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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十七章 デティフローア=ガルドラボーク
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603.魔女の弟子と魔魅の言葉


「オラァッ!!」


雷の如く飛来する一撃がエリスの頭上で迸る。速度、重量、勿論威力もエリスの許容出来る範囲を大幅に超えている。当たれば即敗北、されど避ける手立てもない…と言うのは今までの話。


「点火…ッ!」


「うぉっ!?早えッ!?」


両手から紫色の光をジェットの如く放ち、その推進力で背後に向けて一気に飛び頭上から降り注ぐ一撃を回避し、エリスは身を翻し地面に降り立つ。


…今エリスとラグナは共に魔仙郷の只中で組み手をしている。魔力覚醒を用いたマジの組み手だ、手加減抜き…本気の戦いを演じ、お互いの感触を確かめ合う。


「冥王乱舞だっけ?また新しい戦い方を編み出したのか?エリス」


「いえ、これは今までの応用…エリスの完成形の一端です」


「なるほど、円熟の域へ入り始めたか…流石だぜ」


ラグナは顎先の汗を拭うようにして笑う。エリスはこの冥王乱舞の明確な限界を知る為ラグナと共に組み手をすることにした、はっきり言ってメサイア・アルカンシエルの隊長陣は相手にもならなかった、あれじゃあまるで手応えをつかめない。


故にこうしてラグナを相手に選んだのだが…。


(ラグナ、また強くなってる…)


ラグナもまた強くなっていた、スピードではエリスが上回るが攻撃力・防御力ではラグナに上回られている、と言うかラグナはエリスの動きに対応してきている。不思議だ、エリスでさえ極限集中と極限心眼を併用して漸く分かるレベルのスピードなのに。


やっぱりラグナは強い、何か新しい技を手に入れたとか、新しい何かを得たとか、そう言うのは一切無いが…明確にワンランク上に上がってる。流石はこっちのセリフですよ。


「ふむ、そろそろ時間だ。二人ともそこまでにしておけ」


「お、もうそんな時間か…やっぱ三十分程度の時間じゃ捕まえられないか」


「む……」


すると、そんなエリス達の組み手を見ていたトラヴィスさんが、懐中時計を手に現れる、時間…つまり当初の予定通り三十分経ったと言うことだろう。


…エリス達がここで組み手をする理由、一つは冥王乱舞の研磨の為、そしてもう一つは…。


(デティ達、上手くやれたでしょうか)


デティ達がニスベルさんの研究所を捜索する為の時間稼ぎでもあった。三十分稼いだんだ…きっと上手くやっていると思う。と言うか思わざるを得ない、多分これ以上ゴネて時間を先延ばしにしたら怪しまれるし。


「どうだった?二人とも、相手の戦い方は」


「ラグナは、凄かったです。昔から凄かったけど今はもう色々手がつけられない段階に入ってきてます」


「エリスもすげぇよ、なんか格段に強くなったな。見違えたよ」


トラヴィスさんに促されお互いを褒め合う、いや凄いよ本当にラグナは。まるで限界とか無いみたいにグングン強くなる、もしかしたらと期待したけど…まだ最強の弟子の座は奪い取れそうに無い。


「ふむ、なら相手のダメな点は分かるかな?」


「ダメな点?」


そう言われて考える、ダメな点なんてなかった…いや一つ気になるのは。


「ラグナ全然防壁張ってませんでしたけどアレはなんでですか?」


「え!?マジで?無意識だった」


ラグナは全然防壁を張らないのだ、常に相手の攻撃を受け流しカウンター狙いで動いているからか、そもそも『受け止める』と言う発想がないのかもしれない、だとしても使わなさすぎだ。折角教えてもらったんだから使えばいいのに。


「ふむ、無意識で使用は出来るが戦闘時になると敢えて選択肢から外しているようだ。常に防壁を維持することを心がけなさい」


「は、はい」


「それとラグナ、もう一つ聞いていいですか?」


「ま、まだあんの?」


「いやラグナのことじゃなくて、どうしてエリスのスピードについて来れたんですか?動体視力がいい…とかそんなレベルじゃ無いですよね」


ラグナはエリスの超スピードにもついてきた、はっきり言ってエリスより速い存在はもう世界でもあんまりいない、そんなレベルまでエリスは速くなった。多分今メルカバとやり合ってもエリスはアイツに触れられることなく勝つことが出来るだろう。


だがそれでもラグナはエリスを見失うことは一度もなかった、これはどう言う事かと聞くと。


「単純だよ、エリスって例の超加速に入ると一直線にしか動かないじゃん」


「うぐっ…」


「それと加速を始めるまでに0.5秒の溜めがある、その溜めの間にエリスがどこを見ているかを確認すれば、過程は見えずとも結果は見える。そうすれば視界内に収め続けることくらいは楽勝だよ」


「し、仕方ないじゃ無いですか…だってアレ旋回が出来ないんですから」


そう、エリスだってあの超加速の弱点には気がついていた。あれは旋回が出来ない…いやしようと思えばできる、一回試したが多分問題なく出来る、ただ問題はカーブしようとすると遠心力でエリスのお腹が破けて内臓が外に出そうになるんだ。つまり加速にエリス自身の体がギリギリついていけてない。


エリスの行う魔力噴出による超加速は魔術では無い。対する最速の加速魔術ソニックアクセラレーションは魔術である。超加速による身体負荷を極力抑えるようそもそも工夫された作りになっている魔術と異なり魔法を主としている冥王乱舞にはそう言う『セーフティ』が存在しない。


セーフティが存在しないからこそ最速の加速魔術を超えた動きが可能なのだが、その弊害こそが旋回不可能という大きすぎるデメリット、差し詰め加速中のエリスは弾丸だ、跳弾のようにジグザグと動くことは出来るが滑らかな旋回は不可能。


故に動きは必然的に直線的になる…と。


「旋回が出来ないのは大きいな、なんか対応策は考えてあるか?」


「なーんにも思い付いてません…」


「まぁ、あの加速は人間がしていい加速じゃ無いからな…つまり対応策は不可能──」


「あるぞ、対応策ならな」


「え?」


すると、トラヴィスさんが首を横に振るのだ…そしてあるという、エリスの弱点を克服する方法が。


「な、なんですか?」


「君は今の自分をこの世界で最速…と言えるか?」


「い、いえ…エリスより速いやつはいます。何よりこの世界最速はプロキオン様です」


世界最速の存在…それはプロキオン様だ、師匠でさえ視認不可能、事象が後から追いかけてくる、ぐるっと一周その場で回れば光の背中を突くことが出来る、そんなレベルの加速を行うのが魔女様だ。流石にエリスは魔女様と追いかけっこをしても勝てる気はしない。


「そう、そして魔女様はその動きをなんの制限もなく行っている。つまり旋回を行っている」


「でもそれは魔女様が強いからでは?」


「つまりはそういうことだ、強くなれ。具体的に言うなれば第三段階を会得しろ、恐らくそれで君の悩みは解消される」


「結局そこに行き着くんですね…でもなんで第三段階に到達したらって断言できるんですか?」


「それは今君が行った戦い方を完成させるには第三段階に到達するしか無いからだ…、今君はかなり強くなっている、だがそれでも今は『ただ強い』だけだ、展望がない」


「展望…」


それだけ言うとトラヴィスさんはアドバイスは終わりだとばかりに踵を返して歩き出してしまう。え?講義終わり?これだけ?


