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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十七章 デティフローア=ガルドラボーク
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601.魔女の弟子と魔性の驟雨


「あぁっ!うわッ!うわぁっ!うわぁああああああああああああ!!!」


ウルサマヨリに夜の帳が下りる頃、ひっそりと街の最奥に佇む大館トラヴィス邸にて、悲痛な叫びが木霊して、同時に肉が焼かれ焦げる匂いが充満する。


「うわぁ!うわぁぁ!あぁっ!うわぁぁああああああああああああ!!」


声の主人はアマルトだ、彼は悲痛な叫びを上げながら苦しそうに目を閉じて館中に響くほどの大声で叫び散らし、慟哭する。そして…叫び声を上げながらアマルトは、その手元で…。


「うわぁああああああああああ!ってな感じで叫び声を上げながら焼くといいぜ」


「な、なるほど?」


手元で…フライパンを動かしながら分厚いステーキを焼きながらバチコリと隣に立ちエプロン姿でメモを取るイシュキミリに伝える。情けない叫び声を上げながら…だ。


何故、こんなことになっているのか…それは。


「あ、アマルト君。君を料理の達人と見込んでこうして料理を教えてもらっているわけだが…一つ質問をしてもいいかな」


「うわぁああああああああ!何?」


「ステーキを焼きながら叫び声を上げる理由は?」


「ステーキだって鳴いてるだろ?ジュージューってさ、だからこっちも負けないように叫び声を上げるのさ。そうすりゃステーキも『こいつには勝てない』ってなって美味くなるから」


「………なるほど」


「アマルトッ!イシュキミリに変なこと教えんなよ!」


今、魔女の弟子達は一日の修行を終え夕食の支度をしている。弟子達の食事の用意をするのはイシュキミリの仕事だが、イシュキミリも今はナリアの修行を見ている。労力で言えば魔女の弟子達と変わらない、なのでこれからは魔女の弟子も料理当番をしよう…と、ラグナ…俺が提案したんだ。


すると早速厨房に立ったアマルトの隣にイシュキミリが向かいこう言った。


『アマルト君、君は凄く料理が上手いって聞いたよ。出来れば私にも教えてもらえないかな』


ってな、それを了承したアマルトは…まぁふざけ倒してる。思えばあいつが誰かに料理を教えてるところを見るのは初めてだったが…アイツ他人に教える時はあんな風にふざけるタイプだったのか。


そうラグナはため息を吐きながら他の弟子達と共にステーキの完成を待つ。


「それでみんな、修行の成果はどうよ」


そう言いながらラグナはこの場に集った他の弟子達と共に卓を囲みながら話し合う。今日から魔力覚醒を伸ばす修行を始めることになった俺達は、つまり新しいステージに登ることになったと言える。


それそれがそれそれ、手応えを感じている。そんな気配がするんだ。


「フッフッフッ、ラグナ様。メグは人間をやめてしまうかもしれません」


「ほう、豪語するなメグ。なんかすげー戦い方でも思いついたか?」


「はあ、名付けて不法投棄戦法」


「なんかとっ散らかりそうな名前だな…」


メグは自信満々に三本指を立てている、その三が何を意味するか全く分からないが相当な自信だ。


「メグは己の本懐を理解しました、第三段階にはどうやって向かえばいいか。それが掴めた気がするのです」


「お前は面白いことを言うなメグ、だが先に第三段階に行くのは私だ」


「おや?私よりも後に後に覚醒したメルク様が何か言っています」


「ほざけ、私もまた己の覚醒の真の扱い方を理解した。大規模戦闘…そうだな、戦争をすれば今ならラグナにも勝てる気がするぞ」


「へぇ〜、面白え…やるか?いつぞや俺が全力で止めたアルクカース対デルセクトの大戦争」


「その気になるな、たとえ話だ」


「あ、はい…すみません」


メルクさんも自信満々だ、と言うかそもそもメルクさんの魔力覚醒は俺から見ても反則気味に見えるくらいやばい。何が出来るか考えるよりも何が出来ないかを考えなきゃいけないレベルの万能覚醒、それを完全に御しきったら…一気にアド・アストラの戦力ランキングに名前を連ねるだろう。


「ネレイドは?」


「私は覚醒じゃなくて。魔力覚醒での戦い方の練習…けど」


「けど?」


「勢い余って、覚醒がめちゃくちゃ強くなった」


「どう言うこと…」


「今ならモースとも互角に殴り合える、全盛期のモースとも。チタニアにも負けない」


「そ、そりゃすごい」


ネレイドさんの覚醒もやばい、だがそれ以上にネレイド・イストミアという人間が抱えるポテンシャルはそもそも随一。魂とは肉体の強度に由来する、なら先天的超人であるネレイドさんの魂とそこから発生する魔力は常人に比べてあまりにも膨大。


こうして話しているだけでも魔力遍在が相当強化されているのが分かる、こりゃ…俺もウカウカしてらんねぇな。


「僕も!イシュキミリさんと猛特訓したんですよ!覚醒が見えてきました!」


「マジか!ナリア!」


「はい!ですよね!イシュキミリさん!」


そう言ってナリアはキッチンの方にいるイシュキミリに声をかけると、彼はニコリと笑って親指を立てる。すげぇな、少し前まで覚醒の兆しさえなかったナリアをここまで鍛えるとは…流石は魔術界の麒麟児。


「で?ラグナ、お前はどうなんだ?」


「ん?俺?」


ふと、メルクさんが腕を組みながら俺を見る。俺…俺か、いや進んでないわけじゃないんだが…。


「ん?芳しくないか?」


「いや、強くはなってる…けど、第三段階への道がよく分からなくなった」


「なんだそれは…」


トラヴィスさんの言ったあの言葉が引っかかる。俺は他とは違う才能がある、極・魔力覚醒ではなく歴史上未だ誰も歩んだことのない正なる覚醒へと至ることが出来る。とかなんとか…なんか凄いプレッシャーを感じる。


元々第三段階の道が見えてたわけじゃねぇけど、なんていうか…今進んでいる方向が正しいのかどうかも分からなくなった。闇雲に魔力遍在を高めてるけど…果たしてそれでいいのか?全く分からねー。


「なんだよラグナ、お前が修行で思い悩むなんて珍しいなぁ」


「アマルト…お!ステーキ焼けたか!」


「おう、たんと食えや」


すると、イシュキミリと共にステーキ肉を運んでくるアマルト、と共にやっぱりどでかい器の白飯も一緒にやってくる。けどいいんだ、俺分かったんだ、肉と米、めっちゃ合う。


ああ、そう言えば…。


「アマルト、そっちの調子はどうだ?」


アマルトに聞いてみる、正直な話をするとナリアやデティには悪いけどさ。俺ぁ次に覚醒するのはアマルトだと思ってる、実力面でも精神面でも魔力面でも申し分ない実力。おまけに覚醒者を相手にしても引かない胆力、こいつはきっとすぐにでも覚醒すると俺は思ってる。


だから聞くと…。


「ん?ああ順調だぜ?それよか食えよ。冷めるぜ?」


「え?あ…ああ」


なんか…サラッと流された。こいつの性格的に順調ならそれをめっちゃ自慢してきたり苦労自慢をしてきそうなのに、全然話に乗ってこない。なんか異様だ…もしかして順調じゃない?いやそれならそれでそう言うだろうし。


どうしたんだ?アマルトの奴…。


「むっ!肉が美味い!」


「まぁ俺が焼いたからな。どうよイシュキミリ」


「焼き方一つでここまで変わるとは、ふむふむ。アマルト君」


「なによ」


「明日はハンバーグが食べたい」


「こ、このお坊ちゃんがよぉ…別にいいけど、お前にゃ恩義があるしな」


「ところで、エリス達はまだ帰ってこないのか?」


ふと、俺は周りを見回し魔力や気配を探るがエリス達の気配はない。まだ魔仙郷にいるのか?何やらトラヴィス卿に連れられて何処かに行ったようだったが…。


そう感じ視線を走らせていると、ふとトラヴィス卿の杖の音が聞こえ…。


「トラヴィス卿…!」


「む、もう食事を済ませていたか。すまない、遅れたよ」


トラヴィスさんだ、先程まで読書をしていたのか…メガネを外しながら周囲を見て食事の時間が始まっていた事に気がつき申し訳なさそうにする。この人もやるべきことがあるだろうに俺達の修行で時間取らせてるんだ、別に時間の使い方に文句を言える立場じゃないからいいけど…でも。


