表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
620/868

567.対決 戦乱の博徒サイ・ベイチモ


ソニアとオウマの目的は分かっている。サイディリアルにヘリオステクタイトを落とすヤベェことしようってんだろ、止められなきゃ世界がやべー事になる。その上に人が大勢死ぬ。


正直、身も知らない人間が何人死のうが別にどうでもいいとアマルトは思っている。だがサイディリアルにはエリスの弟とレギナちゃん、後オケアノスとかなんやらかんやら知り合いもいるしな…あそこをぶっ潰されちゃ困るのさ。


だから俺は今こうしてここに立っているわけだ、場所は金楽園…四つのエリアに存在するレゾネイトコンデンサーを潰して連中の計画を潰さにゃならん。だがこっちも人手不足でさ、一つのエリアにつき一人配分するのでやっとだ。


だから俺はこうして一人で金楽園に来た、理由はいくつかある。けどまぁ…最大の理由は。


「テメェがサイ・ベイチモだな」


「………はぁ」


ここにいるのがサイ・ベイチモ…俺が最も知る相手だからだ。まぁ向こうは俺を知らないだろうがな。


事実サイは俺を見ても特に反応することもなくタバコを吸って大通りのど真ん中に置いた椅子にもたれかかり。


「オウマ団長が恐る魔女の弟子…そう聞いてもうちょい屈強なのを想像してたが、なんだ…てんでガキじゃねぇか…、はぁやり辛い。これでフル武装の屈強なオヤジが来てくれてたなら幾分やりやすかったのによ」


「悪かったな、ガキで」


「……で、一応聞いてやるよ。何の用だ魔女の弟子…」


「決まってんだろ、お前の後ろにあるレゾネイトコンデンサーに用がある…そいつをぶっ壊してヘリオステクタイトの発射を阻止する」


サイの後ろにはバッグヤードに繋がる道がある。その奥にレゾネイトコンデンサーがあるのは分かってる…だからそこに行きたいんだけど。


「なら俺はそれを阻止する」


そう言ってサイは立ち上がる。…俺はこいつと数週間近い時間一緒にいた。が…どうだよ、こいつ…こんな凄まじい魔力と威圧を放てたのかよってくらい、ヤベェ気配を漂わせてる。


腐っても…逢魔ヶ時旅団、八大同盟の幹部か。


「ガキでも容赦しねぇよ?俺はさ」


「上等だよ、どの道やり合うつもりで来てんだから…俺は」


そう言って俺が短剣を抜いた瞬間、サイは…。


「お前バカかよ…」


「あぇ?」


次の瞬間俺が見たのは天井だ、金楽園エリアを覆う天蓋を見ていた…何があった?なんて思っている間に俺の頭は地面にぶつかり、ゴロゴロと地面を転がる。


「敵を目の前にしてようやく戦闘態勢取るのかよお前は…、素人か?」


「いてて…お前…」


気がつくと既にサイは足を振り抜いた姿勢で片足立ちしていた。蹴られたんだ足を、高速で近づかれて…それで足を払われた。問題はそれが全く見えなかった事、やっぱり強えな…。


「うるせぇ!素人さ俺は。テメェらみたいに戦いの中でしか生きていけない人間じゃねぇ!人を呪わば穴二つ、この身敵を穿つ為ならば我が身穿つ事さえ厭わず『呪装・黒呪ノ血剣』!」


「そーかい、なら…」


俺が黒剣を構えるとサイも懐から何かを取り出す。さぁて来るぞ、俺はサイのことをよく知っている…が、アイツの戦闘スタイルについては終ぞ分からなかった。


何が来る、奴の武器はなんだ…どう戦う。そう警戒していた俺の目に飛び込んできたのは…。


「やるかい、ギャンブル」


「は?」


取り出したのは…トランプだった、それを手元でシャッフルし始め…え?


「え?お前トランプとか武器にする感じ?イキりすぎじゃ無いっすかね」


「いやいや?俺普段戦場じゃ銃とか剣とか武器にするぜ?トランプなんか武器にするわけないじゃん」


「じゃあお手元のそれは」


「言ったろ、戦場ではって。こいつはな…タイマンでしか使えないんだ。不特定多数の乱戦じゃ効率が悪すぎて使えない代物。だからこういう場面でしか効果を発揮しない…お前が一人で来てくれて助かったぜ」


パラパラとカードを踊らせるサイはニタリと笑い…告げる、ゲームの開始を。


「魔力覚醒…ッ!」


「えぇーッ!?いきなりっすか!?それ奥の手とかじゃないんすか!」


魔力覚醒…その名を聞いてゾッとする。いやいやいや考えてないわけじゃなかったんだけどさ!使って来るかもって思ったけどさ!いやだってさ!お前!五番手の幹部だろ!?


ハーシェルんところの五番手の幹部であるミランダは魔力覚醒使えないって話だったじゃん!お前!それはなぁ!そこは覚醒使えないのが筋だろ!俺…覚醒抜きの奴となら勝てるつもりだったのに。


しかし無情にもサイの体は光り輝き…魔力覚醒特有の変質をもたらす。そして…。


「『座さず、一擲乾坤を賭す』…!」


パンっ!と叩いた手の中から無数のカードが現れ、賽が溢れ、足元がルーレットのように回転し始める。ヤベェこれマジの覚醒だ…!


「いきなり使うなよ!勿体ぶれ!」


「アホか、お前を確実に殺せる手段があるのに温存する意味なんかないだろ」


「それはそうだけどさぁ…!」


つーか参ったぞ、こいつやっぱり覚醒使えたのかよ。面倒だなぁ…サイの奴、一体どんな覚醒なんだ、肉体強化?いや肉体ないしな、じゃあ属性…は使わなさそうだし、クソッ…まず相手の覚醒を考察していかないと───。


「よし、じゃあ俺の覚醒について説明するけどさ」


「え?教えてくれるの?」


「うん、教えてほしいだろ?」


「…………」


なんか、怪しいな…。


正直言って、魔力覚醒ってのはなんでもありだ。魔術並みになんでもあり…特にこいつみたいな賭け事やりまくってる人間の魔力覚醒なんか真っ当なはずがない。説明を聞いた瞬間死ぬ覚醒とかもあるかもしれない。


そもそも、俺はこいつの覚醒も戦闘スタイルもよく分からないんだ。


「そう、慌てるなよ。これは必要な工程なのさ」


「工程…?説明するのが?」


「ああ、俺の覚醒はつまりゲームさ…ゲームをするには双方にルールの共通認識がいる。だからルールの説明をしなければ覚醒の真価は活かせない」


「へー、じゃあ俺が今から耳塞いでルールを聞かなければ…」


「お前に対してルール説明すればいいだけだから別に聞かなくてもいいぜ」


「あ…そすか、じゃあ聞かせてや」


「ああ…。俺は今から『魔力を消費して自らに課す制限を選択する』…例えば行動の制限、例えば言動の制限、例えば魔力や力の制限、制限を課した行動は出来ない。意識的な物では無く俺の覚醒がそのように俺を動かす。そしてその賭けの対象が…制限がデカければデカい程俺は強くなる」


「つまり、自分に制限を掛ければ掛けるほどお前は強くなると…」


「そう、そしてお前はその制限を看破し言い当てれば勝ち」


「勝ったらどうなる?」


「俺は強化を解除され賭けた分の魔力をただ失う、だが外した場合は…」


「場合は?」


「お前の魔力を貰う、そしてその魔力で俺はさらに強化され…次のクイズへ、ってなわけよ」


「う…」


「ちなみに制限時間は一回五分、それを超過したら俺の勝ちだから気をつけな」


メンドクセー覚醒だなぁー、つまりテメェの脳内当てゲームをしろってか?ウゼェ事この上ねぇ、他人の脳みその中なんぞ毛程の興味もねぇよ。


けどつまりこれは『魔力を掛け金にしたゲーム』だ。奴は自分に制限を課す、課した制限の度合いにより奴は強化され、俺はその強化された攻撃の中で奴が課した制限を看破する。


俺が看破すれば奴は魔力を失い、俺が外すか答えられない場合は俺の魔力は奴が賭けた分奪い取られる。つまり奴の化した制限をなるべく早く看破しつつ一回も間違えなければ俺の勝ちだ。


見たところ、覚醒したてのサイはどこも強化されていないようだ。制限を欠けていない間は…或いは俺が間違え魔力を奪われるまでは、特になんの恩恵もないようだ。


「いいぜ、受ける」


「よーし、ならまず第一ゲームだ…」


すると、サイは自らに制限を掛ける。すると…。


「うぉっ!?」


サイの魔力が爆発的に増加する、制限を掛けただけでこんなに強くなるかよ…!一体なにを制限して、考えろ…ってヒントなんかまるでないし──。


「俺が俺に課した制限は『身動きしない事』だ…」


「へ……?」


──こいつ今なんて言った?自分が課した制限を言った?それ…俺が今から当てる奴でしょ?クイズ出した瞬間クイズの答え言う奴いるか?


