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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十七章 デティフローア=ガルドラボーク
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582.孤独の魔女と生命の魔女と将軍と魔王


第四段階…それは今現在の世界において『世界最強』の称号でもある。


覚醒条件は無数にある。魔道の極致の答えを見つけることもそうだし、ありとあらゆる術を極限まで極めるのもそうだし、何より古式魔術の習得と最大化が条件だ。


古式魔術が失われた今現在は、どう足掻いても普通の人間には第三段階が限界。どれだけ強くてもそこ止まり。


だが、古式魔術に溢れていた八千年前はそうではなかった。世が荒れると強者が台頭する、故にかつては第三段階覚醒者が今の第二段階覚醒者くらいいたし、第四段階もそう珍しくはなかった。


ならば、八千年前に於ける最強の称号は何か…決まっている。


『魔女達』である。魔術との合一を果たした女達、第四段階の最上位に位置し幾多の対戦をただ一人で駆け抜け全てを変える最強の存在。他の誰も辿り着けない最上位へと至った者が魔女である。


羅睺達も同じく最上位の使い手だったが奴等は魔女とは呼ばれなかった。それは奴を畏怖する者がいなかったから、全員殺してしまうから。


故に魔女は有史以来原初のシリウスと八人の魔女を合わせて九人しかいない…筈だった。


しかし、そこに現れたのは…新たなる魔女、史上十人目の魔女…生命の魔女ガオケレナ・フィロソフィア。


初めてのことだった、自分達とシリウス以外の魔女が出現する事など。剰えそいつが今まで闇の中に潜み力を蓄えていたなど…知りもしなかった。


私は…レグルスは、ようやく気がつく。マレウス・マレフィカルムとは生命の魔女ガオケレナが支配する一つの国、形のない魔女大国であったことを。そうだ、八人の魔女に並ぶと思えるくらい…奴は、強かった。


「『カルパヴリクシャの朽壊』ッ!」


「───『羅天・煌王雷招掌』ッ!」


場所は帝国から離れた海洋の真上。青い絨毯を下に見る天空にて極限まで高められた拳と拳が激突し雲が逃げるように穴を開け、真下の大海もまるで押し付けられたようにクレーターを作り、世界が鳴動する。


今、ここで…二人の魔女が殺し合っている。


「アハハッ!私の腕がズタボロですよ魔女レグルス!」


「フンッ…!」


戦っているは国を持たぬ唯一の存在である孤独の魔女レグルスとマレウス・マレフィカルムの創始者にして総帥…生命の魔女ガオケレナ。大帝宮殿にて邂逅した二人の戦いは海洋に移り未だ続いていた。


本気だ、レグルスは今一切の制限を捨て本気で戦っている。だと言うのに…ガオケレナはそれについて来る。こんな経験…少なくともこの八千年では初めての事だった。


「驚いた、お前…本当に魔女のようだぞ。ここまで強い奴は大いなる厄災以来だ」


「楽しかったですか魔女レグルス。雑魚しかいない世の中で自分一人が天に立ったとしたり顔で居るのは」


「フッ、私はお前の方が楽しそうに見えるぞ?魔女に肉薄できたと内心喜びを噛み締める…そんなしたり顔をしている」


「あはは、私すぐ顔に出ちゃうんですね…煽ったつもりが煽り返されました」


そう言いながら空に浮かび上がるガオケレナは先程の拳の衝突でズタボロに砕けた腕をチラリと一瞥する。それだけで腕が再生し…元に戻る。


まただ、また元に戻った…治癒ではなく、修復では無い、奴の体の内側から黒い樹木が生えそれが腕に変わった。見たことのない魔術と現象…これが。


「不死の邪法…か」


「ええ、私…不死身なので」


奴は己の魂には『不死の邪法』が宿っていると口にしていた、我々魔女の不老の上位互換にしてシリウスの不滅の下位互換。肉体が再生し続け決して死ぬ事がないと言う異質な魂構造。


…そのタネは恐らく『魂の状態固定』。我々魔女の魂は『時間経過による劣化阻止』が宿っているように奴の魂は時間経過及び対外的な影響による変化を一切許さず、何かしらの変質が起こった場合魂が即座に初期化されると言う仕組みだろう。


肉体と魂は紐付けされている。魂が時間経過による劣化を起こすと肉体が衰弱する…これを老いと言うように、魂の状態は肉体の状態にリンクしている。故に魂が初期化されれば肉体もまた元の状態に戻る。


それが奴の不死の邪法の正体…、魂が常に一定の状態で保たれるから奴には疲労は存在せず、魔力も消耗しない…か。


(シリウスの時感じたような厄介さを感じるな。ミツカケのような特異体質ならまだ許容出来たが…不死か、面倒な)


死なない奴ってのは面倒なんだ、死なないから倒せない…とかではなくもっと別の問題がある。例えばそう…。


「それじゃあ次…私からやりますねぇッ!『アズ・エーギグ・エーレ・ファの紅果実』!」


「ッ…」


その瞬間、ガオケレナが両腕を樹木に変形させ伸ばす。天を覆う程の巨大な枝葉が蜘蛛の巣のように周囲に張り巡らされ…そこから人一人分のサイズの巨大な果実が生まれた…っ!あの中に詰まっているのは魂か!


早速使ってきたな…不死の優位性!


「爆破ァーッ!!!」


「───『絶界八宝狩籠』ッ!」


そして爆裂する果実達。あれにはそれぞれガオケレナの魂と全く同質量の魂が数十近く詰まっている。魔女レベルの魂が数十だ…そんな果実が一気に数百の規模で『自爆』した。その威力は…ここが海洋の上でなければ確実に一国が蒸発していたレベルの威力。


奴はこれが出来る、魂を消費しないから魂を別の場所に移し攻撃に転用できる。魂が別の場所に移れば即座に同じ場所に魂がもう一つ生まれ、それをまた移動させ…奴は無限に自分の魂を複製出来る。これをそのまま攻撃に使えば一回一回の攻撃力が洒落にならないものになる。


簡単に言えば…奴の攻撃は全てが『捨て身』。本来は命を落とすようなデメリットで釣り合いを取ってるような高威力技を雨のように連射出来るのだ。


これが不死の優位性…こいつが厄介なのだ。


「ふぅむ、防壁魔術ですか、しかも私が知る限りでは最上位の大結界…私の攻撃を完全に防ぎ切るとは」


「……貴様、その不死の邪法…自分で作ったのか」


「ええそうですよ、極まった魔術師は皆『魔女の不老』を目指すのです…歴史上大魔術師と呼ばれた存在は皆これに挑戦してきました。そして私は…うっかり魔女を超えてしまったのです!」


「ハッ、死なないだけで超えたつもりか?」


「いいえ、死なないだけで超えたつもりはありません。力で…超えたんですよ」


ニッと笑いながら樹木を体の中に引っ込め再び人型に戻るガオケレナはあれほどの攻撃を行ったと言うのにまるで消耗していない自身の体を誇るようにグッとポーズを取る。


力でか…甘く見られたもんだ、魔女の称号がじゃない…私がだ。


「フッ、そうか…ならやってみろ。死なないお前とお前には殺されない私…どちらがより強いか試してみろ」


「ではお上品に攻めるのはやめましょう!こっから少々下品に行きますよ!」


メキメキと両腕が樹木に変わる、それと共にガオケレナの魔力が荒れ狂い視覚では捉えられないはずの魔力が炎のように噴き上がり、雷のように迸り、吹雪のように吹き荒ぶ。


「戦いに品を求めるな…」


それに伴いレグルスの魔力も隆起…いや、陥没する。レグルスの体の中で魔力が底なしの穴のように広がり存在感を増していく。外部に向けて迸るガオケレナの魔力と内部に向けて広がりを見せるレグルスの魔力が正面からぶつかり合い───。


「『蓬莱の玉花火』ッ!」


「ッ!」


天空に輝く無数の爆裂。数にして一万七千四百、一つ一つが古式魔術級の爆破が恐ろしい密度で放たれる。ガオケレナが全身から種を吐き出しそれが爆発したのだ、それをレグルスは避けて見せる。


亜音速に迫る速度で天空を駆け抜け爆発から抜け出し雲を尾に引きながら空をグルリと回り瞬きの間に。


「フッ!」


「ごげぇ!?」


ドンと一つ、天鼓が響く。音の壁を超えたレグルスの超加速による飛び蹴りがガオケレナの後頭部を消し飛ばす…がしかし。


「痛いですねぇ!」


「グッ!」


コロリと落ちた頭を掴みそのまま体を振り回し自らの頭でレグルスを殴り抜くと同時に全身の黒枝を隆起させレグルスへ伸ばし刺突を繰り出す。


「邪魔くさい!」


「それは失礼!」


黒枝を拳の一撃で払いのけるも、既にガオケレナは動いている。新たな頭を用意し背中から四本の木腕を伸ばし合計六つの腕でレグルスへと殴りかかる。


レグルスが拳を振り下ろせば。遥か下に存在する海水が押さえつけられたように沈み込み。ガオケレナが拳を振り上げれば天に穴が開き空気が揺れる。人間同士の殴り合いとは思えぬ規模の打撃戦は更に加速を続け…。


そして。


「ガオケレナッッ!!」


「いっきますよぉぉおおおーーッッ!!」


再び激突する、今度はより一層速く、強く、魔力を走らせながら拳を叩きつけ相手を破壊する為に周囲に破壊をばら撒きながら天空で二つの『絶対』が激突する。


「恐れ慄きなさいレグルスッ!私を!」


背中の腕を羽根に変形させ飛翔し、高速で天空を飛び交いながらガオケレナは腕に自らの魂を数十と乗せ、それを魔力として放ちながら振るう。それだけで空間が歪み世界が修正しようと試みるほどの絶大な魔力嵐が発生し、雲と海が渦巻く。


「フッ…!」


その破壊の中を風を手繰りながら飛び抜ける。魔力の嵐…面で迫る魔力の強弱を一瞬で見抜き弱い部分を的確に突くように進むレグルスはガオケレナが一度瞬きをするよりも速く…。


