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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
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576.魔女の弟子と黄金の正義


「………なんだよ、来たのかよ」


「ソニア…」


オウマを倒し、崩れかけた円盤の中にエリスと共に乗り込むと、そこには既に力を失い…ただ脱力する様に壁にもたれ掛かり、周囲を炎に囲まれたソニアの姿があった。


円盤は既に破壊されている、エリスによりぶち抜かれ粉砕された炉心は火を噴いており、いつ爆発してもおかしくない状態でソニアの傍に転がっている。


だが、ソニアは動かない。或いは…もう動けない。


「オウマはやられたか…、ケッ…何が世界最強の傭兵だ、肝心なところで負けてちゃ…わけないな」


「奴は最後までお前の為に戦ったぞ」


「そういう、契約だったからな」


ソニアはやや寂しそうに虚空を見つめる。オウマとソニアはこの四年間共に居続けた。そこに友情か…或いはなんらかの感情があったかは知らない、奴がそう言う誰かを想う感情を持つとは思えないが…それでも、何かを考える程度には、関係があったらしい。


「もうお前の計画は終わった」


「のようだな…、これで二連敗だ」


「ああ、私の正義がお前の悪を貫いた。お前の負けだソニア」


「だな…悔しいが、認めるより他ない」


「…………脱出、しないのか?」


既に、円盤は爆発寸前。脱出しないのかと問うたがソニアはそれに答えない。私は…一歩前に踏み出し。


「なぁ、せめてデルセクトで…」


そう口にした瞬間、私の頬に熱が走る。銃声が耳を裂き…頬を掠めた弾丸が背後に突き抜ける。


見ればソニアの手には小型の銃が握られており、ソニアは私が無事なことを確認すると舌打ちしながら銃を捨て。


「チッ、もっと近づいてくるのを待てばよかった」


「ソニア、お前…」


それは明確な拒絶だ、最早誰の助けもいらない…そういう感情を、ソニアから感じる。


「お前がオウマを殺すとは考えられん、大方奴は自分の死は自分だけの物と言いながら自害したんだろう…なら、私もそれに則るさ。お前の助けはいらない」


「………そうか」


「ああそうだ、私は…ぐっ…ゲホッゲホッ!」


そしてソニアは口元から血を吐くような咳をして苦しみ始める…。それを見たエリスは私の隣に立ち…やや申し訳なさそうな顔をして。


「その、メルクさん…実はソニアは──」


「言わなくて良い」


「え?」


知っているよ、彼女には先がないことくらい。ソニアの焦りようから見てなんとなく理解している。伊達に長い付き合いじゃないんだ、幼少期はそれこそ…ずっと一緒にいたからな。


だが、今その話はしなくていい。今は関係ないし…何より私はその話を誰かから聞くべきではない、少なくともソニアの前では。


「私は、本当はもっと早くに死ぬべきだった…あの時、お前に悪事を暴かれたあの時、お前の手で殺されるべきだった」


「そうかもしれないな」


「それを許したのはお前だ、だから今がある。二度…同じ愚を繰り返す気か?お前は」


「いいや、私も大きくなった。…だがそれでも、私は人を殺したくない、人の死も出来る限り見たくない」


「甘っちょろい奴め…、反吐が出る上虫唾が走る。このゴミ腐れが…この世でそんな甘い考えを貫ける物か」


「貫くさ、その為に…強くなる」


「口ではなんとでも言える…ゲホッ!ゲホッ!」


ソニアは苦しそうに咳を吐き、ぐったりと手を下に降ろし…視線だけで私を見遣る。


お前とは、長い付き合いだった、まさかこんな日が来るとは想ってもなかった。


最初の出会いは両親が死んで数日経ったあの時だ。悲しみに暮れる私の前に現れたお前は。


『両親が残した借金の返済義務はお前にある、返済出来なければお前を地獄に落としてやる…』


下卑た笑みを浮かべ、私をクリソベリアの地下にある拷問施設に連れて行き、この世の地獄を私に見せつけながらお前はそう語り、事実私は地獄に落とされた。


お前は恐怖の象徴だった、悪の象徴だった、私はお前を恐れお前は私を傷つけ、そんな関係が…こんなところまで来るとはな。


「ククク、だがまぁ悪くない人生だった。私は悪だ…他を苦しめ、傷つけ、より多くを殺せた。ヘリオステクタイトは失敗に終わったが…それでも私の意志は確かに拡散された、私の悪が種となり各地で芽吹く日もきっと来る…!メルクリウス、その正義がそれらも駆逐出来るか?」


「……………」


お前の悪は、きっとこれからも私を苛み続けるだろう、悪と正義の戦いに終わりはないのかもしれない…けど。


どうしてだろうな、この期に及んで私は今…ソニアに一つの言葉を投げかけたくなった。そこに理屈はない、意味もないのかもしれない、けれど…これが最後なんだ、言っておくとしよう。


「クハハ!悪は滅びない…故に私も滅びない、私の影はお前を永遠に苦しめ続ける!永遠に!尽きることなく!私は─────」


「ありがとう、ソニア」


「は?」


それは、礼だ。


私にとって、善の象徴がグロリアーナ総司令やマスターであるなら、悪の象徴はお前だソニア。善だけを、正義だけを見続ければきっと私は歪んでいた。私はお前がいたから善悪を学べた、間違っている事とは何かを…お前を見て学べた。


