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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十七章 デティフローア=ガルドラボーク
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581.魔女の弟子と魔女の恐ろしさ

カノープスと正面切って真っ向から戦える相手など史上規模で鑑みても数人しかいない。シリウスやナヴァグラハ、後は皇帝トミテくらい。ウルキさんでも相手は出来ない、つまり今現在生存している者の中にカノープスと戦える存在はいない。


それは勿論私…ガオケレナ・フィロソフィアも含めてそうだ。だが私が大帝宮殿に攻め入る以上なんとかしなきゃいけない最大の要因はカノープスでもあった。カノープスの排除は難しい、奴の手札は文字通り無限にある。如何に不死でも勝つのは無理だ。


そこで私が考えた作戦、それが…『自分を囮にすること』。と言っても『私が時間を稼ぐからみんなはその間に!』な〜んて熱い話ではないですよ。


ガオケレナ・フィロソフィアは魂に細工を施し無限に複製が可能な状態にある。そして私はそれを使い…肉体を二つに割ることもまた出来る。


魂のない肉の器を作る技術、私はこれを『ガオケレナの種子』と呼んでいる。こうやって作られた魂なき肉体に私の複製魂を入れ、実質私同然の複製体の完成だ。こいつに時間稼ぎをしてもらう。


カノープスは私を恨んでいる、そして私がマルミドワズを破壊しようとすればそれを阻止するために臨界魔力覚醒内に閉じ込めようとするだろう。これによりカノープスを自ら暗幕のかかった檻の中に閉じ込めることが出来る。


他者の複製体を作った場合その強さは格段に落ちるが私は違う、複製体もまた私と同じ強さになる…故にカノープスを相手に数十分持ち堪えるくらいのことは出来る。臨界魔力覚醒内部で私の複製体がボコられ続け、肉体の一片もなく消しとはされるまでの間…本体の私は外で自由に動くことができる。なんて頭のいい作戦でしょうか。


さぁてここから何でもできる、そのままマルミドワズを滅ぼしてもいいし…弟子の悩みを解消してもいい。さてこれから何をしようかなって時に…私は。


「貴方は…ケイトさん!?なんでこんなところに!?」


「……………」


私は…ものすげーミスをした、マルミドワズ内部をブラブラ徘徊してるところをガッツリエリスさんに見られてしまったのだ。エリスさんと言えば今マレウスでマレフィカルム本部を探し回っているあの子だ。


あの子に顔を見られた、ここにいるところを見られた、これは非常にまずい。もしこのまま私がマレフィカルム総帥であることがバレたりしたら、凄い面倒な事になるのは目に見えている。


このままここで殺してもいいが…そうなったらそうなったでまた面倒だし…参った、凄い参った。っていうかァーッ!


(えェーッ!?いやいやいやいやなんでエリスさんがここにいるんですか!貴方今マレウスにいるんですよね!?なんで帝国にいるんですか!!え!?ここにいるの!?ここで会うの!?こんなの予測できるわけないでしょ!?)


「貴方ケイトさんですよね、ケイトさん…間違いない。なんでここに…」


「……………」


どうしよう、なんて言い訳する?他人のフリするか…いや待てよ?まだエリスさんは私がガオケレナである事に気がついてない、このまま『実はとんでもないことに巻き込まれちゃって〜!助けてください〜!』って嘘ぶっこいて騙してやれば…。


「なんとか言ってください…ケイトさん」


うほっ、顔怖え〜…けどよし、このまま嘘で丸め込んで───。


「ガオケレナ総帥!カノープスはまだ発見出来ず…」


「え!?」


ふと、背後を見ると…マレフィカルム所属の子が私を見て呼ぶんだ、ガオケレナ…と。それを確認したエリスさんは訝しむような目で私を見て。


「ガオケレナ…?総帥?…マレフィカルムの人間が…ケイトさんを…」


「む?お前は!魔女の弟子!何故ここに!だがなんでもいい!総帥には手出しさせんぞ!」


「総帥ってマレフィカルムのボスって意味ですよね」


「そうだ!俺が守る!」


あーー…もう、やってくれたねぇ〜ほんと。間が悪ったらもう…。フゥー!最悪ぅーッ!


「きぇええええ!魔女の弟子!覚悟ーッ!」


「フンッ!」


「ぎょぇえ!?」


「…今貴方の相手をしてる場合じゃありません、…ガオケレナ…そう呼ばれていましたね、貴方。その名…覚えがありますよ」


「……………」


そしてそのままマレフィカルム兵をぶちのめしたエリスさんは私を睨み…詰め寄ってくる。これどうしよう、もう言い訳の余地ないよな、盛大にバラすか?そうなったら魔女の弟子達が本部の場所を突き止める大きな手かがりになってしまう。


本部の場所がバレたらこの大帝宮殿襲撃の報復として、大規模な攻撃がされるだろうな…それは困る、まだ準備が整ってないんだ。ここでエリスを抹殺しても…意味ないよな、魔女が近くにいるこの場でエリスを殺そうとすれば何が起こるか分からない。


あーんもう!ケテル君が居てくれならエリスさんをちょいちょい!っと洗脳して無かったことにできるのにー!


「答えてください!ケイトさん!…いや…マレフィカルム総帥ガオケレナ!」


「…………」


どうする?どうしよう、どうしたらいい?なんか上手いこと誤魔化す方法は…あ!そうだ!


「…クックックッ…驚いたか?魔女の弟子エリス」


「なんですって…?」


「驚いたかと聞いている。貴様の…身近な人間ケイト・バルベーロウの顔を見て」


「別に身近じゃないですけど」


なんでそんな事言うの…東部一緒に冒険したじゃん…。泣いちゃうけど私、年甲斐もなく。


「そうか、ならもっと身近な顔に変えてやろうか?」


「え?」


「そう、例えば」


そう言って私は顔を変形させる、私は魂を自在に操れる…つまり魂に紐付けされた肉体情報も自在に書き換えられる。だから…こうしてレグルスの顔を模倣して。


「ほら、この通り…」


「なっ!?師匠の顔!?」


「他にも色んな顔にできるぞ?ホラホラ」


そう言って私は目紛しく顔を変える、メグさんの顔、メルクさんの顔、ネレイドさんの顔、他にもエリスが旅先で出会った顔に次々と変える。


「私はお前の旅路を把握している…、お前が今まで出会った人間全てを把握している。この意味が分かるか?」


「…他人に化けられるんですね…貴方」


「その通り!」


よし!これで私がケイトに化けていた正体不明の怪物として認識してもらえたな!そうですよ!私はケイトじゃなくて!ケイトに化けていただけの別人ですから!


「ケイトの顔もまた偽りの顔…私の本当素顔は誰も知らない…」


「…まさか他人に化けられるなんて…」


「そうそう」


「じゃあなんでケイトさんに最初から化けてたんですか?」


こ、こいつ…納得してればいいものを!痛いところついてきやがる!


