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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
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569.対決 ギガンティック・シジキ


ネレイド・イストミアは無敗の王者である。オライオンプロレスリングリーグにて長きに渡りチャンピオンを務め、一度としてカウントを取られることなく、最強の王者として長らく戦い続けてきた。


その姿は聖人ホトオリの生まれ変わりと称され、、プロレスリングどころかオライオンスポーツ界全ての希望として礼賛の声を浴び続けてきた。ネレイドもまたその声に答え続けてきたんだ。


試合に於いて無敗である、それは彼女の誇りだ。プロレスを使い戦った試合は負けない、実戦では負けることもそれなりにあるが試合では負けたことがない。それは彼女が民の声に答えた証拠であり彼女が持つアイデンティティの一つだった。


が…それも、あの日…失った。


チクシュルーブ・バトル・コロシアム…通称CBC。お金欲しさに出場したあの大会でネレイドは敗退した。エキシビションマッチで現れたアイツに敗北した。


初めての経験だった、敗退は…。そして同時に自身のアイデンティティが一つ喪失したことを痛感し…悲嘆に暮れた。無敗はもう二度と戻らない、挽回することもできない。そりゃあオライオンプロレスリングリーグでの公式記録に変わりはない…だがこれは気分的な問題だ。


落ち込んだ…酷く酷く落ち込んだ。た。か。ネレイドは…一度の負けから立ち直れないほど柔な女ではない。


寧ろ誓った、再選とリベンジを…次は必ず勝ってみせると。


そうしてネレイドは生まれて初めてなったのだ…挑戦者に。


「レゾネイトコンデンサーは跡形もなく破壊する…けれど、その前にお前をスクラップにしてやる…シジキ」


「ピピー…記録照合。リングネーム:ネーちゃんと同一存在と確認…敵対行動を開始する」


土砂降りの雨の中ネレイドは腰を低く落とし、両手を前にレスリングの構えを見せる。相手は憎き相手『ギガンティック』シジキ。


身長には自信のあったネレイドさえも上回る3メートル級の巨躯を持つ鉄の塊。体の九割九分九厘を鉄に変えた人型兵器は人で言うところの頭部に位置する場所に備え付けられた二つの光源をチカチカと赤く点滅させネレイドを相手にこちらも駆動音を鳴らす。


私は今からこいつを倒す、徹底的に…一切の文句が噴出しないほど完璧に倒す。悪いがレゾネイトコンデンサーの破壊は二の次だ…まぁ、どのみちコイツを倒さない限り破壊には向かえないから良いのだが。


(シジキ…今度こそ、倒す。その為の技も開発してきた)


ネレイドはチクシュルーブに来てからの数週間を打倒シジキに捧げてきた、ラグナとの鍛錬に励み…ギリギリでとある新技を編み出したのだ。これがあれば勝てる…というほどではないが、今の自分にはお誂え向きだと思った。


けれど、今はまだそれは使わない。使わず勝てるならそれに越したことはないから…だからまずは、真正面から…!


「ッッ……!」


「撃滅!」


突っ込む、まるで示しを合わせたように同時に動き出したネレイドとシジキは互いに正面から激突しその剛力を比べ合う。


「グッ…うぐぐ…!」


「ピピ…抵抗を確認」


そして踏ん張りを効かせ相手を押し飛ばそうと全身に力を込める。シジキのサイズは巨大な加工機材並みに巨大でありこのサイズの機械は現行の技術では不可能とされており現場で一から組み立てなければならないほどに大きく重いとされている。


そんなのが意志を持って迫る時点で普通の人間に抑えられる代物ではない。だがそれでもネレイドは拮抗した力比べを演ずる。


「ぬぬ…ぬぬぬぬ!」


額の辺りから目元まで赤く染まり血管が浮き出て顔が赤くなるほどに力を込める。見ればネレイドの脚は地面に食い込んでおり、対するシジキの足は足裏についた履帯がキュラキュラと回り更に奥へと進もうと回転を早めている。


更に背中から噴出口が表出し火を噴いて加速まで始めた。そこでようやくネレイドとシジキの拮抗は崩れ…ネレイドが押し飛ばされるという結果に終わる。


「ぅグッ!?…私がパワー負けするなんて」


ゴロゴロと回転しながら地面を掌で叩いて受身を取り頭を振って再度シジキを睨む…と、その瞬間。


「『ミサイルレイン』」


「ッ!」


全身に穴が開き、そこから細長い鉄の筒が火を噴いて飛んでくる。その様はさながら小型のヘリオステクタイト…そんなのが雨のように殺到し、咄嗟にネレイドはその場から飛び退き、地面に激突し爆裂する鉄の筒の爆炎に押し飛ばされ更に地面を転がることになる。


「くぅ…メチャクチャ」


これだ、これがシジキという存在の恐ろしさだ。


その様はさながら鉄人。通常のサイボーグ兵を遥かに上回る規模の肉体改造を行い人を人たらしめ人であると認識出来る部分さえも全て捨てて機械と化した鉄の巨人。


その体に搭載された機構一つ一つが再現する挙動は人型でありながらその範疇に留まらず、さながら一国の軍を相手取るかのような錯覚を相手に覚えさせる。


軍隊…いや、歩く武装要塞。そう形容するべきだろう、そしてネレイドは今…そんな奴に喧嘩を売っている。


「やっぱり一筋縄じゃいかない」


雨を吸って重くなったシスター服を脱ぎ、動きやすいウェアと野太い筋肉に覆われた腹筋を表出させ、髪を後ろに束ね即座に試合用の格好を再現する。


シジキという存在は伊達じゃない、なんせあの逢魔ヶ時旅団の第三幹部…あのハーシェル一家の第三の影チタニアと同格に位置する存在。ネレイドが単独では倒すことができなかったチタニアと同格…或いはそれを上回る存在なんだ。


手も、気も、抜くことはできない。


「ピピ…齟齬。前回の戦闘記録と比較して…対象の筋力上昇を確認」


「私も…この数日で修行して強くなったんだから」


「ピピピ…問題なし、許容範囲内と断定…戦闘を続行する」


「むむ……」


面白くないことを言う、そんな事を言う奴は…。


「これ使っちゃうもんね」


足を開き、ドスンと地面を足で叩き…膝の上に手を乗せる。彼女はこれを…『四股』と呼んだ。


「発気良ォい…」


「ピピ…確認、それは───」


「残った!」


突っ込む、今度はレスリングの突撃ではなく…東部で戦った山賊の王モース・ベビーリアとの戦いで習得した『古代相撲』を用いて。


私はレスリングこそが最強の武術だと思っている、次点でボクシング。けれど正面からのぶつかり合い…そして力の比べ合いと言う状況に限っては、相撲に勝る技はないと痛感させられた。


そうだ、正面からのぶつかり合いなら相撲が強い…何故なら。


「迎撃…」


即座に体をこちらに向け、足裏の履帯を動かして突っ込んでくるシジキ。水溜りを引き裂き風を生む突撃に、また同じようにぶつかれば結果もまた同じに終わる。


しかし、相撲というのは…こう言うぶつかり合いに強いのだ。


「よっ!」


「ピピ…不測の事態発生」


瞬間、ネレイドにぶつかった筈のシジキが今度は地面を転がる。押し飛ばされたのか?否…ぶつかる寸前でネレイドが横に避け、足を引っ掛けながら投げ飛ばしたのだ。


相撲が強い理由…それはぶつかる寸前の駆け引き、その手札の多さにある。極論を言えばぶつかるだけの武術であるにも関わらずその技は四十以上と多彩な形を持つ。特にシジキみたいに突っ込んでくるだけの奴には滅法効く。


正面からぶつかる事に関して相撲に勝る物はない…きっとモースもこうやってシジキを転ばせただろう。


そして、相手が倒れたなら…。


「シジキ…!」


「ピピピ…!?」


転んで慌てて起きあがろうと体中から小さなアームを出してもがくシジキに飛び掛かり、その腕を掴み、背中に足を突き立て思い切り腕を引っ張る。


相手が倒れたなら、寝技をかけられる。寝技に関しては…やはりレスリングに勝る武術はない。


「ピピ…腕部に甚大な損害あり、現状を維持すれば両腕破損の恐れあり」


「人としての矜持か、固執かは知らないけれど…人型を取ったのが間違いだったな。腕があり足があり胴があるなら…私の技はお前に効くぞ」


更に腕を掴み後ろに倒れながらシジキの体を足で持ち上げ腕を引く、このまま両腕もいで…その腕をベルト代わりに腰に巻いてやるッ!!


「ピピ…バーニア噴射」


「あ!やばっ!」


咄嗟に腕を離して足で蹴り上げた瞬間、シジキの背中から出てきた噴射口が火を噴き空を飛ぶ。危ない危ない、あのまま掴んでたらボイルになるところだった。


いくら人型だからと言って人の挙動は期待しない。シジキと戦ったとき最初に理解した事じゃないか…私。


「危険レベル上昇…破壊モードに移行」


「それ、もっと上げた方がいいかもよ。危険レベル」


「エーテルエンジン、フルバースト」


シジキの目がより一層強く輝く、来るか…とか構えた途端シジキは両手を駆動させながらバーニアを噴射させ、隕石の如く降り注いで来た。


「ッ…!」


しかしそれを手で払うように叩き打点を地面へ逸らし、そのまま地面に食い込んだ腕を掴み…。


「『地獄大砲打ち』ッ!」


「ジジ…!」


「からの『煉獄張り手』ッッ!」


怒涛の勢いの張り手突き、モースの動きを真似て放たれるそれはモース以上の身体能力とモースを超えるウェイトから叩き出される凄まじい威力と共にシジキの体を揺らし。


「炸裂式エンピレオ・ブローッ!」


「ガガッ…損傷あり」


拳の先に魔力を集め拳型の防壁を飛ばすエンピレオ・ブロー。それを零距離で放ち魔力を爆裂させる炸裂式エンピレオ・ブローが更にシジキを仰け反らせる…がそれでも逃さなぬとネレイドはシジキの腕を掴み。


「レウコトエ・スイングスローッッ!!」


「ピピー!」


腕を振るい投げ飛ばす。しかしシジキはクルリと背中の炎を更に燃やし、私にその拳を向けると…。


「ロケットパンチ」


「え!?」


飛んだ、拳が。二の腕あたりから火を噴いて一気に私に向けて飛来するのだ。はっきり言おう、想定外だ、腕が取れて飛んでくるなんて光景を見たことがないが故にこの一撃はまさしく理外の強襲と化し。


「グッ!?」


防御する暇もなく私の顔面を打ち殴り飛ばす、いや…それだけじゃない。この腕!止まらない!私を押し飛ばしたまままだまだ飛んでいる!まずい!どこに連れていかれる!?


