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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
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571.魔女の弟子と世界の命運を訣る戦い


「さて、ここからどうするか…」


ロクス・アモエヌスの頂上に到達し…私は吹き荒ぶ突風の中、天を見上げる。本来ならばここには円盤型のホールが広がっていた筈だが、今それはロクス・アモエヌスを捨て天空へ飛び去り…荒れ狂う雲の中へと消えていった。


普通に考えれば追いかけるのは不可能だ…だが、それでも追わねばならない。だって私には…。


「ソニア……」


私には…メルクリウスにはそれしか道がないから。




ラグナ達と別れ一人ロクス・アモエヌスを駆け上がり天へと消えたソニアを追いかけたメルクリウスだったが、頂上にまで着いたあたりでその足は止まる。ソニアとオウマのいる円盤へ続く道が途絶しているのだ。


当然だ、空に向かって飛んでいってしまったのだ…流石にここから徒歩では向かえない。しかし参ったな、私は空を飛べな……ん?


「あれは…」


ふと、横を見ると…そこには巨大な柱があった、いや…柱じゃない。恐らくなんらかのエネルギーを流入させるための巨大な管だ。そんな管がロクス・アモエヌスから生えて…そのまま天へと繋がっていた。


もしかしてこれ、ソニア達のいる天空へと繋がっているんじゃないか?


「…試してみるか」


私は目の前で吹き荒れる乱雲を物ともせず…管にしがみつくと、そのまま臆する事なくよじ登っていく。手を滑らせ塔の下に落ちれば一貫の終わり。天に近づけば近づくほど風は強くなり増していく、当然しがみついて登るだけで凄まじい負荷になるが…。


「待っていろよ…ソニア」


今の私には苦にもならない。全てはソニアを倒す為に…。


(みんなは…逢魔ヶ時旅団に勝てただろうか)


よじ登りながら気にするのは別れた仲間達の事。四つのエリアに分かれている逢魔ヶ時旅団を倒しレゾネイトコンデンサーを倒すという任務を請け負った者達。


ヘリオステクタイトをなんとかするという大役を担ったラグナ。


民間人の脱出を目指すルビーとヴィンセント。


皆が皆、今大変な戦いの中にある。特に魔女の弟子達は逢魔ヶ時旅団の幹部達と戦うという役目を負っている。奴等は皆強い、特にアナスタシアは洒落にならないくらい強い。


奴らを倒すのは生半可ではない、だが雷鳴が落ちるまでにレゾネイトコンデンサーを破壊出来なければ我々の負けは確定する。生半可ではなくともやってもらわねばならない…だが、きっと大丈夫だろう。


みんななら必ず勝つ筈だ…、だから私はソニアの計画とは直接関係のない『ソニアの直接的な無力化』という役目を負ったのだから。


「……………」


みんなの作戦が上手くいけばヘリオステクタイトの発射は出来なくなる。その時点で我々の勝利は確定しソニアはその計画が破綻することになる。だから実際のところソニアと対決する必要はない。


それでも私がソニアとの対決を優先し、他の全てをみんなに任せたのは…言葉では説明し難いソニアの恐ろしさを知っているのは、私だけだから。


レゾネイトコンデンサーとヘリオステクタイト…見える脅威に気を取られてソニアを完全なフリー状態にするのは、乗馬中に手綱から手を離すような不安と危機感を覚えてしまう。


だから叩ける時にソニアは叩いておいた方が良い…その不安や疑心から来る私の行動は、こうしてソニアに近づけば近づくほど、形の伴わない確信へと変わる。


「うぉっ!?」


瞬間、手をかけた部分が濡れていて、私の体がズルリと下へズレ…。


「っとと、危ない危ない」


咄嗟に管を足で挟み、逆さ吊りになりながら私は安堵の息を漏らす。しかしこの管…なんなんだ?円盤から繋がっているとしたら、一体なんのための…ん?


(あれは…レゾネイトコンデンサーに繋がるケーブルか)


ふと逆さ吊りになりながら周囲に目を走らせると、そこには雲から垂れる四本の超巨大なケーブルが目に入る。その先にはレゾネイトコンデンサーがある…そして、ケーブルの繋がる先を見ると。


(魔力が膨れ上がっている、みんな戦っているんだ)


あちこちで魔力の膨らみを感じる。みんな既に戦いを始めているようだ…、みんな…逢魔ヶ時旅団と。


ッッ……!


「私ばかりサボっていられない!ソニア!待っていろよッ!!」


思い切り体を持ち上げ逆さ吊りから復帰し、もう一度管を掴みながら私は雲の中へとよじ登っていく。ソニアの待つ…天の城を目指して。


………………………………………………


「よっと!」


そして数分後、管を登り終えた私は…天を漂う巨大な円盤の中へと突入する。管が伸びていたのは円盤の最下部で、そこには大きな穴が空いていたから私も易々と中に入り込むことができた。


が…私の登ってきた管はそれでも止まることなく上へ上へ続いており、円盤の上層に繋がる天井を貫通して上へ伸びていた、その為この管が結局どこから伸びている物なのかは分からなかったが…まぁ結果的に円盤の中に入れたからよしとしよう。


「……人の気配はないか」


チラリと周囲を見ると、そこには薄暗く延々と広がる巨大な機関室が広がっていた、雰囲気としては空魔の館の地下室に似ている。もしかしたらこれも反重力機構で浮かび上がっているのかもしれない。


そして当然だが、内部には人の気配がない。恐らく兵力は全て外に出し切っているのだろう…この中にいるのは、ソニアとオウマだけだ。


私がやらなくては…絶対に、私は私の正義を…。


「…ソニアは何処に………ん?」


ふと、視線を走らせると…。


「そ、ソニア!?」


そこにはソニアが居た、しかしソニアは私に目もくれず何処かへと歩いて行き…ってこれ、幻覚か?