「ほらどうした?答え…言わなくてもいいのか?」


「……………………」


サイは笑っている、これ…答えていいのか?そもそもだ…。


サイはこの覚醒を運用するには説明することが必須と語っていたが、それは果たして真実なのか?これは全部奴が言った事だ。もしかしたら覚醒の内容は全く違うものかもしれない。


ここで俺が迂闊に答えたら、逆に奴に利する結果に終わったりしないよな…。


「………………」


だが急に奴の魔力が上昇したのも事実、おそらくなんらかの条件で強化される覚醒であることは間違いない。だが…それが今語った物と同じとは限らない。


と言うかさ、よしんば奴の言うことが正しかったとしても…ゲームに付き合う必要なくね?


「お前、身動きしないのが制限なんだよな」


「ああそうだ、俺は五分間自分の意志で動けない」


「ならここでお前を普通にぶっ倒せばいいじゃん!抵抗されないわけだしなッ!」


身動きしないのが本当であれ嘘であれ、構わない。ゲームに付き合う事なく普通に攻撃すればいい…そう思い俺は全力でサイの肩に剣で斬りかかるが…。


「残念、防壁は張ってもいいんだなぁ〜、動いてないしなあ。」


「くっ!?」


弾かれる、凄まじい硬度の防壁により…まぁ、そうだよな。そうなるよな。


「俺の防壁が邪魔ならゲームに勝って俺に魔力を無駄遣いさせればいい。簡単だろ」


「メンドクセー本当に!」


つまりクイズの部分は本当?いやこれはもう本当だと思うしかないのか。寧ろ乗ってみるか?悪例も前例だ…一旦言ってみて試してみよう。


「じゃあ言うぜ!お前の制限は────」


その瞬間、俺は動きを止める。もう一つの可能性に気がついたから。


…もし、こいつが今まで言っていたことが全部本当だったら?


当然だが本当だった場合制限を俺に教えるメリットは少ない…、だって俺が鵜呑みにしてそれをそのまま口にしたらこいつは賭けた分の魔力を失うことになるんだぞ?どんだけ賭けたかは分からないがこんだけ強くなってるなら相当な量と相当な制限だろう。


つまり…かなり危ない橋を渡ることになる。だがこいつが意味もなく危ない橋を渡るとは思えない。


(まさか…)


そこで脳裏に過るのは結構前…エリスが近場の街に寄った時プリンを買ってきたことがあった、サービスで一つ余計にもらったプリンを奪い合いどっちの物か決めるジャンケンをデティとしたことがあった。


その時。


『私!パー出すから!』


そう言って奴はチョキを出してきた。いやそれじゃ意味ねぇだろと思ったしお前心読めるのにジャンケン弱いのかよと思ったからよく覚えている。


つまり…これはそれと同じ。


(カマ掛けか…)


奴はルールを説明する時、制限を取り扱う際のルールを説明していなかった。当然だが課した制限を正直に申告しなきゃいけないなんてルールはない。だからここで奴が嘘をついている可能性も大いにあるわけで…。


「……チッ」


じゃあ『体を動かさない』と言うルールはハッタリか?ハッタリなら本当の制限はなんだ…だぁーくそ!面倒クセェ…けど。


(そっちがカマかけするなら…俺もカマかけてみっかな)


「お?」


そうして俺は剣を下ろして肩に背負い…。


「あっそう、わかったよ。お前のやりたいことは」


「そうかそうか、で?答えは?」


「知らん、勝手にやってろ」


「は?」


「俺は今からレゾネイトコンデンサーを破壊しに行きまーす。お前が言ったことが本当ならお前を俺を止められないし嘘なら止めにこれるよな」


「へぇ…」


そう言って俺は動かないサイの隣をすり抜けて背後の扉に向けて進む……が、サイは動かない。え?俺これでてっきり動くもんかと…。


「……マジで動かん感じ?」


「まぁ、今レゾネイトコンデンサーは強力な魔力防壁を張り巡らせて守っている。そいつを解除するには俺が持っている鍵が必要だ…、お前でもそれを破壊するのに時間がかかるよな。そして解答受付時間は残り一分もないぜ?それまでにレゾネイトコンデンサーを破壊出来きゃ


「う……」


それもハッタリか?分からない、ハッタリにハッタリを重ねられるとよく分からない。と言うか後一分?そんな時間経ってたか…ヤベェ、色々考えすぎて肝心な部分を考えてなかった。


奴の言ったあれはハッタリか?それとも真実か?迂闊に答えていいのか?そもそもこれはなに?この状況は何?


そさてサイはチラリと大通りに設置された大時計を見上げながら…。


「十、九、八…」


「カウントやめて!焦っちゃう!えっと…え〜っと…」


考えろ、奴がしてない行動…会話はしてる、魔力は使ってる、…ダメだ。


分からん…仕方ない。


「五、四…」


「答える!答えるから…お前のかけた制限は」


一か八か…。


「『お前は自分の意志で動かない』!…とか、的な、感じで…どうっすか」


「……………」


奴が語った言葉が本当ならこれでこの賭けは勝ちで…。サイはゆっくりとこちらに振り向き。


「ごめーん、嘘」


「テメェーーッ!…グッ!?」


瞬間、俺の体が物凄い量の魔力が消えていく。ゴッソリ半分くらい…やっべ…こんな取られるのかよ!


「俺が掛けた制限は『真実を一度として語らない事』さ」


「そいつは嘘か?それとも本当?」


「もう制限は撤廃されているし、ゲームが終わった後相手に見せるカードは本物じゃなくちゃならない。ここは疑わなくてもいい」


「じゃあ防壁云々も!レゾネイトコンデンサー云々も!全部嘘かよ!」


「せいかーい、お前があのままレゾネイトコンデンサーの所に行ってたらやばかったぜ、そして…」


サイの体から魔力が溢れる、今の勝ち分で更に強くなりやがった!クソッ!ヤベェなこれ、思ったより厄介だ…けど。


(お陰で悪例が出来た、悪例も前例…今ので大体奴の覚醒の挙動は分かった)


奴は制限をかけている間強くなり、ゲームに勝てば更にそこから強くなる。口にする制限の内容は嘘が含まれる場合があり…外すと結構デカいマイナスがあると。


(畜生、面倒な相手にあたったぜ…けどやり方は分かった、次はない!)


「結構なプラスになったな…んじゃあ次行くぜ!」


(来る…次はなんだ)


このゲームで必須になるのは観察…奴を観察して制限を読む事、まずはそこからだ。


「俺は今から『上を見ない』!」


「ッ…また強化が」


再びサイの力が増す、けどさっきの強化幅より小さい…、制限が大きければ大きいほど強化幅はデカくなる、上を見るより真実を言わないの方が重い制限ということか?


それとも、あれもまた嘘か。


「さて、じゃあここから本番だぜ…死んでくれるなよ、魔女の弟子!」


そしてサイは右手をかざし、手元に魔力を集めサイコロ状の魔力塊を数個作り出し…あ、そっか!これ普通に殺し合いだからアイツも攻めてくるのか!


「『ロールバレット』ッ!」


「ぬぉぉおおお!?危ないじゃん!」


奴は腕を振るい魔力の塊を弾丸として放つ、それを全力ダッシュで回避すると…壁に当たったサイコロが光を放ち爆発するのだ、いやまぁなんて威力!当たってたら普通にあれでゲームオーバーだったよ!?


「忘れたかよ!これは俺とお前の未来を賭けたゲームだってことをさ!」

 

「チッ!」


そして爆発に紛れて飛んできたサイは腰の剣を握り切り掛かる、その一撃を俺もまた黒剣で防ぐが…馬力が違う。奴は片手で剣を握っているというのに俺はガンガン押されて後ろに突き飛ばされるのだ。


「クソッ、こりゃやばい…早いところ答えを探さないと」


普通にやっても勝てる気がしない、だが…奴の制限を当てれば奴は相応のデメリットを負うはずだ、魔力を消費するというのはきっと本当だ。


魔力覚醒は当人の生き方によって決まる、あのギャンブル狂いの覚醒ならきっと馬鹿でかいデメリットがあって然るべき、そしてそのデメリットこそ制限の的中。だから俺が勝つには制限を当てるしかない。


(まずは奴の口にしたことが本当かどうか確かめる!)


