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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十七章 デティフローア=ガルドラボーク
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598.魔女の弟子と魔女の領域


『グッ…ぁぎゃぁああああああああああ!!!グッ!アッ!がぁあああ!』


「アマルト君…」


トラヴィスは一人、悍ましい断末魔の響く鉄の扉を前に立ち…叫び声を聞いて目を伏せる。ここは館の地下にある倉庫だ、そこを今修行場として使っている。


修行しているのはアマルト君だ。彼を中に閉じ込め『とある技の習得』をさせている。ただそれは壮絶な苦痛と激痛を伴う物だ、如何に強靭な精神力を持ち合わせていようとも逃げ出してしまうかもしれない…と、アマルトくんに言ったところ。


『なら俺をどっかに閉じ込めてくれ、どうしてもその技を習得したい…けど逃げ出しちまったら意味がない。だから頼む、厳重な場所に閉じ込めて、中から絶対開けられない部屋にぶち込んで、俺を拘束してくれ』


と…それ故にこの倉庫を選んだ。外から鎖を巻きつけて扉を開かないようにし、中にアマルト君を入れ…修行させた。


結果が…これだ。


『ハァハァ…グッ!ぎゃぁあああああああああ!!』


「っ……」


聞いているだけでこちらの気が狂いそうな程、悲痛な叫びが木霊する。我ながら常軌を逸した修行を彼に言った物だと呆れてしまう。修行の内容を彼の友達に言えば私は軽蔑されるだろう。だがそれでも彼は言った…。


『何がなんでも、俺は強くならなきゃいけないんだ…。気が狂おうが元に戻らなかろうが関係ない、頼む…トラヴィスさん』…と。


仲間の為ならどんな苦痛からも逃げないと、そう言ったんだ。そして恐ろしいことに彼はこの修行を始めてより一時間、一度として鉄の扉を叩いていない、まだ部屋の奥で苦痛に耐えて逃げ出すまいと必死に堪えているのだ。


彼はそれほどまでに、仲間達のために身を張る覚悟を秘めている。だが皮肉なことにその心の強さが…彼から覚醒の道を奪っているのだ、その生き方が…彼を覚醒から遠ざけている。


だが…だが。


(今更生き方は変えられない、生き方を変えられないなら…そのまま突き抜けるだけだ。アマルト君…君は君自身の覚悟の責任を取るしかない、仲間の為なら命を張る…その覚悟の責任を取るんだ)


酷なことだとは分かっている、それでもやるしかない。彼はこれから何週間にも渡ってこの苦痛に耐える日々を続けなければいけない…そしてその覚悟を、誰も邪魔してはならない。


「仲間には、この場所の事も君の修行の内容も…絶対に伝えん。助けを求めても…誰も助けには来ない…いいな、アマルト君」


『グッ…ぅぐぅぅぅう!ぁぁああああああああ!!』


「そして、私も立ち去る…後は、君次第だ」


背を向ける、すまないアマルト君。こんな不甲斐ない方法しか提示できない私を存分に恨め、そして…祈るぞ。


君の覚悟、その先にある力…必ずや物にしてくれ。でなければ…あんまりだろう、こんなにも仲間想いの子が、無力さに泣くなんてことは、あってはいけないんだから。


「…君の仲間の事は、私に任せておけ」


アマルト君にもうできる事はない、後は他の子達を見に行くとしよう…まずは。


…………………………………………………


「ふぅ…ふぅ…これでいいのか…果たして」


メルクリウスは一人、魔仙郷にて巨大なタイタンアームをサンドバッグ代わりに魔力覚醒の修練を行っていた。修行の内容はただひたすら覚醒を使い続け、降ってくる毒液を防ぎながら立ち回る訓練だ。


「…防壁を使い続ける事で、魔力遍在が強化され覚醒が研ぎ澄まされる感覚は分かる、だが…肝心の覚醒を使いこなせている気が全くせん」


私の覚醒は『概念錬成』だ、正確に言うなれば錬金能力の向上と見識による物質理解の向上だが…この状態だからこそ使える概念錬成こそが覚醒中の私のメインウェポンとなる。


概念錬成は殆ど万能の力だ。防御不可能な打撃、射程無限の狙撃、果ては相手の覚醒さえも錬成する。なんでも出来る…だからこそ、何をしていいか分からない。


(マスター曰く、真の強者は自分自身の…自分だけの力の形を持つと言う。私の力の形とはどんな形なんだ)


どうやって戦うべきなのか、未だ判然としないまま…それでも私は立ち止まるわけにはいかず、もう一度拳を握り。


「概念錬成『衝撃』ッ!」


物質に伝導する振動、即ち衝撃の概念を錬成し拳から打ち出しタイタンアームを打つ。それだけで巨大な柱の如き樹木はぐわんぐわんと揺れ葉に溜めた毒液を降り注がせ、メルクリウスを包む防壁の上に落ちる。


これを繰り返していけば…見えてくるのか?


「捗っているかな?メルクリウス君」


「ッ…トラヴィス殿」


ふと、背後を見ると防壁を傘のように展開し杖をついて現れるトラヴィス殿がおり、私は慌ててそちらに向き直り…軽く頭を下げる。


「申し訳ない、あなたの庭園の木をサンドバッグ代わりにしてしまい…」


「構わない、タイタンアームは簡単には折れない。むしろこう言う使い方は正しい…それで、覚醒の修行の方は?」


「はい、私は先日覚醒したばかりなのでまずはひたすら使って慣れようかと思い、こうして行使していました」


「ほう、先日覚醒したばかりでその強さとは驚いた…、そうか。順調なようだな」


「順調?…いえ、とてもそうとは言えません。寧ろやればやるほど自分の力に疑念が…」


「疑念が生まれると言う事は、よく理解し始めていると言う事だ。君は自分の覚醒に何が出来るのか、何が出来ないかを探し始めている。良い兆候だ」


「ッ…なるほど」


そうか、悩んでばかりいたが…そもそも悩む事そのものも修行ということか。良い薫陶を得たな…だがしかし。


「それでも私は私自身の覚醒の形が欲しい。今のまま闇雲に覚醒の力を振りかざすだけでは進歩出来ない気がするんです」


「ふむ、なるほど…自分の形か」


するとトラヴィス殿はゆっくりと近くの岩場に腰を下ろし、ふむふむと考え込み…一つ、指を立てて口を開く。


「形を作るならまずは下限と上限を見定めるべきだ、君はその覚醒で作れる最低限の物とは何か…分かるかな?」


「最低限の物?大体のものは…」


「それを言語化しろと言っているんだ」


「言語化………難しいな」


最低ってどこが最低なんだ?錬金術で作れる最小限で最低限の物ってなんなんだ?だが確かに言われてみれば私は形を求めるばかりで枠組みは求めていなかった。ふむ…面白い考え方だ。


まずは定義からか、何を持ってして最低限とする?使用魔術の大小?それとも作り出すもののサイズ?…いや、私の概念錬成にサイズはない、なら。


ならば…影響力か…!影響力の大小が私の最低最高の定義になるのか。


「…最低限となると臭いです、私の概念錬成はあらゆる概念を錬成します」


「ほう、概念錬成が使えるのか…という事はアンブロシウスの戦いで見せたあれは概念錬成だね?実物を見たことがない、ぜひ見せてくれ」


「はい、概念錬成『桃香』」


「おお、いい匂いがする…が、匂いだけだ。何かが宙を舞っている様子はない、本当に『匂い』だけが生み出されている…」


そう言って私は手元に『臭い』を生み出す。匂いとは謂わば水分の粒子だ…が、私は鼻が匂いを匂いと認識出来る概念を生み出す事で空間全域に芳しい桃の香りを充満させる事が出来る。概念故に風などでこの匂いは散る事はない…うむ、初めてやったがいい感じだ。


私は桃の香りが好きなんだ、若い女の匂いだから。まぁ私も若い女だが。


「なら最大限は?」


「最大限……」


問題はこっちだ、私の錬成の限界はどこなんだ?何になるんだ?臭いの影響力は少ない…なら最大限は凡ゆる物に影響を与えられる存在だが、それが何なのか私には見当もつかなかった。


「ほう、そこで悩むか」


「私の概念錬成は最も魔術の本質に近い覚醒です、即ち想像し得る限りの全てをある程度成し遂げられると思っています」


「傲慢だな、だが事実だろう。君自身の覚醒と古式錬金術の相性はいい、文字通り何もかもを生み出すだろう。君の師匠フォーマルハウト様の全力は分かるかな?」


「見た事はありませんが話には聞きます。マスターの全力は相手を押しつぶす超大規模物量攻撃にそれぞれ破壊の概念を乗せて圧倒する戦術だと」


思えばマスターは概念錬成を使えるものの、それをサブにしか使っていない。作り出したものに概念を乗せて攻撃を行う、されどその本懐は相手が対処出来ない程の物量を用意しひたすら圧倒し続ける法。


私も物に概念を乗せることはできる、例えばマグナ・カドゥケウス…銃を自律で動かすあれは生み出した銃に自律行動の概念を限定的に付与しているからだ。概念単体よりも質量兵器との組み合わせの方がいいのか…?


