566.対決 正義の使者エラリー・アンズリベンジ
「この地下がつくられてより四年…着実に広がっていったゴミ溜めの終焉が、これか…」
火を吹く巨大な機関を背後に見て、私は目の前に立つ一人の男の言葉に耳を貸す。
ここはフレデフォード悪窟街、理想街チクシュルーブの地下に存在する落人街だ。法を犯し借金を返せず社会的に『ダメ人間』の烙印を押された者達が最後に行き着く地獄。しかしそれも先程までの話、地下に落ちていた人達はシャナ殿の策により一斉に地上へと逃げ出し…今や地下にはメルクリウスと地下の番人エラリーを残す限りとなった。
私はソニアを止める、その為にもここでこいつを倒し…地上に行かなくてはいけない。残された時間は残り十数分、それを超過すれば地下を包む大爆発が起こり我々は死ぬ…。
「全くやってくれたよ、シャナは。あれが爆発すれば地下は終わりだ…そして私も終わりだよ、私の人生めちゃくちゃだ」
「ああそうだエラリー、お前は終わりだ…諦めろ」
「…フフフ、だが幸いな事に私には一つの道が残されている事に気がついた、今こうして人生の終焉を味わった事で…よくよく理解出来た」
目の前でクツクツと笑うエラリーは私の前をグルグルと回りながら指を一本立てる。こいつは…クズだが、油断ならない男でもある。こんなでも逢魔ヶ時旅団の幹部…大隊長クラスを指揮する地位にいる男だ。逢魔ヶ時旅団は徹底した実力主義組織、強くなければその地位には立てない。
つまり、こいつは強いのだ…洒落にならないレベルで。
「お前に道など残されていないと思うが?」
「残されてるさ、それはお前だよメルクリウス。私が他の人間を逃してもお前だけは逃さなかった理由が分からないか?」
「なんだと…?」
「私は人生を潰された、私の輝かしい今後の歩みと栄光に満ちた老後生活は君達ゴミカスの人間によって終わってしまったのだよ、今ここで。だからよく理解出来た…ソニア様の悔しさが」
エラリーはオウマではなくソニアの方に敬愛を示している。彼女に力を貸す為に、自らを使ってもらう為に逢魔ヶ時旅団に入ったと公言するほどに彼はソニアに心酔している。
だからこそ、理解出来たと…ようやく。ソニアの気持ちが。
「ソニア様も悔しかったろう。お前によって…全てを奪われ何もかもを潰されたのは、さぞ悔しく怒り狂った事だろう。お前が憎くて憎くて仕方ないはずだ…!」
「そうかもな」
「そんな憎しみを私も今、理解出来た。ソニア様の真の理解者へと成長することができた。故に私は断ずる、お前を殺しその首をソニア様に献上すれば…きっと今までの失態は水に流してくれるだろう、ともすれば私をお側に置いてくれるやもしれない…ククク」
「さぁ、ソニアがそんなに甘いとは思えんが…」
ソニアは安い女じゃない、確かに私のことは終生の宿敵として見ているかもしれないが…だからと言って失態続きをエラリーが私の首を持って帰ったところで、『それはそれ、これはこれ』として処分する気がする。なんせソニアは実力主義のオウマと違い徹底的な絶大実利主義…リアリストだ。
だから私をここで殺しても、エラリーが終わりであることに変わりはない…しかし。
「ンフフフ、なんとでも言え…お前には分かるまい。栄光から一転没落し地獄を見た人間の悔しさと苦しみが、この怨讐を晴らしたならば必ずソニア様は私をお許しになる。だから…」
奴は、この可能性に賭けるしかない。私を殺すと言う道しか残っていないのだ…。
「ここで殺す」
「やってみろ、前座」
「フフフ…お前は本当に…、人の神経を逆撫ですることに関しては天才的だなッ!」
瞬間、エラリーの体が駆動する。奴の体は機械に置き換わり人間を超えた挙動と力を発揮するようになっている、その力を解放するように一気に踏み込み私に向け突っ込み…。
「フッ…『Alchemic・desert』ッ!」
「ぬぉっ!?」
しかし、私に突っ込んで来た瞬間私は足元に向け錬金術を発生させ、地面を一気に砂に…砂場に変える。それにより強く踏み込みすぎたエラリーの足は砂に囚われ大きくバランスを崩し…。
「『Alchemic・steel』ッッ!!」
そのまま動きを止めたエラリーに向け、拳を鋼に変えた上での殴打。顔面を粉砕する一撃を見舞い殴り飛ばす。その体はグルリと一回転し砂の上を滑り…打ち倒される。
「今のはルビーの分だ。悪いな、これだけ返しておきたかった」
「……無駄ですよ、いくら傷つけも…私の体は無限に再生する」
「みたいだな」
しかし殴り飛ばされたエラリーの体は即座に修復され、何事もなかったように立ち上がる。奴の体の中にアルベドが歩き限り…エラリーにはいくら傷をつけても意味がない。ダメージの累積というものが存在しない。
倒すなら、一撃で消し飛ばすか…或いはもっと別の方法で───。
「さぁやろうエラリー、時間がないんだ…とっとと決着をつける」
「フフッ…分かっていないようですね、貴方は…ッ!!」
そして再びエラリーは踏み込んでくる、突っ込んでくる、また同じ手か!
「『Alchemic・desert』!」
「何度も同じ手は食いませんよ!『白結晶』!」
再び地面を砂に変えるが、それに合わせるようにエラリーは地面に手を当て砂に変わった地面を白い結晶で覆い足場を作り…。
「この戦い、私がただの苛立ちから受けたと思いますか!」
「チッ!」
鋼に変えた腕でエラリーの蹴りを防ぐ、白結晶…厄介な代物だ、錬金術で変換出来ない上に下手に傷付けてもすぐに再生する。私自身扱うからこそよく分かる、これをどう攻略する…。
「私はこの戦いが私にとって有利だから引き受けたにすぎない!」
そのまま腕を振るい、地面から無数の結晶刃を突き出しその衝撃で私を引き裂き吹き飛ばす…。
「ッ…どういう意味だ」
「分かりませんか?有利なんですよ、私は耐久戦に於いては無敵です。この体は無限に再生するだけではない!食事も睡眠も必要としない、あらゆるエネルギーを自身の体だけで賄う事が出来る!」
そして吹き飛んだ私に追い討ちをかけるように再び突っ込んで来たエラリーの拳が、何度も振るわれる。それを両腕で体や頭を庇いながら防ぎ続け…エラリー眼光を視線で受け止める。
「つまり、私はこのまま時間切れの十数分後までお前をここに足止めすればそれでいい!時間が来て爆発が起こっても私は死なない!死ぬのはお前だけだ!」
「ッ……」
「分かるか!私に勝つのは土台不可能なんだよ!」
「ぐっ!?」
重い一撃が私の腹を打ち、手痛い一撃に悶えた瞬間手薄になった防御を掻い潜りエラリーの拳が私の頬を穿ち殴り飛ばす。サイボーグの体で放たれる打撃は…まぁ言わずもがな、痛い。
「私はこのままお前を制限時間まで痛ぶるのもいいし、逃げ回ってお前を脱出させないことだけに注力してもいい、対するお前はどうだ?ここから脱出するには私を倒すしかないが私を倒すことも出来ない…つまり、死ぬしかないんだよメルクリウス」
「ハッ、見立てが甘いぞエラリー…」
殴られた頬を袖で拭い立ち上がる、甘い…甘いさ見立てが。お前は自分の体を過信している…そこが唯一、私がお前に勝ち得る道筋になっていることにさえ気がつかないとは。
