574.同盟討伐戦・第二戦『歩み潰す禍害』オウマ・フライングダッチマン
あの日、メルクリウスとオウマの運命が交錯した。
「ぐっ…」
「アハハッ!弱すぎじゃんね。これがあの魔女の弟子?」
「話にならんな」
「まぁ、こんなもんだろ」
デルセクトの最果てにあるソニアを収容している砦の前にて行われた戦い。逢魔ヶ時旅団とデルセクト軍の激突の中…メルクリウスは膝を突いた。シリウスとの戦いを終え疲弊した彼女にとって…いや、そうでなかったとしてもこの時のメルクリウスにとって逢魔ヶ時旅団はあまりに強すぎた。
目の前に立つオウマ、ガウリイル、アナスタシアの三人を相手にメルクリウスは傷の一つも与えられず敗北した。まさしく完敗と呼べるほどに…。
「貴様ら…何が目的だ…」
「ソニア・アレキサンドライトの誘拐…、アイツはお前らの下で腐らせておくには惜しい人材だ、と言うわけで頂いていくことにした」
「ッソニアを!?させるか…アイツは野に放っていい奴じゃないんだ!」
その目的はソニアを連れ攫う事、当然メルクリウスも最後まで抵抗したが…。
「アナスタシア」
「あいよ団長!お前は大人しく…寝てろッ!」
「ぐっ!?」
勝てるわけもなかった、アナスタシアの蹴りに吹き飛ばされ銃を抜くこともなく吹き飛ばされ、その意識を崩され…メルクリウスは大地に臥した。
「このまま軽〜く殺してやろうかぁ〜?ん?なんだ?」
『団長!大変だ!魔女が!』
幸い、メルクリウスが殺される寸前で魔女の助けがあった物の…この時の経験がメルクリウスを大きく変えた。
………………………………………………………
もっと大きな力が必要だ、もっと強い力が必要だ、でなければオウマに…八大同盟の脅威に打ち勝つ事が出来ないと。飽くなき強さの欲求…その根源は逢魔ヶ時旅団からだった。
それから彼女は三年間、アド・アストラの強化とロストアーツの開発を急ぎ力を求めた。当然修行も今までの何倍も積んだ、錬金術も極限と思われるまで修めたし以前よりも何倍も強くなったと自負していた…しかし。
アド・アストラは確かに三年で爆発的に大きくなり人員も三倍ほどに増えた。しかし代わりに統率を欠きメルクリウス自身の立場さえ崩されかけた。
ロストアーツの開発も新生アストラのせいで散々な結果に終わった。やることなす事上手くいかず空回りし精神を病んだこともあった。
そして、トドメを指したのが…例のクリソベリア襲撃事件だった。
再び逢魔ヶ時旅団がクリソベリアに現れたのだ。長距離弾頭兵器…今で言うヘリオステクタイトのプロトタイプに当たる兵器の設計図を取りに戻ってきたソニアとそれを警護する逢魔ヶ時旅団の襲撃を聞いたメルクは一目散にクリソベリアに向かい…そして。
「お前も懲りない奴だな、メルクリウス」
「ぅ…あ……」
負けた、今度はオウマ一人に負けた。手も足も出ず負けた、三年間あれだけ修行してきたのに指先さえ掛からないほどにオウマとメルクリウスには差がある…。その事を突きつけられ彼女は気が狂いそうになるほどの悔しさを得た。
強化したアストラは私の言う事を聞かず援護をしなかった、ロストアーツも盗まれ敵を強化するだけに終わってしまった。そして何より修行の成果も意味をなさなかった。
何もかも上手くいかなった…ただただ私は負けて、ただただ私は失敗しただけだった。その事実を前にメルクリウスは悔しさのあまりどうにかなりそうだった。悔しくて悔しくて…命懸けでせめて一矢報いたい気持ちに駆られた。
しかし…。
「ヴッ!ぅぐぅぅう!」
「お?なんだなんだ?逃げるのかよ同盟首長サマ!テメェんところの領地が襲われてるってのによ!」
逃げた、メルクリウスは逃げる事を選んだ。背後から逢魔ヶ時旅団の笑い声が聞こえる、私を侮辱する声が聞こえる。それが余計私の惨めさを際立たせあまりの情けなさに自然と涙さえ溢れ出た。
熱した鉄棒で胸を突き刺されるような悔しさに襲われながらも彼女は命を懸けた戦いには臨まず、罵倒され侮辱されても生き残る道を選んだのだ。
命が惜しかったからではない、死の恐怖などこの悔しさに比べれば微々たるものだ。それでも生きる事を選んだのは…彼女がその道を私に示してくれたからだ。
(エリス……!エリス!お前ならきっと…きっと!)
三年前に別れ、以降ずっと会っていない親友にして恩人エリス。彼女は戦車のヘットを相手に三度出し抜かれ敗北した。それでもなお彼女は戦い、最後には勝ってみせた。諦めず戦い続ける事で…私にその道を示したのだ。
私はエリスに憧れている、年下ではあるが『尊敬する人物は?』と聞かれればマスターの次に名前が出るくらい私にとって彼女は偉大だ。だからせめて…彼女みたいに。
いつか必ず…次は必ず、オウマに勝ってみせる。
そう私はあの日…唇を噛み締めながら走ったんだ。
────────────────────
走って、走って、駆け抜けて…そうして私はようやく、オウマと戦う機会に恵まれた。
「最後のケリ…つけようや」
「オウマ…!」
ロクス・アモエヌス上空。荒れ狂う暗雲の中に漂う鉄製の円盤、その機関室にて睨み合うのは逢魔ヶ時旅団の団長オウマ・フライングダッチマン。そして栄光の魔女の弟子メルクリウスの両名だ。
理想街チクシュルーブで行われる両陣営の激突は、その趨勢がほぼ決し、ヘリオステクタイトによる大量殺戮は阻止された。発射する為のエネルギーも潰した、発射されたヘリオステクタイトも潰した、あれだけ強かった幹部達も魔女の弟子達によって撃破された。
残すはオウマ…ただ一人、だがそれでも諦めずに最後の足掻きを繰り出したオウマとソニアの企みを阻止する為、メルクリウスは単身オウマの前に立つ。
起動し光を放ち始める周囲の機器。それに照らされ怒りの形相を浮かべるメルクリウスは静かに拳を構える。
「デルセクト連合軍のマーシャルアーツか…、執務室でペンを握る立場になろうとも、拳の構え方は忘れねぇってか?」
「侮るな、私はここまで…それなりに修羅場を潜ってきたんだ」
「そうだったな、あのジズ爺とやり合って潰した連中だ。俺もそろそろ…油断はやめよう」
デルセクト軍式の構えをするメルクリウスに対し、オウマは我流の構えを取る。右手を下にし左手を引く異質な構え、あれはオウマの持つ転移魔術『ディメンションホール』を即座に撃てるよう考えられた構えだ。
オウマが強い事は分かりきっている、あの強さの化身のようなアナスタシアや無敵のガウリイルが『オウマにだけは敵わない』と団長の座を譲っている時点で…こいつがどれほどの使い手か、押して知ることが出来よう。
はっきり言う、メルクリウスには勝算がない。エリスと二人がかりでも止めることさえ出来なかったこの男を、私一人で倒せるとは到底思えない。
(だが…引けん!)
