588.魔女の弟子と至上の喜劇
至上の喜劇マーレボルジェ…破壊と混沌を是とし、各地で破壊活動を行い表の世界にも裏社会にも恐怖をもたらす最悪の存在。それが八大同盟マーレボルジェ。
その最大の特徴を述べるなら…破壊活動を行う構成員の存在だ。
まず言うと、マーレボルジェには他組織のように『幹部』と呼ばれる存在がいない。居るのは頂点に立ち組織を動かすリーダーである『ルビカンテ・スカーレット』とそれ以外の構成員。全てがルビカンテの一存か構成員達の独自判断で活動が行われている極めて特殊な組織構成。
そして各地で破壊活動を行う構成員達は皆、精神的な異常を来しており。捕縛した者は皆言語による意思疎通が不可能な状態である。つまり全員が狂人なのだ、狂人ゆえに倫理観を持たず自分の命さえ厭わずただただ世界を破壊する為暴れ狂う…。
組織としての方針を持たず、幹部という司令塔がいない為突発的に現れ突如として破壊活動を行うマーレボルジェは、災害と同じだ。具体的な対抗策が無く、また解決策も存在しない最悪の存在。
その破壊の螺旋の中心にいるのがルビカンテだ、その経歴の全てが謎に包まれた女…それが今。
「八大同盟…!?ここで!?」
「……はぁ、気怠い」
カトレア邸に食材を盗みに入った怪盗達を前に現れたのは、マーレボルジェのリーダー…つまり八大同盟の盟主スカーレット・ルビカンテであった。
「──────」
エリス達が食材を持ち出す為、時界門を引き出そうとしたメグさんを初手で潰された。突如として飛んできた白い絵の具のような何かを頭から被ったメグさんは全身を白く塗りつぶされ静止した。まるで彫像のように硬くなってしまった彼女は未だに動かない。
恐らく、錬金術による石化に近い状態なんだろう…つまり、メグさんは今この場で動くことが出来ない。メグさんが動けないということはエリス達はこの場から離脱することが出来ないということ。
「八大同盟が…こんなところにいるとは思えませんが」
「……………」
「偽物なんじゃねぇのか、アイツ」
「さぁ、どっちでも良いでしょう。私はね、ここの家主にお世話になってるんです、お金稼いでもらって、食事を用意してもらって、その代価として家を守る事を約束させられている。つまり労働の条件は敵対者の出現…貴方達のせいで私は仕事をしなきゃいけなくなった、まさしく気怠い」
「雇われ?八大同盟が…?」
ますます分からない、八大同盟と言えば裏社会の超大物。それがご飯とお金を用意されて傅くのか?分からない。
分からないが…今やるべきことは変わってない。
「デティ…ホワイトアウトって魔術、知ってますか」
エリスは咄嗟に耳元のイヤリングを外し口元に持っていくと共にデティに聞く、メグさんを止めたあのホワイトアウトって魔術の効果。それが分かればメグさんを元に戻せるかもしれないし、何よりアイツの攻略に役立つ。
『え?ホワイトアウト?それって────』
瞬間、デティの答えが返ってくる前にエリスの手元にあったイヤリングが吹き飛び…。
「させるわけないですよね、そんな怠いこと」
ルビカンテだ、指先を立てその先から魔力弾を放ち正確にイヤリングを打ち抜いて破壊したのだ。エリスの手からパラパラと念話機構が落ち…連絡手段までもが遮断される。
と言うか、あの距離から正確に豆粒みたいなイヤリングを吹き飛ばす。その上この鋭さの魔法…。
(奴が本物のルビカンテかは分からない、だが…事実としてアイツは強い。そこは揺るがないか)
エリスは残骸となったイヤリングを捨て、胸の第一ボタンを外し腰を深く落とす。臨戦態勢…というかもう戦うのは確定だ、奴はエリス達を排除したい、エリス達はこの場を切り抜けたい。
意見の相互不一致。もうやるしかない…。
「メグさんを元に戻しなさい」
「貴方達がいる限り私は労働しなくてはならない、消えてください…仕事の種」
「断ります、そして…消えるのは、お前ですッ!」
拳を握り魔力を放ち、エリスは飛び上がりルビカンテに向かう…と同時に。
「アマルトさん!ナリアさん!下がってて!メグさんを移動させられたらさせてください!」
「お前は!」
「アイツを倒しますッ!」
瞬間、一直線を描くような軌道でエリスの拳はルビカンテへと放たれ宣戦布告、開戦の狼煙を上げるが如き打撃を繰り出すが…。
「エリス…聞いた名前ですね」
「ッ…!」
受け止められる。鋭く赤い爪を持った手でエリスの拳を掴みルビカンテはジロジロとエリスの顔を睨め付ける。拳から伝わるのは凄まじい握力と威圧、取るか…これを。コケ脅しではないようだ!
