575.魔女の弟子と地の底から星を穿つ正義
「これは素晴らしい、こんな事があり得るとは…」
「あの、検査の結果は…」
「おお、これは失礼致しました。メルクリウス総司令補佐官」
これは随分昔の話。メルクリウスが…私がまだ十代で…エリスと共にデルセクト中を駆け巡りソニアの企みを打破しヘットを打ち倒し、総司令補佐官に任命されて直ぐの事だ…まぁこの後色々あって同盟首長になるのだが、これはその前の話だ。
ヘットとの戦いで私はエリスを助ける為、咄嗟に究極の錬金機構である『破壊』のニグレドと『創造』のアルベドを体内に取り込みヘットの戦艦ウィッチハントを単独で沈めるに至った。その後私はミールニアに戻り検査を受けることになったんだ。
一応、体内にニグレドとアルベドがある状態だからな。何かこう…変な状態になっているのであればなんとかしたいが。そう思い私はデルセクト兵器開発局に精密検査を頼み…今こうして研究者達によって囲まれているのだ。
「検査の結果は出ましたよ」
「アルベドとニグレドは」
「メルクリウス総司令補佐官の肉体に完全に癒着しておりますな」
「切除は…」
「心臓と完全に一体化しております、この二つを取り出すにはメルクリウス様の心臓を取り出すより他ないかと、しかもメルクリウス様の生命活動の停止と共に…恐らく二つの機構もまた停止する。つまり不可能ですな」
「そうか…」
困ったな、この二つは石像にされたエリスの師匠レグルス様の救出に使うつもりだったのに…取り込んでしまってはもう打つ手無しだぞ。
「ですがご安心を、この二つはまだ機能を失っていません。メルクリウス様の体内で今も動いている…つまりメルクリウス様はこの二つの力を使えるのです」
「ほ、本当か?それは良かった。友達の恩人を助けるのに必要だったんだ」
「はぁ、そうですか」
その辺に関しては興味なしか。まぁ別にいいが。すると研究者は何やら興奮したように鼻息を荒くし。
「そんなことより!」
そんなことよりとはなんだ…。
「これは驚きの結果ですよ!何をどうやっても組み合わせる事が出来なかったニグレドとアルベドがメルクリウス様の心臓の一部になる事で完全に同化している!これは兵器開発局が百年近く四苦八苦しても達成出来なかった偉業です!」
「そうなのか?」
「そうなのかって…相反する二つの性質が完全に同化してるんですよ!?言ってみれば空と大地が一緒になってる!水と油が混ざり合ってる!貴方は今鳥であり魚!いや…四角い球体とでも言いましょうか」
「なんなんだそれは」
「究極の存在…という意味ですよ。これは現行の技術論では絶対にあり得ない事象だ…恐らくデルセクト中…いや世界中の資料を漁っても前例は見当たらないほど、貴方は稀有な存在になりました」
と言われてもイマイチ想像がつかないな、強いて言うなればエリスの師匠を助けられそうで良かったってくらいか。あの子には今回の戦いで助けられたからな…私も彼女の助けになりたい。
「第一工程『破壊』のニグレド、第二工程『創造』のアルベド…この先の第三工程に向かう事こそがデルセクト技術者全員の夢でした…ですが第三工程を作るにはニグレドとアルベドを同化させねばなりませんでした。この二つは相反するが故に同化せず…未だかつて一度として達成事例は無し…ですが貴方はそれを実現させた」
「第三工程…?あの作れないと言われた、あれか?」
「ええ、今の貴方は第三工程『変容』のキトリニタスとなった…貴方こそが史上最強の錬金機構となったのですよ」
第三工程…『変容』のキトリニタス。初めて聞く名前だ、いや当然か…今の今まで存在していなかったのだから。
「過程で一度は翡翠のヴェリティダス状態になる可能性もありますが、恐らく貴方なら黄金状態へ直ぐに移行できる事でしょう」
「なんだ黄金とは、そもそも変容も意味が分からん」
「おや?メルクリウス様は錬金術の四大工程を知らないので?」
「四大工程?それは錬金銃使用許可試験で習う範囲か?」
「いえ、習いません。あまりにも当たり前すぎる事なので錬金機構初任研修よりも前の段階で習います」
「なら知らん」
「いいですか?錬金術とは凡そ四つの工程を経て完成となるのです。まず──」
技術者が語る、錬金術の工程…それは。
第一工程…破壊。物質を破壊し混ぜ合わせる工程。これを黒と呼ぶ。
第二工程…創造。物質を再び再生させ形を作り出す工程。これを白と呼ぶ。
第三工程…変容。作り出した物をまた別の物に変える工程。これを黄金と呼ぶ。
第四工程…完成。物体が新たな存在として完成した状態を指す。これを赤と呼ぶ。
創造と変容の間には時に『過程』のウェリティダスなる物が挟まることもあるらしいが、まぁ今は割愛する。
これが錬金術四大工程。確かに言われればそのような工程を辿っているな。
「究極の錬金機構ニグレドとアルベドはこの工程を極限化しつつ辿る事で最終的に第四工程『完成』を目指し神にも匹敵する力を引き出すプロジェクト、らしいです」
「らしいってなんだ」
「この計画自体発足時期が不明なのでよく分からないんですよ」
「よく分からんのに作っていたのか…」
「ともあれ貴方は永遠に変移不可能と言われていたニグレドとアルベドを第三工程に持っていく事が出来ました。それを理由に貴方の体は『変容』したでしょう?」
「したのか?」
「ええしてます、貴方の錬金能力は融合前に比べて格段に上昇している。これは二つの錬金機構を取り入れただけではなくそれを効率よく使える肉体に強制的に変容したのです」
「そんな気はしないが」
「貴方に変容の力があるなら、事実上貴方は人間の範疇であるなら如何なる形にも肉体を変容させられる。超人にだろうが達人にだろうが何にだって」
「そ、そうなのか!」
「ええ!というわけで早速見せていただきたい!『変容』のキトリニタスの力を!」
「よし!行くぞ…スーパーウルトラアルティメットキトリニタス!」
全身に力を込めキトリニタスの力を解放する、体の変容か…実はもう少し身長を伸ばしたかったんだ。それと足を細く…そう色々考えて力を込めるが…。
「何も起こらんぞ?」
「ふむ」
すると研究者はメガネをクイクイ動かして手元の資料を見て。
「どうやらキトリニタスの力が解放されたのは一時のみで、今はまだ任意で操れるほどメルクリウス総司令補佐官の技量があるわけではない、ということですね」
「つまり?」
「まだ力量不足なので使えないようです。そうですね、多分魔力覚醒くらい出来るようになればいけるんじゃないでしょうか」
「魔力覚醒…グロリアーナ総司令官と同じ段階か。些か現実的じゃないな」
「それに変容についても分かっている部分は少ないですし、フォーマルハウト様に聞くのが一番手っ取り早いかと」
「今のフォーマルハウト様に…聞けるものか」
今あのお方は正気を失っている。それをなんとかするためにエリスと今頑張ってる最中なんだ。まぁいい、今はこの力が使えるだけで…にしても。
(変容のキトリニタスか…破壊と創造だけでもこんなにも強力なのに、そんな物さえ使えたら私は…)
どうなってしまうんだ。そう…私はこの時思ったのを、覚えている。
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「魔力覚醒『マグナ・ト・アリストン』ねぇ…」
「これが私の正義の形だ、オウマ…!」
荒れ狂う暗雲が鉄の壁の隙間から雨を差し込ませるこの空飛ぶ円盤の中で、衝突するオウマとメルクリウスの戦いは…遂にメルクリウスを至上の善『魔力覚醒』へと至らせた。
概念抽出型魔力覚醒マグナ・ト・アリストン。これがメルクリウスが得た最強の姿…そして同時に今の今まで使うことの出来なかったキトリニタスの力にも目覚めた。
キトリニタスは変容の力を持つ、これは如何なる物も世界のルールを無視して変容させる事ができる。故に私は傷ついた体を変容させた。
オウマを倒せるだけの、状態へと。傷も治り魔力も回復し…体はより戦闘に特化した物になった。その力は…今までの私とは別人のようだ。
(力が溢れる…、そうか。そうだったんだな)
私は踏み込んだ、己の正義…幾星霜と変わらぬ『平穏を守る正義』という名の黄金の正義の領域に。私にとって最たる部分を見つめ直し覚醒出来た、あるいは私がいるべき場所に来ることが出来た。
これなら…貫ける、私の正義を。
「魔力覚醒したからってなんなんだよ、偉ぶるなって。昨今じゃそいつも大して珍しくもない」
「かもな…だが同じ土俵には立ったぞ」
「む……」
「私はまだ、お前の脅威になり得ないか?」
「へへ、…いや。十分脅威だ」
構えを取るオウマと、同じく拳を握るメルクリウス。不思議なことに今初めて魔力覚醒したというのに…私には何が出来るかというのが直ぐに理解できた。教えられずに人間が呼吸するように、まるでそれが私の本能だと言わんばかりに。
そうか、これが私の覚醒の力か。凄まじいと思いと同時に…確かに魔力覚醒は極められた古式魔術の前では敵わないという理由もよく分かる。だがまぁ…今はこれで十分だ。
「来いや、見てやるよ。お前の覚醒の威力を!」
「なら、存分に行くぞッ!」
踏み込む、強く強く…地面を踏み込み────。
(うっ!?速えッ!?)
