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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
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577.魔女の弟子と骸は笑う


「これがアルフェルグ・ヘリオステクタイトか。実物を見たのは初めてだが…大きいな」


逢魔ヶ時旅団との決戦から一日後、元気になったエリス達はそれぞれ戦いの後の後始末をしに向かっていた。まずラグナとネレイドさんとデティは各エリアを探索し残った脅威が無いか、或いは何か今後に繋がる情報がないかを確認。次いでに生存している人がいれば保護する…というのもあるがこちらはやや望み薄か。


アマルトさんとメグさんとナリアさんは三人で避難してきた人達にご飯を振る舞ったり必要なものを分け与えたりと大忙しだ、彼等は良い言い方をするなら生き残り逃げ延びることができた。悪言い方をすれば家を失った。パニックを起こしてる人いるかも知れないからその辺のケアも連れ出した側の責任にもなる。


そしてエリスとメルクさんは、ヘリオステクタイトの発射場兼工場へとやってきている。目的はヘリオステクタイトの炉心の消滅。エリスの識の力を使えば魂を使って作られた炉心を消し去ることが出来る。とは言え失われた命は戻らない、酷い言い方をすれば彼らはもう人ですら無い、ただ人だった名残を残すエネルギー体だ。戻る事が出来ないなら消してあげるのも一つの手だ。


そういうのを抜きにしてもヘリオステクタイトは放置出来ないしね、なんかこう…暴発して爆発するだけでカストリア大陸に大穴が開くかも知れないし。


そんな作業をするために崩落した地下工場にやってきたエリス達は、見上げる。あの巨大なヘリオステクタイト…アルフェルグ・ヘリオステクタイトを。


「あれがソニアが作っていた最終兵器です、内部に十万人近い魂を込める事で完成する…最悪の兵器」


「まぁその中に込める魂も、手に入らず計画は頓挫したがな」


地下の住民全員を使って作られる予定だったが、それはエリス達が阻止した。エラリー達によって攫われた人達が加工される前に、ラグナがロクス・アモエヌスで大暴れしたことにより幸いあの日加工された人はゼロ。つまりあの巨大な兵器の中には魂が入っていないのだ。


だからエリスが識の力を使ってもあれは消せない、まぁ…問題はコップの中身であって、コップそのものではないからいいのだが。


「ソニアは…アルフェルグの事を最後に言っていたな」


「はい、何やらとある目的の為に作っていたと。それがなんなのか彼女は最後まで口にしませんでしたが…。メルクさん、分かりますか?」


「分からん、だが最後に言っていた言葉が気になるな」


『世界の中心に白き巨木が打ち立てられるその時が、再戦の時』…ソニアは最後にそう言っていた。再戦の時とは言うがソニアは既に死んでいるし、そもそも白き巨木とはなんなのかも分からない。


どういう意味なのか、何を想っていたのか、アルフェルグ・ヘリオステクタイトがなんなのかは分からず終いだ。


「ソニアは…何かに備えていたのか…?」


「え?」


「いや、奴はアルフェルグ・ヘリオステクタイトを『今すぐ発射しなくてもいい』ような物として扱っていた。つまり早急に必要なわけではないのだろう?それはつまり来たる何かへの備え…」


「何に備えるんでしょう」


「分からん、だが奴は我ら以上の情報網を持っているようだった。そこで…何かを知ったのだろう。これが必要なくらいの何かを」


これが必要って、アルフェルグ・ヘリオステクタイトの威力は大陸一つ消しとばしてあまりある物だぞ、そんな物を一体何処に撃って何に備えようとしていたんだ?まさか…その脅威を、消し去る為に?


「ソニアはその脅威から人類を守る為に、これを?」


「フッ、にしては威力が高すぎるし何より奴はそう言うタイプじゃない。大方それが気に入らなかったか…自分の脅威を消し去ろうとしていたから、それか…」


「それか?」


「…………『再戦』…か」


ソニアは再戦を口した、これから自らの命が終わる事を予感しながら再戦を口にしたのだ。それがどう言う意味なのか、エリスには分からない、だがメルクさんは何かを察したように目元を綻ばせ。


「私に対する意趣返しだろうな」


「え?どう言う意味ですか?」


「なに、大した話ではない」


「あー…これはどれだけ聞いても教えてくれない奴ですね。…わかりました、それよりどうします?アルフェルグ・ヘリオステクタイト。識では消し去れませんが物理的に破壊することは出来ますが」


「いや、アルフェルグは残しておいてくれ」


「……いいんですか?」


アルフェルグ・ヘリオステクタイトは中身が入っていない、魂が入っていないから爆発もしない。だがもし何処かに同じ事が出来る奴がいて、ソニアの意志を継ごうとするかも知れない。出来れば消しておいた方がいい気がするが。


「奴の墓標だ、あんな奴でも王族だ。チンケな墓では文句を言いに生き返るかも知れん」


「あり得ますね…、じゃあこれは」


「ああ残しておく、狂気と悪意に囚われた女の墓標として」


巨大な白の彫刻、手に手を伸ばすようなデザインをしたこれがソニアの墓標か…ソニアの遺体は爆発に飲まれ消えてしまった、だからせめて墓標を立てるくらいはしてやらないといけないな。