「頼むな、ご自慢の力で恐れさせてみろ」


「ぁがっ!?」


ガオケレナに迫りその顔を触ると共に『火雷招』を放ち頭部を消し飛ばす…が。


「痛いですねェッ!!」


戻る、失われた頭部を補完するように木の根が生え頭を形成すると同時にガオケレナはクルリと体を回しレグルスを蹴り抜き空中で地震を引き起こすと言う矛盾を成し遂げる。


「グッ…!」


「お返しです!『アクシャヤヴァタの…」


そして背後に木の根で輪を作り無数の果実を実らせると共に、腕にそのエネルギーを溜め…。


「『崩界』ッッ!!」


「ぐぁっ!!」


放つ、レグルスの目の前で大量の魔力を一気に噴射し波動を放つ。それは海面を滑るように突き進みやがて天に登り月よりも遥か向こうへと飛び去っていく。そんな一撃を真正面から受けたレグルスは両手をクロスさせ防御しつつ射線から外れ…。


「続けていきますよぉおお!」


さらに追い討ちをかけるべくガオケレナが加速しレグルスの顔目掛け手を伸ばし…。


「させるか!」


「ぐっ!?」


しかし返す刀に飛んできたレグルスの拳に弾かれ遠ざけられる。そのまま吹き飛ばされるかと思いきやガオケレナの体は何かに叩きつけられ止まる。


防壁だ、レグルスの防壁がガオケレナの背後に展開されその身を叩きつけたのだ。更に。


「はぁああああああ!!」


「ががががっっ!?」


殴る、殴る、殴る。防壁にめり込むガオケレナの体を構うことなく殴り続けその身をバラバラに粉砕していくレグルスは裂帛の気合を込め。


「砕け散れッッ!!」


「ぎゃむっ!?」


顔面を掴み防壁へ叩きつける。この一連の攻撃によりガオケレナの体は頭部を残しバラバラの樹木となって砕け散る…が、それさえも即座に治癒を始めまた元に戻ってしまう。


「だから…不死身だから効きませんって!」


「チッ!」


そして全身から鋭い枝を展開しレグルスを引き剥がすと…。


「残念賞をあげましょう!」


自らの左腕を肩ごと引き千切るガオケレナ。そしてそのまま引きちぎった腕をレグルスに向け投げ飛ばし…。


「っ!?しまっ─────」


レグルスの目の前で爆裂するガオケレナの腕。これにもまた大量の魂が込められていた、ガオケレナが数十人同時に自爆したが如き威力の爆発がレグルスの目の前で発生し辺りが白い光に包まれる。


「ハハァーッ!どうです?効くでしょ?」


「ッ…気味の悪い戦いをしおって!」


防壁で防ぎ切れず、コートを広げ熱を防いだレグルスはそのまま全身に黒煙を巻きながら一気に突っ込み打撃戦を挑む。ガオケレナもそれに応え再び空中を滑空するように殴り合う。


レグルスの本領は遠距離戦だ、だが何をしてくるか分からないガオケレナに何かをする時間を一瞬でも与えたくない。少なくとも火力だけで言うなればレグルスの古式魔術に匹敵する物をガオケレナは持っている。


しかも、こうして戦ってもガオケレナの体力は一向に減らない。


(まずいな、思ったよりもジリ貧だ。このまま戦い続ければ五日後の明け方頃には私のスタミナが切れる…!一気に決めにかかるか!)


やり方を考える必要がある、ガオケレナの肉体は軽く破壊した程度では無意識に回復してしまうほどに治癒能力が高い。かと言って頭部だけになっても大して変わらない。


肉片を残さず消し去るしかない、シリウスには通じなかった対不滅戦術を使うか!


「───『豪火灼滅球』ッ!」


「おや?」


乱打戦の最中、レグルスは空中に巨大な火球を配置する。されどそれをガオケレナに対して使うこともなくその場に維持したまま更にガオケレナの顔を殴り抜く…。


(なんですか、あれ)


「────『雷霆神聖玉』ッ!」


「また…!何を考えているんですか!」


そして再びレグルスは虚空に雷の球を配置し、これもまた攻撃に使わず拳でガオケレナとの乱打戦を継続する。そのレグルスの行動にあからさまな意図を感じたガオケレナは枝葉を背中から伸ばし。


「何考えてるか知りませんが!させませんよ!『イルミンスールの熱瞳』ッ!」


展開した枝から生い茂る紫の葉。その葉一つ一つにガオケレナの瞳が生まれると同時に瞳から大量の熱線が放たれる。木の葉全てから放たれる熱線は一瞬で藁の束のようにレグルスに殺到しその体を焼いていく。


「グッ…!このッ…!」


防壁を展開し熱線を防ぎながら、冷や汗を流したレグルスはその手に魔力を集め。


「ガオケレナァッ!!!」


「なっ!?負傷覚悟で…!?」


そのまま突っ込む、魔力を纏わせた拳がレグルスの軌道に合わせた光芒を残し熱線を切り裂きながらガオケレナの頬を射抜くように殴り飛ばす。クルリと吹き飛ぶガオケレナに向け。


「────『天枢星降拳』ッ!」


「え!?」


思い切り下に向け拳を振り下ろす…そんなレグルスの動作に合わせて空の彼方がキラリと輝き…降り注ぐ、宇宙から星の光を束ねた巨大な光拳が。


ガオケレナも慌てて防壁を展開し防ごうとするが…直ぐに気がつく。これはシリウスの作り出した傑作『星辰魔術』であることに。


(星の魔力を束ねて放つ古式魔術の傑作!やばい!防げない!)


星の魔力は人の魔力よりも比重が重い、故に人の魔力とぶつかり合った際押し退ける性質があるのだ。つまり星辰魔術は防壁では絶対防げない。


第三段階を超えた人間同士の戦いでキーとなるのは防壁だ、防壁の耐久力と防御力がそのまま当人の体力と命に直結すると言えるほどに重要な要素である防壁を完全無視する星辰魔術が八千年前の戦いでどれほどの猛威を振るったか…語るまでもない。


「げぁぁっ!?」


天より降り注ぎだ隕石の如き巨大な拳に殴り飛ばされたガオケレナは一気に下の海洋に向けて突っ込み…。


「───『零度白極界』ッ!」


「えェッ!?」


海洋に向け落ちるガオケレナよりも速く、レグルスの手から放たれた白の槍が海に突き刺さり、一瞬にして氷の大陸が生まれる。水ではなく、液体ではなく、ガオケレナの落ちる先に確かな『地面』が生まれたのだ。


「ごぶふぅっ!?」


そして生み出された氷の大陸に叩きつけられミシミシと体と大陸にヒビが入り、ガオケレナの口から大量の血が噴き出る。その血の先に見えるのは…鷹のように鋭い目でガオケレナに狙いを定めるレグルスで…。


「『神風瞬統』ッ!」


「ぐげぇっ!」


叩き込まれた蹴りは加速系風魔術最高峰と言われる魔術による勢いを得た一撃で、天に巨大な穴を開けるようなレグルスの蹴りがガオケレナに突き刺さりそのまま氷の大陸が真っ二つに割れ沈没を始める。


「グッ…ぐっ…!」


腹に穴を開けられたガオケレナは即座に肉体を治し起きあがろうとする…だがそれよりも前にレグルスは。


「『蛇鞭戒鎖』ッ!!」


真っ二つに割れ迫り上がった氷と大陸の両側を両手から放った二つの魔力の縄で縛り、その腕力が一つで氷の壁を引き寄せ一気にガオケレナを大陸並みの質量を持った氷の壁で挟み押しつぶす。


そしてそのまま縄を引き、氷の塊となった大陸を持ち上げグルリと振り回し天へと投げ飛ばす。


ガオケレナを閉じ込めたまま天へと飛翔する氷の塊を目で追い上を見上げたレグルスは…天に向け手をかざし。


「『集え』ッ!」


その一声を放つ。すると先程虚空に設置した二つの魔術『豪火灼滅球』と『雷霆神聖玉』の二つを手の中に引き寄せ…そして。


「跡形もなく消し飛ばす!」


そのまま両手を合わせ…氷の塊に狙いを定め、二つの魔術を持ったまま一気に解放し────。


「──────『神滅火雷招』ッッ!!」


放つ、極大の火雷招を。先程二つの魔術を虚空に設置したのはこの為、火雷招に別の魔術を混ぜ合わせる為に一旦空中に待機させたのだ。そして火雷招を放つと同時に二つの魔術を引き寄せ火雷招に組み込み…新たな、そして数段上の雷招へと変化させた。


謂わば、個人で行う合体魔術。それが天へと飛び上がる氷の塊を一瞬で光の中へと消し飛ばし…、爆発するが如き勢いで蒸発し天の彼方さえ貫く極大の光と共に消える。


とてもじゃないが仲間の魔女に対しては使えん超大技、今まではシリウスに対してのみ使った事のあるこの技で…ガオケレナの肉体を木片一つ残さず消し飛ばす。


(不死とは言え、魂は依代なくして存在することは出来ん。無から体は生じない…故に肉体を一片も残す事なく消し去れば奴は死ぬ)


バチバチと迸る電流を払いレグルスは上を見上げる。未だに光の余韻残る天空を見てガオケレナを探す、木片は確認出来ない。飛散を防ぐために態々氷で挟んだのだ、逃げ場はないと思えるが。


(ッ…まだ胸の高鳴りが消えん。何処かに居る…!何処だ…!どうやって今の攻撃から逃げて────)


『こっちですよレグルスぅううううううッッ!!』


「むっ!?」


その瞬間背後で爆裂が起こる。海洋が割れ水柱を上げながら何かが起き上がる…巨大な、何かが。


『むはぁ〜!マジで死ぬかと思いましたよ、こんなのカノープスとガチでやり合った時以来です』


「貴様、なんだその体は…」


起き上がったのは巨大な樹木だ。海洋に根を張り天に枝葉を伸ばす規格外の超巨大黒樹木、その中心に居るのはガオケレナだ…上半身だけが樹木から這い出てケタケタと笑っている…どう見ても、人間に見えん。


と言うかどうやって今の攻撃から逃げて…いや。


(チッ、奴め…氷に閉じ込められる寸前に、自分の種を海に放り投げていたな…?)


