595.星魔剣と破綻するステュクスの人生設計
「つまり、城内に侵入した女はそこにいるゴミゲロドブカス小鼠の知り合いと?」
「ひ、酷い言われよう…ですけど、そう…みたいです」
「フンッ、まぁ…好きにすればよろしい、だが次からはキチンとした手続きを取るように。でなければ飛ぶからな、そう…お前の首が」
「はい、申し訳ありませんでした」
レナトゥス宰相からのお叱りの言葉を真摯に受け止めて、俺は正座で頭を下げる。いやなんで頭下げなきゃいかんのか分からないがレナトゥスとしても別にどうでもいいのか、あるいは腹の中で何かを考えているのか…分からないが特に追求することなくツカツカと去っていく。
よかった、ともかく何事もなく誤魔化せた…。
「大丈夫でした?ステュクス」
「うん、殺される覚悟してたけどなんともなかった」
ヒョコ…と近くの部屋から顔を出すレギナに促され、俺は立ち上がってその部屋へ…来賓が来た際もてなす為の部屋へと入る。
…さて、何故俺がレナトゥスに怒られていたか…だが、それには深い理由がある。まず俺は何もしてない、何もしてないのだが…面倒ごとの方から俺に突っ込んできやがった。そいつは特にアポとか取ることもなく城外で『ステュクスに会わせろ!』と叫び散らし、最後には我慢の限界を迎え無理矢理突っ込んだのだ。
仮にもよ、仮にもこの国の王城に正面突破しかけてさ、いいわけないじゃん。でもソイツは俺の名前を呼んでここにきた…なら俺が責任を取らなくてはいけない。理不尽だがそう言うもんなのだ。
そして、その面倒ごとさんは今この部屋にいる…そう、それが。
「チュー…このジュース美味いなぁ!おかわり!」
「呑気だなぁ、俺ぁ今お前のせいで怖いおばさんに怒られたってのによ」
「はぇ?」
そこにいるのは旅装を着込んだボロボロの女。真っ赤な髪と真っ赤な瞳はかつて俺が面倒を見ていたリオスとクレーを思わせる炎の赤。違う点があるならこいつの図体、筋骨隆々で俺よりデカい、そのくせして何やら妙に子供っぽい。
そんな奴がいきなり城内に突っ込んできた。ともかくこのままにはしておけないと言う事でレギナにこの部屋に突っ込んでもらっていつのまにかジュースまで振る舞われ、豪勢なソファに座り込み優雅に過ごしている。
…名前はルビー、それ以外のことは何も分からない。そんな奴が俺を訪ねてここにきた。…一体なんだんだこいつは。
「さぁて話しかけてもらうぞこのアマ。あんた一体誰なんだ」
「アタシはルビーだって言ったろ」
「それだけじゃわかんねぇんだよ、何処の誰だテメェ〜!」
「まだ何処の誰でもない、最近地上に出てきたんだ」
「地上…?何?地底人?」
「似たようなもんよ、…アタシはさ、最近自由の身になったんだ。でシャナから冒険者になるように言われてこの街に来た」
「ほーん、シャナってのが誰か聞いても分からなさそうだから置いておくとして。なんで俺の名前を知ってる?しかも俺がここにいるって知ってたし、何よりお前…俺の顔見て一発でステュクスだって言い当てたよな。俺はあんたなんか知らないぜ?」
そう、こいつは俺を見て『あんたがステュクスだな?』と言った。俺の名前どころか顔を知っていた、何故だ?俺はこいつを知らないのに何故こいつは俺を知っている。その疑問を口にするとルビーはニタリと笑いながら膝の上に手を置いて。
「決まってる、あんたの顔がエリスさんにそっくりだったからだ」
その言葉を聞いて俺はガックリと脱力する。こいつ姉貴の案件かよ…。もしかしたら何かしらの刺客かもと警戒した俺がバカみたいじゃんか。
「え?何?姉貴の知り合い?」
「ああ!サイディリアルに行くならステュクスを頼れってさ!あんたエリスさんの弟だろ?顔がそっくりだから直ぐに分かったぜ」
「俺を頼れって…アイツ俺の身の上分かってんのか?宮仕えだぞ俺は」
「みたいだな!けどエリスさんが頼れって言ったってことは、あんたもきっと優しいんだろ?」
「…………」
姉貴は、基本俺以外に対しては無条件に優しい。いや俺に対しては口がキツいだけで優しいところはちゃんと優しい。けどなぁ…こうも色んな人から好かれるあたり、あの人は本当にあっちこっちで色んな人助けてんだなぁ。
で、助けるだけ助けて俺に押し付けるか。いやまぁ別にいいんだけどさ。
「大体のことは分かった、姉貴の言うこと聞くわけじゃないけど俺を頼ってきてくれた人間を無碍には出来ないよ」
「やったー!」
「でも助けるにしても俺はあんたの事を何も知らない、色々教えてくれないか?身の上とか、これから何をしたいかとかさ」
「ああ!分かった!」
そう言ってルビーは今まで自分が何をしていたか、何処で住んでいたかを話してくれた。
…まず、こいつはチクシュルーブの奴が作っていた地下空間に住んでいた孤児だと言う。アイツは借金漬けにした奴を地下に連れて行って強制労働させていた…と言うのは一応俺も知っている。けどこいつもその一員だったんだとか。
「チクシュルーブが…そんなことを…、許せません!」
と、何も知らないレギナは一人で怒っているが。問題はそこじゃない、チクシュルーブが既に死んでいることはレナトゥスから聞かされていた、そして今地下にいたはずのルビーが地上にいる理由は何か…大体想像はついたが、ルビーはその辺も話してくれた。
なんでもチクシュルーブの正体は元デルセクト貴族のソニアって奴らしく、メルクリウスさんと因縁があったらしい。そしてメルクリウスさんはソニアと決着をつけるために理想街を舞台に激戦を繰り広げた。
ソニアの近くには八大同盟の逢魔ヶ時旅団もいたらしく、ソイツらと真っ向から戦えことになり…その戦いの果てにソニアは死亡、逢魔ヶ時旅団も壊滅、理想街は廃墟化したらしい。
……エルドラドの時もそうだったが、あの人達は歩く災害か何かか?行く街行く街滅んでんじゃん。
「それでチクシュルーブが死んでアタシは晴れて自由の身。そこでお世話になったエリスさんの紹介であんたのところに来たんだ」
「なるほどなぁ、…ちなみになんでチクシュルーブが死んだかは分かるか?」
「ん?なんだったかな…なんで説明したらいいか分からないけど戦いに負けて自分で死ぬことを選んだらしいぜ」
「そっか…」
まぁそこだけは安心か?安心していいのかは分からないが…姉貴達がチクシュルーブを殺してなくてよかった。
しかし、また八大同盟か。姉貴達は八大同盟とやり合って…また倒しちまったのか。八大同盟ってジズと同じ奴だろ?それと全面戦争ぶちかまして勝ったって…相変わらず凄まじいな。敵う気が全然しないや。
「まぁ大体身の上は分かったよ。で?お前はどうしたいんだ?ルビー、まさかここで働かせてくれ…なんて言わないよな」
「言わない、私はさ…あれだよ冒険者になりたいんだ。あんた元冒険者だって聞いたぞ、登録手伝ってくれ」