奴等は今何かをしようとしている、奴らのやろうとする事で誰かが幸せになることはあり得ない。まず間違いなく人が死ぬ、ならば阻止する。それが私の…メルクリウスの在り方なのだ。
「行くぞ!オウマ!」
「来いよ、またいつもみたいにねじ伏せてやるッ!」
そして、強く踏み込み、機関室の真ん中でメルクリウスとオウマはぶつかり合う。大ぶりではなく、コンパクトな拳の振り方。軍隊仕込みのマーシャルアーツでオウマに向け飛びかかるも。
「甘い甘い」
簡単に腕を取られ逆に投げ飛ばされる。だがそのまま空中で姿勢を入れ替え地面に手を当てると同時に。
「『錬成・鉄蛇束巻』ッ!」
床を叩き、鉄材を変形させ放つのは鋼鉄の蛇の群れ。それぞれの蛇が意志を持ったように蠢き出し一斉にオウマの足に絡み付き───。
「古式錬金術か、相変わらず不気味な技だな」
「ぐぶぅっ!?」
しかし、そんなものお構いなしに飛んできたオウマの蹴りが鉄の蛇を砕き、そのままメルクリウスさえも蹴り飛ばし床に転がす。
魔法だ、魔力を用いた魔力闘法…今の蹴りにも使われていた、打撃に加え魔力を放ち攻撃する法をオウマは極めている。ある程度魔力の扱いに精通した者でさえ決め技に使うような技術を…オウマはただの通常攻撃として平然と撃ってくるんだ。
「グッ!ぅぐっ…」
「おい立てよメルクリウス、それともここで諦めるか?また前みたいにむざむざ逃げるか?」
「そんな事は…しない!」
「ヘッ、まぁ別に止めないよ、俺は。けど…一ついい事を教えておいてやる、お前も気合が入るだろうしな」
そう言うなりオウマは目の前の機械を手でボンボン叩き…。
「これは魔力吸収機構、今…チクシュルーブ全域にいる人間から魔力をかき集めている最中だ」
「…なんだと…」
「ただ魔力を吸収するだけじゃねぇ、魂さえも吸引する。つまり…今チクシュルーブにいる人間がが少しづつ死んでいっている。お前のお友達も含めてな」
「ッ…!貴様…貴様ァッ!!!!」
煽るような口調、馬鹿にするような顔つき、そして話の内容。鑑みるにこれは挑発だ、そこは分かる…だがそれでも冷静になれない、無辜の人々の命を吸い上げ、剰え我が友の命さえも危険に晒す。
看過出来ない、許容出来ない、…負けることも、出来ない。
「ハハハハハッ!吸引された魂は全てヘリオステクタイトの材料にされる!分かるか?ソニアは今ここでヘリオステクタイトを作っているのさ!この円盤そのものがヘリオステクタイトになる!やがてここは爆裂するだろう…お前を巻き込んでな!」
「そんな事をしたら、貴様も死ぬぞ!」
「俺は寸前で脱出するからいいんだよ…ッ!俺の魔術ならそれが出来る」
「こンの…下衆がぁぁあ!!」
瞬間、メルクリウスの体が白く光り輝き、生み出されたのは創造の力フォーム・アルベド。白い結晶を刃のように集め一気にオウマの懐目掛けて突っ込んだ。
「俺は既にヘリオステクタイトの設計図を確保してある…もしここでソニアが死んでも、まぁ時間はかかるがまたヘリオステクタイトを作り出せる…」
「ッ……」
「そしてそいつをまた有望そうな技術者に渡す、俺はレナトゥスへのツテもある、また同じことを繰り返せば…何度だってヘリオステクタイト拡散の体制は整えられる!」
しかし、そんな結晶の刃を防ぐのはこれまた漆黒の刃…謫仙・一式だ。そのまま片手でメルクリウスの斬撃を抑えたまま片手に持った銃でメルクリウスのこめかみを狙い…。
「言っただろ、俺を倒さなきゃ意味はないと!」
「ッ…!」
「そして、俺も今…お前に対して同じ気持ちを抱いている。お前をここで倒しておかなきゃ意味がないってな」
虚空に結晶を錬成し銃撃を防ぐと同時に刃を捨て両足に刃を取り付け鋭い回し蹴りを放つもやはりオウマには通用しない。
「だが…俺はいつ逃げてもいい、そんな俺が今ここに残っているのは、メルクリウス。お前達の為でもあるんだ」
「何を…!」
「正直、想定外だったッ!」
そしてメルクリウスの回し蹴りを弾き再び顔面に鋭い剛拳を放ち部屋の彼方までその体を吹き飛ばす。
「がふっ…!」
「俺達をここまで追い詰めるなんてな。逢魔ヶ時旅団は実質壊滅、頼み綱のソニアさえも切る羽目になっちまった…全く大損害だぜ、こんな事ならお前を生かさず殺しておけばよかったと俺は今になって後悔してる、世の中…ままならねぇよな、ハハハ」
「グッ…」
「俺はな、新しい事を始める前に後悔の種は潰すことにしてんだ。恩は返すし仇も返す、出かける前は家の掃除をしてから出るし禍根を持った奴は先んじて殺して潰しておく。そういう『今までの精算』をしてから次に進みたいタイプなんだ…だからメルクリウス。お前はここで殺す…ソニアの奴がこの円盤をぶっ飛ばす前にな」
「お前は…何を言ってるんだ」
「あ?」
血を吐き出す、口の中に溜まった血を吐いてメルクリウスは立ち上がる。
「街にはまだ、お前の部下がいるだろう…集めた商人だって、お前達の協力者の筈だ」
「だから、そういうのを切り捨てざるを得ない状況に追い込んだのはお前らで…」
「そういう状況だからこそ、慮るべきじゃ無いのか…。お前は…いつも都合が悪くなると他人を切り捨てていくな」
「なんだと…?」
「帝国から逃げて友を捨て、仲間をかき集めてもそれさえ捨てて、剰えソニアを拐かしておいて都合が悪くなったら…また捨てる。お前はなんだ、そんなに捨てでまで何がしたい」
「テメェなぁ、…だからッ!」
瞬間、フラフラとメルクリウスの側面の空間が割れ、オウマが飛び出してくる。ディメンションホールによる転移、そして転移による奇襲だ。その速度は凄まじく空間を突き破ると同時にメルクリウスの右頬をぶち抜くような拳が飛ぶ。
