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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
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572.対決 『黒金の死神』ガウリイル・セレスト


拳は突き詰めていけば、万象を穿てる。打撃とは即ち人類が最初に手にした武器にして、原初の攻撃法。真理は常に基礎の中にある。


それは俺の師アルクトゥルスの言葉であり、あの人の教えは常にこの理念に基づいている。全てを拳にかける…故に全てを磨き土台と基礎を磨く。


拳は人生で打つ、故に多くを学び多くを感じる。


拳は知識で打つ、故に本を読み勉学に励む。


拳は力で打つ、故に多くを食べ多く修練に励む。


拳は魔力で打つ、故に魔力を高め魔術を修める。


拳は心で打つ、故に多くを許し多くを想う。


そして拳は拳で打つ、故に拳を磨き拳を鍛える。何度も何度も打ち続ける、考えながら打ち常に己の理想像を高め続ける。


そうやって、人は拳を極めて行く。師範はそう言っていた…そして今俺は。


その拳の扉を一つ、開ける段階にいる。


「オラァッ!!」


「甘い…!」


衝突するラグナとガウリイルの打撃と打撃、戦場はロクス・アモエヌス地下の発射場。放たれれば一国が滅ぶと言われる最悪の兵器ヘリオステクタイトの起動を阻止する為、仲間達の戦いを無駄にしない為。ラグナは世界最強の傭兵団である逢魔ヶ時旅団に於いて頂点の座に君臨する幹部ガウリイル・セレストとの決戦に臨む。


「甘いのはそっちだろ!」


弾かれ拳を再度握り、もう一度踏み込むことでガウリイルの胸元に一撃…拳を叩き込む。しかし岩も鉄も砕くラグナの拳はガウリイルの漆黒の躯体に阻まれる。


「ふぅ…効かんな」


「チッ…」


漆黒の躯体、古代文明ピスケスの技術によって生まれる世界最硬の鉱石不朽石アダマンタイトで構成されたガウリイルの体には、如何なる攻撃も通用しない。これを破壊するには師範曰く俺の…俺だけの奥義、熱拳一発の更なる進化が必須であり、それを編み出すことができればきっと破壊出来るとの事だった…んだが。


俺は未だ、それを修めるに至っていない。悠長に修行する暇もない、今はただ…戦いの中で作り上げるより他ない。


「ただ、効かない…痛くないとは言え、そうも無闇に打たれるとこちらとしても気分が良くない」


するとガウリイルは足先を立て、体を軽く跳ね上げるようなステップを踏み始める。初めて見る構え方だ、少なくともガウリイルは今まで俺と戦っている最中常に防御主体の構えを取っていた…謂わばカウンター主体だ。


つまりここからは、転じて攻めの構え…仕掛けてくるか!


「黒火武闘の構え…悪いが、ここから気分が良くなるのは、こちらの方だ」


瞬間、足先が爆裂し…凄まじい勢いで突っ込んできたガウリイルの超低空飛び蹴りが俺の腹を打ち抜き…。


「ぐぅっ!?この!」


「遅い!」


咄嗟に腕を振るいガウリイルを弾き飛ばそうとするがその前にガウリイルは消える、消えたことを認識する頃には既に側面から飛んできたガウリイルの肘打ちを受け俺の体は横っ飛びに転がっており。


「チッ!急に速くなりやがった!」


「俺の体はソニアのサイボーグ技術により強化されている。お前も分かるとは思うが…特に俺の体は特別製でな、コスト度外視の作り方をされている」


「ッ…!」


ふと顔を上げてガウリイルを確認しようとするが、いない…と背筋が凍った瞬間俺の背後からガウリイルの蹴りが飛び再び俺は転がされることになる。


ダメだ、ただでさえ打ち込めてないのにますます相手の側に戦況が傾いている。なんとかしないと!


「腕内部には衝撃を発生させるための撃鉄と火薬が、足には爆薬を利用した加速器が、そして何よりこの体は…アダマンタイトで作られている」


世界最硬の鉱石アダマンタイト、加工するのにも特殊な技法がとされるこの漆黒の鉱石は如何なる打撃を受けようとも形を変えず弾き返す…。


「不朽石アダマンタイトはな、膨大な機械を動かし続け莫大な資材を投じてようやく出来る代物でな。加工するのにも一苦労だと効く…ソニア曰く二度とやりたくない作業だと言っていたよ」


「ッと!」


クルリと転がる体を制御して地面を弾きそのまま着地すると同時に腕をクロスさせ飛んできたガウリイルの拳を受け止める。硬さとは転じて攻撃力にもなる、鉄さえ弾く俺の体がミシミシと音を立てる…そんな威力の拳を力だけで弾き返す。


「だがその甲斐もあって、俺は無敵になった。俺もかつてはお前のように肉体を鍛える事に執心していたからこそ分かる。人体の限界という物が!」


「だから!体を鉄に変えて無敵気取りか!やめてくれよ!失望させるようなことを言うんじゃねぇ!」


「フッ、失望か。鍛え続けるお前にとっては俺のこの体は失望に値するか」


「違う!」


更に続くガウリイルの連撃を受け止め、吠える。別に体を改造することは構わないさ、そんな事言ったら俺だって師範に意味分かんない肉体改造修行を受けてるからな…けど、俺が言ってるのはそこじゃない。


「体を、肉体を強化しただけで…無敵気取りをするのが気に食わねぇ。世の中にゃもっと強い奴がいる、そんな事から目を背けて力こぶ自慢なんかするじゃねぇってんだよ!弱く見えるんだよ!」


「…確かに、失言だったな。だがそれでも」


「お…!?」


しかし受け止めた拳が開かれ、そのままガードの上から俺の腕を掴んだガウリイルは一気に俺を引き寄せ、その拳を鳩尾に叩き込み、怯んだ俺の側頭部に裏拳をかます。


「俺は、お前より強い。そこは事実だろう」


「グッ…!」


膝をつき、口元から垂れる血を拭い、感じ入る。強い…まぁそこは事実だ。いくら肉体を強く改造しようともそれだけなら俺はここまでやられない、ガウリイルの技量とその肉体を御する練度は確かに俺を超えている。


俺より強い…そこは事実だ、けど…それだけで勝敗が決するわけじゃねぇ。


「反射速度、行動速度、肉体的硬度、そのどれをとっても今の俺はかつての俺を超えている。あまり言いたくはないがソニアのおかげで俺は限界を超えた…肉体のな」


「ハッ…違うだろ、超えたのはお前の限界だけだ…なら俺は俺の限界を超えて、俺のやり方で肉体の限界を超えた、その先にある物さえも超える」


「若いな、出来る物ならやってみるがいい」


「今からやってやる…ッよ!」


その瞬間俺は足先で滑るように体を回しガウリイルの足にタックルしその重心をズラす。


「ぬっ!?」


如何に体が強力でも軸足がブレれば人は立っていられなくなる。足が滑り体がブレたガウリイルの一瞬の隙を突き…。


「『熱拳一発』ッ!」


「グッ!?」


叩き込む、その胸元に一撃。圧倒的な握力で魔力を握り擬似的な魔力覚醒を引き起こし一撃の威力を極限まで高める熱拳一発を。その一撃はガウリイルの顔色を変えさせ大きくよろけさせる…。


「ッ効かんと言って───」


「『熱拳一発』ッ!」


「もう一撃!?」


右手で打った後、左手で打つ。そしてまた右手で…左手で…繰り返す、熱拳一発を。その都度紅蓮の魔力が噴き出し爆裂し、どんどんガウリイルを背後へと押しやっていく。


「『熱拳連発』ッッ!!」


「ッ貴様!」


「テメェがちょこまか動いて!攻め立てるなら!それ以上の速度で攻めてお前の足を止めてやる!」


滅多撃ち、右から左に強引に殴り抜くフォームで何度も何度もガウリイルに熱拳一発を叩き込み続ける、せめて少しでもダメージをと全身の筋肉をフルで活用し怒涛の連撃を放つ。しかしそれでもガウリイルの体は割れない。


だがガウリイルの軽快なステップは止まり。踵を地面につけて防御の姿勢へと移行させる事に成功した、このまま行けば少なくとも攻め続けさせる事はないはずだ!


(凄まじい連撃だ、肉の体で受けていたら今頃ミンチだぞ!だが…)


ガウリイルは防御の中でスラリと視線を尖らせラグナの動きをしっかり観測する、連撃には惰性が生まれる。それはこいつも先程身を持って知ったはず、そうやって連撃を放ち続ければ何処かに隙が生まれる。


ガウリイルはそれをしっかり観察出来るだけの防御を持つ、故に彼は落ち着いて観察を続け。


(…ここだッ!)


そしてガウリイルの顔面に向けて飛んできた拳を見切り、それを受け止める為手を動かし────た、ところで、ラグナの拳はガウリイルの目の前で止まり。


「なっ!?」


「ヘッ…!」


バッと拳が目の前で開かれる、これはもしかしなくても…。


(フェイント!?しまッ…)


「『付与魔術・重量属性三百連付与』ッ!」


「ぅグッッッ!?」


膝を突く、拳による打撃を読んだガウリイルの防御を、更にまた読んだラグナによる付与魔術。本来肉体に対して付与を行えばその負荷に耐えきれず肉体は爆発四散する。だが鋼鉄よりもなお硬いガウリイルの肉体ならばこの付与にも耐えられる。


故にラグナは容赦なくガウリイルに付与を行う、重さを付与する重量属性を凡そ三百程一気に追加し、ガウリイルは自重に耐えきれず膝を突き身動きが取れなくなる。


「なんだ…これは!付与!?俺の体に直接…!だがこんな物…すぐに克服して…!」


「すぅー…はぁー!」


これが一時の足止めにしかならないことは分かっている。ガウリイルは直ぐにこの重さに順応するし、これだけの付与を長時間行うのはラグナ的にもキツい。だからこれは一時的な足止め…本命は。


「十大奥義…その一」


師範より賜った十の奥義、武を極め武の極地そのものと化した師範の持つ奥義を放つ為ラグナは大きく深呼吸を行い…。


拳を腰溜めに構え…そして。


「風天 終壊烈神拳…ッ!」


「グッ!?」


拳による一撃で引き起こす破壊の颶風。それは鋭い鎌鼬となりガウリイルに直接叩き込まれる。本来彼方まで飛ぶ筈の爆風が至近距離で押し止められ、行き場を失った力は爆発となりガウリイルを吹き飛ばす。


「げはぁっ!?」


重量付与から解放され吹き飛ぶガウリイル…その視界に映るのは、高速でこちらに飛んでくる一陣の風…否。


「その二!大山雄牛穿通角ッ!」


「ッッ!!」


そのまま腹に食い込むのはラグナの膝蹴り、大山の如き雄牛の角の如く膝蹴りはガウリイルに対して苦悶の表情を浮かべさせる…、そうだ、苦悶の顔を浮かべているのだ、あのガウリイルが。