お前のようになるまいと思えたから、私は大きくなれた。お前という悪を打破する為に私はここまで歩いてこれた。


「お前がいたから、私は強くなれた。礼を言う」


「な…な…な……」


「───────」


安らいだ顔をするメルクリウス、顔を青くし瞳孔を揺らすソニア、その瞬間を近くで眺めていたエリスは…感じ取った。


メルクリウスの善意は、甘いかもしれない。反吐が出る程に甘く、そして徹底して善である。悪を憎み、悪事を許さず、正義を貫く彼女にとって悪の権化であるソニアは許し難い存在だ。


過去の事ももある、今回の件だってそうだ。ソニアに許される筋合いも礼を言われる筋合いもない。


だがそれでも…メルクリウスの正義はソニアの想像を超えた。彼女の善性はソニアの悪性さえも包み込んだ。


…それは即ち。


(勝負…あったかな)


ソニアとメルクリウスのかつてないほど長い戦いは、メルクリウスがソニアを完全に超えた事で決着した。


メルクリウスが、勝ったのだ。


「っ………クソ」


ソニアもまたそれを感じ取った、自らが完全に超えられたと。完全に負けたと、そう悟ったソニアは悔しそうにしながらも何処か晴れ晴れとした心地でその決着を見届けた。


自分が終わる前に、ケリをつけてくれたその事に、多少…感謝しながら。


「私は行くよ、ソニア。お前を超えて、私は正義を示し続ける。お前のような悪が現れようとも、私は正義を持って…打ち勝つて見せる」


「……………」


「それだけだ…」


背を向けるメルクリウスを、目だけで追うソニア。悔し紛れの戯言も今は意味をなさないことを知っている…だから彼女は。


「まだだ!」


「は?」


声を張り上げる、既に破けた喉で血を吐きながら、目を血走らせ、最後の生命力を振り絞り体を起こし…口にする。


「まだお前との戦いは終わらない!私とお前の戦いは!」


「…………」


「私は、レナトゥスを通じ世界中に情報網を張って…お前以上に多くの事を知った!『あの男』からも、信じ難いことを多く聞いた。その上で…私は、アルフェルグ・ヘリオステクタイトを作った!」


「アルフェルグ・ヘリオステクタイト…お前の目的だった…」


アルフェルグ・ヘリオステクタイト。通常のものよりも数百倍の大きさを持つ最悪の兵器、終ぞ発射されることはなく、メルクリウス達によって阻止された兵器の名を口にしたソニアは…口の端に血を流しながら、指を差す。


「世界の中心に、白き巨木が打ち立てられるその時が…私とお前がもう一度戦う時だ、その時…私とお前…どちらが勝つか、…あの世で、心待ちにさせてもらうぞ」


「……分かった、私も待っている」


「クックックッ…まぁそれまで、この世界があるか分からないが…精々足掻くんだな、正義の…味方よ」


それだけを述べてぐったりと倒れたソニアの周囲で、機器が爆発し炎の柱が吹き出し始める。いよいよこの場も限界が近いらしい…が、メルクリウスは炎の隙間に見えるソニアを見据え。


「…じゃあな、…ソニア・アレキサンドライト。我が終生の宿敵よ」


「地獄で、先に待ってるぜ」


歩み出す、ソニアに背を向け、ソニアと言う過去を超えて、メルクリウスは歩き出す。これで二人の戦いは終わりを告げる、メルクリウスは自らの因縁に終止符を打ち…この先に待つ全てに戦いを挑む。


この先、恐ろしい敵に出会うだろう、目を覆いたくなる悪事に出会うだろう。


だがそれでも、きっと…メルクリウスにとっての宿敵は、ソニアだけだろう。


「行くぞ、エリス…」


「はい!」


そして二人は燃え盛る円盤の爆発から逃げるように空へ飛び立ち…その場を後にする。チクシュルーブでの戦いが、いやデルセクトでの戦いが、この時…本当の意味で終わりを告げた。


…………………………………………………


「全く、最後まで嫌味な女だった…」


ぐったりと燃え盛る円盤の中で座り込むソニアは血を流しながら悪態を吐く。病に犯され時を失い、更にヘリオステクタイトと同化すると言う無茶を行った彼女の肉体はもう限界に近かった。


炎に巻かれて死ぬのが先か、病で死ぬのが先か…そんな状態にありながら彼女は恐怖を感じず笑い続ける。


結局は全て、自業自得という奴なのだ。オウマの手を取らずデルセクトに残り続ければきっとまだ生きていることが出来ただろうが、そんな人生…自分の生涯には相応しくない。例え何処かで野垂れ死のうとも、自分を貫いて死ねるならその方がいい。