「ロケット・クラッチ」


しかもシジキはもう片方の腕も飛ばす。その腕は先程の拳と違い開かれたまま飛んできて私の首を掴み…そのまま火を噴射し。


「ぅグッッ!?」


上昇する。二つの拳は私を天高く舞上げ…遊楽園エリア全体が見渡せるほどの高さにまで連れて行くと。


「兵装武技・天涙落とし」


「ッ…これは!」


瞬間、私を拘束していた腕が一旦離れ…私の両腕をガッチリホールドしたまま一気に急降下。まずい…まずいまずい、受け身を封じられた!このままじゃ頭から─────。



「撃滅─────!」


そして、ネレイドが地面に叩きつけられると同時に。シジキはその瞳から紅の光線を放ち…インパクト同時にネレイドの体を爆発で包み周囲の物事吹き飛ばす。


その衝撃たるやネレイドでさえ防ぎ切れずゴロゴロと地面を転がり、ぐったりと地面に倒れ伏すほどで。


「ぐっ…う…」


ダクダクと頭から血を流す。真正面から地面に叩きつけられた…しかもそこに光線の追い打ち。間違いない…今のは。


「技…?アイツ…技なんて使うの…?」


飛ばした腕を回収するシジキは再びネレイドの前に立ち尽くし、口に当たる部分から蒸気を発し…威圧を醸し出す。


技だ、あの鉄の塊が技を使ってきた。技とは即ち技術であり、技術とは神から人にのみ授けられた権限。人ならざる者は使えない…が。


奴は未だ、あの体になりながらも…人として培った戦闘技術を持ち続けていると言うことか。これは…、想像していたよりも、強いかも。


「兵装武技…」


「ぐっ…!」


来る、そう思い咄嗟に立ち上がり地面を殴りつけ空に飛ぶと。シジキは腰関節を何度も回転させ上半身を竜巻のように回転させ…その伸ばした手で空に逃げたネレイドの足を掴み、捕捉する。


「やばっ!?」


「──回転式山崩し」


叩きつける、凄まじい回転による加速を得たままネレイドの体を地面に叩きつける。その衝撃で地面が割れ…。


「兵装武技・刺穴潰し」


「ッ…!」


ジャキンと音をたて足の裏からスパイクの如き剣が何本の隆起し…倒れ伏すネレイドの腹に向け叩き落とされる。


「グッッ!がぁぁあ!?」


刺し貫かれる激痛が脳髄を焼く、鮮血が舞いネレイドの体を地面に縫い付け抵抗する手段を奪う。そしてシジキはその手を向け。


「撃滅完了…」


「う……」


突きつけられる、指先が開き生まれた銃口がネレイドの顔に。これはチェスで言えばチェックメイト…戦争で言えば趨勢は結したと言う奴だ。


シジキは肉体面でネレイドを上回る、故にネレイドは技によってシジキを上回ろうと画策した…が。なんてことはない、シジキはただの戦闘マシーンではなくネレイド以上に戦場を経験した歴戦の傭兵なのだ。


その技術は、ネレイドと比較しても対して差がない。これでは…勝てる部分がどこにもない。


(レスリングで…上回る事に固執しすぎた…)


ネレイドは反省するように脱力し目を伏せる。矜持…それが邪魔をした、無敗の誇り…それが無用なこだわりをネレイドに強要した。そもそもこれは試合ではない、殺し合いだ、下手にこだわらず魔術を使えばよかった。


それが反省である…と同時に、ネレイドは決意する。


「メルクさんは…正義の為に戦っている」


曇天を見上げる、雨粒を顔に浴びる。想うのは友の顔…正義の為に燃え上がるように戦う友達…メルクリウス。彼女の曲がらない信念は賞賛に値するとネレイドは思っている。


ならば自分は何のために戦う?神の為?否…神は人同士の争いに関与しない。であるならば無敗の誇りを取り戻す為?否…もはや失われたそれに未練はない。


ならなんのためか…決まっている。


友のためだ。命を懸ける友為に戦うのだ…そして。


「正義の為に…メルクさんが戦うのなら、私は…悪にでもなる」


そうしてネレイドは…ポケットにしまったそれをゆっくりと取り出して、確認する。


取り出したのは、最初…シジキと戦った時につけていたマスク。覆面をこの絶体絶命の場面で着用する…、私はマスクを被った…マスクを被ったら私は私じゃない。


そうだ、私は今から悪となる…そしてこれが、私の…悪の形。


「私は悪…私は今から、ヒールレスラーだ…!」


それこそが、ネレイドが編み出した新たな戦闘スタイル…レスリングを昇華させ別ベクトルへと伸ばした『ヒールレスリング』の解放が、今始まる。


──────────────────


「ヒールレスラー…?」


「ああ、ってか御大将…プロレスラーなのに知らないのかよ」


「ごめん」


時は五年前、アド・アストラが成立しオライオンプロレスリングリーグがアド・アストラレスリングリーグへと移行して暫くした時のこと。ステラ・ウルブスのレスリングドームにてベンちゃんと一緒にレスリング観戦に行った時のことだった。


目の前で繰り広げられる試合は…なんというか、凄い物だった。


『きたねぇーぞ!ダークマスク〜ッ!』


『負けないで〜!ライトダガ〜!』


黒いマスクを被った極悪レスラーダークマスクとコルスコルピ出身の若手レスラーライトダガーの試合だ。正々堂々戦うライトダガーを嘲笑うようにダークマスクは汚い手で責め立てる。


金的、場外乱闘、そしてそれを諌める観客を煽るようなパフォーマンス…見ていて気分のいいものではない、が…。


「あのダークマスクが、そのヒールレスラー?」


「おう、って言うらしいぜ?なんでもアルクカース人のレスラーが発案した奴だとか…」


「汚い手…いっぱい使うね」


「メチャクチャ卑怯だよな」


ベンちゃんも顔を顰めるくらい、ダークマスクは卑怯だ…おまけに黒いマスク、一目で悪い奴だと分かる出立。なんというか…ただのスポーツだったオライオンレスリングがあっという間に別物に変わった気がする。


ヒールレスラー…正々堂々、相手を叩き潰す事に注力する私には理解の及ばない存在だ。けど…。


『うぉおおおお!頑張れライトダガー!』


「タイトルマッチでもないのに、みんな熱狂してる」


凄まじい盛り上がりなのだ、私がリングに上がった時と同じくらい歓声が上がっている。言っちゃ悪いがダークマスクもライトダガーも聞いたことない人達だ、ベルトにはまだまだ遠い人達…なのにこんなに盛り上がるなんて。


「そこがヒールレスラーが必要とされる部分さ、言ってみりゃ必要悪だな」


「必要悪?」


「悪を許さぬオライオン人には理解出来ない感覚だよな。けど…今御大将はどっちに勝ってほしい?」


「ライトダガー」


「ならライトダガーが負けてたら?」


「悔しい」


「悔しかったら?」


「応援する…あ」


「そういうことよ。善を表すベビーフェイス…悪を示すヒール、この構図は観客に分かりやすい背景を見せることが出来る、つまり熱中できるんだとよ」


そうか、これは即ち興行…演劇にある勧善懲悪をリングの上で再現しているのだ。ライトダガーが負けて欲しくないから応援する、ダークマスクが負けるところが見たいから会場に来る。そうか…だから盛り上がるんだ。


悪は絶対に許容しないテシュタル教では絶対生まれない発想…面白い、そういうことか。


(盛り上げるための必要悪…でも)


詳しく、試合を見てみる。確かにダークマスクは汚い手を使っているが…じゃあ汚い手を使わなければ弱くて戦えないかと言えばそうではなく。その動きには確かな技術がある…レスリングではなく、ヒールとしての的確な技術。


なるほど、私の知らないレスリング体系だ…。


「善を際立たせる悪、即ち必要悪…それがこの世にはあるんだろうな」


「悪が必要だとは考えたことがない」


「けど、この世から悪が無くならないのは…善は悪を探すからさ。悪があるから善は善たり得るのかもしれない…、だから善を際立たせる悪が、リングにはあるんだろう」


「そっか…」


善を際立たせる悪…、悪の在り方にも色々あるんだなぁ…ヒールレスラーか。


『卑怯だぞダークマスク!』


『どはははは!勝てばいいんだよ勝てば!』


それにしても、何か不思議な魅力があるな…ヒールレスラーか。勝てばいいを標榜し事実勝つ為になんでもするその立ち回り。


猫騙しで相手の気を引き、足を上げて金的のフェイントをし、特に口から何かを噴き出し目潰しをしたり、私の知るレスリングからかけ離れているようでいて、根本は違えないあの感じ…。


善を掲げる私とは正反対の『悪』の戦い方か…それはさぞ─────。


─────────────────


「ピピピ…対象変化、ネレイド・イストミアからネーちゃんに変化…………」


「ッッ!」


マスクを被りネレイドとネーちゃんを混同し思考停止した隙にシジキの体を足で蹴り上げ、剣を引き抜き突き飛ばす。やはり思った通りだ、奴は私とネーちゃんを別の人間として認識していた。


それは人間でなら分かる変化だが…機械の体になったアイツには区別がつかないのだ。そして何より…今の私はネレイドではない、ネーちゃんでもない。


私は…私は…。


「質問、貴方は誰だ…」


「私は…ヒールレスラー」


立ち上がり、筋肉で腹を止血し、マスクを被り直す。それはいつか見たダークマスクのように。そうだ…今の私はネレイドではない、ヒールレスラーは正体を隠しリング上で暴れ回る悪の権化。


この世には善と悪がある、正義と悪がある。私の友達が正義を目指しその為に戦うならば、私は友達の正義の為に必要悪に身を落とし、彼女の為に戦う尽くす。そんな決意の表れこそこの姿…。


故に私はネレイドではない、名乗るとするなら…そう。


「ダークネレイド」


「ダークネレイド…?」


そう、ダークネレイド…悪を示し悪を目指し悪を行う悪のレスラー。それがヒールレスラー・ダークネレイドだ。今の私はネレイドじゃないからね…ネレイドさんって言われて返事しない、だってダークネレイドだから。


「……………?」


しかしシジキは何が何だか分からないと言った様子。機械で表情なんて分からないのに物凄い困惑してるのが分かる。


…………そんな反応しないでよ。気合い入れてるんだから。


「理解不能、何がなんだか分かりません」


「ダークネレイド」


「そこは分かっています、この局面で覆面を着用する意図が分析出来ません」


「ヒールレスラーだから」


「…理解不能…理解不能」


するとシジキはピクピクと動きながらも拳を握り…。


「…思考矯正、敵対存在である事を確認。攻撃を開始する」


「…………」


それでも攻撃は仕掛けてくるようだ、だが構わない。私も試したいと思っていたところだ、ダークネレイドのヒールレスリングを。


ああそうだ、何せこの技は…ラグナと一緒に対シジキ戦用に作り上げた、新たな私の力なのだから。


「バーニア噴射…」


「来い、シジキ…!」


向かってくるシジキ、迎え撃つ私。その最中で私は想う、正道を歩むレスリングと悪の道を行くヒールレスリングは根本は同じではあるが、その戦い方はまるで違う。その違いを…私は武器にする。


「フッ!」


「ッッ!?」


突っ込んでくるシジキを直前にし私はステップを踏み横へ飛びながらその腕をシジキの顔面に向け振るう…。その瞬間シジキの動きが鈍り私を見失う。


「視界不良…!」


泥だ、シジキの顔面に泥が付着している。誰がやった?一人しかいない、ダークネレイドだ。飛びかかる寸前に地面の水溜まりに手を当て泥を回収し目潰しに使ったのだ。。


幻惑魔術で相手を惑わせども、砂や泥を用いて目潰しなど普段のネレイドならば決してしない、力には力で応えるのが彼女のやり方だ…だが、それでも。


ここにいるのはネレイドではなくダークネレイドなのだ。


「はぁぁぁああ!!」


「衝撃…!」


私を見失い、小型のワイパーで視界を確保するシジキの隙を突き、その顔面を掴みながら体を引きずり、近くのアトラクション…コップが立ち並ぶティーカップエリアまで引きずり、そのまま無抵抗のシジキの頭をティーカップに叩きつけ更に踏みつけつつその腕をティーカップに引っ掛け…。


「ジジ…」


「楽しんで」


そしてそのまま、近くの操作盤を叩き故障させると同時に停止していたティーカップを作動させる。するとシジキが引っかかったカップは回転しながら動き出す、壊れた速度で回転しシジキを引きずり回転しあちこちにシジキの体を叩きつけて回る。


これが…ヒールレスリング。普段は避けている卑怯や肉体以外の方法も駆使して戦うやり方…即ち『環境闘法』。


ヒールレスリングは全てを武器にする。観客席の椅子、場外の硬い床、リングの鉄柱、なんでも使う、なんでも利用して戦う。そこに私は環境闘法の極意を見た…が故に、選んだ。この戦い方を。


「遊楽園エリア…ここには色んなものがあるね、お陰で…戦いやすい」


物がたくさんある場所でこそヒールレスリングは生きる。そしてシジキと同じ馬力で動くアトラクションだからこそ、奴にも有効打を与えることが出来る!