「ッやっぱり!思った通り!」


「何がだ…!」


「お前シジキみたいに体の全部が鉄ってわけじゃないみたいだな!その分厚いアダマンタイトの奥には…きちんと人の臓器が残ってる!」


ラグナは何も無闇に力を込めて殴っているわけではない。その衝撃をアダマンタイトの向こうに通そうと衝撃波を敢えて狭め貫通させているのだ。


アダマンタイトは砕けずとも、こうすればダメージ与えられる。


「ッだからなんだ!」


「こうだよ!その三ッ!」


続いて叩き込まれるのは…指だ、指先をガウリイルに突きつける。勿論そこに威力はなく何が起こったか分からず目を白黒させるガウリイル…が、直ぐにその答えは出る。


この奥義は…。


「白天玉鋼必蹄ッ!」


「ぐぶぅぅ!?」


寸勁、拳一つ分の距離から行われる超近距離打撃法。全身の筋肉を使い一瞬で加速し拳を叩き込む法。それを極限まで高め一瞬の一撃に最大の火力を集中させる第三の奥義。それは確かに見栄えは小さく、範囲も狭く、影響を及ぼされる空間も小さな限定的な技。されどその威力は普段の打撃とは比べ物にもならず…。


「ぐはぁっ!」


ガウリイルに胃液を吐かせるほどだ。そして突き抜けた衝撃波は背後の壁を砕きガウリイルをその奥に突き飛ばす。ガラガラと壁が壊れ、その奥の通路に出て…。


「どんなもんだい!」


「ッ…この俺が、ダメージを負ったのなんて…いつ以来か。それがアルクトゥルスの技か?人の身には余るな」


瓦礫を蹴り上げ立ち上がるガウリイルは苛立ちを露わにしながらも浅く笑う。まだ余裕がありそうだ…何より。


砕けていない、あれだけ技を叩き込んでもガウリイルの躯体自体は無傷…それに。


(師範の技を借りてようやく有効打か。恥じることじゃないんだろうが…悔しいな)


俺の作った熱拳一発ではまるでダメージは入らず、師範の奥義でようやく有効な攻撃になり得るか。そりゃ師範の方が武術家として高みにいるから当たり前だけどさ…やっぱ悔しいな。


ここまで来たんなら、俺は俺の技でこいつを壊したい。けど…。


(どうすりゃいいんだよ結局、熱拳一発の新たな形…さっきから試してるけど全然威力が上がってる気がしねぇぞ)


さっきの連撃、あれ全部一応新たな形を試して打ってたんだが…寧ろ変に意識したから威力が下がったまである。師範はいつも考えて技を打てと言ったがそれが逆に働いて……いや待て。


(考えて打ったから威力が下がった?…そういや師範、前あんなこと言ってたな…)


そう師範の言葉を思い浮かべていると…。


『発射準備完了まで後三十秒、作業員の皆様は至急発射場から離れてください』


「ん?え!?」


ふと振り向くと、俺が壊したゲートがいつのまにか格納されており、完全に開き切っているのを確認する。やべぇ!ヘリオステクタイトが発射されちまう!


「させるか…!」


「それはこちらのセリフだッッ!」


咄嗟に振り向きヘリオステクタイトをなんとかしようと動き出すが、それを阻止するべく飛んできたガウリイルの拳が俺を殴り飛ばし、俺の体はゴロゴロと地面を転がり再び発射場へと戻される。


「余所見をしないでくれよラグナ・アルクカース、悲しいだろ…俺を見ろ」


「今それどころじゃないんだよ…!」


「まぁまぁ」


「諌めようとするなよ!状況考えろ!」


ガウリイルは俺の前へと歩み寄り、腰に手を当てヘリオステクタイトを見上げる。


「そう言うな、悪い物でもないだろう」


「何処がだ!悪いが無為に人が死ぬのを黙って見てられないんだよ。当たり前の倫理観と一般的な道徳観を持ってるんでね!」


「そうか?だがそんな物に果たしてどれほどの意味がある。俺はかつてその倫理観によって命を奪われかけたんだ…そう、あれは今から二十年前…」


「後数十秒しかないんだから回想はまた今度にしろ!意地でも止めてやる!」


「む…ならばそれを阻止しよう!」


こうなったら飛び立つヘリオステクタイトを下から引っ張ってでも食い止めてやると動くものの、それを許してくれるほどガウリイルは甘くない。俺の動き出しと同時に行動を開始し、その上で俺より早く結果を出す。


ヘリオステクタイトの方を向いた俺の脇腹にガウリイルの裏拳が突き刺さりミシミシと肋骨が折れ…。


「ぐぶっ!」


「脆いな、肉と骨の体はッ!『黒銃連打』ッ!」


そして叩きつけるように怒涛の連撃が突き刺さり…そして。


「後数十秒…大人しくしていろ、…『黒銃・魔神拳』ッ!」


一直線、線を引くような美しい軌道で叩き込まれた一撃はガウリイルの魔力波動を伴い放たれる。防御も出来ずにまともに食らってしまった…これ、結構やばい。骨が完全に折れた…俺の体が、真っ向から打ち砕かれた…。


「クッ…うぅ!」


「さぁ、後十数秒…お前もそこで見ていろ」


「ッッ……」


発射が秒読み、俺は動けない、まずい…本気でまずい、止められな────。


『デティさん!こっちです!』


『うぉぉおお!なんか発射秒読みじゃん!レゾネイトコンデンサー組はどーなってんだー!』


「…なんだ!」


その瞬間、俺達以外いない筈の工場に響き渡る声…これは。


「デティ!ナリア!」


「ラグナさん!?」


「負けてんじゃん!」


「まだ負けてねぇー!それより急げ!発射が目の前だ!」


デティとナリアだ、二人とも間に合ったみたいだ。最悪俺がなんとかしなきゃと思っていたが…よかった、ギリギリなんとかなったか。


ヘリオステクタイトを止めるための…俺達の切り札が!


「なんだあのチビ二人は…まさかヘリオステクタイトを止める気か?いや無理だろう…もう止める手立てはない筈」


「急げ急げナリア君!」


「はい!」


そうして二人は戦慄するガウリイルを尻目に走り出し、向かうのは階段の上にある操作盤…ヘリオステクタイトの発射や停止を行う為の操作盤だ、エリスとナリアが潜入した際見つけたそれの元へ一目散に走り進む。


だが、ガウリイルは慌てない。


「フッ、操作盤を使う気か?バカめ。それの操作はそれぞれ暗号化されている、五十近いスイッチを正しい手順で合計八回叩かねば操作出来ない…、俺でさえその暗号は覚えていない!お前達にわかるものか!」


「暗号…ね」


それも確認済みだ、暗号がなければ動かせないのは確認済み…ただその暗号が何かまでは確認出来ていなかった、エリス達がそれを探る前にガウリイルに見つかってしまったからだ。


だから俺達は停止のための暗号を知らない…だから操作盤に向かっても意味がない、そう…ガウリイルは言うのだ。だがナリア達は迷うことなく操作盤に向かい。


『カウントダウン、十、九、八、七』


「早く早くナリア君!停止のための暗号を!」


「はい!この紙に書いてあります!直ぐに!」


「なんだとッッ!?!?」


紙を広げナリアは一切迷いなく五十近くあるボタンをパチパチと押していく。


『六、五、四』


「これとこれとこれとこれとこれとこれ!」


『三…パスワードを確認、発射一時中断』


「そんな…バカなッッ!」


停止…その声が天より響き、ヘリオステクタイトに集まっていたエネルギーが霧散し消えていく。暗号を入れたのだ…合計八桁の暗号を、ナリアは一発で入れてみせたのだ。


何故暗号を知っている、何故ヘリオステクタイトを止められた、そんな驚愕がガウリイルを襲う。


「な、なんとかなった〜!」


「いぇーい!ナリア君いぇーい!」


「い、いぇーい!」


「そんなバカな、あり得ない!あのパスワードは現場主任しか知らないボタンのはず!何故お前達がそれを知っている!お前達が!」


「ヘッ…ちょっとした、裏技使ったのさ」


「裏技…だとォッ!!!」


「ぐっ!?」


ガウリイルは怒りのままに俺を蹴り飛ばし苛立ちを露わにする。そうだよ、俺達は裏技を使ったのさ、確かに暗号を調べることは出来なかった…だが、それでも暗号を知ることが出来たのさ。


それは…あの日、エリス達と合流した時。


『ラグナ、これ何かに使えませんか?』


そう言ってエリスが渡してきた…一枚の写真にあった。それは潜入した際ナリアが偶然カメラで撮っていた…操作盤の写真だ。本当に偶然撮られた写真だ、ナリア自身何に使えるか分からないが取り敢えず重要そうだからと撮ったその写真が…俺達の切り札になった。


写真…そう、写真があれば出来る。メグの覚醒『天命のカラシスタ・ストラ』によって写真の世界に入り込むことが。それにより俺達は操作盤の移された写真の中に入り…操作盤を動かすことに成功した。


どう言う原理か、二次元の世界がどう言う法則で動いているのかまるで分からないがそれでも操作盤自体は動かすことが出来た。偽りの操作盤故にヘリオステクタイトの発射阻止その物には使えないが…。


間違った操作をすれば間違っていると表示される為、探ることが出来たのだ…暗号を。ナリアはこの六日間ひたすらに虱潰しにボタンを押し続け正しいパターンの操作を探り続けた。時にエリスの助けを借り、時にアリスやイリスの力を借り…ナリアはひたすらに探り続け。


そしてようやく昨日、暗号の解読に成功した。正直ここは賭けだった、期日までに暗号を探れるか、或いは見つけた暗号が本物の操作盤でも使えるかどうか。二次元の世界については何も分かっていないからこれに軸足をかけるのはメチャクチャ怖かったが…それでも。


「ラグナさーん!成功しましたー!ヘリオステクタイトの発射は停止出来ましたよー!」


「お、…おう!よくやった!流石だぜ…ナリア!」


「いえいえ〜!」


これが俺達の切り札だ、発射阻止の暗号を持ったナリアが操作盤に突撃し、ヘリオステクタイトの発射そのものを阻止する。もしレゾネイトコンデンサーの破壊自体が間に合わなくても、根元から断ち切る事で発射を防ぐのが…俺達の切り札だったのさ。


「何が起こっているんだ、何も分からん…だが、発射が阻止されたと言うのなら…また動かすまでだ。幸い発射再開自体はボタン一つで出来る、俺でもそれは覚えてる…故に」


ガウリイルは再び動く、操作盤を動かしているナリア達に向けて歩き出す。発射が阻止されたならまた動かすまでだと。ってぇっ!


「行かせるか!」


「傷を負ったお前など敵ではない!」


「ッッァガッ!?」


「ラグナさん!」


飛びかかる、阻止するために飛びかかる…だが骨が折れ負傷した俺などにガウリイルは目もくれず足を振り上げ蹴り飛ばし即座にナリア達のいる操作盤へと飛び上がる。まずい…またボタンを押されたら今度こそ発射される!