恐らく、氷に閉じ込められるその一種で、私から逃げるのではなく自らの一部を海に捨てていたのだろう。奴の体はカケラから再生することもできる…故に甘んじて攻撃を受け入れ、海の中で傷を癒していたのか。


「この体?本性…とでも言いましょうか」


「いよいよ人ではないな、いや…元よりこの世の生命体でもないか」


木の体、あれは恐らくガオケレナの魂の変質故に発生した事象だろう。


死と生の狭間を反復するガオケレナの魂は、初期化の都度若干の誤差と変質を募らせていく。魂が本来想定していない挙動を繰り返すことによりだんだん歪になっていく魂は人ではなくより一層異形なものへと変貌した。


それがあの樹木の体だ、本質的には樹木ではなく今のガオケレナの魂の状態が最も近い物が樹木というだけだろう。魂と肉体は紐付いている…魂が変質すれば肉体も変質する。死なずに生きるという事はそういう変質がつきものなんだ。


その点で言うなれば私達の不老の法やシリウスの不滅の法はそういう変質問題をクリアしているといえる。不死の法を単独で開発したガオケレナは確かに天才だが…シリウスの才気には及ばなかったと見える。


「そんな姿に成り果ててまで、魔女を殺したいか…魔女排斥」


「邪魔なので、…私はね…魔術の深淵を見たいんですよ…。その為には秩序が邪魔です、つまり魔女が邪魔です」


「魔術の深淵が見たいなら巣穴に篭って勝手に研究していろ。時間なら文字通り腐るほどあるだろう」


「そうは行きません、私一人では魔術の深淵には辿り着けない…人類みんなで作り出してもらわねば、私の不死の邪法を超える奇跡を人類の手で生み出しいずれシリウスさえも超える力を全人類が手にする。その為にはどうすればいいと思います?」


「知るか…!」


「人類は進化しなければならない、いや…あるべき姿を取り戻すべきとでも言いましょうか。今失われた人の本能と人類が獲得していた物を再度この手に蘇らせる必要がある…何か分かりますか?進化ですよ人の。そしてその人を進化させる為の工程として最も都合が良い事象が前例としてあるでしょう?」


「………まさか」


「大いなる厄災ですよ!史上最大規模の大戦争!究極の力と力がぶつかり合う人類史上最悪にして最高の乱世ッ!これが必要なんです。…貴方も分かってるんでしょう?八千年前の人類と今の人類には大きな実力の開きがあると」


「……………」


その通りだ、少なくともかつては我々レベルの人間が八人いた、我々より明確に強い奴は三人…いや五人いた。我々に肉薄出来る奴、我々と真っ向から戦える奴…これは数え切れないほどにいた。


人類のレベルは八千年前の方が遥かに上だ…これは何故か?古式魔術があったから?それもあるが、一番の要因は…。


「世が荒れ、全人類が誰かを殺す為に力を磨く必要がある世界。力無き者が死ぬ世を作れば皆強くなる…」


武の才がある奴も平穏無事に生きることが出来るのが今の世だ、魔の才がある奴も勉学に励むことなく生きていけるのが今の世だ。だが八千年前はそうではなかった、人々が余すことなく力を求める時代だった。


だからこそ、強者が多かった。全人類が激しい生存競争を強いられたから…今の世にはそれがないから、人類は弱くなった…いや、力を捨てた。


「平穏な世…なんと憎らしい、本来なら将軍を超える天下無双の力を持った天才が八百屋として一生を終える可能性があるのが今の世です、魔術王を遥かに上回る才能を持った至上の天才が家政婦として一生を終える可能性があるのが今の世です。平和に埋もれた天才が…一体どれほど居るのか、考えたことがありますか」


「戦わなくて済むのなら、それでいい。そういう世界を我々が望んだからだ」


「そういう世界が人の可能性を潰している。…だから私はマレフィカルムを作った、世を覆い乱世を及ぼす。私のお陰で…マレフィカルムのお陰で…今人類のレベルは確かに上がってるでしょ?」


「ッ……」


確かに、今人類の平均レベルはこの八千年で確実に上がっている。一世代に一人いればいい方の魔力覚醒者が今は溢れかえっている。第三段階も凄まじいスピードで増えている。


それは世界が再び…大いなる厄災に近づいているから…!


「世界の流れが向かっているんですよ厄災に。人の本能が感じ取っているのか或いは運命か…人類の力が増してきている。そこに…私が君臨する!新たなる厄災として世を乱す!人類は私を討伐する為に切磋琢磨し不死さえ殺す魔術が生まれる!不死さえ殺す魔術さえ耐える不死が生まれ!それを殺す魔術も生まれる!その過程で人はいずれ不死も不滅も超えて天を見出し星を穿つ!…八千年前を超える力を私が作る」


「大層な目的だ、お前の目的は人類のためと?」


「結果としてそうなるだけですが…まぁそうとも取れますね。私の目的は人類の進化…それは争いの中でしか生まれない。だからこそ世界を二分したワケですし」


「勝手に人を争いに巻き込むな…!」


「勝手に?争いに?アハハハハッ!何をおかしなことを言ってるんですかレグルス」


するとガオケレナは腕を組み自らの頬を撫でるように指を立てながら笑うと。


「生存競争とは原初の時より続く争いの根源ですよ、人は…いや生命体は生きる為に他を淘汰するよう設定されている、それが生存競争です。獅子も、鹿も、鳥も魚も全てがそうしている、その過程で全ての生命体が進化を続けている、より一層生き、より一層長く生存するための力を得る為にね。人だけなんですよ、倫理観なんて物と正論なんて物を振りかざす生き物は、それが自らの進化を阻害している。本来ならば獲得していたであろう絶大な進化を世界は放棄している…そして、その世界を作ったのは魔女であるお前達だと言っているんです」


「………」


「人類文明の保護・保全を謳った魔女の支配という名のぬるま湯に浸かった人類は弱くなった、いや…存在として劣化したと言える。お前達の勝手な支配が人を貶めた。私はその失われた時間と進化を取り戻したいだけなんですよ」


「勝手な理屈であることに変わりはないはずだ。人の進化などと…お前は神か何かか?」


「言葉をそっくりそのまま返しましょう、人の世を自分達の勝手な価値観とトラウマから抑圧し、支配を強行したお前達は神か何かで?」


「誰かがやらねばならなかった!そうでなければ人類は滅んでいた!お前の言う進化の果てが!滅びだった!」


「なら継続は善か!終了は悪か!人類の歴史という旅路の果てに辿り着いたのならそれ以上継続する意味はない。いや…本来その限界、果て、滅びというのもお前達が勝手に決めた地点でしかない。人もっと進化出来たかもしれない…私の望む魔道の深淵へ向けて、邁進していたかもしれない」


「くだらん戯言だ、もしかしたら・かもしれないで人類の歴史を終わらせようとするな」


「だとしても、お前達の支配が全てを停滞させているのは事実。私が望むのは前進…人の歴史の更なる飛躍、大いなる厄災を起こし、人々はより一層進化する・強化される・前進する、より生きる為に、生存競争という原初の争いに身を投じ先へ行く。争乱こそが人類進化の起爆剤です」


「……結局、お前もシリウスと同じだ。目的の為にその過程の乱世を気にも留めない。乱世の中で流れる涙の数を!見もしない!お前の身勝手な狂気に巻き込まれて…一体どれだけの人間が死んだ!」


「人は死ぬものです!割り切りましょう!」


「それを貴様が言うかッッ!!」


拳を握り、魔力を高める。この巨大な怪物とこの場で戦えば…世界に影響が出る。それほどまでに今の奴は強大だ。


故にこそ…。


「『永劫なりし問い。汝、魔道の極致を何と見る』…」


魔力を揺らめかせ、心を落ち着かせ、開眼する。


「『永劫の問いかけに、我が生涯、無限の探求と絶塵の求道を以ってして 今答えよう』」


それは世界への問いであり、世界の問い。魔術を極めるとはつまり答えを探すと言うことで在り、その道は真理への求道である。


そして、長い鍛錬で得た私の答えは。


「魔道の極致とは即ち『渺茫たる深淵』である」


「クフフフフ!拝見しましょう?貴方の本気…」


────使う、臨界魔力覚醒を。押し広がる世界はガオケレナを閉じ込め…世界は塗り替えられる。





「もう二度と、大いなる厄災は起こさせない…お前のくだらない願望も唾棄すべき妄想も、押し付けがましい人類進化論も戯言めいた目的も…ここで潰す、それでもお前は己の意志を貫くと言うのなら…」


私の魂の中に存在する異世界は、星の黎明の景色。大地は荒れ狂い海は暴れ天は暗雲を敷く…そんな黎明の中にガオケレナを閉じ込め、私は目を開く。


「来い…『世の秩序』が相手をしてやる」


「ンフフフ…アハハハ!なら私がぶっ壊しましょう!世の秩序を…」


荒れ狂う世界の只中に屹立する漆黒の大樹を見遣り、力を漲らせる。


ここでこいつを殺す、悪いなエリス…これでマレフィカルムが滅んだら、別の試練を考えるよ。


………………………………………………………


人類最強の男ルードヴィヒ・リンドヴルム。現行文明に於ける最強の存在であり純粋な実力だけでみれば魔女と大差がないと言われた数千年に一人の天才。


肉体も魔力も完璧に近く、無欠。しかもそこまでの才能に加え血の滲むような努力と研鑽により研ぎ澄まされたルードヴィヒと言う存在は完璧に近いそれを完璧そのものに変えた。


先代筆頭将軍にして先代の人類最強マグダレーナをして…自分はルードヴィヒの才能には足元にも及ばないと言わしめた、カノープスはその存在の生誕を手を叩いて喜んだ。


それがルードヴィヒ、彼がいるからセフィラは魔女大国への侵攻を渋り八大同盟も真っ向勝負を避ける。文字通り秩序そのもの…だが。


それも昔の話になりつつある。何故なら老いたからだ、ルードヴィヒは既に全盛期を遠に過ぎている…これほどの天才がその全盛期を平穏な時代で過ごしたことが幸か不幸か取るべきか分からないが…それでも老いた。


