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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
三章 争乱の魔女アルクトゥルス
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57.孤独の少女と運命の第四王子ラグナ


目覚めとは、出来得る限り心地いいものが良い、ベッドから這い出た時の気分によってその日一日のコンディションが決まると言っても過言ではないからだ


ならば良い目覚めを得る為にはどうすれば良いか、よく休み 早く寝て しっかりと寝床に横になり ふかふかの枕で落ち着く、これだけでいい…ああいや それだけじゃないな


一番重要なのは何も悩みがない事、これに尽きる 何か心配事があれば寝付けないし 何より起きたその時から色々と物事を考えなければいけないのは正直怠い


何も考えず窓の外を見て、飛び立つ鳥達を見る、このくらいの余裕があるのが望まれる



「うん、今日も良い天気ですね」


エリスは窓から宿の外の景色を見てにこやかに呟く、いい気分だ 何も考える事がないとはこんなにも気持ちいいのか、肩の荷が降りたお陰で今はとても気分がいい…


そう、今のエリスには何も気にすることがない…継承戦とデルセクトの戦争 そう言った事情が纏めて解決したお陰ですることが何もない


あそこに赴いて仲間を探さないととか 武器はどうしようとか、継承戦は上手くいくかなとか…そういうような不安はもう胸中にはない、アルクカースに入国したその瞬間から続いていた心配事が解決したお陰で、一日スッキリした気持ちで修行に臨める


「よし、師匠が起きる前に朝ごはんの準備をしてしまいましょう」


「むにゃあ……」


隣でゆっくりお休みになっている師匠の愛おしい横顔を見て癒されると共にベッドから這い出る、よし!今日も一日頑張るぞー!



…あれから、そう 謎の地下施設でのラクレスさんとの一幕やアルクトゥルス様との決戦から、一週間程経った


ラグナがアルクトゥルス様に弟子入りした後 エリス達は落ちついて宿に戻って…というわけにはいかない


処理しなければいけない事柄が山ほどあったからだ、まずはラクレスさんの件だ


ラクレスさんが用いていたあの地下施設 あれはアルクトゥルス様曰く遥か昔兵器の建造に使われていた地下工場のうちの一つだという、もう使わないから殆ど潰したつもりだったが アルクトゥルス様の目を逃れた物が一つ残っていたようで、それをラクレスさんが見つけて使っていたらしい


しかし、ラクレスさんが手を組んでいたあの黒服の組織 あれについては分からなかった、ホリンさんが倒した連中もいつの間にか消え去っており、ラクレスさんもそれだけは言えないと口を閉ざしてしまった為分からずじまいだ


アルクトゥルス様も『まぁこの世にゃ秘密結社の一つ二つくらいあんだろ、また出てきたら叩き潰しゃいいし気にすんな』と言っていたのでこの件はこれで終わった


後ラクレスさんへの罰についてだが…色々あの人はやったからな、職人の拉致や金属の独占 謎の組織を使い暗躍 そしてジャガーノートを使っての反乱未遂、王子とは言え許されない


アルクトゥルス様的には反乱くらい日常茶飯事だから別にいいと言ってはいたがそれでもケジメはケジメということで、ラクレスさんは地方の砦に幽閉されることとなった…、いつ頃出てこれるのかラグナに聞いたところ静かに首を横に振っていた


そして全ての問題を片付け、ラグナとアルクトゥルス様は要塞へ帰還 そこで正式にデルセクトとの戦争中止を表明、当然不満噴出


『この時のために用意した矢はどうすれば良いのですか!』


『兵だって山程集めておいたのに!』


『今更中止が効くような状態じゃない!直ぐに戦わせろ』


なんてあっちこっちからヤジが飛んだが…、アルクトゥルスの


『オレ様の決定に文句があるやつは前へ出てオレ様に言え』


その一言でみんな黙った、まぁ納得したわけじゃないだろうか そこを納得させるのはラグナの仕事だ


そうラグナの仕事、彼は正式に王座に座り 国王として辣腕を振るい始めた、生真面目で常に仕事をしていないと気が済まない彼らしく、その仕事ぶりは目覚しい、サイラスさんもテオドーラさんも国王直属補佐官に格上げされ 毎日忙しそうにラグナの補佐をしている


そう、それとバードランドさんもだ 彼は戦功を挙げる為に戦場へと出かけていった、なんでも国王交代の混乱に乗じて武力決起を起こした地方貴族がいるらしく、それの鎮圧へ向かったらしい…継承戦を乗り越えた彼らにとっては造作もない戦いのはずだ


ハロルドさん達退役戦士達も 国王の権利で作られた訓練所を任され戦士見習い達に知恵を授けている、ハロルドさんも死ぬまで戦場に関われるなど幸せじゃと忙しそうに笑っていたのをエリスは忘れない


カロケリ族のみんなは…分からない、みんなカロケリ山に帰って行ったから そんな気まぐれでいけるような場所じゃないし アルミランテさん達に次会えるのはいつになるのか本当に分からないけれど、まぁ 彼らは大丈夫だろう、とても強いから


ああ、みんな帰ったと言ったが…全員ではない


「エリス!飯を作っていルナ!外まで美味い匂いが漂ってくルゾ!」


「リバダビアさん!、窓から入らないで玄関から入ってくださいっていつも言ってるじゃないですか」


宿屋の台所を借りて朝食の準備をしていると 窓を開けて外から入ってくるのはリバダビアさん、彼女だけは山に帰らずこうして朝方になるとエリスの宿までやってきて朝食を食べに来る


その後は一日エリスと師匠の修行をボーッと見たり、かと思えば街に行ったり 森に行って魔獣狩ってたり、ラグナの所に遊びにも行ってるらしい、猫みたいな人だ


「そう言ウナ、川で魚取って来タ!、焼いてクレ!」


「いいですよ、じゃあ食器の準備をお願いしてもいいですか?」


「構ワン!」


そういうと土だらけの素足のまま宿に入って来てお皿の準備を始める、後で床のお掃除もしないと…


リバダビアさんのお手伝いもあって直ぐ様朝ごはんの準備が出来ました、こんがりと焼きあがった香ばしい魚の匂いにつられてか、ちょうど準備が出来るあたりで師匠も降りて来ます


「おはよう…エリス」


「おはようございます師匠!」


「起きるのが遅イナ!魔女!」


「うるさい、飯をタカリに来てるくせに偉そうなことを言うな」


今日のご飯はパン!野菜!肉!という繊細さのかけらも無い料理になります、朝から肉って…ということももうありません、この国の感じには慣れました、むしろ朝からお肉を食べると元気がもりもり湧いてくるんです、野菜に巻いて食べるととても美味しいですしね