「ちょっとアンタぁっ!私の友達に何してくれちゃってんのさ!」


「こ、こっちに来ました!デティさん…どうしましょう」


「戦うッ!」


するとガウリイルの前に立ち塞がるようにデティは手摺から飛び降りガウリイルへと飛翔し…。


「お前のようなチビが俺の相手などできるわけが────」


「『ダウンバースト』ッ!」


「なッ!?」


そして叩きつけるのは大気の槌。如何にガウリイルとは言え飛び上がっている最中に空気が降りかかってくれば墜落は免れず地面に叩きつけられる、体に傷は負っていないが確かに押し返された。


「ッ…魔術師タイプか!」


「そうだよクソ野郎!『カリエンテエストリア』ッ!」


そしてガウリイルの目の前に立ち塞がるデティはそのまま杖を振るい火球を叩き出す、炎熱属性最強の一角と呼ばれるカリエンテエストリア。その熱の塊は凄まじい速度でガウリイルへと飛び、奴の体を炎で包む。


しかし。


「無駄だ、炎も水も俺には効かない…」


効かない、炎で燃やされようがガウリイルは構うことなく突き進み拳を握りデティへと飛びかかろうと足を曲げ───。


「知ってる、けどこれならどう?『スピンスピントルネード』!」


「む…」


スピンスピントルネード…対象を回転させる物体操作系魔術。それによって動かすのは…。


熱によって融解した鉄の地面。それがグルリと渦巻きガウリイルの体を包み…。


「『アイスフィールド』!」


ゴン!と音を立て杖の柄で地面を叩くと周囲が氷で覆われ、ガウリイルを包む溶けた鉄もあっという間に冷えて固まってしまう。


…無力化したのだ、あのガウリイルを…あっという間に。


「す、すげぇなデティ」


「ああいう魔術も使わず殴りかかってくるタイプの相手は得意なの、それより今回復させるね!」


「サンキュー…けど」


「うん、一時凌ぎ。ごめん、私じゃガウリイルは倒せない…」


流石はデティだ、魔術を使わせりゃマジで世界トップクラスの実力者なんじゃないのか。本当に頼りになるぜ…。


「ッ…ただのチビと侮ったが、中々にやる…属性魔術の扱いだけでもディラン以上か…」


「うげ、もう動き出した」


しかし、ガウリイルもまだ負けていない。鉄の繭を怪力だけで破壊し動き出すのだ。既にデティは俺に駆け寄り治癒を行っているが…まずい!


「だがチビもラグナ・アルクカースも後!今は…!」


まるで爆薬が破裂したかのような衝撃と共に一気に鉄の繭を破壊し飛翔したガウリイルは一気に操作盤のあるキャットウォークの上にまで駆け上がり、たどり着く…操作盤の前に。


「ヒッ…!」


「そこを退け…容赦せんぞ」


デティは今俺のそばにいる、俺も操作盤から離れた地点で治癒を受けている。操作盤の近くにいるのはナリアだけ。ナリアも操作盤を守ろうと立ち塞がっているが…ダメだ。


ナリアじゃ敵わない!殺される!


「こ、ここは通しません!」


「そうか、退け」


「ぐぶっ!?」


必死に両手を広げて足止めをしようとするが、そんなもの邪魔にもならないとガウリイルはナリアを裏拳で弾き飛ばし操作盤に手を伸ばし。


「ま…待でッ!」


「む…」


しかしナリアも負けじと即座に操作盤に手を伸ばすガウリイルの腕に組み付き光のペンを取り出し。


「『衝破陣』ッ!」


描き上げる、ガウリイルの目の前に衝撃波を放つ魔術陣を。それは完成と共に効果を発揮しガウリイルの顔面を凄まじい衝撃が襲い…。


「…何かしたか?」


「なッ……」


「お前本当に魔女の弟子か?ラグナ・アルクカースやあそこのチビ程の威圧を感じん。非戦闘員か?大方戦えんからこんな仕事を割り振られたんだろう」


「ち、違う!僕は閃光の魔女の弟子の──」


「ならもう少しやる気を見せろ」


瞬間、ガウリイルはナリアは引き剥がしそのままその怪力で鉄の手すりに頭を叩きつけ、手摺の形を歪める。


「ガァッ!?ぃギィっっ!?」


「我々がこれから作る世界は、強者の為の世界だ、甘えを許さぬ戦乱と硝煙の世界だ…!」


そしてそのままナリアの頭を掴み上げ今度は鉄の壁に叩きつけ…。


「お前のような弱者の居場所はない、今のうちに消えておけ…!」


「ボ…僕は…弱く…な…」


「強弱とは、言論ではなく結果にのみ宿る…この結果から考えるにお前は…」


そして、トドメとばかりにナリアの体を自らの膝に叩きつけ、そのまま両手で掴んで地面に更に叩きつけ…、その頭蓋を叩き割るべく足を振り上げ。


「弱いだろ」


「ウッ…ァ…」


その足は、容赦なくナリアの頭に振り下ろされ…その命を────。


「テメェエエエエエエエエッッ!!!」


「ッ…もう復活したか!?」


刹那、ラグナは飛ぶ。回復が完了すると共に全力で駆け抜け飛翔しガウリイルの側頭部に全身全霊の飛び蹴りを放ち、ガウリイルを鉄の壁にめり込ませる、それと同時に…。


「私の友達に何しとんじゃテメェは!『アブソリュートミゼラブル』ッ!」

 

「ッなんだそれは!」


続けて飛んできたデティが放つのはデティのみが使える最強にして最高の魔術…無数の属性を掛け合わせた唯一の複数属性魔術『アブソリュートミゼラブル』。普段は防御にしか使わず、人間に対しては絶対に使わないそれをガウリイルに叩き込む。


咄嗟にガウリイルも両手をクロスさせガードするが。


「ッ…!アダマンタイトが削れている!?」


ガリガリと音を立ててアダマンタイトの表皮が削れているのだ。初めて感じる感覚にガウリイルは顔を青くし一も二もなく体を更に奥へ踏み込みめり込んだ壁を破壊すると同時に魔術から距離を取り走り出しデティから逃げ出す。


「チッ!やっぱ人に使うのに慣れてないから、出力を弱くしすぎたか!」


「貴様はッ!なんなんだッ!」


「ナリア君の友達じゃい!クソボケ!ナリア君大丈夫!」


「ナリア!大丈夫か!」


ガウリイルは離した…安全は確保した、そこで俺達は二人でナリアを介抱するように抱き抱える。


「悪い、…助けに入るのが遅れた…」


「私がミスった、ラグナの足から先に治すべきだった…ごめんねナリア君。直ぐに直すから…」


「う…僕…僕…」


「今は喋らなくていい…、ナリアはもう仕事をした。残りの仕事を終わらせるのは俺の役目だ…」


背負わせた、俺が足りなかった。俺一人でガウリイルを止められていたら…こんなことにはならなかった。ナリアはよく仕事をした、操作盤の暗号を解き明かしヘリオステクタイトを止める大仕事、その上でガウリイルを足止めし…サイディリアルの人達の命を、世界の秩序をギリギリで守ったんだ。


よくやったよ、お前の働きに…俺も答えないと。


「ラグナ!ナリア君を治したら私も加勢する!」


「いやいい、デティはナリアと一緒に操作盤を守ってくれ…ガウリイルは俺がやる」


「でも…」


「どの道、アイツを倒す役目は俺が背負ってるんだ…何より、俺の友達を傷つけたあの野郎に、一発かまさなきゃ俺は一生俺を許せない」


俺は俺の至らなさを許せない、俺がもっと強ければこんなことにはならなかった、なら今から強くなる。仲間の為に…友の為に。


そう伝えればデティはやや複雑そうにしながらも…。


「分かった、けど」


「分かってる、やばくなっても治癒で助けろとは言わないよ」


「違う!死ぬなって言いたいの!」


「じょ、冗談だよ…半分くらい。…分かった、死なない」


クルリと飛び上がり、俺は距離を取ったガウリイルの前に立ち。再び戦場に立つ、既にガウリイルは体勢を整えており…こちらを見て忌々しげに視線を尖らせる。


「やってくれたな魔女の弟子、お陰で我々の計画が水の泡になりそうだ」


「………」


「だが、それも所詮は一時凌ぎ。まだエネルギーは溜まったままだ、発射はまだ出来る…お前達を殺せばそれで済む」


「…………」


「さぁラグナ・アルクカース。次はどうする?また奥義でも使うか?それとも激怒しその力で俺を打つか、どの道お前の力では俺の肉体は破れ──」


「喧しい…黙ってろ」


「……何」


もうお前と、ごちゃごちゃと話をするつもりはない。俺はここに、お前を倒しにきてるんだ…それ以外の事をするつもりはもうないんだ。


「俺は…甘かった、戦いの中で…お前を倒せる技を完成させようと、長期戦を覚悟で凌いでいた…それが、この結果を招いた」


甘かった、真の熱拳一発を完成させない限りガウリイルは倒せない、そう頑なに思い込み…戦いの中でそれをばかり優先していた。それが…仲間達を傷つける結果に終わった。


甘いのだ、そんなのは。師範がよく言っていた…『戦う時は、目の前の敵をどうやって壊すか。それだけを考えろ』と。そうだ…師範の教えは常に思考と合理の上に成り立っている、常に多くを考え、常に多くを想う事、それが師範の武術だ。


だが…それは全て、敵を倒す為だけある。なら…それ以外のことは雑念だ。今は捨てろ、倒す為に、倒すことだけを考えるんだ。


「故に、お前を倒すことだけに集中する」


「…それで俺を倒せると?」


「倒す…!今度こそ」


もうここからは様子見や試しは無しだ。全開だ…俺の全てを出し切って、こいつを倒す!


「フッ、面白い…ならやってみろ!受けて立つ!」


「……ふぅー…すぅー…ふぅー…」


「……?」


呼吸を吸う、一気に吸い込み一気に吐く。血中に酸素を取り込み、心臓を高鳴らせ俺の体に優しく教えてあげる。これから…結構無茶なことするぜって。


「スゥー…鬼に会うては鬼を穿つ、仏に会うては仏を割る…我が手には山を割る剛力を 我が足には海を割る怪力を、我が五体に神を宿し…」


「古式魔術…?いや、なんだこの魔力は…」


魔力を高める、己の肉体に高めた魔力を貼り付けて重ねていく感覚。それを高速で行い、分厚く重ね…俺と言う存在を、より高みへと押し上げる。


今の俺が使える限界点の付与魔術…俺が見せる底の一つ。俺は今…友の為に。


「我今より修羅と成る『紅鏡日華・三千大千天拳道』ッッ!!」


「ッッ…これは」


赤く燃えるような魔力が体から噴き出す、強化付与を三千程同時に付与する暴挙にも近い奥義。俺が生まれて初めて見た古式付与魔術であり今の俺が使える限界そのもの。張り詰めた魔力は俺の体を強化しながらも、その負荷によりビリビリと痺れるような感覚が迸る。


長く続ければ俺でも死ぬかもしれないこの古式付与を使って…こいつを。


「ぶっっ潰すッ!」


「なッ───ぐぅっ!?」


ガウリイルでさえ反応出来ない速度の拳が炸裂し、その体を容易く吹き飛ばす。その威力は…平常時の俺とは比べ物にもならない。下手すりゃ拳一発で死人が出るかもしれない程の…全身全霊。お前になら遠慮なく使えそうだよガウリイル!