「君はフォーマルハウト様のようなことができるか?」


「多少は…しかしマスターの物には到底及びません」


「だろうな…なら君は大量の錬成物での攻撃ではなく、唯一無二の物を生み出した方が良いのかもしれん」


「唯一無二?」


「ああ、万を一にするか一を万と同等にするか。どちらが良いのか、これは魔術界永遠の命題とも言える…と魔術界の蘊蓄を言っても仕方ないか。そうだな…想像し得る中で最も影響力の大きい個…例えば」


するとトラヴィスさんは暫く考え込む、やや俯いて視線だけを小刻みに動かし考え込むんだ。この動作には覚えがある、エリスやデティがよくやる記憶の中から知識を引き出す考え方だ…すると、トラヴィスさんは記憶の中から該当する物を引き出したようで。


こう…言うのだ、よりにもよって。


「そうだな、『神』は錬成出来るか?」


「か、神ですか?いや…どうでしょう、考えた事もないので…」


「そうか、なら試してくれ。神を作ってくれ」


どえらい事言い出したな…、神を作れって?そもそも作れる物なのか?神なんて、と言うか第一神とはなんなんだ?ネレイドあたりに聞いた方がいいだろうか…うーん。


「すみません、存在しない物はいくら錬金術でも作れないかと」


「そうか?神は存在するぞ?」


「トラヴィス殿は…テシュタル教で?」


「ああ待て待て、宗教的な意味合いじゃない。魔術的な意味合いだ」


「魔術的な意味合い?」


「ああそうだとも、魔術的意味合いの『神』とは即ち事象そのものだ、神が事象を生み出すのではなく事象こそが神であり魔術は神の模倣であると言う理論が魔術界には古くから存在していてね、私は信じてはいないが…まぁ所謂拝火的な考え方だろう。天の上に神がいて見ていると言うより神はこの世界に蔓延っているんだ」


「はあ…」


「分かってないか…。まぁ宗教的な意味合いでの神も魔術的な意味の神もどちらも眉唾だが…ふむ、そうだな。ならこう言うのはどうだ?…その魔術的な意味合いでの神を提唱したのは、魔女シリウスだと言ったら」


「へ…?シリウス…?」


「ああそうだ、シリウスが神を定義している。捉え方が変わってこないか?」


確かに…事象が神だと信じている、なんて言われたらそれは捉え方の問題だし眉唾と言えば眉唾だが…それを定義したのがよりにもよってシリウスだと言うのなら話は変わる。


アイツは外道だ、唾棄すべき存在だ。だが同時に思う…奴は恐らく人類史上最高の魔術研究者でもあると。奴がそう言うのなら確実に何か根拠があると思えてくる…と言うか。


「何故シリウスがそれを定義したと言っているのですか?」


「私の蔵書にあるのさ、シリウスに関する文書が」


「な…あり得ない!魔女様は魔女シリウスに関する情報全てを消し去って…」


「本当にそうか?ヴィスペルティリオの大図書館にはあったんだろう?シリウスに関する文献…いや、ナヴァグラハの文献が」


「うっ…確かに」


確かにあったが、あれは魔女様があえて保管していた物…いや待て、エリスが持ってきたあれは魔女様さえ把握していない物だった。なら…まだ何処かにあるというのか。


……いやある!マレウスにもあった!すっかり忘れていたが、あれもシリウスに関する文献だ…そう、あれは。


「『羅睺の遺産』…って聞いたことはあるか?」


「ッ…ヒンメルフェルト様の遺品ですよね」


羅睺の遺産、ネレイド曰く僧侶ヒンメルフェルトがとある遺跡にて確保したと言われている文献。その中身を見たヒンメルフェルト様は『世界がひっくり返る』と言ってその中身を封印し、死ぬまで保管し続けた。


しかしそれはモース達によって盗み出され、クルスの手に渡り、そしてクルスが死に在処が分からなくなってしまった負の遺産。羅睺…つまり羅睺十悪星、シリウスの配下だ。つまりシリウスに関する文献は今もあちこちに点在しているんだ。


「よく知っているね。…君、その中身は見てないな?」


「は、はい…奪われてしまったので…」


「なら私がその中身を教えよう」


「知ってるんですか!?なんで…」


「かつて、ヒンメルフェルト様がご存命の頃…私の元にそれを持ってきたことがあった。中身は機密、誰にも明かさないことを条件にね。まぁ彼が死んだんだ…多少のことはお目溢し願うとして、あれは羅睺十悪星の一角皇天トミテの扱う魔術に関する文献だった」


「トミテ…」


確か羅睺十悪星の中心メンバーで実力的にはカノープス様と互角だったと言われる最悪の皇帝だったか。それが扱う魔術に関する文献?


しかしおかしくないか?何故魔術に関する話を見てヒンメルフェルト様が恐怖する?世界がひっくり返るとは…つまりトミテの魔術は世界を覆す程の…いや待て。今までの話の流れから考えるに…まさか。


「羅睺の遺産、トミテの魔術。それは…『神を使役する魔術』だ」


全てが繋がった、ヒンメルフェルト様が恐怖したのは…つまりそれは『信仰の否定』だったからだ。不可侵の存在である神を定義され、剰え魔術で使役が出来ると書き込まれていたからこそ恐怖した。


だからこそ世界がひっくり返ると言った。それは我々にとっての世界ではない。神を信仰し神によって世界を定義するテシュタル教にとっての世界がひっくり返ってしまうんだ。もしそれが公になればテシュタル教は無意味な存在になってしまう…だって。


魔術で使役が可能な存在を信仰するなんて…そんな物彼らの信じる神のあり方ではないからだ。


「しかし、可能なのですか?神を使役するなんて…」


「先も言ったが神とは即ち火の概念であり水の概念、それを神として定義する。神の概念という大雑把な括りで紐付けし一纏めにすることで火そのものを全てを操る、水と言う存在全てを操るという荒技を行っているのだ。つまりこの魔術の主題は神ではなく全ての事象を操れるという点にあるのだが…神というシリウスの言い方がヒンメルフェルトの琴線に引っかかったようだ、まぁともあれ…そういう意味での神はいる」


「難しい話ですが…まぁ分かりました、私達の思う神ではなく『神』と名称される自然現象の使役ということですね」


つまるところ、シリウスがトミテに与えたのは『神の使役』。ただシリウスの定義する神とは即ち『自然的な現象全て』である。自然現象…即ち火や水だ、例えば火はそれぞれが独立しているだろう。二つランプがあったとしてもそれを灯すそれぞれの火は別個の存在だ。


しかしシリウスは『火』という事象全てを『神』という存在に擬人化し、その神を操る事で全ての火を同時に操る術を作り上げた。この世の火全てが一個人の意思で動かされる…と言えばデタラメ過ぎるが、それを可能にしたのがシリウスとトミテということか。


ふむ…であるならば、シリウスがそれを可能としたのなら私にもそれが出来るのではないか?例えば、何かを神として定義し、それを概念錬成することで効果範囲を無限に広げる事も…。


「神か……」


「おや?何か思う点があるかな?」


「いえ…なんと説明したら良いやら、実は私の体内にはとある錬金機構が二つ埋め込まれています」


私の体内にはニグレドとアルベドが埋め込まれている。それそれが第一工程『破壊』のニグレド、第二工程『創造』のアルベドという名前がついている。それはつまり私の錬金機構は錬金術のそれぞれの工程を再現しているんだ。


破壊し、創造する、そしてその先に『変容』のキトリニタスがある。私は今その変容の段階にいる…ならばその先には何がある?


錬金術の最終工程、即ち第四工程『完成』のルベド。研究者は完成のルベドを作り上げ『神』に匹敵する力を得るのがこのプロジェクトの真髄だと言っていた。


神…ここでも神だ、研究者は具体的に何が神とは定義しなかったが…。


つまりはそういう事なのか?私の錬金術で神を作ることこそが、この力の真髄なのではないか?そんな話をトラヴィス殿にすると…。


「デルセクトではそんな研究を…、恐ろしい技術力だ。しかしそれぞれの工程に特化した機構を作り上げ、それにより究極の錬金術を再現するか…ふむ」


「この力ならば確かに神に迫る、いや…神を作る事も出来るのではないかと思ったのですが」


「断定して思考を狭めるのはよくないが、いいと思う。試してみなさい」


「はい!」


神を作る…雲を掴むような話だが、不思議と出来ないとは思えなかった。寧ろ、見えた気がする…天井へ至る道。


これを極めていけばマスター達の領域へ行ける、そんな気がする。マスター達のいる領域へ通じる道、その光がかすかに見えたなら、後はそちらに向かって進むだけだ。


「………」


(ふむ、見識か…どうやら神の存在を見据えているようだ)


トラヴィスはジッと空を見上げるメルクリウスを見て、彼女が彼女なりの神のあり方を見ていることに気がつく。時折いる、目で、耳で、鼻で、凡ゆる物を見通す才能を持った者が。


哲学者ナヴァグラハはそれを識と呼んだ、きっとメルクリウスはその識の才覚がある、それも特に視覚は際立っているんだろう。彼女は私達には見えないものが見える…ならば、いつか見るはずだ、神を。


「では私は他を見てこよう、魔力覚醒を極めていけばいずれ極・魔力覚醒に辿り着けるだろう」


「はい、ありがとうございました、トラヴィス殿」


ここはもう大丈夫だろう、ならば次に…ん?


