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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
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573.魔女の弟子と或いはそれを愛と呼ぶ


「はぁぁぁあああ!」


「どうなってんだ…?」


「ぐっ…!」


逢魔ヶ時旅団の団長オウマ・フライング・ダッチマンは目に見えて焦っていた、空に浮かび上がる円盤内部でメルクリウスと戦いながら視線を彼女から外しつつ殴り飛ばし、窓の外を見る。


もう、規定の時刻を過ぎている。


「ソニアァッ!どうなってんだ!もうエネルギーは溜まってんだろッ!いつになったらヘリオステクタイトは発射されるんだッ!!」


発射準備が整った筈だった、エアロゾルレゾネイトコンデンサーは正常に機能し間違いなくエネルギーを溜めてヘリオステクタイトに送り込んだ筈だった、だがそれだと言うのにいつまで経ってもヘリオステクタイトが発射される様子がない。


何かあったのか、だが発射場である地下工場を守るのはガウリイルだ、ガウリイルがいる限り地下工場に何か起こるわけはない…だが。


「…ッ誰かが!地下で操作盤を直接動かして発射を阻止しているんだ!どうやって発射停止の暗号を手に入れやがった!」


「なんだと…!まさか」


ギロリと殴り飛ばしたメルクリウスを睨むと、彼女は浅く笑いつつ…立ち上がり。


「フッ…フフフ、どうやら…私の友は上手く仕事をしてくれたようだな」


「ッ…ありえねぇ、ガウリイルがしてやられただと」


ガウリイルは普段は抜けているところがあるが…その間抜けさを戦闘時には持ち込まない。簡単にしてやられる男でも負けるような奴でも無い…が、事実として今ガウリイルが守る地下工場に誰かが居て、その誰かが俺達の目的を阻止している。


ガウリイルはそれを止められなかった、これが間違いない事実なのだ。


(ガウリイルはどうなった、死んだか?分からん、だが少なくとも発射阻止を止める事が出来ない状況にある…仕方ない、俺が直接下に出向いて操作盤を制圧するか)


チラリとオウマは視線を下に向け、転移魔術『ディメンションホール』を使おうと手を開いて……。


「させん!『Alchemic・bom』ッ!」


「チッ!」


しかし、その瞬間飛んできたメルクリウスの爆撃に対処する為開いた手を防御に使わざるを得ず転移を阻害される、邪魔をされた…いや邪魔をするより他なかったか。


「仲間が頑張っているんだ、その努力は無駄にせん」


「チッ、だがエネルギーは溜まっている。お前を殺してから操作盤を叩きに行っても十分間に合う、まだまだ俺達はリーチだぜ……ん?」


すると、その時だった。大地が揺れ…下から、円板の下から凄まじい勢いで何かが飛んでくるのを感じたのは。


これは…ヘリオステクタイト?


「ッな!?ヘリオステクタイト!?なんで…発射されたのか!?」


「そんな!」


エリスとメルクが窓の方を見て隣を突っ切るヘリオステクタイトを見て絶望する…だが、対するオウマは喜んだかと言えばそうじゃない、ソニアも眉をひそめている。


(何かおかしい…)


ヘリオステクタイトは発射された…だが妙な胸騒ぎがする、これはオウマが長年戦場に立ち続け得た知見であり経験から来る憶測だった…、そんな憶測が告げている。『まだ終わっていない』と。


同時にソニアは観測していた、オウマのような超常的な憶測は出来ずとも今飛んでいったヘリオステクタイトが本来想定されているはずの挙動をしていない事に気がついていた。


そしてソニアは手元の機器で、せっかく溜めたエネルギーが消費され切っていることに気がつく。そりゃそうだ、発射には膨大な魔力がいるし使うつもりで溜めたんだから減っていてもおかしいことはない。


だが…。


「野郎…!まさかワザと発射して私の溜めたエネルギーを無駄遣いしやがったな!」


その予感通りヘリオステクタイトは上昇し途中でサイディリアルに向け方向転換するはずが一切方向を変えず上へ上へと昇っていき、まるで見えない巨人に掴まれたように遥か彼方、天空の果てへと飛び去り…星の外で爆発してしまったのだ。


ヘリオステクタイトが一機、無駄に消えた…いやそれ以上に。折角溜めたエネルギーが無駄撃ちで使われた…。


やられた、してやられた!地下工場にいる魔女の弟子に!