この暗い地下に残る兵器になり損ねた彫刻、それがソニア・アレキサンドライトの墓標か。皮肉な物だ。


「じゃあエリスは他のヘリオステクタイトを消してきますね」


「ああ、頼む」


そうしてエリスはヘリオステクタイトに識確魔術を使いにメルクさんから離れ……。




「ソニア…」


メルクリウスは一人、墓標に語りかける。ここにソニアはいないが…それでも良い、聞こえなくてもいい。


「…お前の意志を受け継ぐ者は居ない、私がそれを潰すからだ。お前の悪は誰にも受け継がせん」


これは私の意思表明、誰にもお前の悪は受け継がせない。これより万年億年と続いていく人の世の中で、お前の悪意は何処にも伝搬させない。それが私からお前に与える最大の罰だ。


「人の世は続く、人は何かを誰かに継承して生きていく。それが人の生きた証となり死した後も残り続ける。お前には…それを許さない、お前の悉くをこの世から消し去る」


この国においてお前は大きな存在だった、きっとその死を悲しむ者もいるだろう。だがそれは『理想卿チクシュルーブ』に対してだ、ソニア・アレキサンドライトに対してじゃない。


お前の名はこの国に残らない、デルセクトにも残さない、それが私からお前に与える罰にしてお前が受ける罪なのだと、語る。


だが、それでも…。


「それでも…この墓標だけは、許してやる。再選の約束があるからな、お前が言った時がいつになるかは分からないが、その時を楽しみにしているぞ…ソニア」


名も残さない、功績も残さない、だが…この墓標だけは許す。私とエリスだけが知るこの墓標だけは。だってこれまで消してしまったらお前との再戦の約束まで消えてしまうからな。


私はお前から逃げないと決めたんだ、だから…待つ。その再戦の時を。


「それまで私は負けない、絶対にな」


軍銃を生み出し、瓦礫の山を越えて、アルフェルグ・ヘリオステクタイトの前に突き刺す。私もここで待つと…念を込めて。


「………ん?」


『メルクさーん!終わりましたー!』


ふと、背後を見ると魔力覚醒したエリスが他のヘリオステクタイトの識を消し去っていた。これによりヘリオステクタイトの製法は完全に失われた、もう誰にもあの悪魔の発明は出来なくなった。


「ありがとうエリス」


「いえいえ、ところでアルフェルグ・ヘリオステクタイトを見て…何してたんですか?」


「再戦の約束を受けると、伝えてきた」


「なるほど、再戦ですか…いつになるんでしょうね、その白き巨木とか言う奴」


「知らん、だが…その時も一緒に戦ってくれるか?エリス。君がいたから…私はソニアに勝てたんだ、君がいなければきっと負けてしまう」


「問題ありません、いつなろうとも構いません。エリス達はずっと一緒にいるんですし」


「そうか…ありがとう」


エリスがいたからソニアに勝てた、それはデルセクトの時から変わらない。彼女があの日…私の前に現れたから、私は己の正義を貫けた。そういう意味では彼女こそ、私の正義の象徴と言えるだろう、偶に正義と言えるか怪しい行動をするが…まぁ彼女は彼女だから。


「では行こうか、そろそろみんなも集まっているだろうし。我々もここには長居出来ん」


「ですね、にしても…次は何処に行きましょうか」


「それはみんなと話し合って決めればいいさ」


そして私達はチクシュルーブを後にする、もう人の居なくなったこの街が後どれほどの時間形を残しているか分からないが、それでも…きっと地表の街が消えても、アルフェルグ・ヘリオステクタイトは残り続けるだろう。


…私達の再戦の時まで。


………………………………………………………………


「というわけで!私達これからサイディリアルに行ってくるぜ!エリスさん!メルクさん!」


「ああ、気をつけてな」


そして地上に戻り粗方の探索を終え、そろそろこの街を発とうかと話し合っている頃、ルビー達もまた出発の準備が出来たのか荷物を纏めて私達の前に現れたのだ。


「しかしルビーが冒険者にか。まぁ君の実力なら問題ないだろうが…あまり無茶はするなよ」


「へっへっへっ!問題ねぇって!直ぐに名前売ってデカくなってやる!お誂向けの祭りもあるみたいだしな」


「お誂向けの祭り…?」


なんだそれは、と私は馬車の前の平原にドカリと置いた椅子の上で首を傾げていると。私のそばに立つエリスがポンと手を叩き。


「ああ、そういえばもうすぐ『大冒険祭』でしたね」


「そうそう!それで名前売ってやるぜ!」


「なんだその大冒険祭とは…」


聞いたこともない祭り…いや待て、大冒険祭…名前は聞いた事がないが、『冒険者協会には数年に一度開かれる大規模なイベントがある』と聞いた事があるな…まさか。


「冒険者協会主催で世界最強の冒険者チームを決める大イベントがサイディリアルで数年に一度開かれるんですよ。これに参加するために普段は他国にいる冒険者や多忙な四ツ字冒険者がサイディリアルに集結するんです。まさしく冒険者の祭典ですよ」