「フッ!」
「はぁ、これは簡単な仕事じゃなさそうです」
咄嗟に手を開きルビカンテの手を払うと同時に動き出したエリスと、それに呼応し本格的に稼働を始めるルビカンテにより嵐のような近接戦の応酬が始まる。
お互いに息が掛かるほどの距離で全力で動き、相手を叩きのめそうと技を尽くす。しかし…エリスの拳はルビカンテに弾かれ、蹴りは容易く交わされ、掴みかかるも裏拳で手を弾かれ、エリスの攻撃は悉くルビカンテに触れることなく…そして。
「お返しです」
「ぐぶっ!?」
叩きつけられる、ルビカンテの拳が。魔力防壁を纏い硬度を得た一撃は容易くエリスの防壁を破り腹へと打ち込まれ口から胃液が噴き出る。
この時点でエリスは理解する、こいつは本物のルビカンテ・スカーレット…八大同盟の盟主であると。その強さと重厚感のある威圧、そしてそれを裏打ちする途方もない実力…オウマやジズに感じたものと同じだ。
「くっ…!」
「終わりです…『ホワイトアウト』」
「ッ!?『旋風圏跳』ッ!」
一歩引いたエリスにとどめを刺そうと再びルビカンテはその手からドロリと粘性の高い液体を放ちエリスに振りかける…がその前に風を纏い咄嗟に退いて液体を回避する。すると液体は地面を包み色を奪い即座に固まる。
メグさんを固めた物と同じ魔術。恐らく蝋のように何かに当たると即座に固まる代物だろう…見てる感じ、それだけじゃないように見えるが、今は考えている暇はない。
(アレに当たったら即座に戦闘不能、厄介な…)
「避けられましたか…面倒な」
エリスを追い払う近接戦能力の高さ、防壁を破壊する魔力の強さ、一撃で相手を戦闘不能に出来る魔術。面倒なって言いたいのはこっちですよ…!
まずい、今日はもう超極限集中を使っている。ここでこんな奴に会うなんて予想もしてなかった。それこそ識でも予見出来なかった、なんなんだこいつは。
「これで終わっていてくれたらよかったんですが…ああ、思い出しました。貴方達魔女の弟子ですね?八大同盟の会議で話題に出てました」
恐らくこれは事実、何せ他でもないオウマが同じ事を言っていたから。
「貴方本当に八大同盟なんですか」
「一応」
「なんですかその一応って、はっきり言ってください!」
そのままエリスは風で加速しながら空を飛び部屋中を滑空しルビカンテを撹乱しながら考える。近接戦は不利、なら遠距離から攻める。相手がまだ覚醒を使う素振りすら見せていないならこちらも使うわけにはいかない…ならば!
「轟く雷 はたたく稲妻、荒れて乱れ 怒りて狂う天の叫びを代弁せしその光を以って、全てを焼き尽し 無碍光と共に寂静を齎せ 『雷霆鳴弦 方円陣』!」
クルリと旋回し全身から雷の鏃を乱射し一斉に質量攻撃で場を席捲する。ルビカンテはどうしてかは分からないがその場から殆ど動こうとしない。ならば的だ、このまま流れをエリスに───。
「本当に面倒だ…、貴方は強い…排除も楽じゃなさそうだ」
しかしルビカンテは動かず、手元を軽く動かして…
「『カラーパレット』」
その詠唱と共に、五指の先に小さな液体の塊を五つ生み出す。それぞれが色彩豊かな色を持ち…『赤』『蒼』『黄』『黒』『白』の球体となりドロリと踊る。
アレがルビカンテの魔術…調色版のように色を手元に置いている、いや…まさか!
「『ブルーウォール』」
放たれる『蒼』の色。それは壁となって電撃を受け止め『中に沈める』…まるでそこの無い水底のように凡ゆる物を飲み込み消し去る蒼の壁は空間を彩色しエリスの魔術全てを防ぐ壁となる。
「『蒼』は水の色。水は恵みでありながらも恐怖である、人は底無き物に恐れを抱き見えぬ深淵に奈落を見る。蒼の中に果ては無く…ただ無限に広がる闇が全てを沈める」
間違いない、アイツの魔術は…『色』によって異なる効果を発揮する魔術だ!白は物を静止させ、青は全てを飲み込む。奴の手元には他にも赤と黄と黒がある…それぞれが別々の力を持つとすると────。
「『レッドゾーン』」
次の瞬間ルビカンテは己の手足に『赤』を塗りたくり彩色する。それと同時にルビカンテの体から噴き出る力が二倍、三倍…いや何倍にも膨れ上がり。
「『赤』は力の色。目に突き刺さる赤の躍動は人に力を想起させる、それは光であり炎であり、動かぬ絵画にあって動きを見せ、切り取られた時の中に次の瞬間を思い起こさせる」
「ッ…!?」
ルビカンテの姿が消えたと思った瞬間背後から鋭い蹴りが放たれエリスの体が地面に叩きつけられる。飛んだのだ、エリスの目で見えない速度で…赤の色によって力を得たルビカンテのスピードとパワーはエリスを呆気なく上回り、近接戦でエリスを圧倒し地面に叩きつけたんだ。
まずい…本格的に強い!相手の手元にある手札の数が多い!
