580.魔女の弟子と混迷の中にある運命
「下郎共が…」
唐突だった、大帝宮殿に対して襲撃が仕掛けられたのは。その接近に気がつくことが出来ず我々は今下郎のマレフィカルムの侵入を許し、我が居城での狼藉を許している。
カノープスは苛立ちに満ちた顔で玉座から立ち上がる。帝国兵は皆対応に追われ撃退の為に戦っている、皇帝を守る為に奮戦している。だが…敵の勢いは凄まじい。
「居たぞ!皇帝だ!」
「アイツを殺せば…俺達の勝ちだ!」
「マレウス・マレフィカルム創立以来の快挙じゃねぇか!」
謁見の間の扉が粉砕され、雪崩れ込んでくる敵達は皆皇帝に敵意を燃やしている。遂に我が元まで敵の侵入を許したか。
(将軍は皆交戦している、将軍が手を焼くだけの相手を用意して来ている…ということか。それだけ敵も本気か)
相当な戦力が宮殿の中に入っている、人数ではない…実力者の質の話だ。少なく見積もっても第三段階相当の敵が片手だけでは数えられないくらいは入り込んでいる。敵はこれだけの戦力を有していたか…少し意外だったな。
だが同じ第三段階でも将軍は第三段階最上位、簡単に負けることはないにせよ…やはり手を焼くものは手を焼くか。
「殺せ!殺せ!殺せ!」
「……我は皇帝だ、我を守る為に兵士は戦っている。それなのに我が戦えば兵達の奮戦とその死を無駄にすることになる」
それが我の心だ、我が戦わないのは兵士達の存在意義と今までの努力を無駄にしない為…その為に戦わなかった。
だが…。
(オウマ・フライングダッチマン…)
エリスが我に語った言葉、あれは効いたぞ。兵の存在意義を慮るばかりその気持ちを蔑ろにしていたのは事実。
出来るなら、我がマレフィカルムとの戦いに干渉すべきではない。だがここは…平和の象徴、帝国の国民全ての希望、それが落とされれば…兵の存在意義以前の話だ。
「カノープスを殺し!俺達反魔女の時代を作るッッ!!」
「……この城は、陥させんッ!我が子達の安寧と希望を守る為にも…!」
目を開く、飛びかかってくる数百のマレフィカルム兵達を前にカノープスは目を開き。
「『心意編世』…!」
発動させるのは時空魔術の一旦…『空間編纂魔術』と呼ばれる奥義の一つ。これによりカノープスは『座標を変えず、周辺の環境だけを自由に書き換える』事が出来る。
「ぅげぇっ!?」
その瞬間、周囲のマレフィカルム兵が一瞬で爆裂する。カノープス周辺の空間は水深10000mの深海と同様の環境へと書き換えられた。これによりマレフィカルム兵達の体には凄まじい勢いの水圧がかかり、一瞬で圧縮され爆縮圧壊を起こし爆発したのだ。
人間では到底耐えられない死の環境を投影させ、自らに迫った兵士を皆殺しにしたカノープスは歩み出す。
「我も戦おう、そして逆らう気も起きないほどの絶対の実力差を見せてやる」
歩む、敵対者の屍を踏み越えて世界最強の皇帝が歩み出す。本来ならば弟子達にマレフィカルム討伐を命じた身、あまり手出しはしたくないが…それでも奴らは不敬にも我が城へと入り込んだ。
ならば、罰を与えなくては。
「しかしこの我が接近にさえ気がつかんとは」
魔眼を操り城の外に目を向ける。この城を囲むあの龍に乗って敵兵は現れた、あの龍は恐らく錬金術によって生み出された代物だろう。本来ならこんな物簡単に看破出来るというのに…なぜ気が付けなかった。
(この感じ、覚えがあるぞ…まさか敵方に識確の使い手が?馬鹿な、当代にはエリス以外識確の使い手などいないはず)
目を細める、敵方に識確の使い手?いるはずがないがこの認識の遅れはそうとしか思えない、だとすると相当面倒だ。極まった識確使いは手がつけられないことを我々は知っている。
史上最強にして最悪の識確使いナヴァグラハ…あれはシリウスに次ぐ恐ろしさを持った男だった。もしそうだとするとエリス達の手に余るか…ある今超えるか、我にはまだ判断出来んな。実物を見て見ないことには。
「ん……?」
ふと、足を止める。気配を感じる…これは────。
「フッ…!」
手を横に払い飛んできた魔力弾を払い除ける。攻撃か…我に魔力弾を放つなど、愚かな。
「まだ生き残りが居たか」
「その通り、いやはや…先遣隊を焚き付けて突っ込ませて正解だった。カノープスが本当にいるなら、或いはその実力が私の想像を超えていたら…取り返しがつかないことになるところだった」
コツコツと足音を立てて現れたのは、燻んだ金色の髪を持った優男。丸いメガネを鼻の上に乗せた男は金の龍の刺繍が刻まれた長コートを揺らしながら優雅に現れる。
ふむ…こいつ、そこそこやるな。
「名を名乗れ、聞いてやる」
「皇帝陛下に名を聞かれるとは…光栄だ。私はレハブアム…魔女排斥組織『新たなるグランエテイヤ』の頭領。『暴君』レハブアム・タロット…空魔ジズの穴を埋める新たなる八大同盟の一角さ」
「ジズの…?」
「ああ、と言っても暫くは八大同盟の穴を埋めないってことになってるから正式任命されるのはまた随分先になるんだけれど。そもそも私…マレフィカルムに加入したの最近なもんでね、まだ箔がないんだ」
────『新たなるグランエテイヤ』。それはつい先日魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムに加入した超新参者、未だその名を正確に把握している者などマレフィカルム内にも一割もいないとされる新進気鋭の組織だ。
組織規模も小さく、そして何より知名度がない。されど彼を見たセフィラ達は口々に言う。
『こいつらなら新たな八大同盟に迎え入れても良い』と…何故なら。
(なるほど、第三段階か…これ程の強者がマレフィカルムにもアド・アストラにも属さず在野に転がっていたとは、流石の我もびっくり仰天だ)
新たなるグランエテイヤは小さい、だがその頭領レハブアムはマレフィカルム上層部も目を剥く程に強い…あまりにも強いのだ。その強さはマレフィカルム五本指に属する五番目のラセツを凌駕し、宇宙のタヴが座っていた四番目の地位に収まってしまう程。
第三段階に入っている数少ない実力者なのだ。
「貴様、今まで何をしていた。それほどの力を持った奴が在野で惚けていたとは思えん」
「修行の旅を少々、『風と砂のラシード』…『劉蜀』…『ボルテキス』…外大陸を巡って旅をね。それで手に入れた力を試す為久しくディオスクロアに帰ってきたは良いものの今の自分がどれくらいの地位にいるもんか分からなくてね。試すのに、マレフィカルムが丁度よかったんで加入した」
「外文明に旅を…?」
「ああ、ディオスクロアだけが世界じゃないんだ。この服も劉蜀で買ったものなんだが、似合うかな」
「………なるほど」
今まで外文明に居たから我らにも捕捉されなかったと。だがその結果力を試す為にマレフィカルムに所属してしまう辺り、真っ当な人間ではあるまい。
「で、どうする。旅人よ…我に挑むか」
「そのつもりで来た。だが貴方の実力は常軌を逸しているようだ…こちらが全力で戦っても勝ち目があるようには見えない」
「ならそのまま逃げればよかった物を…」
「そう言うわけにはいかない、さっきも言ったが私はここに名を売りに来ている。折角世界最強にご挨拶出来るチャンスが来たんだ…売名、しないわけにはいかない」
レハブアムは組んでいた両手を解く。戦う気はないようだ…が。同時に魔力が滾るのを感じる、どうやら戦う気はないが諦めるつもりはないようだ。
「ふぅ、…お前はある程度やるようだし、このまま放置するわけにもいかないな。悪いが消えてもらうぞ」
「そう言うと思った、なので自己紹介を終え皇帝にお見知り置き頂けた私はここから全力で逃げさせてもらう」
「そうか、好きにしろ」
手をレハブアムにかざし…力を込めるとカノープスの周辺に魔力弾が生まれる。十…百…いやそれ以上か。当然のように魔力闘法を極めているカノープスにレハブアムは笑みを崩さず息を吐き…。
「では、失礼します」
「このまま帰すのも悪い、我自ら土産を持たせよう」
その瞬間、レハブアムは一礼と共に全力で背後に向けて飛んだ。それを追うようにカノープスの魔力弾が一斉に放たれる、一発一発がレハブアムを捉える瞳のようにギョロリと進行方向を変え追尾する。
「追尾型魔力弾…しかも常軌を逸した追尾性と破壊力。こんな物ポンポン撃っていいものかね…!」
「…………」
カノープスはレハブアムという男に視線を注いでいる。足先から魔力を噴射させ加速する奴の動きを寸分違わずピタリとハマるように視線で追う。レハブアムが如何程の実力かを測っているのだ、これで奴が看過できない程の実力ならば踏み潰す。そうでないのなら…。
「測られているね。ご所望か…これが」
魔力弾の追尾を前に自分が測られている事を察したのか、レハブアムは空を駆け抜けながらクルリと反転しカノープスに向き直りながらいきなり魔力を凝縮させ…逆流させ、覚醒の気配を匂わせる。
使ってくるか、いきなり。そしてやはり睨んだ通り…第三段階。
(魔力を凝縮させ、逆流させ、爆発させるように膨張する魂により肉体の殻を破る第三段階・霧散掌握の域…文字通り魔力覚醒を極めた者にのみ与えられる至極の力)