「甘い?私が?…言っていろ!」
追い討ちを仕掛けるエラリー、グルリと回るような回し蹴りが斧のように数度私に向け振るわれるのに対し、私は一気に後ろに飛び…市街地へと逃げる。
「逃げた…待てメルクリウス!」
「エラリー、お前は確かに強いが、それでも自分の力を見誤っているとしか言えんぞ」
「何処が!私は強い!」
その瞬間私を追いかけるエラリーは拳を握り逃げる私に向け腕を振るい。
「『白晶散弾』ッ!」
「蜷局を巻く巨巌 畝りをあげる朽野、その牙は創世の大地 その鱗は断空の岩肌、地にして意 岩にして心『錬成・蛇壊之坩堝』!」
「なっ!?」
白結晶の弾丸を無数にばら撒くが、それさえ読んだ私は背後に向け錬金術を放つ。作り出されたのは巨大な岩の蛇。それは硬い鱗で白結晶を弾き返し、頭の上に私を乗せ市街地へで蜷局を巻く。
「エラリー!お前…実戦の経験は!」
「…無い、だが関係ない。私はエリートだ、アンズリヘンジ家は代々将の家…軍事的な教養は十分積んでいる」
「そう言えば元貴族だったなお前は…だがな、実戦経験の有無というのは…大切だぞ?」
「私に説教を垂れるな!」
エラリーは実戦経験がない、その類稀なる才能と教育により逢魔ヶ時旅団の幹部の座まで上り詰めただけで…詰めは甘い。それを理由に奴は簡単に…私の陽動に乗った。
「エラリー、市街地戦というのは…平場の喧嘩とは理屈が違うぞ」
「はぁ?…ぬっ!?」
私に向け突っ込んで来たエラリーの体が止まる。その体に無数のワイヤーが引っかかっていたのだ、エラリーは慌ててワイヤーの出どころに目を向けると…。
「蜘蛛の巣…?まさか罠か!」
「お前と戦うことになるだろう…と、予測を立てることは簡単だ。ならばこそ仕込みは済ませてあるのさ」
私は市街地を突っ切って本部に辿り着いたんだ、仕込みをする時間は山とあった。その時から既にエラリーとの戦いに備え数多のトラップを仕掛けてあった。
これだよ市街地戦の怖さとは、森以上に死角が多く…それでいて何処からでも攻撃が出来る。平場の喧嘩と市街地戦が別物として扱われる怖さはここにあるのさ。
「クソがッ!煩わしい!」
そんな勢いに任せてワイヤーを引き抜き私に向かおうとするエラリー…しかし。引き抜いたワイヤーの先についていたのは。
「ッ…爆弾!?」
ピンを抜くと爆裂するデルセクトの最新式の炸裂弾だ、メグに頼んで仕入れておいたそいつを使った。壁にピンを固定し、爆弾部分にワイヤーを巻き更に接着し固定、無理矢理ワイヤーを抜けばピンが抜け爆弾ごと抜いた本人に迫るよう仕込んでおいた。
そしてそれにまんまとハマったエラリーの元に炸裂弾が迫り───。
「ごァァァッッ!?」
「市街地戦で求められるのは慎重さだ、お前は些か思慮に欠ける」
「ッグゥッ!」
至近距離で爆裂した炸裂弾に体を抉られながらも修復機能で即座に体を直し…。
「この程度!屁でもな────」
その瞬間、今度は側面の壁が爆裂し炎を吹きエラリーを吹き飛ばす。錬金術で作った爆弾を壁の向こうに置いておいたんだ。少し周りを見れば分かるはずだが…見ないよな、お前は。
「がァァァ!だからダメージなんて受けないと!…ゴッ!?」
立ち上がる、吹き飛ばされた先…家屋の中で、エラリーは立ち上がるが…次の瞬間脳天に瓦礫が降ってきてエラリーの頭を叩き。
……あれは私の罠じゃないな。
「グッ…クソ…こんなところにまで罠が…」
「む……、言っておくがそれは私の罠では…いやまぁいいが」
頭に一撃を受けてクラクラと頭を抑えながら青筋を浮かべこちらを見る、今はどう見ても偶然な気がするが……。
「だが無意味だ、どんなに罠を仕掛けようとも私の体に傷はつかない。これで分かっただろう」
「そのようだな、これだけ火力をぶつけても修復が衰える様子もない…その為のエネルギーは何処から得ているんだ?」
当然だがいくらアルベドとは言え無制限に回復出来るわけではない、媒体とするのは魔力だ…だがこの魔力は有限、無限に回復は出来ない。
だが、エラリーは嬉しそうに…待っていましたとクツクツ笑うと。
「フッフッフッ、気になるか…もちろん私の中に内蔵されているのは無限修復機構だけではない、ここに…」
そういうとエラリーは自分の臍に指をかけると…パカリと腹が開き。
「見よ!これがソニア様が作り上げた電動発電エンジン!このエンジンはな!私が動けば動く程に発電し電気を作り、その電気で魔力を供給する仕組みなのだ!」
腹の中には何やらゴテゴテした機械が入っており、今も音を立てて動いているのだ、あんなもん腹の中に入っていて気持ち悪くないのか。というか…。
「そこが弱点か?」
「だぁあ!撃つな!」
軽く銃で撃つとエラリーはギョッとしつつ直ぐに腹を閉じて銃弾を防ぐ。どうやらあれが本当に弱点らしい…なら何故見せた。
「言っておくがここを攻撃するのはお勧めしないぞ!このエンジンが破壊されたら無限に作り出されるエネルギーが暴走して地下が吹っ飛ぶからな!」
「どうせ後十分ちょっとで爆発するしな…」
「フンッ、だがこうして扉を閉めて仕舞えばいくら攻撃しても無意味。無限に修復される白結晶でエンジンを覆えばお前がいくら攻撃しようともエンジンには届かない」
「お前、つくづく人間じゃないな」
「うるさい!…お前は本当に私を怒らせて、何がしたいのだ。もう手加減などしてやらんぞ」
「期待してないから別にいい」
「こいつ…なら見せてやる、全力全開を!」
すると、エラリーはその体を大きく広げ…ものすごく綺麗なフォームでその場で高速で足踏みを始めたのだ。
「シュッコ!シュッコ!シュッコ!シュッコ!シュッコ!」
「何してるんだ…?」
「黙れ!シュッコ!シュッコ!シュッコ!シュッコ!」
腕を振り腿を上げ変な掛け声で高速の足踏みをするエラリーに…なんか気が萎える。なんなんだこいつ。
「シュッコ!シュッコ!フッフッフッ!お前は今…私を倒す最後のチャンスを失ったぞ!」
「その変な体操を止めるべきだったか?」
「ああそうだ、私の中にある発電エンジンは私の動きによって発電される、そして…これによって生まれた電気は魔力に変わり、魔力は私の全身に散りばめられた駆動機関に行き渡り…!」
「む…!」
魔力が高まっていく、エラリーの体が燃えるように白く輝き…まずい、これは本当の奴だ!
「私の体を!超強化するッ!」
「ッッ…!?」
「これが私の最強の姿!『正義執行形態』だ!」
飛んでくる、エラリーが…足の下から魔力を放出しジェットのように加速し私の反応を超える速度で飛び…。
「受けろ!エリートの一撃を!」
「ぐっ!?」
弾丸の如き拳が頬を射抜き、私の体は背後の家屋を突き抜けゴロゴロと転がり────。
「『分子切断』ッ!」
「ッまずい!」
咄嗟に右に飛び退く…と同時にエラリーのいた場所から私がいた場所にかけて一本の線が引かれ…両断される。今のは…斬撃じゃない。
射線状に存在する物全ての物質を構成する分子の分子の結合の間に微細な結晶を生み出し、その全ての結合を引き裂いたのだ。当然、物理的に防げるものではない…私以上にアルベドの扱いに長けていないと出来ない芸当!