ええい面倒だ!と言うかこのままエリスさんと問答してたらボロが出かねない!この人めちゃくちゃ誘導尋問が上手いんだ!これ以上ヒヤヒヤしたくないので…よし、逃げよう。


「フハハハハハッ!それはお前の手で解き明かして下さーい!」


「あ!ちょっ!逃げるな!って足速ッ!?おい!クソボケ!」


なんでクソボケとか言われなきゃいけないの…まだボケてないよ私、泣いちゃうよ私、五百歳だけど…。


しかし…なんだってここにいるんですかねエリスさんが。どうやって来た…ではなく『何故このタイミング』でいるのか。誰かが唆したとは思えない、と言うことは偶然か。まさか彼女の運命が私と言う巨悪との邂逅を導いた…?


いや…どちらかと言うと…。


(エリスは奇跡的な偶然で魔女の弟子全員と縁を持ち、今こうして旅するに至っている。つまり魔女の弟子達はチープな言い方をすれば運命的な繋がりがある…と言える。つまりエリスが引き寄せられたのは私ではなく…バシレウスの方か)


彼も今や魔女の弟子、この生命の魔女ガオケレナの弟子だ…つまり彼にもエリスとの縁や繋がりが生まれたことになる。運命とかそう言うのを信じるほど若くはないが…なるほど。


(ククク、つまり何か…エリスとバシレウスが引き寄せられたと言うことはバシレウスは正式な魔女の弟子として天に認められたという事。翻って言えば私は確かに魔女になれたということかな?これは愉快だ…)


手を振り上げ足を上げ綺麗なフォームで全力疾走しながらニタリと笑う。よかったですねバシレウスちゃん、愛しのエリスちゃんと繋がりが出来ましたよ?


なぁ〜んて…バシレウスは直ぐに魔女の弟子ではなくなるですがね。


何せ彼は…いずれ私を喰らい、成るのだ。魔女ではなく…『魔王』に。





「ガオケレナ…マレフィカルムの総帥?あんな間抜けそうなのが…?」


凄まじい勢いで走り去るガオケレナの背を見送るエリスは若干慄く。あれがエリス達が追う組織の大ボス?本当に?こんな偶然ばったり会うことなんかあるか?


しかもなんか変装だけひけらかして消えてったし。何がしたかったんだアイツ…。


「本当は追いたいけど…」


チラリとメグさんを見る、危険な状態は脱したがまだ意識を取り戻してない。今大帝宮殿内部には大量の敵がいる、放置すればどう成るか分からない。


…悔しいがここは見送るより他ない、何。大丈夫だ、奴の尻尾はいずれエリス達が自力で掴む。


………にしても。


「ケイトさん……」


ガオケレナが見せた顔の一つ…ケイトさんの顔、そこに凄まじい違和感を感じる。何故奴はいきなりケイトさんの顔で現れた?それ以上に…。


(やっぱり、ケイトさんってマレフィカルムに関係してるんじゃ…)


エリスが抱いた一つの疑念、ケイトさんに対する疑念。いや、正しく言うなれば…『あの時抱いた疑念』が、それが…徐々に形になり始めるのだった。


……………………………………………………


「魔力覚醒『無二のモノゲネース』…!」


両手を合わせ、全身を青い光粒子の塊へと変じたダアトはレグルスと対峙する。魔力覚醒を使って来た、使わせてしまったというべきか。


巧みにレグルスの隙を作り出しその一瞬の隙に嵌め込むように迷いもなく魔力覚醒を使ったダアトの手練手管に感心しつつも、レグルスは…。


(なんて完成度の魔力覚醒だ…風のない水面のように安定している)


魔力覚醒は少なからず感情や肉体に影響を与える。感情が昂り肉体が必要以上の消耗を生んでしまうのだ、魔力覚醒に慣れ切ったエリスでさえ未だに覚醒の消耗は避けられない状態にあるというのに…。


ダアトの覚醒にはそれが存在しない、完全に魔力覚醒を御している。こうなるまでにどれほどの鍛錬と修羅場を潜ったのか。敵でなければこの口で褒め称えていたぞ…。


しかし…。


「『魔力覚醒』…か」


「……………」


「お前は第三段階にあるはず、極・魔力覚醒でなくて良いのか?」


「諸事情により使えないんですよ。習得してないってわけじゃないんですけど…まぁ察してください」


「なるほど、訳ありか」


覚醒の内容は自分では選べん。自分の生涯を参照して形つくられるとはいえ望まない形の覚醒に目覚めることもある。そういう場合…自ら覚醒を封印する者も珍しくはない、ダアトは恐らくその手のタイプ…よりも更に込み入った事情がありそうだ。


だがまぁ、恐らく必要ないんだろうな…ダアトにとって極・魔力覚醒は。


なんせ、奴の魔力覚醒は極・魔力覚醒と同じレベルの出力と影響力を持っている。こうして前にしただけで分かる、ただ覚醒しただけで奴の持つ威圧が数十倍に膨れ上がった…もし魔力が感じ取れたら、恐らくマルミドワズ全体を揺らしていただろう。


「どうやら、手加減出来んようだ」


「してないくせに」


「遠慮はしていたさ、お前…赤子相手に本気で喧嘩するか?」


「はは…言われちゃいましたね。じゃあここからは…本気と書いてマジの殴り合いと行きますか」


ダアトが拳を握る、そしてそのまま大きく足を開き戦闘態勢を取ると────。


「伝の型・天弓張…!」


「ッ…!?」


それは一瞬…と呼ぶにはあまり速すぎた、飛んできたダアトの拳がレグルスの頬を射抜き、態勢を大きく仰け反せ、レグルスの表情が変わる程の威力で殴り抜いたのだ。


ただ殴っただけじゃない…『異様に痛い』…これは。


「なるほど…『伝達』の因子。識確の隆起か…!」


直ぐに姿勢を直し、ギロリとダアトを睨む。油断したつもりはないが…想像以上の速度で驚いてしまったよ。


「今のでも、まるで効いてませんか…割と本気の一撃だったんですけど」


「失望させるようなことを言うな」


視線にてダアトを追う…が、ダアトは粒子を残し高速で移動し視界から外れようと廊下の壁を蹴り、天井を蹴り、乱反射するように飛び回る。それが私の反射神経以上の速度で飛び回るのだ。


デタラメだ、魔女の動体視力を超える速度など出せる覚醒などあるわけがないが…やはり。この覚醒、ただの自己強化ではないな…となると、なるほど。


性質は理解した、こいつらしい覚醒と言える…そして。


「面倒な覚醒だ!」


「これが私ですから!」


激突するダアトの蹴りとレグルスの拳。それが大気を揺らす、その手の先から伝わる感触にレグルスは顔を歪める。


今のダアトは高密度な情報体になっている。謂わば『触れる知識の塊』とでも言える状態だ、異質過ぎて覚醒の本質までは見えてこないが…つまるところ識確の覚醒だ。


「フンッ!」


「チッ」


私の認識を超える速度で動き、ダアトの蹴りが私の頬を掠める。それだけで青い粒子が私の体に迸り激痛が走る。これは恐らく『痛覚情報』の伝播…掠っただけでも目玉が飛び出しそうな痛みが走る!


