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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
623/835

570.対決 『殺剣』のアナスタシア


魔女の弟子達と逢魔ヶ時旅団のレゾネイトコンデンサーを賭けた戦いは既に十数分の時を迎え、着々と始まる雷雲の発生を前に戦いは熾烈を極めていた。


アマルトとサイ。


エリスとディラン。


ネレイドとシジキ…この三つの幹部達との戦いは全て魔女の弟子達が取った。つまり四戦三勝…されど気は抜けない、魔女の弟子達には一度の敗北さえ許されない、全員が勝ちレゾネイトコンデンサーを全て破壊する事が必須の条件。


そして、そんな最悪の条件に立ち塞がるのが…この。


「さぁてやろうか、ハーシェルの残党」


「……………」


最強のエリアマスター…アナスタシア・オクタヴィウス。逢魔ヶ時旅団の中心メンバーでありガウリイルと並ぶ二大看板、その実力は幹部と一般構成員が隔絶しているように、アナスタシアと他の幹部の間にも隔絶した差があると言われるほど。


事実、不肖メグ…今こうして相対するアナスタシアの魔力の凄まじさにちょっとビビっております。この魔力は確実にファイブナンバー上位級…単純な戦闘能力ならそれさえ上回るかもしれないほどだ。


伊達じゃない事をつくづく理解させられる、八大同盟の大幹部というものは。


だが…私は。


「ええ、ボコボコにしてあげます…」


引けないのだ、私は。こいつはメルク様を傷つけた…最悪の怨敵の一人なのだから。


四年前、逢魔ヶ時旅団の襲撃を受けたと聞いて。真っ先に私はメルク様を助けに行ったが、既に戦いは終わっており…完全敗北に終わった戦いを前に打ち拉がれるメルク様を…私は唯一、見ているのだから。


だから、引けない。友達を傷つけたこいつを許せないから。


「そんじゃあまぁ、まずはかる〜〜く…ね」


そういうなり、アナスタシアは手に持った剣をカランと音を立てて落とし…それが、開戦のゴングとなった。


「ッッ!?」


瞬間、アナスタシアは猛烈な加速を得て…一直線に私に飛んできて。


「ほらっ!どうしたよ!」


「ぐっ!?!?」


気がついたら…私は蹴り飛ばされ屋根の上を転がっていた。速い、凄まじく速───。


「軽く捻るって言ってんだろ!?これにもついてこれないって大丈夫か〜!?」


「くっ!」


叩き込まれる拳、起きあがろうとした私に向け再び加速したアナスタシアは私ほど顔を拳で居抜く。その衝撃の重さに思わず脳髄が揺れ…鼻からダクダクと血が出てくる。


応戦しなければ!嬲り殺される!」


「はぁっ!」


「そうそうそんな感じ!」


迎撃、迫るアナスタシアの蹴りを手で弾き仕返しとばかりにアナスタシアの軸足を蹴り払うが即座に一歩引いた事により避けられてしまう。そしてそのまま猛烈な踏み込みにより再び奴の拳が私のガードの上から炸裂する。


ラグナ様やネレイド様には及ばないですが私も帝国軍の師団長としてそれなりにマーシャルアーツの扱いは出来るつもりです。そんな私から言わせて貰えばアナスタシアは。


「ヒュー!やるじゃんやるじゃん!」


(無茶苦茶な戦い方だ!)


奇天烈なのだ、腕の振りから足の振り。構え方に至るまで全てが埒外、教科書に書かれていない動きばかりをする、まるでその時々により拳の打ち方をなんとなくで選んでいるような…そんな。


「他所事!」


「なっ…!」


瞬間、アナスタシアの姿が消えた…と誤認するほどの速さで奴はスルリとしゃがみ込み体回し私の足を払い。


「考えてる場合か!」


「ぅぐっ!?」


そしてバランスを崩した私の側頭部に回転をそのままに蹴り払う上段蹴りが炸裂し私の体は紙のように舞い上がる事になる。しまった油断したか…。


「ッと、失礼しました。貴方を前に余所見など」


「いいっていいって、にしてもさ…君。ハーシェルっぽくないよね、戦い方」


「だから私はもうハーシェルとは関係ないと言っているでしょう」


「そうなの?」


「ええ、もう奴等との因縁には決着をつけました…もうどうでもいいです」


「ふぅーん…そう言えば君達はハーシェル一家を倒してるんだったね。だがハーシェル一家は八大同盟でも最弱!…とかは言わないよ?アイツらもアイツらでメチャクチャ強かった、そんなアイツらを倒したって聞いて少しは期待してたんだけど」


「そうですか、勝手な期待でございますね」


「そうだよ…勝手な期待、だから私は今貴方に勝手に失望しようとしてる…あんまりガッカリさせんなやぁ」


娼楽園の娼館街、その屋根の上を二人で歩き睨み合う。互いの隙を探るようにジロジロと二人で互いを見守る。


アナスタシアは…こう、パッと見た感じ隙らしい隙は見当たらない。モース大賊団のカイムのような達人タイプか…。こういうタイプには真っ向勝負とかはしない方がいいな、よし…。


「………あ!あんな所にドスケベなプレイしてる男女が!」


「え!?何処!?」


「ッ『時界門』!」


瞬間、時界門に飛び込み…躍り出るのはアナスタシアの眼前。


「ッ!?団長の魔術と同じ!?このッッ!」


「いいえ!その上位互換です!」


いきなり目の前に現れた私に向け反射的に拳を放ったアナスタシア、だったが…そんなテレフォンパンチくらい見切れないわけがないですよね、なので私は向かってくる拳に合わせ時界門を開き。


「『時界門カウンター』!」


「ぐっ!?」


私の目の前とアナスタシアの目の前の空間を繋げ、穴に腕を突っ込んだアナスタシアは自分の眼前に現れた自分の拳に打ち抜かれ一歩よろめき…。


「冥土八式・六腑捻り砕きッ!」


「ごぁっ!?…い、痛い…」


「おや…?」


一撃、腹に抉り込みアナスタシアは苦しそうにお腹を抑えて一歩二歩と後ろに下がる…のだが、それ以上に私が気になったのは…。


この拳が奴の腹を捉えた瞬間の感触、今の殴った感覚は間違いなく…。


「肉の感触…?貴方、体を改造してないんですか?」


「う…うう…うぇ、苦しい〜」


「答えなさい…逢魔ヶ時旅団は例外なく皆体を改造していると聞いていましたが…」


「うるさいなぁ…なんであたしがそれに答えなきゃいけないのさ。でもまぁ…教えてもいいから答えるけどさ」


するとアナスタシアはスッと痛みを消し去ったように直ぐに姿勢を正し…、ジャンバーを脱ぎ捨て、サイボーグの肉体に見えていたのはその下に着込んでいた鉄の防具で…それをパチリと外し、薄着の隙間から鍛え上げられた筋肉の見えるなんとマッシヴでストロングな威容を晒し。


「ご覧の通り、私の肉体は改造されていない。現行の技術じゃあ私自身のスペックを完全に再現しようとするとコストがかかるもんでね、まぁこのままの方が強いってわけ」


「なら改造は…」


「逢魔ヶ時旅団で身体改造を行ってないのはディランだけだよ、私はちゃんと…ここを改造してる」


そう言ってアナスタシアは自身のこめかみを指差す……まさか。


「こめかみを!?」


「違う!脳みそ!」


「じゃあちゃんとそこを指差してください」


「どうやってだよ!?…正確に言うなれば五感ってヤツ?視覚…聴覚…嗅覚…私は脳で直接受け取る情報をより深く、そして素早く受け取ることが出来る」


「………何やら、聞いたことのある話ですね」


「ああそうだよ、…明の槍アテルナイは私のプロトタイプってヤツさ、あんたは倒してるんだろ?アテルナイを」


逢魔ヶ時旅団第十一幹部『明の槍』アテルナイ…、大いなるアルカナに逢魔ヶ時旅団が貸し与えた戦力としてマルミドワズで私とエリス様が戦ったアイツだ。アイツは自らの聴覚を改造し相手の心音から思考を読み取るという神業を見せ私とエリス様の二人を相手に圧倒して見せた実力者だった。


あの時は、私とエリス様でようやく倒せた十一幹部アテルナイ…その機能をより強化し得ているのが…第二幹部のアナスタシア、というわけか。


「あんたの名前は聞いてたよ、アルカナを相手にゲリラ戦を仕掛けヘエやシンを圧倒してた超人メイドってね、しかもアテルナイさえも倒しちまうなんてびっくりだよね」


「…懐かしい名前を聞きましたね、アテルナイの仇討ですか?」


「いやぁ、そこに関してはしくじったアテルナイの責任だ。仇を討つつもりはない…けども、面白くない話じゃあないか、アレでもアテルナイはウチの幹部だった…それを、大したこともない連中が倒したなんてさ」


「それならアテルナイの代わりに貴方が来ればよかったではありませんか、それとも…帝国軍が怖くて、アテルナイに役目を押し付けたとか」


「…へっ…へはは、あははは!言うじゃんか、いい挑発だ。けどね、実際帝国は怖いよ。その点自ら立候補したアテルナイは恐れ知らずだった…だが勇敢と蛮勇は違う」


アテルナイはポケットに手を突っ込み誇るようにニタリと笑い。


「帝国の軍事力は異常だ、やや戦略面で稚拙な部分も見られるが今やそれさえアルクカースの入れ知恵でなくなりつつある。数の戦争においては未だ帝国は最強と言える…うちの不文律でね、帝国には喧嘩を売らないってのがあるのよ…アルカナの要請にだって答える気はなかったのにさ、色々あってねぇ」


「そうでしょうとも、なんと言ったって帝国は…」


「だがそれもヘリオステクタイトが飛び立つ今日までの話だし…何より君は帝国そのものじゃない」


すると、いつもの間にか私の前から消えていたアナスタシアは、最初に置き去りにきた両刃剣を抜き去り…こちらを見て。


「君を殺した後は、ヘリオステクタイトを使って帝国を滅ぼしてやろう。みんな止めるかもしれないけど…それが一番世の中をぶっ壊すのに手っ取り早いだろう」


「貴方は………」


「挑発のお返しだ、存分にキレろよ。もうウォーミングアップは終わってんだからさ」


「………………」


そうですか、ウォーミングアップは終わりましたか。手元のナイフを時界門の中に収納し、鉄剣を握ったアナスタシアを睨む。その目が…藍色に輝いた瞬間。


「行くぜ…!」


消える、アナスタシアが─────。


「こっちだよッッ!!」


────刹那の打撃、一瞬で消えたアナスタシアは私の側面に突如として現れその脚力で私の頬を蹴り抜くのだ。


「あがっ!?」


「まだまだ行くぜぇ!フルスロットル!エンジン全開だッ!」


吹き飛ぶメグを追ってアナスタシアは再加速する。空気の壁を砕き轟音を鳴らしながら駆け抜けるアナスタシアはそのまま自分で蹴り飛ばしたメグに追いつき更に蹴りを、そしてそれを追いかけ更に蹴りを、蹴りを、蹴りを続ける。


