584.魔女の弟子と最強を目指す道
「だぁーかーらー!エリスはてーこくに行くんですーーッ!!」
「落ち着けお前!メグも起きてねぇのにどうやって行く気だよ!」
「飛んできます!エリスなら一時間で着きます!ゲホッゲホッ!」
「喧しいわ風邪っぴきが!大人しく朝飯食えや!」
「もう治りました!」
帝国に赴いたエリス達を襲ったマレフィカルム襲撃事件、アルカナ襲撃を遥かに上回る規模で行われたその攻勢に巻き込まれたエリスとメグさんはなんとか命辛々馬車に逃げ込む事に成功した。
だが、馬車に戻った時点でエリスとメグさんは力尽き、エリスが目を覚ました時には既に次の日だった。エリスは敵の覚醒を受け酷い風邪に一晩中うなされていたが…一晩経つとこれが嘘の様に治ってしまった。
恐らく敵の覚醒により生み出された病気だから時間経過で消えてしまうんだろう…、風邪は治った、傷も治してもらった、ならもう一度帝国に行く、もしかしたらまだみんな戦ってるかもしれないから…けど。
「エリスちゃん、いい加減にして」
「デティ…」
アマルトさんに取り押さえられるエリスの前に怒りの形相のデティがやってくる…あ、これ怒られる。
「私いつも言ってるよね、治癒があるからいくらでも怪我していいってわけじゃないって。治癒はそこまで万能な力じゃないって」
「は…はい」
「エリスちゃんはチクシュルーブで無理をしたよね?私がするなって言った対外から属性を取り込み魔力に変えるやつ」
「スーパーライジングモードですね…」
「あれやるなって言ったのは魂に負荷がかかりすぎるから、魂に負荷がかかったせいでエリスちゃんの肉体は通常を超える勢いで疲弊してる。そこに戦闘のダメージが加わり…その上帝国でまた満身創痍、その上よく分からない病気まで貰ってきて…今のエリスちゃんの体の状態、かなりやばいからね」
「エリス元気ですよ…」
「それはエリスちゃんが疲弊や疲労に強いから、逢魔ヶ時旅団との戦いから続けて帝国の戦い、それも肉体に負荷をかける戦いばかり。何処かで何かが壊れてもおかしくないからね…次はもっと無茶しないでなんとかして、でなきゃもう治癒しないから!心得て!」
「そんな!そんなこと言ってる場合じゃ…」
「そんなことじゃないの!死ぬかもしれないんだよ!?昨日の熱だってあれだけの高温が出たら脳に後遺症が残ってもおかしくなかった!約束破ったら私もうエリスちゃんの事治癒しないからね!」
「うう…」
「諦めろよエリス、お前いつも気絶してるからしらねぇだろうが…瀕死のお前を治してる時のデティの顔見たら、お前下手な言えなくなるぜ?」
心配かけてさせてるのは分かってる、けどエリスが周りの傷や怪我を引き受けられるならそうした方がいい筈なんだ。デティにはいつもいつも心配をかけさせてるけど…じゃあ他の人が傷ついてるのに黙ってるなんて出来ないよ。
「ってわけで、エリス。朝飯食いな」
「うう、はい…」
仕方ない…こればかりは仕方ない、うちの主治医さんがダメって言ってるんだ、ドクターストップに従おう。そう思いエリスはダイニングの椅子に座り、用意されたサンドイッチを頬張ると。
「まぁ医療係の言うことは聞いた方がいいよ」
「そうかもしれないですね」
「無理して死んだら元も子もないし」
そうエリスの隣に座る彼女はエリスと同じ様にサンドイッチを頬張りながら言うのだ。まぁ彼女の言うことも最もだ…。
「で…だ」
「ん?どうしました?メルクさんさん」
「いや、どうしたも何も…何故彼女が私達と一緒に朝食を食べてるんだ」
「へ?」
ふと、目の前に座り同じく朝食を食べるメルクさんが、額に青筋を浮かべながら目を伏せそう言うのだ。何故彼女と…そう言って指差すのは。
アナスタシアさんだ。
「アナスタシアさんまだ朝ごはん食べてないんですって」
「こんだけあるんだからいいじゃんかメルクちゃん?」
「いや!敵!敵だろ!先日まで我々はこいつらと戦ってたろ!?何故平気な顔で食卓を一緒に出来る!と言うか私はお前にとんでもなく酷い目に遭わされてるんだぞ!」
メルクさんが立ち上がり隣に座るアナスタシアさんを指差す。確かにエリス達は先日まで逢魔ヶ時旅団と戦っていた、アナスタシアは逢魔ヶ時旅団の幹部…つまり敵だ、だが。
「そう言わないでくださいメルクさん、エリスとメグさんはアナスタシアさんに助けられたんです。彼女が居なければエリス達は生きて帰ってくる事が出来ませんでした。メルクさんとの関係は分かりますが…エリスはちょっと邪険に扱えません」
アナスタシアは帝国の戦いでエリス達に味方してくれた。メグさんがエリス達を馬車に送り届けるまでの護衛依頼をアナスタシアに持ちかけ、彼女がそれを引き受けたから…アナスタシアは最後の最後までエリス達を守り戦ってくれた。
アナスタシアがいなければエリス達はバシレウスかコクマーに殺されていた、アナスタシアがメグさんを抱えて走ってくれたから助かったんだ。敵だけど…そこには恩義がある、命の恩義が。
「だが信用出来ん…」
「そうかもしれませんが…でもアナスタシアさんはエリス達に義理を通しました。だからエリスも彼女に対して義理を通したいです」
「う……」
「いいねぇエリスちゃん、あたし好きだよ?義理や恩義をしっかり通そうとする姿勢」
「けどアナスタシアさんももう少し控えてください、一応…みんなも気にするので」
「……ラグナ!いいのか!」
「ん?え?」
ふと、同じく食卓を囲むラグナは深刻そうな顔をしながら顔をあげメルクさんを見て。
「まぁ、けど依頼を受けてエリス達を守ってくれたんだろ?なら一応それなりに礼はするべきじゃないか?」
「だが…」
「気にするのも分かるが、傭兵なんてこんなもんだ。昨日敵だったのに雇われれば今日味方する。信用ならないからこそ信用出来る、こいつらは受けた依頼に関しては真摯だ、ならば俺たちもこいつの事は一介の傭兵として扱うべきだ、少なくとも…今は味方みたいだし」
「さっすが軍事国家の王様だ!傭兵の扱いが分かってるね?」
「まぁな、けどエリス達を助けてくれた事に関しては恩を感じるがメルクさんにした事についてはお前、許してないからな」
「別にいいよ、許しを乞うてないし…報酬さえもらえればそれでいいし」
そう言いながらアナスタシアはサンドイッチを頬張る、こう言うところは信用が出来る。雇われの傭兵だからこそ雇えば味方になる、そのバッグボーンを気にすればキリがないが…。
「…まぁ、皆が納得してるなら私もグヂグチは言わん。それで?アナスタシア、お前これからどうするんだ?今なら…逃げ出せるぞ」
「逃げ出してどこに行くのさ…」
「マレフィカルムとか?」
「そのマレフィカルムに弓引いてあんたの友達守ったんだ。今更戻ったら殺されちゃうよ、逢魔ヶ時旅団もおかげさまでもいないし…行く先なんてないよ」
「……それは」
「だから私はこのまま帝国の独房に行く、その辺ブラブラしてたらそれこそマレフィカルムに殺される、なら帝国の檻の中が一番安全でしょ?流石に私一人殺すためにまた帝国に乗り込んできたりはしないだろうし、何よりメグが報酬として私の減刑を提案してきた。だからあんまり酷い扱いは受けないだろうし、分かる事は全て帝国に情報提供するよ。戦場以外で死にたくないからね」
「そうか、まぁ罰を受けると言うのならそれで良い。我等も責任を持ってお前を守る」
「ん、ありがと……はぁ、これで傭兵家業も店仕舞いかな」
アナスタシアはやや寂しそうにサンドイッチを頬張る、彼女には助けられたが…やはりそれでも彼女は極悪人で、危険人物である事に変わりはない。エリス達を助けてくれたから今までの罪はチャラね?とはならない。
大勢殺した事に変わりはなく、彼女の所為でとんでもない大事件が起きたのも事実。メグさんが減刑を訴えてもどこまで通るかは分からないが…それでもアナスタシアにとってもう安全な場所は独房以外ない、と言う事だろう。
「それでさ、アナスタシア」
「何かな?戦王様」
「今さっき言ってた事、全部事実か?帝国にマレフィカルムが攻めて来たって」
ラグナはさっきから真剣な顔をしている、それはアナスタシアから状況を聞いていたからだろう。アナスタシアは風邪で寝込んでいたエリスや重傷に重なる重傷で今もまだ目を覚ましていないメグさんと違って割と直ぐに意識を取り戻し馬車の中で過ごしていた様だし…色々聞かれたんだろう。