「………………」


チラリと横に目を向けると、ガサガサと茂みが揺れた気がする…あれは。


「ふむ……」


まぁいいか、次に行こう。


………………………………………………………


「疲れたぁ〜〜」


「メイド長大丈夫ですか?」


「メイド長お水です」


「ああ、ありがとうアリス、イリス」


魔仙郷の一角、開けた場所で大の字になって寝転がるメグは部下のアリスとイリスに介抱されながら修行に一息つける。タオルで汗を拭きながら水を飲み考える。


まだ、まだまだだと。


(全くダメだ、このままじゃ進歩を得られる気がしない…。どうすればいいんでしょうか…)


メグは他の弟子達と違い、とあるアドバンテージがあると自覚している。それは…セフィラの存在を知るかどうか。


悔しい話ではあるが、帝国で出会ったバシレウスもコクマーも自分よりも遥かに強かった。もう一度やっても勝ち目はまるでないと断言出来るほどに強かった。何より、私はバシレウスを相手に覚醒を使ったのに、覚醒を使わなかったアイツに押し負けて戦闘不能に持って行かれた。…完全なる敗北を味わったんだ。


けど、逆を言えば今自分たちが目指している次のステージを他の弟子達と異なりこの身を以て味わうことが出来たとも言える。上のステージの人間はどれほどの強さで、どんな戦い方をして、何がどう強いのか…それを理解できた。


そうして考えた結果メグが辿り着いた答えが…魔力だ。


(何をするにしても魔力がいる、この先の段階は魔力の量が絶対になる…)


魔術を極められているのは当たり前、殴り合って強いのは当たり前、今自分たちが持っている物、求めている物は全て持っていて当然の段階が次のステージなんだ。


そんな中でも更に重要なのが魔力。防壁にも攻撃にも用いる魔力を増強すれば自ずと覚醒も強化されいいこと尽くし、故に今私は昔陛下より賜った魔力増強法を試しているのですが…これが疲れる。


「アリス、イリス、下がりなさい…私は再びトレーニングに入ります」


「ハッ!では館の方でお夕食を作って待っていますね」


「ええ、では……」


アリスとイリスを時界門の方へ移し…私はトレーニングに移る。魔力増強法…それは。


「はぁぁーーーっっ!!」


一気に魔力を全身から放出!そして…。


「ぐぬぬぬぬ!」


放出した魔力を再び吸い込んで体の中に戻し、体の中に入れた物をまた放出し、また戻しを繰り返す、言ってみれば魔力の深呼吸。これを繰り返すことにより私の体内の魔力量は増加し…。


「それのやり方では魔力増強は見込めないぞ」


「へ?」


ふと、隣を見ると…いつの間にやら切り株に座るトラヴィス様に私の修行が見られていて…って。


「あらお恥ずかしい、いらしていたのですね」


「ああ、それよりさっきのは帝国式の魔力増強術だね?確か二百年前くらいにノウハウが確立された帝国独自のルーティンのはずだが…」


「よくご存知ですね、これは陛下より教えてもらった魔力増強術です。これから先の戦いには更に魔力が必要になると感じたのでこれを行い…」


「だがそのやり方では魔力は増えない、それは初歩的な物…謂わば魔術を覚えたての子供がやる物だ、君…そのやり方を教えもらったのは随分前だろう?」


「………あ」


そう言えばそうだ、これは私が陛下の弟子になりたての頃に教えもらったやり方。私が成長しある程度魔術が使えるようになってからはこの修行法を試すことはなくなっていた。


そうか、これは初歩的な修行だったのか…ではこのやり方ではあまり伸びないのか。


「あの、どうすれば効率よく魔力を増やせますか?」


「一番は肉体的な成長、加齢とも言うが肉体が成長すると言うことは即ち魂も大きくなると言うこと。魂が大きくなれば生成される魔力の量も増えるが…まぁこれは一朝一夕でどうこうなる物ではない」


「他には…」


「同じく肉体面の強化、つまり筋トレだ。とは言えこれで伸びるのは微々たる量だからあまり効果はないな」


「ほ、他には」


「ない、魔力を効果的に増やすには自らが成長するより他ない。つまり魔力だけを増強させる手段というのは存在しない。だからみんな魔力を扱う術の方を学ぶんだ」


「なるほど…」


魔力の量というのはおおよそ生まれついての才能による面が大きい。後はみんなそれぞれが鍛錬を積み、強くなる過程で魂が強化され魔力が増える。魔女様達が膨大な魔力を持っているのはそもそもあの人達自身がそれだけの鍛錬を積んでいるから、魔力だけを伸ばす術は存在しない以上地道にやるしかない…か。


「では私はどうしたらいいのでしょう」


「ふむ、君はどうなりたい?何が理想かな?」


「理想は……」


私は己の拳を見る。思い浮かべるはバシレウスに組み伏せられ窮地に陥ったエリス様…それを助ける為挑んだ結果、逆に返り討ちにあい叩きのめされる自分。


バシレウスと打ち合った結果、砕けた己の拳は…まさしく敗北の象徴。バシレウスと私自身の差を明確に表していた。だから次はあれに負けないようになりたい…ならばどうすればいいか。


「…何者にも打ち負けない、純粋な力が欲しいです」


「そうか、良い答えだ。ならば覚醒をそのように作り変えていけばいい」


「作り…変える?」


「ああそうだ、魔力覚醒とは覚醒した瞬間は原石も同然。研磨し、形成し、始めて輝きを得る。君の仲間のエリス君やラグナ君も似たようなことができるんじゃないのかな?」


「エリス様や…ラグナ様のような」


エリス様のボアネルゲ・デュナミス、ラグナ様の蒼乱之雲鶴、言ってみれば魔力覚醒の強化形態…いや、自らの戦い方に完全に適応させた成長形態とでも呼ぼうか。


あれを私も会得する必要がある、のは分かっているけど…そんなの、どうすれば。


「それは一体、どのようにすれば完成するのでしょうか」


「さぁ、分からない」


「へ?」


「言ったろう?覚醒は自らの手で切り開くしかないと…だがそうだな、道は教えられないが、道の歩き方なら教えられそうだ」


するとトラヴィス様は静かに立ち上がると共に懐から黄金の笛を取り出すなり…それに口をつけ、ピィーッ!と音を立て甲高い音を森中に響き渡らせる…すると。


「む……」


何か来るんだ、木々を掻い潜って何かがドスドスと轟音を鳴らしこちらに向かって飛んでくる。そしてそれは私たちを前に飛び上がり…着地する、巨大な影が。


「これは…」


「マレウスヌマチオオヨロイグマ…正式名称をビッグスケイルベア。協会指定危険度Aランク…を少々超える大物だ」


「ゴロロ……」


そこには全身に銀色の鎧を身に纏った巨大なクマ型の魔獣が現れる、大きい…そこらへんの一軒家くらいあるんじゃないかってくらい大きい、それが私を前に牙を剥き…威嚇している。


「これらを相手に君の最高火力を探求していけ、戦闘の中でより一層君の形を再認識するんだ」


「これを相手に…ん?これ『ら』?」


ふと気になる、トラヴィス様の言い方が。今目の前には魔獣が一匹だけなのに…彼の言葉は複数形。まさかと思い周囲に目を向けると…いる、ビッグスケイルベアが他にも…そいつらが茂みを掻き分け次々と現れ、私はあっという間にぐるりと取り囲まれてしまう。


「ああ、ビッグスケイルベアは本来群れない生き物なのだが、どういうわけか魔仙郷のビッグスケイルベアは群れで行動していてね、軽く百匹近くいる。殺されないよう立ち回れば見えてくる物もあるだろう」


「ちょ、ちょっと多すぎでは」


「過剰な方が良い刺激になる。ついでに増えすぎた、少し減らしておいてくれ」


「えぇ…あーもー!畏まりました!やってやります!魔力覚醒!」


魔力覚醒を行い、実戦形式にて覚醒の新たな形を模索する。まず私がやるべきなのは覚醒を成長させる事…それに伴い強化された覚醒の形を見据える事。ならば数は多いに越したことはない!