「て、展望ってなんですか!」


「具体的なビジョンだ、今の君は『何がどうなれば強い』『これがこうなれば強い』と言う明確なビジョンを持っていない、それが具現化したものが第三段階であるが故に君はまだ強さの本質に辿り着いていない。これは…そもそも一朝一夕で身につくものではないから、まぁ今は修行を続けることだな」


「ビジョン…」


強さの展望と明確なビジョン、それが具現化したものが第三段階…か。第四段階の魔道の極致とはなんぞや的な話か。うーん確かに言われてみればいまいちピンと来てないかも。


そしてそれを得ない限りエリスは本質的な強さを得ない、逆を言えば本質的な強ささえ得ればエリスは第三段階に到達出来て、冥王乱舞の超加速による負荷も克服できると。


その時こそが冥王乱舞の真なる完成…と言えるのかもしれないな。


(結局やることは変わらない、冥王乱舞を研ぎ澄ませばいいんだ。この力こそがエリスを高みに押し上げる…エリスだけの戦い方だから)


拳を握りつつエリスはトラヴィスさんの後について行き館に戻……。


「おい、エリス」


「はぇ?ラグナ?」


ふと、ラグナがエリスに肩を寄せて耳元で小さく囁き出す。


「さっきメグから連絡があった、三人とも戻ってきたって」


「それで、何か分かったんですか?」


「多分な、大至急館の屋上に来てほしいってよ」


「なるほど、分かりました」


ラグナはメグさんから渡されていた念話魔装で連絡を受け取り、集合場所をエリスと共有してくれる。館の屋上か…ってなると。


「ではすみません、トラヴィスさん。最後にみんなと色々話し合ってから今日はお休みしますね!」


「今日は付き合ってくれてありがとうございました!」


「ああ、熱心なのはいいことだ。あまり夜更かしはしないように」


エリスとラグナは二人でトラヴィスさんの前に回り込み深々と頭を下げてから急いで館の屋上に向かう。しかしトラヴィスさんは本当にいい人だな…隠し事してるのが申し訳なくなる。


「……………」


そして、その背を見送るトラヴィスは…。


(若いな……)


ただ静かに、口元を綻ばせるのであった。


…………………………………………


「へぇ、この館こんな場所があったんだな」


「屋上というより屋根裏ですね」


そしてエリス達はメグさんから連絡があったように館の屋上…と言う名の屋根裏へとやってきた。2階の一室に立てかけられた梯子を登り、開いた天井に入り込めばそこは館の屋根の中…つまり屋根裏へと通じている。


埃っぽく、そこかしこに開いた穴から差し込む月明かりが舞い散る埃を光の粒子に変える様はなんとも幻想的ではあるものの、薄暗く、それでいて何処かカビ臭いこの場所は『ああ、トラヴィス邸にもこう言う場所はあるんだな』と言う現実感も持たせている。


そんなだだっ広い屋根裏の一角に、より集まる魔女の弟子達を見つけエリスとラグナは軽く手を上げ挨拶する。


「遅いぞ」


「そう言うなよ、トラヴィスさんの手前ダカダカ慌てて走るわけにもいかないだろ?」


「ま、まぁそうだな、すまん。事が事だけに少々過敏になった」


「ってことはなんか掴めたんだな?早速…ん?」


ふと、エリスとラグナはより集まる魔女の弟子達の輪の中に入り…その中に異物が紛れている事に気がつく。


「イシュキミリ?あんたなんでここに…」


「ああ悪いラグナ、俺から声かけたんだ。この街の知識がある人間がいた方がいいと思ってな」


「そうか、まぁそうだな。協力者はいた方がいい」


エリス達はエリス達力だけで八大同盟と戦えたわけじゃない。ハーシェルの時はステュクス達、オウマの時はルビー達、現地と協力者あってこそなんとかなった一面もある。であるならばイシュキミリさんにその役目をお願いする事が出来るなら、これはありがたい事だろう。


「それで、何か分かったか?」


「実はさ、俺…メサイア・アルカンシエルのアジト、見つけちゃったっぽいんだよね」


「は?あのうるさい連中の?」


「そっちじゃなくて八大同盟の方」


「え!?もう!?」


ギョッとする、顔色が変わる。もう?何か分かれば良いと思ってエリス達は三人を送り込んできた。真実という名のケーキを何切れか持って帰ってきてくれるだけでもありがたかったのにまさかホールで持って帰ってくるとは…。


「何処だ?」


「地下さ、この街すげー広大な地下空間があるんだよ」


「どこもかしこも好きだな地下、エルドラドにもチクシュルーブにもあったぞ」


「そのうちマレウスの大地が抜けそうですよね」


しかし地下か、そこに連中が潜んでいると。兵士たちの口ぶりからどっかにあるんだろうなとは思っていたがそうか…。地下ですか、厄介ですね、真上に街を抱えたままじゃ…全力の冥王乱舞が使えない。師匠はこういう時どういう風に戦うんだろう…。


すると、そんな話を聞いたイシュキミリさんは顎に手を当てて…。


「なるほど、地下か。確かにこれは理に適っているかもね」


「お?なんか知ってるか?」


「ああ、この街は知っての通り魔術師が大量にいる街だ、そして魔術師にとって命より大切なのが研究成果…けど、玄関を開ければ向かいには別の魔術師、窓を開ければ隣の魔術師、裏口の向こうには他の魔術師、そんな環境で自身の研究成果を守り切るために魔術師達は地下に独自の研究場を作ったとされているんだ」


「え?つまりあれってトラヴィスさんのご先祖様が作ったとかではなく…」


「ああ、昔の人達がそれぞれ自主的に作ったものをメサイア・アルカンシエルが改良したものだろう、この地下への入り口は基本的に秘匿されており見つけるのは至難の業だからね」


なるほど、だから地下にしたのか。元々魔術師達が研究成果を守る為に作り上げた空間…ってことは簡単に見つけられるものではないし、持ち主が死ねばそもそも存在そのものを知る手段さえもない。


そして全ての魔術師がそういう風に好き勝手に作って回ったからこの街の下には蟻の巣の如き地下空間が広がっていると。それは厄介だ…とエリスは考えたが、どうやらラグナは別の点を気にしたようで。