「───『魔訶劫殺十方暮』!」


片手を回し紅の光が縦横無尽に駆け巡り刃となって廊下全域を切り刻む。その斬撃を前にダアトはやはり凄まじい速度で移動し攻撃を回避する。情報伝播速度と同じ速度…つまり制限無しで光速さえ見切る魔女の動体視力と同じスピードになるか。


「痛みで全く動きが衰えませんか…!」


「悪いな、このくらいじゃ足は止まらんよ」


「なるほど、ではやり方を変えます」


ダアトが視界から消失する…が如き速度で距離を取ると同時に私に向け、指先を向け…。


「『インパクトアロー』」


放たれたのは初心者用の簡易魔術。衝撃波を鏃の形に成形し放つ簡単な現代魔術だ…その威力は、精々木に穴を開ける程度…なのだが。


ダアトの特異体質、覚醒による魔力強化、この二つが重なった状態で放たれる簡易魔術は…まさしく、人智を逸する。


「ッ…!」


レグルスは咄嗟に手を前に出す。ダアトの手から放たれたのは廊下を敷き詰めるような巨大な衝撃波の嵐であった。速度、威力、範囲、全てが現代魔術の域に無い。古式魔術級の威力を簡易魔術で再現するとは。


これは回避出来ない、マルミドワズに損害を与えず回避する方法はない…故に。


「展開…!」


防壁を展開しようと手を伸ばす。レグルスの持つ魔道の神髄…現代魔術完全無効化防壁。如何に威力が高くとも現代魔術である以上レグルスには絶対に効かない。いくら強力な攻撃をされようともこれがある限りレグルスに対して現代魔術の使用は無駄…だが。


「……チッ!」


レグルスは咄嗟に視線を横にスライドさせ、舌を打つ。


居るんだ、そこに。バシレウスが。奴が今の私の動きを見ていた…何を企んでいるか知らないが奴は私の技を見たがっている。だからバシレウスはダアトを戦わせている…見たがっている物を態々見せてやる義理はないか!


「クソッ!」


仕方なしと防壁を展開せず魔力遍在による筋肉の凝固により両手をクロスさせ衝撃を受け止める。クソッ…防壁無しで現代魔術を受けるなんて初めての経験だぞ!


「防壁を展開させないか…!」


「使うまでもない!」


衝撃波により傷ついた体をそのままに私は再びダアトを睨む。そして防壁を展開させなかったレグルスを見たダアトは息を吐きながら考えを巡らせる。


(戦闘を長引かせたくない、マルミドワズ内部でもなければ火雷招で地表ごと焼き払ってやるというのに…!)


(防壁を使わず体で受け止めた…バシレウス様の存在が意外な抑止力になってる。手札の開示を嫌ってレグルスの動きが鈍い…これ案外行けるか、もう一発!よく見といてくださいよバシレウス様!)


もう一度、ここから魔術を放つ。そのつもりで指先を立てるが…指先を立てた瞬間ダアトははたと気がつく。


まずったと、連続で同じ手を見せていい相手ではなかったと…そしてその直感は的中する。


「ナメるな…ダアト」


「ッ!」


レグルスが、目の前にいる。先程まで立っていた地面を吹き飛ばし爆裂のような速度でダアトに迫り、立てた指先を掴むと同時にボキリとへし折る…。


「ッ…『情報修正』!」


その瞬間、へし折られた指先が元に戻る。対外的な要因により変質した情報を元に戻す。だが…これもまた悪手、魔女を目の前にしてコンマ数秒のワンアクションを自らの治癒に使った、本来なら指先のダメージなど後回しにして距離を取るか、あるいはそのままにしておくべきだったのだ。


「ここではやり辛い…、表出ろッ!」


「ぅグッ!?」


手を開いたレグルスの手から放たれたのは先程のダアトの魔術を遥かに上回る魔力波動。それがダアトの体を押し飛ばし廊下を突き破り奥の部屋を突き破り壁を突き破り…。


「嘘でしょ!?」


一撃でマルミドワズの外、大帝宮殿の外…つまり雲の上の世界にダアトは叩き出される。それが意味するのは落下死?いや…地面に落ちるまでに生きていられる保証はどこにもない。


何せ…。


(まずい!魔女が気にする物がなくなったッ!)


そんな悪寒を感じた時だった、ダアトが飛び出て来た大帝宮殿の穴に…二つの赤い眼光が煌めき、光の如き速度で向かって来たのは。


「ここなら思う存分やれるッ!」


「グッッ!?!?」


飛んできたのはレグルス、そしてその膝。レグルスの膝蹴りがダアトの肋骨に食い込み口先から血が溢れる。


(情報修正…いやそんな暇ない!応戦を!)


血を吐きながらもレグルスを見遣るが既にレグルスはそこにはいない。識の力を用いてレグルスを探せば…奴が居たのは。


「後ろ!」


足先を鞭のようにしならせ背後に向け蹴りを放つ、レグルスは高速でダアトの背後に回っていた…それを見抜いたダアトは先読みで反撃に出た。


だが…。


「こっちだッ!」


「なッ!?」


側面から拳が飛んでくる…背後にいなかった、横にいた、読み違えた?違う、先読みでレグルスの動きを見抜いたダアトを後出しで反応したレグルスが高速で側面に回った、それだけだった。


だが、それが出来る。今なら地面を吹き飛ばすこともマルミドワズを撃ち落とす心配もなく全速力を出せる、故に…レグルスのギアが数段上に上がったのだ。


(私…光に迫る速度で動いてるんですけど)


そして再び畳み掛けるようなレグルスの拳が迫る。それを防ごうとダアトも魔力噴出による加速でなんとか打撃を防ごうと手を振るうが…突き離される、スピードで。


「ぐっ!?」


「エリスを痛めつけてくれた分だ、悪く思うなよ…!」


レグルスのボルテージが上がっていく、戦闘継続によって徐々にエンジンが温まっていくタイプというわけでもないだろうに、レグルスの速度はどんどん上がっていく。


何故か、ダアトは気がつく。殴られながら今自分はマルミドワズから離されている…。レグルスが徐々に被害を心配しなくても良い状況になる都度パワーが上がる。


レグルスは常に無数の制限をかけて戦っているのだ。『人と魔女の戦いだから本気を出すのは憚られる』『周りに人がいるから本気を出すのは憚られる』『相手の立場上本気を出すのは憚られる』『そもそも気乗りしない』。


前回バシレウスと戦っている時はその危険性を把握していなかったからこそ飽くまで人として相手をしていた。その周囲には離脱中の味方がいたし、何より天番島は魔女の領土だった、故に本気を出すのを憚っていただけ。今は危険性を理解している物の周りに帝国軍人がいるから出せる範囲の本気で戦っていた。


その制限が…だんだん解除されている。周囲に人がいなくなり、気にするものがなくなり、徐々に制限が解除される、全ての制限が解除されているわけではないだろうにこの強さ…。


(デタラメすぎる、話に聞いていた以上だ。私は今第三段階の頂点にいる…並の奴らじゃ相手にならないはず、なのにここまでレベルが違うか…第四段階、いや…第四段階の最上位は!)


