564.魔女の弟子と正義は見る
ヘリオステクタイト始動まで残り五日…、ここから先は調査や活動は控え…魔女の弟子達は一時的に埋伏に専念することとした。五日後に起こる戦い…それに備え、皆が皆戦いの支度をしていた。
そして同時に、地下街フレデフォードも奇妙な緊張感を持ち始めていた。
「『メルクリウス』『エリス』『デティ』『ナリア』この四人を見かけたものは我らにその身柄を突き出せ!もし無事突き出す事に成功したならばエラリー隊長から100万ラールの報奨金が出る!」
『おお…』
街中に張り出されたのは地下に潜伏しているであろう魔女の弟子達の似顔絵。つまるところ手配書である、それらを街に張り出し地下の住人達に見せつける懲罰隊。安穏な住人達は懲罰隊の目が血走っている事にも気が付かず呑気に手配書を眺め…。
「ちょ、懲罰隊の皆々様。その手配書の奴らなら私が捕まえて来やしたぜ…!」
「いや!離して!私は違う!違うんです!」
一人の男が、女を連れてやってくる。手配書の奴だと言っても女の手を縄で拘束しながら引っ張ってくるが…その引かれている女は何処からどう見ても手配書の者達とは顔が違う。強いて言うなれば髪色が若干似てる気もするが…一眼見て違うと分かる。
報奨金欲しさの虚偽の報告だ、エラリーはこれを予見していたから手配書による捜査を行わなかった。そして事実、案の定虚偽の報告が行われた…という形になる。
「ん?それが手配書の者達か?」
「え、ええ…ですので報奨金の方を…」
「や、やめて…!」
しかし、最早手段など選んでいられない懲罰隊は…ギロリと男を睨み。
「何処からどう見ても違うだろ、貴様さては虚偽の報告で我等の捜査を撹乱し魔女の弟子達を庇おうとする不届き者だな?」
「え!?いや俺は…!」
「引っ捕らえろ!こいつも敵の一味だ!捕まえ次第公開処刑してやる!」
「な!?ち…ちがッ!俺は!俺はただ!や…やめろォッ!!」
まさに八つ当たりとも言える態度で懲罰隊は瞬く間に女ではなく男を捕まえ、抵抗する男の頭を殴りつけ引きずり何処かへと連れ去ってしまうのだ。その様を見て…周囲の住人達は思い知る。
これは…只事ではないと。
「…もし、虚偽の報告をした者がいたならば其奴を捕らえる。虚偽報告者は全員処刑する、熱した油を込めた壺の中に突き落とし、油壺で溺れるソイツの体を鉄の槍で突いて肉を抉りながら弁解の余地を与える事なく死ぬまで突き回し処刑する、それが嫌なら嘘はつくなよ…!」
「ヒッ!な…なんだあれ…!」
「いつも以上に頭がおかしいぞアイツら…!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ去る住民達に侮蔑の目を向ける懲罰隊。昨日からあんな調子だ、巡回の頻度も洒落にならないくらい多くなっているし、女を見かけたら全員顔を確認し、受け答えが少しでも怪しいものはその場で暴行を働き尋問する。
地下街の様子はドンドンおかしくなっていく…。いや、化けの皮が剥がれていくというべきか。
「んん、怖いのねん」
そしてそんな様を、自らのカジノで眺めていたオーナーのオンタは懲罰隊の異様な姿に眉をひそめる。今までからその気配があったとはいえ、ここに来て強行的な態度を取り始めたエラリー達にオンタはいよいよこの地下街の終焉が近いことを悟る。
「これは、本格的に地下街が終わるのねん…エリスちゃんの言う通り見たいねん」
「はい、奴等は地下の人間全員殺すつもりです」
ヒョコっと物陰から顔を出し、懲罰隊に見つからないよう…オンタオーナーに話をするのは…そう、エリスですよ。エリスは今地下街に出て話をしているんです…エリスの数少ないコミュニティを使って…五日後に迫る一斉確保の話を。
「一斉確保、本当にエリスちゃんの言うようにアイツらマジでやるかもねん。このまま行けば僕ちんも捕まっちゃうか…」
「かもしれません、なのでエリス達は五日後…反乱を起こし脱出するつもりです。オンタオーナーも協力してください」
「分かったわん、死にたくないもんね」
「ありがとうございます!出来れば信用出来そうな人にも話を通しておいてください、エリスは顔が狭いので」
「任せてちょうだいん。…このカジノにも愛着があったけど、そろそろ外に出て商売やってもいい頃ねん、少なくとも…今まで尽くしてきたのに容易く裏切るクソ野郎の下でなんか働けないのねん」
「頼みましたよ、では…!」
五日後に備えてエリスは各地に話を通している。五日後…全員で外に出る為。それをするにはエリス達だけじゃ話にならない。地下の人間十数万人全員で一気に動く必要がある。
けど、同時に数十万人全員に話を通す必要はない。ある程度…人数が揃えば他は自然と乗ってくる。流れとはそういう物だとラグナが言っていた。だから彼の話に従いエリスはこうして根回しをしているのだ…。
と言っても、エリスに出来る範囲は限られてるんだが。
「よっと…!カサカサッ!」
そのままカジノ・サドベリーから出たエリスは虫のように壁をカサカサと這いながら懲罰隊達の視界を避けながら街を進む。向かう先は…。
「ッと…シャナさ〜ん」
「エリスかい、早く入りな」
「感謝感謝」
シャナさんの家だ、エリス達は今シャナさんが用意した秘密の拠点に居を移している。が…それがバレない為にもシャナさんは普段通りの生活を送る必要がある。なので彼女はまだこの家に残っているのだ。、
エリスはその扉をコンコン叩き、開いた隙間からぬるりと家の中に入る。するとシャナさんがエリスを見て…。
「無事みたいだね、エリス」
「はい、人の視線を避けるくらい訳ないので」
「フッ、頼りになるねぇ」
「えへへ」
「まぁいいよ、ちょっと休んでいきな」
「はい!あ、お昼ご飯食べました?エリス作りますよ」
「助かる、頼むよ」
そうしてエリスはそのままキッチンに向かいシャナさんが食べる為の料理を作り始める。するとシャナさんはエリスが料理する後ろ姿を眺めるようにソファに座り、機械弄りを始める。
「そう言えばシャナさんってずっと機械を弄ってますけど、それってあの拠点の一部とかですか?」
「ンなわけないだろ、公に出来ないモンを自宅で作ってどうするよ」
「じゃあそれ、なんなんです?」
チラリとシャナさんの手元を見るとなんだかよく分からない鉄の塊が見える。シャナさんはエリス達がここにきた時からずっとあれを作っている。それがなんなのか…見ても分からないからなんとも思わなかったが。
あれもまた必要な物なのだろうか、それとも趣味?