「ジジ…!不快…!」


しかしシジキもそれっぽっちではやられない。ティーカップを砕き立ち上がる。だが…まだ私のペースだ!


「シジキィッ!!」


「ッ…!」


飛んできたのはフードコートに置いてあった鉄椅子だ、それが大砲の弾の如く飛んでくるのだからシジキも咄嗟に腕を払い防ぐより他なかった。折角掴みかけたワンアクションのチャンスを…防御に使ってしまったのだ。


その隙を逃さず…私は。


「甘い…!」


「ピピ…バランスの崩壊」


押し込む、一気に全身で体当たりを行いシジキの体を更に後方に押しやる。そのまま押し続け勢いよく奥にあるアトラクション…馬の形を模った模型が並ぶ『メリーゴーランド』に叩きつけ粉砕する。


「ギギ…エリアの破壊を確認、阻止を推奨」


「やれるもんならやってみろ!」


エンジンがかかる、戦闘継続によるボルテージの上昇が発生し更にネレイドの動きが加速する。粉砕したアトラクションの瓦礫を掴み次々とシジキに叩きつけ押していく。


如何にシジキの体が鋼鉄出てきていようとも、ネレイドの剛力に加え本物の鋼鉄で殴られ続ければダメージも累積していく。


「抵抗…ロケットパンチ」


陶器で出来た巨大な馬の模型を叩きつけられたシジキはネレイドに拳を向け、再び空を飛ぶ鉄拳を繰り出し───。


「ぬぐぐっ!」


がしかし、それさえも読んでいたネレイドは拳を受け止め…。


「返す!」


「破損…!」


顔面に投げ返す、その威力はシジキの頭部を破損させ大きくよろめかせる程で…。初めてシジキにダメージらしいダメージを与えられた、環境闘法を交えたレスリングが効いている…何より。


「ノッてきた!」


軽くステップを踏み拳を握る、体が軽くなってきた、これならいける…いや、まだか。


「ピピープシュー…対象危険度レベル上昇。オーバーリミットモード解放…対象を撃滅する」


シジキの全身の駆動音が激しくなる、まだ強くなるのか…いや、簡単な相手じゃないのは分かってた。ここから本番だ。


「撃滅する…!」


「来いッ!」


バーニアを全力噴射して飛んできたシジキの体を受け止めれば、私の足は地面から離れシジキごと空を飛び、そのままの勢いで一気に巨大な観覧車に叩きつけられる。


「グッ…!」


「損傷部位削減、速度上昇」


観覧車の鉄骨に叩きつけられ悶えた瞬間にシジキは全身の砕けた武装をパージし、更に身軽になる。


シジキの体は全身が武装である、これは文字通りの話であり体の芯まで装甲や武器によって満たされている。臓器などの人間に必要な部位の殆どを鉄に置き換えた彼にとって胴の中身などなんでも良いのだ。


そして当然、武装をパージした先には更に新品の装甲が姿を見せる。さながら脱皮だ。


「ドライヴ・バンカーナックル」


そして腕を格納し、勢いをつけての拳を振り上げを放ちネレイドに追い打ちをかけるが…その瞬間。


「ブゥーッッ!!」


ネレイドは放つ、口から水を。先程降ってくる水を口の中に含み溜めておいた物を一気に放つのだ。ヒールレスラーの代名詞とも呼べる技『毒霧』、刺激性の液体を相手の顔にかけ一時的に動きを封じる妨害技…それをネレイドが使えばどうなるか。


常人の数倍は大きな肺と強靭な大胸筋によって生み出される驚異的な肺活量によって弾丸のように飛んだ水はシジキの顔面を撃ち逆に殴りかかってきたシジキを押し返したのだ。


「ジジ…理解不能」


「場外乱闘はなんでもありだ…!そして!」


そのままネレイドは背後の鉄骨…観覧車そのものに手をかけ一気にその剛腕で観覧車全体を引く。すると根本を固定するネジがビシビシと激し飛び、有楽園を象徴する観覧車がグラリと揺れ…。


「よっと!」


叩きつける、シジキに向け倒れ始めた観覧車を腕で引き、更に足で蹴りつけることで勢いをつけ数十メートルはある鉄の塊がシジキに叩きつけられ、巻き込むように一気に地面に向け倒れ込み遊楽園の一角を破壊する。


「ジジ…ジジジ」


しかし、崩れた鉄骨の中から這い出たシジキはそれでも立ち上がりネレイドを探す。そして背中のバーニアにエネルギーを溜め空へ飛び上がり───。


「さーせー…」


「ッ…!?」


空に向けて飛び上がった瞬間だった、上空から飛来したネレイドは…観覧車の籠の一つを両手で持ちながら飛び上がったシジキの頭上目掛け飛び…。


「るー…かッッ!!」


「ジガガ…!?」


叩きつけられる籠、割れる窓ガラス、シジキの頭に叩きつけられたそれは風船のように破裂しシジキの体勢を崩す、ただでさえ飛び上がり勢いに乗ったシジキの頭に、更に勢いに乗った籠が降ってきたのだからこれにはたまらずシジキも地面に叩き落とされる。


「被害損額、二億八千五百万ラール、修理費補填完了まで十六年、その間の全従業員給料の85%カットを推奨」


「まだ動く…!?」


「当機体の給与は100%カット、休日返上」


しかしそこまでやってもシジキは止まらない、割れた装甲をパージしギロリと赤い閃光が動き地面に着地したネレイドを睨み…。


「損害賠償」


「っグッ!?」


バーニアを噴射させ飛んでくる…が、その速度はどう考えても先程までよりも遥かに速い、そんな勢いで放たれた拳はネレイドの顔面を打ち抜き、巨体が回転し水浸しの大地の上を水切りのように跳ねて飛んでいく。


「チッ、速くなってる…いや」


「対象を破壊し責任を取らせる」


両拳を顔の横に持っていき軽くステップを構えるシジキの動きを見て…理解する。シジキはまさしく鉄の要塞とも呼ぶべき様相をしていた。


腕も足も分厚い装甲に覆われていた。当然その分手足は太くなり可動域も狭くなる、言ってみれば服を何重にも着ているような物だ、それをパージし体格を『本来のシジキ』に近い状態に近づいていっているからこそ、徐々に顕になっているのだ。


歴戦の傭兵シジキという男が、本来獲得していた強さが。


「甘くないか…」


口の端の血を拭い、拳を固め再び構える。こっちも手段は選んでいられない、やれるだけをやる、そして勝つ。


「エーテルエンジン再稼働、オーバーヒートモード解放、排除徹底…!」


「ッ!」


再び飛んでくる、あの速度には対応出来ない。故に近くにかかっている巨大な垂れ幕を掴み勢いよく振るいシジキの視界を奪う。


「無駄、対処」


しかしシジキも甘くはない、大地を踏み締め履帯でタイルを削るながら加速し、眼光から放たれる紅の熱線で垂れ幕を焼き切り───。


「対象消失」


しかし、焼き切った垂れ幕の向こうにネレイドの姿はない。どこへ行ったとばかりに首を振るって周囲を確認したその時だった。


「こっちだッッ!!」


「衝撃───」


側面から飛んできたのは巨大な鉄の塔。垂れ幕に乗じて幻惑で姿を隠し、側面へと飛んだネレイドは急上昇と急降下を楽しむフリーフォール系のアトラクションを地面から引っこ抜き。それを丸ごと槍のようにシジキに向けて投擲。


真っ向から受けたシジキは爆炎と轟音の中吹き飛びゴロゴロと転がりながらも手で地面を掴み受身を取ると。


「ブースト」


履帯を更に回転させ水溜りを引き裂きながら再びネレイドへと加速。大きく迂回するような軌道で走るシジキは想像を超える加速を見せ一瞬でネレイドの視界から消える。


「ッ…速い────」


ドン…と音を立てて何処か爆音が聞こえた瞬間。音の壁を超えたシジキがネレイドの側面に現れた。


「バンカーブーストショット」


「────ッッ!?」


防御する暇もなく、音速の加速を見せたシジキによって弾き飛ばされ回転ブランコ型のアトラクションに衝突し、真ん中からへし折りながらもクルリと体を回し着地すると同時に走り出す。


(止まっていたらダメだ、こっちも動いて戦場を俯瞰で見ないと反応が追いつかない…!)


「対象確認」


破壊されたアトラクションの向こう側でシジキがネレイドを見つけ走行しているのを確認する。見ればさっきよりも更に装甲を外しておりその速度はちょっとドン引きするレベルになっている。


(速い、けど…さっきアトラクションをぶつけた時の感覚。装甲をパージした分重さも防御面も弱くなっている。攻め続ければ確実に破壊できる)


パージ出来る装甲にも限りがある。あの形態はシジキにとって『本気』や『本領』に当たるものではなく致し方なく行っているもの、決して私は不利になってはいない。このまま攻め続ければいずれ装甲はなくなる。


(よし、頑張るぞ…)


「対象破壊、拡散シジキレーザー照射」


「へ!?」


すると、今度はシジキが動き出す。その眼光を煌めかせ複数の熱線をばら撒くように放つのだ。そのうちの一つがネレイドの頬を掠め背後の地面に当たり爆発し爆炎が迸る。


「び、ビーム出してきた…怖い」


「シジキレーザー」


「キャッ!?危ない…!」


アトラクションの残骸の隙間を縫って飛んでくるレーザーから逃げるように足を早める。にしても危ないレーザーだ、あんなの連射してくるようじゃ接近戦なんか出来ないな…。


なんとか出来ないものかと周りを見て回ると…。


(いいもの見つけた)


内心ほくそ笑む、悪いこと…しちゃおうっと!