オウマが思わず目を剥く、メルクリウスのスピードが格段に上がっているのだ。とてもじゃないがディメンションホールの展開が間に合わない、受けしかない。
「チッ!?肉体進化型か!」
「違うさ、これは覚醒の力ではなくキトリニタスの力だ。私は今…肉体を戦闘に最適化させている。所謂超人と呼ばれる存在にな!」
「ぐっ!?」
メルクリウスの覚醒とは別に…解放されたもう一つの力『変容』のキトリニタス。これは覚醒の力ではない、ただいつか研究者が語ったように覚醒すると同時にこちらも使えるようになった、アルベドやニグレドの力のように。
今私は肉体を変容させている。筋肉構造…骨格形成…血管配置…全てが戦闘特化に変容させた。それは即ち先天的超人の身体能力…今のメルクリウスの身体能力は、ラグナやネレイドに匹敵する。
「この…!」
咄嗟にメルクリウスの拳を弾いたオウマは返す刀とばかりに剛腕を振るうが。
「驚いた、お前が遅く見える」
「な!?」
回避する…健在だ、メルクリウスの見識の力は。いや…あるいは見識の力こそが魔力覚醒の一部とでも言おうか、故に強化され…オウマの動きを完全に見切っているのだ。
まるで暖簾でも潜るように軽やかに屈んで避けたメルクリウスは拳を握り。
「見舞うぞ…一撃!」
「ッ『ディメンションホール』!」
オウマは展開する、拳を握るメルクリウスの攻撃を警戒してディメンションホールにて打撃を防ごうとした。時空を曲げている以上、如何なる物理的及び物質的攻撃は意味をなさな────。
「ぐぶぅっ!?」
否…殴り飛ばされた。まるで鋼鉄で殴られたような衝撃が顔面に走りオウマは尻餅をつき、鼻血を垂れ流す…だが今襲うのは痛みではなく。
(どーなってんだ…時空の穴を貫通しやがったぞ)
攻撃の正体だ、今確かにメルクリウスはディメンションホールに手を突っ込んでいた、この時点でメルクリウスの拳は別の場所に飛んだ、オウマには絶対に当たらない。はずなのに何かが時空を貫通して来やがった。そう焦るオウマは舌打ちをしつつ立ち上がり…。
(まずいな、俺の魔術が通用しないタイプの覚醒か…どうやらアイツ、相当な当たりを引いたな。まずは何型かだけでも把握しねぇとぶつかり合う気も起きやしねぇ…試してみるか)
引き続き構えるメルクリウスを前にオウマは冷静に考えを巡らせる。これは打ち合いは出来ない…そう判断した彼は。
「『ディメンションホール』…来い!」
取り出す、両手に構えるタイプの大筒を二つの。彼もまた帝国から奪取した戦略型魔装…その名も。
「『ボルガニックバズーカ(拡散連射式)』!」
無数の砲門を束ねたような形をした大筒を起動させると砲門が回転し雨霰のように炎弾丸が吐き出される。それを両手に一つづつ持って一斉射撃を行うのだ、とても人間には対応し切れない…だが。
「私は今、錬金の極意に至っている…」
メルクリウスは落ち着いた雰囲気で両手の指を合わせ瞑想を行う。この魔力覚醒はつまりフォーマルハウトからメルクリウスに与えられた『錬金術の奥義』を安定発動させられるようになった物であり、メルクリウス自身の錬金能力を飛躍的に向上させるという物だ。
錬金術の奥義は平常時では安定して使えない、それ程までに難易度の高い絶技とも呼べる代物だ。だが今のこの状態なら…詠唱もなく使うことが出来る。
さぁやるぞ、錬金術の最奥にして秘奥…その名も。
「『概念錬成』…!」
─────概念錬成とは、フォーマルハウトが扱う錬金術の中で最も難易度が高く、そして絶大な影響力を持つ文字通り極意と呼べる存在である。今現在明確に使い手と呼べるのはグロリアーナ・オブシディアンとフォーマルハウト・ヌースのみ。古式錬金術に限定すればフォーマルハウトのみである。
それほどまでに習得難易度が高い…というより本来フォーマルハウト以外の人間が習得することを想定して作られていない。シリウスがフォーマルハウトの特別な目を見て『本来は認識出来ない領域に手を加える』為に作られたものであるが故に余程の天才でもない限り習得は不可能。
だが…メルクリウスにはあった、その余程の才能が。目は特別ではないが見識の才を持つ彼女になら…使える。
「『不破』」
「ッ…!?」
概念抽出型魔力覚醒『マグナ・ト・アリストン』はその概念錬成を基盤に形作られている。今の彼女は自由に概念錬成にて概念を作り出す事が出来る。それが彼女の覚醒の力だ。
概念とは即ち性質。例えば炎の性質は『熱』と『拡大』と『光』、これらを分解し性質の一つを取り出せば炎は或いは『熱』の塊になるか或いは『光』の塊となる。メルクリウスはその目で見た物体から概念を一つ選んで虚空に投影する事が出来る。
今、彼女が錬成したのは鉄壁の概念の一つ『不破』の性質。それを目前に投影し炎弾丸を全て防ぐ。本来なら鉄壁が融解して砕けてしまうが…これは概念であり物質的物理的影響は小さく────。
まぁ、簡単に言えば今の彼女は神のように世界そのものを変質出来るようになったというべきか。
「なんじゃありゃ、あんな魔術見た事ないぞ…空間魔術にも似てるが、性質が根本から違う」
概念そのものを抽出する魔術は概念錬金以外存在せず、概念錬金を使えるのは史上二人のみ。当然、認知はされていない。故にオウマは混乱する…相手の覚醒の正体が掴めないと。
「次は私から行くぞ…!」
「ッやべ…」
すると弾丸を弾き切ったメルクリウスは大きく拳を振りかぶり…。
「『概念錬成・打破』ッ!」
振るう、一直線に拳を振るう…当然手は届かない、だがその拳が持つ性質の『打破』がそのまま一直線に飛ぶ。さながら不可視の拳が煙と空気を裂きながら飛ぶように一直線にオウマに飛び…。
「『ディメンションホール』!」
咄嗟に時空の穴に加えあまり得意ではないが防壁での防御も試みる…だが。
「ぐふっ!?…っぱ防げねぇか」
大きく仰け反り理解する、防げないと。例え時空を歪めようとも概念はそれさえ貫通してオウマを殴りつける。そして恐らく謫仙の一撃を防いだのも同じ錬金術…。
そうだ、理解したのだオウマは。メルクリウスは今絶対に防げない矛と決して砕けない盾を手に入れたのだと。
「『概念錬成…」
「ん?あれ?居ない!?」
殴り抜かれたオウマが咄嗟にメルクリウスに視線を戻すがそこにメルクリウスはいない。慌てて周囲を見ると…いる、背後に。
強化された肉体による移動、それは既に身体能力面でオウマと互角の段階にまで至っており…。
「『喝破』ッ!」
「がはぁっ!?」
咄嗟に腕を後ろに回し防ごうと足掻くが、メルクリウスが生み出した爆発の概念は物理的な防御を貫通しオウマを軽々と吹き飛ばす。そのオウマに再び指先を向けたメルクリウスは…。
「『概念錬成・神腕』ッ!!」
「ッッ!?」
叩きつける、オウマの頭上に現れた巨大な光り輝く腕が降り注ぎオウマの体を叩き潰す。当然、これもディメンションホールや物理的な防御を貫通する。生み出したのは複数の概念『衝撃』『降下』そして『天罰』。それらを詰めた神腕を叩きつけメルクリウスは黄金のマントを手で払う。
「概念の領域の攻撃を防げるのは同じく概念抽出型による干渉のみ。より高次の攻撃は下層の干渉を無視する」
「なるほどねぇ、大した覚醒だ…大当たりじゃねぇか。流石は…魔女が可愛がるだけあって、才能に関しちゃ俺以上…いや、下手すりゃあフリードリヒも超える超天才か」
「オウマ、待たせて悪かった…これでお前とも、多分対等に戦えると思う」
「さぁて、そりゃあどうかな…?」
「…お前も覚醒を使え、でなければ私はこのままお前を倒してしまうぞ」
「調子に乗りやがって、だが気持ちは分かるぜ。覚醒したての時は万能感に溢れてるもんな…だが、今さっき覚醒したての奴が…俺に勝てると思いんじゃねぇよ」
オウマの魔力が場を満たす。魔力覚醒を極めた奴より魔力覚醒したての奴の方が強い、それは初めて覚醒した瞬間の爆発力は生半可に魔力覚醒を理解した奴を上回るからだ。
だがそれはそこら辺の雑魚の話。ここにいるのはオウマ…マレフィカルム最強の八大同盟の一角を担う、世界でもトップクラスの使い手。ただの爆発力程度に負けるような奴が…この座に座れるわけがない。
「上等だ、使ってやる…俺の覚醒を…!」
「ッ……」
立ち上がるオウマの溢れた魔力が逆流する、渦巻くようにその体に取り込まれ魂が肥大化し肉体と同化する。使ってくる…ようやく見られる、逢魔ヶ時旅団の団長オウマの魔力覚醒を。私は奴に…覚醒を使わせる事に成功したんだ。
ここからが、正念場だ。
「魔力覚醒…!」
瞬間、オウマの体が燃え上がる。青黒い炎のような何かに覆われ瞳が紅蓮に光るオウマは脱力したように足を開き腰を下げ…構えを取る。
これこそが、特記組史上最強の五人と言われたオウマの覚醒、八大同盟の首魁オウマの覚醒…オウマ・フライングダッチマンの。
「『鏖々にして、薨る』…!」
(ッ…オウマが、見えない)
その瞬間、メルクリウスはオウマを見失う。いや確かにこの肉眼はオウマを捉えている、そこにいるのは分かる、だが先程まで捉えていたオウマの本質が見識の目で捉える事が出来なくなった。
オウマと言う存在そのものを見失ったように…何も見えなくなった。どう言う覚醒なのかは分からない…だが一つ言えるのは。
(世界編纂型魔力覚醒か…!)
