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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十七章 デティフローア=ガルドラボーク
642/837

587.魔女の弟子と月下の怪盗ナリアール

飽食の街ガラゲラノーツに巻き起こる問題、領主カトレアが食べ物を独占し民の分も纏めて買い占めてしまい街が飢えていると言う問題に直面したエリス達はナリアさんの提案でこの問題を解決するために動く。


その解決法をして、名を『月下の大怪盗ナリアール作戦』…みんなは特に反応を示さなかったがエリスは知っている。それは紛れもなく数年前にエトワールを騒がせた大事件『月下の大怪盗ルナアール』のオマージュ…つまり、彼の師匠プロキオン様の真似事だと。


「ルナアールの真似ですか?ナリアさん」


「え?」


ふと、それからエリス達は馬車に戻って食べ物をなんとかする為、カトレアに戦いを挑むための準備として馬車に戻って来た。そんな中準備を進めるナリアさんに話しかけると彼は驚いたような顔でこちらをみて。


「えへへ、エリスさんには気づかれますよね。はい、そうです、コーチのルナアールの真似です」


「エリス驚きました、てっきりエリスは…ナリアさんはあの事件を無かったことにしたいものかと思ってました」


紙に魔術陣を書き記すナリアさんをみながらエリスは述べる。だってナリアさんはあのルナアール事件に対して怒りを抱いて居た。悲劇の嘆き姫エリスを貶める最悪の行為だと怒っていたからこそエリスと一緒に事件解決に乗り出したんだ。


そしてその犯人こそ彼が今敬愛するプロキオン様。もう無かったことにしたいものと思って居たところに、彼はこの作戦を提案した。びっくりだった…だがナリアさんは微笑みながら首を振り。


「よくあることなんですよ、弟子が師匠の作品を受け継いで完成させるって言うのは、美術界では」


「師匠の作品を…?」


「はい、コーチにとってルナアールは自身の内に秘めた感情の発露でした、それは即ち作品です。それが許されない行為であるのは理解して居ますが…だからこそ僕が受け継ぎ、真の芸術へと昇華させる。そのつもりで名前をお借りしたんです」


「なるほど……」


さっぱり分からん。けどナリアさんがそう言うならきっとそれは芸術だ、ぶっちゃけエリスとしてはカトレアが泣きを見るならそれでいいんだが…そうか、師匠の作品を受け継ぐか。


「じゃあ、ナリアさんは真の意味で師匠に近づきたいんですね」


「はい、その通りです」


ニッと笑う。いい笑顔だ、最近思い悩んでばかりだったから彼のこんな顔を見たのは久しぶりかもしれない…しかし、真面目な話をするならば。


「それでどうするんですか?大怪盗ということは盗むんですか?」

 

「というより奪い返します、民の皆さんの食べ物を。あの館に忍び込み館の中にある食料を持ち出し、みんなに配る…謂わば義賊です」


「しかしそれでカトレアが納得するでしょうか、奪われてもまた次に来る行商人から食べ物を買い占めてしまえば同じだと思うですが」


「そこについても考えてあります、なんせこれは勧善懲悪…申し訳ないですがカトレアさんには少々報いを見ていただきます」


そう言ってニッと悪戯に笑うナリアさんの言葉に興奮する、いいね。ここまでの事をやっておいてアイツにお咎めなしはエリスの溜飲が下がりません。そういう事なら断然協力しますとも。


「いいですね!どこの山に埋めますか?」


「何を?」


「ペンチとか使います?」


「何に?」


「爪って剥がれると痛いんですよね、エリスこの間知りました。どこから剥ぎます?」


「な、何しようとしてます?」



「ナリア様、仰られていた小道具の準備出来ましたよ」


「あ!メグさん!」


すると時界門を開いて現れるのはメグさんだ、その手には大きめのスーツケースが握られており。ナリアさんはそれを見るなり嬉しそうに駆け出しスーツケースの中を改め…その場でポンポン服を脱ぎスッポンポンになるなりスーツケースの中の服を着て。


「どうでしょうエリスさん、似合ってます?」


「おお!?…凄い、そっくりです」


スーツケースの中に収められて居た服は白いスーツに黄金の仮面、そして蒼輝の剣…そう、エリスの記憶の中にある通りの怪盗ルナアールそのままだった、強いて言うなれば髪色がナリアさんとプロキオンさんで違うくらい、後は体格も結構違うが…どうしてだろう、纏う雰囲気が全く同じだ。


「な、なんか悪い思い出が蘇ってきます」


「まぁ素敵、ナリア様ったら怪盗ルナアールそっくりですね」


「えへへ……あれ?メグさんってあの事件の場にいましたっけ」


「皆様に姿を見せて居なかっただけで私もあの時エトワールにいましたのでね」


そう、ナリアさんは忘れているかもしれないがエリスがメグさんと出会ったのはエトワールだ、それもリーシャさんの口ぶりから鑑みるに恐らくメグさんはエリスとほぼ同時期にエトワール入りして居た。ルナアールの事を知っていても無理はないが……。


「ルナアールの事知ってたなら手を貸してくださいよメグさん…」


「あの時はエリス様の事を警戒してたので無理です」


まぁ最初はメグさんも結構刺々しかったし…別にいいけど。あの時はひたすら大変だった…少ない戦力でどう立ち回るかを求められて、思えばあの時戦ったレーシュは強敵で……レーシュ…まさかアイツもこの街に来てたりしないよな。