「ッッ…クソがっ!!やられたッ!想定していた中でも最悪のパターンだ!」


「ソニア!次弾は!次弾はいつ撃てる!」


「今風力を集めてる!次は十分後に───」


「『伏雷招』ッッ!!」


急ぎ次のヘリオステクタイトを撃つ為に風力を集めようとエアロゾルレゾネイトコンデンサーのタービンを回した瞬間。オウマとソニアの戦慄の隙間を縫うように一条の雷が飛び…動き出したタービンを貫通し爆裂させる。


「なぁっ!?」


「十分後?もっとかかりそうですけど…」


「え…エ…エリスゥゥァァアアアアアアッッッ!!!」


エリスだ、一瞬の隙を突いて狙撃用の雷招を発動させ一撃でエアロゾルレゾネイトコンデンサーを破壊したんだ。燃え盛る機器を前にソニアは頭を掻きむしり絶叫する。破壊されてしまった、最後のレゾネイトコンデンサーが。


「これでヘリオステクタイトは発射出来ません…お前達の計画も終わりです!ソニア!オウマ!」


「よくやった!エリス!」


「えっへん!」



「グッ…どうするよ、ソニア!」


「………………」


ソニアは狼狽する、まさかここまで魔女の弟子達が巧みに自分達の計画を阻害してくるとは想像していなかったからだ。もうエネルギーを溜める手段がない、エネルギーがなければヘリオステクタイトは発射出来ない…いや。


「オウマ!下層に行け!アレを作動させるんだ!」


「なッ…お前、正気かよ」


「正気じゃ今の状況を打破出来ねぇ!早く行け!」


「ヘッ、そうかい…分かったよ!なら乗ってやる!お前の覚悟に!」


そう言うなりオウマは転移ではなく駆け足で階段を降り下層へと降りていく。それを眺めたメルクリウスは目つきを変えて考える。


(まだ何かあるのか?レゾネイトコンデンサーを破壊してもまだエネルギーの供給源が…ここに?なら何故それを最初から使わなかった、それとも奴等にとっても奥の手に部類される手段なのか?)


放置してもいい空気感ではない、そう感じたメルクリウスは銃をソニアに突きつける。


「何をするつもりだ、ソニア。諦める気になった…と言う雰囲気ではないようだな」


「……お前達は本当に、何処までも私の邪魔をする。つくづくお前達と言う存在に辟易するよ、悔しい…腑が煮えくり返るくらい悔しい、だがそれ以上に悔しいのが…この状況を何処かで予見していた負け犬根性たっぷりな自分に対して!一層ムカッ腹が立つ!」


「予見…だと?」


「ああお前らのことならきっと私の計画を髄まで叩き壊し再起不能に持ち込むだろうとな!追い込まれることは何処かで理解していた!…だから、用意したのさ」


クツクツと笑うソニアの背後で、破壊されたタービンが再び動き始める。死んでない…エアロゾルレゾネイトコンデンサーは壊せたが、まだあの巨大な機械全てが死んだわけじゃない!まだある…何かが!


「ソニア!」


「知ってるかメルクリウス!人の善意には限度がある。自身を危険に晒さず確実に誰かを助けるためには善意には限度を設ける必要があるんだ…だが、悪意にはない。悪意には…際限がないのさ!」


燃え上がるは悪意の炎、熱に上限がないように悪意にもまた限界がない。狂気も含み憎悪も加え憤慨を焼べありとあらゆる物を滾らせ燃やす悪意の炎。それがソニアの背後から噴き出るようにタービンが業火を噴き出し部屋を包み出す。


「エリス…ソニアを頼んだ。私はオウマを止めてくる」


「え…?」


「奴等の計画はまだ死んでない!来るぞ…特大の悪足掻きが!」


メルクリウスは経験上知っている、悪行とは失う物が少なければ少ない程恐ろしくなる。悪人を捕らえる時最も恐ろしいのは後が無くなった時、せめて一人でも多くの人間を道連れにしてやろうと暴れる瞬間が最も恐ろしい。


今、ソニアは計画も何もかもを失った、この世のありとあらゆる悪人を超える最恐の極悪人が最後に見せる悪足掻きが…一体どれほどの規模になるか、想像もつかない。


故に止める、最後までこいつらを相手に気は抜かない!