「仲間を切り捨てた?逢魔ヶ時旅団は傭兵団だ!戦いに負けた以上死ぬ覚悟は出来ている!」
「ならソニアはどうだ!アイツは傭兵じゃ無いぞ!」
「俺達はそういう協力関係なんだよ!都合が悪くなりゃアイツも俺を捨てる!」
「悲しい奴だ…今のお前には、そういう人間しかいないのか」
「俺を挑発して何がして────」
「『Alchemic・iron fist』ッ!」
そして怒りのままに次の一撃を見舞おうとした瞬間メルクリウスは地面を叩きながら錬成を行う。オウマの奇襲を上書きするような奇襲の仕返し、殴られながら背後に飛び地面から鋼の拳を突き出させオウマの顔面を殴り飛ばし───。
「残念、挑発して俺に攻撃当てようって魂胆が見え見え。言ったろ。俺にゃ何も効かねえ」
がしかし、鉄の拳はオウマの体をすり抜ける。ディメンションホールがある限り彼の体に当たる寸前であらゆる攻撃は打点を逸らされ…。
「お前、私に何度も同じ手を見せすぎだ」
「は?」
「『錬成・絶王激雷華』」
瞬間、空気中のあらゆる粒子を電撃に錬成し直したメルクリウスの鋭い雷撃が…オウマの体を貫く。その一撃は間違いなくオウマに当たり…。
「ぐぶぅっ!?て、テメェ!」
「貴様、一度に出せるディメンションホールは一つまでだろ…。だから連続した攻撃そのものは捌けない」
見ていた、いや…記憶に焼き付いていた。メルクリウスの戦い方をオウマが知っているように、オウマの戦い方をメルクリウスもまたよく観察していた。一度に出せるディメンションホールの数は一つまで。
いくらでも無制限に、かつ同時に穴を開けられる時界門と違い不安定なディメンションホールは一度に一つまでしか穴を展開出来ない。故に攻撃をディメンションホールで捌いた瞬間は…オウマは一瞬無防備になる。
それを確かめる為に、敢えて挑発して攻撃を誘発した。そしてそれを確かめられた以上…確信する。
「オウマ、お前は無敵の存在じゃ無い」
「…だからなんだ」
「言う必要があるか、私がここに何をしに来たか…お前も知ってるだろ」
「ヘッ、違いない…よーし…」
クルリと体を持ち上げ立ち上がるオウマは首をゴキリと鳴らし牙を見せ笑い。
「面白くなってきやがった、俺ぁ蹂躙よりも対等な勝負が好きなんだ。こりゃ楽しめそうだ」
「楽しめないさ、負けるんだからな」
「言ってろよ、こっから…ガチだぜ!」
全身の魔力を滾らせるオウマと集中力を滲ませるメルクリウスが再び動き出す。まだまだ…戦いは始まったばかりだ。
…………………………………………………………
「くぅうううう!そんなのありですか!」
「ありさ!なんでもな!」
一方、円盤の上層でぶつかり合うのはエリスとソニアだ、本来ならば実力にあまりに隔りがある筈の二人は今…ソニアの優勢に傾いていた。
「ヘリオステクタイト使うのはズルでしょ!」
「私は悪い奴なんでね、ズルも卑怯もなんでもするぜ…!」
ソニアは今ヘリオステクタイトを使っていた、具体的に言うなればこの円盤の中央に隠されていた魔力吸引装置にてチクシュルーブ中から収奪した魂や魔力の塊、それを収容する器そのものと…同化していた。
ソニアの背後で鳴動する巨大な白色の臓器のようなそれはチクシュルーブの人達の魂を吸い取り肥大化し、ソニアに管のようだものを数本突き刺し、彼女の体に無敵の魔力を与えている。
「ハハハハハッ!確かにこんな力持ってたら正義面もしたくるわなァッ!!!!」
「グッ…!」
ソニアが拳を振るうとその先で幾多の爆炎が巻き上がりエリスを吹き飛ばす。魔力が勝手に炎熱系魔術に変換されている、これは明らかに異常なことだ…。
「ソニア!今すぐやめなさい!」
「誰がやめるか!」
「死にますよ!貴方!」
外部から魂を注入して自身を強化する。これは歴史上幾度となく試されてきた手法だ。幾度となく試されていると言うことはつまり一度も成功していないと言うこと。魔力とは人が想像しているより脆い、こんな事しても長続きしないし…直ぐに死ぬことになる。
「関係ないね、どの道…私はもう長くない。ならせめて…やることやって死んでやろうじゃないか」
「お前の心中に他人を巻き込むな…!死ぬなら一人でひっそり死ね!」
「この魔力が溜まり次第私はこの機関ごと自爆する。お前とメルクリウスを道連れにな…核爆発を引き起こしてチクシュルーブごと何もかも消し飛ばしてやる!つれないこと言うなよみんなで死のうぜ!」
「ぅぐっ!」
ソニアが拳を突き出すとそれだけで凄まじい魔力衝撃が飛びエリスを窓際に吹き飛ばす。あんな無茶やって、過剰に魔力を通しすぎた血管が焼き焦げて固まりつつある。本当に冗談でも脅しでもなく死ぬ。
だが、それさえも折り込む程に今のソニアは覚悟を決めている。死さえ厭わぬ復讐の狂気…ここまで誰かに狂える奴も珍しい。
(感心してる場合じゃないな。魔力が溜まり次第…ってことはそれまでにあの後ろの炉心を破壊しないと大変なことになる)
チラリと見るのはソニアの背後にて蠢く巨大な機関。人間の魂を吸い上げ力に変える悪魔の発明。街にはラグナ達も居る…早くしないと彼らにまで影響が出るかもしれない。
何より、破壊し切れないとチクシュルーブごと吹っ飛ばす大爆発が起こる。なんとしてでも止めないと。
(魔力が溜まり次第…なら、溜まる前にあれも破壊する…!)
両手をクロスさせ下に向ける。魔力を腕に通し、交錯点を中心に増幅させ指先に集中させる。
「む…来るかッ!」
「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ …!」
生み出すは炎雷、及ぼすは焼壊、この一撃で炉心をぶち抜くッ!