老いたのだ、老いた兵士は…次の世代に道を譲るもんだ、そうだろう?そろそろその人類最強の座を…俺に譲ってくれや、ルードヴィヒ。


「オラァッ!」


「フンッ!」


マレフィカルムによる大帝宮殿襲撃はバシレウスの修行の為という名目がメインとなっている。彼が一段上の実力を手に入れ且つ人類最強の称号を手に入れる為の戦い。


それ故に彼は将軍を殺害しその座を得る必要があった、アーデルトラウトかゴッドローブかフリードリヒ…誰でもよかった。そんな彼が挑んだのが筆頭将軍ルードヴィヒ…即ち真の人類最強であった。


並ぶ者無き天下無双の男ルードヴィヒ…それに果敢に挑みかかり殴りつけると共に魔力を放つバシレウスだったが、そんな渾身の一撃さえルードヴィヒは容易く手を振り放った魔力だけで中和して見せる。


「チッ…また防がれた」


「また…ではない、お前の技は通じない」


「言ってろ!吠え面かかす!」


拳を握りバシレウスは攻撃手段を魔力攻撃から物理攻撃に切り替える事を決める。魔力の扱いではとてもルードヴィヒには勝てないと悟ったからだ。


バシレウスとルードヴィヒが戦闘を始めて数分。ルードヴィヒを殺そうと挑みかかるバシレウスの苛烈極まる攻撃は全てルードヴィヒに防がれている、ただ防がれているならまだいい。ルードヴィヒは先程から足を動かしていない。


踵を地面につけたまま、バシレウスの攻撃を凌いでいるのだ。まさしく通じていない…と言った感じにバシレウスは歯噛みする。


「死ねェッ!!」


「フッ…」


バシレウスの戦闘能力は非常に高い、生命の魔女ガオケレナからの修行を受ける前から元とは言え八大同盟の盟主を相手に一蹴して見せる程に強い。そこから更にガオケレナという指導者を得て、マレフィカルムのバックアップを受け、絶大なパワーアップを遂げたと言っていい。


だが…そんなバシレウスの攻撃が、軽く手を添えるように動くルードヴィヒによって受け流され続ける。


「クソがッ!当たらねェッ!」


「まるで猛獣の攻めだ、だが苛烈な攻撃の中に確かな理合も感じる…不思議な奴だな、お前は」


「コァッ!?」


パァンっと音を立ててバシレウスの拳が手で払われると同時にルードヴィヒの突き手がバシレウスの喉を突き、その痛みに思わず後ろに引き下がる…その瞬間。


「だが足りん、まだ私の相手はな」


「グゥッ!?」


そのままその手から放たれた魔力衝撃がバシレウスを弾き飛ばす。ただ魔力を放っただけで空間が歪みヒビが入る程の強烈な一撃。それを何気なしに放つルードヴィヒの攻撃力は、筆舌に尽くし難いと言える。


「ゴハァッ…!ぐっ…クソがぁ…!」


「ここに至るまでに散々痛めつけられているだろうに、タフだな」


(くそッ…こいつ、近接戦の技術力ならレグルスと同格かよ…)


アーデルトラウトは強かった、レグルスはもっと強かった、そんなレグルスと同じ技術力を持つルードヴィヒを前にバシレウスはカンカンに熱された頭を必死に冷まし冷静さを取り戻そうとする。


(闇雲に攻めて勝てる相手じゃねぇ、もっとよく見ろ…俺の力ならアイツの技だって真似出来る。例えば今のだって…!)


ルードヴィヒの空間を引き裂く魔力衝撃、身を持って味わったあれを模倣しようと手に魔力を貯める。


バシレウスは天才だ、特に動体視力と理解力は凄まじく見ただけで相手の技術を真似出来る物を持っている。アーデルトラウトの技だって即座に真似出来たんだ、ならば今の攻撃だって…。


「今度はこっちの番だッッ!!」


放つ、空間を引き裂く魔力衝撃を─────。


「それは私の真似か?稚拙だな」


「なっ!?」


…掻き消される、ルードヴィヒによってバシレウスの魔力衝撃が。というより空間を引き裂くほどの威力を出せなかった。


なんて事はない、ルードヴィヒが放った一撃はバシレウスの放った物と同じ何の変哲もない魔力衝撃だった。ただただルードヴィヒが強すぎるが故に空間引き裂いただけで真似をしたところで同じ事象は起こらない。


つまり、純粋にバシレウスの技量が足りておらず…。


「なるほど、アーデルトラウトの言っていた猿真似が今のか。だが…俺の領域に至るにはお前はまだ若過ぎる、お前は知るべきだ…全てを」


「ぐっ!?」


その瞬間、ルードヴィヒが消えバシレウスに肉薄し拳を腹に叩き込み。


「そして、実力の差を」


「げぁっ!?」


叩きつけられる鉄拳がバシレウスの脳天を砕く勢いで放たれバシレウスが膝を突く。ただ拳を振っただけでバシレウスの肉が引き裂け血が流れる。


痛み、苦しみ、屈辱、敗北感、吹き荒れる感情の嵐の中…そこでバシレウスは理解する。


(基本的な性能が違い過ぎる)


違う、立っている場所の次元が…。


獅子同士で殺し合っているならば、より強い方が生き残るだろう。だがこの場で行われているのは同種の生き物の殺し合いではない。小鳥と鷲のような、メダカと鯰のような、蟻と象のような、生物としての基本性能に差があり過ぎて一挙手一投足により引き起こされる事象が別格…こんな状態で殴り合っても勝ち目はない。


例え相手の動きを完全に模倣したとして、全く同じ技を俺とルードヴィヒが放った場合…威力は全く違う物になる。これじゃ勝ち目なんかあるわけがない。


「ば、バシレウス様…これはちょっと逃げた方がいいと思いますよ。私もルードヴィヒの強さを見くびりました…こいつ後方で書類仕事してて良い人材じゃありません」


「ケテル…?」


ふと、横に目を向ければ先程ルードヴィヒと戦いまるで手も足も出ずに負けた仮面の者『王冠』のケテルが仮面の裏側からゴボゴボと血を吐きながら進言してくる。


ケテルは強い、口に出して褒め称えはしないがケテルの実力はセフィラ内でも上位だ、それこそ俺やダアトに匹敵するか…或いは次ぐほどの。そんなケテルがこの有様だ、同じ第三段階到達者でもこうも実力に差があるかと驚きたくもなる。


分かっている、逃げた方がいいことなんて。もっと賢いやり方はある、狡猾に立ち回れば良いし狡賢く振る舞えば労せず結果を得られるだろう。


だが…。


「口出しすんじゃねぇよケテル。俺はここに楽してサボってただ与えられるだけの称号を受け取りに来たんじゃねぇ…気に食わねぇ奴全員ぶっ潰して!俺が最強だって知らしめに来てんだ…もう逃げられるかよッ!」


俺は最強だ、最強でなくては意味がない。それが俺が理想とする俺だ、そんな理想から反するを事して一体なんの意味があるだろうか。ただただ誰かによって与えられ、ただただ誰かによって認められただけの称号に興味はない。


それに…いいじゃねぇか、生物として次元が違う?実力が別格?…今から俺がルードヴィヒの段階に至れば、それはつまり誰も俺に逆らえなくなるって事だろうが。


「バシレウス様ぁ…貴方にここで死なれると本当に困るんです。今まで貴方にどれほどの財力と資材を投じて、どれほどの労力を用いて、どれほどの時間と犠牲を使ったか…これを考えてください」


「それはテメェらが勝手に俺に期待して勝手に俺に使ったモンだろうが。俺の知った事か」


「バシレウス様ぁ…」


「死ななきゃいいんだろ!ならウダウダ言うな、俺は…」


そして壁から這い出て拳を構え…。


「まだ…死なない」


まだ死なないと口にする、死ねないのではない…死なないのだ、地獄にはまだ俺の席がない。あの世に行っても俺の居場所はない、だから俺は死なないのだ。


「ふむ、ただただ破壊を好むだけの獣かと思ったが…どうやら違うみたいだな。凄絶な覚悟をお前から感じるぞ…バシレウスだったな?」


「ああそうだよ、クソ野郎」


「そんな目も、もう久しいな」


すると、目の前に立つルードヴィヒは黒いコートを脱ぎ捨て拳を握る。そしてニタリと不敵に笑うと…。


「私ももう長い間人類最強の称号を預かっている。この名を欲する者は世界中に居た、多くの人間が私に挑んできた、アルクカースの最強…エトワールの最強、他にも在野の強者やお前のような裏社会に属する者、多くが挑んで来た」


「………」


「そして私はそれを全て打ちのめしてきた、敬意と親愛を込めて私は全てを叩き潰してきた。だからかな…最近では私に挑む気骨を持った奴が居なくなってしまってな、久しく挑戦者を見た」


「挑戦者じゃねぇよ、俺はテメェを殺すんだ」


「ああ、分かっている。だからバシレウス…私はお前を今から最大の敬意と無上の親愛を込めて叩き潰す。侮りや躊躇いなどなく、一抹の希望も見せず、人類最強の誇りを持って擦り潰し、踏み潰す。折れてくれるなよ」


「好きにしろよ」


ルードヴィヒが動く、受動的な反撃ではなく攻めてくる…けどそれでいい、軽くあしらわれて痛めつけられるより、向こうから意識を持って殴りに来てもらった方がまだマシだ。


「では…行くぞ」


そしてルードヴィヒは手を前に出し…こう口にする。


「『テンプス・フギット』」


────それは、ルードヴィヒにのみ与えられた時間跳躍魔術。特記組として当時の歴代最高記録を叩き出した彼に対して皇帝が与えた完全オリジナル時空魔術。古式魔術を元にしない極めて珍しい魔術だ。


