表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十七章 デティフローア=ガルドラボーク
663/835

608.魔女の弟子と魔人の卵


「エリスちゃん!?」


「返してもらいますよ、エリスの友を……」


突如、壁が崩れ…現れたエリスは、閉ざされた空間の中に光を差し込ませながら睨みを利かせながら、確認する。縄に縛られたデティとイシュキミリと、カルウェナンの姿を。他にも幹部っぽいのが何人かいるな。


「貴様は…魔女の弟子!」


「カルウェナン、貴方との再戦は後です。返してもらいますよデティを」


「貴様何故この場所が分かった、この…密林の地下にある施設が」


エリスがいるのは、南部の大密林、その只中にあるとある洞窟…その中ある奴らの拠点だ。巧妙に自然と一体化され隠されたこの地下施設。そこにイシュキミリは逃げ込んでいた。


どうやらウルサマヨリの地下道からここに通じているようで、奴は走って街の外にあるこの拠点まで逃げてきたんだろう。エリスでも十分以上かかる距離を物の数分で移動したその速度は気になるが…今は関係ない。


デティを取り返す、その一念でここまで来た。小さく開いた時界門の隙間から情報を抜き取り超極限集中の識確によりこの場所を割り出し、ここまで旋風圏跳で飛んできた。体力も魔力よ限界に近いが…それでも。


「エリスちゃん!」


「デティ、もう少し待っててくださいね」


デティを取り返す、例え敵軍が目の前で陣を張っていようとも!意地でもなんでも取り返す!!


「ハッ!取り返すだと?メサイア・アルカンシエルの本隊が控えるこの場にて…そんな勝手が通るわけがないだろう!」


ふと、大きな杖を抱えた褐色の女がエリスの前に出てくる、確か…直前の言い合いを聞くに、名はマゲイアか。まぁどうでもいい、デティを取り返す。


するとマゲイアは杖を振るいながらエリスの前に立つなり、ビッと杖の先を向けてこう叫ぶ。


「カルウェナン!奴を追い返せ!」


カルウェナンだ、奴を差し向けようとするのだ。正直今カルウェナンを相手するのは厳しい…けど。


「………………」


「お、おい。カルウェナン?何故動かない」


動かない、カルウェナンは腕を組んだままそっぽを向いて動かない。そうだろうと思った、あいつは敵だが一本筋の通った男だ、だから…最初に言った通りになると思っていたんだ。


「確か、エリスがデティを取り返そうとするのを、お前は阻まない、でしたよね」


「ああ、小生は誘拐には加担しない。取り返そうとするならば好きにすればいい、それに今の消耗したお前と戦っても面白みもなさそうだ、早く取り返して戦いの支度をし直すがいい」


「なっ!?貴様!ここでもそんな事を…!」


カルウェナンは誘拐、窃盗、殺戮には加担しない。それが奴の抱える規則であり絶対の法だ。この手の奴は融通が効かないからこそ強い、自分を貫くからこそ強い、もしここで奴がエリスの前に立ち塞がり最初言ったことを曲げるようなら…きっとエリスはカルウェナンに勝てただろう。


カルウェナンは自分を曲げないからこそ強いのだ、そこを曲げたらあいつは弱くなる。そういうもんなのだ、そこを理解してるからカルウェナンも動かない。ならそもそもカルウェナンは脅威じゃない。


「チィッ!ならミスター・セーフ!アナフェマ!奴の相手を!」


今度はミスター・セーフと呼ばれる金庫頭とアナフェマと呼ばれた陰気な女にマゲイアは指示をする、しかしセーフとアナフェマは互いに視線を合わせると…。


「我々はイシュキミリ坊ちゃんの部下だ!」


「イシュキミリ会長以外の指示は聞きません!貴方と言うことなんか聞きませぇーんッ!」


「グググッッ!貴様らまで…」


二人はマゲイアの言うことを聞くのを拒否する、イシュキミリ以外の言う事は聞かないと。そして当のイシュキミリは何故か呆然としており動く気配がない、正直あいつが一番怖かった、どう動くか想像も出来ない上にクソ強いから。


だが、カルウェナンは動かず。イシュキミリは動かず、イシュキミリが動かないからセーフとアナフェマも動かない…なら。


「どいつもこいつもぉおおッッ!!ならいい!私がやるッッ!!」


出る、マゲイアが。怒りに身を任せ杖を振りかぶり肩に背負いながら…前に一歩出る。ただそれだけで吹き飛ばされそうになるほどの大魔力が吹き荒れエリスを押し潰そうと荒れ狂う。


これは参った、カルウェナンとイシュキミリ以外にこんな強い奴がいたのか!見た感じエアリエルやガウリイルと同格!幹部の練度なら今まで戦った組織の中で随一かッ!!


「『シューティングスター…』」


まずい!来る…ッ!マゲイアの杖が光る、と同時に地面が融解する程の温度が集約し…。


「『ヘルフレイム』ッ!」


「冥王乱舞!点火!」


瞬間、足先から魔力の波を放ち飛び上がる。同時にエリスの居た場所を通り過ぎる無数の熱線が流星群のように通り過ぎ穴を通り過ぎ外へ向かい密林を吹き飛ばし紅の光が周囲を焼き尽くす。


異様な威力、あまりにも威力が高すぎる!現代魔術かあれ!古式と殆ど変わらない威力だぞ!


「チィッ!外したか!」


「貴方…その体…!」


すると、マゲイアの肘から出るんだ…プシュー!と水蒸気が。その挙動に見覚えがあった、チクシュルーブで見たサイボーグだ、まさかマゲイアもサイボーグ?そんなバカな、そんな感じはしないけど。


いや…そうか!!種はあれか!サイボーグじゃない!なら…いや今はデティの救出が先だ!


「冥王乱舞!」


咄嗟にエリスは自分で崩した瓦礫を一つ、二つ、三つと打ち上げながら走り…。


「『礫雨』ッ!!」


打ち上げた瓦礫を蹴り抜き、冥王乱舞の速度で打ち出される超高速の石の散弾として蹴り砕きマゲイアに向けて飛ばす…が、既にマゲイアも動き出しており。


「『ノクシャスカクタス』」


浮き上がる、マゲイアを中心に無数の闇が、それがぬらぬらと数十本の野太い触手となって展開されると同時にマゲイアは大きく杖を振りかぶり…。


「『ダンスマカブル』ッッ!!」


「ぐっ!!」


振り回される、全方位に闇の触手が目にも止まらない速度で振るわれ兵士や機器ごとなぎ倒し、飛んできた石の散弾すらも弾き砕き、大暴れするのだ、その風圧を受けただけでエリスの体は大きくバランスを崩し地面を転がる。


まずい、冥王乱舞を展開し続けられない、もう魔力がない…!


「随分お疲れだな魔女の弟子!ゆっくり休んで行ったらどうだ?ウチの独房で!」


完全に誤算だった、マゲイアが想定よりずっと強い。恐らくは覚醒習得済みである事を鑑みても底が知れなさすぎる。あいつをこの場で倒すのは不可能、何より突破することさえ難しい可能性がある。


「『ソードテンペストレイン』ッ!」


「チッ」


更に続け様に飛んでくる剣の雨を前にエリスは冥王乱舞(省エネバージョン)を展開する。必要最低限の部分だけを点火し加速する方法…、当然トップスピードは落ちるがエリスの平常時よりずっと早い、それで足裏だけを噴かし地面を滑るように滑走し剣の隙間を縫いながらデティの前に立ち塞がるマゲイアに狙いを定める。


一瞬でいい、一瞬時間を作る…それでいいんだ!