レハブアムの膨れ上がった魔力は肉体を超えて、周囲の世界に溶け込み、まるでその手の中に世界を収めるように。自らの間合い半径数メートルがレハブアムの領域となる。
「極・魔力覚醒…『圧潰のテュランノス』」
その言葉と共にレハブアムの周囲数メートルに紫色の円形が模られ紋様が浮かび上がり、レハブアム自身もまた複雑な紋様を体に浮かび上がらせる。
極・魔力覚醒は魔力覚醒と異なりその性質を自分の間合いの中に及ぼす事が出来る。そしてその出力は魔力覚醒の数十倍。現行の人類が辿り着ける最終地点だけありその強さはまさしく『絶対』と呼べる程に高まる。
生半可な修行では辿り着けない、俗に言う天才を超えた超天才が過酷な修行に身を投じ運と奇跡に恵まれてようやく到達出来る段階だ。まぁ…我が時代にはこの手の手合いがそこら辺にゴロゴロいたわけだが…。
「ふむ、なるほど…概念抽出型か」
その瞬間、カノープスの放った魔力弾が…一撃で覚醒者数百人を殺して余りある魔力弾の雨がレハブアムの領域に入った瞬間消失する。恐らくは概念抽出型…それもかなり高位の。
「我が領域に入った魔力は問答無用で圧潰される。まぁ言ってみれば魔力攻撃の無効化だ…どうでしょうか、皇帝陛下」
「地味だが、それがあれば第一段階の人間第二段階の猛者双方お前の敵ではなくなるな…地味だがな」
「地味って酷いな、アンタの魔力弾だって…これは防げるんだけど」
「フッ…魔力弾か」
「………?」
魔力弾はそんなに重要なものか?確かに第三段階に至った者の魔力闘法はある種魔術を上回る火力を持つ。そのレベルに至った奴は皆魔法を重用する、それは詠唱を必要とせず身体的な実力と噛み合わせが良いからだ。
第二段階に至るには心技体を極める必要があるように、第三段階に至った者は皆魔法を極めている、魔力の扱いを極めている。魔力を扱わせれば天変地異を起こせる…それが第三段階だ。
だが…第四段階は違う。我等第四段階到達者は皆口を揃えて…こう言う。
『結局、魔術に勝る技は無し』と…そう、魔力覚醒も魔力闘法も…オマケでしかないのだ、真に極めるべきは魔術。魔力覚醒や魔力闘法に頼っているうちは、到底辿り着けぬ領域というものがある。
「それを防いで、何になる」
「ッ……!」
拳を握り…レハブアムに向ける。魔力闘法を防いだから何だと言うのだ、あんな物我等第四段階到達者から見れば軽く息を吹きかけたに等しい。
なればこそ、今度はこの拳で軽く小突くとしよう。
「だったら今度はこれを防いでみろ…古式時空魔術…、『天破喝采』」
開く、勢いよく指を弾くように手を開く。それは…。
「ちょっ!?」
光だ、超高密度に圧縮され光と熱を持つまでに至った空間そのものが全てを引き裂いて飛んできた。光線…いや槍状に整形したそれはレハブアムの領域を引き裂き飛んでくる。
これには溜まらずレハブアムは背中を見せて全力で跳ね飛び逃げ出した。
(ちょっとこれは想定外かな…!なるほどあれが第四段階、しかもまるで本気を出している様子がない、私よりも強いセフィラが数人がかりでようやく止められると聞いた時は『マジかよ!セフィラが数人必要なのかよ!』とか思ったけど逆だ…ありゃ数人で止められるだけでも超御の字だ!複数の国家がより集まった連合軍、それが全滅覚悟で戦ってようやく十分押し止められるかってレベルだよあれ)
全力の離脱でレハブアムは空へと飛び上がり回避を選ぶ、今の一撃は当てるつもりのない一撃、それでも回避が一瞬遅れていたら死んでいた。
とんでもない威力だ…あれが古式魔術。
「何処を見ている」
「ッ…!」
その瞬間、レハブアムが見上げた先には…拳を構えたカノープスの姿が。魔力闘法は使っていない、ただ古式魔術で加速しレハブアムの動きに追いつき、待ち構えていたのだ。
「『阿毘羅雲拳』…!」
「まずっ…!」
レハブアムの頭上でカノープスは拳を握る。それは拳骨を握ったのと同時に、世界を掴んだのだ。掴まれたシーツのようにカノープスの拳に世界が追従する。
今から落ちてくるのはカノープスの拳骨ではない、拳型に押し固められた『世界』が落ちてくる、これはまずいと両手をクロスし魔力防壁を全力で展開する、だがそれでも生き残れるとは到底思えず、青褪めたレハブアムは死を覚悟し─────。
そして、凄絶な衝撃波が迸り謁見の間が揺れ砕け…マルミドワズの標高が一瞬下がるほどの打撃が放たれる…が。
「む……!」
カノープスは目を見開く。…今の一撃が…カノープスの一撃が、片手で受け止められていたからだ。
「はい、残念」
ニタリと笑いカノープスの手を掴む。…レハブアムじゃない、レハブアムはビビって腰を抜かして地面に転がっている。じゃあ受け止めたのは誰か?…同じ第四段階に至った者だ。
こいつは…見覚えがある、黒い髪に黒い瞳、そして対照的な青白い肌…まさかまたこの顔を見ることになるとは!
「お前は…ガオケレナッ!!」
「お久しぶりです陛下。ですが…レハブアムを殺すのは勘弁してください、彼…ウチのホープなんですから」
ガオケレナ・フィロソフィア…禁忌の法にて魔女と同格の力を手に入れた有史以来ただ一人の存在。それが私の腕を受け止め笑っていた。カノープスの力とガオケレナの力が拮抗し世界がビリビリと破けそれを修正する世界の修正力の余波で部屋が破砕する。
「ガオケレナ総帥!」
「レハブアム…言ったでしょ、貴方はカノープスに手を出すなって、死ぬのが分かってるのに。時間稼ぎは十把一絡げの雑魚に任せればいいんですよ」
「す、すみません…」
「あー自信喪失する必要ないですよ。通用しないのは分かりきってるんです、こいつは世界最強の存在…こいつは例外なんです。だからはいっ!逃げた逃げた!ここにいたら死にますよ」
「す、すみません…!」
ガオケレナに促され、レハブアムは背中を向けて逃げ出す。今の自分では到底相手が出来ないと悟ったから、せめて名前を売って八大同盟を入りを強行してやろうと目論んでいたが、相手を間違えた。
(ここで名前を売るのは無理かな、魔女のレベルが高すぎる…となると)
レハブアムはカノープスから遠ざかりながら考える。やはりここは…『当初の目的の達成)に切り替えたほうが良さそうだ…と。
「逃したか」
「最初からそのつもりなんでしょうカノープス、お前がその気になればあんなお遊戯などするまでもなくレハブアムは殺されていた」
「……まぁな」
カノープスは最初からレハブアムを殺す気はなかった、レハブアムは強い…だが実力を見たところ捨ておけないが放置出来ないほどじゃない。ならばいずれエリス達が対処する為に残しておく、その方が弟子の育成に好影響と考えたからだ。
何よりここでレハブアムを逃す判断をしたのは…どうにも放置できない奴が現れたから。
「…ガオケレナ、やはり生きていたか」
「ええ、まぁ…」
ガオケレナ・フィロソフィア…こいつは今から五百年前に帝国に所属した魔術研究機関の局長だった女だ。当時から凄まじい才能を持ち合わせ、何より飽くなき魔導への探究心を持ち合わせた。彼女のお陰で当時の帝国はアジメクすら超える魔術技術を有していたといえる。
だが、その探究心が…悲劇を生んだ。
帝国のとある区画の地下に、ガオケレナは秘密の研究所を構えていた。そこで非道な人体実験を繰り返し、魂に更なる進化をもたらす為の秘法を編み出していたのだ。その研究の結果ガオケレナは手にしてしまった、魔女に肉薄する魂と肉体を。
奴は魔女と同じ段階へ至ることこそ至上の命題として研究を続け、遂には我に刃向かってきた。それを我は撃破し…殺した気になっていたが。今こうしてガオケレナが現れた以上…奴はあの戦いを生き残ったと言うことだ。
「…総帥か、ガオケレナ…やはり貴様がマレウス・マレフィカルムの創始者にして支配者だな」
ガオケレナが謀反を起こし、我と戦い消えたのが五百年前。そしてマレウス・マレフィカルムの成立も五百年…こんな偶然あるものか。こいつなんだ…マレフィカルムを作ったのは、マレフィカルムの頂点に立つのは、この女なんだ。
「察しがいいですね陛下、ええ…貴方に喧嘩を売るには私も帝国と同じだけの組織を手に入れる必要があると踏んで。今日まで一生懸命頑張って…作ってたんですよ、貴方達と同じ『魔女大国』を」
「魔女大国…マレウス・マレフィカルムが?魔女大国を持ち魔女と同じ力を手に入れ魔女気取りか、ガオケレナ!」
「いいえ違います。『気取り』ではなく私は魔女になったのですよ陛下…いや無双の魔女カノープス!私はガオケレナ!生命の魔女ガオケレナ・フィロソフィア!史上十人目の魔女!魔女ガオケレナになったのですよ!」
「なんと…浅ましい…!」
ゲタゲタと笑いながら全身から溢れさせる魔力がマルミドワズの反重力機構を狂わせ標高が下がる。バチバチと部屋中に漆黒の電流が走りガオケレナの魔力が空間を歪ませる。
…どうやら、強ち偽りでもなさそうだ。こいつは五百年前より強くなっている、本当に我等魔女と同じ段階に!