「いや…あの、エリスは」


「まだ帰ってきていないな、夕食までには帰ると言っていたんだが…」


「え?どこかに行くと言う話をしていたのですか?父上」


エリスとデティは外出中。そんな話を聞いて真っ先に反応するのがイシュキミリだ、ステーキに通していたナイフを手放し立ち上がり、そう聞くとトラヴィスさんは頷き。


「ああ、ニスベル殿のところに行くと言っていた」


「ニスベル………」


「お前も知っているだろう、面白いポーションを作っている彼のところにだ」


「……………そう、ですか。もしかしたら…研究に熱中しているのかもしれませんね、デティ様もまた研究者の一人ですし」


「だといいのだが」


「……………」


イシュキミリは座り込む、けど…そん時の顔が妙に気になった。なんて言うのかな…心配、と言うよりは何かを危惧している。もしかして何かを知っているのか…と問い詰める程に確かな表情ではないが、ただなんとなく俺はイシュキミリの顔が気になったんだ。


すると…。


『ラグナ!メルクさん!!』


「ッ…エリス?」


館の玄関を吹き飛ばすような勢いで飛んできた影は、俺達の名前を叫びながら廊下を駆け抜け…一気に食堂に飛び込んできて…。


「みんな!大変です!」


「どうした!」


エリスだ、背中にデティを背負って…凄まじく剣呑な顔をしている。あれは生半可な状況じゃねぇ。そう気がついた俺たちは即座に椅子から立ち上がり駆け寄ってきたエリスに話を聞くと…。


「…死人が出ました、エリス達が行った研究所のニスベルさんが殺されました!」


「何…?ニスベル殿が…!?」


「犯人はおそらくメサイア・アルカンシエル。魔女排斥組織…八大同盟のメサイア・アルカンシエルです!」


「ッ……!」


全員の顔が驚愕に彩られる。人が死んだ、先程名前が出てきたニスベルなる人物が殺された、殺ったのは八大同盟…いきなりドバッとバケツでテーブルの上にぶちまけられたみたいな情報量に目がチカチカする。


それからエリスは何があったかを事細かに説明してくれた。ニスベルの元へ向かい、ポーション制作に必要な白露草を取りに聖街シュレインの跡地に向かい、そこで『嘆きの慈雨』を作る為同じく白露草を収穫していたメサイア・アルカンシエルとの交戦したと。


そしてニスベルの元へ帰ると…研究資料が持ち去られ、ニスベルが惨殺されていた…と。それからエリス達はニスベルを埋葬し、こうしてここにやってきて俺達に状況の説明を行なっている…ってわけで。


「なんでメサイア・アルカンシエルの仕業だって言い切れるんだ?」


「この街付近に奴らが居たからです、何より奴らの作ろうとしている嘆きの慈雨なる物は恐らくポーションに当たる物かと思われます、となった時に同じくポーションの研究をしていたニスベルさんの研究成果が持ち去られた、容疑者はメサイア・アルカンシエルしかいないでしょう!」


「まぁ一番怪しいことに変わりはないが、メルクさん、どう思う」


「現場も見ていない、メサイア・アルカンシエルもこの目で見ていない状況で安楽椅子に座って事件を解決出来るほど私は賢くない。物を見てみないと分からん、すぐ現場に行こう」


「待てよメルク、もしエリスの言う通りメサイア・アルカンシエルの仕業だってんならそりゃつまりあれだろ、ジズやオウマみたいな連中と一戦構えるってことだろ?俺心の準備出来てねぇんだけど…」


「ただ見に行くだけだ、戦闘になると限ったわけではない。が、まぁ既に敵も我等を捕捉している物と考えるべきだろうな」


敵は既に何かの行動を開始しているのは確か、そして一ヶ月後に嘆きの慈雨を完成させる準備が出来る…可能性がある。つまるところそれが俺たちにとってのリミット…チクシュルーブでの戦いでのヘリオステクタイト発射と同じ、好きにさせれば最悪ヘリオステクタイト以上の惨事が巻き起こされる。ならば…止めねばなるまい。


「じゃあ行くぞ、エリス、デティ、アマルト。現場検証に向かう」


「俺も!?えー…じゃあ飯食ってからにしようや」


「む……………まぁそうだな」


「そんな悠長な!」


「いいからエリス、お前も座れ。飯はもう出来てんだから」


「うう…」


ともかく、飯を食ってから行動開始だ。エリスとメルクさんとデティとアマルト、この四人が現場検証に向かうなら俺とネレイドとメグとナリアはどうするべきか…。


そう考えながら皆が席につくと…。


「やめろ」


「へ?」


「行くな、事は街の憲兵に任せる。お前達は首を突っ込むな」


止められる、トラヴィスさんに。ニスベルの死に首を突っ込むなと…いやまぁ確かにそうなんだけどさ。俺たち素人、ホイホイ死人が出た場所に首突っ込んでいい資格はどこにもない。ましてや街の外からきた人間だ、それがこの街の領主がやめろと言うのならやめざるを得ないが…。


「なんでですか、トラヴィス卿」


それに真っ向から反するのは…デティだ。彼女は今まで見たことがないほどに静かに激怒しながら席から立ち上がり…トラヴィスさんを睨み上げる。しかしそれに臆するトラヴィスさんでもなく…。


「この街で殺人事件が起きたならこの街の機構によって解決されるべきであり、外部から来た人間に干渉させる理由はどこにもない」


「確かに殺されたのはこの街の人間です…ですが、それ以前にニスベルは魔術師です!魔術導皇が庇護すべき魔術師です!それが…命と同じくらい大切な研究成果を荒らされ奪われ殺された!同時に最も尊ぶべき物が陵辱されたのです!これを黙って見過ごせば魔術導皇の名折れです!」


「ならばここは折れていただく。ここはアジメクではなくマレウスであり、ここは貴方の国ではなく我が領地。如何に魔術導皇とは言え譲れはしません」


「何故ですか!トラヴィス!貴方も魔術師の一人だと言うのなら分かるはず!人の為、世の為、ニスベルは命を削って研究していた。それが…土足で踏み荒らされた上に殺戮の兵器として使われる可能性があるのですよ!?これは断じて許せません!」


「許せないからこそ私が対応すると言っているのです」


「憲兵に解決出来るとでも!?八大同盟が関わる事件を!」


「なら貴方達にそれが可能か!」


「可能です!既に私達は八大同盟を二つ倒して──」


「メサイア・アルカンシエルは格が違うのですッ!」


「ッ……」


トラヴィスさんは叫ぶ、ハーシェルと逢魔ヶ時旅団…それらとは格が違うと。それはちょっと聞き捨てならない、この二つはメチャクチャ強かった、メチャクチャにメチャクチャだった。それらを下に言われては面白くない…けど。


だからか、トラヴィスさんがここまで頑なに俺達を関わらせようとしないのは。


「メサイア・アルカンシエルはそんなに強いと?」


「正確に言えばそこにいる幹部の一人に覚えがある。古い知人だ…」


「知人?」


「ああ、名をカルウェナン・ユルティム。かつて私と共に切磋琢磨し、魔法の腕だけならば私を超える天下無双の騎士だ」


「カルウェナン…!」


ふと、エリスが視線を上げる。その名に覚えがあったからだ、それはチクシュルーブで戦ったディランが言っていた。自分を超える存在達の中にその名があった。


曰く、マレフィカルム五本指と称される怪物達の次点に立つマレフィカルム六番目の使い手であり、あのガウリイルとアナスタシアが二人がかりで戦ってまるで勝ち目がなかったと言われる無敵の存在。


並の八大同盟の盟主を超える実力を持ち、この世界でも単独で戦える相手は殆どいないと言われるとかなんとか…そんな奴が、メサイア・アルカンシエルに…。


「カルウェナンは強い、あまりにも強い。真っ向から戦えば私でさえ危ない、そんな奴を相手に君達が勝てるか…!無理だろう、少なくとも私は無理と見る。だからこそ止める…修行を完遂するまでは、メサイア・アルカンシエルに挑むな…!」


「それでは…遅すぎます、奴らは一ヶ月後には…」


「ならば一ヶ月以内に修行を完遂すればいい。少なくとも今はメサイア・アルカンシエルに突っ込む事は許さない」


「ッ……」


頑な、と言うよりは断固としてって感じだな。されどデティも譲らない、デティはそこを譲らなかったから今も魔術導皇として張ってるんだ。こりゃ平行線だ…多分だが、どっちも意見を変えない。


