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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
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568.対決 雨も滴るいい男ディラン・ディアリング


天が荒れる、理想街チクシュルーブで巻き起こる決戦に呼応するように雨を降らせ、徐々にその勢いを強めていく。そんな土砂降りの中…エリスは一人、傘もささずびしょ濡れになりながらプールサイドで奴を睨む。


四つのエリアに存在するレゾネイトコンデンサー…それはソニアとオウマの企みを実現する鍵。サイディリアルを滅ぼし世界を変革する為の第一歩として究極の破壊兵器ヘリオステクタイトを発射する為のエネルギーを集める為の装置。


勿論、エリス達としてはそんなこと許容できないのでそれぞれのエリアに分かれてレゾネイトコンデンサーを破壊する為動いているのですが…。やはり、敵も馬鹿じゃない。


作戦の要たるレゾネイトコンデンサーの守りには、逢魔ヶ時旅団の幹部を配置していた…。


「トウッ!」


一つ影がプールの真ん中に屹立する城から飛び降り、華麗なクロールでザバザバとプールを泳いで、こちらにやってくる。そうだ、アレがこのエリアのエリアマスター…レゾネイトコンデンサーを守る幹部…その名も。


「久しぶりですね、ディランさん」


「死んだと聞かされた時はショックだったが…ンゥ〜見事なタフネスだ、地下に落ちて生き延びるとは」


逢魔ヶ時旅団の第四幹部ディラン・ディアリング…、四年前メルクさんを傷つけた連中の一人がプールから上がり、ブルブルと体を揺らし水を払い、雨の中を悠然と歩きながら太い眉をクイッと上げて割れた顎を突き出し笑う。


ディランさん…エリスが以前お世話になったエリアマスターだ。彼はいい人なのだとエリスは思う…実際彼は本気でエリスの心配をしてくれていたようだ。


「しかし残念だ、君が件の魔女の弟子…しかもソニア様が最も忌み嫌う孤独の魔女の弟子エリスだったとは…」


「エリスもですよ、まさか貴方が敵だったなんて」


「ンゥ〜お互い不運な星の下で出会ったものだ」


「はい、けど…」


彼は良い人だ、けれど…それでもやらなくてはならない事がある。エリスはヘリオステクタイトを発射させるわけにはいかない。だから…。


「ディランさん…引いてください、エリスはレゾネイトコンデンサーを破壊しに行かなきゃいけないんです」


「君こそ諦めたまえ、ヘリオステクタイトはソニア様と団長の悲願…団員としてこれは叶えなきゃいけない」


「エリス手加減ががメチャクチャ下手です、痛い思いしてやっぱりなし…とかは出来ません。戦えば確実に半死半生します」


「優しいねェ、俺は…ンゥ〜殺しちまう」


戦わなくてはならない…か。ディランさん…いやディランも引く気はないようだ。ならば仕方ない。


「じゃあ仕方ありませんね、ちょっと沈んでもらいます」


「勇ましい、ンァ好感が持てるよ」


そうしてエリスとディランは大雨の中で互いに向かい合い、構えをとる。雨が水を打つ音が響き渡る水楽園の中…たった二人で、見つめ合い…そして。


「『旋風圏跳』!」


「風魔術を応用した加速か…!」


飛び出す、エリスは風を纏い一気にディランに飛びかかるが、これに対して一切の威圧を覚えず小さく鼻で笑ったディランは人差し指を立て、それを足元の水溜りの差し込むと。


「『ウォータードライブ』ッ!」


振り上げた人差し指の勢いと共に足元の水溜まりが一気に飛び上がり水の斬撃となってエリスに飛んでくる。その威力、速度…どちらをとっても肝が冷えるほどで、エリスは咄嗟に体を傾け斬撃から逃げるが。


「そこ!『ウインドインパクト』ッ!」


手を銃のように構え、人差し指から高密度の風の弾丸を放つディラン。それは一瞬でエリスの肩を打つ…コートがあったから貫通しなかったが、もしコートを着てなければその時点で骨ごと穿たれていた…そう感じる程の威力に思わずエリスは足を止め…。


「『ディリュージバースト』ッ!」


「くっ!?」


そしてトドメとばかりに放たれるのは空気中の水素を集めて生み出される爆発…水属性魔術の中でも大技に部類される魔術だ。それを足を止めた瞬間に放たれ回避も出来ず真っ向から受けるんだ。


防壁があってもこの足場が後ろに滑り、再び距離を取られる。


(強い…)


ディランは筋骨隆々のマッチョマンだ、逆三角形の肉体はある意味芸術と呼べるほどに雄々しい。されどその見た目とは裏腹に…ディランという男は徹底した『魔術師タイプ』。


最初に使ったウォータードライブは水を放つ魔術だ、だが足元の水を使い水を生み出す手間と魔力を削減し、その技量によってエリスに冷や汗をかかせるほどの威力を生み出した。


次に使ったウインドインパクトは本来拳大の風を放つ打撃系の魔術。それを指先に集約し威力と貫通力を高める使い方をし…。


そこに大技であるディリュージバーストを重ねる…やり方としては上手い、あまりにも上手すぎる。即興でやって出来る芸当じゃない、これを可能とするのは徹底した『経験』と『修練』…彼は今までこの技で戦場を渡り歩いてきたのだ。


「見たところ、ンゥ君も属性魔術を使うようだ」


「はい、エリス属性魔術は大得意です」


「ンァなるほど、俺と…同じ」


メルクさんは言った、彼を属性魔術の達人と。エリスは属性魔術の使い手とは結構戦っています、ですが…こういう真っ当な魔術師タイプとの戦いってのは、レオナヒルド以来だ。


そして当然、ディランはレオナヒルドなんかとは比べ物にならないくらい強い。


(相手を寄せ付けず…徹底的に距離を取って戦う、エリスも本来はこういう戦い方をするべきなんでしょうね…)


距離を取られるということは、今回は態々近づいて殴ったりなんだりはしないほうがいいかもしれない。遠距離戦…思えばまだ幼くフィジカル的に貧弱だった頃はそうやって敵と戦ってましたね、エリスは。


よし、久しぶりにやるか!


「見せてあげますよ、古式魔術の火力ってのを…!」


「ンゥ面白い、ンじゃあ俺は世の中…火力だけじゃないってのを見せてあげようか」


拳を握り、魔力を高める。師匠は言った…魔術を打つ時は体という器に魔力という水を満たす感覚でと。もう慣れきったその手法でエリスは…ゆっくりじっくり確実に魔力を高める。


「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ」


腕に雷を纏わせ、何度も回転させることで加速し威力を高める。大事なのはイメージ…燃え上がる雷を魂の中から引き出す感覚!


来た!いける!


「『真・火雷招』ッッ!」


「ピュウー…すげぇのが来た!」


ディランは思わず口笛を吹く。目の前に迫る魔力の膨大さとその異様に圧倒されたのだ。同じく属性魔術を扱うからこそ分かる古式属性魔術の凄まじさ、現代魔術と古式魔術が明確に別物とされる所以が今はっきりと見て取れる…そうディランは観察すると共に。


「だが…」


…笑う、ニタリと歯を見せ笑うと共に背後のプールに手をかざし。


「『ウォーターウォール』ッ!」


その一声と腕を軽く振る動作でプールの水がドカンと爆発するように隆起しディランを守る盾となる。間に立ち塞がった水は雷を受け止め水蒸気となって破裂する物の…肝心のディランには届かない。


…まずい、そういうことか。


「気がついたかい?ンゥエリスちゃん…」


「………まぁ」


「ああそうだ、君の得意属性は恐らく風と雷…メインウェポンは雷といったところか。だが…ン生憎俺の得意属性は水なんだ、相性は最悪だろう」


電気にとって、水は相性の悪い相手だ。どれだけ強力な雷も水にあたれば霧散するし熱まで受け止められる。雷属性にとって水属性は天敵。


しかも…更に最悪な事にここには。


「しかもここには水がある、俺の大得意な水属性が…態々俺が魔力を使って水を生み出さずとも使える水が…それこそ無尽蔵にあるといってもいい」


当然だが一から魔力で構成するより自然にあるものを使った方が魔力効率は低くて済む。その点で言うとこの『水楽園』と言う水で満たされた空間はそれに最適だ。つまりディランはここでは水を使いたい放題なのだ。


「古式魔術はかなり魔力の消耗が大きいらしい。反面俺はさっきから全く魔力を使っていない。この状態で打ち合って根比べをすれば…勝つのはどっちかな」


「………」


古式魔術は消耗が大きい、その点あるものを使って魔力を節約しながら放たれた魔術では…そこに大きな違いが表れる。このまま根比べのように戦い続ければ…先にバテるのはエリスの方だ。