「貴様は我が殺す!貴様は危険過ぎる!魔女が持ち得るべき精神性を持ち合わせず!狂気に飲まれた魔女を容認出来ん!」
「そう言うと思ったから顔見せてやったんだ!五百年前の続きをやろう、或いは五百年続いた魔女肯定と魔女否定の終着点を今作ろう!カノープス…お前はここで終わ─────」
「『空鑿』ッ!」
発狂するように笑うガオケレナの話は聞くに堪えなかった、浅ましく、下劣で、生理的嫌悪感を催すほどに傲慢だった。これ以上話を聞くことは出来ない、故にカノープスはその拳で終わらせることにした。
放ったのは古式時空魔術『空鑿』。空間を卸金で削るように乱し手の先にある物をミンチに変える近接時空魔術だ。ヘラヘラと笑っていたガオケレナには避けられない。
事実としてガオケレナの頭は一瞬で炸裂し、ビチビチと脳漿を散らし力無く、そして頭も無くした胴体は音を立てて血溜まりに沈む。
「油断しすぎだ、ガオケレナ」
見下ろす、いや…油断していたのは我自身かと自戒も込めて口を開く。五百年前…我はガオケレナを侮った。魔女の力を手に入れたと思い上がる愚者…我はガオケレナをそう評価しそのように扱い踏み潰すつもりで戦い、取り逃した。
思い上がり調子に乗った愚者の評価は実際は違ったと言える。こいつは本当にそれだけの力を手に入れた。禁忌の人体実験…その内容は既に徴収しているが、未だその全容を解明出来ている者はいない。奴がどうやってこの力を手に入れたか分からない。
つまりこの力の全容を知っている人間はいないのだ、我も含め…知っているのはガオケレナただ一人。故に今度は油断なく殺す…つもりなのだが。
「ッ〜酷いですねカノープス…いきなり頭吹っ飛ばすって。私じゃなければ死んでましたよ」
「貴様……」
吹き飛ばした筈の頭部が首の傷の中から生えてくる。血に塗れた傷口から黒い毛の塊が見えたかと思えば、その中からギュッ!とガオケレナの頭が生えたのだ。
その異様な光景には覚えがある…こいつは。
「不死か」
「ええ、カノープス…貴方の不老の法を超えた不死の邪法です。貴方がね?どんだけどデカい魔術で派手に地表を吹き飛ばそうが…私は死にません。絶対にね」
帝国一級収容所に囚われている不死身の怪物ヴィーラント・ファーブニル。奴と同じ…いや、こいつか。ヴィーラントに不死身の力を与えたのは!
つまりガオケレナは絶対に死なず、自分の意思で不死性を他者に譲渡することも出来ると。
(なるほど、取り逃すわけだ…こいつを)
「んんぅ〜しかし頭ぶっ飛ばされたせいで化粧も飛んじゃいました。まぁ私美しいのですっぴんでも大丈夫なんですけど…腹立つモンは腹立ちますね。んじゃ…お返しに」
「ッ…」
ガオケレナが動く、放たれる魔力とその量を見たカノープスは恐怖する。まずい…この量、この力…まさか。
「マルミドワズを吹き飛ばしてあげましょう!」
「ッ魔道の極地とは即ち『世界への勝利』である!」
「魂複製!無限並列接続!萌芽成長魔力充填ッ!」
世界の問いに咄嗟に答えるカノープスと同時に両腕を巨大な黒い樹木に変えたガオケレナは、その手に無数の真っ赤な果実を作り出す。人一人収まる程の巨大な果実が十、二十と膨れ上がるように急成長し、輝く…真っ赤に。
あれを使わせるわけにはいかない、そう考えたカノープスは果実が完成する前に。
「『毘盧遮那/塵点劫界』ッ!」
「『アズ・エーギグ・エーレ・ファの紅果実』ッ!」
空間が光輝きカノープスとガオケレナを別空間へと転移させる。カノープスの持つ内包異世界が現実世界を押し飛ばし新たな空間への転移を果たした…だが、その瞬間。
ガオケレナが生み出した紅の果実が光輝き、膨れ上がり、爆裂した。その光は地表の全てを吹き飛ばし凡ゆる全てを赤と白の閃光で消し去り、天に巨大なキノコ型の雲を生み出し世界の果てまで爆風が届く。
…自爆だ、ガオケレナが行ったのは…魔女級の力を持つ存在が行う全身全霊の自爆。それは超新星爆発にも匹敵する威力であり、もし現実世界で破裂していたならば一時的世界から修正力が消失する程の影響をもたらしていただろう…。
「クッ…!」
「臨界魔力覚醒を使って自分と私を別空間に押し飛ばし、爆風から街を守りましたか。けどそのせいで貴方自身の防御が若干遅れたようですね…守る物があるってのは大変ですねぇ陛下。貴方はいつも…そうやって守ろうとする。その癖全てを利用しようとする。半端なんですよ貴方は…慈悲に溢れましょうよもっと、あるいはもっと無慈悲になりましょう?」
カノープスは先程の爆発を一身に受け膝を突く。咄嗟に反応が遅れた、臨界魔力覚醒を使い爆発が起こる前に異世界に移る事によりマルミドワズは守った、これをしなければマルミドワズは疎かポルデューク大陸を二分する大穴が空いていただろう。こうするしかなかった、こうしなければ全員死んでいた、だがそのせいで防壁の強化が間に合わなかった。
…今のは自爆だ、あの果実の中には『ガオケレナの魂』が数十個単位で入っていた。恐らく奴は…自らの魂を無限に複製出来る、それを果実に込めて自爆させた…デタラメな戦い方だ、自分の命を弾倉に込めて撃つような…そんな。
「フフフ、私の魂はね…なくならないんです。肉体そのものに魂の状態を固定化させる方法を編み出した私は死ぬ事なく常に肉体の状況を完璧な状態で補完出来る。分かりますかカノープス…私は倒せないんですよ」
「……吐かせ、貴様…肉体をカケラの一つもなく完璧に消し飛ばせば…死ぬだろう」
「え?いやぁ〜やった事ないんでなんとも言えないですけど確かにその理屈で言うと私はそれで死ぬかもしれませんけど…出来ます?私貴方が想像してるよりやばいですよ」
「フッ笑わせる、不死?我等はそれ以上の『不滅』を殺しているんだぞ」
魔女達の不老の法は魂の劣化が起こらず時間経過によって死ぬことがなくなる法だ。だが一転、殺されれば死ぬ。
対するガオケレナは不死の法。時間経過及び対外的攻撃により魂が失われず決して死ぬことがなくなる法だ。だが一転、依代となる肉体が完全に消え去れば事実上の死を迎える事になる。魂だけが残っていても意味がないからだ。
そして…我等は倒している、八千年前に。
不滅の異法…シリウスが用いた最強の法。時間経過及び対外的攻撃、そして肉体の是非に囚われず決して死ぬことがない…いや、消滅する事がない法。如何なる方法によっても消滅させることが出来ず無限に蘇生と復活を繰り返す。
シリウスは細胞の一片も存在出来ないよう完全に完璧に消し飛ばしても、虚空から再び復活した。しかも更に学習して強くなっていく、だから我々は封印という方法を取るより他なかったのだ。あれに比べれば可愛いモンだ…。
「ふぅん、それ…一人で倒したんですか?」
「………」
「うふふ、意地悪言ってごめんなさい。さ?やりましょう陛下…私はいつまででも付き合いますから」
カノープスは憎しみに満ちた目でガオケレナを見遣る。それもそうだ、カノープスにとってガオケレナは裏切り者。それ以上にガオケレナのせいでマレフィカルムが生まれ、そしてマレフィカルムのせいで生まれた死者は計り知れない。
ガオケレナの魔女の肉体を手に入れる、そして我に復讐をすると言う下賎な目的の為だけに…どれだけの人が亡くなったか。それを考えれば考えるほどに怒りが止まらないのだ。
そして、ガオケレナもまたそれを察していた。だからこそ
(さて、作戦の第一段階は終了…後は制限時間いっぱいまでカノープスをここに釘付けにすればいい。臨界魔力覚醒は強力な反面外界と遮断されるせいで外で何が起きているか把握出来なくなる…)
『この私』は囮だ。カノープスに嫌がらせをするためだけの囮…そうだ、カノープスはまだ気がついていない。
魂を複製出来ると言うことは…つまり。
………………………………………………………………………
「カノープス…凄まじい強さだった。アレは私単体ではなんとも出来ない、なるほど八大同盟の諸先輩方が二の足踏んで喧嘩売らないわけだ…!」
一方ガオケレナに逃されたレハブアムは廊下を疾走しながらとある目的地を目指して走っていた。カノープスの強さは別次元にある、勝ち目があるとかないとかそう言う段階にない、あれには勝負を挑んではいけない。倒せないのは大前提なんだ。
自分も厳しい修行や外文明で起こった戦乱に身を投じこの頂まで至ったのだが、魔女は更に上をいっていた。これは真っ向勝負では敵わない…そう考えた彼は。
目指す…『あの場所』を。
「ッ!マレフィカルムか!ここは通さん!」
「ここだけは死守する!」
「ん…?」
ふと、ボロボロの廊下を瓦礫を踏み締め走るレハブアムの進行方向に二人の戦士が見える。どうやらあの場所の守護を任されている師団長のようだ。
つい最近魔力覚醒を習得した第十二師団長ユーディット・フレスベルグ。
歴代最高の任期を誇る第十四師団長マルス・ムッシュマッヘ。
双方共に師団長達の中でも相当な実力者に部類される、並大抵の魔女排斥組織では太刀打ち出来ないレベルの強者達だ…だが。
「悪いが押し通るよッ…!」
「極・魔力覚醒…!?」
魔力領域を展開しレハブアムは一気に加速すると共に二人の師団長に向け突っ込み。
「『圧倒』ッ!」
「ぐぶぅっ!」
「マルス師団長!」
レハブアムの極・魔力覚醒『圧潰のテュランノス』の真髄は圧力の操作。これを魔力にも適用させることで相手の魔力攻撃を無効化出来る、それと同時に攻撃に転用すれば相手を文字通り押し潰すことが出来る。
加速しマルスの頭の上に飛び乗ったレハブアムはその手から圧力を放ちマルスの体を地面にめり込ませる程に押し潰し大地を砕く。
「くっ!貴様!魔力覚───」
「遅い!『圧壊』ッ!」
「ぅぐっ!?」
外圧力、これを手から放ち覚醒しようとするユーディットの体を潰すように砕き全身から血を噴き出させ一撃で戦闘不能に追いやる。
ふむ……。
「やはり私が弱いってわけじゃなさそうだ…」
いきなりぶつかったのが魔女だっただけで、やはり自分の力はこの大陸でも通用する。それを確かめるように二人の師団長を一蹴したレハブアムは倒れ伏し気絶した二人を踏み越え…その先に向かう。
「まだ私の組織は小さい、私がもっともっと強くなるにはもっと強力な手駒が必要だ…」
扉を圧壊させ、瓦礫を振り払い…進む先は。
帝国第一級収容所…つまり帝国お墨付きの危険な人間が囚われている場所…牢屋だ。第二級や第三級のように外部ではなく皇帝や軍部のお膝元である大帝宮殿内部にて丸一日監視する事を決定された最悪の人間達が集まる空間。、つまり私からすれば人材の宝庫…。
『なんだアイツ…』
『帝国の看守じゃねぇ…まさか外で暴れてる奴か…?』
「……………」