テーブルに並べられた料理を見て師匠が席に着くのをまってエリス達の朝ごはんは始まります


「お前達今日も修行するノカ?」


エリスの焼いた焼き魚を頬張りながらリバダビアさんは聞いてくる、今日も修行か と問われれば当然答えは一つ


「いえ、違います」


「違うノカ?珍しいなここ最近ずっと修行していたノニ」


そうだな、ここ一週間 ずっとエリス達は修行に打ち込んできた、というかエリスがお願いして修行していたのだ 何せ争乱の魔女の弟子ラグナという強力なライバルが出来てしまったのだ、孤独の魔女の弟子として負けられない、だから少しでも強くならねばと打ち込んでいた


のだが、今日は違う 今日はエリス達も用事があるのだ


「実は昨日魔女要塞フリードリスの方からお呼ばれがありました、ラグナとアルクトゥルス様が用事があるのだとか」


「ホウ、ラグナのか だがアイツアタシが会いに行っても忙しいとか言ってあってくれなかっタゾ」


「仕方ないですよ、ラグナだって忙しいんですから…気ままにプー太郎やってるエリス達とは違うんです」


「王権の交代を行なったばかりだ、ラグナだけと言わずこの国全体が慌ただしく動いているのだ、…そんな中での呼び出しだ、デティフローアのようになんとなく会いたいから呼んだということはあるまい」


それはそうだ、ラグナは真面目だからそんなことしないしね、ああそう デティで思い出したけど、あれからデティには連絡を行い無事継承戦に勝ちデルセクトとの戦争を食い止めた事を話したら『流石エリスちゃん!!!』とどでかく文字が書かれていた


…なんだか最近デティの雰囲気が変わったように思える、いや悪い方向にというより いい意味で度胸がついたというか元気になったというか、魔術導皇として恥じない強い人になりつつあるのだ…デティにも負けられないな、エリスは


「飯を食い終わり修行を済ませ次第私とエリスは要塞に向かう、お前も来るか?リバダビア」


「いやイイ、今日は狩りの気分だ 晩飯の食材取って来てヤル」


気ままだなぁこの人も、でもまぁなんか面倒を見たくなってしまう可愛さがあるから放って置けないんだよなぁ、あ ほら口に食べかすが付いてますよリバダビアさん


それからエリス達は軽く朝食を済ませ腹ごなしに軽く修行、リバダビアさんも付き合って模擬戦をこなし 太陽がいい感じに登った頃合いを見て出立、リバダビアさんとは宿屋の前で別れエリス達は要塞へ向かう


要塞へはそこそこ距離がある、アジメクにいた頃は馬車で移動していたが 今のエリスには必要ない、旋風圏跳で空を飛び 師匠と共に要塞までひとっ飛びだ、これ一つでエリス自身の成長を感じられる


そんなことを感じる間も無くエリスとレグルス師匠はフリードリス要塞の城門へと降り立つ、アジメクの白亜の城と違ここの守りは本当に厳重だ 今も複数の兵隊が門を守っており


「止まれ!何者だ!」


止められた、普通に…いやまぁ普通か 空飛んで現れた奴が怪しくないわけないし、いや多分怪しいから止められたんじゃないな


「空を飛ぶとはなかなかやるようだな 、よし!俺と戦え」


これだ、戦いたいから止めたんだ…本当に好戦的な国だな、まぁ別に戦ってあげてもいいが今はラグナとの約束があるし…


「はぁ、この国は全く…アルクトゥルスの奴め、我々が来ることを伝えておらんのかバカが」


「な…貴様!アルクトゥルス様を愚弄するのは流石に許せんぞ…戦え!」


「お、おいコイツら…いやこの方達ってもしかして」


目の前でエリス達の行方を遮る兵士に別の兵士が耳打ちを始める、よかった エリス達が来ることはこの人達にも伝わっているようだなんて安心していたら、目の前の兵士の顔がみるみる青くなり


「なぁっ!?あ…あんた、まさかベオセルク様を倒し ラクレス様の超兵器を一撃でたたき壊したって言う、あのエリス様か!ラグナ大王の朋友の」


あ、うん ラグナの友達ですけどもベオセルクさんは一応倒しましたけれども、流石にラクレスさんの超兵器ジャガーノートまでは壊してないですよ、そこは完全なガセですよ…


「わ 悪かった、俺は強い奴とは戦いたいが命が惜しくないわけじゃねぇ…通っていいからそんな睨まないでくれ」


どう否定したものかとエリスが難儀していると、相手はそれをエリスが睨みつけていると勘違いしたのか慌てて道を開けてくれる、まぁ今はいいか 人の噂も七十五日、間違った噂は淘汰されるだろうなんて楽観しながら軽く会釈し門を通らせてもらう


「エリス お前も有名になったな」


「あはは…、でもなんかこう 畏れられるのって悪い気はしませんよね、なんだかエリスも大きくなれた気分です」


「気持ちだけだ、人の評価で自分の大きさを測るうちはまだまだ小さいぞ」


師匠に怒られてしまった、まぁそりゃあ世界的に有名な師匠から見れば大したことないかもしれませんけど、なんだかこう やっとエリスも魔術師としての実力を認められた気がしてとても嬉しいんです、調子にくらい乗ってもいいはず


なんてウキウキ気分のまま エリス達は最奥まで通らされる、白亜の城と違い終ぞこの要塞にはあまり立ち寄らなかった所為で、あんまりこの要塞に思い出はないが…もうこの要塞はラグナのものなんだ、そう思うととても感慨深い…


「およ、エリスちゃんじゃーん 」


「あー!エリスちゃーん!!」


「あれ?、ホリンさんとアスクさん、珍しい組み合わせですね」


そう言って廊下の真ん中でばったり出くわすのは第二王女のホリンさんとベオセルクさんのお嫁さん アスクさんだ、なんかこの二人が一緒にいる理由が思いつかない珍しい組み合わせだ、ああいや二人きりではないな 後ろにいるのは討滅戦士団のルイザさんだ


「この子がエリス…、ホリンを倒したっていう子ね」


「そうそう、おまけにベオセルクの奴を倒しちゃったうえにラクレス兄様の作ったでっかい兵器をこう一撃でパッカーん…とね?」


とねじゃないですよホリンさん!その噂広めたの貴方なんですか!、しかし思ってみればこの人あの場で酔っ払ってたし 記憶違いを起こしてるのでは?


「あのホリンさん、エリスはジャガーノートを壊してないですよ、あれを壊したのはアルクトゥルス様で…」


「うん知ってる、けどそうやって広めた方が面白いじゃん」


面白いわけあるか!


「ごめんなさいねエリスちゃん、この件は後で私から訂正しておくから…今はホリンの好きにさせてあげて」


とルイザさんは言ってくれるがね?、ルイザさん?そりゃあいくらなんでもホリンさんに甘すぎるのでは?貴方世話係じゃなかったんですか?