「よっと!」


そしてそのまま私は進路を変え残骸に足をかけ一足に飛び上がると同時に私の体はシジキのレーザーの射程圏内に入る…と。


「移ろい代わる一色を、象る幻『十元夢影』!」


「ピピピピ…対象増加」


空中で幻惑を生み出し、大量の私をシジキに見せる。どれがどれだか分からないシジキは混乱したように顔を動かしレーザーで幻惑を打ち抜いていくが…。


「こっちだよ!」


当の私は既に幻惑で身を隠しており、そのままシジキに向けて突っ込み…先程回収していた空中ブランコのワイヤーを回しシジキ体に巻き付ける。


「ピピ…発見」


「もう遅いよ!」


ようやく私を発見しレーザーで攻撃を仕掛けようとして来た所を、更にワイヤーを握り一気に振り回す。シジキの体をハンマー投げの要領で回転させ全力でぶん回す。


「ピピ、当機体大回転」


「行ッッッッッて来いッッ!!」


そしてそのまま腰を捻り全力でシジキを投げ飛ばせば、空気が破裂し雨粒が軌道を描き凄まじい勢いでシジキは吹き飛んでいく。


「バーニア展開、着地…現地点…広場」


しかし投げ飛ばされた先でシジキは背中のバーニアでワイヤーを焼き切りながら回転し着地する。着地したのは開けた広場だ、これだけ開けていればレーザーも問題なく使える、着地したのは大したダメージも受けていない、それどころか自分から距離を取ったネレイドに向けて再び眼光を向け…。


「ピピ…対象補足、シジキレーザー」


広場の真ん中から目に光を溜め再びネレイドを狙ってレーザーを─────。


「ピピ…ジジ…問題発生」


が、しかし、そこで気がつく。…今シジキが見ているネレイドの姿、それが先ほど見た幻惑同様金色の粒子に変わり、その姿を変貌させていくことに。


あれは…。


「…当機体?」


ネレイドの姿は、金色の粒子に包まれシジキへと変わる。自分自身へ変わる、その意味不明な幻惑に困惑しながらもシジキはそのままレーザーを放ち…。


「否定、あれは…!」


違うのだ、違う。幻惑ではない、今見えているのはシジキの幻惑ではなく…シジキそのものだった。シジキはシジキの幻惑を見せられていたのではない…『現地点が何処であるか』を誤認させる幻惑を見せられていた。


つまりここは広場ではなく…。


「ミラーハウス…!」


────ネレイドが見つけたのはミラーハウス、という鏡だらけのアトラクション施設だ。それ目掛けシジキを投げ飛ばしつつシジキに幻惑をかけた、それは自分が着地した地点が『広場だと思い込む幻惑』。それにまんまとかかったシジキはミラーハウスへと落ち、鏡だらけのこの空間を広場だと思い込んだ。


目の前に見えていたネレイドがシジキに変わったんじゃない、幻惑が解けて鏡に映った自分が見えただけだったのだ。事実、今…シジキの周囲が金色の粒子に包まれ、本当の世界を…鏡だらけの世界を露わにし。


放った拡散レーザーが一斉に鏡に反射され…戻ってくる─────。





「機械の体だから、痛覚がない。痛覚がないからミラーハウスの壁にぶつかって中に落ちたことにも気がつけなかった……」


ネレイドは微笑む、目の前で爆発四散するミラーハウスを見て作戦がうまく行ったことを把握する。場にあるもの全てを利用するのがヒールレスリングだ。


無闇にやたらとレーザーをぶち撒けるからこうなるんだ、しかし…。


「まだ…形があるか」


吹き飛んだ黒煙の向こうにシジキの姿が見える。自分のレーザーの一斉砲火を食らってもまだ立ち続けている姿が確認出来る…まぁ、真っ黒焦げだけど。


「ピピ…装甲大幅破損、破損部位…パージ…不可」


「どうやら、中のミサイルにも引火して中から爆ぜたようだな。調子に乗って装甲を剥がしすぎたのが祟って武装が露出でもしていたか」


「……………理解不能、当機体が生身で戦う人間に敗北するなどあり得ない」


シジキが動けば、バキバキと音を立てて炭になり装甲が崩れていく、更にその下の装甲も一緒に剥げていき、最後にはエンジンが露出した棒枝のような姿になり…フラフラと私に向かって歩いてくる。


あり得ないと、あれだけの武装を用意して武装の一つも行わない人間に真っ向から敗れるなど考えられない。


「お前は…なんなんだ」


「言っただろう、ダークネレイド…お前にリベンジに来たんだ」


「…………未来演算、戦闘続行時の勝率計算、…エラー…勝率0%…あり得ない」


「機械の体になったお前が、その機械を捨て去った以上私には勝てない」


「……あり得ない、あり得ない…」


するとシジキは頭を抱えて震え出す。その様は…あまりにも人間らしくて…。


「あり得ない、あり得ない…あり得てはいけない。私が負けたら…私はなんのために、こんな体に…、食事も…睡眠も出来ない、何も感じない体になった…その意味が」


「それは貴方個人の選択だから私は関係ないよ」


「こうまでして、ここまでして、勝てないなんてことは…勝てない相手がいていいはずが、無い…!」


遂にはシジキは蹲ってしまい、地面に頭を打ちつけ出してしまう。それほどまでの覚悟を持って機械の体になったんだろう、事実シジキの強さは常軌を逸していたといえる。けど私もチタニアとの戦いから強くなった、ラグナとの修行で以前シジキと戦った時より強くなった。


強くなり続けているんだよ、私の体は。機械の体で一足飛びに強くなろうとは考えていない。


「機械の体に頼らず、お前自身の技を磨き続けたほうが強かったかもしれないな。だがもう遅い…選択したお前自身の無思慮を恨め」


「………否、敗北しない。当機体は…」


しかし、まだシジキは動く。その機械の体の奥から魔力を噴出させ…立ち上がり。


「予測損害…計算不能、当機体の全機能完全開放を行なった場合、遊楽園が再建不能になる恐れあり。否定、該当優先順位の書き換え実行…敵性存在の撃滅を最優先事項へ変更」


「…………まぁ、来るよね」


小さく呟く。さて、第二ラウンドだ…。私も準備をしようと魔力を逆流させる。魔力覚醒が来る、シジキの魔力覚醒が…しかしそれを発動させれば遊楽園の再建が不可能になる…と。


どれほどの規模の覚醒なのか…まぁ何にせよ、今更止めることもできない。なら迎え撃つまで。


「魔力逆流、全機能アンロック、敵性存在撃滅まで一時的に全禁則事項の凍結を限定試行。マスター・ソニアの最重要命令により凍結不可…否定、マスター・ソニアの命令も自己判断により凍結」


「……ん」


ふと、周囲を見る。気になることがあったからだ。それは周囲のアトラクション…うん、アトラクションが動いてるんだ。


(昨日エリスに会いに行った時、地下の魔蒸機関を破壊するって話…してた…さっきの爆発音はきっとその破壊音のはず、ということは今この街の動力源は断たれているはず、なのに…なんで動いてるんだろう)


エリスが機関に機械を取り付けているところを目撃していたネレイドは、今この時…チクシュルーブに動力源がないことを把握していた。だが…アトラクションは動いている。操作板を動かせば今も問題なく動くものばかりや光をチカチカ放つ物ばかり。


どうして動いているのか…そう考えた時、浮かぶのはラグナの話。


『エネルギー問題を解決出来る何かが、ここにある』という話だ…それってつまり。


「最大出力、当機体の出せる最高の力を…『ギガンティック』シジキの真価を今…魔力覚醒ッッ…!」


「ッッ…何!?」


その瞬間、大地が揺れる。周囲のアトラクションが軋む。何かが起こっている…なんていうまでもなく遊楽園エリア全土で異常が発生する。


シジキを中心に強力なエネルギーが渦巻く、そのエネルギーは周囲のアトラクションを引き寄せ…次々と殺到する。…磁場だ、強力な電磁力が発生してアトラクションを引き寄せているんだ。


それはこのエリアにある全てのアトラクションを地面から引っぺがしシジキに重なり、鉄の山が…超巨大な鉄の塊が生み出され、そして…動く。


「ッッ…!」


鉄の塊は、形を変え動き出す。ジェットコースターのレールが腕のように持ち上がり、地面に突き刺さり…その奥にある何かを掴む。と同時に無理矢理引き上げ…地面を掘り起こしそれを大地から引き出し、天に掲げる。


それは………。


「機械の…塊?あんな物が足元に埋まってたの…!?」


地面に埋まっていたのは巨大な黒ずんだ鉄の機械。……否、ネレイドは見たことがないから理解が出来なかったが、エリス…或いはナリアが見れば即座に理解しただろう。


そう…あれは『原子力魔力生成器・零式』、即ちヘリオステクタイトの爆破に使う機関をエネルギー生成器に転用した、最も最初に作り上げられた核融合エネルギー機関。


「ッッあれから人の気配を感じる…!?」


……つまり、千人分の人間が魂が込められたエンジンが、今取り出されたのだ。


ラグナの読みは正しかった、アマルトの読みもある意味正しかった。この遊楽園にはエネルギー問題を解決出来る代物が…核が眠っていた、それを使い金銭を稼ぐと共に、ソニアは実現していたのだ。


核のエネルギーがどれほどの物だったかを、その危険性が如何なるものかを。つまり遊楽園エリアは…ある意味で、核実験場だったのだ。


そしてそれを内部に取り込み…シジキの覚醒は完成する。


「…グッ…ゴゴゴ…」


「…………」


起き上がる、鉄の塊が、巨大な鉄の巨人が、核を取り込み…起き上がるその姿はロクス・アモエヌスに匹敵するほどで…。


…これがシジキの覚醒、鉄を取り込み…新たな巨人として再誕する覚醒…。


「『黒鉄式上黄返威鎧』…撃滅、否…殲滅する」


まぁなんとも大きいことで…、参ったな。こんなに大きい相手は初めてだ。海で戦ったティモンより大きいんじゃないだろうか。世の中にはこんな大きな力を使える人がいるんだね…でも。


「負けないよ…魔力覚醒『虚構神言・闘神顕現』…」


一気に魔力覚醒を行い、更にそこから噴出した霧を一気に吸い込み…。


「からの『礼賛祈言・星神顕現』ッ!」


一気に膨れ上がる肉体、自らと世界を騙し偽りの星神へと変ずる魔力覚醒・強化形態。これでイーブン…こっからお互い、本気だね。


「魔力覚醒を確認…肉体強化型…?関係ない、当機体こそが最強であり、最強である事以外あり得ない…故に潰す、故に壊す、故に殺す」


「最強は、示すものではない。目指すもの…永遠に見定め目指し続ける物だ」


地鳴りのような金属音を鳴らし、拳を構える鉄巨人を見上げるネレイドは…同じく拳を握り───。


「聞くに…堪えないッ!!」


振り下ろす、アトラクションの骨組みを利用し作られた拳が降り掛かる。それを前にネレイドも思い切り振りかぶり…。


「超兵装武技・山割り極打」


「デウス・カリアナッサ・スレッジハンマーッ!」


衝突…大地が避けエリアを覆う巨大な壁が揺れ地下空洞に響き渡る轟音が鳴り響く。ネレイドの神拳とシジキの鉄拳によって生まれた波動が天を打ち天空の防壁が反応を示すほどの力と力の鬩ぎ合いが天災を巻き起こす。


