゃ止められない!」


「怯むな!イシュキミリ様が命じたんだ!こいつを潰せと!」


「イシュキミリ…イシュキミリィイイ!お前もここにいるのかッッ!!」


「ごはぁっ!?」


イシュキミリの名を聞いて更に激怒したエリスは勢いを再点火し爆発する。拳を振り回し魔力の余波で纏めて兵士を吹き飛ばし突き進む。


「敵兵士の配置的に多分イシュキミリは最奥だな…、面倒クセェけどちまちま進むか」


「ぉ…ごっ…」


一方ラグナはポケットに手を入れ兵士の配置を見てイシュキミリの居場所を特定する。そんな彼の足元には気絶した兵士が山ほど転がっている、拳を抜かず触れずに倒しているのだ。


タネは簡単、突っ込んできた兵士の顔面や腹…その部分に当たるように防壁を局所展開し相手が突っ込んできた勢いで勝手に防壁に頭や腹を打ちつけ倒れるよう仕向けているのだ。


「まだ幹部も出てきてねぇし、獣人も出てきてねぇな」


「長丁場になりそうでございます」


「ですね…けど僕たちも準備してきてますから」


そしてそんなエリスとラグナの周りで戦うのはアマルトとメグとナリアだ、剣の一振りで複数の兵士に小さな切り傷をつけ、そこから侵入させた麻痺の呪いで動きを奪うアマルト、向かってきた兵士の足元に時界門を作り帝国の牢獄に次々と落としていくメグ。そして魔術陣が描き込まれた紙をばら撒きながら敵を牽制する。


「うーん、…不思議な街並み。神殿の中に街があるなんて…それもテシュタルとは構造も違う。興味深い」


「あ…頭が割れる…」


ふと、近くの兵士の頭を掴み兜ごと握りしめながらネレイドが視線を移す。神殿の中に街が広がる光景が不思議だとばかりにチラチラ周りを見るのだ。街の中でありながら閉所という不思議な環境にややギャップを覚えると。


「いやお前んところにはもっと凄いのあったろ」


「魔女の懺悔室、なくなってしまったのが惜しいくらいの絶景でございましたね」


「懐かしいね、それ」


雰囲気としては魔女の懺悔室によく似ているとアマルトは言う、向こうは氷の中に街が、こちらは石の神殿の中に街が。どちらも不思議な街であること変わりはないが…思えばあの時は迎え撃つ側だったなと懐かしさを感じながらネレイドは兵士を投げ捨て、その一撃で数十人の兵士が吹き飛ぶ。


圧倒だ、既に魔女の弟子達は世界でも上から数えた方が早いレベルの強者となった。奇しくもメサイア・アルカンシエルの先代会長ファウスト・アルマゲストが語った論説に沿う形となる、それは。


『この世界で、『戦力』と呼ばれるのは人類の中でも上位5%程の強者だけ、それ以外は賑やかしの数合わせにしかなり得ない』と…。今ここにいる弟子達は全員5%の中の強者達だ。故に残りの95%が如何に結託しようとも勝負にさえならない。


「そこを退けぇえええ…!!」


「ヒィッ!怪物かこいつ!」


「やはり魔術師は野蛮!」


「お前らだって魔術使ってんだろうがぁああああ!!」


「ぅぎゃぁぁあああ!?」


エリスの一撃でキノコ型の雲が噴き出て兵士達がまた吹き飛ぶ。あれだけいた兵士達も既に倒されるか逃げ出すかしてもう殆ど残っていない…或いは、イシュキミリ達もこうなることを予期していたのかもしれない。


雑兵では時間稼ぎにしかならない、だからせめて少しでも消耗させる為に死んでこいと…兵士達を前に出したのだ。ならば当然、兵士達を倒した後に出てくのは。


「にゃーはははは!大暴れだな魔女の弟子達ィ!」


「あ!お前!」


「久しぶりだにゃあ、まさかこんな形で再会するとは思わにゃかったにゃ」


ザッ!とエリス達の道を阻むように現れるのは猫顔の猫人間…南部に来た際最初に見かけ、そして取り逃すことになったいつかの猫だ。


「やっぱりお前メサイア・アルカンシエルだったんだな!」


「然りにゃ!にゃあはメサイア・アルカンシエル獣人戦士隊十大隊長が一人!猫目の戦士フェリスッ!ここから先は…獣人戦士隊が相手になるにゃ?」


ゾロゾロと猫人間フェリス現れるのは様々な獣の要素を取り込んだ兵士達。メサイア・アルカンシエルが抱える特殊部隊獣人戦士隊だ。既にエリス達が倒している十大隊長は筆頭のクライングマン含め六人。つまり今あそこにいるフェリス含めた四人が…最後の獣人戦士隊の大隊長。