まずはそこからだ、故に俺は髪の束を握り剣で切ると共に。


「黒き驟雨は怒りを以て、血の池は罪を写し、我が怨讐は結実せん『天来黒針』!」


「ッ…!呪術がそれが」


天に向けて切った髪を投げる、すると髪は空中で変異し巨大な槍の天へと変じサイの頭上から降り注ぐ…。どうだよ、これなら!


「上から攻撃が来るぞー!見なきゃ見なきゃ!」


「へっ…ナメられてるよな、俺」


上からの攻撃だ、上を見なきゃ…と思ったが、サイは視線を動かさないまま剣を上に向け、振るう。すると槍が剣に当たり火花を散らし槍が砕けてしまう…。


「こんなもん見なくても弾けるんだよ、俺に上を向けさせたかったようだがそりゃいくらなんでも甘────」


「けど意識は上に行くよな」


「な!?」


バーカ、ナメてかかるわけねぇだろ。お前がそれくらいやってのけることくらい読んでんだよ。確かに視線は上を向いていないが全神経が頭上に向いているのは明らかだった。


故に用意に俺は接近出来た、サイの目の前…いや、真下か?そこにようやく気がついたサイは咄嗟に防御しようとするが、未だ上から降り注ぐ槍により対応が遅れ…。


「そら上見ろやッ!」


「グッ!?」


そして蹴り飛ばす、顎を下から。すると押し飛ばされたサイの顔はぐるりと上を向き……。強化が持続している、上を向けないはずのサイが上を向いている。つまりつまりこれはぁ〜!


「やべ…」


「ほ〜ん?サイ君〜?上向いたのに強化が解除されてないっすね〜!上向けてますね〜!おやおや〜?」


ハッタリじゃねぇか!だと思ったぜ!こいつ嘘しか言わねぇでやんの!そして…。


「テメェ…ッ!」


「そして!お前の制限は『攻撃に両手を使わない事』だ!」


「イッ!?ぅぐっ!?マジか!」


そして俺が答えを叫べばサイの体から一気に魔力が消失し先程の強化が全て消える。へっ…ようやく『感覚』が掴めてきたぜ…。


「せ、正解だ…俺の制限は『攻撃の際、または防御に両手を使わない事』…お前との力量差から考えるに大した制限じゃなかったんだが…何故分かった」


「バーカ、俺がお前の動き見てないと思ったかよ。お前ずっと攻撃の時片手しか使ってないじゃんよ!ようやく分かってきたぜ。ハッタリに惑わされずテメェの行動だけ見てればいいって事だよぉ〜〜〜…」


そして俺は魔力を失い無防備になったサイの胸に剣先を突きつけ、渾身の勢いで体を前へ…全身の体重を一瞬で移動させ───。


「なッッ!!」


「ガフッッ!?」


突き飛ばし、奥のカジノへと吹き飛ばし勝ち誇るように肩に剣を背負う。サイの魔力覚醒は特殊だ…だが特殊な分ルールがある、ルールがあるなら俺でも勝てる。


このまま行けば…楽勝よ。…このまま行けばだがな。


「かはぁ〜!やるねぇ兄ちゃん…ただのビックマウスじゃねぇと見た…」


「へっちゃらかい、流石はサイボーグ」


「あ?お前にサイボーグだって教えたっけ?」


「あ…いや、部下もサイボーグなんだろ?ならお前もかなぁって」


「ふ〜ん」


瓦礫から平気な顔をして起き上がったサイは怪しむように俺を見る。やべぇやべぇアイツがサイボーグなのはアマリリスの時に仕入れた情報だったっけ。


「まぁ別に隠してるもんでもないしな、ああそうさ…俺はサイボーグだ」


そう言ってサイは上着を脱ぎ鉄製の肉体を露わにする。しかし…不思議だな。


「なぁようサイ。一つ聞かせてやくれないか」


「なんだ?」


「お前ら逢魔ヶ時旅団はサイボーグにならなくても強かったんだろ?なんで今更鍛えた体を捨ててまで作り物の肉体を求めた…そのままでも十分やれただろ」


「まぁな、けど…実は俺。サイボーグになる前は左手と右足がなかったんだ」


「へ?」


「後左目もなかったかな。サイボーグになったおかげで使い難い義手や義足ともオサラバ出来た。他のメンツもそうさ、長い戦いの中で体…或いは心の何処かを失っていた。それだけ戦場って場所は過酷なのさ」


「……過酷なら、逃げればよかったんじゃねぇのか」


「つっても、俺そこしか世界を知らなかったからな。どん底から這い上がるにゃ戦うしかなかった…そんな奴らばっかりなんだよ逢魔ヶ時旅団は。そしてそこから這い上がってきたから俺達は強い」


いつだったか、エリスが言っていた。悪人にばかり強者が多い理由。


それは、平穏無事に生きることが出来なかった人間と言う物が悪の側には多くいるから。力を得ることを求めずにはいられなかった奴が悪の側には多いから。そして力を求めた悪人はその過程で多くが淘汰された。


その淘汰から生き残った奴が強者になる…力を求める絶対数が多いから悪の側に強者が多いと語った。


逢魔ヶ時旅団はそのいい例だ。全員が全員どん底から力を求めて這い上がって…ここにいる。だから強い…ってか。


「でも戦場で腕やら脚やらを失ったならそこで引退を…」


「あ、いや。俺は戦場じゃ怪我とかしないぜ?ただギャンブルの賭けで負けてさ!金がなかったから腕とか足とかで誤魔化しててさぁ!」


「真性のギャンブル狂い!頭の病院行け!そんなんだから給料全ツッパして行き倒れて───」


「…お前さっきから俺の事情に詳しすぎやしないか?」


「あ…」


「そう言えばその髪色と顔つき…見覚えがあるな」


お、俺としたことが口を滑らせ過ぎた。こりゃ誤魔化しが効かないかも…だってもうサイが俺の顔を見て何やら怪しんでるし…ど、どうする?正体を明かすか?いや今の姿が正体なんだけども。


アマリリスだって告白したら案外協力してくれるか?いやこいつはアマリリスの時も徹底して自分の素性は隠そうとした、傭兵としての顔とアマリリスに見せていた顔は別…正体を言っても味方してくれる可能性は低い。


寧ろ、怒り狂う可能性も…。


「分かった」


「え?」


「……お前…アマリリス…」


ッ…まずい、こりゃガチでバレて…。


「の言ってた実家の奴だな!」


「は?」


「アマリリスちゃんが言ってた!実家に望まぬ結婚を強いられてるって!お前さてはアマリリスちゃんの弟か兄貴だろ!アマリリスちゃんを連れ戻しに来やがったな!許せねー!」


…こいつがバカで助かったぁ〜…。そうだよな、サイはそういう奴だよな。勘違いしてるならそれでいいや。


「うぉぉおー!許せねー!アマリリスちゃんは俺が死んでも守る!」


「アマリリスがそんなに大切かよ」


「大切だ!この世で一番愛してる!」


「自分からフッたのにか」


「それでも好きだ!俺は今も!これからも!あの子が生きていけるよう尽くし続ける!例え二度と彼女の前に姿を見せられなかったとしてもッッ!俺は!」


…こいつ、あんなこと言っといてまだ好きなのかよ。呆れ返るが…その筋の通り具合はキマってて印象いいぜ、サイ。


「『一歩も引かない』ッッ!」


「ッ!制限か!」


瞬間サイの魔力が再び爆発的に強化される。こいつまた制限を課したやがった!しかも今回の上がり幅は前の二つに比べて凄まじい量だ。これは恐らく…。


(マジで後ろに引かない制限をかけたな…!)


直感で理解する、アイツは今ハッタリをかましてない。だったら!


「へっ!なら言うぜ!お前の掛けた制限は───」


そう答えようとした瞬間、サイは一瞬で俺の目前まで飛んできて…。


「もがっ!?」


…塞ぐ、俺の口を…手で。これじゃあ答えが言えない…って!


(いいのかよ!そんなのありか!?)