「『真・火雷招』ッッ!!」
「させるか…ッ!『アトミックロード』ッ!!」
両手で炎雷を放つエリスに対し迎え撃つようにソニアが放つのは核融合魔術。いや…彼女の場合は魔術の心得がない為完全な形でそれを再現することは出来ず、ただただ強力なエネルギーの波動としてその手から放たれる。
ぶつかり合う炎雷と紅蓮の波動。それは部屋の中心で衝突し互いに互いを吹き飛ばそうとジリジリと攻防を始める。
そんな押し合いの中、最初に顔色を変えたのは。
「うっ…!」
エリスだ、紅蓮の波動に押されエリスの足が後ろに下がり始める。古式魔術が押されている…それほどのエネルギーがソニアから放たれているんだ。
「既にチクシュルーブ居住エリアに住まう数千人の魔力と魂を吸い上げた上での一撃だ…古式魔術と言えど、一匹の人間風情が敵うわけねぇだろうッ!!」
「うっ!うわぁっっ!?」
吹き飛ばされる、火雷招が正面から吹き飛ばされエリスの体が紅蓮の波動に飲まれ、壁に大穴を開け暗雲の中への吹き飛ばされていく…。
「グッ…あぁ……」
負けた、古式魔術が。魔力覚醒までしていたのにその上で負けた…火力で完全に、上回られた……。
そんな敗北感を感じながらエリスは空を満たす闇の中へと消えていき…。
「はぁ…はぁ…!クク…カカカカ!ようやく…一つ目の復讐を完遂出来た!」
ソニアは笑う、自壊する右腕を見ながらゲタゲタ笑う。自分の計画を潰したエリスを…デルセクトでの借りの一つを、ようやく果たせた。
「もうすぐ魔力も溜まる、チクシュルーブ全体から魔力を吸い上げて…全員殺しやる。そして…メルクリウスを、この手で…!」
蠢き続ける炉心を見上げ、自らの命と生涯、そして復讐の終わりを確信する。
あとはメルクリウスだけだ。私を止められるのは…メルクリウスだけ───。
……………………………………………………
「『錬成・大炎激龍弄』ッ!」
「洒落臭ェッ!!!」
背後に向けて跳躍するメルクリウスの手から放たれる無数の炎を謫仙にて切り裂きオウマは足に力を込め地面を蹴り上げると共にメルクリウスを追う。
「死に晒せェッ!!」
「『錬成・白光戰刃之両翼』ッ!」
そのまま斬りかかるオウマの刀に向け、メルクリウスは両手を剣に錬成し刀の横腹を叩くことで剣閃を逸らす、と…同時に。
「『Alchemic・crossing bomb』!」
手が変形した剣先を振るい放つのは空間を敷き詰めるような絨毯爆撃。目前のオウマを吹き飛ばすような爆撃の嵐は瞬く間に全てを飲み込み…。
「『ディメンションホール』ッ!」
しかし、既にオウマは時空の穴に飛び込み離脱しており、遠目で爆煙の壁を見遣────。
「『Alchemic・Buster』ッ!」
「チッ!」
ディメンションホールが閉じ切るよりも前に、黒煙を引き裂いて飛んでくるのはメルクリウスの腕だった二つの刃だ、それが火を噴きながらオウマに向けて飛翔する。ディメンションホールによる防御はまだ出来ない、故にオウマは刀を振るい両刃を防ぎ…息を吐く。
(動きが良くなりつつあるな…、戦いがノる程にボルテージが上がるタイプでもないだろうに。野郎…まさか)
「防がれたか…」
メルクリウスとオウマの戦いは当初、メルクリウスが押される形で進んでいた物の…その差をまるで追い上げるような形で急激にパフォーマンスを向上させたメルクリウスによって、戦いは伯仲の物へと変わりつつあった。
急激に強くなったわけではない、アルクカース人のように時間経過で強くなるわけでもネレイドのようにスロースターターなわけでもない。
ただ、劇的にメルクリウスの集中力が増大しているのだ。
(見える、オウマの動きが…前兆が殊更目に入る。何だこれは…私の体はどうしてしまったんだ)
今日は物がよく見える、そして目で見た情報が電流のように筋肉に伝わり体がよく動く。それは即ち戦闘能力の向上に繋がっている。これはあれだ…エリスの極限集中状態とやらによく似ている気がする。
「なるほどねぇ…、ようやく覚悟が決まったか」
「…………」
今のメルクリウスを言葉で例えるならば『一意専心』。ありとあらゆる雑念から解放されつつあるその姿はある種…メルクリウスの完成形に近いものと言える。
(視界がクリアだ、他の事が考えられないのにオウマに関する全ての事柄が明瞭に感じられる…世界が変わったようだ、目が…オウマを勝手に追う)
気にするべき事、やるべき事が一つだけに集中している。敵の目的を止めるのも、今向かうべき場所も、やる事も、全てが今オウマの打破一つに集約している。それ故に今メルクリウスは余計な雑念を捨てるに至っている。
クリアになった世界が視界を通して脳に伝わり、電流のように体に伝わっている。まるで…そう、これは。
『メルクリウス、貴方には才能があるわ。錬金術に於いて最も必要とされる要素…『理解』の才能が貴方にはある』
かつて師匠たるフォーマルハウトに言われた助言。『理解する才能がある』と言われた言葉をそもそも理解出来なかったので頭の片隅に取り置くにとどめたその言葉の真意が今メルクリウスには理解が出来る。
『理解』とは即ち物事を把握し飲み込む事ができる才能………では、無い。
『貴方の目はわたくしとは違う、けれど…より一層鋭く物事を貫く才がある。貴方…エリスとは違って天然モノの『見識』の天才よ。貴方には真実を見抜く力があるとでも言いましょうか』
『それは今はただの勘の良さ程度に収まっているでしょうが、『開花』が近づけばより一層強く芽吹くでしょう。エリスやラグナが強力な身体能力を得たようにね』
即ち、識の一部『見識』の才能。一目でそれを見抜く理解の才能。物質構造から材料比率までを理解出来る…かもしれない才能がある。
エリスの識は魔蝕によって与えられた才能だ、対するメルクリウスは…彼女が生まれながらにして持ち得た才能。識確魔術を使うには至らずとも才能がある。今までは燻りつつあった才能がこの土壇場の極限状況で開花し見識が『見神の域』に至りつつある。
つまり…有体に言うと。
メルクリウスは…目がいいのだ。
(目つきが変わってら…こりゃ、アレか…覚醒間近の奴に目つきが似てる)