されど別の視点から…つまり俺から言わせてもらえば、確かにもう少し修行をしたい。ガウリイルとアナスタシアが二人がかりで戦って全く歯が立たない相手と戦って、じゃあ勝てますかって言ったら無理だ。


組織ではなく個、この世界で一番恐ろしいのは何かって突き詰めた時、結局行き着くのは『究極まで研ぎ澄ませた個』である事は明白だ、それは魔女様とシリウスが証明している。万軍を揃えようとも万能の個には敵わないのがこの世界だ。俺達が寄り集まってもより格上のカルウェナンには敵わない可能性が大きい以上、いくら許せなくとも挑み掛かるのは無謀だ。


「デティ、ここは一旦引こうぜ」


「ラグナ!でも…」


「まぁ落ち着けって、な?」


「………?」


デティの肩を叩いてウインクする。まぁ何にしても、言ってる事が正しいのはトラヴィスさんの方だ、けど俺はデティの友人なんだ。どっちかと言うとデティの味方さ。だから今は一旦落ち着けよ。ちゃんと考えがあるからさ。


「ともかく食事だ。そして明日の修行に備えるよう」


「はい…」


トラヴィスさんはやや不機嫌…と言うか深刻そうな顔をしている。まぁ当然か…。


にしてもメサイア・アルカンシエルか…、なんか行く先々で八大同盟と会うな…。今回も勝てればいいんだが…さてどうなるか。今は何にしても情報収集だな…。


……………………………………………………


「何?就寝前に少し修行を見てほしい…だと?」


「はい、ちょっと予想以上に時間取っちゃったので」


「俺もまだ納得してなくて…」


その後、食事を終え就寝前にエリスとラグナの二人は揃ってトラヴィスさんに魔仙郷で修行を見てほしいと頼み込む。エリスは今日想定外の出来事に時間を取られいつもより修行が出来なかった、だからラグナと実戦形式の修行をしたい…と言う形で頼み込む。


「うぅむ、あまり夜遅くに体を動かしても意味はないと思うが…」


「そこをなんとか」


「お願いします、トラヴィスさん」


エリスとラグナはそれでもと頼み込む。夜遅く、寝る前に激しく体を動かして修行しても意味はあんまりない…ってのはエリスも分かってる。修行ってのは打ち込んでこそ意味がある、日課的に惰性的にやっても意味はないし何時間体を動かしたから良いと言う物でもない、そこは理解してる。


だがそれでも…修行をしなくてはいけない理由がある。…それは。


「…………」


エリスはラグナに視線を送る…すると彼は静かに頷いて答えてくれる。


…エリス達が修行をする理由、それは。


(デティ達がこっそり現場に向かう為の時間稼ぎ…ですよね)


(ああ、トラヴィスさんは魔力探知の範囲がえげつないからな。魔仙郷に連れ込んでその上で俺達に集中してもらう必要がある、だから俺達でトラヴィスさんの気を引こう)


デティ達が現場に行く為の時間を稼ぐ。デティとメルクさんとアマルトさんの三人が向かう時間を稼ぐ。これがエリス達の狙いだ、トラヴィスさんに関わるなと言われた手前表立っていくわけにはいかない。


けど、メサイア・アルカンシエルが動いているのを看過出来るほど…エリス達は八大同盟のヤバさを知らないわけじゃないんだ。


「ふむ……」


するとトラヴィスさんはエリス達を眺め…ふぅと息を吐くと。


「分かった、三十分だけだ、それ以上は付き合わない」


「やった!ありがとうございますトラヴィスさん!」


とお礼を言いながらエリスは後ろ手で指を三つ立てて彼女に知らせる。その先にいるのは……。





「三十分でございますね、デティ様、メルク様、三十分以内にお帰りを願います」


メグさんだ、完全に気配を消しトラヴィスさんにも気取られないよう細心の注意を払いながら壁際に隠れたメグさんがエリスの連絡を受け、念話魔力機構にて待機しているデティとメルクさん、そしてアマルトの三人に報告を行う。


そして…。


「トラヴィス殿の注意は惹きつけられたようだ。では行くぞ」


「なんか…悪いなぁ、トラヴィス卿を騙すみたいで…」


「お前が行くって意地張ったんだから最後まで意地張っとけよ」


「それはそうなんだけど…ええい仕方ない!行くか!」


トラヴィス卿の目を盗んで…三人は館を飛び出す、既に夜の帳が下りた薄暗いウルサマヨリの街へと駆け出した三人…を。背後から見つめるのは…。


「……間が悪い」


イシュキミリだ、彼は三人に声をかけぬまま壁にもたれたまま目を伏せる。全て全て間が悪いと、吐き捨てるように述べる…。


…………………………………………………


「三十分って余裕あるように思えるけどこうして秒針が進んでるのを見ると案外少なく思えるな」


「なら急ぐアマルト、我々は今トラヴィス殿に世話になっている身。あまり関係性に軋轢を生むような事態は避けたい」


懐中時計を手に三人はウルサマヨリの街を走る。夜遊びをするような人間などこの街にはおらず、あちこちの岩家から生活音と灯りが差し込む街を駆け抜けてニスベルさんの家を目指す。制限時間は三十分、ここから走って大体五分、帰り時間も考えると使える時間は二十分、それまでに何か…何かを見つけないと。


「でさ、メルク。お前結局何が見たいわけ?」


「何とは?」


「いや?ぶっちゃけ犯人はメサイア・アルカンシエルで決まりなわけだろ?それで今更現場見て犯人当てでもすんのかよ」


「バカだなアマルト、本当にバカだなお前は」


「言い過ぎッ!」


「犯人は分かっているからこそだ、奴等は目的があってニスベル邸を襲った、ならその目的はなんだ?奴等は何がしたい?どこへ消えた?我々は何も知らない。何も知らないからこそアルカンシエルの残り香が漂うニスベル邸には行くべきなんだ」


「つまり、連中に繋がる手がかりがあるかもって?そう簡単に見つけられるか?」


「見つけるんだ、さぁ行くぞ」


「まぁそうだな、おうデティ。加速するから俺に掴まれ」


「うんっ!」


メサイア・アルカンシエルとの戦いは始まっている、なら私達に今求められる動きは奴らの尻尾を掴む立ち回り。いつも通り奴等の狙いを明確にし、それを破壊し粉砕する。大丈夫…いつもと同じ。


(焦るな、焦るな、大丈夫、今は何かをボコボコにするフェーズじゃない…だから落ち着け)


デティは胸元を抑え怒りを必死に堪える。許せないからだ、世の為人の為魔術の研究に一途に打ち込む魔術師達が…凄惨に殺されその研究成果を奪うというのは、テシュタル教に於ける神の冒涜に等しい、そして当然それを魔術導皇が許すわけにはいかなかった。


不当に魔術師が殺されて、ヘラヘラ笑ってられる魔術導皇は何処にもいない。メサイア・アルカンシエル…もし奴らが本当にニスベル殺しに関わっているなら、私は奴らを許さない。


「あそこだよ!アマルト!」


「おう!ってぇっ!?」


「チッ、犯人はほぼ確定かもな…」


ようやくニスベルさんの研究所が見えてくる。けれど…問題があるとするなら、その研究所の前を奴らが占拠していたからだ。


『魔術は悪なのです!魔術とは天に許されぬ悪業そのものなのです!皆さん!!』


「元気だねぇ…晩飯時も終わってるってのに」


メサイア・アルカンシエルの抗議隊だ。白いローブの集団、それが研究所の前に陣取りながら叫び声を上げて高らかに演説をしていた。もう晩御飯を終えてこれから寝ようって民家に向かって昼間同様大声を開けていたのだ。


何処から嗅ぎつけたのか、或いは知っていたのか、ニスベルさんの研究所の前で拳を握る抗議者はこう語る。


『今日また!一人の悪党が天からの罰で死にました!ニスベルと言う魔術研究者が天罰によってその身を滅されたのです!彼は神に許されぬ悪術を扱うばかりか!剰え調べ上げ我々無辜の民に流布しようと企む大罪人だったのです!そんな彼を!天は見過ごさなかった!』


「………………」


『魔術は人同様!魂を持った存在!それを弄ぶ者の命もまた弄ばれると言う良い前例です!彼の天をも恐れぬ研究は無に帰し形を取る事は無い!何故ならば天がそれを見過ごさないから!皆さんもまた天から睨まれている事を忘れてはなりません!これ以上魔術を弄べば!ニスベルのような凄惨な死を迎える事でしょう!!』



「…アイツらまじか、倫理観とか無いのか?仮にも人の死を自分達の主義主張の材料にしてるぜオイ…」


「聞くに耐えん、如何なる思想もまた思想の一つと看過するつもりではあるが。あれはあまりに悪辣だ」


アマルトはドン引きし、メルクさんもまた眉をひそめる。ニスベルが死んだことを大々的に報じ、彼は自分達の主張とは違う行いをしたから死んだと…そう語る。それがまだニスベルの自業自得で死んだのなら戯言と切って捨てられる。


だが…だが、殺したのは…ッ!!