「テメェを倒す理由が増えた、負けられない理由に追加で勝たなきゃいけない理由が出来た!だったらここからは本気だ!覚悟しやがれェッ!」


「グッッ!?」


そして俺の口を閉ざしたまま顔面に向けて鋼の拳が飛び、気がつけば俺は吹き飛ばされスロットが立ち並ぶエリアへと叩き飛ばされスロット台をいくつ轢き飛ばしながら転がる。


「くっ!テメェ!汚いぞ!答え言わせないのはズルじゃん!」


「ズルもイカサマも!やるに決まってんだろ!ギャンブラーだぞ俺は!」


ギャンブラー関係あるか!と言いないがこりゃサイがガチになったっぽい。ここからが魔力覚醒者の本気…気は抜けない!しゃあねぇ温存はなしだ!


「ブレイブブレンド…!」


ベルトからアルクカース人の血を取り出し呪術による変異する。歴戦の戦士の肉体に…それと同時に剣を構えたサイが突っ込んできて…。


「『シャッフル・スラッシュ』ッ!」


「ッと!」


まるで山札を切るような鮮やかな手並みで繰り出される連続切りをアルクカースの剛力で受け止め…ようとするが、流石に覚醒の膂力には敵わない。後ろのスロット台をガンガン押し飛ばしながら俺は後退しつつなんとか斬撃を凌ぐが…。


「ッオラァッ!」


「うぉっ!?」


一瞬で消えるような速度で屈んだサイの足払いが俺の足を打つ。剣と剣の打ち合いとは即ち駆け引きだ、相手の手を読みこちらの手札で最善手を打ち続けた方が勝つ。


これは俺の持論になるが、膠着した打ち合いはある種ポーカーにも似る。真っ当に打ち合い技量で上回る時の感覚はポーカーで相手を術中に嵌めた時に似ているからだ。


もし、剣術がポーカーに似るなら、イカサマ…ハッタリ…ズルに精通し、それが達人の域に至るサイの技は───。


「ッこの!」


転けそうになった体を支える為地面に手をついた瞬間。


「あれっ!?」


「甘いんだよ!」


手をついた場所に先んじて足を置いていたサイにより受け身に失敗し、バランスを更に崩したところで転がったスロット台を片手で掴み持ち上げ振り回したサイの打撃を受け更に俺は吹き飛ばされる。


…イカサマに精通しているからこそ、サイの技は相手の裏を掻くことに長けているんだ。


「いてぇな…ッ!…お前のかけた制限は『後ろに──」


「させるかッ!」


「引かな──うお危ねぇ!」


俺が答えを言おうとした瞬間サイは全力でそれを阻止するためにスロット台を投げる。そいつはもう大砲みたいな速度で飛んで来るんだ…全力で避けなきゃ死んじゃうよ。結局答えも言えなかったし。


でもここまで全力で阻止してくるってことは。


(やはり制限は本物…アイツも頭に血が昇ってるし、それに奴の行動や言動に違和感はない。アイツは後ろに下がらない事を制限にしてる…なら)


答えを言わせないようにすれば確かにそれでいい。だが…もう一つ、奴の覚醒のルールを逆手に取る方法がある。


それは…。


「答えは言わせねぇよ!悪いがこれはもうゲームじゃねぇんだッ!」


「…ッ!」


来た、突っ込んできた。真っ直ぐ…俺に向けて。その速度は凄まじく、威圧もまたすげぇもんだ…けど。


(だよなぁ、お前は前にしか進めない…!)


剣を構え、黒血剣を横に寝かせ…迎撃の姿勢を取る。奴は今後ろには引けない…つまり進行方向は左右か前方だけ、どの道前にしか進めないし前からしか攻めてこない。突っ込んでくるしかないんだよ。


答えが言えなくてもそこが分かっているなら俺はその制限を突いて攻撃が出来る。そのまま突っ込んでくるなら、防御も許さない横薙ぎの攻撃で一気にカタをつけられる。


「死ねッ!魔女の弟子ッ!」


「死ぬのはテメェだよ…サイ!」


弾丸の如く飛んでくるサイが射程に入る。今だ…ここだ…やれるッ!


「『紅血斬剣』ッ!」


アルクカースの動体視力を使い、燃えたぎる血を赤熱させ払う横薙ぎの斬撃。前にしか進めないサイが取れるのは防御が直撃だけ…そしてその防御も潰す勢いの全霊の攻撃。それを奴が射程圏内に入った瞬間撃ったんだ…これは当たった。


「なっ!?」


そして響くは驚愕の声。俺の反撃に仰天しまんまと罠にハマった事に気がつき口を開くサイの声が響いた…………。


「なんで…!」


訳ではなかった、響いたのは…俺の驚愕の声。


剣がフラリと行方を失う、空を切る…空振った…渾身の一撃が、完璧なタイミングで放たれた攻撃が、避けられた。サイは何処に行った?それは…。


「………へっ」


『一歩、後ろに引いて躱していた』んだ…俺の斬撃を見てから、ステップを一度踏んで背後に向けて飛んで、引いた…なんで、制限で後ろにはいけないはずなのに!なんで!


まさか、あれもハッタリ…?嘘だろ…いや、そんな訳…。


「なんで!お前の課した制限は後ろに引かない事のはず!なのになんで後ろに飛べてんだよ!」


「それが答えか?なら残念…ハズレだ」


「ッな!?」


抜かれる、俺の体から魔力が…まさかマジでハズレなのか!?後ろに引く事が制限じゃなかったのか!?


「甘ちゃんがよ…『ショットガン・シャッフルスラッシュ』ッ!」


「ぃぎッッ!?」


そしてそのまま強化されたサイは剣を握り、更に強くなったその腕で剣を振るえば…まるでショットガンのように飛ぶ無数の斬撃が俺の体を引き裂き背後に飛ばし、スロットエリアの壁に打ちつけ…夥しい量の血が流れる。


「ッ…うげぇ…くそ…」


「正解は『お前に触れずに攻撃する事』…残念だったな」


「は、はぁ…?」


あの局面で、怒り狂ってまでカマかけてきたのかよ…どこまでハッタリを……。


(いや待てよ…待てって…アイツ、それが制限だったのか?だったらおかしいだろ、だってアイツ…『俺に触れてる』ぞ)


制限は俺に直接触れずに攻撃する事。だが奴はあの時制限をかけてから俺をスロットエリアに飛ばし、俺の攻撃を回避するまでに俺に触れている。受け身を取ろうとした俺を足で遮って攻撃している…。


制限に違反している…なんでだ、それでなんで成立する。


(あの時…確かに制限をかけてこいつは強化を得ていた。あそこで制限をかけたのは事実だ、だがそれから制限に反することをしている…矛盾してるだろ、なんで賭けが成立してんだよ)


実は制限と言ってもそれを実行出来ないわけじゃない…とかなのか?いやそれは制限とは呼ばないだろ。それとも制限違反には数回の猶予がある?いや…じゃあ必死になって隠す意味はない。


そもそもやっぱり、最初から奴の説明には齟齬があるとか?ダメだ…わかんねぇ。なんだアイツの覚醒は、どう言うルールで動いてるんだ。


「クソッ、どう言うことだよ…まさか」


「へっ、イカサマ…するに決まってんだろ?ギャンブラーだぜ」


「チッ…」


覚醒に対してもイカサマを使った?ならタネはなんだ。どうやって制限を回避した…?奴の覚醒の基準はなんだ…。


「さぁどんどん行くぜ、お前の魔力ももう三分の一くらいに減ってるし…あとどれだけ持つかね。じゃあ次だ…『俺はお前に対する攻撃に魔力を使わない』!」


「だぁー!くそくそ!ややこしいわ!お前の覚醒!」


こいつのかけた制限が何か考えながら、更にイカサマの内容まで考えなきゃいけない、その上でアイツの猛攻まで防いで…やる事が多いわ!一つに絞れ!


「オラオラオラ!どうしたどうした!動きが鈍いぜ!」


「おがけさんで考える事が山ほどあんだよ!マルチタスク苦手なのよ俺!」


「そうかい!なら死ね!」


「論理飛躍〜!」


怒涛の攻め、さっきよりも加速したサイの斬撃をその場で防ぐが…ダメだ、限度がある、防ぎきれん!頭ん中パンクするーッ!


「ほい!」


「やばっ!」


そして俺は剣を持つ腕を掴まれ…。


「『ロールバレット』…ッ!」


至近距離で放たれる魔術。小型のダイス状の魔力球を炸裂させる爆裂属性の魔術が俺の体を包み…周囲の壁を打ち砕いて俺を更に金楽園エリアの大通りへと吹き飛ばす。


「いてぇ…」


「いい体だろ、爆破程度じゃ傷一つつかない」


そして地面を舐める俺に対し爆炎を切り裂いて現れるサイは自らの体を誇る。至近距離で爆発してもダメージを負ってる気配もない。


………ダメだ、やってられん!


