605.魔女の弟子と魔道の求者
イシュキミリの師匠ファウスト…メサイア・アルカンシエルの先代会長は、彼にメサイア・アルカンシエルを託すにあたり、三人の手駒を彼に預けた。
それこそが『人外』のマゲイア、『参謀』のシモン…そして。
『極致』のカルウェナンであった。
彼ら三人を前にして、師曰く。
『カルウェナン達は私が見出した逸材達だ。同盟の盟主達にも負けぬ力を持った…逸材達だ、君の魔術への憎しみを必ずや形にしてくれるだろう』とそう言った。イシュキミリが会長になった時点で既にメサイア・アルカンシエルは巨大であり、彼一人で統率するにはあまりに大きすぎた。
師匠はこれから別の組織に行かねばならない、そうなった時イシュキミリが恙無く行動出来るよう与えられた過剰な戦力こそが、この三人…そして特にカルウェナンについては。
『彼は魔道の達人だ、魔力というものに対して魔術師以上に真摯に向き合っている。彼は強いぞ…』
『諸行無常、この世界は残酷でね、凡そ『戦力』と呼べる存在は人類の中で上位5%に類する人間だけで、他は数合わせの人数合わせにしかなり得ない。兵士を百万人揃えても敵方に5%の内の誰かがいるだけで戦いには勝てなくなる。だが逆を言えばこちらにその戦力がいれば安心できる。カルウェナンはその5%の中でも更に上澄みにいる男だ、マレフィカルムに所属する第二段階の中でも最強だ、上手く使うように』
そう評価していた、彼の上には第三段階の強者しかいない。第二段階の者の中では最強だ、故にこそマレフィカルム六番目の実力なのだ。そんな彼を切り札としてイシュキミリは扱うつもりだった…だが。
『我が道に反する事はしない、小生は小生の生き方しか出来ぬ』
彼はいつもそう言っている、口癖のようにそう語っている。イシュキミリがどんな命令をしても『彼の道』に反するなら絶対に加担しない。扱いづらい事この上ない男…だが同時に。
彼の道に沿った状況であれば、これ以上に頼りになる男はいないと、評価している。
なんせ彼は、絶対に負けないから。
……………………………………………………………
イシュキミリは裏切っていた、何故か分からない、理由も不明、謎が多い状況ながら裏切られたことだけはわかった。奴がメサイア・アルカンシエルの会長で、デティを攫おうとしている。
ならばぶっ潰すだけの意味はあるとエリスは彼に挑みかかった…けど、その寸前で立ち塞がったのが。
「さあ!死合おうか!」
騎士だ、見上げるような長身に白銀の鎧、そしてフルフェイスの兜で顔を隠した騎士が両手を広げエリスの前に立ち塞がる。ステンドグラスがキラキラと光を及ぼすこの空間でエリスと騎士、そしてその向こうにいるイシュキミリは互いに静止し睨み合う。
立ち塞がった騎士、イシュキミリはそいつを『カルウェナン』と呼んだ…その名には覚えがある。
曰く、エリス達八人の魔女の弟子が総がかりで戦っても絶対に勝てないと言うメサイア・アルカンシエル最強の男…トラヴィスさんはそいつをカルウェナンと呼んだ、ディランさんはそいつを天下無双の剣騎士と呼んだ。
それが、この男…でも。
「いつかの…騎士?」
エリスはこの男に見覚えがある、鎧に見覚えはない。だがこの声と雰囲気…間違いない。
ウルサマヨリに来た時に見たあの男…、パンイチの騎士、アイツだ。ただ一人でエリス達を全員叩きのめした彼だ…!彼がカルウェナンだったんだ。全く、どいつもこいつも…!
「お前!あの時の騎士だな!お前も…メサイア・アルカンシエルだったのか!」
「然り!また会ったな少女!改めて名乗ろう!小生はカルウェナン!四魔開刃の第一刃!『極致』のカルウェナン・ユルティムなり!驚いたぞ!あの時の若人達が魔女の弟子だったとは!」
「こっちも驚きですよ、貴方は…いい人だと思ったのに」
イシュキミリと言いこいつと言い、どいつもこいつも素性隠してエリス達の前に現れやがって!小馬鹿にされてる気分だよ!
「そう言うな、小生も知らなかったのだ。だがどう思われようともこれが小生の道、だが……」
ダラリとカルウェナンは構えを解き、肩越しに背後に目を向ける。そこにはデティを小脇に抱えたイシュキミリが立っており、彼もいきなりカルウェナンに視線を向けられギョッと驚いて。
「…イシュキミリ……」
そして放たれる壮絶な威圧、ただ怒気を露わにしただけで空間が揺れるように錯覚を覚える程の壮絶な威圧が、カルウェナンから放たれる。
怒っている、カルウェナンは怒っているんだ…イシュキミリに対して。
「な、なんだ…カルウェナン」
「小生はお前に言ったよな、小生は殺戮・窃盗・強姦…そして誘拐には手を貸さんと。例えお前であれども小生は小生の価値観は曲げない。お前からこの作戦を聞いた時…魔術導皇デティフローアの誘拐の件は伏せられていな?」
「だ、だって言ったらお前反対するだろ…」
「無論、する。魔術導皇とは言え婦女子、それを眠らせ攫うのは卑劣漢のする事、小生は手を貸さない。故にここにいるエリスがお前から魔術導皇を取り戻そうとするのを、小生は止めんぞ」
「別に構わん!だが私は守れ!そしてエリスは片付けろ!」
「言われずともそうする。例え如何なる卑劣に手を染めようともお前は我が主人、そして斯様な強敵を前にして背も向けられん。後は好きにしろ」
「ッ…じゃあ、任せるぞ!」
その瞬間、イシュキミリは走り出す、外に向けて…デティを連れて!まずい!逃げられる!
