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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十七章 デティフローア=ガルドラボーク
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585.魔女の弟子と強さを求める瞳


「あぁ…あぁあぁぁ、ナタリア先輩 死なないでください!死なないでください!、まだ先輩から聞きたいことがいっぱいあるんです!、先輩に教えてもらいたいことがあるんです!、なんでもしますから!なんでもしますから治ってください!…お願い…」


メイナードの指示を受け、外へ駆ける騎士達。大粒の涙を流しながらも魔力をどんどん注ぎ込み必死に傷を塞ごうと叫ぶヴィオラ。クレアさんは顔を背けぐったりし肩を震わせている。


あの日、私はレオナヒルドという悪人に誘拐された。私の身柄を利用してアジメクから逃亡しようとしたレオナヒルドに誘拐されて…そしてそれを取り戻そうと戦ったエリスちゃんとナタリアさん、そしてクレアさんによって私は助け出された。当時はまだ全然弱かったエリスちゃんは勇気を振り絞ってレオナヒルドと戦い…そして勝利したんだ。


けど、その代償は高くついた。私を助けようとしたナタリアさんが…バルトフリートさんの一撃を受け致命傷を負ってしまった。戦いが終わった後助けに来たヴィオラさんの治癒魔術も受け付けないほどに衰弱し、死を待つばかりとなった騎士の姿に私は…デティフローアは震えた。


「あ…あぁ…」


私は……無力だ、何もできない、傷を治す手段を持たない、何も出来ることがない。今私を助け出そうとした人の命が失われようとしているのに、何も出来ない。まだこの頃は古式治癒を与えられていなかった私には…何も出来る事がなかった。


ひたすら…ひたすら無力感に打ちひしがれながら、私は何も出来ず助けられるばかりだった己を呪いながら蹲った。


「私が…もっと優秀だったら、もっと先生に認められてて、古式治癒魔術を…教えられてたら…ナタリアさんは…あぁ…あぁあ」


「デティ…」


蹲り頭を抱える私を、エリスちゃんは気にかけてくれた。自分も戦いの傷で苦しいだろうに私の心配をしてくれた。なのに私は傷一つ負わず、今ここで何も出来ずに命の灯火が消えるのを見守っている。


なんと…なんと苦しいんだ、そして恐ろしいのか。私の手はなんと小さいのか…この手から命が溢れていくのに止める事ができない、力がないとはこんなにも恐ろしいのか。もしかして私はこれからもこんな思いをし続けるのか?力がなければ私は…エリスちゃんやクレアさんが死にかけても何もできないのか?


嫌だ、そんなの絶対に嫌だ…欲しい、もっと…もっと力が─────。


「私にもっと…力があったら」


そう、呟いたその時が…私の運命の分かれ道だった。私の長い生涯に於いて一番最初に…そして一番深く記憶に刻まれた地点だった。だからだろうか…選ばれたのは。



『自分が情けないか?無力が苦しいか…いや、苦しいよね。よく知っているよ、だって私は───』


「ぇ…何、…なんなの…」


突如、私の脳裏に…声が響いた。いや正確に言うなれば脳裏に響く文字とでも言おうか、それが声だと分かるのに、どんな声なのかは分からなかった。


ただ、何かが聞こえた。その事実に私は…驚いて顔を上げた。誰かが声をかけてくれたのかと思ったが、周りを見てもエリスちゃんしかいない…声の主がいない。


『私を探してもいないよ、けど大丈夫…私は貴方を害する事はない』


それでも声を語りかけてくる、訳の分からない状況に幼い私は頭を抱え狂いそうな心を必死に押し留め、揺れる瞳孔で虚空を眺める。


『いいかい?お前はこれから魔女の弟子として生きていくにあたり…多くの死を見る、多くの傷を見る、お前が不甲斐ないから何人も死ぬし何人も居なくなる』


幼い私にはあまりにも鋭利な言葉、明確な死のビジョン。抉るような鋭さで、突き刺すような声で、そいつは私に語り続けた。


『お前はこれからたくさん友達を作るだろう…、だがそれは全てお前の不甲斐なさで失われる。離別であるならまだ良いだろう、だがその悉くが死別であるなら…それは避けるべきだとは思わないか?』


『そしてそれは…お前の友達エリスも含まれている…』


奴が語ると、私の頭の中に知識が流れ込んでくる。知らない知識だ…それがまるで脳みそに刻み込まれるように鮮明に色を持つ。それはまるでこれから私が辿る未来を映すように…鮮明に目に映る。


(何これ…!)


見てきたのは『血の赤、燃え上がる街、そして…今よりずいぶん大きく成長したエリスちゃんが、胸に大きな穴を開けて、血を流して、苦しんで…絶命する姿』『目の前にいる存在は白い髪と赤い瞳を持った者、それがこちらを見てゲタゲタと笑っている』…。


そして私はそれを抱き寄せて…泣いている。これが…私がこれから辿る道?これが私の…未来?