メルクリウスでさえ感じ取っていないその変化を、オウマは把握していた。メルクリウスの目つきの変化、それはガウリイルの時、或いはアナスタシアの時、シジキの時、サイの時に…或いは自分の時見た人としての開花の様子に似ている。
そして、魔力覚醒者は…覚醒を極めた時よりも覚醒したの瞬間の方が強いことも知っている。故に…。
(チッ、仕方ない…周りの機器の心配をしてる場合じゃなさそうだ)
今この円盤は巨大な爆弾に変わりつつある、もしここで下手に暴れて暴発でもしようもんなら離脱もままならない。故にある程度力を抜いて戦えればそれで良いと考えていたが…どうやら物事はそんなに甘くなさそうだ。
「しゃあねぇ、全開でやるか」
(…オウマの魔力が…)
するとオウマは自らの左手に手を当て…クルリと回し取り外す。否…外したのは表皮だ、そのうちには漆黒の金属で形作られた義手が取り付けられている。
四年前の戦いでフォーマルハウトによって奪われた左手をソニアに改装してもらい手に入れたサイボーグの体、それを使う。
「サイボーグ技術か」
「アダマンタイト…ってわけじゃねぇが、こいつも特別製さ…謫仙が貰いモノなら、こいつが俺の特異魔装」
(…内部に凄まじい量の魔力機構が詰まっている。腕の形をしただけのエンジンだなアレは)
メルクリウスはそれを一目で理解した、あの漆黒の腕は内部に大量の魔力増幅機構を兼ね備えた人的エンジン。そして改造部分は腕を通って胴体にまで及んでおり、即ちあの腕が起動すると共にオウマの体は強制的に戦闘形態へと移行するようになっていることに。
(…今のままでは勝てない。もっとだ…もっとマスターの教えを理解しなくては、ただ漠然と私の中に蓄えられ続けた物が…結びつき始めている今なら、出来ると信じたい)
「行くぜ…『フローバースト・エーテル』!」
瞬間、オウマが大地を駆け抜ける。手を地面に突き豹のように大地を疾駆しメルクリウスに飛びかかる。
「ッ…!」
────オウマは全開で行くと言った、だが何も先程まで手加減して戦っていたわけでも手を抜いて戦っていたわけでも無い。ただ周囲を気にしつつ出せる全力を出していただけ。
だがそれでは倒せない、ならば必要ないものは切り捨てる。それがオウマだ。故に彼は今…周囲への損害を無視して攻撃を仕掛ける。
元来オウマ・フライングダッチマンは徒手空拳や銃や剣を使った戦い方は好きでは無い、人並み以上に出来るが…それでも将来師団長、あるいは将軍候補とまで言われた男が人並みで留まる程度の戦いをすることはない。
彼が、八大同盟の盟主と呼ばれる最大の所以…それは、豪快極まりない…皇帝カノープスの戦い方の一部を、模倣出来るところにある。
「『ブラックホール』ッ!」
「なッ!?」
飛びかかったオウマはそのまま手を開き…黒い球体を生み出す。それは凄まじい勢いでメルクリウスの体を引きつけ吸引する。見識の領域に足を踏み入れたメルクリウスは理解する…あの球の正体を。
オウマのディメンションホールは一度に一つまでしか作れない。出口入口一対で一つだけ。ただしそれでもメグを上回る点があるとするなら…オウマは目視していなくても好きな場所に転移する事ができる、と言う点。
彼はこれを使い軍団をカストリアの端からポルデュークの端まで連れて行く事ができるし、その気になれば星の裏側にも行ける、であるならば当然…射程圏内だ。
『宇宙』も。
「宇宙空間に繋げたか!」
真空状態の宇宙に繋げ強力な吸引技として用いた。まるで水の抜ける穴のように空気を吸い込む穴は足元の床を引き剥がしメルクリウスを吸い上げ。
「『ブラックバレット』ッ!」
「ッ『Alchemic・iron arm』!」
そのまま吸い寄せたメルクリウスに向け、黒腕を叩きつける。肘から爆炎が噴き出し加速した剛拳をメルクリウスは両腕を鉄に変え防ぐが…その程度で防げるほどオウマの剛拳は甘くなく、鉄の腕がひしゃげメルクリウスは吹き飛ばされる。
「ぅぐっ!…そ、それがお前の怪力の正体か!」
「正解!『ディメンションホール』!」
咄嗟にメルクリウスは鉄の腕を錬金術で整形し元に戻しつつその場から跳ねる。オウマが更に攻撃を仕掛けようとしてきたからだ…開かれたのは拳大の穴。そこから飛んできたのは。
「『サブマリンブラスト』ッ!」
水弾…繋げた先は深海。水圧で押し出された水弾丸は音素を超えメルクリウスの居た地点の床と壁を粉砕し貫通させ飛んでいく。一撃の威力が古式魔術並みだ…しかも恐るべきことに。
(魔力消費が殆どない…か)
無いのだ、消費が。オウマは穴を開けただけで水弾は自然の物…ただほんの小さな穴を開けただけであの威力、そしてそれをおそらく。
「『サブマリンラッシュブラスト』!」
「連射もできるか!」
オウマは時空の穴を一つしか開けられないが連続して開けることも出来る。魔力消費量的にオウマはアレを後十六万七千四百発撃てる。化け物だ、大砲並みの威力をそんな数撃てるやつが戦争になんか出てきたらそれだけで勝敗が決する。
(これがオウマ・フライングダッチマン…世界最強の傭兵!)
攻撃が一気に大規模化した、これが奴本来の戦い方…!
(だが言い換えれば私は奴にこれを使わせるまでに至っていると言うこと!見極めろ!奴の隙を…臆するな!)
水砲弾を前に足を止め一気に方向転換、即死級の攻撃が飛び交う中メルクリウスはオウマに向けて走り出し、自分目掛け飛ぶ水砲弾に手を伸ばし…。
「『錬成・白煙鎌切鼬』!」
錬成する、水を媒体に錬金術を行い水を白煙に変える。と同時に…。
「『千切れ』ッ!」
「なっ!?」
煙が意志を持ったように蠢き刃の嵐のように形を取りオウマに殺到。その身を一気に引き裂き血を噴出させる。
だがそれでも怯まぬオウマは再び指先で空間を切り裂き…。
「お返しだ…『ディメンションホール』」
「ぐわっぷ!?」
開いた穴から飛び出たのは砂だ、砂漠の砂嵐に直接繋げ噴き出させたのだ。これにより一気にメルクリウスの目の前は黄色く染まり。
「オラァッ!」
「ごはぁっ!?」
「オラオラどうしたよ!威勢の良さは!」
そして見えない視界から叩き込まれる拳の数々にメルクリウスは滅多撃ちにされる。凄まじい勢いの連撃、しかしオウマの気配が掴めない…目で見えなければ、奴の姿を追えない!