「なるほど、察するに祭りとは言うが何かを祝うわけではなく、競技会に近い物だな?」


「はい、種目は毎回異なるのですがどれも冒険者のスキルを試す物、毎回死者が数百人規模で出てる冒険者の祭典です」


「き、危険だな…だからこそ優勝すると名誉が手に入ると」


「はい、四ツ字の称号は勿論の事、何より大きなメリットはあれですね。名前を売れることですね。大冒険祭の優勝者ともなれば依頼なんか受け放題、多額の金を払ってでも指名したい!なんて依頼主が出てきたりするのでもうウハウハだって聞きますよ」


「なるほど、ある意味冒険者全員の実力向上のモチベーションの為…と言ったところか。存外に考えられているな」


「ちなみに全国の冒険者が参加するので各地で一気に冒険者不足が起こり、世界中で魔獣被害が数割上昇するそうです」


「………」


呆れて物も言えんぞ…、なんて傍迷惑な祭りだ。だがまぁそれほどまでに大規模ならば名前を売るには好都合か、ルビーにはステュクスというサポート役もつくだろうし、ステュクスがつくと言うことは女王レギナのサポートも望める。最悪の結果にはならんだろう。


「ってわけだ、ここでお別れだけど…またサイディリアルに寄ったら声かけてくれよな!」


「ええ、もしかしたらエリス達もいつかサイディリアルに行くかも知れません。その時はまた一緒に冒険しましょう」


「おう!」


それだけ言うとルビーは他のギャング達とシャナ殿達の元に戻り…。


「じゃあーなー!本当に!助けてくれてありがとー!」


「メルクさんもエリスさんもお達者でー!俺達しっかりやるぜー!」


「逢魔ヶ時旅団を倒しちまった人たちなら問題ないと思うけど!気をつけてなー!」


「ああ、皆も元気でな」


そう言ってルビーとギャング達は徒歩で別の街を目指し、歩き始めて…そのお目付役兼先導者となったシャナ殿は。

 

「…じゃあねアンタら、もう迂闊に自分の事話したりすんじゃないよ。でないとまた意地悪なババアにこき使われるからね」


「以後気をつける、シャナ殿のような誠実な方が他にいるとも思えんしな」


「ハッ、全く…アンタらの底無しのお人好しさには、参っちまうよ。アタシはただアンタ達を利用しただけだってのに…感謝される筋合いはないよ」


「そんな事ないさ。シャナ殿も、元気でな」


「ババアに何言ってんだか、まぁお迎えが来るまでは精々気ままにやらせてもらうよ」


ニッと笑いながらシャナは軽く手を振ってルビー達の背中を追う。地下で最初に出会ったのが彼女だったからこそ私はソニアに挑む事ができたんだ。感謝するさ、そりゃあな。


「ルビーちゃん達いっちゃいましたね」


「どうせ同じ国の中にいるんだ、またどうせ何処かで会うだろう」


「ですね、…ステュクス。ルビーちゃん虐めたら血の池地獄に沈めてやるからな…!」


「何故ここでステュクス君に敵意を向ける…」


全く、この子も素直じゃないな…。まぁいい、ルビーたちも行ったことだし我々もそろそろ発つか。とは言え、行き先などまだ決まっていないが…。


「なぁメルクさん」


「ん?どうした?ラグナ…と、ヴィンセント?」


ふと、声をかけられて振り向くと、そこには何やら困った様子のラグナとヴィンセントが立っており…。


「実はちょいと困ったことになった。相談できないかなって思ってさ」


「なんだ?」


「実はさ……」


…………………………………………………


「なるほど、これは困ったな」


それから私はラグナとヴィンセントに案内されて現場に向かうと…そこには、地面に座り込んだ大量の民衆が居て、誰も彼もが動こうとしないのだ。


こんな廃墟同然の街になんの未練があるのかと思えば…彼らは。


『地上に出たはいいけど、今更故郷に戻れないぜ…』


『財産も何もない、地下にいたら死んでたのは分かるけど…これから私達何処に行けばいいの』


『ああ、結局…俺たちの居場所は何処にもないか』


皆、これからどうするかと絶望しているんだ。死にたくない反面で地下から這い出たものの、冷静になってみれば地下以外に居場所はなく、財産も家も何もかも放り出して来てしまったんだ。


言ってみれば人生一からやり直し。地下の生活は劣悪だったが『生活』は出来ていた、今はそれもない。絶望しても仕方ないか。


「一応私がパナラマに一時難民キャンプを作ると言ったのですが…」


「一時じゃな、結局暮らしていく場所がないんじゃこの人達も生きていけない…ってなわけでここを動く事も拒否してるのさ」


「そういう事か」


ヴィンセントもかなり無茶をしてくれているようだ、だってここにいるのは十万人近い…とてもじゃないがパナラマのキャパシティをオーバーしている。かと言ってじゃあ放り出すわけにもいかない。