「そんな知らない…やだ、やめて」


『嫌だろう、嫌に決まっている。ならお前は私に従うべきだ…最初に言った、私はお前の味方だよデティフローア、だから私を受け入れろ…』


「それは…でも」


何が起こっているのか分からない、けど受け入れろと言われて受け入れていいのかも分からない。何か…恐ろしい、こいつは誰なんだ…こいつを受け入れて…いいのか、本当に。


そう私が迷っているのを見た『ソイツ』は…。


『私なら、ナタリアを助けられるぞ。私ならお前の出来ない事ができる…助けてやるぞ?ナタリアを』


「あぁ…ぅあ…」


『それとも、死んでもいいのか?ナタリアが…エリスが』


「それは…ダメ…」


酷な話だとは思う、齢を五歳程度の子供に自らの身と今目の前で死にかけている騎士と友の命を天秤にかけろと言うのは。それはたまらなく怖い事だろう、得体の知れない存在の言葉を聞き入れるのは怖いだろう。


それでも、彼女は友愛の魔女の弟子だから…受け入れるのだ。受け入れるしかないのだ…だからこそ、だからこそ…。


『…優しい子だ、大丈夫…きっと上手くやるよ。だから私の言うようにしなさい、私が君に…魔術を教えてあげよう。人を…蘇生する魔術を』


「あ……」


そして、私の中に流れ込んでくるそれは…得体の知れない知識が私の中に注がれる。この時からだった、この時はまだその異常性を理解していなかったが…私は間違いなくこの時から変わった。


私が…ソレの影響を受け始めたのはこの時から、ソレは常に私の隣に立ち、私と同じ物を見て、時として私の自覚を奪い体を操り動き。私と共にあり続けることになった。



「デティ!しっかりしてください!気をしっかり持ってください!」


錯乱し始めた私を心配してエリスちゃんが私の肩を掴んで、顔を覗き込んで…怯えている。しっかりか…けどごめんねエリスちゃん。私は今この時を以て…完全に貴方の知る私ではなくなった、いや…私は私のままなのだろうか。


…昔こんな話を聞いた事がある。とある船乗りの話だ。古くなった船を修理した船乗りは船の全ての部品を取り替えることになったという。そうして出来上がった船と取り替えられた古い部品を使って作られた船、この場合どちらが真の意味で船乗りの船なのか…なんて意地悪な問題。


あるいは今の私はそれと同じ、…いや。どちらかと言うと沼の男の方か。


少なくとも、今…この時、この体を動かしているのは…。


「エリスちゃん…………ねぇ、私変かな」


「デティ……」


…エリスちゃんの知るデティフローアではない。けれど安心して欲しい、たとえ私が何になろうとも。


「大丈夫だよエリスちゃん、私はこの国とこの国の全てを、そしてエリスちゃんを守るからね。例え何を敵にしようともエリスちゃんだけは私が守る。絶対に」


「え…」


大切な部分は変わらない、私はこの国とこの国の全て、そしてエリスちゃんを守る。私にはもうそれしか残っていない、その決意は永遠を貫く槍となって…この時から始まる。


………今度こそ私は、エリスちゃんを守る。例え何を敵に回そうと…そう、世界を滅ぼしラグナ達から恨まれようとも。



エリスちゃんを殺そうとするシリウスも世界も、私の敵だ…。



─────────────────────






帝国襲撃事件、未曾有の影響を及ぼす大事件を受け帝国に帰還しカノープス達から帝国の現状を聞き、敵の大きさを思い知ったエリス達。そしてヴィーラントに話を聞きに牢獄に向かったエリスは…大いなるアルカナの脱獄を知る。


たった一つの組織で絶大な影響を及ぼす八大同盟の脅威、そんな八大同盟すら従えるセフィロトの大樹、セフィラの中でも屈指の実力を持つダアトとルードヴィヒさんさえ超える可能性のある新たなる人類最強バシレウス、そしてそこに加え…大いなるアルカナ。


状況は悪くなる一方、敵は増える一方、強くなる一方戦いは激化する一方。


「エリスやっていける自信がなくなりました」


「情けない事を言うな」


牢獄から出て、フリードリヒさんに大いなるアルカナ脱獄の話をして…一応指名手配という形を取ってもらった。まぁアイツらが指名手配されたくらいで捕まるとは思えないがそれでもやらないよりはマシということでお願いし…エリスはそのまま大帝宮殿の屋上で風を浴びて師匠と共に世界を眺めていた。


エリスは今自信喪失している、これでも旅をして強くなったと確信できていた。戦った敵は皆強敵ばかりだった、それでもなお天井…いや求められる水準の高さに驚く。


加速し続ける戦いの激化に。エリスはすっかりやっていける自信を無くしてしまった。


「師匠、エリスこのまま強くなって…やっていけるんですかね」


「それは私が保証することでもないしな、なんとも言えん」


この人はいつも正直だ、だからこそ信じられるんだけど…。


「負けるのが嫌なら、修行あるのみだ」


「分かってますけど…ちょっと敵が強すぎて。だってセフィラはみんな第三段階ですよ」


「なら第三段階に入るしかない」


そりゃ…そうかもしれませんけど、じゃあ入るかって言って入れるもんでもないし…。


「でも…」

 

「エリス」


そうやってグヂグチ言うエリスに対し、師匠は静かに名前を呼び…チラリと目を向けてこちらを見る。それから何かを続けて言うでもなく、ただ名前を呼んで…エリスをジッと見つめるのだ。


「師匠…?」


「余所見をするな」


「へ?」


「修行とは誰かの為にする物でも、誰かを凌駕する為にする物でもない。自身の道を見定め進む為のものだ、外にばかりを目を向けていても修行に身は入らない、常に己に…内側に意識を向け続けるんだ」