ソニアはそういう精神性の女なのだ。


「メルクリウス…へへっ、お前はこれからどんな地獄を見るんだろうな…」


メルクリウスの行く先に安寧はない、これからも戦いの中で生き続ける。世界には…未だ巨悪が犇めいているのだから。


マレフィカルムもそうだが、それ以上の存在が今ディオスクロア文明圏全土に手を伸ばしている。恐らく魔女はそちらを警戒して魔女の弟子の育成を急いだのだと思われる。


それ程恐ろしい存在がこの世には居る。…居ることを、教えてもらった。あの男から。


(結局、奴の言ってることが正しいことなのかどうなのか、確かめる術はなかったが…だがもし事実であるとするならば、この星に未来はないのだろう)


その為に、アルフェルグ・ヘリオステクタイトを開発した。抗う為に…或いは芽を潰す為に。まぁ、それを潰してメルクリウスは先に進んだのだ、ならばきっと…奴はそれ以上の答えを探すはずだ。


…まぁ、出来ればの話だがな。


(この世にはまだ巨悪は居る、だがメルクリウス…お前がメルクリウスである限り、お前は巨悪と戦い続けるんだろ?でなきゃ…困るぜ)


目が霞み始めて来た、そろそろ限界に近いらしい。最悪だ、人生最後に思うのがメルクリウスだなんて、アイツが最後に現れやがったから…こんな事に。


「ソニア様」


「…ッ!?お前…ヒルデ…」


ふと、炎を引き裂き現れたのは…ソニアの従者ヒルデブランドだった、彼女は全身を炎で巻かれながらも鉄の体でそれを耐え、ソニアの前に現れたのだ。そしてゆっくりと目を向けて…見下ろす。


「…まさか私を助けるつもりか?無駄だ、もう私は長くないし、何より助かるつもりもない」


「否、貴方の意思を尊重するつもりです」


「…なら、何してんだ」


「謝、…守れず…申し訳ない」


ヒルデブランドは、エリスと戦った。いや戦いと呼べるかも分からないくらいヒルデブランドは圧倒され、今の今まで気絶していたんだ。だがそれを咎めるつもりはない、仕方ない話なんだ。


「仕方ない事だ、アイツも強くなってたからな」


「迷、ですが…ここまで強くしてもらったのに」


「しょうがないさ、今更悔やんでもな」


「…………」


「それより、早く脱出するんだな。もうここは長くな───」


と、言いかけた瞬間…ヒルデブランドはその場に座り込み。ソニアを見据える。まるでここから動くつもりはないと言わんばかりに。


「望、せめて…火の熱さを、遮ります」


「お前……」


「忠、我が主人は貴方だけです。ソニア様…私は…最後まで貴方について行きます」


「………」


そう言ってヒルデブランドは背中に火を浴び、ソニアを熱から守るというのだ。せめてその眠りが少しでも安らかな物になるようにと。


それほどの忠義を見せるヒルデブランドに、ソニアは目を見開く。そうか…そうなのか、お前は…そういう奴なんだな。


「バカな奴だ…」


「肯、私を拾ってくれたのは、貴方だけですから。この命は貴方の為に」


「………好きにしろ」


褒めの言葉は与えない、逃げるならばいつでも逃げていい、恨むならいつでも恨んでいい。ヒルデブランドを雇った時に自分はそう言った。アルクカースから逃げ延びた傭兵を拾って、面白いからサイボーグに改造して、時に痛ぶり痛めつけ、それでも側に居続けたヒルデブランド。


逢魔ヶ時旅団についていくと決めた時も、何も言わずについて来て、ソニアもついてくる事に疑問を抱かなかった。いつしかヒルデブランドと言う存在が自分にとって当たり前になっている事にも気が付かず。


その関係は姉妹よりも固く、親子よりも近く、親友よりも深く。ソニアと言う女に最大の不幸があったとしたならば、ヒルデブランドと言う唯一無二の存在のありがたさに今この最後の瞬間に至ってようやく気がつけた事だろうか。


「……ヒルデ」


「問、なんでしょう」


「手を握れ」


「…否、ですが私の手は赤熱して」


「もう感覚などない、いいから…あの世に行く時、はぐれたらどうする…」


「……是」


熱を浴びて赤熱した手を握り、ソニアは目を閉じる。手が焼けてもお構いなしに…最後の力で握り返す。


「知ってるか、ヒルデ」


「問、なんですか?」


「生前悪いことをした奴は地獄に落ちるらしい、そこで悪魔に終わらぬ責め苦を味合わされ生きていた頃の罪を償わされると聞いた…」


「笑、それはそれは」


「クク、楽しみだ。私も悪魔と言われた身…本物の悪魔の責め苦ってのを、是非とも拝見しようじゃないか」


「是、お供します」


「ああ…、一緒に居てくれよ…ヒルデ」


ソニア・アレキサンドライトは悪人だ。多くを殺し、多くを不幸にしたその女の死は苦痛と不幸に塗れていなくてはならず、事実彼女は病に苦しみ、最後は火に包まれ死ぬこととなった。彼女が善良であったならばこんな事にはならなかった。