まずは一匹!潰す!


「行きます!」


「ごぁぁあああ!!」


一気に跳躍し目の前のビッグスケイルベアに向け飛びかかり、拳を構えると共に…放つ。次元を跳躍する加速を利用した私の一撃!


「メイド奉仕術外伝!『空前』ッ!」


「グァォッッ!!」


叩き込む、光速で襲来する拳の一撃を、それと同時にビッグスケイルベアも私に向け拳を放ち、衝突する…二つの拳が。しかし…。


「ぐっ!硬い!?」


「ここのビッグスケイルベアは鎧が異常に硬化している。生半可な攻撃では崩れん、攻撃力は大したことないが防御力だけなら随一だ、覚醒の相手も務まるはずだ」


「拳で打っても小揺るぎもしない…これはまるで…」


「闇雲に突っ込むな!物事を一面的に捉えず多角的に見ろ!お前が今まで築き上げてきた物はそれだけか!」


「ッッ…!」


トラヴィス様の激励が飛ぶ、私が築き上げてきた物はこれだけか?いや違うさ、違うに決まってる。私は今まで陛下との修行を山程に積み重ねてきた、それらがあるから私は今こうして戦えているんだ…!


なら…この一面に捉われず、私と言う全てを多角的に見るんだ。


「掛け合わせろ、自分が持っている物全てを。記憶も、経験も、知識も、直感も、全てを掛け合わせるんだ!それが良い物であれ悪い物であれ、全てだ!プライドも矜持もかなぐり捨てろ!」


「ッ畏まりました!」


記憶、経験、それが良い物であれ悪い物であれ…か。悪い経験からも学ぶことは多い、例えばそうだ。この拳と拳を突き合わせ弾かれる感覚…覚えがある。


重なる、目前の熊が…あの日帝国で見たあの男に…バシレウスに。バシレウスに比べれば威圧も何もないも同然だが、あの防御力の高さはバシレウスにも匹敵するかもしれない。なら…これを相手に戦い続ければ。


いつか必ず、奴の防御を抜ける攻撃法を編み出せるかもしれない!


「行きます!かかってきなさい!全員纏めてクマクマにしてあげましょう!」


「ごがぁぁあああああ!!」


私にはもう負けは許されない、戦って戦って戦い尽くす我が生涯において…あんな屈辱はもうごめんだ。私は生きる為に、生かす為に戦うんだ。だから…私は…!



「こちらはこれで良いか」


トラヴィスは静かに呟き目を伏せる。ビッグスケイルベアとの死闘を繰り広げるメグを前に…踵を返し次に向かう。魔女の弟子達には才能がある、恐らくは私を超える才能が。


ならば好きにさせた方が後々の為になる。故にここは彼女の在り方に任せてみようと思う。


それに他にも魔女の弟子はいるんだ、そちらの指導にも行かなくては…ん?


「……またか」


すぐ近くの草むらが揺れ、何かが逃げていく。さっきから私の後をつけまわして…何を企んでいるんだ?まぁ、なんでもいいか。


……………………………………………………


「フッ!ハッ!」


「素晴らしいですなぁネレイド殿」


「ありが…とうっ!」


「おおっと…」


一方ネレイドは他の弟子達とは異なり、一人ではなくアンブロシウスと共に組み手を続けていた。それもただの組み手ではなく…防壁を使った組み手だ。


ここに来た日に行った防壁耐久訓練にて、私はモースの真似をして失態を演じた。モースはモースの防壁運用法をマスターしていた、それをただ真似するだけでは私の身には合わない。だがモースと私は戦闘方法も体格もタイプも似通っているのは確か。


故に、今はモースの真似を私の防壁術に昇華させる為の訓練を行っているのだ。


「フンッ!」


「いい調子ですぞ〜」


まず防壁を作る、そして防壁を変形させ拳を作り目の前にいるアンブロシウスさんにぶつける、アンブロシウスさんもそれを防壁で防ぎ、同じように防壁の拳で殴り返す、それを私も防壁で防ぐ。両者共にその場から動くのはダメ、足を止め、手足を動かさず防壁だけで殴り合うんだ。


ラグナは拳で防壁で押し出す技を使う。私も拳型の防壁を飛ばす技を持つ。この修行はそれを更に進化させる為の修行だ、防壁をそのまま操り第三の腕として運用する為の…そんな特訓。


これが難しいんだ、防壁を魔力で射出するのは簡単だ。言ってみれば防壁を弾倉に詰めて火薬でぶっ飛ばすようなものだから。だがこれはそうではなく、防壁そのものを変形させ動かさなくてはならない。勝手がまるで違うから神経を使う…。


「やはり防壁の硬度ではネレイド殿が頭一つ飛び抜けていますなぁ」


「そうなの?」


ふと、アンブロシウスさんが腕を組みながら防壁を変形させ…そう呟く。


「ええ、現状防壁を操る能力で言えばエリス殿が一番です…が、純粋な防御力の高さで言えば貴方に勝る人間は弟子どころか世界中見渡してもそうはいない」


「そうなんだ…でもいいの?極・魔力覚醒の為の修行をしなくて」


「それは───」


「その為の修行が、防壁の鍛錬なのだ


「え?」


極・魔力覚醒の為の特別な訓練をするわけでもない現状に、私は疑問を呈する。しかしその疑問に答えたのはアンブロシウスさんではなく…。


「トラヴィスさん?」


トラヴィスさんだ、彼が木々の奥から杖をついて現れ、私を見るなり軽く手を上げあいさつしてくれる。だから私も軽く手を上げ挨拶を返す…それにしても防壁を鍛えるのが極・魔力覚醒に繋がるって…。


「極・魔力覚醒は魔力で肉体の殻を破ると形容されることがある。これは多様な意味を持つが言ってみれば極・魔力覚醒とは体外に溢れ出た魔力を完全に掌握している段階であるとも言える。魂が肥大化し肉体の殻を破り外部に露出しても支配権を失わず制御し続ける…これは体外に防壁を張る感覚によく似ているんだ、つまり防壁の扱いが第三段階に深く繋がっている」


「だから。私達に魔力防壁の扱いを教えたんだよね」


「そう、だが君はそこに追加で防壁運用の矯正という意味合いも入っている。まぁこれはすぐに終わるが…何事も正しい手順で正しい知識を得てこそだ」


「なるほど」


私の防壁運用は独学による物が大きい、というより防壁運用においてモースと言う存在を半端に模倣しすぎた。だから強化とは別に矯正を行い、私本来の防壁の扱いを覚える必要があるのか。


情けない話だ、猛省しつつ励まないと。


「君の師匠リゲル殿からは直接お言葉を頂いているよ」


「え?」


「君達を任せる…という連絡が私に来た時に、魔女様それぞれから弟子の課題を聞かされていたんだ。リゲル様曰く『自分は防壁の扱いをネレイドに教えられる程理解しているわけではない、なので貴方の方から教えてあげてください』とね」


「お母さん…」


お母さんは防壁を使えないわけではない、寧ろ非常に強力な特殊防壁『夢幻防壁』の使い手だ…けれど、同時にあまりにも特異過ぎるが故に私に防壁を教える時も凄く難儀していた。それ故に私は母を困らせるまいと独学に励んだのだが…そこが裏目に出た。


故にお母さんは頼んだ。より防壁の知識に長けたトラヴィスさんに。


「そう頼まれているからこそ、君の防壁に注視していたが…どうだろうネレイド君。君さえ良ければだが極・魔力覚醒習得の他にもう一つ修行を追加してみないか?」


「修行…?なんの?」


「特殊防壁の習得だ」


特殊防壁…って、あれだよね。防壁術を極め抜いた人達が扱う文字通り特殊な防壁のこと。通常防壁は誰が使っても『防壁』としか呼称されない、しかし極め抜いた者の使う防壁は通常の物とは明らかに違う挙動をする場合が多い、その為そう言った防壁には固有の名称がつく場合が多く、固有の名称を持つ物を通常の防壁とは分けて特殊防壁として扱われるのだと聞いたことがある。


例えばエリス、彼女の使う『流障壁』もまた特殊防壁の一端だ。通常の物とは異なり常に回転を続けることで攻撃を逸らしダメージを限りなく軽減する防壁で、これもまた特殊防壁に部類される。普通の防壁を張れない代わりに特殊防壁を会得してしまうあたり…エリスっぽいというかなんというか。


他にもエクスヴォートさんの糸状の防壁を張り巡らせる網目防壁。レグルス様の現代魔術完全無効化防壁、シリウスに洗脳されている時は使えなかったけどお母さんの夢幻防壁も特殊防壁だ。


即ち、特殊防壁とはこの世の限られた強者たちだけに許された特権であり技能。それを会得できるのであれば…私はもっと強くなれる。


「やりたい」


「二つ返事だな、よし。ならばそれも修行に加えよう…そうだな、私が考えるに君の防壁は通常の防壁よりもずっと硬い、硬度単体で見れば世界有数だ。なら…こんな使い方も出来るんじゃないかな?」