「ちょっと待て、そりゃやばいぞ」


「おや?何か気になるかな、ラグナ君」


「気になるさ、それは元々色んな魔術師が別々に作ったものを一つにまとめた地下空間なんだろ?ってことはつまり出入り口が大量に存在するってことだろ…」


「あ……」


エリスは思わず口を開いてしまう、確かに…魔術師達がそれぞれ勝手に作ったものなら製作者の数だけ出入り口があって然るべきだ。そしてそれらを統合したのがメサイア・アルカンシエルのアジトだとすると…出入り口は魔術師の数だけある事になる。


それも街の至る所に…これじゃあ。


「これじゃあいくら攻め込んでも好き勝手に逃げられる。いや最悪仕掛けようと思えば街の何処からでも仕掛けられる。これは結構やばいぞ…」


まるでもぐら叩き、エリス達が一点から攻めれば向こうはウニウニと他のところから出てくる、それも民間人が大量にいる街中に。まるで蜂の巣のような構造にラグナは指を噛みながら首を傾げる。


どう攻略すればいい、何をすればいい、何にしても人手が圧倒的に足りない。


「まぁ、ここの攻略法を今を考えても仕方ないか。他に何か掴んだことはあるか?」


「そうだよ聞いてくれよ、聞いたんだよ…『嘆きの慈雨』の詳細を」


「マジかよ、全部持って来たな…それで?内容は」


「それがさ…」


一瞬アマルトさんは言い淀みながら周囲を見回すと…語り始める。


まず、嘆きの慈雨はエリス達の想像通りポーションであった。空気に触れると同時に沸点に達し蒸発しながら雲になり、天上から降り注ぐ雨となる。


問題はその効果。その雨に触れた者は魔力動脈が焼き切れて…未来永劫魔術行使能力を喪失する事。これをこのウルサマヨリにて使用し魔術師の街から魔術を奪う。それが奴らの目的…の前段階。つまりこれは実施試験。


もしこの計画が上手くいけば、奴らは次にこの嘆きの慈雨をマレウス全土に使うだろう、そして次はカストリア大陸、ポルデューク大陸、やがて世界中から魔術そのものを奪うだろう…と。


そんな話を聞かされたエリス達は絶句する。魔術解放団体メサイア・アルカンシエルの魔術の完全撤廃、そんな絵空事みたいな虚言を間に受ける人間はどこにも居なかったのに…ソレを明確に実現する道筋が示されてしまったのだから。


「マジか……」


「あり得るのかと言いたいが…八大同盟のする事だ、不可能な事に全力は注がん」


「つまり、それを使われたら僕達みんな魔術使えなくなっちゃうんですか…」


「それも…未来永劫、もしこの計画が実現したら、もう誰にも止められなくなる」


「………怖い事、考えるよね」


恐ろしい、あまりにも恐ろしい計画。今までエリス達の傍にあった魔術が失われる…それは如何程の喪失感か。何より今この世界から魔術が失われればどれほどの弊害が出るか想像も出来ない。


世界は一体どうなってしまうんだ。そんなたまらない不安が背筋を撫でる、そんな中エリスは…ふと気がつく。


「デティ…?」


エリスだけが気がつく…傍に座るデティが、今…。


「ッッ───────」


唇を噛み締め、激怒している様に。魔術の否定、その道筋を示された彼女は許すわけにはいかないのだ、少なくとも…魔術導皇として、魔術を否定する存在を許すわけにはいかない。


彼女は骨身まで魔術導皇だ、メサイア・アルカンシエルが叶わぬ目的を嘯いているだけならお目溢しもした、だが今…メサイア・アルカンシエルは魔術導皇にとって完全なる敵となったのだ。


「勝手な…ッ!」


「デティ…」


「勝手なことばっかり言う!あまりにも!自分本位!」


立ち上がり、怒り心頭で立ち上がるデティは、頭ではなく口から怒りが這い出てくる。


「相容れぬとも思想であるならば容認せんとお目溢しをしてやった物を!そうまでして魔術を憎み否定するか!ならば外文明にでも赴いて勝手に暮らせば良い!」


「デティ、落ち着けよ」


「これが落ち着いていられるかっての!魔術は人間の兄弟?だから不当に使うのは良くない?綺麗事ばかりを!赤子の分娩に!産湯に!魔術が使われるこのご時世でよくもまた宣えた!」


「分かる、気持ちはさ。だからこそ冷静になるんだ…勝手押し通そうとする連中を相手に、下手打つわけにゃいかねぇだろ。俺だって覚えてんだよ危機感を…だからこそしくじるわけにゃいかねぇ」


ラグナは腕を組み考える、何がなんでもこれは阻止しなくてはいけない…メサイア・アルカンシエルの目的はヘリオス・テクタイト同様決して通してはいけない身勝手。だからこそ確実を要する。


「ああ、そう言う事か」


「どうした?メルクさん」


ふと、メルクさんが合点が入ったとばかりに手を打ち。


「私の方も見つけたんだ、恐らくメサイア・アルカンシエルはチクシュルーブから大量の銃火器を仕入れている」


「へ?あ、あの地下工場で作ってた…ん?」


「おい、それって…」


ラグナが青褪める、エリスもまた嫌な想像をしてしまう。と言うより、自らの想像の限界点を呪う。


どうして敵の目的が『嘆きの慈雨を降らせる事』だと思った、どうして魔術を喪失させるだけで終わると思った。


嘆きの慈雨による魔術喪失はピースの一つでしかない、ここに更に加わるピースは、『大量の銃火器』と『大量の出入り口がある地下迷宮を相手が抑えている』と言う点。


ここから考えるに、敵の真の目的は。


「ああ、恐らく…使う気だ、銃火器を…『魔術なしで使える武装』を」


……つまるところ、敵はそもそも魔術ではなく魔術師が許せないのだ。魔術師から魔術を奪ってハイお終いにしてくれるかと言えばそうじゃないとエリスは思う。


雨が降り、魔術が失われれば、魔術師は何も出来なくなる。そこに大量の銃火器で武装した抗議者達が一斉に地下から街中に溢れ出れば、どうなる?