「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ」


地面を滑りながら両手をクロスさせ電撃を纏わせ、体に炎雷をチャージする。これで一気に場を撹乱するッ!


「 『真・火雷招』ッ!!」


そして放たれるのは極大の炎雷、受け止めるにしても防ぐにしても確実に相手を動揺させられる威力を用意しマゲイアに向けて放つ。その瞬間エリスは身を翻しデティを助ける為に加速の支度を整え……。


「悪手だぞ魔女の弟子ッッ!!」


「え!?」


しかし、その瞬間叫ぶ。カルウェナンがエリスに忠告するように叫ぶ、何を言っているのか…理解出来ず咄嗟にマゲイアに再び視線を向けると。


「ウフフフフ、来た来た…ッ!」


バッ!と胸元を露出させながら迫る火雷招を受け入れる、防御も回避もしない…棒立ちで受け入れている?いや違う!何かする気だ!まずい…カルウェナンの言った通りこれは。


悪手だったか!?


「『ミラーリング・テイクオーバー』ッッ!!」


その詠唱と共にマゲイアの体が光り輝く、するとどうだ。あれだけ猛威を振るい熱を放っていた火雷招がまるで吸い込まれるように光り輝くマゲイアの体に取り込まれていくではないか。エリスの魔術が分解されて魔力として吸収されているんだ。


魔術を吸収する魔術だと…、そんなのありか…そんなのエリスが損しただけじゃないか。


「フゥ、すんごい魔力量。これが古式魔術ね…でも」


すると、エリスの魔術を取り込み終え無傷にて古式魔術を受け止めたマゲイアは、杖を放り投げ、エリスに向けて両手を開き。


「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ」


「え…え!?」


口にするのは…エリスが今放った火雷招の詠唱。古式魔術の詠唱…いやいや、嘘だろ。出来るわけないだろそんな事、いや…でも今マゲイアの手には確かに炎雷が…ッ!?


「 『火雷招』ッッ!!」


「なッ!?!?」


膨大な熱波が襲来し、エリスと体を吹き飛ばし焼き焦がし、壁に叩きつけ打ち崩す。マゲイアより放たれたのは古式魔術『火雷招』…エリスの使う火雷招を、マゲイアは使ったのだ。

必死に修行して、魔女から教えを賜らなければ使えないはずのそれを、マゲイアは…模倣した。


「ゔっ…なんで」


「ミラーリング・テイクオーバー…魔術を吸収し我が身の魔力へ変換する魔術。私に魔術攻撃は一切通用しない、と同時にね。吸収した魔術の仔細を把握することもできるのよ、細かな魔術式さえ把握出来れば使用なんて簡単簡単。だから…貴方の古式魔術、貰っちゃったわぁ!」


「マジか……」


魔術を完全に無効化した上に相手の魔術を古式だろうがなんだろうが関係なく使用する技だと。そんなのあまりにも反則過ぎる…。


「捕えろ!奴の古式魔術にも利用価値がある!」


「グッ……」


「問題ない、今の消耗したあいつなら雑兵の貴様らでも容易い」


『ハッ!』


ワラワラと兵士がエリスを囲むように現れ、全員が腰に差した拳銃や剣を引き抜きエリスに突きつける。ここに来るまでに消耗し過ぎたか…だが。


「まだ諦めませんよ!エリスは…冥王乱舞!点火…ッ!?」


咄嗟に冥王乱舞を展開しようと魔力を噴き出すが…ダメだ、加速出来る程の魔力が出てこない。完全に魔力切れ、ここに来て…。


「ほらね、さぁ行きなさい」


「エリスちゃん!!」


「ッッ……」


マゲイアが笑う、デティが叫ぶ、兵士が迫る……魔力切れ、防壁も張れない、魔術も使えない…状況も状態も悪い、けど…けれど。


「さぁ来い!我々と来てもら──」


「デティをッ!!」


「グッ!?」


咄嗟にエリスを捕まえようと近づいて来た兵士の手を逆に掴み、引っこ抜くが程の勢いで手を引き。


「返せって言ってんでしょうがッッ!!」


「ごばぁっっ!?」


殴り抜く、顔面を。吠える、デティを返せと。エリスはただ友達を返してもらいたくてここに来てるんですよ…だから。魔力切れ?魔術が効かない?覚醒も防壁も維持出来ない?関係ないんだよいいからデティを返せ。


「まだ…諦めないかッ!いい加減にしろ魔女の弟子ッ!!」


「喧しいわァッ!!」


拳を握る、迫る兵士に飛び掛かる。魔力を用いない肉弾戦、武器を持った兵士を相手に消耗したエリスはただ暴れるように戦う。


「オラァッ!!」


「がはぁっ!?」


拳の一撃で兵士の兜を砕き。


「退けェッ!!」


「ごふぅっ!?」


蹴りの一撃で吹き飛ばしながら鎧を破砕し道を作る、デティまでまだ少し距離がある…強行突破するか!


「デティッ!!」


「ッ…エリスちゃん後ろ!」


前を阻む兵士を二人投げ飛ばしデティに向け走る…がしかし、背後から一人の兵士がエリスに向けて拳銃を放ち、それがエリスの左太腿を貫き鮮血が舞い散る。


「グッ!?」


銃弾が貫通した、骨と筋をやられた、左足が動かない…!


「終わりだ魔女の弟子ッ!」


瞬間、目の前に立ちはだかる兵士が高らかに剣を振りかざす。左足をやられ前のめりに倒れるエリスには防ぐ術がない…けど。


「フッ!?」


「なっ!?血を!?」


風穴が空いた左足を体ごと振るい滴る血液を目の前の兵士にぶっかけ目眩しをすると同時に。


「ぅがァッ!!」


「くっ!?獣がお前はッッ!」


飛びかかり兵士の剣を強奪し、押し倒すと同時に殴り飛ばし道を作るが…。


「撃て!今なら防壁がない!当たるぞ!」


「ぅグッッッ!?!?」


次々と背中に銃弾が命中する。コートにより貫通することはないが…衝撃は確かに体に伝わる、骨が折れ内臓が張り裂け口から血が溢れる…が、そんな痛みさえ噛み殺しエリスは右足に力を込め…。


「デティィイイイイイ!!!」


「エリスちゃん……うん!」


跳躍、銃弾の一斉掃射を受けながら跳躍し一気にデティに迫る…がそんなエリスの道を阻むのは。


「だからさせないと言っているッ!」


マゲイアだ、奴はそ手に持った杖を高らかに掲げ、先端に炎雷を纏わせると…。


「貴様の魔術で死ね!『火雷招』ッ!!」


「ッ……」


そのまま杖ごと叩き下ろされる火雷招。今のエリスには防ぐ術も避ける余裕もない、だからこそ迎え撃つ!真っ向から!