薄暗い廊下を歩めば、左右に鉄格子が見える。内にはなんとも凶悪そうな見た目の囚人がこちらを見ている。中には興味も示さない奴もいるが…うん、ここにいる奴らみんな強いね。しかも何人かは見覚えがある奴がいる…。
けど私がここに来たのは闇雲に囚人を解放するためじゃない。確かにここにいる囚人はみんな強い、だがそれでも自分が求める水準には達していない、私はきちんと目的があって…訪ねたい人物達がいてここに来た。
つまり…用事があるのは─────。
「君達に会いに来た、他の誰でもない…君達にね」
「……………」
階段を降り、廊下の端まで向かい、更に階段を降り、奥へ奥へ向かった先に見える牢屋の最奥に見える一つの区画。この収容所の中でも際立つ囚人が囚われているエリアにソイツはいる。
私は彼を解放する為にここに来た、その仕事をガオケレナ総帥から任された…そう、解放したいのは。
「宇宙のタヴ、そして大いなるアルカナ…私と一緒に外に出よう」
「……お前、マレフィカルムの手の者だな」
かつて帝国に真っ向から勝負を挑み、世界中で同時に作戦を並行で行い、魔女大国延いては魔女世界を混乱の坩堝へと叩き込んだ伝説の組織『大いなるアルカナ』。
ここにはアルカナが収容されている。そして目の前にいるのは単独で師団長を壊滅させ、後に将軍となるフリードリヒと戦ったアルカナ最強の男『宇宙』のタヴ。私が加入する前にマレフィカルム五本指のうち四番目に打ち当てられていた男だ。
そして…。
「君ね、喧しいんだよ。暴れるなら他所でやってくれない?」
同じく覚醒者の『星』のヘエ。このマルミドワズを崩壊一歩手前まで持っていった実力者。
「見ない顔だなぁ、新顔かな?少なくとも私達が所属してた頃にはいなかったね、マレフィカルムにはさ」
そしてエトワールで大暴れした『太陽』のレーシュが笑う。その強さは今もマレフィカルムにて讃えられており人生で一度しか負けたことがないと言う怪物だ。
「……………気味が悪いな、お前」
私に嫌悪感を向けるのは『形死者』のメム。彼は単独で天番島に赴き魔女相手に啖呵を切った逸話を持つ伝説の魔女排斥派だ。
他にもアグニ族の生き残りアグニとイグニなどの実力も多数いる。…アインやへーのような強者も欲しかったが、あっちはデルセクト側に囚われているのだろうか。まぁいい。
「何が目的だ」
「決まってる、タヴ。私は君達が欲しい、君達の想像の通り私はマレフィカルムの新参者でね…一応組織も持っているが、経験が浅く戦力になるようなのは私しかいない。そこで…君達を我が組織『新たなるグランエテイヤ』の大幹部として招き入れ共に戦って欲しい」
「え?何?つまり出してくれるってこと?」
「太っ腹〜」
私の言葉にヘエとレーシュが反応し笑みを見せる。今まで檻に閉じ込められていたんだ、さぞ魔女排斥の血が疼いていることだろう。
私は戦力が欲しい、それも即戦力となる実力者達が。そこで私と互角と目されているタヴや実力も箔も十分なアルカナの面々を招き入れ、戦力とする。そうすれば私は一気に八大同盟入りを果たせるだろう、八大同盟は傘下の組織で決まる、そして今のマレフィカルムの八割はアルカナが帝国の絶対性を打ち崩した後に入った新参ばかり…つまり、アルカナは今のマレフィカルムで神格化されている。
そんな彼らを配下にすれば、今他の同盟に傅いている連中も私に鞍替えする…そう、瞬く間に私は八大同盟入りだ。
「君たちがいれば私は八大同盟になれる。まだ私には傘下がいないんだ…折角セフィラの人たちが私の席を開けてくれているんだ、待たせるわけにも行かない。直ぐに八大同盟に相応しい戦力が欲しい」
「フッ、つまり…我々と共に八大同盟に、か…」
「アルカナはかつて八大同盟と同等の戦力を保有していた。いや…八大同盟になろうと思えば君達ならなれたんじゃないのか?」
「内部抗争に興味がないだけだ、それに…我々にも特に傘下の組織がいたわけでもないしな」
「それであの規模の作戦が出来るなら大したものだ。君たちがいればまた各地に散った元アルカナのメンバーも集まってくる、アルカナを再興できる。だから私と…」
「ふざけるなッッッ!!」
「おッ!?」
その瞬間、檻を蹴り上げ怒鳴り声をあげたのは刑死者のメムだ。彼は手枷を引き摺りながら檻の前まで歩いてきて今にも噛みつきそうな勢いで牙を剥き。
「何が世界中に散った元アルカナのメンバーを集めるだ!全員死んだか捕まったわそんな物!お前達マレフィカルムが!我々を使い捨ての駒に使ったからだッ!それ貴様おめおめとまたマレフィカルムに入ってくださいだと…?アルカナを馬鹿にするのもいい加減にしろッッ!!」
「それを私に言われても困る。やったのは私じゃないしね、それに君達は私にそこまで高圧的に出れる立場か?」
「なんだと…ッ!」
「私達は君たちを解放する立場だ、嫌なら檻を出さない選択肢もある…それでもいいのかい?」
「貴様やマレフィカルムに使われるくらいなら檻の中で死ぬ!」
「はぁ、タヴ…あれは君の配下だよね?黙らせてくれないかい」
「違う、配下ではない…同志だ。革命の同志…ここに明確な上下は存在しない、何よりもうアルカナもないんだ…上も下も、言ってもしょうがない」
「ふぅん…?」
タヴは動かない、レーシュ達のように喜ぶでもなく、メムのように怒るでもなく、ただただ椅子に座って目を伏せている。その考えが読めずレハブアムはため息を吐く。
この手のタイプはやり難い、レハブアムは経験上知っている。行動理念が普通の人間とは違うタイプ、そしてそれを前面に出さず内面で全て解決してしまう。故に説得などの行為があまり意味をなさないのだ。事実今決定権を持っているのは自分である筈なのに、タヴの言葉を待っている時点で主導権はタヴに奪われてしまっている。
(やりづらい…何考えてるんだこいつ)
なんて考えを表情にも出さずタヴを見つめ続ける。すると、タヴは手枷に拘束された腕を前に出し。
「お前名前は」
「…レハブアムだけど」
「レハブアム、俺達を解放してくれるんだな?」
「え?」
「お前達の話を受けよう。我々の戦いはまだ終わっていない…魔女排斥を成す旅路、我等も共にするぞ」
「本当かい!」
「タヴ様!正気ですか!こんな奴!また使い捨ての駒にされるのが…目に見えている!」
「メム、いいんだ。我々には選択肢などない、恭順を求めるならそうしよう」
「…ッ、…貴方が言うのであれば。従います」
タヴの言葉にはやはりメムも従う、いや恐らくアルカナメンバーなら全員従う。タヴが恭順を示す以上アルカナの戦力は自分の手の中にある。そうほくそ笑むレハブアムは内心でガッツポーズを取る。
やはりアルカナはタヴと言う絶対的なカリスマを持つただ一人の人間によって作られていた組織なんだ。かつて組織を率いていた世界のマルクトは所詮お飾りのボスだった、組織内での王は…タヴなんだ、こいつを落とせれば自然と他のメンバーも落とせる!
やった!これで一躍新たなるグランエテイヤは大戦力の仲間入りだ。アルカナが加入したとなればその下につきたがる奴は大勢いる!これで…八大同盟入りは間違いない!
「分かった、今解放するよ。流石はかつてセフィラからも八大同盟からも一目を置かれた伝説の男。やっぱり話が分かる」
「感謝するぞ、レハブアム」
そしてレハブアムは覚醒の力で檻を圧壊させタヴの手枷も破壊する…、するとタヴはその手の感覚を確かめながら。
「…この手枷をつけられ檻の中にいると、魔力が使えなかったんだ。お陰で解放された」
「ようこそタヴ!私の組織へ!一緒に帝国を脱出して共に活動しよう!」
「待て、同志も一緒…それが条件だ」
「え?まぁいいけど」
そう言いながらタヴはその手から魔力を放ち檻を破壊し、レーシュ、ヘエ、メム、アグニとイグニを解放する。
仲間を大切にするタイプか、タヴと一緒にやっていくなら元アルカナメンバー…或いは他の仲間達を蔑ろには出来ないなと内心でタヴの在り方を考えるレハブアムは想う、それならば好都合だと。
「おお!久々に外に出れんじゃない?お日様の下でまた寝たかったんだぁ」
「うーん…私はエリスとの約束があるからもう暴れるつもりはなかったんだけど…またエリスに会いたい気持ちもあるしなぁ」
「…我々がまた外に出たら、アイツは止めに来るんじゃないですか?レーシュ様」
「確かに!じゃあ外に出よーっと」
ヘエ、レーシュと共にメムもまた外に出る、その際の言葉…気になる名前を聞いてレハブアムはレーシュに目を向け。
「エリス?誰だいそれは」
「なんだお前、アルカナを解放しようってのにエリスを知らないのか?魔女排斥をやっていく身だと言うのに不勉強が過ぎるな…アイツの名前を知らないなんて」
「え?それとも今外ではエリスってそんなに有名じゃない?そんな事ある?アイツ絶対前より強くなってると思うんだけどなぁ」
メムとヘエがあからさまに馬鹿にするように眉を歪める。他のメンバーもエリスの名前を聞くなり様々な反応を示す。それだけ大きな人間…と言うことか?まさか元メンバー?だがそんな奴アルカナにはいなかった筈。
「エリスとは、単独でアルカナを壊滅させた魔女の弟子だ」
「あー…なんかそんな話された気もするな。けど彼女だけによって滅ぼされたわけじゃないだろう?タヴ…君だって将軍に倒されたわけだし、別に警戒なんかしなくてもいいだろう」
「だが、アルカナは間違いなくエリスによって滅ぼされた。ここは間違いない…」
「ふむ…」
エリスか、それほどの強者が魔女側にいるとは。だがある意味これも好都合か…エリスを倒せばかつてのアルカナを凌駕したと言う宣伝にもなるし、何よりエリスへの復讐を敢行してやればタヴ達に対する恩義も売れる。タヴは義理人情には熱いタイプ、恩があれば御し易い。
「分かった、ならエリスへのリベンジを先に考えよう。我々全員でかかれば楽勝だろう」
「…………」
「さぁ行こう、君達を脱獄させられたならもうここに用はない。私の目的は達成された…直ぐに離脱しよう」
「……………」
「…タヴ?」
もうここには用はない、脱獄出来たならとっとと離脱しようとレハブアム入り口に向けて歩き出すが…タヴ達は答えない。それどころかその場に留まったまま…動かない。
「まだ脱獄させたい奴でも?」
「……………」
タヴは答えず、仲間達を見つめ…フッと笑い。
「悪いなレハブアム、やはり俺の可愛い同志達を無碍に扱い、捨て駒にしたマレフィカルムについていく…と言う選択は、よくよく考えたら受け入れられん。急だが断らせてもらう」
「なっ…!?」
「何よりお前の態度が気に食わん。誰かを恩や立場で脅迫し…圧をかけるお前のやり方は我が革命に反する」
「か、革命…!?」
するとレーシュは手を叩き笑い、ヘエは『やっぱり』と肩を竦め、メムは『タヴ様ぁ』と涙ぐむ。まさかこいつら…最初から私に脱獄の手伝いだけさせて…!