許し難き人間とそれを許せない人間、片方は抵抗の手段がなく、もう片方の手には拳銃。何が起こるか言うまでもないだろう。だからこそ…この街を選んだのかもしれない。だからこの街を最初ターゲットに選んだのかもしれない。


つまるところ連中の目的は。


「殺す気か!?街の人間全員!?」


「魔術を奪い、混乱する人々の隙を突き、街中に存在する地下の扉を使い一気に強襲。仕入れた拳銃で魔術師達を銃殺…抵抗の手段も何もなければ、ただの民間人にだって魔術師は殺せる」


「…………」


色々やばい匂いがしてきた、と言う段階を超えてもう普通にやばいぞこれ。絶対にさせちゃいけないのは当たり前として…どうしてここまでとんでもない事を平然とできるのか、話はそう言う段階に入る。


メサイア・アルカンシエル…奴らを動かす怨念はなんなんだ。


「ッッ攻め込もう!今すぐ!」


「デティ、だが…」


「止めないで!このまま行けば…魔術師達が殺されるかもしれないんでしょ、ここまでの事をする奴らが、この街だけで話を終わらせるとは思えない…いずれ被害は全世界に波及する、これは魔術界そのものの危機…トラヴィスさんに共有して計画を潰す」


デティは立ち上がり踵を返す、もう誰の静止も聞かない、そんな覚悟を秘めたデティの背は動き出し、早速メサイア・アルカンシエルと本拠地へ乗り込みに向かい…。


「お待ちください、デティフローア様」


「…イシュ君?」


しかし、誰の静止も聞かない覚悟を決めていたはずのデティを止めたのは…他でもないイシュキミリさんだった。


「止めないで、イシュ君」


「デティフローア様のお怒り、よく理解しています。魔導を極める者としてこの所業を許し難いと、そうお思いですね」


「そうだよ…イシュ君だって分かるでしょ」


「ええ、ですので嘆くの慈雨の存在そのものを許してはならないのです。ですが相手はメサイア・アルカンシエル…聞けば世界中に支部を持つ一大組織というではありませんか。それの本拠地を潰して、果たして意図を潰えさせたと本当に言えますか?」


「ッッ……確かに」


「やるならば、迫る日の子を払うのではなく大火たるメサイア・アルカンシエルそのものを鎮める必要がある。今攻め込んでも数多くある出入り口から逃げ出されてしまう」


「それは…そうだね」


「なので、私に一計…と呼ぶほどではありませんが考えがあります」


「え?」


するとイシュキミリさんは指を立てながらエリス達に説明するように己の考えを語る、その理路整然として姿勢はトラヴィスさんそっくりで、思わず聴きの姿勢に入ってしまうほどだ。


「まず、敵の油断を誘います」


「油断?」


「ええ、我々は何も知らずマレウス魔術会議を平常通り行うのです」


「それじゃあ意味が…」


「敵が注視するのは目標たる私達です。計画時は私達以外見ることはないでしょう…つまり、会議に参加する私とデティフローア様以外は完全にフリーに動ける」


「ッ!」


するとラグナがイシュキミリさんの意図を察したのか自らの顎を撫でほうほうと息を巻く。


「なるほど、陽動か。互いの既知と未知の領域を上手く武器にするんだな」


「その通りですラグナ様。敵は私達の存在とスケジュールを知っている、つまりここは『既知』です。ですが私達が計画の仔細を知っている点までは知らない、つまり『未知』です。人は得てして既知の知識を基準に動く、つまり我々が対抗策を打っているとは想像だにしないはずです」


「確かに…でもどうするの」


「考えても見てください、蒸発したポーションが雲になる…つまり用意するポーションの数は膨大で、雲を形成するには時間もかかるしそれなりに用意も必要です。そんなのをウルサマヨリの街中でやるとは思えない、やるなら別の場所…密林は木々が多いから別の街でその用意をするものと予測出来ます」


「あ、そういやクライングマンがヴレグメノスの街で準備がどうたらって言ってた!」


「ヴレグメノス…ウルサマヨリから見て北西に存在する街ですね。そこからなら雲も届くかもしれない…」


「つまり私達が会議に出ている間に、他のみんながヴレグメノスの街に行って嘆きの慈雨を叩くと」


「はい、嘆きの慈雨の用意をしてる最中であれば持ち出しは出来ないでしょう。持ち逃げの心配もないし地下ではないから逃げ道も限られる、何より敵は呆気を取られることになる」


「…………」


「デティ、俺が聞いた感じこの作戦…穴とかなさそうだぜ?」


エリスも思う、って金魚のフンみたいに同調するのはアレだから特に何も言わないけどさ。確かにこれなら逃げられる心配もないように思える、ただ一つ心配なのは…。


「敵は武装して待機してる可能性があるんですよね。ならデティ以外みんなで行くのは危険ですよ」


「確かに、エリスさんと言う通りだ。ならある程度…戦力を分けた方がいいだろう」


「ではヴレグメノスには私が行こう、最悪ポーションが出ても私なら分解出来る」


「じゃあ僕も行きます!何か役に立てるかも」


ヴレグメノスにはメルクさんとナリアさんの二人が行くという。敵は嘆きの慈雨発生後街で殺戮を行う可能性がある、もし嘆きの慈雨が発生しなくても殺せれば良いと暴れる可能性があることも考えるに、こちらに残る組はなるべく多い方がいい。


「分かった、なら二人に任せようかな」


魔力覚醒したメルクさんの力があれば、最悪向こうに敵幹部がいても嘆きの慈雨だけでも破壊出来る。敵を全滅させる必要はない、ただ嘆きの慈雨を挫けばそれでいいんだ。


「ではそういう事です。それで…よろしいですか?デティ様」


「………うん、きっとそっちの方がいいね」


デティも納得する、少なくとも…闇雲に突っ込むより数段良い。であるならば今怒りに身を任せる必要はないと納得するんだ。


凄いな、流石はイシュキミリさんだ。こんな一瞬でここまで詰めた作戦を考えられるなんて、これはグランシャリオ家も安泰なんじゃないか?


「では皆さん、一週間後のマレウス魔術会議まで一旦はこのことは忘れ、平常通り覚醒の訓練に励んでください。何か下手な動きを見せてこちらが備えているとアルカンシエルにバレる方がまずい」


「ですね、ならそういう感じで行きますか」


「だぁな。いやぁなんかキッチリ作戦決めると安心出来るな、サンキューイシュキミリ、サンキュミリ」


「いえいえ」


イシュキミリさんのおかげで作戦も決まった、後は決戦を待つだけか…しかし。


(敵の幹部が判然としないのが怖いな…)


敵の幹部の情報がまるでない、そこだけが怖い。やっぱり強いんだろうか…いや、修行したエリスたちなら、きっと。


「さぁ寝よう寝よう」


「エリスクタクタです」


「俺も、明日も修行だ、しっかり休もう」


「メグ、明日の修行付き合ってもらえるか?」


「勿論でございます」


そうして、エリス達はそれぞれが屋根裏から降りて明日に、そして一週間後の決戦に備えることとなる。今できることといえばヴレグメノスの場所を調べたりするくらいで何か出来ることというのは少ない。


なら今は寝よう…そんな疲労から来る心の叫びに従って、みんな…この場を去る。


「……………」


「デティ様?」


ただ、デティフローアとイシュキミリだけを残して。


…………………………………………………………


情けない心地だった、ただ怒りに任せて敵を撃滅しようとするなんて…イシュ君が止めてくれなければ私はその場限りの勝利に酔いしれ敵に寝首をかかれていたかもしれない。


イシュ君が語った作戦は完璧だった、彼が居たから私は踏みとどまれた。本当なら誰よりも冷静に対処しなければいけない問題だったのに…。


「デティ様…」


「ありがとうね、イシュ君」


私は、ただ自分の無力感に打ちひしがれていた。差し込む月明かりが私を照らし、頬を流れる涙を輝かせる。


私は魔術師を愛している、魔術を愛している、だからこそメサイア・アルカンシエルの横暴を許せない、許してはいけない、私だけは。だからこそ悔しい。この場に至って何もできない己の非力さが。


