561.魔女の弟子と最強の美少女ラグーニャ
「ラールを注ぎ込め!」
「はい!アマリリス様!」
巨大な浴槽に金を注ぎ込む。
「ラールを張れ!」
「はい!アマリリス様!」
ラールの束を壁のように並べる。
「準備出来ました!アマリリス様!」
「よぉーし!ずっとやってみたかったんだよねこれ、ピョーン!」
そして俺は…ラールの札束風呂の中に水着で飛び込み…この世の支配者となる。
「ぐわはははは!私こそ!天下の支配者アマリリス様じゃーい!」
「イエッサー!アマリリス様ーっ!」
札束の風呂の中でバーン!と両手を掲げて俺は…アマルトはこの世の支配者の気分を味わう。これが…俺の夢だッ!
…………ソニアの褒章会から数日、数日…引き続きアマルトはアマリリスとして金楽園エリアの経営を執り行っていた。しかも売上は日に日に上昇!遂には一日100万ラールの超売上を達成!
そのお祝いとしてこうしてラール風呂を堪能しているわけだ、ふぅ〜…俺って天才かな。部下達からの信頼も得て最近じゃ『アマリリス様こそ真のエリアマスター』なぁ〜んて言われる始末でさ。
「いやぁ〜流石アマリリスちゃんだ〜。お陰で俺も鼻高々ぁ〜!」
「サイ、散らばったラールを片付けておきなさい」
「はいはーい」
一応俺の旦那様と言うことになっているこの男、サイ・ベイチモも最近では特に仕事もしなくても金楽園の売り上げが叩き出される現状に満足しているのか益々俺に惚れ直す始末。
意外に尻に敷かれるタイプだったと言うこともあり、俺の潜入生活は順風満帆……。
(なわけねぇよな、流石に目立ち過ぎて行動が出来ねぇ…!)
ではなかった、寧ろ真逆…最悪な事に俺は有名になり過ぎた。何処に行っても『アマリリス様だー』と言われる始末、これではオチオチ調査も出来ない。それでいてサイもサイで肝心な場所には『危ないから近づかない方がいいよ』と近寄らせてくれない。
一刻も早くソニアのヘリオステクタイトを止める手立てを講じなきゃいけないのに…それが出来ないのが現状だ。詰んだか?詰んだかな…詰んだよなこれ。
「アマリリス様、何を遊んでおられるのですか?」
「お、メグオ」
ふと、札束風呂をして遊んでいるとやや立腹気味のメグ…ではなく執事服を着たメグオが現れる。やばいやばい、流石に遊び過ぎたか…。
「悪いみんな、もう職務に戻っていいぞ。札束風呂は後でサイが片付けておくから」
「え!?」
「じゃあサイ、よろしくね」
「う、かわいい…分かったよマイハニー」
と言うわけで俺は人払いを済ませ、札束風呂から上がりつつ更衣室へ駆け込み…そこでメグと密談を始める。
「お金の風呂なんて、成金趣味すぎますよアマルト様」
「いいじゃんこれくらい…、やってみたかったんだし」
「お金はいろんな人が触ってるので不潔ですよ。後で本物のお風呂に入っておいてください」
「うーい…で、どうした?」
更衣室で着慣れたドレスを着つつ、メグに話を聞く。こいつがこうして現れたと言うことは…何かあるのだろう。
「いえ、アマルト様に言われた通り凡そのエリアのレゾネイトコンデンサーの場所を把握することが出来ました」
「やっぱり、他のエリアにもあったか」
ラグナ達が金楽園エリアの裏側に潜り込んで見つけた謎の機構『レゾネイトコンデンサー』…これを怪しいと踏んだ俺はメグに頼んでこの数日間他エリアにも同じ物がないか探してもらっておいたんだ。
メグなら他人の視線を掻い潜って忍び込めるからな。そして結果…俺の予感は的中して他エリアにもレゾネイトコンデンサーがあった…わけだが。
「絶対これ、なんかあるよな」
「はい、どのエリアにも一つしかありませんでした。ですがまだ動いている様子はなく…なのに厳重に保管されていました」