「内側に…」


「ああ、修練の道は孤独な物だ。他の誰かが強いからと言ってお前の道が閉ざされるわけでもない、他の誰かがお前を追い抜いていったからと言ってお前が貶められたわけではない。修行は…自分との戦い、自分を鍛え、自分で高みへ登っていく物だ」


他のあらゆる事で誰かを頼りにするのは構わないが、修行には他者は関係ない。修行中は自分のことだけを考えろ。師匠はそう言って腕を組む。


言われてみればその通りだ、エリスは何を思い悩んでいたんだ。エリスは戦う為に修行してるのか?或いはそれもあるかもしれないが原点はそこではない。


孤独の魔女の弟子たり得る存在として、エリスは師匠以上を目指している。その道のりは果てしないが…他の誰かが強くなろうともこの道が歪む事は決してないんだ。


エリスは勝つ為に修行してるんじゃない、強くなる為に修行してるんだ。


「そうでした、変に弱気になってしまいました。すみません師匠」


「構わん、修行は己一人でやる物だが…道を見失いかけたなら他社を頼ればいい。お前には道を示してくれる師匠と…友がいるからな」


「はいッ!」


やる事は変わらない、強くなって強くなって大きくなる。その果てにバシレウスとぶつかり合い負けるのであればエリスの修行が足りなかっただけだ。そうならないように今はただひたすらに修練に励むんだ。


「よし、ではもういいな。お前はそろそろマレウスに戻れ、呼んだのは無事を確認したかっただけだ」


「分かりました、では…あ、いや。その前に一ついいですか?」


「ン?なんだ?」


最後に一つ聞きたかった、それはあの戦いの中でアンタレス様がエリスに語った…次の段階に行く為には魔法を極める必要があると言う話。それは前々から師匠に言って聞かされていたが…最近になってエリスはその言葉の意味をようやく理解できた気がする。


魔法とは即ち魔力の扱いの総決算、魔法が使えるから第三段階に行けるのではなく魔法が使えるくらいじゃないと第三段階に行けないんだ。八大同盟の強者は皆魔法を使って戦ってきた。


特に、エアリエル。アイツの魔法の腕は凄まじく魔術を使わずあの強さだったのは正直驚きだった。そしてアンタレス様が見せたあの絶技とも言える魔法…あれが使えればエリスの第三弾回の道は一気に開かれるんじゃないか?


「師匠、第三段階に行くには魔法が必要なんですよね」


「前々からそう言ってる、お前を拾った時から魔力操作に重点を置いて育てたのは第三段階に至る為の時期を早める為だ」


「なら、教えてください!師匠の魔法を!」


「魔法なら教えている、流障壁。あれがあるだろう?あれを拡充して鍛えていけばいい」


「そうじゃなくて…!こう、みんなぐわーっ!って魔力を放って攻撃したり、魔力でドッ!加速して攻撃したりするじゃないですか!エリスもやりたいです!」


「攻撃なら火雷招を使え、加速なら旋風圏跳がある。なんの不足がある」

 

「そうですけどー!魔法で戦いたいです!師匠魔法も上手いんですよね!」


「まぁな…だがあんな時代遅れの産物を自慢げに技として使ってもな…」


師匠達からすればそうだろう、師匠は魔法しかない時代で生まれてるんだ。そこから魔術が開発されて魔法は一気に時代遅れの産物になり、みんなこぞって魔術を使い始めた。


けど今エリスに必要なのは魔法だ!魔法なはずなんだ!


「魔法は使わなくてもいい、魔術で戦え」


「でも!…お願いです!一瞬!一瞬見せてくれるだけでいいです!」


「…エリス、くどいぞ。弟子が師匠の方針に口出しするな、それに極論を言えば魔法は魔力防壁一つ会得しておけば良い、これは最後まで使うからな。魔力闘法は技として会得するのではなく一挙手一投足…自然と滲み出るくらいが丁度いい、事実魔女は常に魔力を纏い魔力を放ち攻撃するが、これは技ではなく一行動として自然と溢れている物だ。この段階に来れば自然と扱えるようになる、教えるまでもない」


「師匠〜…」


「……はぁ、言っても聞かんか」


すると師匠はバッと両手を解いて魔力を体から漲らせる。そして…目の前の巨大な入道雲に狙いを定めると…。


「よく見ておけ」


そして、手を開い…集めた魔力を一気に放出する。それは光を帯びて一条の光線となり入道雲を貫き大穴を開けるのだ。凄まじい威力だ…エリスが見てきたどの魔法よりも強い、こんなのを軽々やって退けるなんて流石師匠!


「と、ご覧のとおり。魔法は燃費が悪い、同じ量の魔力を使って魔術を行使すれば、少なくともこの十倍の威力が出る。だから精々動きの補助か…或いは牽制の一撃に使うくらいでいい、決め手には据えるな」


「凄いです凄いです!師匠凄いです!」


「そ、そうか?…まぁ魔法は詠唱を必要とせんから高速戦などの場面では活躍するかもな、うん。言ってみる程悪いもんでもないかもしれない」


なんか意見急に変えてきたな…でも凄い、エリスもこれが出来たら…!


「はぁっ!」


一応、師匠の真似をして魔力を放ってみるが。それは魔力の波とってボンッ!と手から放たれるだけで特に何か物理的な影響が出る事はない。


「う、全然出来ません」


「教えてないからな」


「教えてください!」


「必要ない…だが、そうだな。奴みたいな戦い方はお前に合うかもしれんな」


「奴?」


「ダアトだ、あれの戦い方はお前に酷似してる」


そう言えば師匠はダアトと戦って……いや!