涙が出るほどに悔しい、悔しすぎて発狂しそうだ。本当なら…私一人でなんとかするべき物なのに。


「いえ、私の力が魔術導皇様のお役に立てたなら光栄です」


「お役に立ってるよ、本当に」


イシュ君は頼りになる、彼は優秀で冷静で、トラヴィス卿の息子という点を抜きにしても素晴らしい人だと思う。だからこそ弱みは見せられないと私は自分の涙を拭い……。


「ですが、…驚きです」


「え?」


「貴方も、悔しさから泣くのですね」


そう言ってしゃがんだ彼は、私の顔に指を当て、ゆっくりと涙を拭い取り、真剣な瞳を私に向ける、静かな青い目が私を見つめる。その瞳を見た私は、なんだろう…何を思ったんだろう、わからない。


「私は、貴方を何処かで神格化していたようです。人ならざる者として見ていたと言えば聞こえは悪いかもしれませんが…それでも、何処か自分とは違う物として見ていた」


「酷くない?」


「かもしれませんね、けど…貴方も怒ったり泣いたりするのだと、理解して。今ようやく貴方という人間の姿をキチンと見れた気がします」


「ごめんね、情けなくってさ」


「情けなくありませんよ、普通のことです。人間は誰しも誰かに支えられている…そして支えて生きる。人が人である以上これは当然のことなんです」


そうかもしれない、私は一人では魔術導皇はやれない、戦えない、治癒魔術を扱う私は一層誰かに依存する、仲間がいなければ意味がない魔術だ。だからこそ…誰かの支えは強く理解しているつもりだ。


「ありがとう…イシュ君、イシュ君は本当に優しいね」


彼は本当に優しい、真摯で真剣で…とても優しい、紳士ってのはこういう人のことを言うと思う、ウチの男性陣も見習ってほしい、特にノンデリ大魔神アマルト君とか特に。女の子が泣くほど悩んでたらこう言う風に優しい言葉を……。


「デティフローア様、だから…私に支えさせていただけませんか?」


「え?何を?」


「貴方を、伴侶として」


「……えッ!?」


やば、野太い声出ちゃった。え?伴侶として支えさせて欲しいってそりゃあプロポーズってやつかい!?


……プロポーズってやつかい、そりゃあつまり。


「イシュ君、その言葉の意味…分かってる?」


思わず表情が強張る、意味を分かって言ってるのか。私と婚姻、つまり魔術導皇と婚姻を結ぶことを意味している。それはクリサンセマム家八千年の歴史の一部になる事を意味するんだ。


甘酸っぱい新婚生活とか、夫婦らしい営みとか、そう言うのは出来ない。クリサンセマム家にとって婚姻と性交渉は儀式の一つだ、全ての生活を形式で縛られる。かつてはそう言う伝統に縛られるのを嫌がって逃げ出した伴侶も数多くいると言う。そして当然ながら、魔術導皇との婚姻から逃げれば、魔術界での居場所を完全に失うことを意味する。


その意味を、分かっているのか。そう聞けば彼は…。


「ええ、分かっていますよ。貴方の身にのし掛かる歴史の重さを私は十分理解している…この言葉が軽い物ではないと言うことも理解しています」


「なら…!」


「だからこそ、支えたいのです。貴方の支える魔術界を貴方と共に、この身を挺して」


「…………」


嬉しい言葉だ、彼ならその資格があるだろう。それに…もう時間もない。私が子供を作らなきゃいけない期日が迫っている、もう直ぐ私は魔術導皇としての役目を果たさなくてはならない時が来る。


魔術導皇は伝統として魔蝕の日に出産を行う仕来りとなっている。そして当然年齢も決まっている、十二年に一回だ、これを逃すと次は十年後、私は三十六歳になる、出産は出来なくはないが難しいだろう。ただでさえ『こんな体』なのだから。


であるならば、最高の血筋を持つ人間、最高の志を持つ人間、最高のタイミング、ここから考えるに今この申し出は嬉しいを通り越してベストだと叫んでしまえる。


「……デティフローア様?」


「うん?ごめん、色々考えてた」


「は、はあ…それでお返事の方は」


元より恋愛結婚など視野にない。そう言う意味では彼はいい相手かもしれない、ことと次第によっちゃ脂ぎったデブジジイとヤる可能性だってあったんだ、それが嫌だって言うつもりはないが、折角なら同年代がいい。


なら、答えは一つしかないな、よし。





「ごめん、考えさせて」


「え?」


え?って言いたいのは私だ、え?なんで私…まるで断るような事言って…。


「こ、断られたのですか?わたしは」


「そう言うつもりはないんだ、でも考えさせて!ね!考えるだけだから!」


「あ、ちょっ……」


なんでだ、なんでか分からない、けど私は…まるでイシュ君から逃げるようにパタパタと走って立ち去ってしまった、何を考えているんだ、このチャンスを逃したら私はクリサンセマムの役目を果たす事が出来なくなってしまうと言うのに。


なんで、私は今…自分の役目の達成から…逃げているんだ。


……………………………………………………


「寝よっかなー」


「ですね」


「あれだけの事があった後によくもまぁ熟睡できるな」


「それはそれこれはこれですので」


話し合いが終わり、エリスとラグナとメルクさんの三人はそれぞれ寝室へと向かう。この館は空き部屋が多い、みんなそれぞれ個室を与えられている、そんな中でエリスとラグナとメルクさんの三人は偶然部屋が近くと言うこともあり、一緒に廊下を歩いているんだ。


「まぁ私も疲れたしそろそろ寝たいと思っていたし…」


「おや?三人ともどうした?まだ寝ていなかったのか?」


「あぇっ!?」


瞬間、エリス達の進行方向。廊下の先にある曲がり角からヌッと現れたのはトラヴィス卿だ、まずい…今の話聞かれたかな、いや直接的なことは言ってなかったが…何か勘ぐられたりしたかな。


「どうした?まるで私に話を聞かれたくなかったようだが」


「ま、まさか。なぁ?エリス」


「え、えぇ勿論、ねぇ?メルクさん」


「む、無論だ」


「………まぁいい、夜更かしついでだ、丁度三人に見せておきたい物がある」


「え?エリス達ですか?他のみんなは?」


「別にいい、君達だけで…ついてきなさい。私の書斎に」


「えっ!?トラヴィスさんの書斎…?」


いきなりだった、書斎についてこいとトラヴィスさんは言うのだ。書斎というとあれだよな、魔術理学院の院長マクスウェルが欲した本があるという超貴重な古本ばかりがあるという例の。