魔女が現役だった時代には、第三段階も第四段階もそれなりにいた。それなのに魔女が最強格として君臨していたということは…つまり、魔女はただでさえ隔絶した領域である第四段階の中でも最上位に位置するということ。


文字通りの世界最強。第四段階に到達出来ない今の人類では太刀打ち出来ないのも頷ける。


何より…容赦ない。エリス並みかそれ以上に血の気が多すぎる、相手を傷つける事に躊躇いがなさすぎる。


(師弟で似過ぎでしょ!これ!)


一切の容赦なく責め立てるレグルスは一気に力を解放し…動き出す。


「フッ!」


「あ…!」


レグルスがダアトを掴む、ダアトが抵抗しようと腕を動かすよりも速くレグルスの腕はダアトの胸ぐらを掴み目的を達する、それと同時にレグルスの拳がギリギリと握られ…次の瞬間には。


「不思議な覚醒を使う、認識や知識を操る覚醒かそれを司る覚醒か、自らの治癒さえも成し遂げるとはまた凄まじい。で?どれだけ壊せばお前は壊れる」


「ぐぶぅぅっ!?」


ダアトが身を捩りレグルスの拘束から逃れるまでの二秒間。レグルスは片手でダアトを掴んだままもう片方の手で滝のように止めどない殴打の嵐を叩き込みまくる。それはもう速いなんてレベルの話ではない。


今のダアトの速度は人間の認識限界点と同じ段階にある。しかしそれすらも上回ると言うことはレグルスはレグルス自身にさえ自分の動きが追えていないと言う事。それなのにここまで的確な動きをして見せる魔女の凄まじさに底冷えし…。


「離せェッ!!!」


「ああ分かったよ、なら次はこれやる」


拘束から逃れた…というよりレグルスの方から手を離し、勢い余って身を捩り過ぎたダアトの一瞬の隙を突き、その手をダアトにかざし…。


「───『岩弾赤陣砲』」


大きさにして拳大、それくらいの石が凡そ数千、音速を超える速度で乱射されダアトの体を貫き貫通し瞬く間に蜂の巣に変える。ダアトの体を貫通し地面へと着弾した石は天空からでも見える程の土柱を上げ轟音を響かせ、それを何度も繰り返し地表を掘削する。


「──────!」


そんな連撃を真っ向から受けたダアトは叫び声を上げる暇もなく必死に自身の肉体情報を改竄し続け、とにかく死ぬことだけは回避し続ける。


(…なるほど、ダメですねこれ。真っ向勝負で勝てる相手じゃない…)


ダアトは見切りをつける、レグルスという存在は武力や戦力によってどうこう出来る存在ではない。ダアトは何処かレグルスをエリスの延長線上にいる存在だと認識していた、まぁ戦い方は似ているし面影はあるが…違う。


エリスとは次元が違う。エリスのは所詮レグルスの猿真似に過ぎず、レグルスのそれは自分では想像すら出来ない程の修羅場を潜り抜け続けた至上の技であることを。


これに対抗出来る手段は現状、地上には存在しないと言っていい。これはそもそも喧嘩を売っていい相手ではない…と。


「───『旋風圏跳』」


「がはぁっ!?」


更にそこから一瞬離脱したレグルスが再び加速しながらダアトを殴りつけ、再び離脱、そして再び突っ込み蹴り付け再び離脱。上空を舞うダアトに怒涛の連撃を仕掛けてくる、まるで獲物を痛ぶる鷲のように。


(この戦術は…エリスさんがやった物と同じ!ほんと…師弟で相手を痛ぶるの好き過ぎでしょう!)


「さぁ耐えろよ!死にたくないならなッ!」


最早ダアトにさえ追いきれない速度へと昇華したレグルスの動き。さっきまである程度互角に戦えてたのが嘘のような力の上がり具合、レグルスが普段どれだけ周囲に気を遣って生きているかがよく分かる。


同時に、魔女が現行文明の守護者という立場に収まっている事に、魔女の敵対者は感謝しなくてはいけないのかもしれない。もし魔女がなんの気無しに力を行使し周囲への影響を考慮せず戦っていたなら、そもそもマレフィカルムは魔女の敵対者にすらなり得なかった。


(けど、それでも…あるんですよ、私にだって…マレフィカルムとしての、最強を任せてもらっている、意地が…!)


力が籠る、これでも責任感は強い方だと…しかしそんなダアトの覚悟を嘲笑うように、レグルスは動く。


戦いを終わらせる為の、行動を開始するのだ。


「───『鳴雷招』ッ!」


(って…やばッ!?)


トドメとばかりに放たれたのは音と光で相手を怯ませる非殺傷技の『鳴雷招』、これで相手を傷つけることはできない…のはエリスレベルの話。


レグルスが使えば強烈な光は熱を持ち、甚大な音は衝撃となり、回避防御共に不可能な全方位爆撃となる…。


「ぐぎゃぁあああああ!?!?」


そして叩き込まれる莫大な光と音に感覚器は潰れ、肉体は焼かれ、骨は砕け…マルミドワズの真隣に太陽が生まれたような光の球が生まれダアトを包み一気に地面に向け吹き飛ばす。


「中々やるな、お前レベルの奴はこの八千年で見たことがない…マレフィカルム最強も伊達ではないか」


「ぐ…ぅ…!」


落ちていくダアトの顔から血煙が噴き出る。光と音により目が焼け耳が潰れたのだ。これでダアトは今完全なる闇の中にいる、情報の修正により治療をしても意味がない…私が追い打ちをかけるからだ。


「終わりだな…」


命までは奪わない、エリスはダアトを超える気でいる。弟子の目標を奪ってしまう程野暮な師匠であるつもりはない、とは言え今のエリスがダアトを超えるにはかなり頑張らないと難しいぞ。


何より…もっと危険なのはバシレウスだ。今はまだダアトよりも弱いが直ぐにアイツはダアトも超える…ダアトを超えたら、後はもう魔女を超えるだけだ。奴の潜在能力は果てしない。


まだ蕾だが…開花すれば、化けるぞ。アイツは…だから今のうちに潰しておく。カノープスは怒るかもしれんがそれでも…。


「『ライトアロー』ッッ!!」


「ッ…!?」


瞬間、飛んできたのは光の矢…魔術だ。どこからて飛んで来た?下だ…落ちていったダアトだ。奴が目も耳も焼かれながらこちらに向けて魔術を撃って来たのだ。


しかも両方ともまだ治療していない…まさか。


(識か…!しまった……!)