「んぐッッ!!」


「バカめ!素手で受け止める気か!」


両手で受け止める、火雷招を。マゲイアの手によって放たれた炎雷を両手で受け止めればただそれだけで腕が焼け焦げる。このまま行けば全身丸焦げになってエリスは死ぬだろう…けどなんの計算もなしに受け止めたわけじゃない。


「ゴッ…誤算、でしたね!マゲイア!」


「何……?」


「現代魔術を使ってれば、勝ちでしたよッッ!!」


抑える、火雷招を抑え込む。膂力だけで抑え込む…ギリギリと歯を噛み締め無理矢理腕を炎雷に押し付け、その推進力を奪い、完全に抑え込む。


「ば、バカな…古式魔術だぞ!」


「違います!『エリスの古式魔術』です!何百回と撃ってきたエリスの魔術を!エリス自身が…御せないわけがないでしょう!」


(ッ…微量の魔力を手から放ち私の火雷招に干渉してるのか!?そんなバカな!出来るわけがない!他者の放った魔術に魔力で干渉して抑え込むなんて神業が…!)


抑える、手から魔力を放ち火雷招の内部構造を弄りその勢いを殺しているんだ。他の魔術じゃこんなことは出来なかった、火雷招だからこそ出来る。もしあそこでマゲイアが現代魔術を撃っていればエリスの詰みだった!


最後の最後で調子に乗ったな!マゲイアッッ!!


「ぅぐぅぉぉおおおおおお!!」


「バカな…!魔術を投げ飛ばして!?ぐっ!?」


そのまま火雷招を天井に投げ飛ばし爆砕する瓦礫が周囲に飛散する。その轟音に周囲のアルカンシエル兵、そしてマゲイアが戦慄している…その一瞬を突いて。


「デティ!」


「しまった!?」


両腕を焼き焦がし、左足を負傷しながら、右足一本で跳躍しマゲイアの横をすり抜け縛られたデティに向け飛ぶ。この腕じゃデティの拘束は解けない…けど。


「はぐっ!」


先ほど奪った長剣を投げ、口に咥えるとともに再加速…口に咥えた刃でデティを縛る縄を…切り裂く。解放された、デティの手が、エリスの執念がデティに届いたのだ。


「ペッ!デティ!迎えにきました!」


「ごめん!それとありがとう!エリスちゃん!」


「しまった!魔術導皇の魔封じの縄が…だが」


すぐさまマゲイアは転身する、杖を構える。まだ挽回が効くと戦う気を失せさせない。


「両手足のうち三つを負傷した手負いの状態でどうするつもりだ!?その足で逃げるか!私から!不可能だッ!」


確かに、今のエリスにはもう一歩も動く力は残っていない、このままいけばデティを解放しても意味がない。けどね…エリスが負傷覚悟、消耗度外視でデティを優先したのは…。


デティさえいれば、一発で逆転出来るからですよ…!


「廻れ廻れ、廻る定めよ今一時のみその流れを止め我が手元に戻り給え。灰は今一度燃え上がり、砂は今一度頑強なる岩となり、夜は今一度太陽を輝かせる、人の身に余るこの業深き言葉に慈悲を与えるならばどうか!」


「詠唱!?古式治癒!?しまっ───」


「『永劫輪廻之逆光』!」


デティの持つ最大の古式治癒魔術。肉体に限定した時間遡行、それはエリスの肉体を巻き戻し戦闘を始める前の段階に戻す…つまり。


「全ッ!力ッ!全開ッ!!」


「なぁッ!?消耗が完全に消えた!?アリかそんなの!!」


エリスの体の傷も、ここに来るまでの全ての消耗も、何もかもが消え完全な状態に戻る。デティもそれを理解し、エリスの考えを理解し、読み切っていたから下手に動かず待っていてくれたんだ。


そして、魔力が戻れば当然使える!冥王乱舞が!


「点火ァッ!!!」


「ぐっ!凄まじい魔力の奔流…これが奴の全霊か!」


今ならカルウェナンとももう一戦くらい出来そうだ、けど今はデティの救出が優先…、故にエリスはデティを背中に背負い直し上着でその体を巻いて固定する。


「エリスちゃん!アイツのミラーリング・テイクオーバーが吸い込めるのは魔術だけ!魔力単体じゃ取り込めないよ!」


「いいこと聞きました、ならば…冥王乱舞・奥義」


拳を握る、デティを連れて帰るのが本来の目的、だがそれでも…やらなきゃ気が済まないだろ、仕返しを!こっちはこうも好き勝手やられてんだ!一発くらいしっぺ返し喰らわさなきゃ割に合わない!


「『魔道』ッッ!!」


「クッ!?」


放つ拳から放出されるのは凝縮した魔力の波濤。魔力の波が大気を押し出し空間全域に待機圧縮を引き起こし、同時に音の壁を粉砕し飛ぶ魔力の波が同時に荒れ狂い拠点そのものが魔力に飲まれ粉々に吹き飛ぶ。


その様を天空から見れば、いきなり小型の火山が噴火したようにも見えるだろう。それ程の爆発をしっぺ返し代わりに放ちメサイア・アルカンシエルの拠点を文字通り一つ消し去る。


「あーっははははは!ザマァ見ろーーーッ!」


「エリスちゃんめいいっぱい飛ばして大丈夫だよ!」


そして、その爆炎を切り裂いてエリスとデティは軌跡を残して天空へと消えていく。デティを取り返し、高らかに笑いエリスは帰還する。さぁメサイア・アルカンシエルの攻撃は潰した、次は反撃の番だ。






「チィッ!純粋な魔力奔流か。厄介な」


一方、その場に取り残されたメサイア・アルカンシエル達は…いや、マゲイアはグツグツと煮えたぎる地面を踏み締め、空へ飛び立つエリスを睨みつけていた。


「ま、マゲイア様。ありがとうございます…守っていただいて」


「いいえ、別に構いません。にしても厄介な奴ですね…魔女の弟子エリス、攻撃特化の広範囲爆撃型の魔術師で、剰え超高速で動き回るインファイターでもあるとは…万全のアイツが拠点に現れた時点でこちらの打つ手はなかったか」


マゲイアは咄嗟に巨大な防壁を展開しエリスの魔力奔流を受け流し部下達を守っていた、とはいえそのせいで追撃の魔術を撃って隙を逃したのだが…部下を見捨てて攻撃していてもあれを撃ち落とせる確率は低かった以上仕方ない。


なんせ秒速で全快させる力を持った治癒魔術師を背中に搭載しているんだ、下手な攻撃は無意味だったろう。


「……これで満足か、お前達!この結果で!」


そして、マゲイアは睨む。この戦いに参加しなかった幹部達を。


「ひぃん、イシュキミリ坊ちゃん」


「マゲイアさんが怖くてくくくく狂う〜〜!」


結局ミスター・セーフとアナフェマは一切参戦しなかった。イシュキミリ政権樹立以降加入した新参の幹部はどいつもこいつも生意気な奴ばかり、イシュキミリへの忠義を優先してせっかく捕らえた魔術導皇をみすみす逃すとは。


「フッ、流石は魔女の弟子エリス。あの窮地逆境を乗り越えるとは…いいものを見せてもらったぞ」


「カルウェナン!この一件は前会長にもしっかり報告するからな!」


「ああ、仔細事欠かず報告しろ。あのお方は小生のこの性分を理解した上で部下にしているのだからな、小生は何も己の道に反することはしていない」


「くぅっ……」


「何より、今の主君はイシュキミリだ。悪いが前会長に何を言われようが関係はない、お前もいつまでも旧体制を引き摺るな」


おまけに最大戦力のカルウェナンに至っては敵に助言すらする始末。もう少し合理的に物を考えられないのかこいつらは…!