アイツもう脱獄してるし…。ルナアールって聞くとアイツもセットで思い出すというか…。


「エリスさん何青い顔してるんですか?」


「あ、いえ…」


一応みんなにアルカナ脱獄件は伝えてあるが…ううん、今は変な事を考えるのはやめよう。考えてたら本当にあいつが現れそうだ。


「すみません変なこと考えていて…」


「タンゴを踊るダンゴムシとかでございますか?」


「そこまで変じゃないです」


「そうですか、じゃあ早速エリス様も着替えてください」


「分かりました……は?え?エリスも?」


「ほら、エリスさんのもありますよ」


ズルリとメグさんのスーツケースから出されるのはナリアさんの物と対になる黒いスーツだ、そして同じくシルバーの仮面…これ、エリスのサイズのやつだ。ってことは…。


「エリスもやるんですか?」


「はい、僕達はカトレア邸に忍び込み食べ物を盗み出します。でも僕だけじゃ出来ることが少ないので同行者も選ぼうかと思ってます…全員で忍び込むと大所帯になるので僕を入れて四人くらいが限度かなと、そのうちの一人がエリスさんです」


「なんで!?」


「エリスさんの魔術的にやれることが多いので、ほらほら早く着替えてください」


「えぇ〜……ううーん、えーい!仕方ない!ガラゲラノーツの子供達のためです!やってやります!」


「はい、あ…ここで脱がないでくださいね」


ナリアさんがやれというのだからやる、エリスは彼に判断を任せた、ならばエリスに文句を言う資格はない。しかしエリスが怪盗ルナアールの格好をする日が来るとは…。




「ど、どうでしょうか」


そして、エリスは服を脱ぎ黒いスーツに金のステッキ、シルクハットに銀の仮面をつけた姿でみんなの前に姿を現すと。既に他の準備を終えたみんながリビングに集っていた…。


「だはは!エリスお前なんだその格好!」


「笑わないでくださいアマルトさん!別に変じゃないでしょ!?」


「変じゃねぇけどさ、なんか異様に似合ってるなって。お前足長いからやっぱズボンが映えるなぁ〜」


「エリスちゃんカッコいい〜ッ!」


「うう……それはそれで恥ずかしい」


やーいとからかいながら一応褒めてくれるアマルトさんと純粋に目を輝かせているデティは知らない、この格好が元々プロキオン様がしていた格好だとは。だから純粋にエリスが男装したって程度の感想なんだろうけど。エリスからしたらあの恐ろしいルナアールの格好をしているって感じなんだ、思うところもあるよ。


「似合ってますねエリス様」


「ありがとうございますメグさぁぁええええ!?なんでメグさんも怪盗の格好してるんですか!?」


「怪盗メグナールです」


「意味がわかりません!」


見てみればメグさんも怪盗の男装をしていたのだ、しかも何故かスーツはショッキングピンク。めちゃくちゃ目立つだろ、これから何処かにし飛び込みますって格好には見えない。


「メグさんも潜入メンバーなんです」


「あ、そうなんですね」


「んまぁ〜考えてたみりゃメグは外せねぇよな、最悪見つかっても時界門で飛び出してこれるし、何よりこいつ隠れるのめちゃくちゃ上手いしな」


「前みんなでかくれんぼした時も見つからなかったもんね。次の日まで出てこなかったから居なくなったのかと思った」


「ん…メグ、似合ってる」


「でしょう?この大怪盗の手にかかれば盗めないものなどありません!皆様のお宝を盗みますよ!例えばほら、これ、アマルト様愛用のペン」


「テメェそれ俺の部屋から持ってきただろ!生徒の採点に使うんだから戻しとけよ!」


アマルトさんの万年筆を持ってキャッキャッ!とはしゃぐメグさんを見ていて思う。確かにメンバー選びは重要かもしれない。エリスは属性魔術全般使えるし記憶力があるから館の間取りも即座に覚えられる。メグさんは隠密技術に関しては他の追随を許さないし何より時界門は多大なアドバンテージとなる。


そしてもう一人、あと一人をナリアさんは想定していた…となると誰になるんだろうか。


「最後の一人は誰ですか?」


「だはは、デティじゃねぇの?小さいから色んなところに隠れられるし」


「このーッ!アマルトーッ!」


「アマルトさんです」


「え?」


「アマルトさんです、早く着替えてください」


「えぇ…俺ぇ…ラグナの方がよくね?」


「悪い、俺扉とか家の物とか壊しそうだからダメって言われた」


「納得…」


ズルリとスーツケースから出されたのは真っ黄色のスーツ、しかもこの中で唯一の男用だ。それを見たアマルトさんはゲンナリした顔でスーツを見て…。


「どういう色チョイス?俺パーソナルカラー緑なんだけど…イエベよりブルベなんだけど…」


「グダグダ言わないで着替えてきてください!」


「こんな大道芸人みたいな…分かったよ。絶対メグのチョイスだろこれ…」


ブツクサ言いながらも着替えるために男性寝室に向かうアマルトさん、まぁメグさんとアマルトさんの常軌を逸した服の色は多分だがメグさんのセンスだろう。メグさんあれで服のセンスはメルクさん並みに変だから。しかしアマルトさんか…彼も変身呪術があるし手札が多い。何より器用だ、頼めば大体なんでもやってくれる。