「はぁ?それだけ?いやそれだけなら姉貴が教えてやれよ…ったく」
「まぁまぁ、エリスさんもステュクスを信頼して任せてくれたんですよ。エルドラドでの恩義もありますしここは頼まれてあげましょうよ」
「レギナ…はぁ、レギナに言われると弱いなぁ」
でも確かに、そんなもん知ったことか!とルビーを叩き出すのは簡単だ、けれどそれでいいのかと考えればそんなことはない。俺を頼ってきてくれたんだ、たとえ姉貴の紹介でもルビーは俺を頼ればなんとかなると考えてここまで来たんだ。それを放り出せばルビーは路頭に迷う。
それは寝覚めが悪い、仕方ない。ここは一つ、頑張りますか。
「分かった、登録手伝ってやるよ」
「やりぃ!」
「その前に聞かせろ、お前何歳だ?一応年齢を聞いておきたい」
一応冒険者協会はある程度の年齢制限がかけられている、まぁこいつなら多分大丈夫だろうけど。
「アタシか?アタシは十四歳!」
「ん、俺の二個下だな。まぁそれなら登録だけならできるか…」
「え!?私より年下!?っていうかステュクス!なんでそんなサラッと流せるんですか!」
「いや、図体の割にガキ臭いなと思ってたから…」
雰囲気がリオスとクレーに似ていた、つまりややガキっぽいと思った。まぁ世の中色んな奴がいる、例えばデティフローアさんみたいに年齢の割に小さい人もいるんだ、なら年齢の割にデカいやつもいるだろ。
「よし、じゃあ今から冒険者協会に行こうか。悪いレギナ、ちょっと空ける」
「分かりました、では私はエクスと一緒にいますね。頑張ってきてください!」
「別に頑張ることなんかないと思うけど…ほらルビー、行くぞ」
「おう!」
取り敢えず、姉貴からの預かり事だけでも解決しておこう。次姉貴と会った時にルビーを蔑ろにしていたなんて知られたら多分殺されるしな。それを抜きにしてもルビーは助けてやりたい。
だから俺は…久しぶりに向かうことにした。中央都市サイディリアルにある冒険者協会の本部へと…。
……………………………………………………………
冒険者協会の歴史は長い、そもそも冒険者という単語が出来る前から対魔獣専門の傭兵ってのは歴史上ずっと存在していた。それが冒険者として組織化され今みたいに運用されるようになったのは五百年前…つまりマレウス建国と大体同じくらいだ。
とは言え、実際どのようにしてこの組織が生まれたのかは判然としていない。マレウスの建国王アウグストゥスが戦争の際徴用した傭兵達を食わせるために組織化したとも言われているし、全く関係ない奴らが勝手に作ったとも言われている。
ともあれそういう歴史もあってか今世界中に拠点を持つ冒険者協会の本部はこのサイディリアルにある。それも目立つところにドーンとね、一応サイディリアルの中でも随一の施設ってことになってるから街もある程度協会に合わせた作りになっている。
今、俺が居るのは冒険者協会本部周辺の道。協会近辺は冒険者に対して需要の高い施設が揃っている、武器はもちろん携帯食料に必需品の数々、テントに馬、あと少々の魔道具…それらを売る店が軒を連ねる通称『大冒険街道』を歩く。
「ほぁー、すげぇー…店がこんなにいっぱい」
ズラァーッ!と並ぶ店が一直線に奥に続き、その奥に見える巨大な冒険者協会本部。その圧巻の景色を前に大冒険街道に入ったルビーは口を開いて目を輝かせる。
この街道の放つ圧巻の雰囲気は確かに人をワクワクさせる…けど。
「お前、アマデトワールに行ったことないのか?」
「何処だそれ」
「西部にある始点の街さ、ケイト・バルベーロウが作った街だよ」
冒険者活動を始めるなら、やはり拠点となる街は選んだ方がいい。そういう意味ではサイディリアルはもってこいだが…それ以上とされているのが始点の街アマデトワールだ。俺もあそこから冒険者生活をスタートさせたと言っても過言じゃない。
あそこはもっと凄い、なんせ街全体が冒険者の為の作りをしてるからな…。
「ふーん、行ったことねぇや」
「そうかい、まぁ冒険者活動するならここにある店でも事足りる。必要なものは分かるか?」
「剣!」
「だけじゃねえんだなこれが、食料は当然、水も必要。清潔な布はあればあるだけいい、縄も必須だ、針金とかと同じくらいな。後は可燃性の油も持ち運んでおくと楽だけど…これは嵩張るしなぁ」
「そんなに持たなきゃダメなのかよ!」
「当たり前だろ、仕事中に必要になったら店で買う…ってわけにもいかないだろ、冒険者の職場は基本森の中だ、しかも街に戻るのにも数日かかるような森、必要な物は全て持ち込みだ」
「大変なんだなぁ」
「だから最初は個人で活動するんじゃなくて、どっかのチームでお世話になったり出来るなら活動方針が決まってるクランなんかでお世話になるといいかもな」
「分かった!」
素直でよろしい、冒険者活動において必要なのは物資以上に誰かを頼る素直な心だ。変に意地張って一人で活動する冒険者は『居ない』。全員速攻で死ぬからだ。
冒険者をやって最初に気付くべきなのは、人間は森の中では爪も牙も毛皮も持たない非力な一匹の猿でしかないと知る事だ。だから群れを作る必要がある、一人でやれることなんかたかが知れてるからな。
「クランってのはどれに入ったらいいんだ?」
「安牌は赤龍之顎。次点でリーベルタースか?けどあそこは加入するには大量の金がないと入れないんだよなぁ…」
「金が必要なのか?アタシ持ってない」
「なら稼げ」
「おう!」
こいつは…今まで地下にいただけあって世間知らずだな。本当にこんなので冒険者なんてやっていけるのかね、いや…冒険者になるしかないのかな、この手の手合いはさ。
なんて思いながら道を歩いて冒険者協会本部に向かっていると…。
「あら?ステュクスさん?」
「え?あれ?ハルモニアさん」
「誰だ?知り合いか?」
ふと、目の前を歩く女の人と目が合い立ち止まる。腰まで伸びるオレンジの髪、クリクリの翡翠の瞳、牧歌的なドレスに身を包んだ如何にもお淑やか〜な感じの女性…名をハルモニア。
俺が普段修行しに出掛けているアレス教官の孫娘ハルモニア・フォルティトゥドさんだ。こんな優しげでお淑やかな雰囲気を持ちつつも、剣の腕なら俺を上回る達人でもある。そんな彼女が紙袋を片手に俺の前でお辞儀をしてる。
珍しい、この人が街の方に出てくるなんて…いつもはサイディリアルの郊外、名もなき森で高齢のアレスさんと一緒に暮らしてるのに。
「珍しいっすね、街で会うなんて」
「はい、お買い物に来たんです。ランタンの油切らしてしまったので。ステュクスさんの方は…そちらの方は?」
「え?ああ、ルビーって言って…まぁ、俺の知り合いの知り合い?助けてやってくれって頼まれたんで面倒見てるところです」
「ふふふ、なるほど。お優しいんですねステュクスさんは」