そう伝えるなりメルクリウスは下層…機関室へと向かったオウマを追って走り出す。そして、この燃え盛る部屋にはエリスとソニアだけが残される。


「……ってわけです、ソニア。エリスは貴方を止めますよ」


「エリス…お前は本当に、邪魔をすることに関しては天才的だな。いつもここぞと言うところで邪魔をする」


「どうも」


「本当に…あと少しだったのに、お陰で最悪の言ってを打つことになってしまったぞ」


「最悪の一手?…ソニア、貴方はそれほどまでにメルクさんが憎いんですか?手段を選ばない程に」


「憎いと言えば憎いが、それだけじゃないさ」


ソニアはその場に腰を下ろす、立っているのも辛くなってきたのだ。だがそれでも痛む体を精神だけで支える彼女は…ただ一つの目的の為に動き続ける。


「メルクリウスに参ったと言わせたい、結局のところ…私の真の目的はそれだけかもしれない」


「………その為だけに?」


「複雑なんだ、その為だけと言われると否定せざるを得ないが…それでも、今こうして再び全てを奪われようとした時、最初に口を割く言葉は…それってだけさ」


「……………」


結局、オウマの掲げる目的や、ヘリオステクタイトの普及や、マレウスに潜り込んだのもレナトゥスの下についたのもチクシュルーブになったのも、根底を辿ると原点はそこ。


いや…少し違う、今のソニアを動かす原動力は…『それしかない』と言える。


「金も武力も享楽も…全てに意味がないと分かった。この世の何もかもを手に入れたからこそ私は何も持たないことを理解した、だから私は…メルクリウスに執着するのかもしれない」


「…ソニア、貴方はエリスと同じですね」


「何?」


「『メルクリウス・ヒュドラルギュルムの為に戦う』…この一点では、同じです」


「…………」


確かに、エリスが戦う理由も…ソニアが戦う理由も、同じメルクリウスはと言う人間のためだ。その果てにメルクの利益があるか損害があるかの違いでしかない。


ソニアを突き動かす原動力はメルクだ、エリスがここに来た理由はメルクだ、ならば二人の目的は同じと言える…だが。


「一緒にするな…ッ!」


ソニアは立ち上がる、激痛を無視するほどに憤慨し、エリスに向け血混じりの怒号を上げる。メルクリウスの為に戦うことを指摘されたから怒ったのか?違う。


「お前には!メルクリウス以外の者が居るだろう!師も!友も!仲間も!多くがあるだろう!…私には無い…時間さえない私にはもう、メルクリウスしかないんだよッッ!!」


メルクリウスしかないのだ、計画が破綻し全てが手から零れ落ちた今…復讐も加虐も激憤ももうどうでもいい。メルクリウスに勝つこと以外、もはやどうでも良い。それは病に冒され時間を失ったソニアの中に残った唯一の願い。


……ソニア・アレキサンドライトは幼い頃に親を殺した、自らを咎めた妹も殺した。恐怖で周囲を圧迫し金と頭脳で全てを従えてきた。


故にこそ彼女は愛を知らぬ、何かを愛することも愛されたこともない。彼女にとって世界は『自分』と『他者』しかない、友愛も慈愛も親愛も恋愛も彼女の中には存在しない、一抹の愛さえ知らず持たない人間…それがソニアだ。


そんな彼女の中に生まれた『自分』と『他者』以外の人間『メルクリウス』…自らの支配に叛逆し、自らの治世を破壊し、全てを奪い自分が最も嫌う正義を示し恐怖させた唯一無二の人間。ソニアは他者に向ける加虐とは別の『憎悪』と言う感情。


憎悪とはただ一人に向けられる物、たった一人にのみ与えられる特別な感情。


「ソニア…貴方は……」


愛を知らず、自分以外を『他者』と切り捨て、全てを傷つけ破壊する彼女が唯一憎悪を向ける人間…メルクリウス。彼女はただメルクリウスに執着した、メルクリウスだけが彼女の中で唯一『人間』になり得た。


愛を持たず、愛を知らず、愛を理解しないソニアにとって…。


その執着と憎悪は、或いはそれを────。


「メルクリウスは私が倒す!私が勝つ!私の悪が!奴の正義を打ちのめす!最早この命も!これまで得た全ても!顧みず!奴のだと打倒のみに我が生涯を賭ける!」


「ソニア…お前は、メルクさんを…!」


「ああそうだ…奴だけが!私の中で…人間だッッ!!」


その言葉と共にソニアは燃え盛る機械を殴りつける…、炎上し動き始めたエアロゾルレゾネイトコンデンサーはガラガラと崩れ、その中に込められていた…最後の機構を露わにする。


それは…空だ、何も入っていない、だがエリスには分かる…アレは。


「ヘリオステクタイト…いや、その内部の…!」


人の魂を込める器…核融合魔力機構が露わになる。だが何も入っていないぞ…まだあの中には何も魂が、いや…『生涯を賭ける』?