「嫌です!ダアトの真似はしません!」


「ほう?なんでだ?」


「アイツはエリスのライバルですから!」


「フッ、ライバルか。大きな壁だな…ライバルか、いい物だな」


ライバル…そんな言葉を聞いた瞬間、師匠は嬉しそうに穴の間雲を眺めて…。


「なら、越えられるように頑張るんだ。引き続き防壁をメインに鍛錬を続けろ、どうしても魔法で攻撃しないならお前の場合ダアトのような部分的魔力加速も試してみればいい…それも旋風圏跳には劣るだろうがな」


「師匠の魔力加速が見たいです!」


「一瞬でいいと言ったのはお前だろう、諦めろ…しかしどうして急にそんなに魔法魔法だなんて言い出したんだ」


「アンタレス様が魔法見せてくれたんです!かっこよかったです!」


「あのクソ陰キャが…ッ!余計な事しやがって…ッ!」


「もっと魔法見たいです!」


「勝手にしろ!私はもう教えん!」


「そんな〜!」


プイッと顔を背ける師匠を前にエリスはガックリと肩を落とす。そんなにダメか…アンタレス様の名前出したのは。でもあれが出来たらエリスは確かに強くなれると思うのに…なんで師匠は分かってくれないんだ…。


エリスは早く、師匠みたいになりたいんだ…師匠みたいに、何かを背負って戦えるくらい…。


「………………」


エリスは見る、顔を背ける師匠の背中を。大きく、偉大な背中、エリスはその背中にいつも手を伸ばしている、あの日…あの雨の日、師匠と出会ったその時からずっと。師匠はずっとエリスの目の見える範囲に立ってくれているが、それでも届きそうと思ったことは一度もない。


…エリスは、師匠の役に立てるくらい強くなりたい。そう思って弟子になったのに…今回はもうまるでダメで……。


「エリス……」


「師匠…?」


すると、師匠は顔をこちらにチラリと向けて…何かを考えるように、今度は目の前の青空に視線を向けると。


「急げよ」


「へ?」


何が?急げ?何が?早く帰れってこと?師匠なんでそんな事言うの…って思ったら、なんか様子が違うな。多分これは…真面目な話だ。


「急ぐ…とは」


「強くなるのを…だ」


「ッ……」


身につまされような話だった、強くなるのを急げ…つまりエリスはまだまだ師匠にとっては強くはないということだ。そりゃそうだけど…こうも面と向かって言われるとショックだ。


「すみません…」


「別に謝ることではない、だが…エリス。お前は私に追いつくことを目的としているんだろう?」


「はい、それがエリスの命題です」


そこは、はっきりと言える。エリスは師匠に並び立つ存在になること。それがエリスが進み始めた原点だ…けど、なんで今更そんな話を。


「なら、足を早めろ。もう手を引いてやれる段階は終わった…あとはお前が、走って私を追いかけろ、いいな?」


「え?師匠…どう言う、意味ですか…?」


「…………」


師匠は答えない、ただ師匠は前を見ている…エリスを背に前を見ている。それはまるで、背中越しに師匠の見る世界を見せるように、その行為が何を意味するかは分からないが…。


なんだか、この言葉は…とても重要な話に思えて…。


「さ、帰るぞ。お前もそろそろ旅に戻れ」


「え?あ、ちょっ!」


「魔法は自分で勝手に覚えろ、やりたい事があるなら試せばいい。お前の道はお前だけの道だからな」


足早に去ってしまう師匠を追いかけながらエリスは師匠と共に戻る事になった。


しかし魔法か…師匠はあんまり魔法が好きじゃないみたいだ。師匠からしてみれば時代遅れの技であると同時に…師匠は魔術に誇りを持っているのかもしれない。


魔術は師匠の姉であるシリウスが作った物だ。シリウスは師匠に愛を持って魔術を授けた…その結果師匠はシリウスに次いで多くの魔術を保有する存在となった。


…師匠はシリウスと敵対した、けれどその敬愛が失せたわけではないのかもしれない。それが魔術をへの誇りに繋がっている、だとするなら…エリスは。


師匠の弟子として魔法とどう付き合っていくか、考えたほうがいいかもしれない。


…………………………………………………………………


「カノープス、様子はどうだ」


「む?レグルス、エリスとの話はもういいのか?」


「ああ、言いたいことは言えた」


「そうか」


エリスを見送り、メグを見送り、事の全てがこれで終わった。エリス達は再び旅に出た…後は帝国を復興させれば全て終わり、エリス達がマレフィカルムを倒すのを私達は再び待てば良い。


「ルードヴィヒの様子はどうだ、腕を失ったが…義手があるだろう。戦線復帰は?」


「可能だ、だが義手にしたとて自らの腕の性能には敵わん、戦闘能力の低下は否めない。なにより今回の一件でルードヴィヒは自らの老いを自覚してしまった。ここからは下方する一方だ…未だ人類最強である事に変わりはないが…」


「バシレウスはこれからも伸び続けるか…」


「………ああ」


ルードヴィヒは右腕を失った、されど義手にすればある程度は戦えるだろうが…ルードヴィヒは自らの体が確実に衰えていることを自覚してしまった。それは今までギリギリで押し留めていた何かを決壊させ、これからはルードヴィヒはますます力を落としていく。