「それよりエリスちゃん?今日はどうしたの?もしかして私に会いに来てくれたの?」


「わぷっ、アスクさん 急に撫でないでください、今日はラグナに会いに来たんです」


「うふふふ、ごめんなさいね?でもなんか年の離れた妹が出来たみたいで嬉しくて、それにいつかなってくれるんでしょ?妹に」


なんで決定事項になってるんだ、アスクさんはあれから何かとエリスに構ってくれる、曰く妹みたいだからとか 留学先で知り合ったアジメク人を思い出す匂いしてるからといつも会う都度こうやって撫で回してくる


でもこの人が出してくれるアジメク製の茶葉を使った紅茶は懐かしい味がするからエリスもこの人は嫌いじゃない


「なるほどラグナにね、なんか重要そうな話があるっぽかったし、真面目に聞いてあげてねエリスちゃん」


「はい、ホリンさん!」


「いいね、快活だね…しかしラグナが王様になってくれたおかげで、私は楽できていいわ、国王の姉って立場もなかなかに悪くないし 毎日浴びるように酒飲めるし、言うことなしだわ」


ホリンさんは相変わらず武術の収集に勤しんでいるようで、毎日楽しそうだ…デルセクトとの戦争が無くなり暇にはなったが、暇なら暇でやること見つけるのがこの人だ …継承戦に敗れて少なからず支援していた貴族達から批判を食らったらしいがそいつら全員叩きのめしたらしいし


「ま、いつまでもラグナの世話になりっぱなしってのも面白い話じゃないし、私もそのうちやること見つけんとなぁ」


この人にもう女王になる道は残されていない、とは言え王族であることに変わりはなくその権威は絶大だ、何をするかとこれからの将来を考えているようだ


「そういえばベオセルクさんは何をしてるんですか?、またあれですか?趣味のチャリオットファラリス狩りを?」


「ああ…ベオセルクの奴はね、…いや この件は多分その内ラグナから話されるから私から言うのはやめとくよ、ほらアスク!エリスちゃんはラグナと話すんだから今は離してやって!」


「あーん!私の妹がー!、エリスちゃんまた私の部屋に来てね!アジメクのクッキー用意して待ってるからー!」


そう言い残しホリンさんに引っ張られながらアスクさんは廊下の奥へ消えていく、…また今度遊びに行くとしよう、さて ラグナに会う前にアスクさんに乱された髪を整えて 服にシワがないか 窓を鏡代わりにして整えてと…


「エリス?ラグナに会うのに随分と粧し込むんだな?」


「え?、…まぁ この国の大王に会うわけですし、やっぱりいい加減な格好は出来ませんよ」


「本当にそれだけか?」


…?、なんだろう ラグナに会うのに粧し込むのはいけないだろうか、しかし思ってみれば エリスは今ラグナにだらしない格好で会いたくないという一心で胸がいっぱいだ


だらしない所をダメな所を極力見られたくない、この気持ちは自体は少し前からありはしたものの こう…色々落ち着いてからは特にその気持ちが著しい気がする、それはやはり彼が相応の立場に立ったからだろう、ならエリスも相応の礼儀を以って接するべきなんだ


師匠はなんだかエリスとラグナの関係のことを怪しいんでいるようだけれど…


「まぁいい、…ラグナとアルクトゥルスは奥だ、待たせるとあいつはうるさい とっとと行ってしまおう」


「はい、師匠」


そういうと師匠はエリスに手を差し伸べてくれる、エリスもまた思考する間も無く自然とその手を取り 二人で手を繋ぎながら廊下を歩く、こうやって落ち着いて歩くのもまた久しぶりだ



そうこうしてる間に最奥の部屋へとたどり着く、いた話ではここは玉座の間であり軍議場でもあるのだという、つまりこの国は王の御前で軍議をするのだ…なんとも軍事大国らしいじゃないか


「入るぞ、アルクトゥルス」


そんな重厚で堅牢そうな扉をガツンガツンと乱雑に師匠は殴り叩き、返事も待たずに扉を開ける、なんというか スピカ様の時と全然違うな…


「返事くらい待てや、ここぁ玉座の間だぜ?…まぁ別にいいが?」


扉を開き、中を望ばまず目に入るのは部屋の広さと恐らく軍議に使うであろう巨大な長机、そしてその最奥にドスンと二つ構えられた剛毅な玉座、アジメクの白亜の城と同じだ、王と魔女が並び座るように玉座が設置されているのだ


そしてその上に座る人物は、など考える必要もない この国で玉座に座れるのはたった二人


「早かったなレグルス、もうちょい遅れると思ったぜ、八千年くらい」


「その嫌味はスピカにも言われたよ」


争乱の魔女の名を戴き、強さこそを絶対とするこの国の頂点に君臨する絶対強者、血のように沸き立つ紅髪と猛禽のように鋭い目 そして漆黒の軍服がトレードマークの女傑 アルクトゥルス様


そしてこの国の大王としての座を勝ち取ったエリスの朋友……


「ぁ…ぁ…えり……す……」


「ラグナッッーーーー!?!?」


そこにいたのはエリスの知るラグナではなかった、げっそりと痩せ細り顔色はもはや土色、疲労困憊と言うよりはもはや死相が浮かぶ程に弱り切り虫の息となったラグナの姿があった、死んだ目でエリスを目にするなりプルプルと手を伸ばし


「なななな 何があったんですかラグナ!、一週間前まで元気だったじゃないですか!」


「ああ、ちょっと待ってろよ、今気合い入れるから…よっと!」


するとアルクトゥルス様は親指をラグナの背中にブスリと突き刺し…え!?なんか指を突き刺されたラグナがガタガタと全身痙攣し始めたぞ!?なな 何をしたんですか!?なんでとどめを刺したんですか!


「ちょっ!アルクトゥルス様何を…」


「落ち着け、ただ元気の出る経絡を刺激しただけだ、こんな有様じゃあ話もできねぇからな」


「ぁ…ががっ、う…ぷはっ!い 生き返った…」


アルクトゥルス様の言う通り、みるみるうちにラグナの土色の顔色も血色が戻り、その瞳の光が息を吹き返しいつもの元気なラグナが戻ってくる、なぜあんなに疲れて…いやラグナはもう国王だ、その激務たるや想像を絶する程だろう、疲れて当たり前だ


「何があったんですかラグナ!なんでそんな酷い有様に…まさか国王の仕事が大変で」


「い いや心配してくれなくていい、ただちょっと…師範の修行がキツくてね」


「何弱音吐いてやがる、まだ体作りの段階じゃねぇか」


そうか、ラグナはもうアルクトゥルス様の弟子だったな、争乱の魔女の弟子として日々修行に励んでいるとは聞いてたけど、…あのタフなラグナの目が死んでしまうほどの修行とは一体どんな修行をしているんだ…


「大丈夫ですか?ラグナ…」


「問題ないよ、確かに師範の修行はキツいけれど、その分鍛えられているのを感じる…寧ろ自分が今までやってきた自己鍛錬がどれだけ無駄が多かったかわかるよ、今思えばあんなの寝転んで怠けているのと一緒さ」