「待て!イシュキミリ!」
追いかける、体を動かし走り出した瞬間…エリスの前に、白銀の鎧が立ち塞がる。
「待つのはお前だ、エリス。お前は小生と戦え…あんなのでも任された主人なのだ、それが戦えと命じたならば小生はお前と戦わねばならない!」
「退けよ!今はそんなのどうでもいいんだよ!」
「なら退けて見ろッ!お前の道を進みたければ障害物は全て!」
「言われなくてもッッ!!」
立ち去るイシュキミリ、遠ざかるデティ、そして道を阻むカルウェナン…このままデティを追いたいけど、カルウェナンはそれを許さないだろう。なら先にこいつからぶちのめす、こいつの価値観とかなんだとかはどうだっていいんだよ。
「点火ッ!冥王乱舞ッ!」
「むっ!?以前は使わなかった技…!と言うかもう既に覚醒しているのか!?以前よりも数段安定しているだとッ!?」
「一拳ッッ!!」
さっきは防がれたけど、今度はカルウェナンの存在を考慮した上で加速する。膝から無数の推進力を放ち一瞬の煌めきの如き拳の一撃をカルウェナンに向けて放つ。この一撃で終わらせる、そのつもりで放ったのに。
「むんッ!」
「チッ!」
やはり、防がれる。片手を前に出し真っ向からエリスの拳を受け止める。冥王乱舞をだぞ、あの巨大な象の戦士やカバの戦士を吹き飛ばし、ラグナに防御ではなく回避を選ばせた一撃を…防ぐかよ!
「なるほど、無数の魔力噴出を束ね常軌を逸した加速を作り出しているのか。脱帽だぞ魔女の弟子よ、小生でさえ辿り着けない領域にお前はいる!」
「喧しい!」
「それは悪かった、次は拳で語ろう…!」
そして、カルウェナンはそのままエリスの手を引いて引き寄せると同時に、もう片方の手で拳を握り…。
「『闘』ッ!!」
「ごばぁっ!?」
回避が出来ない程の速度で、拳が飛んできた。凄まじい威力だ、ラグナを一撃で昏倒させ以前はエリスも一撃で潰された拳が、真っ向から襲いかかる。
その拳に殴り飛ばされたエリスはそのまま壁際に弾かれ、壁を砕き、岩造の壁の中にめり込み…倒れることになる。
「ぅ…ぐっ…!」
「良い一撃だった、トラヴィス卿の元で修行を受けたとは聞いたが物の数週間でここまで強くなるとは、想定外だ魔女の弟子よ。トラヴィス卿の指導が凄いのか、或いは諸君らの才能故か…」
グラグラと視界が揺れる、立ちあがろうとしても膝が笑う。たったの一撃でここまで体がガタガタになるなんて…。防壁を何重にも張ったのに受け流しきれなかった…これがカルウェナンの技か。
(常時覚醒を維持して、余計なものを全て捨てて身体能力に転換してる…エリスも覚醒を鍛えたのに、まるでカルウェナンの領域に届いてない)
カルウェナンの覚醒は、何か特別な効果を持つ物ではない。寧ろその手の効果を全て捨てて身体能力に変えているんだ。それは即ち魔女様達と同じことをやっているんだアイツは。
魔女様は覚醒で手に入る力は所詮オマケだと語った、その先にある領域こそが…本命だと、鍛えるべきは覚醒ではなく技術だと、そう言っていた。その答えこそがカルウェナンの姿そのものなんだ。
「だが、未だ我が『九字切魔纏』には及ばんがな」
『極致』のカルウェナンが誇る魔力覚醒の名は『九字切魔纏』。覚醒に付随する魔力現象という名の特異能力を排除し、身体能力に変換した上で常時展開し肉体に完全に適応させた魔力覚醒の極致である。
常時覚醒を展開し続ける常軌を逸した身体能力を発揮する『九字切魔纏・臨』。
魔力を無数に展開し敵を翻弄する『九字切魔纏・兵』
覚醒による魔力を一点に集め炸裂させる一撃を放つ『九字切魔纏・闘』
等、合計九つの型を持ちそれらを使い分けることで戦闘を行う常時展開型覚醒、八大同盟の盟主達をして覚醒の技術なら魔女に匹敵すると言わしめる覚醒の達人は、体から淡い魔力を放ちながらエリスを前に拳を構える。
(強い…前戦った時はトラヴィスさんの言ったようにエリス達全員でかかっても負けた相手、こりゃ確かにトラヴィスさんも手を出すなと言うな…けど)
カルウェナンは強い、恐らくエリスが今まで戦った敵の中でも上位に入る強さ、こいつはあの時帝都を襲ったセフィラ達に匹敵する強敵だ。けど戦わない選択肢はない、今…エリスの友達が攫われかけてるんだ。
是が非でも止める、是が非でも突破するッ!!
「退いてもらいますよ、カルウェナンッ!」
「フハハッ!いいぞ!威勢を吐けるとは成長したな!なら来い!相手をしよう!」
「うるせぇッ!点火…ッ!」
普通にやってはダメだ、ラグナの言ったようにある程度の達人を相手にしては軌道を読まれて防がれる。カルウェナンはそれだけの達人だ、近接戦能力ならラグナさえ超える男だ、真っ向から攻めてもダメ…なら!