「それで…その、出来ればメルクリウス様に資金援助を求めたいのです。チクシュルーブにある程度の生活基盤を整えられるだけの…」


そしてヴィンセントは申し訳なさそうにいうのだ。チクシュルーブを再建しこの人たちが暮らしていくだけの資金援助を…か。まぁ別にそのくらいなら訳ないが…。


「意味ありませんよ、そんなの」


「へ?」


しかしそこで話に入ってくるのはエリスだ。彼女は表情を変えず一見すれば冷酷そうな顔でキッパリ言ってのけるのだ、チクシュルーブを再建しこの人達が生きていく場所を作る事は…意味がないと。


「さ、流石に意味がないことはないでしょう。でなければこの人達は生きていく場所を失うのですよ」


「でもそれは一時凌ぎ、街を再建したって商人がいるわけでもないし生活のためのラインが確立しているわけでもない。お金を渡すだけじゃ意味がないです、それは見捨てるのと一緒です」


「エリス様、だからと言って動けない彼らに出来る事なんてそれくらいしか…」


「いや、エリスの言う通りだ」


「え?メルク様まで」


エリスの言いたいことは分かる、つまりは…そう言うことだろう?確かにこの街を住める環境にしてやれる事も出来る。だが統治者なき街にどれほどの価値がある、家を用意し金を渡して、それで本当にこの人達を助けたと言えるか?


言えん、そして何もせず立ち去っては彼らをただ私の正義に振り回しただけ。


万民の為の正義を掲げる私が、していい行動じゃない。ならばどうすればいい?皆が笑顔になれるには…決まっている。


「おい…おい!皆!聞け!」


「え?あ…アンタは…」


「私たちを連れ出した人…?」


そして私は一歩前に出る、すると彼らは皆顔を上げて私を見て…。


「お、俺達…これからどうすればいいんだ」


「故郷には帰れない、いろんな人に迷惑をかけた…」


「けど、もう私達の居場所となる地下もない…これからどうすればいいの!?」


「俺達を連れ出したんだから、せめてこの先も責任を持ってくれよ!」


そう言って私に責任を取るように言ってくる。助けてやったのになんて言い草だ…とは言わない、なんせ私はまだ彼らを真の意味で助けたわけではないからだ。


彼らに金を渡すは容易い、街を直してやるのも容易い、数年は生きていけるだけの金など私からすれば端金だ。だが…だとしても、安易に金を渡すだけでは救ったとは言えん。生きていればそれで良いとか問題から逃してやっただけで助けたとは言わない。


だから私は首を横に振る。


「断る、私はお前達の人生に責任を持てん」


「な!?じゃあこれからどうすればいいんだ!」


「家も財産も何もないのに!このままじゃ飢えて死んでしまう!」


「こんな事ならまだ地下にいれば…でも地下も吹っ飛んじまったし」


「嗚呼!苦しくとも仕事をしていれば生活出来ていた日々が恋しい!もう俺たちの手元には何もない!」


絶望、頭を抱えてこれからの日々を嘆きだす。だが私は彼らの人生に責任を持てん、だって彼らの人生は彼らの人生だ、あの時動きだす選択をしたのは…生きる選択をしたのは彼らなのだから。


けどまぁ、彼らの責任は持たないが…私自身の責任は果たすつもりだ。


「……仕事をしていれば、生活出来た…か?」


「ああそうだ!地下じゃ仕事をしてない奴は死ぬかギャングになるしかない!ここにいるのはみんな真面目に働いていた人間ばかりだ!」


「そうかそうか、…お前はなんの仕事をしていた?」


「お、俺?俺は…地下の備品の発注と管理を…」


「そうか、そっちは?」


「わ、私?私はネジの仕分け…」


「お前は?」


「俺は銃の組み立て…ってか!そんな事聞いて何がしたいんだ!」


「フッ、地下は仕事をしていなければ生きていけない。分かってるさ、私も地下で生きていたからな、…確かにお前達は家も財産も失った、だが地下で培われた経験の技術は、まだその手元にあるんじゃないのか?」


地下は一つの工場街だ、住民全員が何かしらの技能を持っている。財産は失ったがその技能は失われない、一度培った技術は簡単なことでは失われない。彼らの手元にはまだ技能があるんだ。


「うっ、け…けど、これでまた働き口を探すにしても、チクシュルーブ以外にここまでの工場街はない。俺たちの技術を活かせる場所はチクシュルーブ以外には…」


「ある、知っているか?理想卿は元デルセクト人。そしてチクシュルーブはデルセクトのクリソベリアという街をモデルに作られていると」


「え!?」


私がチクシュルーブ…そしてその地下街を見た時思った感想。『まるでクリソベリアみたいだ』と言う感想は…事実その通りだ。彼らが暮らしていた町はまさしくクリソベリアそのものだった。ならば…あるだろう、その技能を活かせる場所が。


「改めて名乗ろう!私はメルクリウス・ヒュドラルギュルム!マーキュリーズ・ギルドの責任者にして魔女大国の経済と富を支配する者!ここにいる全員をマーキュリーズ・ギルドの工場で雇用したい!」