はははと遠い目で語るラグナの目はやはり疲れているように見えた、いやまぁ鍛えられているならいいのか?…


実際アルクトゥルス様の肉体は凄まじい、師匠の魔術を雨のように浴びてもビクともしない、まさしく練磨の極致だ…その領域までラグナは鍛えられようとしているのだろうが、エリスは心配だ…


「それよりエリス、今日は時間を取ってくれてありがとう」


「いえ、エリスこそ 大王様の貴重なお時間を割いていただいき、大変恐縮です」


「だからそれやめてくれ…体が爆ぜる」


ラグナはエリスが敬った態度を取るのがやはり嫌らしい、飽くまで二人は対等の友としてあるのを好む、ラグナはこのアルクカースという大国の王にはなったが何一つ変わらずエリスを友として大切にしてくれる


これで急にラグナの態度が傲慢なものになってたら 流石にエリスもショックだった…ああ、だからラグナもエリスに態度を変えて欲しくないのか、ならこういうからかい方はもうやめよう


取り敢えずエリスはラグナに促されるまま、師匠とともにその辺の椅子に適当に座る


「それで?ラグナ アルクトゥルス…私達を態々呼び出したのには理由があるのだろう?、王と魔女が揃い踏みとは余程の用と見えるが」


「まぁな、だが落ち着け まずはラグナの用からだ」


ラグナの用?と思うなりラグナはおずおずとなんだか恥ずかしそうに頬をかくと、おほんと一息入れる…なんだろう今更改まって


「実はねエリス、君にまだ褒美を与えていなかっただろう?だからその褒美を渡そうと思って」


「褒美!?いやいいですよ、エリスは褒美が欲しくて戦ったわけじゃありません」


エリスはラグナの覚悟に共感して共に戦う道を選んだのだ、…いやまぁだから絶対に要りませんってわけじゃないけどさ、でもやっぱりなんだか悪いよ


「そう言うなって、一緒に戦ったみんなには褒美を出して 君にだけ渡さないのは流石におかしいだろう、継承戦に勝てたのは君のおかげである部分が大きいんだ、君がいなければ俺は今ここにいない」


そ…そうかな、でもまぁ確かにみんなには褒美が渡された バードランドさんには戦功 ハロルドさんには訓練所 カロケリ族にも後日大量の肉や酒が送られて、モンタナ傭兵団さえ金一封が出たのだ


そこでエリスにだけ渡さない、と言うのは彼の矜持的に許せないのだろう


「君には本当に世話になった、だから今の俺で用意できる最大限の礼を渡そうかと思ってね …おい!、持ってきてくれ!」


ラグナが手を叩くと部屋の外から 小脇に抱えるくらいの木製の小箱が持って少女が入ってくる、なんだろう 箱?、と言うかその箱を持ってるのって…


「よう!エリス!、久しぶりだな!あたしを覚えてるか?」


「ミーニャさん!」


木箱を小脇に抱えてニッと笑うのは相変わらず煤だらけの姿をした少女、アルブレート大工房の看板娘 ミーニャさんだ


エリスは彼女と出会ってすぐに長期の修業に出てしまったためあまり接点はなかったが、どうやらミーニャさんとラグナはあれからも付き合いがあったらしい、というかミーニャさんはエリス達のために大工房を説得してバードランドさん達のため良質な武器を山ほど届けてくれた


エリス達が他の候補者と渡り合えたのは 彼女の裏の支えがあったればこそだ


「あれからラクレスんところに囚われてた職人もみんな戻ってきてよ…当然オヤジも戻ってきた、金属の流通も元に戻ってラクレスは失脚して、言うことナシさ!本当にサンキューな!」


そうか、ミーニャさんのお父さんのデュークさんも無事家に戻れたか、金属も職人も戻りアルブレート大工房は完全復活、またアルクカース一の武器工房として励んでいるらしい、…うん 良かった


「でもなんでミーニャさんがここに?」


「ふふん、あたしも遂に歴とした職人になれたんでな!今日はアルブレート大工房を代表してここにきたのさ」


そうか職人になれたのか、いやそこではなく 何故エリスの褒美の話でミーニャさんが…あ、いや わかったかもしれない、そう思いラグナの方を見ると…


「いやね?、継承戦の時から思っていたんだが、君は戦いの中に身を置く割に何も武装を持っていなかっただろう?、だから君のこれからの戦いの一助になるよう…用意した、アルクカース最上級の武装を」


武装…つまり エリスただ一人の為にこの軍事大国アルクカースが、世界一の武装加工技術持つこの国が 全力を尽くして装備を見繕ってくれたと言うのだ、確かに継承戦の時自分の装備の貧弱さを自覚したことがある


エリスは手元に物が多いほど強く戦える、なら普段から何か武器を持った方がいいのだろうとは考えていたのだが、まさかラグナの方から用意してくれるとは…!


「カロケリ山から取れる魔鉱石や他数多くの最上級の鉱石を用いて、あたし達アルブレート大工房が総力を挙げて鍛えあげ練磨したアルクカース最高の武装、これ以上のものを手に入れようと思うと…ちょーっとばかし苦労するぞぉ?」


ニシシとミーニャさんが自慢げに箱をエリスの前に起き…その蓋が開かれる、すると 中に入っていたのは…


「これは…腕輪…ですか?」


木箱の中に収められていたのは、鈍い黄金…そう それこそ今はへし折れ無くなってしまった宝剣ウルスのような、いやそれ以上の重厚な雰囲気を漂わせる腕輪だった


腕輪…と言うよりこれは籠手か?、手首から肘あたりまでをすっぽり覆うような金色の籠手、それが太陽の光を跳ね返し 箱の中で輝いていた


「ああ、ただの腕輪じゃないぞ 名付けて『宝天輪 ディスコルディア』、装備者の魔力に呼応しその威力と出力を何倍にも引き上げる機能を持ち、その上 魔力を通せば硬化し…少なくとも討滅戦士団でも両断出来ないのを確認してある、武器にも防具にもなる優れものだ」


す…凄まじいものじゃないか!、討滅戦士団に壊せなかったと言うことはこの世にこれを壊せるのはそれこそ魔女くらいしかいないと言うことだ、その上魔力の出力…つまり威力を上げる効果もある?そんなものがこの世に


「なるほど、つまりこれは腕輪型の杖と言うことだな」


と師匠は言う、杖?…いや確か昔師匠が語っていたことがある、魔術師の杖とは…


「杖とは、謂わば外付けの魔力制御機構…これを持つことで魔力の流れは安定し 魔術の威力を安定させる力を持つ、昨今の魔術師は基本的に皆杖を持って活動しているのは魔術の威力と安定度を高める目的で持つことが多いな」


思えばレオナヒルドも最初は杖持って行動してたしヴィオラさんも杖を持っていた、あのスピカ様でさえ錫杖を持ち魔術を使っていた、つまり杖とは魔術師にとって基本武装なのだ