「なんだこれは…」


幻覚だ、よく見ればソニアの体は半透明で…ただまるでそこにいるかのような存在感を放ちながら私の目の前を過ぎ去り歩いていく。


なんだ、これは。地下からここまでノンストップで走ってきて、最後には雨の中縄登りをして幻覚が見えるまでに消耗してしまったのか?しっかりしてくれ私の頭よ。今はそんな物を見てる場合じゃ…。


「ん?」


ふと、幻覚は壁際で立ち止まり、壁のボタンを何度か押して…消える。なんなのか確認するために私は幻覚が消えた地点に向かうと、そこにはやはりボタンがある。壁に備え付けられたボタンだ。


私は…ただ、幻覚の真似をしてそのボタンを順序よく押すと…。


「……扉が現れた…」


壁が開き、その奥に扉が現れるのだ。私はただ…幻覚を見て、幻覚の通りに動いただけなのに。


(なんなんだ…私の身に何が起きているんだ…)


知らない事をまるで知っていように動く…これじゃまるで、エリスの識確のような…。


「いや、今はいい…この先にソニアがいるのか…!?」


そして私は幻覚を振り払い扉を開くと、そこには上へ続く階段があり…私はただ、言い知れぬ予感…それでいて明確な確信を得ながら階段を登る。


「そうか、今のはこの浮かび上がる円盤の動力室か」


そうして階段を登っている間に、私は色々なことを察することが出来た。恐らく私が今いた機関室は通常では出入り出来ない場所にあるのだろう。


思えば以前ソニアにあった時は、昇降機を使って上層へと上がった。その際こんな部屋は見かけなかった、恐らくここは昇降機では立ち入れない場所…ソニアは最初からこの円盤を打ち上げる為に秘密裏にこの部屋を作り、いつでも飛び立てるようこの部屋を隠していたのだ。


つまりこの状況は織り込み済み…、奴は天空の孤城に一人立て篭もり、世の変革を待つつもりだったんだろう。


「…………」


世の変革か、ヘリオステクタイトが飛び立ちサイディリアルにそれが撃ち込まれれば、それだけで世界は変わってしまう。魔女大国の優位性が失われ、力の秩序が機能しなくなり、いつでもどこでも誰でも壊せてしまう最悪の世の中が来てしまう。


…止めなければならないが、同時に思う。


大いなる厄災とは、思ったよりも簡単に起こせるものなんだ…とな。ソニア一人が金と地位を得てじっくり計画を練るだけで出来てしまう。一人の天才の出現により世界は変わってしまう。


魔女様達はこれを恐れたから、技術抑制を行なっていた…第二のシリウス、第二のレーヴァテインの出現を恐れたから。


「…ここは」


そして考え事をしている間に私は階段を抜け、非常口と書かれた扉を開け…上層へと入ることが出来た。そこは無骨な機関室とは違い、豪勢な作りの…王城における玉座の間のような神々しさを感じる大広間へと出る。


恐らくここに……。


「…こりゃあ驚いた、隠し通路を見つけたか、メルクリウス」


「ッ…ソニア」


「まぁ、昔から真実を見抜く眼力だけは…確かだった物な、お前は」


ソニアが…いる。私の直感は当たり、部屋の奥、神が座る為に作れたような、巨大な玉座の上に座ったソニアが、私を見て…ニヤリと笑う。


そんなソニアに私は銃を突きつけながら駆け寄り…吠える。


「終わりだ!ソニア!お前の計画は破綻した!諦めて…投降しろ」


「すると思うか?メルクリウス、お前自身そう言っていて、私が言う通りにしないことくらい分かるだろう」


「…まぁな」


私は銃を下ろす、こんなものソニアに対しては脅しの道具にさえならん。奴は自らの死をリスクとして勘定しない、撃たれても問題ないよう計画を進めている。それを知っているから、私は銃を下ろすんだ。


「本当に止める気はないんだな、ソニア」


「当たり前だ…長かった、今日まで本当に長かった。お前の下から抜け出して、レナトゥスの下について、この街を用意させて…。カエルムを作ってタネ銭を作ってそれを運用して金を稼いで、たった四年でここまでデカくした。お前に全部奪われちまったからな…まぁ、その過程はある程度楽しかったが」


「………」


「だがそれもこれも今日この日、お前と対峙する為の礎でしかない。分かるかメルクリウス…お前に全てを奪われた私には、もうお前しか残っていないんだ…いや、今の私にはお前だけで十分とでも言おうか」


リボルバーを片手に玉座を降りてこちらに向かってくるソニアを睨みつける。その目に燃えるは憎悪のみならず、様々な感情が入り混じっている。


「…残念だよソニア、この場に至っても私はつくづく実感する。お前に良識があれば…これだけの街をたったの数年で作り上げる力量があれば、人類はより一層…豊かになったというのに」


「フッ、そりゃあ我儘ってもんだよメルクリウス。この世に清廉なだけの人間などいない、如何なる発明者も…如何なる為政者にも、悪の一面は存在する。私はそれが他より大きいだけさ」


「いいや、お前はただただ下劣で悪辣だ。清廉な面など一抹も存在しない極悪人だ…ただ、他よりも為政者の才能があっただけのな」


「ハッ!ハハハッ!お前は本当に私を楽しませることを言ってくれる。ああ…そうかもな、お前の言う通りだ」


するとソニアは私の横をすり抜け、円盤の外側に設置された窓を見て…。


「見えるかメルクリウス、もうすぐ私の計画が成就する」


「それは私が阻止する」


「計画が成就すれば、ヘリオステクタイトを全国に配備する手筈が整う…計画が成就した後に私を殺しても意味がないぞ。既に商業組合を誑かしてある、奴等は私が死ねば寧ろ利益を総取りする為に勇んで売り捌くだろう…」