そして、その事実の重さを聞いて…戦慄していた。
「ああ事実だよ、嘘なんか言っても仕方ないし…なんなら証人がここにいる」
「ラグナ、事実ですよ。エリスとメグさんはマレフィカルムの襲撃に遭い…戦いに巻き込まれました」
「だが帝国だぞ、魔女大国最強の…。そこが易々と襲撃を許し…剰え被害を出すなんて」
「マレフィカルムも本気だったのさ、なんせ本来は顔さえ見せないはずのセフィラが少なくとも五人は来ていた」
「セフィラ?」
「マレフィカルム中枢組織の『セフィロトの大樹』に在籍する十一人の大幹部たち…その役目は総帥ガオケレナの意志を直接聞いて達成する総帥の枝葉、そして八大同盟達が反旗を翻した時八大同盟を撃滅する為の抑止力」
「八大同盟達って…セフィラは十一人で八大同盟全てを相手取れるのか?」
「私も正直それはないだろって思ってたけど。ありゃあ多分マジだね、真っ当に相手が務まるのは八大同盟の盟主と組織内最強の幹部くらいだよ。少なくとも私じゃまるで勝負にならなかった…ガウリイルが居ても、数分足止めがやっとだね」
「それにセフィロトの大樹の構成員、『禁断騎士マルス・プルミラ』って連中もいました、こいつらは一人一人がエアリエルやガウリイル級で…そんなのが数十人規模で纏まって行動してましたね」
「マジかよ…割と絶望的な話だぞそれ」
圧倒的な実力を持つ十一人のセフィラ、そしてその下にいるマルス・プルミラ…全員が全員怪物の様な実力を持っていた、正直こいつらがいれば八大同盟なんか必要ないんじゃないかと思えるくらい強かった。
間違いなく、セフィロトの大樹はマレフィカルム最強の組織だ。少なくともエリス達じゃまるで相手にならないだろう。
「マレフィカルムの本部を見つければ勝負が出来ると思ってたが…これはそれ以前か、連中のアジト見つけても、戦いにもならないかもしれない」
「少なくとも今のままでは無理だろうな、エリスがあの傷を負ってもセフィラどころかマルス・プルミラすら陥落させられなかったんだろう」
「はい…どうしましょう」
「こりゃ今答えを出すのは無理だな、一旦取り置こう。…アナスタシア、エリス、セフィラの特徴と分かる範囲の話を頼む」
「え?あ、はい」
そしてエリスはあの場にいた五人のセフィラについて話をする。幸いエリスは見るだけならそれなりの数のセフィラを見ていた…それが全てかは分からないが、アナスタシアの補助も得てエリスはあの場にいたセフィラの事を話す。
まず一人目…藍色の髪を持つ怪物『栄光』のホド。アナスタシア曰く総帥の右腕として八大同盟の会議に顔を出したり各地の魔女排斥のサポートを行うのが仕事らしい。
使う魔術は錬金術ということは分かっているのだが詳細は不明、だがエリスが見た時はとても人とは思えない姿をしていた…と伝えると。
メルクさんが『栄光…それに錬金術か』と難しい顔をする。栄光の魔女フォーマルハウトの弟子として錬金術を使う彼女からすれば、面白くない話だろう。
そして二人目…白い髪と仮面を取り付けた謎の人物『王冠』のケテル。アナスタシア曰く総帥の右腕らしい、右腕何本あるんだよ。ホドが表立って活動する右腕ならケテルは表沙汰に出来ない裏方を担当しているらしく、今回の戦いに参加していたこと自体驚きだと言う。
使用魔術、使用戦法共に不明。ただ噂では結構肉体はらしい、詳細は本当に分からないが。
三人目は…奴だ、『知恵』のコクマー。紳士然とした風貌に穏やかな物腰を偽る最悪の外道。メグさんの父ウィリアム・テンペストの体を奪い活動する不定形の怪物。ただコクマーは普段どんな活動をしていてどこにいるかもよく分からないとアナスタシアも語っていた。
当然戦い方も分からない、だが魔力を放ち肉弾戦を行うその実力はエリスもアナスタシアをも遥に上回る。
四人目…ダアトだ、こちらは説明するまでもない。ただ奴は師匠と戦ったと言っていた、流石師匠と言いたいところだが…少なくともダアトは師匠と戦って生き延びる実力があると言うこと。師匠だって手は抜かないだろう、本気の魔女を相手に生き延びる実力の高さはやはりマレフィカルム最強と言える…そして。
「五人目は…バシレウスです」
「…居たのか」
居ましたよそりゃあもバリバリに、隠す気もなく思い切り闊歩してました。
五人目…バシレウス・ネビュラマキュラ改め『王国』のマルクト。エリス達がアルカナを滅ぼした辺りでマレフィカルムに正式加入し以来力をつけ続けている魔女殺しの希望にして魔王。
その実力は既に大多数のセフィラを超越しており、いずれダアトさえも超えるだろうと見られている存在。
「強かったか?」
「はっきり言って勝てる気がしませんでした、エリスが『ボアネルゲ・デュナミス』で全力の攻撃を行ってようやく仰反るレベルの耐久力、メグさんのあの怪我もバシレウスにやられた物です…それも物の数秒で」
「覚醒しているメグでも相手にならないのか…」
「強すぎます…アイツは、強すぎます。次やっても勝てる気がしないと思ったのは初めてです」
エリスはよく負けます、でも確実に次は勝つとリベンジを誓い事実勝って来ました。ダアトにだって勝ち気でリベンジを挑めます。
ですがバシレウスは違う、実力ならダアトの方が上かもですが…それ以上に。
(恐ろしい…!)
ルードヴィヒさんを相手に最後に見せたバシレウスの狂気の咆哮、そしてあの顔を思い出すと体が震える。恐ろしくて力が抜ける…怖い、怖い…あれはまるで、シリウスのような──。
「…ス…エリス…エリス?」
「ハッ!?」
ふと、前を見ると心配そうなラグナとメルクさんがエリスを見ていた。しまった…恐怖に飲まれていたか。
「す、すみません…奴の事を思い出すと、手足が冷たくなって…」
「エリスがこんなに怯えるなんてな」
「すみません…、バシレウスのやつ…やっぱりまだエリスの事諦めてないみたいで…」
「そうか……」
ラグナは腕を組み難しい顔をする。エリスはもうバシレウスと戦えそうにない。奴はきっと第三段階に居る、戦っても勝ち目はない…いや、たとえエリスがどれだけ強くなっても…もうバシレウスを相手に戦うことはないだろう。
奴の顔を思い出すと、拳から力が抜ける…。
「バシレウスは怖いやつさ、私だって今も怖いくらいだよ。なんせ総帥の弟子だしね」
「総帥、そのガオケレナってやつか」
「ああそうさ、総帥ガオケレナ・フィロソフィア…全てが謎に包まれた存在で、私だって顔を見たことが…」
「エリス…会いました、ガオケレナに」
「えっ!?」
会っている、エリスはガオケレナに。そして師匠は奴と戦っていた…ガオケレナと。
「会ったのか!?どんな顔だった!」
「それが…奴は顔を自由に組み替えられるみたいで、本当の顔がどんなものかは」
「そうか…」
「ただ奴は、少なくとも魔女級の実力を持ってます。師匠が全力で戦いエリスを守る余裕がないと言わしめるだけの実力がありました…」
「魔女級?じゃあ勝てないじゃん」
「………」
バシレウスは奴の弟子…魔女となったガオケレナの弟子。つまり…バシレウスも魔女の弟子って事になるのか?分からない…けど、あいつと仲良く出来る自信ないな…。
「はぁー…なんか聞くだけ聞いたけど、やばいな…」
ラグナは頭を抱える、自分達が戦おうとしていたマレフィカルムという漠然とした存在の形を確かに認識し、それがどれだけ大きく…どれだけ果てしないかを理解し突っ伏してしまう。
「セフィラに、マルス・プルミラに、ダアト…バシレウス…ガオケレナ…全員もれなく俺達より強いと来たか、その上八大同盟はまだ六つも控えてると来た」
「弱いとは思っていなかったが…まさかこれ程とはな」
「……………」
伊達ではない、魔女時代始まって以来最大の魔女の敵と言われるマレウス・マレフィカルムは。エリス達はこのまま旅を続けていいのか?だって旅の果てには…奴らが待っているんだ。
戦って勝てるか?悪いが勝てるとは思えない…とてもじゃないが、勝てる気がしない。
「…………」
全員が黙ってしまう、迷う…旅を続行していいのか、どうなのかを。
すると…。
「一先ず、帝国に戻りましょう。様子を見に行きたいので」
「え?」
ふと、ダイニングの扉を開けて入ってくるのはメグさんだ、アマルトさん曰くあれからずっと目を覚さなかったと言われていたメグさんがやや虚な目をしながらフラフラとダイニングの机の前までやってくると…。