アナスタシア・オクタヴィウスは逢魔ヶ時旅団最速の戦士である。或いは世界でもトップクラスのスピードを誇ると言っていい、その速度はただ地面を蹴っただけで禁忌加速魔術『ソニックアクセラレーション』に勝り、最高速度に至ったガウリイルでさえ彼女に追いつけない。


「オラオラオラオラッ!こんなんじゃ足拭きマットにもならねぇぜーッ!」


「ぅぐっ!?」


メチャクチャな足の振り方、武道の心得がある者なら咄嗟に『ああダメダメ、違うよ。蹴りはそうやってするんじゃない』と指摘したくなる程にメチャクチャ。だがそれでも成立する程に彼女は速い…本来人間が体を動かした時に生まれる隙が隙として成立する時間さえ潰す程に速い。


彼女は天才なのだ、天才的な速度を持ちそれを支える動体視力を改造で得た今の彼女の速度はまさしく天下無双。或いは彼女に比肩する速度を持つのは人類の中ではタリアテッレのみと言える。


即ち、彼女は人類最高速に匹敵する脚力を持っているのだ。


「そら!終わりッ!」


「ッッ…!」


そんな速度に蹂躙されるメグにトドメを刺すべく、しこたま蹴り回した後その首を狙い剣を振るうが。


「ッと!」


「ありゃ!?避けられ───」


剣が空を裂き、下の屋根を切り裂き家屋すら両断するが…メグには当たらない、寸前で静止し空中を回転し斬撃を受け流したのだ。何故、そんな器用な真似が出来たか?蹴り飛ばされている最中に空中停止なんて真似を…。


簡単だ、それはこの吹き荒ぶ風がメグを受け止めたから、その手に握られた物が…この風を呼んだから。確かにアナスタシアの速度は人類が出せる限界点にあると言える、だがそれはあくまで肉体のスペックの話。


人は道具を使い強くなる、武器を持って強くなる、外付けの力で自らを強化出来る唯一の種。そして…これこそが人類繁栄の象徴たる魔装。


そう、これが…!


「『第三神器ヴァーヤヴィヤストラ』ッ!!」


「───ぎっ!?」


風の太刀を掴み、髪が緑の颶風と同化し、アナスタシアにも迫る速度を生んだメグの一太刀がアナスタシアの咄嗟の防御ごと吹き飛ばす。


奥の手…アストラセレクションを使ったのだ。使ってしまったのだ、こんなにも早く。


「なにそれぇっ!」


「対空魔決戦用兵器…アストラセレクションです!」


「それがジズを倒したってぇ、ヤツか!」


「ヤツです!」


風の刀を構え、エリスのように風で加速し動き出したアナスタシアと激突する。娼楽園のピンク色に輝く下品な街並みの上空で火花を散らし、飛び交いながら剣撃を交わし合う。


風を纏い、世界を吹き抜ける風となったメグに、アナスタシアは即座に対応する。ジズでさえ面を食らった速度に、一瞬で適応し剣撃にて応戦してきた。


「面白い武器だ、風と一体化するか!」


「これが私に出せる最高速です…!」


「へぇ…」


こんなにも早く切り札でもあるアストラセレクションを遣わされた事実にメグはアナスタシアと剣で斬り合いながらも冷や汗を流す。


アナスタシアの速度はあの空魔ジズさえも上回る、アストラセレクション無しでの交戦は不可能と言えるほどに速い。流石はエアリエルやアンブリエルと同じ八大同盟の大幹部だ、以前戦ったカイムが可愛く見える程の剣の腕を持つアナスタシアを相手になんとか立ち回りながらメグは考える。


…決め手を。


(もう一つの切り札『終戦装束アルファ・カリーナエ』はジズとの決戦の傷が癒えず未だ修理中。あれの身体能力向上がないのは心許ない…今は魔装でなんとか持ってますが、いつこれがひっくり返されるか分からない)


「あははははっ!風の速度か!面白いや…風と駆けっこ、してみたかったんだよねッッ!!」


(オマケに、アナスタシアの奴…ドンドン加速していっている。一体どんな身体構造してるんだ…!)


アナスタシアの速度は魔術や機械由来ではなく、肉体由来だ。つまり心的興奮に呼応してコンディションとパフォーマンスは向上していく。そしてそれだけの速度の中にありながら相手を見失うことのない改造動体視力…これは、相当厄介だ。


「トロいノロい遅い鈍い怠いッ!もっとアゲてけェッ!」


「グッッ!?」


アナスタシアの背後に鬼神が見える…鬼の瞬剣。それが私の剣防の上から私を叩き抜きその衝撃波は足元の屋根さえ砕き私を娼館の中へと叩き込む。


速度とは攻撃力だ、一番速いアナスタシアは一番高い攻撃力を持つと言える。シジキが盾でガウリイルが弓なら、アナスタシアは剣だ。


『殺剣』…その二つ名の由来はまさしくここから来ると言えるだろう。


「ぐぅっ!…いたた」


そしてそのまま私はピンクの部屋の中へと落ち、なんかすごい弾力のベッドの上をポインポインと弾む…。


「凄い弾力のベッド…あら」


ふと、ベッドの横を見ると。男性のアレを模した張り型が…あらあらあらあら。


「あらまぁ、おっきい」


「私のお気にの部屋じゃんここ、天井ぶっ壊しちゃった」


「おやまぁ」


ポイッと手に握った物を捨てて私はベッドの上に横になりながら同じく上の穴から落ちてきたアナスタシアを見る、うーん参った、メチャクチャ強い。


アストラセレクションを使っても一時的に互角に張り合えるだけ…と来た。これはもう真っ向勝負での勝ちは望めないか…。


「いやぁお強いですねアナスタシア」


「まぁね」


「私もそれなりに強くなったつもりなんですが、いやぁ敵わない」


「そうでしょうとも、私は世界最強の傭兵だからね。あんたとは積んできた経験も潜ってきた戦場の数も違うのよ」


「へぇ、これは気になりますね。一体どんな戦場を潜ってきたので?」


私は後ろ手を組みながら聞いてみる。するとアナスタシアは剣を肩に置いて上機嫌になり。


「えぇ〜?やっぱ代表的なのって言えばアレじゃない?カルプージ内戦」


「おやそれは聞いたことがありますね、確かカストリア南方カルプージ王国で起こった第二王子の起こしたクーデター」


「そうそれ!詳しーね!」


カルプージ王国…所謂非魔女国家の中でも小国に当たるとある国で起きた内戦だ。通例により国王が死した後第一王子が跡を継ぐことになった事に異議を唱えた第二王子が兵を率いて王城にカチコミをぶちかました奴ですね。


なるほど…アレにこの人は参加していたと。


「いやぁ、あれは私の中でもマジ伝説って感じでさぁ」


「ところで…どっち側で?」


「第二王子、いやぁ面白ろかったなぁ…市街地でさぁ、敵が馬鹿みたいに真正面から攻めてくるのを斬って捨てて斬って捨ててさぁ」


「それはそれは…」


「けど気がついたら私一人でさ、敵陣に置き去りにされてんの。第二王子のやつ私を雇ったはいいものの私の強さにビビって切り捨てやがったんだよねぇ…おかしな話だよ。だからもうイラついちゃって…全員殺すことにしたんだよ」


「…全員?」


「うん、敵も味方も民間人も関係ない…抵抗する奴は、全員殺した…ありゃあ気持ちよかったァ…」


恍惚とした表情で語っているが…こいつ、まさか『アレ』を単独でやったのか!?


……カルプージ王国という小国を私が知っているのは、その国で起きたとある事件がきっかけだ。


その名も『カルプージの悲劇』…一夜にして国の中央都市が破壊され、そこにいた人間が全員死した凄惨な事件、世間的には第二王子の凶行によって滅びたことになっていたが、私はそこにジズの影を感じて調べたんだ…。


だが、アレを…カルプージの悲劇をやったのが、こいつ?しかも一人で…一国を滅ぼしたというのか。


「またアレ同じ事がしたい…殺して殺して殺し回りたい、だから私は団長やソニアに協力してんのさぁ」


「…外道ですね、貴方からはジズと同じ性格が腐った匂いがします…」


「ハッ、バッカじゃねぇのお前。そんなもん…分かりきってんだよッッ!!」


瞬間、アナスタシアは話は終わったとばかり剣を突き立て、再びあり得ない加速で私に向けて突っ込んでくる。


その刃は一瞬で私の喉元に迫り……静止する。


「あ?」


ピタリと止まったアナスタシアの剣、それに驚いたのは他でもないアナスタシアだ。何故…剣が止まった?違う違う、止まったんじゃなくて…引き寄せられてるのさ、お前は。


「う、後ろに引っ張られて前に進めない…!これは!?」


瞬間、背後を見たアナスタシアは気がつく。自分のズボンに巻かれたベルトに…フックが引っ掛けられていることに。そしてそのフックはそのまま野太いゴムに繋がり、店の外まで続くように伸び、アナスタシアの体を後ろに引いているのだ。


「んなっ!?なんじゃこりゃあ!?」


「すみません、時間…稼がせてもらいました」


「は?あぁっ!?」


そう、先程私が彼女に話を振ったのは…この時間を稼ぐため。彼女に話を振りつつ私は後ろ手で時界門を作り、彼女の背後にフックを取り付けそれを店の外にある巨大な柱、彼女が座っていたそれに巻き付け、彼女が私に向けて突っ込んできた瞬間ゴムが引っ張られその動きを阻害するよう仕掛けておいたのだ。


その為に、くだらない世間話をしたんですよ…と私はベッドの上で立ち上がり、風の刀を大きく振りかぶり。


「私は、人を殺す奴が大嫌いです。その死が…どれほどの悲しみを生むかも知らない奴は尚更ッッ!!」


「ちょっ!おま…」


「冥土奉仕術外伝!『風天一振・扇薙の太刀』ッ!」


「チッ!くそがァァッ!!!」


即座にアナスタシアはゴムを切り裂き私に向けて跳ぼうとするがもう遅い、大きく刀を回すように振るい作り出した竜巻がアナスタシアの体を包み吹き飛ばす。そしてそのまま娼館を爆裂させ街の一角に巨大な砂塵を上げながら目の前の全てを吹き飛ばすのだ。