「全く、これで計画は大幅に修正せざるを得なくなった……だが」


マゲイアは苛立ちながらもチラリと視線を移す、その先にいるのは……。


「………………」


呆然と立ち尽くすイシュキミリの姿、当初の計画は破綻したが…『我々の目的』は達成できた。


「…………」


マゲイアと参謀のシモンは互いに頷き合って自分達二人に課せられた計画の遂行を確認し合う。マゲイアが無断で嘆きの慈雨を改造し非人道兵器に改造した事はイシュキミリに伝えていない、それは結果的に伝えられなかったのではなく意図して行われた物だった。


行幸だと感じたよ、古式治癒の魔術式を手に入れられたのは、それのお陰で私達はメサイア・アルカンシエル前会長…ファウスト・アルマゲストの最後の命令を遂行出来た。


『諸行無常、イシュキミリは魔術師としても組織の長としても才能がある。きっと良い魔術道王になる…だが、まだ不足だ』


それはあのお方がメサイア・アルカンシエルの会長の座を降り、更に上のステージ…セフィラの一人に格上げする際、マゲイアとシモンに伝えておいた計画。


『イシュキミリにはまだ覚悟が無い、王たる気風、いや非情さか…倫理観と気高い信念が彼を真の魔女排斥の徒にしていない。今のままでは彼は自らの意志を達成する事なく自らの信念によって道を閉ざされるだろう、だから二人にはイシュキミリをお願いしたい』


それは、マゲイアとシモンの二人だけが知っている話。イシュキミリにさえ知らされていない二人の目的…そう、それこそが。


『イシュキミリという人間の持つ価値観を、全て破壊してほしい。全てを失った時彼は本物の王になれる、私さえも超える…王に』


真なる魔術道王を作り上げるという指令、イシュキミリという人間が引いているラインを越えさせる事。そして今それは成った、彼は自らが行う殺しや破壊に『言い訳』を用意してきた。


目的の為、敵対している者だから、魔術師だから、様々な言い訳を用意してきた。だからこそ…ヴレグメノスという街一つ、消し去った。


言い訳のしようがないほどの大虐殺、その責任をイシュキミリ一人に押し付ける。なんせあの街に雨を降らせるよう命令したのは…他でもないイシュキミリだから。


そして、そんな思惑など露知らずイシュキミリは。


(赤…赤…赤、目に映える…赤)


呆然と、ヴレグメノスの街を包む赤色を前に青ざめていた。それはいつか見た赤、トレセーナ口から溢れ、水溜りを通じて僕の足に差し掛かった赤、自分が作った赤、自分のせいで生まれた赤。


(あ…あああ、わ…私は……私は……)


「イシュキミリ坊ちゃん…」


「大丈夫ですか、会長…」


「…………………」


ミスター・セーフとアナフェマは心配そうにイシュキミリに歩み寄るも、それさえも見えぬイシュキミリは自らの手を見て…。


(私は……どうすればいいんだ、私が作る世は…もっと良い世の中でなければならないのに。あんな血と恐怖に塗れた世の中を…私は作ろうとしていたのか…?私は今、何をしてるんだ…)


苦悩する、そこには綺麗な手がある。だがこの手は汚れている、洗っても取れない赤で包まれている、こんな手で私は何を作ろうとしているのか、こんな手で作られた者は果たして良い物なのか。


自らがただただ夢見てきた全てが音を立てて崩れていく。いやそもそも最初から私は何も見ていなかったのか…。


「悲しいねぇ、会長サンよぉう」


「ッ………」


刹那、そんなイシュキミリの手首を掴み…持ち上げる者が一人、そんな乱暴な仕草にイシュキミリの視線は現実に戻り、そいつを見る。


「クライングマン…?」


「やっちまったねぇ、会長サン」


そこにいたのは、クライングマン。民間組織の代表にして獣人戦士隊の十大隊長の筆頭でもある男。そいつが舌を見せながら泣き笑っていた…。


「オイッ!クライングマンッ!今坊ちゃんは傷心中なんだよ!大隊長風情が話しかけるな!」


「そそそそうです!キチガイおばさんが勝手やらかしたせいで!キチガイおばさんが勝手やらかしてせいで!会長ショック受けてるんですよぅ!」


「傷心?そいつは違うなぁ幹部サン達。イシュキミリ会長はただびっくりしてるだけさ。そうだろうぅ?」


クイっと片眉を上げてクライングマンは瞳で涙を流し、口元で笑い、イシュキミリの顔を覗き込むと。こう述べる…。


「手前の本性に、それをまざまざと見せつけられて、驚いちまってんだぁ」


「私の…本性だと」


「そうさぁ、区別はやめようや。あんたぁもう数十人近く殺してるだろう?」


「それは…私の道に反する者だったから…」


「はぁ?何言ってんだよぉ会長!道に反する奴だって…人間だろ?家族が居て志があって日常があって尊い命だろうぅ!?アンタぁ志で人を区別差別すんのかよぉ〜!!」


「ッッ……」


「アンタの本性はこっち側、アンタぁ一人殺した時点で狂ってんのさ…ならもういい加減健常なフリやめようぜ。なぁ?」


「ッ喧しいッッ!」


「おっとぉ」


クライングマンの手を引き払い、くだらないと背を向けるイシュキミリ。されどクライングマンの笑みは消えず。


「悲しいねぇ、なら会長…聞きに行ってみないか」


「何をだ…」


「アンタが今、何者なのかをさ……」


「なに……?」


ダラダラと涙を流しながらも、狂気に満ちる男は言う。聞きに行こうと…そして。


「そして、ついでだ。アンタの言う道に反する者も皆殺しにしに行こう…、俺に任せてくれよぉ。悲しいくらい…上手くやるぜ」


「……………」


イシュキミリにはもう、迷うだけの余裕もなかった。自らを見失い、道を見失った彼には…進める場所など、ありはしなかった。



…………………………………………………………


「みんなッ!帰りましたよ!」


「攫われてごめん!状況はどうなってる!!」


そしてエリス達は大慌てでウルサマヨリに帰還しトラヴィスさんの館に到着。その後玄関の扉を開けてみんなと合流を果たす。あれから街がどうなったのか、敵が全て基地にいたと言う事は既に戦いは終わっていると言う事。


ならばみんなもここにいると踏んで来たのだが、みんながいるであろうダイニングの扉を開けた瞬間エリスの目に飛び込んで来たのは。


「息するのも面倒くさい」


「メグさん!?」


ダイニングの机にグデーンと横になりスカートを半分下ろしてお尻をぽりぽり掻いているメグさんらしき人物、いやメグさん?メグさんだよなどう見ても、でもメグさんがこんなことするか?うーん、ギリしそう。


「ひぃぃん、大きな音怖い…」


「ネレイドさん!?」


そしてもう一人、カーテンを引きちぎり大きな体を布で隠してプルプル震えるネレイドさんらしい人物、これは確かに言える、ネレイドさんはこんなことする人じゃない!


と言うか!


「二人ともどうしちゃったんですか!他のみんなは!?」


「ほへぇー」


「ほへぇーじゃないでしょメグさん!」


部屋にいるは二人だけ、ラグナやアマルトさんがいない。と言うかこのメグさんいつも以上に会話にならない!