「『イエローパーフォレイト』」
「ぅがっ!?!」
そして地面に叩きつけられたエリスの上から降り注ぐのは『黄』の光線。天から差し込む光のように無数に飛んできた黄光の槍がエリスの脇腹と肩を貫通させ血が噴き出る。しまった…コートを着て無いから防御できなかった!
「『黄』は躍動の色…、一直線に描かれるその色に人は未来を見る。凡ゆるを貫通しその色で塗り潰す。それが例え人の身であれど」
「うっ…」
脇腹と肩に穴を開けたエリスの上にルビカンテが降り注ぎ、その足でエリスの傷口を踏みつける。その痛みと重さにエリスは動くことが出来ず…ただただ這いつくばるように地面にへばりつき、苦悶の表情を浮かべることしかできない。
これがルビカンテ…八大同盟マーレボルジェの頭。心構えもなく相手にしていい奴じゃなかったか。
「ぐっ…くそ」
「そして『白』…白は『空虚』の色。そこに何も無い、見るべきでは無い箇所、或いは美しさの本質であり…私の色。魔女の弟子エリス…貴方に対して恨みがあるわけではありませんが……ああ喋るの面倒い、死んでください」
指先が突きつけられる。『白』を携えたルビカンテの指先が…まずい、やられる。けど動けない、骨ごと綺麗にくり抜かれてる、ちょっと動くだけでも眩暈がするほど痛い!
なんでこんな所で…八大同盟なんかに会うんだよッ!!
「ッテメェエエ!!エリスを離しやがれェッ!」
「アマルトさん…!」
そして、打ち倒されたエリスを見てアマルトさんは咄嗟に固まったメグさんをナリアさんに預けて黒剣を手に一気にルビカンテに迫る。その速度たるやエリスの最高加速を上回る速度であり、一瞬でルビカンテの首元に刃が届き───。
「『ブラックアッシュ』」
その言葉と共にルビカンテは振り向く、まるでアマルトさんが来る事を理解していたように手元の黒を纏めアマルトさんに向け……。
一瞬だった、エリスの脳裏にある何か言葉に出来ないような直感が叫んだのは。
「退いてくださいアマルトさん!」
「えッ!?」
次の瞬間、ルビカンテの手から放たれた黒が。まるで絵筆で描いたように空間を一気に彩色し一文字を引く。その前に咄嗟に一瞬退いたアマルトさんはなんとか黒の彩色から逃れるが、逃げきれなかった彼の剣の鋒が黒に飲まれた。
そして、数秒後…ドロリと地面に黒い絵の具が落ちたその先には。
「いぃ…嘘だろ」
何もなかった、地面から天井に向けて引かれた一文字の黒の線が消えた先には何もなかった。黒に塗り潰されたアマルトさんの剣の鋒もまた消滅していた。
「『黒』は拒絶の色。全てを塗り潰し消し去る虚空の色、凡ゆるを抹消し何も残さない」
滴る黒は何もかもを消し去ってしまう、触れればそこに防御力とか耐久力は関係ない。疑似的な虚空魔術として作用するそれを指先で振るうルビカンテに対して…エリス達は恐怖する。
なんて魔術を使うんだ…、こんなの殆ど万能じゃないか。
「色は世界を形作る第七の元素。虚空も…識も、色がなければ意味がない。それこそが『彩色』です…」
───『カラーパレット』通称を彩色魔術。凡ゆる絵の具を魔力の塊として生み出し様々な作用を引き出す文字通り万能の魔術。ある種の概念にまで手を突っ込むこの魔術は或いは属性魔術にも部類されるのかもしれない…とデティならば言うだろうが。
今、それを手繰るルビカンテを前にエリス達は窮地に立たされる。カラーパレットの真の恐ろしさは手数の多さではない。
「『カラーパレット』」
(また色が増えた)
今度は五指に『緑』『紫』『ピンク』『黒』『白』が生み出される。未知の色が三つ…そこがエリス達に行動を躊躇わせる。
その真の恐ろしさは『一度見るまで効果が分からない』点にある。黒のように一撃必殺もあり得る、赤のように身体強化もあり得る。何が来るか分からない…その上にルビカンテ自身の強さを相俟って。
窮地だ、当初想定していた物より……ずっとずっと、窮地だ。
……………………………………………………………………
(何してるんだ…僕は)
そんな中、ただ一人悔やむのは…ナリアだ。アマルトさんとエリスさんを戦わせて、僕一人何もやっていない。
「ッ……」
手元には今、動けなくなったメグさんがいる。アマルトさんは僕にメグさんを任せた、エリスさんは僕達に退いているように言った。
同じだ、ガウリイルと戦った時と。
(僕は…みんなに、意識的に戦闘員として扱われていない)
ガウリイルの時も僕はサポートに徹するよう言われていた。それが嫌なわけではない…ただ情けないだけ、場の窮地を打破する駒として扱われていない…。
そりゃメグさんを守るのも大事な役目だ、ガウリイルの時もそうだよ…ヘリオステクタイトを止めるのも大事な役目だった…けど。
『お前、本当に魔女の弟子か?』
「クッ…………」
ガウリイルの言葉が木霊する。情けない…本当に情けない、僕は閃光の魔女プロキオンの弟子だ、僕が情けない様を見せれば師匠の不甲斐なさに繋がる。それが嫌なんだ…なのに。
「アマルトさん…退いていてください…エリスがやります」
「お前その様で何が出来んだよ!クソが…最悪の状況だよ!」
その状況を作ったのは誰だ?…他でもない、僕だ。僕が油断した、カトレアの館に僕達を上回る敵の存在を予測していなかった。『転』の存在に気がつきながらも楽勝ムードに甘えていた。
僕がここにみんなを連れてきた…この状況の責任は僕にある!