エリス達は顔を見合わせる、いきなりなんなんだろうと。


「今ですか?」


「いやか?」


「嫌ってことはないっすけど、どうする?」


「いいじゃないかラグナ、面白そうだ。世界に名を轟かせるグランシャリオ一族が抱える蔵書。大国の魔術機関の長も空き巣してでも見たがるそれを、拝見する栄誉に与れるのだから」


「まぁ確かに、じゃあお願いします!」


「ああ、ついてきなさい」


そういうなりトラヴィスさんはエリス達を連れて歩き出す、館の奥。普段は通らない奥も奥へと招かれる、進む都度に調度品の少なくなる廊下に殺風景になる景色、外先にあるのは厳重に施錠された大きな扉。


「む、これ魔力機構だな」


「ええ、防壁張ってます」


「この国では魔道具と呼ぶが…まぁ基本は同じだ、所謂防犯対策さ」


魔力機構の南京錠がされた扉に、専用の鍵を差し込めば錠と共に防壁もまた失せ扉が開く、説明されなくても分かる、この先にあるのが書斎…グランシャリオの蔵書が込められた地。


「さぁ、入りなさい」


「お、おお…」


「これは、まるで…」


「ヴィスペルティリオ大図書館にも負けませんよこれ」


扉の先には、ドーンと広がるような広大な空間があり、壁全体が本棚になったドーム状の書斎が広がっていた。本の数は一万や二万では効かないだろう、本棚が迷路のようにあちこちに点在し、剰え空にも本棚が浮いてるよ。


一体どれほどの本がここにあるんだ…。


「実は、今日エリス君の戦い方を見ていて…思ったことがあった」


「へ?」


「君は戦いに識確を用いているね」


「はい、エリスには識確魔術の才能があるみたいで」


「だと思った」


トラヴィスさんは書斎のさらに奥へと向かいながらそう呟く。しかし聞きたいことはエリスにもある。


トラヴィスさんはメグさんの写真の中の二次元世界を見た際『六大元素』の話をしていた、デティでさえギリギリ知っている程度の空と識と知識を持っていた。なら、それは何処から仕入れたのか。


気になっていた、だがもしかしたらこの人は…。


「なら、これが必要かと思ったんだが、要らぬ世話だっただろうか」


そう言いながら、トラヴィスさんが取り出したのは…。


「『識確白書』…!?ナヴァグラハの本じゃないですか!」


そこにあったのは、ナヴァグラハが残したメモに残されていた『識』の知識を綴ったとされる識確白書。ナヴァグラハに読むよう勧められながらも時屠りの間に襲撃してきたアインによって焼失してしまったはずの本が、今トラヴィスさん手に握られていた。


「なんでそれを!」


「……私の家系は代々本を集めるのが趣味でね、私もまた世界を巡って諸本を集めてきた…そのうちの一つがこれというだけだ」


「あり得ない、これはその辺の書店で売ってるような本では…」


「ない、分かっている。私はこれを著者自身から受け取った、販売するつもりはないというこの本をな」


「著者!?」


それって、ナヴァグラハ!?いやいやあいつはもう死んでるし…と思ったらこの本、よくよく見てみたら。


「写本?」


よく見てみるとこれは原典ではなく『識確白書・写本』と書かれていた。写本、つまり本物ではないということ、というかよくよく考えて見たら八千年も前の本がこんな形を留めているとは思えない。ヴィスペルティリオの方は魔術で加工してあるから残ってるわけだしね。


「写本?ならこれは一体誰が書いた物だ?」


「クライド・ノーレッジという老人だった、彼は所謂復本士と呼ばれる人間でね」


「復本士?」


聞いたことない職業だと思ったら、そこに反応したのはメルクさんだ。


「聞いた事があるな、確か失われた本を復元する職業だとか」


「そんな人がいるんですね、失われた本って…どうやって復元するんですか?」


「遺跡で文書を発掘し、その内容を復元し書き記す、現代魔術を作るのに使う古式魔術文献の復元を行う人達さ、多分私よりデティの方が詳しい」


なるほど、そうい職か。確かに古い文献ともなれば損傷も激しいだろうし色褪せて読めない部分もあるだろう、それをなんとかする人がいるならそれが職になってもおかしくはないか。


つまりこれはそのクライド・ノーレッジによって復元された複製という事か。これが複製として残っている事もナヴァグラハの予測のうちなのか、或いはこれは想定外なのか。分からないところがアイツの怖いところだ。


「だとすると問題はそのクライド氏に移る、何故彼はこの本の複製を出来たんだ?トラヴィス殿、そのクライド氏は今は?」


「年齢的にもう死去しているだろうな、彼の息子も跡を継いで復本士をやっているとは聞いたが…大飢饉に巻き込まれたらしくてね、もう一家は全滅してるだろう」


「大飢饉……酷い話ですね」


「だから彼らがどうやって原典を知ったのかは分からない、それで…読むかい?」


「…………………」


読むか、と言われて…エリスは思わず受け取ってしまう。左右を見れば心配そうなラグナとメルクさんがいる、奇しくも学園で識確の危険性を魔女様伝えられたメンバーと同じだ、デティはいないけど。


魔女様は、識が『人類文明その物の天敵になり得る』と言っていた。そしてナヴァグラハは何を企んでいるか判然とせず、これを見た結果エリスは奴の計画の軌道に乗る可能性がある…だからみんなは危惧している。


「読むのか?エリス」


「正直、迷ってます」


「ナヴァグラハという男がどういう男かは分からんが、羅睺十悪星の筆頭だからな、アイツは」


「師匠達があそこまで悪感情を抱くということは、外道なんでしょう、それなりに。…けど」


当時は、恐ろしいと思いながらも迷っていた。あれからエリスは修羅場を潜り強くなった、だからこそ知った、世の悪意の果てしなさを。強くなればなるほど怖いと言う思いは増す、怖い物がどう怖いかを理解できるようになったから。


ナヴァグラハは怖い、死してなお識一つで世に影響をもたらす奴の力は、恐ろしい。


けど…だけど。


「トラヴィスさん、これもらってもいいですか?」


「構わないが…」


「エリス、お前…」


「今は読みません、けど…いつかきっと、必要になると思うんです」


だけど、エリスは全てを糧にして強くなってきた。時に敵から力を得て強くなった。ナヴァグラハは敵だが同時に史上最強の識確使いだ、なら…そいつから得られる物はさぞ大きいだろう。


これは劇薬だ、飲めば後戻りは出来ない。だからエリスがもっと強靭になってから飲む、そう言うつもりで行く。


「そうか、識確について私が教えられることは何もない。だからこそせめて力になれればと思ったんだ」


(なるほど、トラヴィスさんの言ってた真なる魔力覚醒について書かれてたって本はこれか。ちょっと俺も読んでみたいけど、俺じゃ理解できなさそ〜)


