579.其れは蠱毒の魔王、或いは神を降ろす手
突如、巻き起こった未曾有の大事件。マレフィカルム総帥のガオケレナ・フィロソフィアが大軍を率いて帝国首都マルミドワズを襲撃すると言う前代未聞の事態に帝国中はひっくり返るような衝撃を受けていた。
セフィラ五名、マルス・プルミラ数十名、八大同盟傘下組織数百、そしてマレフィカルム元帥。かつてアルカナが起こした帝都襲撃を遥かに上回る規模と戦力で行われる大乱。有史以来確認される限り最大の魔女大国と反魔女派の戦い。
そんな大事件の中心に立つのは…一人の青年。
「……………チッ」
彼は天を舞う、空を漂う帝都へ攻め込む為作り上げられた一つ目の龍から飛び降りながら、味方が開けた大帝宮殿へ通じる大穴目掛け飛び降りながら彼は想起する。
『この戦いで『将軍のうちの誰かの首を一つ』持ってきなさい』
思い返し、舌を打つ。偉そうに命令されるのは好きじゃない、だが同時にアイツの言うことを聞いてるうちは自分は強くなれるのも事実だと納得する。
この戦いで将軍を討つ、世界最強の大戦力達のうちの誰かを殺せばそれで良い。簡単なことではないのはわかってる、だがそれでも自分には強くなる以外の選択肢はない。ならば今やれることは…やりたいことは。
「………全員殺す」
一人と言わず全員殺してやる、将軍をじゃない…帝国にいる人間全員、兵士も民も皇帝も何もかも。そう決意し彼は…生命の魔女ガオケレナの弟子バシレウスは三つ目の龍が開けた穴目掛け飛び降り…大帝宮殿へと降り立つ。
白い髪と赤い瞳、そして黒いコートに銀の装飾をあしらったパンクな姿を晒しながら彼はポケットに手を入れ周囲を見回す。
「………いっぱいいやがるな?」
「だ、誰か降りてきたぞ!」
「クソ!貴様らマレフィカルムか!」
バシレウスが降りた先は大帝宮殿の廊下。帝国の軍部は大帝宮殿内部にある、故に襲撃を受けてからの対応は早く、既に廊下には視界一杯の帝国兵が武器を構えて待ち受けていた。魔女排斥組織が見たらおしっこ漏らしながら命乞いをするレベルの大戦力…。
それを前にバシレウスは関節を鳴らしながら口を開く。
「一応聞いておいてやる、将軍を出せ。そうすりゃ逃げるだけの時間をやるかもしれないぜ?」
「何を言っている…貴様ッ!貴様ら魔女排斥組織の要求を呑むわけがないだろうッ!殺せ!マレフィカルムは皆殺しだッッ!!」
「あ〜そうかい」
要求をして、それで聞いてくれれば楽だったんだが。とバシレウスは浅く笑いながら両拳を握る…と同時に帝国軍が一斉に襲いかかる。
まぁどの道、最初から逃すつもりなんてのはない。全員纏めて…殺すつもりだッ!
「じゃあテメェらで準備運動でもさせてもらうからッ!」
「やれぇーーーッッ!!」
瞬間、帝国兵の手から振り下ろされるのは帝国軍の標準装備『十徳魔装カンピオーネ』。槍型の魔装は穂先から高密度の魔力を噴射し刃の代わりとしている。訓練を積み並大抵の兵士では太刀打ちできない程に研ぎ澄まされた一撃と武器を前にバシレウスを軽々と槍を掴み逆に引き寄せ。
「雑魚じゃ相手にならねぇな…!」
「がぶふっ!?」
一撃、引き寄せた顔に裏拳を叩き込めば兵士は鼻や口から血を噴きながら顔を変形させ、遥か彼方に弧を描き飛んでいく。それを見た周りの兵士達は…驚愕しつつも即座に武器を構え。
「ひ、怯むなぁッ!!」
「暴れてばいつか来るか?」
次々と攻め込んでくる帝国兵をたった一人で片付け始める。バシレウスの身体能力は常軌を逸しており、反応速度、反射神経、そしてそれを一つの武器として昇華させる剛力。全てが人の域に無く、彼が一度腕を振るえば。
「ぐぁぁあ!!!」
人が吹き飛ぶ、拳によって叩き飛ばされた兵士に他の兵士が激突しそれでも止まらず被害が拡大する。そんな一撃をバシレウスはなんでもないように振るい、まるで草むしりでもする様に兵士を片付けていく。
一騎当千、天下無双、或いは世界最強…そんな言葉が透けて見える程の圧倒的強さは、最早数や武装の差でどうにかなるものではない。
「邪魔ッッ!!」
「ぐぼはぁっっ!?」
「近接戦は仕掛けるな!一斉掃射準備!」
バシレウスの蹴りが十数人を纏めて吹き飛ばしたあたりで兵士達は距離を置き、カンピオーネを変形させ砲撃姿勢を取る。そしてバシレウスに狙いを定め…。
「カンピオーネ砲撃形態!掃射!!」
「…あ?」
キラキラと無数の煌めきが視界で輝いたかと思えば数百を超える砲塔から魔力弾が雨のようにバシレウスに降り掛かる。人体にあたればそれだけでカケラすら残らない大射撃、しかしバシレウスの中に恐怖はない、それを証拠に彼の口元は笑みを浮かべ。
「カァッ!」
喉を鳴らしながら吠え、巨大な魔力防壁を目の前に展開し、それ一つで数百の魔力弾を防ぎ弾き返す。まるで城壁のような分厚さの防壁を前にあらゆる攻撃が無効化されているのだ。
通常、数センチの防壁でさえ殆どの攻撃を弾き切る点から考えるに、今ここでバシレウスが展開した防壁が常軌を逸したレベルの物である事は、防壁を扱えない帝国兵から見ても明白なものであった。
「な、なぁっ!?防壁!?しかも…なんて分厚さ」
「そんな小道具に頼らなきゃ、こんな事も出来ねぇ雑魚が世界最強の帝国軍?笑わせる…」
そしてそのままバシレウスが指を一つ鳴らせば。そのまま防壁は変形し、まるでウニのように棘を作り出すと…。
「お前らにもう興味がない。早々に消えろ」
「防壁形成…アイツ、どこまで───」
結論を言おう、ただの防壁形成術ではない。バシレウスが防壁を変形させた棘はそのまま砲弾のように空を飛び兵士達に向け降り注いだ。放たれた棘の中には大量の魔力が凝集されており、防壁が炸裂すると共に爆発を起こし全てを削り飛ばす。
そんなものが雨のように降り注ぐのだ、まさしく絨毯爆撃とも呼べる現象を魔術も使わず彼は単独で作り上げる。
「こんなもんかよ…ん?」
自分の歩く道を自分で作り上げたバシレウスは一歩踏み出す、と同時に何かに気がつき、左側に向け指先を立て防壁を展開する…と同時に、降り注ぐのは巨大な魔力砲弾。
それが炸裂しバシレウスを避けるように爆炎が広がり周囲が焼け焦げる。今のはカンピオーネによる一撃ではない…これは。
「よかった!戦術級魔装が間に合った!」
「鉄人形か…?」
廊下を敷き詰めるようにこちらに向け疾駆してくるのは2メートル強の鉄の人形。それが手の魔力大砲を向けながらバシレウス目掛け走ってくる。
バシレウスは知らない、あれは帝国が作り上げた新時代の魔装…『人型駆動魔装コロッサス』。鉄鎧型魔装アヴァラガを更に進化させ運動能力・機動力・攻撃性能を全て数段階進化させた最新型戦術魔装兵器だ。
近接型、遠距離型、特殊型に分かれており昨今各地で魔女排斥組織の殲滅に投入され絶大な成果を上げているカンピオーネに次ぐ新たな量産兵器だ。
その性能は一般兵士の実力を一線級にまで引き上げる。事実その攻撃は…。
「『防壁突破砲』発射!」
「お…」
鉄人形の陣営の奥にいる、両手が砲台となった巨大な人形から放たれた筒状のような何かを放つ砲撃をバシレウスは防壁で受け止める…が、直ぐに気がつく。
「そう言うタネか…」
放たれたのは砲弾ではない…砲台から『砲台』が放たれたのだ。バシレウスが防壁で受け止めた瞬間、筒が展開され更にもう一発。中から鋭く尖った槍のような鉄の塊が防壁を撃ち魔力を引き裂いていく。