(黙ってていいのか…いいわけが───)
瞬間、腰に取り付けたホルスターに手を当て、引き抜く…数枚のカードを。
「ない…ッ!」
「む……」
腕を振り抜きコーティングされたカードを数枚、一気にルビカンテに向け投げ放つ。当然このくらいの動きには応じてくる。が…関係ない!
「『ブラックアッシュ』」
「『光閃陣』ッ!!」
黒でカードを消し去ろうとした瞬間、カードに刻まれた魔術陣が光り輝きあっという間に場を光が包み込みルビカンテから視界を奪う。
これは…今回の怪盗劇に臨む為に作った魔術陣カード。咄嗟に作ることはできないけど相手に向けて投擲することが出来る代物だ、これが目眩しになってる瞬間に!
「アマルトさんッッ!!」
「分かってる!」
その声に、アマルトさんは応じてくれる。光が部屋を満たし視界が完全に白に染まるその瞬間動き出した僕達は──────。
「居ない……」
ルビカンテが次に目を開いたその時には、目の前のナリアも足元のエリスも消失していた、当然アマルトもメグもいない。分かっていたは逃げられた、逃げられるとは分かっていたが警戒して緑とピンクを用意しておいたが…無駄に終わったようだとルビカンテは色を手の中で握りつぶす。
「逃げたか…まぁ、状況から考えるに遠くには逃げられない。それに奴らはきっと戻ってくる」
ブツブツと口にしながらその場で胡座をかいてコロリと横になる。動いたから怠くなった、別に体調が悪いわけじゃないけどなんの気概も湧いてこない。
追いかけるのも面倒くさい、戦うのも面倒くさい、草になりたい。ただ天を仰いで水を待つ草になりたい…。
「はぁ……面倒くさい、生きるのも面倒だ…生まれたくなかった」
……………………………………………………
「クソッ…どうなってんだよ、バチバチに強えじゃねぇか」
「アマルトさん!こっちです!」
「ああ!エリス!大丈夫か!」
「うっ……」
光を目眩しにみんなで離脱し上層へと向かい、使われていない部屋の中に転がり込み僕達は一息つく。メグさんを運ぶ僕もエリスさんを運ぶアマルトさんも、どちらも全力で走ったから息が荒れている。
「はぁ…はぁ、サンキューなナリア。お前のおかげで逃げ出せた」
「いえ…それよりエリスさんは」
「ダメだ、傷が深い…無理させられねぇ」
横たわるエリスさんの肩と脇腹に布を当てつつ、自分のマントを引きちぎり包帯代わりにしキツく圧迫することで止血し、応急処置を済ませながらアマルトさんは首を振る。失血が酷い…これ以上動けば命に関わる。
「メグは?」
「ダメです、応答がありません…」
運んでいる最中何度も呼びかけたり叩いたりしてみたがまるで返答がない、本当に彫像になってしまったようだ。参った…完全に参った、戦闘不能じゃ二名…しかもそれが戦闘面で主力となる魔力覚醒者二人がやられたんだ。
相手は八大同盟…だと言うのに。
「やられたな、覚醒出来る奴がこの場にいねぇ…」
「…………」
僕達はまだ覚醒が出来ない。他に覚醒が出来るラグナさんメルクさんネレイドさんは外だ…。
「ラグナさん達、助けに来てくれますかね」
「祈るしかねぇな…とは言え外の警備は厳重だし、多分さっきの戦闘音を聞きつけて外の連中はきっと完全に戦闘態勢を固めて中にいる俺達を逃さないよう張ってるだろう」
「僕達は外に出られない、ラグナさんたちが来れば騒ぎになる…ですね」
「ああ、ラグナ達がいい手を思いついて俺達を助けに来てくれる事を祈るしかない」
アマルトさんはその場に座り込み、大きく息を吐く。今回はあまりにも相手が悪すぎた、八大同盟の相手は少なくともこちらがイニシアチブを握り、なおかつ決戦の覚悟を決めた状態じゃないと勝ち目がない。それは二回経験した八大同盟戦で分かっている、それだけに強い相手なのだ。
そんな奴がいるところに…僕はまんまと。
「すみません、僕の想定が甘かったです」
「何言ってんだ、何をどうすりゃ八大同盟がいるかもなんて予想がつくよ…俺だってまだ理解が追いついてないんだ」
「でも…」
「言うな、なっちまったモンはしょうがねぇ。今この場を生き残ったら反省会なりなんなりすりゃあいい、後悔ってのは次があるから出来るんだ。なら…今をなんとかするしかねぇよ」
アマルトさんは既に待機姿勢だ、現状の戦力と状況ではルビカンテをなんとも出来ないと踏んでいるからだ。事実ルビカンテは強く、僕達ではどうしようもないのが事実。
でも…だとしても。
「とにかく離脱する方法を考えるか、ラグナ達が助けに来てくれるのを待とう」
(果たして…それでいいのか)
このまま待機でいいのか、もしラグナさん達が僕達を信じて待つ決断をして…意識のすれ違いが起きていたら?ラグナさん達がここに来た時点で僕の計画は破綻、カトレアを改心させる方法もなくなりこの街を救う方法はなくなる。そこはラグナさんも分かってる、だから救出は一旦保留にするはず。
でも…じゃあここで僕達が待ち続けて…もし、次の日の朝になったら、どうなる?