「意味を持ち形を現し影を這い意義を為せ『蛇鞭戒鎖』 !!」
「む…?」
放つのは魔術で編み上げた魔力縄。紫色に淡く輝く縄を四方八方に飛ばしまくる。この縄は万能だ、エリスの意志に応じて物にくっつくし、余程の事がない限り取れることはない…それをあっちこっちにくっつけて周り、まるで蜘蛛の巣のようにエントランスに展開する。
「魔力縄…?不思議な使い方だ…何をする」
「貴方を、倒すんですよ」
そしてこの縄は…非常に弾性に富む。つまり、ゴムのように伸びるんだ…その上にエリスは乗って、点火した紫色の炎を更に集中させ…加速する。
「エーテルタービン・フルイグニッションッ!!」
「速い…!」
飛ぶ、全力で飛ぶ…カルウェナンに向けてではなくてんで明後日の方向に、その先にある縄に足をかけゴムのように弾く縄に体を引っ掛け、もう一度飛ぶ、一切減速しない乱反射、寧ろ加速を続ける超乱反射で…エリスはエントランスを飛び回る。
「ほう、乱れ飛ぶ為の足場として縄を四方に展開したか!」
ラグナに指摘された、エリスの移動は直線的だと。だが滑らかなカーブもなだらかな方向転換も出来ない、ならばこれで撹乱する…!
部屋中を飛び回る黒の風となったエリスを前にカルウェナンは動くことも出来ずに様子見をするしかない。
加速し、加速し、加速しカルウェナンの視界から外れた瞬間を狙い!
「ここだッ!!」
ドンッと音を立ててエリスの体は空気の壁をぶち破り一気に縄の反動を生かしてカルウェナンの背後に向け貫くように蹴りを放ち─────。
「大した技だッ!」
しかし、一瞬で振り向いたカルウェナンはそんな超加速したエリスの蹴りを左手と左足で挟み込むように受け止め…衝撃を完全に逃す。
(なッ!?嘘だろッ…これでもダメなの!?)
「大した技だ、だが…貴様その技を作ってから、対して時間が経っていないな?それほど場数を踏んでいないな?同等以上の相手に使うのは初めてだな?」
「うっ…!」
「そんな付け焼き刃で倒せるほど、このカルウェナン!甘くはないわッッ!!」
飛んでくる、カルウェナンの右拳。魔力遍在を極限まで高め人智を逸した威力を内包した魔拳が飛んできて…エリスの顔面をぶち抜き殴り抜く…。
「ごばはぁ…!?」
「確かに強くなったが未だ未完成の技、もっと研ぎ澄ませッ!」
轟音を上げてエリスの体は壁をぶち抜き会議場の別の部屋まで飛ばされ、弾け飛ぶように瓦礫が周囲に吹き飛び散らす。人間の手で人間が射出されたとは思えない程の威力に壁は綺麗な円形の穴を開け、その向こうにある巨大な物資倉庫の中を…エリスは転がる。
「うっ…クソ…!」
そしてエリスは大きめの瓦礫に手をついて即座に立ち上がる、頭が揺れる、ボヤボヤする。やはり防壁じゃ防ぎきれない、防ぎ切れず脳が揺らされる。
痛い指摘をされた、確かにまだ冥王乱舞は真の意味で完成していない。まだ無数にある穴を埋めている段階にある。エリスは付け焼き刃を使うのは嫌いだ…けど今はこれしかないんだ、やるしかない!
「さぁ、次は何をする。小生に何を見せてくれる、それとも…そろそろ小生から仕掛けようか?」
「喧しいッてんだろ…」
頭を振り払い考える間もなくエリスは再び冥王乱舞を展開する…と同時に向ける意識の先は己の内側、自分の魂の裏側を見るように意識を内へ内へと沈み込ませ…一気に爆裂させるように意識を覚醒させる。
「魔力覚醒!」
「何…?覚醒中にもう一度覚醒…!?いや、これが話に聞く…」
「『超極限集中状態』!」
開眼するのは超極限集中、識の力を操り扱う事ができる一日十分限定の切り札中の切り札、全ての手札を冥王乱舞に統合する中唯一エリスの手の中に残ったもう一つの切り札である超極限集中及び識確魔術も解放する。
出し惜しみして勝てる相手じゃない、大丈夫…超極限集中との並列使用法もきちんと編み出してある。
「冥王乱舞・『識神』…!」
紫の炎に混じって黄金の電流がバチバチと肉体に走る。超極限集中状態と冥王乱舞の併せ技、これが今のエリスに出せる全身全霊…!これでカルウェナンを押し除けるッ!
「面白い!お前のような武芸者とは戦った事がない!死合いを続けようかッ!」
「点火ァッ!!!」
足先から紫炎を噴き出し初速にて最高速に至る。星の煌めきの如きその一撃は膝蹴りとなり一瞬の間に瓦礫を吹き飛ばしカルウェナンをに到達する。
しかし、カルウェナンは既にエリスの動きを見切っている。ただ打っただけでは防がれる…事実カルウェナンは。
「だが、その芸が粗い」
防御姿勢を取る、完璧な防御だ。このまま行けば確実に防がれるだろう…だが、それは今までの話、冥王乱舞・識神を用いた今のエリスなら…。
「何処が粗いか…ッ!」
「むっ!?」
弾く、膝蹴りから咄嗟に体を入れ替え拳でカルウェナンの防御を弾き、そのままカルウェナンを掴んだまま奴を軸として回転し…。
「言ってみろよッッ!!」
「ぬぐっっ!?!?」
叩き込む、膝蹴りをカルウェナンの側頭部に…。この一撃を受けたカルウェナン体は大きく揺れ、一歩…足が横にズレる。
当たったのだ、カルウェナンをに初めて攻撃が…その事実にカルウェナンもまた衝撃を受ける。
(小生の防御が弾かれ、その上から打撃を受けただと。久方振りの経験過ぎて驚いてしまったぞ…、しかし急に動きが良くなった…これが識確の力か?)