「メグ、お前大丈夫かよ」
「大丈夫で…ガツガツバクバク!」
「大丈夫じゃなさそうだけど…、主に頭」
机の上に山盛りになっているサンドイッチを両手で掴み物凄い勢いで食べ、ハムスターみたいに頬をモコモコに膨らませながらメグさんはそれらを嚥下し…。
「ゴクッ、すみません。丸一日何も食べてないのでめっちゃお腹減ってました、それよりエリス様、帝国に戻りましょう」
「その件だが今から向かっても体力を消耗したお前達を向かわせるわけには…」
「いえ、戦いはもう終わった様です。先程魔伝が届きました、既に昨日のうちに戦闘は終わり今は改修作業中だと言ってました。ただ私達が無事か確認したいから一旦顔を出せと陛下が…」
「カノープス様が?分かりました!すぐに行きましょう!」
戦いが終わったとしてもあれから何があったのか知りたい、バシレウスがどうなったのか…ダアトがどうなったのか、師匠達が…ルードヴィヒさんがどうなったのか、知りたい。
一瞬デティが難しい顔をするが、戦わないのなら良いと首を縦に振る。
「よし、じゃあついでに私も連れて行ってよ、メグ」
「アナスタシア…その、ありがとうございました。貴方に救われるとは」
「報酬は礼の言葉じゃなかったはずだけど?」
「ええ、分かってます。第四師団『冥土大隊』の団長として貴方の減刑は約束します」
「オッケー、じゃあ行こうか」
「はいっ!メグさん!行きましょう!」
「くれぐれも無茶しちゃダメだからね!傷が治っただけだからね!」
「いえ、デティ様にも来ていただいていいですか?」
「え?私も!?」
「はい、恐らく治癒係が必要なので…働いてもらう事になりますが、いいでしょうか」
正直、負傷者がどれだけいるかわからない。帝国の医療機関は世界最高峰だがそれでも限界がある。ただデティが居れば話は変わる、スピカ様を除けば世界最強の治癒術師だ、デティがいるだけで怪我で苦しむ人が減る。
だから陛下には言われてないが来てほしいと頼み込むメグさんを前にデティは胸を張り。
「よっしゃ任せて!考えてみれば私が必要だもんね!ラグナ!仕事して来る!」
「おう!行ってこい!」
冷静に考えてみれば、一番最初にエリス達だけで突っ込むんじゃなくてデティだけでも連れて来ればよかったと痛感する。メグさんはみんな消耗してるから連れて来たくないとは言ったが…それでもデティかラグナがいれば少しは結果が違ったような気がしてならない。
…やはり、驕っていたのかもしれない。エリス達だけでなんとか出来ると…思い上がっていたんだ。
………………………………………………………
「陛下ー!」
「師匠!」
「む、来たか」
そして時界門を開き大帝宮殿の謁見の間に降り立つエリスとメグさんとデティとアナスタシアの四人、しかし昨日やって来た時とは随分景色が様変わりしており…瓦礫やひび割れた壁が倒れ、まるで廃墟みたいだ。
そしてその廃墟みたいな空間の真ん中に、師匠とカノープス様、そしてアンタレス様が三人で何か話し込んでいた。
「うへー、酷いやられ様ですねカノープス様。大帝宮殿の謁見の間がこの有様とは」
「む?デティフローア?お前は呼んだ覚えが無いが」
「私が呼びました、負傷が多くいると思われたので」
「そうか…良い判断だ、だが我の方でもスピカに声をかけていてな。既に治療に当たらせている」
「え?スピカ先生もいるんですか?」
「ああいる、だが正直手が足りん。デティフローア…お前が来てくれた事、感謝するぞ」
「えへへ」
どうやらスピカ様も来ている様だ、いや考えてみればそうか。既にスピカ様はアジメクにいる必要はない、その上カノープス様ならスピカ様も動かせるし…だがスピカ様でもやや時間が掛かるほどに被害が出てる様だ。
背後を見ればそこには瓦礫を撤収する兵士達の姿がある。大帝宮殿がここまでやられるとは…。
「エリスも無事でよかった」
「師匠…」
「すまんな、思ったよりも敵が強かった。お前を守り切れん程に」
「相手は…ガオケレナですよね」
「ああ、奴は生命の魔女を自称していた。そしてそれに違わぬ実力だった…この私が臨界覚醒を使って倒し切れなかったのは羅睺以来だ」
「……羅睺十悪星…」
生命の魔女ガオケレナ、それがマレフィカルムの総帥か…。あの師匠でさえ倒し切れないとは…。
「それで陛下…ルードヴィヒ将軍は!私見たんです…最後に、血に沈むルードヴィヒ将軍の姿を!」
メグさんは青褪めて陛下に縋り付く、最後にバシレウスを前に倒れるルードヴィヒ将軍を見た、しかも考えてみればあの場にはバシレウス・コクマー・ダアトと三人のセフィラが居た、あの場にルードヴィヒさんを残して行ってしまったことを…メグさんは後悔していたんだ。
フラッシュバックするのはトリンキュローさんの死。あの時もメグさんは何も出来ず大切な人を置き去りにし失った…それが脳裏に掠めているから、あんなにも辛そうな顔をしてるんだ。
するとカノープス様は…やや脱力しながら。
「ああ、ルードヴィヒは…」
そう目を伏せた瞬間。
「私なら生きているよ、メグ」
「ッ…ルードヴィヒ将軍…ッ!その腕…!」
ふと、背後から声をかけられ背後を向けば…そこには、ルードヴィヒさんの姿があった…が。
腕がない、右腕が肩から無くなっていた。
「将軍ッ!デティフローア様!直ぐに治癒を!」
「……無理かも」
「なんで!治してください!腕が…腕がなくなって」
「その傷、もう治してあるよね。一度治癒で塞いでしまった傷は別の治癒では治せない…だよね?ルードヴィヒ将軍」
そう言われ、ルードヴィヒさんは静かに頷く。肩から腕を失うほどの傷だ、失血死もあり得た状況、直ぐに塞がなくてはいけなかった。故に治癒を施し、傷を塞いだ。
傷がない以上治癒では治せない。一度塞いでしまった傷は二度と治らない…。故にルードヴィヒさんは右腕を失ったままという事になる。
「そんな……なんで」
「バシレウスだ、あの時奴の一撃を防ぐ時腕を咄嗟に前に出した。それで体を切断されるには至らなかったが…手酷い最後っ屁を食らったよ」
「バシレウスが…あの後、何があったんですか」
「…そうだな、話しておこう。あの後何があったか…と言っても、語って聞かせる程のことではないが…」
─────────────────────
「グッ…!」
バシレウスの断絶防壁の模倣を受け、右腕を切断されたルードヴィヒは冷や汗と血を滴らせながら膝を突く。克服された、現代魔術と断絶防壁を…バシレウスがここを訪れて一時間も経っていないというに、この僅かな時間で驚異的なまでの成長を見せ、遂にルードヴィヒに致命の一撃を与えるほどにまで育ってしまった。
(まずい…バシレウスが、手がつけられない存在になった…)
レグルスの魔術無効化防壁により鉄壁の守りを得て、ルードヴィヒの断絶防壁により万物を引き裂く矛を得た。ルードヴィヒさにこうして致命の一撃を与えた以上…最早バシレウスを止められる存在はいなくなったと言っていい。
この獣の如き男が…頂点に立ってしまっ───。
「む……」
「……………」
ふと、バシレウスを見ると…既に意識を失っていた。或いは最後の一撃理放った時には既に意識がなかったのかもれしない。拳を振り抜いた姿勢で白目を剥き、全身凄まじい量の大怪我を負いながらも、立ち続け…気絶していた。
(今しかない!)
腕を失い、これ以上動き続ければ失血死の可能性もある…だがせめて、こいつだけでも命を引き換えに殺さねば。取り返しがつかない事になる…!
そう最後の力を振り絞り立ち上がった瞬間…。
「コクマーッ!引きますよッ!」
「なッ!?」
影が走る、先程までエリスを守っていたダアトが駆け抜けバシレウスを抱え凄まじい速度で走り抜けていったのだ。
「お前よく今更ヌケヌケと味方ヅラ出来マスネ!」
「うるさい!それより早く!『奴』が来る!」
気絶したバシレウスを抱え走るダアトとそれに追従するコクマー…その瞬間だった。
『ガオケレナァアアアアアアアアッッッッッ!!!!』
魔力が爆発する、空間が鳴動する、轟く怒号…これは陛下の。
「何処だガオケレナッ!我を謀るとは良い度胸だッッッ!!」
壁を突き破り全身から凄まじい魔力を滾らせた陛下が現れる。見たこともない程にキレている、あんなに激昂しているか陛下は初めてだ…。
「ゲェーッ!カノープスデスヨ!一番会っちゃいけない奴デス!