兵士達が館に戻ってきて僕達は見つかる?いいや…もっと最悪な出来事が起こる。
『明日はカトレア様が街に出て怪しい民間人を根こそぎ拘束するんじゃないか?』
『拘束で済めばいいけどな』
…守衛達の会話、もし明日までにカトレアをなんとか出来ず僕達がまんまと逃げる羽目になれば、その責任を被るのは僕達ではなく街の人達だ。カトレアの強硬な様子から考えるに自身の安心を得る為に無辜の民をギロチンにかけることもあるかもしれない。
僕の責任で…人が死ぬ。か…かも…しれない。
「ッ…」
これでいいのか、それでいいのか、そんなんでいいのかよ…僕は。でも待つ以外に選択肢なんか無いし…ラグナさん達が助けに来てくれなければ僕達はここから逃げ出すことも出来ない。
だから…助けを待って…助けを…。
「ッ…うぅ…!」
胸を抑える、胸元を掴み荒くなる呼吸を抑える。あまりの情けなさに…何を酔っていたんだと言われるような、叩きつけられる現実を前に。
結局…これか。助けを待つ…これだけか僕は。いつもそうだよ、誰かがいないと何も出来ない、強くなったと思ってもそれは仲間がいて初めて成立する強さ、そんな物…僕自身の成長とは呼ばない。
そうやって、強い誰かの影に隠れて、自分自身が強くなったと誤認して、危険な戦場にお遊戯気分で乗り込んで結果がこれ。仲間一人を瀕死の重傷に、もう一人は生死さえ不明。僕達はここから身動きが出来ず仲間に助けを求めている現状。
「ウッ…うぅ…」
「ナリア…お前泣いてんのか?」
「ご…ごめんなさい…僕…僕…」
「安心しろよ、最悪見つかっても雑兵程度なら俺が追っ払ってやるさ」
そう言ってアマルトさんは優しく僕の頭を撫でてくれる。けど違う…違うんだ、守ってほしいんじゃ無い…守られたいわけじゃ無い。僕はただ…対等になりたいんだ。
エリスさんやラグナさんみたいに強く、アマルトさんやメルクさんみたいに優しく、ネレイドさんやメグさんみたいに逞しく、デティさんみたいに賢く…。
そして師匠みたいに偉大になりたい…。
けれど僕に出来るのは演じるだけ、なれるわけじゃない。僕は…誰かの後ろで威張って、危なくなった声を張り上げて助けを呼ぶ、そんな奴にはなりなく無いのに。
「ぅぐッ……」
「ん?やべっ…足音だ、そりゃ屋内も捜索するよな。ヤベェな…今見つかるのはなぁ…」
外には兵士達が山ほどいる、中も捜索が始まった。見つかったら僕はどうする?アマルトさんの後ろに隠れるのか?それとも戦えるつもりで戦ってまた負けそうになって助けられるのか?