「なんて技だ…!」
「今の私は無限修復機構が与えるエネルギーと発電エンジンから発生するエネルギーにより、人類を超越した反射速度と集中力を獲得している…そして、魔力もまた!お前を超えている!『白錬弾雨』ッ!」
「チッ!」
そのまま魔力放出により白結晶を射出し私に向け掃射を行うエラリーからひたすら逃げる、家屋を盾にしても白結晶弾は全てを貫き飛んでいく…こいつ。
「お前!改造されたのはどれくらい前だ!」
「一年前ですよ、それくらいの期間があればこれくらいの芸当は出来て当然です!」
「チッ、こっちはアルベドを取り込んで十年以上だぞ…!お前本当に天才なんだな」
「無論!エリート!」
瞬間、逃げる私の前に家屋を引き裂いて現れたエラリーが拳を握り私に向け振り抜く。咄嗟に錬金術で生み出した盾で防ぐがその重さは私の体を容易く浮かせ更に吹き飛ばす。
こいつ、ラグナと同程度の膂力まで手に入れたのか…本当にさっきの発電行為を止めるべきだったか!
「私はエリートだ。知性、品性、武力、そして才能…全てを持ち合わせた選ばれし人間なのだよ」
「ッ…それだけの才能がありながら、何故それを人の為に使おうとしない!」
「使っているだろうが!人の為に!」
怒涛の勢いで攻め立てるエラリーの一撃を横っ飛びで回避しながら銃撃を行うが、ダメだ。こいつもう防御すらしない、弾丸はエラリーの体を通り過ぎるように貫通し、開いた穴は傷付けた側から治っていく。
「言ったでしょう、私は人間社会の貢献のためにソニア様についたと!」
「その結果が大量殺戮か!」
「言い方が悪い、掃除だよ。お前も必要のないものは戸棚の奥に仕舞い込むだろう?要らない物はゴミ箱に捨てるだろう!それと同じだ!不要な人間はこの世から消えて必要のある人間だけをこの世に残す!優性と劣性を仕分けるんだよ!」
「それを殺戮と呼ぶんだッ!開化転身!フォーム・ニグレド!」
手元に白結晶の剣を生み出したエラリーに対し…私も発現させる。創造を司るアルベドとは真逆の破壊のニグレドの力を。それを携え…エラリーに向け走り出し。
「綺麗事を言っていいのは知性のない愚民だけだ!私のような世を導くエリートには時に非常な判断を迫られるッ!それが才能の責任だッ!」
「グッ!」
破壊の力と創造の剣、それがぶつかり合った結果…私が押し負ける。奴の結晶を破壊しきれず肉を結晶で切り裂かれ地面を転がる。ダメだ、完全に出力負けしている…!
「今は進化の時代だよメルクリウス。人類に求められているのは綺麗事ではなく悪事であれ汚れた理屈であれ…人をより高みに導く方法なのだよ。君も為政者なら分かるだろう…自分勝手で、自己中心的で、他人の意見や言葉に耳を傾けず、指摘の声を攻撃と受け取り、忠告を侮蔑と受け取る、そんな愚か者がこの世に如何に多いかを」
「それも…人だ」
「綺麗事を言うなと言っている…、なら君に分かりやすく言おう。君はここに居た地下の人間を解放したがそれがどんな結果を招くか分かるか?」
するとエラリーは胸に傷を負い膝をつく私を見下ろすと…。
「地下に落ちてくる奴はみんなゴミだ、ゴミでなければ地下には落ちてこない。例えば…酒に溺れて妻子を殴る奴、友人からの借金を返さず遊び歩く奴、公共秩序を守らず自分勝手に振る舞う奴。そういう奴らばかり地下に落ちてきていた…そいつらが居なくなり清々してる人も少なからず居たはずだ」
「……かもな」
「そう言った人達を抹消してやっているんだ、そう言った人達を…私は無辜に生きる善良な市民達の今後の生活向上の礎にしてやろうとしているんだ。君が言っているのは綺麗事だ、確かに目の前の人達は助かったろう…だがそいつらがまた誰かを不幸にするとは考えないのか」
「…………」
「私の正義はそう言う善良な人達にのみ向けられている。悪辣に振る舞う奴らは論外だ…人間社会をより良いものに、それが私の正義だ。例え…誰からなんと言われようともな」
「お前はそれを正義だと。胸を張れるか?」
「勿論」
それが正義である以上、私は私の正義に従うとエラリーは口にする。その言葉は重く、ただの思い込みと盲信だけで言っているようには思えない。
覚悟だ…こいつの正義には覚悟がある。まるで…。
「お前の正義は…鉛の正義だな」
「…何?」
鉛の正義だ、エリスは正義には色々あると言った…だからこいつのこれもまた正義なのだろう。色取り取りある正義の中で…エラリーが持つのは鉛の正義。
「お前の正義は…鉛のように重く、鉛のように黒く、鉛のように多くの人の為にあり…そして」
エラリーの顔を見据え、立ち上がる…こいつの正義は確かに一方では正しいのかもしれない。だがそれでも…お前の正義は。
「脆い…鉛のようにな」
「なんだと…?」
確かに言うように、地下にいる人間達はロクでもないのばかりだろう、私の目で見れば悪人とさえ思えるような奴らばかりだった。それを排しより良い世界を…分かる話だ。
だがなエラリー…。
「エラリー、それが正義であるというのなら私はそれを否定しない、だが優れているか…劣っているか、その判断を…お前一人がしていいわけがないだろう」
「何をぉ…!」
「それによって作られるのはより良い世界ではない、お前にとって都合の良い世界だ。一個人が…変革して良いほど、世界は安くない」
「……許されるんだよ、エリートには」
「いいや、許されないさ…許さないさ、私の正義が…お前の虐殺を!」
「ッだから!」
エラリーが、牙を剥く、拳を握る、全身から魔力と電気を迸らせ目を血走らせ…。
「虐殺ではない!人類の為の輝かしい偉業だッ!虐殺でないなら正義!正義さ!」
「ッ…!」
振るわれた拳を両手の銃で防ぎ後ろに飛びながら衝撃を緩和し睨む。私の正義は奴の正義を認めない、人の犠牲を許容し目の前の人間を排他するお前の正義を!何より!
「虐殺だ!ソニアがやろうとしているのはただの虐殺なんだ!大量殺戮兵器を作り出しそれを中央都市に落とす事の何が人類社会への貢献だッ!お前がやろうとしているのはただの虐殺の手助け!何よりッッ!!」
足を地面につけ、大地を滑りながら両手の銃をエラリーに向け。
「ソニアは正義など認めない、奴の行為に一片の正義はない!奴は生まれながらの悪!それに依存するお前の正義は…根本から揺らいでいるんだよ!」
「ッ…喧しい!汚い言葉で私の正義を評価するな」
「足元の不確かな正義に私は負けんさ…なんせ私の正義は」
私は今、エラリーの正義を前に憤怒している。あれは私の求める正義じゃない…相容れない正義を前にして、この怒りが見せたのは…私自身の答え。
そうだ、世界には数多の正義がある。赤の正義、青の正義、白の正義、黒の正義…鉛の正義。そんな中で…正義を何より大切なものとして軸に据える私は、どんな正義を持てばいい。
そんな終わりのない問いに答えが見えてきた…。私が求めるのは…もっと、普遍的な物。もっと単純で…輝く正義でなくてはならないのだから。
「絶対に揺らがない!擬似魔力覚醒!『マグナ・カドゥケウス』ッ!」
「擬似覚醒だと!?」
輝く体は魔力を帯び、翡翠の光を纏う。アルベドとニグレドを掛け合わせた第三の形態フォーム・ヴェルディタス。今の私が使える最大にして最高の姿!
