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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
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562.魔女の弟子と男と女


「というわけで、今日からよろしくね。ラグーニャちゃん」


「あ、はい…よろしくお願いします」


ひょんな事から娼楽園エリアにて女性スタッフとして働くことになった俺ことラグーニャは煌びやかなドレスを着せられ、早速接客業務にあたることになった。


…物欲を満たす『金楽園』


…食欲を満たす『食楽園』


そして性欲を満たす娼楽園エリア…その名に恥じぬ異世界がここには存在する、怪しげに妖しげにピンクピンクした照明で照らされた街はそこら中から体液の匂いがする、それを香水と酒の匂いで掻き消して互いに互い、舌舐めずりし合うのがこのエリアだ。


このエリアは異様だと言えば異様だ、例えば新婚夫婦が間違えてこのエリアに足を踏み入れてしまったとする。すると…。


無数の女を取り揃えていると謳う男が旦那の手を引き。


無数の男を揃えている豪語する女が妻の手を引き。


夫婦を引っぺがし肉欲に浸す、そういう場所なんだ…ここは。所謂十八禁の世界であり最も人の本質近い場所だろう。


じゃあここで働き俺もそういうことするかと言えばそういうわけでもない、


俺の業務内容は単純、お酒を飲んで男と話すだけ…つまり酒の席と話し相手を金で買うというわけだ。


そして目的は日に100万ラールを稼いで贔屓の客を作りVIPエリアへ入り込むこと。金を使って指名してもらい客に料理や酒を頼ませればそれが接客した女の『成績』ということになるらしい。一日に100万ラール稼ぐにはそれこそひっきりなしに客が入り続け大量に高い酒を頼ませる必要がある。


店長シアヌスにはそういう風になれるまでにまず店で顔を売って、目当てで来てくれる客をたくさん増やし、技術と美貌を磨かねばなれないらしく、早くとも三ヶ月…無理であれば一生無理という話だった。


とは言え俺はどうしてもVIPエリアに行かなくてはいけない、無理だから無理では済まされないが…果たしてどうなるか。


「ラグーニャちゃんは新入りだから今日は先輩のアンジュちゃんと一緒にやろうか。そういうわけでよろしく頼むよアンジュちゃん」


「はーい、よろしくね?ラグーニャちゃん」


「よろしくお願いします…」


「なんか、ぎこちない子だな…」


そうして割り振られた先輩アンジュさんに導かれ俺は早速男に充てがわれることになる。しかし…こんな事してたなんてエリスには死んでも言えないな…。仕方ないことではあるんだげとも…それでもさ!


うーん、いや…よくよく考えたらアレだよな、エリスにバレたら以前に自国民に知れたら俺…玉座を追われるどころか政権転覆からの処刑もあり得るぞこれ。死んでもバレないようにしよう。


「ファイナンさん、よろしくお願いしまーす!!」


「ああよろしくよろしく、おや?今日は見ない子も一緒なんだね」


「はーい、新入りの子ですよ。今日が初めてなんで色々教えてあげてください」


そうしてやってきたのは娼楽園の酒場…というにはやや豪華すぎる店内の一角。豪勢な机に豪勢なシャンデリア、そしてフカフカのソファが並べられたなんとも言えない空間だ。なんか照明もピンクいし…ここが俺の働く店シアヌスさんの酒場。


あちこちに豪勢なテーブルがあり、それを囲むように女が男と話している。ここで酒を飲んで話せばいいのか。


目の前にはメガネをしたハゲのちょび髭がいる、こいつだな…今日の相手は。


「ラグーニャです、よろしくお願いします」


「あ…ああ、うん…」


「え?」


ふと、ファイナンと呼ばれた男の前にドカリと座り軽くおじきをして挨拶すると、なにやらファイナンはキョトンとした顔でこっちを見て。


「ちょっとラグーニャちゃん!対面じゃなくて横!横に座るの!」


「あ、そうなんですね…」


「もうしっかりして…」


「すみません、こういう店来たことなくて」


「そりゃ女の子なんだから来ないでしょう…」


「ま、まぁ慣れてないなら仕方ないよ。大目に見ようじゃないか」


「ありがとうございます…」


まずったまずった…隣に座るのか、でも話をするなら対面の方がしやすくないか?横に座ったらなんかこう…失礼な気もするが、と思いながら俺はファイナンの右に、アンジュさんは左に座る。


「まぁ、優しいですねファイナンさんは」


「いやいやこのくらい当然さ」


…しかし、このファイナンとか言う男、どっかで見たことがある気がするな…。ファイナンって名前にも覚えがあるし…何処だったかな。


「ラグーニャちゃん、ファイナンさんは西部の貴族様なんですよ。マレウス有数の金脈鉱山を持つ謂わばマレウストップクラスのお金持ち様なの!素敵よね!」


「ははは、祖父から受け継いだ物だから私の功績と言えるか怪しいが、少なくとも私の家がマレウスの経済を支えたと言うのは事実かもしれないですねぇ」


「…貴族…あ!」


ああ!思い出した!こいつエルドラド会談にいた奴だ!なんか経済的な話をメルクさんに対してしてた奴!生真面目そうな雰囲気を漂わせて、他の貴族と違って真っ当に会議してたのに、こいつ…チクシュルーブに出入りしてこんな店に来てたのかよ。


いやまぁ別にいいんだけどさ…来ても。ただこう…こいつ会談では真面目ぶってた割にはこう言う店では鼻の下伸ばして下劣に笑うんだな、って思うとなんかな。


(っていうか…マレウスの貴族も普通にやってくるんだな、娼楽園には)


そう言えば店長のシアヌスが言っていた。この娼楽園は他の楽園とは毛色が違うと。


水楽園、金楽園、遊楽園は外部からの観光客・旅行客を相手に商売するが…娼楽はどちらかというと居住区に住まうセレブ達相手に商売をしていると。故に当然来るのは一流のセレブや富豪たちばかり。


だからこのエリアはただ性欲を吐き出すだけの場所ではなく、一定以上の格式と品格が求められると…。だから普通にこういう貴族みたいな人もくるんだ。


「ファイナンさんはここに来たばかりですけど、ファイナンさんならきっと直ぐにVIPエリアへの立ち入りが許可されるでしょうね〜!いいなぁ〜私も行ってみたいな〜」


「ふふふ、なら君も頑張らないとね」


「精一杯頑張りまーす」


そして、そういう貴族たち相手にこの店の女達は媚びを売り、VIPエリア対応の嬢になれるように励むと…。なるほど、そういう形で店のスタッフ達の士気を上げているんだな。


(そして俺もVIPエリアへ行きたい…という目的を加味すると、ファイナンに媚びを売った方がいい。こいつに気に入られれば或いはVIPエリアに直ぐに行けるかもしれない)


幸い俺はこいつを知っている、どういう話をするかも知っている。もしかしたらいきなりチャンスかもしれん!よし!気合い入れるぞ!


「あの、ファイナンさん、貴方は自領延いてはマレウスの経済状況に関心があり、これの改善に動いていると聞きました」


「え?あ…うん、そうだけど」


「ど、どうしたのラグーニャちゃんそんな難しい話して…」


「是非お話を聞かせてほしいです、例えば今現在マレウスの貨幣流通には大きな偏りがあります。東部は経済的に脆弱で一点西部には商業組合などが集中しており、金貨の一局集中を引き起こしている現状についてなど」


「お、おお。君何やら話せるみたいだね」


するとファイナンは酒を手に膝をこちらに向けて向き直ると。伸ばしていた鼻をスッと戻して真面目な顔になり。


「確かに富の集中は良くない、金は血液と同じで通わない場所から腐っていく。富が少なく貧困に喘ぐと人口は目減りする、人口が目減すればそれだけ労働力が落ちるしその分また経済能力も落ちていく…まさしく悪循環だ。マレウスは今魔女大国との貿易を停止している以上なるべく自給自足で生きていくことが求められている、なのに東部の広大な土地を活かしきれていないのは痛い」


「でしたらやはり西部の商業組合と話をして、東部への流通を増やすべきでは」


「そうしたい気持ちはあるが、それを私個人でやるには負担が大きすぎるし…何より真方教会が幅を利かせる東部で商売をしてリターンが得られる確証が得られない以上商業組合に無理強いするわけにもいかない…、商業組合に恨まれたら事だからね…」