「まさか、ソニア…!」


「クッ…フフフ、言ったろ…守る物のない悪には際限がないとッッ!!」


動き出す、極悪人ソニア・アレキサンドライトがその生涯で生み出す…最後の悪事が。


………………………………………………………………


「と、止まれぇっ!暴徒達!」


「そこを…退きやがれぇぇええええええッッ!!」


理想街の大通りを、降り頻る豪雨を引き裂き突き進むルビーは背後に追従する民衆を守るように正面の憲兵を吹き飛ばす。


「フゥー…フゥー!さぁ次はどいつだ!」


「ルビー君!大丈夫か…君、そんなに動いて」


「問題ないっすよヴィンセントさん!」


「そうは言うが…」


ヴィンセントは言い淀む。ラグナの頼みで地下から連れ出された人々を街の外へ逃す為憲兵達の包囲網を切り抜けチクシュルーブを突っ切るように走っていたヴィンセント達だったが、思った以上に敵の守勢が凄まじくヴィンセントが連れてきた十数名の兵士達だけではとても民間人を守り切れない…そんな嫌な空気が漂っていた。


そこを解決したのが…ルビーだった。ロクス・アモエヌスにてラグナと共に逢魔ヶ時旅団と戦い小隊長達の相手を引き受けていた彼女はなんと一人でそれらを全て片付けてヴィンセント達を追いかけ、こうして突破口を開く為単身憲兵達の包囲網を突き崩していた。


ただ、それだけならばヴィンセントも礼を言うに留めたが。


「その傷…君、立っているのもやっとだろ」


世界最強の傭兵団である逢魔ヶ時旅団を単身相手取って五体満足でいる方がおかしいと言う物。今の彼女は全身から血を流し左目は傷に覆われ今も血煙のような赤い呼気を放っているのだ。


今、いきなり彼女が倒れて死んでもヴィンセントは驚かないかもしれない、そんな状態なんだ。これで今も戦い続けるなんて無理だ。


「へへへ…アイツら、洒落にならんくらい強かったんで…。流石…世界最強の傭兵団っすよね…タダじゃ済まなかったっすよ」


「しかし、それでも君はそれを倒して…」


「いや、いきなり庭先に穴が開いたんで。全員纏めてなんとかその中に突き落としただけっす…多分まだ動ける奴も山ほど居る、そいつらが追いかけてくる前に…街を出ないと」


「…そう言うことだったのか」


庭先に穴か…ん?それラグナ様の話を聞くにヘリオステクタイトの発射場へ繋がる穴じゃないか?今そこにはラグナ様やデティ様やナリア様が…いや、まぁ…彼らならなんとかするだろう。


ともあれ、世界最強の傭兵団は伊達ではない。今ここで相手をしている憲兵達は装備こそ最先端ではある物の所詮は雇われただけの警備兵に他ならない。ここに歴戦の傭兵がダース単位で追加されたら終わりだ。


ルビー君の言うように、今は少しでも無理をして進むべきか…!


『奴等を絶対に通すなー!』


『この犯罪者集団めーッ!』


「また来たか…仕方ない!パナラマ隊!前に出るぞ!ルビー君だけに戦わせるな!」


「ヴィンセントさん…あんたはいいのかよ、あんた西部の貴族だろ?こんなチクシュルーブに弓引くような真似して…」


「問題ない事はないだろうが、だがその前にマレウス王政府に弓を引いたのはチクシュルーブの方だ。私はチクシュルーブの配下ではなくマレウス王政府の忠実な臣兵!ならばここで民の為に戦う」