それは緩かなものであれ、確かなものだ。対するバシレウスは高々一時間程度の戦いで爆発的に実力をつけた。しかもあれで完全に羽化する前だと言うのだから末恐ろしい…バシレウスがルードヴィヒを超え人類最強になるのにそう時間はかからない。


私の見立てでは、あと数度修羅場を潜り…一年か二年の時を置けば、完全にルードヴィヒを超える。そして奴自身が自分の殻を完全に破り羽化すれば…今度超えられるのは我々の番かもしれん。


「バシレウスは脅威だ、ともすればガオケレナ以上のな。だが我らが手を出すべきではないのも事実…歯痒いがここは待機するとしよう」


「………………」


バシレウスをなんとかする手段は一つ、エリス達魔女の弟子達がバシレウスより早く人類最強の座に上り詰めバシレウスの行進を止めるより他ない。魔女が戦線に出れば奴に余計な技を教えかねない。


だからカノープスの言うことは分かる…だが、違うんだカノープス。『私達はマレフィカルムに手を出すべきじゃない』…ではない、『手を出してる暇がない』が正しいんだ。


「カノープス、悪い…早速だが八人の魔女を集めてくれ」


「何?まさかマレフィカルムに乗り込むつもりじゃ…」


「違う、…マレフィカルムは捨ておけ。それ以上の脅威がまだ残ってる」


…ダアトが私との戦いの際に口にした言葉。何故奴が識確の力を使えるのか。その話を聞いて私は推理した…何故ダアトが『あの言葉を口にしたのか』について考えを巡らせた。


そしてその結果…私は一つの答えに行き着いた。それは…。


「シリウスがまた何処かで動き出している。マレフィカルムと天秤にかけた結果そちらの方が脅威だと感じたから…私達で止めに行くぞ」


「な……シリウスが?馬鹿な。そんな兆候など見られんぞ…」


「その件については全員集めから話す。だがカノープス…覚悟しておけよ」


それは避けられない運命、いずれ来ることは分かっていた、問題はいくつかあるがそれでもいずれ実現するであろうとは思っていた。人が人である限りまた発生することは分かっていた。


ただ、その時が来ただけなんだ…。


「…大いなる厄災は、近いうちにまた起こる。恐らく…私達が経験した物よりも、さらに大規模なものがな」


二度目の大いなる厄災…これが、確実なものになってしまった。





……………………………………………………………………………………




そしてそれから、エリス達は馬車へ戻ることとなった。既にデティもメグさんもやるべき事を済ませており、一旦師匠達に別れを告げた。


まずデティ曰く、帝国軍に損害は出たものの負傷者は全て治しきったとの事。肉体面は既に全快、精神面は分からないがこの被害のせいで帝国が機能不全に陥る事はないらしい。


そしてメグさん、ルードヴィヒ将軍と話した結果…ルードヴィヒ将軍は筆頭将軍の座を降りることとなった。片腕を無くし戦闘能力が落ちたのと同時に戦士として全盛期を過ぎ、正直やめ時を探してきたとの事。


代わる筆頭将軍は当初の予定通りアーデルトラウトさんが新たな筆頭将軍として帝国軍とトップに立つ事になったとの事。その事に対し本人は。


『無念だ!ルードヴィヒがやられ…剰え帝国の一角を欠く結果に終わるとは!無念極まりない!だが!私が将軍になったからには物怖じはしない!最大の軍拡と軍備を敷く!権威とは権威単体では意味をなさない!より一層の武力と戦力を兼ね備え権威はより輝きを増すのだ!』


と、言っていた。筆頭将軍が変われば帝国軍も色を変える。元来かなりの過激派であるアーデルトラウトさんが筆頭に立った以上、帝国軍もより過激化するだろう。だが今はそれが丁度いいのかもしれない。


ルードヴィヒさんが抜け、再び三将軍に戻った帝国軍。だが弱体化したとはとても言えない…なんせ既に新たなる芽が出始めているからだ。


ジルビアさん、トルデリーゼさん、ラインハルトさん。以上三名は既に第二段階の最終段階に至っており、第三段階への移行は時間の問題との事。彼らが第三段階に至れば穴を埋める形で将軍に加入出来るだろう。


アーデルトラウトによる過激化した帝国はより一層軍拡軍備に舵を切るだろう。いきなり帝国軍及びアド・アストラ全体の戦闘能力向上の為超絶強化プログラムを各国やアルクトゥルス様に助言をもらいながら組み立てると大演説を繰り広げていた。


……因みに、今まで魔女大国最強の存在はルードヴィヒ将軍だったが。それが抜けた今誰が魔女大国最強になったのかと、メグさんに聞いてみた。


するとアーデルトラウト将軍でも、ゴッドローブ将軍でも、フリードリヒ将軍でもなく。今現在最も強く且つ未だに成長を遂げているのはグロリアーナ総司令だ、と語っていた。


年齢的にもまだまだ伸び続けるグロリアーナ総司令が居る限り、バシレウスが人類最強になるのはまだ先の話らしい。…まぁ、『先の話』であって、無い話…ではないのが恐ろしいところだ…。