「知るべきです、人を殺す奴は…その痛みを」


「ぐっ…くそが」


私が瓦礫の穴を潜りながら外に出れば、向かいの店の瓦礫の山を押し飛ばしアナスタシアが這い出てくる。うーんまだまだ元気、悲しくなるね。


「やぁぁぁあってくれたよねぇ…」


「やってやりましたとも、えっへんブイのビクトリー・ザ・ビクトリー。ダブルビクトリーです、残念でしたね」


「あっそう、にしてもちょっと油断しすぎた。今のは私が悪い…反省しないと」


はぁとため息を吐きながらアナスタシアは髪を掻きむしり軽く脱力すると…。


「はぁ、痛い目見て頭が冷めた。なにを私は戦いを楽しむつもりで遊んでいたんだ、いつも楽しぃ〜殺戮とは違うんだった。これは仕事だ、ソニアという雇い主から直接命令を受けて拠点防衛をしている…いつもの仕事と同じだ」


「…………」


「この仕事に失敗は許されない、例え相手が圧倒的格下であれ私は一片の油断も持つ事なく全てを切り裂く事が求められており、事実それを実現する」


ゆらりと剣をこちらに向けながら鋭い視線で私を睨むアナスタシア、そして彼女は…。


「そういうわけだから、こっから先は真剣勝負じゃない」


「真剣勝負じゃない?ならしりとり勝負でもしますか?」


「そう言う意味じゃない、私これから…卑怯な事するよって意味さ」


「は?」


スッと手を振り剣を頭上へと投げ飛ばすアナスタシアの不可解な行動に眉間に力が篭り私は釣られるように思わず上を見てしまう。


…なんだ、この行動になんの意義がある。勝負じゃない?一体どういう意味だ、そのままの意味?だとしても意図が読めない…いや、待て。確か…これはッッ!!


「クッッ!!」


「お」


拳に風を集め上方を殴り叩き私は全力で下へと飛ぶ、背中が大地に当たりひび割れる勢いで素早く屈む…と同時に何かが通過する、私が先程まで居た地点に、私の頭があった地点を、小さな影が…とそれを確認すると同時に響き渡る銃声。


そう、狙撃だ…!


「チッ!」


そのまま私は一気に走り出し近くの娼館へと飛び込む、それを追うように私の足元に数発の弾丸が飛んでくる。やってるのはアナスタシアじゃない!まだ別に誰かいる!この娼楽園エリアに!敵が!


「すげぇ〜!よく今の狙撃を避けられたね」


「空魔の技に似た技があるんです、視線誘導と意識誘導を織り交ぜた攻撃で相手の命を狩る『空魔二式・絶命黒鎌』…今のは剣を上に投げ私の視線を上方向に固定した、その上でまた別の誰かに狙撃させようとしましたね…!」


「正解」


アナスタシアは剣をキャッチし、ウインクと共に投げキッスをして私を煽る。油断した…てっきりアナスタシア一人しかいない物と思っていたけど、狙撃手がいたなんて。


チラリと足元に残った弾痕を物陰から確認する。弾痕は横側に伸びている…右から入って左に抜けている。ということはあちらか?


(居た、あんなところに)


見えるのは娼館の二階部分にて黒い布を被り呼吸を殺している狙撃手。私がその姿を確認した瞬間狙撃手はそそくさと物陰に隠れてしまう。


…アレが奴の奥の手…いや、違うな。これは恐らくだが…。


(まだいる、他にも)


狙撃手が一人とは思えない。恐らく複数いる…。


「言っただろ、ここから先は真剣勝負じゃない…戦争だよ、あたしと君の」


そう言うなり彼女は両手を広げる。するとゾロゾロと彼女の周りの建物から黒服達が現れる、その数大凡十数人…人数にしてみれば大したことはない、だが問題は。


「…全員……」


「そう、全員小隊長格。君に分かりやすく言えばあの時のアテルナイと同程度の奴らだ」


「フンッ、アテルナイなら倒してますから…楽勝です」


「へぇ凄い、一人で倒したの?」


「………」


大隊長アナスタシアに加え、アテルナイと同格の小隊長格が十数人…私とエリス様でようやく倒せた奴らが、十数人のおかわりと来たか…。


「みんな、ご挨拶を」


「アナスタシア軍突撃隊長ハーロックであります、貴殿を抹殺に参りましたであります」


威厳ある騎士風の甲冑大男がツルツル頭をペンっ!と叩きながら異様なまでの笑顔を見せニコォッ!と笑う。


「アレが噂の…ああ、アナスタシア軍魔術隊長ニーシャです。よろしく」


キラーんとウインクするのはおっぱいのでかい紫髪のお姉さん…、が持つのはどう考えても法的規格を逸脱した超巨大魔術杖だ…。


「ジズ・ハーシェルを倒した…とか言う奴ですよね、アレを倒したらジズを倒しの僕ってことになりませんかね」


「テイル、挨拶を」


「ああ、遊撃隊長テイルです」


コキコキと音を立てて金髪の若者が私に厳しい視線を向ける…他にもゾロゾロと色々と挨拶されるが、全員が小隊長格。見立て通り…あの時のアテルナイと同格だ、全員が。


「私は仕事は徹底的にやるタイプなんだ。だから他の奴らと違って少しばかり増援を待機させておいた、別にタイマンにこだわる必要性なんてどこにもない、ヨーイドンで剣をぶつけ合うよりそれなりの人数で囲んで足で踏みつけながら一斉に棒で叩いた方がずっと効率がいい」


「多勢に無勢は卑怯では?」


「卑怯だね、でも戦場じゃあ賢いって言うんだよ。これ」


「勉強になります、ちなみに今からでもしりとり勝負に変更は…」


「しないねぇ〜」


「ですよね…」


私は娼館の物陰に隠れ、壁にもたれ座り込む。参ったな、アナスタシア一人でさえ倒せるか分からないのにそれに加えてこの劣勢…私も増援を呼ぼうかな。


例えばエリス様とか…アマルト様とか、いやみんな他の幹部と戦ってるし…その結果体力を使い果たしている可能性が高い。この窮地に呼んでも逆に迷惑をかけてしまうかもしれない。


ならラグナ様やデティ様を…いや、二人には最も重要な任務がある。これは恐らくまだ完遂されていない…なら。


「乗り切るしかないか、私だけで」


「諦めて投降する?それとも…」


「頑張って全員倒しますよ、貴方も含めてね…」


神器を手に私は物陰から出て、覚悟を決める。…全てを賭ける覚悟を。


「潔し、なら…やろうかみんな」


『ハッ!アナスタシア様』


「仕方ないですね、じゃあ私も…気合い入れますか、ッコォー……」


刀を構え、呼吸を整え…集中する。自身の中に偏在する魔力を高めより一層強く意識して…その流れを強調する。そして自らの意思を持って、流れを逆流させて…。


「…ん?アレは…」


アナスタシアは目を細める、目を伏せ刃の如く集中を高める私の姿を見て…察する。私が今、なにをしようとしているかを。


「ヤベッ!ありゃあまさか…」


「その通り…魔力覚醒ッ!」


開眼する、ジズとの戦いで会得した…私の極地を。やがて逆流する魔力は私の魂を満たし、私の体を魂と同化させる。魔力の塊たる魂と同化した肉体は、それそのものが一つの魔力事象となり私自らが一つの魔術と化す。


この状況だ、使わざるを得ないだろう…私にとっての最後の切り札。


「『天命のカラシスタ・ストラ』…!」


「そりゃジズ倒してんだから覚醒くらいするか!」


私の片目が青白い炎に包まれ、全身が淡い光を放つ…これが私の魔力覚醒『天命のカラシスタ・ストラ』…ジズさえ倒した奥義。


「目が燃えてる…ニーシャさんあれ」


「慌てないのテイル。戦場で魔力覚醒者に会った事もあるし、倒した事もあるでしょう」


「……対覚醒者用戦術を。アナスタシア様…貴方は」


「分かった、見てる。任せたよ」


「御意」


ズイと小隊長達が前に出る。覚醒を見ても物怖じしないか…これでビビって『ゲェーッ!魔力覚醒!逃げろー!』ってなってくれたら御の字だったが…仕方ない。


「じゃあ…作戦開始ッ!」


『散ッ!』


「ッッ……!」


そして、アナスタシアの号令が響き渡る。対アナスタシア戦が新たなフェーズへと移る…同時に、対アナスタシア戦に於ける最悪な状況がメグを…襲う。


…………………………………………………


逢魔ヶ時旅団には『アナスタシア軍』…などと言うものは存在しない。


正確に言うなれば公式的には存在しないと言うべきか。彼女の下には彼女を慕い彼女に付き従う派閥のような物が存在し、それらが勝手にアナスタシア軍を名乗っている…と言う状態だ。


彼らは皆アナスタシアの『カルプージの悲劇』と言う武勇伝に憧れ、小国ながら単独で国家を滅ぼしてみせた彼女の武力に近づく為、彼女への忠誠を誓っている。


そしてそんな彼らを、アナスタシアは体よく使っている。と言う関係性だ、故にアナスタシアは自らの軍に色々と教えを授けている。


自分と格上の存在と戦う方法や、覚醒せずに覚醒者を倒す方法を。



「一斉砲撃!」


一瞬で街の方々に散ったアナスタシア軍は一斉に携帯用大砲を手にメグに向けて砲撃する。それを受けメグも即座に飛び上がり屋根に避けると同時に街の一角が赤い光と黒煙に包まれ衝撃波が迸る。


アナスタシア軍と覚醒を行ったメグの対決が始まったのだ。


「チッ…!」


メグは屋根上に逃げ延びながら着地と同時に舌を打つ。方々に散った所為で狙いが絞れなかったのだ。そのせいで初手を譲り戦闘におけるイニシアチブを握られてしまった。


その瞬間黒煙を引き裂いて何かが飛んでくる。


「ヴォラァッ!!!!」


「ッ…!」


飛んできたのは遊撃隊長テイルだ、拳に装着するタイプの鉄拳を身につけ、より自らの躯体を強化しメグに向けて殴りかかる。その拳を刀でメグは受け止めるが…。


(重い!ビアンカ並みだ…!)