「ヘッ…そうかよ」


共に武器を握り締め迫る憲兵の波の前に立ち塞がるルビーとヴィンセント、すると。


「あ、あんた達だけには戦わせられない!俺達も戦う!」


「こっちだって武器拾ってるんだから!」


「数ならこっちの方が上だ!」


「お、お前ら!?」


すると、ルビー達だけには戦わせられないと今まで怯えていた民達もまた前に出て戦い始めるのだ。逢魔ヶ時旅団が相手では彼等も太刀打ち出来なかったが…対する憲兵は練度が低い事をこれまでの戦いで確認した民達は自分達でもなんとかなると前線に出る。


「ルビー!」


「シャナのクソババア…あんたまだ生きてたか!」


すると、そんな民間人を焚きつけたシャナがルビーの隣に立ち…。


「今勢いはこっちにあるんだ、なら立ち止まるな。大通りもそこまで広くない、ぶつかり合えば勢いがある方が押す!だから今は突っ込みな!」


「突っ込みなって…そんなこと言っても一応相手は軍人で…」


『その通ーッり!今はこの熱を冷めさせないでーッ!!』


「へ?」


すると、後方から民衆を割って突き進んでくる声が前に進むルビー達を追いかけて飛んでくる。その影は並み居る民衆の波の中でも分かるほどに巨大で…凄まじい勢いで走ってきて…。


「あ、あんた!確かネレイドさん…だったか!」


「うん」


「メグもいます」


「アマルトもいまーす」


「あんたら何してんだよ!?」


突っ込んできたのはネレイドだ、そのままルビーの隣を並走するネレイドの背中からひょっこり顔を出すのは同じく魔女の弟子のメグとアマルトだ。二人はネレイドの背中にしがみつき背負われている状態で『いぇーい、ピース』とはしゃいでいる。


今そんな場合かよ…!


「レゾネイトコンデンサーは!」


「全部壊した、私達これから退却する」


「ま、マジか。じゃああんた達も戦ってくれるのか!?メチャクチャ強いんだよな!」


「ごめん、無理」


「悪ぃ〜、俺魔力使いきっちまって…もう動けん」


「私は右腕以外手足の骨が折れてまして、物理的に歩けません」


「私も…お腹に穴開いてる」


「重傷じゃねぇか!」


見れば弟子達は既に満身創痍、一応ポーションで治療してあるとは言え程度は知れている。デティ無しで傷の治療をするならもっと落ち着いた場所でないとできない…ということで動けるネレイドがアマルトとメグを回収しこうしてルビー達と合流したわけだ。


「幹部も倒したしレゾネイトコンデンサーもぶっ壊したし、後はもう逃げるだけだ。というわけで頑張れ!」


「ふざけんなよ!ってかエリスさんは!まさかやられた!?」


「アイツがやられるわけねぇだろ、エリスは多分ソニアの所に行った」


「えぇ…あの人もあんたらと同じで幹部と戦ってるんだよな…、でもあんたらは」


「アイツのタフネスを俺達に求めるなよ、アイツは死なない限り動き続けられる体なの!虫みたいに」


「最悪死んでも動きますよ、あの人は」


「エリスはね、ほんとは人間じゃないの」


「友達なんだよなあんたら、エリスさんの」


ともあれ魔女の弟子達に期待出来ないのは変わらない、ルビーも結構な負傷具合だが魔女の弟子達はそれ以上だ。一応辛うじてネレイドが目の前の兵士を蹴り飛ばして進んでいるが明らかに攻撃に体重が乗ってない。


恐らく、全員が限界に近い状態。せめて治癒魔術が使えるデティさんがいればとルビーは歯噛みする…すると。


『どぅわぁああああああああ!ミスったぁあああああああ!!』


「な、なんだなんだ!今度はなんだ!」


そして突き進んでいると今度は上空から雲や煙を引き裂いて飛んできた隕石が叫び声を上げながら周囲の家屋をぶっ壊すのだ、これには堪らずルビーとヴィンセント、そしてネレイドも足を止めて…。


「なんだ!?砲撃か!?」


「でも喋ってたよ」


「今の声は…」


すると、崩れた家屋から人の手が飛び出してきたと思った瞬間、降ってきたソレは足で瓦礫を吹き飛ばしガバッと立ち上がり。


「ミスった〜、発射場に落ちるつもりが…風忘れてたぁ〜、全然ワケわからん場所に落ちちまった…」


「ラグナ!」


「お、みんな!ヤッホー」


ラグナだ、これまた信じられないくらいズタボロのラグナは瓦礫の山から降りてきて『いやぁ、着地ミスった』とケラケラ笑うのだ。一体どれほどの高さからどれだけの速度で落ちてきたのかは分からないが…当人はケロッとしている。