冥王乱舞・識神…それは識確の超速理解を肉体に適用させ、それにより肉体の運用を完璧に執り行う事ができる。全身に走る電流は『エリスの認識』の具現化だ、関節それぞれに自身の意識を同期させる事により一切のタイムラグなく体を動かす事が出来るようになり、その上で識確による先読みを用いる事により、相手より後に動いて先に結果に行き着く事が可能になる。
第一宇宙速度に限りなく近い今のエリスが自分と相手の状況を完璧に把握して動く、これならばカルウェナンの動きにも対抗出来る。故にこそ防御を先読みで弾いて体を回転させ膝蹴りをぶつける事が出来たのだ。
これにはカルウェナンも驚く、だが…。
(当てても殆どダメージが無い…なんて硬さ、いや凝縮した防壁を常に体に纏わせているのか。なんて硬度の防壁だ…冥王乱舞でも抜けないなんて)
エリスもまた衝撃を受けていた、クリーンヒットさせたのに殆どダメージが無いのだ。冥王乱舞をぶつけて倒せない奴はいなかった、なのにカルウェナンは耐えてきた。
この感覚はバシレウスを殴った時の感覚に似ている。圧倒的な防御力…それを常時維持し続けた上でのあの動き。
(魔女の弟子…デタラメな存在だ)
(なんてデタラメな奴ですか…こいつは)
互いに互いを睨み、その異常性に舌を打つ。これは長期戦になりそうだ…と。
「お前の手札は見終えた、次は小生のを見ていけ!」
「断る!ここからずっと!エリスの手番ですから!」
甲高い音をあげて地面を融解させるエリスの魔力噴射、そして闘神の如き威圧を放ち全身から魔力を沸々と湧き上がらせるカルウェナンの激突は続く。
「『九字切魔纏・闘』ッ!」
放たれたのはカルウェナンの拳、凝縮した魔力を拳に集め叩き込む技。原理としてはラグナの熱拳一発と同じ、そこに加え魔力噴射による加速、魔力防壁による凝固、魔力操作による動線確保等凡ゆる魔法を応用し威力を極限まで高め…打ち抜く。
「ぐぅ!まだまだ!冥王乱舞・彗星ッ!」
殴り飛ばされたエリスは防壁を砕かれ口から血をドバドバと吐きながらも止まる事なく背中から紫炎を噴き出しながら急加速を行い無理矢理反撃の姿勢に出る。
「来るかッ!今度こそ防───」
「防がせるかッ!」
飛んできたエリスに対し防御姿勢を取るも、やはり弾かれる。カルウェナンが腕をクロスさせ防御する事を見越しエリスはカルウェナンの腕に向け踵落としを見舞い、防御を無理矢理打ち崩すと同時に『冥王乱舞・彗星』を放つ…つまり。
全身全霊の加速による飛び蹴り。それはカルウェナンの胴を芯から射抜き…。
「ぬぐぅぁっ!?」
吹き飛ばす。会議場の倉庫の壁をぶち破り大広間の方へと飛んでいくカルウェナン、だが…エリスには分かる。
(ダメだ、ダメージが通ってない!防壁が硬すぎる!)
胴体に直接蹴りを叩き込んでも殆どダメージが入っている感覚がしない。今カルウェナンをが吹き飛んだのも防壁で受け止めつつ自ら後ろに飛んだだけ…手応えがまるで無い。
近接戦じゃとてもじゃないが有効打を与えられる気がしない。ならば───。
一方吹き飛ばされたカルウェナンはクルリと体を回転させ着地すると同時に、エリスに蹴られた胴体をパッパッと手で払いエリスの靴の裏についていた泥を拭う。
(いい一撃だった、可視化される程の魔力噴射による急加速。あまりの魔力密度によって地面が融解していた、あれ程の技を編み出すとは流石は魔女の弟子だ。その上に小生との戦いで技を研ぎ澄ませている。あまり時間をかけると痛い目を見るかもしれん)
熟考し、エリスという少女の成長能力を評価していた。このまま戦い続ければもしかしたらエリスは自分を倒し得る何かを獲得するかもしれない、倒すなら…早めに決めた方がいい。だが…だが…。
(面白い、なんと面白い事か!興味があるぞ魔女の弟子エリス!お前は成長の果てにどうやって小生を倒す!武人として貴様の錬磨を見届けたくなったぞ!)
ニタリと兜の向こうで笑う、確かにただ倒すだけならもっとクレバーに立ち回ればいい。だが自分は殺し屋でも刺客でもなんでも無い。ただの一介の武人、なればこそ敵方の武…その極致を受け止めずして何故自分は『極致』の名を背負えようか。
(久方振りだ、ここまで気骨のある相手は!さぁ次は何を───)
その瞬間、カルウェナンの魔力探知と直感が体を動かす。と…同時にエリスがいる方角から、光の矢が飛んでくる。
「『冥嵐風刻槍』ッ!」
「古式魔術か!」
横っ飛びに回避するカルウェナンの真横を通り過ぎるのは風の槍…のはずだ。ただ凄まじい速度と密度で放たれ圧縮熱により光り輝き熱光線の如き威容となったそれを見てカルウェナンは浅く笑う。
「凄まじいな…!」
「外した!でも…」
瓦礫を踏み越え現れるエリスの手元に、再び魔力が集う。二の矢を番えるように魔術が再装填される。
「『避けた』な!つまり当てれば効くって事だろうが!」
「古式魔術、魔術始祖が生み出した絶技を継承せし者…魔術も加速するのか、お前のそれは!」
「次は当てる!冥王乱舞…ッ!!」
手元に生み出した魔力玉を握り潰し、全身から紫炎を噴き出しながら解放する冥王乱舞は…。
「『冥翔薙倶太刀陣風』ッ!」
風の斬撃を放つ『薙倶太刀陣風』をより圧縮し、鋭く研いで、神速で連射する新領域の古式魔術…!