「ウォホッホッホッ!獣人戦士隊十大隊長が一人!大猿の戦士ローランド見参!」


ズシンと音を立て規格外の巨大さを誇る毛深い大男が現れる、全身に鋼の鎧を着たゴリラのような男がガンドレッドで胸を叩き牙を剥く。


「同じく、猟犬のブリタニア参上、獲物は貴様らか」


べろりと大きな舌を出す青毛の犬、鎧と鎌を装備した犬の女戦士はエリス達を眺め獰猛に笑う。


「………鹿の戦士、ディア。我が相棒の仇を討たん」


グルリと巨大なツノを回し呟くのは黒衣を着込んだ鹿の戦士。その手には槍が握られ敵意に満ちた瞳を晒す。


そしてその背後には大量の犬や猫、馬や羊の戦士達が立ち並びエリス達の道を阻む。


「分かるかにゃ?今までのはお前らを消耗させるためだけの謂わば使い捨てのゴミ兵士にゃ!ここからが本番────」


「冥王乱舞ゥァッッ!!」


「うにゃあ危ないッ!?」


刹那、矢のように飛んできたエリスの拳を跳躍で回避したフェリスはクルリと空中で回転し近くの廃墟の上に立ちヒゲをビンビン揺らして冷や汗をかく。


「なにするにゃあ!今我々がかっこよく名乗ってるところでしょーが!」


「うるさい…前座はキャンセルだ、早く退け」


「ぜ、前座ァ?言ってくれるにゃあこの野郎…本気出しちゃうぞ〜!」


エリスの物言いに腹を立てたフェリスはフシャーッ!と牙を剥き、モリモリと筋肉を隆起させ、その毛を金に染め…巨大化する。本性を見せるのだ…獣人戦士として、本性を。


「獣魂共鳴・金華猫ッ!食い殺してやるぁっ!」


ギラリと伸びる爪を輝かせ笑うフェリス、彼の中に込められた魔獣の因子は『ゴールデンアサシンキャット』…シルバーハントウルフ同様希少種に類する黄金の巨大猫である。その速度は全魔獣中でもトップクラスに値する物であり…。


「死ねやッ!『金猫切』ッ!」


「冥王乱舞・点火ッ!」


閃光の如き速度で飛び、エリスに向けて爪を振り下ろす。エリスもまた紫炎を噴き出し跳躍し爪を回避すれば石畳の地面が切り裂かれ粉々に砕け散る。南部に来た時はフェリスの速度についていくことさえ出来なかった。だが今は違う…!


「冥王乱舞・飛翔ッ!」


「速さ比べかにゃ?アホらしい、受けてやるッ!」


そして、二人は神殿の中を飛び交い激突する。空を駆けるエリスと空中を踏み締め駆け抜ける黄金の猫がぶつかり合う。大気に直接干渉する力を持ってゴールデンアサシンキャットの力を持つフェリスにとって空中戦は何よりの得意分野、何より。


「オラァッ!」


「はっはっー!見え見えにゃあ!」


エリスの神速の蹴りを前に上半身を反らし軽々と避けて見せる。目にも止まらぬ速度で動くはずのエリスの動きをフェリスは見切っているのだ。勿論目でじゃない…目以上にモノが見える髭で、見切っているのだ。


「にゃをにゃん、お前の動きはこのヒゲで丸わかりにゃん」


「チッ…」


口の横から伸びる六本のヒゲ、猫のヒゲはそれそのものが超高精度の空間把握センサーとなる。空気の微小な流れ、温度の推移、その全てが手に取るようにわかる、ましてや魔獣の力を得たのだ…その精度は肉眼で見る以上に綿密に物を見ることができる。


「うにゃにゃ!さぁ嬲り殺しだオラァッ!」


「ッ…」


瞬間、空気を踏み締めその爪を伸ばしエリスを切り刻もうと腕を振るう…がしかし。


「うにゃ!?」


防がれる、防壁さえ切り刻むフェリスの爪が火花を散らし斬撃が弾かれた。その事実にフェリスは目を剥きエリスを確認する…すると、彼女は。


「魔装展開…『ブラックウインド』!」


「なんにゃあそれ!?」


それはエリスがメグに頼んでおいた『アレ』…コートがないが故に代用品として帝国から取り寄せた漆黒のマントである。かつてアルカナとの戦いでエリスが装備した漆黒の外套の改良版。それは超微細な鎖帷子のように鋼鉄が編み込まれる形となっており、重量を魔力機構で軽減し防御力と動きやすさを両立させた帝国の最新鋭魔装。


防御力ではそもそも絶対に引き裂かれないと言う特性を持つエリスのコートには及ばないが、それでも十分な性能を持つこれを展開し爪を弾いたのだ。


「うひぃ!?硬い!?爪が割れちゃったにゃ!」


「避けられるなら…もっと!」


「ッ!まだ動くかッ!」


再び動き出すエリス、加速する空中戦。速度を増し鋭さが増し、一秒ごとに次の段階へエスカレートするエリスとフェリスのぶつかり合い。


「ッだから無駄にゃ!当たらないにゃ!」


フェリスは強い、獣人戦士隊でも屈指の強さだ、そこらの組織なら幹部を張っていてもおかしくはないし、アルカンシエルの幹部である四魔開刃に欠員が出れば即座に幹部に引き上げられるレベルで強い。


だからこそエリスの動きについていく、エリスの動きを見切れている、ついていけて、見切れているからこそ…分かる。


(こいつ!まだ速く…ッ!体が爆ぜるにゃそれ以上やったら!?)


エリスの加速に際限がないことに、既にフェリスのトップスピードを三段階ほど超えてもなお、止まらない加速。人間の肉体で耐えられる速度ではない、はずなのに。


(は、速い!?速すぎるにゃ!?速すぎてヒゲがこんがらがるにゃ!?)


追いきれない、終いにはエリスを追っていたヒゲがめちゃくちゃに絡まり機能しなくなる…その瞬間を待っていたように、エリスは……。


「冥王乱舞・最大奥義…」


「あ!?」


真上に、フェリスの真上に現れる…加速をそのままに足先に魔力を溜めている。逃げなければ、避けなければ、そう思えど体が動かない…いや動かないのではない、エリスの速度についていく為感覚を鋭敏化させていった結果、気づかぬうちにフェリスの認識速度はフェリスの肉体稼働速度を大幅に上回っていたのだ。


全てがスローに見える、全てが止まって見える、自分も他の戦士も…そんな止まった世界の中エリスだけがいつも通り動き、ギロリと目をフェリスに向け…噴き出す。おどろおどろしい紫の炎を───。


「『流彗』ッッ!!」


「うにゃ────」


短い断末魔と共に、神殿の中に落ちた紫の彗星はフェリス事地面に墜落する。繰り出したのはエリスの新たなん境地、旋風雷響一脚をそのまま上位の技へと進化させた奥義『流彗』。繰り出すには最高速度まで加速し続ける為の移動をしなければならないと言う溜めはあるものの、その威力は今エリスが持ち得る技の中でも最強格。