「ラグナ!ヘリオステクタイトは!」


「おう、宇宙まで投げ飛ばした」


「マジかよ…」


「ガウリイルは?」


「倒したぜ?ほらここに…あれ?」


するとラグナは自分の背中を指差すが、そこには誰にもいない。降ってくる直前背中に巻き付け固定したはずのガウリイルがいないのだ、ソレを見たラグナはハッと顔を青くし。


「ヤベッ!どっかに落としたかも…!」


「そんな落とし物みたいに…」


「まぁアイツなら落ちても死なんだろ!まあともあれみんな無事って事は逢魔ヶ時旅団の幹部達は倒せたみたいだな、なら後は離脱するだけだ」


「ところでデティ達は?」


「あ、置いてきた」


「バカじゃなかろうかこいつは」


「…………」


ルビーは顔を引き攣らせる、マジかよこの人たちはと。ルビーは同じくエリアマスターのエラリーと戦いまるで敵わず惜敗した、地上のエリアマスターはエラリーの比ではないと聞く…それこそ、この世界の最上位クラスの強者達だと。


それを相手にして、五戦五勝?一人として欠ける事なく全員が無事帰ってきた?


(この人達、もしかして私が想像してるよりも…すごいんじゃ…)


ゴクリと固唾を飲む、もしかしたら今自分はとんでもない人間達と共に戦っているのかもしれない。そう慄いていると…。


「ルビー」


「な、なんだよ…クソババア」


シャナが軽くルビーの腰を叩き…。


「気にするんじゃないよ、アイツらはアンタとは違う。あんたも才能って点じゃアイツらには負けない、けど…アイツらには師が居る。それもそこらで見つけられるような奴じゃない…世界最強の師匠がね」


「師匠が…私にもそういうのが居たら、あれくらい強くなれるかな」


「さぁね、なれるかどうかじゃなくて巡り合えるかどうかさね。それより急ぎな…なんかきな臭いよ」


「きな臭い?」


シャナはチラリとロクス・アモエヌスの方を見やる。その目には危機感が宿っている。地下機関の爆発を目の前にした時以上の危機感が。


「アタシ達は今ソニアを追い詰めている、だがソニアがこのまま大人しく負けてくれるようなタマとは思えない…何かしでかす筈さ。何もかもを吹き飛ばすような…一撃で戦況をひっくり返して『相打ち』に持って行くような…何かがね」


「何かって…なん────」


瞬間、ルビーの視界が揺れ…体から力が抜け、まるで体が地面に吸い付くように、、膝を突く。


「あ、あれ…?ちょっと無茶しすぎたか。悪い…足がもつれて…」


「うっ…ぐっ…」


「え?おい!クソババア!!」


ふと、見上げると…シャナが、周りの民衆が、憲兵が…皆揃って苦しみ始めているのだ。それと同時にルビーも全身に激痛が走り、立ち上がるどころではなくなってしまう。何かが…何かが起きている。


「うぅ…」


「ネレイド!大丈夫か!…ッ!」


その影響は魔女の弟子ネレイドにも及び、あれだけタフそうなネレイドさまでもが意識を失うように倒れてしまう。咄嗟に上に乗っていたアマルトさんやメグさんも地面に降りてネレイドさんの介抱をしようとするが。


「な…なんだこれ、力が抜ける…!?」


「これは…魔力が吸い寄せられている!?」


「お、おい!お前ら!どうしたんだよ!なんでみんな倒れたんだ!?」


「お、お前なんで元気なの…?」


ネレイドから降りたアマルトとメグもまた力を失い倒れ伏す…ヴィンセントもルビーもシャナも倒れた、だが何故か瓦礫の山の上に立つラグナだけは元気そうにしているのだ。



何が起きているんだ…まるで地面に、魔力を吸われていような感覚…まさかこれ。


「…地面だ…!地面に触れてると魔力を吸われるんだ!」


「い、いいやぁ…こりゃ魔力だけじゃ済まないよ…、こりゃあ…魂まで吸い取ろうとしてやがる!」


「な…!?」


地面が淡く光る、その光が地面の上に立つ者達全ての魔力を吸い寄せ、魂さえも喰らおうとしているのだ。恐らくラグナが無事なのはその上に積み上がる瓦礫には光が当たらず魔力を吸われていないからだ。