クスクスと口元に手を当てて笑うその仕草を前に俺が思うのは…俺の知り合いの女達にもこれくらいのお淑やかさとか愛らしさというものを身につけてほしいってところかな。カリナにせよレギナにせよ…アイツらこういうことしないもんな。
え?姉貴?あれは論外だよ。
「何やら用事の様子。よければご一緒しても良いですか?」
「え?いいですけど、ハルさんこそいいんですか?買い物の途中でしょう?」
「もう終わりましたし、折角お知り合いに会ったのですからもう少しお話ししたいです」
「そうですか?なら一緒に行きましょう、今からコイツと協会本部の方に行くんで」
「なるほど、ではご一緒します」
そう言ってハルさんは俺の隣にピッタリとくっついてくる。なんか距離近くない?ってかこの人とプライベートで会うの初めてだな…。
普段は『今日もよろしくお願いまーす!』って剣抱えて森に行ってハルさんと稽古してボコボコにされて…って流れだからまともに会話とかしたことなかったけど、人懐っこい人なのかな。
「なぁ〜ステュクス〜、アタシ放置で知らん女侍らすなよ〜」
「別に侍らせてないだろ、ってかほら…もう直ぐ冒険者協会本部だ、そこに行って登録して試験受けて、とっとと冒険者になれよ」
「おう!」
ルビーは大して気にしてないけど俺は気にする、さっきから無言でついてくるハルさんの異様さに。まぁでもそれはそれとして協会はもう直ぐ目の前だ。
ドカーンと天を貫くような大きさの木造建築、マレウスに於ける伝統的な建築法によって作られた築二百年くらいの超大型の建造物。ここが冒険者協会の本部なんだ。
冒険ってのは元来浪漫が好きな生き物でね、そんな冒険者が作った冒険者協会の本部がさ?地味なわけないよな。まず街にズーンと円形の広場を作ります、そこにドーンと置いたような黒塗りの木城に後から誰かが勝手にくっつけたみたいな魔獣の牙やら爪やらがあしらわれたなんともまとまりのないフォルム。
その周りに冒険者が屯し話し合ったり武器の手入れをしてるんだ。はっきり言ってここはサイディリアルで一番治安が悪い場所だ…と断言出来るほどに、粗野な冒険者が大挙して活動している。
「ここが冒険者協会本部か!デカいな!そしてボロい!」
「冒険者協会本部は二百年前から建てられている歴史ある建造物でして、見た目は確かにボロっちいですが逆に言えば二百年間酷使しても壊れない頑丈な作りをしているのですよ」
「へぇ〜、詳しいな。カンブリア」
「ハルモニアですぅ〜」
「つーか外面を見てないでお前は早く登録してこいよ」
「おう!やり方わからないから手伝ってくれ!」
「はぁ、分かったよ」
そうして俺達は冒険者協会内部へと足を踏み入れる。本部とは言えここは冒険者協会である事に変わりはない。全国の冒険者協会を統括する役目を担う場所だからって厳かで神秘的な雰囲気を纏っていることはなく、仕事を探す冒険者達がそこかしこで酒を飲み宴会同然の騒ぎを繰り広げる色々カオスな光景が広がっている。
『さぁ飲め飲め!今日はすげー儲かったんだ!俺の奢りだぜ!』
『ヒュー!太っ腹〜!』
「なんか、思ってたより下品な場所だな。まるで酒場だ」
「冒険者協会が設立される前、魔獣退治を担う者達の拠点は基本的な酒場であったとされており、冒険者協会はその時の風習を模倣し協会内部を酒場風にしているのだと聞いています」
「俺が昔いた村も元々酒場だった場所を臨時の冒険者拠点にしてたからそんなもんよ」
冒険者とは刹那的な生き方が美徳とされる。今日生きた者が明日死ぬ世界、貯金しても意味はない、節制しても損するだけ、なら今を、ただ今を生きる。そう言う生き方の方が楽しいよねって空気が蔓延している。
いやぁ分からないなぁ、宮仕の公務員である俺からしたら全然分からない感覚だなぁ〜。
「あそこで冒険者登録を行うんだ、お前は近接は得意か?」
「おう、喧嘩は得意だぜ」
「ならジョブは戦士にしとけ」
「ジョブ?」
「冒険者間での役割だ、ジョブによって協会から受けられる支援も変わるし何より冒険者カードにジョブが記載される。下手に見栄張って魔術師とか書くと後が面倒だから正直にいけよ」
「ああ、分かった」
ジョブってのはまぁ自由意志で決められるが同時に自分の立ち位置というものを定める。冒険者カードってのは言ってみれば冒険者間で共有される個人情報みたいなもんで、年齢と名前、字持ちなら字も記載されるし自分の意思で達成した依頼の詳細も書ける。
これを冒険者協会の掲示板に張り出すことにより人手を探してるクランやチームを組みたがってる若手が人を探す手段の一つになる。つまりここに記載される情報はチームを組む際の判断材料になるんだ。
魔術師を探してるチームは魔術を使える奴を求める。故にジョブ:魔術師の奴にお声がかかる。けどここでもし見栄張って魔術が下手なのに魔術師ですって言って登録すると後でえらい目に遭う、軽い詐欺だしな。チーム内での扱いが悪くなっても文句は言えない。
まぁ、試験があるからそう言う事例は少ないが…正直に自分の得意分野を選ぶに越したことはない。
「そこの受付に声をかけて、登録したいですって言えば後はそのまま試験会場に移される。試験に関してはお前が強いなら問題はない」
「そっか!サンキューなステュクス!」
「武運を祈るよ」
そう言って俺は受付の列に並ぶルビーを見送りつつ、近くの飲食スペースの椅子に腰を下ろす。大掛かりな教会は酒場もレストランも併設してる場合が多く、こう言うふうに休むことも出来ると…。
「ここが冒険者協会…」
「おん?ハルさん協会来るのはじめてです?俺詳しいからてっきり来たことあるもんかと」
ふと、俺の隣にサラッと座ったハルさんは困ったようにやや微笑みつつ、首を振り。
「いえ、冒険者協会そのものには来たことはありません。そもそも祖母が冒険者協会に近寄るなって言ってるので」
「え?よりによってアレスさんが?」
アレスさんと言えばあの伝説の冒険者チームソフィアフィレインのメンバーだ、そんな人がなんだって冒険者協会に近寄るなって…。
「冒険者なんて儲からない上にやるだけ損だから、ならないに越したことはないと」
「あー…はいはい、なんとなく分かります」
うーん、俺が昔リオスとクレーに言ったことと全く同じだわ、うん。冒険者なんか損な仕事やらないに越したことはない。こう言うのは職も地位も何もかも失って残るは腕っ節だけって人間が来る場所だ、冒険者なんてカッコよく呼んでるが実際は国民の奴隷みたいなもんだからな。
因みに職も地位もない上に腕っ節までない人間は冒険者になれない、なら何になるか?普通に奴隷か物乞いだ。つまり冒険者って職はそれだけラインが低いのさ、なろうと思えば大概の人間はなれる、だが他に選択肢があるならそっちの方がいいよって感じだ。
「ステュクスさんは昔冒険者だったんですよね」