防壁に対して二連続で衝撃を与え、零距離から鋭利な突起をぶつける事でインパクトを一点に集中させる事で防壁内部に攻撃を届かせる仕組み。並の防壁ならこの一発で破壊出来る、だがバシレウスのような強力な防壁はこれ一つでは破壊出来ない…が。
『これ一つでは破壊出来ない』だけだ、帝国戦略の本懐は膨大な物量戦、一つでダメなら百を用意し、百がダメなら千を注ぐ。それを可能とする事自体が帝国の強さなのだ。
事実、バシレウスの防壁を傷つけた防壁突破砲弾が今、雨のように放たれ、やがて…。
「うぉっ!?」
集中砲火で防壁が引き裂け、ゼロ距離で放たれた鉄の棘がバシレウスの胸を叩き、バシレウスの体が宙を舞い吹き飛ぶ。
「やった!」
「吹き飛ばしたぞ!」
そのままバシレウスは地面を転がり…、数秒手足で空を掻くと共に慌ててヨロヨロと起き上がると。
「グッ…ゴァ…!?」
槍で撃たれた胸を掻いて苦しみ出した。効いている、攻撃が効いているんだと帝国兵は歓喜する。如何に怪物といえど肉体を持つ人間、であるならば物理攻撃は最低限効く、であるならば何度もこれを繰り返し、屠殺するのだ。
「今だ!効いてるぞ!畳み掛けろ!」
「グッ…ぅぐぅ…!」
そして苦しんだバシレウスはそのまま勢いよく腹を抑え、大きく仰け反ると…。
「おぇげぇっ!」
ブッ!と何かを口から吐き出した、それは地面をコロコロと転がり…。
「あ、鳥の骨。さっき捕まえ食ったやつ…喉に詰まってたんだ。お陰で吐き出せたぜ…感謝するよ」
「な…!?」
「猫かよ…」
今の槍の一撃で喉に詰まってた鳥の骨が取れたんだ。お陰で息が吸いやすい、丁度いい衝撃だったとバシレウスは笑う。が…笑えないのは帝国軍だ、防壁突破砲をその身に受けても、精々喉に詰まった骨を吐かせる程度。ダメージを負っている様子はまるでないのだから。
「お陰で詠唱がし易くなった…!」
そしてバシレウスは恐怖で動けなくなった帝国兵に向け、ゆっくりと腰を落とし手を前へ差し出し、両拳に魔力を纏わせ…。
「『ブラッドダインマジェスティ』ッッ!!」
「なッッ!?」
瞬間放たれるのは紅蓮の光、キラキラと一瞬の瞬きと共に爆発的に膨張した魔力は溶岩のように膨れ上がり燃え上がり、それが廊下を敷き詰めるように放たれ、全てを吹き飛ばす。
行使したのは血命供犠魔術と呼ばれる血を媒介にした極大破壊魔術。魔力を最も通す物質である血液をそのまま体外に排出し媒体として用いる事で魔力を増幅させ、絶大な魔力波動を放つと言う破壊一点張りの大魔術。バシレウスに与えられた至上の破壊法。
それは一撃で廊下の帝国兵を殲滅しあちこちで爆炎が噴き出し廊下を焦がし甚大な被害を発生させる。
「アハハハハハッ!壮観だなぁ!やっぱ魔術は…盛大にぶちかますのが一番楽しいや!」
「止めろ!奴を止めるんだ!これ以上先に行かせるな!」
「鉄人形動かして、楽しそうだなぁお前らは」
爆炎を超えて向かってくるのはコロッサス達だ、だが今更あんなの相手にもならないとバシレウスは凶悪な笑みを浮かべながらひとっ飛びでコロッサスの群れに突っ込み。
「お前らみたいな虫ケラ潰しても!面白くねぇーんだよ…!」
一撃で装甲を砕きコロッサスを爆裂させると同時に別のコロッサスに組付装甲を剥がし叩き潰し、また別のコロッサスに飛び移り…ただ一人、遊ぶように殲滅を行うバシレウス。
「こ、この化け物めッッ!!」
「俺が求めるのは!最強の証明だッ!俺ぁ世界で一番!強く無くちゃいけないんだよッ!だから!」
コロッサスを投げ飛ばし、拳から放つ魔力波動で跡形もなく吹き飛ばす。その戦いはアド・アストラ連合軍の元帥ラグナ・アルクカースのような…傍若無人な戦いぶり、いや…それ以上か。
「将軍を出せッッ!!俺が!ぶっ殺してやるぅァッ!!!!」
鉄人形を捕まえ、まるで粘土でも千切るように捻って引きちぎり、地面に叩きつける吠える、鉄屑の山の上で大炎を背にバシレウスは獣のように吠える。その絶対の実力と絶望的なまでの凶悪性。それは帝国軍を絶望させるに足るものだった。
「いたぜ!アイツだ!」
「なんて奴だ…まさかあれがアン殿を倒した白髪の怪物か!」
「ああ?」
すると、そんな爆炎の中に立つバシレウスを止めに来たのは。
「将軍か?にしちゃ弱そうだな」
「将軍がテメェの相手をするか!テメェの相手はこの俺!第十七師団団長テンゴウ・ハヌマーンが相手だ!」
「同じく第十九師団団長バルナバス・ノーム!貴様はここから先には通さん!」
「師団長か…」
向かってくるのは猿顔の巨漢テンゴウと熊のように巨大な髭面の親父バルナバス。両方とも師団長だ、単独で魔女排斥組織を殲滅させられる実力を持つと言う師団長達だが…バシレウスは大きくため息を吐く、ターゲットじゃないと。
「雑魚に用はねぇんだけど…」
「うるせぇ!死に晒せよッ!」
「フッ…」
耳に指を突っ込みあくびをしながらテンゴウが持つ巨大な棍の一撃を仰け反りで回避し…。
「キェエエエエ!起動せよ!特異魔装『大伐採』ッ!」
「よっ」
バルナバスが持つ巨大な大男による一撃を指二本で挟み受け止める。そして…。
「言ってんだろ、雑魚だって」
「ぐぉぉおおおお!?!?」
掌から魔力波動を放ちバルナバスを吹き飛ばす、その威力はバルナバスの防壁を一撃で粉砕し壁に叩きつけ崩落させ瓦礫の下に埋める程で。
「バルナバス!嘘だろ師団長がここまで通じねぇって…!」
「今まで厳しい〜特訓ご苦労さん、無駄だったけど努力は評価するぜ?まぁ嘘だけどな」
「なぁっ!?」
そのままバシレウスが軽く足を上げ放った蹴りがテンゴウの肘を打ち、それだけで骨が砕けテンゴウの手がブラブラと揺れ…。
「やっぱ、雑魚ばっかじゃねぇか」
「ぐぅ…ごぁ…!?」
崩れ落ちるテンゴウ、バシレウスの神速の拳を受けを泡を吹き倒れたのだ。その様を見た周囲の兵士は悟る。これは自分達の手に負える存在ではないと、理解する。師団長でさえ傷一つ与えられない程の強さを持つバシレウスは既に、人類では不可侵の領域にいる事を
バシレウスがかつて倒したアン・アンピプテラは師団長をの中でも上位の実力者だった。だがそれすらも彼は軽く踏み潰し、剰えそこから魔女の修行を受け大幅に力をつけているのだ。
最早、師団長如き相手にもならない。
「バシレウス様」
「あん?」
その瞬間、バシレウスの周囲を囲むように立つのは数十人くらいの男達。皆全身を黒の外套で身に纏い、外套の下から銀の鎧を覗かせる集団であり…それがバシレウスを守るように立つ。
「マルス・プルミラか」
「ハッ!我等『禁断騎士団マルス・プルミラ』…総帥のご意志により貴方を護衛致します」
「護衛だぁ?」
禁断騎士団マルス・プルミラ…セフィロトの大樹の戦闘員の中でもとびきりのエリートだけがなれる最上位戦闘員、ガオケレナ自ら選定し選ばれたガオケレナの枝葉だ。つまるところ簡単に言えば高級な捨て駒ってところだろう。
「護衛なんか必要ねぇしお前らに囲まれてちゃ戦えねぇ、それともお前らごと蹴散らして戦ってほしいか?」
「総帥は貴方に死地を経験させる為この場に送り込みました。しかしそれはそれとして今貴方に死んでもらっては困るのです、貴方はまだ魔王ではない。完全に開花するまでは…」
「うるせぇってんだろうが…!だったら俺の餌になる将軍探してこいよ役立たずの使いっ走り共ッ!それも出来なきゃ俺は今すぐここにいる全員殺すぞ!」
「……………」