「面白くなりそうじゃないか、エリス」


「貴方も所詮…傭兵なんですね」


そして、そんな状況にあって楽しそうに笑みを見せるディランに、エリスはどうしようもない程に血の匂いを感じる。アレだけ他人を慮る心があって、良識を兼ね備えているのに、一転すれば血と争いを好む残忍な兵が現れるとは。


「ンゥ失望させてしまったかな!『ウインドスライサー』ッ!」


「ええ!正直言って!『旋風圏跳』!」


クルリとその場でバク転し空中に飛び上がりエリスに向けて放たれた円盤状の風の斬撃を回避する。


エリスは別に傭兵という職そのものに対して忌避感を覚えているわけではない、エリスの知り合いには傭兵もいるし職業軍人もいる。戦闘を生業にする人間と数多く知り合いであるしエリス自身結構血生臭い人生を歩んでいる。人のことはあまり言えない人生だ。


だが…それでも、こいつはあまりにも人の死を願いすぎている。


「理解しているんですか!貴方のやろうとしている事は大量虐殺を超えた最悪の非道!人である以上守らねばならぬ一線を越えてまで…やりたいことなんかあるのか!」


「ンゥ君は俺を良識ある人物と評価してくれているが、大前提を忘れていないか…?『タイダルウォール』!」


「大前提…?」


プールの水を操り何処からか取り出したボードの上に乗り波を御しながら空を飛ぶエリスを追うディランは自らの胸に手を当て笑う。


「俺は逢魔ヶ時旅団…歩み潰す禍害だ。その道は死体で舗装され、陽の光のように血を浴びて、断末魔が耳にこびり付いた…真性の殺戮者。どちらかと言えば人の死をよしとする人間の代表格みたいな奴なのさ俺は」


「それが、貴方達ですか…」


「ああそうだとも、そして逢魔ヶ時旅団の鉄の掟その一…敵対者は必ず殺せ、死んでも殺せ。魔女の弟子エリスゥ…俺は君も殺すつもりでここにいるぞ?」


「エリスもです!説得が通じるとは思っていませんでしたが…相容れぬ事も今確定しましたから!容赦しません!」


相容れない、人の死を良しとする思考を理解出来ない。エリスはそれをエルドラドで痛感したんだ。


思想的に理解出来ない見知らぬ人でも死ねば辛い物で、エリスの手の届かないところで人々が死の坩堝に飲まれ死んでいく様を見るのは耐えられない物で。ジズと言う一個人が作り出した死の螺旋がどれほどの悲劇を生んだか…エリスはそれを痛感している。


ましてや、ジズが作り出した死の螺旋一つでそうだったんだ…ソニアが生み出そうとしている国単位の死の螺旋など、許容出来ようはずも無い!


「ンゥ〜結構!なら止めてみるんだ。言っておくが俺は…ッ!」


そして、水の波の上で飛び上がったディランは全身から魔力を噴出させ。


「凄まじく強いぞ…?」


指を立てる、魔力を集中させる。来る…ディランの攻勢が!


「『アクアブレッドレイン』ッ!」


「ッ…!」


指先から放たれるのは超高密度の水弾丸。それが雨のように…と言うか雨に紛れてとめどなく飛んでくる。なるほど…雨か!


「ハハハッ!尽きない無尽蔵の弾倉がお空にあるもんでね…属性魔術ってのはその場の環境を最大限活かしてこそ、ンゥ〜強いんだ」


ディランはその場にある属性をそのまま転用して魔力消費を極力抑えている。プールの水を使っているのも同じ、今彼が使っているのは雨水…空から降る水を即座に手元に集めて弾丸として撃っているんだ。


よし!真似してみよう!で出来る芸当じゃない、空から降ってくる雨水を一つ一つ指先で正確に捕まえるなんて事簡単に出来るわけない、ましてやそれを魔力で捕まえるなんて…凄まじい芸当だ。


「フッ…!」


「これも避けてくるか、物が違うねぇ…」


破壊音を鳴り響かせながら連射される弾丸はプールサイドを破砕させながらエリスを追うように次々と放たれる。それを体を傾け風に乗りながら水楽園を滑空しながら回避し手を考える。


無思考に高火力を撃っても当たらない、ならば…!


「ほっ!流障壁!」


「なっ!?嘘だろ…特殊魔力防壁!?そんな年齢でよく使える!」


その場で止まり流障壁で水の弾丸を防ぎながら手元に魔力を集める、さぁこっから勝負だ!


「燃える咆哮は天へ轟き濁世を焼き焦がす、屹立する火坑よ その一端を!激烈なる熱威を!今 解き放て『獅子吼熱波招来』ッ!」


「お…」


周辺一帯に熱波を一気に放つ、と同時にプールの水と雨水が一気に白く染まり沸騰し蒸発し世界が霧で満たされる。


「目眩し…『アイスバーン』ッ!」


しかしディランの対応も早い、風で払うのではなく冷気を放つ事で霧の温度を下げ一気に霧を降下させ目眩しの霧を晴らす…と同時に。


「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』ッ!」


「背後か!速いねェ…!」


地面の水溜まりを噴き上げながらディランの背後に回ったエリスは両手に集めた風を一気に放つ。しかしディランもまた指をクルリと回し…。


「『ヒートファリンクス』ッ!」


熱波を放つ、今度は地面に向けて。それは地面を温め作り出す…上昇気流を。風は気流に抗えず若干上へと進路を変えディランの髪を掠めながら天へと昇り─。


「水界写す閑雅たる水面鏡に、我が意によって降り注ぐ驟雨の如く眼前を打ち立て流麗なる怒濤の力を指し示す『水旋狂濤白浪』」


即座に切り替える、ディランの真似をしてプールの水を一気に放出し巨大な波濤を作り上げる…。


「『アースカタパルト』ッ!」


されどやはり…効かない、ディランは右足で床を踏み締めると床がまるでカタパルトのように跳ね上がりディランを天へ舞い上げ波濤を飛んで回避するのだ、そしてそのまま…。


「『ウォーターレーザー』ッッ!!」


「グッ!」


指先から水の光線を放ちエリスの流防壁ごと吹き飛ばし…背後のプールへと押し飛ばす…。


…これは……。


「ンン…技量の差が出ているなァ、魔女の弟子」


「ッ……」


プカリと頭だけ水面に出してエリスはディランを睨む。完全に上回られている…属性魔術の理解度で、本来なら火力面で大幅に上回るはずの古式魔術が基礎的な何の変哲もない属性魔術でいなされている。


完全なる技量負け、同じ魔術を使うが故にその技量の差が如実に出る。こんなのシン以来だ…いや、魔術の技量だけで言えばディランはシン以上かも知れない。


(こんなに強いのが…第四幹部、ハーシェルの時も思いましたが八大同盟というのはシャレにならない奴らばかりですね…)


確実にこの世界の上澄みにいる存在が…こうもゴロゴロと出てくるなんて。


(参った、お利口に戦っても勝ち目がない…)


このまま属性魔術だけで戦っても…エリスはディランに勝てない、実力以上に技のキレと多彩さに差がありすぎる。何より…ディランは本気を出していない。


まだまだ底が見えない…見えてこない。


「ンン古式属性魔術…面白い物を見せてもらった、そしてその年齢でそれほどまでにその火力を御する胆力と技量…君の師匠は孤独の魔女だったな」


「はい、世界最強の魔術師です」


「凡ゆる魔術を極めた『魔の深淵』の名を持つレグルスか…。その技量は…ンン〜最高だ。だが惜しむらくは君がまだ若すぎると言うことか、君はまだ…戦争を知らないだろう」


「知ってます!継承戦に出ましたから!」


「違う、そんな小規模な小競り合いじゃない。国と国が殺し合う…本物の紛争だ」


それは…ないかもしれない、エリスは軍と戦ったこともあるがそれは戦争ではない。大規模な人員を率いて戦った事はないし、そう言う物の中で駆け巡った事もない。飽くまで小規模なものか、或いは大規模な物を遠目で見たことがあるくらいだ…。


「戦争に於ける魔術師の立ち回り、求められる役回りとは即ち敵の撃滅。歩兵が前面に出ている間に後方から敵の勢いを削ぐのが魔術師の仕事だ…」


ディランは、勿体ぶらず神妙な面持ちで自らの手を見る。


「当然、敵方の魔術師もいる。そいつらはこちら側を狙って魔術を撃ってくる。一人一人の技量は君には及ばないが…それが千人、万人単位で一斉に撃ってくるんだ。火の玉の雨が降り、氷の礫が天を覆い、雷が蛇のように俺達を狙う…逃げ回るだけじゃ殺される。こちらも反撃しなくてはならない、だからここで必要になる技術が…」