「ヴォラヴォラヴォラッ!」


全身を機械に置き換え放たれる怒涛の連撃は撲殺のビアンカ並みの速度と重さで、魔力覚醒を行ったメグは刀を踊らせ一歩引きながらそれらを全て弾く。


凄まじい速さと重さだ、だが見切れないほどじゃない…リズムは掴めた。…ここ!」


「ハァッ!」


「あばよ!」


「あ!ちょっ!?」


しかしテイルはある程度攻めると途端に攻めを区切ってピョンと飛び跳ね黒煙の中へと消えて行き逃げられる、離脱されたのだ…そしてその瞬間、間髪を入れず。


「ぶった斬るであります!」


「ッ…そう言うことか!」


背後から甲冑を…いや、強化外骨格を着込んだ騎士風の男ハーロックが回転鋸型の巨剣を振り下ろしメグに切り掛かる…のを、視線を向けず刀だけで受け止める。


ここでメグは敵の意図を理解する、これが対覚醒者用戦術…。


「離脱であります!」


「待て!」


「行かせないわ、『バインドスラスト』」


再び逃げるハーロック、追おうとした瞬間次は何処からか飛んできたのは魔術師女ニーシャが魔術を放ち、回転する魔力縄がメグを拘束する。


対覚醒者用戦術…それは徹底したヒットアンドアウェイ。一人一人が波状攻撃を行い数を活かして相手の動きを徹底的に封じながら体力の消耗を誘う。私達がシリウスを相手にやった戦略に似ている…つまりこいつら。


(覚醒者を相手にした経験がある、それも一度や二度じゃない…!)


理解する、こいつらがグロリアーナ総司令などの絶対強者を相手に生き延びた理由を。


「取ったわ!」


「でかしたニーシャ!一撃かます!」


そして両腕を魔術で拘束されたメグに向けて、牛のツノをつけたムキムキの大男がハンマーを構えて突っ込んでくる。


確かに素晴らしい戦略だ、彼らはこれで覚醒者を倒したことがあるのは事実だし覚醒していない人間達が覚醒者を倒す方法として最も堅実な方法と言える。以前にも数例こんな状況下で覚醒者が死んだと言う話も聞いたことがある。


だが…アナスタシア軍に誤算があったとするなら、メグは…ただの覚醒者ではない、と言うことだ。


「…『次元渡り』」


「ッッ…消えたッ!消えたぞーッ!気をつけろーッ!」


その瞬間別次元へと転移したメグは拘束を置き去りにしてその場から消失する、それを見たアナスタシア軍は警戒度を最高レベルに高める。


「消えた…というより完全消失。質量を残さず完全に消え去る覚醒…?そんなのあるのか?」


そんな中消失を観察していた遊撃隊長テイルは親指を噛みながら考える。覚醒者戦に於ける最優先事項は相手の覚醒の理解と考察。だが『完全に消える覚醒』というものがあるのかやや怪しむ。


(消失にしては急すぎる、魔力も残さずその場から完全に居なくなるのはやや不可能な気がする…ということは転移系?だが魔力を探っても奴の気配は何処にも…ッ!いや違う!)


「まずはお前からです!覚醒冥土奉仕術二式『絶後』ッ!」


「ッいつの間に…ぐぅっ!?!?」


一瞬でテイルの背後に現れたメグは次元転移の加速を生かした蹴りをその場で放ちテイルの腕ごと側面から蹴り抜き吹き飛ばす。その威力はテイルを娼館に叩きつけ数軒超えて飛ばすほどで。


「ぐっ!?マジかよ!一発で腕が持っていかれた」


痛みを感じない体でテイルは急いで瓦礫から這い出ると、蹴られた腕がぐしゃぐしゃにもげていた、あり得ない威力だが覚醒者ならこれもあり得る!


「なるほど…全員、鉄の体ですか」


スゥーっと視線を細く尖らせたメグは…まるで悪巧みでもする様に浅く笑い、そして…。


「気をつけろッ!奴の覚醒は転移系!理屈は分からないが消失から出現まで数秒のラグがある!」


「その通りッ!!」


「うっ!」


咄嗟にテイルが取ったのは情報の共有…しかし、それはこの一瞬一刻を争う状況においては致命。砂漠に於ける水のように貴重な一瞬の時間を使った彼に…メグは攻撃を仕掛ける。目の前に転移したメグはその拳を別次元に転移させ…。


そこから一気に現世に出現させる加速法を使い…。


「覚醒冥土奉仕術一式ッ!『空前』」


「ごぁぁっっ!?!?」






「テイル!」


数秒、数秒だ。他の者達が情報を受け取りテイルの元へと向かうのにかかった時間は数秒…しかし。


「チッ…やられたか」


もうもうと込み上げる砂塵の中から出てきたのは、上半身だけになりか細い呼吸をした鉄屑になったテイルを片手に持ったメグの姿だ。


やられた、たった数秒テイルを一人にしたら、たった一瞬、気を抜いたら、持っていかれた…一人が。


「一つ聞きます…」


そしてメグは集まった小隊長達に向けスクラップになったテイルを投げ渡し…鬼気迫る表情で刀を手に、問う。


「この中に、四年前のデルセクト侵攻戦に参加したことのあるメンバーは?参加したことがあればその場に留まってください、参加したことがないのなら…引いてください」


「…………」


「全員動きませんね、ならそういう物として扱いますので…」


首を回し、関節を鳴らす。つまりここにいるのは四年前の戦いに参加したことのある人達.つまり。


「私はね、不札の誓いを亡き姉に立てているので、人は殺しません。勿論貴方達も殺しません。…ですが、どうやら貴方達、全員鉄の体みたいですね…こんなになっても、まだ生きてる」


「う…あ…」


メグは鋭い眼光でテイルを見下ろす、生きている…上半身だけになっても生きている。つまり…多少の事では死なないと言う事。これは…ありがたい。


「お前ら全員、地獄…見せますから」


あの日、メルク様が辛酸を飲み後に追い詰められ地獄を見るキッカケになった奴らということになる。ならば見せようお返しだ、こいつらにも相応の地獄を…。鉄の体を持つこいつになら多少の乱暴も許される。


その言葉と共に放たれた威圧と怒気で空間が歪む…。それほどの威圧を前にさしもの隊長達もごくりと生唾を飲むが。


「怯むなーッ!かかれぇーっ!」


吠え立てる、逢魔ヶ時旅団に恐れ立ち止まる人間はいない、そういう奴は全員死んでいる。ここにいるのは立ち止まらないから生き延びたやつだけだ。


瞬間、全員が散開しつつ再び対覚醒者用戦術を取ろうとした時だった。


「なるほど」


「もがっ!?」


「な、なんだ!?」


散開しようとした一人の傭兵の頭上にメグが出現し、その顔面を掴みながら頭の上に乗り。


「貴方達、感覚器も改造してあるんですね…?目玉も耳も、体のほとんどが機械だ。なるほど…なら『こんな事をしても致命傷にならない』…そうでしょう」


「や、やめっ!?ぐぎぃやぁっ!?」


早業…と呼んでもいいだろう、その指を相手の眼孔に突っ込み改造された機械の目玉をくり抜き同時に顎先に足を引っ掛け飛び上がると共にゴキリと回転させ意識を奪い無力化するその手腕を。


容赦がなかった、今のメグには。


「散れ!散れぇーっ!」


「遅い…!」


散開が一瞬遅れた、その隙を見逃さず…メグは再び加速する。全身に白い煙のような魔力を漂わせ…。


「覚醒冥土奉仕術三式『麒麟一角』ッ!」


それは高速次元渡りとでも呼ぼうか。その場で何度も別次元への転移という消失を行い肉体を明滅させながら走る事により別次元から戻ってくる際の加速を連続で肉体にフィードバックさせ、かつ空気抵抗を半分以下に削減する事により超加速を実現する荒技。


一瞬、パチパチと肉体が明滅した瞬間。メグの体はあり得ないほどの速度を得て…散開するため走り出した傭兵達の隙間を縫い…。


「ガァっ!?」


「ぅぐっっ!?」


「げはぁっ!?」


剪断する、胴の真ん中をスパリと切り裂き両断する。サイボーグはこれでは死なない…が故に容赦しない。そのままギロリと燃える瞳で他の傭兵達も睨む…その姿は。


「ふぁ…ファイブナンバー…いや、空魔ジズ…!?」


奇しくも彼女が最も嫌う男そのものであった、いや…この場にいる誰が見たことのない『全盛期のジズ・ハーシェル』を思わせる程、凄惨で壮絶な戦闘能力。


…サイボーグ故に殺す心配が無く、かつ相手がメグにとって親の仇にも匹敵する怨敵であり、容赦の必要がない。この限定的な状況下により一時的に彼女の中の空魔の残り香が発露する。


空魔との因縁に蹴りをつけ、その力を振るう事に躊躇がなくなった…殺し屋マーガレットの力量が、空魔ジズでさえ希望を見出した才覚の発露が…今起こり始めている。


「クソがァッッ!!」


「やめろ!無闇に突っ込むな!」


「ッ─────」


一人の傭兵が剣を構えてメグに突っ込む。後ろの傭兵達がそれを静止するが…既にメグは動き始めており。


「冥土奉仕術四式…」


手に力を込める、刀を強く握りしめる…同時に覚醒の力を使い。


「『斬神鬼伐』ッ!」


振るう…ただ刀を横に振るう。迫ってくる傭兵はまだ先だ、つまり誰もいない空間に向けて刀を振ったのだ、まだ斬撃と敵には距離がある。


…距離が、ある。


だが────。


「な…ッ!?」


「え…?」


「なん…で、俺たちまで…斬れて…!?」


両断される、迫ってきた傭兵は勿論、後ろで静止した数名の傭兵達まで、いやそれどころかその背後の館まで切れる。まるで射程距離など無視したかのようにメグの斬撃が最奥まで飛んだのだ。


何が起こったか…斬撃が飛んだ?いいやそうじゃない。


メグの覚醒は別次元に渡るものでは無く『次元を操る』というもの。つまり彼女は操ったのだ、この三次元的な世界を削減し自らの視界にあるものを全て『二次元』にした。


二次元には奥行きがない。つまり全てが同一の座標に横並びになるのだ。そこには距離など関係ない、刀を横に振っただけで視界にある全てを両断することができる。つまり今の彼女には『射程距離』というものがないのだ。


それ故に突っ込んできた傭兵も、その背後にいた傭兵も、更にその背後の壁も…全てが切れた。メグの力によって。


「ッ…覚醒への理解度が高い」


ズレるように上半身を取り落とす傭兵達を見てニーシャは焦る。メグという覚醒者は今まで自分達が見てきた覚醒者とは一線を画している。その覚醒の強力さとか、覚醒が強いとか…そういう話では無く。


自分に何が出来て、何をすれば強いかを確実に理解しているのだ。そう言う覚醒者は強い。


どう言う力を持つ覚醒者が強い…と言う話は存在しないが、何をすれば強いか分かっている覚醒者は強い、何せそう言う奴はひたすら自分の強さを叩きつけ続けてくるのだから。そうなるともう非覚醒者には打つ手が無くなる。