マルス・プルミラは困ったように全員が視線を動かし相談し合う。マルス・プルミラは総帥の言うことしか聞かない、極論を言えばバシレウスに従う義理はない…だが。
「畏まりました、未来の主人よ。将軍を見つけ次第貴方に連絡いたしましょう」
「早く行け役立たず共」
それでもバシレウスの命令を聞くのは、ガオケレナ自らがバシレウスを自分の後任…つまりマレフィカルム次期総帥に推しているから…、とマルス・プルミラは思っているからだ。実際ガオケレナにそのような意志があるのか、バシレウスにその気があるのかは不明だが、ここで言う事を聞かないわけにもいかない。
そう感じたマルス・プルミラ達は虚空に消えるようにその場から立ち去る…。
「ようやく静かになりやがった」
そもそも何が護衛だ、護衛をつけて死地に行く奴が何処にいる。マルス・プルミラはガオケレナの意思で動くがガオケレナと意思の疎通は取らないと言う奇妙な集団だ。あれに関わってると気分が悪くなる…それより。
「さて…んじゃ〜、ここにいる人間全員殺していけばそのうち来るだろ将軍も来るだろう…」
「ヒッ…!」
「頼むからデケェ〜声で痛がってくれよ…?」
パキポキと拳を鳴らし周囲に倒れる兵士に向かうバシレウス…。このまま殺戮を繰り返せば放置出来なくなり、そのうち将軍が来るだろうと計算した彼は加虐的な笑みを浮かべ兵士を手にかけ────。
「師団長が相手にならんか、なら私が出る」
「は?…グッッ!?!?」
しかし、その瞬間。いきなり飛んできた拳がバシレウスの体を大きく吹き飛ばし廊下の奥へと叩き飛ばす。そのまま壁に叩きつけられたバシレウスは慌てて壁から這い出て…。
「いってぇ〜…誰だ…?」
「御目当ての…将軍だよ!」
「ッ…!?」
そして再び、唐突に側面に現れた女の一撃を受けバシレウスは仰反る。そいつが着ていたのは…師団長の白コートとは違う、黒いコート…間違いない。
「将軍か!マジで来たのかよ」
「ああそうだ!将軍アーデルトラウト!貴様の相手をしてやる!」
将軍が出てきた、アーデルトラウト…将軍の中でも若手に入る次期筆頭将軍最有力候補、紅の髪に紅の槍を携える達人はバシレウスを弾き飛ばしながらも油断する事なく手元で槍を回転させながらこちらを見ている。
あれがガオケレナの言ってきた将軍、あれを倒せば自分はさらに上にいける。こいつを殺せば少なくともガオケレナからのお題は達成だ!
「テメェを殺したかったんだ!内臓ぶちまけて死ねや!」
そしてバシレウスは体勢を整え片手から壮絶な魔力衝撃を放ちアーデルトラウトを吹き飛ばそうと力を使い───。
「こんなものか!」
「は?」
しかし、バシレウスの放った一撃はアーデルトラウトの槍の一撃で弾かれ天井へ向かう。魔力衝撃を弾き飛ばされたのは初めての経験だ、何がどうなっているんだと理解出来ず目を丸くするバシレウスに…。
「『ラグナロク・スコルハティ』!!」
「げぅっっ!?」
叩き込まれる横薙ぎの一撃、穂先に魔力を集中させた魔法にてバシレウスの体を撃つ。それはバシレウスの分厚い防壁を一撃で叩き砕きそのままバシレウスを再び壁に叩き飛ばし、壁を貫通させて向こう側の部屋へと押し飛ばす。
「グッ…がぁっ!クソッ!!いてぇ!」
「私の一撃を受けて痛いで済むか。体は頑丈そうだな」
(なんだ今の、俺の魔力よりよっぽどデケェ…これが将軍かよ、なるほど他のセフィラがたたら踏むわけだぜ…!)
少なくとも今の一撃はバシレウスの魔力衝撃の数倍近い濃度で放たれていた、あんなの一個人が持っていい魔力量じゃない。いやそれ以上に凄まじいのはそれを扱う練度か。
(なるほど、魔力操作術って奴か…ガオケレナが『大事だ』とかなんとか言ってた奴…こう言うことか)
レグルスと戦った後学んだ、魔力闘法。セフィラの人間は全員使える、俺だけが使えないとバカにされて話半分に受けた授業。
魔力は物質的な影響力を持たないエネルギーだ。だがそれは扱い方がなってない奴に限定される、元々どんなエネルギーの代替品にもなり得るのだから、扱い方によってはどんな事だって出来る。それが魔力だ。
固めて壁にも出来る、勢いよく放って攻撃も出来る、ただ効率は悪く才能がない奴は一生使えない。それが魔法…とかなんとか言っていた気がする。まぁ俺には才能があるから使えるわけだが。
「フンッ!」
「チッ!」
アーデルトラウトの攻撃を避けながらバシレウスは考える、魔法を会得してより始めて戦う格上との戦い、それはガオケレナが予測した通りバシレウスに多大な影響力を与えた。
ただ、口で言って教えられたり、手本を見せられたりするよりも…バシレウスは肌で体感した方が理解しやすいのだ。
「遅い!」
「ぐっ!?」
バシレウスの魔力防壁の展開よりも速くアーデルトラウトの打撃が飛ぶ。それを受け損ないバシレウスは膝を突く。
(速え…、けど目で追えない程じゃない。反応が遅れてる…いや、もっと動きを最適化させれば…!)
「口ほどにもない!」
「ッ!」
鬼神裂帛の猛攻、相対するだけでビリビリと皮膚が破れるような威圧と共に迫る槍の穂先を前にバシレウスは目を鋭く尖らせ呼吸を整える。目で見て追っては追いつけない、経験則と経験談で予測を立てれば欺かれる。故に直感、未来を見るが如き勘の冴えでバシレウスは手を動かし…。
「取った!」
両手で槍の穂先を受け止める。アーデルトラウトの神速の突きを受け止め笑う。
取れた、つまりこう言うことか!なるほどこれなら───。
「『バースト』ッ!」
「ごはぁっ!?」
しかし、受け止めた瞬間、槍の穂先から魔力が噴射されバシレウスの体を吹き飛ばす。アーデルトラウトの超絶とした魔力はバシレウスの防壁を常に砕き続ける。そしてそれ故に威力も凄まじく…。
「ぐっ…うっ…!」
「貴様、アン・アンピプテラを倒した奴だな…レグルス様とも打ち合ったと言っていたが、この程度なのか?」
バシレウスは勢いよく起き上がる。そして今の手の感覚を確かめるように手を開閉させ。
(今の俺が使ってる魔力衝撃と同じだな、槍の穂先でも撃てるのか…ってことはアイツがさっきやってた奴も…)
考える、感覚を確かめるように何度も手を開き、閉じて、また開く。その様を見たアーデルトラウトは眉をひそめ。
(こいつ…なんてタフなんだ。それに奇妙だ…私の攻撃を受けて、さっきから何かを確かめている…)
バシレウスの態度を見て奇妙な物を感じる。先程から積極的に攻めていない、攻撃を受けてでも何かを確かめようとしている、そんな感覚にアーデルトラウトは油断ならない存在であるとバシレウスを評価する。
「お前は早々に殺した方が良さそうだ…!」
「ッ…来た!」
「本気で行く!『タイムストッパー』!」
「オラァッ───」
その瞬間、世界の時は停止して─────………。
………………───────再び、動き出した時には。
「ッ居ねえッ!?」
「死ぬがいい!」
「ッぐぅっ!?」
タイムストッパーで側面に回り魔力を纏った槍の一撃でバシレウスを弾き飛ばす。防御も間に合わない一撃、放たれた魔力が大気を打ち据え轟音が鳴り響き周囲の壁や大地にヒビが入る程の強烈な一撃を前に、流石のバシレウスも悶絶し。
「グッ!き…効いたぁ〜…」
「…………」
押している、このまま行けばバシレウスを殺せる、そう言う段階にあってアーデルトラウトは更に警戒を強める。それは…バシレウスが時を止められる寸前に放った一撃…あれは。
(今アイツ、私のラグナロク・スコルハティを…真似していた?)