「考える時間をくれー!」


「お、逃げた…いや逃さんって!」


今は考える時間が必要だ、制限についても考えなきゃいけないしさっきのイカサマについても考えなきゃいけない。故に俺は足をバタつかせ砂埃をあげて大通りを走り逃げ出す。


今のうちに何かいい方法を考えないと…。


「待てや!」


「待たん!」


そして俺は金楽園エリアの入り口辺りまで逃げ込み…首を傾げる。


(で、アイツの制限はなんだ…っていうかさっき、魔術使ってんな…ってことは魔力を使わないのはハッタリ?それともまたイカサマ?もう何もわからねー!!)


さっきのイカサマで行動を見たせいで完全に破綻した。奴の行動を見て制限を推理するという線での行動は出来なくなった。やぶれかぶれで答えてみるか?それで当たるとは思えないけど。


(いや考えろ、必ずあるはずなんだ…攻略法が、だって…そうでなきゃゲームじゃない)


例え、イカサマが可能であったとしてもそれはルール内でのイカサマだ、けれど…だとしたら…ううん。


(ダメだ、さっぱり分からない…こうなったら正攻法で倒すか?)


そう思い俺はベルトの中に隠したアンプルを見る。ビーストブレンドとブレイブブレンド…は正攻法での勝利は難しい。となると…後は切り札のヒーローブレンド…。


もうヒーローブレンドを使うしかない、だがこいつには制限時間がある…せめてもう少し奴の攻略法を編み出してから…いやこれは日和か?


「……ん?」


ふと、気がつく。そういえば…あんまり使い所がなくて使ってなかったアンプルがもう一つあったな。俺は元々ビーストブレンド…ブレイブブレンドに続いてもう一つ作っていた、けど今まで使い道がなくて使わずにいたけど。


もしかしてこれ…使えるんじゃないか?サイの覚醒の性質上、こいつを使えば。


「追いついたぜ、魔女の弟子」


「あ」


ふと後ろを見ると、サイが笑みを含みながら俺を見つめていた。あーもう…もう少し時間が欲しかったんだが。


「そんなに逃げ回っていいのかよ、オラ回答受付時間は残り一分だぜ?」


そう言ってサイは懐から時計を取り出す。アイツ時計なんて持ってたのか…マメな奴だな。


「ほら答えろよ…俺の制限はなんだ」


「うー…うーん、えーっと…なにかなー…」


「十、九…」


「それやめろーッ!!」


くそっ!しゃあねぇ!ここで考えたって答えなんざ浮かぶわけもねぇ…ならここは俺も賭ける!こいつに!


「使うぜ…『アイデアブレンド』!」


「八…は?」


そうして俺が取り出したのはビースト…ブレイブに続く三つ目のブレンド。その名もアイデアブレンドを口に含み、呪術により変身して……。


「………」


「なんだ?さっきみたいにまた雰囲気が変わったが…お前、逆に弱くなってねえか?」


「………まぁな」


俺は何処からともなく取り出したメガネをかけて、クイッと賢ぶる。確かに今の俺は弱くなっている、アルクカース人の血をブレンドしたブレイブブレンドと異なりこのアイデアブレンドは謂わば『非戦闘向き』のブレンドだ。


強くなるどころか、若干弱くなる…だから普段の戦闘じゃあ使えない…だが。


「…まぁいい、それより制限時間だ。正解は『俺はお前に半径1メートル以内に近づかない』だ、ほら…実際俺はお前に近付いてないだろ?残念だったな、あと一歩踏み出してれば…よかったのに」


「……そうだな」


「じゃあお前の魔力をもらうぜ?」


「どうぞ?」


「はぁ?……ん?」


そしてペナルティとして俺の魔力は再び奪われる…だが、勝ったはずのサイは不思議そうに自らの体を見て。


「なんだこれ、想定より奪えた魔力が少ない…なんでだ」


少ないのだ、徴収できた魔力の量が…だが、仕方ないことだよサイ。だってお前の覚醒は。


「そのペナルティで奪える魔力の量は対象の魔力量の絶対値によって決定される」


「え?」


「即ち多くの魔力を持つ者に対してはより多くの魔力を徴収でき、小さい魔力の者には効き目が少ない。今の俺は弱体化して吸われる魔力の量が減っているからな、残念だったな」


「なんだお前…急に賢ぶるなよ」


「賢ぶってるんじゃない、賢くなってんのさ…実際にな」


アイデアブレンド…アルクカース人の血を使って作ったブレイブブレンドとは正反対に、こちらはステラウルブス中からとにかく『頭のいい人間』だけを集めて作った血のブレンド。


学者…教授…賢者、ありとあらゆる人間から血を頂いて作ったブレンドだ。これを得た俺もまた当然賢くなる、普段の俺を五とするなら今の俺の知識量は十五…別格に賢くなる。今なら本気のデティとディベートしても勝てそうだ。


だがその反面戦闘能力が落ちる、普段の戦闘では使えない代物だがこいつのイカサマと覚醒を見抜くにはぴったりだ。


「なんだと…?」


「頭が冴え渡るぜ…お前の行動全てを振り返って、これならお前の覚醒の弱点も探れそうだ。…結局、お前の覚醒は相手にルールを強要する反面お前自身もそのルール内に囚われた行動しか取れない、つまり…」


「ルール内でなら俺を倒せると?まぁ…否定はしないが?だがここから巻き返せるか?」


「巻き返せる、一発逆転はまだ可能だ…だからほら。制限…コールをしろ」


「…………」


今の冴え渡る俺の脳みそは既にフル回転でサイの覚醒について探り回っている。そうして考えた結果…。


まず、奴が最初に俺に説明したルールについては間違いなく本物、嘘はついていない物として扱っても良い。根拠はこいつの今までの立ち回り、色々怪しい部分はあったがそれでも根本は語ったルールに準じた物だった。


であるならば恐らくこの覚醒の本質は『互いにルールを強要し、破った者にペナルティを与える』部分にある。だからサイだけがルールを破れる…なんてことは断じてない、それが出来るなら態々駆け引きで隠すような真似もする必要はないからだ。


じゃあ何故奴は都度都度制限を破れていたか…それは…それは。


まだ分からん、だが一つ言えることは…サイは恐らく相当考えて戦っている。もしかしたら俺以上に色んなことに気を裂いて、全てを計算して戦っている。だから俺はそれを上回るレベルで思考しなくてはならない。


「分かった…次の制限は『お前から視線を外さない』」


その言葉と共にサイの魔力が強化される。だがその強化幅は妙に大きい…これは今までのデータから見て確定していることだが。


奴の制限による強化は奴自身の行動選択の余地が狭まれば狭まる程に大きくなる。最も強化幅が大きかったのが『一歩も動かない』次が『俺に近づかない』…二番目に関しては少し考える点があるから少々怪しいがそれでも奴の行動範囲はかなり狭まっている。そして一番小さかったのが片手を使わない…これはも制限ではあるが選択肢は言うほど狭まっていない。


故にこの視線を外さないも言葉ではかなりの制限に聞こえるがその実取れる行動の選択肢の多さでは片手を使わない以上に多い。なのにこんなに強化されるのはおかしい。


恐らくこの宣言はダウト。本当はもっと別の何かを賭けている…強化幅の大きさで見れば『俺に近づかない』並に大きい…。つまりこれは嘘。


本当の制限は何か…考えるべきか、いや今はそれ以上にやるべき事がある。


「さ、んじゃあやりますか」


「お前、さっきの形態で俺に勝てなかったのに。その状態で俺を倒せると思うか?」


「やってみなきゃ分からんないこともあるしなぁ…かかってこいよ」


「テメェ…その挑発、後悔するぞ!」


剣を握り迫ってくる。相変わらず早い…けど、悪いな。俺はお前に勘違いさせるようなことを言ってしまった。


確かにこの状態の俺は弱体化している、肉体面は虚弱になり魔力も減る…けど。その分特化する事がある…それは。


「風の歌、雨の嘆き、星の視線。石を打ち降す天来の裁定は汝を縛る…『夭折呪罰』」


「むッ!?」


俺の口から溢れたのは漆黒の吐息、それを見たサイの体が止まり…ぎこちなく、動き出し。


「息が…出来ない…ッ!」


首を抑える…息が出来ないと。実際には息は出来ている、息が出来ていないと思い込んでいるだけだ…、相手に窒息の苦しみを与える呪術がこれだ。


つまるところこれは呪詛、俺の呪いの使い方はお師匠曰く正道から外れた物らしく、本来はただただひたすらに相手を苦しめることに特化した術が呪術となる。


そう…今の俺は。


「終焉を迎える肉の器、朽ちる痛みは如何程か。その目が見るのは天か地か…或いは我が殺意の瞳であるか…『丑三つ地獄の釘打』」


「ぐぶっ!」


サイが血を吐く、呪術によって体内に衝撃を与えたからだ…。今の俺は謂わば『呪術特化型』、普段はとてもじゃないが使おうって発想が出てこない呪術もホイホイ出てくる。呪詛も呪瞳も思いのままよ…。