全てを失い、全てを狂わされ、全てに苦しみ抜いた悪魔の女。


それが今日、失われる。明日の世界はきっと…今日よりも良い日になるだろう。


「─────────」


「おやすみなさい…ソニア様」


全てが赤く染まる中、轟音が響く部屋の中、ソニア・アレキサンドライトは従者の声を聞きながら、確かに苦しんで…この世を。


去った。


………………………………………………………………………


「ッッ──────!」


「ぐぅっ!…爆発した…!」


そのままエリス達はメルクさんを抱え円盤から飛び出て空を駆け抜けた瞬間だった、ソニアがいた円盤が大爆発を起こし地面に向けて墜落していったのは。あと少し脱出するのが遅ければエリス達も巻き添えを食ってた。


危ない危ない…。


「危なかったですね、メルクさん…メルクさん?」


「ソニア……」


ふと。メルクさんを見ると…彼女は爆発炎上し地面に落ちていく円盤を見ていた、涙を流すでもなく、喜ぶでもなく、ただただ無表情で。


その感情がどう言うものか押し測ることは出来ない、多分メルクさんにも言語化出来ないだろう。それだけソニアはメルクさんの中で大きな存在だった、メルクリウス・ヒュドラルギュルムを構成する一因として…ソニアは確かに存在していたんだ。


「なぁ、エリス」


「なんですか?」


そしてエリス達は、円盤の残骸が燃え盛りながら降り注ぎ、流星のように街全体に飛び散る中を飛びながら…語り合う。


「私はさ、正義の為に生きようと思う。万人の安寧のために…それが私の黄金の正義だから。幾星霜経とうとも輝きの褪せない正義の為に」


「いいんじゃないですか?」


「万人ってのは魔女大国だけじゃないぞ?マレウスも非魔女大国も、外文明も含めて全部だ」


「それは大変そうですね」


「ああ、大変だ。きっとアド・アストラの六王やマーキュリーズ・ギルドの頭目で満足しているうちは達成出来ない。私はもっともっと…大きくならないといけない」


「なら…」


「そうだ、進み続けよう。この旅は確かに私達を強くしてくれている、ならば進み続けるんだ…みんなで」


「そうですね、この旅を終えたらエリス達はきっと…もっとずっと強くなれているはずです。エリス達…みんな」


そう言ってエリスは視線を下に向ける。そこには…。


『あ!メルクさん達だ!』


『おーい!メルクさーん!エリス〜!』


『こっちでございますよー!』


ラグナ達が街の入り口で民衆達と共にこちらを見て手を振っていた。みんな待ってくれているんだ、エリス達を。


「みんな待ってます、行きましょうメルクさん」


「ああ、愛すべき朋友達に良い報告をするとしよう」


エリス達は進み続ける。エリス達は進み続ける事ができる、それは勝ったから、勝ち取ったから。勝ったから進める…そして、勝ったからこそ、進み続けねばならない。


エリスの正義を貫いたからこそ、その正当性を証明し続けなくてはならない責任がエリスにはある。


だから…エリス達は。


「みんなー!」


「戻ったぞ!」


また一緒に、歩き続ける。


…………………………………………………


「みんな無事か」


「ああ、地下から逃げ延びた住民達もなんとか外に出せたぜ」


「ルビー様やシャナ様、ヴィンセント様達も無事でございます」


そして、みんなと合流したメルクリウス達は歩きながらそれぞれの状況を確認し合う。まず魔女の弟子達は無事、レゾネイトコンデンサー破壊後に揃って住民達と合流、デティ達も先んじて脱出し皆と合流し今こうしてチクシュルーブ正面門にて休息をとっている。


これで危機は完全に去ったと言える。彼らを追いかけていた憲兵も魔力吸引の犠牲になりかけ理想卿が何やらとんでもないことをしようとしていると察したのか、彼らも住民達と共にこの街を出る選択をした。もう憲兵は敵じゃないし、何より今更捕まえたとて入れる牢屋もありはしないからな。


ただ一つ気になる点があるとするなら。


「それで、逢魔ヶ時旅団は…」


「ああ、さっきも言ったけどみんないなくなった」


「小隊長も…エリアマスターもか?」


「ああ、ちょろっと行って探しただけだが…全員もれなく消えていた」


「そうか…」


唯一我々と完全に敵対する理由を持っていた逢魔ヶ時旅団は、何処かへと消えてしまったらしい。煙じゃないんだ、何処かに隠れていると見るべきなのだろうが…ラグナはそこに対してあまり危機感を覚えていないようだ。


「呑気だなぁラグナ、倒したとは言えまた俺達を狙うかもしんねーんだぜ?」


「関係ないだろ、あいつらはサイボーグだ。治癒じゃ治らない、修理しないと戻らない。修理には技術者と設備が必要だが、この有様だ…暫くは回復しないし、回復しても以前ほどは強くないだろう、なら放っておいても大丈夫さ」


ラグナはめちゃくちゃになった理想街を見遣る。もうこの街は機能していない、技術者もいないし設備も破壊された、修理しようにも技術者がいないし…何よりその中枢を担っていたソニアもいないのだ。


サイボーグ軍団になった逢魔ヶ時旅団は、傷ついた体を癒せず宙吊り状態になったと言える。なら脅威度もかつてほど高くはあるまい。血眼になって探すまでもないか。


しかし…。


「理想街も、こうなったら終わりだな」


アマルトが街を眺めながら頭の後ろで腕を組みなんとなくそう言う。確かに…終わりだ、多大な闇を抱えた理想の街は、狂気に満ちた領主とその内に溜め込んだ闇そのものによって瓦解した。もう再建することはないだろう。