ラグナロク・スコルハティはただ魔力を爆発させているだけではない。圧縮した魔力を防壁で囲み、その上からさらに魔力を圧縮しそれを防壁で囲み、ミルフィーユのように何重にも魔力を纏わせ、それを神懸り的なタイミングで同時に爆発させることで絶大な威力を発揮する技だ。
それをバシレウスは…真似をして打とうとした、無論精度は比べるべくもなかった、だが…。
形になっていた、たった一度見て、たった一度真似しただけで技の構造を理解し即座に真似をした。
(なんて戦闘センスだ…、才能という面では私やフリードリヒ、それにラグナやエリスを遥かに上回っている…!)
「いてぇ〜なぁ〜…なんだその技は…もっと見せろよ」
バシレウス・ネビュラマキュラ最大の特徴、それはガオケレナが睨んだ通り…『吸収力』にある。
バシレウス・ネビュラマキュラは魔蝕の子であり、人間性を引き換えに人として完成された特性を持つ。それ故に絶大な動体視力と圧倒的な戦闘センスを持ち合わせ、一度見た技を把握する力に長けている。
知識の徴収、技術の強奪、人が神より火を盗んだように。人が木々を切り裂き自然を糧にしたように、バシレウスは自分以外の全てから奪い得る才能がある。それこそが彼の絶対性の一端だ。
魔術のような技はきちんと師事されなければ使えない…だが。魔法に関してはその限りではない、バシレウスは技や魔法を確実に模倣し吸収する力を持つ。故に一度見ただけでアーデルトラウトの魔法さえも模倣して見せたのだ。
(こいつ、あまり多くを見せるのは危険だ…)
「ふぅ〜…ふぅ〜…ようやく温まってきやがった、どんどん来いや!」
(こいつが積極的に攻めてこないのはその為か!こいつ!私を相手に修行しているのか!)
アーデルトラウトは警戒しつつ槍を構える、バシレウスの特性は理解した。こいつはこの強さでありながら未だ羽化していないのだ、この強さで未だ途上、それが瞬きの都度に進化を繰り返し急激に成長している。
以前帝国に現れた無垢の魔女ニビルような…いやあれ以上の吸収能力ということだ。だが…。
「だが…それでもッ!」
「ッ!」
踏み込みと共に一気に加速しバシレウスの胸に向け槍を突き出し──。
「取った!あれ?」
掴もうと両手を前に出すが空を切る…槍を寸前でアーデルトラウトは引っ込めたのだ、そして…。
「技があまりに荒削りだ!」
「ゴッ!?」
瞬間槍の穂先がブレ何度もバシレウスの体を打つ。膝を、腹を、頭を、腕を、胸を穂先で打ちのめす。数拍遅れてバシレウスの全身から血が噴き出て、その怒涛の連撃にバシレウスはバランスを崩し…。
「『ラグナロク・スコルハティ』ッ!」
「グッ!?」
叩きつける、槍先に集中させた膨大な魔力の塊を。それは直撃と共に炸裂し大地を砕き、天を揺らし、世界を恐怖させ、そしてバシレウスを再び叩きのめし…打ちのめす。
消失するが如き勢いで吹き飛んだバシレウスは壁にめり込み、ガラガラと大帝宮殿の壁面が崩れていく。
「いくら才能があろうとも、悪いな…私も所謂天才なんだ、才能勝負なら負けはせん」
「……ッ」
生まれながらにして絶大な魔力を持ち、魔力操作の才能を持ち得た天然物の天才。それがアーデルトラウトだ、皇帝をして人類の極致とまで言わしめる絶世の天才。ただ才能をぶつけ合うだけの戦いならば負けはない。
「さて、続けるか」
「……面白れェ…」
しかしであるからこそ、相手が強いからこそ、立ち上がるバシレウス。どれだけ打ちのめされても嬉しそうな笑みを浮かべ続ける魔王の卵を前に槍を構えるアーデルトラウト…二人が睨み合う。そして───。
「無茶しすぎですよバシレウス様ぁ〜〜!」
「ッ…なんだ!」
瞬間、アーデルトラウトに向けて飛んできたのは蛸の軍団。それが真っ赤な津波のように雪崩れ込みアーデルトラウトの体を包み押し飛ばす。
「なんだっ!?これは!」
「ホドか!」
「いきなり将軍相手はキツすぎますよ?もうちょい力つけてから行きましょう。貴方ならこの戦いの中で成長できるでしょうし」
ホドだ、藍色の髪をたなびかせ巨大な鷲に乗った女がアーデルトラウトを見下ろすのだ。バシレウスと同じセフィラの一角、栄光のホド。バシレウスのお目付役にして総帥の片腕が現れバシレウスを助け出す。
「貴様、セフィラの一角だな…!」
「そういう貴方は将軍アーデルトラウト…見かけより強いんですね。バシレウス様の相手はさせません、私が代わりに相手をしましょう」
「邪魔すんなッ!ホド!助けはいらねぇッ!」
「貴方このままやってたら死んでますよ、貴方に死なれたら総帥から大目玉喰らうんで…他所に行っててください」
そういうなりホドは両手の指を合わせ、舌舐めずりさせ…魔力を高める、発動させる。『栄光』のホドの魔術…。
「『生命錬金』…」
ホドの体を媒体に、肉体が増殖し…ボコボコと泡立ち、中から生まれてくる。大量の生命体が…。
「何だそれは…生命錬金?命を生み出しているのか…!?」
文字通り、自らの命を錬金術にて増殖させ、肉体を切り分け、組み換え、作り出す。体の中から大量の蝶が生み出され…。
「『蝶々破死』」
「ッ…!」
そして高速で突っ込んでくる蝶の群れ、それを槍の穂先で撃ち落とした瞬間。
「迂闊すぎですね」
────炸裂。まるで爆弾のように蝶が爆発し、アーデルトラウトを爆炎で包み込み、宮殿の一角を吹き飛ばす。
これが…ホドの魔術。失伝したと言われる古代魔術『生命錬金』…自らの肉体を媒体に新たな生命体を生み出す古の術。蝶でも蛸でもドラゴンでも…なんでも生み出せる。
そして当然、肉体を切り分けて生み出された生命体故、その一つ一つがホドと同じ力を持つ。その身を犠牲に魔力を爆発させ自爆する。セフィラ級の魔力を持った存在が多段で自爆すれば。
その威力は天災にも匹敵する。
「フンッ!爆発する蝶か…面倒な魔術を使う」
「今のを耐えますか、流石は将軍!さぁバシレウス様!行った行った!」
「今はお前の方が面倒そうだッ!『ラグナロク・スコルハティ』ッ!」
「あはは!『生命錬金・テンタクルスウォード』ッ!」
そしてそのまま戦いを始めてしまうホドとアーデルトラウト。槍を振るい全てを吹き飛ばすアーデルトラウトと無数のタコを生み出し、その全てに魔力形成にて刃を取り付け突っ込ませるホド。
両者共に凄まじい範囲での攻防故にバシレウスも…。
「はぁ、邪魔くせぇ…」
ため息を吐く。ホドを押し退けて戦うときっとアイツは邪魔をする。ホドは強いというよりひたすらに面倒な術策を使うタイプ。バシレウスが一番嫌いな相手だ、それにちょっかいかけられながらアーデルトラウトと戦っても多分何も得られない。
「仕方ない、他所を探すか。将軍は他にもいることだしな…」
そこでバシレウスは他の将軍を探すことにする。それにしても将軍か…文字通り世界最強格と言える強さ、何処か一面を取り上げたなら恐らく魔女に匹敵する部分も持ち合わせる怪物達…。
気に食わない…。
(俺は俺より強い奴の存在が許せない、俺より強い奴がいたら…意味がない…!)
もっともっと強くならなくては、強くならないと意味がない。そうでないと…。
自分の生きている意味が………。
「ん?」
ふと、宮殿内部を闇雲に走り回っていると…向こうの曲がり角を横断する影が目に入る。それは見覚えのある金の髪で…あれは。
「エリス…!」
自然と口角が上がるのを感じる。今そこに…エリスがいた!