今の俺の相手をするのは確かに簡単かもしれない。だが…今の俺の相手をするのは…ちょっと怖いぜ、サイ。


「くっ、戦い方を変えやがって!」


「『肉憑神』」


「おぉっ!?」


痛みを堪え突っ込んできたサイ、その一撃が俺を捉える前に俺の体は水のように硬さを失いぐにゃりと曲がり一瞬でサイの視線の中から消える。


「ど、何処だ!」


「視線を外せないんじゃなかったのか?」


「うぉっ!?!」


何処へ行ったか?それはつまり、サイの体の中だ。


「なんじゃこりゃ!?関節部分に溶けた肉が!?気持ち悪いッ!精神的に凄い嫌だ!これ!」


「お前らサイボーグには俺の呪術の効き目が薄い薄いみたいだな。呪術は肉体に作用する魔術だし肉の比率が少ないお前はその分効果が現れにくい。けど一転視点を変えて見れば…サイボーグ故に入り込める隙間も無数にある…へぇー、中ってこうなってるんだー…意外に広いんだ」


不定形になった俺はサイボーグの体の隙間に忍び込み体の中で蠢いて回る。体の形を捨て液状になり相手の体に忍び込む憑依の呪術『肉憑神』…。お師匠さんはこれをもっと『エグい』方法で使うが…。


うーむ、体の中に入っても特に何も出来ない。それはこいつの体の八割近くが歳暮になっているからだ。心臓とかはそのままだけどこれに干渉したら死ぬしなぁ。


「クソ気色悪いんだよ!出てけや!」


するとサイは全身の力を高め…サイボーグ駆体の温度をグングン上げていく。それは液化した俺の体を沸騰させ…っと。


「危ない危ない…」


「ふざけんじゃねぇテメェ!」


そしてそのまま背後に飛んだ俺を追いかけて剣を振るおうとしたサイに向け、俺は指を差し。


「お前のかけた制限は『防壁を張らない事』」


「なっ!ぅぐっ!」


立ち止まる…奴の体から魔力が消える。やはりな…やっぱりそれが制限だったか。


「くそっ…正解だ…なんで俺の制限が『防壁を解除したままにする』だと分かった…」


「分かるだろ、俺が液化した瞬間防壁を張って様子見をすればよかったのにそれをしなかったから」


「ッ…」


そのくらい楽勝で分かるさ、今の俺の頭ならな。そしてこの制限についてはさっきまでのイカサマがなかった。


…ようやく掴めてきたぜ、お前のやっていた事。お前のイカサマの正体が!


「…攻撃しないのか?」


「まぁな、だが…宣言しておく。お前の次の制限…それが終わるまでにお前を倒すと、賭けてもいいぜ?」


「へぇ、面白いじゃねぇか…お前とは殺し合いじゃなくてポーカーで勝負したかったよ」


してんだよなぁ本当は、だが…まぁいいさ。明日も楽しくポーカーをする為に…今はこいつをぶっ倒そうじゃないか。そして俺はサイと向かい合い…。


最後の勝負に出る…最後の勝負に出るだけの、手札を揃える。


「じゃあいくぜ?俺のかける制限は…『魔力防壁を使わない』だ」


「………さっきと同じ?」


サイの魔力が上昇する、だがさっきと上がり幅が違う…多分これはブラフじゃない、マジの奴だ。何考えてるんだ?


そう俺が眉をひそめると…サイは続けるように笑い。


「更に『この剣で防御しない』だ…」


「ッ…二倍の…」


ここに来て、切ってきた…恐らく奴がずっと隠し続け、そして奥の手としてとっておいた切り札。最初に説明していなかった『制限は幾つでもかけられる』という点を使ってきたのだ。俺に対策されていない手を…使ってきた。


それによりサイの魔力は更に飛躍的に上昇する、二つ制限をかけたおかげで今までにないほどに強くなる…が、同時に俺は確信する。


(やはり、奴のイカサマは…)


やっぱりそう言うことか!こう言う事ができるなら…きっと『あれ』も出来る!


「さぁ制限時間は五分だ!いくぜ!魔女の弟子!」


「よっしゃ来───ぶへぇっ!?」


瞬間、俺は俺の言葉を言い終える前にサイの一撃を喰らい蹴り飛ばされ子供用のミニゲームコーナーに吹き飛ばされ機材を弾き飛ばし地面を滑る。


「ぐっ!いてぇ…」


「どうしたよ!俺を倒すんだろうが!」


「チッ…」


頭を振って意識を取り戻した瞬間頭上から飛来するサイを横っ飛びで避け地面を転がる。やっぱアイデアブレンドだと高速戦は無理があるな、何よりあんだけ強くなったサイを止める手立てがない!


「お前のかけた制限は───」


「言わせねぇ!『マシンガン・シャッフルスラッシュ』ッ!」


「ッ…やっぱ言わせてもらえないかーっ!」


口を開いた瞬間に飛んでくるのはカードの如く鋭い斬撃の雨。今の俺にはとてもじゃないが防げるもんでもなく、虚弱な防壁を張って一生懸命耐えるが、この体ごと飛ばされていくことになる。


「っぐ!ひぃーん!」


「あ!また逃げた!」


故に体をクルリと後ろに回し受身を取ると共に逃げ出す。今は逃げるしかない…けど。


「ふざけんじゃねぇ!真面目にゲームしろや!『オーバーハンド・シャッフルスラッシュ』ッ!」


両手で剣を持ち、剣先から魔力を噴射しそれを横薙ぎに払い目の前にある全てを切り裂く。スロットや子供用のゲームやら何やら…全部纏めて吹き飛ばすのだ。そんな中俺は必死に剣を立てて斬撃を防ぎつつも地面を転がり…。


「ぅぐっ!まだまだ!」


「チッ…何考えてんだ」


再び逃げ出す、魔力覚醒者とは真面目に打ち合わない…打ち合えない。だから今は逃げる…もう少し、もう少し時間を稼げば。


「テメェは!」


「ぐっ!?」


しかし、走り出した瞬間サイに捕まり横っ腹に蹴りを受け俺は悶え…。


「何しに…ッ!」


更に柄頭で俺の顎を殴り上げ…。


「ここに来てんだよ!『ロールブレッド』ッ!」


「ごぁぁあああ!?!?」


そして魔術により吹き飛ばされ…俺は孤を描き、吹き飛んだ先は。


「いてて…ここは」


ふと、フカフカな地面に落ちる…天井が遠くなる。ここはあれか…クレーンを使って穴の中おもちゃを掬い上げるゲーム…。その中だ、俺の下にはぬいぐるみやら何やらが大量に敷き詰められている。


そこに落ちたんだ。クレーター状に広がるやや大きめな穴の中心で俺は痛む体を持ち上げ…穴の上を見ると、そこには。


「お前にゃがっかりだぜ、面白い勝負ができるかと思ったのによ」


「サイ……」


サイが立っている、穴の上で俺を見下ろしている。サイは俺を見て肩を落とし首を振るう。


「俺を止めるんじゃねぇのかよ。テメェなんかの為に覚悟決めたと思うと馬鹿馬鹿しくてやってられなくなるぜ!」


「覚悟を決める…か。なぁサイよう…お前は、なんでソニアやオウマに加担してんだ…お前も欲しいのかよ、その魔女が介在しない世界ってのが」


「それが俺達逢魔ヶ時旅団の悲願だからな」


「『お前達』の話はしてない、『お前』の話をしてんだよ!お前は…そんなに戦うのが好きか?ギャンブルよりも好きか?お前はギャンブルをして生きていくのに都合がいいから…傭兵やってるんじゃなかったのか」


「…なんでそんなことまで知ってんだよ…ったく」


サイは真性のギャンブル狂いだ、戦わずに生きていけるなら一生カードとチップを握って生きていくだろう。そんな奴がなんであんなクソみたいな計画に加担して覚悟まで決めてんだよ…。