「ッ…こんな奥の手を残していたか!だが俺には通用───」


「ッッ喧しいってんだろうがッ!」


瞬間、赤く煌めく線がヘリオステクタイトの間を縫うように飛翔しガウリイルに燃える拳が飛来し工場全体が鳴動する。


…『紅鏡日華・三千大千天拳道』。それは師範がレグルス様と戦っている時に使ったものと同一の付与魔術だ。普段俺が使うのが二十連と五十連である…がこれはそれを大きく上回る三千連の付与魔術。肉体に付与すればそれだけで人間は人間と言う生命体の限界を超える。


「オラァッ!!」


「グッッ!?」


そのまま体を回しガウリイルの鳩尾に一撃を叩き込む。ただ拳を振っただけで空気中の粒子と拳がぶつかり合い摩擦が生まれ、俺の手は常に灼熱を纏い続ける。空気の壁を突き破り質量を持った物質が出せる限界速度に近づく俺の肉体は火炎を纏いガウリイルを攻め立てる。


「俺の友達に!手ェ出した事!一生悔いろッ!」


「ぐっ!?ぅぐっ!?」


右の打ち下ろし、左のカチ上げ、金属音以上に異様な轟音が鳴り響きガウリイルの体が揺れる。その全てがガウリイルの頭部を狙って放たれ燃え上がる拳が奴の皮膚を焼く。


「テメェだけは絶対に許さねぇ…!」


そしてその頭部を掴み、思い切り膝に叩きつけながら膝蹴りを放ち、衝撃でガウリイルの足が地面を離れ…。


「絶対壊す!壊れねぇなら壊れるまで壊す!壊し続けるッ!」


頭部を掴んだまま壁に叩きつけそのまま疾走し壁に頭を擦り付け、怒りのままに暴れ狂う。己の肉体的負荷を鑑みない怒涛の連撃、それはガウリイルに対し明確なダメージを与えずとも影響は与える。


「グッ…!怒りでパワーアップ?いや…タガが外れたか!」


体を回し踵の爆薬を炸裂させ無理矢理体勢を切り替えラグナの手から逃れると同時に爪先でラグナの顔を打ち抜き…。


「遅いんだよ…!」


「なッ!?」


掴まれる、足を、ラグナに。身体付与はただ身体能力を向上させるだけに留まらない、視覚、聴覚、触覚、あらゆる感覚さえも研ぎ澄ませ人間という生き物が持ち得る機能全てが向上する。それこそ三千もの付与を肉体に宿せばその強化はより如実に現れる。


「ッ壊れろォッ!!!」


「ゴァッ!?」


そしてそのまま足を掴んで地面に叩きつける。それだけで鉄の床が軋み接合に使われたネジがビスビスと音を立てて弾ける。


怒りでラグナは強くなった、だがそれは肉体が怒りにより強化されたわけではない、ただ容赦がなくなっただけだ。今までラグナはこれを勝負として捉えていた。


だが今は違う、これはただの破壊だ。鉄の槌を持って岩の壁を壊すような…そんな破壊作業になったのだ。


「壊れろ壊れろ壊れろッ!」


「ッ無駄だッッ!そんな闇雲な攻撃でこの体が破壊されるか!」


何度もガウリイルの体を地面に叩きつける、そんな闇雲な戦いを前にガウリイルは地面を掴みラグナの拘束から離れ────。


「『熱拳一発』ッッ!!」


「しまッッ…!」


否、ラグナの手から逃れたのではない。敢えて逃されたのだ、でなければガウリイルを掴む利き手が使えない、殴れない。だから手を離し…拳を叩きこんだ。


ただでさえ強力だった熱拳一発。更に摩擦による炎上を加えた紅蓮の一撃はガウリイルの体に直撃し、その瞬間衝撃波で周囲の鉄が融解し隕石の如く燃え盛りながらガウリイルの体は広大な工場地帯の最奥まで吹き飛ばされることとなる。


「ぅぐ…なんて威力だ…お前本当に人間か…。この体に肉薄する身体能力を得るなど」


鉄の壁に食い込んだ体を無理矢理動かしながらガウリイルは慄く。自らが幾星霜もの時を鍛錬に費やしてもなお届かない領域になるこの躯体を、ただの怒りと魔術で超越するなどあり得ない話だと。


だがそれでも…。


「だが…まだ私には傷一つついていないぞ」


「チッ…」


あれほどの連撃を受けながらもまだガウリイルには傷がつかない。もう永遠に傷つかないのではないかと思える防御力にラグナは舌を打つ。


今の連撃は無呼吸運動以上に肉体に負荷を掛ける怒涛の攻撃だった、あれをあそこまでやって未だ傷がつかないとなると、更なる無茶が要求される。


「まぁだが、それでも今の俺ならお前を攻略出来る」


「なんだと…?」


「このままテメェをボコり続ける。徹底的に痛めつけ続ける。そうすればお前の体もいつかは壊れる…それでお前の攻略は完了だ」


アダマンタイトとは言え許容できる範囲というものがある、このまま負荷を上げていけばいずれ砕ける…と思う、分からん、アダマンタイトに金属疲労みたいなことが起こり得るのかは分からないが、少なくとも今のガウリイルは俺に太刀打ちが出来ていない。


ならこのまま続ける。


「それで何処が俺の攻略になる」


「だから、テメェの武器はその硬度だけだろ、そこさえ崩せばお前は───」


「ああ、そうか」


すると、ガウリイルは何かを思い出したようにポンと手を叩き。目を丸くしながら呑気に頭を掻いて。


「そうかそうか、すまん。そうだったな…お前には、見せていなかったな…俺の魔力覚醒を。戦うのに夢中でつい使うのを忘れていた」


「なんじゃそりゃ…」


「……一つ、訂正をさせてくれ」


「あ?」


すると、ガウリイルは構えを取る。踵を地面につけ左足前の構えだ、そしてそのまま…ガウリイルの体内に魔力が集中し、逆流する。


来るか、魔力覚醒が…まぁ恐らくだがこいつの魔力覚醒は十中八九肉体進化型。だがその進化させる肉体が殆ど残っていないガウリイルが、それで一体何処まで強くなれるものか。


「お前は、俺の最大の武器が…この硬度だと言ったな。訂正させてくれ…違うと」


「なんだと…」


「確かに思えばお前にはこの硬度を前面に押し出した戦い方しか見せていなかった。故に勘違いさせてしまったな…俺のこの硬度は───」


その瞬間、ガウリイルの体が光り輝く…いや、光?というよりこれは…。電撃…?


「────オマケだ」


「なっ…ゴァッ!?」


煌めくような電撃が視界で散ったかと思えば、それと同時に発生した激烈な痛みと背中から引かれるような凄まじい衝撃に俺は思わず胃液を吐く。殴られた?腹を?おいおい…強化された動体視力でようやく見えるかどうかだったぞ今の。


「魔力覚醒『ライトニングジェネレーター』…それが俺の魔力覚醒にして、俺の最大の武器だ」


「…お前、その胸のやつ…なんだ、そんなのあったか?」


ふと、見てみれば。ガウリイルの胸に何かが追加されていることが分かる。胸部の走行が外れ中の機械が剥き出しになっている。そいつが超高速で稼働しバチバチと白色の電撃を溢れさせながらガウリイルに凄まじい力を与えている。


あの胸のやつは…ガウリイルの動力か何かか?


「これは小型のレゾネイトコンデンサーだ。電力を俺のエネルギーそのものに変換し俺を動かすソニアが作った動力源の中でも傑作に入る物。同じく取り付けられている運動力発電エンジンによって俺が動けば動くほど電力が生み出され、それが俺のエネルギーになる作りになっている」


「ますます人間とは思えないなお前」


「これが俺の身体能力の真髄と言ってもいい。ただ一つ…欠点があるとするなら、それは俺の属性同一魔力覚醒『ライトニングジェネレーター』との相性が良過ぎる点だ」


こいつ属性同一型なのかよ…。


「ライトニングジェネレーターは俺の魂から常に電撃を発生させる魔力覚醒。それ故にレゾネイトコンデンサーは常時莫大なエネルギーを得続けることが出来る。魔力覚醒によって得た電撃でレゾネイトコンデンサーがエネルギーを作り、そのエネルギーで俺が強化された魔力覚醒もまた強くなる。ソニアはこれを半永久機関と呼んだ…だがそれでも生み出されるエネルギーが膨大すぎてな。俺が元来持ち合わせる身体操縦技術の高さも相まって…強くなりすぎてしまうんだ」


「………つまり」


「ああ、この体を構成する物質は生半可な物ではダメだ。肉の体では弱過ぎて一瞬で弾けてしまう。鋼鉄では脆過ぎて走っただけで崩れてしまう、金剛石では華奢過ぎて体が砕けてしまう。アダマンタイトでなければ俺は本気を出せない、だからアダマンタイトになっただけで…別に防御力が欲しかったわけじゃないんだ、悪いな」


謂わばアダマンタイトの防御力は『オマケ』。本命は全力で動いても壊れない肉体が欲しかっただけ…それほどの身体能力を得る為の機構と全力全開で動く方法を知るガウリイルの相性があまりにも良かったが故に生まれた悪夢のサイボーグ。


ソニアが作り上げたサイボーグ達の中でも最強にして傑作とも呼べる存在、それが…ガウリイル・セレスト。


「魔力覚醒をしろラグナ・アルクカース。それでようやく対等だ…ここまで来たなら俺はこの戦いを一方的な物で終わらせたくない」


「…上等だ、やってやる」


と、口では勇ましい事を言っているが…俺は今恐怖している。三千大千天拳道と並列して魔力覚醒を使う…その負荷がどれほどかを計算してしまう。付与魔術は身体能力の乗算、魔力覚醒は基礎能力の底上げ、当然双方が合わされば俺の許容出来る範囲を越える可能性がある。


けど…。


(今、リスクの計算してる場合じゃねぇ。戦ってる最中に体がバラバラになった時は…そん時はそん時だ)


未だかつてない強敵を相手に超絶負荷の強化を行い何処まで耐えられるか、座り込んでウンウン考えても真っ当な答えなんか出てこない。今はただ倒すことだけを考えろ!


「魔力覚醒…拳神一如之極意、からの」


噴き出る炎の魔力、を凝縮させて変色させ、全てを肉体強化に充てる!