「まぁ、昔っすけどね」
「是非お話伺いたいです」
「え?」
ふと、ハルさんの方を見ると…まぁこれがなんとも、キラキラした目でこっちを見ているんだ。この目には覚えがあるぞ、リオスとクレーと同じ目…つまり冒険者という職に過剰に憧れを持っている目だ。
「な、なんでですか?」
「私昔冒険者になりたかったんです」
「なんで…?」
「……憧れだからです」
憧れ、そんな風に語るハルさんの目が…やたらと寂しげに見えた。思えば今の彼女は森の中で祖母と二人きり、どこかに行こにも遠くにはいけない。年老いた祖母を置いてどこにもいけない、いくら祖母を敬愛していても…やはり冒険者のような自由な身は眩しく見えるか。
「憧れですか…」
まぁ、そんなもんか。冒険者になる理由第一位だもんなそれ。第二位は仕事がないからだし。俺も昔は憧れたが…一回なってみると嫌になるよ、とは言え一回もなったことがない人間にとってはかっこいい仕事である事に変わりはないし、『なるな!』ってのはもうアレスさんが言ってるし、なら…語るくらいならいいか。
「つっても冒険者の仕事はあれですよ、殆ど雑用。森の中のナンタラって草をとってこいとか牧場の羊を三日間見張ってろとか」
「魔獣退治は?」
「あるにはありますけど、食ってこうと思うとそういう雑用的な仕事をするのが効率いいんですよ。確かに魔獣退治は基本的に報酬がいいです、けど払いのいい仕事はぜーんぶクランが取っちまうんですよ、数の暴力ってんですかね、依頼掲示板の前で一日中交代で張ってて、いい仕事が来たら速攻で受注。残るのは払いが悪い癖していや〜な魔獣と戦わされるようなのばっかりで」
チラリと掲示板の前を見れば今も『見張り番』がいる、どっかのクランの手先だろう、いい仕事が来たら即座にその依頼を受けて依頼実行役に回し再び見張りに戻る、本当に見張りだけをする役職だ。あれは大体三時間に一度交代し合計十人くらいで回してる。
当然、他クランとの抗争もある。掲示板前は文字通り激戦区だ、一番強えクランが掲示板前を確保出来る。つまりこの中央都市の掲示板前を占領出来てるってことは、あそこで見張ってる見張り番は相当なやり手ってことになるな。
「冒険者界隈にも一種の社会が形成されているということですね」
それがクランだ、クランが必要とされる理由だ。副業的にやったり期限を決めてお試しで冒険者をやるなら関係ないけど、冒険者で食っていこうと思うと基本的にみんな何処かのクランに所属する必要がある。でなきゃいい仕事にゃありつけない。
仕事を確保する『見張り番』、必要な物品をあちこちからかき集める『補給番』、要望な人材に声かけたり唾つけたりする『スカウト番』、他クランとの抗争があれば真っ先に飛んでいく『面倒番』…そして依頼をこなす精鋭『依頼番』。これでクランを成り立たせている。
デカいクランであればある程いい仕事にありつき易いし、活動だってめちゃくちゃやり易くなる。ただそういうクランは基本的に加入にそれなりの格やら献上金を欲したりするから、まぁままならない。
因みに俺は所属してなかった、させてもらえなかった。だって子供と老人の三人パーティだぜ?俺がクランマスターなら絶対に入れない。
「なんだが現実的な世界なんですね」
「金稼いで飯食う以上夢だのをなんだのと言ってられませんからね、俺ぁ思い知りましたよ。普通に就職して安定した収入を得る喜びって奴を」
そういう意味だと、拾ってくれたジュリアンには感謝してるんだがな。そういや俺はもう魔女大国には狙われてないんだよな…ならギアール王国にも戻れるか?つってもジュリアンは俺の顔なんか見たくないだろうなぁ。
俺のせいで人生計画メチャクチャだろうし…なんて言って一人で苦笑いしていると。
「ふむふむ、ステュクスさんはとても現実的な考えをお持ちのようで」
「へ?」
ふと、顎に指を当てて考えるハルさんは静かに頷く。
「では話を変えましょう、ステュクスさんは今仕事を得て安定した収入を得ました。冒険者生活にはなかった物を手に入れて…次は何が欲しいですか?」
「え?」
「覚醒もしましたし強さも十分。もし本気でやったら多分私よりも強いでしょう」
「い、いやいやまだまだ…」
「仕事も得た、住まいも得た、なら次に必要なものは分かりますね?」
え?なんの話してるの?いきなり。というかこの人はさっきから何がしたいんだ?いきなり俺たちについて来て…剰え今もこうしてよく分からん話を。そんな無駄話する人だったか?いや分からん、俺この人と鍛錬以外で顔合わせないしあんまりプライベートな部分は…。
「そう、伴侶です。結婚しましょうステュクスさん」
「ぶふっ!?」
噴き出す、いきなり何を言い出すんだこの人は!?け…結婚?え?誰が?え?俺?俺が誰と?
「誰と…誰がですか?」
「貴方と私です、結婚しましょうステュクスさん、私と」
「はぇっ!?」
ギョッと立ち上がる、もしかして俺…求婚されてる?まさかな…って流す余裕がないほどに完璧に求婚されたぞ!?なんで!?俺…と?ハルさんが!?
いやいやいやいやいや俺ハルさんのこと何も知らないよ!?訓練の時に顔合わせる程度だよ!?なんで…。
「理由、聞いてもいいですか?」
「はい、ステュクスさんは強いので。約束通り覚醒を会得しました。なので私と結婚しましょう」
「理由になってない気が…」
「それとも、私では不足でしょうか」
そう言ってハルさんは立ち上がり胸に手を当てキッと凛々しい顔をする。いや不足かどうかって話じゃないじゃん今。でもまぁ…ハルさんは美人だ、オレンジ色の麗しい髪、整った顔立ち、鍛えられ引き締まった体にクリっとしたお目目…まぁ美人だ、こんな美人いるもんかと思えるくらい美人だ。
何より…胸がでかい。なんぼなんたって俺だって男の子、そういう部分に魅力を感じるかと言えばまぁ三回くらい言い訳と前置きを挟んだ上で『はい』と答えるだろう…だが、だとしても。
「い、いやぁ…俺、ハルさんのことよく知りませんし…」
俺はね、これでも情緒とか風情ってのを大切にするロマンチストなわけ。いきなり美人から求婚されて『やったー!するする〜!』と言えるほどアホじゃねんだわ。何より俺は今やらなきゃいけないことが山とある。
強くならなきゃいけないし、レナトゥスを睨まなきゃいけない、何よりレギナを守りたい。だから俺は今所帯を持つわけにはいかない。
とお断りをしたものの…うーん、おかしいな。ハルさんあんまり分かってなさそうだぞ。
「分かりました、私の事を知ればいいんですね」
「いやそういうわけでは…」
「ではお待ちくださいね、必ずやオッケーしてもらうので」
なんかおかしなことになったぞ、というか気のせいかな…俺…女の人が関わると大概碌でもない目に遭わされてる気がする…いやハルさんのことを悪くいうつもりはない、けど…ねぇ。女の人って怖いしさ、代表格みたいなのが丁度姉だしさ。