「ああ、エリスは魔術師なのに杖を持たずに今までやってきたと聞いて驚いたよ、そこまでの技量と制御力を杖無しで披露して来たんだから」


「あはは、エリスは今まで杖を持たないのが普通だったので」


「だからこそ、君にこれを贈ろうと思ってね…ただ杖を普通贈ったのでは君の戦闘スタイルを崩す恐れがある、だから…」


腕輪型…なのか、確かにこれならエリスは何一つ戦い方を変えることなく、杖の力を手に入れることができる、うん これは最高の贈り物だ


「ありがとうございます!ラグナ!ミーニャさん!とても…とても嬉しいです!」


「へへへ、よせやい照れらぁ、あたし達職人はただ仕事しただけだい」


「なぁ、つけてみてくれ 、使用者に合わせてサイズも変わるから君のサイズにも合うはずだ」


「はい、是非とも」


ラグナに促されるがままに、宝天輪ディスコルディアを両腕に装着する、見た目ほど重くなく それでいてエリスの肌に液体のように吸い付き自然と馴染む、最高の素材と最高の技術で作られただけはある、これなら四六時中つけていてもなんの邪魔にもならないだろう


その上で軽く腕に魔力を流してみて、再度驚く 凄い…魔力が腕輪を介した所で急加速し勢いが増すんだ、魔力を水に例えるならこの腕輪は水を掻き出し加速させる車輪とでも言おうか 腕輪によって加速した魔力はあっという間にエリスの全身に巡る


凄い凄い!これがあればエリスはいつもの魔術を何倍にも高めて撃つことが出来る!、その上硬度は折り紙つきというか世界有数の硬さだ、これで相手の攻撃を防ぐのに一々魔術で防御する必要がなくなった


劇的に向上した、この腕輪一つでエリスの力が劇的に


「魔力が滾ります…今なら山でも砕けそうです」


「そいつは良かった、…はぁー!よかった本当に良かった、喜んでもらえて…女の子の贈り物に武装はどうかと思ったんだが、…でも やっぱり君には装飾のような華美な輝きより、魔力を伴った力強い光の方が似合っているよ」


「本当ですか?、えへへ…嬉しいです」


ラグナにも褒めてもらえた、そうかそうか 似合っているか…うんうんエリスも自分で言うのもなんだが似合っていると思う、それにこの腕輪とても綺麗だし 眺めてニマニマしてしまう


「へへへ、どうやら贈り物はうまく行ったみたいだな、なら職人はオサラバするとしよう!、ラグナ エリス!また武器や防具が欲しくなったら あたしのところに来いよ、そん時ゃあたしも超一流の職人になってから もっといいもん作ってやるからさ」


「ああ、ありがとうミーニャ」


「ありがとうございます!ミーニャさん!デュークさんにもお礼を言っておいてください」


そんなエリスとラグナの礼を背中で受け止め、彼女はクールに…いやむへへと照れ笑いしながら退出していく、彼女にもまた世話になった…もしまた何か必要な時は彼女のところを尋ねるとしよう、その時はきっと彼女もまたこの国を代表する鍛治職人になっているはずだから


「しかし…よかったな、エリス…本当なら君に武器を贈るのは師の役目だったろうだろうが、私が贈るよりも良い物を貰ってしまったな」


ミーニャさんが退出するなり、師匠が優しくエリスを撫でてくれる、何を言っているんだ師匠は、確かにこの贈り物は嬉しいが 師匠から貰った数多くの物はエリスにとってどれも掛け替えのないものだと言うのに


「師匠にはもっとたくさんのものを頂いてますから!」


「うぅ、…エリス…ありがとうぅ、お前は本当にいい子だなぁ」


「ししょー!」


「おい、もういいか?次の用件に話を進めたいんだけど?」


エリスと師匠が抱き合ってお互いの愛を確かめていると、アルクトゥルス様がため息混じりに呆れる、そんな顔しなくてもいいじゃないですか エリスと師匠のスキンシップは重要事項なのですから


しかしそうも言ってられないので仕方ない、おずおずと離れる…魔女が態々呼びつけるほどの用件だ、さぞ重要なことに違いない


「んんぅっ!!、さて…悪かったなアルク、それで用とはなんだ?」


「ああ…、いやぁよ オレ様がちょいと張り切りすぎてデルセクトと戦争になりかけじゃねえか?、その件についてデルセクト側に謝罪したんだわオレ様」


張り切りすぎた結果世界が滅びかけたのだが、…いやまぁ言うまい 結果として我を取り戻して結果的に生まれた動乱の種をアルクトゥルス様は摘み取ってくれた、もう国内にデルセクト侵攻の空気は完全に無い アルクトゥルス様に逆らってまでやりたいとは誰も思わないのだろう


「それで、謝罪したんだが…受け入れられなかった、というか 彼方さんは彼方さんでオレ様達のことぶっ潰す気満々らしい」


「まぁ、そんな気はしていたがな…戦争とは双方合意の上で潰し合うものだ、アルクカースだけが戦争をしようとしていないことはなんとなく分かっていた」


そうなのか、いやだがまぁそうか デルセクトも魔女大国、戦争を回避しようと思えば向こうもそれはできたが、しなかった…つまりアルクカースとの戦争が起きることを理解して寧ろそれに乗っかったのだ


つまり戦争を望んでいるのはアルクカースだけじゃない?


「ああ、その通りだ どうやらデルセクトの連中 アルクカースの鉱山群やそこから生まれる利権や金が欲しいらしい、あの銭ゲバ大国が…金の為に戦争おっぱじめる気だぜ?」


いや、本能に任せて戦争しようとしてた人が何をいうのか、しかしデルセクト…確かパトリックさん曰く 商人気質の人間が多い国だと聞いていた、、故に世界一の金持ち国家であるとも伺っていたが…お金を持っているのに更にお金を欲しがっているのか、不思議な話だ


「連中を放置すればその内向こう側から仕掛けてくるぜ?オレ様は侵略はやめたが殴られて黙ってるつもりもねぇ、向こうから攻めてこられたらやり返すつもりだ」


「俺も…この国を守る為にデルセクトとの戦争は回避したが、向こうから仕掛けられたら流石に応戦しなきゃいけない、そうなればどの道同じだ…アルクカース側だけの問題を解決しても何も意味がないんだ」


ああ、分かったぞ なんとなくこの話の流れが…同じだ、きっとこのあとエリス達が命じられるのはきっと…


「だからよ、レグルス お前旅の最中ならよ…ちろっと言ってデルセクトのフォーマルハウト一発ぶん殴ってこい」


フォーマルハウト…別名栄光の魔女、師匠曰く 師匠と同格の魔術的技量を持つ魔術の鬼才、アルクトゥルス様と同じく八千年前の厄災から世界を守った八人の魔女のうちの一人…