「め、メルクリウス!?あの…魔女大国の!?」


「マーキュリーズ・ギルドって今世界で幅利かせている超巨大商業機関…!?」


「嘘…それが、私たちを…?」


「嘘じゃないさ、もし私の申し出に応じれば地下街にいた頃とは比べ物にならん給与と生活、そして住居を約束する!…勿論、君達が望めば、だがな?」


ここにいるのは十万人の難民ではない、ソニアの作る最先端の武器を作る労働者達。実力も技能も保証されている。言ってみればあのソニアが育てた従業員達なんだ…これを上手く使わないわけにはいかないだろう。


彼らを手に入れればチクシュルーブの労働力が丸々手に入る。こんなありがたいことはないさ。


「で、でも俺たち…十万人近くいるんだぞ?」


「それがどうした?お前達を更にダース単位で増やしても、特に支障は出ないが」


「…ほ、本当に雇ってくれるのか?」


「ああ、私は嘘はつかん。だが君達の人生に責任は持たない、故に強制もしない。君達が選べ、故郷に残るか…或いは魔女大国へ行き新たな生活を始めるか」


「……………」


住民達は迷う、雇用があるのはありがたいが…それでも彼らはマレウス人。魔女大国に対する忌避感はある。だから皆尻すぼみする…行っていいのか、行けば二度と故郷には戻れない。いくら生活出来なくても故郷は愛おしい…何より信用していいのか、と。


すると、そんな中手を上げるのは。


「僕チンは行くわぁ〜ん!こんな太っ腹なオーナーさんなら信用出来るんねぇ〜ん」


手を上げる、一人のでっぷりと太った男が手を上げ住民を掻き分け私の前に現れるのだ、彼は…。


「オンタさん!」


「んんぅ〜無事だったのねぇんエリスちゅわん!僕チン嬉しいぃ〜ん!」


ああ、彼か。エリスの働いていたカジノのオーナー・オンタという人物は。見た目はまぁ…あれだが、あのエリスがここまで信頼していると言うことは悪い人物ではないのだろう。


「メルクリウスしゃまぁん、魔女大国にはカジノはあるのん?僕チンカジノ運営には自信があるのん」


「オンタさんは理想的なカジノオーナーですよメルクさん!」


「そうか、…勿論カジノはある!君はオーナーか。なら君のためにカジノを作ろう、君が働いていたカジノの従業員も纏めて雇う」


「ぃやった〜!いやぁ〜助かったわ〜ん!じゃあみんな〜?お先にぃ〜ん?」


そう言ってオンタは煽るように私の背後に回る…それを見た住民達は顔色を変え。


「ま、待て!俺も行く!」


「私も!是非雇って!メルクリウス様!」


「俺も!」


「なんでもする!俺!工場から銃の設計図持ってきてるから!」


「こんなところで野垂れ死たくたい!連れてって!」


オンタに急かされるように、彼らは選択する。全くどいつもこいつも自分から動けない奴らだな…だがいい、他人から急かされ行った選択でも、選択は選択だ。私は選択を尊重する、そして彼らの道を用意しよう。


「いいだろう!全員雇ってやる!生活の心配はするな!マーキュリーズ・ギルドが!お前達の笑顔を守る!」


『おぉおおおおおおおおお!!!』


そう言って全員が勇ましく、そして歓喜の声を上げる。その声に応えるように私もまた拳を掲げ背中を向ける、ただ金を出すだけでは救えないからな…私は私の正義の為なら立場も権限もなんでも使うさ。


「メルクさん」


「ああ、エリス…これが私の正義さ。けど…」


「はいっ!ただの善意じゃない…ですよね?」


ああそうだとも、彼らを救いつつ…私も利益を得る。私の利益は更に世界中に伝播し分け与えられより多くの人達を救う。ただの善意ではなく打算からの行動…利益がなければ何も出来ない。それはソニアから学んだ事柄だ…。


「ふふん、では早速メグに言って大規模転移魔力機構を用意してもらうぞ。それで住民を全員ステラウルブスに一旦移す」


「あ、じゃあエリスはメグさんを呼んできますね」


馬車の方へ走っていくエリスに手を掲げ、私はそのままスライドするように視線をヴィンセントに移し。


「そう言う訳だ、ヴィンセント。君もここまで住民達を守ってくれて感謝する」


「い、いえ…私は何も。しかしなんと言うか、メルクリウス様…以前会われた時よりも随分と…こう、変わられましたね」


「変わった?私が?」


「はい、雄々しくなりました」


「………それは褒められているのか?」


「あ!?いや!そう言うわけでは!?」


「フッ、冗談だ。後は私が受け持つ、君もあまり火遊びに暮れるなよ…これから西部は荒れる。その動乱を治めるのは君なのだからな」


「は、はい!」


そう言ってヴィンセントの肩に手を置き私はそのまま横をすれ違うようにすり抜ける。変わったか…それは性格や態度などの話ではなく、きっと…。


(そうだ…これが私の正義なんだ。これが…)