「…………」
「…………」
そして黙り込んでしまったハルさんと、空気激重でなんか胃もたれして来た俺。会話がなくなる、さっきまであんな面倒だったルビーに早く帰って来て欲しいと思ってしまうくらいやばい空気だ。
どうしよう…。
「あ、ああ!俺なんか飲み物買って来ますね!」
「では私はオレンジジュースでお願いします」
「あ、はい…」
この人はあんまり気にしてなさそうだな。求婚をそんな重たいものとして考えてないのか?しかしだとしたらなんだってそんな急に、今までそんな素振りなんか一切見せてなかったのに…。
そう思い俺は椅子から立ち上がり───。
「おら退け!邪魔だ!」
「うおぉっ!?何すんだよ!」
椅子から立ち上がった瞬間、向こうから走って来た冒険者に跳ね飛ばされて地面を転がる。すると走ってきた冒険者も手に色々抱えていたようで、持っていた金貨やら銀貨をぶちまけてしまう。
「ああ!テメェこの野郎!何すんだ!」
「そりゃこっちのセリフだって!いきなり走って来てぶつかって文句言うとかどういう了見だテメェ!」
「俺は今急いでんだ!早くしないとあのお方に…」
「あのお方?ってかこれ…」
ふと足元に転がった金貨と銀貨を眺める、それ結構な量がある。結構な額を持った冒険者が協会内を歩いていて、それを浪費に使わないなら…他に使い道は一つしかない。
とするとまさかこの金は……。
「貴方」
「え?」
「へ?」
瞬間、俺と冒険者の間に銀の閃光が走り…髭面の冒険者の髭先がハラリと落ちる。何が起こった?考えるまでもない。ハルさんが…いきなり背中の剣を抜いて冒険者に突きつけたのだ。
「ちょ!?えぇっ!?」
「この人は私の未来の旦那様になる予定の方ですので、傷つけられると伴侶として困ります」
「な!なんだこの女!?何言ってるんだ!?」
「俺が聞きたい」
「さぁ外に出なさい、決闘です」
「なんで!?」
「俺が聞きたい、ってかハルさんいいんですいいんです!これは俺が悪かったんです!」
「そうなのですか?」
俺は慌ててハルさんの前に立ち冒険者を守る、ああこれは俺が悪かった…というか冒険者の方には周りを見る余裕がなかったんだ、だってここに転がってる金貨は…。
「悪いな、あんたも。今から『面接』なんだろ?これ…上納金だよな、悪い…邪魔しちまった」
「い、いや…俺もカリカリしすぎた…すまん」
俺は慌てて銀貨を拾い集める、冒険者も慌てて金貨をかき集め付着した埃を払う。これは上納金…つまり『クラン加入金』だ。こいつは今からクランに加入する為の面接と、その為に必要な金を持って歩いていたんだ。
クラン加入のメリットは先も言ったほど凄まじい。だからクランに加入出来るかどうかは冒険者人生をかけた大勝負と言ってもいい。そのために行う面接と上納金はいわばターニングポイントそのもの。
前を見ていても前は見えない程に本人も緊張してたんだろう。悪いことをしちまったよ。
「ほら、これ。頑張れよ、応援してる」
「ははは、あんたいい奴だな。また顔合わせたらなんか奢るよ…クランに加入出来たらな」
「期待してるよ、さぁいけ」
俺は集めた分を冒険者に渡し背中を押すように応援する。すると彼も色々納得してくれたのか俺に頭を下げて走って行ってしまう。クラン加入か…いけるといいが…。
ここ、冒険者協会本部に駐在してるクランって言ったら一つしかねぇよな…。
「彼、見逃すのですか?」
「まぁな、喧嘩するほどじゃなかったし、向こうも謝ったしさ」
「そうですか…にしても彼はあのお金で何を?」
「クランに加入するのさ、クランの中には加入する為に上納金を要求するところがある、そして…特にここにいるクランはその要求金額がデカい」
「デカい?高いのですか?安いところにしないんですか?」
「まあそういう選び方もある、けど…それでもここが選ばれる理由は単純です」
俺はチラリと目を移し、冒険者の向かった先…つまり冒険者協会の最奥。日当たりが良くて、尚且つ協会全体を見渡せる良スポット。けどそこに立ち入れる人間は多くない、何故ならとある一つのクランがそこを独占しているからだ。
まるで協会を自由に改造しているように…、壁には落書き、豪華な木製の机の上には見ただけで目眩がするような高級酒が所狭しと置かれており、ずらりと並ぶ高級そうなソファの上に座る冒険者達は皆高級な装備に身を包み浴びるように酒を飲む。
まるで冒険者の夢を体現するようなその光景を作り上げるクラン、そこに彼は向かったのだ…そして。
「な、なんで!上納金ならしっかり持ってきて…」
「だから言ってんだろ!今は定員オーバーなんだよ!これ以上面倒見切れんぜ!」
俺とぶつかった冒険者は上納金をぶん取られ、立ち上がった一人の女に突き飛ばされる。
白い髪、黄金の瞳、タイトなドレスに身を包んだ粗野な印象を受ける美女はグルグルと喉を鳴らし鋭い爪を輝かせ冒険者を拒絶する。
「せめて!せめて一考だけでも!その金を集めるのに三ヶ月も依頼漬けの生活をしたんだ!せめてあんた達の下で働かせてもらえないと俺たちやっていけないよ!」
「ならまた三ヶ月後に来るんだな!そん時は…ウチのボスの気が変わって定員容量も増えてるかもだしな!」
「そんな…か、金を返してくれよ!」
「断る、それとも…ここでオレから取り返すか?」
「ヒィッ…く、クソ…」
白髪の女は牙を剥き冒険者を威嚇する。あんなナリでもあの女は四ツ字冒険者…喧嘩をしたって勝ち目はない。冒険者は金だけを奪われて泣く泣く立ち去るしかない…あれが面接とは言えないよ。強盗か追い剥ぎみたいなもんだよ。
でも許される…許されちまうんだ、あの胸糞悪い光景が。
「なんですかあれ」
「あれがクランですよ」
俺はハルさんに説明しつつ…見遣る。あそこにいるクラン…いや。
現冒険者協会最強最大の超大規模クラン『リーベルタース』を。
『だははは!情けねぇ泣きっ面!あれで冒険者ってマジかよ!』
『アタシ達の一員になるにはちょーっと度胸が足りないよねぇ!』
『まじウケるんだけど、おーい!酒はまだか〜!いい肴があるんだ〜!』
リーベルタース…現冒険者協会最強最大クラン。在籍人数は五千だったか六千だったか、それ以上か。現状の冒険者協会を率いていると言ってもいいレベルでの影響力と抜群の実力を持つ謂わば実戦派・武闘派のクランだ。
その組織体質はまさしく『粗野・粗暴』…酒を飲み、自分達の権利と力を曝け出し周囲の冒険者を威圧する。クラン内の標語である『自由に生きて自由に死ぬ』が意味する通り…全員が全員自由にやる。
元々荒くれ者だらけの冒険者協会に於ける自由とは一般人のそれよりずっと自由だ、無法とか無秩序って言ってもいい。