だが…。


「クッ……!」


結果は互角…とは言えず、ネレイドが数歩後ろに下がり押し負ける。流石にあのサイズを纏めて押し返す事はできない…それに。


「凄まじいパワー…」


馬力が凄まじいのだ、拳が衝突した後もグングン増していくシジキのパワーに押し負けた。恐らく今のパワーは……。


「当機体のエーテルエンジンに接続したヘリオスエンジンには、人間千人分の魂が使われている…千人力の魔力を燃やし生み出す核融合エネルギーは人間に対処は不可能。諦めを推奨」


「……人間の魂を…」


核融合エンジン…それが生み出す凄まじいエネルギーがネレイドを押し返したのだ。純粋なパワー、人の身に留まらぬ究極のエネルギー…流石にこれ相手にヒールレスリングが通じるとは思えないけど。


(どうしよう、ちょっと想定外…)


星神顕現は岩派。純粋なパワー押しのスタイル、パワーで上回られる以上正直手がないのが実状…。


あのモース・ベビーリアやチタニア・ハーシェルとさえ渡り合えたこの力を大きく上回る覚醒とは…、想定外だ。


(何か手はない物か…)


「ギギギ…破壊し尽くす、負けなど…あってはならないのだから…!」


オイルの涙を流しながら屹立する巨人を前に…ネレイドは黙って考える。勝ちの目を。


………………………………………………………………


『ギガンティック』シジキ…人間だった頃の名をシジキ・ジュンヨウ。彼は元々帝国軍人の一人であり…帝国の西部基地の一つを守護する誰の記憶にも残らないただ兵士の一人でしかなかった。


帝国軍人時代の彼は、素行は悪くとも実力のある男…という評価であり、素行さえ良ければいずれは千人隊長…或いは師団長に行けるかどうか、と実しやかに囁かれはずれど…結局燻っている。自分を変えるつもりも、これ以上何かを求めるつもりない、そんな体たらくで過ごしていた。


あの日までは。



「グッ…うぅ…まさか、この…俺が」


燃え盛る要塞の瓦礫を押し退け、動かなくなった足を引きずり…シジキは額から流れる血を拭い、涙を流す。


襲撃を知らせる警報が虚しく響く、自分以外に動く人間の見つからない惨状。ある日いきなり訪れた悪魔によって崩壊したこの基地を守る為にシジキは奴と戦った。何が何だかよくわからないまま戦い、結局何も理解できないまま負けた。


気性の荒い人格と、地位も何も持たない自分が…唯一誇れる腕っ節で完全に敗北したのだ。泣きたくもなるし、何より…。


「なんなんだ…お前は」


「スゥー…ぷふー…」


頭を持ち上げた先に見える…襲撃者を見遣る。奴はこの砦を襲い、ここにいる人間全員を倒し、単独で帝国軍基地の一つを制圧し…警報を聴きながら優雅にタバコを蒸かしているのだ。その余裕ぶりに…シジキは青筋を立てる。


すると…奴は。


「ん?なんだ生きてるやつがいたのか…」


「お前…まさか、オウマ・フライングダッチマンか…!?」


チラリとこちらを見た土色の肌の男は三白眼をニタリと歪めシジキを前に足を組み肯定するように煙を吐く。


オウマ・フライングダッチマン…あのエリート集団である特記組の中でも更に際立った強さを持った特記組最強世代の一角が…何故。


「困惑してるなお前、なんだよ…俺が裏切った事。まだ知らない感じか?」


「裏切った…だと?」


「ああ、俺は今日で帝国軍の決別してフリーになる。この襲撃はまぁ…俺なりの三行半ってやつよ」


「馬鹿な…、こんなことをしてタダで済むの思うのか。直ぐにマグダレーナ様やルードヴィヒ様がお前を殺しに来るぞ!」


「ハッ、今のマグダレーナに俺を止められるとは思えないし…ルードヴィヒが動いてるなら、もうとっくに俺は死んでるはずだろ。俺は既に帝国軍の基地を十八も潰してんだぜ?」


「ッ…」


ルードヴィヒ将軍は…行動開始と行動終了の過程を消し去る力を持つ。つまりルードヴィヒ様が動いているならその瞬間…オウマは死ぬことになる。それが起きていない以上ルードヴィヒ様が動いていない何よりの証拠となる…。


分からなかった、帝国軍を裏切るなんてのは最悪の大罪だ、それを行ってなお…ルードヴィヒ様が、カノープス様が…お目溢ししている事実が。


「まぁルードヴィヒも動くわけにゃいかねぇよな。アイツはカノープスの大切な駒だ、何かあった時奴の手が塞がっていたら、帝国は終わることになる…それだけ奴は帝国にとって、いや魔女カノープスにとって重要な駒だ…この程度の損害は既に割り切ってんだろ」


「そんな馬鹿なことが…あるはずが」


「ヘッ、お前は皇帝カノープスが机の上で弾いた算盤で、切り捨てられた端数ってわけだ…。同情するぜ、俺も同じ帝国軍人だったからな…皇帝にいいように使い捨てられるのは悔しいよな」


「…ふざけるなッ!主人に使い捨てられるのは当然だ!それが軍人ってもんだろうが!」


「果たしてそうか…?」


「ッ……」


オウマは指先でタバコを弾いて俺の前に立つ、その顔からは笑みが消えており…憎悪に満ちた目で、俺を。


「確かに、軍人は祖国に尽くし、愛国の為に死ぬ物だ。だが…魔女は違う、魔女は民を見ていない」


「何故…そう言い切れる」


「アイツらにとって、今は八千年のうちの一年でしかない。今ある損害も…奴らにとっては瞬きの間に消え失せる物でしかない、だが俺達には今しかない…今だけなんだ、生きていられるのは。魔女と俺達の『今』の価値観は違う…軽いのさ、俺たちの命は、魔女にとって」


「…………………」


確かに、カノープス様は…今を見ていない気がする。ずっと何かに備えている、いずれ訪れる危機に八千年前から備え続けている。だがその間に一体どれほどの時が経った?危機に備える為だけに幾つの命が使われた?


無限に積み上げられた死体の山に…自分が加わらない保証はどこにある。いずれ来る危機とはいつ来る?自分達の…存在意義は。


「だから俺は俺の為に生きることにした。皇帝が描く世界は俺には理解出来ん、理解出来ん物に命なんぞ賭けられん」


「…………」


「おい、お前」


「な…なんだ」


「名前は?」


「え…」


「え?って名前か?違うだろ、早く言えよ」


するとオウマは俺の前に屈み名前を聞いてくる。何を言ってるんだこいつは…今から殺そうって存在の、名前を聞くのか?


「どういうつもりだ」


「聞かれたことに答えろ…」


「…シジキ、シジキ・ジュンヨウ」


「ほーん、変な苗字。アガスティヤっぽくないな」


「祖父がアルクカースからの移民なんだ…その結果で」


「ふーん、まぁいいや…シジキ、お前はどう生きたい」


「どう…とは」


「あんだろ?ほら、女のケツ並べて生きてきたいとか!美味い飯食って生きていきたいとか!人間なんだ…欲の一つくらいあるだろ」


「…それを聞いて、どうする」


「意味がなきゃダメか?」


「…変な奴だ…。俺は…強くなりたい、誰よりも…けど」


シジキには夢があった、夢があったから軍人になった。それは強くなること、誰よりも…強くなり帝国軍の頂点である筆頭将軍になりたかった。だが実際に軍人になって理解した。


自分には確かに才能があったが…将軍になる人間はもっと才能がある。一人天才が同期にいた、そいつは士官学校で瞬く間に結果を出し筆頭組に入り、そしてそのまま凄まじい勢いで昇進し…今や次代の帝国を担う将軍アーデルトラウトになった。


アーデルトラウトは別格だった、文字通り別格。会って話した事はないがチラリと見ただけで実力差を理解した。故に…諦めた、その夢は。


けど…それでも夢は何かと聞かれれば、そう答えるより他ない。


「笑うか?」


「笑わんが」


「お前は特記組のエリートだ。アーデルトラウトを超える特記組最強世代…笑えるだろう」


「別に、俺達が特記組最強世代って言われてるのは八割フリードリヒのおかげだしな。っていうか笑わねーって、いいじゃねぇか。強くなる、それも夢さ。でもお前…このままここに居たらその夢は叶わないぜ?」


「…………」


「分かってんだろ、ここに居てもお前はその人生をカノープスに食い潰されるだけだ。いつになるかも分からない『危機』への対応の為にな…お前はそれでいいのか?」


「……お前は、さっきから何が言いたい!」


「別に、ただ…勧誘かな」


「勧誘…だと」


「ああ、俺はこれから傭兵として生きていく。名前はまだ決めないがカッコいい傭兵団の看板ぶっ立ててさ、テメェの夢叶える為に生きていく、その人生の何処にも…魔女は介在しない、俺のためだけの人生を歩むのさ」


「……………」


「お前も一緒に来いよ、もう既に団員は何人か確保してるけど全員国外の人間なんだ、アガスティヤあるあるで話せる奴が欲しい。こうして生き残ったのも何かの縁って事でさ」


「何が縁だ…お前がやったんだろ」


「なはは!そうだった。けどもし仲間になってくれるなら…俺はお前を手に持ち続ける。そして使い続ける…ずっととな。棚に押し込んだりゴミ箱に捨てたりなんか絶対しない」


何を馬鹿なことを言っているんだと言いたいが、正直…魅力的な提案だと俺は思った。馬鹿馬鹿しい話だがじゃあここでオウマの誘いを突っぱねて待っているのはなんだ?要塞を守れなかったことへの責任追及…俺はもっと地方の職場に飛ばされる。


その先で待つのはただただ空虚な日々、それが永遠に続く日々が待っている。それでいいのか?俺はなんのために軍人になった、なんのために…強さを。


「じゃあ俺は行くよ、その気になったら西部の国境沿いに来てくれよ。もう帝国で手に入る魔力機構や魔装は諸々奪えたし、用はない。俺はもうこの国を出るから」


「……俺がその場所を、密告したら」


「別にいいぜ?もしそこに追手が来ても俺なら制圧出来る、師団長が来ようが何が来ようがな…」


「そうか……」


「じゃあな、あばよ。…いい返事待ってるぜ」


そういうなりオウマは指先で空間を裁断し、生まれた虚空の穴へと消えていく。


勧誘か…面白い奴だ。皇帝は…ついていくに足る存在か、そう聞かれれば俺は答えを持っていない。だがオウマは…俺を使い続けると言った。


こんな閉塞感のある要塞に押し込まず、常に隣において…か。


「……どうせ、俺みたいな木端な軍人が消えても誰も何も思うまい。ならせめて…この命で、夢の大輪…咲かせてみるか」


決意する。帝国軍の上着を脱いで。杖を使って足を引きずり立ち上がる。このまま帝国軍にいるくらいなら、せめてオウマについて行って魔女に一泡吹かせるのも悪くないかもしれない。