「まずいのに見つかった…!レグルスの比じゃない…」
「貴様らァッ!我の怒りを買ったこと!後悔させてやろうッ!」
そして陛下はダアトを視界に捉える、その瞬間ダアトの体中から冷や汗が噴き出る。まるで水中で方向感覚を失ったような明確な死の感覚、足元が抜けて大空に投げ出された様な異常なまでの恐怖。それが溢れて止まらない。
「まずいデスヨこれ死にました!」
コクマーも焦って頭を抱え全力で走るがどう考えてもカノープスの手から逃げられる気がしない。これは終わったと確信した瞬間。
「『認識阻害』ッ!」
「む!」
一瞬、カノープスの認識を阻害し見失わせる…と同時にカノープスは魔眼を開き周辺環境全てを捉える、それにより『見えない物』を『空白』捉える事でダアトのを捕捉し…。
「そこか…ッ!」
拳を握り思い切り振りかぶると共に全身の魔力を一点に集約し…。
「『大天伐界衝』ッ!」
振り抜くと共に空間自体を揺らす振動の嵐が吹き荒れ前方の全てを消し飛ばす。それにより部屋を突き破り廊下を削り壁を砕き…一気に外へと通じる大穴が生まれる。ダアトが逃げていた先にある全てが破壊される…。
「陛下…」
「いや、取り逃がした。認識阻害で一瞬の時を稼いだ瞬間死に物狂いで加速したのだろう。思ったよりもやる物よ…仕方あるまい。それよりルードヴィヒ、傷の方は…」
「些か…深くやられました、これ以上前線で戦うのは無理かと」
「良い、お前を失うわけにはいかん。後方に戻り治療を受けよ」
そういうなりカノープスはマントを千切り包帯とし、ルードヴィヒの体に巻き付け応急処置をする。かつて大戦を駆け抜けた経験として、応急的な処置の仕方はおおよそ心得ているが故の手際の良さで治療を終えると立ち上がり。
「下郎共にしてやられた…ガオケレナめ、我への対策を完璧に済ませていた。シリウスにばかりかまけていたツケが回って来た様だ…不甲斐ない」
「いえ、それより陛下の方は…」
「無事に決まっている、我があれに傷の一つでも与えられると思うか?だが…いつもそうだ、我だけ無事でも意味がないのだな…」
陛下は悲しげに崩れた城を見て大きく落胆する、情けない。陛下を戦わせた挙句城まで守り切れぬとは…。
『陛下ー!ルードヴィヒ将軍〜!』
「む、フリードリヒか!」
「軍の編成終わりましたー!これからやっこさん皆殺しにしてきやーす!ってどうしたんすか!その傷!」
大慌てでやってきたのはフリードリヒだ、その背後には大量の兵と整えられた装備。完全臨戦態勢の支度を済ませた彼がようやく到着し…傷を負ったルードヴィヒを見て信じられないと顔を青ざめさせる。
「やられたよ、私も歳をとったようだ」
「い、いやいや…まだまだ貴方強いでしょうに…マジか、こりゃ気合い入れないと。総員!残った敵を撃滅しろ!大帝宮殿から生かして出すな!」
事の重要性を把握したフリードリヒはサングラスを外し仕事モードで部下たちに命令を出す。フリードリヒがこうして動き出した以上、残った敵の撃滅は時間の問題だろう。
部下達によって医療室に運び込まれるルードヴィヒはチラリとカノープスを見る。
そこには珍しく焦った顔で親指の爪を噛み苛立ちを露わにしつつ、ダアト達が逃げた穴を見遣る陛下の姿が…。
「…………」
失った腕を見て、ルードヴィヒは感じる。魔女が焦っている、自分も焦りを隠せない。
今確かに世界が動き出している、魔女に良からぬ感情を持つ者たちが今…大きな力を持ち始めている事に、焦燥を感じる。
─────────────────────
「その後、フリードリヒの指揮によって残党兵は殲滅。しかしセフィラ全員とガオケレナ…六名の離脱を許し、中枢メンバーは完全に取り逃し…痛み分けに終わった。いや…結果だけ見れば敗北か」
「うぅっ…ぐぇう…ぅグゥ…」
「め、メグ?」
昨日何があったかを話し終えたルードヴィヒさんの話が終わる頃には、既にメグさんは涙やら鼻水やらをボロボロボタボタと流して泣きじゃくっており、フラフラとルードヴィヒさんに抱きつくと。
「う…うぅ、よかった…よかったです、私…将軍が死んでしまったのかと思って。私…あの場に居たのに何も出来なくて…また、大切な人を失ってしまったのかと思って…ずっと…ずっと苦しくて…」
「メグ…すまん、心配させたな」
「しましたよ…しますよ、そりゃあ。うぅ…生きててくれて…よかった…よかったですぅ…うぅ」
「すまん…」
泣きながらルードヴィヒさんに抱きつき離そうとしないメグさんをそっと頭を撫でて謝罪するルードヴィヒさん、その表情は…コクマーが見せた偽りの顔よりもずっと温かく、優しい。
メグさんからすれば、ルードヴィヒさんは親同然だ。ジズみたいな独りよがりの親心じゃない…親身になって自分を支えてくれたルードヴィヒさんに対する愛ゆえの涙。ずっと心配してたんだろう、悪夢にうなされるほどに。
「泣きたいのはこっちですよほんと」
するとアンタレス様は頭を掻きむしりながらこちらを見て…。
「結果的には敗北…まさしくその通りですよこっちの被害はとんでもないですよ?大帝宮殿がこんな被害を被って最大戦力のルードヴィヒは事実上の敗北ですよその点敵はより一層勢いづきますしもし今後全面戦争なんか仕掛けられたらアド・アストラだけで対応出来るか分かりません…はっきり言いましょう大敗北です」
「あ、アンタレス様言い過ぎでは…」
「何より魔女が三人も居てこの結果なのが最悪です不甲斐ないにも程がある…気を抜きすぎでしたね私達」
アルカナとの戦いと違う点があるとするなら、魔女が出ても結果が変わらなかった点。それも三人も居た、特にカノープス様やレグルス師匠は魔女の中でも屈指の武闘派、それが完封されてこんな不甲斐ない結果に終わったのは…どう取り繕うこともできないとアンタレス様は自罰的に述べる。
「ああ不甲斐ない、我がガオケレナの策にハマり時間を稼がれていた…でなければ、…クッ」
「カノープス様もガオケレナと戦っていたんですか?」
「正確に言えば分体だ、奴は自らの体を切り分けられる。その上奴は不死だ…死なないのだ、いくら分体とは言え不死の彼奴に全力で時間稼ぎされると、面倒な事この上なかった」
「私も同じだ、ガオケレナの奴初めから私達と本気で戦う気がなかった。挑発をしてあからさまにダメージを負ってる風を装いひたすら時間を稼ぎ続けた。恐らく他のセフィラと魔女が邂逅しない様にするためにな…部下を行動させる為に総帥自ら死地に赴き体を張った。カノープス、その点で言えばガオケレナの方が数段指導者としての質は上のようだな」
「言うな…ガチ目にショックを受けるぞ」
二人ともガオケレナを相手に時間稼ぎを食らっていた、特に師匠の方は本体と戦い数十分近い間足止めを食らった。ガオケレナは最初からここで魔女を倒す気がなかった…されど倒される気もなかった。
完全に魔女を戦いから離脱させるために、敢えて自分から出てきた。というか…え?
「不死身?」
ふと気になる情報が出てきた。不死身って…。
「ああ、奴の体は黒い樹木で構成されていた。奴は我等と同じ…いや或いはそれ以上の法。不死の邪法を身に宿していたのだ」
「不死身…それも黒い樹」
おいおい覚えがあるワードだぞ、それって…ヴィーラントと同じ。
(そう言えばアイツ、誰かによって不死にされた様な口振りだった。まさかそれが…ガオケレナ?思えば奴が使っていた対魔女兵器の名も『ガオケレナの果実』…)
まさかアイツ…マレフィカルムの本部と繋がりがあるのか?いやなくても少なくとも総帥と関わったことがある可能性がある唯一の人物かもしれない。
「認めよう、ガオケレナは今最強の『反魔女意識の体現者』だ。二度も我を出し抜き今やマレフィカルムという大組織を束ねているのだからな」
するとカノープス様は腕を組み…静かに目を伏せ。
「想定外であった、ガオケレナが生きていたことも奴がここまで強くなっていることも。敵は当初想定していたよりも強大だ…だが、それでもお前達は旅を続けるべきだ」
「え…?」
「旅は引き続き続行するよう。励めよエリス」
む、無茶言う〜…だって敵の総帥は魔女と同格なんですよね?そしてエリス達の旅は既に二年目に突入している。あと一年ちょいでガオケレナを倒せるまで行けと?ド無茶では?