きっと、向こうのフォーマルハウト様も アルクトゥルス様同様に暴走している可能性が高い、それをまたアルクトゥルス様の時同様狂気から解放せよと言うのだ


「フォーマルハウトもか」


「ああ、ちょいとデルセクト国内の情勢を探っちゃみたが、フォーマルハウトの奴 オレ様以上に表立って腐ってやがる、もう殆ど別人レベルだ…それをお前の手で正せるなら 、正してやってはくれないか?」


「…どの道デルセクトにも立ち寄る予定だった、それにエリスとラグナが必死に回避した戦争を、ただ金の為という強欲な理由で踏み潰されては敵わん…分かった、私がフォーマルハウトと会って その真意を確かめてくる」


「頼むぜ?、向こうはオレ様達と違って国家ぐるみの戦争になれてねぇ、恐らく軍備の完全な整備には二、三年の時間を要すると見たぜ、…だが逆に言い換えれば二、三年のうちに確実に攻めてくる そこがタイムリミットだ」


頼む とアルクトゥルス様は再三エリス達に頼み込む、やはり暴走していただけでこの人も本当の意味で秩序の崩壊を願っているわけではないんだ、きっと フォーマルハウト様も真意は同じはずだ…なら、エリスと師匠で フォーマルハウト様の正気を取り戻す


「わかった、なら出発は早い方がいいな」


しかしそれはつまり、エリスがこの国を発つことを意味していた…アルクカースで出会った人々との、別れを


「…そうですね、我々も出来る限りの援助はします 出発の日取りが決まったら教えてください」


「分かった、一週間以内には発つつもりでいるからそれまでに頼む」


ラグナは、そう 表情を変えずに王として淡々と述べる、いや分かってはいた エリスは旅の身…いつか彼らとも別れる日が来ることを…、でもやっぱり寂しいな


だって次いつ会えるか 分からないんだから、アジメクと違ってエリスはここに帰ってくるわけじゃない、会おうと思ってもまた会えるわけじゃない、もしかしたらもう会えないかもしれない


「……なぁ、エリス?このあと少しいいかな」


「え?、この後?…」


ふと、ラグナから声をかけられる この後?、そう思い師匠の方を見ると静かに頷いてくれる、そうか そうだな…別れの前にラグナとは話をしておきたいから


「ちょうどいい、レグルス オレ様もお前とサシで話をしておきたい…ガキがいない方が都合のいい話だ、ラグナ 今から席外せ…レグルスと話す」


「ん、分かった…ではエリス、今からラグナと出かけて来なさい、友との時間は大切にな」


「はい、師匠 ありがとうございます」


「分かりました師範、お心遣い感謝します」


そういうと二人揃って魔女を残して玉座の間から退出する、…こうやって二人きりになるのもこれで最後かも、そう思うと急に胸が寂しくなる


「エリス、少し話がしたい…ちょっと来てくれるか?」


「はい、ラグナ」


ラグナはただ、そうポツリと呟くとエリスを案内するようにゆっくりと歩き出す


……………………………………………………


「結局あの夜は君を招くことが出来なかったからね、君をずっと ここに呼びたかった」


そう言って案内されたのはラグナの私室だった、といっても非常に片付いており ベッドと机 後は使い古された木剣と古い戦術書が積まれた本だけ…きっとラグナは殆どこの部屋で過ごしていないんだろうな 、なんだかそんな感じがヒシヒシと伝わってくる


エリスとラグナは今、窓辺に置かれた椅子に座り外を眺めている、要塞の最上階近くにあることもあり、この部屋で城下町を一望出来る…いい眺めだ


「綺麗なお部屋ですね」


「君を招くにあたって掃除したからね、汚い部屋に君を呼べないよ」


「汚い部屋も見てみたいですね、ラグナがどんな風に部屋を汚すのか気になりますから」


「そりゃあちょっと…聞き入れられない願いだな」


はははと苦く笑う彼の横顔を見る、思えば こうやって穏やかにゆっくりと話すのは初めてだったな、彼とはいつも継承戦の事やらなんやらと慌ただしい事ばかり話をしてきたから、とても新鮮だ…出来るならもっと彼と ゆっくりとした時間を過ごしたかった


「エリス?」


「なんですか?」


するとラグナはこちらに向き直り、しっかりとエリスの目を見据えて 声を放つ、キリリとした真面目な顔だ、王子様らしい…いやもう王様か


「君のおかげで、ここまで来れた…君がいたから ここまで来れた、全部君のおかげだ」


「そうでしょうか、エリスがいなくても ラグナは上手くやれたんじゃないでしょうか」


「そんなことはない、あの時感じた…流れの変化、君が流れを変える者だと言う話をしたね」


エリスとラグナが会ったばかりの頃の話だ、ラグナはエリスを流れを変える者と言ってくれた、こうして彼と長く過ごし その流れが変わっていたのか、分かることはなかったが 彼は感じていたようだ、その流れを


「君は、確かに流れを変えた…運命とでも言おうか、俺と言う人間が辿る流れ…いやそれだけじゃない、継承戦を通じ色んな人たちの辿る流れ 果てはこの国という大流さえも、きっと大きく変わった…それは君と言う一人の人物が起こした波紋が きっかけだと思っている」


「……ラグナ」


「だから、その事をどうか 謙遜なんかで卑下にしないでくれ、俺たちで作った 平和という流れそのものを否定しないで受け止めて、出来れば胸を張って誇ってくれ」


その強い瞳に気圧されて、思わず頷いてしまう 過ぎた謙遜は時に嫌味に映る、それはエリスとラグナで築きあげた努力の結晶を否定することに繋がってしまう、なら 自分がいくなくてもなんて口が裂けても言うべきじゃなかったな


「ありがとうございます、ラグナ」


「ははは…、分かってくれればそれでいい、君とはこのアルクカースの平穏という景色を共有したいから」


そう言うと彼は再びアルクカースの城下町へと目を移す、そうかこの景色を守ったのはエリス達なんだ、道を行く街人を 商店で張り切るおじさんを 昼間から飲む戦士を 子供と遊ぶお母さんを、みんなを守れたのはエリス達の戦いのおかげなんだ


…そっか、…守れてよかったな


「…君がいて、…君と会えて 本当に良かった…」


「エリスもです、ラグナと会えて 一緒に戦えて…友達になれて良かったです」


静かに 再び景色を見続ける、それからどれくらい経った頃だろうか しばらく互いに黙っているとラグナが、視線を戻さず 窓の外に目をやりながら静かに、意を決するように


「君は…これから旅に出るんだよな、この国を…発つんだよな」


その言葉を口にする、よく見ればラグナの手は硬く閉じられ…何かを堪えるように震えている…

そうだ いくら寂しくとも いくら別れが惜しくとも、エリスは旅に出る そこに変わりはない、エリスは魔女の弟子として前へ進まねばならないから


「はい、デルセクトへ…エリスとラグナで守ったこの国を守るために、魔女の弟子として強くなるために向かいます」


「そうだよな、うん…なぁ その…さ」


ラグナが言い辛そうに手元に目をやる、迷うように目を閉じたり息を吐いたり、その様子を見守りながらエリスは静かに待つ、彼の言葉を どれだけ時間が経とうとも構わない、彼の言葉を…待って…