「貴様ら!私を裏切る気か!脱獄させてやった恩義は!」
「レハブアムぅ〜あんたタヴって人間を測り損ねたよねぇ」
「何?」
レーシュは手を叩き笑いながらレハブアムに目を向け。
「確かにタヴは義理人情に熱いし仲間意識も強い、けどね…それ以上にこいつは革命意識と反骨精神の権化だよ?上から従えてやろうとすれば当然…するよね、叛逆を」
「…なんだと……」
「あんたが最初から私達を同等の仲間として扱えば、タヴだって大人しく従ったのにさぁ…」
「然り、俺は革命の為に生きる。お前達マレフィカルムが再び俺達アルカナに論舌で首輪付け従わせようとするならば…俺達はまたそれに反逆し革命を起こす。故にレハブアム…我が革命の礎になれ」
「……………」
こいつら…だが、まぁ…これも想定内だ。やっぱり従いたくないと反旗を翻すのはある意味予定調和、そうするだろうと読んでいた。こいつらはそれだけアクが強い…ならどうすればいいか。
「ああはいはい分かった分かった、なら君達には言葉や態度ではなく…力を持ってして従わせるとしよう」
「…この人数に勝てると?」
「タヴ、かつて君はマレフィカルム五本指で四番目に位置していたそうだね。けどそれも今や昔の話…今は私が、四番目。君の地位に座っているのは私だ、今の今まで牢屋に囚われていた君と私、どちらが強いかなんて明白だろう」
タヴは長い収容生活で衰えている。他のメンツもそうだ、彼らが栄華を誇ったのはもう昔の話だ…今の私の方が何倍も強い。ならばこそ力で屈服させて従わせる。そう脅しをかければタヴは怯むどころか…。
「力によって従わせるか…フフフ、それもいいだろう。なら我々はその力に抗う…革命だ」
「余計タヴを燃えさせてどうすんのさ…でも、疼いてきたよッ!私も!私の存在を君に刻みつけよう!」
「久々の実戦かぁ…まぁでも、このメンツなら負けないでしょ」
「こ、こいつら…」
私の力を前にしても怯むどころか更に燃え上がっている。或いはここか!誤算の正体は!
アルカナは…反骨精神の塊達なんだ、その反骨精神故に魔女大国を相手に怯むことなくやりあえたのか!まぁいい!ここまで来たらやることは一つ!
「ナメた態度をとるなよ…、私はこの力で、貴様を圧し…屈服させる!私に従え!大いなるアルカナ!」
「ならば我等はその圧政に反逆しよう!革命だ!新たなるグランエテイヤ!」
ぶつかり合う…従わせようと力を振るう『暴君』レハブアムと叛逆し革命を起こさんとする大いなるアルカナの面々が、魔女やマレフィカルムが与り知らぬ場所で…衝突を始めた。
……………………………………………………
そして時間は少し巻き戻り…マレフィカルム襲撃から数分後、場内にマレフィカルム兵が雪崩れ込み暴れ回り始めたその時…レグルスは。
「何が起きている…」
「グッ…ぎゃぁぁ…!」
「ボスがやられた!?嘘だろ…!」
いち早く動き、爆音のした地点へと駆けつけマレフィカルム兵と戦っていた…いや、戦っていたと言うより踏み潰していた、と形容するべきか。
「この!死ねや魔女ッ!!…ぎゃぶっ!?」
「この城のセキュリティはどれだけ甘いのか…カノープスの奴め」
次々と襲い来るマレフィカルム兵がレグルスに近づいた瞬間吹き飛ばされ空中で弾け飛ぶ。軽く手を払い音速を超える勢いで防壁を拡大しその勢いで吹き飛ばしているのだ…、文字通り戦いにすらなりはしない。
彼女がただ歩いただけで、彼女を取り囲む軍勢が死んでいく。アリの行列を踏み潰す子供のように、残酷に。それでいて一切の感慨を得ることもなく風を切るように歩き、鏖殺する。
その様にマレフィカルム兵達は恐怖するも、されど引くわけにもいかない。
「退くな!アイツこそが魔女!世界の悪そのものなんだッッ!!」
「で、ですがヘロユス様!」
「私が先陣を切る!皆続け!」
魔女排斥派は魔女を殺すために存在している。なのにいざ魔女を目の前にして怯えて逃げては意味がない。どの道ここに来た時点で死は覚悟の上、ならば路傍の兵に挑んで殺されるより魔女に挑んで死ぬ方を選ぶと『世界改革戦線』のリーダー・ヘロユスは叫ぶ。
「行けぇえええ!!」
「………」
挑む、それは間違いなく勇気溢れる行為だろう。だがレグルスはそれさえも軽く受け流し…手を前に翳し。
「退け、前がよく見えん」
バチバチと手の先から炎雷を迸らせ…瞬間、目の前にある全てを炭化させる程の雷撃を放ち向かってくる全てを消滅させる。
「ぎゃあああああああ!!」
「うぐぁああああああ!?!?」
「エリスは無事だろうか…いや、この程度の連中には負けんか?だが心配だ、様子だけ見にいくか…」
人間が炭化し塵として舞う、そんな地獄の中を悠然と歩きこの問題の元凶を叩こうとレグルスは歩き出す…その時。
「『ビッグバンフィスト』!」
「む…」
その塵を切り裂いて拳が飛ぶ。レグルスに向け矢の如く鋭く飛んできた拳を防壁で防ぐ…今の一撃を凌いだ者がいた、それは…。
「よくも同志をッッ!!」
「今のを避けたか…」
ヘロユスだ、全身を隆起させ二倍ほどの大きさに変身したヘロユスがその剛腕を振るいレグルスへと襲いかかる。
肉体進化型魔力覚醒『英雄爆誕』により全身体機能を数倍に強化したその肉体はレグルスの動きを察知していた、そこから跳躍し雷撃を回避し…今こうしてレグルスの目の前に五体満足で立っているのだ。
「魔女への怨念、受けてもらう!」
「身に覚えのない事で恨まれてもな…」
魔力を纏った打撃を受け止めヘロユスに一撃を加えようと手を振るうレグルスだがヘロユスはそれさえも回避して見せる。身を屈めレグルスの放つ一撃を回避したヘロユスはその動きを警戒し一旦後ろへと下がる…その慎重な立ち回りにレグルスは目を細め。
(こいつ、十把一絡の雑魚ではないな。自分の魔力覚醒について熟知している…恐らく覚醒して十年近くは鍛錬を積んでいるか、それを捨て駒同然に使うとはマレフィカルムも贅沢な遊びをする物だ…)
思わず口元に笑みが溢れてしまう。なんの感慨も浮かばない作業かと思ったが…こいつ、恐らくエリスよりは強い、ならばある程度『遊び』が出来ると言う物。
「来い、怨念…見せるんだろ?」
「ナメるなッッ!!」
砂塵を上げ地面を蹴り、壁を走り、天井を足場に、四方八方に跳躍するヘロユスの高速移動を目で追うことなくレグルスは笑みを浮かべたまま静止し…。
「潰れろッ!『メテオブラスターショット』ッッ!」
「単調だぞ」
瞬間、頭上から強襲をかけるが如く降り注いだヘロユスの拳を一歩引いて回避したレグルスの体から魔力が滲み出し…。
「そら…!」
「むぅっ!」
防壁の急激な膨張。それはそのまま打撃となりヘロユスの体を吹き飛ばし壁に叩きつける。まるで山が意志を持って体当たりを仕掛けてきたような衝撃に強化された肉体も悲鳴を上げ…。
「ッハ!?」
壁にめり込んだヘロユスは咄嗟に目を開ける。魔女を相手に激痛に気を取られた自らの不覚を…そしてそれはそのまま、罰となって彼の身に下る。
「丁度いい、多少無茶をしても壊れないやつを探していた」
「ぐっ!?!?」
一瞬でヘロユスの目の前に飛んできたレグルスはヘロユスの首を掴みそのまま壁に叩きつけ、締め上げる。ヘロユスも抵抗した、拳でレグルスの手を叩き足でレグルスを蹴り、暴れて拘束を解こうと抵抗した。
しかし、それでもレグルスの体は全く揺らがない、まるで鉄の塊を殴っているようにレグルスの体は物理的な影響を受けず、そして無視する。
「お前に聞く、お前達の目的は」
「むぐっー!ぐーっ!」
必死にヘロユスは首を振るう、言う気はないと。それにレグルスは笑みを溢し…。
「高潔だな、今のがお前の最後のチャンスだったぞ」
「むぐっ…ごはぁっ!?」
その瞬間ヘロユスの腹部にレグルスの防壁が突き刺さり夥しい量の血が溢れ力無くヘロユスはその場に座り込み、項垂れる。重要な内蔵機関を潰された…もう生存は見込めない、だが秘密は守れたと静かに目を閉じ……。
「──『白日口露』」
「な…」
「問う、お前達の目的は」
レグルスの目が輝き、ヘロユスの口が意志に反して動き出す。
レグルスは数多くの魔術を保有する。属性魔術のみに囚われないその習得規模の大きさは魔女の中でも随一と言える。そんな彼女が持つ魔術の一つ…自白魔術『白日口露』。これを浴びた物は意志に反して知っている事を全て話してしまう…。