「魔術のレジスト…ですか」


「そう、火はどう防ぐか、水はどう防ぐか、風はどう防ぐか、土はどう防ぐか、教科書なんてない。その場の機転と発想だけが頼りだ。生き残るためには勉強も必須、その勉強を実践し修練し…なんとかかんとか生き残れる、それが戦地だ…」


レジスト…それは魔術師にとっての必須技術。全員が全員魔力防壁を張れる訳ではないから魔術を防ぐ術を会得していない魔術師の寿命は短く、簡単に死ぬ。エリスも師匠からレジストの基礎を習っているが…。


違う、ディランはそれを実戦で使ってきた回数や規模が違う。


「君の魔術は普通の魔術師千人分の威力だ、だが俺は万人の魔術を防いで今日まで生きてきた…悪いが、火力押しで勝てると思わないでほしいなァ」


「……………」


本物の戦場を知る魔術師か…、なるほど。彼の強さの源流は徹底した現場主義で鍛えられた物なのか。


「貴方は…戦場で生きてきたんですね」


「ンァア、逢魔ヶ時旅団に加入する前から…ずっと傭兵やってる」


「どうしてですか、それだけの技量があれば正規兵にだってなれるはず…」


「チッチッチッ、違うんだなあ。正規兵と傭兵の仕事は違うだろう?」


「どっちも…戦う兵士でしょう」


「違う、正規兵の仕事は『戦争を始めない為』の物…傭兵の仕事は『戦争を終わらせる為』の物。正規兵の仕事は本質的には秩序と平和の中にあり、傭兵の仕事は混沌と破壊の中にある…ンン俺はどちらかと言うと、殺して事を納める方が好きなんでね」


「…戦いたいから、傭兵を」


「そうだとも、でなきゃ…こうも真面目に力は磨かない」


…ああそうか、この人達とエリス達の思考は本質的に違うんだな。落ち着いてない頃のラクレスさんみたいだ…戦う為に戦う、戦いを起こす為に戦う。それが彼の…。


「君だって同じだろう、戦う為に力を磨いている。戦う為に…相手を殴るんだろう」


「違います、エリスは相手を黙らせる為に殴るんです、エリス自身の理屈を押し通す為に」


「同じな気がするが…」


「違いますよ…だって」


水から這い出る、全身に激る魔力が熱を持ち…体が湯気立つ。エリスは戦う為に戦ってるんじゃない、黙らせる為に戦ってる…押し通る為に戦ってるんだ。決して同じではない…だって。


「エリスは、友達の未来の為に…この理屈を押し通すんですから」


「友達…ね」


「聞いてますよ…メルクさんを、傷つけたって!」


「ふゥん…」


エリスは怒ってますから、エリスを助けてくれたディランさんに感謝しているのと同時にメルクさんを傷つけた貴方に怒ってますから。


だから…引かないんですよ。


「…ンああ、そうだ。傷つけた…ならどうする?また同じ事を繰り返すか?言っておくが一度見た魔術はもう二度と効かないぞ?」


「分かってますよ、けどそれはエリスも同じです…」


確かにディランは強い、経験値で負けてるエリスがここから盤面をひっくり返すのは難しい。だがね…ディラン、あんまりエリスをなめない方がいいですよ。


「行きますよぉ〜…」


「…クラウチング…?」


腰を落とし手をついて、加速の姿勢を見せる。ディランは強い、このまま普通に近接戦を仕掛けても魔術で引き剥がされ距離を取られる、かと言って遠距離で戦えば押し負ける、それはディランの持つ経験値がエリスを上回っているから。


そんなディランに有効打を与える方法はあるのか?…ある。単純だ…ディランが経験したことのない技を仕掛ければいいだけだ。


(エリス…何をするつもりだ、分からないが間違いなく何かをしてくる。雰囲気も風格も完全に変わっている…こりゃあ厄介だ、八大同盟が危険視するのも分かるぞこれは…!)


ディランとエリスの間にはまず勝ち目がないくらいには経験値に差がある。けど…エリスだってこれでもそれなりに修羅場を潜ってます。


しかも、ディラン…貴方の経験は戦場の経験でしょう?ならないはずです。エリス程には…『タイマン』の経験が。


「戦場とタイマン勝負は違いますよ…ディラン!」


────エリスはここに至るまでに、多くの強者達とタイマンで戦ってきました。中にはエリスより遥かに強いやつもいました、そういう奴らとの戦いは…エリスの糧になっている。


例えばそう、エアリアル。アイツは強かった…間違いなくエリスが戦ってきた敵達の中で五本の指に入る強さだった。アイツもまた技量でエリスを圧倒してきた…けど、その技量を乗り越え、記憶したエリスは…その戦いを糧に新たに技を手に入れた。


それこそが…この。


「『瞬影モード』ッ!行きます!」


その瞬間、エリスの姿が消え…。


「グゥッ!?」


ディランの体が吹き飛ぶ。頬に傷を作りクルリと体を回し受身を取りながら視線を走らせる。


「器用なやつ…」


やや疲れた様子で眉を下げるデュランは両手を前に出し防壁を放ちながら腕をクロスさせ衝撃に備える…と同時に不可視の衝撃が走る。


────何が起こっているのか、簡単だ。エリスが攻めてるんです…ただ、見えないだけで。


エリスと戦ったエアリアルという人物は、その人格を抜きにすれば間違いなく『武の達人』と呼ばれる部類の人間だった、あそこまで高められた人間を見たことがない。多分技量ならラグナよりも上だ。


それが目に焼き付いたエリスは…なんとか彼女の動きを一部でも模倣出来ないかと考えてみた。だってエアリアルの速度はエリスの最高速と殆ど同じだった、なのに何故か攻撃をすれば彼女が先にエリスに打撃を当ててくる。これは不思議だ…これが出来ればエリスはもっと強くなれる。


ということでメグさんに相談してみたんです…すると。


『それは空魔一式・絶影一閃の応用ですね。ほら、目にも留まらない速度で背後に回って首を切るやつ』


そんな答えが返ってきた、確かにエアリアルは全ての空魔殺式をマスターした最強の殺し屋でもあった、その一挙手一投足が空魔殺式として機能しているという化け物であった。故に打撃の一つ一つが絶影一閃と同じカラクリで動いていると……。


それを聞いたエリスはしめたと思った、だって…肉体由来ではなく技術由来なら真似出来るから。


だからエリスはメグさんに言った…。


『メグさん、エリスに空魔殺式を教えてくれませんか?』


……ってね、メグさんも最初は渋ったけどエリスがそれを殺しに使わない事は分かっているし、何よりもう空魔もない訳だし、別に構わないということで教えてくれたのだ。


メグさん曰く空魔殺式とは謂わば『対人技の究極系』…ジズと言う殺人に一念を置き続けた一人の天才が才能を磨き努力を怠らず組み上げた人体理論に基づいた最適解の動きがそれなのだと。


絶影一閃も重要なのは速度ではなく、相手の意識の外に瞬時に出る術が重要なのだ、エアリアルが速く感じたのは相手にそう感じさせるように動いていたから、詳しく測ればエリスと大して差はなかった。


最適解を最短距離で、最高速を最大限発揮する…人間相手にしか使えない対人技の極致を、エリスは教えてもらった。とは言え会得出来たのは絶影一閃だけだったがそれでも会得は出来た。


そうして組み上げたのがこの瞬影モード…、その真髄は。


「ッはぁっっ!!」


「ぐふっ!?いつの間に…!」


ディランの懐に潜り鋭い拳を叩き込みその体をくの字に曲げる。レジストや防御の隙を与えない…しかし即座にディランも迎撃姿勢に入り…。


「この!『サンダーボルト』!」


「…………!」


見る、ディランの動きを…大切なのは筋肉の動きと瞳孔の配置、相手がどこを見て何を考えているかを即座に把握し、その意識外に…一瞬で出る!


「っ!また消えた!」


瞬影モードとは即ち『エアリアルの真似』だ。奴がエリスを相手にやっていた動きをエリスなりに模倣するのがこの技の真髄。常に極限集中心眼を発動し相手の動きを把握しつつ、旋風圏跳で加速し続け…足元に防壁を作りそれを足場に急旋回。


これを行い無限に加速し続けることで最高速を常に作り続ける。エアリアルは常に直線で動き加速を続け、防壁を足場に踏み込むことで進行方向を変え速度を落とさず移動し続けていた。その再現を…行うのだ。


これを最初に見せた時…メグさんは言った。


『でも、どこまで行ってもそれは『模倣』ですよ。私もジズ程上手く教えられませんし、エリス様もエアリアルと同じ段階には至れません…それでもいいのですか?』と。


…けど、いいんだよ。エリスは結局…常に誰かの模倣で強くなってきた。師匠の模倣、シンの模倣、仲間の模倣、そうやって自分の中にいろんなものを積み重ねてエリスの物に変えて強くなってきた。


だから思う、エリスの真骨頂は…『模倣』なのだと。


「こんな戦い方!戦場じゃ見たことないでしょう!」


「グッ!?…た、確かに。そいつは殺し屋の戦い方、戦場じゃあ見たことがないな…!」


速度特化型のエリスはディランの反応速度を超えて蹴りを叩き込む。これならディランだって経験したことないはずだ、事実ディランは何も出来ずエリスに蹴り飛ばされて空を舞っている。


これならいける!