成人女性一人分の体積を持つ物体が星の重力圏を突破出来るだけの速度で放たれる一撃だ、問答無用の戦闘不能まで持っていくことができる威力がある…事実、フェリスは流彗の余波を受けただけで全身の骨を粉砕され地面に転がり気絶する。


「猫が、図に乗るな」


そして、融解した地面を踏み越えエリスは顎先に流れる汗を拭う。倒しはしたが…思ったよりも強かった、最高速度に至る為の移動で体に負荷がかかりすぎた。やや過剰だった気もするが…こうでもしなければ一撃で仕留められなかった、倒すのに時間がかかったかもしれないんだ。


今は一刻も早くデティを助けたい…そう思いエリスは一歩踏み出し…みんなの様子を見ると、そこには。


「フンッ!」


「ごべぇぇ!?」


ネレイドさんの一撃で吹き飛ばされ、倒れ伏すゴリラの戦士。


「はい骨でーす!」


「きゃううんっ!」


骨型爆弾を投げ飛ばし犬諸共吹っ飛ばすメグさん…そして。


「邪魔」


「つ、強すぎ…」


ラグナの足元で倒れ伏す鹿の戦士…どうやら、他の大隊長は勝負にならなかったようだ。エリスだけ?こんなに消耗したの…いや。


「チッ、エリスが一番の大当たりか。俺もそっちが良かった」


「そんなこと言わないでくださいよラグナ」


どうやらフェリスだけが抜きん出て強かったみたいだ。伊達に獣人戦士の代表面して出てきてないって感じか。


「オラオラオラオラッ!そこ退けや下位互換共ッッ!!」


「な、なんだこいつ!こいつも獣人戦士なのか!?」


そして、他の獣人戦士の一般兵は…アマルトさん一人に蹴散らされている。獣人戦士を構成する魔獣因子は現代呪術『遺伝子組み換え魔術』にて組み込まれている。つまり身に呪術を宿しているのだ、呪術があるだけで古式呪術の成立条件になってしまう。


つまり獣人戦士は元々古式呪術使いであるアマルトさんには絶対に勝てないのだ、だって問答無用で呪いをかけられてしまうんだから…。もしかしたら大隊長を含めても多分アマルトさん一人で倒せたなこれ。


「獣人戦士も大隊長も相手にならねぇ…となると後出てくるのは…」


獣人戦士を蹴散らした先に見えるのは街の奥…天井に開いた穴から差し込む光に照らされるのは、シュレインの奥地、巨大な壁に開いた巨大な門…。恐らくあの先にはエリスが一度通った迷宮のような通路が広がっているだろう。


そしてきっと、その通路を越えた先に…デティがいる。


「早く行きましょう!イシュキミリがこの隙にもデティの魂を抜いてしまうかもしれない!」


「だな、急ぐぞ!」


事態は一刻を争う、敵を丁寧に時間をかけて相手にしていった結果、デティのところに辿り着いた時にはもう既に全て遅かった。なんて結末は嫌だ…だから今は一秒でも早くデティに辿り着くんだ!


そう思いエリス達は獣人戦士を吹き飛ばしながら門に向かう…すると。


「ちょ〜〜っと待った!ここは通しませんよぉっ!」


「む……」


巨大な石門を守るように、天井から飛び降りてくる影が立ち塞がる。またも道を阻む敵が現れたんだ…けど、今度はフェリスのような前座じゃない。


どうやら、今度こそ本命が来たようだ。


「閉ざされた扉がある限り、それを守り抜くのが金庫の務め。鍵をかけることに関してはプロ超えて生業!我が名はミスター・セーフッ!四魔開刃が第三刃!『陳腐』のセーフがお相手をしますよーッ!」


「出たな、金庫の獣人戦士」


「いや私獣人じゃないですから、え?金庫って獣なの?分かんない、確信が持てない」


現れたのは金庫頭の紳士…ミスター・セーフだ。前回見た時は手出しして来なかったが…どうやら今回は普通に戦うようだ。ネレイドさん曰く…肉体的超人の体を持つと言われるあの細枝のような体の紳士。奴もまた幹部の一人…油断出来ない相手だ。


「さぁ全員でかかってきなさい、でも本気で来るのはやめてくださいね。うっかり殺しちゃうかもしれないので」


「随分な自信だなテメェ」


「まぁ……負けるわけにはいかない理由がこっちにもあるので」


そう言って拳を構えるミスター・セーフの体から溢れるのは鬼神の如き威圧。…凄まじい威圧だ、覚悟の度合いがエリス達と同格で言えるほどに…今ミスター・セーフという男は凄絶極まる意志でここにいるようだ。


アレは強い、フェリスよりも数段強い…相手にすれば、もしかしたらかなり足止めをくらうかもしれない…けど。


「違うよ、あなたの相手は私…」


「ほう、おやおや…貴方はいつぞやの」


「ネレイド、神将ネレイド…貴方の相手をする」


ネレイドさんが前に出る、ミスター・セーフが出てきたらネレイドさんが相手にすることになっている。それは彼女自身魔術会議の時の雪辱を晴らす為でもあり、ここから先は幹部一人につき一人残る形でエリス達は進むという作戦となっている。


だから…セーフとネレイドさんはここで一対一で戦う、その間にエリス達は進むんだ…!


「頼んだ!ネレイドさん!」


「うん、先行って!」


「え?あ!そういう感じ!?私相手してもらえない感じ!?ああー!やめてやめて私倒してから進んで!あああー!!」


スルリとエリス達はミスター・セーフの脇を抜けてそのまま一撃で閉ざされた石門を粉砕し奥に進む。あとは頼みましたよ…ネレイドさん!