依頼人の恫喝による報酬の値上げ、他冒険者の依頼強奪、カツアゲによる追い剥ぎ…なんなら気に食わない奴がいたらクラン単位で襲う。冒険者クランって名がついてるだけの盗賊みたいな連中だ。
誰が呼んだか『史上最低のクラン』…それでも奴らが許されており、協会幹部もノータッチなのは……。
単純、奴等が強いから。何があろうとも絶対に負けないから。増え続ける魔獣達に対抗する最高戦力が奴らだから何も言えないのだ。
「ったくよ、何が上納金だ。金貨に銀貨、見栄えが悪りぃ…金貨で揃えっての」
クランの幹部『四大神衆』の一角であり冒険者協会最強の称号四ツ字を持つ例の白髪の女は上納金を持って立ち上がる。
あの女の名は『蓐収白虎』のノーミード。土属性魔術と魔獣すら殴り飛ばす怪力が自慢の武闘派冒険者、噂じゃ単独でAランクを五匹纏めて狩り尽くしたなんて話も聞くし…人呼んで協会で絶対に喧嘩を売っちゃいけない女、なんて呼ばれるくらいやば目な性格をした奴だ。
「全く、美しくありませんね。私達が金を積めば喜んで加入させるような下卑た集団だと思われているのも癪です」
そしてもう一人、四大神衆の一角である赤いスーツを着込んだ切目の美女が紅茶を啜る。紅い髪、紅い瞳、紅いドレスに口紅と紅茶、何もかもが紅色のあの女もまた…怪物。
『祝融朱雀』のサラマンドラ…通称『焼き殺し』のサラ。扱う炎魔術以上に苛烈な性格に振る舞い、何よりその手に持った剣は一撃で森一つ焼き払ったなんて話も聞くヤベェ女よ。
「それもこれもみんながお酒ばっかり飲んでるからじゃないかしら〜、私達みんな山賊見たいって言われてるのよ〜」
あらあらと一際大きな体を持った青髪の美女が困ったように微笑む。糸目、青のスリットドレス、何より目を引く見たこともないくらいの爆乳、そしてその麗しい外見が霞むレベルの実力が特徴の四大神衆が一人。
『句芒青龍』のウンディーネ…水魔術と治癒魔術の達人であり全てを洗い流すリーベルタースの母親役。あんまりの抱擁力に髭面の冒険者が赤ちゃんになるって噂だ、気持ち悪いな。
まぁその分実力もエグいらしい。あの糸目が開かれマジになった瞬間魔獣が死んだ…なんて話もあるからな。
「否定はすまい、我等共に賊まがいの風貌であるが故」
ムキムキなんて音が聞こえて来そうな黒い肌を持つ長身の女戦士、黒いスリットドレスに黒い剣を背後の床に突き刺しタルみたいな木製のコップで酒を仰ぐ。見るからに強そうだろ?実際強いよ…なんせ元アルクカースの第一戦士隊、おまけに将来はドレッドノート一族を押し退け隊長になるとさえ言われた女だからな。
『玄冥玄武』のシルヴァ、風魔術を応用した独特の戦闘技法を用いる女戦士。魔獣がどうのとかは言わずもがな、冒険者クラン同士の戦争の際駆り出された時はたった一人で一千人ぶっ潰したなんて逸話もあるリーベルタース最強クラスの戦士。
奴ら四人がリーベルタースの大幹部『四大神衆』…一人一人が協会内でもぶっちぎりの実力を持つ怪物冒険者達だ。たった一人で一国の最高戦力にも匹敵するなんて噂がある怪物達が四人その場に揃っている…、壮観だよ本当に。
けど、そんな連中でも飽くまで幹部…飽くまで最強クラス、他のクランに行けば間違いなく最強と呼ばれる女達が、従うは一人…。
「なぁ〜ボス〜、お金持ってきたぜ〜褒めてくれよ〜」
「んもぅ、ボスは私と紅茶を嗜みますのよぉ?ね?ボスぅ」
「あらあらボスは一人しかいないんですからみんなで仲良くですよ〜」
「ボス、君が命じてくれるなら私はなんだってするぞ、あんな奴ら必要ない。私が君の剣になるぞ」
四大神衆が媚を売るように猫撫で声になり、精強な実力を持つ冒険者が一人の女になる。ソファの最奥に座り酒を仰ぐ…ただ一人の男にしなだれかかる。
最強の女達を侍らせるのは、これまた最強の男…現冒険者協会最強にして、最低の男。そしてリーベルタースのクランマスター。
「んぐっんぐっ…ぐぇえっぷ、あん?なんだって?話聞いてなかったわ」
「んもぅボスったらぁ」
橙色の髪を腰まで伸ばし、ギロリと万物を睨むような鋭い視線を持つ三白眼が特徴の長身の男。黒の鎧に背中に背負うは漆黒の大鎌。そんな男が下品にゲップをしただけで黄色い声援が湧いて出る。
奴こそがリーベルタースのクランマスター…『天禍絶神』のストゥルティ・フールマン。現冒険者協会最強の称号を欲しいままにし。エクスヴォートさん、オケアノスさんに並ぶマレウス三大強者の一角。
最年少で四ツ字に到達後、腕っ節一つでクランを作り上げ、他とは隔絶した実力で立ち塞がる冒険者も魔獣も全部蹴散らし王座に座った天性の冒険者。逸話については数え切れないが…同時に聞くのは大量の悪評。
「ぶはははっ!つーか金持ってきたのかよアイツ!ラッキー!おいお前らこれやるよ、好きにしろ!」
「やっほー!最高だぜボス〜!」
奴は別名『協会史上最低の冒険者』とも呼ばれている。それは単純に奴の性格が最悪だからであり、リーベルタースが無法者集団と呼ばれるのは奴自身の人格が強く影響しているから。
なんでもする、文字通りなんでもだ。魔獣の群れをぶっ殺す為に態々街に爆弾を仕掛け、街に突入させたところで街ごと起爆。しかもそれを住民に知らせず敢行。
他にも同業者の恫喝も奴が始めた、依頼主への虚偽報告もやるし支払いが悪ければ仕事の途中だって放り出して帰る、おまけにお酒も女も大好きときた、金を払って女を侍らせているって噂もある。
「見ろよ、ストゥルティだぜ…いつもいつも新米から金巻き上げて…最低だ」
「知ってるか?またアイツ依頼主騙したらしいぜ?冒険者協会の信頼ガタ落ちだよ…」
『おうテメェゴルァ!聞こえてんぜ!どーだい!気に入らんなら俺の前で言ってみろよ!』
「ヒッ…」
『ギャハハ!聞いたかよ!ヒッ!だってよ!情けねぇ〜!ギャハハ!!』
そうやって周囲の冒険者が噂をすれば、彼は鎌で地面を叩いて威圧する。そしてビビる様を見てストゥルティは更に笑い、仲間達と共に笑いものにする。
「ったくよぉ、カス共が!気に入らねぇなら俺の首くらい取ってみろよ!まぁ無理だがな!だははははは!」
人格は文字通り最低最悪の冒険者…だが。
「あぁ〜ん、ボス素敵〜」
「ぎゃははは!ボスぅ!今日もモテモテだな!」
「あれか!噂になってるぜ!金払って女侍らせてるってよ!」
「ボスが私達に?そんなことする必要もありませんわ」
「そうよ〜私達好きでやってるんだもの〜」
そんな最悪な奴だが…仲間達から一点こう呼ばれる。『協会史上最高の冒険者』と。
アイツは他にはゴミクズみたいな対応しかしないが、仲間には優しいらしい。自らのクランを家族と呼びそれがどれだけ末端の冒険者でも困ってれば手を貸すし構成員一人が傷つけられりゃ自らクランを率いてお礼参りに行く。