そして…この日、オウマの大々的な裏切りの影に隠れて。もう一人の帝国軍人が消えた…だが、やはり。


誰もそのことに気が付かなかった…結局、俺はそれだけの存在でしかなかったのだ。


………………………………………………


それから十数年。オウマと共に逢魔ヶ時旅団として世界各地で戦いの日々を重ね。確かな実力をつけ、夢だった強さを求め続ける生活を手に入れたシジキは傭兵として充足した日々を送っていた。


帝国軍にいた頃は出来なかった修練、実戦、何よりの意味のある…自分のための人生。悪くなかった、志を共にする仲間と共にオウマについていく日々、そして着実に強くなって自信をつけていく日々は…だが。


「ぐっ!ぐぞぉおおおおおおおおおお!!」


「落ち着けよ、シジキ」


「サイッ!これが落ち着いていられるか!一体…何人同胞が死んだぁああああ!!」


シジキは涙を流しながら…両手で顔を覆いながら蹲る。たった今…逢魔ヶ時旅団を構成する半数以上の仲間が…一斉に死んだ。凄まじい数の仲間が死んだ…自分達もこうして撤退してくるので精一杯だった。


「つっても、人って死ぬもんだし。仲間が死ぬのなんて今回が初めてじゃないだろ?戦争に参加すりゃ四回に一回くらいは死人が出るし、そういうの折り込みで俺達傭兵やってるじゃん」


「この異常者が…!頭の中までギャンブル漬けの男はこんな簡単な倫理観も持ち合わせないか!」


「はぁ!?ンだよテメェ!だったらテメェみたいにピーピー泣けってか!」


「貴様…!」


サイの不躾な物言いに思わずシジキは立ち上がり、胸ぐらを掴み上げる。こいつはいつもそうだ、直ぐに金を使ってギャンブルをする、仲間の金を使ったこともある、そもそも最初から倫理観というものを持ち合わせないのだ。


仲間が死んだんだぞ!何千人も!なのになんでそんな平気な顔をしてられる!こいつは…!


「やめろっ!シジキ!」


「ガウリイル…」


「サイに当たってどうする、こいつは馬鹿なんだ」


「テメェ〜に言われたくね〜ぇ!」


「恨むなら、魔女だろう…シジキ」


「う……」


そう…魔女だ。仲間を殺したのは…魔女だ。


俺たちは今日、デルセクトに喧嘩をふっかけた。デルセクト軍は謎の存在との戦いで疲弊しており、防御もままならない状態だった。何より世界最強の傭兵団である我々が総力で向かえば容易く制圧出来ると考えていた。


事実、出て来た魔女の弟子メルクリウスは容易く制圧出来た。次いで出てきたグロリアーナには苦戦したが幹部全員で抑え込むことには成功していた。このまま行けば目的を達して無事退却することも出来た…が。


あと少し、その時だった。デルセクト軍と逢魔ヶ時旅団の戦場のど真ん中に…奴が降り注いだのは。


……黄金の光、この世の物とは思えない魔力と威圧を醸し出して現れたのだ…魔女が。栄光の魔女フォーマルハウトが。


『本当は手出しするつもりはなかったのですが、貴方達…わたくしの庭を荒らしすぎですわ』


その一言と共に軽く腕を振っただけで…目の前の全てが消し飛んだ。大地も山も森も川も人も…何もかもが光に飲み込まれ消えていった。魔術ではない…見たことない規模だから恐らく魔法に部類される物だった筈だ。


逢魔ヶ時旅団は強い、世界最強だ。俺も強くなった、覚醒も会得して勝てる人間なんて世界で数えられる程度しかいないと考えていた。


だからこそフォーマルハウトの首を取りに飛びかかった。魔女カノープスに対する鬱憤を晴らすように…同じ魔女であるフォーマルハウトに。


だが…。


『無事ですか?我が愛弟子』


そう言ってフォーマルハウトはこっちを一瞥することなく指を弾き───。


『ああ、『錬成・王言征抜領』」


その一言で目の前の全てが光に包まれ────そこからは地獄だ、仲間が死んでいく。自分の命も燃え尽きる、圧倒的なまでの力、世界を単独の武力で支配している力の凄まじさを思い知った。


自分が目指す力の理想像を…憎き相手が持っているその事実に、今も狂いそうになる。最終的にオウマとガウリイルが魔力覚醒を使い特攻を行い、我々は撤退出来た。


だが後から聞いた話だが、オウマとガウリイルの特攻でさえフォーマルハウトは物ともせず、背後の自軍を気遣う素振りを見せ、ほんの…オウマ以外は見落としてしまうようなほんの小さな隙をついて全員で離脱出来たのだとか。


それも…オウマ曰くフォーマルハウトがハナっからこちらを全滅させる気がなかったからこそ生まれた隙だと聞いて…今、俺は絶望している。


見逃されたのだ、自分達は…フォーマルハウトに。仲間を殺した怨敵に!


「クソォッ!弔い合戦だ!フォーマルハウトの首をとるぞ!」


「無理だ、シジキ。俺はフォーマルハウトと直接やり合ったから分かる、あれは武力でどうこうなる相手じゃない…俺達といる世界が違う、違い過ぎる」


「だが俺たち全員でかかれば…!」


「そうなれば、今度はフォーマルハウトが全力で来る。腕を払うだけ、指を弾くだけ、これだけで半数が死んだんだ…全力で来られれば全滅だ」


「……だが……………」


「どうやら、フォーマルハウトにも変化があったようだ。数年前まで欲の塊のようだった奴が変化してから…まるで本調子を取り戻したように強くなっていると聞く。つまり調子を崩し全力を出せない状態でありながら奴は世界の支配者たり得たのだ、本調子になったあいつを一体この世の誰が倒せる」


…魔女は強い、あまりにも強い。自分達が鍛えて鍛えて鍛え抜いたその先に…今自分達が歩む『強さの道』の延長線上にいるかも怪しいレベルの強さだ。あれだけ無敵に覚えた八大同盟も、セフィラの面々でさえ太刀打ち出来るか不明な程に…強い。


完全に理解した、マレウス・マレフィカルムがあれだけ大規模な戦力を持ちながら魔女大国に喧嘩を売らない理由が。マレフィカルムは恐れている、魔女を…、もし魔女が戦場に出れば、瞬く間に滅ぼされる。


俺の計算が正しければ、マレフィカルムが総力をかけても、魔女が三人いて…かつ三人が本気を出せば全滅に三日はかからない。魔女はここでも…俺たちを見逃しているのだ。


「……ぐっ…」


「まぁそういうことだな、ここは割り切れよ…シジキ」


「オウマ…」


だが、それ以上に弔い合戦を望むのは…今こうして諌めるように声をかけたオウマが原因だ。今そこで椅子に腰を落ち着けるオウマは…。


「だがお前は…腕を」


左腕が、ないのだ。肩口から腕が消滅している…俺の記憶が正しければ…これは。


「ああ、フォーマルハウトにやられた。あいつ…俺が離脱する寸前に錬金術で斬撃を飛ばしてきやがった。こっちも防壁で防いだってのに…へへ、俺の防壁がゼリーみたいに切れてよ。体を捩らなきゃ俺まで真っ二つだったぜ」


「違う、お前は…気絶した俺を回収する為に、刹那を使ったから…」


「…んー?まぁ…その」


「俺が…弱かったから…お前は腕を失った…!」


オウマは真っ先に飛びかかりやられた俺を回収する為にほんの一瞬を使った。その一瞬を使ってフォーマルハウトは軽く指を弾き、天も切り裂く斬撃を放ち…オウマの腕を切り裂いた。


俺が弱かったから、オウマの腕は失われた…失われてしまった…、強くなる為に帝国を抜け、強くなる為に戦い、強くなったと驕っていたというのに…この、有様で。


「グッ…くぅうううう!」


ダラダラと涙を流しながら地面を叩く、悔しい…あまりにも悔しい。こんな…こんな事があっていいのか。


「まぁそう責任感じるなよ。こいつに義手作ってもらえるからさ」


「あ?まぁ…作るけどよ。つーかなんだこいつら、辛気臭い。傭兵なんざ使い捨てだろう、その使い捨てが死んでなんで泣いてんだ」


「ッッ…貴様」


オウマが右手で指し示すのは…今回の戦いの目的、救出した女…名前はソニア・アレキサンドライト。オウマが必要だと口にしたから我々はデルセクトに喧嘩を売ってこいつを助けたというのに、ソニアはヘラヘラと笑いながら偉そうに足を組んでいるのだ。


「貴様を助ける為に我々は損害を出したんだぞ!」


「は?『助けてぇ〜』って言ったか?『助けてくれてありがと〜』って言えば満足か?くだらねぇ、勝手にやって勝手に死んで、なんで私の責任になる」


「お前ェッ!!!」


「やめなって!シジキ!頭冷やせお前!」


咄嗟に殴りかかろうとしたが、即座に飛んできたアナスタシアによって取り押さえられる。地面に叩きつけられ…ソニアに平伏す形になったシジキは体を捩りそれでもソニアに向かおうとするが、アナスタシアは俺より強い…抵抗は出来ない。


「オウマァッ!なんでこんな奴を助ける為に!仲間を犠牲にしたぁっ!こんなゴミをッッ!!」


「ゴミと来たか、だったら捨てりゃいいのに…」


「落ち着けよシジキ…コイツは俺たちの計画に必要だ。天才発明家…だっけか?」


「兵器専門だ」


「上等だ、俺はコイツに世界をひっくり返す兵器を作らせるつもりだ、いけるんだよな?ソニア」


「あー?設計図はクリソベリアに置いてきたから作れませーん」


「んじゃもっかい行く必要があるか、でも出来るんだな?」


「まぁ、な」


「ならいい、犠牲を出した甲斐がある。そういうわけだ、シジキ」


「ッッ……」


計画については…知ってる、オウマが何を目指しているか、知っている…だが、俺はただ悔しさを処理し切れず不貞腐れて不機嫌さを隠し切ることが出来なかった。


全ては、俺が弱かったのがいけなかった。もっと強ければ…被害は出なかった、最強であったなら…オウマも傷つかなかった。ただ自分の無力さが被害を呼んだ…なのに俺は、俺の体は五体満足だ。


仲間は消し飛んだ、体は残っていない、オウマは腕を失った。なの俺の体は腕もあるし足もある…こんな、こんなに弱いのに、なんで俺が…無事で。


「おいお前、何泣いてんだ…」


「うるさい!お前には関係ない!」


しかしそんな泣き顔を見てソニアは興味なさげにため息を吐き。


「自分が弱かったから…被害が出たと思ってんのか?」


「え…!?」


「図星か…、なら強くなればいいだろうが」


「何を…簡単に…!」


強くなれるなら、なんだってするさ。だが俺にはアーデルトラウトのような才能はない、あいつみたいな才能があれば…俺だって、俺だって…最強になれるのに。


そんな風に顔を歪めていると、ソニアはそれを見据えたように…。


「なら、強くしてやろうか…」


「ッッ!?」


そういうのだ、悪魔のように笑い…俺の顎を掴み…牙を見せ。


「ただし、お前の体を切り刻み、改造することになるぞ…?それでも強くなりたいなら…」


「なりたい…ッ!俺はどうなってもいい!強くしてくれるなら…お前のような悪魔でさえ頼る!だから!」


「上等!なら今すぐ始めてやる!体が鈍ってし仕方ない。早く体を動かしたい…オウマ!設備は揃ってんだろ!」


「あ、ああ…けどシジキ。いいのか?」


「いい!俺はどうなってもいい…もう、弱さで何かを失いたくないんだ!」


弱いから失った、なら強くなればいい。弱さで仲間の腕を失うくらいなら、この体が失われても構わない。今すぐ強くなれるなら…今すぐ最強になれたなら。


一足飛びに強くなれるなら、強さを得られるなら…俺は…どうなっても……。


──────────────────────


「最強でなくてはならない!最強でなければ意味がない!だから…当機体は貴様を撃滅する!」


「ッッ…!」


更地になった遊楽園で腕を振るい暴れるシジキは吠える、ここまでした…強くなる為に数十回と改造を受け強くなり続けた。


声帯を失い自らの声を失い、骨を失い神経を失い人としての感覚が喪失し始め、顔も体も変貌しシジキであった証明を何一つとして失い、人ではなく機械となり…それでももう仲間を失いたくないという一心でここまでやった。