この力は即ち過程の消失。歩き始めるという始点と目的地に到達するという終点の間にある『歩いて移動している』という過程を丸々飛ばし結果だけを叩きつける時空の秘奥。


これを発動させたという事は即ち…。


「なッ…あぁっ!?」


終わった、という事である。


「ッにが!何が…!」


バシレウスは混乱しながら膝を突く、何が起きたか分からないうちに…ルードヴィヒに殴り飛ばされた。防御とか回避とか以前に反応が出来なかった。


ただ奴が詠唱を終えた瞬間。事態が変わった。…アーデルトラウトのような魔術…とはまた違う、あれよりもっと効率的な何かを感じる。


「バシレウス様ッ!そいつの魔術は過程の消失です!詠唱と同時に結果が飛んで来ます!」


「はぁ!?ンなのありかよ!…じゃあ防御もクソもねぇだろッ!」


バシレウスはの対応能力は目で見る事で発動する、見れないんじゃどうしようもない。いや…待てよ。


「さぁ行くぞ、いつまで耐えられる…『テンプス──」


「どりやぁぁぁっっ!!」


「む…!」


その瞬間バシレウスは地面を叩き砕き大量の砂塵を巻き上げる。それと同時にバシレウスの姿が煙の中に消え…ルードヴィヒも詠唱を止める。


「これならどうだ!」


(ふむ、一瞬でテンプス・フギットの不安定さを見抜いたか…これが奴の対応能力の高さ、か)


テンプス・フギットの発動条件は過程を飛ばした際にある結果を明確にイメージ出来ることにある、つまりそのイメージを阻害すればある程度は予防出来る…まぁ、ある程度ではあるが。


「そこッ!」


「おわっ!?」


「『テンプス・フギット』!」


手を払い魔力の嵐を作ると共に砂塵を打ち払い、その向こうでバシレウスの影が蠢いたのを確認した瞬間にテンプス・フギットにて跳躍。バシレウスの顎を蹴り上げ更に壁を打ち砕き吹き飛ばす。


確かにテンプス・フギットは不安定な性質を持つピーキーな魔術だ、だがそれを扱うルードヴィヒは違う。彼はテンプス・フギットの弱点を全て理解し、その弱点を全て潰し、完璧と言えるまでに扱えるようになっている。弱点を突く…と言う行動自体、意味がないのだ。


「グッ…甘くないか」


壁の向こうへと飛びながらバシレウスは必死に考えを巡らせる。テンプス・フギットは強力だが…思い出す。


気に食わないがこの期に及んで自分の考え一つで解決法が見当たらないこの場面に至って思い浮かぶのは…ガオケレナ、つまり師匠の言葉だ。


『バシレウス、魔術ってのは凄いですよ。なんだって出来ます、私はいずれ魔術がこの世から死の概念を消し去ると考えています。ですが…凄いですが魔術は『奇跡』ではなく『術』です、つまり…』


(魔術は一定の原理に従って動いている。緻密に組み上げられたシステムの中にはどうしてもカバー出来ない部分がある、そこを突けばどんな魔術でも攻略は可能…それこそ、魔女の魔術でも)


ガオケレナは元々魔術を専攻して研究していた求道者だ、故に知識量は凄まじく且つ魔女の魔術を体感して生き残った数少ない証人でもある。魔女の領域に至りながらその知恵は果を知らず…その知恵をバシレウスに授けている。


故にこそバシレウスはガオケレナの言葉に従い考え試す、術理とは万能ではない、故にこそ人は力をつけ争う。なればこそあのテンプス・フギットにも穴や不備はある。考えず闇雲に戦うのはそれこそ獣と同じだ。


(考えろ、奴の攻略法を…大丈夫、俺は無敵だ。きっと考え出せるから今考えろ…!)


「『テンプス・フギット』ッ!」


「ぅぐっ!?」


しかし次の瞬間飛んで来たルードヴィヒの一撃が空を裂きバシレウスを殴り飛ばす。思考の隙さえ与えぬ…いや、思考の隙間をしっかり読み切っての一打。その一撃でバシレウスの脳みそはくしゃくしゃに丸められた紙のように崩れ、バシレウスの中に蓄積された発想の種を霧散させ痛みで一時的に思考停止させる。


「クソッ!」


「まるで鉛を殴っているようだ、だが…」


(ッ…来る!)


「『テンプス・フギット』ッ!」


「ッ…!」


再び過程を飛ばした神速の打撃がバシレウスの顔面を貫く。その一撃は衝撃の余波だけで地面を砕く程であり、これを受けたバシレウスはダクダクと口から血を流し…。


「ッ捕まえた!」


「む…!」


しかし、殴られはしたが殴り飛ばされはしなかった。踏ん張ったのだ、足元で、攻撃が来る事を事前に察知しその上でこちらから出来る事は何もないと判断したバシレウスは敢えて受ける事でルードヴィヒの懐に入った。


「っぺッ!テメェの攻撃はなんとも出来ねぇ!けど攻撃の正体自体はただの打撃!なら…踏ん張って耐えりゃテメェが勝手に俺の射程に入ってきてくれる!」


(この一瞬でそこまで…いや、考えた上でそれを実行するか…!)


確かにテンプス・フギットは過程を飛ばすだけ、発生する事象そのものはただの打撃でしかない。だがそれでもその打撃を打っているのはルードヴィヒだ、一撃で城塞を砕き拳一つでベオセルクを鎮圧した事もあるし、何よりレグルスの体を乗っ取ったシリウスと互角に殴り合った経験すらある男の拳だ。


受けよう、耐えよう、そう思って凌げるものでは無い。それはバシレウス自身がよく分かっている。だがその上でバシレウスは決断し自らの耐久力を信じ、そして耐えたのだ。


そしてその手でルードヴィヒの服を掴み。


「時間飛ばすなら飛ばせよ、この距離ならどの道関係ねぇ。普通に殴られたってお前の拳は避けられる気がしねぇ…なら、この距離で殴り合えば少なくとも一方的に打たれることは無い」


「ほう、剛毅だな」


「違う、最強だ…!」


時間を飛ばされて怖いのは遥か彼方から拳が飛んでくる事象と防御不可能な事実だけ、この距離なら少なくとも手が届かない距離からいきなり拳が飛んでくる事もないし、どの道ルードヴィヒの拳はどうやって避けられない。


なら、超至近距離で殴り合えば、それなりに勝負になるとバシレウスは考え拳を握る。


「散々殴りやがって!今度は俺の番だッ!」


拳の先に魔力を溜める、押し固める、それを更に防壁でコーティングし更に魔力を上から押し固め、模倣する…。


「これは…アーデルトラウトのラグナロク・スコルハティ…、じゃない」


工程はラグナロク・スコルハティで間違いない。今の工程はまさしくラグナロク・スコルハティだ、先程バシレウスが模倣したラグナロク・スコルハティ…なのだが。


彼はそこから更に、手を加える。魔力を押し固めた後、更に圧縮し拳の中に仕舞い込むと共に腕そのものを魔力と同調させ荒れ狂う魔力を完全に制御し、新たな技へと開花させる。


…進化の種はレグルスだ、レグルスが無自覚に使っていた打撃法。魔力を拳に纏わせ拳そのものを強化する法。それを更に合わせラグナロク・スコルハティをもう一段階上の打撃法へと強化した、その名も。


「『魔王之鉄槌』ッ!」


「ッ…!」


絶大な魔力によって強化された拳が叩き込まれると同時に魔力が爆裂し黒い炎のような衝撃波が走りルードヴィヒの鳩尾に炸裂する。模倣に模倣を重ね、更に新たな技へと昇華させる。これこそが技の進化の正当な形であり、人間が長い時をかけて行う技術の練磨…それをバシレウスは一個人で行う。


その凄まじい威力の一撃は確かにルードヴィヒの打撃力を上回り…。


「大した威力だ」


「なッ!?」


がしかし、それでも届かない、人類最強には。まるで手を添えるように軽くバシレウスの拳を受け止めたルードヴィヒは笑うこともなくバシレウスを見下ろす。


防壁だ、手の中に小さな防壁を作り、それでバシレウスの打撃を完全に殺した。貝殻一枚分くらいの大きさと厚さの防壁で…完全に、受け止められた。


「嘘だろ…」


「威力は上々、見ただけで模倣する技量も素晴らしい、お前がネビュラマキュラが夢見た到達点というなら確かにそうなのだろう。だが…覚えておけ、世界の頂点に辿り着くには、他人の真似だけでは決して辿り着けないと」


「ッ…」


ルードヴィヒがバシレウスを弾き、拳を握る。反撃が来ると悟ったバシレウスは即座に防御姿勢をとり…。


「手本を見せてやる、真似してみろッ!」


「くっ!」


魔力を肉体に張り巡らせ防壁を生み出しルードヴィヒの打撃を腕で受ける。防壁を貫通しバシレウスの前腕に叩き込まれる、確かに凄まじい威力だが今度は防げた…これなら。


「ッ…あれ」


ルードヴィヒの拳に押し飛ばされるように、バシレウスは一歩二歩と後ろに引き下がる。拳は防いだ、ダメージはほとんど無い。だがバシレウスは拳を防いだ腕を見て…。


(魔力が…通らねぇ…)


拳を防いだ左腕に魔力を通そうとしても魔力が通わない。初めての感覚に冷や汗がドッと出る、腕は最も血の通る場所でもあり神経が集中する場所だ、故に魔力を操るには腕以上の器官はない。


その腕に魔力が通らないと言う事はつまり戦闘能力がそのまま半減するということ。事実バシレウスを覆う左側の防壁は非常に曖昧に、そして弱くなっている。


(触られただけで…魔力を封じられた!?)


「どうした魔王、顔色が悪いぞ」


「ッ…!」


あれだけ必死に詰めようとした距離を今度はバシレウスの方から離す。足から魔力を放ち加速しとにかく距離を取る。攻撃の正体が掴めない、魔力覚醒か?魔術か?魔法か?分からない、だが一つ確かなことがあるとするならルードヴィヒに触られるのはまずい。


だが…。


「『テンプス・フギット』」


「ギッ!?」


距離を離せば当然飛んでくる、テンプス・フギットが。一瞬でバシレウスの目の前に転移したルードヴィヒはバシレウスの右足を蹴り抜きそのバランスを崩す、それと共に…。


(今度は右足に魔力が通らなくなった!間違いない!アイツが触れた箇所に魔力が通らなくなる!やべぇ…そんなのねぇだろッ!)