……………………………………………………
「止めろ!勢いを挫くんだ!」
「クソッ!師団長達は何してるんだ!」
「敵が強くて手一杯なんだ!さっき下層で化け物みたいなのが暴れて二人やられた!」
一方、宮殿上部。魔女カノープスがいると思われる上層を目指してマレフィカルム達が一斉に殺到する。それを押しとどめる為帝国兵も奮戦するが…。
「クソッ!勢いが凄まじい!」
命を燃やすが如く突っ込んでくるマレフィカルムの突撃に苦戦を強いられる。何より一人一人が歴戦の戦士ばかりを集めたマレフィカルム兵は帝国兵を一時なりとも圧倒する。
特に…その勢いを生み出しているのは。
「そこを…退けェッ!!!」
「グァっ!」
手に持った剣で帝国兵を切り裂き自軍が進む道を作り出すのは白スーツの青年。彼は怨讐に満ちた目で立ち上がり…吠え立てる。
「魔女は何処だぁぁぁぁあああ!!!!」
「シュトローマンの奴、えらく気合い入ってるな」
「ジズが死んで、後がないんだろ…」
彼の名はシュトローマン…ジズの第一の部下としてエルドラド攻囲戦に参加していたジズ派唯一の生き残り。魔女の弟子達によってジズを倒され帰るべき場所も寄る辺としていた派閥も破壊され、文字通り一匹狼になった彼は復讐に燃え後先構わず突っ込み帝国兵を殺して回る。
「殺してやる殺してやる殺してやる!ジズ様を殺したコーディリア…いや!メグ・ジャバウォックの大切にしている人間!全て!」
彼はここに復讐に来た、ジズを殺したメグに対する復讐の為に。自分がされたように居場所を奪い大切な人も殺し復讐する為に。その勢いは自軍を更に勢いづかせ進軍の速度を上げる。
「落ち着けよシュトローマン、気持ちはわかるが突っ走りすぎだ」
「我々も共に戦っていることを忘れるな」
「ハンマーフィスト…グレン」
そんなシュトローマンの隣に立つのは逢魔ヶ時旅団の傘下組織のボス『ハンマーフィスト』…文字通り片腕が鉄の槌になった大男が暴れ狂い兵士を吹き飛ばし、その隣で猟銃を両手に持ち乱射する小柄な男はマーレボルジェ傘下組織のボス『グレン』。
二人ともシュトローマンに並ぶ実力者達だ。今ここに集まっているのはみんなこのレベルの強者達だ、故に帝国を相手に善戦出来ているのだ。
「この善戦は一時的な物だ、直ぐにステラウルブスから援軍が来る。総数をして億に届くと言われるアド・アストラ連合軍の本隊がな…その恐ろしさはお前も理解してるだろ」
「……ああ、アイツらにジズ派は皆殺しにされた」
「だから余計な体力は使わず、全力で進み続けろ」
帝国軍が世界最強だったのは数年前までの話、今最強なのはアド・アストラ軍だ。帝国軍はその一部でしかない、もし本隊が到着すれば確実に形成はひっくり返る。その前に決着をつける。
少なくとも今はこちらが有利なのだ、帝国軍は今混乱している、今しかない…そう感じた魔女排斥派達は上を目指して階段を駆け上がる、この上にカノープスがいると信じて。
「ここが最上か!」
そして、扉を開ける。階段の最上階にあった扉を開け、その総数を数万近い軍勢が階段の頂上にたどり着くと…そこは。
「ここは、屋上か…?」
「もしかしたら屋上に逃げ込んでいるかもしれない!探すぞ!」
屋上だった、空の上に位置するマルミドワズの屋上ということもあり、上を見上げれば宇宙が見える…そんな屋上の庭園を捜索しようとしたマレフィカルム達、だったが…。
「おい!あそこに誰かいるぞ!」
…見つけてしまう、屋上にいたソイツを。
「なんだアイツは、こんなところで何してるんだ…」
シュトローマンは一人呟く、そこにいたのは…屋上の中心に机を置いてそこで読書しながら紅茶を啜る、緑髪の女だ。帝国の軍服は来ておらず薄汚いローブを着て…この騒ぎの中で優雅に茶を飲んでいるのだ。
異様…その二文字がシュトローマンの脳裏に過ぎる。何かおかしい、あれは触らない方がいいかもしれない。そう思えど既に魔女排斥派達は武器を片手に緑髪の女を囲んでおり。
「おい、貴様何者だ」
「…………」
「答えろ!」
この極限状況で血の気が騒いでいる魔女排斥派達は剣を女に突きつける、しかし女はお茶をクピクピと飲み、視線を本に向けたまま。
「お構いなく私は帝国の人間ではないので」
捲し立てるように平坦な喋り方をするのだ。その口調に苛立ちを隠せないのはハンマーフィストだ。
「貴様この状況が分かってないのか!」
「分かってますよ包囲されてますね私が」
「なら答えろ、カノープスの居場所を」
「知りませんその辺の給仕を捕まえて聞いたらどうでしょうか私は帝国の人間ではないのでなんとも言えません」
「ッ……」
バカにされていると感じた、全員が。事実馬鹿にされているんだろう…だがここで、血気盛んな一人の戦士が剣を振りかぶり。
「いい加減にしろ!」
剣を叩きつける。女の本を叩き切り机の上にあるお茶やお茶菓子が宙を舞う…それが女の膝の上にパラパラと落ちて、女は微動だにせず…それに視線を下ろす。
「脅しだ、これは。分かるな?」
「……………脅しですか」
「ああ、だから…」
「回りくどいですね私なら一発でやりますよ」
「は?」
そして切り裂かれた本を静かに机の上に置いた女は…顔を上げその目で周りの魔女排斥派達を目にして…、表情を消す。
はっきり言おう、彼らは虎の尾を踏んだ…女の、いや…。
「死んでください」
────『探究』の魔女アンタスレの。
「うぉっ!?」
「なんだこれ!?」
「煙!?埃!?目眩しか!」
本を読んでいたアンタレスは、手を出すつもりがなかった。魔女は基本不干渉…そう聞いていたし何よりここは帝国、自分が手を出す謂れはないと静観を続けるつもりであった。
だが、アルクトゥルスをしてレグルス並みに短気と言われるアンタレスは、今の一撃でキレた。年甲斐も無くキレた…ブチギレた。故に全身から黒色の埃をブワッと放ち周囲に撒き散らしたのだ。
それを受け咳き込む魔女排斥派の兵士達、目眩しか嫌がらせかと思ったものの…アンタレスは動かない。目眩しならこれを機に逃げるはず、それさえしないアンタレスの意図が分からず…。
「貴様何をし────」
叫ぼうとした…が、それより前に鋭い爪を持ったアンタレスがその指をパチリと鳴らし。
「『死漿之黒薔薇』…」
そう口にする、響き渡る指の音…それと同時に、表出する。
「何を…し…何を、あれ?俺…あれ?」
「あれ?なんだこれ…なんか変だ」
「お?え?あ?」
周囲の兵士達が混乱し始める。アンタレスの周りに居て先程の黒い埃を最も吸った者たちが自分の頭を抱えて錯乱し始めるのだ。
「お、おい!何があった!どうし…あ、あれ?俺も…?」
「なんだこれ…なんだこれ…なんだこれ…なん────」
そして、錯乱がピークに至ったその時。最前列で混乱していた兵士のうちの一人が苦しみ出し…。
…………頭が爆裂し、その中から黒色の巨大な薔薇が肉を引き裂き現れたのだ。
「ひ、ヒィッ!?頭が爆発して───げぅっ!?」
「何が起こっ───ごぶぅっ!」
「まさかさっきの埃が───うげぇっ!」
「頭が爆発して中から花が!?こんな魔術聞いたことも───ぎゃぶっ」
次々と爆裂する兵士達、頭が爆発して中から満開の薔薇が現れ次々と死んでいく。
…やっていることはアマルトと同じだ。アンタレスが先程振り撒いたのは自らの血液を結晶化させた粒子だ、それを吸い込んだ物は体内にアンタレスの血を取り込み呪術の発動条件を満たしてしまう。
そしてその者の体を媒体にアマルトがよく使う『黒呪剣』の要領で血の薔薇を作り内側から肥大化させ頭を炸裂させる。つまり…彼らは先程の埃を吸い込んだ時点で死んでいたのだ。