「なぁ、エリス…その、…こ …これからも…」


ふと、決意を決めたようにエリスの方を向き 口を開く、これからも?そう問いかけるように小さく首をかしげると彼は一瞬言い澱み


「ッ、こ…これからも、これからも 頑張れよ…魔女の弟子として修行して、立派な魔術師になってくれ、俺もまた師範の修行を頑張るからさ」


な? と微笑む、これからも頑張れか 言われるまでもない 言われるまでもなくエリスは師匠の修行に励み、いつかきっと師匠の名に恥じない立派な魔術師になる予定だ、だが 言われるまでもないが、ラグナにそう言ってもらえると エリスもとても心強い


「はい、頑張ります ラグナもまた励んでください」


「ああ、立派な王様になって この国を守るよ、そうしたらいつかまたこの国に遊びに来てくれ」


「ふふふ、分かりました じゃあその時を楽しみにしてますね」


「ああ!、…わかった 楽しみにしておいてくれ」


それからエリスとラグナは取り止めのない話に花を咲かせた、何を話したか?なんて事気にはしない、ただ なんでもない話を出来る平穏を噛みしめるように、そして友との別れを惜しむように 彼と言葉を交わし続けた


………………………………………………


言えない、言えるわけがない 『これからも、俺の側に居て支え続けてくれ』…なんて彼女の覚悟を踏みにじるような真似、俺には出来なかった


エリスと出会いそのおかげで俺は継承戦を勝ち この国を変えることができた、全部彼女のおかげというつもりはないが、彼女が側にいて俺を肯定し続け 励まし続け 戦い続けてくれたおかげで最後まで戦い続けることが出来た


やはり、俺には彼女が必要だ…仲間はどれだけ多く出来ても、やはり朋友と呼べるのは彼女だけなんだ


俺の側で輝くこの笑顔が失われると思うと、嫌な気持ちが溢れてきて 彼女を何処かへ隠してしまいたくなる、だがそれをしないのは彼女が俺を尊重してくれているから…俺も彼女を尊重したくなるからだろう


俺が師範に弟子入りしたのだって、彼女を今度こそしっかり守れる力を得るため なんて下心もある


守りたい 失いたくない …そう思えるのはきっと、きっとそうだな 俺が彼女を大切に思っているからだ


大切に そう、特別な意味で…



アルクカースの女は強い男に惹かれ、アルクカースの男はまた強い女に惹かれる、そう教えてくれたのは誰だったか、最初はなんとなくと言う意味でしか捉えていなかった、実感がなかった だが今なら分かる


エリスは強い、腕っ節だけじゃなく心もまた強い、どんな時でも彼女は折れない 、俺が打ちのめされても折れずに立たせてくれた、その強さに惹かれたのかもな…アルクカース人の性か


だがそう思うからこそ、俺は彼女を見送る …そりゃあ側に居てくれたら嬉しいけどさ、でも俺はエリスにまだ進み続けて欲しい、彼女の望むところへ行って欲しい 彼女の望むことをして欲しい、その結果俺の側から離れてもいい


今の俺に出来るのは未練がましく彼女に縋ることじゃない、彼女と守ったこの国を支え抜き 守り抜くこと、そして強くなり…いつか 彼女でさえ越えられない壁が現れた時、力になれるように その力をつけることだ


俺は誓う…例え最強の敵が彼女の前に立ち塞がろうと 最悪の存在が彼女を苛もうと、その全てから彼女を守れる、最強の王になることを


だから今は、一旦お別れだ…またいつか俺と君の道が交わることを願って、何大丈夫さ…きっと 俺たちの流れはまた一つに繋がる、何せこうやって出会えたんだから


いつかまたきっと…



…………………………………………


「それで?話ってのはなんだ?アルク、お前の事だ ラグナを気遣ってとか感傷に浸る昔話をしたいから、とかじゃあないんだろ?」


魔女だけが残った玉座の間、私はアルクトゥルスと相対しながら問いかける、エリスとラグナは今二人きりで何処かへ行っている、正直めちゃくちゃいい雰囲気だから止めたい気持ちはあったが…


エリスにとってラグナはもうかけがいの無い存在になりつつある、デティフローアと並ぶような 大切な友に、もう直ぐ別れるのだ、せめて二人きりで話くらいさせてやりたい


と言う気持ちもあり、私はこうしてアルクトゥルスと共に二人きりで話をすることになったのだ


「いやいやおい、オレ様だって昔話くらいしたいっつーの、まぁ それは今じゃないんだがな」


アルクトゥルスは珍しく真面目な面持ちで玉座に座っている、こいつは戦闘狂だがそれを差し引いて余る程に頭がいい、この間までは暴走して居て見られなかったが これでいて理性的だ、無駄で感情的な事など本来はしない奴だ


「話ってのは暴走の件だ、自覚はない…全部オレ様自身が考えて行った事のように思えるが、今にして思えばあの思考回路はめちゃくちゃだった、お前が止めてくれなきゃ正直ヤバかったぜ、サンキューな」


「礼なら私ではなくスピカに言え、アイツが私に話したのだ お前の様子がおかしいとな」


私が旅に出る時 スピカがアルクトゥルスの様子がおかしいと事前に伝えてくれた、だから止められた ってわけじゃないが、一番最初にコイツの身を案じたのはスピカだ、故に私に話し アルクトゥルスの凶行の阻止を頼みこんできた


礼ならスピカにも言うのが妥当だろう、しかしアルクトゥルスは顎に指をかけ少し考える


「スピカがか?、…スピカは暴走して居なかったのか?」


「ああ、そんな様子は見られなかったが?」


「そうか、いや オレ様や多分フォーマルハウトが暴走している以上、他にも我を見失ってる魔女がいると踏んだんだが、そうか…スピカは無事なんだな、思ってみればお前も暴走してる感じはないし みんながみんなってわけじゃないのかもな」


「とはいえ、それも時間の問題かもしれん…私もいつ我を見失うか分からない、きっと暴走は誰にでも起こり得る、長い時を生きる魔女なら誰でもな」


魔力を溜め込みすぎて 結果として魂に影響を与える、つまり溜まりすぎたガスが限界寸前まで溜まった結果起こる爆発が暴走なのだ、普通の人間ならいざ知れず 長い時を生き体内に魔力を溜めやすい魔女なら、皆暴走の危険がある…私にも