「無茶を言っている自覚はあります」
するとアンタレス様はチラリとこちらを見つつ述べる。無茶を言っている自覚はあると、それに師匠も同意する様に頷く。カノープス様もまた…同意を示すのだ。
「それでも貴方達には急いで強くなってもらわねばならない…ルードヴィヒが負傷しバシレウスが台頭し次なる人類最強になり始めました」
「この混沌の時代を統べ、秩序を維持してきたのは偏に我等世界の秩序を維持する側に力の比重が偏っていたからだ。それが魔女大国最高戦力達であり将軍達だった、だがその輝きが褪せ混沌を望む側に旗印となる存在が現れた以上…この均衡は崩れたとも言える」
「急ぎ、我等にも必要なのだ。未だこの世界は存続可能であると示す旗印が…かつて我等がそうであった様に、お前達にはそんな存在になってもらわねばならない…つまり」
「バシレウスを超える存在として…エリス達が?」
「その通りだ、魔女大国と魔女排斥組織の均衡を取り戻すにはお前達が成長するしかない。今はまだ魔女と言う存在がある程度の抑止力になるだろう、だがもしガオケレナが魔女に対する明確な対応手段を得たら…その瞬間、この大帝宮殿で起きたような惨事が世界中で起こることになる」
「……ッ」
言葉を失う、魔女に対する明確な対応手段なんてあるはずない…と言い切れないのだ。エリスはそれを何度か目にしてきたから。
『ガオケレナの果実』…『ヘリオステクタイト』…どちらもこの識の力で消し去ってきた。だがそんな火種がまだこの世に残っていないとも限らない、奴らがそれを作り出すことに注力していないとも言い切れない…いや確実にしている。
マレフィカルムは今『バシレウス』と言う絶対の存在を得つつある。奴はこの短時間でルードヴィヒさんを凌駕する力を得始めた。このまま奴が強くなり続ければいつかレナトゥスが言った『魔女さえ凌駕する魔王』になるかもしれない。
魔王の尖兵は既にガオケレナが集めている…マレフィカルムと言う名の尖兵を。バシレウスが魔王として破壊の尖兵を率いるのは、開戦は…秒読みと見ていい…その前にエリス達がバシレウスを超えてマレフィカルムをなんとかしなければならない。魔女様に対する対応策を作られたらもう手の内ようがなくなってしまう。
「魔女様は…やっぱりマレフィカルムをその手で滅ぼすつもりはないの?」
ふと、デティが聞く。相手が何かする前に魔女様が…と。しかしカノープス様は首を横に振り。
「八人の魔女が揃って向かえば容易いだろうな。だが意味がない…それにそれはアド・アストラの矜持に反するだろう」
「うっ…」
「エリス、お前はいつかアド・アストラの矜持を通す為我等魔女に道を譲らせたな。一度道を譲らせたなら最後まで進め」
「は、はい…!」
とは言うが…行けるかぁ…?これ。いや弱気はやめよう!勝つんだ!エリス達はそう言う宿命にある…魔女の弟子なんだ。エリスは魔女の弟子として今まで多くの意志を踏み砕いて進んできた。
それらの意志は破壊を尊び殺しを是とする許容出来ない意志達だったが…それでもそれに殉じて生きていった者達の覚悟の象徴でもあるんだ。その覚悟にエリス達も答えなきゃ行けない、それが進むことなら…進み続けるんだ。
「話は以上だ、さぁすぐに帰れ…とは言わん。だが今日中には帰れよ」
「はい、…メグさんは……」
メグさんはこれからどうしますか?と言いたかったが、メグさんはルードヴィヒさんとあれやこれやと話している。アナスタシアさんもすでに連行されているし多分メグさんはそっちの対処もしなきゃいけないんだろう。となると彼女は一旦放っておいた方がいいだろう。
メグさんを放置するとなると帰ると言う選択肢はない。なら…。
「デティはこれからどうします?」
「私は当初の目的通り、負傷者を見に行くかな。エリスちゃんは?」
「少し話をしたい人間がいます…けど、一人で行くのは怖いですね」
「怖い?怖い人なの?」
「ちょっと違います、エリスが怖い人になっちゃうんです」
「えぇ…」
エリスは今から話を聞きにいかなければならない。総帥ガオケレナに通ずるかもしれない唯一の人物…ヴィーラントに、けどあいつは重要な証人であると同時にリーシャさんの仇。冷静に話が出来る気がしない。
一人で行くと、エリスは奴を檻から引き摺り出してボコボコにしてしまうかもしれない。
「…師匠、一緒に来てもらえますか?」
「私とか?構わんが?」
「なら、お願いします…エリスはちょっと独房の方に行ってきますね」
「む?分かった、気をつけろよ」
何に…?まぁいいか。ともあれ今は…ヴィーラントに話を聞こう。
……………………………………………………
「さてどうしたものか」
エリスはレグルスと共に部屋を去った、デティフローアも負傷者の元へ向かい、メグも軍部に向かった。弟子達がいなくなったタイミングでカノープスはため息を吐く。
それを聞きつけたアンタレスは呆れた目でこちらを見て。
「偉そうに言っておいてノープランですかカノープスさぁん」
「まぁな…」
悩み事は弟子達の事だ、任せる…とは言ったが残りの期間でガオケレナを超えられるか、ちょっと怪しい。セフィラさえ倒せるか…ちょっとか微妙だ、弟子達の事を信じたい気持ちはあるがちょっとなぁ〜。
「呆れたもんですね…貴方はいつもその場の勢いで偉そうな事言うんですから」
「別に勢いではない、弟子達が強くなるべきなのは確かでその為にはあの旅は必須だ。だがガオケレナの存在ははっきり言って想定外だ」
「世の中は貴方にとって都合のいいものではないと言う事です…けど」
「ガオケレナにとって都合の良いものでもない…か。奴の計画が何であれ、思うがままに進むことはない…であるならば」
「弟子達は必ず成長する…そう考えた方が気が楽でしょう」
「そう言う問題だろうか」
アンタレスは賢ぶった言い方をするが、その実かなり適当だ…そして適当に話しつつ真理を話す女でもある。こいつの話は鵜呑みに出来ないが無視して良い理由もどこにもない。魔女の中で最も扱いの難しい魔女だ。
「ですがこのまま放置しても良いかと聞かれればそれも違いますね…また弟子を集め数週間でも修行をつけますか?」
「ううむ、それでは奴等の中に芽生えている『弟子意識』が拭えん…言ってみれば親離れ出来ない」
この旅で最も期待していることは彼らが『魔女の弟子』ではなく『一個人』として強くなって欲しいのだ。自立意識を芽生えさせ、その末に立派に独立して欲しい、だからあえて突き放している。
いつまでも師匠の下で…と言うわけにはいかん。シリウスも言っていた…。
『事を成すのは複数人で構わん、じゃが強くなるのは結局一人でしか強くなれん。誰かがお前の筋肉を知らない間に増やしてくれるわけでも技を勝手に脳内に刷り込んでくれることもないからのう』
とな、つまり我らが出来るのは導くことだけ、歩き続けるのは彼等の意志だけ。そこを挫きたくない…だがもう少し基本的な能力を底上げしても…、ううむ悩ましい。
「何か名案はないかアンタレス」
「あったら自慢げに言ってますレグルスさぁんに聞いては?」
「もう聞いた、だがレグルスは弟子を信じるとしか言わん」
「なるほど…」
そうやって二人で悩んでいると…。
「ふぃー、久々にこんなに治癒しましたよ。現役を思い出しますね」
「おや?スピカ」
すると玉座の間に戻ってくるのはスピカだ。腕まくりしながら汗を拭って肩を回しあからさまに労働してきました感を出してこちらに歩いてくる。今まで帝国兵の治療にあたってくれていたのが彼女だ、彼女には特に酷い重傷の人間だけを集中して治療してもらっている。
スピカの手にかかれば死を待つだけの存在でも即座に全快させられる。治癒の一点においてはシリウスさえ上回る文字通り史上最強の治癒術師…彼女がいるのが何よりの救いだった。
「仕事は終わったか?スピカ」
「ええまぁ大体は、後はそれなりの負傷者をと思ったら…可愛い弟子が助けに来てくれましてね。折角なので彼女に任せて来ました」
「感謝するぞスピカ、だがデティフローアも先日大きな戦いを終えたばかりだ。疲労があるだろう、また手伝ってやれ」
「いつもスピカさぁんはバカンス三昧なんですからこう言う時くらい働かないと」
「うっ…分かりましたよ、それでどうされたんですか?二人ともかなり深刻そうな顔していますが」
ふと、スピカは私達の顔が気になったのか。話を伺ってくる…折角だ、スピカにも聞いてみるか。
「実は弟子達の件でな…」
と、私はガオケレナの事も含めて色々と相談してみる。するとスピカは腕を組み。
「なるほど、カノープスさんの心配は最もですね。弟子達の成長スピードは私達の想定を超えていますが敵は更にそれを上回る強さ…ですがこれが当初の話通り弟子達への試練と言うなら、寧ろ師の思惑を超える敵の出現は好都合なのではないでしょうか」
「ふむ、これを超えてこそ弟子達は真の意味で師匠の存在から脱することができるか…一理あるな」