「その為の土台を、作っていたのか」


「…世界ってのは、意外にも脆いんだ」


「だが前回も言ったがそれはオウマの目的だ、…お前の本命はアルフェルグ・ヘリオステクタイトだろう。あれを打ち上げるのがお前の目的だ…違うか」


「…………」


「答えないか、まぁどちらにしてもお前の目的そのものは断たれた。地下の人間は私が逃した、アルフェルグ・ヘリオステクタイトの中身は無いし、それを打ち上げるためのエネルギーもレゾネイトコンデンサー無しでは意味をなさない」


「…かもな、お前らはきっと逢魔ヶ時旅団にさえ勝ちレゾネイトコンデンサーを破壊するだろう。お前らはいつも際も際の土壇場に強いからな、もう後がないって時は無類の強さを発揮する、逢魔ヶ時旅団さえも倒しレゾネイトコンデンサーは破壊されるだろう…だがメルクリウス」


「む」


すると、ソニアは笑う。笑うのだ、歯を見せにやりと…同時にソニアの背後の窓で強い風が吹き轟音が窓を打つ。


荒れ狂う暗雲を背に牙を見せるその姿はまさしく悪魔そのもの。生まれてより悪人のレッテルを押され、両親さえも殺し自己の利益を追求し他を排斥し続け極め抜かれた純粋な悪意の極地とも言うべきその姿に背筋が凍る。


「例えばの話だが、この世に如何なる戦いにも勝つ無敵の存在がいたとする…お前は、こいつにどう対処する」


「……それでも、如何に強くとも仲間と共に戦い勝利する」


「はっ!そりゃ前提から履き違えてる。勝てないのが分かってるなら挑むだけ無駄だろ…そう言う奴に対する一番の対応は」


すると、ソニアはパチリと指を鳴らし…。


「『相手をしないこと』だ」


その指の音に呼応してこの部屋全体が揺れる。何が起きたと周りを見回し確認すると…先ほどソニアが座っていた玉座が真っ二つに割れ、まるで門のように開き、その奥の部屋が露わになる。


隠し部屋だ、そしてその奥に見えたのは。


「よう、メルクリウス」


「オウマ…!と…それは」


オウマがいた、そしてその背後に見えたのは…分からない、私はあれを直接目にしたことはない、だが分かる。直感が告げる、オウマの背後にあるあれは。


「まさか…レゾネイトコンデンサーか!?」


「少し違う、あれは外に置いてある物とは違う…あれはエアロゾルレゾネイトコンデンサー。外に取り付けられた風車の回転エネルギーを魔力に変換する装置だ、レゾネイトコンデンサーが蓄電器なら、こっちは風力発電だ…つまり風があればエネルギーは溜まる。まぁ効率は悪いがな」


「風…なんだと!?」


レゾネイトコンデンサー…いやエアロゾルレゾネイトコンデンサーをよく見れば既に稼働しているように見える。そうか!だから円盤を乱雲に突っ込んで!風を取り込むつもりで円盤を飛ばしたのか!


「既にエネルギーの充填は完了しつつある…。悪いな、外に置いてあるレゾネイトコンデンサーは謂わば囮だ、雷が落ちれば一発でエネルギー充填が完了するレゾネイトコンデンサーをお前らは放置出来ない、そちらに戦力を割くことが分かっていた…だから四つに分散して置いた」


「まさかレゾネイトコンデンサーの真の役目は、魔力を作ることではなく…最初から我々を分断するつもりの、罠だったと…?」


「ああ、まぁワンチャンこれでエネルギーが溜められればいいかなってくらいの試みで…本命はこっち、お前らがここに殺到してきたら面倒だろ。だから…相手にしないことにした」


ソニアの計画は…最初から『対魔女の弟子陣営』に特化していた。我々がチクシュルーブに潜り込み調査をする事を見越して奥地に隠しつつそれでいて絶妙に発見出来る場所にレゾネイトコンデンサーを設置した。


我々はそれをソニアの計画の真髄と勘違いする、何せ守りが固められていて尚且つ隠されているのだから。だが実際は違う、レゾネイトコンデンサーはソニアが用意した偽りの答え。本命はこちらのエアロゾルレゾネイトコンデンサー。


嵐の日を待ったのは効率良く風を回収する為であると同時に、期限を設けることにより我々の行動を読みやすくする為、そして我々から思考する暇を奪う為。


我々は最初から、まんまとソニアに乗せられて…レゾネイトコンデンサーに注力してしまっていた。


(いや、どの道雷が落ちた時点でエアロゾルレゾネイトコンデンサーを破壊しても意味がなくなっていた、我々は結局両方破壊せざるを得なかったんだ…)


「レゾネイトコンデンサーが…エネルギー補充装置が、四つである意味なんてない。別に百個作ってもよかったし二百個用意しても構わなかった。だが四つにすれば…ギリギリ当日に行動を起こし戦力を分散すれば間に合うだろ?」


「最初からそのつもりか…」


「ああそうだ、そしてもうすぐ一発発射する為のエネルギーは溜まる。後五分くらいか…もうこうなったらアルフェルグ・ヘリオステクタイトは諦める。別に今すぐ発射しなきゃいけない代物でも無いしな…だから」


「五分後にはサイディリアルに向けヘリオステクタイトを放つ、まずはこちらを優先する。それでヘリオステクタイトの威容は世界に広まることになる、その恐れはやがて憧憬に変わり世界中の人間が欲する、一度知ってしまったらもう二度と未知は戻らない、既知の欲は世界中に伝播し…ヘリオステクタイトを拡散する用意は完了する、もうそうなったら誰にも止められん」


「一度動き出した時代のうねりは…魔女でさえ止められない」


オウマとソニアは共に並び立ち、エアロゾルレゾネイトコンデンサーの前に立つ。もうエネルギー充填は目の前だ…これでは仲間達に申し訳が立たない。止めなければ…。


「させるわけが…!」


即座に銃を抜き、狙う…エアロゾルレゾネイトコンデンサーを。あれさえ壊せばエネルギー充填は止められる!ならば!