そして、馬車へと帰還したエリス達は……。


「どぉぉおおおりゃあああああ!!」


「『火雷招』ッ!」


「『概念錬成・打破』ッ!!」


ぶつかり合う、力と力が偽りの写真の世界の中、アルクカースの攻撃を模したこの世界で三つの輝きが衝突し炸裂する。そして爆裂した黒煙が晴れた先には…。


「はぁ…やっぱり強えな」


「ラグナも、メルクさんも…また強くなりましたね」


「フッ、そうだろう」


エリス、ラグナ、メルクさんの三人だ。三人とも魔力覚醒を行い互いに本気で戦り合う実戦式の修行に臨んでいた。先日のあの戦い、そして師匠から受けた薫陶、全てが弟子達に刺激を与えいてもたってもいられなくなり三人で修行に臨んでいたんだ。


だが結果は殆ど互角、強いて言えばラグナにまだ余裕があるくらいか。


「いやメルクさんの成長の幅がえげつない、この間覚醒したばかりだってのにもう俺やエリスについてくるだけの動きが出来るなんて」


「みんなのおかげだ、皆と戦う都度覚醒の理解度が高まるのを感じる。ここまで如実に伸びていく実感を感じるのは本当に久しぶりだ」


「覚醒すると今まで伸びを阻害していた壁が砕けますからね、また以前のようにグングン強くなれます」


「そう言う意味でも、覚醒は必須なのか」


覚醒していない人間がどれだけ鍛えても実力には限界がある。その限界を突破するのが第二段階到達なんだ、そして更に第二段階の限界を越えるには第三段階への到達が必須。


…つまりエリス達はまだまだ強くならないといけないんだ。


「次は私とやりましょうよ〜エリス様〜」


「メグさん、もう怪我は大丈夫なんですか?」


「それエリス様が言います?」


するとメグさんがエリス達に差し入れの冷たいドリンクを持ってきながら言ってくれる。勿論彼女もエリスもまだ先日の疲れや消耗が残ってる、けど…。


「私、もっと強くなりないんです。コクマーを倒せるくらい…そして、奪われた父の尊厳を取り戻す。それが私の今の目的です…その為にも強くならないと」


メグさんはコクマーを相手に再戦を誓っている。父の遺体を人形のように扱うあの怪物に勝つ為にはもっと強くならねばならない。


「もっともっと強くなりますよー!というわけでラグナ様覚悟ーッ!」


「いや俺に来るのかよ!?」


「てぇーい!」


「せめて覚醒してからにしろよ!」


「メグさん元気ですねー」


「エリスも私とやる?」


「ネレイドさん!いいですねぇ!」


うちの陣営も覚醒者が増えて覚醒をしての訓練も出来るようになってきた。このまま実力を伸ばしていけばきっとエリス達は更に高みに行けるようになるだろう。そう信じて今は修行に臨むしかないんだ。


「……………」


…ただ、そんな様を静かに見守っている…ナリアさんの顔に、この時はまだ誰も気が付かないのであった。


………………………………………………………


「ふぅー!今日も修行お疲れー!」


「疲れましたね〜」


「いい汗…かいた」


「やはり合同でやると違うな」


そしてエリス達はアルクカースの写真の中から飛び出して馬車の中に戻ってくる。因みにメグさんは先に外に出てキッチンに戻りアマルトさんと一緒にお昼ご飯を作るお仕事に向かった。


前まではメグさんがいないとエリス達は二次元の世界から出たり入ったり出来なかったが、メルクさんの覚醒により『出入り口』という概念を次元の穴に結びつける事によりいつでも中に入ることができるようになったのだ、便利ですよね。


「ラグナさん!エリスさん!修行…付き合ってくれてありがとうございます!」


「おう、ナリアもお疲れ。気合い入ってたな」


すると、エリス達と一緒に修行していたナリアさんが汗を拭きながら頭を大きく下げてお礼を言う。ラグナの言う通り今日の彼はとても気合が入っており、いつもの十倍くらい苦しい特訓をしていたんだ。


「ナリアさん、どうしたんですか?今日は。ずいぶん気合い入ってましたけど」


「いえ…ただ」


するとナリアさんはタオルをキュッと掴みながらやや悔しげに、地面を見つめると。


「エリスさんの話を聞いて…僕達の旅路にはまだまだ強い人達が立ち塞がるって、知りました。だから僕達も強くならないといけないですよね」


「ま、まぁ…そうだな」


「だからみんな頑張ってる、…一番弱い僕は一番頑張らないといけないですから…。じゃないと…僕だけ足手纏いになる。それは…いやだから」


「ナリア…」


「…すみません、ちょっと着替えてきますね」


ナリアさんはタオルを抱えて男性寝室の方へと走って行ってしまう。なんか…思い詰めてるな。


「ナリアの奴、気にしてるみたいだな」


「力不足である事をですか?まぁナリアさんは確かに戦闘は不得意かもしれませんが…」


「いや、ナリアは弱くはない。だがこの旅でナリアはまだ明確に成功体験に恵まれてないんだ」


確かに言われてみればエリス達はこの旅で幾度となく戦ってきたが、ナリアさんが単体で勝ち得た勝利はリア・ハーシェル戦くらい。それも大したものだが…ナリアさん的にはあまり納得の行く状況ではないのだろう。