「何の機械か分かるか?」
「分かりません…、魔力機構とはまた違う機械でしたので。ですが…私の所感にはなるのですがあれは一度動いた可能性があります」
「そうなのか?ってかそれが何?」
「…或いはですが、あれはヘリオステクタイトの発射に必要な機構なのではないでしょうか」
「え?…あー……」
数日前、ソニアは初めてヘリオステクタイトを起動させ支援者達にお披露目した。つまり一度動かしている…それがレゾネイトコンデンサーが一度動いた形跡に繋がるなら、この二つには因果関係がある可能性がある。
どう言う原理かはさっぱりだが…もしここが繋がっているならレゾネイトコンデンサーさえ破壊出来ればヘリオステクタイトの発射を阻止できるかもしれない。
「よし!行け!メグオ!全部のレゾネイトコンデンサーを破壊しろ!」
「意味ありませんよアマルト様、壊しても直されます」
「あ、そっか…機械だもんな。替えも効くか…」
「もし破壊するなら、ソニアが動き出す瞬間になります…それが有効かも分かりませんが、それに私は全てのレゾネイトコンデンサーを見つけたわけじゃありませんよ」
「え?そうなの?さっき言ったじゃん…全部のレゾネイトコンデンサーを……あ」
言ってない、メグは『凡そ見つけた』と言っただけでまだ例外があるんだ。
「娼楽園エリア…あそこに潜入することができませんでした、なのであそこのレゾネイトコンデンサーの場所は分かりません」
「なんでだ?なんかあったのか?」
「あそこのエリアマスター…アナスタシア・オクタヴィウス、奴に隙らしい隙が見当たらないのです。奴は常に高台の上でエリア全体を見渡しており私が下手な動きをすると明らかに意識を向けてきます…、恐らく顔も覚えられたでしょう、もう私はあそこに立ち寄れません」
「アナスタシアか…、例の女だよな」
見た感じガウリイルに並ぶ逢魔ヶ時旅団の幹部達の中でNo.2に位置する奴。ハーシェル一家で言えばアンブリエル…か。ヤベェ奴だろうな、ガウリイルが立ち入りできない居住区の守護をしている事を考えるに。
娼楽園はある意味立ち入り可能な四エリアの中で最強のエリアマスターが守るエリアだとも言える。
「もし、レゾネイトコンデンサーが鍵を握るなら…出来れば場所の把握はしておきたいな」
「ええ、アマリリス様の力で何とかなりません?」
「いやぁ俺の権力は金楽園エリア限定だし…うーん」
メグオは一度敵に見つかっている、俺も有名だし下手に立ち寄れない…となると。
「仕方ない、ラグナ達の力を借りるぞ」
ラグナとネレイドしかいない、アイツらならもしかしたら娼楽園に入り込めるかもしれないし、何よりラグナはまだアナスタシアに見つかっていない…これは有力なアドバンテージだ。
アイツならレゾネイトコンデンサーにたどり着けるかもしれない。なら…。
「アイツを呼び出す、あれからずっと出てきてないが…まさかまだ修行中か?」
「ええ、今はネレイド様も含めて修行中です」
ラグナはガウリイルに負けてからずっと馬車の中、の更に絵画の中でずっと修行中だ、絵画の世界はどれだけ暴れても壊れないからな、アイツ的にも修行がやりやすいようだ。
だがいつまでも調査をこっちに丸投げして自分だけ修行というのはいただけない、そろそろ出てきて…仕事をしてもらおう。
………………………………………………………………
「悪いなネレイドさん、修行に付き合ってもらっちゃって」
「ううん、私もシジキに勝ちたいから」
荒涼たるアルクカースの大地…を精密に再現した写真の世界にて、男の姿に戻ったラグナと女の姿に戻ったネレイドは互いに一度負けた相手への再戦のために修行を続けていた。