右足から魔力が噴射されなくなり魔力による防御が消え失せる。どんどん防壁が剥がされ攻撃法が奪われる。あれだけ頑張って鍛え様々な技を習得したと言うのに…それが無駄になる感覚を覚える。


これがその辺の雑魚の戦いなら効果は薄い、だがバシレウスやルードヴィヒが居る段階に於いて魔力の扱いはまさしく生命線。魔力防壁や魔力衝撃、魔術に魔法、これらを駆使して戦うべき段階にあって魔力使用を封じるなんてのはまさしく禁じ手だ。


あり得ないが今起きているのが事実。どういうタネか判然としないが考える時間をくれる程優しい相手でもない。


「クソがッ!」


反撃の為に踏み込もうとするが軸足たる右足に魔力が通らず、逆に魔力が通る左足との速度差が生まれ思わずバランスを崩す。そしてそこに飛んでくるのは…。


「フンッ!」


「グッ!?」


鋭いアッパーだ、顎先を貫くような打撃がバシレウスの頭を打ち上げ…その瞬間。


「なッ…!」


見えなくなる、感じられなくなる、魔力が。相手の魔力は感覚器を通じて体感することができる…それ故に、首から上に魔力が通らなくなったせいで相手の魔力が見えなくなった。


まずい…もう攻撃の前兆が見えない、防御も出来ない。…嬲り殺される、


「ッ…くそっ!クソがッ!なんでだよ!なんで!クソッ!魔力…戻ってこいよ…!」


「薄っぺらだ、あまりにも戦士として薄い…これだけで取り乱すなど」


「ぁがっ!?」


そのままルードヴィヒはバシレウスの髪を掴み引き寄せ地面叩きつけ足を乗せる。それだけで大地に転がる破片が浮かび上がりミシミシと床が軋む。


「この!この!」


「抵抗するな」


「ぐげぇっ!?」


慌てて暴れてルードヴィヒを押し飛ばそうとするが、上から放たれた魔力弾丸がバシレウスの頭を打ち、その衝撃でぐったりと倒れるバシレウスを踏みつけルードヴィヒは見据える。


「…お前達ネビュラマキュラの妄執はよく知っている、忌まわしき悪因も含めてな」


「グッ!やめろ!同情するな!何も知らない人間がッ!」


「同情はせん、ただ…バシレウス。私はお前の父イージス・ネビュラマキュラを知っているのだ、彼から…いくつかの話は聞いている」


「ッ……」


イージス・ネビュラマキュラ。バシレウスとレギナの父であり先代マレウス国王、既に病にて他界しており早くにバシレウスに王位を譲る原因にもなった人物だ。


「彼とは、ディオスクロア大学園で同期でね。彼もまた君に似て…白い髪と赤い瞳を持っていた。まぁ彼は君と違って会話が出来たが」


「腐れ親父の話をして俺を鎮圧しようってか…お生憎、俺ぁクソ親父を恨んでんだ…!あの野郎の話聞かされるだけでイライラして仕方ねぇんだよ!」


「……君の父から聞いている、ネビュラマキュラの目的を。彼等は血統を重ねて魔女を越える人間を作ろうとしているんだろう?いや正確に言うなればもっと…」


ネビュラマキュラ家は八千年前から存在する家だ、歴史で言えばクリサンセマムと同格。そして奇しくも双方共に血統を重ね理想の人間を作る事を目的としている。その為に優秀な人間との配合を絶対とし、魔蝕の日に子を産む事を規則とし、それを真面目にコツコツ八千年間積み重ね続けてきた。


全ては一つの到達点を目指して…されど、この両家が目指す先は全くの対極にあった。


クリサンセマム家は求めた、一を全にするする力を。ネビュラマキュラは求めた、全を一にする法を。そうだ…ネビュラマキュラが求めたのは。


「『天の神を穿つ刃たれ、神と戦う唯一無二の人であれ』…だったか?お前達の始祖セバストスが残した遺言は」


「……知るか…!」


かつて、オフュークス帝国にて皇帝トミテの配下として彼のお気に入りだった人物。セバストス・ネビュラマキュラという男がいた。彼は大いなる厄災の最終決戦を前にトミテの前から消え密かに自らの血族を後世に残す決断をした。


それがネビュラマキュラの原点。セバストスが何故そんな決断をしたか、何故血族を残そうとしたかは今はもう判然としないが…彼の残した遺言だけはネビュラマキュラ家にて大切に保管され続けていた。


『天の神を穿つ刃たれ、神と戦う唯一無二の人であれ』…その言葉はそのままネビュラマキュラ家の方針となった。天の神…つまり魔女を穿つ刃となれ、唯一無二の人であれ…つまり単独で全てを為せる神の如き人を作り上げろ、それが始祖から続くネビュラマキュラの目的だ。


ネビュラマキュラは求めた、全を凌駕する最強の一を。無限に勝る独を…それがネビュラマキュラの在り方であり、その末がこの男…バシレウス・ネビュラマキュラなのだ。


「お前はイージスの語った究極の人間か。悪因すらも乗り越えて生み出されたネビュラマキュラの悲願なのか…」


「…………」


「だがイージスは言っていた、ネビュラマキュラの悲願を叶える存在が生まれたとしても、それは世を乱す悪魔とはならないと、寧ろ世を導く規範となるべく立ち振る舞う理想の王たる存在だと…奴は真にマレウスの行く末を嘆く一人の賢王だった。それが何故…お前のような子が生まれる」


「うるせぇ…」


「イージスを恨むのは構わない、だが…奴の意志が間違っているとは思えん。奴はマレフィカルムに手を貸す男ではなかった…!奴ほど性根の強い男を私は…」


「うるせぇってんだよッ!これ以上クソ親父の話を…」


ミシミシと何かが崩れる音がする、それは己の骨か、或いは人としての矜持か。されどそんなことを気にする余裕すら焼き尽くす怒りの炎がバシレウスを包む。


「…するんじゃ…」


燃え上がる、自分が受けた仕打ちと父親の無責任さに怒りが燃え上がる。屈辱と恥辱が煮えたぎる、それは臨界に達する…彼の中で何かが崩れ、弾け、吹き飛び…そして。


「ッッねぇぇえええぇぇええええッッッ!!!!」


その瞬間、バシレウスの両腕から魔力が放たれ、それが推進力となってルードヴィヒの足を押し退け無理矢理立ち上がる、吹き飛ばす…ルードヴィヒの体を。


「ッ…『断絶』が解けたか」


「親父の意志も!ネビュラマキュラの怨念も!マレウスがどうのも!セバストスの遺言も!俺には関係ねぇッ!俺はバシレウス…ネビュラマキュラじゃねぇ、俺は蠱毒の魔王バシレウスだッッ!!」


全身から激る魔力が迸り周囲を破壊しルードヴィヒを寄せ付けない。強烈な自我と自意識に魔力が呼応し魔力が爆発したのだ。ルードヴィヒの言葉がバシレウスの意識に火をつけてしまった。


普段なら、こんなミスはしない。ルードヴィヒなら徹底的に相手を叩き潰すだけで終わった…だがあそこであんな話をしてしまったのは。


(やはり…受け入れられん。イージスの後を継ぐのが…こんな悪魔だなどと)


先程語った言葉は全て真実だ、バシレウスの父イージスとはかつてディオスクロア学園に留学していた頃に知り合い学友として共に過ごしたことがある。友だったと公言してもいいくらいにはイージスの心意気にルードヴィヒは感銘を受けた。


良い王だった、少なくともイージスの治世は落ち着いていた。それが死にレナトゥスが宰相として剛腕を振るい始め全てが変わった…出来るならバシレウスにはイージスの覚悟を汲んで欲しかった。


それが押し付けであったとしても、少なからず期待していた部分はあった…だが。


(悪いな、イージス。お前の息子を私は殺すぞ…)


バシレウスは危険過ぎる、力が強過ぎる。そしてその力の使い方にあまりに無頓着過ぎる、故にここで殺すしか無い。そう決意を改めさせる物をバシレウスは醸し出している。


「ふぅー…ふぅー…」


一方バシレウスはブチギレつつもすぐさま思考は冷静さを取り戻していた。力を失ったはずの左腕に魔力が通っている、キレて魔力を発散させた拍子に何かが途切れ魔力が通るようになった。


(なるほど…そういう原理か)


理解した、奴の技は神通力でも奇跡でも無い。人の技術の範疇だ…これはきっと。


「防壁か!せこい真似しやがって!」


「フッ、もうバレたか。存外侮れん」


防壁だ、ルードヴィヒはバシレウスを殴りつけた瞬間体内に魔力を送り込み…バシレウスの体の中にある魔力の通り道を超小型の防壁で堰き止め魔力が通れないようにしたのだ。つまりこれも防壁術の亜種…特殊防壁『断絶防壁』。


口ではせこい真似とは言いはしたが…正直模倣出来る気がしていない。血管よりも細いとされる魔力の通り道に的確に砂つぶ未満の防壁を配置するなんてのは神業と言ってもいい。それを殴りつけた拍子に行うなんて無理難題、そんなのを平気な顔でやってのけるのが今目の前にいる男…。


(ただ威力が高けりゃいいってわけでもない、技巧とは確実に相手を追い詰めるからこそ意味がある…か)


バシレウスは痛感する…相手の強さを。そして想う…。


後悔…勝てるわけがない、こんな奴に喧嘩を売るんじゃなかったという後悔…ではなく。


(こいつを選んで正解だった、こいつから得られることは山ほどある…!)