「メグさん、状況はどうなってるんですか!デティ連れて帰りましたよ!」


「エリス様…」


「なんです!?」


「背中掻いてください、手を伸ばすの面倒くさい」


「でぇい!目を覚ませ!!」


メグさんの胸ぐらを掴んでグングン振り回すが…ダメだ、全然反応しない。ネレイドさんもビクビク震えてまるでエリス達に反応しないし、メグさんこれだし。


なんなんだ、まるでいつもの二人と正反対になってしまったような…。


『エリスか!?帰ったのか!』


「ラグナ!ラグナー!ここでーす!」


するとエリス達が入ってきた玄関先からドタドタと音が聞こえ、こちらに駆けつけるのはラグナの声と。


「おお!デティ!無事か!」


「あ、アマルト。う…うん、無事…」


「よかった…エリスお前すげぇな!マジで取り返してきたのかよ!」


「エリスを誰だと思ってるんですか!エリスですよ!エリス!」


「無事でよかった…」


駆けつけたのはアマルトさんのラグナだ、一瞬二人もおかしくなってるもんかと思ったけどこっちは大丈夫そうだ。少なくとも見てる限りはだけど。


「それより二人とも!メグさんとネレイドさんが!」


「まぁ、見たら混乱するよな、俺達も混乱してる…」


「何があったんですか?」


「実はさ…」


そしてラグナ達に何があったかを問う、あれからエリス達を追おうとした物の、そこで妨害をしてきたのがアナフェマ…あの陰気臭い髪長女だ。そいつが『アンチビーム』なる呪術を使いメグさんとネレイドさんの性格を反転させ、行動出来なくさせてしまったのだ。


アンチビーム…現代呪術か。


「また呪術……」


「おいデティ、現代呪術は存在しないんじゃないのかよ。敵さんバンバン使ってくるぞ」


「存在しないってのは飽くまで表社会での話。古式呪術の文献が見つかってないから作られてないってだけの話。もしかしたら裏社会に古式呪術の文献が出回ってる?いやでもそこは考え難いし…うーん、敵が禁忌魔術をガンガン使うように、マレフィカルムはもしかしたら相当大きな魔術研究機関を抱えてるのかも」


「まぁ何にしても、治せそうか?デティ」


「うん、現代呪術だしね。古式呪術さえ解呪するデティさんにお任せあれ!さぁメグさんネレイドさんお目覚めの時間ですよー!」


「眠い、寝てたい」


「ひぃぃぃいん、大きい声怖い…」


「この人達がこの感じだと調子狂うなぁ…」


「それで、ラグナ達はどこに行ってたんですか?」


二人の治療はデティに任せるとして、気になるのはその続き。追えなくなったラグナ達が何をしてたか…だ。それを聞くとラグナは頬を掻きながら。


「悪い、出来る事なさそうだったから街の復興と魔術会議の取り纏めやってた。一応イシュキミリが消えて議会は中止、マティアスさんが魔術師達を取り仕切って取り敢えず街に滞在してもらうことにしたよ」


「街にですか?危なくないですか?」


「あの密林通って帰らす方が危険だろ、敵がどこに潜んでるか分からないんだし」


「た、確かに…ってことはマティアスさん達も街に?」


「ああ、今守衛と怪我人達の治療をしてる。俺とアマルトも一緒に瓦礫の撤去やらなんやらを一緒に手伝ってた」


「そうですか…」


マティアスさんがイシュキミリさんの代わりに魔術師達を取り仕切ってくれたのか。彼にはまたお礼を言っておかないと、にしてもあんな傲慢チキな男が立派になったもんだな。


「それより…実はちょっと、ヤベェ事が起きた」


「やべぇー事?」


「ああ、…心して聞いてくれよ」


「な、なんですか」


ラグナはそう言うなりキッと目を鋭く尖らせる。それに釣られてエリスもちょっと顔が硬くなる、そんな風に怖い顔されると…緊張しちゃいますよ。それともそんなに大切な話?なんだ、何が起こった。


「実は、ヴレグメノスの街に……」


「ヴレグメノスの街から伝令があった」


「へ?トラヴィスさん?」


するとラグナの後ろから、ラグナよりも険しい顔をしたトラヴィスさんがヌッと現れる。……ヤベッ!エリス達勝手にいろいろやっちゃって街に被害出したんだ!怒られる…と思ったが、トラヴィスさんはそんな様子もなくエリスの前に立つと。


「先程、ヴレグメノスの街に派遣した守衛から伝令があった。…内容は…『ヴレグメノスの街に住んでいた人間全員の死亡の確認』だ」


「え……?」


「ッ………」


ヴレグメノスの人達が、みんな死んだ?え?なんで?って言うかあそこにはメルクさんがいるだろ、ナリアさんがいるだろ。なんの話してんだ…え?死人?


「何があったんですか…」


「分からん、だが報告によると…紫の雨が降り、それに当たった人間が爆ぜ散って死んだようだ、と聞いている。死者は総勢3500人以上、つまりヴレグメノスの街は完全に滅びたことになる」


「─────────」


言葉を失う、エリス達が知らないところで…三千人以上が死んだ?それに紫の雨ってもしかして嘆きの慈雨?でも嘆きの慈雨は人が死ぬような物じゃなかったはず。え?メルクさんとナリアさんは無事なのか?なんだ…何が起きてるんだ。


「私が南部の治世を開いて以来の大事件だ。君達…メサイア・アルカンシエルの基地に行っていたんだろう、何か知らないか?」


「え、エリスは何も…ただ……」


「奴等です、メサイア・アルカンシエルの仕業です。奴らの作った嘆きの慈雨は、触れた者の魔力を爆増させて、肉体を破裂させる代物だったんです」


「デティ……?」


メグさんとネレイドさんの治療を行っていたデティは、静かに立ち上がり険しい顔でトラヴィスさんを見遣る。嘆きの慈雨が人体を破裂させる兵器だったと…まさか、そんな。そんな危ない物だったのか!?あれ。


「デティフローア様、それは事実ですかな?」


「はい、そして…恐らくその計画の指揮を取ったのは、……メサイア・アルカンシエルの現会長、イシュキミリ・グランシャリオです」


「……………」


イシュキミリ、エリスが来た時は何やら様子がおかしかったが…それでもメサイア・アルカンシエルが首謀者である以上、その指揮を取ったのはイシュキミリだろう。なんせ奴は…エリス達を騙していた…敵の首魁だったんだ。


ただ、それを聞いたトラヴィスさんは、平静を装うと表情を強張らせたが…直ぐに脱力し、大きなため息を吐いて…ダイニングの椅子にドカリと座り込み。


「そうか……」


とだけ、呟く。杖に突っ伏し、ただ受け入れるように…それを聞く。信じられないとも言わない、イシュキミリなわけがないとも庇わない。それが親の態度かと言いたいが…多分トラヴィスさんは。


「知っていたんですか?」


「……ああ、と答えていいものかと悩むが。私は…イシュキミリが何やら仄暗い物を抱えていることに気がついていた。だがまさかメサイア・アルカンシエルに所属していたとは」


「気が…つかなかったんですか?」


「幼い頃から、あまり構ってやれなかった。妻を亡くしても…あの子にはまるで構ってやれなかった、それでも表面では利口に育ち、出来た子だと…思い込んでいた。私がいなくとも優秀に育つ天才だと、思い込むことで…自分がやってきた残酷な仕打ちから目を背けていたのかもしれない」