「『八百万神千切』ッ!!」
「むぅっ!それは!」
拡散する風の斬撃が爆裂するように辺り一面にばら撒かれる。その一発一発がカルウェナンの防御力を超過する物だと一目で理解出来る、というよりそれは。
「それは人類の暮らす場所で撃っていい物では無いだろッ!!」
全てが千切られる。あまりにも高過ぎる威力である事をエリス自身が理解し切っていない、魔女レグルスが意識的にかけているリミッターがエリスには存在しない、古式魔術が本来持ち得る災害級の破壊力が全面に出され石畳を、天井を、壁を引き裂きながら線を引く。
そしてそれら全てがカルウェナンに迫り────。
「『九字切魔纏・烈』ッッ!!」
「ぐぶふぅっ!?」
飛んでくる、カルウェナンの拳から放たれた魔力弾がエリスの放った風の斬撃をスルリと回避しながら顔面に炸裂する。九字切魔纏・烈…超凝縮した魔力を防壁でコーティングした上で魔力噴射で射出し放つ単純極まる魔法。
それを極めたカルウェナンは弾丸を相手の攻撃に合わせ変形させる事が出来る。つまり、間に存在する斬撃の雨を前に魔力弾は水のように斬撃を受け流すように変形し全てを回避しエリスに命中させたのだ。
如何なる防御、迎撃を貫通して相手に命中する不可避の一撃を前に、エリスは遠距離戦でも敗北し吹き飛ばされ────。
「冥王乱舞ッ…!」
しかし、吹き飛ばされながらエリスは手元に魔力を集中させ…漆黒の槍を生み出し…。
「『冥殺・禍雷招』ッ!」
「むっ!?」
神速の雷撃がカルウェナンに命中する。いや…正確に言うなればこれは雷ではなく…識確魔術だ。エリスが記憶した痛覚情報をありったけ詰め込んだ情報の塊だ、当然カルウェナンも反応して防御姿勢を取るが…情報の伝達は物理的防御力では防げない。
「ぐっ!?ぐぉぉぉぉっっ!?!?」
ビリビリと全身が痺れるような激痛に襲われカルウェナンは膝を突く。エリスが今まで経験した裂傷、打撲、拷問、致命傷、その全てを疑似体験し意識が飛びかける。そんなとんでもない物が回避不可能な速度で飛んできたのだ…。
「防御不可能な攻撃が回避不可能な速度で飛んできただと…!吹き飛ばされた人間が最後っ屁に飛ばしていい技でも威力でもないぞ。どんな性能の魔術だこれは…!」
理不尽の極みのような一撃を受け朦朧とする意識の中カルウェナンはそれでも立つ。超極限集中状態のエリスは識確を操れる、ならばこんな事も出来て然るべき。だとしても理不尽過ぎるだろうとカルウェナンは笑う。
「ぅぐっ…つ…ッよぉ…!」
そして、そんな出鱈目な最後っ屁をかましたエリスは…カルウェナンの魔力弾の炸裂により吹き飛ばされ、向こう側の壁に叩きつけられ、のたうち回っていた。
あまりにも強過ぎるカルウェナンの力にちょっと軽く絶望してた。冥王乱舞が通じてない?いや通じてはいる、攻撃そのものは着実に当たりつつあるし技のレベルなら同程度の位置にいると想定出来る。事実以前戦った時よりも戦いになってる。
問題があるとするなら…。
(エリス自身の、冥王乱舞に対する解像度が低いんだ)
カルウェナンは自身に出来ることを完璧に把握している、どんな技をどんな状況でどんな風に使えばいいかを明確化している。完成されているんだ、戦い方が。だがエリスはまだその領域にいない…まだ冥王乱舞は完全に完成しているわけじゃない。
だが、じゃあ完成させますかって言って完成させられる程簡単な物でもない。エリスが今後これを使い続けて…何年も経ってようやく完成の域に至れる程の技だ。今のエリスじゃ…根本的にカルウェナンの相手を出来るほどに高められていない。
(これは勝てない、悔しいけど今のエリスじゃ敵わない…なら)
チラリとカルウェナンから視線を外し、エントランスの方に目を向ける。イシュキミリが消えた方角…あっちに行けば。
「点火ッ…!」
即座に転身しカルウェナンの相手をやめてイシュキミリを追う方向に切り替え──。
「おい!何処へ行く!袖に振ってくれるな!悲しいだろう!」
しかし、エントランスに出た瞬間…壁を突き破ってカルウェナンが現れてエリスの進行方向を塞ぐ。来るよな、やっぱり…けど!