「ひぃいいい!逃げろ!離れろ!」
だが、それで終わらないのがアンタレスだ。彼女は…全ての魔女の中で最も陰険で、恐ろしく…残酷だ。
「う、うわぁぁあああ!ば、薔薇が!黒い薔薇がさっきの黒い埃を吐いてるッッ!!」
「あれを吸ったら死ぬぞ!逃げろぉおお!」
「ダメだ間に合わな───ぎゃうう!」
アンタレスの生み出した黒薔薇は咲いた後黒い粒子を吐き続ける。これを吸った者も勿論死ぬ。敵の数が多ければ多いほど死人が増え、アンタレスの周りは一面の黒薔薇で満たされることになる。
「私に手を出さなければ見逃していたつもりでしたが私を戦いに巻き込みたいならそうしましょう私もやりましょう…全員死ねぇえええええええ!!!」
「発狂した!?」
「距離を取れ!遠距離から魔術を使うんだ!」
シュトローマンは口元を布で覆いながら指示を出す、近づいたらあの黒薔薇に呑まれる、その前に遠距離から攻撃しろと叫ぶ。
「あ、ああ!『フレイムアロー』!」
「『サンダーインパルス』!」
「『ウインドショット』!」
そしてそれに応じて魔術を放ちまくり、アンタレスを魔術の波で覆い隠す…が。
(あ、これダメだ)
即座にシュトローマンは自分の指示が間違った物だと気がつく。それを証明するように…爆炎の中から現れたアンタレスは、無傷。
防壁だ、魔力防壁だ。一見するとそこまで厚いように見えない防壁…だがよくよく観察すると、防壁の後ろに更に防壁がある、その後ろにも、更に後ろにも、何重にも防壁を重ねている。一つ破壊してもまた次に追加され、後ろから押し出されるように前に防壁が出てくるんだ。
あれは破壊出来ない、何千枚と重ねられている防壁を貫通することは不可能───。
「ごはぁああああ!」
「え?」
「ぐっ…ぐげぇえええ!」
「ど、どうした!?」
突如、魔術を放った魔術師達が血を吐いて絶命し出したのだ。何が起こったか分からずシュトローマンは慄いて周りを見る、死んでいる、魔術師が全員。
おかしいだろうどう考えても、攻撃を仕掛けたのはこちらなのに、攻撃された側が無傷でこちら側が死ぬなんて…。
いや、まさか…。
「特殊防壁…!」
……魔女とは特殊な力を持つ不思議な存在でも、神の力を操る特別な存在でもない。ただただ人域を超越しただけの『魔術・魔法の達人』が魔女なのだ。故に彼女達は皆人々の想像を絶する程の練度で魔力を操る。
魔力とは極めれば何でもできる、まさしく万能のエネルギーだ、故に極めればどんなことさえ可能にする。アンタレスもその例に漏れず彼女もまた達人級の魔力を操る力を持つ。そんな彼女が技術の髄を尽くして作り上げたのが、この防壁。
「馬鹿ですね私に魔術で攻撃するなんて」
…アンタレスの防壁は通称『呪殺防壁』と呼ばれる。
彼女が発する魔力の塊である防壁は、相手の魔力攻撃を探知し殆ど自立で動くように鍛えてある。
現代魔術とはその魔力事象を操るため…放たれた魔力は薄らとか細い魔力の糸で繋がっている物なのだ。魂と魔術を繋ぐ小さな糸、誰も感知できない細い糸、これがなければ意のままに操れないから。そこを利用したアンタレスはこの防壁を作った…。
魔術攻撃を探知し、防壁で受け止めると同時にそのか細い糸を通じその先にある魂に向け直接魔力を送り込み、魂を粉砕する。そう、即ち。
「アイツに魔術で攻撃したら…死ぬのか…!?」
アンタレスの魔力防壁に対して現代魔術等を使うと問答無用で死ぬ。強力な攻撃を用いれば或いは防壁も破れるかもしれないが死は免れない、それが彼女の持つ…彼女だけの技術。
近づけば黒薔薇の粒子に呑まれ死ぬ、遠距離から攻撃すると問答無用で死ぬ。こういうことを、平気な顔でするのが…探究の魔女アンタレスなのだ。
「まさか…まさか、あれが…魔女なのか…!?」
「しゅ…シュトローマン…」
「た、助け…」
「ハンマーフィスト!グレン!…ッ!」
ヨロヨロと寄ってきたハンマーフィストとグレンの頭を即座に銃で打ち抜き殺す。味方であるはずの二人をシュトローマンは殺す…それを見たアンタレスはクスリと笑い。
「おや賢いですね命を媒介にする黒薔薇が発現する前に罹患者を殺すとは」
「……あり得ない、これが魔女なのか…!」
シュトローマンは絶望する、あれだけいた手勢が一瞬で九割殺された。その上反撃の手立てもない。一切の抵抗を許さず徹底的に鏖殺する…今まで自分が学んできた全てが通用しない力の権化。
これが魔女、これが今の世界を支配する力の頂点。ジズが生ぬるく見える程の殺戮の権化を前にシュトローマンは後悔する。
また、喧嘩を売る相手を間違えたと。
「お前達は…そうやって、人類をいつも虐げる」
「おや?何か言いたいので?」
「言いたいさ!お前達はいつもいつも!俺たち人類を虐げ!支配してる!そして逆らえばこの通り…虐殺だ!」
怒りが満ちる、怒りが爆発する。絶対的な力を前に抗う気さえも起きず…呪詛を吐くことしか出来ない。そしてまたアンタレスもそれを受けても大して気にする様子もなく首を傾げ。
「いつもいつもとは言いますが貴方は一体何歳ですか?たかだか数十年程度生きただけで『いつも』と言う言葉を使うには些か実証例不足では?それに虐殺するのは当たり前でしょう貴方達剣やら槍やら持ち込んで攻めてきてるんですからこっちだって相応の対応しますって」
「虐げてるさ…いつも、俺の両親はお前達魔女に殺された!お前たちの作った制度が俺や俺の両親を…」
「あーいいですそう言うの…別に貴方の悲しい過去とか聞いても大した反応とか返せそうにないのでぇそれに確かに貴方の両親は我々によって死んだかもしれませんがそれ以上の数救ってるので私は特に何も思いませんし何より制度に不満があるなら役所にクレーム入れてください」
「お前は……ッ!人間じゃない…!」
「気がつくのが遅いですね…攻め込む前にそこに気がつければよかったんですけど今言っても仕方ないですか」
探求の魔女アンタレス、全魔女で最も残酷で陰湿で残忍で陰険な女。偶々…偶然、人類を守護する側に回っただけの異常者こそが彼女なのだ。それに対して言葉で何かを訴えかけても意味がない。
殺す、殺される、その関係にある以上そこに善意や倫理観を持ち込む意味は無い。人を一人殺した時点で人は人ではなくなる、そんな当たり前のことを問いかけられても感情など揺らぐはずも無い。
「分かりますか…貴方は猛獣の巣を突いたんですよ?それで自分が危なくなったら仲間殺されたら思い通りにならなかったら恨み言ですか?自分勝手なんですね貴方」
「お前のせいで…俺は!全てを奪われた!」
「全て?まだ残ってる…命が…いや?それももう直ぐ奪われるか」
黒薔薇の園の中を歩くアンタレスはゆっくりとシュトローマンに歩み寄り、そして…。
「巻き込んだのはあなた達ですので…遠慮なく呪殺されてください…」
「クソッッ!!」
剣を構える、もうこれしかない。だがアンタレスも迫る…全身からドス黒い魔力を噴き出しながら、絶望を纏いながら────。
…………………………………………………………
「オラァッ!退け!邪魔!」
「もう大帝宮殿内部にこんなに敵が…アルカナにさえ許さなかった城内侵攻を許すとは!」
そしてエリス達はメグさんの時界門にて大帝宮殿内部にへと転移、そこに広がっていたのは無数の敵、敵、敵。大量の敵が魔女様を探して走り回り帝国兵と戦っていた。いきなりの奇襲ながら帝国兵もきちんと対応し今戦線は拮抗している状況にあるとエリスは見る。