帝国の人間は凡そ世界編纂型か概念抽出型のどちらかに部類される場合が多い。恐らくオウマもその例に漏れないだろう。特に空間魔術を使うならば世界編纂型に部類されるはずだ。
世界編纂型は魔力覚醒の中で最も対処が難しい覚醒だ、明確な弱点が殆ど存在しない事が多々ある。これは…思ったよりもこれは。
(難しい戦いになるか…!)
「そら、互いに覚醒したんだ…こっからは、お互い隠し事抜きで行こう…やっ!」
突っ込んでくる、オウマが。来る…オウマの本気が!どんな覚醒かは分からない、だが今は奴を倒すことに変わりはな────。
「『御神渡』…」
「な!?」
瞬間、オウマの姿が消えた。今度は目視でも確認出来なく──後ろか!
「チィッ!!」
「反応するか!」
思い切り背後に向けて拳を振るえば私に向けて手を伸ばしたオウマと私の拳が激突しバチバチと電撃のような魔力が静電気のように迸る。
背後にいた、消えたと思ったら背後に現れた。まさかこいつの魔力覚醒は転移系、いや…同じ転移魔術を操るメグも似たような覚醒を得ていたな。と言うことはこいつも次元だのなんだのを操れると言うことか?
分からん、だがこの距離なら…。
「『概念錬成・打破』ッ!」
拳を握り、叩き込むのは打破の概念。打破の力は如何なる防御も突き崩す性質を持つ、それをオウマの顔面に向けて放つ…しかし。
「……なんだと…」
「ひっひっひっ…どうやらお前の覚醒も、必中ってわけじゃなさそうだ。存外射程距離も短いようだ」
オウマの顔面に向けて飛んだはずの打破の概念が、『オウマに触れる寸前で消えた』。ディメンションホールの防御さえ超えるはずの打破の概念が…破られた。
なんだ、分からない…何故不発に終わった。あの青い炎に原因が…。
「そら、お返しだ」
するとオウマは私に向けて手を伸ばし…。
「死ね…『夜刀神』」
「ッッ!?!?」
その瞬間私はオウマの覚醒の性質を身を持って理解した。凄絶なる痛みと噴き出す大量の血によって。
何が起きたか、具体的に述べるならオウマが私の肩先に指先で触れた瞬間、私の右肩から腹の中枢深くまで刻まれる巨大な裂傷が生まれたのだ。まるで巨大な手に引き裂かれる紙のように私の体はビリビリと引き裂かれた。
咄嗟に『変容』と『創造』を並列使用し裂傷を塞ぎ傷を直しながら私は背後に向けて飛び…理解する、奴の覚醒の性質を。
「お?直るのかよ」
「はぁ…はぁ…」
「けど治癒と違って体力までは戻らないみたいだな、じゃあ次はこれを首に打ち込むか…そうすりゃ死ぬだろ」
(奴の覚醒…そうか、奴の覚醒は『転移の極大解釈』か…)
私はそのまま足先で錬金術を用いて爆風を起こし距離を取る…だが。
「おっと逃さねぇよ」
「やはり…」
オウマはそのまま私の距離を詰める。まるで私に吸い付くような挙動で一気にグイと近づき再び手を伸ばしてくる。あれに触れれば私の体は再び引き裂かれる、これは防ぎようがない、恐らく概念でも防げない。
なんせ奴の覚醒もまた概念に踏み込んだ物だから。
「分かったぞ、お前の覚醒」
「相変わらず見切るのが早いな…」
私の目は本質を見抜く、見識によってオウマそのものを見切ることは出来ないがオウマの周囲を包む魔力の材質は見抜く事ができた。そして理解した…奴の覚醒、それは。
(奴の覚醒は、距離を操る覚醒だ…恐らく)
昔、メグが言っていた事がある。転移とは即ち始点と終点の間にある物の消却なのだと。
つまり、その過程を辿る工程・時間・距離を無視するのが転移であると。つまりオウマはその中の『距離』を操っているんだ、
「『御神渡』ッ!」
「ッ速い」
不規則に移動し私の視線を撹乱するオウマの動きは非常に不可解だ。足先で地面を叩かず何か紐で引っ張られたように方向も速度も自在に変える。あれは恐らくオウマと対象間にある距離を縮めているんだ。
例えるなら伸ばした絨毯があるとする、オウマはその絨毯を足で押して絨毯を折り曲げ移動しているのだ。絨毯は縮みその大きさを変える…奴はそれを空間でやっているんだ。
恐らく、その距離は自由自在。伸ばすのも縮めるのも。
「『夜刀神』ッ!」
「くぅっ!」
「チッ、避けたか…!」
───メルクリウスの推理は当たっていた。世界編纂型魔力覚醒『鏖々にして、薨る』とは即ち距離を自由に操る事ができる覚醒。対象との距離を縮めれば急接近し、相手の攻撃との間に距離を追加すれば攻撃は当たり前に自然消滅する。
その上、物体に触れれば物体を構成する微粒子の間にあるか僅かな隙間の距離を伸ばし、どんな物でも引き裂く事ができる。それこそオウマの手にかかればアダマンタイトさえバターのように切り裂くことができる。
それがオウマの覚醒、彼はこれを武器に戦場に死体の山を築き、駆け抜け、世界一に成り上がったのだ。
「ならこれはどうだ!『夜刀神乱舞』ッ!」
「ッ…『概念錬成・漣』ッ!」
オウマの距離を変える斬撃は概念錬成では防げない。距離そのものが概念である為概念錬成による防御を貫通するのだ。故に回避するしかなく、メルクリウスは足元に波の概念を生み出す。
不可視の津波が大地の上に起き上がりメルクリウスを乗せて大地を疾駆する。そうしながらもメルクリウスは考える。
(相手のタネは分かった、ここからどう攻める…どう防ぐ)
覚醒の持久力では恐らくオウマのほうが上、長く戦えばメルクリウスは限界を迎える。タチの悪いことにメルクリウスにはその限界がどこかわからない、覚醒に慣れていない為必要以上にエネルギーを使っている感覚はあるが、その限界点がどこかまだ分からないのだ。
(長期戦は出来ない、手早く済ませるか!)
「だぁーはははははっ!面白くなってきやがったぜッ!」
するとオウマはギリギリと拳を握り、一気に解放するようなメルクリウスに向け手を開き。
「『邇邇芸』ッ!」
「おぉっ!?」
その瞬間メルクリウスの体はグイッと壁に向けて加速し、一気に壁を突き破り円盤の外…暗雲の只中に突き飛ばされる。恐らくオウマとメルクリウスの間にある距離を増大させメルクリウスを一方的に遠距離へと吹き飛ばしたのだ。
「無茶をする!『概念錬成・渡鳥』!」
「あんな狭い部屋の中なんざ俺たちにゃ相応しくねぇ!世界を懸けた戦いなんだ…天でやろう!」
「上等だ!」
大地との距離を増大させ空を飛ぶオウマは同じく飛翔の概念を足先に集め暗雲の中を滑空するメルクリウスを追いかける。円盤の中でやれば周囲に被害が出過ぎる、やるなら外で…上等だ!
「『概念錬成・百連神腕』ッ!」
空を飛びながらメルクリウスが生み出すのは二つの概念、『打破』と『増殖』。その二つが混ざり合いメルクリウスの周囲に無数の光り輝く巨腕が生み出され、次々とオウマに向け飛んでいく。
「無駄無駄ぁ!」
しかし、空を飛ぶオウマには当たらない。まるでてんで的外れの場所にあたったようにオウマと攻撃が距離を取ってしまい強制的に不発にされるのだ。数で押しても意味がない、どれだけ数が多くても対象は選べると言うことか!
「こっち来い!」
「ぬぐっ!?」
そしてオウマが手を引けば、メルクリウスはあっという間にオウマの目の前に移動させられる。互いの距離を消失させ一気に至近距離を作り出したのだ。そのままオウマの拳は握られ…。
「『虹霓』ッ!」
叩き込まれる怒涛の連打。拳とメルクリウスの間にある距離を消失させることで速度というものを超えたスピードで放たれる連撃は反応するよりも前に数百発叩き込まれる。ただでさえ剛腕と呼ぶべきオウマの打撃がそんな速度で叩き込まれれば当然…。
「ぐぅっ!」
口の端から血が溢れ私の体は撃ち落とされる。
防御すらできんか!メチャクチャな覚醒だ…だが。
「これならどうだ…『錬成・雲彗果断』ッ!」
概念錬成ではなく古式錬金。周囲に走る暗雲を束ね巨大な拳としてオウマに叩き込む…がしかし。
「当たらねぇな、射程距離外らしいぞ?」
オウマにあたる寸前で攻撃が摩滅する。攻撃とオウマの間にある距離を増大させ続け私の錬金術の射程距離を超えてしまう。あんなのにどうやって攻撃を当てればいいんだ…!距離そのものが概念である以上私の力でも干渉出来ん!