「潰れろ…魔女の弟子ッ!」


「よっと!」


「ジジジ…!」


お陰で強くなった、肉体を持っていた頃よりも数十倍は強くなれた、強くなる為に改造を重ねた。だがそれでも…今、この楽園を壊そうとする者が目の前にいるのに。


破壊出来ない…壊せない。


「ジジジジジ…!」


悔しい悔しい悔しい悔しい、自らの全てと引き換えに何にも勝てる力を手に入れたはずなのに、最も勝たなければいけない場面で自分はまた届かないのか…。体も、遊楽園さえも犠牲にして手に入れた力なのに。


今目の前にいるちっぽけな女は…この巨大な拳を前にスルリと避けて、逃げ回る。倒し切れない…その事実に、苛立ちを感じたシジキは両拳を握り。


「いい加減に潰れろッ!!」


「む……」


鉄の塊となった体を全力で動かし、核融合エンジンを全開にし、両腕を怒涛の勢いで地面に叩きつける。地面が崩落し地下空間に落ち、チクシュルーブ全体が陥没しても構わないと言わんばかりに、ただネレイド一人を倒す為に。


大地が砕け、砂塵に覆われる視界…。


しかし…。


「今、ちょっと人間らしかったね」


「ッッ…!」


砂塵を切り裂き、飛んできたのはネレイドだ。叩きつけた腕の上を走り…凄まじい勢いでシジキに向け飛んでくる。慌ててそちらに顔を向け…。


「アトミック・シジキレーザー」


青白い光を眼光から放ちネレイドを狙う。その射程範囲・距離共に数百倍に広がっている…故にネレイドはなす術もなく光に飲まれて消えて…。


「ッ…否定!」


違う、光に飲まれて消えたんじゃない。光の粒子になって消えたのだ。つまり今のネレイドは…。


「幻惑…!」


「こっちだよ」


「ッッ…!?」


聞こえたのは…正面、腕の方を向いたシジキの視界の隙間を縫って、ネレイドはシジキの目の前まで跳躍してきたのだ。そして、その肥大化した拳を握り…。


「『創世拳』ッッ!」


「ぅグッッ!?」


叩き込まれる一撃はシジキの脳天を揺らし、頭部が粉々に砕け上半身が揺れ鉄巨人は尻餅をつく。凄まじい一撃だった…のと同時に、支え切れなかった、長く、高く、大きくなった体を。


元々電磁力を操るだけの覚醒だったこれを、鉄の体になったのを利用し金属物質を自らの体に吸着させ肉体として操るか覚醒へと変貌させたシジキだったが。その覚醒をこれほどの規模で扱った事がなかったのだ。


当然だ、今の体は遊楽園全体のアトラクションを使っているんだ。これほどの金属が集まる場所など、世界で遊楽園以外のどこにあろうか。


だからこそ、調整をミスしたとシジキは苛立ちながらも砕け散った鉄材を再び集め頭部を形成する。


「頭部再形成、戦闘を続行する」


「ありゃ、戻っちゃった。頭も…言葉遣いも」


するとネレイドはギッと表情を固くしながらシジキを睨みつつ、地面に着地し。


「よっ!」


「ジジジ…!?」


掴む、倒れてフリーになったシジキの足を…ネレイドがその両手で掴むんだ。


無理だ、出来るわけがない。今ネレイドは俺の足を掴んで力を込めている、思い切り引いている…だが、出来るわけがない。動かせるわけがない。


だって今の俺は、遊楽園エリア全てのアトラクションと同化して…。


「ぬぐ…ぐぐぐぐっ!」


ネレイドの腕に血管が浮かび上がり、更に筋肉が肥大化し…剛力が宿る。万夫不当、抜山蓋世の怪力が。それはやがて…山と同程度たるシジキさえも、上回り。


「り、理解不能…理解不能…ッ!?」


「ぬぐっ…ぐがぁああああああああ!!!」


「ッッッ!?!?」


シジキの体が浮かび上がる、体が持ち上がり、ネレイドの掴む足先を起点にし天を掠め再び大地に向け加速をし。


「どッッッこいしょっ!」


「んぐッッ…!」


叩きつけられ、大地が割れる。あり得ない事だ…この体が、投げ飛ばされるなんて、肉の体を持っていた時以来の感覚に思わず声が漏れ出る…すると、ネレイドは訝しげに首を傾げ。


「ん?今…痛みに悶えたな。そんな体でも痛みを感じるのか?いいや違うな、お前は痛みなど感じていない…」


「………当機体は…」


「痛みは感じていないが、痛みの感覚は感じている…と言ったところか。つまりお前は…やはり人間性を捨て切れていない」


「……………」


ネレイドが険しい視線でシジキを睨む…。


「先程の言動といい、お前はまだ完全に機械になりきったわけじゃない。人の心も持っている」


「であるならば、なんだというのか」


「別に…機械の体になったことは否定しない、一足飛びに強くなる手段として用いたのはどうかとは思うが、それがお前個人の選択であるならば私に何かを言う資格はない…だが、半端だ」


「……何」


「人間であるならば人間として挑め、機械であるならば機械として戦え、どちらか片方に軸足を残し完全にどちらも選ばないから、お前はその覚醒を御せていないんじゃないか?それとも、本気を出していないのか?なら…それも頷ける程度の低さだ」


「ッッッ……!!」


ネレイドの説教臭い言動に、ないはずの血液が頭に登るを感じる。何をこいつは挑発しているのだ…何をお前が俺に説教を垂れているのだと。


だが思えば、いつもこんな事ばかりだ。初対面の時はオウマに対して怒り、ソニアに対して怒り、魔女に対して怒り仲間のために怒り。人間だった頃は怒ってばかりだった…それがシジキという人間の特性かだったのかもしれない。


であるならばこの怒りは人である証、そうか…俺はまだ人間だったのか。


(何故俺は…人に固執した、強さの為にそれを捨てると言いながら…俺は何故まだ人にこだわっている。この覚醒だってそうだ…人にこだわっているから、弱い)


俺はもう機械だ、人間じゃない…ならば。固執する必要もない…もう、人であることを。


……捨てる。


「ジジジ…ギギギギ…!」


半端だから負けた、人間だから負けた、なら徹底しよう、徹底して人間をやめよう。今から俺はシジキ・ジュンヨウではなく『ギガンティック』シジキとして戦おう…そして。


全てを殺す。


「ギギギギギギギギギ!!!」


「……………………」


倒れ伏したシジキは体の形を変えていく、蹲り…鉄の山と化し…人の形を捨てる。そうだ、元々シジキの覚醒の性質上、別に鉄の巨人という人の形に固執する必要はなかった。


腕が二本でなくてはいけない理由はない、足が二本ともなくてはならない理由はない、頭部が一つしかない理由などない。胴体が縦長である必要性もない。演算機能を用いて最もこの覚醒に最適化した形を導きだし、作り替える。自分を。


人の形に拘らない、人に拘らない…そう決心したシジキがとった姿は。


「…山になっちゃった」


山だ、大きく積み上がった鉄の山。そこから無数の腕が伸び、無数の砲塔が飛び出て…山のような砦と化す。この状態に死角はない…もう人の弱点は存在しない。


「当機体最適化完了、対象撃滅までの想定所要時間二分…行動を開始する」


「面白くなってきた…ならば私も…!」


ブフゥーっ!と一気に口から霧を放出し、同時に襲いくる疲労感を誤魔化しながらネレイドはその霧を纏めて束ね…作り出す。


「霧の巨人…これで勝負しよう」


霧で体を構成し、作り上げた霧の巨人が鉄の山に相対する。更地と化した遊楽園に対峙するのは…二つの巨影。


雨天の中、睨み合う二つの影は、大地を揺らしながらにじり寄り。


「………………」


「…………」


望む、決着を。或いはリベンジを、或いは防衛を。正真正銘のチクシュルーブ・バトル・コロシアムのエキシビジョンマッチが幕を開く。観客のいない、この無人の世界にて。


「ッッ…!」


「……殲滅…!」


無音のゴングが鳴り響き、ぶつかり合う。霧の巨人は鉄の山に食ってかかり、鉄の山もまた下方から履帯のような物を隆起させ地面切り裂き突撃し、衝突する。


パワー特化型の覚醒であるネレイドと核融合エンジンを搭載した鉄山状態のシジキ。双方の力関係で言えば若干シジキが上回る、それを表すように徐々にシジキはネレイドの体を押し始める。


だがネレイドも黙ってやられるわけではない。


「このッ!」


腕を振るい、肘を叩き込み拳を放つ。鉄山状態のシジキを叩き、少しでも体を削ろうと叩き回すのだ、しかしそれでもシジキの巨大さには果てはなく、いくら叩いても直ぐに鉄はくっついてしまい一向にダメージが入っている様子はない。


「無駄…!」


そしてシジキは鉄山の体から複数の腕を飛び出させ、ネレイドに掴みかかる。


「くっ…邪魔!」


ネレイドも雑草でもむしるように迫る鉄腕を払うがキリがなく、次々と霧の体に鉄腕が絡み付き…。


「ビックバン・ミサイルレイン」


叩き込まれる、引き寄せられ叩き込まれる。鉄と塊に魔力を詰めた巨大なミサイルの連打をゼロ距離で、その威力は霧の体を吹き飛ばす程で…。


「こ、この…!」


半身が吹き飛んだ状態で、ネレイドは最後の抵抗とばかりに渾身の拳を鉄山に叩き込むが…それは鉄山に突き刺さるばかりで、有効打にはならず。


「無駄…無駄無駄無駄ッ、何をしようとも!」


「グッッ!?」


そして、シジキは頭上に作り出した巨大な鉄拳にて、霧の巨人を叩き潰す。その一撃で霧は霧散し…その中で巨人を操っていたネレイドは外に叩き出され、大の字で地面を転がることとなる。


「ゼェ…ゼェ…ハァ…ハァ、やっぱ…あの巨人…使い勝手…悪すぎ」


星神顕現に加え霧の巨人と消耗の激しい大技を立て続けに使ったこともあり、無尽蔵のスタミナを持つネレイドも遂には溜まらず動けなくなってしまい。目の前に迫る鉄の巨人を見上げ…浅く呼吸を繰り返す。