感じたのは喜び、得られる物の多さと人類最強として模範的在り方。こいつを避けて最強にはなれない…ならばここで戦うべきだった、自分の判断は正しかったと。


お互いがお互い、相手を殺す事に意義を見出した。こうなってしまった以上…お互いに引く選択肢はない。


「ルードヴィヒッ!」


「………」


戦いは続く、バシレウスは打ちのめされるだろう、ルードヴィヒは打ちのめすだろう、だがそれだけでは勝負は決さない…バシレウスが負けを認めない以上この戦いは終わらない。


「フンッ!!」


「ギッ…まだまだァッ!」


ルードヴィヒの掌底がバシレウスの体を吹き飛ばし壁を突き破り向こう側の通路に出る、瓦礫が落ちる中クルリと姿勢を整えたバシレウスは両手を突き出し。


「『ブラッドダイン───」


狙いを定める、ルードヴィヒに。そして自らの血を噴き出させそれを媒介な真紅の閃光を生み出す。


「『マジェス…」


「『テンプス・フギット』!」


「ぐっ!?」


しかし魔術が成立する前に飛んできたルードヴィヒの蹴りがバシレウスの両手を蹴り飛ばす。と同時にバシレウスの腕に魔力が通らなくなり魔術が霧散する、再び封じられた。


「このッ!このッ!ダメだ通らねぇ…!」


「このまま潰す…」


「ッ…!」


魔術が使えなくなった、殴り合いでも勝ち目がない、さっきのように魔力を噴出させて回復しようとするが上手くいかない。ならばどうする、どうすればいいとバシレウスは咄嗟に周囲を見回すと。


(ッ…あった!)


「む…」


走り出す、その先にあるのは帝国軍とマレフィカルム軍の激戦地…いや、激戦地だった場所。そこには大量のマレフィカルム兵の死体が転がっており…同時に、血の海が広がっている。


(血…血を何に使うつもりだ)


「『ブラッドダインッ!』」


そして、バシレウスはそのまま死体の山の目の前の血の海に踏み込み…。


「『フランベルジュ』ッッ!」


足から魔力を通し一気に血を吸い上げ炎の奔流としてルードヴィヒに放った。手から魔術が使えない、足で魔術を使おうと思うと魔力を必要以上に使ってしまう…だから、血液を魔力に変換する血命供犠にてマレフィカルム兵の大量の血を媒介に魔術を行使したのだ。


「他者の血を…!?」


「『ブラッドダインコキュートス』ッ!」


バシレウスの使う魔術である血命供犠魔術は血を媒介にする魔術だ。そこに自他の区切りはない、血であれば良い。今ここにある莫大な血はそのままバシレウスの力となる…それに。


「させるか…!」


バシレウスの放った氷と炎をスライドするようなステップで回避したルードヴィヒがそのまま突っ込んでくるのを見たバシレウスは咄嗟に足元の血を…。


「ぺろぺろ…」


舐め出した、啜り出した、血を。そして…。


「『ブラッドダインプランダー』ッ!」


「む…」


その瞬間、バシレウスの腕の魔力が回復し、彼の腕から大量の泥が排出されルードヴィヒの行手を阻む。魔術だ…しかも魔力が封じられた腕から魔術を放った。


これはどういう事か、既にルードヴィヒの頭には思い当たる節があった。


(吸血で魔力を無理矢理体内に作ったか…)


ルードヴィヒの断絶防壁は謂わば流れる川にダムを作り魔力を堰き止めるような仕組みだ。内側から魔力が大量に溢れれば氾濫を起こし防壁が解除されてしまう…が、そうならないようそれなりの硬度と規模で作ってある、それこそバシレウスの魔力放出能力をギリギリ上回る規模の防壁だ。独力で解除は出来ない。


だがバシレウスは外部から血を吸って魔力を補給した、本来そんなことは出来るはずもない。血を飲んでも魔力は回復しない…が血命供犠は違う。


血を媒介に魔力を増幅させるこの魔術なら、血を飲みこみ体内で魔術を発動させれば一時的に体内魔力を増幅させることができる。先程の例えで言うなら一時的に水嵩が劇的に増してダムを沈めたような物だ。


メチャクチャだ、呪術でもそんなメチャクチャな真似は出来ない…何より。


「馬鹿な事を…体内の魔力路が破裂するぞ…!」


「ぐぶふっ…へへッ!」


バシレウスは泥の向こうで血を吐きながら跳躍する。魔力を体内で一時的に増幅させると言うことはつまり、瓶の中で水が一気に増えるような物、入れ物が破砕してもおかしくない。それ故に一気に増えた魔力に内臓が圧迫されいくつか潰れたのだろう…。


だがそれでもバシレウスは動き続ける。


「死ぬぞ…バシレウス」


「テメェは俺を殺したいんだろ…!ならほっとけッッ!!『ブラッドダインコンジャクション』ッ!」


そのまま足元の血を舞い上げ自分の吐き出した血も含め両手を合わせながら一気に魔力に変換し、紅の閃光をルードヴィヒに向け放つ。


「自壊が貴様の望みか…!」


しかしルードヴィヒは手元に生み出した小さな防壁で閃光を軽く逸らし着弾地点をズラすことで攻撃を凌ぐ…と同時に。


「『スピンドルストン・レンオアム』ッ!」


拳を振るうと共に放たれるのは絶大な魔力衝撃。大量の魔力を弁を開けるように一気に拳の先から放出しつつ弁を徐々に狭め密度と威力を上昇させる法を用いて放たれたその一撃は光さえも飛び越し…。


「ごはぁっ!?」


バシレウスの胸を打ちその衝撃波だけでバシレウスの背後の壁が丸く繰り抜かれ粉砕される。当然、バシレウスが負う傷はそれ以上だ。


「失望したぞバシレウス。貴様…ただの自殺志願者か」


「ぐんぬっ!」


「む…」


しかし、全身から血を流し口からも夥しい血を吐き、致命となり得る一撃を受けたバシレウスは即座に体勢を整えると…。


「ぐがぁぁああああああ!」


「…話も出来んか」


足に力を込め突っ込んでくる、口から血を流し全身から血を舞わせ血走った目で突っ込んでくる。そこには知性のカケラも感じられない、ただの愚直な攻め…この段階にあってしていい攻め方ではない。


「『テンプス・フギット』」


「ぐっ!?」


突っ込んできたバシレウスを拳の振り下ろしで打ちのめし、そのまま倒れたバシレウスに蹴りを加え地面を砕き下層へと落ちる。叩き落とす…華麗に着地するルードヴィヒに引き換えバシレウスは頭から墜落し、倒れ伏し…。


「ぅがぁぁあ!」


「まだ立つか」


「立つ!…まだお前が…生きてるから」


立ち上がる。地面に打ち据えられ視界を霞ませながらも無理矢理立ち上がり、彼は全身から血を流し、朦朧とする視線でルードヴィヒを見遣る。そうして魔力を滾らせ…。


「む…う…」


魔力が外に出ない、今の一撃で全身に断絶防壁を差し込まれた事に気がつきバシレウスは。


「じゅる…」


腕を舐め自身の血を啜り出すバシレウスの姿にルードヴィヒは目元を歪める。そこまでするかと。


「フンッ!」


「そうまでするか、お前は。そんなにも私を殺したいのか」


「決まってる、つーか最初からそう言ってんだろ」


血を啜り、体内で魔力を爆発させ防壁を破壊すると同時に全身の傷から血がビュービュー飛び出し今にも死にそうな風体になりながらもバシレウスは笑う。


この戦いが始まってより十数分、ルードヴィヒは今一度としてバシレウスから有効打を貰っておらず、本気の一割程度の力しか出しておらず、その上でバシレウスは虫の息だ。


だがそれでもルードヴィヒはこの戦いが長引けば長引く程、追い詰められているような気がしてならない。もしかしたら自分は最大の一撃を使っても、命を燃やし尽くすほどの賭けに出ても、こいつに『参った』と言わせられないのではないか?と。


戦いとは即ち、負けなければいつかは勝つ。今のバシレウスには…正直負けを認めるだけの余裕があるようには見えない。体を自壊させてでも突っ込み、自殺同然に突っ込み、食らいついてくるのだから。


「人類最強に、そうまでしてなりたいか」


「違う、俺は元々最強だ。それをただ証明したいだけなんだよ」


バシレウスはずっとそう言っている、最強を『証明したい』と。最強になりたいではなく、証明したいと。まるで既に今の自分こそが最強であると思い込んでいる…いや、『思い込まざるを得ない』かのように。


故にルードヴィヒは目を細めて問うてみる。


「『誰』にだ?」


「………」


「証明なんだ、お前個人で完結する話ではないんだろう?」


証明とは自己完結する物ではない、誰かが認めなければならない。ならバシレウスは誰に最強だと認めてもらいたいのか。世界か?仲間にか?違うとルードヴィヒは断言出来る。


バシレウスの最強への覚悟は並々ならぬ、体力も魔力も尽きかけながらも彼はその覚悟一つで立っている。それはきっと…。


「世界に己が最強だと知らしめたい、或いは仲間に最強だと褒められたい、そんな浅はかな思惑ではないのだろう」


「…………」


「聞かせろ、誰に向けてお前はこの人類最強の名を捧げたいのだ」


「関係ねぇだろ!お前にはッッ!」


牙を剥き拒絶する、ルードヴィヒの問いを。バシレウスは答えない…答えるつもりがない。何故ならこの気持ちは『バシレウスが勝手に思っている』願いでしかないのだから。


「俺は最強でなくてはならない!」


「それはネビュラマキュラの怨讐故か!」


「違う!断じて!俺は俺だ!ネビュラマキュラもレナトゥスもガオケレナも関係ない!俺は…俺はッッ!」


そうしてバシレウスは全身の魔力を滾らせ…燃える。


「俺はッ!俺には…ッ!それしか出来ないだけだッ!!」


(魔力の逆流!今使うか!)