「その程度か!」
「ぐぅぅ!?」
そしてそのまま飛んでくるオウマ、やはり私との距離を操り不規則な軌道で加速し私がどれだけ足掻こうとも逃げる事ができずあっという間に捕まり強烈な飛び蹴りをくらい暗雲の中を吹き飛ぶ。
「まだだ!『錬成・千切龍雲』ッ!」
覚醒の力を用いた錬成により生み出すのは意志を持った雲の龍、それはオウマを襲うように空中で蜷局を巻きオウマを囲む。しかし…。
「そこ退け」
オウマがグイッと手を払うだけでオウマと龍の間に距離が生まれ。
「お前はこっちに来い」
「ぐっ!?」
引き寄せられる、あれだけ遠かったオウマがあっという間に近距離に変わる。いやそれだけじゃ無い、高速で近づくメルクリウスに向けオウマは手を突き出し、鉄腕から刃が飛び出て。
「ぐぅっっ!?」
「無敵の覚醒でも、血は出るんだな」
突き刺さる、オウマの腕がメルクリウスの腹に。どれだけ抜こうと足掻いても距離が固定されているからか一向に離れない。
「悲しいなメルクリウス、お前は覚醒してもまだ俺には届かない!」
「ぐぁっっ!?」
そしてそのままメルクリウスを投げ飛ばし、オウマはディメンションホールにて巨大な大砲を呼び出し、その引き金を引く。すると砲口からは砲撃が飛び出──ない。
「ごはぁっ!?」
見舞われる爆撃はメルクリウスを爆ぜ飛ばす。砲口とメルクリウスの距離をゼロにすることにより離れていながら零距離射撃を行うと言う無茶をやらかし…メルクリウスを更に吹き飛ばす。
「見えるか、メルクリウス」
そして再びオウマの剛拳がメルクリウスの全てを引き寄せ叩きつけられる。距離を操り凄まじい加速と助走をつけたオウマの打撃はメルクリウスの防御を貫通し背後の暗雲に大穴を開ける。
「大地が、ここからなら見えるはずだ」
「ッ…」
そうして生まれた雲の切れ目から見えるのはチクシュルーブの様相だ、居住区には無数の死者が、破壊された街とそれぞれのエリア。酷い有様だ…。
「ッラグナ達か!」
そんな中見えたのはラグナ達だ。身動きが取れなくなったアマルトやメグ達を瓦礫の上に引き上げ救助活動を行なっている仲間の姿が見える。みんな魔力を吸われているんだ…このままじゃ、居住区の人間のように…!
「死ぬぜ、このままじゃお前のお仲間も全員…そしてお前もここで死ぬ、分かるかメルクリウス。これが弱さへの罰だッ!」
「ぅぐっ!?」
オウマの手が私を掴みそのまま腹に一撃を入れ、そのまま右頬を殴り抜く。黒鉄の腕が脳を揺らし口元から血が噴き出る。
「お前は弱いから全てを失う!それはこの世の摂理なんだよッ!」
「っグッ…」
「お前に合わせて言ってやるなら…弱いってのは悪さ!」
そのまま吹き飛んだ私に向け飛んでくる防御不可の引き裂きが私の体を切り刻み更に血が舞い飛ぶ。
圧倒、その言葉がよく似合う。ラグナやエリスが言っていた…覚醒者同士の戦いは自分の強さを押し付け続けた方が勝つと。オウマは自分の強さを熟知している…そこに熟練の経験と歴戦の知識と絶対的な自信が加わり、今の彼は無敵に等しい力を有している。
確かにな、弱ければ全てを失う。過てば全てを失うのと同じだ…なら、弱さはある意味悪なのだろう、それもまた認めよう。
だが…。
「ッ…なら、お前は弱かったから全てを失ったのか?」
「…は?」
背後に不可視の壁を作り体を支え、暗雲の中…私は血を滴らせながら呟く。豪風と雨脚にかき消されない程にその言葉は鋭く、オウマに突き刺さる。
「お前は、故郷を失い…友を捨て、仲間を切り…居場所を自ら壊した、弱ければ全てを失うんだろう…なら、お前もまた弱いと言う事だ」
「お前この状況でよくそんな事が言えるよな」
「強ければ…失わなかった筈だと、お前自身が一番…思ってるんじゃないのか?」
「…………」
オウマは、全てを失っている。帝国の友、逢魔ヶ時旅団、そしてチクシュルーブ、築き上げた全てを失っている。ならばそれはお前の弱さの証明じゃないのか…。
「だったら…なんだってんだよ!テメェも今から全部失って…」
「失わないさ、私は…彼らを決して手放さない。何があろうとも私はこの手に彼らを抱き続ける…」
「ハッ!それだけ出来るかって話だぜ?今の話は」
「出来る、…感謝するぞオウマ。仲間達の姿を見せてくれた事、お陰で俄然…力が湧いてきたッ!」
感覚的には分かっていた、友が危ないことは。だがそれでもこの目で見るのとでは話が違う。今私は確かに友の命を背負っていると言うその責務を…自覚することが出来た。
苦しむ友の顔が、失われた人々の命が、私を燃え上がらせる、諦めることを諦めさせる…諦めないのなら、まだ戦える。
「力が湧いて来たぁ?ならせめて俺に一発当ててみろやッ!」
「ッ…!」
再び引き寄せられる、この体が。これ以上殴られるのはキツい…だが、都合がいい、引き寄せられるなら、それで。
私は両手を合わせ、錬金術を使用する…作り出すのは。
「『概念錬成・覚醒』」
「は?」
その瞬間、私の体はオウマと同じ青黒い炎を身に纏い…。
「『鏖々にして、薨る』ッ!」
「お前!それ俺の覚醒───」
「『神渡剛腕』ッ!」
「ぐぶげぇっ!?」
煌めく拳がオウマの頬を打ち抜き、その体をロクス・アモエヌスの中腹まで吹き飛ばす。壁を貫通して中に転がり込んだオウマを追いかけるように…私は距離を操りオウマに急接近し、ロクス・アモエヌス内部にてオウマの前に立つ。
「お前!それ俺の覚醒!」
「これだけ散々見せられたら…流石に複製くらい出来る」
「覚醒の複製だと…!?ンな事まで出来るのかよ…」
出来る、覚醒もまた概念の一部。ならば覚醒を複製出来ない理由はない。とは言えそれは一時的な物…長く使用すればこの肉体にどのような影響が出るか分からん。が、理論上だけの話をすれば…私は魔女の弟子達どころか今まで出会ってこの目で見てきた全ての覚醒を同時並列使用することができるだろう、まぁその後五体が弾け飛ぶかもしれんがな。
「デタラメ野郎が…!」
「覚醒の使用は一時的だ、だが…お陰で掴んだ。お前を倒す術をな!『概念錬成・打破』!」
そのままロクス・アモエヌスの瓦礫を踏み締め一気に拳を殴り抜きオウマに向け打撃概念を飛ばす…このまま行けばオウマの間に跨る距離を事実上無制限に伸ばされ攻撃はあたる事なく寸前で停止するだろう。
事実オウマもそれを期待していた…だが。
「なっ…!?」
私の一撃は止まる事なく、オウマの頬を殴り抜きよろめかせる…。当たったのだ、オウマの覚醒を超えて私の一撃が。
「なんで…」
「確かに私の覚醒の射程距離は短いかもしれん、距離は概念故私の覚醒でもなんとも出来ない、だが…距離が概念なら、私にも作れる。お前の覚醒のようにな」
一度、オウマの覚醒を複製したのはオウマの力を使うのが目的ではなくその内部構造を事細かに把握するため。そしてどう言う原理で動いているかを把握し…錬金にてそれを模倣した。
攻撃範囲の距離を実質『無限』にする事によりオウマの距離延長を無効化したのだ。オウマの距離延長と私の距離延長が同じ速度で行われるなら、攻撃が前方に進む速度分速い私の方が勝つ。
つまり、オウマに攻撃を当てられるのだ。
「これで無敵じゃなくなったな、オウマ」
「ハッ、たかだか防御方法の一つを破った程度で勝った気に…」
するとオウマは一気に私を吸い寄せ…来るッ!
「なるんじゃねえっ!」
「ぅぐっ!」
上から叩き込まれる一撃、加速分の距離を増やし数倍の威力へと増大した剛拳が私の上から叩き込まれるロクスアモエヌスの床が割れさらに下層へ落ちる。
「この程度じゃ俺は崩れねぇぞ!」
「なら崩れるまで崩し続ける!『概念錬成・神腕無限』ッ!」
落ちながら追いかけてくるオウマに向け無数の拳を錬成し叩き込む。その一撃は確かにオウマにあたっているがそれでも止まらないオウマは…。
「死に晒せッ!『夜刀神』ッ!」
「ごはぁっ!?」
腹に一文字、傷が刻まれる。咄嗟に傷を塞ぎ血液を錬金し補うが…まずい、今ので結構魔力が持っていかれた。決めないと…早々に、もっと強力な技がいる。もっと強力な!
「『概念錬成・破壊』」
「ハッ!?」
一瞬でオウマの背後に回る、距離を錬金と破壊を応用し消し去る事で背後への強制移動を行い…私は。
「煌めくは天蓋の光芒、燎原の母の抱擁、燃やし砕き 赫焉満る世界に一抹の希望は無し 光は無し 人は無し、押し潰せ」
天に向け腕を掲げ、空の彼方に巨大な隕石を作り上げる。これこそはフォーマルハウト様が…我がマスターが持つ五つの奥義が一つ!