「無いだろうッ!『Alchemic・bom』!」


弾丸は飛翔しエアロゾルレゾネイトコンデンサーを狙い飛翔する、その一撃が喰われれば…破壊さえ出来れば、戦いの趨勢は結するはずだと信じる私によって…しかし。


「『ディメンションホール』」


フッとオウマが手を払う、それだけで空間に穴が生まれ…私の弾丸が飲まれ、全く別の場所から出てきな弾丸は目的を見失い窓の外へと飛んでいき関係のない場所で爆裂する。


邪魔をされた…いやするか、そりゃあ。


「させない?そりゃあこっちのセリフだぜメルクリウス。俺がここにいる意味が分かるだろ」


「ッ……」


オウマがいる限り、銃弾は意味をなさない。空間を繋げることが出来るオウマがいる限り飛び道具でエアロゾルレゾネイトコンデンサーを破壊する事はできない。


つまり…奴を倒さない限り…。


「ヘリオステクタイトの発射を止めたけりゃ俺を倒してからにしろよメルクリウス。制限時間は五分以内…いやぁ?もう四分頃か?その間に俺を倒せるか?お前に…」


「オウマ…!」


「無理だろ、お前じゃ」


オウマはソニアとエアロゾルレゾネイトコンデンサーを守るように前に立ち、ここに来て…最悪の場面に至って…最悪の相手との邂逅。


「アナスタシアにボコボコにされて、俺にもボコボコにされて…そんなお前がこんな大事な局面で大役を担う。荷が重すぎやしないか」


「…関係ない、今日こそ勝つ」


「ははっ!無理だろ…お前一人で、俺に勝てるわけがない…!」


「ッ……」


オウマの体から溢れる魔力は、外で吹き荒れる嵐よりもなお凄まじく…私の数倍に至る程の膨大な量を侍らせながら、一歩前へ…。


倒せるのか、私に。制限時間もあるこの状況で…オウマに。


「さて、んじゃ…軽く捻って終わらせるか、全部!」


両手を広げ私の前に立ち塞がるのは世界最強の傭兵オウマ・フライングダッチマン。対する私は…一歩、引いて……。


ん?これは…。



「エリスか!?」


『一人じゃありませんからーーーーッッ!!』


「…ああ?」


しかし、そんな私の背後から…声が響く。その瞬間窓が割れ荒れ狂う雲と風を引き裂いて…彼女は現れる。キラキラと輝く雨粒とガラス片をぶちまけながら、ゴロゴロと転がり私の前に立つのは。


「エリス!」


「来ました!メルクさん!…って、なんでエリスが現れる前からエリスの名前呼んでたんですか?」


「へ?いや…分からん、なんかそんな気がして…」


なんなんださっきから、私は…。知らないことを…まるで見知ったように…。


ともあれエリスだ、ズタボロになりながらもブルブルと体を振るって水を払い私に向けて拳を突きつけるのは…エリスだ!来てくれたのか!


「エリス…テメェ」


「ソニア…そんでもってオウマ……と、え!?レゾネイトコンデンサー!?ここにも!?」


「詳しい説明は省くがあれは風を受けてエネルギーを作ってる!エリス!君…水楽園のレゾネイトコンデンサーは!」


「壊しましたよ!やっぱりここにもありましたか…嫌な予感がして突っ込んできて正解でしたよ!」


エリスはソニアとオウマ、そしてエアロゾルレゾネイトコンデンサーを見て驚愕しつつも、来てよかったと拳を叩き不敵に笑う。流石だ…流石はエリスだ、お前はいつも…私が折れそうな時に来てくれる。


「ディランを倒したのか?エリス」


「ええそうですよオウマ、ついでに貴方のことも倒しに来ました」


「やるもんだ、ディランだって弱くねぇってのに。だがどうやってここに来た…今空には衝撃を感知すれば展開される防壁が張ってあるはず、あんな勢いで突っ込んできたなら…」


「抜きました、力尽くで。そしてその勢いのままここに…」


「なるほどねぇ、…よかったなメルクリウス。お仲間が来てくれて」


…そこについては本当にそう思う。だってエリスが来てくれたんだ、エリスが来てくれたならなんとかなる。それはエリスが強いからではない…私は、エリスと一緒ならどんな事だって出来るからだ。


きっとオウマにだって勝てる筈だ…。


「やるぞ、エリス」


「はい、…ってかこれ今思いましたけど。今なら雲を直接叩けますよね、取り敢えずやかましいんで雲だけ消し飛ばしておきますか」


そう言ってエリスはクルリと振り向きながら窓の外に手を向け───。


「おいおい…」


しかし、エリスが背後の窓に手を向けた…その先に、生まれるは…空間の歪み。


「無視するなよ…!」


「ッッ…!」


その瞬間、空間の歪みを引き裂いて…オウマが現れる。現代版の時界門『ディメンションホール』を用いて我々の背後に回ったオウマはその拳を握り締め、雲を攻撃しようとしたエリスの顔面を殴り抜く。


「ぐぅぅっ!?」


「エリス!」


「俺がいるだろうが!ここに!テメェらの勝手突き通せると思うなよッ!」


「貴様!」


エリスの体がまるで矢のように吹き飛び、オウマが叫ぶ。始まった…逢魔ヶ時旅団の団長にして世界最強の傭兵との戦いが。目の前に転移してきたオウマに対し私は咄嗟に両手の双銃を抜き連射するが。


「効かねぇ…『ディメンションホール』」


オウマの体を空間の歪みが覆い銃弾が穴の中に飲まれ防がれてしまう、やはり飛び道具は効かんかッ!