未だ極地に至らぬ半端な姿は、今の私をそのまま投影している。未だ真なる正義を見据えるに至らぬ…私の未熟さをな!だがこの形態ならなば使える…これが!
「総員、構えッ!」
一瞬で空中に錬成するのは数百を超える大量の軍銃。それが宙に浮き私の声に呼応し弾を込める。
「対象、正義の使者!」
「魔力覚醒の魔力事象部分だけを一部だけ顕現させているのか…!?器用な真似を…!」
銃口は見据える、正義の使者を。ああそうさ、認めるよエラリー…お前は正義の使者さ。私より余程覚悟を持って正義を貫いている。だが…それでもお前は自分の正義を信じきれていない。
だから揺らぐ、揺らぐから…ここで、負けるのだよ。
「ってェーっ!」
「グッ!?」
怒涛の勢いで放たれる弾丸の雨、それはエラリーの体を貫き押し返し…その足を止め後ろへ後ろへと押していく。攻撃は効かずとも…物理的影響は受けるだろう。
「ッ無駄だァーッ!!私には如何なる攻撃も通用しない!この無限修復機関がある限り…」
「だがその再生にはエネルギーを使うんだろう?お前の腹の中のエンジンの」
「ああそうだ!私が動き続ける限り…ッハ!」
エラリーは気がつく、己の体の光が弱まっていることに。エラリーを超強化していた正義執行形態が解けているのだ…。
「おしゃべりが過ぎたなエラリー…」
エラリーの先程までの超強化は奴の体から発生するエネルギーを使ったものだ。電気を作り、それを魔力に変換し、その魔力を全身に漲らせる事で強化する。
だがそのエネルギーは、再生に使われている物と同じ、つまり…。
「過度に修復を続ければ、お前の体は強化を維持できなくなる」
「ッ……」
「まさか盲点だったか?お前の肉体は無敵じゃないんだ…ちゃんと弱点も存在する」
「ッガァっっ!クソがぁぁあああああ!!」
このまま銃弾を受け続けるのはまずいと感じたエラリーは目の前に白結晶の壁を作り防御を行う。無敵のはずなのに…防御をな。
「クソッ!弱点なんかあるわけがない!ソニア様が作ったこの体に!『分子烈断層』ッ!」
そして白の壁の向こうで腕を振るい分子を切断する斬撃を放ち私を切り裂こうと…目の前にある街全てを両断する…が。
「狙いが甘いぞエラリー、先程までの精密さはどこへ行った」
「なっ!?」
当たらない、私には。回避を行っていない…行わずとも良い、先程までの正確無比な攻撃はエラリーの体が強化されていたから可能だった芸当、故に棒立ちでも当たらない。
「どうだ?人生初めての窮地は…エリートなんだろ、対応して見せろ」
「クソッ…クソクソクソ!『分子断裂連弾』ッ!」
放つ、放つ、やたらめったらに放つ。両手の指先を輝かせ分子を引き裂く光の弾丸をメチャクチャに放つが…崩れるのは周囲の家屋ばかりで私には擦りもしない。明らかにパワーが落ちている…まるで石炭を絶たれた機関車のようだ。今ので余程エネルギーを使ったと見える。
「射撃とはこうするんだよ」
そして私は銃口を向け…。
「光輝なる黄金の環、瞬き収束し 閉じて解放し、溢れる光よ 永遠なる夜を越えて尚人々を照らせ『錬成・極冠瑞光之魔弾』!」
「ッッ!?」
放つのは黄金の閃光。柱のように太い光は銃口から放たれ真っ直ぐエラリーに向かいその胸を貫き、胸部に巨大な大穴を開け背後の壁に当たり白い爆発を生み出す。
「グッ…くぉ…!」
「修復が鈍ってきたな、お前が動かないから発電も行われていない。なんだ…これでは無限修復とは呼べないな、精々半無限か」
開かれた穴は徐々に塞がれていくが、再生スピードが明らかに落ちている。エネルギーの供給が消費に見合っていないのだ。ヴェールが剥がれればなんてことはない、無限に再生する事は出来ず無限に再生するように見せかけているだけ。
余剰エネルギーが切れれば、奴はもう再生しない。
「このままお前のエネルギーが切れるまで徹底的に痛めつければ、お前はエネルギー切れを起こし倒れることになる、残りのエネルギーは如何程だ?」
「クッ…クソ…!」
「…やってることはともあれ、正義を口にする以上お前には一定の理解を示すつもりだ。だがそれにしてもやってることの劣悪さは…やはり看過できん。行動を改めるなら…見逃してやるが」
攻略法を編み出した、もうこいつは脅威ではない。であるならば何も戦い続ける必要はない、ここでそろそろやめにして方法を改めろ…そう問いかける、だが…エラリーは悔しそうに歪めた表情を…徐に変え。
「クソ…クソ…クッ…カカカカカ…」
「何がおかしい……?」
「徹底的に痛めつければ…か、地道だな。私は残りの魔力を全て再生に注ぎ込めばまだ結構持つがね…それで倒せるか?機関が爆発するまで残り二分程だが」
「む……」
ここに来て立ち塞がる最後の問題は『制限時間』…エラリーは体内に魔力が残っている限り制限時間の超過は問題にならない、奴は少し動くだけで魔力を補給出来ることを考えると。
ここから徹底的に耐久戦の構えを取れば…倒すのにかなりの時間を要して…。
「そして…ここでこうすれば!お前は終わりだろう!」
「むっ!?」
瞬間、エラリー再び掌に魔力を集め────。
「『分身烈断螺旋』ッ!」
「馬鹿な!当たらんと…いや、まさか!」
エラリーの放った螺旋の断裂は私の頭上を飛び越え空振りに終わったかと思えたその瞬間、背後で轟音を立てて何かが崩れる。慌てて背後を見れば…そこには。
粉々に砕け瓦礫の山になり塞がれた階段が…、塞がれたのだ。唯一の出口を。
「なっ、出口が…」
「フッフッフッ、これで終わりだ、お前もな。さぁどうする?その銃の群れで私を二分間めいいっぱい痛めつけるか?まぁ私を倒してももう出口はない、お前はここで死ぬことが決定したのだ!」
「……エラリー…!」
「いいざまだメルクリウス…、さぁ選べ…爆発で死ぬか、私に殺されるかッ!」
勝ち誇ったエラリーが私に向かってくる、全力で駆け抜け魔力を生み出しながらその手に白結晶の刃を作り出し…。
「どの道お前はここで死ぬんだッ!そして私は生き残る!最早それでいい!私を小馬鹿にしたお前さえ死ねばもう後はどうでもいい!」
「お前自身の正義もか…!」
「ハッ!そんなもん後からでもどうとでもなるわァッ!」
充血した瞳、狂気的な顔で爪を振るい襲いかかるエラリーの一撃を銃で受け止めると、即座に銃が瓦解する。こいつ…分子切断を直接私に叩き込むつもりか!!