「『灼天 厭世落胤星』ッ!」
「隕石だと!?馬鹿か!チクシュルーブごと何もかも吹っ飛ぶぞ!?」
確かに、今作り上げた隕石はチクシュルーブ一つ消し飛ばして余りある一撃だ、威力が高すぎるが故に今まで使わなかった技なんだ、そう言うリスクもある。だが今なら…これが出来る。
「その身を刃とし、その魂は鋼と化し 意のままに従う武器となれ、何人たりとも止める事なき気炎の劔よ、今ここに顕れよ『光顕 天断之矛』」
隕石に向け私は再び手を翳す、そこに作り出したのは黄金に輝く軍銃。その中に吸い込まれるように分解された隕石が飲み込まれていく。
作り出した、隕石の威力をそのままに掌に収まる程度の弾丸を。マスターは人間や物質を錬金術で剣に変えて戦う戦法を取ることもある。なら私もそれを応用して…物質の性質をそのままにした弾丸を作り上げることが出来る筈だ。
覚醒し、錬金能力が向上した今なら…隕石級の一撃を周囲に被害を与えず!相手に直接叩き込むことが!
「喰らえ…『灼天・無窮星落弾』ッ!」
「うっ!?」
オウマが冷や汗をかき表情を変える。これはやばいと冷や汗を流す程の一撃が…凄まじい光を伴って銃口から放たれた。速度は音速、避けられない、咄嗟に距離を増やして逃げようとするが。
「『概念錬成・無限羇旅』ッ!」
弾丸は止まることなく進み続ける、如何なる旅路とあろうとも超えて目標へと迫る。金に光る流星は私が憧れたあの光にも似て真っ直ぐオウマへと向かい…防ぐことも逃げることも許さない。
「───────ッッ!?!?」
大地を焼き焦がすだけのエネルギーが凝集したそれを真っ向から受けたオウマはあっという間に光の爆発に飲まれ、その身を光の中に消して…。
「ッどうだ!」
吹き飛んだ下層が三つ四つ、私はガラガラと崩れるロクス・アモエヌスの中腹に降り立ちオウマの姿を確認する。今の一撃を貰えば奴とてタダでは済まん筈だ、なんせ私がタダで済んで無い…今のでびっくりするくらい魔力を持っていかれた。
初めての試みだった。隕石を弾丸に変えその上で概念錬成で強化するなんてのは。古式魔術と魔力覚醒の連携はこんなにも疲れるものなのか…。
もう覚醒が維持できるか怪しい段階まで消耗してしまった…だが。
「居ない…か」
オウマの気配を感じない、そりゃそうだ…あれは防げるものじゃなかった、確かに直撃したし…それに。
「う…うぅ…効いたぜ、今のは」
「ッ…!?オウマ…!」
「こんなにも痛いのは…いつぶりだったかなぁ」
瓦礫を押し退け、立ち上がるのは血塗れのオウマだ。かなりダメージを食らっている、魔力覚醒も明滅している…だが、立っている。
「今のを耐えたのか…!?」
「潜ってる修羅場の数が違うんでね…まぁ、お前はその中でも一級品だ、認めるよ」
「うっ…」
慄く、こいつ…どこまでタフなんだ。あれだけの傷を負ってもまだやる気か…!いや、怯むな!奴の覚醒のヴェールは剥いだ!もう無敵じゃ無い!
「…上等だ、やってやる…!」
「勇ましいねぇ、だがお前は分かってないぜ…」
「何が…」
「確かに俺は全てを失った、だが…失った奴には失ったなりの、『強さ』ってもんがあるのさ…!」
オウマの魔力が上昇していく、限界だと思われた段階を更に超えて爆発的に増加する魔力量に腰が抜けそうになる。こいつまだ底を見せていなかったのか…あれだけやって…まだこいつは限界を見せてないのか!?
まずい…もう決め手がない……。
「死兵の怖さ…知らないことはないよな、俺ぁもう最後の一兵なんだ…なら、なりふり構わず、全員ぶっ殺してやるよぉおおおおおおッッ!!!」
青黒い魔力が赤黒く染まる。オウマの毛先が赤く染まる、眼光が紅蓮に輝く。オウマが更に強くなる…更に更に強くなる、手がつけられないレベルの強さだったオウマが、もっと手がつけられなくなる。
最早私の覚醒を置き去りにして、天が揺れるほどの魔力を全身から噴き出させる。覚醒してるのに…太刀打ち出来る気がしない。
(まさか魔力覚醒の強化形態か…いや、違う…これは)
エリスやラグナのような魔力覚醒の強化形態かと思ったが、これはそれよりも更に強力な状態。
赤く染まる体、聞いたことがある。マスターから…。あれは恐らく。
(魔力覚醒の…暴走)
魔力暴走…それを意図的に発生させることでタガを外し、絶大な爆発力を引き出す法。謂わば覚醒したての爆発力をいつでも引き出せるようにする方法だ。当然魔力覚醒初心者の爆発力よりも熟達した達人の爆発の方が数十倍強力なのは言うまでもない…。
だが、同時にあれは…自らの理性と寿命を引き換えにするとも聞いている。自らの生命力を戦闘能力に変える禁断の戦闘法。オウマはそれを使ってきたのだ。
(ダメだ…勝てない)
私が魔力覚醒したてであるにも関わらず、オウマに肉薄出来るだけ戦えたのは覚醒したての爆発力があったから。だがオウマがそれを得た以上…突き放される、実力面で…完全に。
終わった…そんな予感さえ感じるほどに、オウマの力は絶望的だ。
「さぁあ…やるぜェ!メルクリウスぅッ!!俺は全部を懸ける…テメェだけは俺が殺す!」
「う…あ…!」
「ケリ…つけようやッ!!」
その瞬間、私の体が再び引き寄せられ…オウマの手で掴まれると同時に地面に叩きつけられる。
「ぐぁぁっっ!?」
ミシミシと全身にヒビが入るような感覚がする、生理的嫌悪感を感じる破壊音が全身からする。怖される…私が。
「さぁ抵抗してみろや!して見せろ!メルクリウス!」
「ごぁっ!?ぐぅっ!?」
その上から叩き込まれる蹴り、踏みつけるような一撃一撃が私を着実に破壊する、あまりにも強烈なダメージは…遂に。
「うっ…か、覚醒が…!」
「なんだ…脆い、あまりにも脆いじゃねぇか!」
「ぐはぁっ!?」
覚醒が解除され、ドッと疲労感が体を襲う。それでもオウマは止まらず私を踏みつける、覚醒したオウマの蹴りが覚醒していない私を襲う。手足も動かせない私の体を…オウマが壊す。
「覚醒も!魔力も!何もかも失ったなぁメルクリウス!それはテメェが弱いからだッ!このまま死ねェッ!!!」
「う…が………」
明滅する意識、手足が動かない、魔力も残ってない…これは…もう……。
「嬲り殺しだッッ!!」
もう…ダメなのか………。
……………………………………………………
暗雲の中落ちるエリスは、ソニアによって吹き飛ばされ全身から血を流しながら朦朧とする意識の中考える。
ソニアを倒す方法を、ヘリオステクタイトと同化したソニアの魔力を超えて、奴の炉心を破壊するには奴の魔力を上回る必要があると。
「ぁーー……」
急降下する体は暗雲を切り裂いて落ちていく。敗北感を感じながらも再戦を考える。奴の魔力はどうやれば上回れる、数千人の魂を吸収したソニアの魔力を超えるにはエリス一人の魔力ではとても足りない。
今ある魔力では足りない、何処からか補充する必要がある。だが何処からそんなものを用意すればいい…何処に。
そう、ずっと考えていた。この考えが答えを出せなければエリスは地面に落ちて死ぬ、仲間もみんな死ぬ、だから必死に考えないと…必死に。
「……んぁ?」
ふと、何かを聞きつけて瞼が揺れて意識を取り戻す…なんだ?この音は。
(雷……?)
暗雲の中を駆け巡る雷鳴が耳を裂く。そうか…今エリスは乱雲の中を落ちてるんだったな。雷くらい落ちるか。
どうやらこの雲はようやく雷を作り始めたようだ。けど…いまさら関係ない、レゾネイトコンデンサー破壊された、雷がエネルギーに…とか、そういう段階ではないんだ、今の状況は。
だから、例え雷をエネルギーに変えても…エネルギーに。
(雷をエネルギーに…?)
ふと、エリスの記憶が…刺激される。あれはチクシュルーブに着く前。
『エリスちゃんそれもう絶対やらないでね!マジで死ぬから!』
『えへへ』
『笑って誤魔化すな!ビンタするよ!』
デティの声が木霊する、エリスが『新たな形態強化』を開発する過程で…馬車の中で火だるまになったあの事件。デティは止めた、出来るわけがないから普通にやめろと。
だが…今、ソニアの力を上回る力を手に入れる方法は、もうあれしかない!
(これで死んだらどの道って話だ、なら一か八か賭けるしかない!)
全身に力を込める、幸い今日はまだ使ってませんからね…行きますよ!
「『ボアネルゲ・デュナミス』ッ!」
全身から雷を放ち更に上昇する、魔力を雷に直接変換するボアネルゲ・デュナミスを使って雷が発生している暗雲の中へと突っ込む。全身に雷を迸らせながら考える。
エリスは更にここから魔力を全て雷に変換した状態『ライジングモード』に移行出来る。パワーアップはしないがこれのおかげでエアリエルに勝てた。なら…これを更に強化すればエリスは更に強くなれるのでは?と。
…今から起こすのは、事象の逆転、発想の逆転、魔力を雷に変換出来る今ならば…逆の事が出来るのでは?と。
つまり…雷を魔力に変換する!