「『次元渡り』」


「また消えた!散れ!一網打尽は避けろ!」


メグはまだ覚醒して間もない、覚醒を使って修羅場に飛び込むのはジズの時以来であり回数で言えば二回目。だが何故ここまで覚醒に対して理解が深いのか。何故彼女が他の覚醒者とは大きく異なるのか、何故彼女はただの覚醒者ではないのか。


それは単純…メグはここに至るまでの間に、ラグナ達との鍛錬を積んでいるから…つまり、熟練覚醒者達からの教えを常に受けられる立場にいたことが大きい。


通常、魔力覚醒を行った者は孤独になる。覚醒していない者と鍛錬を行っても覚醒そのものの鍛錬には繋がらず、それでいて覚醒時に発生する独特の感覚を理解してもらえない。故に覚醒への理解は手探りになる場合が多い。


対するメグはその教えを受けられる。ラグナ、ネレイド、エリス三人は既に覚醒を用いて幾度となく修羅場を潜り抜けた猛者であり覚醒歴は皆五年以上。そしてそれぞれ更に熟練した覚醒者である魔女達からの教えを受けており覚醒時の独特の感覚に対しても熟達している。


そんな三人からひたすらに今まで得た知識を聞かされ、実績させられ、爆発的に経験値を得ることが出来る状況に彼女はいた。


故にこそ、彼女はただの覚醒者とは違う。


「『空前』ッ!」


「グギャァッ!?」


また一人、潰された。唐突に上空から現れたメグの一撃を受け四肢が飛び胴体が潰れ頭が体の中に陥没し機能を停止する。あれで死んでないんだからサイボーグとは恐ろしい…そして、死なないなら何をしてもいいと思っているメグはもっと恐ろしい。


「ハーロック!」


「うむ、まずいであります!」


そんな中アナスタシア軍で最も暦の長い騎士ハーロックと女魔術師ニーシャは飛び退きながら目配せする。メグが対覚醒者用戦術に対して対抗戦略を編み出し始めた事に対して二人は危機感を募らせる。


対覚醒者用戦術は相手をその場に釘付けにして、代わる代わる攻撃することで成立する。そこでメグは次元渡りによる消失を利用し、的を絞せず各個撃破に乗り出した。時間はかかるがこれによりアナスタシア軍は確かな打撃を受けている。


このまま人員が減ればそもそも波状攻撃も成り立たなくなる。波状攻撃という唯一の武器を奪われたら対抗出来なくなる、つまり蹂躙されるのだ。それだけは避けねばならないと二人は頷き合い。


「ぬぉぁあああああああああ!!」


「む…!」


ハーロックが突っ込む、回転鋸型の巨剣を前面に出しメグの行動を遮るように突撃をかました。それと同時に…。


「『ロックプラントフォレスト』ッ!」


ニーシャが杖で地面を叩く、すると地面が棘の生えた巨大な蔦と化しメグの周囲の建築物を押し退け彼女の周りを包み込むように視界を塞ぎ拘束する。


これはメグを倒す為の必勝の策…ではない。


「全員今のうちに所定の位置に!」


即ち立て直し、ハーロックがメグに張り付き動きを封じている間に他の面々は距離を取り再び散開姿勢を取ることが目的。その為にハーロックの犠牲を割り切った。全員がやられるより一人やられて状況を好転させる方が良い、その判断を二人は一瞬で済ませたのだ。


あの巨大な蔦はメグに対する目隠しだ。消失のロジカルが未だ読み解けていないが少なくも先程の距離無制限の斬撃は視界内にしか飛んでいなかった、故にそれを乱発され全滅を防ぐ為張ったのだ。


メグは今動けない、こちらで何が起こっているか分からない。故に…。


「散開し!最高火力を叩き込む!」


その上から全員で再び大砲を叩き込みメグに打撃を与えようと画策し、全員が即座に動き出す。ここにいるのは少なくともアテルナイ級の強者ばかり、動き出しは早く、その動きも早く、判断も早い。故に動き出してから瞬く間に散開姿勢の構築は終わるだろう……。




しかし、それでもニーシャ達はメグには勝てないだろう…何せ。


『サイボーグは壊しても死なない』…この事実がある限り、メグは普段から自らに課しているリミッター…それが、外れてしまっているのだから。


「『次元渡り』」


「なっ!?」


動き出したニーシャの目の前に、メグが現れる。勢い余って地面を滑りながらニーシャに向かってくるメグは再び消失を用いてあの蔦の壁を越えてきた…ハーロックが張り付き消失を防いでいるはずなのに、というか…目隠しも意味がないのか?視界外にも飛べてしまうのか!?


まさかこの一瞬でハーロックがやられたのか…そう考えるまでもなく、答えはメグの手の中にあった。


「嘘でしょ…!」


メグの手の中には…ハーロックの下半身が握られていた、腰の上から何もなく…消滅したハーロックの体の一部が力無く放り出されていたのだ。


刀で切り裂かれたのではない…連れていかれたのだ。


「そんなことも出来るのか…いや、出来て然るべきか!」


メグはハーロックを倒したのではない、蔦で囲まれた瞬間ハーロックの足を掴んで次元渡りを行いニーシャの前に移動した…これだけだ、ハーロックに対するアクションはただ掴んだだけ、それだけでハーロックは無力化された。


次元渡りの条件はいくつかある。その中でも最も大きい制限が『別次元に移動出来るのは自分だけ』という部分…だが、メグは次元渡りを行う際自ら身につけている服や刀も一緒に転移している。


つまり持ち物は一緒に転移することができる。言い換えれば無機物はどんなものでも『持ち物判定』を食らう事になる。ハーロックの体は有機物ではなく鉄で作られた無機物だ、故に彼の足を掴み次元渡りを行えば足だけを連れて転移することが出来る。


ハーロックはいきなり下半身が別次元に連れ去られ、光速を超える速さで別次元へ飛翔するメグに体がついていかず下半身だけが綺麗に切り取られた形になった。今頃蔦の壁の向こうでは下半身をもぎり取られたハーロックが倒れていることだろう。


移動と無力化を両立させた、その速さは散開姿勢を取らせる時間さえ与えずニーシャに接近し得る程…速かった。


「この…我々をナメるなぁぁああ!」


即座にニーシャも杖を振り上げメグに対して近接戦をしかける、ハーロックがやられた以上自分が時間稼ぎをするしかないと判断したからだ…だがその杖の一撃を避けたメグは。


「侮りますよ、私…貴方達の事を路傍の石と同然の扱いをすると決めているので」


「ぐぅぅ!?」


飛んできたメグの鉄拳がニーシャを天高く舞い上げる、同時にメグは空を舞うニーシャに手を向け。


「『多次元裂き』ッ!」


「うっ!?」


白く淡い光がニーシャを包んだかと思えば…その体が多方向に引き裂かれる、腕や足、体が別々の方向に飛んだのだ。


メグの力である次元を操る力は本来存在し得ない三次元以上の次元すら限定的に作り上げる。その力を使いニーシャの周囲を『八次元空間』へと変えた。これにより上方向に向かって伸びていたニーシャの運動エネルギーは三次元的移動から八次元的移動へと移行し、本来は存在しない方向へと体が伸び運動エネルギーが分散。体が四方八方を超えた方角へと引かれ引き裂かれ吹き飛んだのだ。


「ニーシャがやられた!」


粉々の鉄屑へと分解されながらも動力部となる胸と頭だけを残し、的確に殺す事なく無力化をしたメグの手腕に周囲は慄く…慄いた、慄いてしまったのだ。


ニーシャが決死の覚悟で作り出した0.5秒が戦慄に使われてしまった。その隙を…メグは見落とさない。


「冥土奉仕術…奥義」


「なっ!?」


そして、周囲の空間は一点に凝縮する。周囲の傭兵達を空間ごと吸い込み一点に集める。作り出したのは『無次元』。奥行きも横幅もない全てが点の一つに凝縮された狭き世界。


思考も、情報も、行動も介在する余地のない狭い世界の中…ただ一人別次元にて行動が可能なメグは渾身の一斬を─────。


「『無双』ッ!」


「ガァッッ!?」


「うごぉ…!?」


「ゔっ……!?」


そして世界が再び元に戻る頃には、周囲の建造物ごと、全ての傭兵達が横一文字に切り裂かれていた。抵抗の出来ない無次元へと相手を誘い結果必定の一撃を放つ奥義。これにより…アナスタシア軍は…。


「マジ?全滅とか」


全滅する、その様を見ていたアナスタシアは頬を痙攣させる。あそこにいたのは全てがかつてのアテルナイに匹敵する強者達ばかり。そこらの軍と戦えば圧勝出来る、魔女大国の軍勢と戦っても小揺るぎもしなかった奴らが。


まるで蹴散らされるように蹂躙された…。


「なるほど、お前…立派に化け物の段階に入ってるってか」


アナスタシアは理解する、既にメグは世界でもトップクラスの強者の仲間入りを果たしている事実に。その本気が凄まじい段階にある事に。


「後はお前だけですよ、アナスタシア」


「かもな…けど、やっぱ分かってねぇよお前…」


もう仲間はいない、後はアナスタシアだけ…だが。


メグはやってはいけないタブーを犯した、その事実を前にアナスタシアは笑い。


「よーし、なら私も本気を見せてやるよ…私の魔力覚醒を」


剣を手元で回す、何故アナスタシアがあれだけの人員を揃えながらも自分は参加しなかったか。そもそも何故人員を用意したか…それは。


「魔力覚醒…!」


魔力を逆流させ…その答えを見せる。そうだ…アナスタシアは容赦のない女だ、例え格下だと思っていても確実に勝ちにくる。だから今の人員は…謂わば。


「『天霧る闇路』…」


勝利の為の、礎でしかないのだ。


…………………………………………………………


『いいか、メグさん。覚醒者同士の戦いにおいて最も重要なものはな…覚醒のタイミングだ』


かつて、ラグナがメグに対して言ったのは…覚醒者同士の戦いにおけるイロハにも迫る程大切で、基本的な事。


『魔力覚醒者同士の戦いで、目指すのは基本的に後出しだ…。相手より後に覚醒を使う事を心がけてくれ、悪くて同時…少なくとも格上相手に先に覚醒を使うのは最悪の悪手だ』


『魔力覚醒は無敵の力じゃない、飽くまで魔力逆流によって肉体を強化しているだけで例えるなら無呼吸で走り続けているような物…走り始めの頃は良いが、そのパフォーマンスは時間経過と共に右肩下がりに落ちていく』