「『Alchemic・air burst』ッ!」
一気に空気を生み出し発生する爆風で砂嵐を吹き飛ばす、これで接近してきたオウマに反撃が…。
「な!?」
「おっとバレた」
慌てて手を振るいオウマに反撃しようとしたが、いない。オウマは一歩も動いていない。代わりにディメンションホールの穴から拳が出ている。こいつ…遠距離で私を殴っていたのか!
「そらよ罰ゲームだ!」
「ッ!!」
そしてオウマが指を鳴らせば私の頭上に穴が開き。同時に降り掛かるのは溶岩だ、こいつ…何処からでも、どんな物でも呼び出せるのか!このまま主導権を握られるのはまずい…だが。
降り注ぐ溶岩を後ろ跳びで回避し、私は指先をオウマに向け…。
「燃え盛る雷は空に炎を描き、万象を焼き切りその意志にて果てを穿つ『熱火雷閃条』!」
瞬間、指先から放たれるのは熱エネルギーの集合体。それは光線となり一気にオウマの肩を射抜き…。
「グッ!」
当たる、攻撃が。ディメンションホールで防がれない。そりゃあそうだ、何せ。
「ディメンションホールを攻撃に使っていると言うことは防御が疎かになっていると言うことでもある。そうだろ…オウマ!」
「チッ、ただじゃ済まねぇか!『ディメンションホール』!」
そのまま追撃を仕掛ける為更にオウマに向け走り出した所オウマはディメンションホールを生み出しその中に謫仙・一式を投げ込む…が、謫仙・一式が再度現れる気配はない。
(謫仙・一式を収納した?…いや)
「殴り合いなら乗るぜ!メルクリウスッ!」
「ッ…相手になる!」
飛んでくる、そのままオウマは両拳を握り手に魔力を集めたまま飛んでくるのだ、それに対してメルクリウスも応じるように構えを取り。
「『ブラックバレット』ッ!」
「はぁっ!」
「ッ…!」
放たれた弾丸の如き剛腕。それをメルクリウスは寸前で見切り拳を掴みを横にズラし打点を逸らす。
(こいつ!さっきよりも反応がいい!見切りの天才か!?こいつ!)
「『錬成・無限鬼怪之腕』ッ!」
そのままが自身の体に錬金術を使い、無数の腕を作り出し…。
「『錬成・白光戰刃之両翼』ッ!」
「ぐぉっ!?」
叩き込む、文字通り羽のようにか展開した無数の刃を。その刃はオウマの体を引き裂き再び血が噴き出る。
「ッはは!やるじゃねぇの!」
「な…!?」
しかしそれでもオウマは怯む事なく私に掴みかかり…。
「オウマ・フライングダッチマンの真価を見せてやるよ!」
そしてそのまま足裏から炎を吹き一気に加速すると同時に私の頭を機器だらけの壁に叩きつけ、故障した機器が炎を吹き上げ作り上げた剣の腕が砕け散る。
「グッ…この!『Alchemic・electricity』」
咄嗟に電流を放ちオウマを引き剥がすがそれでもオウマの攻勢は終わらない。
「『パンツァーフィスト…」
「ッ…」
両拳を握る、魔力が激る。来る…!
「…ラッシュ』ッ!」
「『Alchemic・fortress』」
地面を叩き咄嗟に壁を作るが、同時に放たれたオウマの魔力衝撃波による怒涛の殴打。それは一気に作り上げた壁を掘削し弾け飛び…。
「居ない!?」
「燃えろ魔力よ、焼けろ虚空よ 焼べよその身を、煌めく光芒は我が怒りの具現…!」
「ッ!」
破壊された壁の向こうにメルクリウスはいなかった。側面だ…壁を即座に迂回して炎と煙を切り裂いて飛び出してきたメルクリウスは手の中に無数のネジとナットを掴み…それを赤熱した弾丸に変え…
「『錬成・烽超々連魔閃弾』ッ!」
増殖する赤熱弾は瞬く間に蜂の群れのように周囲を満たし一気にオウマに迫る。音速の炎と呼んでも差し障りない連撃…それを前にオウマは。
「ッだぁあぁあああありやぁあああああ!!」
防ぐ、手刀で迫る赤熱弾の掃射を弾き続ける。音速で迫るはずのそれを身体能力一つで凌ぐのだ、切り裂く腕は赤熱した弾丸さえ物ともせず…。
(ディメンションホールを使わない?…何故だ)
メルクリウスの脳裏に電流が走る。今の攻勢…ディメンションホールで防御しようと思えば出来たはず、それなのにオウマはその身で攻撃を弾いた。思えばさっきからずっと使っていない…何故だ?
…ディメンションホールを展開出来るのは一つだけ、つまり今も何処かで穴を展開して…。使わなくなったタイミングは…そう、それは。
(まさかさっきの謫仙・一式の投擲……ッまずい!)
「ようやく気がついたか?…遅いぜ、メルクリウス」
その瞬間だった、オウマの目の前に時空の穴が開いたのは。身の毛がよだつとはこの事だろう…私は今全てを察してしまっている。だからこれから何が起こるか理解してしまっている。
「顔色変えな、そいつがテメェの死化粧になるぜ!」
先程謫仙・一式をディメンションホールに投げ込んだオウマだったが、アレは謫仙を収納してたのではなく…攻撃の準備をしていたのだ。
投げ込んだ先は宇宙空間、そこに謫仙を投げ込み…出口と入口を繋げた状態で放置した。宇宙空間には空気がない、真空では減速は起こらない。ただただ加速し続ける…まるで隕石のように。
「ブッチぎる」
無限の加速を行っていたからディメンションホールを使わなかった…つまり今から来るのは!
「ッ光輝なる黄金の環、瞬き収束し 閉じて解放し、溢れる光よ 永遠なる夜を越えて尚人々を照らせ!」
開いた穴の奥から紅蓮の光が見える。見える…と、感じた瞬間にはそれは既に私に向けて襲いかかってきた。
「謫仙・一式!『機能解放』!」
「『錬成・極冠瑞光之魔弾』!」
ぶつかり合う、メルクリウスの放った黄金の輝きと無限に加速し続けた謫仙・一式の一撃。それは部屋の中心でぶつかり合い激しく火花を散らす。
はっきり言おう、私の想像を絶していたと。無限に加速した謫仙という物体は既に物体が得られる速度の限界点を超えており、謫仙自体が殆ど自壊を起こしているほどだ。そこに加え空間断裂を応用した空間破壊を行い威力を上昇させ、一度限りの最高の一撃を放ってきたのだ。
私が放った錬金術では防ぎ切れない、防ぎ切れなければアレが当たる、当たれば…死ぬ。
(まずい…まずいまずい、どうにも出来ない)
咄嗟に前に出した手が自壊するのが見える。あまりの熱量に手が崩れているんだ。これが砕けたら私も死ぬ。だが今から回避しようにも少しでも足の力を緩めたらその瞬間に持っていかれる。
迂闊だった、もっと早くに気がつくべきだった!