(あの時、チクシュルーブに着く前にエリスはメグさんから借りた電気発生魔力機構を使って、電気から魔力を吸収する方法を編み出そうとした…まぁ、失敗して全身火だるまになりましたけど、今なら行ける…と思いたい!)
雷を吸収して魔力に変換出来れば、エリスは文字通り天災級の力を得られる、だがそんな事出来た人間はいない、そもそも魔力から生まれる電気と自然の雷は別の物だ、理論上そもそも不可能なのだとデティは言った。
けど…あそこに今、全てを救える力があるなら…無理でも不可能でも試してやる!これで死んだらあの世で笑い話にしてやるッ!!
「来いッ!雷よッ!!」
手足を開いて全身から電気を放つ。それは暗雲の中の電撃を引き出す…これで。
「グッ!?がぁぁぁぁあああああああああ!?!?!?」
その瞬間全身に激痛が走る。暗雲から落雷が飛び出てエリスを包み込んだのだ。神の怒りにも喩えられる電撃、自然界最強のエネルギー体はエリスを捕捉するなり『お前がこれに手を出すな』とばかりに激怒して襲い掛かる。
全身が焼ける、体が朽ちていく、このままいけばエリスは瞬く間に体は黒炭となるだろう…けど。
(まだやらなきゃいけないことがあるんです!ここで死ねますかッ!いいから力を寄越しなさい!)
一気に雷を掴み引き寄せ、暗雲の中から全てを引き出す、その都度に痛みは増し意識が消し飛びそうになりながらもエリスは叫ぶ、全てを…メルクさんを…助ける為に!
「『ライジングモード』ッ!!」
瞬間、全身を電流に変え落雷そのものと一体化する。更に落雷を引き寄せまるでストローでジュースでも飲むようにエリスは暗雲から光を引き出しちからをうばうか、全てを奪う。
ソニアが千人分の人間の力を得たなら、エリスは天より力を得る。このチクシュルーブルを襲う全ての天災を力に変えて…今。
「うぅぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
裂帛の気合いと共に叫び、一気に取り込んだ雷を魔力に変える。全身は取り込んだ雷が混ざり合わずバチバチと迸る物のエリスの体から逃げることが出来ず、力に変わる。
全身がより一層強く黄金に輝き、背後で雷輪が回転し雷を保持する。その様はまさしく雷神。エリスの雷の…一種の極地だ。
「グッ!ググッ!!はぁ…はぁ!これが、エリスの!」
魔力そのものには変換出来なかった、だが電力自体は補充出来た。今のエリスはライジングモードによる全身を雷に変えている、そこには雷雲のエネルギーが注ぎ足され、エリス自身の限界を超えて…電力は増していく。
これがエリスの新たなるライジングモード…いや、名付けるなら!
「『スーパーライジングモード』!」
即興で名付けたからあれですけど!これなら行ける!そう感じたエリスはスーパーライジングモードを維持したまま落雷のように一気に飛翔し円盤に、ソニアの元へ戻る。
「……っ!?何か戻ってきた…エリスか!」
「ソニアぁあああああああああああああ!!!」
駆け抜ける駆け抜ける、ソニアがこちらに気がつき防御姿勢を取っても構わず突っ込む、今止まれば取り込んだ雷が一気に外へ逃げていきそうだから、だからせめて逃げてしまう前に一気に使い切る!
「テメェも懲りない奴だな…一気にぶっ潰してやる、今度こそ…私が!」
「ッッッッッ行きます!」
今度で、決着をつける。その覚悟でソニアもまた迫ってくるエリスに向け手を翳し。
「今度は消耗も損耗も気にしない、フルスロットルでぶっ殺す…」
時間経過で更に魔力量が増したソニアはそのまま今使える全てのエネルギーをこの一撃に懸ける。そしてエリスもまた全ての電力を力に変える…決着の二文字が、二人の脳裏に過る。
「『アトミックロード』ッッ!!」
文字通りのフルパワー、ソニアの体への影響を考えない一撃は極大の光となってエリスを襲う、先程エリスを吹き飛ばした物とは比べ物にもならない威力だ…だが、避けている時間も暇もない、このまま突っ切る!
「必殺!」
足先に電力を集める、雷の化身となったエリスはそのまま全てを懸けて再加速を行い…ブーストする。
「『スーパーライジング・雷響一脚』ッッ!!」
切り裂く、放たれた…いや自らの体ごと放った雷鳴は一気にソニアの光を切り裂き進む。
「なッ!?馬鹿な…!こんな…クソがァァァア!!」
「ソニアぁッッ!!!」
切り裂くエリスと、阻むソニア…その対決は一瞬で終わる。より一層エネルギーを増したソニアの執念の光を足先で切り裂いたエリスは…そのまま。
「終わりです!ソニアッ!」
「ッ……」
迫る、ソニアの前に。超越した…ソニアの作り上げた最高の発明を、ヘリオステクタイトを。古式魔術が…エリスの力が上回ったのだ。
「………エリス!」
そして自らに迫る天雷の一撃を前に、光に照らされたソニアは─────。
……………………………………………………
「終わりだな、何もかも」
「う…ぐっ……」
首を締め上げられ、オウマに持ち上げられるメルクリウスは…小さく呻く。最早力の差は歴然、抵抗すら出来ず覚醒も維持出来ず、嬲り殺しにされるメルクリウスの命は今…終わろうとしていた。
魔力暴走を起こしたオウマの力は絶大だ、とても敵う物ではない。これは…また。
「お前の負けだな、メルクリウス」
「ぅ……」
また、負けるのか…以前のように…私は。
「見てみろメルクリウス、お前が守ろうとした全てが終わるぞ…」
「…………」
崩れた壁の向こうからみんなのいる街が見える。私が守ろうとした…。
「友が、死ぬぞ」
私を煽り、屈辱を与える為にオウマが笑う。薄れる意識の中で怒りを覚えるが…もう、体が動かない。…けど。
それでも…。
「死な…ない、誰も…私がお前を倒して…終わらせる」
「くっ…あはははは!そうだよなぁ動けねぇよな!テメェはもう魔力も残ってない、覚醒も使えない!銃もない!武器もない!これでどうやって俺を倒すってんだ?ああ?」
「ああ…そうだな」
私にはもう争う術がない、覚醒も魔力も銃も何もないんだ…戦うための手段は全て潰えただろう。
けどな…オウマ、お前は…見落としているよ。
「私はまだ…全てを失ったわけじゃない…」
「はぁ?なら何が残って─────」
『メルクさぁあああああああん』
『テメェおんどりゃあ!『カリエンテエストリア』ッッ!!』
「ッ…!」
咄嗟にオウマが私から手を離し避ける、それほどまでに想定外の攻撃だった。今のこいつなら距離を操り攻撃も防げただろうに…そんなことにさえ気がつかない程に唐突に、攻撃が飛んできた。
どこからだ?私たち以外いないのに…いやいるさ、私には。
「テメェら!」
「メルクさんを傷つけるな!」
「お前許さんぜよ!」
「デティ…ナリア…」
デティとナリアだ、地下にいたはずの二人がロクス・アモエヌスを登った私を追って…ここまで登ってきてくれたんだ。そんな二人は私の前に立ちオウマに抵抗の意思を示す。
「テメェらなんで動ける!魔力吸引は!?」
「は?なにそれ」
「魔力吸引は…地表で起こるんだろ、オウマ」
「ッ…テメェらか!ヘリオステクタイトを地下で発射させた奴らは!」
地下だ、デティ達は地下にいたから影響を受けなかったんだ…だから、私を助けにきてくれた…。
「言っただろうオウマ、確かに私にはもう力がない…だが、友達が居る。お前が切り捨てた…友がな!」
「ッ…馬鹿馬鹿しい!こんな雑魚が来たからなんだってんだ!こいつらごとぶっ殺してや──────」
「させるかぁぁああああああああ!!」
「ッ今度はなんだぁああああ!!」
即座にオウマは振り向き、拳を叩きつける…無限に伸びる距離はオウマの背後で煌めいた光を防ぎ、相殺する。
来た…彼女が。
「攻撃が届かない!?覚醒か!」
「っ!?テメェ!エリスか!?」
「エリスちゃん!」
「エリスさん!」
「終わったか…エリス」
エリスだ、エリスが天よりも舞い降りオウマに飛びかかったのだ。しかも凄まじい電流を帯びながら…何があったかは知らん、だが。
その瞬間、天上に浮いていた円盤が爆発を起こし…炎上する、ソニアのいる、魔力吸引装置のある円盤が。
「ソニア!?やられたのか…」
「エリスが全部終わらせました…後はお前だけです」
「マジかよ……」
オウマは覚悟を決めたように拳を構える。ソニアはエリスが止めた、もう魔力吸引も起こらない…後は、オウマを倒すだけだ。
「テメェ…やってくれやがったな!」
「テメェこそメルクさん傷つけてタダで済むと思うなよッッ!!」
そしてそのままオウマは怒りに狂いエリスに襲いかかる、エリスもまた激怒して電撃を放ちながらオウマに向かう…だが、ダメだ…エリスでは勝てん。
ディランを倒しそのままこちらに向かい、ソニアと戦い、ヘリオステクタイトを壊し、そして今だ…消耗具合なら私以上にエリスは消耗してる、この状態で無限に距離を操り、そして暴走したオウマを倒すのは無理だ…。
だから…。
「デティ、少しでいい、私の傷を治してくれ…」
「え?まだ戦う気!?」
「私が終わらせなきゃいけないんだ!」
情けない話だ、一人で終わらせられたならそれでよかった…勝てたならそれでよかった。だが私はオウマの言った通り…全てを寄せ付けない強さを持ち合わせない。私は一人では結局オウマに勝てなかった。
四年前も、一年前も、今回も…私は一人オウマに挑み勝つことが出来なかった。
だが、友の存在が私の力になる、友達が私の力だ…だから私は情けなくとも朋友と共に進む、みんな一緒に勝つ!