「トラヴィス卿…」


トラヴィスさんは顔を手で覆って、懺悔する。構ってられなかった…そりゃそうだ、なんせトラヴィスさんはデティの父親が死んでからと言うもの魔術界の発展のと秩序の為身を粉にして働いてきたのだから、構ってやれないのも当然だった。


「忙しさにかまけて、ここに帰ってくるのを恐れていたのは事実だ。母を亡くし、一人孤独にこの館で生きたイシュキミリからの恨み言を聞くのが怖かった…ただそれだけの為に、私は息子に歪みを押し付けた。この一件は…ある意味で私の責任だ」


「そんな事ありませんよトラヴィスさん、殺ったのはイシュキミリ、行動したのもイシュキミリ、二十超えたいい大人のしでかした事にまで親がしゃしゃる必要はないです」


「君の言うことはある意味最もかもしれないが、親とはそう言う物ではないんだ、そう育てたのは…いや育てなかったのは私なのだから」


「そこと殺しの責任は別です、混同したら──もが…」


「エリス、ちょっと黙ろうや。もうちょいトラヴィスさんの気持ち汲んでやれよ…」


とアマルトさんに口を閉ざされてしまう。だがエリスはどうにも許せなかった、トラヴィスさんの気持ちだってわかるよ、けど…それでも親はなくとも人は育つ、そしてその人の人生の責任や行動を親が横取りする必要はない。


少なくともエリスはそう思う、親に虐げられ親に捨てられたエリスの今の人生は親に虐げられたお陰で出来上がったのか?親に捨てられたから師匠に出会えたのか?違うだろ、エリスはエリスで選択し生きてきたから今を手に入れた。そこに親の存在は関係ない、それと同じだ。


「だが、それでも。今回の一件は行き過ぎだ…イシュキミリ、奴は多くの人の命を奪った、これは許されぬことだ」


「ですがトラヴィス卿。イシュキミリは今回の一件を寸前まで知らなかったようなのです」


「何?本当ですかデティフローア様」


「私もその場に居て状況を共有していました、イシュキミリはヴレグメノスの悲劇を見て…酷く動揺していました」


「だが、メサイア・アルカンシエルは奴の言葉で動いているんだろう」


「それは…そうですけど」


何やらデティはイシュキミリを庇うようなことを言っている、だがエリスからしたらあんな奴庇う必要ないと思う。イシュキミリめ、次会ったら背骨をアコーディオンみたいにしてやる。


「………ともあれ、今はみんなで休みなさい。イシュキミリの一件は…私が考える。せめて親の責任だけでも果たさねばならない」


「トラヴィス卿……」


トラヴィスさんは酷くショックを受けているようだ。杖で地面をついて…フラフラと部屋を出ていってしまう、あんなに参っている様を見るのは初めてかもしれない。ショックなのか、いやショックか。


息子に裏切られたこともそうだが、何よりそんな風に育ててしまった自分への不甲斐なさがあるんだろう。


そして、そんなトラヴィス卿を見送るのは…。


「……違いますよトラヴィス卿、責任があるとしたら……それは」


デティだ、…彼女も彼女で思うところがあるんだろう。エリスには分からない、思うところが。


「う、ううん…私は……」


「あれ?私何をして……」


「お、メグ。ネレイド、目が覚めたか?」


すると丁度話が終わった辺りでメグさんとネレイドさんが目を覚まし始める。見た感じ元に戻った…と信じたい。


「大丈夫ですかメグさん」


「え?はい一応。あれエリス様?あれここ館?私どうなって…と言うかなんかやたら全身が痒い」


「メグさん敵の呪術にかかって怠け者にされてたんですよ」


「怠け者?私がですか?ああ通りで、この痒さはあれですね、怠け湿疹ですね」


「何それ…」


「私怠けると蕁麻疹が出るんですよ、だからやたら痒くて」


「どんな体質……」


そう言えば怠けてる時…ずっと痒そうに全身を掻いてたな、怠けると湿疹が出る体質って…難儀な体だな。


「ごめん、デティを助けに行きたかったんだけど…」


「大丈夫ですよネレイドさん、エリスが助けたので!」


「エリスは頼りになるね、にしても…修行の成果全然出なかった、教えられた技凄く難しい」


「まぁ大丈夫、次があるさ」


するとラグナは落ち込むネレイドさんの肩を叩いてダイニングの椅子にドカリと座り軽く伸びをしつつ言う、次があると…そう、その『次』とはつまり、そう言うことだ。


「イシュキミリがメサイア・アルカンシエルのボスだった、俺達まんまと嵌められた、やられたな」


「奴等、エリス達の話を聞いて本来はウルサマヨリに降らせる予定だった嘆きの慈雨をヴレグメノスの街に変更したんです、嘆きの慈雨の実証実験そのものを阻止されないために」


「だからウルサマヨリにの方は嘆きの慈雨を待たず攻め込んできたわけが…。全部手のひらの上だったってか、腹立つな…」


「そして、嘆きの慈雨の発生機構を破壊するためにヴレグメノスの向かったメルクさんとナリア君は生死不明…二人なら生き残ってると信じたいけど」


そしてラグナに続くようにエリス達も話し合いの姿勢を取るため皆座ったり壁にもたれたりと位置につき始める。敵が動き出した、エリス達も動かなきゃいけない、けど今…エリス達はどう動くべきなのか決まってない。


だから決める…ここで。


「一応俺がヴレグメノスの街を見に行った、けど街の郊外に馬車が置いてあるだけでメルクさん達の姿はなかった」


「……………」


ラグナの話を聞いて、エリスは胸がキュッと締め付けられる。もしメルクさんが嘆きの慈雨に巻き込まれていたら…エリスはきっと、イシュキミリ達を許せない。この手で嬲り殺してしまうかもしれない…ただ、ラグナはそのまま続け。


「だが、同時にメルクさんとナリアの遺体も見つからなかった、二人は生きてる…と考える方が、精神衛生上いいかもな」


「でも、それならなんで帰ってこないんですか」


「分からん、だが俺達にはやきもきする時間はない。嘆きの慈雨は完成間近なんだろ?デティ」


「うん、奴らはもう既に相当数の嘆きの慈雨を完成させている。エリスちゃんが基地を吹っ飛ばしたけど…あんなの多分一部にも満たないと思う」



「そして、今回の一件で実証実験も見事成功。後は完成と定義される量を確保すれば…」


「そのために必要な白露草は後一週間後に収穫可能…か」


「思ったより時間ないな…」


皆腕を組みどうするべきかを考える、いややるべきことは決まってるんだ、一つしかない。


「取り敢えず、白露草を収穫出来ないように収穫地を潰しておくか?」


アマルトさんが両手の指を合わせながらラグナに問いかける、だがラグナの顔は晴れず。


「まぁ、そうするべきではあるんだが。根本的な解決にゃならねぇしな」


「白露草が手に入らなくなっても、奴らは既に嘆きの慈雨を相当数ストックしていますしね。最悪白露草が手に入らなくなった時点で計画を早め嘆きの慈雨を使い始めるかも」


「そこなんだよな…、敵がもう既に運用可能な兵器を持ってるってのが問題だ。今更白露草を潰しても意味があんまりない」


既に嘆きの慈雨そのものはある、奴らはそれを規定の量手に入れるまで完成としないだけで実質的にはもう完成しているんだ。だから今更白露草の収穫地を潰しても意味があんまりない。