「そ、総帥が…その弟子のバシレウス様の育成の為に、帝国に襲撃を…、将軍の殺害が、第一の目標で…ッ!」
「そうか、ご苦労」
即座に舌を噛み切り自害したヘロユスに礼を述べ、レグルスは腕を組む。バシレウスの育成のため…ガオケレナの弟子、ガオケレナが誰かは知らないがバシレウスの名には覚えがある。
「あまり悠長に出来んか…」
そして彼女は魔力探知を宮殿内部に張り巡らせ………。
「む、そこか!」
そして、現在に至る。エリスを手にかけようとしていたバシレウスを殴り飛ばしエリスを救い出したレグルスと、エリスを狙うバシレウスは………。
…………………………………………………
「ぐぅううう!」
「ふむ、以前より確かに…多少は強くなっているか」
各地で戦いが激化する中…その中心に位置するバシレウスと孤独の魔女レグルスの戦いは…続いていた。既にエリスが居た地点からは遠く離され、今は大帝宮殿のエントランスにて二人は激戦を繰り広げている…とは言えバシレウスが押しているかと言えばそうではない。
確かにバシレウスは以前戦った時よりも強くなっている、魔力の扱いも教えられ確実に上の段階に登った。だがそれでも届かないからこそ…魔女は魔女なのだ。
「いてぇ〜…相変わらず洒落にならねぇ」
「まだまだ、私には及ばんな。精々が虫の足掻き…今日こそお前を捻り潰してやろう」
(認めるしかねぇな、アイツは俺より何倍も…何十倍も強い。俺はまだ最強になれてねぇ)
バシレウスはレグルスに殴り飛ばされ鼻血を勢いよく噴き出しながらも立ち上がる。アーデルトラウトとの戦いによって生まれたダメージもまだ完全に癒えていない中での連戦で思い知る。
まだ自分より強い奴はそこそこにいることに。そして…。
(アーデルトラウトの時も思ったが、こいつら常に攻撃に魔力を乗せてるな…分かるぞ。レグルスのあのあり得ない攻撃力、あれも魔力を上乗せした一撃だ)
アーデルトラウト、レグルス、どちらもバシレウスよりも格上だ。そしてその双方共に魔力を攻撃に上乗せしている、魔力で攻撃してるんじゃない、打撃と魔力衝撃を合わせて叩き出している。
マヤんところの部下が言ってた魔女シリウスが作ったとされる『合わせ術法』。武術、魔術、魔法…その全てを一撃に込める戦闘法のような物だろう。恐らくレグルス達がやってる技術の極致みたいなものだろう。
(分かる…見えてくる、そうか…更に強くなるにはああすればいいのか)
明瞭に感じる。今までこれ以上はないと思えるくらい強くなっていたと思っていた自分の力には、まだ上があり。まだまだ続く道が存在していることが…見える。
ガオケレナはこれを見越して俺をここに叩き込んだのか。俺と言う人間の性質を理解して…修羅場に。
「シィ…シシシ…ククク」
「こいつ…」
レグルスは表情を歪めバシレウスを嫌悪する。笑っている、まだまだ自分に秘められた可能性がある事実と更に強くなれる可能性に狂喜するバシレウスの底知れなさに。
(バシレウス…こいつはやはり底知れない、ここで倒すべきか…)
このまま放置すれば、間違いなく災禍となる。そしてその時…ともすればこいつは魔女すらも超える可能性がある。
文字通り蠱毒の魔王…いや、厄災の魔王となる可能性があるのだ。故に…容赦しないことを決意し、そして。
「お前にはここで死んでもらう」
「ッ…!?」
一瞬でバシレウスの背後に回ったレグルスは手刀でバシレウスの側頭部を打ち据え吹き飛ばす。その速度たるやバシレウスでさえ反応できず、その威力はあのバシレウスが吹き飛び頭を抱えて悶絶するほどだ。
「ぅぐっ!うぅ…がぁぁ!」
「大人気ないとは思うが、お前は危険過ぎる」
「ぐぶぅぅ!?」
そして悶えるバシレウスに向け、再び転移の如き速度で移動したレグルスは足を叩きつけ地面を振り割るようにバシレウスを叩きのめす。凄絶な痛みと耐え難い敗北感…そんな中でバシレウスは。
(今の移動、ダアトがよくやる奴に似てる、魔力を足先で爆発させてすっ飛んでる…肉眼じゃ追えない、常に魔力を感じて…反射で動かないと対応出来ない)
見ていた、レグルスの動きを。注意深く、そして抜け目なく、一つ一つの所作を拾い上げ吟味し反芻するように、見つめていたのだ。
「…それ以上見るな!」
「ッここ!」
「な!?」
そして避ける、レグルスの一撃を前に腕を弾いて横に飛ぶことで避けて見せた。偶然ではない、確実に、分かっていて避けたのだ。
(こんな速度で私の動きに対応したか。ますます成長速度が加速してる…!)
「見えたぜレグルス!お前の動きが!」
(魔力流動の先読み、センスだけでやってみせるか…!だが…)
バシレウスは狂喜する、出来なかった事が出来る喜びを知る。だがこれは授業ではなく…。
「──『旋風圏跳』!」
「ちょ!ぐぶぅっ!?」
実戦である、レグルスは更にギアを上げるように風を纏いバシレウスの反射を超える速度で蹴り飛ばす。魔力流動の先読みは高等技術だが魔女からすれば驚くような技術でもない、寧ろ第四段階の人間はそれ以上の事を呼吸の如くやってのける。
「グッ!そう言うことも出来るんだったな…そいつは流石に、真似できねぇ…!」
「お前が成長するなら、私はそれを突き放す…いつまでもついてこれると思うな」
「ぐげぇっ!?」
怒涛の勢いで殴り抜く、風が数度爆裂し何度もバシレウスを殴り抜き叩きのめし吹き飛ばす。対応や反撃、防御や回避と言った余地が入らない程の連撃はバシレウスを虐め抜く。
「ぐぅぅううう!がぁぁあああああ!」
「怒りに身を任せたな…まだまだ、お前は若いな」
「なっ!?」
そして怒りに身を任せ魔力を放ちながら暴れ狂うが…逆効果。レグルスはそれを読み切り再びバシレウスの背後に回ると、ソッと手を当て。
「──『颶神風刻大槍』」
生み出す、壮絶な風を。それはバシレウスを包み込み…。
「ぐぎゃぁあああああああ!?!?!?!?!?」
吹き飛ばす。まるでガラスの破片が渦巻く海の中に叩き落とされたようにバシレウスの全身を傷つけて五体を引き裂くように四方から力が加わり苛む。その痛みと威力の途方も無さにバシレウスは断末魔のような悲鳴をあげ壁に叩きつけられ…風から解放される。
「ぅぐっ!ぎゃあ!ぁが!…ぐ…ぅぐぐ…」
痛い、あまりの痛さに全身から血を流しながら頭を抱えてもんどり打って倒れる。恐らく生まれて初めて味わうレベルの激痛、以前天番島で戦った時よりも容赦がない、あの時はまだまるで本気を出していなかった。
いや…それは恐らく今も同じ、本気じゃない。ただ顔に出来たニキビを潰すように…丹念に押して、指先で潰すような…そんな容易さを感じる。
…殺される。
「くっ…うぅ…はぁ…はぁ」
「立つな…───『鳴神天穿・連唱』」
「ギャッ!?」
早く立ち上がらないと殺される、そう感じる急いで立つがそれを邪魔するようにレグルスは歩きながらまるでガトリング砲のように指先からか細い雷の針を放ちその全てでバシレウスを射抜き焼き尽くす。
「ぁあ!ギャア…ぐぎぃ…!」
「───『火雷招』」
「ッッ!!」
そして軽く指を払い飛んでくる一撃で全てが吹き飛び…。
「─── 『震天 阿良波々岐』」
「ゴァッ!!」
放たれる衝撃が骨を裂き。
「───『眩耀灼炎火法』」
「ぁがぁああああああ!!!」
炎が焼き払う、前回戦った時よりも威力が高い…徐々にレグルスがバシレウスを殺すべき対象として見始めているからだ。その痛みは最早耐え難い段階にまで至り悲鳴をあげ苦しみ悶える。
痛い、痛い、痛い、苦しい、苦しい、苦しい。奴がちょっと本気出しただけでもう太刀打ちができなくなった…こんなの、こんなの…!
「ッッ何やってんだ俺は!」
のたうち回りながら近づいているレグルスを睨み、叫ぶ。何をやってるんだ俺は、こんなところで、ガオケレナの言うこと聞いてその気になって。それで何でこんなのと戦わされなきゃならんのだ。
血を流し、熱くなった血液が急激に冷却され、冷静になる。冷静になって考えてみたら…こんなバカな話ないだろう。
「まだ生きているか、煩わしい。早く死ね」
「ぐぶぉっ!?」
釣り上げられた魚のように苦しむバシレウスの腹をレグルスが踏みつければ噴水のように血が噴き出る。
アホらしくなってきた、何が修行だ、何が鍛錬だ、こんなのただ殺されに来てるだけじゃねぇか。馬鹿馬鹿しい!逃げてやる…もうガオケレナの言うことなんか知るか!