覚醒を行い続けるというのは凄まじい負荷を生む。故にエリス様もネレイド様もラグナ様でさえも覚醒は戦いの中の一部に留めている。


魔女様達は常時魔力覚醒を維持しているが、あれはあの人達が異常なのであって常時発動させ続けられるには常軌を逸した魔力覚醒抑制技術を要する。少なくともラグナ達でさえこの段階には至っていないのでとりあえずはない物とするとして…。


少なくとも言えるのは…。


『いいか、格上の覚醒者相手には絶対に先に覚醒を使うな、絶対に相手に先に使わせるんだ。でなきゃ…勝ち目がなくなる』


それが、ラグナ達が長い戦いの中で得た知見だ。圧倒的な格上相手には覚醒を使わなければ太刀打ち出来ない場合もある…だがそれでも、覚醒は奥の手。覚醒を使用したなら後はいかに短期決戦にするか…。


故に、メグは今この戦いで…そのタブーを犯してしまったといえる。


(後出しをさせてしまった)


今目の前で魔力覚醒『天霧る闇路』を使用したアナスタシアはその体からメグの対となる漆黒の霧を纏わせ剣を手に佇んでいる。


覚醒を先にこちらから使ってしまった。致し方ない状況だったとは言え…恐らくこの為にアナスタシアは部下を使ったのだ。覚醒を使わなければならない状況を。


その事を込み合いでメグは覚醒を使った、だからなるべく早めにアナスタシア軍を片付けたつもりだが…それでも消耗は避けられない。エリス様やラグナ様から教えてもらった魔力覚醒の出力低下を体力と魔力を消費して防ぐ法を使いなんとか出力低下は免れている。


だがそれでも、やはり消耗してしまっているのは事実。対するアナスタシアは今全開の状況だ…しかもアナスタシアは格上、状況は…最悪。


「あたしの魔力覚醒は最速の魔力覚醒、消えたり出たりして…対応出来るかな」


「問題ありません、速さにも自信があるので」


ヴィーヤヴァヤストラを握りしめながら、私は目の前のアナスタシアと相対する。


さて、こいつの覚醒は一体どんな…。


「ッ…何?」


ふと、背後から何か音がした。なんかこう…甲高い、金属音のような、鉄管を叩いたような耳触りの良い音というか、なんの音だ?と振り向きたくなる心を抑えつつアナスタシアに注目すると─────。


「死ね…!」


「ッ!『次元渡り』!」


一転、アナスタシアの斬撃の跡がメグのいた地点を撫でる。殺気に反応して避けたから良い物の…今の速度は。


「ありゃ消えた」


(見えなかった…とかいうレベルじゃない、事象が後から追いかけてきた…!)


音速を超えれば…音が後からついてくる、光を越えれば…光景が後から追いかけてくる、ならば今の速度は…さながら世界を超えた斬撃、世界が斬られた事に後から気がついて事象が後から追いかけてきた。


一瞬、アナスタシアの体が光に包まれたかと思えば…そのまま光と共に飛んできたのだ。速度の極地たる光速すら超えている可能性がある。質量を持った人間が叩き出せるとは思えない速度での攻撃にメグは別次元から帰還しつつ戦慄する。


今のが、奴の覚醒…?


(いや、何かタネがあるはずだ…)


きっと、何かタネがある。もし光以上の速度で動けるだけの覚醒だったなら…温存する意味もない、きっと何か限定的な条件でのみアレを発揮出来ると見ていい。だが今はとにかく情報がない…最低でも後一発、今の攻撃を見る必要がある!


「お、そこか…ッ!」


「来る…」


アナスタシアが別次元から帰還したメグを目で見据える。来る…来るぞ、そう覚悟を秘めた瞬間、やはり。再びメグの背後で何か音が鳴る。


なんの音だ、これはなんの音なんだ!分からない!分からないがアナスタシアから目が離せない!来る!


「『迅影』ッ!」


「ぐぅっっ!!」


咄嗟に横に飛び再び突っ込んでくるアナスタシアを避けるが…攻撃自体は避けた物のそこから発せられる衝撃波…ソニックブームは避けきれず、ただ横を通り過ぎただけで私の体は吹き飛ばされ周囲の家屋も粉々に消し飛び…街の一角が崩れていく。


ただ速いだけ、ただ早いだけ、ただ疾いだけ…ただそれだけで、街が壊れ私は吹き飛び、何もかもが消し飛んでいく。


これ攻撃じゃなくてただ走っただけだぞ…こんなのありか!


「ぐっ!うぅ…」


「さぁ次でトドメ行くよ!」


「ッ……」


地面を転がり痛みに悶える私に向けてアナスタシアが吠える。また来る、また来るけどまだ攻撃の正体も掴めてない!このままやられるくらいなら…一か八かの賭けに出てやる!


「『迅影』…ッ!」


再び私の背後で音が鳴る、軽く…鉄管を鳴らしたような、そんな音が響き再びアナスタシアが攻撃姿勢に移る。やはりこの音は攻撃の合図…なら。


「一か八かぁっ!」


振り向く、回避を捨てて後ろを向く…するとそこには。


「なんだこれ…」


私の背後で音が鳴り、恐らく今出現した物であろう物体が…そこにはあった。


なんと形容していいのか分からないが、そこにあったのは…光の杭?それが地面に突き刺さっていたのだ。なんだこれ…。


「余所見してる場合かよォッ!」


瞬間、アナスタシアの体が光となる…もう回避は間に合わない、だが!


「ッッ…!」


「また消えた!?」


メグの体が消える、次元渡りよりも早くその場から消えたのだ…一体何処に…とアナスタシアが周りを見ると。


「ここです…!」


「あ?…ああ!?」


メグの声がする、何処かと思って見てみればそこには…ヒラリと空中を漂う小さな紙があった。絵画よりも精巧に物が描かれた小さな紙の中に、メグがいたのだ。


……写真だ、エリス様から『処分しといてください』と言って渡された大量のアマルト様が映された写真の中に逃げ込んだのだ。次元を行き来するこの力なら写真の中に逃げ込むこともできるし、これなら次元渡りよりも早くその場から消えることもできる。


何より…。


「よっと…見ましたよ、貴方の攻撃の正体を」


写真の中から、外の情景はバッチリ見えた。そこでメグは見たのだ…アナスタシアの攻撃の正体を。そう口にしながら写真から這い出たメグは…アナスタシアを睨む。


見たぞ…今の攻撃の正体と覚醒の内容を。


「へぇ、聞かせてくれる?君の名推理」


「貴方の覚醒はただ速く動くだけの覚醒じゃない。覚醒の正体は…『指定した地点への超高速移動』…それを攻撃に転用しているだけです」


タネとしてはメグの時界門と同じだ。光の杭…ビーコンを設置し、そのビーコンがある地点に向け一直線に移動するだけの覚醒だ。その移動する際の速度を攻撃に使っているだけでアナスタシアの速度そのものが上がったわけではない。


ビーコンを設置し、その先に移動する時間は光速よりも疾い。ただこれだけでは攻撃にはなり得ない、なんせその速度で移動している間は使用者…アナスタシア自身も何が起こっているか分からないからだ。だがそれを可能にするのが改造された五感。


奴はその凄まじい速度を攻撃に転用する為に五感を改造していたんだ。


「移動にはビーコンの設置が必須、そして恐らく設置出来るのは無機物のみ…でなければ私自身にビーコンを設置するのが一番手っ取り早いですからね。当たりでしょう」


「凄いね、三回見ただけで理解するとか…侮れないね、正解だよ」


─────概念抽出型魔力覚醒『天霧る闇路』。それは移動の概念を強化し行う移動特化型の魔力覚醒。移動地点を予め定め、そこに向けて光速以上の速度で移動する。


移動地点…即ち光の杭をビーコン代わりに設置しそこに向けて一直線に移動する。遮蔽物があればそれを破砕して進む。まさしく全身を銃弾に変え道を作る魔力覚醒だ。この覚醒があるから彼女は逢魔ヶ時旅団最速の名を持ち、逢魔ヶ時旅団でガウリイルに並ぶ二大看板と呼ばれているのだ。


「それで…分かったところで、私を倒せるかな」


「ええ、貴方の光速移動は『直線』でしか動けないんでしょう?ならやりようはあります」


「直線だけか…まぁそうだけどさ、だったらこれは…どうする」


そういうなりアナスタシアが手をかざすと、メグの頭上にビーコンが発生する。どうやら生き物に対して使えないだけでビーコンは何処にでも作ることができるようだ…いや待て。


「…一つじゃない」


一つじゃない、他にもビーコンが生まれてる。金属音のような甲高い音を鳴らしてそこら中にビーコンが次々と生まれていく。その数…数十…数百…い、いやいや待ってくださいよ。


「一体いくつビーコン作れるんですか…」


「試した限りだと千五百くらいなら同時に作れるかな…さて、それじゃあ」


「ッ…!」


「行くか!」


その瞬間、街が弾ける。アナスタシアが作り出したビーコンを経由するように街を乱反射する様に光が弾け飛ぶ。どうやら移動先にビーコンがあれば行き先は自由なようで…ビーコンに到達した後また別のビーコンに向け突進、そしてまた別のビーコンへ。


ビーコンを経由して縦横無尽に街中を駆け巡りその圧倒的な速さによる超光速移動を繰り返しメグに襲いかかる。


咄嗟にメグも次元渡りを使い屋根の上に逃げるがその瞬間メグの周りに新たなビーコンが数十程生まれ、砂塵の中から質量を伴った光が飛んでくる。


「ぐぅぅっっ!?」


その光に掠っただけで体がバラバラになりそうなほどの衝撃が走る。あんな物もし直撃でもしよう物なら即死は免れないだろう。


「くっ!これやばいですね…!」


時界門を乱発しとにかく逃げる。しかし転移先にもすぐさまビーコンが発生し光は追いかけてくる。四方八方にビーコンが生まれ光がジグザグとした軌道でビーコンを経由しながらメグを襲う。


乱れ飛ぶソニックブームの連撃、アナスタシアという人間一人分の人間が光速で動いた際に生まれる衝撃波は爆撃にも等しく、加速を始めたその瞬間空間が爆発し家屋が一つ消し飛ぶのだ。


そんな破壊の嵐の中メグは攻略法を考える…衝撃波に吹き飛ばされながらも考える…時界門の中に突っ込むか?いや、ダメだ…あの速度の前じゃ時界門の展開自体が間に合わないしビーコンの挙動がどうなるか読みきれない。


なら!