「ナリア、一瞬でいい。オウマの動きを止められるか」
「え?僕が!?」
「君なら、出来るはずだ」
「ッ……分かりました!」
「クソがぁあああああ!」
「グッ!?引き寄せられる…!」
激突するエリスとオウマ、しかしここまで至るのに体力を使い果たしたエリスは筆舌に尽くし難い程の苦戦を強いられていた、今なんとか保っているのはスーパーライジングモードを維持しているからだ。
だがこれが切れたら、終わる。
「『スーパー火雷招』ッ!」
「効かん!『ディメンションホール』!」
「ちょちょ!?卑怯では!?」
せめて物抵抗とはなった魔術もディメンションホールで防ぎ無効化する。エリスの攻撃はオウマに通じない、メルクリウスのような反則技に近い攻略法を持たない限りオウマに傷一つつけることはできない。
(参った、こいつめちゃくちゃ強い…これがオウマの本気ですか。よくもまぁメルクさんはこんな化け物を追い詰めたモンですね、流石です)
「死ね!死ねェッ!魔女の弟子!」
「…………」
荒れ狂いながら責め立てるオウマの打撃を身に受けながら、エリスはその目を見据える。何故…オウマは戦うのか。
「オウマ、何故戦うんです」
「お前が敵だからだ…!」
「でももう、この戦いに勝利はありませんよ。貴方なら円盤が爆発した時点で逃げることもできた…なのに、何故今に固執するんです」
「……………」
オウマはいつでも逃げられる、その気になれば今だって。けど逃げないのは何故か、何故彼は未だに戦いに固執するのか…そこを、戦いの最中に聞いてみる。するとオウマは浅く笑い。
「ソニアが言ったのさ、『自分の生きた証を世に刻む』ってな」
「ッ…それは」
「今は亡き…惚れた女と同じことを、あのクソッタレ女は口にしやがったのさ!そんなモン…こっちだって命かけて叶えてやるしかねぇだろッ!引けねぇんだよ!俺はッッ!!」
「ッな!?」
ソニアは言った、自分はもうすぐ死ぬ。けどその前に自分の悪を…自分が生きた証を世に刻むと。その言葉は間違いなく────。
そう叫ぶと同時にエリスを引き寄せ…手を翳す。
「ってわけだ、死ね…『夜刀──」
「『幻夢…!」
「む!!」
しかし、エリスにとどめを刺そうとした瞬間だった。オウマの背後で…筆が走る。
「『望愛陣』ッ!」
「ナリアさん!」
ナリアだ、彼が決死の覚悟で突っ込み…オウマの魔力を切り裂いて書き記す。ペンはオウマに届かない、だが魔術陣は確かにオウマの魔力に、肥大化した魂に触れた。
「テメェ!何しやがった!」
「ぐっ!?」
咄嗟にオウマはナリアを殴り飛ばす、だが既に魔術陣が書き込まれた…足止めを頼まれたナリアがオウマに書き込んだのは『幻夢望愛陣』…つまり。
「ッ…これは」
愛する物を、ここから望む物を…見せる魔術陣。
それが光り輝き、オウマが見たのは…。
(ああ、…クソッタレ…)
目を細めても、閉じる気にはなれなかった。今オウマの目の前にいるのは。
『制圧だの、戦争だの、オウマはさ。もうちょい生産的なこと言ったらどうよ』
「リーシャ…」
握った拳が解ける。木陰に座り…メモ帳に文を認めるリーシャの姿が見えた。あの日別れて以降…夢にまで見た女の姿。あの日訃報を聞いて以来…脳裏に刻み込まれた、ありし日の記憶。
『え?なら私は何が目的って?ほらまぁ…私の小説がさ、みんなに読んでもらえることが一番の目的…とか?まぁ軍人だから出版することはないけどさ』
リーシャはオウマに語った、彼女の目的を…それは。
『それでも嬉しいじゃん。もし私が死んでもさ…いつか、私の本を読んだ人が私を思い出してくれる。それってつまり…』
「お前の存在を、世界に刻み込む…か」
リーシャは不思議な女で、生きながらにして死んだ後のことを考えていた。ただ生まれ何も成すことなく死ぬ人間が多いことを知っている。だからせめて…自分が死んだ後に残る物を作りたかった。
それが本だ、著者の名が残る本を…自分の意思を書き記した本を、数多の人に読んでもらうことが、夢だった。
世界に自分を刻み込むことが…リーシャの。
(…よかったな…リーシャ)
オウマは知っている、彼女がエトワールで本を出したことを。それが今も売られていることを。それはつまり死んだ後に残るものが作れたということ…。
俺はリーシャが帝国に使い潰されることが納得がいかなかった。魔女が始めた戦いで、魔女が生み出した争乱で、魔女が生み出した敵対勢力で、リーシャは傷ついた。魔女がいなければリーシャは軍人を辞めるような傷を負わなかった、何より…。
あれだけ必死に頑張ってなった軍人をやめさせられ、忠誠を誓った国に捨てられるようなこともなかったと…オウマは怒り、その不信感が彼を帝国から抜け出させた。
けど…違ったのか。
(リーシャ、お前は俺と違って…前を向いて生きてたんだな。お前は納得して…進み続けていたんだな…、俺は勝手に…お前の為に、怒っちまったんだな)
アイツはきっと、俺を罵倒する。それでも不器用な俺は…こうするしかできなかった。だからお前も友も捨てて、ここに来た、ここで戦った…ここで。
「ッ全てを捨てた!」
覚悟で幻影を振り払う。リーシャはもういない、俺が捨てたから、迷いと一緒に。
だがせめて…リーシャと同じ願いを口にしたソニアの願いを叶える。それでせめて…自分の悲しみを慰めるッ!
「テメェら全員を殺して!俺は!この世を変えるッッ!!」
噴き出す魔力が場を満たし、全てが集約していく。この場に集う魔女の弟子を皆殺しにすべく彼は最後の奥義を解放する。
「『鏖魔』…ッ!」
この場にある物全ての距離を消し去り、全てを同一座標に纏め圧壊させる最終奥義。人数が多ければ多いほど、複数の敵と周囲に転がる瓦礫の山、物が多ければ多いほど威力を増すこの技を使う条件は満たされている。
だが…それを行うよりも前に…事態は進んでいた。ナリアが作り出した一瞬の隙を使って。
「エリスッッ!!」
デティより最低限の治療を受けたメルクリウスは立ち上がり、紅蓮の魔力を噴出させるオウマ目掛け走り出しながら、オウマの向こう側にいるエリスへと叫ぶ。その声を聞いただけで…エリスは全てを察する。
「ッ分かりました!」
即ち今ここで終わらせる、決着をつける、その覚悟を受け取ったエリスは渾身の一撃を放つため腕の中に集めた電撃の全てを集める。スーパーライジングモードを維持するのに使っている魔力と電力、その二つを掛け合わせ…この場限りの一撃を再現する。
「『スーパーライジング火雷招』ッ!!」
放たれるのは極大の雷撃。エリスの雷と大自然の雷が合わさった螺旋状の雷流はオウマ目掛け飛ぶ。距離を操る力を攻撃に転用している今ならば当たる、エリスはそうどこかで確信していた…しかし。
「甘ェんだよ…!俺は…オウマだぞッ!!」
すると、残った片腕を振るい…オウマは叫ぶ。
「『ディメンションホール』!」
「なっ!?」
魔力覚醒の力は使っている。だがまだ魔術は使っていない、まだ防御手段は残っている、オウマの作り出した時空の穴に向け飛び込みエリスの雷を回避したのだ。
「共倒れだ!本望だろう!」
「ッ…」
エリスの一撃を回避したオウマが向かったのはエリス達の頭上、上から奥義を発動させて全てを圧壊させるつもりだ、今更止めようとしても無駄、何よりエリスの雷がメルクリウス達に向かっている、この対処でワンアクションを使えば、それで終わりだ。
「消えろ、全て!」
集めた魔力を奥義に転換しようと、上空からメルクリウス達に手を向けた…その時だった。
「魔力覚醒『マグナ・ト・アリストン』!」
「何…!?」
メルクリウスが覚醒していることに気がついた、治癒を受け魔力も回復し、一瞬覚醒を使えるまでに回復したメルクリウスは今も真っ直ぐ進んでいる。その先にあるのはエリスの雷。
このまま行けばメルクリウスはエリスの雷に当たり死ぬだろう…だがそれでも避ける気配はなく───。
「まさかッ!」
「そう、その…まさかさ」
瞬間、メルクリウスが掲げるのは黄金の銃。『変容』のキトリニタスの力を一身に注がれたその銃を真っ直ぐオウマに向ける。…そして。
「その身を刃とし、その魂は鋼と化し 意のままに従う武器となれ、何人たりとも止める事なき気炎の劔よ、今ここに顕れよ『光顕 天断之矛』ッ!」
「雷を…弾丸に…ッ!」
本命はこちらだ、エリスの一撃をオウマが避けることは分かっていた。だからこそ敢えてエリスに撃たせた…そしてその上で、メルクリウスは避けられぬ一撃を放つ。