「テメェも学ばない奴だな!メルクリウスッ!」


「うごぉっ!?」


そして飛んでくるのはオウマの剛拳。着弾と同時に魔力を爆裂させ威力を高める法を用いたその一撃はまさしく大砲の一射。赤黒いオウマの魔力が炸裂し私の体もまたエリス同様吹き飛され…。


「ハハハハハハッ!さぁ修羅場だ!世界の命運を分ける大修羅場!滾ってくるよなァッ!!!」


「クッ…なんて威力ですか…あれが八大同盟の一角を支える男の…」


「狂人が…!」


今この場で優先するべきはレゾネイトコンデンサーの破壊…或いは乱雲の消去、だがそのどちらにもオウマは対応出来る。その場から動かずディメンションホールで相殺する事が出来てしまう。


故に最優先事項は強制的にオウマに固定される…いや。


「エリス、私が時間を稼ぐ!お前はレゾネイトコンデンサーの破壊を!」


「分かりました!『旋風圏跳』!」


「お!役割分担か!にしても判断が早えな…」


咄嗟にエリスを背後に向かわせる、別にオウマを倒す必要はない、こちらには二人いるのだからオウマを数秒、私に釘付けにすればことは済む。故に私は前へ、エリスは後ろに進む。


「燃えろ魔力よ、焼けろ虚空よ 焼べよその身を、煌めく光芒は我が怒りの具現『錬成・烽魔連閃弾』!」


「へっ、面白い…来い!『一式』!」


私が放つ赤熱の連弾を前にオウマは浅く笑い、空間を引き裂き中から一本の刀を取り出す。まずい…あれは確かエンハンブレ諸島の海を切り裂いた有り得ない切れ味の刀!


「俺を止められると思うなよ!こんな程度の力で!」


そしてオウマは刀で熱弾を両断し一気に私に向けて飛び…だが。甘い、お前が私の魔術を凌ぐことくらい想定済みなんだよ!


「紡ぐ魔糸 我が意のままに踊り、頑健なりし岩手となって空を伸び、敵を絡め取りその自由を奪え『錬成・膠灰縛糸牢』ッ!」


「む!」


放つのは蜘蛛の糸の如き粘液の網。それはオウマに触れた瞬間固まり…凝固する。足止め特化型の錬金術!オウマならばすぐに抜け出すだろう…だが!


その前に!


「エリスッッ!!」


「はいッッ!!」


エリスが加速する、目指すはエアロゾルレゾネイトコンデンサー。飛び道具を撃てばあの距離からでもオウマに防がれる、故に一気に突っ込み直接破壊しに行くのだ…。


しかし、それを黙って見ていない人間が一人…ソニアだ。


「させるかよ…ヒルデェエエエエエエ!!!」


「御意…!」


「ッ!」


瞬間、天井を引き裂いてエリスの前に現れる巨人は…ヒルデブランドだ。元アルクカース傭兵出身にしてデルセクト時代からソニアに仕え続けた鉄腕メイドのヒルデブランドがエリスの前に立ち塞がる。


「焦、待ち望んだぞエリス…!お前との再戦の時を!あの時以上…我が肉体は無敵に近づいた、今度こそ!」


奇しくもデルセクト時代に対決した二人が相対する。魔術を跳ね返すヒルデブランドに苦戦を強いられたエリスは…あの時私との連携でなんとか奴を倒せたんだ。魔術を無効化する肉体にアルクカース人特有の身体能力の高さを併せ持った無敵の従者…それがエリスに向けリベンジの炎を燃やす。


「止、お前は通さな────」


「邪ァッッッッッ!!!」


しかし、エリスはヒルデブランド相手にも怯まずグルリと体を回し思い切り拳を振りかぶると…。


「ゥ魔ァッッッッッ!!!」


「グッッッ!?!?!?」


弾く…ヒルデブランドの頬を殴り抜き、一撃で部屋の奥まで吹き飛ばしたった一発の拳で昏倒させる。ヒルデブランドは強くなったかもしれない…だが、エリスはその比ではないくらい強くなったのだ。


最早ヒルデブランド如きでは相手にもならない、文字通り彼女を一蹴し一直線にエアロゾルレゾネイトコンデンサーに向かい…そして。


「チッ、ヒルデじゃもう手がつけらないくらい強くなったか…!仕方ない…『ザミエルシステム』…起動!」


「む!」


しかし更にソニアはヒルデブランドが稼いだ一瞬の時を使い、作動させる…エアロゾルレゾネイトコンデンサーを守る為の兵器を。それは…。


「なんですかそれ!」


壁や地面から無数の銃砲がガコンと飛び出て…その全てがエリスを狙う。しかも放たれた銃弾は…。


「っ!これ防壁を弾く弾丸!」


「その通り!私がレナトゥスから貰い受けたレーヴァテイン遺跡群!未だかつて誰も解読できなかったピスケス文字を解読し手に入れた奴の兵器の模造だ!」


かつて魔女と鎬を削り、魔女様達に強敵だったと思わせるまでの戦いをしてみせた碩学姫レーヴァテイン…彼女が残したピスケスの遺跡レーヴァテイン遺跡群より発掘されたピスケスの兵器を、ソニアは作り上げていたのだ。


その一つが、魔力を弾く弾丸。


「対魔女殺傷用兵装・魔弾カスパール!魔女の分厚い防壁を引き裂く為にレーヴァテインが作り上げた特殊弾丸の…謂わば劣化コピーだ!」


「ウッ!」


「お誂えだろ、魔女の劣化コピーのお前には!」


降り注ぐ弾丸の雨はエリスを狙って放たれる、防壁で弾くことが出来ないからエリスも避けるしかなく、とても前には進めない状況だ。ミスったか…私があちらに行くべきだったか!


「何余所見してんだよメルクリウス」


「あ!しまっ…」


突如として降り注いだ剛拳が私の腹を叩き抜き衝撃波が背中に抜ける。オウマだ、私が稼いだ数秒…それを超過した瞬間奴が動き出したのだ。まずい…エリスはまだレゾネイトコンデンサーを破壊出来ていない。


もっと、もっと私が頑張らねば!