「エネルギー消失…敵性存在の抵抗消失、当機体の…勝利である」


巨大な腕を作り出し、ネレイドに突きつける。これを振り下ろせばネレイドを殺せる、もうネレイドの体内に残っているエネルギーがないことをシジキは既に確認している。つまり勝利である、つまり最強の証明である。


もし、今…口があったならニヤけていただろう。やはり自分は間違っていなかったと確信していただろう。それほどまでにシジキは今…勝利の美酒に酔っている。


おかしな話しだ。


「フッ…シジキ、やはりお前は半端だ」


「……………」


「お前が正真正銘の機械であったなら、ここで自らの勝利に酔うこともなかっただろうに…」


「何を──────」


その瞬間、世界に走るのは亀裂。否…亀裂が走ったのはシジキの視界。


慌ててシジキは手で目に当たる部分を触ろうとするが、その手がグラリと重心を失い地面に落ちる…いや、これは…。


体が、崩れていく。


「何が…!?」


「ごめんね、私今…ヒールレスラーだから…君の事、騙しちゃった」


「ッッ…!?」


その瞬間何事もなかったかのように立ち上がるネレイドは、全身から再び霧を噴出させる。つまり…さっきまでのは演技、死んだふり。そこまで理解してシジキは全てを悟る。


今自分の身に何が起きているかを。


「ッ内部構造分析!ッ内部に多数の正体不明物質の混入を確認!磁力による結合が薄れ…覚醒の維持が不可能!」


全ては…ネレイドの作戦だった。敢えてシジキの神経を逆撫でするようなことを言い、彼が本気を出すように仕向け。そして全力でぶつかってくるシジキを霧の巨人で受け止める…これでネレイドの作戦は完遂された。


激突しながら、抵抗するふりをしながら、霧の巨人を少しずつ分解し鉄の山の内部に自らの霧を忍び込ませていた、鉄の山とは言え元はと言えばスクラップの集合体、霧が入り込める隙間はある。


そして最後に霧の腕を体の中に突っ込み、敗北したふりをして地面に転がり…ネレイドに勝利したと余韻に浸るシジキから油断を誘い、体内で蠢く霧から目を背けさせ…今に至る。


世界を騙す霧はシジキの磁力を遮断し、磁力による引き付けを失った鉄材はボロボロと崩れていく。シジキの覚醒が内側から崩されていくのだ。


「そんな…当機体は…当機体は最強で!」


「お前の敗因は二つ!まず一つは…機械になり切れなかった事。人という不完全な要因を残していたが故に穴が生まれた、その穴はお前自身の致命へと繋がる…弱点となった!」


駆け抜ける、残った魔力を使い、霧を噴出し、崩れる鉄材の雨を掻い潜ってネレイドは開いた鉄山の奥に居る…シジキの本体を睨む。


「く…来るなッ!!!」


シジキは機械になり切れなかった、完璧な機械ならば…油断もしなかった、勝利を喜ばなかった、今こうして恐怖もしなかった。恐怖のあまり全身から光線を放ち敢えて自分から居場所を教えることもしなかった筈だ。


合理の権化である機械へなり切れなかった不合理な人間とは、如何なる力を得ようとも…脆い。


「そして、もう一つ!」


「なっ!?」


霧が蠢く。鉄材を掴み強引にシジキへの道を開き…無数の鉄材と共にネレイドは一気にシジキへと到来し、掴む。


枯れ枝のように痩せ細った油まみれの鉄の人形を。がっしりと掴み…その顔を覗き込み、見せつける。人の威容を。


お前の敗因は機械になり切れなかった事…そしてもう一つ、それは。


「人は神には勝てない、それは神が人間の創造主であり人は神の被創造物だからだ。であるならば…人間の被創造物である機械が、私という人間に勝てるわけがないだろうッッ!」


「ッッ……!」


人は神の創造物だ、創造物であるが故に人は神を讃え、神を仰ぎ、神には敵わないと信仰を生むとネレイドは考える。ならば…それは人と機械も同じ。機械では、人には敵わない。


つまり…シジキは、機械になり切ろうとしたが故にネレイドに敵わない。機械になり切れないから敗北した。この矛盾が…シジキの敗因となった、機械になるならなればよかった、人であるならば人であり通せばよかった。


止むに止まれぬ事情があったにせよ…彼は何処かで負けてしまったのだ、自分の弱さに。


だからここでも…負ける。


「ッッ何も知らないくせにッ!俺に説教を垂れるな魔女の下僕がぁぁああああああ!」


「うん、知らない。だから私…貴方の事情とか関係なく、遠慮なく…踏み潰す」


暴れ狂うシジキ体をホールド…と同時に霧を使い周囲の鉄材を身に纏い鉄の羽を擬似的に作り上げ自身の過重を一気に増やし大地に向け一気に急降下しながら、シジキの腹の下に腕を回し回転し……。


「必殺ッッ!!」


「当機体は…当機体は…お、俺はぁあああああああッッッ!!」




一閃、鉄の羽により加速し重さを増した状態で放たれたのは、遊楽園エリアの端までヒビを届かせる程凄まじい威力を持ったスープレックス…否。


「デウス…」


これは…。


「エクス…!」


挑戦の果てに得る。


「マキナァッッ!!」


───勝利の形である。


「ッッスープレックス…ホールドッ!」


「グッッ!?」


大地が更に、クレーターを開いて陥没し、枯れ枝ような鉄の体はボキリと折れ…シジキの肉体は真っ二つにへし折れ、バチバチと電気を漏らしビクビクとクレーター真ん中で倒れ伏す。


「悪いな…踏み越えて行く」


「ギ…ギギギギ…ガァ………」


ガクリと力なく首を垂らすシジキ…だが、死んでない。人ではないのだから体を真っ二つにへし折っても死なない。だから全力でやったんだ。


返してもらうぞ、無敗のチャンピオンベルト。


「はぁ…勝てた」


なんて格好をつけてみたものの、正直満身創痍だった。魔力覚醒を行ってからシジキの安定度が一気に崩れたからこそ勝てた、と言うか。


忘れてたけど私お腹に穴空いてるんだよなぁ……デティに会いたい。


「…ん」


取り敢えずレゾネイトコンデンサーを探しに行くためポツポツと歩き始めたところで、見かける。崩れたシジキの鉄の山の中に…あれを。


「…酷いことをする」


それは、このエリアのアトラクションを動かしていた動力源。魔力を生成し核融合を行う機関、つまり…人の魂が使われた巨大なエンジンだ。シジキが倒れてもまだなお動き続けているんだ。


中から人の気配がする…けど、それがもう人ではない事を私は知っている。これがもうどうしようもない人達である事を私は知っている。


「救えなくてごめん…」


この中にいる人達はもう死んでいる。私にはその魂を救済する術がない。私に出来る事があるのだとしたら…今この戦いに勝利し、ヘリオステクタイトが世に氾濫する世界、つまりこれ以上同じ悲劇を繰り返させない事。


必ず止めてみせるから…そのあと、貴方たちをどうするかは、決める。


だからそれまで待っていて…。


「………直ぐに、レゾネイトコンデンサーを探しにいかないと。雨脚が強くなってきた…もうすぐ、雷が降る…」


足を引きずり、お腹を抑え…歩き出す。この戦いを終わらせる為に。


…………………………………………………………………


「外からの旅行客もなし、セレブ街の奴等も今日は外出はなし…つまらねー日」


そして、最後の楽園…娼楽園のど真ん中に突き立てられた鉄塔の上に座るのは、逢魔ヶ時旅団幹部陣に於けるNo.2…『殺剣』のアナスタシアはつまらなさそうにおおあくびをかます。


既にあちこちで戦闘が始まっていることは理解している、金楽園、水楽園、遊楽園…そして居住エリアでも戦闘が起こっている。やはり読み通りこの日に仕掛けてきた、奴らの狙いはここにあるレゾネイトコンデンサー…。


だが。


「思ってたよりもつまらないね…」


目を閉じて、魔力を感じ…アナスタシアはため息を吐く。


感じる魔女の弟子の魔力は、やはり自分には及ばない。中には強いのもいるが…その大多数が取るに足らない、他の幹部達はやや苦戦するかもしれないが…そもそも他の幹部達と自分の間には凄まじい差がある。機械の体を得て強くなったシジキでさえ、あたしには敵わない。そんなのに手を焼く程度の連中じゃあ…尚更ね。


であるならば、この戦いは心躍る物にはならない…退屈なものになる。


「退屈だー、これなら他人のセックス見てた方が楽しいや」


他の幹部がやられようとも、自分とガウリイルが残っている限りチクシュルーブは落とされない。ならもうこれは時間の無駄、とっととヘリオステクタイトが発射されてこの世が地獄に変わるのを見るとしよう。


にしても…。


「もうちょっと、楽しめると思ったんだけど。所詮はメルクリウスの仲間かぁ」


あの弱虫の仲間ならそれも頷け──────。


「ッッって気が付かないと思ってんのかァッッ!!」


その瞬間、突如としてアナスタシアは激烈に吠えたて剣を手にグルリと背後に向けて刃を振るう…が、切り裂くのは空気ばかり。空振りだ…誰もいない。


なんてことはない…。


「おっと、後ろからびっくりさせてやろうかと思いましたが…失敗でございましたか」


クルリと向かいの屋根の上に着地するメイドは、優雅に一礼しながらアナスタシアの前に現れる。これが…私のところに差し向けられた刺客か。


確かこいつは、以前ロクス・アモエヌスから抜け出した奴…やはり街を出ていなかったか。ええっと名前は確か…。


「メグ・ジャバウォック…だったか?お前」


「はい、アナスタシア様。ご機嫌麗しゅう」


「ご機嫌麗しくねぇよ、最低な気分さ…あんた達のせいでさ」


「それは失礼しました」


無双の魔女の弟子メグ・ジャバウォック…実力的には魔女の弟子達の中で真ん中くらいって話だったが、随分自信に満ちてるな。ってことはこいつ…最近結構腕を上げたな?だが。


「やめとけよ、今更ハーシェルの影の残党程度があたしに勝てるわけがねぇ。あたしはエアリエルよりも強いからな」


「おや、そうですか…まぁ別にどうでもいいですがね。私はハーシェルとかもうどうでもいいので…それよりも、貴方様には是非ともお返しした物があるのです」


「返したい物?」


なんて、首をかしげるまでもなく…メグは、手に力を込め、取り出したナイフを握りしめ、鋭い視線でこちらを見て。


「我が大親友、メルク様の借りです…ここでそれを返します。お覚悟を」


「へぇ」


身に溢れる闘志、なるほど…どうやらこいつ。レゾネイトコンデンサーを破壊しようと思えばいつでも出来たな?だがそれをしなかったのは。


それ以上に、私怨を優先したから。メルクリウスの借りを返すための私怨を…面白い。


「やれるもんならやってみな、無理だと思うけど」


今ここにアナスタシアが戦地に立つ。四つのエリア…四人のエリアマスター達の中で、最強にして最悪の女が。


今…ここに。

あともう少しですが残念ながら書き溜めが尽きてしまったので一週間程お時間をいただきたいです。なので次の投稿は8/3になります。ゆっくりじっくり書いて参りますので少しだけお待ちくださいませ。

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