覚醒も遠い、実力も不足している、そんな中で加速していく戦いの激しさ。焦りを感じて当然か…。


「前回の戦いでもガウリイルにボコボコにやられてな、おまけにアイツから弱いなんて言われて…気にしてるんだろう」


「でもナリアさん、エリス達のことをいつも助けてくれるじゃないですか。彼のおかげでなんとかなった場面も確かにあります」


「そう言うんじゃないんだろう…、ただ俺達から何か言葉を投げかけて、それで納得して笑えるような子でもない。参ったな…」


ナリアさんが自分の実力に自信をつけることが出来れば彼の気持ちも晴れるんだろうが…しょうがないと言えばしょうがないが、彼は弟子達の中で最も弟子入りが遅い、それにラグナやメルクさんと言った比較的後期に弟子入りした人たちは元より戦闘経験を積んでいた人たちだ。


最も遅いスタート、しかも最も遠い地点から。実力に開きがあるのは当然だが…そこを割り切れないくらい、彼は真面目なんだ。


「どうしますか?」


「なんとか、元気を取り戻してもらえるよう考えるしかないな。修行に励むこと自体は別にいいが…それでもあの調子じゃそのうちとんでもないことをしそうだ」


「ですね…エリスとしてはナリアさんに一刻も早く元気になってほしいです」


エリスとラグナはそれぞれ首を傾げてどうしたものかと頭を悩ませる…すると。


『でぇぇええええ!?どう言うことだよそりゃ!』


「おん?アマルト?」


ふと、アマルトさんの声がキッチンの方から木霊する。絶叫…と言ってもいいくらいだ、何かあったのだろうかとエリスとラグナはアマルトさん達がいるキッチンに向かい。


「どうしたー?アマルト」


「何かあったんですか?」


「お、おう…ラグナ、エリス…」


そこには愕然とするアマルトさんとややしょんぼりしているメグさんがいた。そこにエリスとラグナは加わり話を聞いてみる。っていうか二人は料理してたんじゃないのか?お昼ご飯を作ってくれるって話だった気がするが…キッチンを見るに何かを支度している気配もない。


するとアマルトさんが肩を落としながら。


「悪い、今日飯抜きだ」


「えぇっ!?なんで!」


「ないんだよ…食材が」


そういうのだ、食材がないって…そんな馬鹿な!いつも時界門で取り寄せてるから食材が尽きることはないって話だったじゃないか!なんだってそんな…ええ!?ご飯抜き!?


「なんでないんだ?俺寝てる間に全部食べた?」


「もしそうなら俺がお前を殺してるよ、…メグ。説明してやってくれ」


「はい、実は先日の大帝宮殿襲撃の際。敵が居住区に入り込み…一時的に民間人を他所へ避難させたのです」


「そうだったんですね、被害は?」


「勿論ありません、けど民間人の方々みんなが元の生活に戻るのにやや時間がかかりまして…その際の食糧供給は帝国政府が受け持つ事になったのです」


「おう、まぁそりゃ国の役目だからな…でも、なんで俺たちの飯が…」


「私が普段時界門から取り寄せているのは無限倉庫内に配置してある食材なのですが。それは有事の際使う分の食材を用いているのです、数百万人規模を賄える量なので私達が多少使っても補給が追いつくのですが…今回の避難でそれを使ってしまいまして」


「民間人を食べさせる為に、無限倉庫内の食材全てを持ち出したと」


「はい…なので今無限倉庫内には食糧が無く、取り寄せる分がありません…」


「なるほど…そういうことか」


エリス達がいつも使っているのは有事の際使う緊急用の食材。平時の際は食料の腐敗を防ぐ為に多少使うことが許されているもののそれでも本来の用途は民間人などに対する食糧支援用。そちらに使う分は良いのだが…こうなるとエリス達の分が無い、ってことか。


「まぁ〜仕方ないっちゃ仕方ないが、そうか…だから食材がないのか」


「ああ、今日はスパゲティにしようかと思ったんだが…小麦粉もないってんだからな」


「申し訳ありません、今帝国の食料は全て民に分配されてしまっており…使える分が無いのです、襲撃のせいで一時緊急警戒状態になっており、食材の流入もストップしており…余ってる分も迂闊に使えないのです」


「メグ、その民間人の避難が解除されるのは?」


「二日後です」


「食料が無限倉庫内に再び供給されるのは?」


「大至急集めさせていますが…多分、三日後」


「つまり三日、無限倉庫の食材は使えないときたか…三日はキツイなぁ…、民を食わせるのは王の役目だ、だが王だって食わなきゃやってられん。参ったな」


みんなで考える、今まで頼りにしていた食糧ラインである帝国の無限倉庫。メグさんが軍部の力を借りてあらゆる物を保管して置ける異空間内部の無限とも言える食糧が無くなる…なんてのは正直想定外だ、エリスにとってもラグナにとっても、それこそメグさんにとっても。


だから考える、そしてアマルトさんはポンと手を打ち。


「そうだ!なぁメグ、今から帝国に戻って転移魔力機構使ってよ。ステラウルブスでもデルセクトでもどこでもいいから店に行って食材を買ってきてくれないか?」


「すみません、それは考えたのですが先日特例で魔女大国への帰国を許してもらった手前…また帰国を許可してもらうのは、その」


「厳しいか…ならアリスとイリスは?アイツらはここと魔女大国を自由に行き来できる上に俺達とも連絡を取れる唯一の存在だし二人に行ってもらうのは…」


「二人は先日の大帝宮殿襲撃の復興作業を私に代わって指揮してきたので…、今も冥土大隊の指揮を取り混乱を押さえてくれている二人にお使いを頼むのはいくらなんでも気が引けます」