私の中に確たる物が生まれたと言うことだろう。そう私は廃都となったチクシュルーブを見返し…一息つく。


「さて、では…そろそろ行くか、ラグナ」


「ん、だな。やっぱメルクさんに頼んで正解だったぜ。俺自分から動かないやつを動かした経験とかないからさ…」


「君のは鼓舞だからな、受け取る気概のない物を動かすことは出来んさ」


「ああ、やっぱ頼りになるよ。メルクさん」


そんな風にラグナと談笑に耽りながら私はメグと共に大型転移魔力機構の支度をし…住民達の転移を手伝った後。ようやく…チクシュルーブを離れる支度が整うのだった。



その後、約十万の住民達はステラウルブスに移送後。それぞれのスキルに応じて職場を吟味し、その大半はデルセクトのクリソベリアへ行くことになった。かつてソニアが治めた街であり国…未だにデルセクトの産業を支えるあの街へ転移した地下の住人達は一度地獄を見ているからか、或いはまだ何処かに残るソニアの怨念を感じ取ってか…。


地下に落ちる前の自堕落な生活を送らず、真面目に職務をこなし、地下時代以上の生活を手にしたと言う。働いて対価を得られる喜びを知る彼らが…また道を踏み外すことはないだろうと。


少なくとも私は思うのだった。



……………………………………………………


「でさ、これからどうするよ」


それから、住民達を移送した後。私達はヴィンセントに別れを告げようやくチクシュルーブを発つことになった。御者はナリアだ、それ以外のメンバーは皆リビングに揃って次の行き先について話し合う。


「ぶっちゃけさ、今何にも手元に行き先を決める物がないよな」


「そうだな、…んー…やっぱり俺達もサイディリアルに行くか?ルビー達と別れた後でなんか気まずいけどさ」


「サイディリアルに目的もなく行っても、時間を浪費するだけに終わりそうだな」


うーんとみんなで首を捻る。チクシュルーブに行きマレフィカルムの情報を得る…と言う目的は果たせなくなってしまった。ソニアも死にオウマも死んだ、また手がかりを探す段階に逆戻りだ。


「一度行ったことのない北部に行くのも手では?」


「とは言うがな、北部に行ったとしてもあそこでは聞き込みもままなるまい」


「ですよねぇ〜」


「はぁー、どーすんだよ。今俺たちどこに向かってんだよ…」


いくら考えても目的地を決める何かが見つかるわけでもない、全員が首を捻ってどうするかと悩み始めた時…いそいそとデティは何か作業をしていることに全員が気がつく。


「おいデティ、お前も考えろよ。次どこ行くかさ」


「うっさいなぁアマルト。私はね、今まで地下に行ってたから数週間分の魔術導皇の仕事が溜まってんの。これを急いで片付けないと世界にどんだけの損害が出るか分かってんの?」


「そういやお前、旅の最中も仕事してんだったな…」


「そー言うこと、だから私はお仕事に集中しまー……ん?」


「どうしました?デティ」


ふと、デティが取り出した仕事道具の中から何かを見つけ、眉をキュッと上げる。何があったのか気になった全員はデティに視線を向けると…。


「魔伝に連絡が入ってる…私が地下にいる間に届いたんだ。やばい…マジでなんか緊急の案件かな」


「緊急事態でしょうか」


「うーん、マジでやばい話ならスピカ先生が代わりに対応してくれると思うけど……あ、違うわ。ステラウルブスからじゃないこれ」


そう言ってデティが取り出した手紙の便箋に貼られていた紋章、これは…確か。


「『グランシャリオ星章』…トラヴィス卿からだ」


「トラヴィス卿?王貴五芒星の魔導卿のトラヴィス・グランシャリオか?」


「うん…珍しい、あの人が手紙を寄越すなんて」


トラヴィス・グランシャリオ…彼はエルドラド会談にもやって来ていた凄まじい魔力を持った壮年の男。世界で唯一『大魔術師』を名乗る事を許された現行世界最強クラスの魔術師の一人。


またデティの父ウェヌス・クリサンセマムの師でもありその腕前は魔女様から認められたと言う折り紙付き。そんな彼が態々手紙を寄越したという事実にデティはやや戦慄しながらも手紙を開き中身を熟読する。


すると……。


「え!?」


と驚きの声を上げ口をパカーンと開けて硬直してしまう。


「な、何が書かれていたんだ?」


「い、いやそれが…これ」


そう言って見せた手紙の内容をみんなで身を寄せ合いながら確認する。するとそこには。


『マレウス・マレフィカルムについて重要な情報を話し合いたい、無礼を承知ではある物の至急南部の古都ウルサマヨリに来られたし』…と。


「マレフィカルムの情報!?嘘だろこんなの渡に船じゃねぇの!」


「トラヴィス卿は何かを知っているんでしょうか」


「わ、分からない…けどあの人は嘘を言うタイプでもないし、憶測でいい加減なことも言わない。だからこれは多分…マジの奴」


「なら直ぐに行こう、今の俺たちにとっては一番欲しい話だ」


「う…うん、じゃあいい?南部に行っても」


突如もたらされた重要な情報。マレウス・マレフィカルムに関する話、これにより私達の行き先は一発で決まったと言えるだろう。


エルドラド、サイディリアルに並ぶマレウスの大都市である古都ウルサマヨリ…それが次の我々の目的地だ。


だが…ただ一人、デティだけが…。


(なんか、嫌な予感がする…なんだろうこの胸騒ぎ)