「私はアンズリベンジ家に生まれしエリートなんだ!馬鹿にされる事は許されない!特に…平民上がりの貴様には!」
「お前の仕えるオウマも平民だろう…!」
「ああ!だからいずれ奴らも私が体よく使ってやるつもりなんだ!その為に地位を高めている最中だったんだ!それをお前が!潰した!」
「フッ!」
振り下ろされる拳を背後に飛んで避ければ、エラリーの拳で地面が砕ける。咄嗟に私は空中に軍銃を数百丁生み出し銃撃の雨を降り注がせるが…。
「お前だけは、絶対に、許さないぃいいいいいいい!!」
物ともしない、凄まじい勢いで修復されているのだ…さっきよりも再生速度が上がっている、凄まじい馬力…そしてあの再生速度、奴の怒りに呼応して魂が魔力を作っているのか、これではいくら攻撃しても無意味だ。
どうする、そうこうしている間にも時間が…。
「クハハハハ!もう時間がないぞメルクリウス!このままでは地下が爆発する!お前は死に私は生き残る!そうしたら…真っ先に地上に上がってさっき逃げた奴等を全員虐殺してやるッッ!!」
「ッッ…!」
「悔しいか!悔しいかメルクリウス!残念だったな!馬ァ〜〜鹿!」
ルビー達を虐殺する、その言葉に表情を変えた私を馬鹿にするようにエラリーは舌を出して笑う。だが…違うんだ、違うんだよエラリー。私は悔しくて表情を変えたんじゃない。
この感情は……。
「お前今、自分で虐殺と言ったな」
「あッ…!」
虐殺ではない、正義だと…散々口にしておきながら、化けの皮が剥がれたら…これか。結局お前は…正義を言い訳にしていただけなのか。
「所詮その程度か、お前の正義は……」
「ハッ!もうこの際どうでもいいと言ってるだろう!お前を殺せればそれで…!」
「お前はただ、自分より下の者を虐げる言い訳に…正義を使っていたのか」
「…その何が悪い、というか正義正義やかましいんだよ。自分を肯定して何が悪い、肯定する為に正義の言葉を使うことの何が悪い」
…確かに、正義という言葉は『強い』。それを口にするだけで戦争は聖戦になり、どんな卑怯な手も手段になる。正義だと口にすれば彼の理屈も一定の志があるように聞こえてくる。
だが…それは結局。
「欺瞞だろ…!貴様、自分の悪辣さを誤魔化しているだけで…自分が気持ち良くなる言い訳に正義を使っているだけだ」
「フンッ、で?それがなんだ?私の本音を暴いてシタリ顔になるには少々時間がないんじゃないか?」
「…………お前が正義を口にするならば、とも思ったが。そうか…お前の本質は、それか。ならばもう遠慮はせん…地獄に堕ちろエラリー!」
まだ…正義を口にしているならば、私は一定の尊重をエラリーに向けようと考えていた。だからこそ…『エラリーを倒し、地上に連れ出してやる方法』を考えて戦ってきた。
だが所詮、奴にとっての正義は自分の自尊心を高め、目的を美化するためだけの言い訳に過ぎなかったのだ。ならばもう…遠慮はしない。
「エラリー、今のうちにめいいっぱい動いておけ。魔力を最大まで充填させろ」
「はぁ?…何がしたい」
「いいから、お前にこれから見せる地獄に…お前が耐えられるように」
「ハハハハハッ!なら…後悔しろよッ!シュッコ!シュッコ!シュッコ!シュッコ!」
私は帽子の鍔を握りながらエラリーが動く様を見る、すると奴の体はみるみると光り輝き…魔力に満ちていく、成ったか…。
「さぁ再び正義執行形態だ!今度こそお前をこの手で殺す!」
「…それなら、いくらでも傷付けていいな…」
ギロリと睨むと共に、私は指を鳴らす。全身に魔力を激らせ…全力の錬金術を用いる。
「吼えた立てる大地、星よ 生まれ落ちたその形を変質させ 新たなる姿を私が与えよう『錬成・大錬土断崖』ッ!」
「なっ!壁!?またこれか!」
背後に巨大な壁を作り出す、それは私の後ろに屹立し…威圧を迸らせる。
「私のマグナ・カドゥケウスは被創造物に我が意志を反映させられる。さながら神の如く…故に」
そして背後に生まれた壁が変形し、巨大な岩の腕が二本…我が背後に現れる。握られた拳骨は怒りの象徴…そうだ、これは。
「正義を弄んだお前に対する我が怒りを…味わうがいいッ!」
「なっ!?」
その瞬間、正義執行形態のエラリーが驚愕の声を上げるので精一杯の速度で岩の腕は動き…エラリーを叩き潰す…ように見せかけ、両手で籠を作りその中にエラリーを閉じ込める。
「な、なんだこれは…まさか拘束のつもりか?それで時間まで私をここに閉じ込めるつもりか!甘いわ!こんな物分子切断で…」
「お前は確かにサイボーグになり無敵の体を手に入れたかもしれん。だがそれは飽くまで改造された部位に限る…そうだろ?」
「は?」
「改造されたお前が、機械ではなくサイボーグであれる最低限の部位は未だ生身のまま…例えばそう」
エラリーは先ほどの戦いで…妙な仕草を見せていた。
それは、頭に瓦礫がぶつかった時、奴は確かによろめいた。傷が治るはずなのに奴はクラクラと頭を揺らしていた、それはつまり…あそこは改造していない、影響を受ける部位だいうことを示していた。
つまり、奴が生身なのは…。
「脳みそ…とかな」
「ッッッ!!!」
脳を改造していない、それは先程の仕草で分かった…だから私は、エラリーを拘束した岩の腕を…。
「それならこれはどうだッッ!!」
「ぐがぁっっ!?」
振るう、振り回す、全力で何度も何度も上下に振り回し中にいるエラリーを全力で揺さぶる。今のエラリーはさながら虫籠の中の虫も同然、籠が揺れれば中のエラリーはなお揺れる。上下左右に揺さぶられた脳みそは…。
「そらっ!」
「ぐぇっ!?ぐっ!がっ…目が…回るッ!」
天地がひっくり返るような大回転を受け、そのまま腕に地面に投げ叩きつけられたエラリーはグルグルと目を回しフラフラと千鳥脚で立ち上がる。傷は治っているが…脳みそはまだ混乱したままのようだな。
今なら、やれる!
「これで、お前は本当に終わりだよ…エラリー!」
「ぬっ!?ああっ!?何処だ!何処だメルクリウス!…っぐ!?」
無防備になったエラリーに向け、拳を叩き込み。…生み出すのは白結晶、エラリーが生み出す物と同じ白結晶でエラリーの首から下を包み、完全に拘束する。
「グッ!?これは!?」
「腕が塞がれては分子切断も使えまい。そしてお前のアルベドの力では、同じアルベドの創造の力は崩せない」
「グッ!こんなことをして何になる!これで私を倒せると!?馬鹿な奴!私はまだまだ戦えて────」
「いや?言ったろ?もう終わりだと…」
「は?」
クルリと背を向け…私は階段の瓦礫へと歩いていく、もう戦いは終わりだ。ああなってはエラリーは動けない、ならもう無力化は完了した。後は脱出の事を考えなければ。
「待て!メルクリウス!待つんだ!私はお前を!殺せていない!せめて貴様の首だけは取らせろッッ!!」
「断る」
「なっ!?」
「じゃあな、エラリー…私は上へ行くよ。私の正義を貫きに」
さて、この瓦礫を退けなければ上には上がれない…ニグレドの力で瓦礫を破壊するか?いや一つ一つ壊していては間に合わない…もっと大火力が必要だ。
だがもう…時間が…!
「ッ…間に合うか、いや間に合わせるしかない!」
「ククッ!だが一歩遅かったな!もう機関が爆発するぞ!お前もここで私と一緒に!いや…お前だけが死ぬんだッ!!!」
ニグレドの力で岩を崩す…だが更に上から降ってくる…ダメだ、間に合わない!