しかし意外だな、エリスはてっきりメルクさんかと思ったんだが…アマルトさんなのか。


「おや?準備は出来たのかな?」


「あ、メルクさん」


「おやエリス、似合ってるじゃないか。ここにリボンをつけよう」


「要りません」


みんなとは一足遅れて戻ってきたメルクさんが何故かエリスの後ろ髪を結ぼうとしたのを払い除けつつ、聞いてみる。


「メルクさんも何かの準備を?」


「ああ、ナリア君に頼まれて…こいつの制作をな」


そう言いつつポケットから取り出したのは一枚の紙…いやカードだ。掌に収まるサイズでありながら特殊なコーティングがされているのか紙のように薄いのに鉄のように硬い、そんな黒色のカード。


アマルトさん達は訝しげに見るそれに…エリスは覚えがある。


「こ、これも出すんですか」


「勿論怪盗ナリアールは怪盗ですので、予告するのは当然です」


怪盗ルナアールは盗みを働く前に必ず『予告』をしていた、いつどこで何を盗むか。それを必ずと言っていいほど予告していた、それに則りナリアさんもまた予告をするという。


カードの中には『今宵、カトレア・ガラゲラノーツが目論みし野心と下劣な欲望を踏み砕くべく、貴殿の館に蓄えてある食べ物全てをあるべき場所へ戻します。怪盗ルナアールより』…と書かれ──ん?


「今宵?」


「はい、今晩行きます」


「ちょっ!?急!もうすぐ夕方ですよ!」


「こういうのってもっと日を跨いで送るもんじゃねぇの?」


「当日にアポ取られても困りますよね」


「でも街の人達は限界でした。僕だって本当は一週間くらいかけて伏線張って満を辞して予告状を送りたいんです…けどここばかりは遊びで先延ばしには出来ません。僕達の目的は飽くまで街の人達の為、なんですから」


「う…」


確かに言われてみれば、手段と目的が入れ替わっていた。エリス達は別に怪盗がやりたいのではなく飽くまでカトレアが独占している食べ物をみんなに分け与えたいだけだ。そして街の様子を見るにあまり猶予はない。


ならば急でもなんでも今日やるしかない、だったら予告なんか出さなくても良いのではと思うがそれは野暮だろう。


「というわけで!今から作戦会議を始めます!エリスさん!アマルトさん!メグさん!三人には台本渡しておくのでセリフ覚えてくださいね!」


「セリフとかあるのかよ…」


「見つかる前提…?」


「そしてバッグアップのメルクさんとラグナさんとデティさんとネレイドさんは作戦時の動きを伝えておきます!正直こっちの方が重要なのでよく聞いておいてください!」


「ああ!任せろ!」


「フッ…私が盗みの手助けか。だが無辜の民が笑える世が我が正義、ならば手段は厭わん!全力でやれ!」


そして脚本サトゥルナリア主演サトゥルナリア主催サトゥルナリアのナリアさんによるナリアさんが送るナリアさんの劇…『月下の大怪盗ナリアール』が開幕する。怪盗ルナアールの所業を劇へと昇華する為の…弟子の戦いが始まるのだ。


………………………………………………………………………………


「カトレア様!郵便受けにこんな物が!」


「何かしら?」


そして数分後、カトレア邸の守衛が慌てた様子でカトレアの元に持ってくるのは…。


「カード?」


黒いカード、そこに金で刻まれた文字を一瞥したカトレアは眉を上げ…。


「やはり来ますか、いつかこんな日が来る事も想定済みです!総員第一級厳戒体制!今宵賊が我が館に忍び込み食糧を盗み出すとご丁寧に予告してくださいました!ひっ捕えて見せしめに処刑してやりましょう!」


「ハッ!」


「フッ、来るなら来てみなさい…賊め」


カトレアは臆することなく、慌てることなく、分かっていたことが予定通り来たように声を張り上げ館中の守衛を集め、当初予定し何度も模擬訓練を行った第一厳戒体制を敷く。


自分が周りから好かれるような事をしている自覚はない。いつかこの館に蓄えている食材を盗み出しに来る者が現れることなんか想定済み。故に先祖代々蓄えた莫大な財産を使い周囲を増員し、チクシュルーブ様に媚びを売り最新鋭の装備を揃えさせた。当館の戦力は国軍を相手にしても三ヶ月は持ち堪えられるだけの物はある。


「警備迎撃体制の確認は」


「完了しています…『巡回ゴーレム』『警備魔道具』全て起動させました!」


街の連中が忍び込んでくるかもしれないと思いチクシュルーブ様から買い込んだ警備システム。それが今回役に立つかもしれない。


巡回ゴーレム十五機、常に館内外を問わず警備し対象を見つけ次第爆音を発しながら敵対対象の撃破に走る。


警備魔道具四十五機、常に光を発し続けその光に触れると警告音を発する魔道具だ、これを『倉庫』の入り口に大量に配置してある。


正直これだけ厳重にすると私自身生き辛いったらないけど、それでも私は誰にも邪魔されるわけにはいかない。もうこれ以上チクシュルーブの下で生き続けるのはごめんだ。


(チクシュルーブは悪魔だ…これ以上アイツの下について生きるのは嫌だ、折角クルスが死んで王貴五芒星になるチャンスが巡ってきたんだ…この好機を無駄にするわけにはいかない。私はもっと上に行って…チクシュルーブの手が届かないところに行くんだ…)