「でしたら貴族側でも組合を作るのは如何でしょうか、東部流通組合…のようなものを作って、その旗印としてファイナンさんが筆頭となれば成果も出しやすいし…」


「私の名前も売れるか…ううむ、いや君面白いよ。まさかここでこんな話が出来るとは」


お、好感触。エルドラド会談でこいつは熱心に国内経済について語っていたからもしかしてと思ってと思って振ってみたらこれだ。よしよし、男を悦ばせるとか猫撫で声で媚を売るとかは正直出来そうにないが…これ系の話なら俺でも出来るぞ。


一応これでも国王として自国の経済発展には苦慮してきた経験があると自負しているしな。


「だがそれをチクシュルーブ様が許可するかどうか…、今は王貴五芒星の時代だ…我々のような地方領主は五芒星には敵わないしな」


「でしたら陳述してみては…、そう言えば風の噂によれば東部の五芒星クルセイド様も亡くなられたようですしそういう意味でも…」


「え!?君…なんでその事を、それはまだ機密情報のはず…!」


…え?…え!?そうなの!?ヤベッ!まずった!ええっと…。


「実は親戚に元エルドラドの金滅鬼剣師団の団員がいまして…そこから」


「なんだと…!全員に箝口令を徹底していたのに、いいかい?それは重大な機密情報だ、下手に明るみになると混乱が起こりかねない…絶対に、絶対に、ぜぇぇえったいに他言はダメだからね」


「は、はい」


やべぇやべぇ、でも確かにそれが明るみになるとマジで国内に戦乱が起こりかねないもんな。なら伏せておくのは正しいか…まぁ、どうせそのうち隠しきれなくて明るみになるだろうけどな。


「ちょ〜っとぉ!そんな難しい仕事の話は抜きにしましょうよ〜!折角休暇に来てるんですから〜!今日は仕事ヌキ…ね?」


「おお、そうだった。今日は仕事は忘れて楽しむつもりなんだったよ」


すると隣に座っているアンジュさんが俺の話を遮って胸をファイナンに押し当てる。ファイナンはそれなりに楽しんでいたと思うが…最後を除いて。


「おっと、ちょっとトイレに行ってくるよ。最近歳のせいか近くてね」


「はぁーい」


トイレとか淑女に向けていうなよ。と思いながらトイレに立つファイナンを二人で見送ると、アンジュさんが俺をギッと睨み。


「あ、貴方他所行っていいわよ」


「え?なんで、教育は?」


「そ、それは…それはもういいの、他の適当なテーブルのお客さんの相手してて、思ったより今日は大物が釣れたんだから…あんたみたいな新入りに邪魔されてたまるもんですか」


ああ、なるほど。ファイナンは確かに大物だ、それはアンジュにとっても見過ごせない相手だろう。となる俺みたいな新入りは邪魔か…。


俺としてもファイナンは逃したくないが…ここで他の女に目をつけられてもあれだしな。仕方ない…他所行くか。


「じゃあ失礼します」


「はーい、がんばってねー」


にしても、女ってのは怖いな。ギラギラしてるっていうか…アイツファイナンを食う気満々だぜ、こんなところで美味しく酒なんか飲めるのかね…。


と思いつつ俺は水の入ったコップを持ちながらホールに立つ。さて…適当なテーブルに行けと言われたが…何処に行けばいいんだ?それさえ教えられてないから分からんぞ。


『ぐわはははー!』


『キャーん!ストロ様ったらお強ーい!』


『ぐっふっふっふっ、オレ様に勝てる奴はいないのかー!』


「ん?面白そうな話をしてる奴がいるな…?」


ふと、中央付近のテーブルを見ると…何やらガタイのいい男が女に囲まれて筋肉を誇っているではないか。何やってんだ?面白そうだな、俺も混ぜてほしい。


「いやぁストロ様はお父様に似てお強いですなぁ」


「フッフッフッ、何せオレ様の親父はサイディリアルであのマクスウェル将軍の補佐をしてる男だぜ?戦をすれば一騎当千!きっと大戦が起こればあの猛将ゴードンの如き働きをしてくれるだろう!そしてその血を継ぐオレ様もまた最強!」


「流石!ストロ・バルディッシュ様ならば必ずや最強の将軍になれるでしょう!」


周りには取り巻きと思われる男達が同じように女を充てがわれている。どうやら親父が軍の高官らしい男…ストロ・バルディッシュという男はもうムキムキの上腕二頭筋を誇りながら周りの取り巻きと腕相撲をしている。


バルディッシュか…うーん、あまり聞いたことは無いが確かにマレウスの軍高官にそんな奴が居たとは聞いているぞ。確か…結構な古株だったはずだ。


ってことはこいつ、一応由緒正しい家の子ってわけか…。


「さぁ次はお前だ!やるぞー!」


「いやぁ勝てますかなぁ…、では!」


「フゥゥウンッ!」


「あたー!?や、やられたー!」


「キャーー!!カッコいいーー!!」


互いに手を取り腕相撲をして、ストロは力を鼓舞するように取り巻きをバターンと何故飛ばす…なんか、茶番みたいな遊びだな。取り巻きに勝って女の子にキャーキャー言われて、いい気になっているようだ…。楽しいのかあれ。


「全く手応えが無いぜ!もっと強い奴はいないのか!?そうだ!遊楽園エリアに鉄の巨人がいるそうじゃ無いか!アイツともやってみたい!呼んでくれ!」


「え…シジキ様ですか?シジキ様は大変お忙しく…」


「なんだとぅ…!」


しかもシジキと戦おうとしてる、流石に無茶だろ…いや、もしかしてアイツはそれだけ強い奴と戦いたいのかも。ってことは…俺なら楽しませられるんじゃ無いか?


よし…!


「あのー、でしたら私が相手をしましょうか?」


「あ?誰だこいつ…」


「さ、さぁ…」


ふと、ストロに近づいて話しかけると、周りの女と共にキョトンとし始める。それを前に俺は小さくお辞儀をして…。


「ラグーニャと言います、今日からここで働いています」


「新入りの子?い、いやここは私たちが対応してるから…」


「ハッハッハッ!こんな小さくて可愛い女の子がオレ様の相手?仕方ない…ここはちょっと、プロの凄さって物を見せてあげようかなぁ〜」


何のプロかは知らないが俺を見て鼻の下を伸ばすストロは俺の相手をしてやるとばかりに上機嫌に笑い、テーブルの上に腕を置く、よし…じゃあ楽しませてあげようかな。それが仕事ですしね!


「じゃあ、お願いします」


「ああ…フゥゥウンッ!」


ギュッと手を握り開始の合図を待つ。きっとこいつは強い奴と戦うのが楽しいタイプだ、俺もそういうのは分かるよ。


しかし腕相撲か、アルクカースの子供達もこういう力比べみたいな遊びが好きだ。かくいう俺も幼少期にはこういう遊びをよくやった、水をいっぱいに張ったバケツをいくつ持てるか…とか言う単純なやつをな。ベオセルク兄様とよくそう言う遊びをしたが…一回も勝てなかったなぁ…。


「ヌヌヌ…えっと、力を抜き過ぎたかな…中々やるねぇ、だがここから本番だ…!」


「……………」


チラチラ周りを見る、しかし、誰がスタートの合図をするんだろう…俺ずっとこいつと手を握ってるの嫌なんだけど。


「グヌヌヌッ!ふぐぐぐぐっ!んぐーッッッ!!」


「………あの、スタートの合図っていつされるんですか?」


全然スタートの合図がされないので近くの女に聞いてみる、すると彼女はキョトンと目を開きながら。


「えっと、もう始まってると思うけど…」


「え!?そうなの!?」


「ふぎぎぎぎぎぎ!ぐぎぃーっっ!!」


え?でもこいつさっきから変顔して遊んでるばかりだし…まだ始まってないものかと、手加減してくれてるのか?じゃ…じゃあ俺も手加減してちょっとだけ…。


「よいしょ」


「ほげぇーっっっ!?!?」


「お!凄い!凄い飛びましたね」


軽く腕を向こう側に倒すとこれがまた凄い、ストロの奴いきなりテーブルから飛び出してピョーンと壁側に向けて飛翔したのだ。すげぇ面白い、こういう芸風なのかな。ここは笑った方がいいよな。


「あははっ、ストロさまおもしろーい」


「全ッ然面白く無いわ!あんた馬鹿じゃ無いの!?」


「トチ狂ってんの!?」


「え…!?」


「す、ストロ様ーっ!?」


取り巻き達は慌ててストロの方へ走っていき、ストロも地面にぶつかり目を丸くしている。頭にはたんこぶが出来ているが…痛みよりももっと衝撃的なものを見たように俺を見て。