胸を刺すような嫌な予感に眉をひくつかせていたのだった。


……………………………………………………………


「魔女の弟子達は行ったようだな」


「ゥン散々な目にあったなぁ」


『無念』


そして、魔女の弟子達が去った事を確認したのは…廃都となったチクシュルーブの一角、崩れ去ったロクス・アモエヌスの内部で体を修理している逢魔ヶ時旅団の残党…ガウリイル、ディラン、シジキだった。


「しかしこっ酷くやられたもんだな」


「ン構成員の数割は団を出てっちまったよ」


『仕方なし』


彼らの元に居るのは極小数の傭兵達だけだ。皆逢魔ヶ時旅団を去ってしまった、残ったメンバーで機材を分け合いなんとか体を直し今ようやく動けるようになったところだ、だがとても魔女の弟子達にリベンジを仕掛けるような空気にはならない…。


「まさか、オウマが死ぬとはな…」


「アナスタシアもサイも居なくなった、これで…八大同盟としての逢魔ヶ時旅団は終わりだなぁ」


アナスタシアとサイの姿もなかった、オウマも死んだ。これで事実上の逢魔ヶ時旅団の終焉は訪れたと言える。そもそも逢魔ヶ時旅団はオウマの絶大なカリスマで成り立っていた組織だ、彼が死ねば…今のように団員も大量に抜けると言う物だ。


「ンこれからどうする、ガウリイル」


「無論、ここで体を治して魔女の弟子に再戦を申し込む。幸いここには資材もあるし時間をかければ修理も出来る、今更マレフィカルムも八大同盟の座もどうでもいい。ただ負けたままではいられん」


『確かにな、俺もそれを望む。とは言え俺の体は損傷が激しい、直すには年単位で必要だ』


「構わない、どうせ食事や睡眠は要らんのだ。じっくりやろう」


頭部だけになったシジキは申し訳なさそうに語るが、昔みたいな機械地味た口調よりも今の方が随分いいとガウリイルは思いつつもこれからの活動に思いを馳せる。自分は組織運用が出来ない、せめてアナスタシアが居てくれたらと思う物の…居なくなってしまったものは仕方ない。


これからはここにある鉄材を掻き集めて、それで……。


『失礼しまーす』


「ッッ…!」


ふと、部屋の扉を叩く音と共に…女の声が響く。聞いたことのない声だ、だが…おかしい、今この街には住人がいないはず、観光客が間違って立ち寄った?いやだとしてもこんな崩れた塔には立ち寄らないはずだ。


と言うことは考えられるのは。


(マレフィカルムの手勢が俺達を殺しにきた?だが刺客を差し向けられる謂れはないぞ…)


考えられるのはマレフィカルムの手勢、だが自分達には刺客を差し向けられる謂れはない。ヘリオステクタイトの件ならもう設計図もなければ物も無い、魔女の弟子によってその存在も西方も完全に消し去られ今は名前しか思い出せない。


だからマレフィカルムの手勢では無い…なら、誰だ。 


「ガウリイル…」


「分からない、マレフィカルムの手勢じゃない…」


「じゃあ、ン誰だぁ…?」


『もしもーし、居るのは分かってんんですけどー』


ゴンゴンと扉を叩く謎の存在に全員が臨戦態勢を取る。何者か分からないが敵である可能性が高いなら警戒するに越したことはない。


『あれー?出ないなー…仕方ない。ちょいと失礼します』


ゴキン…と音を立て鉄の扉が外れ。外から何者かが踏み込んでくる。女だ…眼鏡をかけた理知的そうな女だ、そいつが俺たちを見て『やっぱり居た』と小声で呟くが…それ以上に俺たちが驚いたのは。


「帝国軍人!?」


その女が着ていたのは帝国軍人の着る軍服だったのだ。この時点で女が敵である可能性は消えた、だが何故マレウスに帝国軍人が…そう思ったが女はギョッとしつつ。


「あー!ちょいちょいたんまたんま!こんな格好してるけど私は帝国軍人じゃないですって」


「なんだと…?」


「まぁ元帝国軍人って言えばいいのかな…まぁこっちも色々ありまして、少なくとも今は帝国軍人じゃありません」


「なら…何者だ…」


「それよりオウマは居ませんか?オウマを訪ねて来たんですけど」


女はクルリクルリと視線を動かしてオウマを探す。オウマの知り合いか?そう言えばオウマも元帝国軍人…ならその知り合いが訪ねて来たのだろうか…。だとしたら、敵ではないのか?