ここなら俺がどれだけ暴れても壊れないし、何より本気で暴れても外には何の影響も出ない。最高の修行場所だ…もうここで数日は修行を続けてるし、今もネレイドさんと数時間組手をし終えた後だ。
ネレイドさんは無尽蔵の体力を持つし、戦えば戦うほどエンジンがかかって強くなる、最高の修行場所に最高の修行相手。これ以上ない環境だ…。
「で、どう?ガウリイルには勝てそう?」
「……さぁな」
しかし、それでもラグナには一抹の不安が残る。修行しまくって…多分だがガウリイルと殴り合うだけなら殴り合える状態にはなれたと思う。けど奴のアダマンタイト製の体…あれを壊すことは出来そうにない。
つまり奴にダメージを与えられないんだ。これじゃあどうやっても勝ち目はない。
「不安そうだね…一朝一夕で極みに至れる程…拳の道は甘くない、か…」
「ああ、まったくもってその通りだよ。このまま闇雲に体だけ鍛えても…多分ガウリイルには勝てない」
「珍しく弱気だね」
「それだけ相手が強いってことさ、だから燃えてくるんだけどな…!」
ガウリイルは強い、ストレートに強い、恐ろしくもあるが最高の相手だとも言える。ここまで俺が誰かを越えようと思えたのは…ジャック以来だ。あれから強い相手に恵まれてないからな、俺としても強い奴と戦えるのは嬉しい…が。
そう言って負けてたらわけないんだが…うーん。
「なんかいい修行方法ないもんかね」
「うーん…」
現状組手以外に有効な修行法は思いつかない、しかしこれをどれだけ続けても…ガウリイルには勝てそうにないし。
はぁー…こう言う時師範のアドバイスがあったらな。俺の頭の中にある記憶だけじゃどうにも……うん?記憶。
(そう言えばエリス、前あんなこと言ってたな…)
ふと、エリスと話した昔の話を思い出して…ネレイドさんに聞いてみる。
「なぁネレイドさん、前オライオンで俺達と戦った時のこと…覚えてるか?」
「うん?うん、勿論」
「そこでさ…エリスとリゲル様が戦ったらしいんだけど、その時エリスはリゲル様から記憶の中の敵と戦わせられると言う夢を見る幻惑を食らったらしいんだ…、それって修行に使えないかな」
「あー…幻夢無限霧魘の事?」
「そうそれ、ネレイドさん使えるか?」
「一応ね…、ただ物凄く集中しなきゃだから戦闘には使えない。それにいくら夢の中で敵と戦っても飽くまでそれは夢…体は鍛えられないよ」
「分かってる、けど…『知識』は鍛えられるよな」
「え?」
「俺の頭の中から師範の記憶を呼び出して、師範の幻影を呼んで欲しいんだ」
つまりはこうだ、相手の記憶の中にある人物を呼び出せる幻惑魔術『幻夢無限霧魘』を使い、俺の頭の中から師範の幻影を呼び出してもらい、それに修行をつけてもらうんだ。例え体が鍛えられずとも、師範の教えをもらえれば…或いは進歩できるかもしれない。
「なるほど、考えたね。いけるよそれ」
「マジか!なら早速頼む!」
「ん、なら強度を上げるためにも…アルクトゥルス様の姿を思い浮かべて」
「おう!」
その場にて禅を組み、思い浮かべる…厳しくも厳しい、厳しい一面もあるが実際は厳しい、とても厳しい師範の姿を。
「行くよ、失敗して脳みそ破裂したらごめんね。微睡む世界は瞼を閉じる、今 全ての目は閉ざされ 現世から背けられる、在るのは夢現 写すのは夢見、ここは楽土 幻の郷、それは正夢か逆夢か、刮目し 御堪能あれ…『幻夢無限霧魘』」
「脳みそ破裂することもあるの!?…おぉ?オ…う…」
瞬間…視界がぐにゃりと曲がり、俺の視界が闇と歪みに支配され、瞬く間に俺は意識を失い………。