「え?何?何が起きた?滑った?俺力を入れすぎて滑っちゃった?」


「き、きっとそうですよストロ様!ストロ様があんな小さな女に負けるわけないですし」


「だ、だよな!なはは!…ははは」


アイツ…あんまり強く無いな、筋肉はあるが多分無為に鍛えているだけだ。戦場に立った事もないし多分喧嘩もしたことないんじゃ無いか?それで良く逢魔ヶ時旅団の幹部に喧嘩売れたな。


「よ、よーし気を取り直して、飲むぞー」


そう言ってストロは俺を化け物でも見るような目で見つつこちらに戻ってきて他の女達と共に飲み直そうとする、どうやらさっきのは無かったことになったらしい。そして多分…俺もなかったことにされてる。


すると…。カウンターの方から男性スタッフが寄ってきて他の女達に…。


「失礼します」


「あら、何かしら」


「実は…」


と耳打ちをするのだ、すると周りの複数の女達は。


「え!?本当!?」


「はい、なので…」


「わ、わかった!すぐ行く!…ごめんなさいストロ様ぁ〜他のお客様に呼ばれてしまってぇ」


「は、はぁっ!?なんだと!?」


「なので私たち、そっちに行きますねぇ」


「お、おい!」


どうやら他の客から指名が入ったらしい、他の客の女を取れるほど…その客は金を払っているということだろう。無情にも俺に負けて尊厳ズタボロのストロは見事に女を全員掻っ攫われ、この場には男だけが残る…俺も本質的には男だし。


「く、クソォ〜!何処のエロ親父だ!俺の女を奪いやがったのはーっ!クソクソッ!ここは一発…俺がガツンと言ってやる!」


「ストロ様!あっちですよ!あっちに凄い女が集まってる場所が!」


「あそこか!よーし!」


するとストロはホールのど真ん中で女をかき集めて遊んでいるであろう客のところへ突っ走り、女達をかき分けてその客に文句を言いに行く。


しかし随分豪勢な遊び方だ、逆に好感が持てるぜ。酒も女も全部掻っ払って一夜を彩る…うん、この店の遊び方というのは未だによくわからないが、そういう楽しみがあるのは理解出来る。


男として、凄まじい遊び方なのはよくわかる。俺もちょっとそいつの顔でも見てみるかな…と思いストロの後を追う。


すると。


『やいテメェコラ!俺の女をとりやがって!ただじゃおかねぇぞ!…って、あ…ああ!?』


『ああ?誰だお前…楽しく酒飲んでるところを、邪魔しやがって…ッ!』


『ちょっ!?やめ…ぐべぇっ!?』


瞬間、ストロが女をかき分けて再びこちらに飛んでくる。頬には赤い傷…殴り飛ばされたのだ。それでストロはすっかり怯え切ってしまい…いや、それ以前にストロは『アイツ』を恐れてるんだ。


ストロを殴り飛ばした客は女達をかき分けてこちらにやってきて…。


「ん?おや、よく見てみればお前…ストロ君じゃ無いか」


「ヒッ!な…なんでお前がこんなところに」


「お前?…どうやら訓練時代の私と君の関係性を忘れてしまったようだ…なぁっ!」


「ひぃいい!」


ソイツは、拳をパキポキ鳴らし…紺色の髪を揺らし、生意気な顔をしてギロリとストロを睨む。そんな奴の顔を見てストロは怯え…俺は。


その見覚えのある顔に、驚愕する…。驚愕するんだよ!びっくりだ!だってこいつは…!


「私の名前を言ってみろ…!」


「ヴィ…ヴィンセントさんです!ヴィンセント・ルクスソリス!」


「そーだよ、また私にいじめられたくなかったら…とっとと消えろ!」


「はぃいい!」


逃げ去るストロに目もくれず、俺はそいつを…ヴィンセントを見る。


ヴィンセントだ、ヴィンセント・ルクスソリスだ!プリシーラ護衛の際立ち寄った丘の街パナラマの領主ゴードン・ルクスソリスの孫!エルドラド会談でも俺達を助けてくれたヴィンセントが!ここに!


こいつもここに来てたのかよ!ファイナンと言い全員来てるんじゃ無いのか!?


「流石は猛将ゴードン・ルクスソリスの孫にしてマレウス最強のエクスヴォート・ルクスソリスの弟さんですねぇ!」


「姉様の名前は出さないでくれ…、和解はしたけど…まだ複雑な関係なんだ」


「そ、そうでしたか。それよりお酒は…」


「ああどんどんもってこい!金は大量に持ってるからな!今日は飲み明かすぞー!」


(ヴィンセントの奴…そんなに金持ってたのか…?)


見知った顔であるヴィンセントは既に大量の酒と女を手元に置いており、かなり豪遊しているように思える。そういえばルクスソリス家はネビュラマキュラからも重用される名門の武家だったな。


しかも祖父はあの猛将ゴードン、姉は国内最強のエクスヴォート。ルクスソリス家の名声はそんじょそこらの家とは別格と言ってもいい。そして貴族の名声とは即ち金銭にも直結する。


西部貴族随一の影響力を持つヴィンセントならあの豪遊も頷ける…それに、こいつはファイナンと違い顔見知りどころか協力したこともある。


こいつだ!こいつを使えばVIPエリアに行ける!


「ヴィンセント!」


「はぁ?誰だお前…随分生意気な嬢がいるじゃ無いかこの店は」


「え…?あ…そっか」


「あ、あんた!無礼な真似はやめなさい!」


咄嗟に声をかけたがヴィンセントは俺に気がつかない、剰え周りの女に怒られてしまった。そうだった…今俺は可愛らしい女の子だった。これじゃあ声をかけても気が付かれない…。


だが名乗るわけにもいかないし…クソッ!なんとかなりそうなのに、このままじゃ話すらままならない!どうする!どうすればいい!


「ではお酒お注ぎしますねぇ」


「ああ頼むよ」


そう言いながら女がヴィンセントの隣に座り酒を注ぐのが見える…あれだ!


「ッ……!」


慌てて俺は転身し、酒の置いてあるカウンターに向け全力疾走し…。


「すみません!お酒ください!」


「注文ですか?」


「あそこのヴィンセント…様から、注文です!この店で一番高い奴!」


「ああ、なるほど。でしたらこのマレウスプレミアムブレンドを」


「ありがと!」


「ちょっ!?それ高いんですから大切に扱ってくださいてね!」


カウンターの受付から酒瓶を強奪し再びヴィンセントの元へ走る。すると既にヴィンセントはコップを空にしており…次の酒を待っている。しめた!


「あ、コップが空ですねぇ、ではお注ぎしま…」


「ちょい失礼!」


「え!?ちょっと!?」



そのまま俺はソファの後ろから酒を注ごうとする女の首根っこを掴み引っこ抜くように持ち上げ強引にヴィンセントの隣に入れ替わるように座る。


「なにすんのよーっ!」


「ちょ、ちょっと君…どうしたんだ」


「いえ、どうしてもヴィンセント様にこのお酒を飲んでほしくて…私…」


「うっ、かわいい…」


全力で目をウルウルさせながら酒瓶を抱く、どうだ!これ!可愛いだろ!このまま押し切る!


「ちょっと!ヴィンセント様は私のお客よ!横取りしないで!」


「五月蝿い!彼女は私に酒を持ってきてくれたんだ、一杯くらいいいだろう」


「うっ、それは…」


「君、頼むよ」


しめた…そこで俺は差し出されたコップに酒を注ぎながら一気にヴィンセントに密着し…。


「きゃーっ!ヴィンセント様を誘惑しないでー!」


「あんたちょっと節操なさすぎ!」


「このアバズレ〜ッ!」


なんで周りの女の言葉を無視して俺はもっと密着しヴィンセントに顔を近づける…するとヴィンセントはやや頬を赤くしながらこちらを見て。


「き、君。流石に近すぎるよ、そういう強引な誘惑の方法は好きじゃ無いよ」


何言ってんだこいつ…ええい!気がつけよ!頼むから!と俺は耳元で周りに聞こえない音量で声をかけ。


「ヴィンセント…ヴィンセント!」


「な、なんだいそんな呼び捨てにして…そ、そんなに私が好きなのかい?」


「何寝ぼけたこと言ってんだ!俺だよ!俺!ラグナ!」


「は?何言ってんだい君は…」


コソコソと息を吐くような音量で話し合うが…ヴィンセントは俺に一向に気がつかない。寧ろ怪訝そうな顔で俺を見ると。


「ラグナ様は男だぞ、確かに髪色や目の色は同じだが…君みたいな可憐な子じゃなくてもっと凶暴そうな人だよあの人は。魔獣なんかクソ漏らして逃げちゃうくらい怖いんだよ」


「悪かったな…クソ漏らすほど怖くて」


「だから君はラグナ様じゃ無いよ、そもそも彼がここにいるわけないし君は女だし…」


ええい!仕方ない!強引に思い出させる…!