まさか…これが。


「まさかこれがソニアの悪足掻きか…!?」


「レゾネイトコンデンサーが壊れた今…徴収しようとしてるのさ、無理矢理…街の人間全員から魂を」


「やばい…ラグナ、ここにいる全員…瓦礫の上に乗せてくれ…俺、もう動けん」


「申し訳ありません…ラグナ様、時界門も使えません…」


「え!?わ、わかった!耐えろよお前ら!」


ラグナは慌てて周囲の家屋を倒壊させてその上に仲間や周りの民衆達を乗せて行くが、とても全員が乗れるようなスペースがあるようには思えない。


というより…これは。


『ひぃぃいいい!助けてええ!!』


『体から…力が…』


「マジかよ…」


ラグナは絶句する、屹立するロクス・アモエヌスがまるで剥き出しの血管のように赤く染まり大地から何かを吸い上げているのだ。いや…確かにこの光景も十分恐ろしいが、それ以上に悍ましいのは。


ロクス・アモエヌス近辺の住宅街に住まう富豪達が次々ともがき苦しみ最後には白目を剥き倒れて行くのだ。死んでいる、魂を徴収されている。どうやらロクス・アモエヌスに近ければ近いほど魂を吸い寄せる力は強いらしく物の数秒で人間がただの肉の器に変えられている。


喰ってるんだ、この街は…人間を。レゾネイトコンデンサーからえられなくなったエネルギーを…人を喰らう事で補填しようとしている。


…幸いここはロクス・アモエヌスから距離があるから魂を吸い寄せる力はあまり強くない…が、それでもこのまま放置すればあそこにいる人間みたいに全員死ぬかもしれない!


「…デティ、ナリア…」


何より心配なのはデティとナリアだ、あの二人はまだロクス・アモエヌスの地下にいる。まさか…やれたりしてないよな。


心配だ、助けに行きたい…だが。


「クソッ!」


今は目の前の人間を助けるので精一杯だ、それに俺が一人で動き続けても全員を助けられるわけじゃない…故に。


この状況を、打開出来るのは…。


「メルクさん、頼んだぜ…マジで!」


冷や汗を垂らしながらラグナは天を見上げる、チクシュルーブにいる全ての人間の生死は、今彼女に委ねられたのかもしれない。


………………………………………………………


理想街チクシュルーブの地表には、魔力吸収機構が備わっている。レナトゥスがソニアに与えたピスケスの文献に記されていた対魔力使用者無力化機構の一部だ。本来は魔力を吸い上げ無力化する為に作られたそれを…ソニアは魂を徴収する最悪の兵器に改造し、チクシュルーブ中に張り巡らせた。


もし、チクシュルーブに居る人間が自分の命を狙った場合、或いは何者かが軍勢を率いて攻め入った時の為の防衛機構にして、ソニアの奥の手だったそれを起動し『最終手段』の糧にした。


この機構はロクス・アモエヌスに近ければ近いほど強力になる。今頃、ソニアのおこぼれに与ろうと寄ってきた商人達や金を余らせた富豪達…居住エリアに住んでいる人間は全滅だろう。


これでヘリオステクタイトを世界中に売り捌き配備し、魔女の介在しない世界を作る…という俺の計画も水の泡だ。


「やってくれたぜ…」


オウマは機関室にて魔力吸収機構を動かしながら小さく呟く。魔女の介在しない世界を作る為ソニアと言う人間を攫って四年、付かず離れずソニアを監視しヘリオステクタイトを作らせようやくあと一歩。他の同盟を出し抜いてどでかい事をしてやろうとした矢先に…これだもんな。


正直、魔力吸収機構を動かした時点でこちらの負けは確定。これは俺達なりの悪足掻きだ、簡単に負けましたって諦められないだけの損害をこちらも負ってる訳だからな。


(そう、悪足掻きだ…この魔力吸収機構を動かした時点でソニアは全てを失う)


魔力吸収機構で居住エリアの住民を皆殺しにすればせっかく作り上げた理想街の評判はガタ落ち、もう誰も立ち寄らなくなり理想卿のブランドも消え失せ立場も金も何もかもを失う。


それだけじゃない、この吸収された魔力や魂が向かう先はソニアの元にある核融合機構だ。そこに魂と魔力を詰め…この円盤そのものを一つのヘリオステクタイトとして機能させる。