「これが何か…まぁ五日後のお楽しみだね」
「はあ、そうですか…」
「反応薄いねぇ、全く最近の若いのは…」
と言われても、こればかりは老いも若いも関係ないだろう。だって何か教えてくれないものに反応しろって方が無茶苦茶だ。
「………ねぇ、シャナさん」
「あんだい?」
「シャナさんはこうなる事が分かっていたんですか?」
「何がだい、主語を入れて話な」
「エリス達が…ルビーギャングズと結託して、地下のみんなを連れ出す事を」
「…なんでそう思う」
「だって準備がいいですし、今のところシャナさんの思惑通りに進んでいる気がするので」
トントンと包丁で野菜を切りながらエリスは聞く、これは聞いておいた方がいいと思ったから。するとシャナさんは機械を弄る手を止めて。
「そうさね、…なんて言っていいのやら…。あんた達は何かを変える人間だと思ったから…かね」
「その為に、態々エリス達を危険を犯してでも匿ってくれたんですか?」
最初はとんでもないお婆ちゃんだとも思ったが、今にしてみればあの1500ラールの家賃のおかげでエリス達は地下世界で積極的に活動しようと思えるキッカケになったし、そのおかげで色んな物事が進んだ。
そして何より、ルビー達と出会った。全てはシャナさんがエリス達を働かせてくれたおかげだ。
「好きに想像しな」
「じゃあします、シャナさんは…この地下に目的を持って落ちてきた。ギャンブルで落ちたってのは嘘ですね」
「…………」
「そして誰かを外に出そうとした。その為に脱出の為の拠点やら何やらを準備して、その最終段階として使えそうなエリス達を動かした」
「自分で使えそうって言うかい」
「貴方は魔女を知っていた、そしてエリス達が魔女の弟子達だとも掴んでいた。なら…こう思うのも無理はないのでは?」
「そうさね、好きにしろって言ったのはアタシだ。口は挟まないよ」
「…貴方は最初から脱出の為の手筈を整えていた、その為に地下に落ちる必要があった。とある人物と外に出る為に…まぁこれが誰なのかは詮索しませんがね」
「結局何が言いたいんだいあんたは」
「ん?いや?エリスはただ」
クルリと振り向きながら、サラダとソテーを手に…それを机の上に置きながら、シャナさんに微笑みかけ。
「言ってくれれば、貴方に最初から味方したのになって思っただけですよ」
「…フンッ、信用出来るかい」
「でも今は?」
「はぁ…あんた、本当に面倒臭い奴だね。ここばっかりは計算外だよ」
「褒められると照れてしまいますよ」
エリスの用意した料理を前に、シャナさんは立ち上がり椅子に座り直すと…黙々と食事を始める。どうやらエリスは彼女の信頼を勝ち取れているようだ、それはエリス達が約束を守ったから、だから彼女も約束を守ってエリス達と協力を続けてくれているんだ。
「エリス、五日後…気張りなよ。地下街から脱出するのも大変だが、逢魔ヶ時旅団とやり合うのはもっと大変だ」
「問題ありません、エリス強いので…メチャクチャね」
「ハッ、あんたは本当に肝が据わってるね。それなら任せられるよ…全部をね」
「任せてくださいな」
机の上で頬杖を突きながらエリスは思う。この人は多分エリスがこの後何を聞いても全てはぐらかすだろう、最初から何も話す気がない人間に口を割らせるのは難しいし、何よりここまで固く決意すると言う事はそれなりに意味もある。ならエリスが無理矢理尋問して聞くこともないだろう。
彼女には彼女の人生があるわけだしね。
「それじゃあエリスまたちょっと外行ってきますね、こっそり街の人達に一斉確保の事教えてきます」
「待ちな」
「はい?」
「もう少し待ちな、…あと少しでこいつが完成する、そうしたら…あんたに頼みたい事がある」
そう言ってシャナさんは見る、視線の先には先程まで弄くり回していた機械がある。あれがもう少しで完成する…?