「ソニア、死んだんだろ?」


「ああ…、燃え盛る円盤と共に消えた。何より彼女は先が長くなかった…」


「ふーん、病気だったのか?」


「多分な」


「変なの、サイボーグ技術持ってるなら、それで治しゃよかったのにな」


「……フッ、それはソニアが納得しないだろう」


奴は、自らに終わりを背負うことで私と戦う覚悟を決めていた。なのに体を直したら意味がない。奴はそれほどの覚悟で臨み、私も覚悟で応えた。あの戦いはそう言う戦いだったのだ。


「しかし理想街もこの有様、王貴五芒星の一角ソニアも死んで…マレウスはめちゃくちゃでございますね」


「め、メグ…それは言うな…気にしてるんだから」


「クルス、ロレンツォに続いてソニアまで…もう王貴五芒星も二角しか残ってないよ」


メグとネレイドの言葉にやや肩が重くなる、私達のせいかと聞かれると怪しいところだがそれでも私達とマレフィカルムの戦いに巻き込まれて王貴五芒星のうち三人が死んだ、ソニアに関しては自業自得とは言えマレウスを支える五つの柱のうち三つを潰してしまった。


デルセクトで言えば五大王族うち三人がいなくなったも同然。ソニア一人が五大王族から消えただけで私もあれだけ苦労した。レギナ殿には心労をかけてしまうな。


「……まぁレギナなら上手くやるだろ」


ポツリとラグナがそう言い、確証は無いし私達から何かしてやることもしてやれる事もないが、この一言で一旦この話題から遠ざかる事となる。これ以上論じても私たちにはどうしようもない、別に私達が殺して回ってるわけではないのだしな。


「うぅぅ〜ん!っつーことは!終わったんだな!この戦い!」


「ですねラグナ、久々の娑婆の空気は美味いです!」


「もうほんと、地下の生活キツかったー!」


「今回はまぁ精神的に疲れたよなぁ…、俺結婚までしたんだぜ?なぁ」


「私…寝たい…」


「僕もです…」


「では今日はもうお休みにして、詳しいことは明日に回しますか」


『さんせーい』


ともあれ無事戦いは終わった、私の長い因縁にも決着がついた。皆疲労困憊だ…今日はもう眠ろう、詳しいことは明日話そう、みんなでそう話し合い全員が賛成の声を上げたところで…ふと。


「ハッ!」


私は重要なことを思い出し…バッ!とアマルトの方を向く。


「おい、アマルト」


「え?何?」


「お前に言わねばならん事がある」


「え?え?なに?この流れで?なんか怖いんだけど」


そして私は横並びで歩くみんなの前に立つように一歩前に出て。ゴホンと咳払いし注目を集める。


「なんだよメルク」


「いやぁ、オウマは強敵だった。今まで二度敗れた相手だ、かつて無いほどの強敵だったと言える」


「ああ、そういやオウマを倒したのか。すげーじゃん」


「オウマは強かったですよ、エリスも戦ったので分かりますが洒落にならない強さです」


「ジズと同じ八大同盟でございますからね」


「ああ、強かった、私は苦戦を強いられた。己の正義さえ揺らぐほどの苦戦だ…大苦戦だぞアマルト!!分かってるか!」


「お、おう。疲れた体には効くね、このハイテンション。つーか何が言いてぇんだよ」


「……してしまったんだな、覚醒」


サッと髪を撫でながら私は片手で片目を隠しながら脚を開き胸を張るポーズで決めてみる、覚醒したんだよようやくな、覚醒だぞ覚醒!


「え!?マジ!?いやそうだよな…オウマと戦って勝つなら覚醒くらいするか…!クソッ!先越された!」


「見たいか?見たいだろう?見せてやるぞ?いいぞ?行くぞ!魔力覚醒!『マグナ・ト・アリストン』ッッッ!!」


全身に力を込め魔力を逆流させる、不思議なもので一度勢いで出来てしまうと後は体が感覚を理解してくれるようでいつでも銃のトリガーを引くように覚醒出来るようになるんだ。


そして私の体は黄金の光を放ち、そして────ボンッ!と全身が爆発し魔力が抜けて。


「おげぇー!」


「ぎゃー!?滝みたいに血ぃ吐いたぞ!」


「メルクさん!まだ完全に回復してないんだから魔力覚醒しないで!」


「い、いやアマルトに見せないと…魔力覚醒!ゲバァッ!」


「分かった分かったッ!命かけてマウントしなくてもいいから!羨ましいから!」


「ぐぬぶぶ、無念…」


「誰かこのバカをベッドに運んでやれよ!」


「ん、じゃ私が」


どうやら私は想定以上に消耗していたようで、覚醒の負荷に耐えきれなかったようだ。覚醒しようと力を込めただけで倒れてしまった。そこをネレイドに担がれながら私はアマルトを見て。