「そっか…そういやアイツらお前の補佐官だったな。普段から仕事漬けだろうし…これ以上負荷はかけられないか。うーん!だとするとマジで魔女大国から食材を取り寄せる方法がない」


「大人しく三日待つしかねぇな」


「待てるか?」


アマルトさんがチラリとこっちを見た瞬間、エリスとアマルトさんのお腹が鳴る。耐えられるかで言えば多分死にはしない。人間七日食わずとも生きていけるとは聞いたことがある。だが耐えられはしない、お腹すいたもん。


「旅は重労働だし、しっかり飯は食っておきたいな」


「けどどうするよ…」


「一応さっき差し入れで出したドリンクなら余ってますよ。あれは私が作り置きしてる物なので」


「水じゃあな……」


じゃあ狩りをして熊なり鹿なりをとってこようかと思ったが、今エリス達がいるのは西部と中部の境目くらい。此処はなだらかな土地で森も少ないし、森がある地点に行ってもその時点で時間が遅ければ意味がない。森に魔獣がいるんだ、流石に目が見えない状況で狩りは危険過ぎる。


ここは大人しく一日食事抜きにして…、明日あたり森を散策して狩りをする方が無難か…。


「何を悩んでいるんだ?みんな」


「メルクさん?」


ふと、ダイニングの方へとやってきたメルクさんは軽装に着替えタオルで汗を拭きながらエリス達の顔を見て首を傾げている。


「食事の支度は?」


「それが…」


そこでエリスはメルクさんに今の状況を伝える、すると彼女はフッと小さく笑い。


「なんだそんなことか、また何かとんでも無いことでも起きたのかと思ったぞ」


「メルクよぉ、そりゃ帝国にカチコミかけられるのに比べたら笑い話かもしれないが…結構やばいぜ?三日飯抜きだぞ?」


「無いなら買えばいい」


「買えばって…魔女大国に補給にもいけないって…」


「ここマレウスで…だ。もう理想街は出たんだ、ラール制度は無いし金貨が使える、なら私が買えばいいよ」


「あ、確かに。なんか盲点だったな…普段あんまり街で食糧補給しないし理想街にいたから金貨を使うって思考もなかった」


「エリス、直近に食材を買えそうな街はあるか?」


「あ、待っててくださいね」


確かに無いならこの国で買えばいいんだ。なんでこんな簡単なこと思いつかなかったんだろう…そう悔やみながらエリスはマレウスの地図を食卓に広げる。


「まずエリス達の現在地はここです」


指差すのは中部の真ん中辺り、エリス達はチクシュルーブを離れてまだ数日しか移動していない。そして…。


「そして目的地はここです」


次に指差すのは南部の端、南部最大の都市でありこの国でもサイディリアル、エルドラドに並ぶと言われる歴史と規模を持つ大都市ウルサマヨリ。エリス達はここを目指す為に西部を抜けて中部を通り、出来るだけ南部での移動部分を少なくする為のルートを取っている。


「ここをこう通ってウルサマヨリに行くんだな」


「おお、結構街があるな。やっぱ中部に近づく程に栄えてる街が増えるんだなぁ」


「この国の商業を司る西部と政権中枢たる中部の間には綿密な輸送ルートが組まれていますからね、当然その間には沢山街があります、それも栄えてる街が…」


そしてエリスは記憶を頼りに現在地と近くにある街を探し…最も最適解なルートと街を見つける。それは…。


「ここに行きましょう!丁度エリス達が通るルート上にありますし…何よりここなら!沢山ご飯が手に入るはずです!」


「ん?おお!この町の名前…!」


そう、あるんだよ。沢山ある輸送ルートの内の一つには、『食料を大量に中部に運び込む為のルート』が。そしてそれが丁度エリス達のルート上にある。


食料を運び込むということは、その街にも沢山食料が運び込まれ、そして取引されるということ。沢山取引されるば自ずとその街は食をメインとした産業が育つ、食をメインとした産業が育てば…必然。大量に流れてくる、食材が。


「エリス達の次の目的地はここ!『飽食の街ガラゲラノーツ』!」


そこは『マレウス三大食糧都市』として名高い飽食の街ガラゲラノーツ。美食の街ガーメットに並ぶ食の殿堂とも言うべき街だ。ここにはその名の通り大量の食材が集まり取引が行われている。


近隣の貴族達も食材を買い付けにやってくることもある為美食も栄え、冒険者が立ち寄るから携帯食料も多く取り揃える。何より食を全面に押し出しているから…とにかく沢山あるんだ!


「ここは凄いですよ!エリス前も行ったことがありますがまさしく飽食!オレンジジュースの噴水があってぇ!干し肉のカーテンで仕切られた先にはクッキー出てきた家があってぇ!」


「クッキーやオレンジジュースがなんだってェーッ!?」


「あ!デティ!実はエリス達がこれから向かう街が決まりまして…」



そうして、エリス達は食材を買い付け補充する為に目的地を一旦飽食の街ガラゲラノーツへと変更することとなった。食が集まり味を極める飽食の街での冒険を心待ちにする魔女の弟子達、そんな中…。


(………僕は…)


ただ一人、サトゥルナリアだけが思い悩んでいたのだった。己の非力さ…いや、悩みはもっと真髄へ至り。


己の存在意義にさえ、疑問は届いているのであった。

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