「え、それが何の機械か教えてくれるんですか?」
「……フッ、あんた達は随分修羅場を潜ってきたみたいだけど、まだまだ若いね。年寄りからいい事を一つ教えてやるよ」
すると、シャナさんはニタリと悪い顔をしながら肩を揺らして笑い…。
「お前達は物事をチェス的に捉え過ぎだ。順序立てて確実に…じゃあ回りくどすぎるだろ?やるなら一発で全部終わらせるくらいのロマンがないとね」
「……?」
「メルクリウスに謝っときな、私はあんたと違って正義の味方じゃないってね」
………………………………………………………………………
「今日の配給です!さぁ一列に並べ!」
『はーい』
そして、魔蒸機関内部にシャナの用意していた秘密の拠点内部。ここにはギャング含め行き場のない子供達が一時的に住まわせてもらっている。そしてそんな子供達の面倒を見るのが…。
「やった!今日はシチューだ」
「ありがとうございます、メグさん」
「いえいえ、良いのですよ。何が入り用がございましたら私をお呼びくださいませ」
メグだ、地下組と合流を果たしたその時からこうして地下に駐在し、時界門で様々な物を取り寄せ面倒を見ているのだ。
「私もくれー、肉たっぷり」
「はいはいルビー様…その、大人は後で配るのでまず先に子供から配っても良いですか?」
ふと、皿を持った子供達の列にドンと並ぶルビーを見てちょっと引く。作業員や大人の方は後で…先に子供達に配りたいんだが…。
「いいじゃんか」
「そうは行きません、十五歳から上は後でございます」
「なら私セーフじゃん」
「は?」
何言ってんだこいつ、年齢詐称か?どう見ても二十代後半…。
「あ、メグさん。こいつマジで十四歳だから、ナリア君どころかステュクス君より年下」
するとデティ様がこちらに向け、大声でそう言い出すのだ…十四歳、こいつが…十四歳…?
「ブフォッ!?」
「ちょっ!?なんだよ!」
「失礼、どうみても…いえ失礼。そうでしたか、なるほど…デティ様の対義語みたいな人ですね」
「それどー言う意味ー!?」
「でしたら大丈夫です、はいルビー様」
「やりー!」
まぁ。世の中にはデティ様みたいな人とかもいるから…そう言うこともあるか。そう思い私はルビー様や子供達にシチューを配給する。アリスとイリスにたくさん作ってもらった甲斐があったな。
「はい、デティ様も」
「わーい、ありがとー」
「ナリア様も、作業お疲れ様です」
「あはは、僕にはこれくらいしか出来ないで。ありがとうございます、でも地上はよかったんですか?」
「地上は最悪アマルト様一人いれば良いので。寧ろ私は居ても手持ち無沙汰になるだけですし…、ならこちらに居た方がいいでしょう?」
「まぁ、確かに」
地上でするべき事はなもうない、あったとしても今更する事は出来ない。なら地下にて皆様の援護をした方が良い、と言うのともう一つ。
『サイに用がある、出来れば俺一人がいい…お前はついてくるな、メグ』
なんて真剣な顔でアマルト様に言われてしまったのでね。彼も彼なりにサイとするべき事があるのだろう。騙す為の偽の結婚とは言えしてしまったものはしてしまったのだからそこに責任と義理を通すつもりなのだろう。彼はあれで居て責任感が強いから。
「なぁなぁメグさん」
「なんですか?ルビー様」
「後でさ、うちのメンバーに武器の使い方を教えてやってくれよ。あの魔力機構ってやつ?あれとクソババアの用意した武器があれば懲罰隊にも太刀打ち出来るはずだから」
「ああ、分かりました」
一応、ルビー様達には魔装をいくつかお渡ししている。それに加えてシャナ様が用意したソニア製作の銃があればまぁそれなりの軍隊っぽい武装にはなる。少なくとも武器方面で懲罰隊に負ける事はない。
だが…それでも相手は一流の傭兵だ、銃の撃ち合いを真っ向からすれば勝ち目はない。だから私が立ち回りを教える必要がありそうだ。
「でしたら後で皆さん武器を持って集まってください。私が修行できる場所に連れて行きますので」
「助かるー!」
まぁ、ラグナ様たちと同じところに突っ込んでおけば良いだろう。あの人達も喜んで修行に付き合ってくれるだろうし。何よりギャング達にとって勉強になるだろ…『どんな武器を持とうとも敵わない別格の存在がこの世にいる事実』を。
「さて、では私はこちらを持って行きますかね」
「ん?どこ行くの?メグさん」
そして私は残ったシチューを持って…向かう。
「メルク様の所ですよ」
部屋の奥で…物思いに耽る彼女を励ましに行くのだ。
………………………………………
「正義とか悪とかさ」
「ん?」
そして所は変わりメグが用意した写真の世界…アルクカースの荒野という名の修行場にてラグナとネレイドはふと、組手を止めて…休憩に入る。
「ううん、メルクさんは正義の為に戦うって言ってた。ソニアはソニアと言う名の悪を貫くはずだからって」
「言ってたな、それがどうした?」
「正義とか悪とかさ、考えたこともないやって思ったの」