「退けッッ!!カルウェナン!!エリスはデティを追わなきゃ行けないんですよ!!」
「むんぐっ!」
立ち塞がったカルウェナンに向け、更に加速し体当たりをかまして弾き飛ばそうと力を込めるが、カルウェナンはそんなエリスの全身全霊の突撃さえ受け止めザリザリと足を滑らせながらエリスに組みついてくる。
「友を思う心意気や良し!だが悪いな!これでも小生はメサイア・アルカンシエルのカルウェナン!お前の好きにさせるわけにはいかないッッ!!!」
「ぐがぁっ!?」
そして、そのままエリスの体を地面に叩きつけ加速を殺す、止められた…全身全霊の突撃も、通じないのか…!?
強い、あまりにも。でも…分かる、この人はエリス達と同じで、ずっとずっと修行してきたから強いんだ、エリスよりも長い時間をかけて先へ進んだから強いんだ…けど。
「何故…何故邪魔をするんですか…貴方は、貴方からは邪気を感じない。これ程純粋な武人が…何故メサイア・アルカンシエルなんかに!」
こいつからは、感じないのだ。邪気を。
ガウリイルやエアリエルのような組織でトップを張る奴は、その威圧に邪気のような物が混じっていた、けどカルウェナンからは感じない。こいつは悪意でエリスを邪魔してるわけじゃない、なら道を開けてくれたっていいだろう!
「……確かに小生は魔術廃絶にも、魔女排斥にも興味はない」
「なら!」
「だが悲しい物だぞ、高めた技を披露する場がない…というのは」
カルウェナンは悲しげに語る…けど、つまり何か?お前は…。
「お前は喧嘩したくてメサイア・アルカンシエルにいるって言いたいのか…」
「然り、そして小生を見込んでくれた主人に忠義を尽くすためにここにいる」
「それがしたいなら、人の迷惑がかからない場所で勝手にやれよ!紛争地なり何なりに赴いて自分で自分を慰めてろよッ!」
「心なき紛争地に赴き忠義無く戦うのは我が道に反する、道無き力を振るう者は外道となる」
「暴力振いたくて、この場にいるってんなら…お前も十分外道の部類だよ!」
「言われてしまったな、だが何を言われようとも…ここは通さん」
立ち上がる、立ち上がりカルウェナンに牙を剥く…けど。まずい…。魔力が切れかけてきた、冥王乱舞を連発しすぎた…ここまで長期戦になるなんて想定してなかった。まずった…倒すどころか抵抗の手立てさえない。
(このままじゃ、デティが……)
イシュキミリがデティを攫って何をしたいかは分からない。だが…何にしても、デティを…親友を攫って行こうとする奴が目の前にいるなら、放置できるわけがない!
「退けよ、カルウェナン…エリスはデティを、助けるんです」
「断る、それともそれがお前の道か?…であるならば我が道を進む小生には敵わんぞ。他者に己の道を委ねるお前では…」
「忠義を語る奴が…他者に道を委ねてないって…?」
「お前は魔術導皇の配下ではないだろう、お前のそれには忠義もない」
「関係ない!エリスはエリスの道を行くッ!エリスの道には…デティが!友達の支えが必要なんですよッ!」
「それを依存と呼ぶのだッ!失望させないでくれ!お前は小生と同じ孤高を進む武人であるべき──────」
吠えるカルウェナン、それでも進もうとするエリス、二人の意志に決定的齟齬が生まれ、最早生死を分ける戦いになるしか無くなった…その時だった。
「ちげぇよ…」
「ぬっ…!」
カルウェナンの視線が初めて、エリスから外れた。
「エリスの道は、一人の道じゃねぇんだ。だから友達を助けるんだよ…それも理解出来ない奴が、勝手にエリスを語るんじゃねぇよ…ッ!」
飛んできたのは足だ、紅蓮の光を伴った蹴りだ。それがカルウェナンの側頭部を打ち…奴の足が地面から引き剥がされ、吹き飛ばされた。今度は自分から飛んだんじゃない、吹き飛ばされたんだ、蹴り飛ばされたんだ。
エリスの危機を前に、必ず駆けつけてくれる…彼によって。
「テメェいつぞやの騎士だな、状況を見るに…敵かお前」
「ラグナ!」
「悪い、雑魚処理で遅れた。状況はよく分からないがデティが連れてかれたんだろ…お前の声が、届いてたよ」
ラグナだ、エリスと同じくこの会場で見回りをしていた彼が廊下の向こうから一気に飛んできてカルウェナンを吹き飛ばしたんだ。来てくれた…ラグナが。
「ここは俺に任せとけ、エリスはデティを!」
「ありがとう、ラグナ…!気をつけて、アイツ強い…!」
「分かった、気をつける」
上着を脱ぎ、腰に巻いて臨戦態勢を取るラグナは吹き飛ばされた先のカルウェナンを見遣る。壁にめり込んだカルウェナンは…やはりダメージを負った様子もなく悠然と歩き出し、瓦礫を砕きながら進み続ける。
「やられたよ、不意打ちとは言えいい物を貰った…君はあれだな、一番見込みがあった若人」
「お前、名前は…」
「武人の前だ、ここは名乗ろう。小生はカルウェナン、メサイア・アルカンシエルが第一刃。『極致』のカルウェナン・ユルティム…君は?」
「ラグナ・アルクカース…なるほど、テメェがあれか。ガウリイルも倒せなかったって言う…」
「ガウリイル、ああ彼とは良い死合いをした。彼はいくら殴っても倒れなかった。故に難儀した、倒すのに」
「軽く語ってくれるぜ、こっちは命懸けでなんとか倒したってのによ」
拳を構えるラグナの横を通り抜けるように歩く、カルウェナンのターゲットは既に戦えないエリスでは無く元気ビンビンのラグナに移っている。最初に語ったように強敵との死合いを優先するのであって、イシュキミリのデティ誘拐には手を貸さないようだ。
「エリスを止めないのか?」
「止めるのを、君は止めるだろう」
「まぁな…よくもまぁ、殴ってくれたな!エリスをッッ!!」
「君もまた、強くなったな!!」
そして衝突するラグナとカルウェナンの激突に乗じて、エリスは走る。イシュキミリを追う…奴を見失って五分と少し、まだ十分追いつける距離にいる。
けど問題があるとするなら…。
「参った、何処に逃げたんだ…」
エリスがいたのはエントランス…つまり玄関口。そこを超えたら、もう外だ。
「ッ……」
外に出れば、そこは地獄絵図だった。大量の抗議者達とアルカンシエル兵、そして獣人兵が津波のように押し寄せ…それをネレイドさんとアマルトさんとメグさんの三人でなんとか押し留めている状態。
つまり完全なる乱戦…この中にイシュキミリが?