そんなんじゃダメだ、強くないと意味がない…強くならないと、僕はやはり助けられるままで──────。
『サトゥルナリア、どうしてボクは強いと思う?』
(あ……)
強くならないと…そんな言葉を強く願えば、思い出す。昔…今と同じように自分の弱さに涙したことがあったことを。
あれは四年前、まだコーチとトレーニングに励んでいた頃の事……。
───────────────────
「どうして、強いか…ですか?」
それはシリウスとの戦いで、僕は己の弱さを痛感し。涙ながらにプロキオンコーチに強くなる方法を懇願した時の事だ。
コーチは…こう言ってはなんだが、戦う術を僕に強く教えてくれるタイプじゃなかった。ラグナさんみたいに山を引っ張ったり、エリスさんみたいに実戦形式で何かを教えてくれたりするわけじゃない。
魔術陣を教えて、心意気を説いて、あとは役者としてのレッスンが大半だ。お陰で僕は世界一の役者と名乗っても恥ずかしくないくらいの演技力を手に入れることはできたが、仲間達に追い付けたかは…微妙だった。
そんな中、僕は必死にコーチに頼んだ…強くしてくれと、仲間達と対等になりたいと…すると師匠はこう言ったんだ。
「そう、どうしてボクは強いと思う?」
と…コーチは強い。魔女様みんなから認められるくらい強い、近接戦ならあのアルクトゥルス様を翻弄するほどだと聞いた、臨界魔力覚醒を使えばあのとんでもない魔力を持っていたウルキを一方的に嬲る事さえ出来たと。
けど…じゃあなんで強いかと聞かれると、分からない。
「剣が上手いから!」
「剣がないと弱いの?」
「い、いえ…じゃあ魔術陣!」
「魔術陣がないと弱いの?」
「そうは言ってないというか…じゃあ剣と魔術陣が!」
「そんなもの無くてもボクは誰にも負けないかなぁ〜」
「んもう!じゃあなんなんですかー!」
「そんなモノ決まってるだろ?ボクがボクだからさ!」
それは答えなのだろうか…答えなんだろうな、でもまぁ…うん?いや納得出来ないぞ?どういう事なんだ?
「どういう意味か…差し障りなければ教えていただいても」
「サトゥルナリア、ボクは君を弟子に取る時。君に剣を持たせることはないと言ったね?」
「はい!僕の剣の才能はお爺ちゃんになってからじゃないと開花しないからって!」
「理由はそれだけじゃない、君が役者だから剣を持たせなかったのさ。役者が持つのは剣じゃないからね…今そんな理由って思ったね?」
「はい!正直!」
「いいね!正直は美徳だ!…ボクはねサトゥルナリア。ボクがボクだから強くなれたと思っている、ボクはカノープスのように強くもアルクトゥルスのようにマッスルにもなれない、勿論レグルスのように残酷にも。だがみんなはボクになることは出来ない」
するとプロキオンコーチは右手に剣を、左手に花を持ち、スポットライトの下に立ちクルリと回り。
「ボクは役者だ!美を追求し心を動かす役者さ!そしてボクは剣士だ!剣を持ち刃を煌めかせる剣士さ!役者であり剣士であるからボクであり!ボクだからこそ役者であり剣士になれる!他の誰にも出来ないことを他でもないボクがやっている…そしてそれは当たり前のことなんだ!」
「当たり前の…」
「そうさ!サトゥルナリア!君もそうだよ!君は君にしかなれない!君だけが君になれる!君に出来ることは君にしか出来ない!君に出来ない事は君以外がすればいい!ボクが君に積極的に戦い方を教えなかったのは君が君だから、君が天性の役者だからさ!」
「でも…それじゃあ僕は強くなれないんですか?」
「そうじゃない、君は君だから強くなれる…君自身の強さがある。ボクが今日まで教えてきた事は君自身の特性を活かす特訓をして来た。君が役者として強くあれるやり方を…君が君だからやれる戦い方を」
プロキオンコーチはボクの前に悠然と立ち、左手の花を差し出す。その美しい所作は思考の余地を挟む事なく僕の体が勝手に動き…花を受け取ってしまう。
「君に剣は要らない、君には花だけで良い。ただ一つだからこその唯一無二…如何なる物も究れば立派な武器になる。心配はいらない、君は君のまま強くなれるようボクが導く」
「僕が僕のまま」
正直、理解の及ばない話だ。だって僕は弱い、戦士ではなく銃士ではなく魔術師でもない…役者だ。役者が戦いの場で出来る事は限られている…けれど。
「信じろ、自分を。君が信じられる君をボクが作るから、だから今は前を向け」
少なくとも…コーチの言葉に勇気つけられたのは事実だった。
─────────────────────
「僕の強さ…」
僕はコーチに導かれここに来た。今の僕を否定するという事はコーチの努力を否定することになる。コーチは必死に僕に授けてくれた…僕が剣士になることも魔術師になることもなく、強くなれる方法を。
そこは信じられる、コーチ程偉大で頼りになる存在はいない。だから言われた通りにする…言われた通り、前を……。