そのためにも今更邪魔されるわけにはいかない…だから。


「貴方にも働いてもらいますよ!ルビカンテ!」


「はぁーい…はぁ」


何やらダルそうに床に寝転ぶ赤毛の女ルビカンテ・スカーレットに声をかける。すると彼女は気怠そうに手を上げて軽く返事をする…それが雇い主に対する態度かと言いたいが。


…言わない、ルビカンテは今カトレアが保有する戦力の中で最強の存在だ。裏社会に名前を轟かせる超大物である八大同盟の盟主なんだ。最初は嘘か或いは偽物かとも思ったが…間違いない、ルビカンテは本物の八大同盟だ。


だから手放すわけにはいかない…こいつがいる限り私の安全は担保されるのだから。


「今宵賊が忍び込みます!今日一日!厳戒体制を維持しなさい!」


「ハッ!」



「はぁ……」


気合を入れるカトレアと守衛達を冷めた目で見つめるルビカンテは大きくため息を吐き気怠げに寝返りを打つ。


(折角、こんな目立たない辺境にやってきて。平穏無事なグータラ生活を送ろうと思ってたのに…面倒なことになってしまった)


とても面倒だ、出来れば自分が出ずに解決すればそれでいいが…今カトレアが崩れると私は暮らす場所が無くなる、ようやく『自由の身』になれたのに、思う存分怠けられる場所を見つけたのに。


…失うわけにはいかない。もう私は八大同盟の暴走に付き合うつもりはない…ルビカンテは『ルビカンテ』の暴走に付き合うつもりはない。





そして、それと全く同時刻。夕暮れに染まり始めた平原の只中に佇む一つの馬車、魔女の弟子達愛用の馬車の中にて…。


「うう〜ん、やっこさん動き始めたね。どうやら予告状を見て警戒高めたみたいだよん」


馬車に取り付けられた巨大な魔力機構『デティシステム』内部にてデティは呟く。魔力増幅装置などを搭載したこの馬車の機構を丸々魔術杖代わりにしたデティの魔力探知の規模は凄まじく。崖の上の館がようやく見えるかどうかという超遠方のこの平原からでも、デティの魔力探知は届いていた。


そして…。


「巡回ゴーレム十五機起動、他にも怪しげな…いや、これは警備用の魔力機構?それが四十五機、一箇所に集まって配置されてます」


そんなデティの肩に手を置き目を閉じるエリスが呟く。発動しているのは超極限集中状態…即ち識の力を用いている。


デティの超遠距離魔力探知とエリスの識の合わせ技。デティが魔力探知で館の中の状況を認識、されど魔力の動きだけしか認識出来ないデティを補佐するのがエリスの仕事。デティの認識を通じてエリスが識でより深く館の中を探知する。


対象をデティが認識、デティの認識をエリスが感じ取り補完。このコンボにより魔女の弟子達はその場にいる事なく遠方の状況を確認出来る。馬車の中にエリスとデティがいて、尚且つエリスが一日十分の超極限集中を使うことで限定的に可能になる反則技である。


「凄いな、マジで分かるのか」


「はい、今館の内面図と守衛の配置を書きますね」


「あ、待て待て。エリスは絵が下手だから館の絵に駒置くだけでいいよ」


「そんな…ラグナ酷い」


「う……」


そうしてラグナが用意した館の見取り図。事前にメグがこっそりスケッチしておいたカトレア邸のざっくりとした内面図にエリスは用意された駒を置く。エリスとデティの合わせ技により今何処に守衛がいて何処に何の仕掛けがあるかも事細かに認識出来る。


「守衛の数は大体百五十って…戦争でもするのかよ」


「ラグナ様、この配置…どうですか?」


そして、そこからはラグナの仕事だ。守衛の配置から巡回ルートを予測、元より兵員の配置や動きに関してプロ並みの知識を持つラグナは顎に手を当て…答えを出す。


「雑だな」


「雑…でございますか」


「ああ、なんとなく空いてる場所を埋めてる感じだ。多分向こうには兵員を動かすプロがいない…」


「つまり、忍び込む余地は…」


「忍び込む?犬の散歩も出来るぜ、これならな」


ラグナはそのままペンを使って置かれた駒一つ一つの巡回ルートの予測を書き、そして同時に何処から入って何処から忍び込み、どう通れば良いかも書き記す。恐らく兵員の数を揃えただけ、用兵のプロがいない、なら付け入る隙は大いにある。