「お前ぇ…ッ!」


「デティ…!?」


「まずい…!」


私は走り出していた、メサイア・アルカンシエルの集団に向けて怒りままに走り出していた。一言言ってやりたかった、いつもなら面倒くさい集団と苦笑いで受け流せる言葉も…今は流せない。


ニスベルさんが死んだのはお前らが殺したからだろう!それをお前!言うに事欠いてテメェらがそれを!罰だと語るかッ!人の為に人生をかけた男の生涯を!貴様らが凌辱するなッッ!!


「お前らッ!!いい加減にしろッッ!!」


「む?何かなおチビさん、我々の演説に何か文句でも?」


「あるわッ!!ニスベルさんはな!お前やと違って誰かの為に研究してたんだ!一人でも多くを救えるよう自分の身を削ってたんだよ!その努力を知りもしないで勝手な事吐かすなやボケクソどもッッ!!」


「むぅ…?」


メサイア・アルカンシエルの面々に突っ込み全力で吠え立てる…が、抗議隊は私の言葉を受けても首を傾げて…。


「何をわけの分からないことを、彼は死んで当然だったんですよ。魔術とは人の兄弟、それを無為に使い、弄び、不当に扱った。だから死んだんですよ、ねぇ?皆さん」


一人の男が純然たる瞳で世の常識を語るように周囲に同意を求めると皆パチパチと手を叩き始める。…こいつら!


「死んで当然な人間なんかこの世に一人だっているか!何よりそれをお前らが定めていいわけがないだろッ!!」


「いいえ、我々は肯定されます。何故なら事実として天はニスベルと言う悪人を誅した!これはつまり我々の行いが正しい事の何よりの証明ではありませんか」


「何が天だ!殺したのは…お前らだろッッ!!!」


「何を…ッ!貴方ね!いきなり突っかかって来てとんでもないことを!なら証拠はあるんですか!?」


「ウッ…それは…」


「証拠なんかないでしょう!全くいきなり失礼なことを。嘘を吐くのはやめてください」


「ッ……」


嘘つき、嘘つき、嘘つきと周囲の人達がボソボソと私を囲んでブツブツ呟き始める。…会話にならない、言葉で対話してるのに会話になってない。気色が悪い…何より気色悪いのは『この人達の中から悪意が微塵も感じられない点』だ。


(こいつら、この行いを心の底から善行だと思ってるのか…!)


「我々はただ忠告しているのです、正しい行いをして正しい事を言う我々が、間違っている貴方達の事を想って道を正してあげているんですよ?感謝を言われど…疑われるなんて、ねぇ?」


「正しい行いなわけないだろ…!人の死を肯定するなら、たとえ志がどんなに高尚でも…」


「ん…?」


すると、一人の抗議者が私の顔をジロジロと見始め…ハッと表情を変える。


「こいつ!魔術導皇デティフローアだ!」


「なんですと!?」


「嘘っ!この世に悪をもたらした地獄の権化…!」


「人類を惑わす悪魔の化身…!」


「これがあの、魔術導皇ですって!?」


気が付かれた…いや、失念してた。道端の魔術師が私を見てデティフローアだと分かったなら、同じくこの街にいる抗議隊も私を見て誰だか分かるだろう。そこを気にする余裕がなかった、けど…関係ある!んなもんッ!!


「だったら文句あるか!この人でなし共!」


「人でなしはお前だッ!魔術を世に広め魔術を不当な法で縛る外道が!粛清してやるッ!」


その瞬間、抗議者の代表が拳を振り上げる…やるか?やるんだな!なら受けて立つ!そう私が魔力を滾らせた瞬間…。


『うぉおおおおい!こっちだーッ!』


「え?」


私の意識を惹きつけるのは…抗議者達の向こうから聞こえるアマルトと叫び声だ。されどアマルトの姿は見えず…声だけが夜道に木霊する。


『夜道で婦女子が悪漢に囲まれてるぞーっ!憲兵ーッ!』


「ち!違っ…」


「くっ…まずいですよ、抗議するだけならとお目溢ししてもらってるのにこの状況…」


「チッ…、絵面だけ見れば確かにまずいか…魔術導皇を前にして引くのは癪だが、撤退するぞ!トラヴィスに我等を排他する理由を与えるのはまずい!」


アマルトの憲兵を呼ぶ声に慄いた抗議者達は私に散々怨嗟を吐いた後裏路地へと消えていく。…あんなにも食い下がってきたのに、『憲兵』の一言で逃げてくなんて…なんか、ムキになったのが馬鹿馬鹿しいと言うか。


「世間に訴える奴は、存外世間体を気にするもんさ」


「アマルト!」


「突っ込むなよ、怒る気持ちはわかるけどさ」


すると、近くの民家の屋根の上に登っていたアマルトが猫のようにクルリとポケットに手を入れたまま降りて来る。どうやら私が突っ込んだのを見て即座に行動を開始してくれていたようだ。


「ごめん…でも許せなくて」


「気持ちはわかるって言っただろ、まぁ何処かのエリスさんみたいに初手で殴りに行かなかっただけお利口だわな」


「しかし、トラヴィス卿の言った事は正しかったのかもな。憲兵に任せておけば少なくともアイツらは表に出てこなかった」


「メルクさん…」


二人は抗議者達が逃げていった方向を見て難しい顔をしている。トラヴィス卿が間違ったことを言っていると言う認識はない。あの人は正しいことを言った…今の私の行動は私怨と個人的な価値観の問題だ。


だから譲る気も引く気もない。


「ふむ、よし…道が開けたし研究所を調べるか」


「おう!なんの役に立てるか分からんけど俺もなんでも手伝うぜ」


「なんでも?本当に?」


「おう!って一秒前までなら胸張って言えたけどそんな風に言われると怖くなるかも、一旦聞いていい?何させるつもり?」


「アマルト、丁度いいから今逃げた抗議者達を追いかけて根城を見つけてくれ」


「いぃ〜出たよ無茶振り〜でも俺もそうした方がいいかもって思ってたし…しゃあねぇか」


折角抗議者達が…ニスベル殺しに関与した可能性がある連中が目の前に現れて、オマケにスゴスゴと帰っていくんだ。それを今見送る必要はない、追いかけて少なくともどこに逃げるかだけでも探ったほうがいい。


と言うわけで。


「いけっ!アマルト!」


「頑張れよ、アマルト」


「ひぃ〜ん、結局こうやってこき使われるんだよなぁ…」


そうしてアマルトを見送る。アイツは器用だしこの中で一番隠密も上手い、見つかったらネズミか何かに変身すればいいしね。


と言うわけで彼はひとっ飛びで民家の屋根に登り、月夜の空を駆け巡るように抗議者たちを陰から追いかける…さて。


「さて、では見るか」


「うん…お願いね、メルクさん」


そしてこちらはこちらで、何かが掴めないかを探る。メルクさんは遠慮なく研究所の扉を開けて…光の灯らないその家屋の中へ踏み込み…。


「ふむ」


まず漂うのはむせかえるような血の匂い…荒らされたままの研究所と夥しい量の血が付着した壁は、軽く…いやだいぶホラーだ。昼間見ても怖かったんだ、こうして夜に来ると一層怖い…。


けどメルクさんはそんな事気にせずチラチラと視線を色々動かしながら血の付着した壁の前に立ち。


「まず、凶器は銃だな」


「分かるの?」


「剣で斬ったならこうも血は吹き飛ばない、頭か何かを撃ち抜いたんだろう。入射角はこのくらい…ってことはそこの椅子に座ったまま撃ったのか。殺人をなんとも思わないクズがやった犯行だな」


「お、おお…」


「ふむ、荒らした人数は大体八人くらいか。足跡の数が大体それくらい…靴跡が全て同じと言うことを考えるに例の抗議者達のような民間人ではなく、一定の規格を持ち合わせる武装した者達が押し入ったのだろう」