そう言ってトラヴィスさんは私に防壁の扱い方を教えてくれる、それはただ防ぐだけではない防壁…私の防壁の性質を活かした新たな状態。


一つ一つ説明を受け、私は…鳥肌が立つ。


(これ、強過ぎるんじゃないかな……)


トラヴィスさんの提唱する新たな防壁は私自身の特性を最大限に活かした物だった。私が元来武器としている要素で私が苦手とする分野を覆い、『八人の魔女の弟子』の中での私の立ち位置をより一層明確にする物だった。


そしてその性能、今の段階では文字通り絵空事だが実現すれば…おそらく私は数段強くなれる。これを使えば多分モースやチタニアにも苦戦することなく勝てるようになる。


「───と言った感じだが、どうかな?」


「出来るの…?」


「魔力に不可能はない、君が強く望めば君の魂は答えてくれる」


「……………」


「みんながみんなってわけじゃないが、第三段階にいる人間はその殆どが特殊防壁を会得している。それは特殊防壁を会得出来るだけの技量があれば…道が開けるから、という意味合いでもある…これはそのまま君の段階向上の修行にも繋がる。当然簡単じゃないが…」


「やる…やるよ、トラヴィスさん」


「よく言った、よし…アンブロシウス!」


「畏まりました、ではここからの修行プランは私が練りましょう。ネレイド殿?参りますぞ」


「うん!」


道が開けた、私の新たな段階の戦い方。私の持つ全ての技が強化され、私自身が進化する。極・魔力覚醒は直ぐには会得出来ないだろう、けど新たな防壁の扱い方をマスターすれば確実に強くなれる。


やろう、強くなろう。


「フッ……」


そしてトラヴィスは…修行を開始したネレイドとアンブロシウスを眺めてここももう安心であることを悟る。道は示した、そうすれば後は彼女の足で歩いていくだろう。


それだけの実力がある子だ。きっと私が示した防壁の運用法を…若かりし頃の私が会得しようと考案した無敵の防壁をモノする筈だ。


今の私の防壁…超絶した厚さを持つこの防壁は、私が夢見た無敵の防壁を作り上げようとした名残だ。これさえ出来れば私に敵はいなくなると信じていたが…無理だった。私の防壁では決定的に硬度が足りない、故に硬くしよく硬くしようと突き詰めた結果それでも届かない事が分かり諦めた。


だがネレイドなら、絶対に修得できる。私の考察通りに修得できれば立ってるだけで敵が死ぬ。そしてそれは彼女にとって必要になる力で……。


「……………」


視線を動かさず、すぐ横の茂みに意識を集中させる。と…やはり居る、さっきからずっと私をつけまわしている者が一人いる。別に指摘するつもりはないが…何がしたいのやら。


……次に向かうか。


………………………………………………


そうして私が次に向かったのはラグナ君の修行場だ、彼は森の奥にある滝地にて一人で修行に励んでいた。私はここに来るまでに様々な弟子たちの修行を見てきた、みんな才気に溢れ大成する未来しか見えないくらい、良い修行をしていたと言える。


だが…私はここでも痛感させられる、やはりラグナ君は別格だと。


「……素晴らしい、言うことがない…」


「……………………」


ラグナ君は一人で滝に打たれ禅を組み精神統一していた。これは一種の鍛錬だ、が…その鍛錬には一縷の無駄もなかった、少なくとも私が指摘出来ることは何もない。


そこで痛感する、ラグナ君は天才だが他のみんなも天才だ、なのに何故彼だけが別格の強さを持ちみんなからリーダーと呼ばれるのか…それは彼は『正解』を導く天才だからだ。


数多ある選択肢の中から確実に正解を導ける天才、一を聞いて十を学べるのは彼が雑多な情報の中から必要なものを抜き取る事に長けているから、それは凡ゆる場面で力を発揮し必要な事柄だけを拾い…正解を導ける。


彼の歩む道は正しいからこそ、皆ついて行きたがる。そんな才能がここでも発揮されているんだ。


「……トラヴィスさんですか?」


「ああ、すまない。修行の邪魔をした」


「いやいいです、一区切りにしようと思ったので」


そう言うとラグナ君は立ち上がり滝を払いのけ肩をゴキゴキと鳴らしながらこちらにやってくる。どうやら滝行は一旦やめにするようだ。まぁあんまりやると体冷やすからな…普通に。


「俺の修行見にきてくれたんですよね、俺の修行…なんか悪いところありますか?」


「ない、完璧だ」


「はは、そりゃよかった…」


無いのだ、指摘する部分など。ラグナ君が違うことをしていれば私は滝行を勧めただろう、いや…正確に言うなれば滝行そのものではなく。


「…これ以上俺の肉体は鍛えても強くならない。チクシュルーブで俺死ぬほど鍛えたんですけど昔ほど力が伸びなかった、それは多分俺の肉体面での強化幅が限界点に達してるからだと思うんです」


「かもしれないな、少なくとも筋力トレーニングではここから先には行けんだろう。だから…」


「はい、滝に打たれながら…魔力遍在を意識していました」


そう、彼は滝の冷たい水に打たれながらも集中力を切らさず…肉体全てに魔力を行き渡らせる修行をしていたんだ。全身を魔力で満たし続ければそれは擬似的に魔力覚醒と同じ状態になる、更にそれを極めれば常時覚醒を維持したまま生活することもできる。


つまり魔力遍在を高めれば彼の肉体はより一層強化されるんだ。魔女様達の常軌を逸した戦闘能力は究極と言えるまで魔力遍在を極めたからの物。魔法の中で最も極めるのが難しいと言われる魔力遍在を極めたから、強いのだ。


そしてラグナ君は筋力トレーニングをやめ、次のステージとして肉体に魔力を行き渡らせる段階を目指し始めた。濃度を高め続ければ彼の身体能力は青天井に伸びるだろう。


「滝に打たれながら昔師範に言われたことを思い出したんだ。俺の理想は『熱拳一発』のような魔力が浸透した状態を肉体全域でやれる事。それが可能になれば俺の一挙手一投足や通常攻撃が熱拳一発と同レベルにまで高められるってさ…」


「ああ、だろうな。君の体はもう完璧に仕上げられている、謂わば器が完成したに等しい、後は中身を入れるだけだ」


「よかった、少なくとも間違ってはなかったみたいだ…あ、そうだ。俺今から魔力覚醒で体ちょっと動かすんで、見てもらえますか?」


「武術は門外漢だが、見よう」


すると彼は魔力覚醒へと一瞬で移行する。素早しい、全く力みなく覚醒を行った…魔力の波も最低限だ、こうして見ていてもちょっと引いてしまうレベルで彼は凄まじい。一人の戦士としてあまりに完成され過ぎている。


…これが成長したら、一体どこまで行くんだ。…どこまで、ふむ……。


「よっ!はっ!ふっ!」


「…………」


覚醒を行い軽く体を動かし型を見せるラグナ君、だが私は武術については何も分からない、なんとなく動きが綺麗だなぁくらいとしか思えないが…強いて言うなれば覚醒が安定してきている。完全にこれが安定化した上で更にもう一度覚醒を行う感覚を掴めば後は第三段階に……ん?


(なんだこれは…)


「ん?どうしました?トラヴィスさん」


「…………」


怪訝な顔をする私を見て、ラグナ君が動きを止めるが…私からすればそれどころじゃ無いんだ。だって今ラグナ君は成長し、第三段階を目前にしている筈なのに…。


(おかしい、彼が向かっている方向が第三段階とはまるで違う…別の物に進化しようとしているだと…!?)


「あ、あの…トラヴィスさん?」


魔力覚醒の次の段階は極・魔力覚醒であり、それ以外の進化はない。あったとしてもそれは進化ではなく変化だ…と言うのが通説であり、それ以外の派生先は今現在確認されていない。


だが……ある、私の中には…現行の魔術学会にはない知識、そこから導き出される…もう一つの可能性。


まさか…まさか彼がそうなのか?