「ゔっ…ぐっ…」
「逃げるか?フンッ…大したこともない」
逃げるんじゃない、もう相手するのをやめただけだ。もう魔女大国もマレフィカルムも魔女もガオケレナも関係ない、知るか全部。俺はもう好きに生きてやる、俺は俺より弱い奴を殺して、それで……。
『バシレウス…お前は』
「ッ……」
嗚呼、嫌だ嫌だ…来る。こんなに苦しいのに…来てしまう。耳にこびりついた呪いの言葉、脳を揺らす記憶、いつも抑え込んでいる『アレ』が…頭の中で木霊する。
『お前は…悪魔だ』
「グッ……」
脳裏に響く、記憶の声。浮かぶんだよいつも…死を前にすると…『アイツの顔』が、アイツが俺にかけた呪いが…俺の足を止める。
『お前は悪魔だ、鬼だ、化け物だ…だが…お前は、それでいい…なんせお前は…』
「蠱毒の…魔王……」
分かってんだよそんな事!今関係ねぇんだよ!死んじまうだろこんな状況で!クソ!クソ!
「クソがああああああああああああ!!!!」
「む!立ち上がって───」
「『ブラッドダイン…!」
立ち上がる、立ち上がってしまう。もうこのまま逃げて言いつけ通り将軍でも探してとっとと終わりにしようと考えていたのに、諦念を塗りつぶすあの声が再び俺に立って戦うことを要求する。そしてもう相手をするのをやめようとしたレグルスに向け俺は手を向けて。
「『スレイヴ』ッ!」
放つ。血を媒介にする血命供犠魔術を。血を使うからこそ…傷付けば傷つくほどこの魔術の威力は上がる。全身血塗れだ!こいつでちょっとは…。
「その魔術は既に見ている、魔術式も解明済みだ」
「なっ!?」
しかし、最早それは直撃する以前の問題だった。レグルスに当たる前に俺の魔術が露のように消えて…これは。
「は…?防壁…?」
「魔女は皆特殊な防壁を持つ。私は…そうだな、確認した現代魔術全てを無効化出来る、魔力攻撃も含めてな…つまり、お前の攻撃は効かん」
「そんなのありかよ…デタラメが過ぎんだろ」
ただでさえ強いのにこんなアホみたいな防壁まで持ちやがって…冗談じゃない、やっぱりこんなのの相手するのなんか…やってられるか。
…けど……。
(今の防壁の動き……)
本当に偶然だった、偶然魔力の動きを見て先読みをしようとしてきたところで…確認出来た、レグルスが防壁を発動させようと魔力を動かす瞬間が。複雑怪奇でとても把握出来る物じゃなかったが…。
脳に一つの考えが突き刺さる…今俺が相手にしているのは、超常の力を扱う化け物ではなく、自分と同じく魔力を高め極めた達人でしかないのではないか…と言う考えが。
「死ね、世の悪因…!」
「ッ…まだ死ねるか、俺は!最強だッッ!!」
レグルスがトドメを刺そうと拳を握る…来る、今まで一番のやつが…!死ぬ…流石に。
いや、まだ死ねないんだよ、俺は…最強なんだから、最強であることを証明しない限り、俺はまだ…死ぬことは─────。
「バシレウス様!」
「チッ、助けか」
しかし、エリスを助けたレグルスのように…俺にも助けが入る。ガオケレナじゃない、アイツはそんな殊勝な奴じゃない…助けにきたのは、もっと責任感のある。
「ダアト…」
「貴方なんで魔女と戦ってるんですか!アーデルトラウトは!?ゴッドローブは!フリードリヒは!ターゲットは将軍でしょ貴方!」
ダアトだ、凄まじい勢いで飛んできたダアトがレグルスに向け銀の錫杖を振るいその手を止めたのだ。レグルスが片手で受け止める…防御したんだ、魔女が。
しかもなんかめっちゃ怒られる…仕方ないだろ、俺だって別に魔女に喧嘩売ったわけじゃねぇし…もうちょいいい勝負が出来る予定だったんだから。
「ほら!早く逃げてください!」
「……怒ってんのかよ…」
「女子か!今それ言ってる場合じゃないでしょ!」
「貴様、ダアトだと?…バシレウスを助けるつもりか」
「ああもう!ほら!バシレウス様!」
ダアトは傷ついた俺の前に立ち慌てて逃げろ逃げろと叫ぶ。けど……。
「ダアト、お前レグルスと戦え」
「え!?流石に倒せませんけど…」
「いい、奴に防壁をもう一度使わせろ…奴の技をもう一度見たい…」
「えぇ……つまり私があれと戦って、防壁を…ですか。いや私も普通にこのまま離脱するつもりだったんですけど」
ダアトは嫌そうに頭をガリガリ掻きながら…。ため息を吐くと。
「でもまぁ私、貴方の教育係兼お目付役なので…貴方の役に立つなら、頑張りますよ…けど帰ったらちゃんと言うこと聞いてくださいね」
「分かった、やれ」
「分かってんのかなぁ本当に…」
そう言いながらもダアトはクルリと錫杖を回し…レグルスの前に立ち。
「そう言うわけです、魔女レグルス。ここからは私が相手です」
「……………」
戦うことになる、孤独の魔女と…現マレフィカルム最強の幹部が。
……………………………………………………
「魔女と戦うのは初めてなので、油断しつつ手加減してくださいね」
(こいつ…魔力が見えん)
レグルスはバシレウスとの戦いの最中乱入してきたダアトを前に、その脅威度を計算しバシレウスの放置を決める。バシレウスは危険だが…今しがた現れたこの女。
今の一撃、かなりの威力だった。こちらもこちらで放置出来ん、マレフィカルムはどうやら相当良い人材を揃えているようだ。
「ダアト…と言ったな」
「はい、そうですよ」
「お前の名前は聞き覚えがある。エリスが言っていたぞ」
「おや、エリスさん…貴方に私の事チクったんですか?」
「ああ、随分酷い目に遭わされたのとな…。師匠として許せんよな、この行いは」
ボキボキと拳を鳴らしながら笑う、ダアトの話は聞いている。なんでも識確を使うびっくり人間だとな。まぁ恐らくそっちはおまけ、本命は魔力闘法と武術を合わせた徒手空拳。それもかなりハイレベルな物。
「マレフィカルム最強…だったな」
「一応、そう言うことになってます」
「ならお前を殺せば弟子の旅路が楽になるな。弟子の報復も兼ねてお前にも死んでもらう」
「はぁ…噂に聞くよりも過激な方ですね。ほんとーに師弟そっくり!」
「そんなに褒めるな、嬉しくて…手加減し損ねるぞ」
「ッ!」
魔女レグルスの一撃を受け止める、魔力噴射を活かした加速…だがただ魔力噴き出しただけではこうも上手く加速出来ないのをダアトは知っている。
体重移動、慣性の制御、魔力放出の入射角と強弱のタイミング。全てが数式で表せる程に計算され尽くされていると一目で分かる。百年に一度の天才が五十年鍛錬を積んでただ一度だけ再現出来るかどうかと言う絶技を容易く行うレグルスにダアトは苦笑いを浮かべる。
「すんごい技ですね、それ」
「受け止めたお前も…なっ!」
「フッ!」
銀の錫杖でレグルスの二撃目を防ぐ。魔女の攻撃を防げるのがすごい…か、違うんだ。防げなければ死ぬのだ。これを何発も貰って立ち上がれるバシレウスが異常なんだ、普通こんなのもらえば内臓が破裂して口から胃袋が射出され五体が引き裂け絶命する。
だから死に物狂いで防ぐ、一か八かで防ぐ。例えタイミングドンピシャに合わせた防御でも少しでも何かを見誤ればそのまま地獄行きなんだ、こんな割に合わない賭けもまぁ珍しい。
「私はバシレウス様みたいにタフじゃないんです!」
「知ってる、防壁を使えないんだろう?魔力が内向きに流れているから体外に放出出来ない…絶大なバッドアドバンテージだな、この領域での戦いに防壁無しはキツかろう」
「ええ…まぁ、その分目が研ぎ澄まされましたがね…ッ!」
そしてレグルスの拳を弾いたダアトはそのまま体制を整え…。
「剛の型・一閃ッ!」
肘から魔力を噴射させレグルスに向け叩き込む。ダアトの体は魔力を内側に凝縮させる特異な性質を持つ。そうやって溜め込まれた魔力を放つことが出来る鉱石を通じて高水圧噴射のように放つことにより通常の百倍以上の勢いで魔力を放つことが出来る。
確かにダアトは防壁を持たない、だが一瞬だけ…瞬間的な魔力噴射力ならば恐らく世界最強。魔女を除けば史上最強と言っても良い速度と鋭さを持つ。
「フンッ!」
レグルスはそれを片腕で受け止める、だが逆に言えば防壁では防げないと判断したのだ。それほどまでにダアトの一撃は凄まじい。
…なるほど、これは流石にエリスでは倒せん。魔力を感じ取れないから分からないが、技の冴えと練度だけを見ればこいつは第三段階、それも将軍達と同じ第三段階最上位に位置している。そう口の中で唱えるレグルスは口元に笑みを浮かべ。
「流石はマレフィカルム最強だ、バシレウスより楽しい勝負が出来そうだ」
「それは良かった、雑魚だと言われたら泣くところでしたよ!」
その瞬間二人の姿が消失する。いや…肉眼で追える速度を超越して移動を開始したのだ。部屋の中を駆け巡り飛び交いながら打撃の応酬を繰り広げる。
「だが不思議だな!これほどの実力があれば今のエリスならば苦もなく倒せただろうに!」
「私にも色々あるんですよ!あの人を殺すわけにはいかないんです!無理にでも気絶で無力化しなくてはいけなかった!なのに!」
レグルスの一撃を魔力放出で回避し壁に足をかけ…、再び魔力を放ち再加速しレグルスに向けて飛び。
「あの人!蹴っても殴ってもなかなか倒れないから苦労したんですよッ!どんな育て方したんですか!鉄でも食べさせてたんじゃないかってくらいタフでしたよ!」
「私の弟子だぞ!そのくらい当たり前だ!」
「むむっ!」
ダアトの渾身の飛び蹴りを受け止め、そのまま足を掴み一気に地面に叩きつけようとするレグルスに対してダアトは腕から魔力を放ち衝撃を緩和しようとする…が、それよりも前にレグルスはダアトの足から手を離し…。
「そして!私はそれ以上だ…!」
「ぐっ!?」