「そんな先のこと話したって仕方ねぇだろう、そん時ぁオレ様が止めるまでだ、それよりよ 聞きたいのはオレ様が暴走してた時のことだよ」


「暴走して居た時か…?」


「お前そん時オレのそばに居ただろ?、昔のオレ様と最近の暴走したオレ様を見比べられんのお前しかいねぇんだよ、なぁ?どんな感じだった?」


どんな感じだったって、言われても 実を言うとあまり変わった様子はない、劇的に何かが変わったとかそう言うのでもない、ただ安定しただけで豹変して居たわけでもないしな


「…なんというか、突いたら爆ぜそうな危うさを秘めて居たよ、…何かに突き動かされるように無意味に戦いを求めて居た、だがそれは普段もあんまり変わらんだろ」


「だがオレ様はオレ様を自制できる、それが出来なくなるから暴走というんだろ?…それよりさ、目はどうだった?」


「目?…目がどうかしたのか?」


「おかしな目をしていたか?」


目か…確かに目の変化は著しい、暴走して居た時のアルクトゥルスの目は狂気的だ、それは他の者から見ても分かったそうだ、それ程までにアルクトゥルスの目は妖しい輝きを放って居た


「ああ、なんか口で表すのは難しいがして居た、おかしな目を」


「それはつまり…アイツと同じだったってことじゃあねぇのか、アイツと…」


「アイツ?…」


「アイツっていや一人しかいねぇだろ、原初の魔女…あいつとさ」


「ッ……!!」


思わず身構えてしまう、未だに その名を聞くと体が強張る、アルクトゥルスが口にしたそれは …私が口にすることさえ禁忌として居た存在


孤独の魔女でもない

友愛の魔女でもない

争乱の魔女でも

栄光の魔女でも

探求の魔女でも

閃光の魔女

夢見の魔女

無双の魔女…そのどれでもない、そしてその全ての祖、彼女は自らをこう呼んでいた


『原初の魔女』であると


「原初の魔女…」


「ああ、名前を口にするのも忌々しいぜ…何せあの厄災を引き起こした張本人なんだ、アイツ一人の所為で世界は いやこの世の全ての歯車は狂ってしまった、…みんな死んだ アイツのせいで」


原初の魔女…八千年前に引き起こされた大いなる厄災を招いた張本人、いや違うな 大いなる厄災の別の名前が原初の魔女、つまり厄災そのものが彼女なのだ


圧倒的としか形容できない力を持ち ただ一人で世界そのものを変えてしまい、その力で世界の半数以上の国を手中に収め この世界をただ滅ぼそうと暴れ回った、それが原初の魔女


我々は原初の魔女に対抗するため、世界を守るために残った国家と結託して 原初の魔女とそれに従う国々と戦い戦い 戦い尽くした、その最中いくつもの国を我々はこの手で滅ぼしどっちが世界を滅ぼそうしているのか分からなくなるくらい私達は人を殺してしまった


しかもその挙句、世界の行く末を賭けた 最終局面、我々八人の魔女と原初の魔女ただ一人の決戦の際、奴との戦いの余波で 凡そ当時の人類の凡そ九割が死滅し現行文明が滅びる事態にまで発展してしまったのだ


私達とてみんなを守りたかったが、それが出来ないほど …全てを捨てて戦わねば勝てないほどに原初の魔女は強かった、私達八人を相手取り尚も強かった


結果的に勝ちはしたものの、私達の守りたかったものは全て消え去り 残った少数の人間達は生きていくことさえままならない状況にまで追い込まれて居た、だからこそ我々魔女は 原初の魔女によって滅ぼされた世界を再生するために、世界を分割し 大国を治めるようになった…


それが、大いなる厄災と魔女大国の真相…それこそがこの世界の真相


アルクトゥルスは言うのだ、だから恐れるのだ 自分が原初の魔女のようになりかけて居たのを


「そうだな、アルクトゥルス…お前の目の中から感じた妖しさは原初の魔女と同じものだった」


「チッ!、アイツみたいに暴走するとこだったのかよ」


そうだな、原初の魔女も 自分の魔力によって狂わされ暴走した挙句あのような厄災を招いたのだ、もしも暴走して原初の魔女のように暴れるところだったと言われれば 冷や汗の一つくらいかこう


「…気持ちは分からんでもない、あのように暴走して我を失うような真似したくないものな」


「そこじゃねぇ、オレ様達魔女も本質はあのヤローと同じってことだろ…、原初の魔女みたいに厄災になり得る存在ってことだろ、そしてその時が着々と近づいているってことだろ!」


…それはそうだ今はなんとかなるかもしれない、だがもしまた似たようなことがあった時 他の魔女が完全に暴走して 第二の厄災が引き起こされる危険性が浮き彫りになった、アルクトゥルスはそこを危惧しているのだ、まぁそこは私も危惧してはいるが こればかりはもう対処療法しか出来ない


すると、アルクトゥルスは眉間に指を当てて…目を閉じて 静かに息を吐く


「なぁ、話は変わるけどよ…お前は 今この世界の流れってのをどう思う?、魔女達が次々と弟子を取っている現状 しかも同時期に何人も」


弟子?、確かに アルクトゥルスは私に対抗して弟子を取ったかもしれないが、私やスピカそしてリゲルの三人はなんの打ち合わせもなく弟子を取った、八千年間一度も取らなかった弟子を みんな同時期に取っていたのだ


我々魔女は八千年前 とある事柄を機に弟子は取らないと心に決めていた、だからこそ今日この日まで魔女の弟子は一人として取っていなかったのだが、皆…あの時の出来事を超えてまで今弟子を取り始めている


偶然にしては、出来すぎている


「…オレ様が弟子を取ったのは、何もレグルス…お前に対抗するためじゃない、他の連中が次々と弟子を取るこの流れを…運命だと感じたからだ」


「運命だと…?我々が同時期に弟子を取ったのが?」


「ああ、きっと そろそろ潮時なんだと思う、もう世界は次代へ託す時期が来たのかもしれない…、それをオレ様達魔女は本能で察し、子を残せない代わりに 意志を継ぐ者を残そうとしている」


そんな気がするんだとアルクトゥルスは言う、荒唐無稽だと笑うつもりはない、野生的本能を持つコイツの勘は冴えている、獣が子孫を残すように 我々も我々の意思を継いで世界を守る存在を作ろうと 無意識下で感じ弟子を取った…そう言われればしっくりきてしまう



だが…


「だが、私は弟子に…エリスに全てを背負わせたくはない、魔女のように世界を守る剣になってその身を捧げろとはとても言えん…」


「だな、そりゃオレ様も同感だ、だがまぁこれはもしかしたらの話だしよ?、それにもしアイツらに託す日が来てもいいよう…この世界の 前時代の遺物や遺恨は、せめてオレ様達が一緒に持って行こうじゃねぇか」


「…そうだな」


それまでに、もしもの日が来てもいいように …私もエリスの育成に励むとしよう、出来ればそんな日は来て欲しくはないがな


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