「フッフッフッ、これが覚醒の負荷か。いやぁ〜キツいな」


「こいつマジで腹立つんだけど…」


「まぁまぁ、次はアマルトだって」


「まぁメルクは覚醒の兆候を掴んでたしなぁ、はぁー!俺も早く覚醒してぇー!俺今回も覚醒者と戦ったんだぜ?毎回覚醒なしはキツいって!」


「アマルト様…覚醒無しで覚醒者二人倒してるんですね…」


「覚醒するより凄くないそれ…」


「それはそれとして覚醒してぇー!」


「フハハハハ!すまんなぁ先に覚醒してしまって!」


「ネレイド!そいつよこせ!一発はたく!」



『おーい!エリスさーん!』


「ん?あ!ルビー!」


ふと、馬車を前にしたところで駆け寄ってくるのはルビーだ、ルビーギャングのみんなも一緒だ、地下のみんなと一緒に脱出した後チクシュルーブ外の平原で屯して休憩していたようで…みんなボロボロながら、きちんと生きている。


「すっげーぜエリスさん!メルクさんも!逢魔ヶ時旅団に勝っちまうなんて!」


「理想卿も逢魔ヶ時旅団も倒してくれたおかげで…俺達また外に出られたよッ!」


「ありがとう!本当にありがとう!また太陽が見れるなんて!」


「俺これからは盗みも暴力もやめる!ギャングも今日限りで解散だ!これからは真っ当に生きていくよ!約束する!もう地下に落とされるのは絶対に嫌だ!」


ギャングの子達は命懸けで自由を勝ち取る為戦っただけあり、勝ち取ったこの自由の尊さを誰よりも強く理解しているようで。私達を囲んで涙ながらに頭を下げ『ありがとう』『ありがとう』と口にする。


「ああ、もう悪い事はやめるんだ。君達には未来がある、償う為の時は用意されているんだ」


「メルクさん達に誓うよ、俺達…これからは真面目に生きる!」


「そうしろ、これからどうするか決まってるのか?」


「ああ、一応」


「え!?」


これからどうやって生きていくか、決まっているかと聞かれたらギャング…いや元ギャング達は迷わずコクリと頷くが、それに衝撃を受けたのは他でもなく…ルビーだった。


「え?おいおい、これからどうするか話し合うんだろ?私何も聞いてないぞ!?」


「それが…すんませんルビーさん、実は俺達…外に出たら何処に行くか決めてるんだ」


「何処に!?」


「アタシの所さ」


疑問を呈するルビーに答えを与えるのは、ギャング達と共にやってきた老婆、私達の恩人でもあるシャナ殿だ。彼女は何処からか持ってきたパイプを吸いながらクイッと顎を引いて。


「こいつらは地下で粗末ながら銃を作ってた経験があるからね、そいつを活かして武器職人する。アタシがサイディリアルに持ってる工房にね」


「クソババア…あんた中央都市に工房なんか構えてんのかよ。アンタ何者だよ」


「なんだっていいだろ、ルビー。アンタもアタシと来るんだよ」


「はぁ!?私は…武器の加工とか出来ないぜ?」


「違う、アンタにゃ冒険者になってもらう。冒険者協会の本部でね」


「なんで…?」


「アンタ戦うしか能がないんだから、有り余らせた腕っ節を買ってくれるのは冒険者しかない。アタシは協会に顔が効くからね、そこでならアンタも生きていけるだろうよ」


「………冒険者か」


ルビー的にはどうなんだろうな、彼女の両親は冒険者だった、祖父も祖母も冒険者だった、そしてその結果彼女は一人になった。冒険者と言う職そのものに思うところもあるだろう…だが。


「結局、そうなるか。血筋ってやつなのかな…」


彼女は受け入れたように天を見上げる。冒険者として散った両親を思ってか、或いは未だ先の見えぬ未来を思い描いてか。だが…。


「やるよ、冒険者」


「いい返事だね」


受け入れる、己の血筋と運命を、それを聞いたシャナは嬉しそうにニッと笑う。しかしシャナ殿は何者だったんだ?中央都市に工房を構えるなんてそれこそ一流の技術者でもない限り無理だ、剰え冒険者協会にも顔が効くなんて…。


地下にいていい人間じゃないだろうに…。


「でもよぉ、私冒険者の事とか全然知らないぜ?」


「ああ、それならアタシが…」


「それならサイディリアルの王城を訪ねなさい」


「へ?エリスさん?」


ふと、冒険者の仕事に不安を感じるルビーの隣に立ち、王城を訪ねろと言うエリスは、やや硬い表情で…口にする。


「サイディリアルの王城に近衛騎士のステュクス・ディスパテルと言う男がいます。彼は元冒険者で経験もあります、分からないことがあれば彼に聞けば良いです」


「ステュクス?そいつを頼ればいいのか?」


「ええ、『エリスの頼みだ』と言えばヒィヒィ言うこと聞きますよアイツ、それに…面倒見のいい優しい奴です、一度請け負った仕事はきちんとやり遂げてくれるでしょう」


「そっか、エリスさんがそこまで言うならいい奴なんだろうな、そいつ」


「はい…、アイツに貸しを作るのは癪ですが…まぁ、ルビーちゃんの為です。あ、ステュクスに嫌なこと言われたら『エリスに言いつけるぞ』って言いなさい?それで多分アイツは黙ります」