「他に気になることはあるか?エリス」


「えっと、食べ物があるのは多分地下です…けどかなりの量がありますね」


「具体的な数は?」


「大容量の木箱、凡そ百二十五箱」


「そんなに溜め込んでるのかよ…!?うーん、持ち出すには苦労しそうだな。手で持って行くのは無理…となると、ナリア」


「はい、そこは考えてあります。メグさんの時界門を使って一気に外に持ち出すつもりです」


「お任せを、なんとなくそんな風な仕事をするんじゃないかなーとは思っていたので。準備万端です」


「それと地下倉庫前に大量の動体感知魔力機構もあります」


「それも私ならなんとか出来ます、お任せを」


忍び込み、何かを持ち出す役目は全てメグさんが請け負う。時界門を使えば移送輸送は即座に終わる、だからこそ彼女がいるわけだ…。


「そして潜入にはアマルトさんの変身呪術を使います」


「おう、けど変身するにゃ対象の一部が必要だぜ?人間なら相手の一部が、動物なら動物の一部が。動物に変身するにゃ食材とかがあると楽なんだが…今それないぜ」


「それってこれでもいけますか?」


「え?」


そう言ってナリアさんが差し出したそれを受け取りアマルトさんは微妙そうな顔をして顎を撫で…。


「んー……試したことないから分からないけど、うーん…理論上は行けそうだなぁ…」


「じゃあこれで行きましょう!」


「度胸すげ」


ともあれこれで大まかな作戦は決まった、何をどう動き、どこをどう通り、どうやって脱出するか。エリス達の力を総動員すればこのくらいは訳ないわけで…。


「ねぇエリスちゃん、アレ気にならない?」


「はい?」


ふと、デティから何かが伝わってくる。集中すれば今デティが何処に意識を向けているかが分かる。それはカトレアの直ぐそば…そこに。


「なんだこれ…」


人がいる、一人の人が…識を向けて見れば返ってくる情報は『ただの一般人、戦闘能力は皆無』と出るのに…どう考えてもその身に宿す力は常軌を逸しており。


(エリス達よりも…魔力が大きい…)


何かの間違いだと思いたいが…変な魔力がそこにある。戦闘の出来ない一般人が持っていい量の魔力じゃないだがどれだけ探っても危険を感じる情報が出てこない。


「分かりません、一般人だと出てますが」


「んー、じゃあ感じ的に何か外部装着型の魔装でも装備してるのかな。魔力の量的にはそんな感じがするよ」


「かもしれませんね」


識を以ってしてそれ以上の情報を得られないのなら、それ以上の情報はないと見ていいだろう。それより今は潜入計画だ…。


「では改めて。まず僕達は…」


そして今回のリーダーであるナリアさんが指を立て、館の間取り図を指し示し今回の作戦の概要を説明する。


まずアマルトさんの呪術でエリス達は変身して館の中に忍び込む。そしてラグナが書いたルートを記憶したエリスがみんなを先導しとっとと地下倉庫に向かい。メグさんが纏めて地下にある食材の入った箱を外に持ち出し…明日の朝カトレアが気がついた時にはエリス達は目的を達している。というわけだ。


「ここまで質問ありますか?」


「作戦決行時は俺達は何をしたらいい?」


「ラグナさん達は一応待機で、デティさんはここからメグさんの念話魔装を使って僕達に状況の報告を逐一行ってください」


「あいあいさー!」


「んふふ、なんか楽しくなってきたなメルクさん。やっぱ俺も怪盗やりてー」


「遊びじゃないんだぞ…だが気持ちは分からんでもない。勧善懲悪の活劇を身をもって体感できるんだ。その心地は特別な物だろうな」


ラグナやメルクさんは楽しいそうだ、とは言え現地に赴くエリス達と違ってラグナ達は今回手出しが出来ない状態にある…精々デティがバックアップをしてくれる程度だ。とは言え館の様子を見るに戦闘になりそうな感じはしないし…大丈夫だろう。


なんて考えていると、ふと…何かに気がついたネレイドさんがこちらを見て。


「…ねぇ、ナリア君」


「なんですか?」


「ナリア君が怪盗になったら…ナリアールだよね」


「はい!月下の大怪盗ナリアールです!」


バッ!とマントを翻すナリアさんを見てニコッと微笑むネレイドさんは続け様にこう述べる。


「じゃあ、エリス達は?」


「あ……しまった!役名考えてませんでしたよッ!大変ですアマルトさん!」


「なくても良くない?別に名前呼び合う状況にもならないだろうし」


「ダメですダメです!役名無しとかモブじゃないですか!僕達主役ですよ!」


ゾッと青褪めたナリアさんは頭を抱えて悩み始めてしまう。肝心の役名を考えてなかったと…、重要か重要じゃないかで言えば重要だ、少なくともこれが劇を模しているのであれば役名は必須。


するとメグさんが徐に手をあげて。


「ではこの不肖メグが考えましょう、皆さんの役名」


「いいんですか?」


「はい、まずアマルト様。アマルト様は怪盗アマリーです」


「理由聞いても?」


「アマリリスからです」


「安直〜けどいいよ、なんでも」


「そして私は怪盗ミッドナイトです」


「お前それズルくないか!?じゃあ俺もかっこいいのがいいよ!」


「エリス様は何にします?エリス様も私が考えましょうか?」


「聞けよ!」


エリスの役名かぁ…なんでもいいが出来るならエリスもメグさんみたいにカッコいい名前がいいなぁ…ってなったら一つしかないな。


「じゃあエリスはレグルスがいいです」


「れ、レグルス様ですか?いいんですか?師匠の名前で盗みを働くわけですけど」


「それは嫌ですね、じゃあステュクスでお願いします。怪盗ステュクス」


「サラッと盗みの責任をステュクス様に擦りつけようとしてます?」


「別に……」


そういうつもりじゃない…ただ、盗みは間違ったことだ。間違っていると思われることでもきっとアイツがやるならそれは正しいことになる。ステュクスは常に正の位置にいるから、エリスと違ってアイツは間違えない。だからその感じに肖ろうとしただけだが…確かに考えてみればステュクスの名前で盗みを働くのはまずいか…。