「『蒼乱之雲鶴』ッ!」


「ほう…」


魔力覚醒によって発生する魔力を全て肉体強化に充てる蒼乱之雲鶴。それに三千大千天拳道が合わさり混ぜ合い紫色の魔力が体から漂う。同時に筋肉に走る刺激が強くなる、キッツ〜…けど、やってるんだよないつも。師範は、これを。


(師範は常に魔力覚醒を維持している、その上で付与魔術を使って平気な顔で笑ってる。あの人と同じ高みを目指すなら…俺も)


そうしてラグナは構えを取り…。


「ヘヘッ…」


(笑った…あれだけの魔力の奔流を背負いながら、凄まじいな…この男は)


笑う、敬愛する師範の背に少しでも近づく為に。虚勢でも笑う…正直、めっちゃ痛いけど。


「それじゃあ、やるか…ラグナ・アルクカース」


「早いところケリつけようぜ…」


「ああ、同感だ…お前さえ倒せば、我々の世界が完成するのだから」


一瞬の静寂、互いに互い…本気の姿を見せた状態での沈黙。ガウリイルが勝てばその時点で逢魔ヶ時旅団の目的は達せられ、ラグナが勝てばヘリオステクタイトは打ち上げられない。


両陣営の目的を賭けた最大の衝突…それはただ、沈黙の中で。


「ッッ!」


「開戦だ…!」


───始まる。


…………………………………………………………………


人の手によって造られたガウリイル・セレストの肉体と、魔女の手によって錬鉄されたラグナの肉体。双方が生み出す力の奔流は広大なスペースに並べられたヘリオステクタイトの間を縫うように飛翔し紫と白の光芒を残し衝突を続ける。


それは肉眼で捉えられるかどうか…という段階にある戦えである為キャットウォークの上にて戦いを見守るデティとナリアには両者が互角の戦いを繰り広げているように見える。


だが…その実態は。


「凄まじいなラグナ・アルクカース!拳で俺とここまで渡り合えた奴は未だかつて見たことがないッ!」


「グッ…クソ…!」


口元から垂れる血を拭いながらラグナはヘリオステクタイトを蹴って後方に飛ぶ。今、ガウリイルの拳がラグナの体を数度打ち抜いた、その威力は付与魔術と魔力覚醒を合わせた状態のラグナでさえ防ぎ切れず、あまりの痛みに表情を変えるほどだった。


戦いの趨勢はガウリイルに傾いている、電力を生み出す魔力覚醒と電力を己の戦闘能力に直接変換できる機関の相性は凄まじく、そこから生み出される身体能力はラグナを一段上回っていた。ましてや相手は技術でラグナを上回る拳闘士、同じ段階で殴り合えば向こうが勝る。


「『電光黒銃拳』ッ!」


闇の向こうで光が煌めく、やがて光は槍のように線を描き、ジグザグとヘリオステクタイトの森をくぐり抜けながら一気にラグナに飛来しその頬を打ち抜く。最早銃弾の如き拳とは呼べない…これはそれさえも上回っている。


「だが同時に残念に思うぞ、俺とお前の体はあまりに違い過ぎる」


「うるせぇ!」


咄嗟に殴りつけたその手を掴もうとラグナは腕を振るうが、既にガウリイルはラグナの体を蹴り離脱しており、再びヘリオステクタイトを足場に闇の中を飛翔し距離を取り…。


「乳酸の筋肉への蓄積」


「グッ!?」


そして視界から消えた瞬間、ガウリイルはラグナの頭上から急降下し隕石のような膝蹴りでラグナを地面に叩きつける。


「筋肉と肝臓内のグリコーゲンの枯渇」


バウンドしたラグナの体に向け放たれた踵落としが更にラグナの体を地面に叩きつけより大きく体が跳ねる。


「ナトリウム、カリウムなどの電解質の損耗」


全身の体重を移動させた肘打ちがラグナの背を打ち吹き飛ばす。


「神経系の制御が摩耗し、心肺機能に負担が増す」


吹き飛んだラグナの体に一歩で追いつき、稲妻のような拳が追い討ちをかけ、工場の壁に大穴を開けラグナの体が奥へと転がり落ちる。


「つまりは疲労、肉体的疲労がお前の動きを鈍らせる。対する俺にはそれがない、継続的に戦えばその差はより一層如実に現れ戦況を決する。残念だよラグナ・アルクカース」


「グッ…お前にゃ…それが、ねぇってか」


頭から垂れる血を振るい、瓦礫を押し退け立ち上がる。戦いを続ければラグナが不利だ、どうあれスタミナという概念を持つラグナは内蔵器官などを持たず生み出される電気があればいくらでも活動出来るガウリイルに勝つことは出来ない。


「ああ、そうだ…無い」


「…そりゃ、可哀想にな…」


「なんだと…?」


だが、それでも…。


「血も涙もねぇテメェには、この滾る血の熱さが…感じられないんだよな」


「…………」


疲労と蓄積ダメージを鑑みても余る程に、今のラグナは燃えている。確かに今彼の体は悲鳴をあげている、精神的にも追い詰められている。これほどの負荷を負ってもなお届かない相手に対して『本当に勝てるのか』とどこかで思い続けている。


だが同時にこれ程の強敵と戦える喜びに打ち震えている、本当に勝てるのか…そう思えるほどの敵が今自分の前で本気を出してくれていることに敬意と感謝を感じている。それが纏めて全て闘争心に変わり、彼を突き動かす。


「確かにな、それは感じない。それはお前の言う通りだ…だが今のお前には、或いは肉の体を持っていようとも血の疼きは感じないだろう」


「ハッ、そうかい…残念だ、お前にゃ冷やしてやれる肝もないみたいだしな!」


飛ぶ、ただそれだけで筋肉が弾ける痛みに襲われつつもラグナは空気を引き裂きガウリイルに迫る。しかしこの手が届く寸前でガウリイルの体は消え…。


「無駄だ、俺の肉体は時間経過と共に電力量が増し強化される。続けるだけ苦痛だぞ」


「グッ…!」


背後から飛んできた蹴りにラグナの体はよろめく。レゾネイトコンデンサーは電力の量だけエネルギーを作り出す、そのエネルギーはガウリイルの腕を強くし、足を速くし、胴を鍛え、全てを上の段階に引き上げる。


そして覚醒の電力量に果ては無い。時間経過と共に増す。疲労で劣化するラグナの体とは対照的にガウリイルは強くなる、これで勝負になるわけがない。


「ッッなめんなァッ!!!」


「おっと、やめろラグナ・アルクカース。お前のような強者の…惨めな悪足掻きなど見たくない。潔く負けを認めろッ!」


背後のガウリイルに向けて拳を振るうが、空を切る。ラグナの動きを見てから背後に一歩引いたガウリイルによってラグナの反撃は悪あがきとなる。そしてそのままその事実を叩きつけるように蹴りが炸裂しラグナの体は地面を滑り押し飛ばされる。


「もう趨勢は決している、アルクカースの王として…負け戦の継続がどれほどの愚か分かるだろう」


「まだ負けてねぇからなぁ…俺はッッ!!」


「ふぅ…」


それでも止まらないラグナの連撃をガウリイルは上半身だけを動かし避けつつ引き下がりながら避け続ける。それでも突っ込みながら拳を縦へ横へ斜めへ振り回すラグナの動きにガウリイルはため息を吐く。


もう戦いは決まっている、このタイミングで魔力覚醒を使った時点でガウリイルの勝ちは確定なのだ。そもそもここまで長く戦っている時点でラグナとガウリイルの間にある肉体と鉄の躯体の差が如実に出るのだから。


(しかし凄まじいタフネスだ、これだけ俺の拳を受けながら未だに立ち続けるとは…。これは生半可な方法では倒せないな)


ガウリイルはラグナの拳を避けつつ考える、こうして降伏を促してみたが聞く様子はないし、こうなったら実力行使で倒すしかない。だがそれをするにはラグナの隙を見出さねばならない。


いくら実力に差が出つつあるとはいえ、今のラグナには隙らしい隙が見当たらない。魔力覚醒を行っている時点で今のラグナは肉体的にはこの世の最上位クラスにあるのだから。


だが…それでも。


(分かっている、お前が是が非でも負けられないのは…故に消耗すれば必ず、仲間を頼る)


チラリとガウリイルは見る、操作盤の近くに立つデティフローアを。ラグナはきっと限界が来たらデティを頼る、その瞬間を狙ってトドメを刺す。負けられないラグナは必ず治癒を頼る筈だ…だからそこまで待っていればいい。


どうせラグナの力はここから右肩下がりに落ちていく、今のこいつでは俺の躯体を壊すことは出来ないのだから。


「ラグナ〜!大丈夫なのー!?」


すると、ラグナの劣勢を見たデティが手すりから乗り出して杖を構える。


(む、まさかデティフローアの方から動くつもりか。それはまずい、外部から助けを入れられては元の木阿弥…!)


デティフローアの方から助けに入る可能性があったかとガウリイルは顔色を変える、そちらは阻止せねばなるまいと一瞬反応した…その時。


「がぁぁああああああ!!!」


「ッ…!」


一瞬、ラグナの拳がガウリイルの頬を掠める。クリーンヒットではない、ただ掠っただけだ。


(しまった、気を抜き過ぎたか。まさかまだこれだけの体力があったとは…仕方ない、先にラグナをある程度痛めつけてからデティフローアを始末に行く───)


「『熱拳一発』ッッ!!」


「グッ!?」


今度は、掠っただけではない。ガウリイルの鼻っ柱にラグナの拳が突き刺さる。ダメージはない…だが。


(ば、馬鹿な…俺が避け損ねた!?あり得ない、奴の拳は見切っている…俺の今の身体能力なら問題なく避けられ───)


「ぐがぁぁああああ!!」


「チッ!なんなんだお前は!」


回避の動きを止めガウリイルは腕を上げラグナの連撃を防御し始める。落ちているはずのラグナの動きが急激に良くなり始めているのだ、見ればその拳の速度は上がり、ラグナの体の回転率が上昇している。


「風前の灯火か…!?」


蝋燭は、消える瞬間が一番大きく燃え上がると言う。それと同じく今のラグナは自らの全てをかけて最後の猛攻を仕掛けている…と、ガウリイルはこの時考えたが、そんな思考か。浮かぶと同時に…過るのは今までの戦い。


魔力覚醒を使用してから、最初は…ガウリイルの攻撃を受けたラグナは抵抗も出来ず吹き飛ばされていた。


その後、後ろから蹴り飛ばした時は吹き飛ばされず体勢を崩すに留まっていた。


そしてその次に蹴りを入れた時は、体勢すら崩さず背後に押し飛ばされるに留まった…つまり。


(こいつ!段々強くなっているのか!?)