「そんなもん決まってんだろ、結局…俺みたいなゴミにとってこの世界は生きづらいからさ。世の中にゃ良い子で生きていく事ができない奴もいる…俺みたいな社会不適合者然り、仲間の連中みたいにそれしか知らないやつとかな…そう言う奴が、自分の望む世界を作るために尽力して何が悪いよ」


「お前がゴミなのはお前の意志だろうが、生きづらいなら世界よりも前にテメェを変えろ…!」


「ハッ、言われちゃったな…。けどまぁこれも俺だ、俺達逢魔ヶ時旅団が歩む道は地獄だけ…なら進む先を地獄に変えたっていいだろうが」


会話にならねぇな、…傭兵としての顔はこうも頑なか…でも。


「じゃあ、アマリリスはいいのか」


「ッ…」


「お前の進む先は地獄に変わるなら、…今お前がやろうとしている事が結実したならば、世界は地獄に変わる。その世界で…お前は愛する女を生かすつもりか」


「………………」


サイは何も言い返せず視線を逸らす。そこに対する答えはないか…なら。


「サイ、言ったろ。俺はここでお前を倒すと…賭けてもいいと。賭けには報酬が必要だ」


「何が言いたい」


「俺が勝ったら、お前…傭兵やめろよ」


「はぁ?…マジで言ってんのか?」


「ああ、お前向いてねぇよ…次見つける女を、今度こそ抱きしめられるよう…生きる道を選べや」


「クソ気持ち悪い綺麗事吐かしやがって、なら俺が勝ったら!」


「世界を好きにしていい」


「面白い…けど、そうこう言ってる間にお前…残り時間があと数十秒しかないぜ?」


そう言うなりサイは剣を向けつつ懐から取り出した時計を俺に見せる。残り時間はあと数十秒。それを過ぎれば俺は魔力を奪われる…しかも今回はいつもの二倍だ、そんな量取られたら流石に動けなくなる。


何より…。


「この制限時間以内に俺を倒すと言ったよな。それが賭けだよな」


「ああ、約束は違えない」


俺は、この賭けを成立させるために…この残り時間でサイを倒さなきゃいけない。この制限が結実するまでに、倒さなければいけないのだ。


超過すれば即ち負け、魔力を奪われ抵抗出来なくなった俺は殺され世界は奴らの好きにされる。故に…勝たなくてはならない。


「っ…」


「おっと、動くなよ…お喋りも無しだ。俺は今からお前が少しでも動いたり喋った瞬間、この穴の中を満たす斬撃の雨を放つ…ここじゃもう逃げ場もないよな」


向けられる剣が魔力を宿す。俺は今穴の中にいる。周りに逃げ場はない、サイが本気で俺を攻撃すれば防ぐ術も回避する術もない俺は瞬く間に殺される。


「万事休すだな」


サイが勝ち誇るように笑う、完全なる詰み…そうこうしている間に時間は過ぎていき。


「俺はお前の賭けに乗る、だから制限が成立するまで攻撃しない…お前が動かなければ、だがな」


「……………」


「まぁそれももう終わるけどな…十、九」


サイは時計を見て、カウントを始める。時計の秒針が刻を刻む…それを確認しているサイは俺に対して一切の気を抜かず、待ち続ける。


「八、七、六」


俺が少しでも動けば奴は攻撃を始める、俺が答えを口にしようとした瞬間…やっぱり攻撃を始める。俺は今何も出来ない。


「五、四…」


勝利を確信したサイは時計から目を離し、俺を見る。勝負あったなと…これがゼロになれば、奴は更に強くなり、俺は……。


「三、二、一…」


負ける─────。


「ゼロ……終わりだな、魔女の弟子ィッ!世界は…好きにさせてもらうぜッ!」


そして今、制限時間を超過し…サイの体は更に強化され、強くなった体で俺を嬲り殺し賭けの成果を奪いにやってくる…。




はずだった…。


「………ん?」


サイは自分の体を見る、不思議そうに眉をひそめる。感じたのは…違和感だろう…なにせ。


「強化されてない…」


制限を成立させた際の強化が発生しない、サイの覚醒が…発動しないのだ。


「な、なんでだ!俺は防御してないぞ!?ちゃんと賭けは成立したはず!なのになんで…!」


サイは時計を見ながら叫ぶ、確かに防御せず五分過ぎた…なのになんで賭けが成立しないのだと、怒りに任せて叫び散らす…が。


「なッッ!?」


同時に…気がつく、冷えた頭で時計を見て…ようやく気がつく。


「びょ…秒針が…時計の秒針が…いつも『早い』ッッ!?!?」


早いのだ、一秒で一回動くはずの秒針が明らかに一秒未満の時間で数回動いている、いつもより早く時間が過ぎているのだ…そこでサイは気がつく。


「まさか…あの時…」


あの時…それは俺が液状化してサイボーグの体の中に忍び込んだ時。…サイボーグという機械に忍び込めたなら、一緒に忍び込める筈だ…同じ精密機械の『時計の中にも』。


(まさかアイツの本命は俺の中に入り込む事じゃなくて時計に入り込む事!?そして時計の内部に忍び込み秒針を狂わせ…時間を早めた。時計が狂っているから俺も…今の時間を勘違いした…!?)


アマルトは液化した際…体を二つに分けていた、ほんの小さなカケラのような液体を…時計の中に。そいつが中から時計の機構を狂わせ今も秒針を早めている、それを気がつかせないためにわざと体の中で蠢いて何も出来ず退散するふりをした。時計を狂わせるという本命の仕事だけをやり遂げて。


そして狂った時計で時間を確認したサイはその秒針が早まっていることも知らずに時計の情報を鵜呑みにし、いつもより早く過ぎる針を信じ切ってしまった。


つまり…。


「まだ…五分経ってない…ッ!ま…魔女の弟子ぃ!テメェ───」


「イカサマするに決まってんだろ…俺だって、ギャンブラーなんだぜ?」


「ハッ!?」


まだ五分経ってない、精々四分と三十秒程度!ならまだ時間はある…そしてサイは時計とカラクリに気を取られ、完全に俺から意識を外してしまった。


つまり…隙が生まれたのだ。その隙に俺は、アンプルを飲む。


ビーストブレンドとブレイブブレンドの二つを合わせた戦闘形態。魔獣の因子を持つビーストブレンドで羽を作り空を飛び、剛力無双の戦闘民族アルクカース人の因子を持つブレイブブレンドで肉体を強化した、全身全霊の強化を行い…最後の特攻を仕掛ける。


「ッ…!」


「今のお前は…制限で防御ができねぇんだよな!なら…終わりだッ!」


この速度、この勢い、今からサイが動き出しても避けられない…寧ろ変な体勢で攻撃を受け、そのままやられる可能性がある。


しかも制限のせいで防御が出来ない…それは今サイが言った通りだ。故にこの攻撃は備中となる…しかし。


「惜しいな…本当に…惜しいッッ!!」


そう笑ったサイは…手を前に翳し。


「魔力防壁展開!」


「ッ…!」


展開した、全霊の魔力防壁を…つまり、防御したのだ。


さっき自分で自分が課した制限は防御しない事だと言ったのに、剣でも魔力でも防御しない筈なのに、奴は剣と魔力を突き立て防御姿勢を取ったのだ。その防御で俺の攻撃を防ごうと待ち構え始めたのだ。


これは完全に理解不能な挙動、奴の覚醒の内容的にあり得ない動き…。


「残念だったな!ここでお前を殺せば…賭けは俺の勝ちだよな!」


俺の渾身の一撃を防げば、返す刀で俺にトドメをさせる。どの道サイの勝利は揺るがない…最後の最後でもイカサマを使ってきた。奴にとっての武器はサイボーグの体でも魔力覚醒でもない、イカサマ…それこそが奴にとっての最大の武器なのだ。


「終わりだッ…!これで!」


サイが歯を見せる…だが。


「読めてんだよ、それも…」


「は?」


「お前のかけた制限は『その場から動かない事』」


「なッッ!?」


答えが出る…サイが目を剥く、同時にサイの防壁が完全に消失する…つまり、正解なのだ。


「せ、正解…けど、なんで…」


「イカサマ…使い過ぎたな、お前」


加速するアマルトがサイの目の前に迫る。サイのかけた制限は『体を動かさない事』…だがそれは最初にかけた制限とは違う。何故…こうなったのか?