「英雄の…卵」


「へ?」


「ラグナ君、君…魔女様からそう呼ばれたことはないか?」


「英雄の卵ですか?いやぁまぁ…偶に?」


(やはり…そうなのか)


と言うことはやはりあの文献は正しかったのか。なんてことだ、先ほどメルクリウス君に語ったヒンメルフェルトの言葉をまさかこんなにも早く私が実体験するなんて。


そうだ、世界がひっくり返る。私達魔術師の常識という世界がひっくり返る。なんせ証明されてしまったんだ。


ラグナ君が今向かおうとしているのは極・魔力覚醒ではない。だがそれは彼が道から外れたのではない…全人類、今まで存在した全ての魔力覚醒者、私も魔女様もシリウスも含め…全員が間違えていたのだ。


『彼』が記した文献から考えるに…恐らく、ラグナ君は史上二人目の『英雄』なんだ。


「その、英雄の卵ってなんなんすかね」


「…なんだと?」


「え?いやなんでキレ気味。いやいや俺こう言っちゃなんですけど…卵って言われるような感じでもないですよ、だって一回世界救ってるんですよ?復活しそうなシリウスを追っ払って。あんまり好きな言い方じゃないけど…俺もう十分英雄では…」


「違う、英雄という言葉は君の考える英雄とは違う。特別な資格を持った者を『英雄』と呼称する…そう、魔術を扱う女を魔女とは呼ばないようにな。つまり…『英雄』は『魔女』と同じ特別な呼称だ」


「へ?…じゃあ英雄って一体」


「……私の蔵書にあるとある書本に記されていた話だ。これがどこまで正しいかは分からないが、著者はこう語っていた」


私は近くの岩場に座り…息を整える。まさかこれを前にするとは思っていなかった。本物の英雄を目にする日が来るとは思わなかった、いやそもそも言っていいのか?魔女様はラグナ君に英雄の話をしていないのに…いや、いうべきか。


彼は今、『英雄』になるか『それ以外』になるかの分岐点にいる。今必要なのは自覚だ。


「君は、臨界魔力覚醒を知っているか?」


「え?はい、魔女様が使う覚醒ですよね」


「そうだ、その条件は?」


「条件?…あれですよね、世界からの問いに答えるとかなんとか」


「そう、魔道の極地を何と見る…つまり魔力を扱う魔道、その果てはなんであるかの答えを出すことが臨界魔力覚醒へと至る為の条件だ」


他にも古式魔術を使い続け魂の中に世界を築き上げるという条件もあるがそれは既にクリアされているからいう必要はない。


魔道の極致、その答えを出すことが臨界魔力覚醒の条件。この答えは適当ではダメだ、歩み続け戦い続け掴み取った答えでなくては世界は道を開けない。答えが必要なんだ…だが、あの文献を記した彼はこうも語った。


「その答えを、何とするか…。魔女様はみんな答えを持っている、シリウスも持っている、羅睺十悪星も持っている」


「臨界魔力覚醒を使えるってことはそういうことですよね…ってか羅睺まで知ってるって、トラヴィスさんはどこまで知ってるんですか…」


「話を逸らすな、ここからが本題だ。…皆答えを持っているが、皆答えが違う。それは人によって歩む道が違うから得る答えが違うのだ…だがそれでも、得た答えなら世界は道を開ける…だが、こうは思わないか?」


「何がですか?」


「『問いを投げかける世界が望む本当の答えはなんなのか』…と、つまり問いである以上あるんだよ、正答が」


「……………」


私は臨界魔力覚醒が出来ないから『世界の問い』がどういう意味かは分からない、だが言葉の通り取るなら今我々がいるこの世界が問いを投げかけてきているということだ。


ならば、世界は聞いているんだ…魔道の極致とはなんなのか。つまり世界は既に魔道の極致とはなんなのかの答えを知っている、持っている。それが必死に掴んだ答えなら例え世界が持つ答えとは違っても世界は道を開ける。


道を開ける、道を開けてくれるから臨界魔力覚醒によってその場に異世界を展開出来る。だがこれは逆説的に『世界からそっぽを向かれ一時的に拒絶されている状態にある』んだ、と…著者は語った。


だがもし…もしだ、その世界の持つ答えと、寸分違わぬ答えを導く事が出来たなら…世界はきっと道を開けない、拒絶しない。そうなったら発生するのは臨界魔力覚醒とはまた別の覚醒なのではないか?


「世界が望む答え導き出したその時、つまり…魔女もシリウスも誰も導き出すことが出来なかった真なる答えを提示することが出来た時。目覚めるのは臨界魔力覚醒ではない、真の覚醒が目を覚ますんだ」


「…なんか妙に信じがたい話ですね」


「かもな、だがあり得る話だ。つまり私達は全員魔力覚醒の次の段階を勝手に極・魔力覚醒だと思っているだけで、本当は別の進化があって、それが本来の正当進化系なのではないか。真なる答えを持つ者が歩む道こそが真なる覚醒へと至る道なのではないか、そして真なる答えを持つ者こそを…」


「『英雄』…ですか」


著者はこう語った。人類は常に真理を探究するものである、されど数千年続けど人類は答えを出すことは出来なかった。人類は与えられた命題を放置するより他なかった。


だが、もし本当の答えを出し、人類に与えられた命題をクリアする者が現れたなら…それはつまり英雄だ。人類の存在意義を証明し、今まで漠然と続いてきた八千年に意味をもたらす『英雄』なのだ。


それが…史上二人目の真なる答えを持つ可能性がある者、ラグナ・アルクカースなのではないか。


(思えば彼の正解を導き出す才覚は、その一端か…。このまま彼が歩み続ければ世界が望む正答を導き出せるかもしれないんだ)


「んー…つっても俺、その真なる答えとか見当もつかないっすよ」


「そう言われてもよく分からん、私もこれは受け売りだ。蔵書にある本のな」


「ふーん…じゃあその真なる魔力覚醒を得た者はどうなるんですか?」


「そりゃあなるんだろう、最強に」


「漠然としてんなー…」


「ふむ、そうだな。その文献にはこうも記されていたぞ?」


私はピッと指を立て、魔術を行使すると共に足元に小さな石の板をずらりと並べる。つまるこれは…。


「なんですかそれ」


「ドミノだ、知ってるだろ?」


「そりゃ知ってますけど、何故今ドミノ」


「文献にはこう書かれていた、『真なる覚醒を得た者はドミノを倒す力を得る』と」


「くっだらねぇ〜…それのどこが最強なんですか」


「時にラグナ君、葉は何故揺れる?」


「へ?」


上を見る、そこには木々の葉が揺れている。ガサガサと音を立てて揺れている。それを見た私とラグナ君は一時の沈黙を保った後。


「風で揺れてるんじゃないでしょうか」


「そうだな、じゃあこの一番向こうにあるドミノは『葉』だ」


「はあ…」


列の一番向こうにあるドミノを指差し『葉』であると定義する。


「なら次に聞くが、葉を揺らす風は何故起こる?」


「え?えっと…あれでしたっけ、うーん…温度がどうのって」


「熱され膨張した低い気圧と冷まされ縮んだ高い気圧がふれ合い、空気が流れることで風が生まれるんだ。つまり…温度であっている、なら『葉』の次は『風』、『風』の次は『温度』にする」


葉の後ろにあるドミノは風、風の後ろにあるのは温度。そう言いながら私は列を指差しと…ラグナ君は頭をガリガリと掻いて。


「つまり何が言いたいんですか?ドミノを倒す力の何が強いんですか」


「…温度は何故生まれる」


「はぁ…太陽じゃないですか?」


「そうだ、なら『温度』の次は『太陽』だ」


そして私は温度の後ろのドミノを太陽と定義し───。


「あの!いい加減答えてくれません!?」


「ラグナ君、葉を揺らす風を生む温度を作る太陽は何よって生まれた?」


「はぁ!?そこまで遡ると分かりませんよ!?」


「太陽を生んだ存在は何によって生まれた?それを生んだ存在を生んだのはなんだ?更に遡れば更にそれを生んだ存在があり、更にそれを生む存在がこの世にはある」


「そ、そうかもしれませんけど…」


「ならそうやって遡って遡って遡り続けたら何がある?」


太陽から更に後ろを指差し、更に後ろを指差し、更に後ろを更に後ろを更に後ろを、続けていく。何かを動かす存在は常に存在し続ける、それを遡り続けることは出来る。


ならそれを、可能な限り遡り続けたら…何がある?