「ああ、行っちゃった…」


「追わないの?」


「追ったら貴方、背中から私を攻撃するでしょう?」


「まあね、行かせないから…」


そしてその場に残されるのは僅かな兵士達とネレイド、ミスター・セーフのみとなる。セーフはまんまと背後の石門を突破されたものの、追いかけることはせず飽くまでネレイドの始末に取り掛かるようで、拳をポキポキ鳴らして臨戦態勢をとる。


「私の背後、石門の先は迷宮のとなっていましてね、どうやらシュレイン教徒達は本殿たる祭壇への道をより難解にする為に生涯を作ったようです」


「問題ない、エリス達なら乗り越える」


「そこには、私の仲間も控えています…簡単に通れるとは思わないことです。そして…お前もここで倒れることになる」


「…………」


肉体的超人のネレイドとセーフ。この両者が互いに睨み合い…戦いは静かに始まるのだった。


…………………………………………………………


「なんだここ!メチャクチャ入り組んでるじゃねぇか!」


「迷宮です…エリスが前ここに来た時はここをデティの助けを借りて突破したんです」


シュレインの街中腹辺りに位置するこの場所には街を二分する大きな壁が存在する。その壁の中には蟻の巣のような上下左右に分かれる道が展開されており、自分達の現在地すら見失わせる。


エリスはここをデティの助けを借りて進み、亀裂を見つけ白露草に通ずる穴を見つけることができたが…今はデティもいない。エリス達五人は見事に迷宮の中で迷ってしまったのだ。


「エリスがいるから一応来た道を戻るってことはないけど…」


「あっちに行ってもこっちに行っても行き止まり、正解のルートはどこなんでしょうか」


「参りましたね…」


右を見ても左を見ても道が広がっており、その先にも枝分かれする道がある。参った、どちらに進んだらいいかまるでわからない…、するとそんな中ラグナが一歩前に出て。


「よし、音響探知をする。みんな耳塞いどけよ…すぅー」


大きく大きく息を吸うラグナ、そして彼は吸い込んだ息を一気に解放し…。


「『バウッ!!』」


「ッッ〜〜!耳塞いでててもすげぇ音」


「偶にラグナ様人間辞めますよね」


「いうほど偶にですか?」


「静かに!…………」


そしてラグナは爆音の如き大声を放ち、この迷宮の中で響き渡る音を聞き分け道を探す。ラグナが得意とする音による探知だ、言ってみればコウモリと同じ音波による物体感知。これを使えばあっという間に道がわかって──。


「あれ!?ない!出口が!」


「え!?」


ギョッとラグナが顔を青くする。無いというのだ…この迷宮には出口が。いや…まさか。


「やられた!魔術だ!土魔術で出口を潰しやがったんだ!」


それはつまり、ゴールとなる正解のルートを土魔術で壁を作り埋めてしまったということ。その可能性を考えていなかった…けど思ってみればそりゃそうだよ、やるよそれくらい。だってどの道正解のルートは一つしかないんだ、通したく無いならそこを開けておく意味はない。


やられた、完全にしてやられた。これじゃあ出口が分からない…こんなところで、こんなことしてる場合じゃ無いのに…!


『ごめんなさい、やり口が陰険で…』


「ッ…この声」


そんな中、エリス達に向けて何者かが声を上げる。それは迷宮の中でボンボンと響き渡り声の発生源を探らせない…だが、この声一度聞いたことがある。確か名前は…。


「崇高のアナフェマ…!」


『ごめんなさい、私陰湿なんで…入口ももう塞いじゃいました。貴方達はもうこの迷宮から出ることは出来ませぇん』


「ッどこだ!」


アナフェマだ、崇高のアナフェマ…メグさんやネレイドさんを一発で戦闘不能にした現代呪術を使う長髪の女魔術師。奴の声がするんだ…だからきっと近くにいる、けど場所が分からない…いや落ち着け。


きっと奴は…。


『だから貴方達はここで…死んでくださぁい…』


「……………」


落ち着いて待つ、慌てるな…大丈夫、奴が魔術師である以上きっと、『チャンス』は来る…。


「それっ!『アンチビーム』!」


「そこか!」


そしてやはり、エリスの予想通りアナフェマは姿を現した。奴は魔術で土を粘土のように変えその中に潜っていたのだ、そうやってエリス達を撹乱し背後に周り…エリスに向けて光線を放ってきた。


奴が魔術師である以上攻撃は魔術を使わなくてはならない、そして魔術を当てるにはお互いに目視できる場所でなくてはならない…だから姿を見せると思ってましたよ!


「効かない!『アマルトシールド』!」


「え!?ちょっ!ぎゃっ!?」


咄嗟にアマルトさんの首を掴み背後から飛んで来たアンチビームを防ぐ。アレに当たると人格が反転してしまうらしい、デティがいない現状…アレに当たるのは即座に洗脳不能を意味する、だから…唯一耐性を持つアマルトさんを盾にするんだ。


「テメェエリス!何すんだよ!」


「効かないからいいでしょ!」


「そういう問題じゃ無いと思うなぁ俺!」


「ふ、防がれた…く、く、狂う…」


すると不意打ちの失敗を悟ったのかアナフェマはドロリと土の中から姿を現し、大きな杖と長い髪を地面につけて…エリス達の前に立ち塞がる。なるほど、現代呪術以外にも属性魔術をあのレベルで扱えるか。


となると、入口と出口を塞いだというのは本当だろう…。


「貴方達の中で最も推進力があるのが魔女の弟子エリス…だからそんな貴方を反転させれば時間稼ぎになるかと思ったんですが…」


「ふんっ!エリスは反転なんかしませんよ!それより…やるんですか?貴方も、エリス達と」


「勿論…会長の邪魔はさせません、皆さんにはここで大人しくしていてもらいます」


セーフ同様時間稼ぎ、ならここで足を止めること自体奴の思惑通り…なら。


「もう知ったこっちゃありません!ラグナ!祭壇の方角は向こうです!壁を壊して進みましょう!」


「い、いいのか!?そんなことして」


「構いません!」


エリスの脳内には方向方角の記憶がある。どれだけ迷宮で迷おうともエリスの脳内には常に東西南北の位置が記憶されている。そこから考えるにデティのいる方角は向こう…ならもう壁をぶっ壊して進みます!