昨晩メルクさんが言っていた事を思い出し、ネレイドさんはボケーっと色々考えているようだ。
正義と悪か。飽くまで個人の価値観だし、正義の為に戦うと言うのはメルクさん個人の価値観だ。だから別にとやかく言わないし、そのことについて俺は批評しない。ただソニアを放置すれば世界がやばいし、何より道徳的にね…やってる事はやばいでしょって話だし。それが正義だと言えば正義なのかもしれないが俺にはそのつもりはない。
しかしネレイドさんはそう言うが…。
「あるんじゃ無いのか?ネレイドさんにも。ほら、テシュタル教の教え的に正義とかさ」
「テシュタル教のそれは善悪では無いよ。極論で言ってしまえば『正』と『誤』があるだけで、『正義』と『悪』では無い。扱いは似てるけど一緒には出来ない」
「俺には分からない感覚だな…」
「誤っても正義は正義だし、正しくとも悪は悪でしょ?…その逆も然り。みんなをオライオンで襲ったのはテシュタル教的には『正』だけど…あれを『正義』とは呼べないし」
ネレイドさんは沢山の事を考えているようだ。とは言えそんな一朝一夕で答えが出るもんでも無いしな…。正義と悪について興味がないなんて言い方すると薄情になるかもしれないが、俺としてはあまり重要視するところではないかな…。
悪と罵られようが俺は俺の道を貫く、結果としてそれが正しいなら良し、誤ってるなら道を正す…そう言う生き方しか出来ない。
「別にこだわらなくてもいいんじゃないか?」
「…どうして?」
「だって、ネレイドさんは今俺達がやろうとしていることが誤りであり悪だと言われたらやめるのか?」
「…そう言うわけにはいかないけど」
「なら気にするだけ損じゃないか。結局正義か悪か…正か誤か、それを真の意味で判定出来るとは全部が終わった後だけだ、なら今は突っ走るしかないんじゃないかな〜って思うかな、俺はね」
「……確かに、脇見をしてる暇はないか。…私達はこれから強敵と戦うわけだし」
「だろ?だから今は…ぶっ潰す事だけ考えようぜ、敵をさ」
あの日、幻の師範から受け取った教え…それをネレイドさんを相手に実践中だがどうにも掴めない。力を込めるタイミングがダメなのか…それともそもそも出だしからダメなのか、そこから分からない。
もう一度師範の幻影に会う事はできる、だが幻影では教えきれないだろう…何せ、これは。
「じゃあまた頼むよ、…もう少しなんだ。『新しい熱拳一発』の習得まで」
熱拳一発の改良…いや、本来師範が想定していた形へと昇華させる。
超絶した握力で拳を握り魔力を凝縮させ擬似的に魔力覚醒を引き起こす事で拳の一撃を極限まで強化する俺だけの必殺技。これで大体の敵は倒せるし…実際倒せてきた。
だが…。
(ジャック…チタニア…ガウリイル。一定の領域以上に上がった奴には…この技は通用しなかった)
ある一定以上の領域に入った奴には受け止められるかそもそも効かないか。丸一日戦い体力が底を尽きていたアーデルトラウト将軍にも受け止められていた。何故か?俺の力不足?違う…この技がまだ不完全だからだ。
武の極地に至っていない俺が半ば偶然習得しただけの技だからだ。そんな中身のない技を必殺技として据えている内は俺もそこ止まり…ここから先は、更に完成された技と力が必要なんだ。
(大まかな形と理屈は頭に入ってる、だがそれに体がついてこない…。思考の速度を超越したところにある武の極地に足を踏み入れない限りこの技は完成しない。なら…思考ではなく直感で会得しなければ)
これが完成すればきっとガウリイルの体も砕ける…と思う、というか思いたい。これで無理ならもうどうしようもない、だから今はこれを信じて進むしかない。
「じゃあ私も試そうかな」
「へ?何を…」
「ん、正義とか…悪とか話してたら、一個…いい戦い方を思いついた」
「え?今の問答で?」
「うん、私もこのまま戦ってもシジキには勝てないし、どうせなら試したい」
今の問答に新しい戦い方を思いつく余地なんかあったか…?けど。
「面白い、やってくれ。ただし俺も加減しない…死なないでくれよネレイドさん」
「ラグナも、怒らないでね…」
互いに構えを取り、深く腰を落とす。迫る決戦に備え…新たな領域を目指し、修練を繰り返す。
……………………………………………………………………
俺達は五日後に…逢魔ヶ時旅団と戦う、ってのに…何やってんだか。俺は。
「アマリリスちゃ〜ん!」
「はいはい」
「アマリリスちゃんのグラタンは本当に美味しいなぁ、俺マジで本当に幸せだよ」
「ならよかったわ、これで午後の仕事も頑張れるわね」
「うん!俺めっちゃ頑張るよ!」
逢魔ヶ時旅団の幹部の一人…サイ・ベイチモの自宅にて、俺は再びアマリリスに変身し…昼食となるグラタンを振る舞っている。これから戦う相手に向かって…だ。
「ふぅー食った食った」
「お粗末様」
「よっし!食器の片付けは俺がするよ!」
「いえ、貴方下手くそだから私がやるわ」