攻撃が徐々に効かなくなっている、そんな馬鹿なことはあり得ないが事実そうなっている。だがラグナは疲労し始めているしガウリイルの体は依然として強化され続けている。この関係が覆ることはない…筈なのに。


「ッッ止まれ!ラグナ・アルクカース!!」


「うぐっ…!」


ガウリイルの拳を顔面に受けたラグナは…その拳を、顔で受け止め。


「拳骨の打ち方が…なってねぇんじゃねぇか?ガウリイル」


「なぁっ…!」


押し返す、間違いない…強くなっている。


「次はこっちの番だ…ガウリイルゥウウッッ!!」


「げはっ!?」


ラグナの拳がガウリイルを吹き飛ばす。その威力は今までラグナと殴り合ってきた中で最強の物、今のコンディションで打てるはずもない、そんな一撃がガウリイルを襲い足は地面を離れ吹き飛ばされるのだ。


「叩ッ壊す!」


「ッ馬鹿な…あり得ない、あり得ないが…なんだこれは!」


───ラグナは怒りによってパワーアップした、仲間の声を受けて強くなった、強敵との戦いで成長した。これはその手の類の話ではない、ラグナが強くなったのは事実だがその要因は別にある。


それは…今彼が置かれている状況にある。


『三千大千天拳道』と『蒼乱之雲鶴』…ラグナが持つ最強格の強化技を同時併用する状態というのは、彼にとって多大な負荷を強いいる、その負荷は規格外の物であり到底彼に耐えられる物ではなかった。筋肉は負荷を負い、通常よりも早い速度で体力を消耗し、あっという間にスタミナは切れる。


事実今彼は体力もスタミナも底を尽き、残存エネルギーだけで辛うじて動いている状態にある。今風が吹いたらそのまま倒れ込みそうなほど衰弱していると言ってもいい。だがそれでも『負けらない』と思えるこの状況で彼は意識一つでその限界に挑んだのだ。


そして限界に挑む、意識一つで限界を打破した彼の肉体は彼に成長と言う報酬を与えた。急激に膨張し負荷を与える筋肉を順応させ自らの力に変え、与えられる負荷を鍛錬と同様に消化し自らの経験値に変え、ガウリイルという打っても壊れないサンドバックを相手に戦い続ける事で一時的にではあるが、彼の肉体は限界を超えた先の限界を…更に超えた状態へと移行した。


謂わば極限状態を克服した闘争本能にのみよってより一層戦いへと最適化された状態へと移行したのだ。


「グッ…あり得ない、この短期間で成長など」


ラグナの師アルクトゥルスはこう語る。


『鍛錬とは、土のように積み重なり山のように大きくなる物でもない。一日木人を叩いてもそれがそのまま強さに変換されるわけではない、だが…継続し己の中に溜め込んだ経験値は確かに残り続ける。それがいつか…ここぞって時に爆発する。それが鍛錬であり…成長だ』


ラグナはジャックと戦って以降、様々な修羅場を超えつつも強敵には恵まれなかった。それが今ガウリイルという強敵を前にして、丸々一年分の経験値が限界を越えるという形で作用し、爆発したのだ。


剰え彼はチクシュルーブについてより今日まで新たな拳の開発の為鍛錬を限界まで積み続けていた…その爆発力は、ガウリイルの想像を絶する。


「ッだが俺も強化され続けている。いくらお前が短期間で強くなろうが関係ない!俺もすぐに追いつ───」


「『蒼拳一閃』ッ!!」


「ごぁっ!?」


ガウリイルも引き続き強化されている、強化されているはずなのに。


「こ、この!『電光黒銃連拳』ッ!」


「『蒼拳天泣激打』ッ!」


怒涛の連撃と連撃がぶつかり合う、雨のように叩き込まれる拳と拳、その速度は双方共に上がっていくが…その速度は。


「どりゃぁぁっっ!!」


「ギッ!?」


ラグナの方が上回っている、ガウリイルの強化速度をラグナの成長速度が上回る。突き放されているのだ、ガウリイルが。速さで…肉体的な速さでも、成長的な速さでも。


ラグナという男が見せる、無限に等しい潜在能力の開花に…作られた肉体は追いつけない。


(なんなんだこいつは…この速度、この強さ…この成長速度、まずい…至る)


ガウリイルはラグナに殴りつけられながら幻視する。かつて自分が見た圧倒的な強者…メサイア・アルカンシエルに所属する天下無双の剣騎士カルウェナン、あの男のような絶対性を見る。


いや、もしかしたらこいつはそれ以上に行くかもしれない。カルウェナンは第二段階の極限まで至った男だ、魔力覚醒の練度なら魔女に匹敵する男だ。


もしアイツを超えるなら、ラグナは今…至ろうとしているのかもしれない。


(第三弾階…極・魔力覚醒の段階に!)


ラグナの纏う魔力の質が変化するのを感じる。魔力覚醒が羽化しようとしているのを感じる。これでは第三弾階に……いや。


(違う、違う…なんだこれは)


ガウリイルはかつて、第三段階の強者に会ったことがあるし、極・魔力覚醒も見たことがある。だが…今ラグナが見せている魔力の変化は、それに該当しない。


(魔力覚醒が成長したら…極・魔力覚醒になるんじゃないのか?ならなんだラグナのこの成長は、こいつは成長して…何処に行こうとしている?少なくとも極・魔力覚醒じゃない!全く別のものに目覚めようとしている!)


ラグナが今から羽化しようとしている先は、極・魔力覚醒じゃない。それと同列か…或いはそれ以上に『純度の高い何か』へと目覚めようとしている。それが何のあるかなど想像も出来ない、少なくとも有史以来そんな存在は確認されていないし…恐らくだが魔女さえ知らないだろう存在。


(俺が魔女なら、こんな存在は弟子にはせんぞ!奴等は一体何を育てている!何を育てているつもりなんだ!少なくとも今のこいつは…人には見えんッ!)


「ガウリイィィィイイイイイルッッ!!」


燃え上がる炎、何もかも…目の前にある物を糧にして燃えて大きくなる炎。いずれ街を飲み込み世界を覆う炎にも似たそれをガウリイルはラグナに見る。


それは…確かにガウリイルに恐怖を与え…。


「『熱拳……」


「来るッ!」


まずい、そう感じたガウリイルは咄嗟に防御姿勢を取る。防げる自信がなかった、今のラグナが放つ最大の一撃を受ければ…もしかしたら───。


「『一発』ッ!」


「ぐがぁっっ!?」


しかし、その一撃はガウリイルの防御よりも早く叩き込まれる。その胸へと…すると。


「な…あ…馬鹿な…!」


カラカラと音を立てて、ガウリイルの胸から破片が落ちる。胸に刻まれたのは大きなる亀裂…今の一撃で、ガウリイルの体に傷が入ったのだ。


「ッ!割れた!」


『やったー!ラグナ流石ー!』


『凄いです!ラグナさん!』


デティと治癒されたナリアが叫ぶと同時にラグナはその拳を見る。


「今の感覚…そうか、『このタイミング』だな」


(まずい……)


血などもう通っていないはずなのに、ガウリイルの体は底冷えする。ラグナが掴んでしまった、何を掴んだか分からないが何かを掴んだ。曖昧だった成長が形になってしまった。


壊される…このままでは。


「ッッ……そうか」


「形成逆転だな…ガウリイル」


「かもな、今のお前は…俺より強いかもしれない」


そういうなりガウリイルはその胸に刻まれた傷を撫でて…力無く笑う。このまま続けても…ガウリイルはラグナに追いつけないかもしれない。だが…。


「だが悪いな、負けられないのは…俺も同じなんだ…!俺だって曖昧な覚悟でここに挑んでるわけじゃ…ないんだッッ!!!」


力を込め、魔力を高め、電流を増加させエンジンを全開にする。一気に高める、今まで出したことのない力を全て今ここに使う。ラグナが限界を超えたなら…自分もまた、超えるまで!


「ッ…お、おいおい」


するとラグナは顔色を変える、今ガウリイルを破壊出来る手立てを手に入れたというのに…彼の顔は暗く染まる。


何故なら…。


「自動修復機能だ、エラリーに取り付けられている無限修復機構の劣化版だが、そいつが俺にもついていてな。電力がある限り俺の体は無限に再生され続ける…お前がどれだけ俺を壊してもな」


修復され始めているのだ、ようやくつけた傷が…あっという間に塞がってしまった。あれだけの防御力に加え、自動修復能力まで持ち合わせる。しかも魔力覚醒が維持され続ける限り永遠に。


これには流石のラグナもぐったりと拳を垂らし。


「マジかよ…そりゃねぇぜ……」


こんだけ頑張って、新たな拳のコツを得て、それでようやく光明が見えてきたってのに、待っていたのは更なる持久戦。ガウリイルのエネルギー供給に勝るだけの勢いで破壊し続けねばならないという無理難題。


それはないだろ、こんだけ頑張ってんだからちょっとくらい希望持たせろよ。


「さぁ続きをやるぞ…ラグナ・アルクカース」


「…………」


ラグナは今限界の先の限界すら超えて、地力でガウリイルを上回っている。だが疲労もダメージもなくなったわけじゃない、彼は依然として消耗し尽くしていることに変わりはない。


ここから更にガウリイルと殴り合い、奴のエネルギーが尽きるまで戦い続けることは…不可能だ。今会得したこの新技も…そう何度も打てる物でもない、全身全霊の威力を維持出来るのは…今の体力と集中力から鑑みるに、あと一発だけ。


(今の状態も長くは維持できない、何か…やり方を考えるしかない…何か…何かないか!)


周囲を見回す、何か…ガウリイルの体を攻略出来る何かがないか!?


「さぁ、行くぞ!」


「チッ、上等だ!」


ガウリイルの拳が閃光の如く飛ぶ、レゾネイトコンデンサーをフルで使っている影響からかそのスピードと重さは今までで一番の物…今のラグナに肉薄し、互角の戦いを繰り広げる。


「絶対に負けられんのだ…!俺は!オウマについていくと決めた!オウマが望む道を作るのが!俺の仕事だッッ!!例え何が相手でも負けんッッ!!」


「その果てにある物が、破滅でもかッ!ガウリイルッ!!」


「そうだッ!」


高速で行き交う拳と拳、ラグナが飛べば、ガウリイルも飛ぶ。ガウリイルが引けば、ラグナが追う。金属音と破壊音が工場中に響き渡り二人の体はトップスピードに至る。


「だがな…それでもお前らの進む道は死人が出過ぎる、死人が出る以上それは容認出来ん」


「戦乱で歴史を作り戦争を愛する国の王が!俺に道徳を説き否定するな!」


「ンなもん否定にするに決まってんだろ!戦争とな…虐殺は別なんだよ!戦う意思のない人間を無理矢理巻き込んで!テメェらだけ満足気に笑う世界を!俺が許すわけねぇだろ!」