「擬似覚醒!マグナ・カドゥケウス!」


「お?」


「総員構え!」


発動させるのは擬似覚醒のマグナ・カドゥケウス…私の切り札だ。これにより強化された私の錬金術によって作り出された銃の山が一斉にオウマを向き。


「ってぇーッ!!」


行うのは軍勢の一斉掃射にも匹敵する弾丸の嵐、しかし鉛の雨を前にオウマは軽く舌打ちし。


「学ばねぇ奴だな、俺に飛び道具は効かねェッ!!『ディメンションホール』!」


同じだ、数が多かろうが威力が高かろうが関係ない。空間を歪め弾丸の軌道を変える.これだけでいい、対応は同じ。目の前に大穴を開け弾丸の雨を容易く凌いだオウマはそのままメルクリウスに向け再度突っ込み…。


「ッ…いない!?」


「ああ、学ばせてもらったよオウマ」


「なッ!?」


しかし、防がれる事が分かっていたのなら…それ相応の対処をするまでだ。例えばそう、鉛の雨を囮にオウマの背後に回り、その背中に…手を当てて。


「だったら零距離なら…どうだ!」


零距離で錬金術を放つ。この距離ならば転移は使えまい!


「光輝なる黄金の環、瞬き収束し 閉じて解放し、溢れる光よ 永遠なる夜を越えて尚人々を照らせ『錬成・極冠瑞光之魔弾』ッッ!!」


叩き込む、私が持つ最大火力を…それによりオウマの体は光に包まれ────。




「零距離でも…だ」


その時、私が見たのは…オウマの体が歪み、穴が開く瞬間だった。私の放った最大奥義はその穴の中に飲まれ…消えていって……。


「な…な…!」


「悪いな、俺ぁこれ一本でここまでやってきたんだ。自分の薄皮一枚分の距離に時空の穴を開けるくらいわけないんだよ…」


「そんな…!」


零距離でも…ダメなのか!?一体こんなの、どうすれば…!


「そら、お返し行くぜ」


最大奥義を防がれた衝撃と、オウマの持つ魔術への理解度の高さ、そして熟達した技術を前にただただ戦慄することしかできない私は呆然と停止する、そしてオウマはそんな私の体をボンッと軽く押して距離を取ると。


「『ディメンションホール・ラピッドファイア』!」


拳を握る、拳を振るう、魔力を纏った拳を虚空に向けて何度も振るう。その一撃一撃が空間を歪め…私の目の前に拳を出現させ殴り抜く。


「ぐっ!?」


「オラオラオラオラッ!抵抗してみろやメルクリウスッ!」


怒涛、まさしく怒涛の連撃。時空の穴を通し距離を取った上で叩き込まれる怒涛の拳はさまざまな角度から私を殴り抜く。その様を形容するならまさしくタコ殴り…しかも一撃一撃がオウマ・フライングダッチマンの持つ剛拳によるものなのだ。


芯に響く、意識を刈り取る、肉体を破壊する。これは…これでは。


「トドメッ!」


足を振り上げ地面を踏み抜く…と同時に足元に穴を作り、私の頭上に穴を繋げ、蹴りを叩き込む。その一撃は私の体を踏み潰し地面に叩きつけられ地べたを這いつくばる。


朦朧と揺れる意識、拳による痛みよりもなお堪えるのはまるで勝負になっていない事実。分かってはいた、実力に差があることは…だが。これほど勝負にならないとは…。


(…またか、私は…)


私は…エルドラドでの戦いでもこうだった、エアリエル相手にまるで戦いにならず地べたに這いつくばり、皆が敵を倒す中…ただ一人なんの役にも立てなかった。


あの時から、まるで変わっていない。その上相手はエアリエルよりもなお強いときた…。


「メルクさん!」


「え、エリス…すまん」


「いえ、エリスも全然ダメでした…突破出来ませんあれ」


するとエリスが私の側に飛んでくる。どうやらエリスもザミエルシステムを超えることが出来なかったようだ。仕方ないとも言える、なんせ防御不可の攻撃が無数に飛んでくるのだ…簡単に突破は出来ない。


「…メルクさん、交代しますか?」


「……何?」


「エリスがオウマをやります、だからメルクさんはソニアを…」


…確かに効果的な提案だ、私ならカスパールをなんとか出来る。ザミエルシステムも突破できる、それにエリスは私より強い…オウマにも太刀打ちできるかもしれない…効果的だ、そうしよう。


「…すまんエリス」


「はい、でしたら───」


「私はオウマと戦いたい、ワガママを言っていいか」


「───え?」


驚愕したのは、エリスだけじゃない。私自身も驚いていた…何を言っているんだ私はと。だが同時にこの感覚には覚えがある。


フレデフォートで…襲われている老父を前に、体が勝手に動いた時の感覚に…よく似ている。自らの意思を凌駕する程の何かが私を突き動かす。利害や打算などの勘定を抜きにした…私自身の心の叫び。


私の心が、正義が…オウマとの戦いを、望んでいるのか…。


「奴は、デルセクトをメチャクチャにした張本人だ、ソニアも許せんが…オウマも許せん。何より…今ここで君に任せてしまったら…私は君の友を名乗れる気がしない」


「メルクさん…」


「頼むエリス、任せてくれ…私に。私に戦わせてくれ、無茶を言ってるのは分かっている…だが……」


立ち上がる、勝てないことはわかってる、エリスに無茶をさせるのも分かってる、こんなこと言うべきじゃないなんては百も承知なんだ。それでも私はオウマとの戦いから逃げたくないんだ。


エアリエルの時のように、自らの弱さから目を背けたくない…だってこれは。


「これは、私の正義の為の戦いなんだ、最後まで…引けん!」


勝てない、相手が強い、これは言い訳にはならないんだ。私は…栄光の魔女フォーマルハウトの弟子、己が栄華を前に背は向けられん!