「あ、そう…?ごめん、もっと上手くなるよ」
最初会った時、サイはアマリリスと結婚すれば変われると口にしていた。当初は全く信用していなかったが…こいつはその言葉通り変わろうとしている。仕事も出来ないながらに真面目に取り組んでいるし、家じゃ俺を真っ先に気遣ってくれる。
いい夫かどうかの判別は出来んが…まぁ律儀な奴ではあると思う。
だからかな、ここに来て俺はこいつに情が湧いちまった。
「いやぁ今日も楽しかったねぇアマリリスちゃん」
「そうね」
「そうだ!アマリリスちゃんにプレゼントがあるんだよ!」
「え?プレゼント?」
するとサイはいきなり立ち上がり俺の手を引きながら戸棚に向かい…。
「これ、ペンダント…プレゼントさ!」
「ペンダント…」
そこには金色の…飾り気もないペンダントが仕舞われており、それを取ったサイは俺の手にそれを渡して……。
「これさ、給料前借りして買ったんだ。アマリリスちゃんは金楽園の売上でお金いっぱい持ってるかもしれないけど…貯金とか全然ないから、そうでもしなきゃ買えなかったし」
「貴方ね…そうやってすぐにお金を使う癖を…」
「分かってる、けど…結婚指輪も渡さず、何も贈らず、旦那ヅラは出来ないよ…」
「………サイ…」
「それにさ!これきっとアマリリスちゃんに似合うと思って。指輪はきちんとした結婚式で渡すとしてさ…今はこれで、勘弁してくれないかな」
万年金欠のこいつが、態々他人のために…か。一途だねぇ…ここまで燃え上がるような恋ってのをしたことがない俺からすると、なんだか凄いと思っちまうよ。
そう思いつつ一応ペンダントをつける。…ってこれ本物の金か…。
「高かったんじゃないの?」
「値段はいいんだって!それよりやっぱり似合うなぁ…これつけて、また今度どっか一緒に行こう」
心底楽しそうにしているこいつの、幸せの根源は俺…ではなくアマリリスだ、そのアマリリスは本当はこの世にはいない。ここに来て人の純情弄ぶ事の罪の重さが分かったよ、よくない事だよなぁ…やっぱり。
だから俺は…律儀なサイに敬意を示す。筋を通す…つまり。
(今日で終わりにしよう…)
つまるところ、別れを告げるつもりだ。サイとは五日後に戦うことになる、その時禍根を残せば俺はきっと負ける…だから、ここで。
「ねぇ、サイ」
「ん?なんだいアマリリスちゃん。ああ!分かった!」
「え!?」
その瞬間、サイは俺の話も聞かずにいきなり立ち上がり肩をガッ!と両手で掴み…。え?分かったって…いや分かったならそのテンションじゃねぇよな!?
「言いたい事は分かる…結婚式だろ?まだやってないもんな」
ほら違う…。まぁ確かに結婚式はやってない、サイ曰く今は忙しいからどうにも結婚式を挙げられる余裕はなかったと。
別に結婚式なんていいじゃん…という訳にも行かない、少なくともマレウスにおいてな。マレウスでは結婚式を挙げたらようやく夫婦として認められる、例えどれだけ愛し合っていても、周りがどれだけ望んでいても、結婚式を挙げていない夫婦はただのカップル止まりとして扱われる。
だから結婚式を挙げた方が良い、このマレウスに住んでいるなら結婚式を挙げていない以上結婚していることにはならないのだ。
「でもさ、実は目処が立ちそうなんだ。結婚式の」
「そうなの?」
「ああ、今やってる仕事がもうすぐ終わるんだ。そうすりゃきっと少しだけ時間が出来る…そうすれば、結婚式も挙げられる」
「今やってる仕事ってカジノのオーナーでしょう?それに貴方いつも暇そうじゃない」
「そ…それは…そ、そっか!なはは!」
なんて意地悪を言ってみる、が…分かってる。こいつが言ってるのは五日後に迫った作戦決行の事だ、それが終わったら…時間が出来る。そう言いたいんだろう…分かってるさ。
「……これが終わったら、結婚出来る…結婚式の場所は考えてあるんだ」
そう言いながらサイは大切に保管してあったであろう紙を棚の中から取り出す。それは数枚の簡易的な絵と…街の紹介がされた書類だった。
「春風の街コリウス…マレウス北西部にある海沿いの街だ。牧歌的で…海も近くて眺めもいい。何より…サイディリアルからも距離がある…。ここで結婚式を挙げて…二人で暮らそう」
「暮らす…?ここで?」
「ああ、チクシュルーブからたんまり金がもらえる、多分一生遊んで暮らせる…って訳じゃないけど、無理に働かなくても生きていけるくらいの額の金だ、令嬢のアマリリスちゃんには大した金額じゃないかもしれないけどそれがあれば俺は君を養っていける」
「…………」
「それにこの街にはカジノもないし、俺も真っ当にやっていけると思う…だから、ここで…」
サイは思い描いている、結婚したあと生活までも。ギャンブル漬けの自分を本気で立て直すつもりなんだ…そのマジさ加減が伝わってくるからこそ。
切り出し辛れぇ〜!最悪の空気じゃん〜!俺これ…どんな顔してフレばいいんだよ〜ッ!サルバニートさんはすげぇな!よくもまぁ純真だったアマルト少年の恋心を平気な顔で利用出来たよな!今になって尊敬するぜアイツを。