「なら…これならどうだッ…!」


全力で闘気を放つ。眼光に集めヴィンセントだけに届くように俺は女の顔でも隠し切れない鬼の目を見せヴィンセントを睨みつけると…。


「ヒッ!?ヒィッ!?」


「思い出せたかよ…猪武者…!」


「ま、まま…まさか本物…、え?本物のラグナ様?え?なんで!?」


「俺の仲間の魔術で女に変装してるんだ…!」


「えぇっ!?じゃあ君は…いや貴方は本物の…ッ!?」


ダクダクと冷や汗を流しながらギコギコと表情を変えるヴィンセントは信じられないとばかりに俺を見る。ようやく気がついたか…一応正体は隠してるから内緒にしてくれと俺は口元に指を当ててシィーッと息を吐く。すると…。


「ちょっとあんたいつまでくっついてんのよ!いい加減離れなさい!」


「おおっと!?」


周りの女が束になって俺を引き剥がそうとドレスを引っ張るのだ、咄嗟のことにバランスを崩しそうになる…。女の執念って怖えな…ッ!


すると…その時。


「やッ!やめろぉぉおおッッ!ここ…この方…いやこの子に触れるな!刺激するなぁああ!!」


「え!?ヴィンセント様!?」


いきなり立ち上がり冷や汗を滝のように流したまま周りの女を振り払うように叫ぶのだ。


「いいから!もういいから!この子を怒らせないでくれ!本当にやばいから!マジで!この子が怒ったら…私は終わりだ!」


「何が…ヴィンセント様をそこまで夢中に…」


「もういいから…頼むからこの子と二人っきりにしてくれ…もう他のテーブルに行ってもいいから、みんな…」


「う…く、悔しい…!あんな単純な誘惑で…」


散ってくれとヴィンセントは両手を使って女の子達を方々に散らせ…俺と二人っきりで話せる状況を作ってくれる、ありがたい…そして申し訳ない。


「悪いな、ヴィンセント…ややこしい状況にさせて」


「い、いえいいんです…」


「っていうかお前俺のことなんだと思ってんだよ」


「い…行く先々でいろんな組織をぶっ潰すやばい人…」


なんだそりゃ…いやまぁ事実かもしれんが…。お前そんなに俺が怖かったんだな…。


「まぁそれを抜きにしてもラグナ様には大恩があるので…このくらいなら」


「そう言ってくれると助かるよ、色々あって正体隠しててさ…事情理解してくれる協力者がいるとありがたい…っていうかお前はここで何してるんだ?お前確かチクシュルーブを嫌ってなかったか?」


ルクスソリスこそ西部で一番の貴族!的なスタンスだっただろお前、だったらこんなところで遊ぶっておかしく無いか?とジト目で見つめると…。


「あ…ははは、いやぁ…チクシュルーブが最近勢力を伸ばしていると聞きまして調査に…」


「お前…もしかしてちょくちょくここに来て遊んでるな?しかもゴードンさんに内緒で」


「ぅぐっ!?」


図星かよ…まぁ別にいいんだがな、にしてもそうか。西部は娯楽が少ないしな…こういう場所があるなら利用したいよな。


「そ、それで…ラグナ様の方はこちらで何を?また何かと戦っているんでしょう?」


と、強引に話を切り替えるヴィンセントにややため息をつきながらも俺は酒の注がれたコップをヴィンセントに渡しつつ。


「今俺はチクシュルーブの裏側を調べているんだ、何やらやばいことをしてそうだからな」


「なるほど、私に手伝えることはありますか?」


「ああ、ある。是非手伝って欲しい…」


「なんでも言ってください、ラグナ様には大恩がありますのでね。私の力になれることならなんだってしますよ。まぁ戦闘面では役に立てるか怪しいですが…」


いやいや、十分ありがたいよ。だからヴィンセントには…。


「俺に100万ラールを使ってくれ。そうすればVIPエリアの裏側に行けるんだ!」


「ひゃっ!?100万ラールッ!?」


「行けるか?」


「いや全然ありますけど…、ウチはチクシュルーブの増築に当たり人手を貸したこともあり莫大な量のラールを頂いてますので…、それを消費する意味合いでもここに来てる訳ですからね」


ああ確かに、パナラマには屈強な男がたくさんいるし…、そこでもらったラールはここじゃ無いと消費できないしな…。


「なら使ってくれ!」


「い、いやぁ…でも流石に額が額ですし…」


「ゴードンに言うぞ」


「うっ!わ…わかりました…他でも無いラグナ様の頼みなら!このヴィンセント!やってみせましょう!寧ろこの一年でヴィンセントが如何程の男になったか!刮目してください!」


「助かる!後で金は補填するよ!魔女通貨だけど!」


「そっちのがありがたい!よぉーし!おーい!酒を持ってきてくれ!この子の為に!店で一番高い酒を!山ほど!」


そして立ち上がったヴィンセントは店に向けてドーンと一発、どデカい注文をするのだ、流石だぞヴィンセント!すげぇよ!男前だ!


そのまま運び込まれてくる大量の酒瓶達、えっちらおっちら男のスタッフが急いで運んできて俺たちのテーブルにドンドンと置かれるのだ。


「こ、こちらになりますヴィンセント様!」


「ああ、でこれいくらくらいになる」


「しめて60万ラールになります」


「ウッ、高い…けどまだ足りない、料理だ!料理持ってきてくれ!この子の為に使うぞ!この子の売上になるよな!」


「え、ええ…料理ですね!直ぐに!」


「急げよ!」


その後すぐに大量のステーキやらサラダやら、ドンドンと持って来られテーブル一つでは足りなくなりいくつかのテーブルを繋ぎ合わせ…俺達の前には大量の酒と料理が用意される。うん、これなら100万行ったんじゃ無いか?


「よ、よーし…それでこれでいくらくらいかな」


「100万ラールになります」


「じゃあこの子はVIPエリアに行けるな?」


「え?ええ、ヴィンセント様が彼女を贔屓の子に指名すれば…」


「する!VIPエリアへ行けるなら!」


「ありがとうございますヴィンセント様!それでは手続きしておきますのでお待ちください」


「よぉ〜し…100万ラールかぁ、ま…まぁまぁこの子のためなら」


男性スタッフが去り、俺はVIPエリアへ行ける権利を得る。ヴィンセントのおかげだ、本当にありがたい。


そして俺達の前には大量の酒と料理が並ぶ、それを前にヴィンセントはやや複雑そうな顔をするが…。


「ありがとうヴィンセント」


「いえいえ、ラグナ様の為ならお安い御用でしたよ…お安くはないですが」


「よし、じゃあ手続きが終わる前にこの料理と酒を全部食っちまうぞ」


「エェッ!?これ全部!?」


「当たり前だろ…頼んだんだから」


「え…えぇ〜…」


目前にはテーブル複数個分の酒と料理の海。これを消費し切らない限り俺達はVIPエリアに行けない。だからまずはこれを全部腹に入れちまおう。


「俺は酒飲めないから料理をやるよ、ヴィンセントは酒を頼む」


「えっ!?酒って…ボトルで数十本ありますよ!?流石に…これ全部飲んだら、死んじゃいますよ…」


「そ、そうか?…いやそうか…参ったな…」


料理ならいくらでも入るが酒はな。俺は酒をちょっと飲んだだけでこう…理性の皮が剥がれて獣みたいな本性が出てきてしまうような酔い方をすると言われている。他人事のように言えてしまうレベルで俺は酒を飲むと前後不覚になる。


今、正体を隠している状態でそんな酔い方をするわけには………ん?