「一番後ろのドミノ……いや、それらを倒す…」


「指だ」


ラグナ君は立てた自分の指を眺め顔色を変える。そうだ、葉を揺らす風を生む温度を作る太陽を生んだ存在を生んだ存在を生んだ存在を生んだ存在を生んだ存在を生んだ存在、そうやってドミノのように続く列の最奥にあるのは…『意志を持ってそれを動かす指』がある。


「反転して聞く、一番向こうの葉が倒れた時、後ろに立てた風は倒れるか?」

 

「…倒れません」


「そう、背後にある生んだ存在には、生まれた存在は干渉できない。これは絶対不文律の掟だ。ならここにある全てのドミノが倒れた時…指は影響を受けるか?」


「…絶対に受けません」


「そうだ、つまりドミノを倒す力とはそういうこと…。この世の全ての法則、法律、掟に影響を与えながら一切の影響を受けつけない史上最強にして最奥の力。著者はこの力を全ての根源『第一原因』と呼んだ…或いは全てを動かしながら何にも動かされることがない『不動の動者』」と」


「不動の動者…」


つまりこの世において最も強い力は『影響を受けないこと』。彼はそれこそが最強の力であり、つまるところそれが『世界の修正力』であると語った。彼をそれを求め、そして失敗した、だから本を残し、英雄を待った。


「君が目指すべき、そして人類が到達すべき地点とは即ちここなのではないかと私は考える。つまり君が見据えるべき目標は、何にも影響されぬ究極の地点」


「そんなのほとんど神様じゃないですか」


「もしこの世に本当に神がいるなら、真なる神は指なのかもしれない」


「……一体誰なんですか、そんなとんでもない理屈を提唱したのは」


「聞いてもいい気分にはならんぞ」


「いいから聞かせてください、こんな話聞かされても信じるなんて無理で…」


「ナヴァグラハだ、史上最高の哲学者ナヴァグラハ・アカモート…知っているだろう?」


「ッ…ナヴァグラハ!?」


「これはナヴァグラハ・アカモートが確認される限り人類最初の英雄アルデバランを元に提唱した『星因英雄論』だ」


ナヴァグラハ、それは魔女の最大の敵対者であり史上最高の哲学者。今現在当たり前に使われている理論や自然現象の発見を行った最も偉大な智慧者。


私の蔵書には、あるのだ…ナヴァグラハ・アカモートが書き記した『真理探求』の写本が。


「な、なんでそれがあるんですか!そいつの本があるんですか!?」


「ある、とは言え写本であって現物ではないが」


「ダメですよトラヴィスさん!ナヴァグラハはやばい奴なんです!悪人です!そんな奴の理論なんか…」


「だが知恵に善悪はない、知恵とは真実だ。ナヴァグラハがどういう存在かは知っているが、それでも彼がこの世界に知恵をもたらしたのは事実だ」


「そ、そうですけど……」


「まぁそういう訳だ、彼は真実を追求する人間だ。悪辣であることは知っている、だが…嘘はつかん」


「かもしれないっすけど…」


「ともあれ、彼はあくまでこれを考察とした。未だ例のない話だからな。だから君がそうなるとは限らない…だが覚えておくといい。君は君の道を進め、真なる覚醒…これは多少意識するだけでいい」


「うーん…分かりました」


ナヴァグラハの考察は私も眉唾だとは思う、一時期は彼の資料を元に私も色々研究していたことがある。その結果私はナヴァグラハが文献に『敢えて書き込まなかった一点』に気がついた。しかしそれを説明する事も証明する事も出来ないから彼は書かなかった。


もし、彼がこの考察通りの道を行くなら…いやあり得ないか。そもそも我々の思考を超えた先にある話だ、であるならば余計なことはせずにこのまま見守る方が良いだろう。


「トラヴィスさん、その本…後で見せてもらえませんか?」


「構わんが、今はその修行を続けなさい。地道な修行だ、継続時間が物を言う」


「はい、さっきの話は…まぁ与太話に覚えておきます」


「そうしておくといい」


ラグナ君には指導する必要がない…なら最後は。


「…ふぅ」


私は次の修行場所に向かうフリをしつつ…サッと反転し。


「よいしょ」


突っ込む、不意を突くように近くの茂みに。それは私にずっとついて回って来た存在を捕まえる一手、別にウロチョロ付き回るのは構わないが…そろそろ遊ぶのはやめにして修行に取り掛かってもらわねば困る。


「そこで何をしてるのかな?エリス君」


「へ?エリス?」


ガッ!と茂みの中で掴んだそれを持ち上げると…茂みの中にいたのは、エリス君だ。そんなエリス君の姿を見てラグナ君は目を丸くし…エリス君は申し訳なさそうに人差し指をツンツンしている。


「あ…あの、その…」


「君、ずっとついて来ていたね?私に」


「ば、バレてましたか…はい、すみません」


彼女は私について来ていた、メルクリウス君の所からここまでずっとコソコソとついて回っていた、それがエリス君であると気がついていたからこそ今まで放置していたが…彼女には修行を言い付けてあった、なのにこんなところで遊んでいたと言うのなら流石に怒らざるを得ないのだが…。


「何をしていた?」


「えっと…それが、エリスみんなみたいに自分が何をしたらいいか決められなくて。トラヴィスさんとみんなの修行見たら何か思い浮かぶかと思って…でも何も思いつかず」


「なるほど、なら最初から私に聞きにくれば良いだろう。コソコソと見て回るような真似をしていた時間で、どれだけの鍛錬が出来た?」


「すみません…」!


「まぁ良いだろう、よし。では私が修行を見る、エリス君…ラグナ君の邪魔にならないよう向こうに行こう」


「はい、ラグナごめんなさい」

 

「い、いやいいけど…」


手を振ってラグナ君に別れを告げるエリス君を持ったまま歩く。しかしまさか今の話…聞いてないよな。


ラグナ君の話…言ってみればあれはラグナ君が選ばれし者であると言う証明、つまり普通の人間とは違うという話だ。魔女の弟子は互いをライバル視している、それがある意味向上心に繋がっているんだが…。


一応聞かれないように小声で話してはいたが…もし、エリス君が今の話を聞いていたなら、向上心に陰りが出ないだろうか。だってどれだけやってもラグナ君を超えられないかもしれないのに…。


「エリス君、やる気はあるか?」


「え?あります。いやまぁ修行はしてなかったんですが…」


聞いてなかったのか…?聞こえていなかったか…。まぁ良いならそれでいい、それより彼女にも修行をつけよう。どれだけ言ってもエリス君にも才能があるのに変わりはないはないからね。


…………………………………


「見ててください!トラヴィスさん!」


「ああ」


そうしてエリスはトラヴィスさんとの修行を開始する。みんなが修行を開始する中エリスは修行をせず…トラヴィスさんをつけまわしていた訳だが、別に修行したくないわけではないのだ。


だが、エリスがしたい修行は…エリス一人ではどうやってもやりようがない。だから方法を教えて欲しかった、だからこそこの人の助けを求めたのだ…さて。


「行きます!」


エリスは目の前に手を向けて、全身の魔力を集中させる。イメージは全身を満たす水を腕の先に流すような感覚…それを魔力で行う。手の先に穴を作り、そこから水を出すように…魔力を吐き出す!


「行けェーッ!魔力波ーーーーーッッ!!」


「…………」


手の先から魔力が迸る…というほどではないか。ブフッ!と下手に出したおならみたいな魔力が手の先から吐き出される。うん、ダメだ。


「トラヴィスさん」


「今のはなんだ、宴会芸か?」


「エリス、魔法を使いたいです」


エリスがやりたい修行は魔法の修行だ。師匠にはああ言われたがエリスは魔法の修行をしたい、手から魔力の波動を出してボカーン!魔力の分身出してズガーン!…そんな風なことをしたい。


防壁の修行をすれば魔法全般を極められるとトラヴィスさんは言っていた。確かにエリスの魔法の腕は向上した、けど…魔力波動はこの通り、これならやらない方がマシなレベルだ。これを実践レベルまで持っていきたい。


だから、魔法の達人であるトラヴィスさんの意見を聞きたいのだが…。


「必要ないだろ…」


「えぇ!?」


言われてしまう、師匠と同じことを。いやなんで!なんでです!?


「なんでですか!見てましたよ!ネレイドさんには強そうな特殊防壁教えてましたよね!」


「彼女には必要だったからだ」


「メグさんにもコツ教えてた!」


「必要としていたからだ」


「エリスもしてます!必要と!」


「君には必要ないだろ」


「なんで!?」


別にないものねだりしてるつもりはない。本当に必要なんだ…。


というのもエリス、今物凄い力不足を感じてます。今の手札だけではいざって時に打てる手がなくなってしまう可能性がある。だからこそ手札を増やしたい、新しい技を増やしたい。エリスはそうやって強くなって来たんだ。


一番最初に極限集中を編み出し、その次に跳躍詠唱を得て、そして跳躍詠唱を用いた合体魔術を手に入れて、魔力覚醒を手に入れて、超極限集中を手に入れて、ボアネルゲ・デュナミスを会得して…エリスは強くなる都度戦い方を増やして来た。だが旅を始めてからエリスは明確にこれ!と言える物を手に入れていない。


エアリエルの真似をしてみた、他の人の真似をしてみた、けど…こう。来ないんだ、いつもみたいにピリッと来る感覚が。それはきっとエリスが戦う人みんながみんな魔法を修めているからだと考えた。


みんな魔法を使うのに、エリスだけ言うほど良い魔法を使えていない。ならエリスも使えるようにする、そうすればきっと新たな道を切り開けるはずだ。


だから…!