「これはね、ディラン…『やり返し』なんですよ」


ジグザグと雷のような軌道でディランを追い、空を舞うその腹部に膝蹴りを叩き込みながら吠える、これはやり返しだと。


「お前達がね、やってくれたおかげでねぇ…エリスの友達が、どれだけ追い詰められたか!」


「ぅぐっ…!」


一閃、鋭い肘打ちによりディランの体が回る。こいつらが…結局のところ全ての元凶だ。


メルクさんがアド・アストラの議会で立場を失いかけたのも、そのせいで憔悴し我を失ったのも、重傷を負い幻覚を見るほどの痛み止めで寝たきりになったのも…全部全部!こいつらの!


「この日を待っていましたッ!お前達をッ!一方的に嬲る今日という日を!」


「ごぁぁっっっ!?ぐぅうう!」


「貴方には多少の恩がありますが、ごめんなさい…メルクさんと天秤にかけるまでもないんですよ…」


地面に落ちたディランを踏みつけ、ミシミシと音が鳴る程に、踏みつける。この痛みをメルクさんは味わった…だから、お前達はその数倍は苦しむべきなんだとエリスは思う、エリスはそう思うからそうする。それだけの事だ。


…………………………………………………


(ッ…コイツ…マジか…)


ディランの体を踏みつけるエリスの姿を見たディランは、慄く。最初助けた時は可愛らしい女の子だと思った、敵として再会した時は女だてらに気丈な子だと思った。魔術を見た時から雲行きが怪しくなり…。


今はもう、コイツを女だと思えない。鬼…いや…『本物』か。


『ディラン、気をつけろよ。世の中には『本物』がいる』


一緒に戦場に出た時、オウマはよく口にする。本物の名を。


『人間っては多かれ少なかれ他人に危害を加えることに躊躇するもんだ、俺達みたいなプロはその辺を制御出来るからいくらでも人間を殺せる…が、こういうのを偽物って言うんだ。自分の本能に抗えず制御することしかできていないんだからな』


『だが世の中にはいる…たまーにいる。相手を傷つけることに一切の躊躇を持たない奴、気が狂った奴って意味じゃないぞ?傷つけている罪悪感と傷つける理由に完全に折り合いをつけて一切の躊躇をマジで消せる奴がいる』


制御するまでもなく、戦える闘争本能。得てしてそういう奴はロクでもないが…それでも。


『それでも気ぃつけろ、そういう奴は一度カチ切れると手がつけられない…実力があるなら尚更な』


まぁそんな奴中々いないがとオウマは笑ったが…。


(エリス、コイツはオウマが危惧したタイプの…本物だ、俺に対する恩義を感じながらもメルクの敵討ちという理由に完全に折り合いをつけて傷つけることに躊躇を覚えていない)


どういう精神構造してるのか気になるが…今は。


「このまま全身の骨を粉末状にしてから水に浸してペーストにしてやる!」


(後先なんて考えられる相手じゃないな)


正直、自分から使いたくなかったが…仕方ない。追い込まれたのだから。


「ンン…やるね、エリス」


「ああ?」


「だから使うよ…こっから本気だ」


「ッ…」


エリスが咄嗟に飛び退く、流石の判断力だ、だが遅い。迂闊だったな。


「ッッ…魔力覚醒ッ!」


起き上がりながら、即座に魔力を逆流させ、発動させる…俺の魔力覚醒を。


「『心恋し月草天花』…!」


瞳が光り輝く、悪いなエリスちゃん…俺の魔力覚醒ってば、…よく言われるんだ。


『対属性魔術師最強の魔力覚醒』って。


だから多分、君に勝ち目はない。


……………………………………………………


ディランが魔力覚醒を使ってきた、エリスも使わないと…そう思ったんだが、はっきり言おう。


───無理だった。


「グッ!ァガッ!?ぁぁああ…ぜぇ…ぜぇ…」


「分かったかい、エリスちゃん…俺はね。人を殺す事をなんとも思わないタイプだってねェ」


立ち上がるディラン、大してエリスは…全身を火に焼かれ、大地に倒れ伏していた。奴が魔力覚醒『心恋し月草天花』を使った瞬間、エリスの体は…燃え上がった。その炎に身を焼かれ…エリスは倒れた。


いや…違う、エリスの体が燃え上がったんじゃない。


(まさか…奴の覚醒は…いや、ありえない…そう思うしかない…もしそうだったなら、エリスに勝ち目がない)


ゾッとする背筋…、脳裏に過ぎる奴の覚醒の内容。もしこれが想像の通りなら…勝ち目がない。


だから否定する、今はただ否定し…。


「ッ…『瞬影モード』!」


即座に飛び退き再びディランの視界から抜けようと風を纏う、だが……。


「ンァ無駄だ…」


そう、ディランが言った瞬間…。


「ぅぎゃぁっ!?」


エリスの体は、今度は電撃に包まれゴロゴロと地面を転がることになる。…突然電気カー発生した…虚空に突然、いや生まれたじゃない…ああそうか。


やはりそうなのか…。


「ま、まさか…貴方の覚醒は…」


「ンァああそうだ、俺の魔力覚醒は世界編纂型魔力覚醒…対属性特化の力。つまり…『属性の任意変更』だ」


────世界編纂型魔力覚醒『心恋し月草天花』が持つ力。それは属性魔術を満遍なく極め抜いた彼だけが得た最高権限、即ち対象の属性を任意で変更が出来る、と言うもの。


水を火に、風を水に、土を風に、火を土に。それが自然現象であれ魔術であれ属性であるなら変換出来る…そう、自他共に問わず。


「ッ…『火雷招』ッ!」


「無駄だ…と、一々言わなきゃ…ンゥダメかな?」


エリスが魔術を放てば…それが当たる前に空中で霧になって消える。見ただけで属性を変更出来る、エリスの魔術も完全に無力化出来る。


つまり…今、エリスが武器としている魔術の大部分が使えなくなってしまったのだ。


「ッ…マジか…」


「隠していた訳じゃあないんだ、ただね…これを使うと勝負にならないだろう?特に君みたいな属性魔術使いは…な」


マジでやばい、エリスの魔術も技も全て属性魔術に依存している。これが使えなくなると本当に何も出来なくなってしまう。例え魔力覚醒を使っても…そこは変わらない。


「さぁ、どうする…魔女の弟子」


(どうしよう…これ)


思考を早め、策を練る。考えろ…エリスが出来る事を束ねて…形にするんだ。


(魔術が全て使えなくなった訳ではない、師匠からは属性魔術以外の魔術も習っている…けど、足りない…決定的に火力が)


エリスの手元に残された魔術はその大部分が火力のない物ばかり、いくらこれで立ち回れたとしても最終的にディランを倒すと言う部分に持っていかねばならない以上ある程度の火力は必要だ。


どうやって倒す…どうやって。


「退くかい?ンァアエリス」


「…いいえ」


「そうか…なら、残念だ」


するとディランは徐に手を上げ…パチリと指を鳴らし。


「『血染めの五月雨』」


発動する、属性変更が。魔術だけでなく自然現象にも及ぶこの魔術は…即ち降り注ぐ雨にも効果がある。例えばこの雨を…雨粒一つ一つを、土属性の鋼にでも変えれば、それは────。


「ぅグッッ!!!」


降り注ぐ針の雨へと変化する。エリスの身を引き裂く為に天空から降り注いだ鉄の雨はエリスに向けて落ちてきて、血が舞う。防壁を張っているがそれだけじゃ防ぎきれない、腕で体を守るがそれでも防ぎきれない、コートでも防壁でも防ぎきれない地獄の雨がエリスを切り裂き続ける。


「ッッうぅっ!!」


「『雨も滴るいい男』…それが俺の二つ名さ。悪いね、雨の中の戦いで…俺ぁ負けたことが無いんだ、その意味は説明しなくても分かるだろう」


最悪の相性に最悪の環境…これは、クソッ!


「ッッ!!」


「お…」


咄嗟に近くの流れるプールへ飛び込む。すると鉄の雨は水に受け止められ速度を失いエリスへ届かなくなる。しかしディランは即座に動き…。


「水の中なら安心と思ったか?悪いがそこは俺の手の中だ…『鉄棺』ッ!」


ディランがその目をプールへ向けた途端、水が鋼へと変わり始める。まずい…このままじゃ鋼の中に閉じ込められるッ!