そうなれば後は野となれ山となれだ。こいつを動かしてそのままサイディリアルに突っ込むも良し、メルクリウスに脱出の暇も与えず自爆するも良し。


どの道、ソニアはここで死ぬ。この円盤の爆破を行えるのはソニアだけだ…奴が奴の意志で全てを終わらせる。その為の魔力が貯まるまで、俺はここでこの吸収機構を守る必要がある…だが。


「その前に、ケリつけなきゃなんねぇのが一人居るか。はぁ…」


ため息を吐く、同時に振り向き腰のホルスターに入れた拳銃を引き抜き、オウマは背後に向けて銃を撃つ。


「なぁおい!そろそろコソコソ進めるのはやめようぜ、メルクリウス…!」


放たれた銃弾が機関室のパイプに当たり白煙を噴き出す。その隙間から…機器の影に隠れたメルクリウスが銃を構えながらオウマに厳しい視線を向ける。


「へっ、やっぱり来てたか…お前がなぁ、メルクリウス」


「動くな!オウマ・フライングダッチマン!お前の計画は破綻した、隊長達は私の仲間が倒しレゾネイトコンデンサーを停止させる!ソニアもエリスが止めてくれる!今更足掻いても無駄だ!」


「希望的観測だな、だが分かってるんだろう?メルクリウス…いくら俺の部下を倒そうが、ソニアを止めようが、俺がここにいる限り何も終わらない。だからお前は俺の元に来た」


相対するオウマとメルクリウス。二人の因縁はもう数年前に遡る、オウマがソニアを奪取する為デルセクトに攻め込んだ時に一度、あの時のメルクリウスは手も足も出ずオウマに叩き潰された。


二度目はクリソベリア。ソニアが設計図を取りに戻ったあの時にメルクリウスは立ち塞がったが、その時はオウマが相手にするまでもなくメルクリウスは重傷を負った。


そしてこの戦いでも…、メルクリウスはオウマの前に立ち塞がる都度傷を負い撤退してきた。負け続けてきたのだ。


しかしそれでも、今回ばかりは違う。絶対に引けない理由がメルクリウスにはある。オウマにだって譲れない理由がある。つまり…ここが二人の因縁の決着の地ということになる。


「オウマ…、お前は狂っている」


「狂っているのは世界の方だ!魔女の支配を本気で受け入れるこの世界が!狂っているんだよ!俺の価値を決めるのは魔女じゃねぇ!俺自身だ!魔女に良いようにされて一生を終えるなんざごめんだね!」


「だからこの世界を破壊すると!本気で言っているのか!」


「ああ勿論、一度積み上がった積み木の城を、この手で壊して平らにする。もうそれしか次を始める方法はないんだよメルクリウス…」


「狭量な視野で物を語るな…、その行動の過程で人が死ぬなら、私たちはそれを受け入れるわけにはいかない」


「若造が偉そうに正義感を口にしやがって、虫唾が走るぜ…だが」


するとオウマはそのシャツに手を伸ばし、ビリビリと破きながら脱ぎ捨て、鍛え抜かれた肉体を晒し。


「口で決着、つけるつもりはねぇんだろ?…だったらやろうや。元軍人と傭兵がこの場に揃ってんだ…決着の方法なんか一つしかねぇだろ!」


「ッ…!」


「やめときな、銃は俺には効かない。分かってるだろ?俺の魔術が何か」


「………無論、銃弾では終わらせない」


そしてメルクリウスは銃をその場に置き、コートを脱ぎ捨て、シャツのボタンを第二まで外し、ポケットから取り出した紐で髪を結い…遮蔽物の奥から姿を現す。


「この手で、終わらせる」


「ハッ!そう来なくちゃ…」


轟々と外で乱雲が巻き荒れる。そんな風さえ聞こえぬほど、無音の緊張が二人の間に走る。ここにいるのは八大同盟の盟主オウマとデルセクト国家同盟の首長メルクリウスではない。


傭兵オウマと元軍人メルクリウス…、戦う為にここにいるのだ。


「オウマ!お前を倒し、ソニアを止めて、私はこのくだらない戦いと唾棄すべき計画の全てを停止させる!」


「やってみろ!俺が勝ったら全部頂くぜ?世界も、未来も、何もかもな…!」


拳を握り、二人の因縁が、二人の意志が、二人の闘志が。


────激突する。


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