「うおぉ…」


「本棚から全ての資料が抜かれているわけではないか、法則があるな…ニスベル殿は几帳面な方だったんだな。本が文字別に並べられている。おかげで何がなくなったかも分かるな…これは、無くなっているのはポーションの資料だけか?なら…ふむ、やはり資料だけでなくポーション素材も持ち去られている」


メルクさんはテキパキと見立てを立てて机の引き出しを開けたりして次々と答えを出していく。この人は元々軍部に所属し、憲兵として仕事をしてきただけありこう言う現場には慣れている。


けど…それでもこの人が軍人だったのは若い頃だけ、同盟首長をやっていた時期の方が長いし経験だってもっと豊富な人は他にいるだろう。


けど……。


「む、この足跡…珪藻土に混じって何かが挟まっている。これは…苔?この苔はこの近辺には生えていないはず。どう言うことだ?外から来た?いやそれなら泥も混じっているはず……ふむ」


それでもここまで高い洞察力と推理力を持つのは、彼女が見識の才を持つからだ。


メルクさんの目は特別製だ、エリスちゃんの持つ『超極限集中状態』のような見ただけで真実を見抜く力がある。エリスちゃんの識の下位互換的な立ち位置ではあるものの彼女はそれを常時発動させているに等しい形になる。魔力覚醒によって見識が隆起し始めたお陰で彼女は真実を見抜く力が異様に発達し始めている。


世の中にはいる、そう言う『一部の識』が異常発達した人が。音を見ることが出来る目を持つ者。音色を色で感知できる耳を持つ者。そう言った識の異常発達と言う才能は魂の増強により更に隆起する。メルクさんはその力の隆起により…真実・真相を見据える事ができるんだ。


元々推理力のある人だと思ったけど、まさか見識の才があったなんて。驚きだ…まぁ、魔女の弟子ならそんな才能が隠されててもおかしくはないか。


だって、弟子達は皆一様に世紀の大天才達だしね、私も含めて。


「…何より気になるのは」


「何?」


「あそこの壁に開いた穴だ」


するとメルクさんは血塗れの壁の真ん中に開いた穴を指差す。小指が入るくらいの大きさの穴、最初見た時は気が付かなかったけどこんなのがぽっかりと開いてたのか。…って言うかこれ。


「これって……銃痕?」


「ああ、これを見たから私は一目で凶器が銃だと分かった」


「え?なら何が気になるの?」


「それはな…」


そう言ってメルクさんは銃痕の中に指を突っ込み、中からコロリと潰れた銃弾を引き出す。打ち込んだ銃弾が壁の中に残っていたんだ…。それを手の上に乗せたメルクさんは私にそれを見せ…。


「気がつくか?」


「え…何も」


「これはな、…デルセクト規格の銃弾だ」


「え!?」


メルクさん曰く、この世界の銃には統一規格というものがないらしい。製造している国や会社によって扱える銃弾は違う、そりゃそうだ、銃ってのが生まれてまだ十年経つか経たないかなんだ、決まったルールなんてまだない。


そしてここにあるのはデルセクト規格の銃弾、つまり使われたのはデルセクトの銃?…いや。


「勿論、デルセクトから銃を買い付けたわけじゃないだろうな。これは今使われている物よりも幾分古い…型落ちというやつだ。されど銃弾そのものは新しい…そこから導き出されるのは…」


「ソニア…!」


「そうだ、ソニアが地下で大量に製造していた銃…それを南部に売りつけていた」


私達が落とされたフレデフォート地下街では何に使うんだってくらい古くて型落ちした拳銃が作られていた。そしてその販売先は南部…つまりメサイア・アルカンシエルだったんだ。逢魔ヶ時旅団と関わりを持つソニアなら同じ八大同盟のメサイア・アルカンシエルに対して商売のラインを持っていてもおかしくない…。


ん?だから何?と私がメルクさんの顔を見ると…。


「奴等は大量の銃を仕入れた状態で、南部にそれを送っていた。つまりこれは突発的な犯行ではなくそもそも…その銃を使って何かをするつもりでいたと言う事の証左。恐らくこれだけじゃ済まないぞ、あの銃の量からして武装蜂起を行える量があるからな」


「うっ、それって…メサイア・アルカンシエルは南部の領主であるトラヴィス卿と戦争出来る量の武器を揃えたって事?」


「ああ、翻って言えばメサイア・アルカンシエルが大量に武器を買ったからソニアの資金は潤沢になり結果ヘリオステクタイト建設が大幅に早まったと言える」


「じゃあチクシュルーブでの大騒ぎもメサイア・アルカンシエルが遠因って事!?」


「まぁ要因の一つではあるが、大口の取引相手の存在はソニアにとってもありがたかったろうな…」


なんて事だ、メサイア・アルカンシエルは計画的にこの作戦を進めている。その先には銃を使う計画もあると言う事…その気になれば民間人が銃で武装して暴れ回る可能性もあると?こりゃあ思ったより過激な話かもしれない…。


そう私が怯えていると…メルクさんは怪訝そうに眉をひそめながら銃弾を握りしめて。


「どうしたの?」


「いや、…一つ気になったんだが。もしソニアのヘリオステクタイト建設を早めたのがメサイア・アルカンシエルの大量の武器購入が由来だとするなら、…メサイア・アルカンシエルはそれほどの莫大な金を何処で手に入れたんだ?」


…まぁ確かに、あのお金持ちのソニアをして計画推進に繋がる程の額となるとそりゃあ大量の金が舞い込んだんだろう。それだけのお金をメサイア・アルカンシエルが支払えてると言うことになる。確かにそこは気になる、奴らがソニア以上に資金力があるようには思えないし…。


もし、メサイア・アルカンシエルが大量の金を手に入れる由来があったとするなら、それはつまり翻ってソニアにヘリオステクタイトの建設を早めさせ、メサイア・アルカンシエルに大量の武器を与えるきっかけになった…つまり二つの八大同盟の動きを早めた原因があると言うことになる。ドミノのように連なって倒れ始め動き始めた八大同盟、そのドミノを倒したのは…一体なんなのか。


けど…。


「それ、今なんか関係ある?」


「……無いな、思考がブレた。問題は奴らが今持っている手札…『莫大な量の銃』と『奪ったポーションの研究成果』と『嘆きの慈雨』だ、どれもこれも嫌な予感しかしないな」


「そうだよね、他にも何かないか見て回るね!」


「ああ、頼む」


そうして私はメルクさんが気になる物がないか色々探してみる…そんな中、メルクさんは手元の銃弾を見て。


(そう言えば一番最初に南部に来た時。我々の馬車に忍び込んだゴブリンも型落ちの銃を持っていたな…あれもその類?エリス曰くメサイア・アルカンシエルには魔獣の因子を取り込んだ兵士もいると言っていたな)


ジッと銃弾を眺めその向こうを見据えるように考える。敵の目的は嘆きの慈雨…それを使って魔術師を抹消する。それと同時に大量の銃…そして魔獣の因子、これらがキーワードだとメルクの直感は語る。だがこの三つが繋がらない。


(いや……もしや)


一つの考察を立てる。もしかして敵の目的は嘆きの慈雨とやらの完成そのものではなく…。


……もしこの考察が当たっていたら、メサイア・アルカンシエルは…相当トチ狂っているぞ。


…………………………………………………


「アイツら何処に逃げるんだ?」


屋根から屋根へ飛び移りつつ、アマルトは逃げていく抗議者達を追いかける。憲兵を呼ばれ蜘蛛の子を散らすように逃げた抗議者達、だが連中は方々に散るのではなく指向性…つまり全員が一点を目指して走っていた。こりゃあ確実に根倉に向かってる…けどじゃあ何処へいく?


路地の狭い通路をカクカクと曲がりながら逃げる抗議者達を追いかけるアマルトは首を傾げる。何処かに抗議者達のアジトでもあるのか…そう思っているうちに街の端の端へと移動してしまいここから先には何もないってくらいのところに来てしまう。


まさか森の中に入るとか言わないよな、今夜中だぜ?抗議者達は戦えるわけでもないし…今森の中に入ったら確実に死ぬと思うけど…。


「ん?あれ!?」


ふと抗議者達に目を移すと…居ない、居なくなってる。消えてるんだ、跡形もなく…。


「おいおい嘘だろ、さっきまで居たじゃん、マジかよ」


見失ったと焦るアマルトは即座に路地に降りて抗議者達を探るが…やはり居ない、どこかに隠れられるスペースはない。まさか気付かれて振り切られた?それとも目を離してる隙に一気に何処かに行かれたか?