「グッ…ゔぉぉおおおおおおおおお!!!!」
悪足掻きとばかりに私は力を込める。もうどうにも出来ないと思いつつも体が勝手に動く。だって諦められないから…私は、私を。私の正義を…!
しかし、それでも刀の形をした超高密度熱量体は空間を引き裂きながら私に迫り。
そして───────。
『メルクリウス、よく聞きなさい』
其れは、ある日の事。
『貴方には才能があります、理解の力は私を上回るまさしく見神の領域。貴方の目は真実を見抜く力に長けている…或いはそう言った星の下に生まれたかのように、そこに究極の錬金機構も加わり、今貴方は史上最高クラスの錬金術適性を持つと言ってもいい』
マスターと修行していた時のこと。
『ですがこれから伝える『錬金の奥義』はきっとその才能を真の意味で開花させなければ使えないでしょう。貴方の『目』が『見神の域』に至らなければ構造すら理解できない、あのグロリアーナにさえ現代錬金術でしか再現出来なかった超常の錬金です』
私が凡その錬金術を完全習得して最後の修行に入った時のこと。
『きっと、今から教えても使えないでしょう。貴方の目はまだ覚めていない。ですが貴方ならいつかこの錬金術さえ習得すると信じています。もし…この錬金術を完全に使いこなせる日が来たら』
終ぞ、使う事が出来なかった錬金の極意にして、栄光の魔女フォーマルハウトの奥義…。
『もし、その日が来たら。貴方は…』
其れが今、この危機に際して何故か脳裏をよぎり…そして。
『貴方は、錬金術師として…私に並ぶでしょう』
私を…突き動かし─────────。
「はぁ?なんでお前生きてんだ」
「ハァハァ…ゼェ…ハァ」
光が止むと、そこには片腕を塵に変えながらも未だ立ち尽くす私が…居た。生きている、あの攻撃を受けながらも生きていた。その事にオウマも流石に眉を顰める。
何をしたら防げるのかオウマにも理解が出来ない、どんな壁だって世界ごとぶち抜く最強の一撃のはずだ。謫仙を犠牲にしてでも放つ最強の技…なのに。
「仕留め切れなかっただと…?」
「……今のは」
対するメルクリウスは無くなった手を見る。今の感覚は…覚えがある。アレは神都サラキアで…ナール殿を助けた時、無自覚に使った力と同じ力。
究極の錬金機構ニグレドとアルベド、そしてマスターの言った見神の才能…其れが合わさり、開花した時のみ使える私の秘奥たる魔術…これが。
「使えた…!」
「はぁ?何がだよ」
「マスターが私に継承した…最強の錬金術が!」
「なんだと…」
喜びと共に…力が湧き上がる、よし!この魔術を使えばオウマにも勝てる!
「喰らえ!必殺…」
そう思い私は再び錬金の秘奥を使おうと手を出すが…あれ?『使えない』と言うより『構造』が見えない!?私が今作り出そうとしたものって…どう言う風に出来てる物なんだ?見えないものは…作れんぞ。
マスターの言ったのはこの事か!目が…見神の域に至らねば『錬金術を使う為の設計図』が見えないんだ!
「させるわけないだろうお前」
「なっ!?」
その瞬間…私の目の前にオウマが転移してきて。その黒腕で私の頭を掴み地面へと叩きつける、走るのは激痛。全身を刺すような激痛だ…しまった、高揚感で忘れていた、今の私は。
「お前、自分の格好、見直せよ…今のお前。動く死体みたいだぜ」
かろうじて防いだだけで、今の私はズタボロなんだ。片腕は消滅し今の一撃の負荷で全身が傷つき…湧いていた高揚感と力が抜けて行く、魔法が解けるように現実に引き戻される。
「終わりだな、メルクリウス・ヒュドラルギュルム」
「グッ…」
私の胴の上に足が乗せられる。ダメだ…体に力が入らん…。
「今回は、いつもみたいに逃してやらん。ここで死ね」
「ハァ…ハァ…」
「ま、もう抵抗する元気もなさそうだがな」
オウマは冷淡に目を据わらせディメンションホールから拳銃を取り出し、メルクリウスに突きつける。これは作業でありこれ以上仕事を続ける意図がない事を指し示す。メルクリウスは善戦したと言える、一生に数度…人間は実力以上の力を出せる時がある。今この時がメルクリウスにとってその時だったという事だろう。
「…グッ…うぅ…」
「お前……」
失った手を創造の結晶で補い。弱々しい力でオウマの足を叩くメルクリウスに憐れみさえ覚える。アレだけやってまだ敵わない事が分からないのか、いつもと同じように終わる事が分からないのか、オウマは疑問に思いながら口を開く。
「なんでそこまで頑張るよ」
「なん…だと」
「そもそも疑問だったんだ、お前は何故このタイミングで現れた。ソニアはお前を過大評価してるからどこからか情報を得たんだと言っていたが、あり得ない。情報管理は徹底してたつもりだ、少なくともチクシュルーブ内部に居なければヘリオステクタイトの情報は得られない…偶然なんだろ?ここに来たのは」
「…………」
「何故ここに来た、お前なら俺達とソニアが連んでることくらい想像出来た筈だ。ここに来ればこの結末が待っていることも簡単に予測出来た。なのに何故…」
「見過ごせ…なかったから、もうこれ以上…自分を誤魔化したく…なかったから」
「誤魔化す?何を」
「お前達を恐れ、ソニアから…目を背けたく、なくなった。ソニアは悪だ…明確な悪がー野に放たれて…ずっと、ずっとずっと後悔していた。あの時お前らに…ソニアを攫われたあの日からずっと」
「それで、死にに来たと」
「友が…己の過去と向き合った、そんな彼女と一緒に居るには…私も、向き合わなくてはならないと思った…だから、ここに来た。例えどうなろうとも」
メグはジズと向き合った、エリスはステュクスと向き合った、どちらも大切な友でありメルクリウスにとって生涯の朋友と呼べる者達だ。そんな彼女達がエルドラドで過去と向き合った。
凄惨な記憶、或いは過ちと。ならば…彼女達の友として私も、凄惨な記憶と過ち…そこに向き合うべきだと思わされた。だからこそ、ソニアの所に来たのだとメルクリウスは語る。
「私はもう逃げない、私自身の正義から…」
「正義ね、重要なのかね、それ」
「重要だ、人は悪に堕ちれば死ぬ。悪に身をやつせば死ぬ、過ちは許容されない…是正せねばならない」
「狂信だな」
「かもな…だが、それでも…私は私を間違っているとは言えない」
狂信、そう言われても、構わない。父は誤ったから死んだ、母は道を踏み外したから死んだ、二人の死は私に教えた…悪ではなく正義に生きろと。故に私は正義に生きる。
そうやってここまで歩いてきたのだ、そしてその結果私は幾多の友を得て幸せになれた…私は私を間違っていたとは決して言えない。今ここにある全ての幸せに私は報いいるために…。
「オウマ…お前に正義はあるか」
「無いな、あるとしたら自由、魔女のいない自由な世界…其れが俺の自由だ」
「或いはそれも正義かもな…お前の正義は金剛のような正義だ。輝かしく、透明で…その願いそのものは尊いものだ」
「何が言いた──」
「だが金剛石は…傷がつけば、その輝きを失う…」
メルクリウスは怒りに満ちた目でオウマの足を掴む、その力は弱くか細い物だ、振り払おうと思えば振り払える…だが。
「お前は人を殺し、多くを壊し、他を顧みぬ…!お前の正義は…既に輝きを失っているッ!」
(こ、こいつ…痛みと苦痛で頭がおかしくなったのか…!?)