「ですが死んだら元も子もないですよスピカさぁん」
「分かってます、なのでここらで弟子達には更なる飛躍を遂げてもらう必要がある。それも私達の手を借りずに…そうでしょう?」
「あ、ああ。何か名案があるのか?」
「名案があるわけじゃないですが…一人、頼れる人間がマレウスにいます」
頼れる人間がマレウスに?魔女大国と長く国交を断絶しているあの国によりにもよって魔女たるスピカが頼れる人間などいるのだろうか。いや…いるな、一人…凄まじいのが。
「まさか…」
「ええ、この私がかつて『育成』に関して頼った人物がいます。彼に…一報入れておきますよ、彼ならきっと弟子達を更に高みへと導いてくれるでしょう」
この我さえも認める現行世界トップクラスの天才。老齢のヴォルフガングを除けば恐らく世界最強の現代魔術師…もし彼の力を借りられるなら、これ以上ない助力となるな。
ふむ、面白い…彼の下で弟子達が如何なる飛躍を遂げるか、我でさえ楽しみになって来たぞ。
……………………………………………………………
「牢屋まで酷い有様ですね」
「ふむ、大帝宮殿は軍本部でもある。それ故に最も囚人監視において都合が良い場所でもあるが…今回はそれが裏目に出たな」
エリス達は大帝宮殿に併設されている地下独房へと向かう、するとそこには…まぁこれまた酷い戦闘の跡があった。幸い檻は破壊されていないが…ここにまで敵が入って来ていたのか。
下手したら囚人まで暴れていたと思うとゾッとするな。
「で?エリス。話を聞くとは誰に聞くのだ?」
そう師匠がエリスの隣で視線をこちらに向ける。なんか師匠とこうしてどこかに行くのも久しぶりな気がするな…と言っても一年ぶりくらいなんだが。
「はい、ヴィーラントのところです」
「ヴィーラント?覚えてないな」
「え?帝国で戦ったアイツですよ」
「アルカナとの戦いの時か?あの辺はシリウスの干渉が酷くてあまり覚えてないんだ…」
「あ、そうだったんですね…なら説明しておくと」
エリスは独房を歩きながら師匠に説明する。
ヴィーラント…本名ヴィーラント・ファーブニル。不死身の体を持ち長きに渡り帝国に恨みを募らせていた怪物。アルカナを利用し盛大な自殺を遂げる為…全てを巻き込んだ最悪の計画を実行しようとしたクソ野郎だ。
アルカナとの戦いにおいてエリスはアイツと戦った、不死身の体を持つアイツとの戦いは苦しいものだったが…不死身でもスタミナまでは無尽蔵ではなかったようで、アイツの体力が尽きるまでひたすら殴り、トドメに特大と魔術をぶち込んでぶった倒したんだ。
「ああ、そんな奴もいたな。ヴィーラント…そうだったな」
「そして、リーシャさんの仇でもあります」
「む、あの時のことは覚えている…そうか、そんな奴に今から…なるほど不死身か」
「はい、アイツは誰かに不死身にされたと言っていました。そして…奴の体もまた黒い樹木に変わった」
「ガオケレナと同じか、つまり奴はガオケレナに……」
「或いは、とエリスは考えています」
「良い考えだと思うぞ、他人を不死にするなんて者などシリウス以外知らん。当然突発的に不死になる事もない、であるならばヴィーラントにガオケレナが接触したと考えてもいいが…」
「が?」
「………いや、これは憶測だ。それよりそろそろじゃないか?」
そう言っていると、エリスは独房の中でもより一層奥地に存在する特別牢獄へとたどり着く。帝国に明確に害を成した最悪の囚人が捕らえられ、死ぬまで外に出ることが許されない場所…。
チラリと横目に見れば、懐かしい顔があった…ループレヒトさんだ。タヴとシンを人体実験にて虐め抜いた元師団長のアイツが今はボサボサの白髪と死んだ顔で独房の中で座り込んでいた。彼は元帝国の軍人で…もしかしたら帝国の未来のために行動していたのかもしれないが。
…エリスの中にあるシンの記憶的に、こいつは許せない奴だ。寧ろ檻に入ってる所が見れてザマーミロって感じだ。
まぁループレヒトは置いておくとして…問題は。
「奴か」
「はい…アイツです」
牢屋の奥。巨大な独房の中で全身を鎖で拘束された黒髪の青年が…そこには項垂れていた。あれから四年も経ったというのにまるで変わっている様子がない、一切歳を取らずあの時のままの姿で…そこにいた。
…憎らしい、なんでリーシャさんが死んでこいつがのうのうと生きてんだとエリスの凶悪な部分が告げる。きっとこいつが死んでも誰も悲しまないと言うのに…でも、今はそんな事言ってる場合じゃない…。
「ヴィーラント…」
「………ん?」
エリスが独房の前に立つとヴィーラントは徐に首をあげてエリスを見て…。
「やぁお嬢さん、道に迷ったのかな?こんなところで道に迷うなんて不思議な子だ。そうだ、折角出会った縁だ…出来れば看守に話を聞いて来て欲しいんだが、私の死刑執行はいつ執り行われる?それなりに待ったんだがまだ判決が出ないようなんだ」
「…エリスを忘れましたか、ヴィーラント」
「エリス…?」
ヴィーラントは惚けたような顔で一瞬考えると…。
「エリスって…あのエリス?私をここに閉じ込めた?」
「ええそうです」
「おかしいな、君はもう少し幼かった筈だろ…なんで急に大人びて…」
「あれから四年も経ったんです、大きくなって当然でしょう」
「四年…そうか、もう四年も経ったのか。私はまだ数日しか経ってないと…ここは日の浮き沈みも見えないから日の感覚もなくてね…。ははは、そうかそうか…四年も、いや…もう四年と言う月日が長いのか短いのかさえ分からない…」
鎖を鳴らして体を徐に起こした彼の肩から埃が落ちる、履いていたズボンは地面に張り付いておりまさしく植物のように四年間微動だにしていなかった事が推察出来る。
必要ないのだろう、動く必要が。食事も飲水も生命に必要なあらゆる行為が、だから動かずにいられる…本当に人間じゃないみたいだ。
「今日はどうしたんだい?やはり僕を殺しに来たとか?」
「エリスは出来る限り貴方に苦しんで欲しいので殺しません、それより聞きたいことがあって来ました」
「何かな…と言っても今の僕に楽しい話が出来るとは思えないが」
「貴方を不死身にした存在についてです」
「ッ……」
目を見開き、ヴィーラントはワナワナと震え始める。覚えがあるか、あるいは今思い出してる最中か、どちらでもいい。エリスは近くに置いてあった椅子を引いて鉄格子の前に置いてその上に座る。
「覚えてますか?」
「もう何年も、何十年も、何百年も前のことだ。覚えていないよ…顔も覚えていない、ただ朧げに黒い影が私を不死身にしたとしか」
「黒い影…」
「アレのことを聞いて、どうするんだい…?」
「実は昨日、貴方を不死身にしたと思われる存在に出会いました」
その瞬間耳を裂くような鋭い音が響く、全身を巻く鎖を引いて一気にヴィーラントが鉄格子に近づいて来たのだ。しかしその瞬間拘束魔装が働き鎖が一気に巻き取られヴィーラントの体を壁際に引き寄せる。それに抵抗しながらヴィーラントはエリスの目を見て。
「奴はまだ、生きてるのかい」
「ええ、生きてます、と言うか知らなかったんですか?貴方…元魔女排斥組織の頭領だったんですよね」
ヴィーラントはかつて魔女排斥組織を率いていた、それがマレフィカルムに所属していたかは分からないが少なくともエリスの知る彼はマレフィカルムの援助を受けていた。何より…彼はガオケレナの果実を持っていた。知らないわけがないだろうに…。
「名前は…?」
「ガオケレナ、ガオケレナ・フィロソフィアだそうです」
「ガオケレナ…マレフィカルムの総帥か」
「はい、知らないんですか?貴方もマレフィカルムに…」
「会えるわけないだろ、総帥は余程のことがない限り顔を見せない…八大同盟のメンバーだって顔を知らない奴が大半だろう。知っているのは八大同盟の盟主か…傘下のセフィラ、元老院、そして……」
「そして?」
「そして…なんて言おうとしたんだったか、思い出せない」
「なんですかそれ…と言うかそもそも貴方、ガオケレナの果実を持ってたでしょう。アレは?」
「私はマレフィカルムにそのものと直接関わりがあったわけじゃない…、あったのは末端だけ…。アルカナみたいな大組織と関われたのはウルキ様の紹介があったからだよ」
「ウルキ…」
シンの記憶を読み取っても確かにウルキの紹介でヴィーラントがやって来ている。と言うことはそれは嘘偽りではなく本当。ならこいつはガオケレナとは直接関係ないか…。
そりゃそうか、ここまで徹底して姿を隠してる奴が己を知る者が敵に囚われているのを放っておくわけがないか。
(ヴィーラントは…例えるなら枝葉のうちの一つ、切り捨てても問題ない捨て駒か)
骨の髄までガオケレナに使われていると言うことだろう。まぁ同情はしないが…。
「ガオケレナと会ったのかい…?」
「ええ、そう言っています」
「ではやはり彼女自身もまた不死身ということか……」
するとヴィーラントは暗い天井を見上げて…。