「どうしました?ラグナ」


「ああいやいや、なんでもないなんでもない」


「トラヴィス殿、これは貴重な物なのでは?著者が死に、書店に並ばぬ物なら渡してしまうのは」


「知識は必要な物に与えられるべき、私の座右の銘だ。欲するなら与えるさ、君達もこの蔵書は好きに使っていい、鍵は開けておこう」


「い、いいんですか!?」


「構わんさ、ファウストを拒絶したのは奴に対する単なる嫌がらせ、本当なら街の人にも解放してもいいと思っているくらいだ、好きに使いなさい」


「やったー!エリス他にも色々見てきます!」


「あ!おい!エリス…ったく」


「では私も何か探してみよう、丁度今覚醒の技で悩んでる部分があってな」


「え?メルクさんも?なら…俺も探そうかな」


「では不肖メグも共にしましょう、何か面白い本はありますか?」


「知らねぇよまだ見てないんだから……ってメグ!?いつの間に!?寝たんじゃ!?」


「なんか楽しそうな空気を漂わせていたのでついてきました」


「なんじゃそら!」


そうして、エリスとラグナとメルクさん、そしていつの間にやらついてきたメグさんの四人で…エリス達はトラヴィスさんの蔵書で一時の時間を過ごすのであった。


その間に…物事が動いているとも知らずに。



…………………………………………………


「メグの奴どこに行ったんだ?」


アマルトは一人、廊下を彷徨っていた。突然部屋に戻っている最中にメグが横を通り過ぎ『何やら楽しそうな予感!』とか叫んでどっか行ったから気になって探しているんだ。楽しそうな予感がするなら俺にも教えろよと。


すると…。


「はぁ…はぁ…」


「おん?おうデティ、どうしたんだよそんな息切らして」


「アマルト…?」


ふと、今度はデティが目の前から走ってきやがった。さっきは怒ってカチコミをかけそうになったり、今度は廊下を走ってやってきたり、忙しない奴だな。


「落ち着かないか?けどあんまり思い詰めても仕方ない気楽に行こうぜ、大丈夫大丈夫。俺達にゃ実績もあるわけだしさ?八大同盟ぶっ潰したって言うでっかい実績が…」


「ねぇ、アマルト」


「おん?」


するとデティは俺の目の前に立ち、深刻そうな顔でゴクリと固唾を飲んで…俺の顔を見つめ続けるんだ。なんなんだ急に。


「…………」


「なんだよ、用があるなら言えよ」


「私さ、……結婚するの」


「え?」


「クリサンセマムの仕来りだから」


結婚、結婚か。何言ってんだこいついきなり、するにしてもそもそも相手誰だよ。というか唐突だなぁ…マジで結婚すんのか?まぁ何にしても。


「よかったじゃん」


マジならマジでそれはそれで祝ってやらんとな、まぁこいつもあれだもんな、クリサンセマムとしての役目があるもんな。俺はそう言う家の伝統とか仕来りとかクソ喰らえとは思っているがそれは俺自身の事情。


特にデティはクリサンセマムとしての役目を誇りに思っているし、その誇りに殉ずるために頑張っている。結婚もその役目というのならせめてダチである俺くらいは祝って……。


「──────────」


「デティ?」


しかし、俺が祝いの言葉を述べると…デティは目を見開いて、即座にその目をギロリと鋭く尖らせて、口を開く。


「バカッ!」


「な!?なんだよ急に!」


「バカッ!バカバカッ!バカッ!あんたなら…私はあんたなら……」


「俺なら、なんなんだよ……」


「……知らないッ!」


「はぁ!?あ!おいちょっと!?」


なんて言いながらデティはまたどこかに走って行ってしまった。なんなんだよ急に、なんでそんな怒るんだよ。


俺、……なんか間違えたのか…?








「ッ…バカ、アマルトのバカ…バカアマルト!」


走る、デティは走る、ひたすらに走る、アマルトから逃げるように走る。


「分かってんのあのバカッ!」


涙を振り切って走る、分かってるのかアマルト。私が結婚するってことは即ち子供を身籠る事を意味する、そうなればもう…私はみんなと一緒に旅出来ないんだよ。私はもうみんなと戦えないんだよ!


でもそれを守らなきゃいけない、私はそうしなければならない、相手が現れた以上そうしなくてはいけない、それがクリサンセマムの決まりであり運命だから、仕来りだから、伝統だから。


「でも、でも……」


あんたなら…伝統なんかクソ喰らえと叫ぶアマルトなら、言ってくれると思っていた。


『そんなの守る必要ないんじゃねぇの?好きにしようぜ』


って、でも…アイツは…。


『よかったじゃん』


……なんでもない事のように、もう…もう知らないっ!!!



……………………………………………


「すまないみんな、帰りが遅くなった」


「おっ!」


「あっ!」


「あら」


「む!」


重たい石扉を開けて、ウルサマヨリの地下に広がる迷宮を根倉とするメサイア・アルカンシエルのアジトに響いたその言葉を聞いた瞬間、衛兵が、幹部達が、皆顔色を変えその来訪者を歓迎する。


「坊ちゃ〜〜んっ!」


「イシュキミリ会長〜〜!」


「騒ぐなよ騒々しい」


イシュキミリ・グランシャリオの帰還。トラヴィスが書斎に入った隙を見て即座に仲間達と合流するため動いたイシュキミリはこうしてアジトに戻る時間を取れた、そうして久方ぶりにアジトに戻ると金庫頭のミスター・セーフと陰キャのアナフェマがイシュキミリに突っ込む。それを受け止めつつイシュキミリはクールに笑う。


「坊ちゃん私心配してたんですよぉ!私捨てられちゃったかと思いましたよぉ!それとも要らない私は檻に入れられて捨てられちゃうをですかねぇ〜!金庫だけに!禁錮!」


「捨てるならもっと早めに捨ててるよ」


「会長〜!私会長が戻ってきてくれなかったらと思うと…く…く…狂うぅ〜〜〜!」


「そう言ってられるうちはまだ余裕だ」


おいおいと泣きながらイシュキミリに頭を擦り付ける二人の頭を撫でながら押し退け、一息つく。この二人の前では威厳を保つのが難しい、もう少しこう…ボスとして敬って欲しいんだがとイシュキミリは笑顔の裏で考える。


「好かれているわね、少年」


「嫌われているよりいいさ、それよりマゲイア、シモン」


「はい、なんですかな?」


「君ら、ヘマこいたね」


「なんですって?」


待機するマゲイアとシモン、そちらに視線を向けながらイシュキミリはやや怒りを露わにしたように視線を鋭く尖らせる。そう、彼女達はヘマをした。


「魔女の弟子がこのアジトに忍び込んでいたぞ。君達から情報を抜いて既に嘆きの慈雨についての対抗策を立てている」


「な!?そんなバカな…いやまさかあの時聞こえた物音は、私がしくじったと…」


「やぁーい!年増ババア〜!古株面して余裕ぶっこいておいて大ヘマやらかしてとんでもないですね貴方〜」


「マゲイアさんがヘマしたせいでわ、わ、私…狂うぅ〜〜!」


「チッ、図に乗るなよ新参風情が!」


「ひぃん、イシュキミリ様〜」


「ヘマこき若造りババアが来るぅ〜〜」


ヘマをしたマゲイアを責め立てるセーフとアナフェマはその睨みを受けすごすごとイシュキミリの背後に逃げ隠れる。ビビるなら喧嘩を売るな…。


「怒るなよマゲイア、君達が不甲斐ないから魔女の弟子達に嘆きの慈雨による魔術師撲滅がバレてしまったんだ。まぁ私がフォローをして直ぐに攻め込まれるような事態は防いだ、だがそれ時間の問題だ」