(ッ…!逃げないと!)


水が鋼に飲まれる前にエリスは体を動かしプールを泳ぎ水の中を疾走する。見ただけで属性を変更出来る…と言うことは属性を変更するには視線が必要ということか、相手に見られない場所なら属性の変更は起こらない。


だとしても…まずなんとかしなきゃいけないのはあの雨か。このまま外に出てもまた雨を鋼に変えられたら何も出来ずまた痛ぶられることになる。


しかし…。


(さっきから、空に魔力を感じる。多分攻撃に反応して防壁が張られるようになってるんだろうな…これじゃあ熱魔術を使っても雲を晴らすことも、雨を止ませることも出来ない)


雨雲はなんとも出来ない、じゃあ雨はなんとも……いや待て。


(あれを使えば!)


即座に反転し大地を蹴って水の中から飛び出る、まずは雨だ!あれをなんとかする!


「出てきたか!」


「ええ出てきてやりましたよ!」


水から出ればディランがエリスに視線を伸ばす、あの覚醒の発動条件は恐らく相手を見ること、故にエリスに注目する…けどそれは逆に言えば。


「魔力全開!」


拳をディランに向け伸ばし、指先に魔力を集中させる…そこにあるのは。


「んンゥっ!?光魔晶!?なんて物を持ってるんだ!?」


リバダビアさんから貰った光魔晶の指輪。魔力を通せば光り輝くそれに魔力を送り込み、更に光に指向性を持たせレーザーのようにディランの眼球を光で覆う。エリスに注目する事ばかり考えていたディランは容易く視力を失い。


「ンゥグッ!クソッ!」


「今だ!」


そして反転、後ろを向いて走り出す。今なら魔力覚醒の攻撃も飛んでこない…今なら───。


「『ウインドバーン』!」


「うぉっっ!?」


しかしエリスの背を打つような風が吹き荒び、この体は大きく吹き飛ばされ地面を転がる…魔術だ、ディランの魔術!何故!見えてないのに…いや、関係ないのか!


「あんまり…俺をナメない方がいい。目が見えなくても…君の魔力くらいは…ンゥ〜感じ取れる。場所さえ分かれば魔術は撃てる」


まぁそうですよね、けど覚醒を使わなかったってことはやはり目で見て視認することがトリガー!これなら覚醒を攻略出来る!と言うほどではない、視力はすぐに戻る…多分二度目は通じない、だから今はこんな攻撃無視して目的の場所へ!


「ッ…!!」


「反撃をしてこない…?遠ざかっていく…。ッッ!?あの方向は!まさか!」


気がついた…けど間に合う!そう思い見遣る先には…。


「させるかッ!『ゲイルオンスロート』!」


しかしエリスの進行を阻む為、ディランが巨大な竜巻をエリスに向けて放つ…けど、ディラン!貴方もエリスの事をナメすぎですよ!


「よっと!」


「っ!?風に乗った!?」


ムササビのようにコートを広げゲイルオンスロートに乗り加速する。風に乗る事に関してエリスより巧みな人間は多分エリスが運命のコフくらいしかいないでしょう。敵の風魔術に乗るくらい出来るんですよ!


「まずい…やめろ!」


「うぉおおおおおおおお!!」


そして飛んだ先、見遣る先…そこにあったのは。


スタッフオンリールーム、の近くにあるレバー。そう…ディランはかつてエリスとプールであった時言っていた。プールに入ってる最中に雨が降ってきたどうするんだと言う質問に対し。


雨天時は天蓋を用意することができる…そう答えていた、そしてスタッフに合図を送りこのレバーを引いていた。つまり…これを引けば。


「雨が…!」


轟音を上げ、天に蓋がされる。雨が防がれ…暗くなる。これで雨は…攻略だ。


「雨も滴るいい男、から雨を奪ったらなんですか?滴るいい男?卑猥ですね」


「咄嗟にここまで出来るとは…ンゥ〜流石、場慣れしてる」


ようやく視力を取り戻した頃には既に天蓋は覆われ、水楽園は闇の中に閉ざされる…ん?


「あれ?前天蓋をつけた時は、一緒に光源魔力機構も動いてたのに…真っ暗なままだ」


「……どうやら地下の機関がやられているようだな、ンゥお陰で今の天蓋作動でチクシュルーブ全体の予備エネルギーも尽きたようだ…」


「え?マジ!じゃあエリスファインプレーじゃん!」


確かヘリオステクタイトを発射するにはレゾネイトコンデンサーだけじゃなくて街のエネルギーもなんとかしなきゃって話でしたよね。それが今のでなくなったと!やった!そこは考えてなかった!後でみんなに褒めてもらおう!


「で………どうする?」


ギロリとディランがこちらを見る。雨は封じた…これで土俵に立つだけの状況は整えた、だが未だ戦況は最悪…エリスの魔術が封じられたままである事に変わりはない。


もうディランにさっきの手は通じない、常に片目を閉じて光の攻撃に備えている。さぁて…ここからどうするかな。


けどまぁ一つわかってることは…。


「どうにでもしますよ、貴方を倒せるなら」


「魔術を使えない君が俺に勝てるとは…ンゥ〜思えないが」


「魔術が使えなくても魔法とこの拳がありますから」


「そうかい…なら!」


グッ!とディランが拳を握り。全身から魔力を立ち上らせる…んん〜これはまた、凄い魔力だ。参ったな、雨を攻略しても属性魔術抜きで彼を倒せる気がしない。


(何かいい手はない物でしょうか、…一か八かボアネルゲ・デュナミスに賭けてみるか?いや全身を雷で覆うアレを使ったら、最悪雷を岩に変えられて即座に無力化される可能性がある…)


静かに腰を落として構える…魔術抜き、となると残りは魔法と拳だけ。


魔法と拳だけ…か。


(確か昔、師匠がこんな事を言ってたな)


四年前、エリスに防壁を教えてくれた時…師匠がぽろっと言っていた。


『心技体を極めるのが第二段階への道行き』


『魔法を極めるのが第三段階の道程』


『古式魔術を極めるのが第四段階への道のり』


と…心技体という人によって形作られるそれを超えた者は、魔法という本物的そして根源的な部分を極めより一層純度の高い魔力使いへと進化していく物だと。


当時はよく意味が分からなかったが、思えばエアリアルのような達人やエクスヴォートさんのような絶対強者は皆魔力防壁を使いこなしていた。


それ故に師匠は言った、防壁を極めることが第三段階に繋がると…。今なら理解出来る、魔力の扱いを極めに極め抜いた者が第三段階に至る鍵であることが、真の意味で。


「ンゥアここで!君を…殺す!『フレイムスネイク』!」


「フッ…!」


襲い来るのはディランより放たれた巨大な炎の蛇。龍の如きそれがグルリと辺りを焼き尽くすように蜷局を巻きエリスを焼き殺そうと暴れ狂う。それに向かって飛びながら…エリスは足元に防壁を作り出し───。


「やぁっ!」


飛ぶ、防壁を足場に飛翔する。炎の蛇を飛び越え…ディランへ向かう。


「いい動きだ、だがさっきより幾分も遅い…『ウォーターアロー』」


「ぅぐっ!?」


しかし簡単に打ち落とされる、こっちは魔術を使えないのにあっちは使い放題!勝負になるかこんなもんッ!


「がぁぁああああああ!」


「お!?」


でも引けるか!みんな今も戦ってるんだ!不利だろうがなんだろうが負けるわけにはいかないんですよ!


全身に水の矢を受けながらもグルリと空中で回転しながら防壁を足場にし一気にディランに飛びかかる、典型的な魔術師タイプなら!一気に距離を詰めるに限る!


「根性で突っ込んでくる!ンゥ!素晴らしい!だが!」


迎え撃つようにディランも構える、接近戦の構えだ…くそ!アイツ殴り合いも出来るのか!だが躊躇するな!足踏みするな!今はただ前を見て突っ込め!


「ぅオラァッっ!!」


「フンッ!」


周囲が炎の大蛇に焼き払われる中エリスはディランに飛びかかり、体を回しながら渾身の踵落としを見舞うが、腕に防壁を纏わせたディランはその一撃を容易く受け止め。


「魔力闘法を会得してるのは君だけじゃあンないんだな!」


「ぐぅっっ!?」


そして地面に叩きつけると同時に拳に防壁を纏わせ、それをエリスの上に振り下ろし叩き込むと同時に防壁を破裂させ、中に詰めた魔力を爆発させ更にインパクトを強化する。


「ぐがぁっ!?ゔぅうう!」


「まだ起きるか!」


されど倒れ伏すことはせずエリスは両拳を握りディランを相手に近接戦を仕掛ける。


「ぅオラァッ!」


「よっと!甘い甘い」


渾身のリバーブロー。されどディランの腕のガードと防壁により阻まれ傷を与えられない。ダメだ…拳で殴った程度じゃビクともしない!