いや、いいか。どうせバレないし。


「ともあれ今宵決行です!皆さん!いいですね!」


「ああ!やってやろうや!」


「俺もここから応援してるぜー」


「気をつけろよエリス」


「はいメルクさん、あとリボンは要りません」


そして、決行の時が近づいていた。月下の大怪盗第二幕…『ルナアールを継ぐ者、怪盗ナリアール』の講演が、今始まる。


………………………………………………………………


「月が出たか」


そしてカトレア邸に予告状が届いてより数時間後、来たる侵入者に備え今日は一晩中の警備を命じられた守衛は門の前に立ち天を見上げる。


天には月が、丸く輝く月が煌めき時が訪れた事を告げる。


「マジで来るのかな、怪盗」


「さぁどうだろうなぁ、来たらダルいけど…来なくてもダルいだろ」


「だな、悪戯だったらだったで明日はカトレア様が街に出て怪しい民間人を根こそぎ拘束するんじゃないか?」


「拘束で済めばいいな」


今カトレア邸は厳戒態勢下にある。怪盗を名乗る不審者から盗みの予告が入ったからだ、それはつまりカトレアの出世計画にケチをつけるという事。


カトレアは敵対者は許さないし邪魔者も許さな。邪魔する敵対者なら尚更許さない、故に怪盗は必ず捕まえろと命令するだろうし、今日現れずとも明日には街に降りて民間人を数十人規模で拘束するだろう。


そうなった時、それに付き合わされるのは私兵団だ。どっちに転んでも面倒なことに変わりはないとため息を吐く。


「はぁー面倒なことになったなぁ」


「まぁそういうなよ、逆らったら俺達も街の奴らみたいな扱いを……ん?」


「どうした?」


ふと、天を見上げる守衛達の顔に影が一瞬差し込み、何かが上を通り抜ける。それを目にした守衛は静かに首を振り。


「いや、鳥が館に入っていっただけだ」


「ハハッ!そういえば蟻の子一匹通すなって言われてたよな」


「なら鳥に槍つけつけて言うか?『ここは立ち入り禁止だ!立ち去れ!』って」


「ははは、無駄そ〜」


どうせ怪盗なんて現れない、ああいうのは小説の中だけの話だ。だからきっとこの夜は長いものになる、長くて退屈なものになる。だから守衛二人は互いに雑談を始める。


そんな守衛達の背後。先程通り過ぎた四羽の鳥は近くの茂みに入り込み…ガサゴソと枝葉を数度揺らした後顔を出す…それは既に鳥ではなく。


「楽勝でしたね、潜入」


「まさか羽ペン使って鳥に変身出来るとは」


「流石はアマルト様」


「第一関門突破です」


魔女の弟子達、否…怪盗ナリアールズだ。アマルトの呪術を使い鳥に変身し館の中に侵入して見せたのだ。確かに館の警備は厳重だ、だが古式魔術の力を使えば網に水を通すが如しなのだ。


「さて、ではここから館の中に入っていきます。準備はいいですか?皆さん」


仮面を付け直したナリアールは怪盗になりきってコソコソと物陰から物陰に移り周囲を伺う。ここは庭園、よく手入れされ芸術的な草のオブジェが並ぶ庭先だ。ここから僕達が目指すのは館の中…進入経路は。


「ありました、テラスです」


テラスの窓から忍び込む。玄関口は大量の警備が配置されている、そこを突破するのは難しいがテラスからなら容易に忍び込める。


『首尾よく潜入出来たみたいだね』


「はい、デティさん…」


耳元のイヤリングからデティの声がする。帝国謹製遠距離念話魔装だ、今デティさんは馬車の中から館の魔力を探って状況を確認している。あの人の魔力探知なら馬車からでも容易に状況が理解できるんだ。


「デティさん、見張りは」


『予定通り三人、巡回ルートもラグナが予測した通り雑な物だよ。私が合図したら四人で突っ込んで』


「了解です、皆さん…いいですね」


後ろ三人もまたデティさんの声が聞こえている、そして見張りの動き方もラグナさんの予測通り。流石だ…!


デティさんのバックアップとラグナさんの作戦立案、これがあれば凡その問題はクリアできる。後はここから…!


『今だよ!』


「はい…ってえぇ!?」


瞬間、デティの合図が出た瞬間動き出したナリア…よりも早く影が如き勢いで茂みから茂みへ移動したのはメグさんだ。流石は元空魔の影にして帝国最強の諜報部隊『冥土大隊』の隊長…隠れ忍ぶことに関しては他の追随を許さない。


「皆様こちらです」


「バカ早えなメグ」


「流石ですねメグさん」


「僕びっくりしちゃいました」


そしてメグさんはテラスの窓に目を向けて時界門を発動させる。時界門は視界内になら無条件で出入り口を作ることが出来る、つまり窓とか檻の類なら簡単に向こう側に通じる道を作れてしまうのだ。


そうして僕達は窓を割ることも開錠することもなく容易く館の中に忍び込む事に成功する。恐ろしい…自分で立案しておきながらこの手腕の良さ、手際の良さ、恐ろしいですよ。メグさんが秩序側の人間でよかったとつくづく思う。


『館の中に入れたみたいだね、そこは二階だね?もくひょーのブツは地下一階。館の内部は外よりも人員が少ないからスイスイ行けるはずだよ、エリスちゃん!』


「はい、内部構造は既に認識済みです、案内しますね」


「はい!」


そしてエリスさんは事前に識で認識していた通りに進んでいく。エリスさんの頭の中にはこの館の正確な構造が入っている、多分家主のカトレアよりもこの館に詳しい。故に迷いなく走っていく。