しかし、それを聞いてボーッとしていられない人間が一人。


「さ、させません!」


アナフェマだ、奴はそのどでかい杖を勢いよく地面にブッ刺し…エリスも二度見してしまうくらい凄まじい魔力を全身から放つと…。


「『アースクリームスピン』ッ!」


「うぉっ!?」


ドロリ…と地面が形を失う、踏み込み壁を破壊し進もうとしたエリスとラグナの足が根元まで沈みなおも変形の止まらない大地は粘土どころか文字通りクリームのようにかき混ぜられ迷宮が一気に押し潰される。


「ラグナーッ!」


「分かってる!」


それでも止まるわけには行かない、エリスはラグナに向けて声を張り上げ進むことを強要する。形を失っても土は土、中を泳ぐことで進むことは出来る!このまま一気に突き抜ければそれで…。


「うわっ!?」


「ッ…!?」


瞬間、エリスはドロドロと溶ける廊下の最中、足を取られ動けなくなるナリアさんを見て─────。




「うぉらぁっっ!!」


「ゔっ!?」


一方、先に進むことを選択したエリスとラグナ、他のみんなが進む中その場に残り戦うことを選択したのは…アマルトさんだ。ネレイドさん同様アナフェマが出たら戦うのは彼だと決められていたからこそ、アマルトさんの動きに迷いはなかった。


地面に足が埋まるよりも速く足を動かし高速で走り抜けると共に鋭い蹴りをアナフェマに見舞いながら…。


「テメェの相手は俺だッ!ちょっくら付き合え…やッ!」


「もがっ!?」


そのまま自分ごと溶けた大地の中へと沈んでいき姿を消すのであった…そうしている間に迷宮は自らの自重に耐えれきれず…やがて完全に潰れる形で消失する。


……そして。


…………………………………


「プハッ!なんとか固まり切る前に脱出出来たぁ…!」


「あ、ありがとうございますラグナ様…助かりました」


メグの体を掴み、そのまま軟化した迷宮を掘り進み泳ぎ抜いたラグナはエリスから指示された方角へと進み続け…迷宮を越えることに成功した。


この街の構造は二種類に分かれると言われていた。前半が居住エリア。街が広がり人々が住むエリア、そしてそこを迷宮で挟み…その先にあるのは神儀エリア、祭壇やらシュレイン教の教義に用いる神聖なエリアだ。


この神儀エリアこそがこの街の最奥…つまりデティがいるエリアだと思われるが。


「ここも存外に広いな…」


「何やらたくさん石像がございますね」


軟化した壁を突きぬけ神儀エリアに到着したラグナとメグは周囲を見回す、そこには荘厳な柱や神々しい石像が立ち並ぶ広大な空間が広がっており…人の気配はあまり無い。この先にデティがいると思われるのだが…。


「デティはどこだ…?」


そう、口にし周囲を探った瞬間のことだった…。


『デティフローアはこの先、真っ直ぐ進んだ先にある扉を超えた部屋…祭壇部屋にて囚われている…』


「ッ……ようやく出てきやがったか」


まるで、ラグナ達を導くような事を口にしながら…奴は闇の向こうから現れる。コツコツと甲高い靴音を鳴らし、闇を切り裂き現れる白は…膨大な魔力と存在感を伴い、立ち塞がるのだ。


「だが、悪いな。この先にはいかせん」


「カルウェナン…会いたかったぜ?」


「……あれが」


純白の鎧に身を包む全身甲冑の大男。マレウス・マレフィカルムの中で六番目の実力を持つと言われ、トラヴィスさんに俺たちじゃあ絶対に勝てないと言い切られたメサイア・アルカンシエル最強の男。


第一刃、極致のカルウェナンが最後の関門として立ち塞がる。


「剛毅な事だ、小細工を弄せず正面から攻め入り敵陣の奥深くまで食い込む。戦士としてなんと誉高い戦いぶりか…こうして敵として相対した事自体を悲劇に思うぞ、ラグナ・アルクカースよ」


「お褒めに与り光栄だよ、あんた程の達人に褒められたら…自信に繋がるってもんだ」


「アレがカルウェナン…、ラグナ様が警戒するのもよく分かります。威圧感だけで言えば将軍級でございますね」


この正面突破作戦において、最大の難所にして難敵。そもそもこの作戦の成否を担うのは『カルウェナンを倒せるかどうか』にかかっている。こいつを倒し突破しデティを救うという計算になっている。


だからアマルトとネレイドにはあの場に残ってもらった、向こうも幹部を相手にする身ではあるが…それ以上に戦力は置いていけなかった。必要最低限だけを残し、残りをカルウェナンにぶつける。そうする事でようやくなんとかなる計算…ってのは飽くまで以前魔術会議で戦った際見せた実力がカルウェナンの限界点であると仮定した場合の話。


つまり、ここで俺とエリスとメグとナリアの四人がかかっても未だに『賭け』の部分が大きい難敵…だが。それでも勝つしか方法はない、ならやるっきゃねぇよな!