簡単だ、これが奴のイカサマの正体…それはつまり。


「お前の制限は、途中変更が可能…なんだろ?」


「ッッ……!」


正確に言えば課した制限を途中で撤廃してもデメリットが殆ど存在しない事。つまり奴はさっきまで防御しない事が制限だったが…今この瞬間その制限を捨てて新たな制限を立てた…それが動かない事。


後ろに引かないと言いながら後ろに引いたのも、魔力を使わないと言って魔力を使ったのも…そういう事だ。奴はやばくなると直前で制限を撤廃し、新たに別の制限を立てて行動の幅を変化させていたんだ。


当然、これは最初に説明されていない…奴は確かに覚醒について色々説明したが、その細かいルールまでは俺にあえて伝えていなかったのだ。一度に二つ制限をつけられる…と同じようにな。


そして奴は最初から敢えて自分のかけた制限を口にするように動いていた。それは俺に嘘を吹き込む為であると同時に…『制限をかけた時はその内容を口にしなくてはならない』のだと思わせる為。だから気が付かなかった…いつも制限をかけた時は口にしてたのに、変更した時は黙って変更するんだから。


つまり奴は最初からこの技を使う為に、制限を口にしていた。この技で俺の不意をつく為に…これは本当に嫌な仕様だ、精々デメリットと言えば制限時間がリセットされるくらい。こんな大事なことを伏せておくなんてな。


「何故気がついた…」


「最初に宣言する制限の内容が嘘でもいいなら、黙っていたっても別にいい。二つ一緒にかけられるなら…途中で変更することだってできるだろうって一種の読み、まぁ賭けだなこれは」


「ッ…だが、何故動かないことまで…」


「それも単純ッ!今の俺の攻撃を防ぐには!一番強力な制限をかける必要があるから!」


つまり最初に一番強力な制限を見せた時点で…お前は最後の最後で見せる手札を予告しちまったようなもんなんだよ…と、俺は呟きながら剣を突き立て、サイの目の前に迫る。


サイは、動かない…動けない、賭けのデメリットで…動けないのだ。


「俺とお前の賭け…忘れんなよ」


「ッッ………」


一閃…すれ違う二つの影の間に、紅の線が光を放つ。




「紅灼断斬…タリアウッザーレ・フランベルジェ」


防壁もなく、手に持った剣もへし折れ、胸に真っ赤な傷を残した鋼の躯体。燃える血によって傷口が発火し、爆裂するサイの体は…グラリとよろめき、倒れ伏す。


その様を、サイの背後に立ち剣を振り抜いた姿勢から戻り、肩に剣を背負ったまま振り向く俺は…戦いの終わりを悟る。


「俺の勝ちだよな」


「…ああ、負けたよ魔女の弟子……躯体がやられた、もう動けそうにない。誰かと戦ってここまでズタボロにやられたのは初めてだ」


「…それ、直る?死なないよな」


「倒した相手の傷を気にすんのかよ…」


「だって肉の体と違って再生しないし、治癒も効かないだろ?」


「安心しな…、俺達幹部クラスの機構の中には自動修復機構が含まれている。と言っても魔力を使い切ったから…動けるようになるのに丸一日かかる、そして丸一日あったら」


「俺達はお前達の計画潰せる…ならいいや」


「…………ああ」


死なないならそれでいいや、一応知らん相手でもないし死なれたら寝つきも悪いってもんだよ。さーてもう敵もいない事だしレゾネイトコンデンサーぶっ壊しますか〜。


「……アマリリスちゃん、ごめん…」


「……………」


変身を解除し、さてこれから目的地に向かおうって時に…サイの呟きが耳に入る、いつぞやみたいに倒れて伏すサイの囁きが、どうしても耳に入るんだ。


サイはアマリリスの正体が俺とは知らずに本気で愛していた。その愛に応えるつもりはないがそれでも筋の通ったやり方は大したもんだとも思っていたよ。そんなアマリリスと別れてまで臨んだ戦いで負けたんだもんな…そりゃ傷つくか。


………うーーーーーーーーん…。


しゃあない…。


「おい、サイ」


「あ?」


「俺はアマリリスの知り合いだ、そいつからこれを預かっている、から…返す」


「………………」


「じゃあな、…次はもっといい女を愛せよ」


「待てや、お前名前は」


「は?アマルト、忘れていいぞ」


そう言って俺は用意していたものを…それでも渡すつもりのなかったものをサイの手元に置いて走り出す。うー…なんか小っ恥ずかしい〜こういうのは俺の柄じゃないんだよなぁ。


もう二度と同じことはすまい…しかし。


「うっ…やべっ、魔力も体力も限界寸前だわ…めっちゃフラフラ〜…」


変身を解除し、アドレナリンが尽きて、ようやく体が『あ、俺限界じゃん』ってことに気がつき途端に足元がフラフラし出す。もう寝たい、おやすみしたい、けど…ダメだ、取り敢えずやることやってから寝よう。








「アマルトか…」


その場に取り残されたサイは、アマルトが渡したものを手に握り…確かめる。するとそれは…。


(ペンダントと…手紙…)


ペンダントは、俺がアマリリスちゃんに渡した物だ。そして手紙には…。


『アマリリスは、生涯貴方だけのものでしょう』と…書き記されている。


なるほどねぇ…律儀なもんだ。


「ヘッ…律儀だなぁアマリリスちゃんは、…俺は敵だってのに…なぁ?アマリリス…いや、アマルト」


チラリとアマリリス…いやアマルトが去っていった方向を見る。アマリリスははきっとアマルトだ、奴が戦闘の最中見せていた変身で女に変じたのがアマルトだ…俺は戦闘中にそこに気がついた。


気がついたが…俺は本気で戦った、アマリリスはきっと俺から情報を抜く為に敢えて俺といた。その事実は悲しいが…それでも。


愛した奴が…それを望むなら、例え刃を向けることだって俺はする。けど…。


「まさか男だったとはなぁ〜!そういう趣味はねぇんだけど…ってかアイツ家庭力高けぇ〜!」


なははと笑って誤魔化す。きっともう何処を探してもアマリリスはいない。けど…。


次はもっといい女を探せ…か、確かにそれもいいかもしれない。恋はこんなにも素晴らしいんだ…ギャンブルさえ忘れるほどに、素晴らしい物なんだ。なら彼女の言うことに従うのもいいだろうし…何より。


それが、賭けの報酬だからな…仕方ない。


「体が動くようになったら、伴侶探しの旅にでも出るかね。ああそう言えばアマルトって妹か姉いないのかな、それだけでも聞いときゃよかった…」


体が動くようになったら、明日にでもお世話になった逢魔ヶ時旅団を抜けるか。世話になったが、抜けるだけならいつでも抜けていいのが旅団のいいとこだしな。


まぁ何にしても、…明日があるなら…だけどな。


「……気をつけなアマリリスちゃん、ソニアは…お前らが考えるほどに甘くねぇよ」


あの悪魔の女が…そんな簡単に弱みを残しておくわけがない、この戦いは…まだまだカードを配られた段階に過ぎないぜ。


…………………………………………………


一方時は戻り、アマルトが金楽園を訪れたのと同時刻…。


「とぉーう!エリス!地上に復帰ーッ!」


水楽園の巨大プール…そのど真ん中から水を引き裂いて参上するのは、そう…エリスです。久方ぶりの地上!けど天候は最悪!プールがザバザバと音を立てる程の大雨っぷり!


「雨ですか…もう時間がありませんね」


メルクさん達と別れ、こうして地上にやってきたのは水楽園のレゾネイトコンデンサーを破壊する為…。メルクさんは大丈夫だろうか、なんかさっき凄い音が聞こえた気がしたが…。


いや、大丈夫だ。メルクさんならきっと大丈夫。


それよりエリスはエリスがやるべきことをやろう。


ヨイショヨイショ、うう…パンツまでびしょ濡れ、水着でくればよかった」


そうしてエリスはプールの中から這い出て…天を見上げる。空には何やら巨大なケーブルが伸びている、それが…巨大プールのど真ん中にある巨大な城の頭の上に突き刺さり、地下奥深くへと伸びている…アレって多分レゾネイトコンデンサーに電気を供給する為の機関だよね。


…あ!やべ!地下にあったのか!やばいやばい、エリス地下から上がってきちゃいましたよ。また戻らないと…いや。


「…………やっぱいますか」


「ンゥあ…君か」


プールから上がったところで、エリスはようやくその存在に気がつく。


巨大な純白の白の頂上に立つ…黒いジャンパーの大男。この水楽園を守護する…エリアマスターの存在に。


「…ディランさん」


「まさか君と戦うことになるとは…ンゥ…不幸だ」


それは、かつてお世話になった…ディランさんとの対決を意味していた。


まぁ、エリスは覚悟してきているんで、彼にもしてもらうとしましょう…覚悟。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