けど…そこまで、考えてんのか。サイは…。
「なら、貴方もここで…平和に暮らすの?」
だがもし…サイが本気で考えているなら、俺も何かを本気で考えないといけない。当然一緒に暮らす事はできないが…嘘を嘘と気が付かぬまま生かすことも────。
「平和に………」
しかし、この瞬間サイの顔つきが変わる。何か…ギクシャクした顔つきで…黙る。
「一緒に………」
そして、俺の顔を見て…。
「俺と………」
次に己の手を見て……。
「……………………」
「…サイ?」
目を瞑り、何も言わなくなってしまったサイを見て、アマリリスは不思議そうに視線を向けて…そして、それで……。
「………いや、悪い。やっぱ…俺はいけない」
「え?」
「アマリリスちゃんだけで…ここに行ってくれ。俺は…平和には生きられない」
「…どう言う意味、貴方…結婚は」
「元々、賭けで無理矢理迫った物だ、強制は出来ない。何より…俺は君に嘘をついていた」
そうして、サイはアマリリスの肩を掴み…申し訳なさそうに俯き。
「俺は、本当は…傭兵なんだ」
「………………そう」
「え?あれ?驚かない感じ?」
「どう見ても、普通の人間じゃないから」
「ま、まぁ…そっか…、…俺は今まで大勢を殺してきたし、多分…これからもっと大勢を殺す。そんな俺は…君を抱く権利はない、君を幸せになんて出来ない、だから…悪い、結婚は…しない」
…自分勝手な話だ、自分から迫っておいてやっぱりなし、これが本当の話なら相手の女は泣いてサイに対して激怒しただろう。きっと泣いた、それだけサイは相手に対して愛を向けていたし、それは誰から見ても明らかだったから。
だが、それでも血濡れの手で女を抱けないこいつの気持ちは分かる。一応、同じ男なもんでね…だから。
「分かったわ、サイ…」
「あ…ああ」
「貴方は優しいのね、これが本物の恋だったなら…これはきっと悲劇になっていたはずよ」
「アマリリスちゃん?」
「だから、私から言えるのは一つだけ」
だからせめて、こいつの愛だけは…嘘にしないために俺は、サイの頬に手を当て…今一時だけはアマリリスとして、声を発する。
「生きなさいよ」
「……ああ」
生きろよ、お前は…生きていれば、いずれきっと…本物アマリリスに会えるはずだから。
それだけを伝えた俺は、クルリと踵を返し…これ以上ここに居る事を拒む。やる事はやった、ケリはつけた、もうアマリリスはサイの前に現れる事はない。
そして、次に会う時は…禍根なくやれるはずだ。
「頬に張り手食らう覚悟だったけど…、こっちのが痛いかな」
そして一人残されたサイは頬に手を当て、深く息を吐きながら椅子に座る。アマリリスに別れを告げた…これでよかったのだと自分に言い聞かせながら。
正直言うと、今の俺はまともじゃない。冷静だったなら絶対に別れようなんて言わなかった、それだけアマリリスという女に惚れていた。だが惚れていたからこそ冷静になれなかった。
「これでよかったんだ…」
もしこのままアマリリスと一緒にいれば、確実に巻き込む。これから自分達がやろうとしていることは世界に弓を引く行為、これからはきっと絶え間なく戦い続ける…そんな険しい世界に彼女を連れて行く事はできない。
惚れていたからこそ、俺は彼女と一緒になるべきではないと思えた。だって俺はサイ・ベイチモだから…逢魔ヶ時旅団第五幹部サイ・ベイチモ。
「世界に弓引く天賦の賽に、俺ぁ命を張ったんだ…今更待ったはかけられねぇ」
髪を纏め背後で結ぶ。俺は団長と一緒に進む…それが俺の決断だ。だからアマリリスちゃん…せめて、せめて幸せになってくれよな。
……………………………………………………………………
「メルク様」
「…メグか」
秘密の拠点の最奥。開発中につき光源もない暗い部屋で…私はコートを脱いで、シャツの上ボタンを外し…天井を見上げ瞑想をしていた。そんな私を心配してか、部屋の扉を開けて入ってきたメグは…。
「シチューです、お食べください」
「ん、頂こう」
ゴトリと鍋ごとシチューを渡され、私はやや下品ながら木杓を使ってそのままシチューを食べる。思えば昨日からずっとここでこうしていたな…。
「随分思い悩んでいるようで…」
「思い悩むさ…なんせ私はこれからあの逢魔ヶ時旅団と戦うのだからな」
「そうですね…」
メグとハーシェル一家並みではないとは言え、私にも奴らとの因縁がある。それなりのな…だからこそ、この戦いにも思うところがあるのさ。
「怖いのですか?」
「ああ怖い、ひどく怖いよ。今も心のどこかで戦いを先延ばしに出来る何かが無いかと探している自分がいるのも事実だ…、だがそれでもこの胸の中心にあるのは、奴らを止めねばならないと言う覚悟…それだけだ」
「なるほど、メルク様はお強いですね」
「君には負けるよメグ、君はこんな気持ちと戦いながら…ジズに立ち向かう選択をしたのだな」