「しかし、不服だな…」


「何?」


するとカルウェナンは腕を組んでやれやれと大きく息を吐く。まるで自分の存在が酷く貶められたかのような振る舞いを見せるカルウェナンに俺とメグはやや訝しむ、と同時にカルウェナンはこちらに指を向け。


「たった二人で、小生の相手をするつもりか?安く見られたものだ」


「は?二人?」


何言ってんだここには俺とエリスとナリアとメグが……そう思い俺は背後を見ると…。


「あれ!?エリスとナリアは!?」


「あら?あら!?いませんよラグナ様!?」


居ない…居ないのだ、てっきり一緒についてきてるもんだと思ったエリスとナリアの姿がない。え?嘘だろ?まさかはぐれた?あの粘土の中で…エリスが迷った?そうとは思えないが事実二人はこの場にいないのだ。


…それが意味するところとは、つまり。


(や、ヤベェ…四人いてようやく賭けになるかどうかなんだぜこれ、四人揃ってなきゃそもそも賭けにもならねぇ…!)


「何か不測の事態があったと見える。だが悪いな、ここは既に修羅場である…万全を期する余裕など誰しも持ち合わせねいなくて当然。考慮せんぞ…そちらの事情は」


カルウェナンが腕を解く。ただそれだけで空気が重く質量を持つ。圧倒的実力から発せられる重圧に…俺の冷や汗も下に落ちるというもので。


…エリス、ナリア…どこ行っちまったんだよ、出来れば…早く戻ってきてくれ!


…………………………………………………………………


「う…うっ…」


「…大丈夫ですか?ナリアさん」


粘土のように流れる土流に流され足を取られたナリアさんを助けるため、咄嗟に身を投げ出したエリスだったが。彼を助けるには至らずエリスもまたナリアさんと共に流された…本来なら向かうべき方向があったのだが、とても方向転換する余裕がなく下へ下へと流されて。


今、エリス達は迷宮よりも更に下層の…謎の空間へと押しやられてしまったのだ。滴り落ちる天井が魔術の効果を失い硬く固まったのを確認しながら、エリスは抱き止めたナリアさんを揺さぶり意識を確認する。


「す、すみません、大丈夫です…でも」


「ええ、かなり下に流されましたね」


エリス達は今、謎の空間にいる。広く光源のない闇の中…ここが一体どこなのか、エリスにも分からない。だがエリスの記憶を元に作り出した地図を参照するに、ここは迷宮の下、そのさらにまた下…地下奥深くと言えるような場所まで落ちてしまった。


これは推察にはなるが、多分だがここはシュレインの街を設計するにあたり本来想定されていないエリア。つまり街の地下のさらに下に位置する空間に思える。


本来ならこの空間に入る術はないのだろうが…アナフェマの軟化魔術の影響で偶然ここに落ちてしまったんだろう。厄介なところに飛ばされた…どうやって上に戻ろうか。


「すみません、僕がヘマしなければ…」


「問題ありませんよ、咄嗟の出来事だったんですから…それより直ぐに戻らないと、多分ラグナは既にカルウェナンと───」


カルウェナンと戦ってる、直ぐに戻ろうとエリスはナリアさんを手放し上に穴を開けようとした…その時だった。


『孤独の魔女の弟子エリスか、これは幸運ですね』


「───え?…っんな!?」


突如闇の中から飛んできたのは輪っか型の拘束具。紫に輝くそれがエリスの手足、そして首目掛け飛んできたのだ。あまりの出来事に反応すら出来ずエリスはその輪に拘束されると同時に…押し出され、奥の壁に叩きつけられると同時に磔にされるのだ。


「エリスさん!?」


「い、一体何が…!?」


「おっと、抵抗しないでくださいね…恐ろしいので」


「ッ!?」


輪を壊して抜け出そうとした瞬間、エリスを拘束する輪から全身に通ずる電流が流れ…エリスの体を一気に痺れさせ、その意識を一気に刈り取ってしまう。


「ぅぐっっっ!?」


「エリスさん!エリスさん!!何が……」


「識確魔術の使い手エリス、確保完了…これは大収穫ですねぇ」


電流により意識を失ったエリスを心配して駆け寄るナリアの前に、姿を現したのは白衣の男。エリスを拘束した張本人と思われるそいつは丸メガネをクイクイと動かし…指を鳴らす。


「貴方達がここまで落ちてきたのは正直想定外でしたが、誤算なら軌道修正してしまえば良い。考え方を変えれば非常に良い素体を手に入れることができたとも捉えられるのだから」


「ッ…光!?ここは…」


現れた男が指を鳴らせば部屋中の光源魔力機構が光を放ち、真っ暗な闇を照らし部屋の全容を詳らかにする。唐突に飛び込んできた光にナリアは慄きながらも…必死にそいつを、エリスを拘束した犯人を見てエリスを守ろうと立ち塞がる。


「お前は誰だ!エリスさんに何をするつもりだ!」


「私の名はシモン、メサイア・アルカンシエルの参謀をやらせてもらっています…。いや?この部屋の中に限っては別の言い方をするべきか」


「この部屋……?ッ!?なんだこの部屋」


徐々に視界を取り戻すナリアの瞳に映ったのは部屋の全容。シモンと名乗る謎の男が見せるこの部屋の光景を一言で言うなれば…『研究所』だ。


大量の紫の液体が込められた瓶が並び、魔獣の死骸が浮いた水槽がそこかしこに配置され、ありとあらゆる道具が揃えられた…洞窟の中の研究所。その中心に立つ白衣のさえない男は狂気に満ちた笑みを浮かべる。


「ようこそ我が研究所へ。メサイア・アルカンシエル『魔術根絶研究主任』…シモンが貴方方を有効活用してあげますよ」


「ッ…なんなんだ、これ」


アナフェマによって叩き落とされた地下奥深く、偶然落ちた地下研究所。そこでナリアは邂逅する、エリスを捕らえ有効活用すると口走る狂気の男に──────。


…………………………………………………………


「……雨雲が出来上がり始めたな」


そして、戦いの始まりを感じながらも街の最奥にてデティフローアはと共にその時を待つイシュキミリは開いた穴から天を見て嘆きの慈雨の完成を予感する。


「魔女の弟子達はここに攻め込んできたようだよデティフローア。アイツらを捕らえお前の前で首を刎ねる…その為にはお前が生きてないとダメだもんな、だからそれまで処刑は待ってやるよ」