もう機関が爆発するまで…時間が!けど…諦めるわけにはいかない!
私はソニアのところに行かなくてはいけないんだ!アイツと決着を────────。
「なっ!?」
しかし、それでも生を諦めず伸ばした手が…空を切る。瓦礫が爆裂し、内側から岩が退けられ、小さな道を作る…階段に続く道が…、その隙間から、伸びるのは…。
「メルクさん!」
ルビーの手だ…こいつ、まさか私を助けに戻ってきて…!
「ルビー!助かった!」
「へへ!ヤベェ音が聞こえたから戻ってきて正解だったぜ!逃げるぜ!いよいよやばい感じだ!」
「ああ…」
「あんたは…困ってる奴を前にして、見逃さなかった。そんなアンタに私は惚れ込んだんだ。私は…こんな風に困ってる奴に手を差し伸べられる奴になりてぇって…だから」
手を伸ばす、瓦礫を押し退け…こちらに来いとばかりに。お前を助ける為に私は来たと…ルビーは微笑み。
「助けに来たぜ!メルクさん!」
「ルビー…ありがとう」
手を握る、それは…私が見せた正義に呼応した、ルビーの正義。誰かを助けたい…やり方は間違えたものの、それでも彼女は曲がることなく自分の正義を貫いて、ここにいるんだ。
その在り方は…好ましく思うぞ。
「さぁ!早く!」
「………ああ」
そして私はルビーの手を握りながら背後を見れば赤熱した機関と…結晶に包まれたエラリーがいる。信じられないとばかりに首を振って怒りに満ちた顔を向けるエラリーが…。
「そ、そんな馬鹿な、こんな馬鹿なことがあるわけが…!」
「エラリー…」
「ッ…わ、私を助けろメルクリウス!なんでも喋る!なんでも協力する!ソニアの計画の邪魔を…そうだ!私がソニアの首を持ってきてやる!聞いたぞ?お前ソニアに酷い目に遭わされたって!憎いだろう?憎くて憎くて仕方ないだろ?だから────」
「断る、一度忠義を誓った相手を容易く裏切る奴を…信用できるか」
「ぬぐっ!ま…待て!待て待て待て待て!どうなる!?私はどうなる!」
「爆発しても死なないんだろ?おまけに食事も睡眠も補給も必要ない、ならいいじゃないか」
「なぁッ…!」
ルビーの手を取り、瓦礫の隙間に体を入れつつ、唖然としたエラリーに目を向ける。正義すら弄びソニアへの忠義すら捨て去り、確たる矜持もなく虐殺を楽しむお前を…今更信用なんかできない。
「……お前は、酷い奴だよエラリー。正義を言い訳に人を殺し、ソニアを敬っていると嘘をつき、とんでもない奴だ…だが」
「だ、だが…?」
「…お前の論法で言えば、そういう奴は地下にいるべきなんだろ?ならいいじゃないか、これで少しは…社会が良くなるだろうよ。じゃあな」
「ま…待て、待てぇえええええええええええ!!!」
そんな絶叫を他所に私は瓦礫の奥の階段へ到達し…全力で駆け上がりながらルビーを守るように白結晶の防壁を何重にも張り巡らせた、その時だった。
「グッ────!!」
「うおぉぉっ!?」
発生するのは、巨大な爆裂。機関がいよいよ大爆発を起こしたのだ…発生した爆裂は凄まじい衝撃を生み一気に階段を崩落させ跡形もなく吹き飛ばす。が…私とルビーは白結晶の防壁の中で、衝撃に乗って一気に地上へと飛翔し…。
「行くぞ!このまま!地上に!」
「ハイっ!」
見えてくる光…久方ぶりの地上、そして…ここからが、本当の決戦だ。
……………………………………………………………………………
「グッ!ガァッ!…あがっ!…くぅぅ…」
一方、地下で爆発に巻き込まれたエラリーは…爆発の中で生還していた。無限修復機関のおかげで死なずに済んだのだ…。ガラガラと崩れる瓦礫の中…彼は起き上がり、周囲を見る。
「クソ、メルクリウスめ…必ず追いかけて殺しやるぞ…!」
復讐を誓いながら再生した体を動かす。既にフレデフォート悪窟街は跡形もなく、完全に変形しその規模は三分の一程に縮んでしまっている。機関ももう動いていない…頭上の高原も消えて、完全に闇の中だ。
だが今はいい、とにかくメルクリウスを追いかけて……。
「あ…ああ!」
しかし、そんな彼の目の前に飛び込んできたのは、爆発で完全に潰れ…崩落し、跡形もなくなった階段、地上へ唯一つながる道が…消し飛んでいたのだ。
「こ、これでは私が地上に出られない!そんな!そんな!!」
彼は縋るように階段があった場所に走るが…もう何もない。完全に潰れてしまって使えない。出口がない…。
咄嗟に排水溝の方を見る、あの滝は水楽園に繋がって…いやそちらも爆発の熱で固まってしまっている。つまり…。
「出口がない…そんな…私が、このエリートが…地下に取り残されたのか!?」
ガタガタと震える体…慌てて周りを見回し、探す。
「誰か!誰かいないのか!誰かァーッ!!!誰かぁーーーっ!!」
探す、自分以外に誰かいないか。いたところで何かが変わるわけでもないし、あの爆発を生き残っているわけがない。だが探す…一人は嫌だから、でも…いない。
闇の中、一人だけ…取り残されてしまった。
「誰か!誰かぁ!頼む!なんだってする!なんだってくれてやる!だから!だから!!」
彼は死なない、この体になったおかげで飢えて死ぬことも、干からびて死ぬことも、傷で死ぬことも、病で死ぬことも、望んで死ぬことも…ない。
いつくるか分からない老いを待ち、天に召されるその時まで…彼はここに、閉じ込められたのだ。
「誰か…誰かぁ………ッ!」
それは彼が語った正義、虐殺と非道を正当化するために言って退けた…社会への貢献を奇しくも実現する…。
「誰か助けてくれぇええええええええええええ!!!!!」
永劫の収容であった。
……………………………………………………………………
「『黒銃打』ッ!」
「グッ!」
「どうしたラグナ・アルクカース!この程度か!」
「へっ、いやぁ…どうだろうな」
土砂降りの中、周囲を兵士達に囲まれたラグナは先程受けた頬の打撲を指で撫でる。目の前には強敵ガウリイル…、俺はこいつを倒す為に理想街での生活の殆どを修行に捧げ鍛え続けて来た。
おかげで技は多少は冴え渡った、筋力も少しは強くなった…だがそれだけだ。とてもじゃないがまだまだガウリイルには届きそうもない。あれだけ修行したってのに…悔しい限りだ。
だが同時に…。
「ヘッヘッヘッ…燃えて来やがった、こんな窮地なんかいつ以来か…」
「ほう…」
燃えてくる、ヤベェ状況にヤベェ敵…これで燃えない奴はアルクカース人じゃない。ボコられて体中が痛むが寧ろやる気が噴き上がってくる、コンディションが抜群に上がってくる、まだまだやれるぜ。
(こいつ…さっきから闘志が漲る一方だ。窮地に陥れば陥る程燃えるタイプか、厄介だな…そういう奴がこの世で一番厄介だ、止めるには殺すしかないが…殺す為に痛めつければドンドン強くなる、か…)
そしてガウリイルもまたラグナの異様なまでの闘志の漲りを感じていた。このまま戦い続ければラグナは爆発的に強くなっていくだろう、今回は殴っても蹴っても倒れないだろう…もしかしたら、自分を上回るかもしれないという危惧が脳裏を過ぎる。