「そう言えば、こうやって話していて思い出したことが一つある」
「なんですか?」
「私は彼女と話をしたんだ。一晩だけ…彼女を家に泊めて、共に食事をした。その時…彼女が話していたことを思い出した。彼女は確か…未だ道半ばだと言っていた」
「道半ば?」
「ああ、己の体はまだ完璧じゃない。完璧じゃないからこそ完璧を目指す道の最中にあると。今思えば彼女自身の不死性を絶対な物にする為の実験に…私は使われたのかもしれない」
ヴィーラントは己の不思慮を悔やむように目に涙を溜めてその場で体を折り曲げ蹲ってしまう…。
「お陰で私は死ねない体になってしまった。私は…これが耐えられない」
「………」
「君の友人を殺めた事は謝罪する、心の底から謝罪する。私自身の悪逆の全てを詫びる…だから、報いをくれ…頼む、お願いだ…」
「…………」
もう耐えられないと首を振って頭を地面に押し付けるヴィーラントを見て、エリスは椅子を蹴って立ち上がり首を横に振る。
「お前と会うのは…怖かった。お前を見たら怒りでどうにかなってしまいそうだと思ったから。けど杞憂でしたね、今のお前を見ても怒りは湧かない…」
「え…?」
「満足です、引き続き苦しみなさい」
「そ、そんな…!」
終わらせてくれ?知るか、そんな事エリス以外に頼め。少なくともエリスにはお前の頼みを聞いてやる義理はない。苦しんでいるなら苦しみ続けろ、それが永遠だと言うのならそれもまた報いだ。
エリスが背を向ければヴィーラントが泣きながら叫び散らす。けれどそれを無視してエリスは腕を組みながら背後に向け歩き始める。
(結局なんのヒントも得られなかった、アイツは何も知らなかった、八大同盟の盟主級でなければ知らないか…)
シンの記憶を読み漁っても本部に該当する記憶は得られなかった。精々彼女を拾った存在が元セフィラの『世界』のマルクトというくらい、しかしそのマルクトの座も今やバシレウスが継承している…。
今得ようと思って得られる情報はないか、仕方ない…。
「もういいのか?私が自白魔術を使おうか?エリス」
「アイツは嘘をついたり誤魔化してる風ではありませんでした、自白魔術を使っても多分結果は変わらないかと」
「かもな、…しかしアイツはどれだけの期間生きてるんだ?」
「さぁ?数百年としか…そう言えば師匠は大丈夫なんですね」
「ん?何がだ?」
ふと気になって聞いてみる、ヴィーラントは長く生きすぎておかしくなった。長い時が彼を狂わせた、しかし考えてみればもっと生きてる人がここにいる…師匠にはそういうのはないのかな。
「師匠は長く生きすぎて『死にたい!』ってなったことはないんですか?」
「私は不死じゃないからな、死のうと思えば別にいつでも死ねる。まぁ死にたいなどと思った事はないがな」
「魔女様はみんなそうなんですか?」
「というより…」
レグルス師匠は肩越しに騒ぎ立てるヴィーラントに目を向け…。
「アレは器が出来ていなかったのだろうな」
「器?」
首を傾げて聞いてみる、器が出来ていなかったか…まるで意味が分からない。
「不老の法のように魂に直接刻み込み半永久的に稼働し続ける魔術を受け止めるだけの魂が出来上がっていないとあのようになる。言ってみれば溢れ続ける自我を抑え切れず衝動のままに振る舞うようになってしまうのだ、他にも色々弊害が出る」
「つまり魔女様達はその受け止めるだけの魂があると?」
「そうだ、不老や不死を受け止めるだけの精神と魂…それが器だ。魂が虚弱だと不老も不死も受け止め切れん、第三段階に至るくらいでなければそれほどの器は完成しないな」
「つまり今エリスが不老になったら…」
「ああなるな、まぁ例え器が完成したとしても、我々はお前達が不老の体を手に入れようとしたら止めるがな。楽しい物ではない」
まぁ…現状不老になった事を喜んでる人に会ったことがないので、あんまりイメージは良くないですからね。エリスは不老の体も不死の体も欲しくないです。
しかしだとするとヴィーラントはその器が出来上がっていないにも関わらず無理矢理不死にされてしまったということか。そう思うと…いや可哀想ではないな、うん。
しかし第三段階に至るくらいの魂か…。
「実は師匠、この後ちょっとだけ修行を…うん?」
ふと、師匠に色々助言をもらおうとして…ふとエリスはとある事に気がつく。
(鍵が開いてる牢屋がいくつかある…)
この第一級の犯罪者を収容する最奥の牢屋のうち、いくつか開いている物がある事に気がつくんだ。これがただの空き部屋と言うのなら…別に気にすることもない。
だが気になる、牢屋の扉…その手前の床には埃が積もっている、そして開いた扉によって擦られたように埃が剥げている部分がある。つまりこれは…最近、それもかなり直近に開かれたと言うこと。
ここに入れられた者はそう簡単には釈放されない筈…それなのに何故。
「まさか騒ぎに乗じて何人か脱獄した…?」
「どうしたエリス」
「そ、それが牢屋の内…いくつかの檻が開かれていて、それが気になって…」
「そうか?私はそっちの方が気になるが…」
「へ?」
そう言って師匠が指差したのは、開いている牢屋とは違いこちらはがっしり鍵が閉められている普通の檻、ただし中に入っているのは…。
「う、うう…」
「え!?どうしたんですか貴方!」
そこには傷だらけの男が収容されていた。ここの牢屋は囚人をボコボコにして罰を与えるのか?そんな話聞いたこともないが…というか怪我の具合が尋常じゃない。なんなんだ一体…こいつはどうして怪我を……。
「そいつは、ここの囚人を解放して自分の部下にしようとして、返り討ちにあったんだ」
「え?あ…貴方は!」
すると、エリスのすぐ近くの牢屋に閉じ込められていた囚人が、エリスに声をかけてくる。咄嗟に振り向き…その聞き覚えのある声のする方角を見ると、そこにいたのは。
「コーディリア!」
「久しい…という程でもないか」
そこにいたのは…コーディリアだ、こいつもここに閉じ込められていたのか!?
「誰だ?こいつ」
「こ、こいつはコーディリア・ハーシェル…エリス達が倒したハーシェル一家の一員で、メグさんの因縁の敵です…貴方もここに入れられてたんですね」
「ええ、まぁ…それがマーガレット…いやメグの望みだからな」
メグさんとの戦いに敗れ、その後ジズとの戦いで一時的にメグさんに協力した彼女はそのまま帝国の牢屋に入れられる事になったとは聞いていたが…ここにいたのか。というか!
「というか今の話!囚人を外に出して返り討ちにあったって…それならその囚人は!」
「壁に穴を開けて出ていった」
「そんな…一大事じゃないですか!一体誰が…すぐにメグさんに報告を──」
「出ていった奴らはお前の名を口にしていたぞ」
「へ?」
「なんでも…大いなるアルカナのメンバーだとか」
「え…えぇっ!?」
大いなるアルカナ…アイツらが外に!?いや確かに奴らは帝国に囚われている。そして奴らの名は今もマレフィカルムに轟く程凄まじいものだったと聞いている。それをさっきの騒ぎに乗じて解放しようとしたとしたら…いや待て。
「ここに入れられてたのって!」
「ああ、宇宙のタヴ、太陽のレーシュ、星のヘエ、刑死者のメム、そしてアグニとイグニと名乗る者達だった。それらが全員外に出ていったぞ…お前に会いたいと言いながらな」
「……嗚呼」
「エリス!」
思わずクラリと眩暈がして倒れそうになったのを師匠に支えられる。…けどそんな事を気にしている余裕はエリスにはなかった。
…タヴが?レーシュが?外に出た?解放された?…最悪だ、考えられる中で最も最悪な事態が起こった。ここにいる中で一番解放されちゃいけない奴が解放されてしまった…最悪。あんな奴らが世に放たれてしまうなんて。
「大いなるアルカナか、また奴らが外に出たと…エリスへの復讐でも望んでいるのか?」
「分からない、けど奴らはマレウスに向かうとも言っていたぞ?」
「うぇえ…マジかぁ……」
なんでアイツらがエリスがマレウスにいると知っているのかは分からないが、それでも奴らはエリスの名を口にしながらマレウスに向かったと。だとすると旅をしていたらいつか会うかもしれないのか…。
ただでさえバシレウスという特大の難関が待っているというのに、またアルカナと?そんなの…そんなの、最悪過ぎる……。
…………………………………………………………………
「いやぁあっはっはっはっ!やばかったですね〜!みんな生きてて何より!スリリングな体験でしたー!」
「我々以外の人達は死にましたよ、総帥」
帝国を離脱しなんとか逃げ延びたセフィロトの大樹達は栄光のホドが生命錬金で作り上げた巨大な翼竜の上に乗り、只今ディオスクロアの海を突っ切っている最中だ。マレウスに帰還するための帰路の最中にある。
生き残ったのはガオケレナ、ホド、ケテル、ダアト、コクマー、バシレウス、以上六名。マルス・プルミラも全滅させられちゃいました、いやぁあんだけ連れていったのにこんな大損害を食らうなんてねー!