識だ、識による空間把握があれば五感は必要ない…!やられた、奴が治療を後回しにしてまでこちらに攻撃を仕掛けてくる可能性を考慮していなかった。


「やられた…!」


私は己の手を見る。…先程の光の矢はどこへいった?…消えたのだ。私の防壁で消してしまった、魔術に体が勝手に反応してオートで防壁を展開して光の矢を分解してしまった…!使ってしまったのだ!防壁を!


「ふ…ふふ、貴方程の使い手なら…体が勝手に反応すると…思ってましたよ…」


「貴様……」


「これが、一応…最強としての…意地って事で…ここは一つ」


目も耳も失ったダアトは力無く地面へ落ちていきながら笑う。なんという覚悟…なんという忠心、そこまでするか!


「ッ…!」


視線を次に向けるのはマルミドワズ。私が開けた大穴…その淵に立つのは。


「バシレウス…ッ!」


見られた、私の防壁を。あの距離でも遠視なら問題なく見れる…まずった…!というか奴の魔力の動き…あれはまさしく、私の防壁の…。


まさかアイツ、見ただけで私の防壁を真似するつもりか…!




「見たぞ…見たぞレグルス、お前の技…」


バシレウスは雲の上で行われるダアトとレグルスの戦いをしっかりと、見逃す事なく、事細かに観察していた。ダアトならば死んでもやり遂げると分かっていたから。


そして事実。レグルスはダアトを相手に防壁を使った…その防壁を見たバシレウスは手元で魔力を動かしながら。


「タネは防壁を極々小さな糸状に伸ばして、魔術の中に忍び込ませて…中から解くのか。必要なのは理解と知識、後は反射と度胸か…あんなのを無意識レベルで使えるとか化け物かよ…けど」


化け物なら俺も同じだ。あれが化け物の技術なら俺にも使える…あの技があれば、少なくとも魔術使いに俺を倒すことは出来なくなる。


いいもんもらった、大収穫だ…ッ!!


「使わせてもらうぜ、レグルス…!」






「ッ…待て!バシレウス!」


穴の淵から消えるバシレウスを見て異様な危機感を感じたレグルスは咄嗟にバシレウスを追いかけようとする。私の奥義をアイツが二度見ただけで使えるとは思えない、エリスにだって習得出来なかった技を私の弟子でもない男が使えるものか…!


と思いたいが!奴からはシリウスと似た気配を感じる!出来ないと…こちらが思った油断を平然と超えてくる何かを感じるんだ。


「行かせん!」


このまま奴をいかせればとんでもない禍根を世に残す事になる…そう感じた私はバシレウスを追い──────。


「ッ……!」


かけようとして咄嗟に飛び退く…頭上から漆黒の触手が飛んできた、しかも数百の触手が。それが雲を引き裂き大地に突き刺さり蠢き始める。


未知の触手にバシレウスを追いかけるのを邪魔された…なんだこれは。


「貴方ですか、私の可愛い〜弟子を虐めたのは」


「…貴様は」


チラリと、触手の先を見ると…そこにいたのは、黒衣の女。そいつが天より舞い降りながら…ニタリと笑い。


「私の名は生命の魔女ガオケレナ、可愛い弟子が痛めつけられたようなので仕返しに来ました…よろしく?魔女レグルス」


「…………マレフィカルムというのは、ここまで凄まじい戦力を持ち合わせているのか」


ダアトの次はこいつか…と思ったが、恐らくこいつが本命か。


こいつ、第四段階だ…しかし見たことのない顔だ。しかも魔女と来たか…。


「早くバシレウスを殺しに行きたいんだ、邪魔をするな」


「そうは行きません、彼にはここで人類最強を超えて世界最強になってもらう予定なんです…それが、私からの彼への修行なんですから、貴方こそ修行の邪魔をしないでください」


「……なるほど、そうか」


確かカノープスが言っていた、五百年前に魔女の座に辿り着こうとした奴がいたと。シンやタヴが作られたあの研究所をかつて使っていた女…恐らくそれがこいつ。カノープスは殺したとか言っていたが。


……まぁいい、問題はそこではない。


(羅睺以外に第四段階に至った悪意を持つ者がまだ現世にいたとは…)


バシレウスも放置出来ん、ダアトも出来ない、そしてこいつも…カノープス。お前は弟子達にマレフィカルムを討ち倒すよう命じたが…これは、些か無理難題が過ぎたんじゃないのか。


マレフィカルムこそ、私達が倒すべき問題なんじゃないのか。


「さぁやりましょうかレグルス!弟子の無念は師匠が晴らしますよ〜!」


「……それはこっちのセリフだ…ッ!貴様の弟子が我が弟子を殺しかけたのを私は見たのだ、黙ってられるか!」


久しぶりだ、本当に久しぶりだ。洗脳によって弱体化した魔女でもなく、ニビルのような偽物でもなく。


『本物の第四段階』とやるのは…本当に。


…………………………………………………


「師匠は大丈夫でしょうか」


ガオケレナが去り、少し経ってエリスはメグさんを介抱しながら周囲を警戒する。周りの気配も大分薄くなってきた、戦いはピークを越えたらしい。とは言えチラホラあちこちから強大な魔力の波動を感じる辺り、マジでやばい奴はまだ戦ってるようだ。


「メグさん、早く目を覚ましてください」


メグさんが目を覚ませばメグさんだけでも離脱させられる。そうすればエリスだけで動ける…とは言え。


(今この場で起きている戦いは…エリスにはまだレベルが高過ぎる)


バシレウスもそうだが、周りから感じる魔力はバシレウス並みかそれ以上、少なくともオウマやジズよりも強い奴がここにいる可能性があるんだ、八大同盟以上の怪物がひしめき、それと戦える将軍や強者達が迎え撃ち入り乱れるこの戦場は…エリスにとってレベルが高過ぎる。


悔しいがエリスはまだここにいるべきじゃない。エリスは…離脱するべきなんだ、だからメグさん。早く…!


「見つけた…エリスぅ!」


「ッ…バシレウス!?」


瞬間、背後を見るとそこには…ズタボロのバシレウスが居た。息を切らし涎を垂らし、全身から血を流しながら笑っていた。


な、なんでこいつが…!