「分かりました…ではソニアはエリスがなんとかしておきます、メルクさんはオウマをぶっちめておいてください」


「ああ…エリス、君と出会えた事に、感謝する」


「はい、これからも感謝するために生き残ってくださいね。絶対…ですからね」


「勿論だ」


エリスと拳を合わせる、覚悟を決める。彼女の友達であるために…私は引かない、彼女の友達でいたいから。


「感動的な友情物語だ、青春って歳でもないだろうによくやるぜ」


「幾つになっても友の存在は心強いものだぞ、オウマ」


「当てつけかよ、だが忘れてやいないか?制限時間がある事を」


するとオウマは、私から目を外し…エアロゾルレゾネイトコンデンサーを見やる。


「風が十分に集まりつつある、ソニア…そろそろ行けるんじゃないか?」


「…………」


エネルギーの充填が…殆ど完了する、最早止めることは不可能な段階に至る。そこに来てソニアは私を見て勝ち誇る…のではなく、眉をひそめ。


「メルク、…いいのか。私の悪がお前の正義を押し退けるぞ」


そう…言うのだ、エネルギーが溜まったらヘリオステクタイトが空へ飛び立つ、それは私の敗北を意味し、同時に悪の勝利を意味する。それでいいのかと…奴は聞く。


だが…。


「ソニア、まだ私達は負けてない」


「…負け惜しみ、ってわけでもなさそうだな」


「ああ…」


「そうかい、なら…今度こそ、徹底的に終わらせる!ヘリオステクタイト!!発射準備だ!」


ソニアがエアロゾルレゾネイトコンデンサーのスイッチを入れる。それと共に機構が起動を始め…轟音と共に凄まじいエネルギーが下へ下へと送られていく。


「これでサイディリアルは終わるッ!私の悪が!世を覆う!お前の負けだ!メルクリウスッッ!!」


「ッッ……」


そして、私たちの目の前で…ヘリオステクタイトの発射準備が、完了する。


世界が終わる、その瞬間が訪れようとしていた。


………………………………………………………………………………



「だぁぁあああああありやぁあああああああ!!」


「フンッ!」


豪雨の中激突する拳が発する衝撃波が雨を弾き、虚空に不可視の爆裂を描き、轟音を鳴り響かせる。


場所はロクス・アモエヌスの目の前…庭園のような敷地内にて、男が二人…拳を交える。


「『熱拳一発』ッッ!!」


「効かんッッ!!」


叩き込まれる紅蓮の拳が漆黒の躯体を打つものの、ヒビも傷も入らずただその体を奥へと押し飛ばすにとどまり、水溜りが迸り大地に線が引かれる。


「はぁ〜…全然効かねぇ、砕けねぇ」


「お前の拳は、俺には通用しない」


激闘を繰り広げるのはラグナとガウリイル。魔女の弟子最強の男と逢魔ヶ時旅団最強の幹部が衝突し、今もなお火花を散らす激戦を継続していた。


戦いが始まってより数十分、互いに技と技、拳と拳をぶつけ合い、状況は何も進展しないままただ時だけが過ぎ去っていた。


民間人は既に退却を始めている、ルビーは一人で傭兵達を相手に今も大立ち回りを続けている。故に俺はただ一人…ここでガウリイルと戦っているのだが。


(硬い…拳を通せる気がしない)


ガウリイルの肉体…アダマンタイトで形成された躯体には、未だ傷ひとつ付けられていない。あれだけ修行してようやくガウリイルを相手にまともに打ち合うことが出来るようになっただけで…未だ撃破の為の糸口すら掴めていない。


寧ろ殴ってる俺の拳の方が傷つき始めてすらいる、こんな経験初めてだ…。


「以前よりも技のキレは上がっている、よくもまぁ数週間でここまで高めたものだ、だがそれでも…俺の技には僅かに及ばんな」


ガウリイルは何か特殊な魔術を使うわけでも、特殊な技を使うわけでもない。ただ持ち前の技術と身体能力だけで押してくる。俺にとっては一番やりやすい相手でもありやりにくい相手でもある。


「そろそろ諦めるか?もうすぐヘリオステクタイトの発射準備も完了する…」


「あ?まだ雷は降ってないだろ」


「おおっと、そうだったな…」


「…………」


なんか気になる言い回しだな、まさかレゾネイトコンデンサー以外に…雷以外にエネルギーの充填方法を奴らは持っているのか?


ううむ、あり得なくない話だ。レゾネイトコンデンサーを四つしか用意出来ない理由を俺たちは見つけていない。つまりもう一個あってもおかしくないし、それが雷以外の何かを使う場合だって十分にあり得る。


と言うことは他エリアのレゾネイトコンデンサーは俺達を分散させる罠?まぁどの道放置も出来ないから破壊しに行くしかないんだが…これはあんまり悠長にしてられないかもな。


「チッ、しゃあねぇ…あんまり好きじゃないが、ギア上げるか」


「む?」


そう言って俺は身につけていたリストバンドやレッグバンドを外す、一つ250キログラムの錘だ。俺は普段からこれをつけて戦っている、別に相手を侮ってるわけではない。だが…ただ単に俺はこう言う風に無闇矢鱈に他人に全力全開を見せるのが好きじゃないだけだ。下手したら殺しそうだしな…。


だがこいつは全力でやっても問題なさそうだし、何よりジャック以来の本気でやらなきゃいけない相手だ。出し惜しみもクソもない。


「フッ…フッ…よっ…よっ」


軽くステップを踏みつつ準備運動を済ませる。さて基礎的な身体能力で出せる限界点は今のところここまでだ、錘を捨てて…多少好転すればそれでいいが、果たして…。


「行くぜ、ガウリイル!」


「来い、ここでケリをつけてやる。魔女の弟子!」


一歩、大地を踏み締める。地面が震え、落ちた雨が天に昇る、視界を覆い尽くす水の壁を引き裂いてラグナは銃弾すらも追い抜くほどの速度でガウリイルに迫り、拳を握る。


「フッ!」


踏み込みと同時に放たれた拳…を、ガウリイルが反応したのを見計らい寸前で止め。そのまま体を回し足を振り上げつま先でガウリイルのこめかみを打つ。


「ッッ…!」


(出来る、俺の反応速度に体が追いつく…!行ける!)