そう、錬金術にてエリスの魔術を一発の弾丸に変容させ、更に概念錬成で無限の概念を与えた一撃を。
「これが私の戦い方だ、友を愛し、友と進み、友と戦い、友と勝つ…そんな私が、エリスの…友達の攻撃で死ぬわけがないだろうッ!」
「ッッ…この!クソが…、俺は…俺はッッ!!」
「我々は!孤独じゃないんだ!オウマ!お前と違って!」
「がぁあああああああ!聞きたくねぇええええええ!!」
「だから私達は!」
放たれる奥義『鏖魔』が周囲の全てをブラックホールのように引き込み始める。赤い魔力が霧のように立ち込め周囲を覆う。しかし…それよりも速く、赤き闇を切り裂いて天に向けて放たれたのは…。
「──『錬成・炎雷黄金弾』ッ!!」
「ッッッ…!?」
一条の光の柱、無限の概念を付与され進むそれはオウマの防御さえ貫通し、距離の概念を破砕し、全てを貫通させてオウマを光の中に包み込む…いや、それでもなお止まらぬ光は今も天に浮かび続ける円盤を貫き…高く高く天に昇り、やがて黒雲を突き抜け…。
「…友と一緒に進み続ける…!」
光輝く一発の花火のように、天空で爆裂し天に跨る巨大な暗雲さえも消し飛ばす。天候すら変える天災の一撃が…地の底から全ての民の安寧を想う黄金の正義が、今…星さえ穿つ。
「ぐっ…がっ…!」
そして、その一撃を真っ向から受けたオウマは全身から黒煙を吐きながら力無く墜落し、地面に落ちる。既にその身からは赤い炎は上がっておらず、肥大化した筋肉も元に戻っている、つまり覚醒が解除されたのだ。
それほどまでに、今の一撃は強烈だった。
「う…嘘だろ…」
それでも立ちあがろうと手足を動かし、上半身を起こすオウマだったが。既に肉体は限界を迎えており、膝を突き動けなくなってしまう。
「俺が…メルクリウスに負けるってのかよ、あのメルクリウスに…」
「悪いな、あの時私は一人だったんだ。友がいなかった…お陰で理解出来たよ。私は誰かに支えられていないと生きていけない人間だとなる」
「情けねぇこと…自慢げに語るな…」
「自慢さ、私の友達は」
「グッ…ぅぐぉっ!?がぁああああ!?」
すると、オウマの体がバチバチと電気を…いや、魔力を放ち始める。なんだ…まだ何かあるのか!?
「なんだ!」
「アイツ、魔力暴走使ってたんでしょ、メルクさん」
「え?」
するとデティが、目を伏せながら首を振るう。冷徹に、冷淡に、そして…何処か悲しげに。
「魔力覚醒の暴走はね、自分をパワーアップさせる都合のいい方法じゃないの。肥大化させた魂に更に魔力を送り込み爆発的な力を得る…というのは一時的な副次作用でしかない。魂に強烈な負荷をかければ簡単に砕けてしまう…今の彼は、その魂が再起不能なレベルで破損してる」
「……治せないのか?」
「な、治すつもり?」
「だって、今の話を聞く限り…死ぬんじゃないのか、オウマは」
「………」
魔力覚醒の暴走は、ただの強化ではなく命を懸けた暴走でしかない。半端に留めておけばよかったが…オウマはそこから更に暴れ過ぎた。既に肉体も魂も限界を迎えていたのだ。
死ぬ、オウマは死ぬ。なら…生かしてやりたい、それは情けではなく八大同盟の首魁の一角を生かして捕らえれば確実に情報が取れるという打算が一つ、そして。
「謝らせたい」
「え?」
「オウマ!お前は…故郷にいる友を裏切ったんだろ!エリスから聞いている!お前は今も…その友を想っているんじゃないのか!」
「…………」
「ならせめて、行って謝れ…!そして罪を償え!だから…」
「ヘッ、馬鹿馬鹿しい…断るぜ、阿呆」
「なっ!?」
するとオウマは徐に立ち上がり、フラフラとした足取りで舌を出して笑う。バカな奴…!本当にどこまでも!
「死ぬぞ!」
「…かもな、言ったろ?傭兵なら…覚悟は決まってるってよ」
すると、オウマは腰のバックから…取り出す。大振りの手投弾を。
「だが俺は!お前らと戦って死んだんじゃない!魔女の世界を賭けた戦いで死んだんじゃない!魔女の所為で!魔女によって死んだんじゃない!俺の死に…魔女は関係ない!」
「な、何を…」
「俺の人生は…俺の死は!俺だけの物だ!誰にも間にゃ入らせない!俺は!俺の手によってこの生に幕を閉じるッ!!」
瞬間、オウマは手投弾のピンを抜く…と同時にエリスとデティが動き出し。
「エリスちゃん!!」
「はい!防壁展開!」
「オラァッ!」
「っ!?」
エリスとデティが私達の前に立ち防壁を展開するよりも前にオウマは最後の力を振り絞り我々に向けて何かを投げ込んだ。咄嗟にエリスはそれをキャッチし…まさか手投げ弾を…と警戒するが。
違う、手投弾はまだオウマの手の中に…。
「あばよ…」
ただ、それだけを言い残し。オウマは目を伏せ笑いながら…起動した手投弾の閃光に飲まれ…。
「オウマッッ!!」
刹那、爆裂が私達の視界を覆う。想定以上に巨大な爆裂はエリスとデティの防壁を包み、何もかもを跡形もなく吹き飛ばす…それは、オウマ自身も。
「……オウマ」
「自爆…ですか」
そして煙が晴れた先には、何もなかった。世界一の傭兵オウマ・フライングダッチマンは…最後まで己の意志を突き通し、自分の生を自分だけのものにしながら…あの世へと旅立ったのだ。
「………後味の悪い終わり方だ」
「ですね…、あ…エリスさん。寸前でオウマが投げてきたのって何ですか?」
「そう言えば、手投弾かと思ったけど…アイツ、自爆に使っちゃったから」
「…………」
後味の悪い終わり方にやや意気消沈する。敵とは言え、流石に目の前で死なれると…な。
だがそれでも気になるのはオウマが最後に投げてきた物。手投弾を放り込もうと思えば出来ただろうに、それ以上の何かをオウマは優先した、それが何か…キャッチしたエリスに聞いてみると。
彼女は静かに、握ったその手を開く…するとそこには。
「鉄製の…ペンダント?」
そこには簡素なペンダントが握られていた。丸の中にバツを描いたような…そんなペンダントだ、こんなものをオウマは持っていたのか?というか、なぜこれを最後に。
「これは…リーシャさん達の、友情の証」
「何?」
「リーシャさん、フリードリヒさん、ジルビアさん、トルデリーゼさん…そしてオウマの五人が、若き日に友情の証として露店から買ったものとよく似ています、いや…恐らくこれは」
友情の証…か、オウマ…友を捨てただの何だの言っておきながら、これを持ち続けていたのか。そして自爆する寸前に、これを投げ寄越したのは…爆発に巻き込まないためか、或いは私への意趣返しか。
真意の程は本人が死んでしまった以上分からないが、それでもはっきりしていることは。
(奴は、不器用だということか)
鉄のペンダント、やや汚れつつも未だ確かに形を保つそれを握り直したエリスはこれを預かると口にしポケットにしまう。それをどうするかはもう私の与り知るところではない、エリスに任せる。
「え、えっとさ」
すると、デティが何やらキョロキョロ見回しながらアセアセと焦りながら。
「戦い、終わったんだよね」
「ああ、恐らく魔力吸引も収まった。ヘリオステクタイトを発射する方法ももうない」
「ならさ、一旦ここ離れない?ロクス・アモエヌスも戦いの余波で崩れそうだし…」
「そうですね、ラグナさん達も心配です。戦いが終わったならみんなと合流しましょう」
「そうだな……」
戦いは終わったか、確かに逢魔ヶ時旅団は全滅、ヘリオステクタイトを発射する方法もなくなり、理想街チクシュルーブも事実上の破滅を迎えた。もう我々の戦いは終わり、私達は勝利したと言っても過言ではないだろう。
あとはみんなで祝勝会でも開けば良い…だが。
「すまん、デティとナリアは先に脱出しててくれ」
「え?メルクさんは?」
「悪いが、私の戦いはまだ終わってないんだ…エリス、付き合ってもらえるか?」
「はい、勿論です」
私個人の戦いは終わっていない、そう天を見上げる。あそこにはまだ炎上している円盤が漂っている…ソニアが、あそこにいる。
これは、私とソニアの戦いだ…ならば。奴と決着をつけるまでは…終わらない、終われない。
「では、円盤に向かってくる。多分だがそう長くはかからん、先に行っててくれ」
「う、うん…でも気をつけて、あれいつ爆発するか分からないよ」
「大丈夫です、エリスがついてますから」
「でも気をつけてくださいね!僕達街の外で待ってますから!」
「ああ、行ってくる!」!
そして私は…向かう。終生の宿敵と…最後の対決をするために。