だがこの拮抗はまだ続くだろう、その前に出来れば師匠達と合流したい…そして、少しでも帝国の被害を減らす為エリスとメグさんは目の前の軍勢を二人で片付けながら廊下を突き進む。
「こいつら!まさか魔女の弟子か!なんでこいつらがここに!」
「ジャカァシャァっ!」
「ぐぶぅっっ!?」
立ち塞がる敵兵を蹴り飛ばし壁にめり込ませエリスは一息つく。フリードリヒさんは既に軍部と合流して指揮系統を戻す為エリス達とは別行動を開始している。
今ここにいるのはエリスとメグさんだけ…どうしよう、手が足りないということもないが。
「メグさん、ラグナ達を呼びましょうか…」
「いえ、皆様先日の逢魔ヶ時旅団との戦いで疲弊しています。無為に戦いに巻き込む必要はないのではないでしょうか」
「それはメグさんもでは?」
「私は良いのです、故郷をこうして荒らされて…湧いてくる激怒が体を動かしてくれるので」
「なるほど、なら一気に突破しますか!」
『居たぞ!向こうに強い奴!』
『さっき報告にあった魔女の弟子か!アイツらマレウスにいるんじゃなかったか!?』
「団体様のご到着でございますエリス様、私の方で対応しましょうか」
「要りませんよ、エリスが用意します、お飲み物を…」
拳を握る、その拍子に炎が迸り…。目の前から向かっている数十人のマレフィカルム兵に向け敵意を露わにし。
「炎よ弾けて空を裂け、轟く灼熱の咆哮よ!我が敵対者を噴き飛ばせ!『天壊 爆炎衝波』ッッ!!」
「ちょっ!?」
叩きつけるように腕を振るい、エリスの手から吐き出されたのは巨大な炎の波。それが一気に廊下を敷き詰めるように氾濫し窓を割って外に炎の柱が何本も溢れ出る。
「ゴッ…がぁ…」
「お味はどうです?エリスのウェルカムドリンク…敗北の苦汁!」
「流石エリス様」
手を振り炎を払い、目の前で黒煙を吐き倒れる兵士達を見て腕を組む。にしても…さっきの兵士達、数人だが魔力防壁を張ろうとした奴もいた。中には第二段階間近の奴もいる。
少なくともこの攻勢、アルカナが及ぼしたものとは比べ物にもならない戦力で行われているようだ。
「なんかヤバげな雰囲気を感じます、雑魚でこのレベルなら指揮官は相当強いですよ」
「もしかして八大同盟の誰か…でしょうか」
「………分かりません、まだなんとも」
八大同盟だとしたらかなりやばい、あれはエリス達魔女の弟子全員でかかってなんとかなる奴等だ、エリス達二人じゃ太刀打ち出来ない。何よりエリスもメグさんもまだ先日の疲れが取れてるわけじゃない。
連日八大同盟との連戦は流石にキツい。そうじゃないことを祈るよりほかない。
「早く師匠達と合流しましょう、流石にこういう事態なら手を貸してくれるはずです。こういう時カノープス様はどこにいますか?」
「恐らく謁見の間ですね」
「移動しないんですか?」
「しません、陛下は敵対者を相手に逃げるような真似はしません。ですが恐らく既に謁見の間にも敵が行っているでしょう。まぁ…陛下に限って負けることはないでしょうが」
まぁそこは心配してない、なんたってカノープス様はシリウス亡き今の世に於いて最強の存在。いくら八大同盟だろうがカノープス様を真っ向から打ち崩すのは無理だろう。
でもそれでも、判断を仰ぐ。エリス達はどうすれば良いか。ここで戦ってもいいのか、それとも手を出すなと言われるのか、それを聞いてから身の振り方を考えるべきだ。
「じゃあ行きましょうか」
「はい、先導します。ついてきてください」
「ええ、分かりま───」
そうエリスが歩き出そうとした、その時だった…目の前をメグさんが走っていく、ついていかなくてはならない。なのに…体が動かない。
体が動くことを拒否する、何故か…それは。
「ッッ…!?」
背後から、とてつもない『危機』を感じたから。数多の経験を積んだこの体がその危機を感じ、危機に対して背を向けることを直感的に拒否したから。
そうしてエリスは爪先で滑るように体を回転させ…咄嗟に背後を見る。すると…そこには。
「エリス」
響く、野太い声。かつて聞いた時はまだ声変わりもしていなかった筈だ…故に今と声は違う、けれど…分かる、分かってしまう。何故ならその『言い方』が…まさしく。
「バ…バシレウス…!?」
そこにいたのは、白い髪…赤い瞳、狂気に満ちた表情とガラの悪そうなコートを着込みエリスを凝視する悪魔がいた。最後に見たのは…もう十年近く前だ、だというのにあの時の変わらず彼は、いやあの時以上にシリウスに似た顔で…。
「あ、貴方なんでここに!」
「お前を迎えに来た」
ギョッとする、こいつ…まだエリスを諦めてないのか。確か…エリスを嫁にするとかなんとか、しかも首輪をつけてどうこうとか。レナトゥスが言っていた…いつかバシレウスがエリスを迎えに来ると。
それが今日!?…そう言えば師匠が言っていた。バシレウスは今マレフィカルムにいると。つまりこの騒ぎは…こいつが!
「来い、お前を娶る」
「こ…来ないでください!」
バシレウスが徐にエリスを捕まえようと手を伸ばすが…その手を、エリスは払い除けるように叩き弾く…すると、バシレウスは。
「……………」
弾かれた手を凝視する、暫しの沈黙の中バシレウスは何かを考えるようにその手を見つめた後…チラリとエリスに視線を移し…。
「来い」
「ぐっ!?」
更に強引に突っ込んできた、拒否するならその拒否を拒否して力でねじ伏せる。そのままエリスの首を掴み勢いよく振り回し壁に叩きつけ、それだけで壁を粉砕しエリスを押し倒す。なんて速さ!なんて馬鹿力!こいつ…あの時よりもずっと強くなってる!
「丁度いい、ここで俺とお前の子を作る」
「グッ!やめなさい!バカ!変態!」
エリスを押し倒し首を掴んだままもう片方の手でエリスの両手を拘束するバシレウス。それに対してエリスは足でバシレウスの体を打つが…。
(か、硬い!嘘でしょ…こいつ体何で出来てるんですか!)
鋼鉄製のサイボーグだって蹴り抜くエリスの蹴りが、通じない。まるでそよ風に吹かれたようにバシレウスは一切気にも留めない。抵抗が抵抗になっていない…。
ま…まずい、捕まる…連れて行かれる…首輪をつけられ…また、またあそこに戻される。
(奴隷……ッ!)
ただ子を成すためだけ、ただ雄の欲望を満たすためだけの存在、エリスの母がなったような存在。そしてエリスがかつていた地獄に…連れて行かれる。その恐怖に涙を浮かべるとバシレウスはより一層加虐的な笑みを浮かべ…。
「──エリス様に何してんだお前はッッ!!」
しかし、その瞬間。側面から飛んできたのは先んじて進んでいたメグさんだ。まるで光のような速度で飛んできた彼女はそのままバシレウスの頬に貫くような蹴りを見舞う…だが。
「あ?」
「な!?効いてない…!?」
動かない、蹴りを受けたバシレウスの頭は微動だにせずチラリとメグさんを視線に捉え。エリスを取り押さえる両手を離し拘束を解除すると…。
「誰だお前」
「グッ!?」
一瞬だった、メグさんを掴もうとするバシレウスの腕が放たれたのは。メグさんも抵抗した、腕を払い除けようと手刀を放つがバシレウスはそれさえも腕を軽く振るい弾き返すとそのままメグさんの頭を掴み地面に叩きつけるのだ。
一瞬の攻防、メグさんの技とバシレウスの力がぶつかり合い、メグさんの抵抗という名の壁が容易く破壊された。
「メグさん!」
「思い出した、お前ジズを倒した奴か。…あんな老いぼれ倒しただけで調子にでも乗ったか…?」
「な、何者ですかこいつ…!」
まずい、メグさんが抵抗出来ていない。怪力で押さえつけられて…いや、あのまま頭蓋骨を胡桃のように砕くつもりだ!やられる!殺されてしまう!