というかすごいなエリスさん、あんなに無造作に走ってるのに足音が出ないなんて…。


「つーか、これ考えてたより楽勝だな」


ふとアマルトさんが僕の隣でボソッと呟く。確かに楽勝だ、みんなの特技と魔術を総動員させているからカトレアぐらいの警備なら簡単に侵入できてしまう。多分、この国の王城にだってこのメンバーなら忍び込める。


「皆さんのおかげです、アマルトさんの呪術、メグさんの魔術、エリスさんの記憶力、これがあれば大体の困難は突破出来ますから」


「いやいやそれを組み立ててしっかり作戦練ったのはお前だろ?そこら辺はしっかり誇れよ」


「え?い…いやぁ…」


「にしてもさ、いいのかよこれ。俺たち怪盗だろ?怪盗ってもっとド派手に大立ち回りするもんじゃねぇの?敵をバッタバッタと薙ぎ倒して高らかに名乗りを上げてさ」


「それじゃ押し入り強盗ですよ。怪盗ってのはスマートにやるもなんです…名乗りは盗み終わった後、見せ場は逃げる寸前です」


「なるほどねぇ、つっても脱出もメグの時界門で一発だし楽勝なのは変わらねーか」


一応万全の備えはしてある。安全は常に確保し握ってある状態にしてある。それ故の楽勝だ…だがどうしてだろう。気を抜けない、それはこの状況が気を抜けない状況だからというのもあるが…。


僕はこれを劇に見立てて作戦を立てた、これが劇ならという過程で作戦を立案した…だからこそ不安だ。


作戦立案が起だとするなら、今この段階が承だとするなら…次に来るのは、物語の基本『起承転結』から考えて…トラブルの起こる『転』。予想外の関門が立ち塞がることになる。


いや考えすぎか、飽くまで劇に準えているのは僕だけ。これは現実…そう簡単に起承転結の通り進んでたまるか。


「おっと!」


『エリスちゃん進み過ぎ!ゴーレムが来る!』


「ッ…!」


その瞬間、目の前の曲がり角から現れが警備用のゴーレムがギロリとこちらを向き、頭部に光る一つ目の光が赤く輝き僕達を発見する。


『侵入者ハッケン───」


そして、発見と共に大音量の警告音鳴らして…まずい!見つかっ────。


「フンッ!!」


しかし、同時にエリスさんの拳が叩き込まれ。ゴーレムの体に数度光が煌めき…警告音が鳴る前にゴーレムは停止する。


あれだ、ゴーレムの中にある魔力の道を全て寸断したんだ。確かディオスクロア大学園の試験でやったとかなんとか…言ってた気がする。あれをやったんだ…あの一瞬で。


「危ない危ない、調子に乗り過ぎました」


『エリスちゃん!ちゃんとやって!』


「分かってますよ、けど多少の敵なら騒ぎになる前に潰したほうが早いでしょ?」


『もしかして進行方向に居るの分かって潰した?』


「はい、どうせゴーレムの目は誤魔化せないので、消すに限ります」


こ、これは。並大抵の転なら弾き返せそうだな。なんて思ってる間にメグさんは停止したゴーレムを時界門で何処かに捨て、発見された事実を無かったことにする。


「さて、進みますよ。下層にも何人かいるみたいですが一人二人くらいなら気絶させた方が早いので突っ切ります」


「ナリア、あれこそ押し入り強盗じゃねぇの?」


「あれは強盗じゃありません、侵略です」


少なくとも僕達にエリスさんとメグさんがいる、魔力覚醒者二人だ…並大抵のことなら大丈夫だろうと一応フラグを立てつつ僕達は下層へと進む。下層にはエリスさんの言った通り何人かの見張りがいたが。


「よっ!」


物陰から飛び出したエリスさんの蹴りが守衛を蹴り飛ばし。


「ねんねんころり」


影から姿を現したメグさんが後ろから守衛の首をコキリと回し気絶させ。


「こっち来い…!」


「んぐっ!?」


エリスさんが物陰から手を伸ばし守衛を影に引き摺り込み、メグさんが時界門を開きその中に放り込みこの場から消してしまう。なんかもう怪盗というより殺し屋だな。


「さて、片付きました…地下室の入り口はここです、急ぎましょう」


「は、はい…」


「思ってたのと違うな」


思っていたよりも楽勝な潜入に僕は呆気を取られつつ、エリスさんの案内で地下室へと向かうのだった─────────。





「あれは……」


そして同時に、地下室に向かう僕達の背を…チラリと見る影の、赤い髪が揺れたことに。僕達はこの時気が付かなかった。


…………………………………………………………


「これでよし」


地下室の入り口にはダイヤル式の鍵が取り付けられていたがそれも識で事前に把握していたエリスさんによって呆気なく解錠され。僕達は館の地下室へとまんまと侵入することができた。


下へ下へと続く階段…それを降ると。


「待った」


エリスさんが足を止める。そこには…。


「動体感知魔力機構です。あれの視界内で動くと警報が鳴ります」


「あれが…」


壁に無数に取り付けられているフジツボみたいた魔力機構。ゴーレムと一緒にこの館に配備されている装備のうちの一つだ、あれに感知されると特大の警報が鳴る仕組みだ、如何にエリスさん達といえど警報が鳴り百人単位の兵士達が押し入ってきてはオチオチ盗むどころの騒ぎではなくなる。