交錯するガウリイルの拳とラグナの拳、二つの影が交錯した果てに…ガウリイルの放った一撃はラグナから外れ、強烈なカウンターがガウリイルの顔面を打ち抜く。


「グッ…戦う、べきなんだ。人間は皆…魔女と!魔女と戦う…戦える力を作り出し、皆が自由に闘争を選択できる世界、それこそ…真に自由な世界と言えるんじゃないのか」


「自由と無秩序を一緒にするんじゃねぇ。何より…血と戦しか知らない人間が作る新しい世界がいい物であるわけがないだろ」


「魔女に拐かされた人間に何を言われようが構うことはない!俺達は作るんだ!魔女の介在しない世界を!その為の戦いを!」


「馬鹿野郎、その時点で…テメェらは魔女の意志に突き動かされてんのと同じだろうが」


ラグナの手を弾いたガウリイルが距離を取るように天高く飛翔しヘリオステクタイトを蹴り上げ更に上へ上へと逃げていく。それを追いかけるようにラグナもまた飛び上がる。


ガウリイル達は魔女の介在しない世界を作りたい、皆が魔女を恐れず魔女の特別性が消失した世界を作りたい。その世界で自由な戦乱を生きたい…それは傭兵達にとっては良い世界だろう。


だがこの世界には俺達みたいな戦える人間・戦う人間ばかりではない。力無き民がいる事を理解出来ないのなら…気安く『世界』だなどと語るな。


しかし…。


(くそッ、そろそろ体力が尽きそうだ。俺に残されてる時間も少ない…けどガウリイルを倒せる手立てがない。もっと…もっと強力な力が必要だ…今俺が持ってる物よりもずっと強力な)


何を言おうがガウリイルを倒せなければ意味がない、自分が倒されては俺が否定する世界が作られてしまう。そんな瀬戸際にいることを再認識しつつ考える。


必要なのは力…それも今俺が手にしている物よりもずっとずっと強力な力。だが今の俺はこれ以上の力を出すことが出来ない。だから用意する必要があるが…何処から用意する。何処にある、そんなものが…。


考えろ、考えるんだ…もう時間がないんだぞ!


「何を言われようが止まる気はない、その為のヘリオステクタイトだ…これを使えば、新たな世を作れる。オウマの望む世を」


「……ヘリオステクタイト…」


ふと、口割って出る言葉。ヘリオステクタイト…もしかしたら、これを使えば。


あれをああして、これをこうして…うん、いける…かもしれない。正直賭けだ、世界の秩序全てを賭け皿に乗せる分の悪い賭け。


だが、今はもう…これしかない!


「ッッゔぉぉおおおおおおおおお!!!」


「ッ…なんだ!?ぐっ!?」


勝負に出る、これで決められなければ負けだ、例えどれだけ体力を残していても負けだ、だからこそ使い切る。ここで全ての力を。そう覚悟したラグナは最後の力を振り絞り全力で飛翔しガウリイルに向けタックルをかまし…。


叩きつける、剣に絡みつく無数の腕を模った彫刻…ヘリオステクタイトの上部に叩きつけ。


「ッッ!大人しくしろッ!」


「なんだ!?どういうつもりだ!?」


ガウリイルの腕と頭を押さえつけヘリオステクタイトの腕の上に乗り押さえつける。よし、これなら!


「ナリアァアアアアアアアア!!!」


「へ?ひゃ…ひゃい!」


叫ぶ、操作盤の前に立つナリアに向けて…そしてラグナは牙を剥きながら叫び。


「ヘリオステクタイトだ!こいつを発射してくれぇぇえええッッ!!」


頼む、ヘリオステクタイトの発射を。今自分が組み付いているこのヘリオステクタイトの発射を頼むのだ。あれだけ発射を阻止しようとしていたヘリオステクタイトを自らの手で放とうというのだ。これにはナリアもギョッと表情を変えて。


「えぇっ!?何言ってるんですか!ラグナさん!正気ですか!?そんなことしたら!」


「いいからやれェッッ!!」


「ッ…ぅぅうううう!!ッ信じます、信じてますからッ!!」


だがそれでも、信じるより他ない。ラグナには何か考えがあると信じたナリアは…自らの手で操作盤の発射ボタンを叩き…。


「頼みました!ラグナさん!」


「任せとけッッ!!」


その瞬間、火を吹いて飛び上がるヘリオステクタイト。それはラグナとガウリイルを連れて一気に天へと飛翔していく。その加速は二人を更に押し潰し…急激な重力を与える。


「ッ何を考えているラグナ・アルクカース!」


「ぅグッ!」


そして、地面に縫い付けられた二人は徐々に上昇していくヘリオステクタイトの上で組み付き合う、そんな中ガウリイルはラグナを蹴り付け自分の上から退かし…。


「グッ…凄まじい重力だ、この俺で、立つのでやっとか…」


「ヘッ、自慢の駆け足も…ここじゃ出来ねぇだろ」


音速に近い速度で飛ぶヘリオステクタイトは地上から放たれ天へと向かう、ヘリオステクタイトが天空へ放たれたのだ。もうあんなに遠くに見えるチクシュルーブを見下ろしながらガウリイルは地面に縫い付けられた自らの足を見て…笑う。


「…フッ、馬鹿なやつだ、何を考えている?まさかヘリオステクタイトと共に…この俺を核爆発で吹き飛ばそうというのか?確かにヘリオステクタイトの威力ならさしもの俺も耐えられない可能性がある。だがこのヘリオステクタイトは既にサイディリアルに向かって飛んでいる!」


「…………」


「分かるか?核爆発が起こるということは、サイディリアルが吹き飛び…我々の目的が達成されるという事。例え俺が死のうとも…なんの意味もない!目の前の勝利の為に!お前はサイディリアルの人間と仲間の努力を!水泡に帰したのだ!ハハハッ!アハハハハハハ!」


ゲタゲタと笑うガウリイルを前に、ラグナは重力を振り払い…立ち上がる。確かにこのまま行けば…サイディリアルは滅び、奴らがヘリオステクタイトを世界中にばら撒く土壌が出来上がる。


それを阻止する為に戦ってたんだ、今の状況は元の木阿弥だ。だが…。


「どの道…エネルギーそのものは溜まってたんだ、そいつを消費させない限り常にヘリオステクタイト発射のリスクは残り続ける…」


「だから自分の手で…と?」


「ああ、それに俺は何もお前と心中するつもりはない。ここでやったのにトドメをヘリオステクタイトに持っていかれるのは癪だ…テメェはここで倒す」


そう言ってラグナは拳を握り、構えを取る。ここで決着をつけようと…そういうのだ。


「こ、ここでやるのか!?」


「まだ決着が付いてねぇだろ、いつ終わったって言ったよ」


「……お前は本当に、何処までも…フッ」


ガウリイルも構えを取り、全身から電流を溢れさせレゾネイトコンデンサーをフル稼働させ、出す。本気を。


「なら本気でやってやる、これほどの窮地に出会ったのは初めてなんだ…確かにこのまま消化不良では終わらせられん!さぁ…来い!魔女の弟子!ここで決着をつけ!俺は俺達の夢の幕開けをこの目で見ることにする!」


「させねぇよ、テメェが見るのは…敗北だけだ!」


一歩、あまりにも重い一歩を踏む。急上昇を続けるヘリオステクタイトの上は今凄まじい重力と勢いがかかり二人の体重を何倍にもしている。これにはさしもの二人も耐えきれずいつもの機敏な動きは封じられる。


とはいえ常人では立つこともままならないその極限の環境で二人は。


「ゔぉおおおおおおおおお!!」


「だぁぁああああああああ!!!!」


殴り合う、足が動かないのを良いことにその場でノーガードで殴り合う。


なんと馬鹿な光景だろう、これから着弾し大爆発を起こす爆弾の上で、人間が二匹殴り合っているのだ。それよりも優先するべきことがあるだろうに…今の二人にはこの戦いの決着しか見えていないのだ。


「フンッ!!」


「ぐぅっ!?」


ガウリイルの強烈な一撃がラグナの頬を穿つ、鮮血が天空に舞い即座に消え、ラグナの足が一歩後ろに下がる。


壮絶な戦いの傷が、今になって効き始める。彼の足がガタガタと震えバランスを失い…力が抜け、消えていく…蒼乱之雲鶴の青い魔力が、それと同時に付与魔術の赤い炎も消え…彼の体から光が失われ始める。


「終わりだラグナ・アルクカース!」


脱力し、防御の為に上げていた手が下に下がり、ラグナは力無く膝を突く。


終わりだ、終わりだろう、もう終わりだ。これ以上何かをする気力が残っているかも怪しいラグナにガウリイルは祈るように叫ぶ。頼むから倒れてくれと…これで決着をつけてくれと、せめてヘリオステクタイトが爆発する前にお前と決着だけはつけたいんだ…と。


しかし…。


「終わらねぇさ…」


ラグナは顔を上げ、この状況下でも…彼は笑みを消さない、潰えさせない。


「むっ…!」


「終わりはしないさ、魔女が…作り上げた世界の秩序も。戦う意思のない者が生涯剣を持たず生きる世も、俺達の旅も…終わらねぇ、終わらせねぇ…!」


「貴様、まだ…」


「ガウリイル…お前は確かに強い、きっと俺よりも。だが…それでも」


ラグナは、その足に力を込め…再度体から炎の如き魔力を溢れさせ…。


「お前は俺にとって、ただの通過点だ」


「ッッ…!」


瞬間、ラグナの体から溢れたのは…赤い魔力。付与魔術ではない赤い魔力が空間全域を覆う。


……ラグナの師アルクトゥルス曰く、拳を極めるとは全てを極めることに通ずると。即ち全霊、今ここまでの歩み全てを一打に乗せる…その為の技術は既に身に付いている。後は応用、そして転化、『余計』な物を削ぎ落とし…真の意味で『自己』のみを抽出し、意識を集中させ、強調させ、研ぎ澄ます。


多くを学び、多くの勉学に励み、多くを食べ多くの修練を修め、魔力を高め…多くを想う。その果てに手にするのは数多の感情…ではなく。


今、この手にあるのは『無念無想』だ。


(束ね、省き、足して、削り、得て、鍛え、磨く…数多を磨き、その数多を一打へと変える。集中しろ…何も考えるな、今までの全てはこの一撃のために)


これがアルクトゥルスが掲げる武の理想像。笑い、泣き、励み、学び、食べ、修め…多くを得るからこそ、零を知る。


無念無想の最果ての…没我の極地を!