「そらお返し…ンゥ〜〜だッ!」


「がぁっ!?」


そしてそのままエリスの頭を掴み、自分の膝に叩きつけるディランの攻勢でエリスは鼻から血を吐きながらクラリと一歩引き…。


「ぐぶるるるる!」


「く、首を振って無理矢理意識を繋ぎ止めた…君、本当に一般人?同業者じゃなくて?」


「エリスはエリスです!孤独の魔女の弟子…エリスだぁああああああ!!」


首を振り無理矢理飛びかけた意識を戻し、再び同じ場所を攻める。渾身のリバーブロー…。


「だからそれは効かないと…グォっ!?」


しかし、防ぎにかかろうとしたディランの首が上へ上がる。殴りと見せかけて防壁を足場に飛び上がり膝蹴りを見舞ったのだ。リバーブローを警戒して意識と防御が下に下がった隙を見つけての打撃。


これには流石にディランも苦しそうに悶える…今だ!


「喰らえェッ!」


「ッ…!?」


もう一度踏み込み、今度は顔を狙って拳を握りしめる。そして先程のディランの真似をして防壁を拳に宿らせる。ただ一つ違う点があるとするならエリスの防壁は…流障壁だってことだ。


「ッ…掘削機か!?」


即座に防御したディランだったが、高速で回転する防壁を直に叩きつけられディランの防壁が摩滅していく。けどダメだ…これじゃあ。もっと回転を早めろ!魔力を厚くしろ!防壁をよりエリスの皮膚に密着させて高めろ!


「ぅぐぅうおおおおおおおおおお!」


「なっ!?」


破砕、防壁を更に高速回転させたエリスの拳がディランの防壁を打ち破りその顔面に鋭く回転する防壁拳が叩き込まれる。今度はストレートに防御を抜いてやった!どうだ!


「ペッ…やるじゃない」


拳を受けたその姿勢のまま…ディランはニコッと笑って見せる、ダメだ…この程度じゃ倒れてくれない。そうだよ、こいつは逢魔ヶ時旅団の幹部…八大同盟の幹部なんだ!そんじょそこらの雑魚とは訳が違う!


「エリスちゃん…俺は、ンゥ〜ショックだ」


「な、何が…」


「苦し紛れで使う技で倒される程度の男だと思われていることが…さッ!」


「ちょっ…ごぅっ!?」


そして一瞬でエリスの腹に一撃を見舞い、反射的に一歩下がってしまったエリスは冷や汗をかく、まずい…距離を取ってしまった!あれがくる!


「ぬぅぅんッ!」


その瞬間ディランは上着を脱ぎ去り、ピクピクと動く大胸筋を晒す裸体を見せる。そして…。


「行くぜ…『ブレイジングフレイム』ッ!」


「ッッ!?」


噴き出す、全身から炎を。圧倒的な火力で自らを包むブレイジングフレイムは一瞬でエリスを包み込み…。


「まだまだぁぁあああああ!!」


更にそこから行使されるのは属性変更。エリスを包む炎は電撃に変わり、冷気に変わり、砂塵に変わり、目紛しく属性を変えゼロ距離で連撃を叩き込み…そして。


「吹き飛べ『五色花弁狂咲き』ッ!」


「がぁっ!?」


ドンッ!と音を立てて炎は颶風に変わり、エリスの全身を打ち…吹き飛ばす。


「トドメッ!『ホワイトサンダー』ッ!」


「ッッ!?」


吹き飛んだエリスに向け、手をかざしたディランから放たれた白色の電撃が一気にエリスに直撃に、生み出されるのは巨大なキノコ雲。水楽園エリアの四分の一を吹き飛ばす威力の電撃魔術がエリスを襲ったのだ。


「う…ぐ…」


防ぐ術さえないエリスは…崩れた水楽園のプールの瓦礫の下で、湯気を放ちながら倒れ伏す。


「…防壁は確かなものだが、残念。ンゥ属性魔術使いである以上俺には勝てない」


「う………」


ダメだこれ、勝てないかも。近接戦も魔法もエリスを上回っている…こいつ、マジで強い。


「立ち上がって…ン来ないな…。分かってはいたが、この程度か…お前も、メルクリウスも」


「ッ…」


倒れるエリスに、ディランが迫ってくる。どうする…このままじゃ…殺される…。


「……ここで倒れておいた方が、君に取っては幸運かもしれないなァ」


エリスを見下ろしながらディランは首を振る。ここで負けた方が…幸運だと。だがそう言われても…否定することしかできない。


「そんなわけないでしょう…」


「いいやそんなことある。オウマから聞いたよ…君達の目的はマレフィカルムの撃滅だと。だがはっきり言って君たちには無理だ、俺程度に苦戦してるようじゃね」


するとディランは近くの瓦礫に腰を下ろし、何処からか取り出した櫛で髪型を整え始め。


「君はエアリアルに勝ち、ガウリイルとも戦ったそうだな。多分わかっていると思うがガウリイルとエアリエルは怪物だ、マレフィカルムでも上位の怪物…だが頂点じゃない」


「…………」


「この二人は、マレフィカルム全体で言えば三十位圏内にも入らない、勿論俺も。ガウリイルとアナスタシアが二人で組んでも勝てない奴が他の組織にはいる、恐らくエアリアルとアンブリエルが組んでも勝てない奴がな…」


「そんなのが……」


「名を天下無双の剣騎士カルウェイン、こいつは怪物の中の怪物だ。単独で三魔人全員相手取っても勝てる、だが…そんな奴でも六番手だ。その上にはマレフィカルムの『五本指』がいる、全員帝国の将軍を相手にタメ張れる人外だ…俺は全員を見てる」


「…………」


「五番手のラセツは多分片手で君達を皆殺しに出来る。四番手の宇宙のタヴは…いや、四番手には今別の奴がいるのか、三番手の現人神のマヤは今現在地上に存在する凡ゆる超人の中で最強と言われてる女だ、君に勝てるか?それより上には神域の精霊使いクレプシドラがいる、あれは俺みたいに手加減してくれないぞ?一番手の神王イノケンティウスに至っては…君は前に立つことさえ出来ない」


マレフィカルムは、戦力だけで見ればアド・アストラを上回るとさえ言われている大組織だ。伊達に数百年魔女大国に喧嘩を売っていないと言えるメンバー…特に今のマレフィカルムは史上最強とも名高い。


「この五本指の上には…嘘か誠か分からないが五凶獣全員が君臨している。そして更にその上には十一人のセフィラ…知識のダアトが頂点に君臨する面々が連なり、そしてそれらを統括する総帥ガオケレナ…分かるか、今君がいる立ち位置を。君は今上げた面々に誰一人勝つことができない場所にいる…君が挑もうとしている者の大きさを、本気で理解しているのか?」


説くのは世の大きさ、世の広さ、世の高さ、自らが如何に小さく狭く低い場所にいるか。まだ見ぬ存在は…エリスにとって大きすぎる。それらとぶつかる前に、ここで終わる方が賢明だと。


分かっているさ、敵が強いことくらい。アルカナも三魔人も上回る怪物達をエリス達は相手取ろうとしていることくらい…でも、それでも理解を絶する程に実力の差は大きい。


「俺も…昔はこの力で、天を取ってやろうと意気込んだ事もあった。技を鍛え、体を鍛え、心を鍛え、ようやく第二段階に入り…それでも傭兵として戦い続け、幾つもの死地を渡ってようやく見えてきたのは、次の段階への扉ではなく、遥か向こうにいる天才や怪物達ばかりだった」


「……それが、巡り巡ってソニアの下で小間使い同然の扱いですか…惨めですね」


「ンああそうさ、俺はオウマと出会った時から諦めた…世の中にはどうやったって超えられない壁があって、俺はどうやっても世界の中心にはなれないってな。阻止とそれは君も同じだ」


「勝手に、一緒にしないでくださいよ…」


分かってるんだよ、エリスだって…自分がまだまだ弱くって、世界にはどうしようもないくらい強くてとんでもない奴がいることくらい。エリスよりも天才で、エリスよりも努力してる奴がいて、エリスよりも強い奴が…山ほどいるって事にくらいね。


それでも…一緒にされたくないとエリスは立ち上がる。


「まだ立つか?立ってどうする?俺に勝ってどうする?その先にはもっと強いのがいるぞ?俺が今上げたような奴らが…」


「貴方だって知ってるでしょう…見たんでしょう、その目で」


「…何を」


「あなたが今言った人達より、強い人がこの世にいるって」


「………………」


「エリスはね、そのマレフィカルムの強い奴らとか…正直どうでもいいんですよ。そいつらがどれだけ強かろうが、果てしなかろうが、関係ない。エリスはそいつらを見ていない…エリス達はそいつらを目指さない」