寧ろ逆にもう白露草が取れないたら仕方ないやって言って嘆きの慈雨を使い始めるかもしれない。当初はマレウスに降らせたり世界中に降らせたりして魔術師を潰していくって運用法だったらしいが、効果が変わった今…どんな使われ方をするか想像したくもない。使わせちゃダメな類なんだ、嘆きの慈雨は。


「白露草を潰しても意味がない、だがこのまま収穫されれば…」


「ねぇラグナ」


するとネレイドさんが軽く挙手して…。


「逆に考えればいいんじゃない?」


「え?どう言う意味?」


「つまり、白露草には手出ししないの」


「……ああ、そう言うことか…」


「え?え?エリスにも分かるように教えてください、二人で納得しないで」


何やらラグナとネレイドさんは理解しあったかのように頷きあう、けどどう言う意味があんまり分からないと言うかなんと言うか…。


「つまり、敵は白露草を収穫出来る一週間後に行動を開始する可能性が高いんだろ?」


「ええ、だから白露草を潰したら行動が早まるかもしれない…あ、もしかして」


「そう、逆に言えば手出ししなきゃリミットは一週間ある。敵は一週間は動かない、この時間を確保するためにも白露草はノータッチでいく」


「なるほど…で、どうするんですか?」


「一週間後勝負を仕掛ける…と言っても敵の所在も知れないし…さて、どうしよっか」


どえしよっかって…そんな事エリスに聞かれても困りますよ。いやエリスが聞かれて困るならラグナも同じか…。


「正直今明確な手は打てない、だが少なくとも一週間は猶予がある、それまでの間に一応ウルサマヨリの地下迷宮を探索しておくか」


「それくらいしか出来ませんか…」


「今はな、それに…修行ももっと頑張らないと」


するとラグナは立ち上がり腰を握り、眉を鋭く尖らせ前を見据える。修行を頑張らないと、ああそうだ。少なくともメサイア・アルカンシエルとの決戦は決まってるんだ。


なら当然、立ち塞がってくる。カルウェナンが。


「カルウェナン……アイツは俺達が修行の末に辿り着くべき領域にいる」


「ええ、そうですね。エリスの未完成な冥王乱舞じゃ奴には通用しませんでした」


「俺もさ、多分勝つには全員で挑む必要があるけど…正直アイツ一人に戦力を割ける程余裕があるわけでもねぇしな」


カルウェナンがは強い、だがマゲイアも強いしセーフもアナフェマも強い。そしてイシュキミリもまた強い。全面戦争するならこいつら全員倒さなきゃいけない…カルウェナン一人に構えるほど余裕があるわけでもない。


だったら……。


「エリスが一人で倒せるくらい強くならないと」

「俺が一人で倒せるくらい強くならないと…え?」


ふと、エリスとラグナの言葉が重なり、互いに目を合わせる。何言ってるんですかラグナ…。


「何言ってるんですか、アイツを倒すのはエリスですよ」


「いやいや、俺だろ…アイツの戦闘スタイル的に俺が適任だ」


「いえ、エリスです。あれはエリスの獲物です」


「いや俺だ、苦渋舐めさせられたままで終われるかよ」


「それはエリスも同じです!」


「二人とも何喧嘩してるのさ!それよりほら!修行頑張るんでしょ!なら今日はもう休まないと!みんな戦いで疲れてんだから!」


ほらほらパッパッ!とデティが間に入りエリスとラグナを引き剥がしみんなに今日は休むよう言いつける。まぁ…ここで喧嘩しても仕方ないか。


と言ってもエリスは全然疲れてませんがね、デティに肉体時間を丸々巻き戻してもらったので寧ろ力が有り余ってくるくらいですよ。けどまぁ…もう外は暗くなり始めているし。


寝ようかな…。


「はぁ、今日は確かに疲れたし…休むかぁ」


「うん、明日から大変だしね…」


「うーん、怠けすぎて体が痒い。何か仕事がしたい」


そして、ラグナやアマルトさん、そしてネレイドさんとメグさんもみんな疲れを抱えたまま歩き出す。みんなも寝るようだ、ならエリスも…。


「エリスちゃん」


「ほよ?なんですか?デティ」


すると、デティはエリスの裾を掴んで…何が言いたげにこちらを見つめてくるんだ。どうしたんだろう、寝ようって言ったばかりなのに。まぁ、元気だからいいですけど。


「ちょっと話がしたい。私の部屋に来て」


「う、うっす」


なんか雰囲気怖いな、もしかして怒られるのかな。そういえばエリスずっと無茶するなって言われてたのに、今日めっちゃ無理したよエリス。絶対怒られるじゃんよこれ。や、やだなぁ。


とは言え従わないわけにはいかないので、エリスはトボトボとデティの後ろについて行き、トラヴィスさんがみんなに割り当てられた部屋へと入ることになる。


トラヴィスさんは言ってみれば魔術導皇デティの下に位置する魔術貴族だ。だからデティにある程度の忖度がある…だから割り当てられる部屋もちょっと豪華、なのかは分からない。ただエリスの部屋と違ってなんか魔術研究に使う道具かなんかがいっぱい置かれてる。


まぁ、エリスは何にも分からないから印象の話になるんですがね。


「そこ座って」


「は、はひぃ」


そう言うなりデティは作業台の前にエリスを座らせ、デティもその隣に座るのだ。部屋の灯りは消えており、作業台を照らす光明魔道具が周りをポワポワ照らしてる。不思議な雰囲気だ。


するとデティはスッと息を吐くと。


「……今日はありがとうね、エリスちゃん」


と、お礼を言うのだ…え?お礼?怒るんじゃないの?


「え?」


「え?って何」


「怒られると思ったので」


「なんで命助けられて怒るのさ私が、え?私もしかして怖い人だと思われてる」


「いえ、デティはまったく怖くないです。ハムスターみたいなもんです」


「それはそれで喧嘩売られてるような気がするなぁ…、まぁいいけど」


そしてデティは作業台を動かし色々と何かを作り始める。そこでエリスはようやく気がつく、この作業台の正体。それはポーション制作台なのだ、水を溜めてそれを火にかけながらその合間に薬草を刻んですり潰している。


そして、そんな作業を片手間に…デティは話続けてる。


「今日、イシュキミリ達に捕まってさ。私色々諦めちゃった…私一人じゃどうしようもないって」


「仕方ないですよ、あんな状況ですし」


魔封じの縄を縛られ周りに敵幹部勢揃い。エリスだってこれは無理だー!ってなるよ。


「でもね、それでも何処かでなんとかなるって楽観もあった」


「そうなんですか?」


「うん、心のどこかでエリスちゃんが来てくれるって…思ってた」


そう言いながらデティはこちらを見て微笑む。エリスが来てくれる…か、そう思ってくれていたなら嬉しいし、行って良かったと思える。それに何より。


「行くに決まってるでしょ、いつだってエリスはデティを助けに行きます」


「そう、あの時みたいにね……そう言えばあの時も、捕まった私を助けに来てくれた」


あの時とはつまりレオナヒルドの時だ。あの時も攫われたデティをエリスが助けに行ったんだ。懐かしい、今思えばとんでもない無茶をしたよ。まぁ無茶でも行くんですがね、デティの危機なんですから。