「多次元ソケットッ!」


目の前の空間を引っ張り三次元空間を更に多次元的な空間へと変える。ここには上下左右前後以外の方向も追加される。これによりこの中に入った物体は方向を見失い全く別の方向に飛んでいく…メグが編み出した対飛び道具用の防御手段だ。


この中にアナスタシアを叩き込むべくビーコンの前で多次元ソケットを作り出し…ソケットでアナスタシアという名の光を受け止める。


が、しかし…。


「甘いんだよ!ビーコンがある限り移動先は強制される!どうあろうとも方向は見失わない!」


「ッ!?」


如何に方向を乱されようともビーコンがその先にある限りアナスタシアの移動方向は狂わない。多次元ソケットを貫通しメグに向け迫る…まずい、死んだかもしれな────。


「取ったァァァ!」


瞬間、ビーコンに触れるアナスタシアの手。メグの背後にあったビーコンに到達したということは…メグの体は。


吹き飛ぶ、上半身が纏めて消し飛び…下半身だけになった体が力なく崩れ落ち…。


「あ?」


…るかと思いきや、足だけになったメグはひょこひょこと動き走りながら逃げていくのだ。


「どういうことだあれ…まさか」


「あぶねー!死ぬかと思いました!」


その瞬間消し飛んだはずのメグの上半身が飛び出てくる。時界門だ、もしもの時のために時界門を保険で用意しておき、失敗を目視した瞬間上半身を時界門の中に突っ込み直撃は免れたのだ。


「かわされた?へぇ、面白い方法で避けるじゃんね」


「ユニークですから、私」


適当な返しをしつつも…メグは焦る。無いのだ、アナスタシアを止める方法が。


障害物も何もかも無視して砕いて突っ込む光は空間を乱されようがお構いなしに進む。次元を弄ってもビーコンがある方向へ進む。あれを止める手立ては事実上存在しないのだ。


おまけに光になっている最中はあまりの速さに攻撃も当たらない…というかその衝撃波故に攻撃どころの騒ぎではない。


(こうして考えている間にも魔力覚醒の消耗は続く…まずい、倒せないかもしれない…!)


回避は今なんとか出来ている状態だ、だがもし覚醒を維持出来なくなれば…その瞬間私はバラバラにされる。


「なるほどねぇ、あんたの動き方が大体分かってきたよ。消失というより別空間に転移してるんだね?その転移魔術みたいに。そしてそれは恐らく空間そのものにも作用する…ただ連続使用にはコンマ数秒のラグが必要と…そんな感じかな」


対するアナスタシアはじっくり考えて私の覚醒から神秘性を剥ぎ取っていく。余裕の違いだ…私は既に消耗しており、アナスタシアはようやく体が温まり始めている段階。


だから覚醒は後出しが鉄則なんだ、思えば私がジズに勝てたのも覚醒が後出しだったから…。全てがこの理屈に当て嵌まる訳ではないのだろうが、それでも今私が不利な状況に陥っている最大の要因は先んじて覚醒を使用したから…。


後それと実力の違いか…。


「くっ…」


「さぁて、そろそろいい感じに体も温まったし…壊しちゃおうかな」


するとアナスタシアは自らが持つ両刃剣に取り付けられたツマミをクルクルと回し始める。


「私の剣にはとある仕掛けがしてあってね。この剣…内部が空になってるんだよねと言っても空洞はペンが一本入るかどうかっていう細さの小さな管なんだけどさ」


ツマミを回すと、剣の側面、刃の直ぐ横あたりに小さな小さな穴が生まれ始める。


「そして、私の覚醒が適用されるのは私の体と私の持ち物だけ。私以外の生き物や加速後に私から離れた物は全て加速の対象外になる。これが厄介でさ、攻撃するには相手の真後ろにビーコンを設置して巻き込む形でじゃないと攻撃出来ないんだよね…でも」


そして、アナスタシアは自らの指先を傷つけ、流れた血を柄に開いた小さな穴に流し込む。すると刃の中の管を通り、剣先から血が滴る……まさか。


「でも、…私の体の一部であるなら、その制限は適用されない…つまり」


「ッ…『時界──」


「こういうこと!『紅殺剣』ッ」


その瞬間だった、アナスタシアが再び私の背後にビーコンを作り加速したのは。それよりもほんの少し早く時界門に飛び込み距離を取った私だったが…今度の攻撃はそれだけでは終わらなかった。


加速は肉体に適用される、つまり血液も適用されるのだ。ならもし血の滴る剣を加速中に振るったらどうなる?


答えは単純、血の滴が前方に光速で放たれることになる。恐らく加速中は光速の負荷が肉体にかからない効果でもあるのだろう。本来なら空中で蒸発してしまう血も覚醒の効果が適用された加速の中で光速で打ち出され…文字通り光の弾丸となって空を飛ぶ。


散弾のように空を駆け抜ける血は空を飛び、衝撃波を発生させ戦略級魔装による広範囲爆撃にも匹敵する現象を引き起こす。


……簡単に言えば光の爆撃が前方に向け放たれ、街が巨大なスプーンで抉りれたような酷い有様になったという事。そして…私も時界門での回避位置をミスって、その爆撃に飲まれてしまったということです。


「グッ…が…!?」


正直、何が起こったかまるで理解出来なかった。転移して距離を取ったはずなのに凄まじい勢いの衝撃波が身に降りかかりあっという間に私の体は吹き飛びされ…娼館の中に叩き落とされ、瓦礫を背に倒れ込んでいたんだ。


「うっ…腕が…」


チラリと見れば、私の左腕が丸めた紙みたいにベキベキにへし折れているではないか。その事実に少なからずショックを受けていると今度は左目が見えなくなる。どうやら頭部から垂れる血で視界が塞がれてしまったようだ。


「逃げるなら街の外まで行くべきだったねぇ」


「…アナスタシア」


すると光となったアナスタシアが再び目の前に現れる。咄嗟に刀を杖代わりに立ち上がり構えを取るが…体が重い、今のダメージで相当体力を持っていかれた。


このままでは…後魔力覚醒を維持していられる時間は…。


「持って後二、三分…ってとこかな」


「ッ……」


私の心を読んだようにアナスタシアがニタリと笑う。その通りだ…そして左腕と左目が使えなくなり、戦闘能力も半減。これは…ただでさえ薄い勝ち筋が余計に…。


「あんたの敗因はあたしをナメすぎた事だね。ジズより弱い…とか思ってた?」


「まぁ、多少は…」


「なっははは、まぁ実際あたしがジズと戦って勝てるかは分からないよ?けどね、それでもあたしは逢魔ヶ時旅団の大幹部…遍く組織を武力で束ね、魔女排斥の王として君臨する八大同盟の中核を担う者。そんじょそこらの奴とは文字通り次元が違うんだ。その事をきちんと把握してなかったのが敗因かな」


マレウスに来てから色んな奴らと戦ってきて、感覚がが麻痺していたが…アナスタシアは普通に考えれば人類において上位クラスに位置する猛者。アド・アストラにさえ彼女と渡り合える者は殆どいない怪物。


そんな恐ろしい奴を相手に…私は隙を見せた、それが最たる敗因か…。アルカナや悪魔の見えざる手、三魔人の配下達なんかとは比べ物にもならない相手なのに…。


「まぁ潔く諦めろよ、どうせ暴れても暴れなくてもお前が死ぬことに変わりはないんだからさ」


「諦めませんよ…私は…」


「フッ…アハハッ、確かいつぞや…メルクリウスもそんな事を言ってたねぇ」


「…何?」


するとアナスタシアは近くの瓦礫に腰を下ろしニタニタと笑い。


「『祖国の為ならば如何なる傷もなんちゃらかんちゃら、絶対に諦めないからどうたらこうたら』…色々言ってたよ?まぁ、そんなアイツを叩きのめして、誇りやら愛国心やらをへし折ったのは…私なんだけどねぇ!」


「…………」


「そんで焦ったアイツはロストアーツ?なんでおもちゃ作って結局自滅しかけて、ロクでもない奴だよ全くねぇ」


「…………お前」


片腕で構える刀が揺れる、怒りで揺れる。そうか…メルク様が頑なに語らなかったデルセクトでの戦いの内容。即ち彼女の六王としての狂気的なまでの施策の数々はこいつによって作られていたのか。


なるほど…それはますます許せませんね。だって私…メルク様の親友ですから、あのお優しい彼女に…癒えぬ心の傷を与えたこいつだけは。


「絶対に…許さんッッ!!」


「お…」


残った魔力に火をつけ全身を燃やすが如き勢いで吠え立てる。そうだ…負けられないんだよ私は!


「メルク様は!私の復讐のために!ハーシェル達とも戦ってくれた!そんな彼女のリベンジの為なら…私だって、命張ってやるッッ!!」


「命張って、怒りに燃えて、友達の為に奮い立って、それで強くなって敵を倒せたらなぁ〜…苦労はしないんだよ、誰もなぁ〜ッ!」


アナスタシアが立ち上がる、再びビーコンが作られる…その前に!


「冥土奉仕術…奥義ッ!」


「ッ…これは」


周囲の景色が一点に集約する、まるで排水口に流れる水のように光が、世界が、情報がただの一点に集中し、奥行きも横幅も消える…世界がより単純化し、無次元と化す。


集約された情報の中、身動きの出来ない相手に向けて不可避にして必殺の一斬を放つ奥義、この一刀に全てを賭ける!


「『無双』ッッ!!」


切り裂く、全てを。世界ごと、簡略化された世界ごと…避けることも防ぐごともできない一撃を、アナスタシアに────。




「それは一回見てるよ…」


「ッなぁっ!?」


しかし、振り下ろされ、元に戻った世界の中…メグが見たのは、己の刀がアナスタシアの剣によって防がれる光景、全てをかけた一撃が…無情にも防がれる、残酷な現実であった。


「なんで…!これは、絶対に防げないはず」


簡略化された世界には、行動を起こせるだけの隙間はない。なんせ空間そのものがないに等しいのだ、防御なんて出来るはずがない…なのにどうして。


「攻撃の予兆さえ読み切って事前に防いでおけば…防げるみたいだね、一回見ておいて正解だった…!」


「あの時の…」


無次元空間では防御も回避も出来ない、だが無次元になり切る前に防御姿勢を済ませておけば…防げてしまう。その事実はメグでさえも知らない話であった、それを一度…アナスタシア軍に向けて放たれた『無双』を見ただけで看破したアナスタシアは…防いで見せた。


「全てを賭ける?ならもう…死んでもいいよなァッ!!」


「ぐっ!?」


片腕で刀を持つメグの体は容易くアナスタシアに弾き返され…そのまま背後にビーコンが現れる。まずい、死ぬ…死んでしまう!