そして得た富は全て分配する、あそこで飲んでる酒も飯も全部ストゥルティの奢りだ。だからこそ好かれる、仲間からは好かれる、それ以外からは嫌われる。両極端な奴なんだよ…ストゥルティ・フーンマンって奴はさ。
「ぎゃはははは!楽しいなぁ仲間内で飲む酒ってのはよぉ!お前らどんどんウチの宣伝しろよ、んでもって真に受けたバカから金巻き上げて飲み会だ!」
「でもボス…そろそろ私達も増員した方がよろしいのではなくて?」
「あ?なんで」
「ほら、もう直ぐ大冒険祭でしょう?北辰烈技會が勢力を伸ばしてる、次は優勝を狙ってくるかもしれない、奴等は毎日のように肥大化してる…もう規模じゃ私達よりも大きいですわ」
「烏合の衆とは言え、侮れん。クランを吸収しそれぞれを部隊に分け行動させている。中には私達にも匹敵する強者もいる」
「オレ達も次で優勝すれば前人未到の三連覇…オレ達の威信にかけて優勝しねぇと」
「ですねぇ〜、でも今のままじゃいい子は集まらなさそうだし…」
「バァカ、お前らバカなんだから組織運営に口出すなっつってんだろ!でもまぁ確かに組織力じゃあ向こうのが上かもな…けどよ、向こうのクランマスターよりかは俺の方がデカいぜ?アソコがな!」
「だはははは!今下ネタ言うかよ〜!」
「ぶわっははははは!」
最低な会話してんなぁ…、あんなのが冒険者協会の顔だってんだから世も末だよ。いくら強いからってなぁ…。
「気に食わない奴はぶっ潰して行こうぜ!ぶっ殺して行こうぜ!俺達にゃそれしか出来ねーだろーが!だろ!お前ら!」
「まぁそりゃそうか!」
下劣に笑うストゥルティ…そしてその手元には騙して巻き上げた金が大量にある。最悪な光景だなほんと…。
『それよか酒持ってこいよ!おぉーい!金ならあるぞー!持ってこいよいい酒を!ドンドンなぁ!』
「………………」
「ん?どうしました?ハルさん」
「………いえ」
なんか、ハルさんが険しい顔をしてストゥルティを睨んでる…。めっちゃ怖い顔だ、まぁ…あんなの見せられたら気分だって悪くなるか。
『さぁ俺達は家族だ!俺ぁ家族だけは裏切らねぇ!オラお前らどんどん飲めやッ!』
『おぉー!…ん?』
ふと、酒を振る舞うストゥルティの号令の中…白髪の女ノーミードがこちらを見て、ギロリと表情を険しくし…。
「おうテメェら、何ガンくれてんだよ…見せモンじゃねぇぞ」
「やべっ!!」
やばい、ノーミードに目をつけられた…!冒険者協会で一番喧嘩を売っちゃいけない奴に目ぇつけられた!急いで離れないと…。
「は、ハルさん、一旦離れましょう」
「…………」
と声をかけるもののハルさんは無視、無視して相変わらずストゥルティを睨み続けている。その態度にノーミードは更に機嫌が悪くなり。
「おいおういい度胸じゃねぇかこの野郎が、テメェどっかのクランか?ああ?それとも新米か?だったら先輩として協会での生き方を教えてやらにゃなぁ…!」
ポキポキと音を立てて拳を鳴らしこちらに歩いてくるノーミードの全身から関わっちゃいけないオーラが出てくる。まずい…殺される!これまじ殺される!離れないといけないのにハルさん全然動いてくれねぇ!やばいことになッ……。
「おいノーミード。いいっていいって構うなよ」
「えぇ?まぁボスが言うなら許すけどさぁ〜、あんな態度許していいのかよ」
「いいって、つーかいい女じゃん。おう姉ちゃん!こっち来て飲めよ!奢ってやるぜ」
そう言ってストゥルティは立ち上がり…ハルさんの顔を見て──────。
「えェッ!?!?!?!?」
───停止する、口を開けダラダラと冷や汗を流し、ワナワナと震えて指を差し…ガタガタと震えながら、あわあわと口を震わせて…。
「は、ハルモニア…なんでここに…」
「……………」
そう言うんだ、ハルモニアと…つまりストゥルティはハルさんを知ってる?いやでも知り合いだなんて一言も……。
「久しぶりですね、兄さん」
「兄さんッ!?!?」
兄さん!?兄さんって…兄さん!?兄貴分!とかニーちゃん!とかそう言う相性ではなく続柄としての兄!?いや見てみれば確かにハルさんのオレンジ色の髪とストゥルティの橙色の髪はよく似た系統と質感…顔つきもちょっと似てる気がする…。
え!?ってことはストゥルティってアレスさんの孫息子!?
「へ?ボス?アイツボスの事兄さんって…」
「バカノーミード!ちょっと黙れ!ちょっと黙れな!な…なぁハルモニア、お前がここに来るなんて珍しいなぁ、あのクソババアがお前をここに近づけさせないもんだと思ってたんだが…」
「お祖母様の事を悪く言わないでください」
「あ!そ、そっか…お前はあのクソバ…お祖母様の事好きだったもんな、うん。えっと〜その〜あ!兄さんの職場見にきた感じか?ん?」
「運が良ければ兄さんのかっこいいところを見られると思ってました…さっきまでは」
「い、今は…?」
「最低です、他人からお金を巻き上げてその金で女の人を侍らせて…私利私欲、強欲傲慢、酒池肉林、ゴミクズです」
「なぁっ!?ち、違うよ!?違うよハルモニア!兄さんそんなことしないよ!?アイツらが勝手にやったの!」
『ちょっ!?ボスッ!?』
「兄さんは未だに清廉潔白!カッコいい兄ちゃんのままだよ〜?」
「…………嘘つき」
「はぐっ…は、ハルモニア〜!」
…悟る、俺は全てを悟る。ハルモニアとストゥルティの関係性を。二人は間違いなく兄妹だ…そして、ストゥルティはかなり妹のハルさんを溺愛している。
恐らく、ハルさんの語った冒険者の憧れの根源は彼…ストゥルティだ。なんせ彼の持つ逸話はどれも心くすぐられるものばかりだから、けど…同時に彼が持つ汚い部分を目にして、ハルさんはご立腹なんだ。
あのストゥルティ・フールマンが唯一頭の上がらない相手がハルさんなんだ!
「な、なぁハルモニア、許してくれよ」
「…………許しません」
「くぅ〜、むくれっツラのハルモニアも可愛いぇ〜!ほっぺプニプニしていい?」
「ダメです、触らないでください、穢らわしい」
「うぅ……」
なんか、あの人の血の流れない外道だと思ってたストゥルティも、こうしてみると可愛らしく見えてくるな。こんなにもハルさんの事を溺愛して…。
「おう、テメェ…」
「え!?」
刹那、…俺は気がつく。落ち込んだストゥルティが俺の目を見て、グッと表情を悪くすることに、この目が…合ってしまった事に。
「や、やば…」
「やば?やばい?おうテメェ、何がヤベェんだ?お?まさか俺のこと見て笑ってたか?いいっていいって遠慮なく言えよ…なぁおい」
「い、いえ…俺は」
「俺は?…はっきり言えやこの野郎ッッ!!」
「ひぐぅ…」
俺に向けて歩いてきて怒号を上げるストゥルティが怖いのなんの。背は高いし目は鋭いし顔は怖いしもうビビる要素のロイヤルストレートフラッシュだ。おまけにこいつは人に容赦するタイプでもない…確実に埋められる、どっかの山に埋められる…!