「おう、ラグナ。テメェこっぴどくやられたようだな」
「ッ!師範!」
ふと起きると俺は相変わらずアルクカースの荒野にいた。けど分かる、ここはさっきまでいた写真の場所じゃない、俺と師範が良く修行に使ってる荒野。
そして目の前には俺のよく知る師範が『よう』と軽く挨拶してくれる。すげぇ…マジで本物みたいだ。
「ったくよ、オレ様をよりにもよってリゲルの魔術で再現するとか、気分悪ぃ〜」
「分かるんすか?」
「まぁな、お前と修行する最中に残ったオレ様の魔力の残滓が人格を形成し、加えてお前のオレ様への理解度が高いおかげでオレ様の力と知識が上手く再現された、まぁ本物には及ばねぇのは仕方ないが…ネレイドに言っとけ、及第点だってな」
ニッと笑いながら師範は俺の前に立ち…いつものように腕を組む。なるほど、師範の魔力がオレの中に微弱ながら残っているから、師範の魂が幻惑でうまく再現されたのか。これは僥倖だ。
「で?何が聞きたい、オレ様を呼んだってことはそう言うことなんだろう」
「はい!実はアダマンタイトで体を作る敵が現れまして…攻略法に難儀してます!」
「何?アダマンタイトで?そいつはすげぇ、アダマンタイトの鎧は見たことあるがアダマンタイトの肉体は見たことないな。かぁ〜残念だな、オレ様も戦ってみたかったぜ」
「その…師範はアダマンタイトの鎧を着た奴を倒したことはありますか?」
「あるぜ、楽勝だ」
マジかよ…本当に凄いなこの人達は…。
「それで、師範にアダマンタイトを打ち破る技を伝授して欲しいんです!出来ますか?」
「出来ますかって、ンなもん簡単だろ。こうグッと力入れて殴れば割れるだろ」
割れねぇから聞いてんだよなぁ…つーかこの人力技で割ったのか…?じゃあ全然参考にならないじゃん。
「マジですか師範」
「まぁ半分は冗談だ、アダマンタイトは力押しで壊れる代物じゃない。…けど、オレ様の見立てじゃお前に壊せないこともないと思うがな」
「え?そうなんですか?」
「ああ、技量はまだまだだがお前は肉体面では若き日のオレ様にかなり近づいている。まぁまだ肉体の殻が破れてないから常識的な範疇に留まってるがな」
「でも…俺の拳は、奴に通用しませんでした」
「それはお前のやり方がド下手くそなだけだ」
ムッとする、いやそうかもしれないけどこうも面と向かって言われると腹立つ。しかし師範はそのまま拳を握り…。
「いいかラグナ、アダマンタイトはただ硬いだけじゃねぇ。自身に対する変化や劣化に対して耐性を持っている、結果的にそれが硬度に繋がっているだけだ…その性質を持って『不朽』の名を関するのさ」
「不朽…」
「謂わば何があろうとも形を変えないことに特化している。だから加工も難しいしディオスクロア文明が始まってより誰も扱うことが出来なかったんだ」
「変化や劣化に対する特化耐性…ですか」
「だがそんなアダマンタイトにも弱点はある…それはアダマンタイト自身だ、アダマンタイトは自身と同じかそれ以上に形を変えない物と衝突すると道を譲るように裂ける特性がある」
確かに、グリーンパークにいたアイツらもアダマンタイトを使ってアダマンタイトを加工していた、つまりアダマンタイトと同じくらい硬い物を用意出来ればガウリイルの体も壊せる…って。
「そんなもん持ってないですよ」
「あるじゃねぇか、ここに」
そう言って師範は拳を突き出す、やると思ったし言うと思った。どうせそんな事だろうと思ったよ…けどね師範。
「師範、まさか俺の拳骨もアダマンタイト級に磨き抜け!って言うつもりじゃないですよね、先に言っときますけど無理ですからね」