「終わりだ…『迅影』ッッ!!」


「ヴィーヤヴァヤストラッッ!!」


攻撃が放たれる直前、メグは風刀ヴィーヤヴァヤストラを地面に突き刺し、咄嗟に風を発生させ自らの体を空へと打ち上げる。その際ヴィーヤヴァヤストラは地面に置き去りにされ、なおかつ直撃は免れた物の衝撃波までは避けきれず全身に光速の衝撃を受け…血を吐いて空を舞う。


「ぐぶぅっ!?」


衝撃に足が巻き込まれた、両足はつま先から砕けそのまま腹部にまで伝播し口から夥しい量の血が溢れ錐揉みながら地面へと落ち。メグの体はボロ雑巾の如き様相となり…血の海に沈む。


「避けられた…けど、それもここまで。次で終わる」


「う…ゔぅ…」


鼻血を垂らしながら、直ぐに体を起こすが…足に力が入らない。起き上がれない…壁にもたれかかり座り込むのでやっとだ。


ヴィーヤヴァヤストラも失った、必殺の『無双』も防がれた。魔力覚醒も明滅し…もう切れる寸前だ。体力も魔力も残ってない…次元渡りも出来ない。


(詰んだ……)


メグの脳裏にチェックメイトの文字が浮かび上がる。ここからどうやっても巻き返せるビジョンが浮かばない。


アナスタシアは相変わらず傷一つ負わず万全の状態でこちらに向かって歩いている。終わる…終わってしまう、死んで…しまう。


「う…あぁ…」


「今頃怖くなったか?けど…遅いんだよなぁ…」


「ッ…メルク様…す、すみません…私は……」


勝てなかった、驕った…私ならアナスタシアに勝てると驕っていた。魔力覚醒を得た万能感が私を狂わせた…ラグナ様達も言っていたじゃないか、魔力覚醒は無敵の力じゃないって。


嗚呼、なのに…なんと不甲斐ない。これでは…陛下に合わせる顔さえない。


「皆さん…ごめん…なさい……」


「最後の最後に出てくる言葉が友達の事ばかり、自己ってのがないのかねぇ…」


そう言われたって、私に取って友達とは家族にも匹敵する…いや、家族を全て失った私にとっては無上の宝物なんだ、みんなに迷惑をかけてしまうのは嫌だ、みんなに会えなくなるのも嫌だ…。


せめて、役に立ちたかった…けれど、それもももう叶わない…。


「まぁいい、これで終わりだ」


私の背後に…ビーコンが生まれる、来る…光速の体当たりが。あれを受けたら私は死体さえ残らないだろう。止めなければならない、だが止める手立てもない。


アナスタシアは未だ万全、魔力覚醒だってまだまだ余力が残っているし…きっともっと凄い技や攻撃も隠してる。対する私は虫の息…ここから逆転する方法は存在しない。


つまりもう…私は助からない、だからせめて友達の顔を見て逝きたい。


「う……」


私は咄嗟に懐からアマルト様の写真を取り出しそれを眺める。嗚呼アマルト様、なんて間抜けな顔でピースしてるんでしょう。あの人は普段から真面目なんだか不真面目なんだかよく分からない態度でおちゃらけて…そう言えばこの後遊楽園で散財するんでしたよね。


でももうそんな貴方と会うことも出来ないと思うと、とても悲しい…涙が出てくる。もっと彼らと一緒にいたかった、出来るならみんながお爺ちゃんやお婆ちゃんになるまで一緒にいたかった。


けど…もう。


「死ね…」


私は…死ぬ……。


死ぬ…死ぬ…で、いいのか…!


『メグ、生きなさい。人として生きなさい』


あの日、最後に見た…姉様の顔。姉様の言葉…それは。


『メグ・ジャバウォックとして生き抜きなさい…』


私に…生を望む声だった…、いいのかここで死んで。姉様が命と引き換えに助けてくれたこの命を…こんなところで諦めて!私は姉様に胸を張って会えるのかッッ!!


(諦められない!)


最後まで戦うことをやめるな!生きる事を諦めるな!


考えるんだ、生きてみんなとまた会うために!アナスタシアを倒し…またみんなと、旅をする為に!


「───『迅影』ッッ!!」


「ひっ!」


しかし、最早考える時間もない…アナスタシアの体が光に包まれ、死の突撃が私に向かう…それでも私は生きるために、足掻くために、諦めない為に…手を前に出し体を守る。死んでたまるか…死んでたまるか。


絶対に生きてやるんだ…!


「う、くっ…ぁあああああ!!!」


迫る光の中、私は絶叫を上げ…、この視界は光に包まれて…そして……。








「う…うぅ…っ…」


目を…開ける、痛みを堪える為…ぎゅっと閉じた瞼が…少しづつ開かれる。呼吸は…ある、生きている、私はまだ…生きている。


「ッ…はぁ…はぁ…!」


自らの体を確かめる、体はある…生きている。何故…生きているのか。


アナスタシアはあの時確実に私を狙って突っ込んできた、その光速の一撃は避けることも防ぐことも出来ない、まさしく必死の一撃だった。だが私は未だ先程もたれかかった壁に座り込んだまま、生きている。


何も起こっていないのだ…そう、何も。何も変化がない…いや、正確に言うなれば。


『アナスタシアだけがその場から消えていた』…私に向けて突っ込んできたはずのアナスタシアの姿が忽然と消えている。何処へ行ってしまったのか…私はそれを確かめる為に薄らと目を開けて、それを確かめる。


「う…うぅ…はぁ…はぁ、上手く…行ったようですね」


確かめたのは…手元の写真。アマルト様が写っていた写真…しかし今はそこには。


『な、なんだこれ!ここどこだ!?おい!』


アナスタシアの姿がある。写真の中で見えない壁を叩いてアナスタシアが吠えているのだ…そう、つまりこれは。


「写真の中の世界へようこそ…アナスタシア」


二次元の世界への移行、私が仲間達と一緒にやっていたあれだ。プールの写された写真の中に入りプールで遊んだり、荒野の写真の中に入って修行したり…あれを、私はこの写真で行った。


写真に次元に繋がる扉を作り、その中にアナスタシアを誘ったのだ。とは言えこれは自分の意思で入らねば意味がない、私が無理矢理中に入れることは出来ない。だが…あの時。


私に向けて突っ込んで来るアナスタシアに向け、私は手を前に出し体を守った、その時手には写真が握られていたのだ。アナスタシアはその覚醒の性質上『絶対真っ直ぐ飛んでくる』事だけが分かっていた。


つまり、確実に攻撃は直線なのだ。故にその射線状に写真の世界に繋がる扉を配置すれば…中に自分から入ってくれる。故にアナスタシアは写真の中に飛び込んでしまったのだ。


「咄嗟でした…本当に、貴方が突っ込んで来る寸前に…仲間達の事を思い出して、これを思いつきました」


チクシュルーブに来る前も、チクシュルーブに来てからも、私はこの技術を使って仲間達を助けていた。だからだろうか…仲間たちのことを考えた時、写真の世界を思い出したんだ。


もしかしたら、でもどうなるか分からない。そんな恐れを抱きながらも一か八かで試したが…どうやら上手く行ったようだ。


『クソッ!出せ!ここから出せ!』


「無理です…すみません、私…体力を使い切ってしまって、覚醒が切れてしまいました…覚醒を使わなきゃ、中から出すことは…出来ません」


『な…なんだと…!ならあたしが、こんな壁壊して!』


「出来るものなら…どうぞご自由に、力だけで…次元の壁を越えられるなら…ね」


朦朧とする意識の中、写真の中で暴れるアナスタシアを見て安堵する。傷はつけられなかった、覚醒も攻略できなかった、だが…封じ込めることは出来た。つまり…勝つことは出来たんだ。


写真の中でいくら暴れたって外に出ることは出来ない、私が再び覚醒して中に入らねばアナスタシアは外に出ることさえ出来ない。一生写真の中で生きていくしかないのだ。この狭い写真の中で。


『グッ!クソがァッッ!!出られない!出られない!あたし…まさか一生…ここに!?』


「ああご安心を、落ち着いたら出してあげますよ」


『本当か!?』


「まぁその時は、貴方が怖いと言っていた帝国軍同伴で…牢獄に行く時に、ですがね」


『う……』


このまま写真を帝国に搬送すれば、そのままアナスタシアは捕獲完了だ。…つまり私の勝ちだ……はぁ。


「ふぅ…はぁ…はぁ…なんとかなった…」


写真をケースの中にしまい私は緊張の糸を解く。なんとかなった…そう思った瞬間冷や汗がドッと出る。危なかった、本当に危なかった、最後の最後でアナスタシアが突撃ではなく剣の一撃で私を殺そうとしてたら、私が仲間のことを思い出さなければ、写真を受け取っていなければ、終わっていた。


本当に、薄氷の上の勝利だった…生きていることがー奇跡みたいなもんだ。


「もっと、強くならないとな…」


今はただ、感じる。世界にはまだまだ強い奴が山ほどいて…そういう奴らが私達の道を阻もうとしている事実を、痛感する。みんなと一緒に旅を続けるなら…私ももっと強くならないと。


「っと…今は感傷に浸っている場合ではないですね、レゾネイトコンデンサーを破壊しないと…うっ!」


アナスタシアはなんとかした、なら後はレゾネイトコンデンサーをなんとかしないといけない。だが…私の足は既に動かない。


こうなったら、仕方ない。


「アリス、イリス…」


時界門を開き、アリスとイリスを呼ぶ。空中に開いた穴から二人が飛び出してくると同時に血相を変えて…。


「メイド長!大丈夫ですか!?」


「今手当を…!」


「いえ、私はポーションを飲んで応急処置をします、二人は…レゾネイトコンデンサーの破壊をお願いします」


「え?私達が?」


「時間がありません、出来ますか?」


「勿論!戦闘はできませんがそれくらいなら!」


既に周囲の敵は全て倒してある、戦闘はない…なら二人に任せても大丈夫だろう。二人は戦えないが魔装の扱いならしっかり出来る、爆弾などの兵器運用のノウハウもある、破壊工作ならば二人でも可能だ。


「では、頼みました…」


「はい!イリス!行きますよ!」


「はい!アリス!」


二人は爆弾型の魔装やら銃型の魔装を持って、私の指示した地点へと走り出す…後はもうレゾネイトコンデンサーの破壊を待つだけ、これで…ソニアはヘリオステクタイトを打てない筈だ。


…けど、なんだろうか。


「まだ…胸騒ぎがする」


天を見上げる、まだ何か…ソニアは隠している気がするのだ。これは何か確証があっての話ではない、私の直感の話…だが。


きっとまだ何かある…けど、きっと大丈夫。


ソニアのところにはメルク様が向かっている…ヘリオステクタイトにはラグナ様が向かっている、ならば…きっと、なんとかなる筈だ。


私は友の事を考えながら、もしもに備えて応急処置を始める…さて。


この戦いが終わったら、皆様と一緒にまた遊ぼう…次は何をしようかな。


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