(俺の顔…そういえばホリン姉様に似てるよな…)


アマルトは言っていた、これはただ女に変えるのでは無く『俺が女に生まれていた場合の姿に変える』と。だから本質的な話をすればラグナとラグーニャは別人…と言うことになる。


なら、これは賭けだが…体質そのものも違うのではないか?だとするなら俺は今…。


「よしっ!酒も俺が飲む!」


「え!?ですが…」


「大丈夫!行けるかもしれない!」


グッ!とボトルの蓋をひねり、ボトルの上部分が引き千切れる。そしてそのまま俺はその穴に口をつけ…。


「んグッ!」


飲む、酒を飲む。戒めた酒を飲む…すると。


「やっぱ酒美味しい〜ッ!それに全然酔わない…!」


いつもみたいに頭がクラクラする感覚が全然ない!やっぱり!今の俺はホリン姉様のような体質になってるんだ!


「大丈夫なのですか?」


「ああ、どうやら女になった影響でホリン姉様みたいになってるみたいだ」


「ホリン?」


「アルクカースで一番…いや世界最強の酒豪だよ!全部飲んでやるーっ!」


行ける!ホリン姉様みたいになってる今なら全部いける!次々とボトルに穴を開けそれを全部頭の上に持っていきガブガブ飲んでいく、が!酔わない!


寧ろうまい!水みたいに体に染みる!体に染み渡る!くぅ〜!この体最高〜ッ!


「うまうま」


「ら、ラグナ様…カッコいいですって、マジで」


「何変な目で見てんだよ、それよりお前も食えって」


「あ!そうでした。ではご相伴に与ります」


「いやお前の飯だろ…」


金払ってるのお前だし…。なんて言っている間にも酒を飲み干していく、しかし男の身だと酒が飲めず女の身だと酒が飲める理屈が分からんな。もしかしてアルクカース王族の男はみんな酒が弱いとか?いや父様は普通に酒飲んでるし…もしかして兄様達は弱いのか?


分からん、そう言うもんだと思っておくか。


「終わり!」


「お見事ですラグナ様、酒も食事も全て平らげるとは、流石の健啖ぶり」


「お前一皿だけでよかったのか?」


「いやまぁ…普通にこれ量ありますし…」


なんか悪いな、俺ばっかり食べて。支払いはヴィンセント持ちだろ?…まぁ、後でアルクカースの国庫から返済するつもりではあるが、それでもな。


「さて、VIPエリアに行くか」


「ええ、そこの裏側に何かあるのですよね。お供します」


「頼むよ」


これでVIPエリアに行けるようになった、まさか半日程度で行けるとは…まさしく天の恵み、天運の巡り、最高だ。取り敢えず一旦ヴィンセントに店の支払いを頼んで俺は店先で待機していると。


「あ、あの子なんなの…さっき採用されて秒速でVIPエリア対応になるなんて…」


「もしかして、伝説…?」


「ん…?」


チラリと店の方を見ると、さっきの女達が俺を見て悔しそうに歯軋りしている。そうか…彼女達のチャンスを奪っちまったか、まぁ…でも、いいじゃん。一回くらいさ、それにここで俺がしくじったらみんな死ぬんだし、死ぬよりはいいだろ?


「支払い終わりましたよ、ラグ…ラグーニャ」


「ありがとうございます、ヴィンセントさん」


「う、貴方にそう言われると何やらむず痒いですね。もう少し気安く話しかけていただいて良いのですが」


「そうもいかん」


「そうですか、ではいきましょうか」


「はい、そういえばお前弟いたよな、あれはいないのか?」


「いません、置いてきました。アイツは性欲が強いので」


「お前なぁ…、弟は大切にしてやれ…」



「う、エスコートまでされちゃって!」


「次期ルクスソリス家の当主…正直、ワンチャン狙ってた」


そうして俺達は店を後にして、再びピンクい街を歩き…中央にある柱、アナスタシアのいる街を分けるラインへ向け歩き出す。


「して、今回戦っている相手は…」


「あそこの柱の上にいるだろ一人、あれが敵の幹部だ」


「なんと、あんな公然と…やはりチクシュルーブが関わって…」


「ああ、あんまりジロジロ見るな。下手に気付かれると殺されるぞ、さっきもそこで人が殺されてた」


「の割にはみんな普通というか…いや、そもそも普通ではないのか…VIPエリアの近くにいるやつというのは」


「かもな」


「でもあのアナスタシアというのはラグナ様が警戒するほど強いのですか?」


「ああ、もしかしたら俺より強いかもしれん」


「なんと…それはまた…大物で」


アナスタシアは相変わらず向こうの方を見て忙しそうにしている…が、きちんとこっちにも意識が向いている。ラインに近づけば近づくほど意識が濃くなる、これ以上近づくとやばいぞ…ってくらい濃くなったあたりで。


「ヴィンセント」


「はい!」


バッ!とヴィンセントが懐から取り出す…先程支払いの時に貰ったVIPエリア通行証、ヴィンセントならVIPエリアに行っても問題ない格があるし、俺も100万の売り上げを出した…ルール的に問題ないはずだ。


「…………んー?」


するとアナスタシアはこちらをチラリと見ると。


「通ってよーし」


と、軽く手を動かして通行の許可を降す。よし、よし!VIPエリアに入れた…ここからが勝負だぞ。


「いくぞ、ヴィンセント」


「はい、ラグーニャ様」


そして、俺達はVIPエリアへと足を踏み入れ…奥へ奥へと進んでいく。ここからが勝負だ、ヴィンセントのおかげでVIPエリアに入れた、後は上手くスタッフオンリールームへと入る必要があるが…さてここからどうするか。


「ん、これがVIPエリア…ですか」


「なるほど、通行の許可を必要とするわけだ…」


ふと、足を止めてVIPエリアの様子を見る。街並みは通常エリアと変わらない…が、変わったのは客層だ。


「ほれほれ〜、捕まえちゃうぞ〜」


「いやーん、スケベ〜」



「んん〜、セリーヌちゃんの足は美味しいな〜」


「そんなところばっかり舐めないで〜」



「女を三人呼んで六つの乳首と三つのヘソでマルバツゲームしましょう」


「最高のアイデア」


いるのは仮面をつけた変態達。それが素っ裸で裸の女を追い回したり、足を舐めたりしてる。それが街中で公然と行われているのだ、頭のおかしい光景と言わざるを得ない…モラルとかない感じだ。


でも…ある意味これが一番『贅沢』と言えるのかもしれない。煩わしい世間体や世の中の常識、人間の道徳や倫理観を捨て去り、街中で堂々と性交渉しても咎められず、それでいて最高の女や男を揃えられる。


人間、頂点を極めると獣になるのか。


「とんでもない光景ですな、なんというか…同じ人間として恥ずかしいと申しますか」


「ハッ、俺とお前もああやって遊んでみるか?お前は俺を買ったんだから」


「えっ!?」


「冗談だよ」


「うう、勘弁してください。今のラグナ様の顔…思いっきりタイプなんですから」


「そうなのか?なら俺の姉様を紹介しようか?そろそろ三十超えるが」


「流石に年齢が離れすぎですねそれは……というかその人アルクカース王族では?うーん、荷が重い…」


ぶっちゃけホリン姉様も婚期逃しそうだし、結婚してくれるならありがたいんだけどな。あの人自身が全く結婚する気がないってのが問題ではあるんだが…現状アルクカース王家の血を引く次世代の子がリオスとクレーしかいないのが問題だな。


「して、これからどうします?流石に私も裏方に侵入するのはまずいでしょう」


「そうだな…」


街の奥に見える鉄の扉、あそこに入れればそれでいい。だが…。


(この扉はアナスタシアからよく見える位置にある。流石に入るところを見られたら怪しまれるよな…)


後ろの方を見ると、遠くに柱の上に座るアナスタシアが見える。こちらから見えるということは奴からもよく見えるだろう。正直後ろめたい目的のために入るわけだし…アナスタシアに入るところを見られるのはまずいよな。


となると……仕方ない。


「ヴィンセント、なんか目立つことしろ」


「えぇっ!?め…目立つこと…!?」


「ああ、アナスタシアの気を引いてくれ」


「い…いぃっ…、私がですか…!?」


チラリとヴィンセントはアナスタシアを見る、ヴィンセントがアナスタシアの気を引いてくれればその間に入れる…気を引いてさえくれればそれでいいんだ。無茶なのは分かってる…けどその上で頼んでるんだ。


「そんなのどうすれば…」


「アナスタシアはスケベなのが好きらしい」


「うーん!なんか役に立ちそうで立たない情報〜ッ!」


「頼む、奴らの目的が成就した暁にはまずサイディリアルを消しとばすとか言ってるらしいんだ」


「なっ!?それは本当ですか!?」


「ああ、だから止めないといけない。止められないと…とんでもない数の死人が出る」


「……………」


そんな話を聞いたヴィンセントは拳を握りプルプルしながら…決意を秘めた目で俺を見て。大きく頷いて見せた。


「わ、分かりました。ルクスソリスはネビュラマキュラ王家に忠誠を誓う義の一族。王家の為とあらばこのヴィンセント…恥だろうが汚名だろうが被る所存!」


「よく言った!」


「アナスタシアは私にお任せください!必ずやその気を引いて見せましょうぞ!」


「ああ!最高の男だよお前は!」


クルリとその場で反転しヴィンセントは一気に走り出し、その服に手をかけ一気にバッ!と脱ぎ捨て全裸になり…って!!えぇっっ!?