「私の場合は、積年…と言う面もあるので」
「だとしてもさ、…私は半端だ。そして…恐らくだがオウマという人間は完成されている」
オウマは許し難い男だが、使い手という面で見ればあれはある意味軍人として理想像に近い地点にいる男だ、きっと私が今も軍人を続けていればある意味彼に畏敬の念を覚えたほどに…奴は凄まじい。
「ええ、オウマはかなりの修羅場を潜り、自信を完成させたのでしょう。ですが潜った修羅場の数ならメルクリウス様も負けていません」
「ああ、かもな。この一年で私も数多の修羅場を潜ってきた…確実に、成長している」
私の中で何かが積もっている感覚は随分前から味わっている。だがそれが未だに芽吹かない…なぜ芽吹かないのかは明白だ、私がまだ自身の正義を真の意味で見据えていないから。
正義…それが私の原点だ。正義無くして私はあり得ない…だが…一体。
「あ、こんなところにいた〜」
「こんな暗い部屋でお食事ですか?」
「目ぇ悪くするぜ、灯りくらいつけろい。ってなわけでエリスよろしく」
「エリスは照明じゃありません!けど照らしまーす、指輪ピカー」
「ふぅ、俺も腹減った…」
「私も…」
「み、みんな?」
ふと、メグの後に続いて…デティが、ナリアが、アマルトが…エリス、ラグナ、ネレイドとどんどん友達が集まってくる。みんなあちこちに散って色々とやっているはずでは。
「お前達、今日は用があったんじゃないのか?」
「あったけど、終わったぜ?俺は。離婚してきた」
「そもそもお前結婚してたのか…?」
「俺とネレイドさんも修行は一旦休憩かな、ネレイドさんは新しい戦い方を物に出来たし…俺もあと少しで掴めそうだし、ここらでお休みよ」
「新モードのネレイド…見せてあげたい」
「そ、そうか。それはそれとしてお前ら汗臭いぞ」
「私とナリア君は単純に気になったからきただけー」
「この後も例の作業があるので暇ってわけではないですがね」
「そうか…エリスは」
「エリスも大体終わりましたよ、嘘つきました、全然終わってません」
「なんで嘘ついたんだ…」
「見栄です」
そうか…みんなも用件が終わりつつあるのか…、私だけか…吹っ切れてないのは。いや…丁度いい…。
「なぁみんな、実は聞きたいことがあるんだ」
「ん?なんだ?」
聞きたいことがある、…それはつまり。
「みんなにとって、正義って…なんだ?」
正義だ、私は地下での戦いで学んだ…正義とは人によって異なり、絶対の形はないと。グロリアーナ隊長はかつて語った、私の正義とは人々を照らす正義だと。だがこれが未だに掴みきれていない。
だから…聞きたい、みんなの正義とはなんなんのかを。するとメグは軽く咳払いをして立ち上がり。
「私の正義は不殺です。今なら間違いなくそう断言出来ます、殺さず獣に堕ちず人として生を全うすることこそが私の正義だと」
「それは確か…」
「はい、トリンキュロー姉様が残した物です。だから私はこれを貫くつもりです、つまりそれが私の正義です」
なるほど、メグの正義はつまり姉との誓い。それ以外がどうでもいいと言うことはないが…彼女にとってそれが間違いなく価値観の中枢にある基準、と言うことか。
するとそれに続くのは…ネレイドだ。
「私はテシュタル教の教えが正義かな…これは正義とは少し違うけど、今の質問に当てはめるなら、これしかない」
「テシュタル教の君にとって…そうか」
ネレイドにとってはテシュタルの教えが正義。彼女はかつてその正義に則って私達と戦った。それが彼女にとっての正義だと分かっているから、私たちも彼女の心意気を理解して…こうして和解できたのだ。
そして次は…アマルトだ、だが彼は他と違い確たる顔つきをしておらず。
「んんぅ〜?正義とか悪とかあんま考えたことねぇしよく分からね〜。けどまぁアレだろ、やっぱ毎日楽しいこと?これが正義?」
「いい加減だな」
「厳格じゃなきゃダメって決まりはないだろ?」
「む…確かに?」
アマルトの言う通りだ、正義とは必ずしも正しい形とは限らない。その人間が良い悪いと感じる物差しでしかないのなら聞き障りの良くない物もまた正義になるのか。
そんなアマルトに続くのはラグナ、彼は軽く考えた後キッ目を尖らせ。
「俺は平和なこと、そしてそれを目指すことが正義だと思う」
「相変わらず、アルクカース人らしからぬ物言いだな」
「そりゃ戦いは好きさ。けどどうやったって戦争をすれば人は死ぬ、人が死ぬのは悲しいし嫌だしな。だからそれを遠ざける、その気持ちが俺の正義さ」
だから彼は戦うのだ、戦う為に戦うのではなく戦わない為に戦う。彼は私と出会った頃からそれを一貫して貫いている。無用な大乱を起こさず、自分一人で戦って済むならそれでいい、それで済まないなら仲間達と戦い、軍を率いる。全てはより大きな戦いと惨劇を回避する為。
ある意味、私の正義に最も近いものかもしれない。
「デティは?」
「私?私は前にも言ったでしょ?魔術界の平穏な発展と繁栄。それ以外は魔術導皇にとってはどうでもいい」