「し、師匠は!」


「逃げてきた、アイツの相手なんか出来ねぇ…どうせ、レグルスの相手は別のやつがやってる。それよりエリス…お前だ」


バシレウスは一歩近づいてくる、エリスはメグさんを守るように両手を広げる。ダメだ…こいつまだまだ元気だ、師匠と戦ってこんなに元気って…。


「俺の目的は達したといえる。将軍を殺せないのは悔しいが…欲しいもんは手に入った、後はお前だけだ…!俺と来い!俺の嫁にしてやる!」


「い、嫌です!」


「なんでだ!」


「なんでだって…エリス貴方の事が嫌いだからです」


「どうしたら嫌いじゃなくなる!」


「え………怖いし」


「怖くねェッ!」


「こ、怖いぃ…ラグナぁ〜…!」


この人怖いよぉ〜ラグナ助けてぇ〜…。


「ラグナぁ?そりゃあ男の名前か…」


「え、ええ…ラグナは…男です」


「なら…忘れさせてやるッ!」


「ッ…!」


また来た!ほら来た!殴って来た!バシレウスがそう来ることはある意味分かっていたからこそエリスも防壁を前面に集中させて打撃を受け流す。するとバシレウスは驚いたように目を剥き。


「なんだその防壁…!そんなのもあるのか!」


「うるさい!『火雷招』ッ!」


何やら驚いているバシレウスに向けて手を合わせ全身全霊で火雷招を放つ。殺す心配はないだろう、こいつに関してはもう何をしても死なないだろう、そんな確信からエリスは無意識のリミッターを外しありったけを注ぎ込むように炎雷を放つ。


するとバシレウスはそれを前に笑い。


「なら、俺も見せてやる…新たな力をッ!」


「え!?」


何かするつもりだ…何やら自身ありげに両手を前に伸ばして、一体…。


「展開ッ!」


そしてバシレウスは迫る炎雷を前に魔力を展開し…。


「ごぼがぁっ!?!?」


……普通に吹っ飛んでった…、え?効いた?というよりいつもは分厚い防壁を張ってるのに、今はなんか…変な展開のさせ方してたな。防壁を薄く細くして、あれじゃ流石に防げないと思うが…何がしたかったんだ?


「あ、あれ?おかしいな…入り込む隙間がなかった。古式魔術は無理なのか…?」


壁に叩きつけられガラガラと崩れる瓦礫を手で押し退けながらバシレウスは首を小さく傾げている。聞きたいのはこっちなんだが…。


というか、全力出したのに全然ピンピンしてるな…アイツ本当にどうやったら倒れるんだ。


「まぁいいや、試すのはまた今度で…今はお前を捕まえる。檻に閉じ込めて、お前が折れるまで毎日暴力を振るう、捕まえるだけ捕まえておけば…楽だしな」


「ッ…!」


ギロリとバシレウスがエリスを睨む、ただそれだけで体の芯が冷たくなるのを感じる程に奴の視線には…『何も詰まっていない』。敵意も害意も無い、ただ漠然と作業を見つめるような冷淡さだけがそこにはある。


それがたまらなく恐ろしい、奴にとってエリスは…人は、人たり得ないという事か。


「来い…エリスッ!」


「い、いや…!」


迫る、バシレウスが再び来る。今度は迎撃出来ない…!何をやっても止まらない!ダメだ…捕ま────。


「どりゃああああああッッ!!」


「グッッ!?!?」


しかし、その瞬間横から飛んできた蹴りがバシレウスを吹き飛ばす。さしものバシレウスも不意打ち気味に放たれた蹴りには防御が間に合わなかったのか押し飛ばされるように大地を滑り進行方向を変える。


「誰だ…!」


「さぁて、誰でしょうか!」


そう言いながら、エリスを助けた彼女は拳を握りながら黒いジャンパーをはためかせ…って!


「アナスタシア!?」


「くぅ、なんでこんな奴助けなきゃならんのかな!」


アナスタシアだ…逢魔ヶ時旅団の。メグさんに捕まっていたはずのアナスタシアが何故か…というかメチャクチャ嫌そうにエリスを助けてくれた。こいつもマレフィカルム…ならエリス達の敵でバシレウスの味方じゃ無いのか。


「なんで貴方が…!」


「あのメイドに頼まれたの!あんたを助けたら減刑してくれるってさ…その上これ、こんな首輪までつけられちゃ助けるしか無いじゃん」


そう言いながらメグさんを指差すアナスタシア…そこには辛うじて意識を取り戻したメグさんが親指を立てながら横たわっている。


首輪…アナスタシアの首には何やらメカメカしい首輪が付いている。もしかしてあれ…逃亡阻止用の魔力機構か?逃げ出したら爆発するとか、それをつけてアナスタシアを使ったのか…動けない自分に代わって。


「おいテメェ、テメェその上着…オウマん所の奴だよな。テメェ俺に逆らってタダで済むと思ってんのか」


「ウルセェなぁ、確かにいやいやいう事聞かされてるし私もマレフィカルムの一員だけどさ…!それ以前に私は傭兵!一度締結した取引は死んでも守る!依頼人が例え魔女の弟子でも受けた仕事は完遂するッ!」


「なんだよ仕事人気取りか?テメェは裏切り者だよ、もうぶっ殺されるのは確定だから精々怯えろや…!」


「ヘッ、残念…私の依頼はあんたを倒す事じゃなくて…!」


するとアナスタシアは振り返りエリスを見るなり走り出す、逢魔ヶ時旅団最速の名を持つ足を使って一気にエリスを回収すると共にメグさんの事も抱えバシレウスに背を向け走り出した。


「離脱なんだよ!」


「あ!待てやッ!」


バシレウスも追いかける、だがアナスタシアはそれでも速い。人間二人抱えても速い、魔術を使わずここまでのスピードを出せるのかと思えるくらい速い。瓦礫を飛び越え壁を蹴って一切減速する事なく大帝宮殿内部を疾走する。


た、助かった…。


「あ、ありがとうございます、アナスタシアさん」


「礼を言うな!惨めになるだろ!なんだってオウマ団長を死なせたお前を助けなきゃならないんだ!」


「エリスが殺したわけじゃありません!」


「知ってる!あの人がお前なんかにみすみす殺されるとは思えない…自爆したってのは本当だろう。…あの人は自分の意思に従い自分の意志を守る為に死んだ、だから私も…そうする」


「え?」


「写真の中から見てた。あんた…オウマ団長のペンダントを態々故郷に帰してくれたんだろ?私はオウマ団長の人柄に惚れ込んで旅団に入ったクチだからさ…正直嬉しかったよ。だから私は…魔女大国も反魔女も関係ない、私は私が気持ちいのいいと思った事に従う!どうせ逢魔ヶ時旅団はもうないんだ!好きにやる!」


「アナスタシア……」


「だから礼なんて言ってくれるな、私は私がやりたい事をやってるだけだから…」


そう言いながらアナスタシアは走りながら後ろを見る。


「にしても…」


『待てやぁああああああああああ!!!』


「アイツ、あのズタボロさでよく走れるな。というかスタミナの概念がないのか?」


追いかけてくるバシレウスもまた一切減速しない、壁を砕き瓦礫を弾き飛ばし凄まじい速さで追ってくる。逢魔ヶ時旅団最速のアナスタシアでようやくチェイスになるレベルの速さだ。


「ありゃバシレウスか、会議で何度か見たことあるけど…マジの怪物だね。言っとくとあれと私が戦っても勝てないよ」


「弱気ですね」


「アイツは団長よりも強いんだ、それも遥かに。そんなのと戦えるか…なんとしてでも振り切らないと!」


「八大同盟よりも…?バシレウスは八大同盟じゃないんですか?」


「はぁ?セフィラだよセフィラ」


「セフィラ…あ!アナスタシア!」


ふと、後ろを走るバシレウスを見ると…奴はこの追いかけっこに痺れを切らしたのか全身に魔力を滾らせている。何かくる…!