拳を握る。そうだ、何が五本指だ、何がセフィラだ、そいつらがどれだけ強くたって関係ない。だってエリスは…エリス達は。


「エリス達はその人達よりも遥か上にいる…世界最強の存在、魔女様達の領域を目指す魔女の弟子ですよ!何処にどれだけ強い奴がいようが関係ない!そいつら全員踏み台にしてエリス達は世界最強を目指します!エリス達は…」


再び立つ、立つしかない、だって…エリス達は止まらないから。


勝ち続けなければならない、それが魔女の弟子に課された…宿命だから。


「次の時代を作る、最強の魔術師になるんです!」


「懲りない奴だ、未だに自分を中心に世界が回っていると思っている」


「違います、エリスが世界を振り回すんです。この手でね」


「ハッ、ン一本取られたかなァ?」


仕方ないとばかりにディランも立ち上がり、構えを取る。今度こそ終わらせてやるとばかりに…。


「さて、意気込んだが。どうする、君に俺を倒す術は…ン〜無い」


確かに、魔術は効かないし、近接戦じゃ歯が立たないし、魔法だってあいつの方が上だ。正直もう手札がない…と思っていた。


ついさっきまでは…。


「……ところで!」


「ン?」


「貴方、前々から思ってましたけど…体改造してないんですか?」


「ン?ああ、まぁね」


逢魔ヶ時旅団のメンバーは全員体を改造している。鋼の肉体を持ち人知を逸した能力を発揮する。しかしどうだ?今さっき服を脱いだディランの体は…肉のままだ。


前にプールで会った時もそうだった、彼は肉体を改装していないように見える。


「俺は他の奴らと違って身体改造処置を受けてない、だって体を改造したら筋肉まで鉄になっちまうだろう?そうなったら…プールで泳げないじゃ無いか」


「あ、貴方…まさかプールでナンパするために、肉体改造を拒んだんですか」


「その通り、まぁ俺の戦闘スタイル的に身体改造の恩恵が少ないというのもあるが…それで?それを聞いてどうする」


まぁ…大層なモンだと思いますけど、そうですか。肉体改造はやはりしてませんか…なら。


「好都合です、今…貴方を倒す方法を思いつきました」


「ほう…!」


ようやく最後のピースが埋まった。こいつを倒す為の…手段が…!


「面白い、なら見せてもらおうか…ッ!」


ディランの力に呼応して、プールの水が周囲に集まってくる。再びあの大規模魔術を使うつもりだ…けど。


(魔法と拳…これで切り抜ける)


属性魔術は相変わらず使えないことに変わりはない。魔法と拳で戦わなくてはならない…師匠は魔術至上主義故にエリスに魔法を教えることは殆どない。師匠曰く魔法は適当にやっていれば身につくが魔術は教えられなければ会得出来ないから…とのこと。


つまり魔法に関しては殆どエリスの独学となる。だからさっきはディランに負けた、魔術勝負なら勝てたように経験の浅い魔法勝負では勝てない。


だが…エリスは見ている、良き先例を。魔術を殆ど使わず魔法で戦う者を…エアリアルもそうだが、それ以上がいるじゃないか。


(ダアト…)


エアリアルは強かった、だがマレウスで戦った存在の中で間違いなく最強なのはダアトだ。先程ディランが語ったようにダアトはマレフィカルムの階級の中でも最上位にいる実力者。


そんなアイツをエリスは嫌っている、なんだかとても気に食わない。いつかぶっ倒してやると心に誓っているが…同時に気に食わないことに奴はエリスとよく似た戦い方をする。つまりとても…参考になる。


(エリスはあの時から更に強くなりました…けどまだ奴はエリスに背中を見せている)


ディランの遥か向こうにダアトはいる、追いつくためにはもっと強くならないといけない。もっと強くなる為ならエリスはプライドを捨てる…だから。


「構えを…変えたか?」


構える、ダアトの構えにエリスのエッセンスを若干混ぜた新しい構えを。エリスの真髄は模倣だ…エリスは戦えば戦うほど、強敵の技術を吸収して強くなれる。だから模倣する…ダアトの動きを。


「何を考えているか知らないが…この状況を切り抜けられるとは思え…なァ〜〜いッ!」


その瞬間ディランは両手を合わせる、波濤の如く押し寄せる波が一気に姿を変え、穂先を刃に変えた炎となってエリスに向け放たれる。


それを前に…エリスは。


(極限心眼…)


識を応用した空間認識能力を用い攻撃を把握する、更にそこにダアトの感覚を思い出し…うん、…見える、隙間が…攻撃のじゃない。ディランの意識の隙間が見えるのだ。


「『瞬影』ッ!」


「なッ!?」


さながら…ディランの目にはこう見えただろう。動き出し、迫る刃の死角に入った瞬間、エリスの姿が消えたように。


「何処だッ!いや…魔力を追えば……ここか!『ウォーターハンド』ッ!」


拳に水を纏わせ、更にそれを電撃に変換し側面に向け振るう。見失ったエリスを魔力で追ったのだ。先程見せた瞬影モードや光による目眩しから着想を得た攻略法でエリスの姿を見つけ、弾き払うように拳を──。


「いないッ!?」


しかし、拳は空を切る。そこにエリスはいない…魔力だ、魔力の塊を囮にしたのだ。エアリアルのように防壁を人型にして、という程高度ではないが…それでもディランの目を欺くには十分過ぎる。


「何処へ────ッ!?」


「ディランッッ!!」


そして同時にディランの側頭部に蹴りが飛ぶ。エリスの蹴りだ、死角を通って靴先でこめかみを穿つ蹴りを放つ…踵から魔力を噴射させ少しだけ加速させた蹴りを。


「ぅぐっ!?」


(ダメだ…こんなモンじゃない、ダアトのは…!)


ディランは痛みに悶え大きく仰反るが…ダメだ、ダアトの奴はこんな威力じゃなかった。奴の特異体質が由来しているあの技の数々…エリスの体で再現するのは無理か。真似だけじゃダメだ…相手の動きをコピーして、更にそこに自身の技術や経験を加えていくのが模倣なんだ。


なら…エリスのやり方を!


「やるじゃないか、ゥン結構痛かったよ!」


「フッ!」


すぐさま体勢を立て直したディランに向け、エリスは体を回転させながら回し蹴りを放つ…が。


「真っ向からじゃあ効かないねェッ!」


当然、ディランも防いでくる。そりゃあそうだ、腕をクロスさせ防壁を展開させ…これではさっきの二の舞になる、だがそこからエリスは更に。


「よっと!」


「なっ!?」


蹴った足先に防壁を作り出し、それに足を引っ掛け軌道を無理矢理変え、ディランを蹴らず更に体を回転させ…ディランの防御点とはまた別の箇所に蹴りを放つ。


「ぅぐっ!器用な真似を…!防壁に足を引っ掛けるって…曲芸かなァ」


エリスは師匠から授かった修行の中で、最も深く教えられたのは魔術でも殴って相手を黙らせる方法でもなく、魔力操作術だ。魔術を自分の手足以上に巧みに動かせるようにと師匠と過ごした十数年間でみっちり叩き込まれてきた。


故にエリスの魔力操作術は恐らく…、世界でもトップクラスの域にある。


「魔風の型!」


「うっ!?」


魔力を風のように操りディランの両腕を縛り防御を封じる。それは硬く…それでいて形の囚われない風の如く。


これだ、これがエリスのやり方。師匠と一緒に作ってきた魔力を自在に操れる力。これ伸ばしていけばいいんだ!……けどエリスこんな事出来たんだ、知らなかった。




(なんて流麗な防壁操作…!エアリアルだってここまでの事は出来ないぞ…!?)


不定形の防壁、硬くそして柔らかいと言う意味の分からない代物に体を縛られたディランは少々青褪める。防壁とは本来動かし形をだけでも超一流の技術と呼ばれているというのに…エリスはそれを風のように操り拘束に用いたのだ。


はっきり言おう、聞いたことのない技術だと…。だが何故それを今になって使い出したか…その答えは単純。


(蓋を開けたか…俺が)


恐らくエリスは今まで魔術だけで戦って、それで事足りてしまっていた。レグルスの魔術至上主義的な教えがエリスに魔力闘法の使用を躊躇わせていた。故にエリスは今まで自分の魔力闘法の本質を理解することなく蓋を閉ざして今日まで生きてきた…が。


その蓋は、属性魔術だけを封じるという方法を取ったディランによって解放されてしまったのだ。


エリスに新たな選択肢を与えてしまった、そもそもの話だ…魔の深淵と呼ばれたレグルスの弟子が、属性魔術一つ封じられた程度で…戦えなくなるわけがなかった。


(大したものだ…ンだがァ…!)