「俺ぁな、笑われるのだけは許せんわけだよ。分かるか?テメェ…」
「わ、笑ってません…」
「へぇ〜俺の言うこと否定するんだ、偉そうじゃんお前、字いくつよ、稼ぎいくらよ、俺より強いんか?おお?」
「い、いえ…」
ドンッと俺の方を押して恫喝を仕掛けてくるストゥルティ、そして虐められた子犬みたいに震える俺、なんとも情けない。もう今直ぐ両手を放り出して逃げ出したい…いや逃げ出そうかな、でも逃げたら追ってきそうで…。
「やめてください!兄さん!」
「え!?」
しかし、そんな俺を救うように飛び出してきてストゥルティを跳ね飛ばすのは…ハルさんだ。いきなり最愛の妹に突き飛ばされたストゥルティは愕然としふらりと体制を崩すと…。
「な、なんだよハルモニア。これくらいいいだろ?ナメられたんだからぶっ飛ばしても」
ぶっ飛ばすつもりだったのかよ…。
「ダメです!」
「なんでだよ!なんでそいつ庇うんだよ!他人だろ!?」
そう言われた瞬間、ハルさんはクルリとこちらを向いて…俺の手を掴むなり、そのまま抱き寄せ…。
「違います!この人は私の未来の伴侶です!」
「……え?」
「私はこの人と結婚するんです!」
「…へ?」
「え?」
結婚する、そう言われたストゥルティは真っ白になり、膝から崩れ落ちる。それほどまでにハルさんを愛しているんだろう…ありがたいよ、そんなに想ってもらえるのはさ。それに助けてくれたし、すごくありがたい。
けどさ…それ、今言う?今言う?よりによって…シスコン兄の前で…。
「結婚…だとぅ…ッ!!」
立ち上がるストゥルティの全身から炎が噴き出る、先ほどまで俺に対して見せていた害意は一瞬にして敵意と殺意に変わる。そして燃え上がる瞳で俺のことを睨み。
「こんな軟弱が…!俺のハルモニアの伴侶だとォッ!許せるわけねぇだろうがッッ!!!!」
「許さなくても結婚します!」
「ダメだダメだ!ハルモニアの旦那さんはこれより強い奴じゃなきゃダメだッ!!それをお前…こんな、吹けば飛ぶような埃みたいな奴を…!テメェ…!」
「あ、う…」
「こいつとじゃなきゃダメか!」
「はい、私はステュクスさんと結婚すると決めました」
「婚約したのか!」
「断られました!」
「テメェゴルァッ!なにハルモニアの婚約断っとんじゃボケカスゴルァッ!!」
「ひぃいいい!結婚して欲しいんですかして欲しくないんですかどっちなんですかーッ!?」
「お前との間にそう言う話が出てきてるのがそもそも気に食わんッ!!」
無茶苦茶な!けどこっちだっていきなり言われて混乱してるんです!…あ!婚約はしてないけど!困惑はしてる!と言うかなんというか…。
ダメだ、なんか殺される未来しか見えない…。
「ステュクス…と言ったな…」
「へ、へい…」
「テメェちょっとツラ貸せや」
「え!?ちょっ!?」
瞬間、ストゥルティは俺でも反応出来ない速度でガシっ!と俺の腕を掴み引っ張り出す…。
「やめてください兄さん!ステュクスさんに乱暴する気でしょう!」
「乱暴じゃねぇ!軽く二度と口聞けないようにして捨てるだけだ!エンハンブレ諸島に!」
「それをやめてくださいって言ってるんです!」
引っ張って行こうとするストゥルティ、それを阻止するように腕を引っ張るハルさん…の間でグイーンと伸びる俺。野犬に取り合われるタオルになった気分…腕取れちゃうよ。
つーかマジでやばい!最悪だよ!ストゥルティ完全に俺のこと殺す気だッ!なんで!俺なんにもしてないのになんで冒険者協会最強の人間に命狙われなきゃならねぇんだよ!!
「ステュクスよぉこっちこいよ、送ってやるよ、あの世に」
「ステュクスさんは私と帰るんです!ね?ステュクスさん」
「どっちかの了承しなきゃダメですか!?」
これどうすればいいんだ、結婚を受け入れたらストゥルティに殺される!断ったらストゥルティに連れてかれる!詰みか!?詰みなのか!?誰か助け!誰か…ッ!
「おーい!ステュクスー!」
「はっ!誰か来た!」
そんな俺の祈りが通じたのか、向こうの方から俺の名を呼ぶ人間が走ってくる…これは。
「ルビー!?」
「お前のおかげで助かったぜ〜マジでサンキューな」
ルビーだ、どうやら試験は終わったらしく冒険者協会のカードを持ちながらニコニコと寄ってくる。念願の冒険者になれたようで俺も嬉しいよ、けどさ。なんでニコニコ笑える?この状況の俺を見て、助けてくれないかな…。
「女…?おうテメェゴリラ女!」
「ああ?誰だテメェ…」
するとストゥルティは俺から手を離しルビーの方を見ると…。
「テメェ、名前は」
「は?ルビーだけど」
「ルビー………まぁいいや、それよりお前!ステュクスとどう言う関係だ!」
「関係?ステュクスはいい奴だよ、気も効くし」
「ステュクスさんはかっこいい奴!?好きになるし!?」
「言ってない!」
「テメェステュクス…ハルモニアと子供まで作っておきながら浮気か!公然と!」
「作ってねぇし浮気でもねぇし!」
「ゆ、許せねぇ…女侍らせて楽しいかよクズ男…!」
「兄さんだって侍らせてるでしょ」
「こいつは…こいつは許せねぇ…」
ワナワナと震えるストゥルティは怒りの限界点を超えたのか、顔を手で覆い全身を震わせ怒りの炎を吐き出しながら…指を指す。俺に。
「テメェ…、テメェだけは俺が殺す。ストゥルティ・フールマンの名にかけて必ずな…」
「だからさせないって言ってるでしょ!」
ストゥルティが鎌を抜いた瞬間、ハルさんは走り出す、ルビーも訳が分からず走り出す、二人に引っ張られて俺も走り出しストゥルティから逃げる…。
「待てやステュクス!絶対!絶対殺してやるからなッ!覚えとけよテメェ!!!!」
「…なんでこうなるの……」
泣きたくなる、遠ざかるストゥルティの怨嗟の声を聞いて、俺はハラリと涙を流す。折角姉貴から狙われなくなったと思ったら今度は冒険者協会史上最強にして最悪の男に命を狙われる事になってしまった、しかもなんか貰い事故みたいな形で。
……なんで、俺の人生こんなのばっかりなのさ……。
『待てやぁぁあああああああ!!!お前ェッ!サイディリアルの表通りィッ!一生歩けると思うなよぉおっ!見つけ次第ぶっ殺すからなッッ!!』
(ひぃん…やだもう…)
……………………………………………
それから数日後、ストゥルティからなんとか逃げおおせた俺は一旦ルビーと別れ…騎士の業務に戻ることとなった。そして一日の業務を終え、レギナから買い与えてもらった家に戻ると……。
「嘘だろ…」
レギナからもらった立派な一軒家、その玄関先で俺は仕事道具の剣を手からポロリと落とし…脱力する、同時に絶望する、何故って…そりゃ。
「あ、お帰りなさいステュクスさん、晩御飯作ってありますよ」
「ハルさん…」
家には何故か…エプロンを着たハルさんが居て…。
「私を知らないから結婚出来ないなら知れば出来ますよね、と言うわけで今日から結婚を前提に同棲しましょう、ステュクスさん。不束ですがよろしくお願いします」
「……………なんでそうなるの…」
何故か俺と結婚したがり全力を尽くし始めたハルさん、そしてハルさんを溺愛する兄のストゥルティは俺の命を狙い、妙な動きをし始めたレナトゥス…暗雲差し掛かるマレウス王国。
…俺の人生は、どうなってしまうんだ…。