「え…!?」
ふと、涙を拭い前を向くと…そこには僕がいた。今のままでずっと気がつかなかった、下ばかり見て気がつかなかったけど…この部屋、衣装部屋なのかな。目の前に大きな姿見がある。
姿見には、僕の姿が映っているんだ…いや、違う…これは。
「……………」
「な、ナリア?」
立ち上がり鏡に近づきよく見る。そこに映っているのは僕か?違う…だって今の僕は。
「ルナアール…いや、怪盗ナリアール」
そこには怪盗がいた。大胆不敵で、いつも余裕で、予想を上回り他を出し抜き月下に笑う…怪盗が。少なくともルナアールはそうだった。
僕は油断と思い違いからこの場を劇だなんだと口にしていた。結果それがみんなの身を危険に晒したが…それでも僕は劇を続けなければならない。思い違いで一人で滑って寒い空気を醸し出しても役者は役者としての使命を全うしなければならない。
何故ならまだ…幕は閉じてない。
「……………」
幕が閉じていないと考えれば、みるみるうちに体の中から不安が消えていく。これはコーチが教えてくれた精神没頭法。緊張を和らげ役になり切る精神制御術だ…それの応用で、弱い自分をマントで包み、クルリと翻ればそこには虚構の世界の住人だけがいる。
ならばそうしろ、これは劇だ。例え壇上に僕だけしかいなかったとしても演じろ…僕には演じることしか出来ない、何故ならそれが僕だから。
僕にしか出来ない事は、僕だけがやる。それはつまりコーチの語ったボクの強さ…ならば貫け、僕は魔女の弟子…閃光の魔女プロキオンの弟子サトゥルナリア、そして…。
「大怪盗ナリアールだ」
「おいナリア…どうしたんだよ鏡なんて見て」
「アマルトさん、今からやるのは…僕の身勝手な一人芝居です」
「は?」
「付き合っていただけますか…?」
「……よくわかんねーけど。お前がやりたいなら俺は付き合うぜ?」
「ありがとうございます、ならアマルトさんは今から観客ですね…いや、観客はこの世界か」
「ッ…!」
その瞬間、アマルトが見たのは…帽子を深く被り、仮面を付け直すサトゥルナリアの姿、のはずだった。
だが、そこに疑問符をつけさせるほどに…今のサトゥルナリアは雰囲気が違う。まるで別人になったような、いや…事実なったのだ。
ルナアールはシリウスによって強烈な暗示をかけられた状態にあったプロキオンが演じた虚構の人物だ。であるならば…それを逆手に取ればナリアにもなることができる。
鏡を利用した強烈なアウトプットによる自己暗示。自己を廃し生み出した新たなる自我によって個を確立する人格再形成にも匹敵する…役作りが、サトゥルナリアという人間を消失させ、この世にいない人間を出現させた。
「待たせたねッ!」
「うぉっ!?」
突如…ナリアはマントを翻しその場でポーズを決める。この状況下にありながら不敵に笑い鞘に収めた模造剣を手元で回し仮面を付け直す。
「な、ナリア?」
「誰だいそれは…、私はそんな名前じゃないさ。私は…」
成れ、為れ、生れと声が呼ぶ。例えこの身が虚構なれど、嘘偽りの存在なれど、人の目がそれを映す限り如何なる嘘も真実となる。
ならばこそ、今ここに僕は私に成る。それが自分にしかなし得ぬ奇跡であり…僕にとっての当たり前なのだ。
「大怪盗ナリアール…君の良き友さ」
「おう…、なんか分からんが…気合い、入ったかよ?大怪盗」
「勿論さ!君はここで待っていたまえ…悪いがここからは私の独壇場。他の誰にも出番はない、そう…誰にも」
起があり、承があり、転があるならば、残すは『結』…ハッピーエンドだけだ。
…………………………………………………………………
「こっちの方から声がしたぞ」
「畜生、マジで侵入者かよ。あの警備をどうやって掻い潜ったんだ」
館内から聞こえた爆音を頼りに捜索を開始する守衛達。既に起床したカトレアの『是が非でも捕まえろ!無理ならお前ら全員減給だ!』の憤怒の声に突き動かされた彼らは話し声の聞こえる衣装室前までやってくる。
そしてチクシュルーブ謹製の軍銃に弾を装填し…ドアノブを回し─────。
「おや?探し物かい?なんなら私が手伝おうか?」
「ッ!何者だ!」
その寸前に、響いた声に反応し守衛達は銃を向ける。その先は廊下の奥…月明かりが差し込む窓辺。まるで月をライトに、闇を舞台に、全てを己を際立たせる材料が如く扱う白銀のシルエットがそこに立ち、帽子で顔を隠しながら、口元だけを見せ笑う。
「私かい?私は…ナリアール。月下の大怪盗ナリアールさ…それが、何か?」
「ッこいつが!」
「撃て!撃ち殺せ!殺害の許可は出てる!」
「私のような巨悪を打ち倒したいなら…足りないな、千の銃も万の剣も足りない…必要なものはただ一つ」
放たれる銃声、響く轟音、一斉に放たれる弾幕を前にナリアールは不敵に笑い…クルリと宙返りし窓のヘリを掴みながらガラスを割って外へと逃げ。