「むぅ〜〜」


顎に指を当てて難しい顔をしながら考える。周りを見ると…そこには多分、研究所と研究所の間なんだろうなってくらい、薄暗く狭い路地が広がっている。


後ろを見ると、抗議者達が走ってきた道が見え、路地の闇が暗く続いている。


前を見ると、そこにはより入り組んだ路地が見える。まさかここに逃げ込んだか…と思ったが。


「違うな、これ俺が知らない隠し通路がある感じだ」


見つける、俺は。正面の入り組んだ路地のど真ん中に…蜘蛛の巣があることに。連中がもしここを通ったなら蜘蛛の巣が原型を留めてるのはおかしい。ってことは文字通り奴等は『ここ』で消えた。引き返したとは考え難い、なら側面、どちらかの壁、或いは下に隠し通路があると見ていい。


しかし…問題は。


「で?何処?隠し通路」


隠し通路の場所がわかんねぇってことだ。参ったぞ…この手の謎解きは得意じゃないんだよ。一回引き返してメルクを呼ぶか?いや…懐中時計を見るに残り十分を切ってる、今からメルクを連れて戻ってもなぁ。


なら日を改めるか?いや…出来るなら奴らの尻尾を掴んでおきたい。つーわけで。


「さぁて、何処ですかねぇ〜。小説とかだとなんかを動かしたりボタンを押したりすると開いたりすんだけど…」


取り敢えず手当たり次第に色々触ってみる。それっぽい壁の突起、近くに置かれたランタン、足元に広がる珪藻土のレンガの床を一つ一つ踏んでみる。うーん、ダメだな。


「はぁ〜、ダメだぁ〜…わかんねぇ〜…」


反応がない、何も起こらない、ダメだなこれは。つーか疲れた、帰りて〜。


そう俺は諦めつつ近くの壁にもたれかかり…。


「……………」


腕を組み…体重を預けてみる…けど。


「………やっぱダメか、冒険小説とかだとこうやって諦めて壁にもたれたところに偶然スイッチがあって的な展開がお約束なんだが…そう上手くいかないか」


一か八かだったんだが…やっぱ無理よな、そう都合よくはいかないよな。


「しゃあねぇ、一旦明日にしてみるか〜」


そう諦めた俺は踵を返し…石畳を踏んで歩いてみる、もうこうなったら帰るしかないな、メルクには悪いが残りは明日、そうやって諦めたかけたその時─────。



──────…と期待してみたが、やはりダメか。何も起こらない、こう言う諦めかけた瞬間に奇跡が起こって、とかはないか。諦めかけたその時作戦、失敗。


「マジで帰るしかないか…」


時間ギリギリまで粘ってもいいけどあんまり場を荒らして俺がここに来たってバレたらそれこそ…。


「ん?」


ふと、顔を上げて抗議者達が来た道を見てみる…すると。


「ひぃ…ひぃ、はぁ…はぁ、みんな走るの速いっすよ〜…俺、俺を置いていかないでくださいよ〜」


そうやって、向こうから走ってくるのは…抗議者だ。多分、一人だけメッチャ足の遅い間抜けがいたんだろう。そいつが俺の方に走ってきて…足を止め。


「え?」


「お」


俺と、目が合う…。







「で?どうすれば開くの?」


「ぐっ…げぇ、そ…そこのランタンを三回揺らした後、そこの突起を…押すんですぅ…」


そして俺は軽く抗議者をぶちのめしつつ、逆エビ固めを決めつつ聞いてみると、これが存外に簡単に吐いてくれた。まぁ抗議者つっても正体はただ民間人から思想に同調した奴が無作為に集まってるだけ、適性を見て加入する軍隊とは違う。悲しいかな…こういう間抜けは一定数集まってしまうんだ。


「手順系かぁ〜、そりゃわかんねーや」


「か、解放してください…」


「おう、あとそのローブくれや」


「え!?ちょっ!ぐぶふぅ!?」


そして俺は抗議者を殴って気絶させ、近くの洗濯紐を取ってグルグル巻きにしつつ、研究所の倉庫の中にぶっ込む。ついでにローブや服も貰ったのでこいつは裸だ。


それより侵入口が見つかった。すぐに教えられた手順を試してみようと俺は近くのランタンを三回揺らし、壁の突起に指を突きつける。すると…。


「ビンゴ〜、開いた〜」


やっぱり隠し通路があった、地面の煉瓦が徐に開き下から階段が出てきやがった。連中はここに逃げ込んだんだな?よしよし。


白いローブを着込み、フードで顔を隠しつつ…俺は階段に足を踏み入れ、地下の隠し通路へ入り──。


「うぉぉっ!?」


瞬間、俺は大地を見失う。グルリと体が回転し重力に体が引っ張られ下へと落ちる。階段がなくなった?いや違う…。


「い、いってぇ〜…なんだこの階段、苔だらけじゃねぇの…」!


ウルサマヨリは湿気だらけの地に街を作るだけあり、地面は全て珪藻土で出来ている。珪藻土は水や湿気を吸い込む性質があり、当然、向かう先は珪藻土の下となる。つまり地下の空間は…湿気がすごい。


階段も苔まみれでさ、踏んだ瞬間すっ転んじゃった。お尻も水浸しだし…最悪の気分だ。


「はぁ〜しかし、すげぇな…想像してたよりデカいぞここ」


暗視の魔眼を開眼し見てみると…ここは地下の通路だ。それもかなり向こうまで続いている。これ…制限時間以内に何処まで探れるかな…少なくとも全部は無理だぞ。


まぁいいや、帰りになったらメグが時界門使ってくれんだ。ギリギリまでやろう!


「よしっ、いくか…!」


俺は軽く手を振り狭い石通路を走る。しかしこの街にこんな地下があったなんてな、つーことはあれじゃん。連中は既に人目につかないアジトを手に入れ、いつでも行動に移せる場所を抑えてるってことじゃねぇか。


目と鼻の先…そこにメサイア・アルカンシエルがいるかもしれないって?やばすぎだろ…今の状況。下手すりゃ俺達の存在もとっくにバレてるじゃ…。


『何!?魔術導皇に会った!?本当か!』


「やべっ…」


その瞬間俺は立ち止まる。暗闇の中…壁にぽっかりと開いたドアの隙間から話し声が聞こえたからだ。よく見ればここら辺から横道に逸れるような扉が沢山ある事に気がつく。ここ、ただ通路が広がってるだけじゃなくて部屋も沢山あるのか。


ってことはあれか、俺はもう既に…敵の根倉の只中にいるってことか。だから俺は慎重に進む事にする、壁にもたれかかり、なるべく怪しまれないように扉の向こうの話に耳を澄ませる。


『ああ、奴めニスベルの研究所を調べるつもりのようだった』


『ちゃんと阻止したのか』


チラリと扉の隙間から中を見れば…そこにはこの薄汚い通路からは考えられないくらい上等な部屋が広がっていた。つっても絨毯が敷いてあって机があってとか豪勢な感じじゃない。


見たままを言えば…研究所。南部魔術理学院並みの魔術研究の設備やら機器が大量に敷き詰められており、そこで先程の抗議者達が集まってて話をしている。


(おいおいなんだよこの設備、連中ただの喧しいだけの奴らじゃねぇのか?魔女排斥組織の方とは関わりがないんじゃないのか?つーかこの設備…こいつらどんだけ長くここに居着いてんだよ)


疑問がふつふつと湧いてくる。ここは抗議者達のアジトのはずだ…けど、どう見ても設備がそのレベルじゃない。立派な研究所に立派な設備、アイツらここにかなりの時間居着いて何かの研究をしてるんだ。


クソッタレが、テメェら口で魔術の否定をしてニスベルを罪深いとかなんとか言いながら自分達でも研究してんじゃねぇかよ、俺は嫌いだね、こう言うダブスタはさ。


『阻止したさ、だが途中で憲兵を呼ばれて…』


『チッ、じゃあ今魔術導皇達が現場を調査してるのか…』


『我々が殺したと言う証拠が出たら…我々はもうあの街で抗議ができない、啓蒙も出来ないぞ』


…なるほど、やっぱり殺したのはメサイア・アルカンシエルで決まりか…。メルクの方でも証拠を集めてるだろうし、上手くいけば連中を糾弾して街から追い出せるかもしれないな。


『問題ない、証拠は全て滅却した。ひっくり返しても何も出てこない』


『そ、そうだな…なんたってクライングマン代表が直々に手を下したのだから』


(クライングマン代表…?そいつがニスベルを…)