しかし…それさえも事前に支度を済ませている。


「ふむ、帝国で使われているものより簡素ですね」


「なんとかなりますか?」


「楽勝です」


ここで動くのはメグさんだ、マレウスで使われている魔道具の殆どは帝国の魔力機構の劣化版。そしてその魔力機構に精通するプロであるメグさんがこちらにはいる。


「時界門で向こう側に通じる入り口を作ってもいいですが範囲がどれほどかわからないので…これで解除します!メグセレクション No.73『広域機構停止装置ゼロ・ワールド』!」


メグさんが手元に取り出したステッキを振るうと次々と目の前の警備用魔道具が破裂し爆散していく。特殊な魔力波導を放ち小型の魔力機構なら簡単に破壊できる魔装を用い、凡ゆる警備用魔道具を無効化し悠然と進む。


メグさんがいれば魔道具による警備は意味をなさないのだ…自分で連れてきておいてなんだが、本当にメグさんは万能だ。


「さ、こちらに」


「地下に食材があるんだよな…、んー…空調はしっかりしてるから腐ってることはなさそうだな。そんな匂いもしないし」


「腐ったらいくら溜め込んでも意味がないですからね、そこはしっかりしてるんだと思います」


そして僕達は揃って四人で地下へと降りる。結局騒ぎになることはなく、未だカトレアは僕達侵入に気がつくことなくまんまとここへと僕達を入れてしまった。


「これか…」


「大量ですね」


階段の底、暗く冷えた石畳がズラリと並ぶ地下の大部屋、光源はなくただただ闇が広がる広大な空間に敷き詰められるように重ねられているのは大量の木箱。これら一つ一つがカトレアの買い込んだ…独占した食材の数々か。これがここにあるから街の人達が苦しめられている。


「持ち出しましょう」


カトレアには悪いが、やはり間違っている。多くの人が飢えただ一人が利益を享受するやり方は過ちだ。例えこれが独善であろうとも僕はこの過ちを見過ごせない。


だから持ち出す、ここにある全てを街の人達に分け与える。そうでなければガラゲラノーツは…この街に住む人達は、みんな死んでしまう。


「では時界門を用います。全部を一気に放り込むことは出来ないのでアマルトさんやエリス様も手伝ってください、ナリア様は魔術陣で補佐を」


「はい!」


「分かりました」


そしてメグさんは時界門を開き木箱を外に持ち出すための準備を終え─────。



…た、その時であった。


『エリスちゃん!誰か来る!しかも凄いスピード───』


「え…!?」


デティさんの声が鳴り響く、明らかに常軌を逸した焦り具合に全員の緊張感が高まった…その時だった。


「『ホワイトアウト』ッ!」


「ッ…!?」


背後、僕達の背後…つまり階段のあるこの部屋唯一の出入り口から、何かが放たれた。それは真っ白な液体だ、全てを塗りつぶすが如き純白の液体が粘度の高さを証明するような気色の悪い音を立てて僕達に飛び…降り掛かる。


「ッ…ああ!」


咄嗟に飛び退いたエリスさんが叫ぶ。白い液体を直感で回避したエリスさんが見たのは時界門の発動タイミング故に回避が出来なかったメグさんが何の反応も出来ず白い液体に飲まれる姿で…。


「メグさん!メグさん!」


「────────」


そして、白い液体を頭から被ったメグさんはまるで絵の具に塗りつぶされたように全身真っ白に染まる、口の中や目までもが塗りつぶされ…まるで純白の彫像のように固まり動かなくなってしまった。


「メグさん!ダメです!反応がありません!」


「まるで彫像だ…メグさん!」


メグさんを叩いて反応を伺うが、返答がない。それどころか液体を前に口を開けて驚いた姿勢で一切動かない。体も硬く固まって…本当に彫像にされてしまったような…。


まずい、メグさんが動けないんじゃ木箱を持ち出すどころか脱出さえも…!


「おいお前ら、メグも心配だが…あっちも気にした方がいいみたいだぜ?」


「ッ……」


アマルトさんが見るのは、メグさんを塗り潰したと思われる張本人が気だるげに半歩前へ出て階段を降りる。まるで血のような赤にガサガサの唇とアイシャドウのようなクマを目に蓄え、使い古した革のコートにダメージジーンズ…シルエットでなんとか女性と分かるが、それ以上に目を引く険しい顔つき。


只者ではないことが一目で分かる、何より…。


「ああ気怠い、仕事を増やさないでほしいのに…」


「貴方、何者ですか…さっきまで全く気配を感じませんでしたが」


「……………」


割れた爪先で彼女は頭を掻き、大きく大きくため息を吐き出し…僕達の前に立つと。


「名を聞かれたならば、こう答えるのがウチの決まりなんだ。…ごきげんよう、私はマレウス・マレフィカルム八大同盟の一角『至上の喜劇』マーレボルジェのリーダー…」


「え…八大同盟…!?」


「名をルビカンテ・スカーレット…よろしく」


『気をつけて!エリスちゃん達の前にいるやつ…いきなり魔力が膨れ上がった、マジで八大同盟の盟主級だよ!出来れば戦わないで!逃げて!』


…訪れてしまった、本当になってしまった。


恐れていたハプニング、想像だにしないアクシデント、…場を掻き乱し、状況を変える『転』が現れてしまった…。

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