「お願いします!」


「と言われてもな、必要ない物を教える意味もないが…、それともレグルス様は君にそんな課題を課したのか?」


「師匠にも同じ事を言われました…必要ないって」


「だろう?君は防壁が使えればいいんだ」


「なんでですか!?」


「なんでって…どう考えても明白だろう。君…詠唱なし魔術が使えるじゃないか」


「え?いや…まぁ、そうですけど…」


「魔法の利点は詠唱を必要としない点、詠唱なしで魔術が使えるならそっちの方がいいに決まってる。なのに態々利点のない魔力攻撃を会得してどうなる?」


「いや…いや…う」


「あれは特殊詠唱だろう?おまけに特殊防壁まで会得して、君の持つ技を世間の人間がどれだけ欲しているか考えてみたまえ。詠唱なしで魔術…これがどれだけ凄まじいことか」


「……うぅ」


ぐーの音も出ない…完全なる論破。確かに言われてみればその通りだ、当たり前のことすぎて忘れていたが魔法の利点は詠唱なしで魔力攻撃が行える事、威力で言えば古式魔術の方が全然強力なんだ。なら会得の必要はないと言う師匠の言葉は至極真っ当。


「君は魔術と防壁を伸ばす方向で行きなさい。不服かもしれないがそれが一番効率が良い。何より君の師匠がそう言っているなら弟子はそれに従いなさい」


「う〜〜!!でもエリスも使いたいです魔法!みんな使ってるのにー!」


「我儘を言わないでくれ、魔法の修行をしても君には遊びにしかならない。どうしても使いたいなら魔法を会得したみんなから教えてもらいなさい」


「いやですー!エリスはこれからの戦いに魔法を使う必要があるんです!戦いの手札を増やしたいんです!でないと…強くなれない」


「え?なんだって?戦いの手札を増やす?君はそうやって強くなってるのか?」


「はい!」


「…………君は不思議な奴だな…」


呆れられた…なんか呆れられたよエリス!そんな呆れられるようなこと言ったかな…変じゃないよな。だって出来る事が多にい越したことはないよ…なのになんでそんな酷い事言うかな!この人は!


「おかしい事じゃないでしょう!武器は多いに越したことはないですし」


「いや、おかしい。君は今まで戦って来た人間はそうだったのか?」


「え?」


「全く別の魔術を複数操る人間がいたか?二つ以上の属性を得意とする人間がいたか?君のように複数の戦法を持つ人間がいたか?君の仲間は、敵は、そうやって戦っているか?」


「……………」


いや、違うな。みんな一つの武器を極めてる…例えばヘット。磁力魔術一つを極め凡ゆる弱点を潰している、シンも雷招魔術は使ってもエリスのように風は使わない。ラグナも付与魔術をメインに色々な戦い方を模索してるが戦術は一貫してる、メグさんも多数の魔装を使うが魔装を使うと言う点で一貫してる。


エリスだけか?いろんな手札を増やそうとしてるの。属性も色々使っていろんな戦法を模索してるの。


「確かに手札を増やすのは良いことだ。出来る事は多いに越したことは無いのは確かだ。だがそれは飽くまで戦術の幅を増やしているだけで強くなっているわけではない」


「なら…どうすれば?」


「師匠は君に何を教えた」


「属性魔術と…それを用いた戦い方」


「ならメインはそれだけだ、横見をする必要はない、それともそれだけじゃ戦えないか?」


「そんな事はありません!」


「だろう?だから君がこれから入るフェーズは手札を増やすのではなく」


ギュッ!とトラヴィスさんは拳を握る、まるで…散らかった何かを統合するように…。


「今まで増やした手札全てを合わせ、一つの武器を作る段階だ。君が得た全てを一つの技に統合し…それを極めていく。それ一つで弱点全てを消し去り、その強さを直接相手にぶつけられるような戦法を編み出す番だ」


「エリスの全てを……?」


エリスの全て…今まで手に入れて来た戦法全てを統合する…。


(…………………)


考える、今自分にある物を。まず極限集中、跳躍詠唱、合体魔術、魔力覚醒『ゼナ・デュナミス』『超極限集中』『ボアネルゲ・デュナミス』…あと疾風乱舞とか雷電乱舞もそうか、あとはなんかあるかな。


いや戦法っていうなら最近使ってないけど疾風韋駄天の型も入るか、なら一度使っただけの記憶違いも魔風捷疾の型も入る…これらを掛け合わせる。


「……………」


え?どうやって掛け合わせるの?てんでバラバラだけど…うーん、更にここにエリスのやりたい事を合わせると…魔法もちょっと入れてみたいな。


そういえば師匠は魔法を使うならダアトみたいな攻撃に上乗せする方法を────。


「あ………」


来た、ピリッと来た。今…ピリッと来たよ!これ…これ出来たらメチャクチャ強くないか!


「一つ!思いつきました!」


「ほう、どんな物か聞かせてもらえるか?」


「えっとエリスの主戦法の近接をメインにして、それで今までの動きを…ええっと、説明難しいです!」


「そうか、ならいいサンドバッグを用意しよう。試してみなさい」


そう言うなりトラヴィスさんは懐から取り出した小さな笛を吹く…あれは確かメグさんの時に使ったクマを呼ぶ笛…。


「ごぉおあああ!」


「来た!」


「ビックスケイルベアだ。こいつを相手に試してみなさい…君の思いついた新たな戦法を、これならいくらでも試せるだろう」


現れるのは鎧を着込んだ熊、巨大な樹木の如き巨躯と鈍重な威圧…確かにこれなら全力で試せそうだ。


「よし…行きますよ」


「ごぐぁぁああああ!!」


足を開き、腰を落とし、拳を前に。これは今思いついた戦法だ、エリスは付け焼き刃が嫌いだから思いついたばかりの技を戦闘で使うのは避けて来た。


けど、今は違う…今頭の中に浮かんだビジョンを試したい気持ちでいっぱいだ。今まで得た全てを…一つの技に変える。エリスの必殺技『旋風雷響一脚』のように…エリスが今まで歩んできた旅路の中で作り上げた全てをこれに注ぐ。


記憶を湧き上がらせろ、今まで得た全てを重ね合わせろ。そして作れ…エリスにとっての唯一無二!


「これこそ…名付けて────────」


そして…エリスは、ビッグスケイルベアに向けて、『それ』を放ち……。









「嘘だろう…」


トラヴィスは戦慄していた、エリスの考えついた新たな戦法という物を見て、ビッグスケイルベアとの戦いの中で不要な点を指摘するつもりでいた…そう、『いた』んだ。つまり出来なかった。


何故か?エリスの戦い方があまりにも完璧だったから?否…分からなかったからだ。何せ…。


「一撃で……?」


背後に視線を向けると、そこには一撃で吹き飛ばされタイタンアームに衝突し鎧が砕け白目を剥くビッグスケイルベアが倒れていた。あれは魔力覚醒の火力にも耐えられる魔仙郷特有個体だぞ、それを…覚醒も行わず一撃で?


一瞬で戦いが終わってしまったから何も指摘できなかった。いきなりここまでのアンサーを叩き出したエリスにトラヴィスは今戦慄している。


ネレイドの才能は分かる、メルクリウスの才能も分かる、メグの才能も分かる、ラグナの特異性も分かる…だが。


(なんなんだこの子は…)


エリスの才能に関しては、分からない。魔蝕の子だとは聞いていたが…これはそれ以上だぞ、まさかこの子今まで自分の戦法の統合を殆ど行ってこなかったのか?それぞれの戦法で戦い続けたせいでそれらに分散していた経験値が一気に組み合わさって膨大な力を生んだのか?そうとしか考えられない。


だとしたらエリス君は今までどれだけの修羅場を潜って来たんだ…。


「い…い…ぃぎぃ…」


しかし、当のエリス君はと言うと。


「い、痛い…殴った手がグミみたいにぐにゃぐにゃだ…えへへ」


今の一撃を放った拳が完全に砕け二の腕まで骨折が及び完全に再起不能になっている。現状の肉体の許容点を大幅に超過したんだ…それだけの威力を出せてしまったんだ。


なんて事だ…これは才能云々以前の問題。この子は…。


「エリス君、君…確か識確の才能があるとか…」


「え?今?心配とかしてくれない感じ?…えっと、はい…エリス、一度見た物は忘れなくて…」


そうか…彼女は識確の才能がある。忘れないと言うのは一度取り込んだ知識を失わないと言う意味、つまり彼女は他の人間よりも戦闘で得られる経験値が遥かに多いんだ。


今までは多くの戦法を有するが故に分散しつつ、それでもみんなに追いつくだけの経験値を持っていた。それが統合され一つになったからこそ…エリス君本来の強さが出てきた。


なんて事はない、私は見誤った…最も第三段階に近いのは、もしかしたら…。


「あ、あの…すみません、デティ…呼んでください」


「む、待ってろ!すぐにデティ様の元へ連れていく!」


「よ、よろしくお願いします…」


エリス君の戦法はまだ未完成だ、だがこれが完成したら…誰よりも伸び代があると言える。


……なんだか、ワクワクしてきたぞ。魔女の弟子達は一体どこまで行ってしまうんだ…!


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