『死ねぇえええ!魔術行使者達よぉおおお!』
「冥土奉仕術四式・斬神鬼伐ッ!!」
刀の一振りで迫る抗議者の波をかち割るメグさんに目を向ける、イシュキミリが何処に逃げたか分からない、けど取り返す方法ならある!
「メグさんッ!」
「エリス様!?貴方は中の守護をしてるのでは…!?と言うかその怪我は…!
「エリスの事はいいです!それよりデティを時界門で呼び寄せてください!」
「え!?……分かりました!」
デティを時界門で呼び寄せる。それだけでイシュキミリごとこの場に召喚出来る。故に戦っている最中のメグさんに頼み込む、すると彼女は一も二もなく、詳しい事情も聞かずに即座に時界門展開の準備をし。
「行きます!『時界門』!」
開く、目の前に穴が。空間に穴が開き────。
「さっせませぇえええん!」
「ぐっ!?!?」
しかし、突如として飛んできた金庫頭の謎の男の超速タックルを受けメグさんが吹き飛ばされ開かれかけた時界門が掻き消される…邪魔された!?
「メグさん!!」
「アチョアチョ!イシュキミリ様の邪魔はさせねーぜ!」
飛んできたのは凄まじい身体能力を持つ金庫頭をした男だった…いやなんだあれ、人間?それとも獣人戦士と同類?金庫の遺伝子を組み込んだタイプの人間?何あれ…いやそれ以前に。
「テメェッッ!!メグさんに何晒してくれとんじゃボケェッ!!!冥王乱舞ッ!」
「おや!?貴方は魔女の弟子エリ───」
「『狩鎌』ッ!!」
「ぐべぇおぇっ!?」
腕全体から魔力を噴射し、その勢いですっ飛びながらまるで鎌のような大振りで放つラリアットで金庫男を吹き飛ばす、メグさんをよくもやりやがったなこのクソ金庫がッ!
「ミスター・セーフ様!」
「ご無事ですか!」
「うう、いてて…何アレ、信じられないぐらいめっちゃ痛いんだけど…」
しかし、ミスター・セーフを倒すに至らず奴は獣人戦士達に受け止められながらも首を抑えつつ起き上がる。…しっかり当てた、防壁もなかった、ただただ金庫野郎が頑丈だった。あの耐久力…アイツ肉体的超人か。厄介な。
「エリス!メグ!ごめん!止めきれなかった!アイツ凄い頑丈だよ!」
「ネレイドさん!エリスは大丈夫です…でもメグさんが…」
「私も無事ございます、申し訳ありません…気を抜きました」
そうして駆け寄ってくるメグさんとネレイドさん、二人とも傷を負いながらも無事だ。でも…みんな手一杯だな、もしここのうち誰かが抜けたら抗議者達を押し留めて置けなくなる。
デティ救出は…エリス一人でやるしかない。
「申し訳ありません、すぐに時界門を…」
「いえ、必要ありません…もう居場所が分かったので」
「え?」
今一瞬、メグさんが開いた拳大の小さな穴…デティに通じるあの小さな穴を、エリスは見た。その穴の向こうをエリスは識確で『認識』した。それだけでエリスはもうデティが何処にいて、イシュキミリが何処に行こうとしているかの情報を受け取ることができた。
超極限集中を展開してたから、あの僅かな情報でも居場所が割り出せた!デティは今…街の外に連れ出されようとしてる!
「すみません、エリスもう行きます!」
「待てよエリス!」
「アマルトさん…?」
すると、獣人戦士を蹴散らしながらアマルトさんがこちらに向けて走ってきて…。怒りと焦りの混じった顔でエリスに食ってかかってくる…。
「お前、デティはどうした!?守ってんじゃなかったのか!?なんでデティを時界門で連れ戻す必要がある!アイツは今何処にいる!」
そう叫ぶんだ、耳が痛い…と言うか、申し訳ないと言うか。彼の言う事は最もで、その心配は正しいものだ…だからこそ、今は一刻を争う時であっても、説明はするべきだろう。
「すみません、デティは連れ攫われました」
「何!?なんでだ!お前がいたのに!」
「イシュキミリが敵の首魁でした…エリスは今からデティを連れ戻します、みんなは…ここで会場を守って!」
「あ!おい!待てよ!まだ話は終わって…おいエリス!」
アマルトさんを押し退けエリスは紫炎を点火し飛び立つ、もうこれ以上時間は使えない。イシュキミリは凄いスピードで遠ざかっていた!離脱に本気を出してきている!さっきまで出していたスピードよりも数十倍は速い。
(なんなんだ、イシュキミリ…あのスピードは、何故あのスピードを最初から出さなかった?それとも出せなかったのか?分からない、けど…居場所は分かってる!識確の先読みナメるなよッッ!!)