「この!『旋風圏跳』ッッ!!」
「ン…?」
メグさんを救うべくエリスは加速しその勢いのままバシレウスに向け、蹴りを放つ…が即座にバシレウスも反応してくる。メグさんから手を離しエリスを正面に捉える。
バシレウスは強い、一見すれば乱暴に見える奴の戦い方の中にはまるで粉砕して散りばめたような合理が塗されている。多人数を相手取る際に重要な対戦相手の趣旨選択、これがキチンと出来ている。
「はぁっ!」
「なんだそれ、古式魔術か?…レグルスの奴よりも随分小さいな」
そして敵対する時は真正面から受け止める。バシレウスはエリスの一撃を弾くように手で軽くエリスの蹴りを払う。
…こいつ、この獣のような立ち振る舞いの中に見える確かな技術、それは天才故の所業か…或いは。
(誰かの師事を受けている?…バシレウスが)
「余所見すんな」
「あ…!?」
次の瞬間、バシレウスは指先を弾く。それと共に放たれた魔力弾がエリスの肩を射抜き…エリスの体がぐるりと一回転する。風で加速しているエリスの体が指先程度の魔力弾一つで押し返された…その事実に驚愕した一瞬の隙を突きバシレウスは更にエリスの足を掴み。
「大人しくしてろ」
「ぁぐぅっ!?」
叩きつける、鉄槌を打ち付けるようにエリスの体を地面に叩きつけ地面を砕く。あり得ない怪力はそのままエリスの体をミシミシと軋ませ…。
「ぁ…ぐっ…!」
「お前は連れていくんだ。死んでもらっちゃ困る」
(つ…強い、強すぎる…!まるで歯が立たない…!勝てるイメージが湧かない!)
オウマと戦っている時にも抱かなかった濃厚な死と敗北の気配。それがあまりにも濃すぎる、視界を覆う霧のように…勝ちのイメージが分からない。こいつこんなに強いのか…!?
「さて…大人しくなったか?」
「ッッ…!」
体が痛む、何より竦む!やばい…どう切り抜ける、覚醒を使うのか!?…だが。
「魔力覚醒ッ!」
「…チッ、くどいな…!」
「『天命のカラシスタ・ストラ』ッ!」
エリスの一瞬の迷いを超えて、メグさんが先に覚醒する。拘束から解放された彼女は覚醒を使い、次元を操る力を発現させながらバシレウスに突っ込み──。
「『覚醒冥土奉仕術・一式』ッ!」
「エリスは死んだら困る…けど」
メグさんの腕が消失する、別次元への跳躍を活かした部分的超加速による拳撃…しかしやはり、バシレウスは反応し…。
「『空前』」
「テメェは死んでも構わねぇんだよッ!」
衝突、覚醒したメグさんの拳とバシレウスの拳が真正面から激突する。奇襲を受けたにも関わらずバシレウスの反応タイミングは完璧、与えられた時間など一瞬にも満たなかつたのに彼は即座に足を広げ拳を円のように振るい真っ向からメグさんの力に受けて立ったのだ。
そして、その結果。
「ぁがっ!?」
噴き出る血液と響く異音。メグさんの拳が砕け手の甲から骨が突き出て指が曲がらない方向に曲がる。押し負けた…覚醒の力を用いた一撃が、バシレウスのただの一撃によって押し負けた。
いやただの拳じゃない、拳に防壁を纏わせている…しかも、凄まじく頑丈な。
「死んどけッ!」
「ガッ…!?」
そこからは、攻撃とか戦闘とか…そんな上品な言葉では誤魔化せない一方的な蹂躙が始まった。力を失ったメグさんの腕を引いたバシレウスは喉に膝蹴りを叩き込み、痛みに仰け反った所に裏拳。更に大振りの右蹴りがメグさんの側頭部を打ち据え…。
「ァッ───」
メグさんの瞳から光が消える…やばい!
「メグさん!」
「ゴッ…ヒュッ…カッ…」
手足がやばい痙攣の仕方をしてる、口元から血の泡を吹いてる…頚椎を折られてる、まずい!死ぬ!これやばい!覚醒を使ったってのに…まるで通じてない!数秒で無力化されて…瀕死に。
なんて…強さだよ、これ…!なんなんだよ!これ!
「メグさん!メグさん!!」
「骨を何本か折れば大人しくなるか…」
「ッッ…!」
血の泡を吹くメグさんになんの興味も抱かないバシレウスはそのままエリスに向かってくる。ダメだ…早くメグさんを治療しないと死んでしまう、こんな奴の…相手をしてる場合じゃ!
「『火雷招』ッ!」
咄嗟にメグさんを守るように立ちながら両手で雷を放つ。バシレウスを吹き飛ばし時間を稼ぐつもりで…だがバシレウスは避ける素振りすら見せず雷を真正面から受け止め。
「……で?」
「ぐっ…!」
効いてない…か、黒煙の向こうから現れたバシレウスに傷は見えない。寧ろ一歩近寄ってきてすらいる…クソ!
「この!『煌王火雷掌』ッッ!!」
続けて炎雷の拳をバシレウスの顔面に叩きつけ、周囲の瓦礫を吹き飛ばし地面を粉砕するほどの爆発を引き起こす…だが。
「お前、昔から全然強くなってないな…変わってない、虫ケラのままだ」
動かない、バシレウスはまるで引かない。傷の一つも作らず冷めた目でエリスを睨み続けている。これもダメなんて…なら覚醒を。
いや…覚醒を使ってもダメだ…、きっとダメだ…。
(勝てない…エリスはこいつに、どうやっても…)
折れる音がする、エリスの積み上げた全てが通じない…何もかもが否定されるバシレウスの圧倒的強さを前に、エリスの心が折れる音がする。
どんなに負けても、どんなに叩きのめされても、どんなに相手が強くても、折れなかったエリスの心が…、バシレウスの強さを前に…屈服する。
「そう長くはかからない」
「うっ!?」
そのままバシレウスはエリスの口元を抑えるように掴み引き寄せる。そして息がかかるほどの距離に顔を近づけ、ニタリと笑う。
「いずれ俺は、将軍を超え…セフィラを超え、魔女すらも悉く鏖殺し…時代を作る。魔女時代が終わり…新たに魔王の時代が訪れる。俺が新たに頂点に立つんだ…」
「ッッ…ッ…」
「逆らう奴は全員殺す、気に食わない奴も全員殺すしそうじゃない奴も殺す。勿論そこに転がってる雑魚みたいに…お前を守ろうとする奴も、全員な」
体が震える、涙が溢れる、力が抜ける、これは恐怖だ…幼少期に嫌という程味わった『絶対的な力を持つ者からの暴力』によって生み出される暗く黒い恐怖。それがエリスを捉えて離さない。
いやいやと首を振ってもバシレウスはエリスを離すどころか、逆に口の中に指を突っ込み下顎に指を引っ掛け更に引き寄せる。
「その時代の頂点に立つ俺の隣に座ることを許してやる。お前は唯一…俺を理解出来得る、俺と同じ人になり損なった化け物だ」
「…………」
「俺が最強である証明を行う役目をくれてやる…だから俺と来い、エリス」
「ッ……!」
それでも、それでもエリスは首を振る。例え屈服しようとも心は屈しない、ここで屈したら…きっとまた、あの闇の中へ堕ちてしまう。
それは…それだけは、嫌だ。
「お前の意志は関係ない、俺がそうしたいからそうする…それだけだ」
そうしてバシレウスはエリスの顔に手を重ね、その意識を刈り取り───。
「弟子が世話になったな」
その時だった、バシレウスの体がエリスから剥ぎ取られるように、殴り飛ばされ吹き飛んでいく。呆然とするエリスの前には…見覚えのある拳が…これは。
「師匠!」
「エリス、大丈夫か」
「レグルス…!」
師匠だ、何処からともなく疾風と共に現れた師匠がエリスの頭を撫で…バシレウスを睨む。来てくれた…昔みたいに、師匠が助けてくれた。それはかつて師匠と旅をした時のことを思い出させるような安心感をエリスに与えつつ。
(また……)
同時に、与える。敗北感…エリスはまだ、師匠に助けられるだけの存在である事を実感する。悔しい…強くなれたと思っていたのに。
(バシレウス……)
師匠の一撃を受けても立ち上がるあの男を見て確信する。エリスは…まだまだだ、八大同盟という世界最強格の相手と渡り合えて勘違いしてしまっていた。
世界にはまだ恐ろしい存在も、強い存在も…山ほどいるんだ。
「やってくれたなバシレウス。遂に我が弟子にも手を出すとは」
「そこ退けや…って言いてぇがテメェにゃこの間の借りがある。まずはそいつを返してからだ」
「出来るか?お前に」
「前と同じだと思うんじゃねぇぞ…?」
拳を握る師匠、そして…牙を剥くバシレウスが相対する。
…ただ、ペンダントを届けに来ただけなのに、とんでもないことになってしまった、そうエリスは内心で思いつつ、ここは…師匠に任せることにする。久しく見る師匠の実戦…目に焼き付けないと。