フェイントを織り交ぜた連撃、まるでチェスを打つように拳を打つ、まるで知恵を比べ合うような拳の応酬にガウリイルはついて行く事が出来ない。反射的に動く体を自分で抑える事が出来ない。


だが、どれだけ打ってもやはりガウリイルには一向にダメージが入る様子がない。


(これがラグナ・アルクカース…いや、世界一の戦士アルクトゥルスの拳打か。極限まで人体構造を理解し突き詰めた合理の鬼が如き攻め…、これほどまで攻撃の最中に考える奴が居るか。直感と反射で打つ俺には最悪の相性、これは打ち合いでは不利か)


(硬い、まるで手応えがない。水を打ってた方がまだ実感が湧くレベルだ…どうすりゃ砕けるんだこれ、数打ってなんとかなるようには思えねぇ…!)


膠着、ラグナの動きにガウリイルはついていけないが、同時にガウリイルの防御をラグナもまた抜けない。拮抗した攻防…それはやがて終わる。


(流石だラグナ・アルクカース、だが連撃は惰性を生む……ここかッ!)


「やべっ!?


連続した動きはどれだけ神経を張り詰めても何処かに惰性や弛みが生まれる、そこを見抜いたガウリイルはラグナの突き出された拳…止まることの分かっているフェイントの一撃を逆に掴み続く本命の一撃を事前に止め。


「『黒銃拳』ッ!」


「ごはっ!?」


片口から硝煙が吐き出されガウリイルの拳が加速しラグナの顔面を打つ。銃声の如き重い音が響きラグナの鼻から血が溢れ───。


「『黒砲脚』ッ!」


踵から爆炎が噴き出し加速すると同時にラグナの側面に周り意趣返しとばかりにハイキックを見舞い、吹き飛ばす。


「ぐぅっ!いてぇ…!」


弧を描くように飛んだラグナの体はそのままロクス・アモエヌスの壁を打ち破り、瓦礫を弾き飛ばしゴロゴロ転がり…倒れ伏す。


「ぜぇ…ぜぇ…クソ…メチャクチャ強え…」


「どうした、争いを憎む王。こんなものか…」


「ッ……」


ロクス・アモエヌスのエントランスに踏み込んできたガウリイルに反応しラグナは起き上がる。錘を捨てても大して効果が出なかった、純粋な身体能力の向上じゃいくらやっても越えられる気がしない。


今俺の手札に残されているのは付与魔術と魔力覚醒、そして熱拳一発の可能性の三つだけ。熱拳一発はまだ完成してないし魔力覚醒も切れない手札、と言うことは必然的に使えるのは付与魔術だけ…か。


(付与魔術を使って勝てるのか、まだ分からない。だが…面白くなってきやがった…)


自分を鼓舞するように笑い、ラグナは拳を構える…するとガウリイルはフッと上を見て。


「…エアロゾルレゾネイトコンデンサーが動き出した、どうやら発射は秒読みらしいぞ」


「は?エアロ…なんて?…え!?発射間近!?マジ!ヤベェ…止めないとな」


やばいやばい、熱中して忘れかけてた。ヘリオステクタイトも止めないといけないんだった!


そんなガウリイルの言葉と共にロクス・アモエヌスの敷地が動き出し開き始めたをこの目で確認する、地面からヘリオステクタイトが迫り上がって来たってアマルト達が言ってたな。


ってことは!


「…あれ?ガウリイルどうしたんだよここ」


「え?」


「ほら、ここ。なんかついてるぞ」


「なんだと?」


そう言いながら俺は自分のおでこを触る、するとガウリイルも目を上に上げながらおでこを触り…今だ!


「よっと!」


「あ!貴様!せめて何がついてるかくらい言え!…って!ヘリオステクタイトのところに向かったのか!させるか!」


ガウリイルの脇を抜け疾走、そのまま庭先に出て開き始めたゲートに飛び込みながら…。


「もうちょい待てやッ!」


ゲートを蹴り上げつつ中に落ちる。するとゲートは俺の蹴りを受け歪み開く動作が遅くなり…。


「ッと…ここか、ヘリオステクタイトの工場は」


着地する、結構な高さだったからちょっとビビったけど…なるほど、ここがヘリオステクタイトの工場だな、説明されなくても分かる。周囲に並べられた無数の彫刻のような兵器群。ここが工場であり、同時に発射場なんだ。


(結構数があるな、これをなんとかする…骨が折れそうだ、ぶっ壊して爆発したりしないよな)


「ラグナ・アルクカース!やってくれたな!」


「お、ガウリイル」


すると、俺の背後に着地したガウリイルは怒りの表情を浮かべながら構えを取り…。


「貴様がゲートを壊してくれたおかげで予定発射時刻よりもかなり遅れが出てしまった」


「そりゃよかった」


「だが…無駄な足掻きだ、既にエネルギーは溜まっている、ゲートも直ぐに直り完全に開く。そうすれば…」


「ヘリオステクタイトは発射され、サイディリアルが滅び、世界はヘリオステクタイトの脅威を知る…か?生憎それを阻止するために俺はここに来てるんだ、是が非でも邪魔してやる」


「ゲートが直るのに、多く見積もっても残り三分程度、それで俺を倒せるか?」


「楽勝…」


拳を握りつつ、考える。さて…とんでもないことになっちまった。


「フッ、なら俺はお前を倒し。現行の世界の秩序を破壊する…魔女の脅威が消えた世界を作り、人が人として戦争できる世界を生み出し…終わらぬ戦乱の中を生きよう」


「そうかい、じゃ…俺はそれを踏み潰す。今の世界を今のまま永遠に続ける、魔女が作り、俺達が受け継いだ秩序を…六王ラグナとして守り抜く」


「世界の命運を賭けた殴り合いをしようじゃないか」


「面白い、俄然…負けられなくなった」


ヘリオステクタイトの発射の是非、魔女世界の秩序の是非、サイディリアルの人々の命。その全ての命運が今…ラグナの拳に掛かる。

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