「くっ、申し訳ない…なら今直ぐ私が責任を取ってこよう、私が魔女の弟子を始末して…」


「八人全員同時に相手をするのか?それもトラヴィスがいる館に乗り込んで」


「………………」


「分かってる、やるせないんだろう。大丈夫、言ったろ?フォローしたと」


今のまま行けばメサイア・アルカンシエルは計画遂行どころの話ではなくなる。だからこそ…逆手に取る。


「計画は変更だ、より確実な方法を取る。計画の最重要事項を『嘆きの慈雨』の完成から魔女の弟子の排除に切り替える、向こうが打ってくる手が分かっているなら如何様にも出来るからね」


「さっすが坊ちゃん!」


「会長かっこいいですぅ〜」


「そう簡単に行くかしら…、でもまぁ従いますわ」


腕を組む、既に私の頭の中にはこの一件を鎮め完全勝利で終わらせるプランがある。その過程で脅威となる存在はあるが、大丈夫…問題ない。


「では、セーフ、アナフェマ。君達にはやってもらうことがある。マゲイア、君は特に重要な任務だ」


指示を出す、今までメサイア・アルカンシエルが動いていたのは私の昔の指示に従ってのこと、ならばその指示を更新する。


警戒すべき相手は分かっている、奴らの修行風景は全て見ている、実力の程も理解している。最も警戒すべき相手はラグナ、そしてメルクリウスだ。


ラグナ・アルクカース。奴は目敏い男だ、決断力に優れ父をして『指導する隙間がない』と言わしめる天才、奴の存在は間違いなく脅威になる。


そしてメルクリウス・ヒュドラルギュルム。未完の大器ながら現状でも八大同盟第一幹部クラスの実力を持つ上に成長の幅が想定出来ない、奴に経験値を与えるのは得策ではない。


故に、この二つの駒を封殺した上でこちらの利を押し通す。


(悪いね魔女の弟子所君、君達は八大同盟と戦い打ち倒して来た実績があるのだろうが…それは飽くまで『同じ土俵に立って喧嘩をした時』の話、八人と総勢数万の大組織では打てる一手の規模が違いすぎるんだ)


これはチェスじゃない、一手打ったら自分に手が帰ってるゲームじゃない、これより先は永遠に我々の手番。君達は何も出来ず嬲り殺される事になる。


「アイアイサー!からのアイアイターン!」


「分かりましたイシュキミリ会長!」


「ふっ、面白いわね。じゃあ行ってくるわ」


幹部達に指示を終え、一息つく。あまりここには長居出来ない、直ぐに館に戻らないと父に怪しまれる。ただでさえ師の件で不信感を与えたばかりなんだ、下手に動くのは得策じゃない。


私の指示を受け動き出す幹部と兵士達、それを見送りつつ私も帰ろうかと踵を返したところ。


「流石は、ファウスト様の跡を継ぐお方ですね。イシュキミリ様」


「シモン……」


唯一この場で残ったこの組織の参謀…と言うポジションに立っている私の監視役シモンがメガネをクイっと上げながら私に歩み寄ってくる。この男は我が師ファウストの右腕、長くメサイア・アルカンシエルを支えた裏方たる男だ。


「今、部下達に命令を下す姿はまさしく王の気風を感じましたぞ。魔術道王…貴方こそ魔術を支配するお方で───」


「やめろ、魔術など…統べたくもない」


「おっと、失礼」


魔術道王…魔術導皇に対を成すよう名付けられた名。気に入ってはいるが、魔術の王と呼ばれるのは嫌だ。魔術は嫌いだ、嫌いだから…私は今ここにいるんだ。


「魔術なんてない方がいい、お前もそう思うからここにいるんだろ」


「ええ、勿論」


「ならば魔術撲滅に励む、それ以外の行動は不必要だ」


自らの手を見る、そうだ。私の目的は一つ、魔術撲滅…ただそれだけだ、それ以外にない。


デティフローア、君は魔術がある方が世界がより良くなると考えているんだろう。だから私達の活動を身勝手と蔑むんだろう。ならばそれは我々も同じだ、魔術なんてあるから不必要な悲劇が生まれる、魔術なんてあるから人は不必要に死ぬ。


君は信じないかもしれないが、我々が目指しているのは破滅や破壊ではない、殺戮でも鏖殺でもない。ただ…我々が望んだより良い世界があるんだ、そこに向けて私は駆け抜けているだけだ。


ただ、身勝手な主張をしているつもりは毛頭ない…!


「創るぞ、シモン。魔術無き世を、遥か古の存在が残した負の遺産に運命を狂わされるのはもうごめんだ、今は今の時代を生きる人々が運命を決定するべきなんだ」


「ええ、仰る通りで」


「だから……負けられん」


もう二度と、私は私のような悲劇を生み出さない。その邪魔をする奴が居るなら…全員纏めて殺してやる。



(本当に、若さとは怖いですね…ファウスト様)


そして、そんなイシュキミリを眺めるシモンは、メガネを取り外しレンズを拭く。若さとは怖い、とても怖い。日に日に伸びるからこそ、与えられる肥料によって如何様にも育ち、如何様にも歪む。


(この子はきっと貴方の後継になるでしょう、ファウスト・アルマゲストの…いいや、セフィロトの大樹に於ける大幹部『理解のビナー』の後継に)


今はもう、メサイア・アルカンシエルを去り、本部の幹部であるセフィラの一人、理解のビナーとなった我が主人ファウスト・アルマゲストを思いながら……。


シモンは、主人より任された最後の仕事を…真っ当することを誓う。


「ところでカルウェナンは」


「密林に修行に出かけました」


「またかッ!連れ戻せッ!」


「無理です」


「あの自由人がぁ〜!!今直ぐ師に返品してやりたいわーっ!!」


『坊ちゃ〜〜ん!命令忘れちゃいました〜!!もっかい言って〜!』


『大きな声出さないでください!く…く…狂う〜〜ッ!』


「うわぁーっ!お前らもういい加減にしてくれーッ!!」


……しかしイシュキミリ様も色々大変そうだな、こんなに若いのにあんな癖の強い部下ばかり任されて。そこは少し同情するかも。


なんて、シモンはイシュキミリから距離を取りつつ、そう思うのであった。

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