「だからかな、エリスちゃんは絶対に来るって思えたのは」


「えへへ、それを言うためにここに?」


「それもある、ここに呼んだのはまぁ相談があったの。ただまぁ先にお礼を言いたかったの」


「なるほど、なんですか?」


エリスは椅子に座り直し、デティは色々とエリスのよく分からない作業を続けている。と言うか何を作ってるんだろう。


「相談っていうのはさ、イシュキミリのことなんだよね」


「アイツですか」


「コラ、嫌そうな顔しない」


エリスはアイツ嫌いです、なぜなら裏切ったから。


「あの人に色々面倒見てもらったでしょ、エルドラドでもウルサマヨリでも」


「知りませんそんなの、アイツ腹の中でエリス達の事せせら笑ってたんですよ」


「それはないと思うよ」


「え?」


「私がさ、イシュキミリの裏切りに気がつけなかったのはね。彼の心が揺らいでいなかったから、私たちに対する邪心がなかったからだよ」


……エリスはてっきり、イシュキミリはデティの力に気がついて何か対策をしてたから、気がつけなかったんだと思った。嘘を見抜く力を持つデティが気がつけないなんて…そんな理由しかないと思ってたから。


でも、違うのか?そもそも心が…裏切っていなかったと。


「あるんですか?そんなの」


「さぁ、ただ彼は少なくとも本当に世界の事を考えていた。彼と話して私はそう感じた、やり方は強引だったけど見据えている先は私達六王と同じだった」


「………強引すぎますけどね」


「でも私は彼の在り方に、彼なりの正義を見た。だからこそ…見抜けなかった」


だとしても、とエリスが思うのはエリスが芯の芯まで魔女排斥組織の敵対者だからだろうか。どこまで行ってもエリス達は奴らの敵だ、敵でなければならない。半端に同情して足を止めるようなら最初から戦うべきじゃないから、彼らにも彼らの意思があるのを理解した上でエリスはそれを踏み潰したのだから。


「そんな彼が、魔術は不要だと語った。魔術がない方が良い世の中になると」


「……そうですか」


「イシュキミリは魔術が犠牲を招いていると。そこは事実だよ、魔術が奪った命もあるし魔術がなければ失われなかった命もある、そこは事実だよ。否定はしない…けど」


するとデティは、懐にしまってあった白露草…エリスと一緒にシュレイン跡地に赴いた時に回収したそれをポーションの中に混ぜ込む。すると液体は紫色に染まる…嘆きの慈雨と同じ紫色に。そしてそれを容器に移すと…エリスに差し出すのだ。


「私は信じたい、魔術が奪った命と救った命は対価であると。死なせた命と同じくらい、生かした魔術がこの世にはあると…」


「デティ……」


「これは、私のそんな願いの結晶。多くの人の命を奪った嘆きの慈雨と同じ白露草を使って作られた魔力回復のポーション、どんな物でも。使い方さえ正しければ…その道は明るいと示したい」


ニスベルさんが夢見た魔力回復ポーション…その完成形をエリスに手渡したデティ。その行動そのものがデティ在り方を表すとエリスは断言できる。


元来魔術ってのは危険な物だ、作るにしても使うにしても使われるにしても…そもそも命を奪う危険性を孕んでいる。だがそんな魔術が必要とされているのは、人の命を救い、人々の暮らしに貢献しているから。


そんな魔術を作り、誰かに手渡し、その人の安全を祈る。魔術導皇デティフローアという人間は徹底して、こうやって生きている。何かを作り、誰かに渡す、そうやって人々を救った彼女が…なんで否定されなきゃいけないんだと、エリスは思う。


「だから私は真っ向からイシュキミリの言葉を否定しようと思う。あの時は…何も言えなかったけど、彼はやり方を間違えた、だから私は彼を否定する」


「手伝いますよ!どうしますか!?ぶっちめます!?」


「結婚する!」


「………へ?」


「私、イシュキミリと結婚するよ」


何…言ってんだ?デティが結婚?は?え?何?分からない、何?なんで?へ?どういう事…?


「なんで……」


「彼は私に和平案として婚姻を求めてきた、内容はメサイア・アルカンシエルにとって有利な物だったけど…私は彼と向き合いそれを変えさせる。彼と向き合い彼を変える」


「なんで…!そんな必要ありませんよ!」


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、なんでか分からないけど嫌だ、なんでよりによってアイツと…は?婚姻を求めてきた?アイツそんなことしてたのかよ!クソクソクソクソクソ!


「倒せばいいんですよ!イシュキミリも!メサイア・アルカンシエルも!」


「そうはいかないよ」


「なんで!」


「私に責任があるから」


「は?責任……?」


責任って、なんだ、トラヴィスさんも言ってたけど…なんの責任が誰にあるってんだ。


「トラヴィス卿は彼が歪んでしまったのは、自分の責任だと言っていた。側にいられなかった自分の責任だって。でも…違うよね」


「な、何が……」


「イシュキミリが歪んだのはトラヴィス卿が近くにいなかったから、けどそれは元を正せば先代魔術導皇が逝去し今代魔術導皇たる私が未熟だったから、その穴埋めをトラヴィス・グランシャリオという男一人に押し付けたからだよ」


「……………」


「たった一人に、責任を押し付けた歪みと軋みがトラヴィス卿に降りかかり、それがイシュキミリそのものを歪ませた。魔術導皇の不出来さと魔術界の不完全さがイシュキミリという男を作ったのなら、私には向き合う義務がある。それが魔術導皇の責任だよ」


「デティ………」


分からない、分からないよ、なんでみんなそんなに責任を背負いたがるの。イシュキミリという男一人の罪をなぜ肩代わりしたがるの。分からないよエリスには、デティがその責任を感じる理由がまるで分からないよ。


「相談っていうか告白っていうか、話したい内容はこれ。エリスちゃんに話せば覚悟が決まると思って」


「え、エリスは…エリスは……」


「私はイシュキミリと向き合うよ、だから…ごめんね。エリスちゃん」


そういうなりデティはエリスにポーションを渡し…部屋を出ていく、デティの部屋を出ていく。つまりどこに向かったのか…明白だ。


止めに行かなければならない、けどどうすれば止められるのか分からない。エリスは彼女を尊重したいけど…彼女があそこまで覚悟を決めてるなら止めない方がいいんだろうけど。


それでも…それでも。


「デティ、エリス…嫌です」


ポツリと呟く、それと同時にデティは扉を閉めて…居なくなる。


エリスは…エリスは、どうすれば…………いや。


「……………悩む必要はないか」


魔力回復のポーションをバッグに入れて、エリスは立ち上がる。エリクは悩まない、友達のことなら、デティの事では、悩まない!


「デティ!待ってください!」


そしてエリスはデティを追って扉を開けるが…居ない、デティがいない。もう行ったのか?早すぎるだろ。


けど、追う!言わなきゃいけない事が一つ!頭に浮かんだから!!だから……。


「ラグナーッ!みんなーッ!起きてーッ!」


その為には、みんなの手助けがいる!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
毎回毎回このボリュームで、毎回毎回すごく気になるとこで終わらせるの、天才ですか? あぁせっかく1週間のお預けを耐えたのに、酷すぎますぅ! 早く16時になーれ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