「…オウマは死んだ、魔女の弟子との戦いでな。だから訪ねて来たところ悪いが…」


「知ってます、だからオウマの死体は何処ですかって聞いてるんです。持ってますか?」


「は?」


「オウマの死体、あるんですよね。私が探した限りカケラも見つからなくて…カケラでいいんです、それで事足ります。死体…出してください」


何言ってるんだ…この女は、真っ当じゃ無い…。だがオウマの死体はない、奴は自爆によって死んだ…その死骸は後の円盤の爆発にも巻き込まれカケラも残らなかった。


だが問題はそこではなく、この不気味な元帝国軍人の女が何をしようとしているかで…。


『な…ぁ…、そんな…馬鹿な…』


「ん?シジキ…どうした」


『あ、あり得ない…あり得ない、お前は…お前は…』


すると、頭部だけになったシジキが…女の顔を見て驚愕する。シジキもまた元帝国軍人…何か知っているかと思い訪ねて見ると。シジキはない首を振るうように現実を拒絶する。


『何故お前がここに居る!』


「おや?そこの鉄屑…私の事知ってました?」


「知ってるも何も!お前は…お前は…』


そして、シジキは口にする。その女の名前を……その名は、俺たちも、知っている──。



『リーシャ・セイレーン…!お前は死んだはずだッッ!』


「何!?リーシャだと!?」


「………………」


リーシャ…オウマと同じ特記組黄金世代の一人にして数年前アルカナとの戦いで死んだはずのリーシャだとシジキは言う。その名を言われた女は一瞬まるで感情を無くしたようにピタリと静止し無表情になると…。


「……だとしたら?」


ニィーと三日月のように口元だけを裂けさせ死んだはずの女は不気味に笑う。異常だ…異常な事態が起こっている。死んだはずの女が…死んだオウマを求めてやって来た?どう言う状況なんだこれは!


「お、お前は…マレフィカルムの手先か!」


「手先?私が?マレフィカルムの?あんなのの一端になるわけがない、冗談きついですよ…というか私はオウマの死体はどこだと聞いているんです。欲しいんですよ…彼の死体が」


…ソニアは、まるで何か…恐ろしい物に備えるように兵器を作っていた。まるで恐ろしい存在に対抗するためにヘリオステクタイトを世界中に配備しようと病を押して動き続けていた。


それが何か、何がそうさせるのか…俺は理解出来なかった。だが…今分かった。


これだ…これがソニアの恐れていた真の脅威なんだッ!!


「オウマ…出してくださいよ…オウマ、彼の死体があればそれでいいんです…」


「寄るな…化け物がッ!」


瞬間俺は体を動かしリーシャに殴りかかる。ラグナに破壊されはしたが、それは修復機構だけ、身体性能そのものは未だ健在で───。


「化け物?なら貴方達は人形ですか?ねぇ…」


「ッッ!?」


『気をつけろシジキ!そいつ強さは異次元にある!少なくとも俺が知るリーシャの範疇にないッッ!!』


受け止められる、片手で軽く…俺の拳が。見切られた上に受け止められた?あり得ない、だが拳から伝わってくるリーシャの力が、俺に伝える。


こいつは既に第二段階を超越している…第三段階クラスの強者だ…!即ち帝国の将軍や八大同盟最強格の存在と同格!?


「邪魔ですよ鉄屑…私はね、ただ…死体が欲しいんですよ」


そういうなりリーシャは俺の体を投げ飛ばし、ベロリと長い舌を垂らして目を見開く。その様はどう見ても人間には見えない、怨霊か…或いは俺の知らない存在か。


「ぐっ…!?」


「ま、ン待ちなあんた!」


するとディランが咄嗟にリーシャの前に立ち。


「オウマの死体はない。俺達が隈無く探したがどこにもなかった!だから俺たちは持ってない、本当だ。あんたと争うつもりもないんだ」


「そうなんですか?」


「ああそうだ、悪かった。だから…立ち去ってくれ」


そうリーシャに交渉を持ちかける、するとリーシャは…。


「残念です、彼も欲しかったから魔女の弟子について来たというのに、死体が残ってないんですか。…そろそろ私も帰らなきゃいけないからなぁ…だから」


そう残念そうに、呟き…そして。


「ウッ…!?」


「だから、貴方達で我慢します…私の気持ち、理解してみますか?」


瞬間、ディランの背中から刃が生える。リーシャが腰に刺していた剣で…ディランの胸を貫いたのだ。


「ディランッッ!!」


「ンフフフ…ウフフ…ンフ…ガシャガシャガシャガシャ!!」


血を吐き倒れるディラン、虚な目で不気味に笑うリーシャ、何が起こっている…今俺たちの身に何が降り掛かっている。奴は一体何者で…何が目的で────。


「全員、私が連れて行ってあげますよッ!」


「クソッ!」


突如として訪れた死者の襲撃。オウマ亡き後に降り掛かる脅威の襲来。


それはやがて逢魔ヶ時旅団のみならず…いずれ、カストリア大陸…いや、世界に降りかかることになるとは、まだ誰も…。


知らないのだった。

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