しかし…しかしだ。
(フッ…だが生憎と、私もそうなんだよ。強敵を前にすればする程、窮地に陥れば陥る程燃えるんだ…気が合うなラグナ・アルクカース、やはりお前は他のは違うようだ)
腰を深く落とし構えを取る。ラグナもまた拳を握り足を滑らせるように所定の位置に持っていき迎撃の姿勢を取る。冷たい雨が降り頻るこの空間に…確かな熱気が迸る。
次はどうをどう打とう。次の一撃はどう凌ぎどう返そう。そんな刹那の思考が冴え渡った…その時だった。
『どぅぁああぁあああああああああ!?!?』
「む?なんだ?」
大地が揺れる、と…同時に地面がひび割れ…。
「ッ!?何事だ!?」
「うぉっ!?なんだ!?」
即座に飛び上がり振動から逃げるラグナとガウリイル。その瞬間大地がひび割れ広大な敷地内に大穴が開き…曇天に突き刺さるような火柱が上がる。
何があったんだ、まさかこれがヘリオステクタイト…かと思ったらガウリイルもマジでビビってる、ってことは違うのか?なら一体…。
「うぉおおおおおおおおおおお!!!」
『うわぁあああああ!死ぬぅううううう!!』
「何事だ!」
すると、炎の柱の中から何かが吐き出され…天から雨粒以外の何かが降ってくる…いや、人だ。しかも凄まじい数の人間達だ。それが穴の中からポップコーンみたいに飛び出してくる…これは。
「メルクさん!」
「ッと!セーフ!」
「アウトだよ!無茶しすぎだよメルクさん!」
メルクさんだ、ズタボロの姿で着地した彼女はやや怪しい笑みを浮かべたままセーフセーフと両手を広げる。しかしその背後で黒焦げになりながらギャーギャー騒ぐデティを見るに…かなり無茶をしたようで。
…何が起こってるんだ。何やってんだあの人達は。
「頭の上の岩盤吹き飛ばしてみんなで外に飛び出すなんてさ!普通に考えて危ないよ!」
「だ、だがそうしなければ爆発の加速で全員が出口付近で押し潰される可能性があった…こうするしかなかったといえば…そうじゃないか?」
「かもしれなけど!というか爆発の威力強すぎ!シャナさん加減して!」
「アッハッハッ!作って直すのは専門なんだけどね!壊すのには慣れてなくて加減を間違えたよ!」
「ゲホッ…僕死ぬかと思いました」
「おい!メルクさん!何やってんだよ!」
「むっ!ラグナか!すまん!色々あって地下が吹っ飛んでな!その衝撃で一気に加速して外に出ようとしたら…まぁ色々あったんでな、みんなで外に出るにはこうするしかなかった!」
こうするしかって…今の爆発がそれかよ。あの人も大概メチャクチャだな。
しかし…。
(うまく行ったみたいだな…)
メルクさんの側には十万近い民が居る、全員無事…ってわけでもなさそうだがかなりの人間を救出出来たようだ。これでアルフェルグ・ヘリオステクタイトの稼働は不可能になった。よくやってくれたよ、流石メルクさんだ。
「あれは地下の住人か…どう言うことだエラリー!アイツ…しくじったのかッ!この重要な局面でッ!」
「残念だったなガウリイル。どうやら大局の流れは俺達にあるようだ…これでアルフェルグ・ヘリオステクタイトは完成しない」
「フッ、…別に構わん。あれはソニアの個人的な企みだ、我々としてはヘリオステクタイトが一発でもあれば事足りる。サイディリアルを滅ぼすのにアルフェルグでは火力がありすぎるからな…、そしてその発射時間は刻々と迫っている」
「む…」
「悪いなラグナ・アルクカース。大局の流れは未だ変わりないようだ」
そうか、奴等の目的そのものはサイディリアルを潰し国の主導権を握る事。そしてヘリオステクタイトを世界中にばら撒く体制さえ作れれば…今この場の目的は達成される。
サイディリアルに一発、打ち込めればそれでいいんだ。
「ラグナ!大丈夫か!」
「悪い、本当ならもう少し片付けておく予定だったんだが…ご覧の通り邪魔されてな」
「ガウリイルか…奴は手強いだろう」
「ああ、マジ強え…他の小隊長も結構やる。状況は悪い、ごめん」
本当なら地下組が脱出してくる前にもう少し敵軍を減らしておきたかったが。まだ結構残ってる、さっきの爆発で雑魚は大体吹っ飛んだが…まだ逢魔ヶ時旅団の小隊長達は残ってる。
ここはまだ敵地だ…状況は未だに悪い。
「その通り!状況は最悪だ!まんまと敵陣に突っ込んで来やがって!ここで殺してやるぞ!メルクリウス!」
「むっ!貴様は蟷螂斧のなんたら!」
「蟷螂斧のグラサリューだ!死ね!」
瞬間、両手に鎌を持った小隊長『蟷螂斧』のグラサリューがメルクさんの首を狙───。
「死ぬのはテメェだッ!」
「ごへぇっ!?」
──────おうと飛びかかったのと同時に、側面から飛び出して来た一撃がグラサリューの顔を砕き、口やら鼻やら色んな穴から血を拭いて吹き飛んでいくのだ。
…鋭い、その上に重い一撃。俺でさえクリーンヒットを貰えば結構やばい一撃を放ったのは…。
「ッ〜〜雨だ!久方ぶりの雨だ!天が見える…風が吹いている、気が滾る…そんないい気分な真っ只中に、私のダチに刃向けるなんざどう言う了見だテメェッ!」
「貴様は…ルビー・ゾディアックか…」
ルビーだ、鋼鉄の棒を手に傭兵団を前にするルビーは全身に雨を浴び悦びに打ち震えながら構えを取る。そうか…こいつも解放されたんだな。
「貴様まで外に出てくるとはな、お前は地下が好きなのかと思っていたぞ…」
「テメェらが私を地下に押し込んだんだろうが!まぁ…居心地は良かったがよ、ちょいとサービスが悪いかったから今日でチェックアウトだ、料金は払わねぇぜ」
「フッ、よく吠える子供だ…」
「っ!お前は!」
するとルビーは目の前のガウリイルを見て顔色を変え、鋭く鉄棒を突きつけると…。
「誰だ!お前!」
いや知らないのかよ…。
「俺はガウリイルだ」
お前も律儀に答えるのかよ。
「ガウリイル…何者だ!」
それはさっき言っただろルビー…。
「俺はガウリイルだ、逢魔ヶ時旅団の第一幹部だ」
そして答えるのかよ…。
「逢魔ヶ時旅団…ってなんだ!お前はなんなんだ!」
「俺はガウリイルだ、逢魔ヶ時旅団の第一幹部で逢魔ヶ時旅団とは世界最強の傭兵団だ」
「誰が最強って決めたんだ!」
「え……?確かに…誰だ…、分からない。気がついたらそう呼ばれてた」
「お前はそれでいいのか!」
「別に…呼ばれる分には、損しないし」
「まずい、本物のバカとマジモンのバカのせいで話がややこしくなったッ!」
「ガウリイルって、あんな感じのやつだったのか…」
「あのバカ二人に会話させとけばガウリイル封殺できるんじゃないの?」
戦えば絶対強者たるガウリイルも戦い以外ではあれなんだ、バカなんだ。だから難しい質問をするとああなる…。
「ともかく全員逃げろ!外にヴィンセントが…俺達の協力者が控えてる!そいつと合流して街を出ろ!」
俺がそう叫べば街人達は混乱しながらも俺の言うことを聞いて敷地の出口へと向けて走り出す。こっちは数は多いがその分大多数が戦えない連中だ、襲われれば一溜りもない!