「……………みんな…」


戦いが始まった、自分を助ける為にみんなが戦いを始めた。今度はエリスだけでなく全員が攻め込んだ…イシュキミリ達もそれを迎え撃った、全面戦争が始まってしまった…自分のせいで。


「これはお前達の選択だ、これから私達は嘆きの慈雨をマレウス全土に降らせ…お前達に消えない咎を背負わせる」


(……私が嘘をつかなければ、こんなことにはならなかったのかな)


デティフローアは一人悔やむ。自分のせいで戦いが始まり多くの人が傷つこうとしている。それもこれも全部自分のせいなんだ。


私がイシュキミリに正直に死者蘇生のことを話していれば、彼がここまで歪むことはなかったのかな。私がエリスちゃんに魔力覚醒の件を正直に話して明らかにしていれば、クライングマンにエリスちゃんが殺されるなんてことにはならなかったのかな。


分からない、因果という物は収束する物で…結局どういう風に転ぶのかは分からない。だが少なくとも言えるのは今この状況は確実に自分の嘘と不甲斐なさが招いたと言う事実だけ。


(私が…もっとみんなに…)


涙をこぼすことしか出来ないのが情けない、出来るなら直ぐにでも仲間の元に駆けつけたいけど、この拘束はどうあっても解けない。私にはもう…何もすることができない。


「さぁ、嘆きの慈雨が降るぞ…、君たちの選択で人が大勢死ぬぞデティフローア!」


「ッ……」


ああ、嘆きの慈雨が降る。みんなには酷な選択をさせてしまった…嘆きの慈雨で人が死ねば、きっとみんなも責任を感じる。出来るなら私一人で全てを背負いたいのに…ごめん、ごめんみんな。


例え他国とは言え…マレウス全土に死者が出れば、それはもう…取り返しのつかない歪みとなる。ならばいっそもうここで自ら命を絶ってやりたい…けど、それもまた許されない。私一人が逃げることは………。


「……ん?」


ふと、イシュキミリが顔色を変える。天を見て嘆きの慈雨の到来を待っていたイシュキミリの顔色が…ドンドン悪いものになっていく。


何かが起こっている、イシュキミリにとって想定外で尚且つ良くないことが…。それは態々聞くまでもなくワナワナと震えるイシュキミリ自身の口から、語られた。


「なんでだ…?何故だ?どうしてだ!?なんで『嘆きの慈雨が降らない』んだ!?」


「え…!?」


イシュキミリは穴から身を乗り出して天を見上げ吠え立てる。嘆きの慈雨が降らないと…そう言うのだ。確かに彼らは白露草を十分な量用意できなかった、だが…それでもマレウス全域を雨で覆って、配置を考えれば人間の住む場所全域に雨を降らせるくらいのことは出来る筈だった。


いや実際雨雲は出来ている、だが雨が降らないのだ。何かがおかしい…イシュキミリは顎に手を当てブツブツと呟き思考を巡らせる。


「おかしい、ここまで成立しているのに雨粒が落ちてこないなんてことはない、紫光も出ているし確かにあれは嘆きの慈雨の雨雲のはずなのにあそこまで雨雲が育って雨が降らないなんてことあるか?まさか今までにない大きさだから降るのに時間が掛かっている?南部以外でのテストはまだだ…南部以外の環境には適応してない事に気がついていなかった?いや…いや…どれも違う」


嘆きの慈雨の開発者は彼自身だ、だからこそその内部構造は誰よりも理解している。雨粒になって落ちてくるロジックから何から全て熟知しているからこそ雨雲が出来上がっても雨が落ちてこない理由に見当がつかない。


あと少しなのに、あと少しで嘆きの慈雨が落ちるのに…その一歩手前で慈雨が止められているような感覚にイシュキミリは頭を掻きむしり苛立ちを露わにする。


「なんなんだこれ!なんだこれ!またか!またなのか!また私の作った物は身を結ばないのか!?ここ大一番で!クソ!あり得ない!あり得ないあり得ない!…まさか何処かで誰かが邪魔をしているのか!?」


(誰かが…邪魔を……あ!)


その瞬間、デティフローアは思い出す。それは仲間や師匠の言葉ではなく…他でもないイシュキミリの言葉…。


『なんだいデティフローア、仲間の事を信じてやれよぉ』


…私を煽る為に言ったあの言葉、けど確かに私は仲間を信じることを忘れていた。…そうだよ、ラグナやエリスちゃんが無策で来るわけがない!私がマレウスの人達を死なせたくないと思うように!みんなもそう思っていたはずだ!


なら、これはまさか…みんなが!!


(私は本当に…友達に恵まれた……)


嘆きの慈雨が降らないのは仲間達が何かをしたから、その事実にイシュキミリもデティフローアも辿り着く。だからこそデティは笑い…イシュキミリは。


「ッッマァァアアアゲイアァァアアアァァアアッッッ!!」


吠える…、最後の最後。もしもの為に取っておいた最後の戦力を動かす。そしてその声に応じるように…彼女は─────────。


………………………………………………………


『ッッマァァアアアゲイアァァアアアァァアアッッッ!!』


「はいはいもう動いてますよッ!クソッ!何が起きてんだこれは!」


走る、既にマゲイアは事態の異常性に気がついて行動を開始していた。遥か彼方から轟くイシュキミリの咆哮に一人答えながら彼女はシュレインを離れ森を駆け抜けていた。それは風さえも超える速度で木々を薙ぎ倒し一直線に『あそこ』に向かう。


嘆きの慈雨が降らない、これはおかしい。確実に何か邪魔が入っている…だが邪魔とは何か?そう考えて彼女は周囲を探った、するとどうだ…。


「十中八九…あそこだろッ!」


全ての街から紫の蒸気が上がる、あれは装置で蒸発させた嘆きの慈雨のポーションが気化して空に上がる際生まれる煙、だが…一つだけ。一つの街から上がる煙だけ色が違う、一つの街から立ち上る白い煙が空の雨雲に混ざり何か影響を及ぼしている。


恐らくあの煙が嘆きの慈雨が寸前で停止した理由だろう。そして…その煙が上がっているのは、ウルサマヨリ!