「うぉおおおおおおおおおおおお!!!!」


『な、なんだあの変態は…』


『あ…あそこまで倒錯するとは…一体どんな幼少期を送ったんだ…』


『負けた…変態度合いで…このワシが…』


走る、走るヴィンセント。全裸で雄叫びをあげながらVIPエリアを疾走していく。ブンブン振り回しながら華麗なフォームで走るその様に周囲の変態親父達も冷や汗をかき何故か負けを認め始める。


す…凄いぜヴィンセント、事情知らなきゃマジの変態に見えるぜ…!こりゃやれるかもしれない!


そして、ヴィンセントはVIPエリアのど真ん中にたどり着き…アナスタシアのいる柱に向け組付、ニジニジとよじ登り始め…。


「うぉおおおおおおおおおお!アナスタシアぁあああああああ!」


「ん?……ん!?なになに!?なに!?なんか来たんだけど!?」


「私はァアアアアア!!!お前を気に入ったァアアアアア!!!お前を買いたいィイイイイイ!!」


「ヒッ!?何あのど変態!?」


「好きだァアアアアア!!!」


「ぎゃああああァアアアアア!!!」


一気に柱をよじのぼりアナスタシアのいる場所まで辿り着くなり、体を大にしアナスタシアの前にドンと体を晒す。その様を見たアナスタシアはギョギョと顔を青くしていく。


「私と遊ぼうじゃないかぁあああああ!!」


「ぎゃああああ!ヤダヤダ来ないで!アタシはここのスタッフじゃないのー!!」


「え?スケベなのが好きなんじゃないの?」


「これの何処がスケベだよ!気ィ狂っとんのかオドレはッ!」


「まぁいい!もうこの際相手してれなくていい!私を見ろぉおおおお!!」


「いやァーッ!!!助けて団長ーッッ!!」


チラッとヴィンセントがこちらを見る…ああそうだった!ヤベェヤベェ見入っちまった。ヴィンセントが体を広げているおかげでアナスタシアの視界も制限されている!今なら入れる!


(ありがとうヴィンセント!お前の犠牲は無駄にはしない!)


漢ヴィンセント…その勇姿を目に焼き付けながら俺は一気にスタッフオンリールームの扉を開け中に入る、ありがとう…ヴィンセント。


………………………………………………


「さて、ここも内装は似たような感じだな…」


忍び込んだ先は鉄の回廊、鉄の編みで作られた床の下には鉄の管がぎっしり詰められており、鉄格子の壁の向こうにも管が並ぶ。恐らくこれはエリア全体を動かす為魔蒸機関で作ったエネルギーを供給するための管だろう。


もし俺がここでいきなりトチ狂ってこの廊下にある管を全て破壊した場合、瞬く間に娼楽園エリアは機能不全に陥るだろう。こんなことしない事しないけどさ、したら隠れてる意味がなくなる。


「さて、レゾネイトコンデンサー君は何処かしら。うふふ」


足音を殺して歩き回る、っていうか今考えてみたらここにセントエルモの楔を持ってきてメグを引き入れればよかったな。失敗したかも…と思いつつ廊下を歩いていると。


「ふむ、こっちかな…お?」


一つ曲がり角を曲がると…あった、例の立ち入り厳禁の分厚い鉄の扉。あれレゾネイトコンデンサーがあった部屋と同じ扉だよな。まさかこんな簡単に見つかるとは。


「一応ここにあった…ってアマルト達に言えばそれでいいんだよな。でも…」


一体このレゾネイトコンデンサーってのはなんなんだ?何に使うものなんだ?用途も分からず俺達はこれを勝手に重要なものと定めてるだけで…実際は全く関係ないとかないよな。


いやだぜ俺、ここ大一番で実はこれが関係ないものでしたとか言われるの。


(ちょっと調べてみるか…ん?)


ふと、鉄の扉に手をかけると…開いた。鍵がかかってない…しめた!なんか分からんが開いてるぞ!中に入れる!


(丁度いいや!中に入って調べてやろっと!)


そうして俺は扉を開けて中に入る。すると前見た時と同じように部屋の真ん中には機械の集合体のような柱が鎮座している。これの機会の柱がレゾネイトコンデンサーなんだ。


(ううーん、近くで見ても分からんなぁ…そういえばメグさんが見ても分からなかったんだったか?そうなったらいよいよこれが何か調べようがないぜ?)


俺は柱の周りをグルグルと回りながら念入りに観察する。が…正直俺には何が何やら、アルクカースはそもそも機械を多用しない国だし、当然そこの国の王である俺もそんなに詳しいわけでは…。


でもこれがもし計画に必要なものなら今のうちに壊しくておくのもありか。いや…ダメだ、メグが言ってた、これは機械だから壊しても直したり代わりのものを用意出来るって、それじゃあ壊しても意味ないよな…。


『あれ?扉が開いてる?誰かいるのか?』


(やべっ!?しくった!)


瞬間、俺が開けた扉を見てそとから警備をしていたと思われる黒服が入ってくる。俺は咄嗟に柱の影に隠れたが…やばい、隠れる場所がない!警備兵が柱の裏を覗くだけで見つかっちまう!


『ん?誰もいないのか?しかし何故開いて…おーい』


(ど、どうする!?マジでやばいぞ?流石に部屋の中に入ってたら前回みたいに誤魔化しは効かない!となると…えっと。えぇっと!)


考える必死に考える、その間にも警備兵が部屋の中に入ってくるのを感じる。まずい…見つかる!





……いや、待てよ?いい事思いついちゃったかも。


………………………………………………………


『おーい、おーい!誰かいないかー!急いで来てくれー!』


「な、なんだ!?」


突如響いた警備兵の声に反応したのは、スタッフルームにいた技術者達だ。彼らは声のした方へ走るとそこはレゾネイトコンデンサーを格納してある部屋で、警備兵は帽子を目深く被り鉄の扉から顔を出しており。


「どうしました!」


「それが今レゾネイトコンデンサーを見回っていたら、何やら故障してる部分を見つけて」


「なんだって!?そりゃ大変だ!直ぐに修理しないと!何処が故障してたんで?」


「ここだ、見てくれ」


「どれどれ?うわ…やっべ〜」


技術者達は黒服の案内でレゾネイトコンデンサーを見てみると、ケーブルの一部が潰れるように破損しているではないか。これで起動させたら大変なことになる。そう青ざめた技術者達は慌てて道具を持ち寄りケーブルの修理に取り掛かる。


「なんなんだこれ、全く…どうしてこんな壊れ方を」


「大方、誰かがここに機材を運び込んだ時躓いて荷物をケーブルにぶつけたんだろう。ほら、最近最終点検があっただろ?」


「点検中に破損させてちゃわけないぜ…、ああそこの貴方、よく見つけてくれましたね。ありがとうございます」


「いえいえ」


そう言って修理を始めた技術者達の後ろで黒服は恭しく礼をする…が、その内心で…。


(んふふふ、俺だって気がつかれてないな…)


と、黒服は帽子の裏で笑う…いや、黒服ではないな。ラグナだ。


先程部屋に入ってきた警備の黒服を一撃で昏倒させ、その服を奪って変装したのだ。気絶させた黒服は既に天井裏に隠してある、当分目覚めることはない。


そして、服を着て襟を立たせ帽子を深く被り。師範直伝の変声術でさっきの黒服の声真似をすればあら不思議、何処からどう見ても逢魔ヶ時旅団の警備兵の出来上がりって寸法よ。


こうやって成り変われば、見つかる心配もないってわけよ。更に技術者達を呼んだのは…。


「…ところで、このレゾネイトコンデンサーって何に使う物なのだろうか」


「え?」


そんな風に聞いてみる、当然そこの故障した箇所は俺が壊したものだ、そうやって壊して技術者を呼んで…いろいろ聞いてみるつもりなんだ。これならあれこれ推察しなくてもそのまま答えが聞けるしな。


「えっと、これについてはもう説明されてるはずですよね」


「すみません、実は機械とかそういうのに疎くて。ほら、数日後に計画が動くでしょう?それまでに色々理解しておきたくて…分かりやすくまた教えてくれません?」


「はぁ、仕方ないですね…いいですか?レゾネイトコンデンサーというのは、ソニア様の計画の要なんですよ」


ビンゴ!やっぱりこうすれば答えを教えてくれると思ってたぜ!それに色々聞けそうだぞ…!