そして燃え上がる魔力が一気にバシレウスの胸目掛け逆流しその力を増幅させる。そうだ…この挙動は。


「魔力…覚醒ッッ!」


それはバシレウスの賭けだった、ルードヴィヒが未だに覚醒を使っていない事実、そして覚醒同士の戦いならばやはりルードヴィヒはバシレウスを上回るだろう。今現在の負傷具合と消耗度合いから考えるにこれ以上踏み込めば覚醒すらままならない状態になる。


故に、彼は覚醒をここで使う。ルードヴィヒが覚醒を使う前に一気に畳みかける。畳み掛けられる事を祈って…彼は切り札のうちの一つを切る。


「『エザフォス・アウトクラトール』ッッ!」


(肉体進化型か…らしいといえばらしいか)


行使する、バシレウスの魔力覚醒『エザフォス・アウトクラトール』…種別は肉体進化型。その内約は恐らく肉体進化型の中で最強格の『完全制御』である。


「ここで殺す!お前を!お前の座っている場所からじゃねぇと届かねェッ!」


肉体にヒビが入り、内側から紫の炎が溢れ出す。これこそが彼の覚醒…『完全制御』だ。人間とは常に多くの制限によって力を抑えられている。身体能力は30%が上限であり、魔力も魂の余剰分しか使えない仕組みになっている。


彼の覚醒はそんな制限を完全撤廃し全てを意図的に操る事が可能となる覚醒だ。身体能力は通常の三倍以上の出力となり、魔力量も平常時の五倍。デメリット無しにここまでの強化をして見せる肉体進化型は凡そ存在しないと言ってもいい。


何より、使うのがあのバシレウスという時点で、その威力は押して知るべきである。


「ルードヴィヒィイイイイイ!!」


「…覚悟があることは分かった」


その力によってルードヴィヒに迫る。このスピード、パワー、勢いならばルードヴィヒに届き得る。或いは物理的な強さで言うなればルードヴィヒさえも超えたと言っていい。


だが…ルードヴィヒは。


「だがそれでも、お前はまだ弱い」


「ッッ…!」


放たれたバシレウスの拳が空を切る。ルードヴィヒが寸前で拳の下を潜るように避けたのだ。空を切る拳は絶大な衝撃波を放ち背後の壁も廊下もミキサーにかけたようにバラバラに砕く…だがやはりルードヴィヒには届かない。


(ここまでやっても!見切られるかよ!)


バシレウスは青褪める、ルードヴィヒが手を翳す。そして…彼は。


「『テンプス・フギット』」


使う…バシレウスの体に手を当て、時間跳躍魔術を使う。始点と終点の間にある過程を吹き飛ばすこの魔術によって…一気に結果を手繰り寄せる。そうして生み出された結果は…。


「ぐっ…なっ!?えぇっ!?」


バシレウスは驚きの声を上げながら…後ずさる。その体に降りかかるのはダメージではない、いつものようにテンプス・フギットで殴り飛ばされるのを覚悟していた彼に降りかかったのは打撃による痛みではなく…。


絶大な消耗だった。


「ま、魔力が…!?」


気がつくとバシレウスの魔力覚醒は解除されていた。あれだけ滾っていた肉体からは一気に力が消え失せ、ただただ覚醒の余韻たる消耗だけが残った。


何が起こった?いくら消耗していてもこんなにすぐに覚醒が解除されることはあり得ない。全開で動き続ければ十数分は持つ計算だった…なのに覚醒が途切れた。


「ま、まさか…!」


「ああ、私が飛ばしたのは『お前の時間』だ。覚醒開始から覚醒終了までの時間を一気に飛ばし…お前の活動限界を呼び寄せた」


飛ばされたのはバシレウスの時だ。覚醒を使い維持出来た筈の十数分の時間が一気にスキップされた。


あの一瞬でバシレウスの体の時間だけが十数分経過してしまった。これにより覚醒を維持出来る時間が尽き、その分の体力も魔力も消耗されてしまった。後に残るのは一世一代の賭けを外したペナルティだけ…。


「覚醒の…強制解除だと…!」


「私を相手に覚醒を使った時点でお前の負けだった、残念だったな…バシレウス」


ルードヴィヒの時間跳躍は他人にも使用する事ができる、これにより相手が覚醒などの時間制限付きの力を使用した時点でそれを強制的に解除させる事がルードヴィヒには出来る。つまりルードヴィヒ相手に覚醒を使った者はその時点で敗北することになる。


「ふざけんなお前、どこまでデタラメなら気が済むんだよッ!」


「どこまでもだ、最強とはそういう物だと私は陛下から学んだ…そして」


「ッッ…!?」


飛んでくる、ルードヴィヒの剛拳が。既に覚醒による消耗により体力を使い果たしたバシレウスには受け止めるだけの余力もなく…。


「ぐぶふっ!」


「踏み潰す時は容赦するな…これもまた陛下から学んだ事だ。好きなだけ立て、気が済むまで付き合おう」


そして、戦いは蹂躙へと変化した。ルードヴィヒが拳を振るいバシレウスを殴り飛ばし。それでも立ち上がるバシレウスに蹴りが見舞われ、立ち続けるバシレウスに殴打の雨が降り掛かり…。


徹底だ、皺くちゃになった布を丁寧に手で伸ばして皺の一つ一つを潰し丹念に手をかけて行われる作業のように徹底的にバシレウスを痛めつける。勝ちの目を一つづつ潰し、飽きる事なく、気を抜くことなく、油断する事なくルードヴィヒはバシレウスを痛めつけ続けた。


「グッ…げはぁ…!」


拳による打撃百十一回、蹴りを用いた打撃四十二回、魔力攻撃三十八回、それらに部類されない攻撃七十四回。二十分程かけてバシレウスの体力を使い潰し残った精神力をすり潰しそれら以外の不確定要素すらも虱潰しに叩き潰し、遂にバシレウスは立つことさえままならない程に傷つけられ膝を突く。


「タフだな、だからこそ苦痛が長引く」


「…ッる…せぇ」


「だがもう終わりだ、挑んだ相手が悪かったな」


そうして、ルードヴィヒは足に魔力を集める。アーデルトラウトのラグナロク・スコルハティと同じ要領で、それでいてその規模と威力を数十倍に高めたそれをバシレウスに向けて。


「あの世でイージスに詫びろ、人になり損なった獣よ」


「ッッ……」


それは容赦なく…叩き込まれ──────。


「ゴァッ……!」


大地を、砕く。バシレウスの真上に落ちた蹴りはただそれだけで大帝宮殿の一部を崩落させ彼を下層の下層、最下層へと叩き落とし…戦いを終わらせる。


「…………」


真下に開いた巨大な穴、バシレウスの落ちていった穴の下を見下ろすルードヴィヒ。魔眼を並列使用し落ちていったバシレウスの様子を眺め…そして。


「終わったか」


確認する、瓦礫の山の上で白目を剥き気絶し、血溜まりに沈むバシレウスの姿を。意識はない、無意識によって立ち上がるだけの体力もない、徹底的にそれらの可能性を叩き潰したのだから当然だ。


「残念だ、バシレウス。お前がもう少し良識を持ち合わせたならば…希望もあったろうに」


目を伏せるルードヴィヒは鑑みる。バシレウスは確かに天才だった、同年代のルードヴィヒと今とバシレウスならば確実にバシレウスの方が強い。だが…それでもまだ彼はルードヴィヒには届かない。


それは今まで潜ってきた修羅場の数と背負っている物の数があまりにも違うから。彼は或いは人類最強になり得た、だが残念かな…人間性を持ち合わせない彼は『人類』最強にはなり得ないのだ。


「さて、残ったマレフィカルムを殲滅するとしようか」


バシレウスとの戦いを経ても未だ体力に絶大な余力を残すルードヴィヒは背を向け歩き出す。バシレウスに勝利した彼は…この問題の終結へと向かう。







「ァ…うっ…が…」


一方、瓦礫と血の海に沈んだバシレウスは体を痙攣させルードヴィヒに立ち向かおうと手を動かすが、最早立ち上がるだけの体力もない。


生まれて初めてだった、ここまで徹底的に叩きのめされ敗北したのは。敗北が彼の体を押し潰し…今まで彼を奮い立たせて来た絶対的な自信さえもへし折るに足る物だった。


自分以上の天才、自分以上の最強、自分以上の存在。それがルードヴィヒ・リントヴルム…生半で勝てる相手ではなかった。…自分は身の程知らずだった。


…そう思えたら、もう少し生きやすかっただろう。


『バシレウス…』


「ゥ…ア…グゾが…」


『お前は悪魔だ…』


「ググッ…ガァ…ハァ…ハァ…」


脳裏に響く声に突き動かされるようにバシレウスは体を引きずるように地面を這いずる。許されないからだ…。


『お前は悪魔だ』『バシレウス様、貴方は最強です』『魔蝕の祝福を受けた寵児よ!』『大勢殺した』『貴方はマレウスの希望です』『偉大なる始祖の思い描いた理想こそ!』『呪われろ』『我等マレウス人が世界を制するのです!』『星の祈りを受けし子よ』


「グッ…クソがァァァ!!」


血走った目で頭を殴りつけ頭に響く声を黙らせる。どいつもこいつも好き勝手人に背負わせやがって!マレウスの栄光?ネビュラマキュラの悲願?始祖の祈り?…知ったことじゃねぇんだよやりたいなら勝手にやれッ!


俺は…俺は……。


『おにいさま…わたしは……』


「ッッ…ガァッ!アァアッ!うるせぇぇっ!」


頭を抱え転げ回りながらも…バシレウスは壁に手をかけ、足を地面に引っ掛け…血を滴らせながら、立ち上がる。


「分かってんだよ!…分かってるんだよ。負けられねぇって…負けちゃいけないって…だから、黙って…待ってろ」


歯を食い縛り血を垂れ流す、痛みと苦痛で頭がおかしくなりそうだがそれでも立つ。何故なら許されないから、負けて倒れる事も最強になれない事も、許されないから。


それが彼が背負う唯一の祈り…。


『バシレウス…お前は悪魔だ、だからこそ…お前は』


「負けねぇんだろッ!分かってる…!」


歩み出す、闇の中を…再び。彼を突き動かすのは覚悟ではない…覚悟以上の『狂気の執念』だ。それが尽きぬ限り彼は…動き続ける。


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