(誰かがウルサマヨリで別の蒸気を舞い上げて嘆きの慈雨に混ぜる事で機能を停止させているんだ!種は分からないが理屈はこうだ!どこのどいつだ…邪魔をしているのは!)


そしてマゲイアは一直線に飛び抜けウルサマヨリの街へと辿り着く。家屋の屋根の上に立ち…煙の正体を確認する。それは街の中心にで発生していた…そして邪魔しているのは。


「あれは……」


『使える物は全部持ってこい!研究所!自宅!なんでもいい!容易な!中和剤を!』


『はいッ!!』


街の中心に、巨大な鍋を置き。大量の魔術師達が材料を投げ込みながら鍋を掻き混ぜポーションを作っている。そのポーションが熱で炙られ蒸発し、煙となって天に昇り…嘆きの慈雨と混ざっているんだ。


ウルサマヨリの魔術師達だ、邪魔をしているのは。そしてその指揮を取っているのは魔術御三家が一人マティアス・クルスデルスール…奴が嘆きの慈雨を中和する為のポーションを作り上げていたんだ!


「何故奴らが嘆きの慈雨の中和剤を…」


マティアス・クルスデルスールは優秀な魔術師だ、ポーション制作から属性魔術に至るまで完璧に学んでいる才人。その才覚はイシュキミリに次ぐほど…。嘆きの慈雨もポーションだ、別のポーションを混ぜられれば例え空中であっても正しい効果が現れなくなるだろう。


その為の中和剤を街の魔術師達全員で協力して作っている。南部全域に配置された生成装置から出る嘆きの慈雨をこの街一つで抑えている…だが何故だ、如何にマティアスとは言えこんな短期間に中和剤など作れようもない筈。


『魔術導皇が我等魔術師を守る為にメサイア・アルカンシエルと戦っている!我等魔術師は!一体どれだけ導皇に守ってもらった!我等魔術の臣民はただ守られるだけの存在ではない!学んだ知識と蓄えた知恵を総動員させて嘆きの慈雨を止めるんだッ!!』


(何故こんな事になっている、この短期間でこの街に何があった…分からない、分からないが…関係ない)


結局のところ、ここにいるマティアス達が嘆きの慈雨の発動を遅らせているんだ。なら彼らを消し去れば嘆きの慈雨は決壊し…今度こそこの国全域に雨が降る。ならば消そうとマゲイアはその手をマティアス達に向け…無慈悲にも魔術を放とうと力を込め───。


「『概念錬成・打破』ッッ!!」


「むっ!?」


力を込めた…その時、頭上から降り注ぐ威圧に反応しマゲイアは即座にその場から飛び退けば、それと同時に先程までマゲイアが立っていた家屋の屋根が粉々に吹き飛び押しつぶされる…攻撃か!?


「やはり来たか、メサイア・アルカンシエル…」


「おや?貴方は……」


粉砕される家屋の土煙と共に、空を裂き飛んできたのは…青髪の軍人。それは確か、ヴレグメノスで殺した筈の…。


「メルクリウス…!?お前は死んだ筈じゃ…!」


「私の死を確かに確認したのか?マゲイア…!」


メルクリウス・ヒュドラルギュルム…それがフワリと天を漂いながらマゲイアと同じく家屋の屋根の上に立ち、腕を組みニヒルに笑う。今ここでメルクリウスが出現した、その事実一つでマゲイアは全てを悟る。


つまりそう言う陣形。魔女の弟子六人でシュレインに攻め入りデティフローアを救出。嘆きの慈雨は街の魔術師達が対応しつつそれをメルクリウスが守る…つまり奴らはどちらかを選んでなどいない。最初から両方なんとかするつもりで戦いを挑んできていたのだ。


「なるほどなるほど、そう言う事ですか…油断しましたね、確かに貴方の死は確認していない…お陰で見誤りました、敵の数を」


メルクリウス一人が増えたからここまで計算が狂ったのではない、街の魔術師もまた魔女の弟子達に手を貸すのは想定していなかった。お陰で魔女の弟子達少数精鋭の事ばかり考えていた。


だから計画が狂った、ここまで狂った、だが…それでも。


「問題ない、ここでお前を殺せば…一気に形勢はこちらに傾く」


「分かってるさ、だから私がここに残った。絶対に崩されない駒としてな」


メルクリウスは腕を解き、肩にかけた軍服を脱ぎ、それを持ち上げ天に掲げるように持ち上げる。そこから発せられる威圧と重圧…冗談を言っているようには見えないな。本気でこいつは私に勝つつもりか…。


「今、この街で戦う魔術師達は、魔術を以てして人を救う事を証明する最後の希望。天より降り注ぐ滅びを前に抵抗を続ける最後の狼煙だ、絶対に崩させん…貴様のような、虐殺を虐殺とも思わぬ外道にはな!」


「言ってなさい、全部飲み込み崩してあげましょう…四魔開刃!『人外』のマゲイアッ!久しく戦陣を開きましょう!」


「不可能だ、お前にはな…ッ!」


そしてメルクリウスは掲げたコートを手放し構えを取る。マゲイアもまた杖を回しメルクリウスに突きつける。両者の魔力が衝突しウルサマヨリが揺れる…今ここに、メサイア・アルカンシエルと魔女の弟子、魔術を否定する者と肯定する者、魔術によって破壊をもたらす者と救う者の戦いが幕を開ける事となる。

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