「計画の要?これが?」


「ええ、これはね。魔力変換装置なんですよ…ほら、魔蒸機関でタービンを回し、それをそのまま魔力などのエネルギーに変換する技術があるでしょう?」


「あ、ああ」


あるんだ…知らなかった。


「じゃあこれも蒸気のエネルギーを魔力に?」


「いえ、これはソニア様が更にエネルギーを欲して作られた…『電力変換装置』なんですよ」


「電力…電気!?」


「はい、当然発生するエネルギーの量が大きければ大きいほど生まれる魔力も莫大になります。雷は自然界最強のエネルギー体ですからね、それを受け止めて魔力に変換することで膨大な魔力を一気に獲得することができるんです」


「電気を…魔力に」


「そのうち世界は発電と魔力機構が主流になるってソニア様も言ってましたよ」


電気…電気か。なるほど確かにエリスもよく言っていたな、自然界で最も高いエネルギーを発するのは雷だと…そうか、それを魔力に変換するつもりなんだ!


電気を魔力に変換して…変換して…えっと。


「どうするんだ?」


「ちょっと何処まで理解してないんですか、そんなもんヘリオステクタイトの発射に使うに決まってるじゃないですか」


「え…!?」


「今から六日後…ソニア様の気象予測魔術によればこの街に超巨大な雷雲が訪れるとの事でした。その雷雲の中にロクス・アモエヌスの頂上部分を射出し、内部にある雷を回収。それらのエネルギーを配電管を通じてこのレゾネイトコンデンサーに供給…そして」


「魔力を回収し…ヘリオステクタイトをサイディリアルに撃ち込む…」


「そう、そこら辺は理解してるんですね」


…そういう事だったのか。六日後…日にちを指定したのはその日に嵐がやってくるから!その嵐に天まで届くロクス・アモエヌスを突っ込み電気を回収しヘリオステクタイト発射の為のエネルギーを用意するつもりなんだ!


じゃあこのレゾネイトコンデンサーって…ヘリオステクタイトの発射装置の一部!?そうか!アマルト達曰く居住エリアの地下にヘリオステクタイトがあったそうだ、それを囲むように四つのエリアにレゾネイトコンデンサーがあったのはヘリオステクタイトの発射エネルギーを均等に与える為!


(そうか…そうだったのか、雷をエネルギーに…雷雲はこの際どうしようもない…けど、レゾネイトコンデンサーを破壊出来れば…)


「よし直った」


「な、なぁ…そのレゾネイトコンデンサーってさ、もし仮に計画前にぶっ壊れちまったら…どうするんだ?」


「え?まぁその辺も織り込み済みですよ、一日もあれば完全修理が可能です、それに一つでも残っていれば最悪発射は出来ます。安定はしないでしょうがね、四つあるのはまぁ予備用とでも言いましょうか」


マジか、じゃあ破壊するのは当日じゃないとダメってことか!?レゾネイトコンデンサーがある限りヘリオステクタイトは発射出来てしまう。これの破壊は計画途絶に必須…こんなエリアの奥深くにある物を一つ残らず破壊し尽くさないと計画の破綻はない。


それぞれのエリアにエリアマスターがいたのは、レゾネイトコンデンサーを守るためでもあったんだな…。つまりレゾネイトコンデンサーを破壊しようと思うと…エリアマスター達との戦いも避けられないか。


もたらされたのは、まぁまぁ無理難題な話だった。だが…同時に。


(いい事を聞いた!つまりレゾネイトコンデンサーを動かすには膨大な自然エネルギーである落雷が不可欠!そしてその落雷が落ちるのは六日後!それを過ぎればソニアは直ぐにヘリオステクタイトを発射することは出来ない!)


六日後…計画が動き出す日に、ヘリオステクタイトが発射される前にレゾネイトコンデンサー全てを破壊し尽くせば…ソニアの計画は一旦白紙に戻ることになる。阻止出来るんだ…!


(朗報だ、早速アマルト達に伝えよう)


「では修理も終わったので帰りますね」


「は、はーい。詳しく説明してくれてありがとな」


「いえいえ、必ず計画を成功させましょうね」


「あ…ああ」


こいつら、さわやかな笑顔で言ってるが…本当に分かってるのか?この計画が成就すれば、とんでもない数の死人が出ることになるって。もし分かって言ってるなら……悲しいな。


俺は技術者を見送るなり黒服を脱いで、天井裏に隠して置いた警備兵に着せると共に早速レゾネイトコンデンサーを後にする。アマルト達にいい報告ができそうだ!


…………………………………………………


「あれ?ヴィンセントじゃん。お前なんでここにいるの?」


「あ、アマルト様も女に…頭がクラクラしてまいりました」


それから俺はヴィンセントを回収し早速アマルト達のところに戻り、みんなで話し合うためにボトルの中の馬車に入った。既にアマルトもメグもネレイドも馬車の中で待機しており、早速例の報告が出来そうだ。


ちなみに凄い暴れ方をしたヴィンセントだったが、『そういう性癖』ということで片付いた。彼には要らぬ悪評をつけてしまったが『ラグナ様の役に立てたなら…』といじらしい事を言ってくれた。今後は俺も彼に恩を返していこうと思うよ。


それはそれとして…。


「それよりアマルト!娼楽園エリアのレゾネイトコンデンサーの場所が掴めた!」


「もう!?半日じゃん!」


「それとレゾネイトコンデンサーの用途も分かった!」


「有能かぁ〜!?」


「ああ、聞いてくれ…」


そして俺は一緒に来たヴィンセントに対しての説明も含めて今まであった事を全て話す。レゾネイトコンデンサーの用途も含めてな…。


それを聞いたアマルトとネレイドは難しそうな顔をして…。


「つまり、当日レゾネイトコンデンサーを破壊すればいいってことか。簡単に言われてるけど当日は逢魔ヶ時旅団も抜群に警戒してるだろうし、難しいだろうな」


「でもコンデンサーさえ破壊すれば次に雷雲が来るまでは大丈夫って事だよね」


「ああ、そうなるな」


ヘリオステクタイトを発射するには膨大なエネルギーが必要だ。そこを雷を利用して賄おうってんだから当然計画の如何は天候に左右される。故にその日さえ乗り切ればかなり猶予が出来るはずだ…と俺が言ったところメグは否定するように首を振り。


「いえ、レゾネイトコンデンサーを壊すだけでは終わらないでしょう」


「え?」


「アマルト様、思い出してくださいませ。私達が最初ヘリオステクタイトが発射されたあの時…外で雷は降っていましたか?雨なんか降っていましたか?」


「……いや、降ってねぇ」


「え!?」


「恐らくソニアの手元には常に最悪一発だけなら…発射出来る余裕がある、レゾネイトコンデンサー抜きでも」


「そう言えばあの時、街の光や全エリアの魔蒸機関が停止していたな。もしかして普段街を動かすのに使っているエネルギーを使えば一発は撃てるってことか?」


「恐らくは、なのでレゾネイトコンデンサーを破壊しつつ、最低一発分のヘリオステクタイト発射をなんとかして阻止する必要があります」


「…………」


俺はその時馬車の中で修行していたから知らなかった。一発だけなら街のエネルギーを使って発射出来るのか、そこまで思考が行ってなかったな…確かに街だってエネルギーで動いてるんだ、ならそれを全部発射に回せばそれなりになるか。


なににせよ、一発は常に担保されているんだ。今この瞬間にだって発射される可能性は…ん?


「ならなんでソニアは態々六日後に指定したんだ?雷雲を待たず発射出来るなら直ぐにだって発射出来るのに」


「………確かに、不可解でございますね」


今すぐ撃てるなら今すぐ撃った方がソニア的にもいいだろう。態々レゾネイトコンデンサーを作って、態々雷雲を待って…、酷く回りくどい感じを覚える。なんでそこまでのエネルギーを欲するんだ?