「主役のかっこいい決め台詞さ、次会う時まで考えておいてくれたまえ!」
「な!外に逃げたぞ!追え!追え!」
外へ逃げ弾丸を回避したナリアールはそのまま守衛を引き連れるように庭園へと飛び出し闇の中を駆けていく。
「いたぞ!こっちだ!」
「あんなところに!撃てーっ!」
騒ぎを聞けば、外にいる守衛も当然動く。ゴーレムが目から光を放ち庭園を走るナリアールを照らし闇の中から彼の姿を暴き立てる。しかしそれでも軽やかに走るナリアアールはそれをスポットライト代わりにでもするかのように全員の視線を釘付けにする。
響く銃声は喝采に、照らす光は脚光に、視線を独占しナリアールの独壇場は続く。
「ダメだ!弾じゃ当たらない!囲んで捕まえろ!」
「応!」
咄嗟に守衛達はナリアールの侵攻方向を遮るように回り込み捕まえようと数で攻める。だがそれを見たナリアールの口元には笑みが、まるでそこさえ読んでいるような…他愛無い物を嘲笑うように彼は腰のホルスターからカードを取り出し。
「さぁ!プレゼントだ!」
「んなっ!?」
空を切り裂き飛翔するカードは守衛達の目の前で爆裂する…書き込まれた衝破陣がカードを粉砕したのだ。それにより括り付けられていた金の紙吹雪が辺りに飛び散り…。
「爆弾…っていない!?」
「何処に行った!?」
消えた…金の紙吹雪に気を取られた瞬間ナリアールが目の前から消えたのだ。目標を見失い左右に首を振る守衛達、そうしてようやく見つけたのは…。
「居た!あそこだ!」
そこは館を囲む外壁の上。カトレアが趣味でつけた龍の装飾の上に立ちマントで体を覆い、バタバタとはためかせるナリアールの姿で…。
「貴様!何が目的なんだ!何者なんだ!」
「君達の疑問の答えは全て予告状に書いた通り。私はナリアールで目的は地下の食材…そしてカトレア・ガラゲラノーツの欺瞞を破壊する為、ここにいる。私は民衆の怒りだ…などと口にするつもりは毛頭無いが、それでも」
バッ!と仰々しくマントを払い鞘に収めた剣を手にナリアールは仮面の下で不敵に笑い…。
「カトレアの命運は今日終わる、私が生きている限りね」
「この…吐かせ!」
「ハハハハッ!」
守衛達の一斉射撃を前にナリアールは飛び上がり、庭園の空を駆ける。月を背にシルエットだけを降ろし全てを翻弄する姿はまさしく月下の大怪盗で…。
「私を見つけてみたまえ!」
そして、再びカードを下に向けて投げ下ろし…作動する光閃陣が守衛達の視界を奪う。
「ぐぅっ!?また目眩し!何処に行った!」
「あ!あっちです!」
視界を取り戻した守衛達が見たのは、空を飛び館の郊外へと逃げていくナリアールの姿で…。それを見つけた守衛達は大慌てでナリアールを追いかける。
カトレアに雇われた守衛としてこのままナリアールを逃せばどうなるか分からなかった。館に侵入され、庭園を荒らされ、騒ぎを起こし、尚且つあんな挑発的な予告状を送った奴を取り逃しでもすれば減給では済まない可能性がある。
カトレアは西部内でもチクシュルーブを除けば五本の指に入る大貴族、その力は凄まじい。多少の無理なら罷り通る…だから。
「追えー!死んでも逃すなー!」
「絶対に引っ捕えろー!」
皆追いかける、全身全霊で…門を開け飛んでいくナリアール目がけ走っていく。それほどまでに…全員が冷静さを失っていた。
「そんなに私のマントが欲しかったのかな?」
そしてそんな守衛達の背中を見送りながら飛び去ったはずのナリアールは一人玄関口に凭れ掛かり笑みを見せる。…飛んでいったのはナリアール自身ではなく背中のマントだけだ。それに衝破陣をくくりつけ空へと飛ばしただけ。
「月夜とは言え視界の効かぬ闇の中、目に映える白はさぞ追いやすいだろう」
人の目とはあまりにも単純な物だ、遠く見れば細かいところが分からず、近く見れば全体像を把握出来ない。そこを上手く扱うのが役者であり怪盗だ。悪いが見られる事に関してはこちらはプロだ、ならば当然…見せる事に関してもプロ。
所謂奇術のミスディレクション…その応用を用いてマントに注意を向けた、その結果今この館には守衛はいない…できるならば。
「さて、決着と行こうか」
仮面をしっかりと付け直し、ナリアールは極度の集中と極限の自己陶酔を維持したまま扉を開き…地下へと向かう。
地下にはきっとアイツがいる、だが同時にターゲットもある。予告状が出された以上…この劇の最後は確定しているのだ。
(さて、どこまで通用するか…)
怪盗は戦闘職では無い、だがこれから行うのは戦闘だ。今自分の手元にある手札を再度確認しつつ…奴との戦闘に備える。
ルビカンテ・スカーレット…強敵だ、八大同盟の盟主と言うなら今まで戦った全ての敵よりも強いことは確定している。それでもやらねばならない、ここで負ければ全てが水の泡…いや負けはないか。
だって僕は怪盗だ、怪盗にあるのは勝ち負けではなく…ただ盗み抜くと言う結果だけだ。