『おい、あまりベラベラ喋るな』


『す、すまん…それより我々はこれから何を…』


『啓蒙を続けろ、明日も抗議するんだ。一人でも同調者を増やせ、街で凄惨な事件が起これば揺らぐ奴もいる…』


『分かった』


そう言うなり会話が終わってしまう、これ以上ここから聞き出すのは無理か…さて。


(手元の情報から考えるに、ニスベルを殺したのはこいつらで間違いない。連中は何かの研究をしている、そしてニスベルの研究成果を奪った…と。そしてその実行犯はクライングマン、連中の代表か)


色々考察するが…一番手取り早く情報が取れそうなのはそのクライングマンって奴を探す事だな。さて…そう言う偉そうな奴は奥にいるって相場で決まってんだが。


「さーて、どこかなー」


ポケットに手を突っ込み歩く、これ結構奥まで続いてるけどどこまで続いて───。


「うぉっ!」


その瞬間俺は慌てて近くの扉を開けて中に入る。向こう側から現れた影に反応して隠れたんだ…いや、これがただの抗議者なら俺だってビビらず堂々としてたさ、変装だってしてるしな。


でも…違う。


『抗議連中が憲兵に通報されてここに逃げ帰ってきたそうだ』


『馬鹿な奴ら…ここは奴らの為のアジトじゃないぞ…。ここは魔女排斥派のアジト、奴らには奴らのアジトがあっただろうに…』


『やはりクライングマンをこちらに引き入れたのは間違いだったかもしれん』


鎧だ、エリスの言ってた鎧の兵士。メサイア・アルカンシエルの武装兵。おいおいマジかよ…ってことはここ、抗議者…つまり民間人の方じゃなくて本命の八大同盟メサイア・アルカンシエルのアジト!?尻尾掴むどころか首根っこ掴んじまったよ!俺!


俺大金星じゃん!敵の総大将のアジトを見つけちまうなんて!だとしたら俺にここの入り方教えたあの抗議者やばいだろ、殺されるんじゃね?


『すぐまた別のアジトに移るぞ』


『ここに白露草が保管されてるんだぞ…そんな事出来るのか』


『分からん、クソッ…こんな時に会長がいてくれれば』


会長…代表のクライングマンとは別?クライングマンを引入れたって言ってたからクライングマンは民間組織の方のボス、ってことは会長は恐らく八大同盟の盟主の方。


…そいつが今不在なのか?だとしたら今ってチャンスなんじゃないか?八大同盟の盟主って言ったらジズやオウマとか化け物ばかりだ、そいつらが居ないならそれだけでこっちが有利になる。


『クソッ、やり辛い…早く『嘆きの慈雨』を完成させなくては…!』


そう言って兵士達は俺の前から立ち去っていく。いいぞ、めちゃくちゃ有用な情報がドンドン入ってくる…こりゃ入れ食いだ!


「へへへ…」


もっと奥まで調べる、そうすればきっと連中の狙いも…。


そう俺は扉を開けて慌てて奥へ走る、手元の懐中時計を見るに残り時間は僅か。時間になったらメグに強制的に戻される、ならその前にクライングマンを見つけて情報をとるんだ…!


「………分かれ道、どっちだ」


走っている途中で俺は別れ道にぶち当たる。さてどっちに進むか、選ぶ時間ももったいない。


俺は魔女金貨を取り出し指の上に乗せる。表が出たら右、裏が出たら左、頼むぜ俺のギャンブル運、正解引き当てさせてくれよ…。


「ッ………裏、左か…!」


指でコインを弾いてそれを手でキャッチしコインを見る、謂わばコイントスで進路を決める。出たのは裏、なら左に行く。迷いなく俺は左に向かって走り出しクライングマンを探す…。


すると…そうやって進んだ先にあったのは…。


「やばっ、不正解か…!?」


あったのは上に繋がる階段、つまり地上に出る階段だ。まずい…こっちは出口だったか、なら向かうべきは左だったか。畜生…俺のギャンブル運なら上手く正解を引き当てられると思ったんだが、ここぞで外したか…やっぱギャンブルとは勝手が違────。


『クライングマン様!報告です!』


『なんだぁ…』


「……お?」


ピクピクと耳が動く、今クライングマンの名前が聞こえた。そしてそれに返事をする声も…声が聞こえたのは階段の上、つまりこの上にクライングマンがいる?う〜ん、やっぱ俺ギャンブルの天才。


「そろりそろり…」


階段をこっそり上がると、見えてくる木の扉…ぼろっちい扉だ、ところどころ黒ずんで触ったら崩れそうなボロい扉。そんなにボロいからところどころに穴が開いてるんだ。


その穴に顔を当てて向こうを見てみると…やはり向こうは外だった。恐らくこの地下通路に繋がる出入り口はこの街至る所にある、そのうちの一つだろう。


見えるのは青い月明かり。そしてそれに照らされるように淡く輝く瓦礫と廃墟。この街の何処かにある廃墟に抗議者と鎧の兵士が集まって、一人の男に視線を注いでいた。


『報告…?』


(なんだあいつ…)


見るだけでわかる、これでももう歴戦と言えるほどに修羅場を潜ってるから分かる。その中央に座る男は他とは何かが違う、強さとか魔力とかそう言う話じゃない、確実に事の中枢にいるだろう何かを感じるんだ。


赤黒い髪、それをだらしなくガサガサにして肩辺りまで伸ばしただらしない男。上着は着てない、鍛え抜かれた体を晒し、手には拳銃を持った男が瓦礫の上に座って兵士達を見据えている。


その目がなんともヤベェ、完全にイッてる人間の目だ。あそこまでトチ狂った奴は中々お目にかかれんぜ…。


(恐らくアイツが…クライングマン)


民間組織であるメサイア・アルカンシエルの代表。そしてニスベルを殺した張本人…見れば分かる、ありゃあ殺すぞ。肩の埃を払うみたいに呆気なく人を殺せる人間の目だ。あんなのが魔術反対運動の旗を振ってんのかよ。


『はい、先程魔術導皇と抗議者達が邂逅したようで…奴ら、ニスベルの研究所を調査しているようです、恐らく死んだのがバレたのでしょう…耳が早い事です』


『ニスベルの研究所を…魔術導皇が……』


『如何しますか、クライングマン様』


『……………』


デティ達が研究所を調査している。そう聞いたクライングマンは一瞬黙り込む、困っているのか、そもそも意にも介していないか。デティの到来を受けたクライングマンは徐に俯いて…。


『おぉ…おぉおおぉぉおおっ…あぁああああああっ!』


両手で顔を覆ってボロボロ泣き始めてしまった、抑えた手の隙間からダラダラと水が溢れ方を震わせまるで幼子のようになくクライングマンと姿を見た俺は…ドン引きする。


えぇ、そんな反応するかよ…、え?バレるかもって絶望してる感じ?それとも良心の呵責に耐えきれてない感じ?どっちにしてもヤバいだろ、大人の男があんな情けない声で泣くのはヤバいって。


『く、クライングマン様?』


ほら部下も引いてる…。


『おぉおおお、こんなよぉ…こんな悲しいことがあるかよぉ。魔術導皇とメサイア・アルカンシエルがニスベルの死をきっかけに交差しようとしてる、ニスベルという男はよぉ計らずしも戦争の引き金を引いちまったんだよぉ…誰も戦いなんて望んでねぇのに、もう後に引けなくなっちまたよぉ、それもこれもニスベルがあんな研究してるからさぁ、悪いよなぁ』


続けて引く、ドン引きだ、今度はアイツの姿にじゃない…言動にだ。まるで他人事、自分が殺しておいて、自分から始めておいてまるで他所事のように同情するその姿に一般的な感性は感じない。


どうやら俺の直感は当たっていたようだ、アイツはヤバい…相当イカれてる類の人間だ。


『しかしこのまま戦いが始まれば我々の目的は達成出来ません!如何しましょうかクライングマン様』


『如何も何も俺達にはよぉ、研究するだけの学もなければなんか手伝うだけの手先の器用さもねぇ悲しいくらいの役立たずさ、泣けてくる。だから俺達は声を張り上げるしかねぇんだろ!?魔術撤廃を涙ながらに叫んで人々に分かってもらうしかねぇんだろ!?それを邪魔する奴がいたらさぁ…殺っちまうしか方法はねぇんだろ!?なら悩む必要なんかねぇじゃねぇかよぉぉおおお……』


泣きながら、嗚咽しながら、声を上げた部下に拳銃を突きつけ黙らせるその姿は獣そのもの。泣きながらも悲しみながらも殺しを厭わぬ姿勢はまさしく抗議者達の倫理観なき姿勢をそのまま反映しているようだった、或いは頭がアレだからか…。


『魔術導皇が仕掛けてきたなら迎え撃つ、殺した上で目的を達する、俺達がしたい事は一つだけ、なら迷う必要もなく最短距離をいけばいい。間にある物全てを壊してでもな…』


『あら、物騒なのねクライングマン』


『ッ……』


(誰だ…!?)