ここから、どうする。このままエリスがいくら攻撃したとてディランは倒せない。エリスは防壁こそ第三弾階クラスの者だが魔力噴射などの攻撃転用技を持たない。故にディランが全力で防壁を張りエリスの属性魔術を封じる以上勝ち目はない。


「ふぅ…〜〜ッ!」


属性魔術もない、魔力闘法もない、この状況下でエリスが取れる選択肢は無い…と。


(とディランは考えているんでしょう、でもね…あるんですよ。貴方がサイボーグではなく人間であるならば、エリスは貴方を倒せる)


集中する、ディランの動きを縛ったのはこの時間を作る為。確かにエリスに今ディランを倒せるだけの物はない…が、それはディランがサイボーグであった場合の話。生身であるならば『アレ』が使える。


…エリスはダアトの模倣をした、それはつまり奴の動き方だけでは無い…奴の使った…『技』そのものの模倣。


即ち…。


「識確…臨点…ッ!」


「何ッ…!」


エリスと同じ識確使いのアイツは、魔術抜きで識確の力を操っていた。相手の認識を書き換え、知識を消し去り、そして…情報を取り出していた。


『神経接続端末』…奴はそう呼んで虚空から漆黒の雷を取り出し、剣のように振るっていた。それは即ちこの星に記憶された『人体が感じる痛みの情報』そのもの。奴は識の力で痛みの情報を取り出し直接相手に叩きつけることが出来るのだ。


識確にそんな力があるなんて知らなかったし、あの後試したけどエリスには出来なかった…だが────。



「まずいッ!『ボルケーノバースト』ッ!」


その瞬間、何か良からぬ物を感じ取ったディランは咄嗟に足元を爆裂させ自分を頭上に吹き飛ばす。その際拘束された腕を引っ張られ脱臼し両手がダラリと下がるが…それほどのリスクを負ってでも逃げなければならないと感じるほどの何かを…ディランは見た。


(やはり距離を取って戦うべきだ!アイツ…ますます強くなっている!このままじゃ手がつけられなくなる!その前に…)


頭上へと逃げ、エリスと距離を取るディラン…しかし。


「読めていますよ…それくらいッ!」


「何ッ…!」


防壁をカタパルト代わりに飛んだエリスが、ディランの目の前に迫っていた…拳を構え、狙いを定めて…。


「グッ!防壁全開ッ!」


防ぐ、何か来ることが分かるから防ぐ、前面に防壁を展開して全力の防御姿勢を取る。…だが、エリスは……。


「無駄です……追憶事象具現」


ゼナ・デュナミスの記憶を呼び出す力にて、拳に備えるのは如何なる属性でも魔術でもない。生み出されたのは漆黒の雷、まるで流れた血の如く恐ろしく悍ましい光が…いつかダアトが作り出した『痛みの情報の具現』にも似た漆黒の雷撃が、拳の中で迸る。


これは…雷ではない、雷の形を取っただけの『情報』だ。ダアトが以前行った世界の蓄えている情報を直接叩きつける攻撃法の模倣だ、 ダアトはこれを識の力で呼び出して戦うことが出来る…識の力で世界に、星に干渉することができるんだ。


エリスには出来ない、そこまで深く識に対する理解が及んでいない。けど…代わりにゼナ・デュナミスを使えば。出来る。


『記憶の具象化』が。


「これは…エリスが今まで味わってきた全ての痛みです、…耐えられますか?」


「グッ…や、やめ…!」


バチバチと迸るそれを拳に乗せる。これはエリスが味わった全ての痛みを具象化した存在、ダアトの神経接続端末から着想を得たエリスの新たな技。


エリスは今まで傷つきに傷つき、傷と痛みを積み重ねてきた。切り傷、火傷、骨折、打撲…腕が取れそうになることもあったし、内臓が潰れることもあった。ああ、最近じゃソニアに拷問もされましたね。


そういう痛みを、エリスは忘れない。ずっとずっと忘れない、頭の中に残り続けエリスを苛む毒として残り続けていた…それを、武器にする時がようやく来たのだ。


エリスは負けない、この痛みさえも糧にして、ディランも…八大同盟も…ダアトも!


全部全部…超えてやるッ!!


「喰らいなさい…『禍雷招』ッ!!」


一閃、貫く槍の如く放たれた拳大の黒い閃光はディランの防壁を貫通し、体を貫通し天へと舞い上がる。これは情報だ…防壁越しに目が見えるように、耳が聞こえるように、この痛みの情報を防ぐ術は存在しない。


そして、噂話や与太話が体を傷つけぬように…この痛みの情報もまたディランに突き刺さりはすれども体を傷つける事はない。


だが…それでも。


「グッ!ぅグゥぅううう!?!?」


ビリビリと全身の神経が振動する、筋肉が凝縮し脳が警鐘を鳴らし思考が黒く染まり、全身が叫ぶ…痛いと。情報を直接叩き込まれたディランの体は追体験する。


エリスが今まで受けた全ての傷を、全身で…コンマ数秒の時間で、全てを凝縮した痛みの原液が彼の体を傷つけることなく破壊する。


「がぁぁあああああ!?!?!?!?」


白目を剥き、ブクブクと泡を吹き…そのまま地面へと落下するディランを見下ろすエリスは、クルリと風を作り空中で姿勢を整えて…。


「耐え難いでしょ、でもエリスはそれを乗り越えてここまで来たんです。そしてこれからも進みますよ…だから邪魔はしないでください」


勝利を確信し鼻を鳴らす。事実ディランは動く気配もない…よし、これでここのエリアマスターは倒せたかな。


「よっと、さてと…じゃあレゾネイトコンデンサーを壊しに行きますか…」


チラリと城の方を見る、あそこの地下にレゾネイトコンデンサーがあったはずだ…アレを破壊して、そして…。


「……ん?えぇ!?何アレ!?」


ふと、水楽園の天蓋…雨を防ぐために敷かれた天井に着いた傷。エリス達の戦いで生まれたであろうその傷の向こうから見える空に…変なものが見える。


円盤だ、円盤が浮かび上がって空の中に入っていくのが見える。何アレ…いやあの円盤、確かロクス・アモエヌスの最上位部分があんなデザインだった気がする…。


(まさか、…あの円盤にソニアが乗ってるんじゃ)


恐らくだがあそこにソニアがいる可能性が高い。そして…これは推察に推察を重ねたエリスの妄想で、飽くまで可能性の範疇の話だが。


まだ、ソニアは何か奥の手を隠しているんじゃないか?


(ソニアがロクス・アモエヌスの頂上にいたのならエリス達がレゾネイトコンデンサーを破壊しようとしていることも見えているはず。なのに計画の要であるレゾネイトコンデンサーを守らず…何かをしようとしている)


エリスはここに違和感を感じる、ソニアはレゾネイトコンデンサーを破壊しただけで止まるような奴か?違う。奴は学ぶ女だ…懐に入られただけで全てが崩れるような奴じゃない。


まだきっと何かある……とするなら。


「……まだ動ける」


手を開閉し、体のコンディションを確かめる。幸いまだ超極限集中は使っていない。それなら…まだ行けるか。


「…………」


チラリと見るのは、レゾネイトコンデンサーに接続されているであろう巨大なケーブル…あれを使えば─────。



………………………………………………………


遊楽園エリア…、それは全エリア中最も旅行客が訪れる遊びの殿堂。様々な動力を元に稼働する未来的なアトラクションの数々は大人も子供も魅了し、今世界で最も楽しい場所と呼ばれている。


そんな遊楽園も今日は無人、迫る大雨の影響で旅行客は立ち寄らず…ザーザーと降り注ぐ雨だけが、虚しく場を満たす。


そんな中…。


「……………」


歩む影が一つ。


「…………」


待ち構える巨影が一つ。


雨を引き裂いて、雌雄を結するため…二つの影が、相対する。


「シジキ…」


「ピピ…観測、ネレイド・イストミア」


遊楽園エリアのレゾネイトコンデンサーを破壊するため訪れたネレイドと、レゾネイトコンデンサーを守る為遊楽園のど真ん中で立ち尽くす巨大な鉄屑シジキが…互いに互いを目視する。


今日ここに、ネレイドが来たのはレゾネイトコンデンサーを破壊する為…と同時に。


もう一つ…。


「リベンジをしに来た、返してもらう…あの日の勝負を」


きた来たのだ…ネレイドは生まれて初めて。


『挑戦』を…。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 姉相手の力を吸収や習得するのは姉弟だからかそれともお互い身にシリウスを宿した事があるからなのか。イデアの影や魔蝕の影響なのか。片や魔装、片や識覚由来だけど因果がありそうで気になる。 […
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