エリス…ステュクスに押しつけるつもりか。アイツもアイツで忙しいだろうに…だがまぁ、それでもエリスがステュクスを頼るようになったのもある意味進歩か。


ここはステュクス君には苦労してもらおう、弟に生まれた不幸という奴だ。


「分かった!んじゃ早速サイディリアルに行くか!なんか楽しみになってきやがった!」


「バカだねルビー、まずは準備だよ。というかアンタヘトヘトだろうに、今日は休みな」


「へぇーい」


「返事はきちんとする!」


「は、はい…」


そうしてルビー達は共にサイディリアルを目指す旅路の支度を始める。彼女達も明日出発か、なら別れの挨拶は明日でいいだろう。


「では皆様、馬車に戻って先にお休みください」


「え?メグ?お前何処に行くんだよ」


「シャナ様達が旅の支度をするなら、少々物資の援助をと思いまして」


「ああそうか、まぁ…お前も疲れてるんだし、程々にな」


メグは働き者だな、或いは動いていないと緊張が切れてしまう…それを嫌っているのかもしれないな、まぁとは言え『じゃあ私も手伝う』と言えるほど今の私は元気じゃない。寧ろやすみたい…寝たい。


「悪いが先に休ませてもらおうか」


「そうだな…」


「あ!僕達の馬車です!」


「うーん!久しい我が家ー!ただいまー!」


そして私達は皆揃ってメグが用意してくれたいつもの馬車に戻ってくる。ここ数週間ずっと地下の生活をしていたから…久しく戻ってくるこの場所がどうにも愛おしい。今は一旦…ここで休んでいよう。


動くのは…明日からでいいや。


…………………………………………………………


「シャナ様」


「あん?なんだいメイド…いや、名前は確か」


「メグ・ジャバウォックでございます」


「そうだったね、なんだい」


メルク達と別れたメグは冒険の支度を始めるシャナ達の元を訪れる。とは言っても支度をするのはルビー達だけだが。一応逃げる最中に掻っ払った金品を元手に食料を手に入れる算段、あと脱出の過程で作った武器の点検。


西部はキチンとルートを選んで行けば危険な魔獣には出会わないしこのメンツで向かっても問題はないという判断だろう。流石は…歴戦と言ったところか。


「いえ、ただ意図を聞きにきただけです。これは私達の活動にはなんの関わりもない私個人の興味と好奇心故の質問です」


「へぇ?」


するとシャナ様はパイプを吸って煙を吐き…視線だけをこちらに向けて。


「意図…かい」


「はい、貴方はなぜ…ルビー様をそこまで気にかけるのですか?」


「気にかける?ああいう教養のないガキの馬鹿な行動を見てると気分が悪くなるんでね。必要最低限の事を教えてやってるだけさ」


「ですが貴方が地下に落ちたのはルビー様を助ける為でしょう?でなければ貴方のような人が地下にいるわけがない」


「……アタシはただのババアだよ」


「貴方程の人がただのババアなら私はただの美少女になってしまいますよ、…シャナ・シードゥス。エリス様はこの名前を聞いて特に反応していなかったようですが…私は違います」


私はシャナ・シードゥスを知っている。会った事はないが名前は聞いている。その名を聞いた時から私は彼女の正体に察する部分があった、故に地下にいるというギャップに驚いた物だ。


何せ子の名前はマレウスの歴史を調べれば確実に一度は目にする名前だ。そう、彼女は…


「ですよね、冒険者協会最高幹部の一人…『鋼鉄歯車』のシャナ・シードゥス様」


「ふぅ〜…飾りだけの名前さね」


冒険者協会には四人最高幹部がいる。ケイト様がその一人であるように…シャナ様もまたその一人。つまり世界最大クラスの大組織の指揮を取る立場にいるのが彼女。また、現役時代はケイト様の『ソフィアフィレイン』に匹敵する伝説をいくつも作り出したまさしく生ける伝説の一人だ。


そんな人物が身を崩して地下に落ちた?あり得ない、これは何か意図があるとしか思えない、なら…その意図は間違いなくルビー以外ない。


「ルビー様を助けにきたのは協会の命令ですか?」


「別にそんなつもりはないよ、ただ別に放っておけなかっただけさ、アイツの祖父には借りがあるからね」


「祖父…ですか」


ルビー様を見る、ルビー様は自分が地上でどれほどの影響力を持つかまだ理解していない、或いはその存在が大々的に公表されれば多くの人達に祭り上げられるかもしれない人物でもある。


「彼女を冒険者にするというのは、本気ですか」


「ゾディアックの人間ならそうしておくのが一番さ、それに…なんか最近キナ臭くてね」


「きな臭い?」


「ケイト・バルベーロウだ、昔から得体の知れない奴だったが年を経るごとにアタシはアイツが人には思えなくてね。老けないからじゃないよ、アイツの目が…気味悪いのさ」


「気味が悪いですか…実は私達は最近までケイト様から情報提供を受けておりまして」


「ケイトから?アイツがそんなことするかね…。どんな情報だい?」


「……『ガンダーマンはマレウス・マレフィカルムに裏で繋がっている可能性がある』と」


「……………………」


シャナ様はギョッとした顔で私の顔を凝視し、暫し沈黙する…すると。


「…まぁ、そういうこともあるかもね」


「真実なのですか?」


「まあね、ガンダーマンはマレウスの裏世界に顔が効く。アイツが一声かければそれなりの組織を動かせるし、昔は八大同盟と協力したこともあった…ジズ・ハーシェルとね」


「え!?」


「とは言えジズとは殆ど交友はないけどね、でも…関わってるという点は嘘じゃないかもね。けど妙だね…ケイトがそれを、なんでアンタ達に…妙だね。まさか…いや今になって?あり得ない、わからない…」