すると、更にもう一人…現れる。夜空を引き裂いて飛んできたそいつは廃墟の只中に立ち…巨大な杖を地面について、髪をかきあげる。


女だ、白いローブを着た妖艶な女…浅黒い肌にルビーのように赤く輝く髪が特徴の女、けどそれ以外に俺が特筆するべきと思うのは…その魔力。


(魔力覚醒者だ…アイツ、ってことは幹部か!)


覚醒している、それも相当上位…かなりの大物だ。アンブリエルやアナスタシアよりも強いことを考えるに恐らく組織の第一幹部クラスか。ありゃやばそうだ、見つかったら殺される。


『マゲイア…』


『様をつけなさい、クライングマン』


『うぅ、俺ぁ悲しいぜマゲイア。俺達は同志だろ!?そこに…立場の貴賤なんかあるはずねぇのに…』


『あるわよ普通に、組織だもの。民間組織の頂点である貴方とそれを動かすメサイア・アルカンシエル幹部の私…同等と思わないで』


『うぅ……』


『それより、貴方がニスベルの研究成果を盗み出してくれたおかげで嘆きの慈雨の完成は大幅に早まった。彼が行っていた研究は私達が長年苦慮していた部分、そこを補う形だった。まだテスト段階だけど『嘆きの慈雨』の運用が可能になったわ』


『嘆きの慈雨が…そりゃあよかった、アレは俺達の希望だ…非魔術用者達にとってアレは凡ゆる嘆きを洗い流す慈雨そのもの…』


さっきまで泣いていたのが嘘のようにクライングマンは爽やかな顔で両手を開いて月を仰ぎ立ち上がる。


『ニスベルの魂に干渉するポーションを流用して作り上げた嘆きの慈雨、それは空気に触れただけで沸点を超え蒸発し、天に跨る雲となり大地に降り注ぐ広域使用ポーション…』


そしてなんか語り出した、しかも全部言ってくれるぞアイツ。盗み聞きしてる俺が言うのもなんだがどっかで誰かが聞いてたらどうするつもりなんだ、マゲイアとか呼ばれた女も『全部言うじゃん…』って引いてるし。


つーか、雲になって降り注ぐって、ポーションを雨にするのか。だから嘆きの慈雨?でもそれがなんでこいつらの…。


『魔力を増やすポーション…それを更に増強し強化し増幅させ強壮化し魂の許容点を超えるだけの魔力を魂に作らせる。浴びただけで自分でも抱えきれないだけの魔力を作ってしまう自滅のポーション…それは』


…なんかヤバいこと言い出したぞ、魂の許容点を超えるだけの魔力を作らせるポーション、それを…広域に降らせる?それってつまり…。


まずい、そんな風に直感が囁く。どっかで甘く見てた、あの抗議者みたいな連中がやろうとしてることなんてたかが知れてる。ヘリオステクタイトよりはマシだろう…って。


けど違う、今メサイア・アルカンシエルがやろうとしているのは…『それ以上』。


そんな答え合わせをするようにクライングマンは狂喜の涙をダラダラと流し…。


『圧倒的な魔力によって、体内の魔力の通り道全てを焼き切ることにより…『嘆きの慈雨』を浴びた者は恒久的に魔術使用能力を失う…!人類は魔術を手放さざるを得なくなるッ!我々は人類から魔術を奪う術を完成させたんだッ…!』


(魔術使用能力の…恒久的な消失…!?そんな事になったら…どうなっちまうんだよ…!)


浴びれば、体内で魔力が増幅し魔力動脈が全て焼き切れ魔力を意識的に放つことが出来なくなる。それはつまり一生魔術が使えない体になる…と言うこと。


俺達が今必死こいて鍛えてる魔術が奪われる…、今この街で研究してる魔術全てが失われる。それは如何程の損失か…なんてレベルの話じゃない、嫌悪感でとても考えられるような話じゃない。


『え、ええ…態々全部説明されなくても知ってるわよ。と言うか一応ここは外なんですからあまり大声で喋らないで…』


『ああ…ああ!待ち遠しい!一週間後!今から一週間後!マレウス魔術会議当日に、この街に嘆きの慈雨をばら撒く。そうすれば少なくともマレウス魔術用者は絶滅することになるッ!うぅ…おぉおおぉおお…俺は悲しいぜ!悲しいぜぇ!もっと早くこの日が来ていれば死なずに済んだ人間もいるのによぉ!』


一週間後!?この街に!?おい!話がちげぇぞエリス!一ヶ月後に動くんじゃねぇのか!?いやテスト段階…そうか、まだテスト段階なんだ、つまり一週間後が実地試験!そしてその試験会場がここってか!?


ヤベェ、なんとしてでも阻止しないといけなくなった!明日にでもここに突入して…。


『マゲイア!直ぐにヴレグメノスの街から嘆きの慈雨をここに移送しよう!そうすれば…うぅ、この悲しみも晴れる…』


(ヴレグメノス…?ヴレグメノスって街に今嘆きの慈雨があるのか…ヴレグメノス何処か言ってくんねぇーかなー…)


『ああ、その件だけれど…一つ面白い話があってね』


『なんだ…!?』


すると、マゲイアがニタリと笑い…。


『実は貴方が盗んできた例の物、アレのおかげで──』


(アレのおかげで?………)


そう一歩踏み出した瞬間、…俺は……。


「うぉっっ!?!?」


足を踏み外す、決して声を上げてはいけないタイミングで驚いて声を上げてしまう。まずった、バレた、バレちゃいけないタイミングでやっちまった!そう青ざめながら俺は口に手を当てて……。


「…どうされました?」


「はぇ?」


ふと、気がつくと俺は…トラヴィスの館に戻ってきていた、目の前にはキョトンとしたメグがいて…って。


「お前かよ!」


「じ、時間になったので時界門で呼び戻しただけではないですか…そんな怒らなくても…」


気がつく、足を踏み外したんじゃない、時界門だ、こいつは俺達を呼び寄せる時にいつも足元に穴を開ける。踏み出したタイミングで丁度穴に落ちてしまったんだ。つーことは、時間切れか。


「くすん、心配して呼び戻したのに酷いでございます、アマルト様」


「わ、悪い。いいとこだったからさ」


「いいとこ?」


「それよりデティとメルクは?…話したいことがある。出来ればラグナ達も交えて大至急」


ともあれ無事戻って来れたなら、これを共有しよう。どう動くかを決めるのはラグナの方がいい…攻め込むのか、何かを待つのか、それにメルク達も何か持ってきてるかも知れないしな。


にしても…。


(マゲイアの奴が最後言いかけてた話…なんか気になるな)


最後の最後で聞き逃した話、それがとても気になる。何か重要な話を聞き逃したんじゃないかと俺は心配して……。


「おや?どうしたんだい?アマルト君」


「ん?おお、イシュキミリ」


すると、イシュキミリが近くを通りかかり…俺に気がついて寄ってくる。イシュキミリか、こいつならこの街の地形にも詳しいんじゃないか?それに嘆きの慈雨の対処法も思いつくかも、何より…例の会議にこいつも出席するんだし、言っておくか。


「なぁ、実はさ。聞いて欲しい話があるんだけど……」




………………………………………


「ん?何か声がした気が?」


ふと、マゲイアは近くから声が聞こえた気がして話を中断する…が、周りに気配はない。気のせいか?


「マゲイア…勿体ぶらないでくれ、泣きたくなる」


「ああはいはい」


クライングマンに急かされマゲイアはため息を吐く。嘆きの慈雨による魔術使用者の撲滅…それが私達の目的だった、けれど…。


「貴方が持ってきたデティフローアの古式治癒の魔術式、アレのおかげで…もっと面白いことが出来るようになったわ、だから……─────」


「……へぇ、それは…悲しいな」


ニタリと笑うマゲイアとクライングマン。より一層…踏み込んだことが出来る、改良され進化した嘆きの慈雨があれば…私達は────────。

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