「実はまだ完成してなかったりして」


「いえ、ソニアの目的はヘリオステクタイトの世界配備、つまり量産です。一発くらいならもう既に用意出来ていてもおかしくない」


「なら複数発撃つとか?」


「うーん、一発で事足りそうな気もしますが…」


と俺達が頭を悩ませていると…、ふとヴィンセントが。


「私はそのヘリオステクタイトとやらを見たことがないのですが、その雷雲の日に放とうとしている物は以前アマルト様達が見たものよりも強大な物である…という可能性はありませんか?」


「強大?確かに俺達が見たのは通常の五十分の一の威力って話だったが…サイズ自体は変わらないだろ」


「ならもっと巨大で…もっと恐ろしいものがあり、ソニアは本当はそちらを動かしたい…とかは」


「もっと巨大ぃ?………いや、あり得なくないか」


ソニアは商人達にヘリオステクタイトをお披露目した、しかしソニアが仲間である商人達を相手に全てを詳らかにしている保証は何処にもない。そこで語った作戦とやらも何処まで正しいか分からない。


ソニアは本当は…サイディリアルを狙っているのではなく、もっと強力な物をもっと長距離に撃とうとしているのだとしたら。


「まさか、本当は魔女大国を狙うつもりじゃ」


「いやそんな事したらアド・アストラが黙ってねぇだろ…」


「ええ、それにオウマ達の魔女の介在しない世界の形成とも一致しません」


「だから…隠してるとか」


「…………ありえそ〜…」


つまりソニアとオウマは真の意味で味方同士ではない…というのも仮定の話だし、何よりソニアがより強力な兵器を使おうとしているかもしれないというのも仮定。仮定に仮定を重ねても意味はない。


「行き詰まったな…」


そう俺がポツリと呟くと皆も黙る。正直、これ以上地上を探っても何かを得られる気がしない、俺達は裏も表も探したと思う、だがその上で情報が足りないのはソニアという女が表と裏だけでなく、光と闇の側面も持つからだ。


俺達が探ったのは飽くまで光の表と裏。闇の部分は手付かず…となると。


「エリス達の情報が必要だ」


「ええそうですね。我々に探れる範囲は探れました、後はメルク様やエリス様が持つピースを合わせて…全体像が見える事を祈るしかないですね」


「……だね」


ソニアの闇の中にいるエリス達の協力が必要だ。彼女達も今頃色々探り終えている頃だろうし…合流したいな。


「つってもさ」


するとアマルトは首を横に振り…。


「合流するって言ってもどうやってやるよ、アイツらは今地下にいる…そしてその地下の入り口も分かってないんだぜ?ここから合流するにしてもまた時間を食う…俺達には後六日しかないんだぜ?」


そう言うのだ、今から合流するにしても方法はあるのかと。ただ…の話を聞いた俺達は。


「え?なに言ってるんだ…アマルト」


「へ?俺なんか変なこと言った」


「言った…アマルトもしかして、『エリス達と合流出来ない』と思ってた?」


「え?え?」


俺達は確かに別れて行動しているが、それは飽くまで目標が違ったから合流しなかっただけで…別にしようと思えばいつでも合流出来るんだぞ?みんなそれを分かっていると思っていたが…まさかアマルト、忘れてたのか?


「え!?ちょっと待てよ!まさか俺だけ!?アイツらが地上に上がってきてくれると思ってたの!」


「多分アマルトだけだ、俺達は普通に迎えに行くつもりだったぜ?なぁ?メグ」


「ええ、では今から地下に行きますか。時界門で」


「あ!!そう言えば!」


そう、メルクさん達は着の身着のまま地下に落とされた…ならば持っているんだ、セントエルモの楔を。だから常に…メグの捕捉範囲なんだよ。


「忘れてた…いつもこう、別れて行動する時はさ、色々あって使えない場面が多かったから」


「私が時界門を使えないのはロクス・アモエヌス敷地内だけです。他のエリア内でなら問題なく使えますよ」


「そうだよな…街に出た瞬間使ってたもんな…、え?じゃあ俺達別にいつでも合流出来たの?」


「はい」


「…なんか釈然としないな……」


メンバー分けも偶然ながらかなりバランスがいいものになっていたから別に合流しなくてもよかっただけだしな、さて…それじゃあ久しぶりにエリス達に会いに行くか。


「メグ」


「はい、『時界門』」


そう言ってメグは空間に穴を開ける、この先にエリス達が…と思っていると、ヴィンセントが。


「では私はここで待機しましょう」


「いいのか?別についてきてもいいぜ?」


「いえ、久しぶりにエリス様達と会うのでしょう?友人同士の再会に水を差すほど野暮じゃないですよ」


「お前……器デカくなったな…」


なんて気の利いた事を言うのだ。最初会った時はまぁなんとも傲慢な奴だったが…ここ最近はなんだかとても頼りになる。ここで彼と再会出来たのは僥倖だったと言わざるを得ない。


「じゃ、行ってくるぜ」


「エリス達元気にしてるかなぁ」


「ん…きっと大丈夫」


「ではではー」


「はーい、気をつけてー」


と…ヴィンセントは手を振って穴の中に入っていくラグナ達を見送り、一息つく。それにしても…。


「ラグナ様達も随分手慣れているな、普通…王貴五芒星に喧嘩売るなんて事、平常心では出来ないはずなのに」


ドンドンと先に進み、ドンドン強くなるラグナに彼は敬服する。まさしくラグナ…いや魔女の弟子達の在り方は自分が理想とするもの。そりゃあ最初はその正体に驚きもしたが…エルドラド会談で再会した時、あの威風堂々とした佇まいを見た時確信した。


やはり彼らは、今のマレウス…いやこの世界に必要な人達だと。その栄光の行進の一助を担えるとは…ルクスソリスの人間としてなんと光栄な事だろうか。


しかし………。


「にしても、ラグナ様達…性別を変えたまま行ってしまわれたが、エリス様達は知っているのだろうか」


見た目も全然変わってるのに、あのまま会いに行ってよかったのだろうか。まぁ…彼らは深い友情で繋がれているし、見た目の違いなんては些細なものなのかもしれないな。


………………………………………


「誰だ貴様達は…何故ここを知っているッ…!」


「ご心配無く、私は皆様の味方です…」


突如、シャナ殿の用意した秘密の拠点にて体を休めていた私達の前に現れたのは謎の男。執事服を着た礼儀正しい男が私達に向けて一礼するのだ…。


誰だこいつらは、会ったこともない…が、一つ言えることがあるとするなら。


(ジズにそっくりだ…!)


ジズに似ているのだ、こいつ…まさかハーシェルの残党か?こんな時に…!


「おいおいメルク!お前なに言ってんだよ!」


「はぁ?」


「ん…元気そう」


「ここが地下?なんか思ってた感じと違うな…」


「な、なんだなんだ!?」


更に執事の後ろから次々と人間が現れる。茶髪の女と巨大な上裸の大男、そして赤髪の令嬢。全員が見たことのない奴らだ…そしてそいつらが、私を親しげに呼んでいるんだ。


もう何が何だか分からない。


「誰だいメルクリウス、こいつらあんたの仲間かい?」


「い、いや知らん…」


「なんだなんだ?敵かよ…だったら私がぶっ潰してやるぜ!」


「待てルビー…」


後ろからシャナ殿とルビーが助太刀とばかりにやってくるが…待ってくれ。こいつらが何者か分からないうちに攻撃して敵対したくない。


「な、なんだよ…なんで銃なんか向けるんだよ」


「それはお前らの得体が知れないからだ」


「なに言って……あ!?ヤベッ!?格好そのままだ!」


「へ?あ!確かにこの姿じゃ分からないか…」


「…何を言って……、まさか」


思うところがあり、デティを見る。すると彼女は…『えへへ?』と舌を出して可愛らしく笑い。


「ごめん、知らない人が来て慌てちゃったけど…私この魔力知ってるや」


「まさか…」


「うん、これ…アマルト達だよ」


「なにッ!?アマルト達だと!?」


確かに言われてみれば…なんだか面影がある気がする。茶髪の女はアマルト…執事はメグ、大男はネレイド、そして赤髪の女はラグナ…。


一致する!仲間達の面影に一致する!と言うことは…まさか本当に!


「ええ、メルク様。メグでございます…ようやく分かりましたか?」


「いや分かるかぁぁああッ!?」


突如として現れた仲間たち…が、性転換してて分かるわけがないと叫ぶメルクリウスの絶叫は、拠点の中をくぐもる形で響くのだった。

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