デティは絶対に取り戻す、エリスの友達に手を出した事を一生かけて後悔させてやるッッ!!
「クソッ、エリスの奴。馬鹿野郎が…俺が心配してんのは、デティだけじゃねぇってのに」
神速で遠ざかるエリスを見送るアマルトは、舌を打つ…あんな満身創痍で、何処に行こうって言うんだと。
…………………………………………………………………
ぐにゃぐにゃと揺らめく意識…、思考が定まらない。けど…分かる、これは強制催眠魔術の『スリープピプノシス』…禁忌魔術の一つだ、それを視界外からいきなりぶつけられて…私は眠らされてしまったんだ。
何が起こったんだ、何が起きてるんだ…私は……。
「『目を覚ませ』」
「ハッ…!」
その声を聞いた瞬間、私は…デティフローアは意識を取り戻す。すると視界に飛び込んでくるのは…先程まで見えていた会議場の光景ではなく、薄暗い部屋の中に無数の魔力機構が配置された、地下研究所のようなジメっとした空間…。
闇が広がる地下空間に、私は…椅子に縛り付けられた状態で、座らされていた。
「これは…?」
両手は背もたれに固定され動く気配がない、それにこの縄…魔封じの縄?まずった、魔術が封じられている。しかも私の力じゃどうやっても抜けられない。完全に拘束されてる…。
「何が起きて…私は」
必死に記憶を手繰り寄せて思い出そうとするも、何も思い出せない。ただいきなり目の前に強制催眠魔術が飛び込んできて、意識が封じられて…。ってことは私は捕まった?誰に?メサイア・アルカンシエル?けどあの瞬間は、まだ敵なんて侵入していないはず…。
「混乱しているか?デティフローア」
「え?」
ふと、声をかけられて、目の前を見ると…そこに立っていたのは。
「イシュ君…?」
「……………」
上着を脱いで、いつものローブを椅子に掛けて、私の目の前に座るイシュ君が、そこにいた。一瞬彼も捕まったのかと思ったが…違う。彼の手は拘束されていない、何より彼の内側から漂う魔力は…感じたこともないような、冷たさを纏っている。
……考えたくないけど、まさか…。
「君なの…?私をこうやって拘束してるのは…でもなんで」
「一々説明するのも面倒だ、これなら…理解出来るか」
するとイシュ君は指を鳴らす。すると…闇の奥からゾロゾロと現れるのはメサイア・アルカンシエルの兵士達だ、それが数百人規模で私を取り囲み、イシュ君に対して…恭しく礼をする。
その光景はまるで、……まさか。
「ここはメサイア・アルカンシエルの基地の一つ。魔術撲滅の最前線、そして私の居城の一つだよ…メサイア・アルカンシエル会長イシュキミリのね」
「………くだらない冗談はやめて、イシュ君。笑えない」
「これが冗談に聞こえるか?悪いね、君達の前で冗談を言いすぎたよ…魔術を愛してるなんて、魔術界の発展の為なんて冗談をね。だから言葉が軽く聞こえたかな?」
「……………」
いきなりの事で、頭が混乱する。理解を心が拒む、だってまるで彼がメサイア・アルカンシエルのボスのような言い草をするんだもん。でも…彼の心は嘘をついていない、ずっと嘘をついていない。
それはつまり彼は今真実を語っていると言う事。それに…あの強制催眠魔術、アレを私に向けて放てるのは、状況的に見ても…イシュ君だけ。
何それ…なんだよそれ、つまり何か?彼は…彼はずっと。
「騙してたの!イシュ君…いや、イシュキミリ!!!」
「ようやく理解したか、君と本音で話し合える関係性になれて嬉しいよ、魔術導皇…」
「ッッお前がメサイア・アルカンシエルの会長!?何を…なんて事を!グランシャリオ家の人間が!魔術撲滅の!首魁なんて!!」
混乱が収まる、無理矢理理解させられる、同時に沸き立つのは怒り。途方もない怒り、私達を裏切った、裏切っていた事実。
ああそうか、全部全部繋がってしまった!こいつが…こいつがあの日!マレウス魔術会議を作戦決行日に選んだのも!襲撃の話を魔術師達に共有しなかったのも!全部全部…このためなのか!?
「イシュキミリ!お前…まさか最初から襲撃を成功させるために!」
「ああそうだ、まぁ君達のせいで大幅に計画を修正しなくてはいけなくなったが。君達がバカなお陰で概ねなんとなったよ」
「トラヴィス卿はこの事を知ってるの!?魔術撲滅なんて本気で考えてるの!?私達を最初から騙すつもりで近づいて来たの!?私を攫ってどうするつもり!?ねぇイシュキミリ!」
「ギャーギャー騒ぐな、逐一全てお前に説明してやる義理はないが…その質問のうち一つだけなら答えられる。『何故、君を攫ったか』…この私が全力疾走させられて、多大な労力を払ってまで君をここに連れ込んだのには、当然訳がある」
イシュキミリは汗を拭い、大きく息を吐きながら…己の手を重ね。私の目を見て…語り出す。
「私はここに、君と交渉をする為に招き入れた。今回の作戦も君と二人きりで話つもりで決行した」
「交渉……?」
「ああ、魔術導皇デティフローア…総ての魔術を統括する者よ。総ての魔術を否定する魔術道王として、君と話がしたい」
真っ直ぐと、私を見据えるイシュキミリは…言う。魔術を肯定する者とそうではない者として、対面での…交渉を。