「んぐぐっ!」


踏み込んだ、ラグナは強く踏み込んだ。立ち上がると共に大きく踏み込み体にかかる重力を無視して空気を切り裂き立ち上がり、上昇するヘリオステクタイトを足で押しつけ停止させる程に強く踏み込む。


「ッな!?」


いや…比喩ではない、本当にヘリオステクタイトが停止した…まるでその勢いを失ったかのように…否。勢いは失われていない。


これは…。


「魔力覚醒『拳神一如之極意』!」


溢れる赤い魔力は魔力覚醒の煌めき。『流れを操る魔力覚醒』を発動させ…上昇するヘリオステクタイトの勢いを、流れを、速度を操り…その全てを吸収したのだ。


今、ラグナの拳にはヘリオステクタイトの推進力が乗っている。万里を駆け、天を裂き、果てまで飛翔するヘリオステクタイトの膨大なエネルギーが、彼の拳の一点に乗る。


「ッさせるか…ッ!打たせるかァッッ!!!」


それを見たガウリイルも抵抗する、ラグナの頬に向け拳を振り下ろしその一撃を跳ね除けようと抵抗する、抵抗しなければならない。今のラグナにはそれだけの物を感じる。


あの時、アダマンタイトを壊した時と同じ…いやそれ以上の物を───。


「無駄だぜ…ガウリイル」


「ッ止まらない…だと!?」


「お前、言ってたよな。その体で…全力出したことがないって!俺との戦いでようやく!全力を出せるってェッ!」


しかし押し返す、ラグナの体を止めることは出来ずガウリイルの体は徐々に押し返されていく。止められない…もうラグナを、ガウリイルには止められない。


「そこがお前の限界だ!ガウリイルッッ!!」


「そんな…!」


『通過点』…その言葉がガウリイルの脳裏に突き刺さる、本当にラグナは自分を超えてしまった、本当に自分を超えて、横を通り抜け、先へ進んでしまった。


(肉体による鍛錬を諦めた…俺を…!こいつは!)


「ッッ奥義ッ!」


イメージは、相手の後ろに拳を届けるように。それ以外の全てを捨てて…今俺は、一拳と化す!


「『熱焃一掌』ッ!!」


……新たなる熱拳一発。それはアルクトゥルスより賜った技術と教えを集合させた一打。


驚異的な握力によって擬似的な魔力覚醒を発生させ、一撃の威力を極限まで高める熱拳一発を更に強化させるならどのような形になるか、それをアルクトゥルスに問うた時帰ってきた言葉は単純。


『なら次は擬似的に極・魔力覚醒を起こせばいいだろ?』


言うは易し、されどやるは難し、それでもラグナは師範との修行の中で…これを編み出した。それがこの『熱焃一掌』。


握り込んだ魔力で魔力覚醒を起こすと同時に、更にもう一度…インパクトの瞬間に合わせるように握り込み筋肉の膨張により周辺の空気を吹き飛ばし真空の中に漏れ出た自らの魔力を敷き詰めることで、擬似的に拳の周辺を完全にラグナの魔力で満たすことが出来る。


魔力で満たされた空間はラグナの拳と共に飛ぶ、極小ではあるものの一つの世界がそこに生まれ爆裂するのだ。その威力は熱拳一発の数倍…なんでチャチな言葉で収まる範疇にない、文字通り次元違いの威力を生み出すことが出来、その感覚は殴ると言うよりも通過に等しい…つまり防げるもの等ハナッから存在しない、そのレベルの威力となる。


とは言え簡単な技でもない、相手に着弾すると同時に大気を押し飛ばす程の剛力と魔力を敷き詰める空間を作る為の脱力をほぼ同時、コンマ数秒以内に完全に行わなくてはならない上にそこから魔力まで用意して…と、刹那よりも短い間に多くの手順を踏まねばならない。


それ故にラグナはこの技の習得に難儀した、タイミングの把握に凄まじい時間を要した。今もはっきり掴めているわけじゃない…だがそれでも。


この重要な局面で、失敗の許されない場面で、全てが決める一瞬で、…そう言う物をピタリと合わせてくるのが、ラグナ・アルクカースと言う男なのだ。


そして、その威力は…アルクカース曰く。


『少なくとも第二段階クラスの奴には、そいつを耐えられる奴は居ないはずだぜ?』と。


「ごっ…がぁ…ッッ!?」


段違いの威力を持つ熱焃一掌。更にそこにヘリオステクタイトの推進力が乗った一撃はガウリイルの胸に衝突し、爆裂…と同時に。…貫く。


ラグナの拳がアダマンタイトの肉体を貫き、その胸の奥にあるレゾネイトコンデンサーを拳で貫きガウリイルの背から拳が突き出る。


これによりガウリイルは電力をエネルギーに変換する方法を失い、自動修復もまた失う。ガラガラと音を立てて弾け飛ぶ部品と破片が空に舞う。


「どうだッ!ガウリイルッッ!!」


…終わらせた、この一撃で。


「ぐぶふぅ…!」


「体の中までサイボーグのテメェはこのくらいじゃ死なねぇ筈だ。つーかこんくらいやらないとお前倒れねぇだろ」


「う…馬鹿な…この俺が、負ける…だと」


倒れ伏す、ラグナの横をすり抜けガウリイルが倒れ伏す。それを確認したラグナは安堵の息を零し…。


「ありがとよガウリイル、お前と今出会えた事で…俺ぁもっと高みに行ける。お前を踏み越えてな」


「ッ…う」


拳を握る、新たなに手に入れた拳を。これでもっと俺は高みに行ける、師範みたいに自力でアダマンタイトを砕けたわけじゃないけど、それでも俺は近づけた…敬愛する師範のいる場所へと。



「…見事だラグナ、だが…もう終わりだぞ…ヘリオステクタイトは結局…サイディリアルに落ちる…そうなれば、全てが終わり…全てが始まる」


「……………」


「出来るなら、最期にお前に勝ちたかったが…仕方ない、あの世でお前の武勇伝を語るとしよう」


確かに、今も上昇するヘリオステクタイトはサイディリアルに向かう。これが落ちたらなんの意味もない…ガウリイルの体を抜く為にヘリオステクタイトの推進力が欲しかったから敢えて発射させたがこのままじゃ全部パァだ。


だが…。


「言っただろ、俺の目的はヘリオステクタイトをなんとかするためでもあるってさ」


「な、なんだ」


するとラグナは上着を脱ぎ脱力したガウリイルを背負い、その上から上着を巻きつけ自分の体にしっかり固定すると。


「よし!じゃあ最後の大仕事!やっちまいますか!」


「何をするつもりで…」


そしてラグナはそのままヒシッ!とヘリオステクタイトに向けて抱きつくように腕を回し、足を密着させ、両手と両足でがっしりホールドするのだ。


一度発射されたヘリオステクタイトはサイディリアルに向けて飛ぶ、着弾すれば大爆発して全部が終わる、だが…結局のところサイディリアルにさえ落とさなきゃいいわけだ。大丈夫、勝算はある…あるから発射させたんだ!


さぁ行くぞ!気合い入れろ!俺ッッ!!


「ぬぐぐぐぐぐぐっっっ!ぎぎぎぎ!ふんぐぅぅううううう!!」


そしてラグナは全身を使って思い切り体を引くのだ、ヘリオステクタイトを掴んだまま思い切り引く…すると。


「なんなんだお前は一体…いや、まさか…これは」


その時ガウリイルは感じる、ヘリオステクタイトの進路が…ラグナに引っ張られ若干変わっていることに。まるでラグナが力だけで強引に着弾地点を逸らしているような…そんな感覚を覚える。


「い、いやいやいや!流石の俺もおかしいと分かるぞ!そんな風に変わるもんでもないだろ!?物理法則どうなってるんだ!?」


「ギギギギギギギギギ!!!」


ラグナが思い切り引っ張る、ヘリオステクタイトの進路が歪む。完全にヘリオステクタイトに密着した状態で引っ張ったところで進路なんか変わらない、飛んでいく砲弾に引っ付いて体を引いても進路なんか変わらない。


なのに変わっている…今確かにヘリオステクタイトの穂先が、ブレている。


「ぬぐぅぉおおおおおおおお!」


ヘリオステクタイトの発射を阻止するのが、ナリアとデティの仕事。であるならばラグナの仕事はガウリイルを倒すこととヘリオステクタイトをなんとかすること。


つまり、敵がなんらかの奥の手を使いヘリオステクタイトを発射してしまった場合、それを不発に終わらせるのがラグナの仕事だ。


彼にはそれが出来る、肉体一つで…いや魔力覚醒でそれが出来るんだ。


魔力覚醒『拳神一如之極意』による流れの支配、これによりヘリオステクタイトの進行方向がズレ始めているんだ。高速で飛ぶ飛翔体の進行方向を変化させると言う荒技も魔力覚醒でなら可能だ。


つまり…これは最初から。


「うおぉおおおおおおおおお!ネレイドさん直伝!」


ラグナの中では、計算済みの話だったのだ。


「投擲式!」


ラグナの力によりヘリオステクタイトの穂先がグルリと一回転し、完全に進行方向を見失った超兵器は、ちっぽけな人間一人の腕により振り回され…そして。


「デウス・ウルト・スープレックスッッッ!!」


ネレイドより教えてもらったプロレス技…体全体で相手を引っ張り地面に叩きつけるデウス・ウルト・スープレックス、それを改良した投擲式スープレックスにて投げ飛ばす、その先は真上、つまり空の上だ。


本来ならサイディリアルに向けて方向転換するはずのヘリオステクタイトはラグナによって頭上に向け投げ飛ばされ、一気に雲を突き抜け大気圏を超えて…星の外で。


────爆裂する。


「ッッしゃあああああああああ!!!」


雲に空いた穴の向こうで見える紅蓮の大爆発。一国を滅ぼし得る巨大兵器が生み出す大爆発を遠くに眺め、何もない場所で爆破させることに成功したラグナは空中で両手足を広げ喜びを露わにする。


「そんな馬鹿な……もう、訳がわからん」


折角発射されたヘリオステクタイトが、ようやく溜めたエネルギーで放たれたヘリオステクタイトが、空の彼方で爆発し不発に終わってしまった事実を前に、ガウリイルはガクリと意識を失う。


「へ…へへへ、ガウリイルもヘリオステクタイトもなんとかしてやったぞ…操作盤も押さえたし、もうこれで、ヘリオステクタイトは発射出来ねぇ…。ザマァ見ろってんだぜ…」


全ての仕事を終えたラグナは、ようやく緊張の糸が解けて…ゆっくりと自由落下する、背中にガウリイルを背負ったまま、チクシュルーブへと落ちていく。


だがそれでいい、どうせデティ達が受け止めてくれるし…俺は俺の仕事をやり遂げたってだけで、それでいいんだ。


「…さぁ、メルクさん…あとはあんただけだぜ」


ラグナはチラリと横を見る、そこには雲の中に浮かぶ巨大な円盤が見える。中からはメルクさんと…なんでか分からないがエリスの魔力も感じる。きっと既に最終決戦は始まっているんだろう。


出来るなら俺も参加したいが…もう俺にそんな体力は残ってない、つまり…何が言いたいかって言うと。


「あとは任せたぜ…メルクさん」


この戦いは魔女の弟子と逢魔ヶ時旅団の戦いでもあり、メルクさんとソニアの決戦でもある。


逢魔ヶ時旅団には勝った、だからあとはメルクさんがケリをつけるだけだ…大丈夫、あの人なら上手く…やるだろ。


「ぁぁあああ…力入らねぇぇぇ…早くアマルトの飯が食いたい〜〜……」


ラグナは見据える、このチクシュルーブでの戦いと終焉を。そして全部が終わったら…またみんなで飯を食うんだ。


そう友達の勝利を確信し、彼はただ…地面へと落ちていくのであった。

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