「ッ…逃すか!この際多少撃ち殺しても構わん!奴らを止めろ!」
そして、ガウリイルも戦いが関連した事象ならば頭もキレる。即座に判断を下し周りの傭兵達に命令を行き渡らせる、ここで逃すより多少数を減らしてでも捕らえる方向に舵を切ったのだ。
このまま行けばかなりの人間が死ぬ…だが。
「デティ!」
「アイアイ!『スモークバースト』!アンド!『スピンスピントルネード』!」
「ぬぉっ!?銃が!」
逃げ出した民衆に銃を向けた傭兵達の構えた銃が、グルリと明後日の方向を向く。デティの魔術『スピンスピントルネード』…金属をその場で回転させるだけのチャチな魔術を使って銃ごと傭兵達の向きを変え、周囲に煙を撒くことで…作り出す。
「クッ!」
「バカっ!俺に銃を向けるな!」
「クソッ!敵は何処だ!」
敵が何処にいるか分からない状況を、これにより時間は稼げた…あとは俺が傭兵達を片付ければッ───。
「グッ!」
「させるか、銃撃部隊を叩くつもりだったな…!」
しかし煙を引き裂き飛んでくるガウリイルの拳を足で防ぐ、こいつは…やはり止められないか!クソッ!このままじゃ煙が晴れる!その前に傭兵達を叩きたいのに俺を止められた…!このままでは…!
「うがぁあああああ!ラグナさん!私が殿をやる!あんたはそいつを倒せ!」
「ルビー!」
その瞬間動いたのはルビーだ、棒を振り回し傭兵達を吹き飛ばし更に撹乱を始めたのだ…これは。
「頼りになる!任せたぞルビー!」
「あいよ!」
傭兵達はルビーに任せた…なら俺は。
「周りの雑魚ももう手一杯みたいだぜ、ガウリイル…」
「ようやく一対一か…?面白い、大仕事を前にしてるんだ…その前にお前と決着をつけてやるッ!」
後は俺がこいつを倒すだけだ…、それで趨勢は決する!
「私とナリア君は所定の場所に向かうよ!いいよね!」
「ああ、構わん。もうラグナも他に構う暇もなさそうだ」
煙が晴れた先を見据えるメルクリウスは、周囲の傭兵を相手に奮戦を見せるルビーとタイマンで打ち合うラグナとガウリイルを見守る。ここはもう決まった…なら私達も次に移るべきだ。
特にナリアには大仕事が…ん?
「ナリア…?」
「んー……」
ふと、ナリアを見ると彼は空を見上げうんうん唸っている。どうしたのだろうか…。
「どうした?何か気になることでもあるか?」
「いえ、あの雲が雷を落とすんですよね」
「まぁ、そうだろうな…あの勢いではいつ雷が落ちてもおかしくない」
「じゃああの雲、消しちゃえばいいのでは…?」
「あ………」
確かに言われてみれば…その通りだ、あの雲さえなくなってしまえば少なくとも雷は落ちてこない、となるともうエネルギーの補給は出来ない。魔蒸機関は先程の爆発で潰れた、つまりもう一発撃つためのエネルギーもこの街にはない…あの雷雲さえ消えれば。
「一発、やってみるか…」
試してみるか。そう思い私は天に銃口を向け…。
「光輝なる黄金の環、瞬き収束し 閉じて解放し、溢れる光よ 永遠なる夜を越えて尚人々を照らせ『錬成・極冠瑞光之魔弾』ッ!」
「おお!すごーい!」
私の持てる最大火力で雷雲を晴らす!あれさえ消えればヘリオステクタイトは発射出来ない!だから……。
天に昇る巨大の光弾…それはみるみるうちに雷雲に飲み込まれ───。
『甘えよ、メルクリウス』
「っ!」
…否、私の光弾は雷雲に届く前に何かに阻まれ弾けて消えた。天に何かが張ってある、あれは…魔力防壁!?
『お前らが雷雲を狙いことくらい簡単に読めたんだ、だから先んじてこの街全体を防壁で囲んだ…この街に居る以上雷雲への干渉は出来ない』
そして響き渡る声…これは。
「メルクさん!あそこ!」
「………ソニア」
再び天を見る、目の前に聳えるロクス・アモエヌス…その塔の上に乗った巨大な円盤状の巨大なホールの窓から、私を見下ろし拡声魔道具を手に見下ろすのは、ソニアだ。隣にはオウマもいる。
『やっぱり動いて来たなメルクリウス、しかも魔蒸機関までぶっ壊しアルフェルグ・ヘリオステクタイトの燃料まで逃した。お陰で私の計画はパァだ…だがまだ終わっていない、雷雲さえ嘶けば発射の為のエネルギーは手元にやってくる。そいつさえあれば…サイディリアルを滅ぼし世界を変革する支度が整う』
「そんな事、私がさせるわけがないだろうッッ!!」
『なら止めてみろ、私はここにいる…ここで待つ、お前の正義を…お前と言う正義を』
その言葉と共に…動き出す、地鳴りが起こる、大地が揺れ目の前のロクス・アモエヌスがグラグラと揺れ…、ソニアのいる円盤型のホールだけが浮かび上がり、ロクス・アモエヌスという塔から射出され天に向けて飛翔し、魔力防壁を無理矢理突き破って雲の中へと消えていく。
それと共に円盤から四本の巨大な鉄線が伸び、それぞれのエリアに接続される。
「あれ飛ぶの〜!?」
「…塔の最上部分を空に打ち上げ直接雷雲の中に入り雷を吸収するつもりだ、そしてあの管は…それぞれのエリアのレゾネイトコンデンサーに繋がっている…」
「そしてあの雲が雷を本格的に生み出したらその時点でサイディリアルに向けてヘリオステクタイトが撃たれると…これかなりまずいね、私達も急いだ方が良さそう」
「ああ、デティ…ナリア。君達にこの国の未来は託されている…頼んだぞ」
「メルクさんはどうすんの?もしかして…」
「ああ、当初の予定通り…ソニアを止めに行く」
私のこの戦いでの目的、それはソニアを止める事…ソニアとの決着をつける事。つまり…あの雷雲の中に飛び込んでいく必要がある。
どうにかするしかない。レゾネイトコンデンサーはみんなが止めてくれることを信じて、今は…。
「じゃあ、行ってくる!」
「うん!気をつけてねー!」
今は走る、余計なことは考えず…先へ。
…………………………………………………
「遂に始まったか…」
タバコをふかし空を見る。天蓋に覆われたこの金楽園の天井を破砕し、天から降り注いだ巨大なケーブルが導かれるようにレゾネイトコンデンサーに接続された。後は雷を待てば…このチクシュルーブはエネルギーに満たされヘリオステクタイトを発射することができる。
サイディリアルに撃ち込み、世界を変革し…俺達の時代が来る。
「さぁて、一世一代の賭けだ。イカサマもハッタリも無しの大勝負…さぁ賽の目はどう出るか」
無人、今日は客も来ない…スタッフも避難させている、そんな静まり返った金楽園にて一人残った逢魔ヶ時旅団の第五幹部サイ・ベイチモはタバコを咥え直し、見遣る…前を。
「お前はどう思うよ…魔女の弟子」
「……………さぁな、ゲームが終わってみないと、なんともな」
「ヘッ…」
金楽園の入り口を潜り、雨に濡れながらも現れた男を…アマルトを見遣る。
さぁて、そろそろ始めるか…この国と…そして世界の行く末を賭けた戦いを。