「そうだったな」
そしてある意味この中で最も硬い堅牢さを持つのがデティの正義だ。彼女はそれを使命として生きている、それこそが彼女にとっての全てだ。尊敬さえする…その徹底ぶりには。
だからこそ、もっと聞きたいと私はナリアに視線を向けると。
「正義…芸術のテーマでもよくありますが、その実…形はなく、曖昧です。だから僕が確たる物として挙げられる物はないのかもしれませんが…強いて言うなればみんなの笑顔ですかね、人間笑ってられるのが一番ですから」
「いや、立派な正義さ」
ナリアにとっての正義は、人々を笑顔にさせる事。正義…正義だよそれは、だって…私もそれを尊いと思ったから、少なくともそれは私の視点から見れば正義だ。
正義には、数多の形がある。同じ方向を見て戦っている私達でさえ…こんなにも色の違う正義があるのか。
「…エリス、最後に君の正義を聞かせてくれ」
「エリスの正義ですか?」
聞いてみたい、エリス…君にとっての正義はなんだ?友か?魔女か?子供達か?それとも世界の平和か?君は多くの物を守り戦い抜いてきた存在だ、そんな君は…何を軸にして戦っているんだ。
聞かせてくれ…そう聞くとエリスは胸を張り。
「エリスは…エリスがやる事が、全部正義だと思ってます」
「え?」
「まぁ言ってみればエリス自身が正義ですかね」
「…………」
なんか、思ってたよりもこう…傲慢な答えが返ってきたな。
「おいエリス!お前そんな事考えて戦ってたのかよ」
「うるさいですねアマルトさん、別にいいでしょ。って言うかそもそも…みんなそうでしょ?」
「いや俺は別に自分が正義の権化だー!なんて傲慢な事思って戦ってねぇよ」
「そうですか?エリスは戦ってますよ?自分が一番正しいって思いながら。でなきゃ他の人の正義を踏み潰してまで進めませんから」
「ッ……!」
雷に打たれたような衝撃を受けた、…そうだよ。そうなんだよ。正義を貫くとは即ち…他の正義を破壊して進む事なんだよ。ルビー達にはルビー達の正義があったように、オウマにはオウマの正義がある。
それを前にして、私は踏み留まるしか出来なかった。だがエリスはあの時ルビーを前に言って退けた。
『それはルビー達の正義でしょう!エリス達のじゃない!』と…それはつまり、自分が正しいと思ったから、それが一番良いと信じたから…戦えた。
「正義なんて元より傲慢なもんなんです、正しさとはかくあるべき…なんて指標示されたって理解なんか得られないことも多いでしょうしね」
「………」
「それでも、前に進むのは自分が正しいと感じているから…そしてその正しさに責任を持てなきゃ、誰かの正しさを押し退けて進めません。この世はみんなの正義で溢れてる、そんな中でも自分の正義を押し通したい…押し通さなきゃいけないから、人々は戦うんです」
「……そうだな」
「だから考えるんですよね、メルクさん。色んな色を持った正義同士がひしめき合う中で…自分の行動に責任を持って前に進む。踏み潰した正義の数だけ…エリスの正義は負けられなくなるんです」
「……君らしい答えだ」
つまるところ、友の為に戦うのも、魔女の為に戦うのも…全ては彼女の心がそれを正解だと信じたから。そして踏み潰した正義の数々に責任を持って前に進む、それは即ち自分の正義を信じ続ける事。
……分かってきた、見えてきた、私の正義が。
「色んな色…か」
「はい、ラグナの正義は赤い正義!みんなを守る炎の正義!ナリアさんの正義は白い正義!みんなを照らす光の正義!アマルトさんの正義は濃い茶色、独善」
「お前張り倒すぞ、悪かったな濃い茶色で」
そうかそうか、この世は色取り取りの正義で彩られている。そんな中で何が正義か…なんて考えるだけ馬鹿らしいか。
私はもう既に多くの正義を踏み潰してきた後なのだ、そんな正義達に責任を持つなら…やはり、私の正義は一つしかないと言えるだろう。
そして…色取り取りの正義がひしめくこの世において、私の正義を貫き通すなら…私が目指す色は、一つしかないな。
「ありがとう、答えが得られたよ」
「ならよかったです!」
「迷う時間はもう終わりか?なら…後やることは決まってるよな?」
「もうそんな時期ですか、早いような…遅いような」
「だが、戦いの前だからこそ、やるべき事は一つだけしかない」
「ええ、というわけで…」
さまざまな正義を見る者達が、一ヶ所に集まり同じ場所を見る。正義は違えども道は違わず、共に進むからこそ友なのだ。
私達は進むぞ、そして…貫く。我が正義は…地の底から星を落とす。これはその為の第一歩。
「よっしゃー!戦い前の飯じゃーい!」
「って言っても後五日ありますけどね」
「じゃあ五日ぶっ通しで飯じゃーい!」
「フッ、加減してくれよ…アマルト」
私は立ち上がる、暗闇の中…立ち上がる。
私は私の正義を貫くぞ、ソニア…だから。待っていろ…お前を暴くのは、我が正義以外あり得ないのだから。