「『ブラッドダイン…」


「何か来ます!」


「もっと早く言え!」


アナスタシアは左右を見る、そこでバシレウスが闇雲に追いかけていたわけでないことを悟る。分かれ道がない…直線だ。アナスタシアの足でも奥の曲がり角に飛び込むには遠過ぎる。


待っていたのだ、走りながら直線へ入るのに。


(やられた!アイツあんなにキレてるのに意外に冷静じゃんか!どうしよう…覚醒を使うか、いや…このお荷物共じゃあの加速には耐えられない!)


「アナスタシア!」


「防壁張れ!全力のやつ!私も張る!」


「はい!」


「………」


口から血を流すメグさんもまた手を上げ、アナスタシアとエリス…三人分の魔力防壁を展開し、バシレウスの魔術を迎え撃ち───。


「『マジェスティ』ッ!!」


「ぐっっ!?」


拳から放たれたのは真っ赤な閃光。古式魔術にも匹敵するような…或いはエリスのそれを超えるような、凄まじい光の嵐がエリス達に向かって来る。


防壁にかかる負荷、全身に走る異様な衝撃、一瞬で理解する…これは防壁では防ぎ切れないと。ひび割れ弾け飛ぶ防壁と漏れ出る衝撃波がエリス達やアナスタシアを吹き飛ばし…エリス達は廊下の端へと転がり込む事となる。


「ぅぐっ…なんて威力」


「アナスタシア…メグさん!」


「………だ、いじょうぶです」


見ればみんなもエリスの近くに転がっている、防壁で多少は緩和出来たようだが…それでもこの威力、アナスタシアも負傷しメグさんは…一応手をパタパタ振っているがまだ完全に傷が癒えていないようだ。


「ちょこまか逃げ散らかしやがって…」


「バシレウス…」


「けどそれもこれで終わりだなぁエリス!」


「ッ……」


もうダメだ、逃げ切れない…いや、アナスタシアの足なら直ぐにこの場から離脱出来るか。


誰かがこの場で時間稼ぎをすれば……。


「………」


「あんだよエリス、まだやるか?もう力の差は分かっただろ」


「敵が強い、それだけじゃ諦める理由にはならないってだけですよ」


立ち上がり、拳を構える。敵と相対してここまで恐怖を感じたのは初めてだ。でも…メグさんを守るにはこれしかない、バシレウスと戦うしか。


きっとエリスは負けるだろう、バシレウスに勝つことは不可能だ。その後どうなる…殺されるか?捕まるか?なんでもいい、友達を守れるなら。


「…行きますッ!魔力覚醒!」


「フッ…」


「『ゼナ・デュナミス』ッ!からの『旋風連跳』ッ!」


エリスの魔力覚醒を見ても鼻で笑うバシレウス、奴に向けエリスは多数の旋風圏跳を重ね全力で加速し突っ込む…。


がしかし、そんなエリスのタックルさえもバシレウスは軽く受け止める、片手を前に出して上半身が一切揺れず、不動の構えで受け止めるのだ。


「ッ…アナスタシア!メグさんを!」


「でかした!おら来い!きちんと報酬は貰うからな!」


「エリス…様…ダメ……」


今のうちにメグさんを逃しエリスはバシレウスを相手に近接戦を仕掛ける。


「疾風乱舞・怒涛!」


「友達を逃す為にこの場に残るか、友情ってやつか?泣かせるねぇ…けどそれに何の意味があるよ」


怒涛の勢いで加速した拳を叩き込むがバシレウスは軽く手を動かしてエリスの連撃を捌く。まるで通用している気配がない…というより底冷えするのは。


こいつ、覚醒を使ってないのに…まるで戦況が好転していないッ!


「どの道他の魔女の弟子も殺す、死ぬのが先の伸ばしになっただけだ。根本的な解決にゃなってねぇだろ」


「お前をここで倒せば禍根を断てます!」


「ナイスアイデアだな、やってみろよ…ほらッ!」


エリスの蹴りを掴みそのまま持ち上げ振るい地面に叩きつける。それだけで地面が割れ壁が揺れ天井から砕けた欠片が落ちる。


「うぅっ!」


「よく動く手足だ、捥いでやれば大人しくなるか?」


「ッ…このッ!!」


そのままバシレウスの手を蹴り払いエリスは地面に手を突いてバネのように体を縮め…力を溜め───。


「『旋風 雷響一脚』ッ!!」


「お…!?」


放たれる神速の一撃はバシレウスの防御をすり抜け腹に命中する。そのまま奴の体をエリスの加速ごと押し飛ばし空中に吹き飛ばす。


「どうだ!」


「ハハッ!面白い技だけど一発限りか?」


…ダメだ、空中に押し飛ばしただけだ、ダメージは入ってない。事実バシレウスはクルリと空中で姿勢を整えコキコキと肩の関節を鳴らしている。今のでもダメか…なら。


「『ボアネルゲ・デュナミス』ッ!」


「む…ダアトに似た気配を…」


「『霹靂 雷神双脚』ッ!!」


更に雷に特化したボアネルゲ・デュナミスで放つエリス最強の一撃の一つ。雷の速度で飛翔しバシレウスの顔面を射抜き────。


「グッ…痛てぇじゃねぇか!」


(これだけやってようやくダメージが…!参ったなぁ…って事はこの耐久力って、何かタネがあるとかじゃなくて、純粋にこいつが頑丈なだけか…)


一番最悪なパターンだ、こいつはただただ頑丈なんだ。その頑丈さにタネも仕掛けもない、何かを攻略すれば打ち破れる物でもない。こいつにダメージを与えられるだけの火力が…今のエリスには決定的に不足しているって事だ。


師匠はこんな奴をボコボコにしてたのか?バシレウスは師匠を相手にボコボコにされながらも離脱出来たのか?…じゃあ、違うじゃん。


エリスとこいつらのいるステージは…次元が。


「『ブラッドダイングライフ』ッ!」


「ごはぁっ!?」


叩き込まれる拳は紅の光を放ちエリスを叩き飛ばす、ボアネルゲ・デュナミスを使ってもまだ及ばない、寧ろ下手にダメージを与えてしまったから余計に怒らせてしまった。


「お前程度が俺に勝てるわけねぇだろうがよぉ…俺は最強だぞ…!」


「浅ましい!何が最強ですか!貴方より強い人はいっぱいいます!」


「関係ねぇ、いずれ全て…踏み越えてやるッ!」


そしてそのままエリスの顔面を掴み地面に叩きつける…その威力とダメージで、覚醒が…解除される。


「はぁ…はぁ…」


「分かったかよ、差だよこれが…俺とテメェの」


「ぅぐ…まだ…まだァッ!!」


「まだやるかよ、仕方ねぇ…取り敢えずその足、もぎ取ってやる…!」


バシレウスが手を伸ばす…来る、戦わないと…拳を奮わせ、戦うんだ!