シャナ様は首を振って理解出来ないと目を伏せてしまう。シャナ様でも推し測れない何かをケイト様は持っていると…?やはり全幅の信頼を置いていい人ではないか。


「ケイトの考えは分からない、けど色々キナ臭くなってきやがった。アイツがなんかをしようとしてるのは確かだ…こりゃあやっぱ、アイツが必要だね」


そう言ってシャナ様は、ルビー様を見る。今…冒険者協会の中で何かが起ころうとしている。或いはそれは乱となるやも知れない、だからこそ必要なのだ…。


「今の冒険者協会には奴が必要だ、ルビー・ゾディアックがね」


……………………………………………………


「ハァ〜疲れたぜ〜」


「まだ夕方ですけど寝ちゃいましょうか」


「うーん、エリスはその前にお風呂入りたいです」


「風呂入るにはメグさんが必要だしな…」


「だがもう限界だぞ…ベッドで休みたい」


馬車に戻ってきた魔女の弟子達は疲労困憊の中リビングを右往左往する、風呂に入りたい勢力と今すぐ眠りたい勢力で二分されているのだ。とは言え風呂に入るには温泉の絵画に入る必要がある、つまりメグさんが必要なのだ。


今すぐは入れない、そこで。


「じゃあ私がここでメグさんを待ってるよ、メグさんが起きてきたらみんなに教えるね」


「いいのか?ネレイド」


「うん、私はまだ元気だから」


ネレイドがリビングに残りメグが帰ってきたらみんなに伝えると立候補するのだ、それを聞いた弟子達はやや申し訳ないなと思いつつも、その好意に甘えることにした。


「そうか…なら任せていいかな」


「すみませんネレイドさん、ありがとうございます」


「ありがとねネレイドさーん」


「うん、いいよ。休んできて」


そう言って寝室へ消えていく仲間達を見送る。まだ元気というのは本当だ、デティによって傷は治してもらったしダメージは残ってない、私の体はみんなよりタフだから体力も有り余っている。


だからここでメグさんを待って、それでみんなとお風呂に入ってから眠る。それを待つことくらいは出来る。そう考えたネレイドは自分用のクッションに腰を下ろしつつ。


「…暇だな」


それはそれとして暇であることに気がつく。みんな寝てしまったから話し相手がいない、いつもならこういう時は筋トレをするのだが、いくら元気とは言え筋トレするほど元気なわけでもない。


「読書でもしようかな」


仕方なしと立ち上がり、リビングに置かれている本棚に目を向ける。ここの本はメグさんが定期的に入れ替え常に新しい物や面白そうなものを仕入れてくれているのだ。全員分の好みを把握しているメグさんが集めていることもあり、当然…ネレイド好みの物もある。


ネレイドが選ぶのはオライオンプロレスリングリーグの名勝負を纏めた本で…。


「ん?なにこれ」


ふと、見慣れない本があることに気が付き、咄嗟にそれを手に取る。この分厚い本は…そう思いタイトルを確認すると。


「『大冒険王の大冒険』…ガンダーマンの自叙伝か」


ガンダーマン名義で冒険者協会で売り出されている本が本棚に置いてあった、中にはガンダーマンの逸話が書き込まれているが…文がややナルシストくさい、これが何処まで本当かは分からないが…昔は凄い人だったのに、今や自己顕示欲の怪物になってしまっているな。


「……ん?」


パラパラとページをめくり、自画自賛地味た文に辟易しつつ本を閉じ、本棚に戻そうとした時…気がつく。


「これ……」


そこは本の背表紙、書き込まれているのは著者の名前だ。当然著者と言えばガンダーマンなのだが…。


「んー?なんだっけこれ、何処かで聞いたことがある気がするけど、思い出せない」


見覚えがあるんだ…いや聞き覚えか?だがそれが何かよく分からない、上手く思い出せない気味の悪さを振り払い、ネレイドはその疑問を無視して大冒険王の大冒険を本棚に戻し…。


「えーっと、レスリング熱闘記…レスリング熱闘記…あった、これこれ…」


そしてお目当ての本を見つけ、先程の疑問もガンダーマンの本のことも忘れ、読書に耽る。



…忘れられた本は、背の背表紙を晒しながら佇み続ける。


タイトル…『大冒険王の大冒険』…その著者はガンダーマン。…いや、正確に言うなれば。



……『ガンダーマン・ゾディアック』。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ついにメルクリウスとソニアの因縁に決着がつき実力的にも精神的にもさらなる飛躍へ向けて進み始めていてとてもワクワクしました。最近情けないところが多かったメルクさんの印象もだいぶ改善した!と思…
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