足を振り上げ抵抗したダアトを上から蹴り付け地面に叩きつける。フェイントだ、叩きつけようとダアトの足を握る素振りを見せた瞬間手を離し蹴りを叩き込む。識の力で予知に近い予見をしても全く対応が間に合わない。
上回る、基本速度、瞬間速度、反射速度でダアトを。本気で戦ってまるで通用しない…その事実にダアトは冷や汗を流す。今自分が持っている全てを開示して戦ってるのに勝負になってない、だってレグルスはまだ魔術を使ってないんだ。
「参りましたね…これは」
「お前の魔力噴射力は大した物だが、所詮は大した物止まり…魔女に喧嘩を売れる段階にはない」
「そんだけ力あったら生きるの楽しいでしょうね…ッ!」
地面の上でクルリと滑るように起き上がると同時にダアトは手を叩き。…使う、出来れば魔女の前で披露したくなかった最大の奥の手…識確の力を。
「『認識阻害』!」
「む!」
その瞬間、ダアトの姿がレグルスの視界から消える…いや、正しく言うなればレグルスの目がダアトを認識する事が出来なくなった。視覚だけではない、嗅覚も聴覚も触覚もあらゆる感覚がダアトという存在を認識から外し、結果レグルスの世界からダアトが消失する。
「剛の型・一閃ッ!」
「ぐっ!?」
同時に鋭い一撃がレグルスの無防備な腹を突く。レグルスの防御を突破しその顔色を初めて変えさせる…いや、レグルスはこの攻撃に対してなんの抵抗も行う事が出来なかった。
認識阻害で意識がダアトを捉えることが出来ず、肉体が勝手に戦闘態勢を解除してしまったのだ。
(今のは間違いない、識確魔術…それに今の感覚…)
咄嗟にレグルスは後ろへと飛び退く…が。
「『認識拡散』」
「くっ…!」
ダアトの姿が四方に拡散する。古式幻惑魔術にも似た現象を前にレグルスは咄嗟に防御姿勢を取る。識確の恐ろしさをよくよく理解しているからだ。
六大属性の識とは即ち人そのものを指す。人の知識が作り上げる文明、人が介在する事で変質した世界、そして人が世界そのものを認識する事で世界は形作られるという思想のもと発見され魔術として組み上げられたこの属性は全属性・全魔術の中で最も対人戦に秀でている。
人が人である以上、識は確実に効果を発揮する。魔女もまた人…その効果を防ぐ術はない。
「剛の型・神槍ッ!」
「チッ!」
微かに耳を突いた風を裂く音。これに反応したレグルスは咄嗟に飛び上がり飛んできた錫杖の一撃を回避する。攻撃は分かった、だが攻撃の出どころは依然として不明。面倒な魔術だ。
「エリスが言った通り、お前は識を力として使うことが出来るようだな」
「ええ、売りなので」
「だが妙だな、お前…それ魔術じゃないな?」
「はい、識確魔術そのものではありません」
こうして声をかけても姿が見えない。声の出どころさえ分からない、されどレグルスは考える、これは魔術ではない…完全なる識確魔術は詠唱を必要とするがこいつのそれは詠唱を必要としていない。さながら現代識確魔術と言ったところか。
それに…先程から感じるこの違和感。…いや今はいい。今は……。
「このまま一気に持ち込ませてもらいます!」
「………」
そして、レグルスに対しさらに攻撃を仕掛けようと識確にて姿を眩ませたダアトは一気に拳を握りレグルスに向け突っ込み。
「そこか」
「え!?」
が、しかし…掴まれる。放った拳がレグルスに掴まれる。今のダアトをレグルスは認識出来ない、姿が見えないなんてレベルじゃない…そこにいる事自体を思考出来ない筈。
しかし現実は無常、レグルスは確かにダアトの攻撃を受け止め…その目でダアトを見ている。
「なんで…」
「『真理眼・仮式』…凡ゆる物を見通す魔眼術の奥義にして、対識確特化型の技だ」
真理眼…熱視や遠視、魔視、透視と言った魔眼術の技とはまた別の方向性に存在する魔眼術の奥義。その力は『凡ゆる影響を受けず真実を見通す魔眼』である。これを使えば古式幻惑も防げるし…何より識確での干渉も防ぐことが出来る。
という情報をレグルスから受け取ったダアトは冷や汗を流し。
「そ、そんな物があるんですか?」
「本来はない、これは私がとある識確魔術師と戦う為に編み出した技だ…。お前の識の力がそいつに酷似していたんでな、試しに使ってみたらこの通りだ」
「識も通用しないとか、貴方何なら効くんですか…」
八千年前、同じくとある識確魔術師の相手をしたことがある。そいつも同じように…いやダアト以上の練度で識確を使い我等魔女を苦しめた、奴に勝つ為に…私が独自に編み出した魔眼の奥義、その一つだ。
ダアトの動きを見ていたら、奴を思い出したんだ…。
「お前の使う技は確かに識だ、しかし何故それを使える。識は人間ならば誰しも持ち合わせるが…それを意図的に使うには特異な才能が必要だ。ましてやそれを武器にするなど…あり得ん」
識とは知識であり、意識でもある。人なら誰でも持ち合わせるし時折生まれる天才…そうだな、メルクリウス辺りなんかも見識の才能を持つ、あれは幾兆人に一人の天才だ。それ故に物事の本質を見抜く才能があるといえるだろう。
だが逆に言えばそこまでだ。どれだけの天才でも魔術もなく他者の認識を操ることなど出来ん。ダアトのそれは…不自然なものだ。
それを聞かれたダアトは…静かに笑う。
「……フッ…」
「答えろダアト…答えろと」
拳を握る、めいいっぱいの魔力を込めて。ラグナの使う熱拳一発のように凝縮されすぎた魔力が熱エネルギーを持ち始め赤く赤熱し…。
「言っているッッ!!」
「ッ…ぐぅっ!」
咄嗟に脱力し私の拘束を抜けると共に両手をクロスさせ私に向け魔力を放つ事で衝撃を和らげるダアト。しかしその程度で緩和されるほど生ぬるい一撃ではなく、その体は廊下を超えて更に奥へ奥へと吹き飛ばされる…のを、一足で追いかける。
「貴様!何か隠しているな!その識の力!一体どこで手に入れた!生まれつき持っていたものでは無いな!」
空中から雨のように拳を放つ、それをダアトは防ぐことしか出来ず錫杖を振るい必死に拳を弾き返し…チラリと私を見る。
「こ、このままじゃジリ貧ですねぇ…」
ダアトは考える、識による技も通用しない、徒手空拳では上回られる、識による先読みも試すがレグルスはそれより早く動く。ここまで自分の手札が通用しない相手も珍しいという物。
このまま、出し惜しみを続ければ…ダアトは負けるだろう。負ければ死ぬか…ならば。
(死ぬくらいなら、使いますか…仕方ないッ!)
金属音を上げ、ダアトの錫杖とレグルスの拳が衝突する…その一瞬の隙を突き。
「ならお答えします、ここならエリスさんも他の帝国兵もいないですしね」
「ッ……」
「私が識を使える理由?決まってます…それは私が…」
ダアトは口を開く、そしてレグルスの目を見ながら…こういうのだ。
「─────────────」
「な……」
もたらされた情報の重大さに、レグルスは驚愕の色を隠せなかった。想定すらしていなかった返答。識の力の出所…それはレグルスでさえ想像だにし得ぬ場所からもたらされていた。
これがもし、眉唾や偽りでないのなら…事態はレグルスが想像するよりもずっと深刻な状況に進んでいると言え──。
「隙を見せましたね!剛の型!山崩!」
「ぐっ!」
真相を前に一瞬動きを止めたレグルスに向け、ダアトは全身から魔力を放ちながらタックルをかます。全てはこの一瞬の為、レグルスから思考と行動の余地を奪い連撃と連撃の間に隙間を作る為。
今この場をなんとかやり抜けるには、これしかない…ダアトはチラリと一瞬レグルスの背後に目を向ける。
(バシレウス様は今も観察モード中、レグルスの動きを観察し満足するまで私にこのまま戦わせるつもりなんでしょうね。…幸い今の話は聞こえてなさそうですが)
視線をレグルスに戻す。このまま戦っても勝ち目はそもそもの話無理として、バシレウスを満足させる結果も得られない。だからこそ…今はせめてバシレウスを満足させられる戦闘結果を出して逃げる方向で持っていくしかない。
…このままやっても死ぬなら、どうせ…。
そう考えたダアトは胸に手を当て…。
「…魔力覚醒」
「む」
レグルスは気がつく、今の話、そしてこのタックルによる距離確保。それは魔力覚醒を行うための布石、確実に覚醒を行うための土壌を作っていたに過ぎない事に。
胸に手を当て決意の表情を浮かべたダアト。ただでさえ内側を向いていた魔力はより魂に吸い寄せられるように胸の中心に向かって伸びていく。
これは…仲間内にも見せたことのないダアトの秘奥。
「『無二のモノゲネース』…!」
青い粒子が体中から放たれ…やがて光そのものと化したダアトの肉体は、さながら人型の光粒子のように輝きを放ち、静かに構えを取る。
「レグルス様…失礼致します。私…ちょっとマジでやりますね、命懸けで」
それは、識確の力を応用した…エリスと同じタイプの覚醒で─────。
…………………………………………………
一方、レグルスに守られたエリスはその場に留まっていた。あれから師匠とバシレウスがどうなったのか、気になる事はあるものの瀕死のメグを置いていくわけにも行かず手持ちのポーションでメグの看病をしていた…その時だった。
「え…?」
エリスは偶然にもそいつと鉢合わせた。ポーションを数本使いメグさんの傷をある程度まで治し、落ち着いて師匠の現在地を探ろうと…顔を上げた時、そこの廊下の曲がり角から現れた影に…驚く。
「あ、貴方は……」
「…………」
その影は、エリスに気がつき…その顔をこちらに見せるように視線を向ける。間違いない、見間違いでもない、やはり…そう確信しながらエリスはその影の名を呼ぶ。
「貴方は…ケイトさん!?なんで貴方がここに!」
「……………」
そこにいたのは、この場にいるはずのない存在…冒険者協会最高幹部ケイト・バルベーロウさんだった。