「うぉおおおおお!!」


「へっ、叫べば強くなるのかよッ!」


そしてバシレウスとエリスの手が交錯し────。


「うぉっ!?」


「え!?」


しかし、その瞬間エリスとバシレウスは纏めて吹き飛ぶことになる。廊下の外…大帝宮殿の外から何かがすっ飛んできたからだ。


「ッあんだよ!さっきから邪魔入りすぎだろッ!うざってェッ!!」


瓦礫を吹き飛ばしバシレウスが切れる、飛んできた物に…だがそこにいたのは。


「大丈夫かエリス!」


「おやバシレウス」


「師匠!?」


「チッ、ガオケレナかよ…」


師匠だ、そしてその師匠と戦っているのは…先程の女ガオケレナ。またケイトさんの顔をしてる…いやそれよりも。


「何してるんですか師匠…!?何で外から!?」


「こいつと戦ってるんだ!悪い!手が離せん…こいつ異様に強い」


「おほほほほっ!お褒めに与り光栄です」


師匠が手を離せないくらいガオケレナが強いというのだ、見れば師匠は手を抜いている気配はない。あの師匠が…ここまで。


「エリス!離れろ!本気が出せん!」


「は、はい!」


「バシレウス〜?貴方こんなところで婚活してる場合じゃないですよね。私がなんでこの人と戦ってるか、分かります?」


「うっ…わーたっよ」


「バシレウスッ!お前はそこにいろ!こいつの後は貴様を殺す!」


「チッ、嫌に決まってんだろ。テメェとは二度とやらねぇよ!」


するとバシレウスは師匠の眼光を受けて嫌そうに顔を歪め何処かへと走って消えていく…エリスを、見逃すことにしたのか…と思ったらバシレウスはこちらを見て。


「エリス!お前は逃げるなよ!全部終わったら迎えに行く!それまでに覚悟決めとけ!」


「嫌です!貴方とは二度と戦いたくありません!」


「チッ…!」


まだ…エリスの事は諦めていないようだ。最悪だ…あんなのに目をつけられるなんて。早く帝国から離脱しよう…その為にもメグさんと合流しないと!


「すみません師匠!離脱します!」


「ああ!お前は早くマレウスに帰れ!クソッ!!カノープスは何をやってる!」


走る、バシレウスとは別の場所に。奴がまた戻って来る前にマレウスに逃げないと…にしても。


(バシレウスの仕事ってなんだ、ガオケレナって何なんだ…)


分からないことが増えてしまった…けど今はそんな事を疑問に思ってる場合でもない。とにかく…逃げるんだ。


…………情けない。


…………………………………………………………


「チッ、クソクソクソ!ボケボケボケボケボケ!どいつもこいつも!」


大帝宮殿の中を走るバシレウスは頭を掻きむしり苛立ちのまま吠える。あと少しでエリスを物に出来たのに…後少しのところでいつも邪魔が入る。まるでそうなる事が確定しているように…。


いや、違うか…俺が弱えからダメなんだ。何が来ようともテメェのやりたい事貫ける程強くないから。


(腹が立つぜ、俺は最強なのに…俺より強い奴がまだいるなんてよ)


強い奴はまだまだいる、レグルスもそうだしガオケレナもそう、あのクソ女も俺より全然強い。ダアトも…アーデルトラウトも…クソッ!


(けど強くなる方法は分かった、とにかく戦るんだ。強え奴と…そうすりゃ俺はもっと強くなれる。他の誰にも邪魔されずテメェを貫けるくらい強くならないと…大口叩いても虚しいだけだ)


強い奴と戦う、今自分に求められているのはそれだけだ。事実自分より強い奴がひしめくこの戦場で、自尊心を傷つけられるような戦いを何度か経験して、俺は帝国に来る前よりも確実に強くなっている。


今ままで、これ以上はないと思えた力に確かな成長が見られる。ある種の快感を覚えながらバシレウスは探す。


「戦るなら将軍だ…それもアーデルトラウトよりももっと強い…人類最強」


体はまだ動く、まだまだ戦える、だからもっと強い奴と戦いたい…そう思いバシレウスは走りながら、とあることに気がつく。


「あん?…雑魚どもがいねぇ…?」


ふと、大帝宮殿内を騒がせていたマレフィカルムの雑魚どもがいない。数合わせとは言えあれは八大同盟直下の組織達、吹けば跳ぶような瑣末な存在でもない…それがこの短時間で。


居なくなった…、静まり返っている…やられたのか…。


「一体どう言う…」


「お前が、バシレウスか?」


「ッ!?」


瞬間、声をかけられ背後に向けて蹴りを放つ。後ろから声をかけられた、この状況で味方はあり得ない…そう思い攻撃を仕掛けるが、受け止められる。


「間違い無いな、お前…イージスの子か」


「テメェ…」


受け止めたのは眼帯の男…それも将軍用の黒いコートを着た男。将軍の特徴は全て教えられているから分かっている。


間違いない…こいつは。


「ルードヴィヒか!」


「ああ、悪いな…本当はもう少しお前のところに来る予定だったんだが…。先約に時間を取られた」


「ああ?…ッ!」


ルードヴィヒに吹き飛ばされ…気がつく。背後に立つルードヴィヒの片手に握られている存在を、あれは…人だ、しかも。


「ケテル…」


「ゴヒュー…ゴヒュー…すんませんバシレウス様ぁ、少し消耗させてやろうとしたんすけど…全然相手になりませんでした…」


ホドに並びガオケレナの右腕と称される存在。セフィラ…『王冠』のケテルがルードヴィヒに捕まれ力無く倒れていた。意識はある…だが仮面の内側から血を吐いて息も荒い。


やられたのかよ、セフィラが。しかもルードヴィヒの奴全然消耗してねぇ…。


「ケテルお前!役立たずが!」


「すんません…」


「既に他のセフィラにも対応が行っている、攻め込んだマレフィカルムの殲滅も時間の問題だ。お前達が我々と互角に戦えていると思い込めたのは…我々が迎撃姿勢を取るまでの時間だったからという事。つまり…お前達は終わりだ」


「……………」


一目で分かる、こいつが人類最強と言われる所以。強さのレベルで言えば魔女と大差がない…恐ろしい、そう思うと同時に喜ばしい。


「お前探してたんだ、ルードヴィヒ」


「私もだ」


「テメェを倒して、俺が次の人類最強になる。その為に俺ぁここに来たんだよ…」


「そうか、なら…見せてやろう」


そう言うなりルードヴィヒはケテルを投げ飛ばし壁に叩きつけ崩落させると共に、手をこちらに向け…。


「『人類最強』の名がどれだけ重いものかを。お前に抱えられるか?この名が」


「言ってんだろ…その為にここに来たってよ!人類最強だろうがなんだろうが抱えてやるッ!」


拳を握る、ここで俺は…人類最強になる。それ以外の道がない、なれないならば死ぬだけだ。俺はその為に今生きている、何も無い俺にとって唯一の目的であり価値観。


俺は世界最強になる………だから、見てろよ。

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