「まぁ、どの道ここにいるメンバー以外連れて帰るつもりはなかったのでいいですがね」
だが所詮、連中は使い捨て。最初から帝国での戦いを生き残れるとは思っていない、当初の想定ではカノープス一人しかいないはずのところ、魔女が合計三人も居たんです。寧ろセフィラ達はよく生き残ってくれたって感じですね。
「連れていった分のマルス・プルミラの全滅とレハブアムの離脱は痛いのではないでしょうか、総帥」
「レハブアムには期待していましたが…まぁその程度だったんでしょう、彼はあの力に満足していました、あの程度に満足してしまう奴が…果たしてこれからどれ程の成果を上げてくれるでしょう。ただ腕っ節はあるので連れてきただけ…私が求めるのは『破壊』ではなく『進歩』ですよ」
ドラゴンの頭の上に立つガオケレナは同じく隣に立つ副官のホドの言葉に笑顔で返す。現状に満足した者は進歩しない、飽くなき野心と無限の探究心…それがなければ人は強くなれない。
なぁんて、数百年単位で組織を停滞させていた私が言えた事ではないのですがね。でも…それでも今回ばかりは進歩したと言えるのではないでしょうか。
「ねぇ、バシレウス?貴方もそう思うでしょう?」
「………チッ」
振り向いた先、尻尾の付け根あたりに座るのはバシレウスだ…とは言え、とても無事とは言えない状態だ。全身に包帯を巻いて、血が滲み、冷や汗が出ている。呼吸するだけでも激痛が走る状態だろうに…健気ですねぇ。
私は笑みを浮かべながら龍の背を歩きながらバシレウスの元へ向かう。
「全く、こんな大損害を出して…戦力面で見れば大敗と言ってもいい状態にして、それでなんですか?貴方は。将軍の首を持ってこいと私は命じたはずですよ?それなのに手ぶらって…セフィラから降格しますか?マルス・プルミラになりますか?ん?嫌でしょ?んん?」
「好きにすりゃ…いいだろ」
「んん〜ふふふふふ、可愛い…可愛いですねぇバシレウス。ですが今回はまぁ許しましょう、将軍の首は取れませんでしたが貴方は私の想像を上回る勢いで強くなった。まさか魔女の技さえ物にするとは」
バシレウスは強くなった、私が想像していた段階を遥かに超えて。レグルスの存在は私にとって最悪の不確定要素だったが…バシレウスはそれをチャンスに変えた、物にしたんだレグルスの防壁を。
そして人類最強のルードヴィヒに手を届かせた、実力面で超えたとはとても言えない、謂わば執念で奴に手傷を負わせただけ…だが。
「バシレウス…お前はまだまだ強くなる余地を残している、いずれルードヴィヒを完全に超え、私を超え、魔女を超え…シリウスさえも超えるだろう」
彼は間違いなく天才だ、いや天才などという陳腐な言葉で語ると彼の価値が安く見える。
改めよう、彼は天が見定めた絶対者だ。いずれ天を掴む事を定めづけられて生まれている、そんな彼が私の手によって育っている。
うぅ〜〜ん!弟子の育成って楽しい〜!魔女が挙って弟子を取る理由が分かった気がします〜!
「だからバシレウス〜!私とメチャクチャ強くなりましょうね〜!んーまっ!キスしちゃいます!」
「だぁーっ!寄るなクソボケ痛いんだよッ!風が触れるだけでも痛てぇからテメェら風除けにしてんのが分かんねェーのかッ!」
「あははっ!痛がってる!」
「テメェ魔女だろ!治癒魔術使えや!俺を治せ!」
「治癒?そんなの魔術でする意味あります?そんなのほっときゃ治りますよ〜私の場合ね?」
「テメェに聞いたのが間違いだった…つーか離せーッ!力強えーッ!」
「愛い愛い〜!」
包帯塗れのバシレウスにキスをする、愛おしい…なんて愛おしいのだろう。まさしく天の授け物…私を救う最後の希望。この子がいれば私は…私の悲願を達することが出来る。ずっとずっと望んでいた…最高の────。
「そんな事より論ずるべき事があるのではないですかな?総帥」
「おやコクマー、珍しく不機嫌顔ですね」
「別に…不機嫌ではありません」
するとムッとした表情のおじさんの知恵のコクマー…いえいえ顔がウィリアムなだけで彼は彼女、女の子ですよ中身は。知恵のコクマーちゃんが私を睨んでいる。
正直私、彼女のことよく分からないんですよね。女の子って事しか知らない子が、何やら不機嫌に感情を見せている。珍しい事もあったもんだ。
「で?論ずるべき事って?」
「それは無論…魔女がいた事です、三人も。これを偶然と捉える事は容易いかもしれませんが私はどうにも心配性でして、もし奴らがなんらかの情報を得て…予めここに馳せ参じていたのなら、と」
「つまり…内通者がいると?私達の中に」
「……その可能性を論ずるべきかと」
「ふむ…」
確かに、読み難いアンタレスに関しては無視するとして。出不精で積極的に他の魔女と関わらないレグルスまであの場にいたのは少し違和感がある。
もし、今回の一件を知り得ていた者が予め魔女達に情報を流したなら。
「あり得なくない話ですね」
「総帥…私はここにいるダアトが怪しいと睨みますが」
「え?私?」
ふと、その場でストレッチをしているダアトを睨むコクマーの視線が、場を凍らせる。不穏な空気になってきたぞ〜?
「こいつはエリスを仕留めようとする私を邪魔し、エリスを助けていた。剰えエリスからの施しも受け私の正体までエリスにバラした。エリスはレグルスの弟子…であるならば」
「いやですねぇコクマーさん、私がもし裏切り者ならそんな分かりやすくやるわけないですし、そもそも裏切ってるなら貴方を助けません」
「どうだか…!ワタシは貴方を信用しない、信用しない、ワタシはお前を怪しいと思ってイル。ワタシは…!」
「本性漏れてますよ、ウィリアム…演じてるんでは?」
「ッ!…ゴホン。ともあれ総帥…私はダアトをどうにも信用出来ない。セフィラの面々の素性を私は凡そ把握しそのルーツに至るまでを把握している…というのに、私はダアトという人間がどこから来てなんの目的で我々の仲間として活動しているのかさえ知らない」
「…………」
「細かい素性は一切不明、どこで生まれ今まで何をしていたのかも不明、これで信じろという方が土台無理…!」
確かに、ダアトは秘密主義だ。自分の事を何も喋らないし教えない、私も彼女の事を何も知らない、でもそんな事どうでもいいじゃないか。
「コクマー、仲間を疑うのはやめましょう」
「しかし総帥!」
「人の顔には表があり裏がある。腹に一心抱えている?野心が心で滾ってる?なんか企んでよからぬことをしようとしてる?上等、そう言う奴等の居場所でしょう?マレフィカルムって。ここにいる奴らなんか全員碌でなし、話してない事も山ほどある。コクマー…貴方もそうでしょう?」
「ワタシは…ッ!……っ…」
「ならいいじゃないですかダアトが何考えてても。私は気にしませーん、まぁ…マレフィカルムを崩壊させるような企みなら潰しますが、ダアトはそう言う事しませんから」
「なぜ断言できるのです…!」
「だって彼女、ウルキ様の紹介ですし」
「なッ!」
ある日突然、私の元を訪ねたウルキ様が…死んだ目をした女の子を連れてきて。
『私もよく分からないんですがいずれこの子が必要になるみたいなんで使ってやってください』って言って置いていった子がダアトだ。どう言うことかは私も分からないが必要になるなら裏切る事はしないだろう。
「と言うわけでーす!まぁ…裏切り者云々については私が一考しておきます、安心してくださいコクマー」
「……はい」
裏切り者…あまり考えたくないがまぁする奴はいるだろう、なんせ私はジズ君にも裏切られましたからね。人望とかないタイプの人なので、しかし…この計画は私が思いつきで行った所謂アドリブ、そして詳細を伝えていたのはセフィラだけ。集められた連中は即興で呼び寄せただけ…詳しい事を知る人間はいないはず。
誰がどうやって情報を手に入れ、誰がどのようにしてレグルスに伝えたか…いや、或いは。
(思ったより事態は複雑か…まぁ、悪化もしないでしょうし構う事はありませんが)
ただ面白くないな…。
「私はただエリスを殺そうとしただけなのに…何故ダアトに蹴られれねばならんのか」
「おいコクマーッ!テメェさっきから聞いてりゃあな!エリスは俺が飼うんだよ!殺すな!」
「エリスは私が殺します、彼女との決着は私がつけます」
「ダアトーッ!俺の話聞いてなかったのかよーッ!」
(にしても、殺意にせよ、好意にせよ、敵意にせよ、彼女と関わった人間は少なからず彼女の事を考えるようになる。エリスさんは今回何度死の寸前で誰かに助けられたのでしょう…今回生還もほぼ奇跡と言える状態…それでも切り抜けるのなら、或いは彼女はそう言う天運を持っているのか)
空の向こうにいるエリスを想う、彼女はやはり脅威だろう。死を超越する天運…それはまさしくウルキ様と同じ。シリウス様をして史上最高の天運を持つと言われたウルキ様と同じ物を持ってるなら。
(…面白いことになりそうです、早くマレウスに帰りたいですね)
腕を組み、海の向こうのマレウスを見据える。彼女は果たして…私に辿り着くのだろうか。もし辿り着く日が来たのならその日こそが私にとっての…そしてバシレウスにとっての。
始まりの日になるだろう。