血を流し過ぎたか、或いは敗北を前にして気でも狂ったか。メルクリウスの目は尋常ではなかった。全身から燃え上がるような何かを噴き出しながらその手に込める力が増して行く。
まずい、何かのスイッチが入り始めている。
「私は、私の正義を貫く!例え己が傷つき!如何なる屈辱と雪辱の中にあろうとも!私は私の正義を正義だと胸を張るッ!その為にここに来た!悪を見過ごさず!己から逃げず!」
「うるせェッ!とっととくたばれ!」
「私は!」
瞬間、メルクリウスの頭蓋目掛け放たれた弾丸…を、まるで見切ったように頭を逸らしたメルクリウスによって弾丸は外れ、こめかみに一条の赤い線が入り血が溢れ、メルクリウスの髪が舞う。
「私の正義は!友と無辜の万民の為にあるッ!その平穏と安寧の為に!この命を燃やす!泰平の世を保つ為にあるのが我が正義と我が魂だ!」
「ッ聞き飽きたようなありふれた事言うんじゃねぇよ!」
「ありふれているさ!人類が知性を持ったその時から揺らぐ事なく正しいと叫ばれる物!幾星霜の時を経とうとも変わらぬ絶対の正義が…私の正義だッ!!」
今なら胸を張って言える、命の危機を前にしても揺らがぬが故にこれが確かな物だと言える。地下での戦い、ルビーとの出会い、シャナ殿との対話、エラリーとの対決、ソニアとの邂逅。その全てが…私に今一度この正義の正しさを教えた。
万年として変わる事なき正義は、時として当たり前の事として切って捨てられる。だが当たり前であるということは即ち其れが人にとって望むべく物だということ。
私はそんな当たり前を守る為にいる、少年が笑顔で遊び、少女が安寧の中眠り、母が日の中で微笑み、父が皆を抱きしめられる世の中。そんな当たり前を…私は知らない。
知らないからこそ、その得難さをよく理解している。故に今一度叫ぼう。
(まずい…ガチで止めねぇと!)
オウマは焦る、銃を捨て今度はこの手で潰そうと拳を握る。メルクリウスは何かを確かめている、自分の中の何かを。それが確かな物になった瞬間…来る。
「幾星霜の時を経ても変わらず輝き続ける万年の正義…!」
オウマを無視してメルクリウスは叫ぶ、それが自分が得た答えだと。
「それが私の正義、私の正義は…!」
もう迷わない、もう逃げない、もう曲げない。
もう譲らない、もう諦めない、もう見失わない。
今一度確かめたこの正義は私の戦う理由、今一度手の中に握るのは私が歩み続けた理由。
この世には数多の正義がある、そんな中でも変わらず輝き続ける唯一の正義…それが。私の…。
「死ねェッ!メルクリウスッ!」
「栄光に輝き礼賛されるッ!『黄金の正義』だッッッ!!!!」
「ッ…!」
瞬間、放たれた光はオウマの拳を押し返す。決意を確かめたメルクリウスの体から放たれた魔力は一度放たれたと同時に一気に彼女の魂の中に吸い込まれる。
扉は開かれた、条件は心技体の完成。技も体も完成している…後は唯一心の完成を待つばかりだった。
メルクリウスは答えを得た、もう迷うことはないだろう。それは即ち彼女の心の完成を意味し。
今…魔力覚醒の条件は満たされた。
「ぐぉっっ!?」
押し飛ばされる、弾き飛ばされる。謎の力によって押し出されたオウマは足を地面に突きつけながらなんとか着地する。と同時に考えを巡らせる。
(今、俺は何に突き飛ばされた…!?魔力じゃ無い、もっと別の何かに押し飛ばされた。風でも無いし磁力でも無い、なんだ今のは…!つーか)
ギロリと目を向ける先にいるのはメルクリウスだ、奴は今まで虫の息だったにも関わらずその身から輝きを放ちながら立ち上がり…そして。
「嘘だろ…体力が回復してる」
失われたはずの手が元に戻り、傷も回復してる。魔力まで戻っている、まるで戦いを始めるよりも…もっと前に、体が遡行したかのような…。
「テメェ、何を…」
「破損部位が多かったからな…『肉体を一から再構成』した、魔力まで戻るのは些か誤算だったが。まぁホムンクルス技術の応用だよ」
「再構成?お前そんなことできたのか?」
「出来なかった、さっきまで…だが今なら出来る」
メルクリウスの体から放たれる輝きが確かな形へと変わる。黄金の輝きを持つ光の王冠を頭上に浮かべ、黄金の光を持ったコートを背中から羽織り、全身に金の筋を幾条も刻んだその姿はさながら王…神の王。
「これは究極の錬金機構…第一工程『破壊』のニグレドと第二工程『創造』のアルベドを開発した者達が終ぞ辿り着けなかった第三工程『変容』のキトリニタス…或いは」
そして、黄金の眼光をオウマに向け、より一層戦闘に特化した形に肉体を『変容』させたメルクリウスは、オウマを上回る魔力を放ちながら…名乗る。
「魔力覚醒…!」
遂に至った彼女の答え、メルクリウス・ヒュドラルギュルムの完成形。名乗るならばこう名乗る。
「『マグナ・ト・アリストン』…これで、貴様を倒す」
「……へっ、上等〜」
概念抽出型魔力覚醒『マグナ・ト・アリストン』。それはフォーマルハウトの秘奥を身に秘めた錬金術の権化にして、恐らく…史上最も純度の高い概念抽出型魔力覚醒。
それこそが、私の覚醒…この力で、今度こそ決着をつける。