「バァカ、ンな事言うわけねぇだろ。そもそも体をアダマンタイト級に硬く出来るなら戦う必要もないからな…。オレ様が言ってンのは防壁の方さ、魔力防壁」
「防壁?防壁をアダマンタイト級に硬くするって事ですか?それも無理な気が…」
「話は最後までちゃんと聞け、オレ様はアダマンタイトと同じくらい硬い物を用意しろって言ったか?違うよな」
…は?言ったじゃん…あ、いや言ってない。師範は『アダマンタイトと同じかそれ以上に形を変えない物』と言ったんだ、これは硬度云々の話には直接繋がっていない…。
「アダマンタイトは自身の変化・劣化耐性に匹敵する物に対して弱い。つまり何があっても形を変えない物を用意すれば良い、そこに威力と硬度は関係ない」
「いまいち感覚が掴めません…」
「あー、なんて言えばいいのかな。クソッ!ここに本物のオレ様が居れば身をもって味あわせてやるのに」
なんか命拾いしてないか俺…。
「いいかラグナ、感覚的には拳でガウリイルの体を打つんじゃなくて『ガウリイルの背後にある空間を撃ち抜く』感覚だ、突き抜けるような一直線…それを拳で描く、ガウリイルの体を中継してな」
「拳で体を撃ち抜くような感じですか?」
「違う、ただ結果としてそうなるように拳を打つ。当然お前の拳はガウリイルの体に阻まれるがそれでも進路を変えず直線を描くように拳を振り抜くんだ。折れず、曲がらず、阻まれず、行き先を変えない『不動』の一撃、これに防壁が伴い…お前の魔力がそれに応えれば、必ずアダマンタイトを破れる」
「………」
拳を握り、立ち上がる。拳で打ち抜くのではなく…その先へ手を伸ばす感覚。つまり…。
「こうですか!」
「違う!力み過ぎだ!力を抜け…インパクトの瞬間にだけ全霊を込めろ」
「こうですか?」
師範の前で何度も拳を突き出す。腰を落として足を開いて全身を回転させるように全ての関節を連動させるように動く。しかし師範は一向に首を縦に振らない。
「こうですか!?」
「違う違う、お前は体の動きに囚われ過ぎだ。いいか?これは魔力によって肉体の殻を破る────おっと、悪いなラグナ」
「え?」
「時間切れみたいだ」
そう言うなり師範は天を見上げ、その体を黄金の粒子に変えていく…って、時間切れ!?時間制限なんてあるのか!?そう思っていると、天から…。
『おーい!ラグナ〜!修行中悪い!起きてくれー!』
「アマルト…?」
アマルトの声がする、俺を呼んでるのか?…そうか、時間切れってのはこう言うことか。
「ラグナ…お前がエルドラドに行く前に、オレ様が教えた技、覚えてるか?」
「え?ああ…はい、一応」
みんながエルドラドに行く前に師匠達から教えを授かったように、俺もまた師範から技を教えてもらっている、けどそれと、なんの関係が。
「お前の熱拳一発…アレはオレ様が教えた技ではなく、お前が作ったお前だけの技だ、アレはまだまだなまっちょろいだけの腑抜けの拳だが、磨けば光る物がある…そう言ったな」
「はい…」
「故に磨け。オレ様が教えた技とお前の熱拳一発を組み合わせ更に昇華させろ…。熱拳一発の完成を目指すんだ、それは即ち───」
『拳の真理を極め、新たな魔力覚醒への扉が開かれる』…師範はそう言っていた、つまりはそういうことか。
「…師範、ありがとうございました」
「おう、…勝てよ」
師範との修行で、全てを物に出来たとは思えなかった。だが確実に師範は俺に道を示してくれた。肉体で打つ拳を超えて…意識と心で放つ拳、それが重要なんだ…なら。
必ず物にして見せる、そして今度こそ…ガウリイルに勝ってみせる。だから師範、いい報告待っててください。
「ッ…ハッ!?」
「起きたか?ラグナ」
ふと、目を覚ますと…そこはアルクカースの荒野ではなく、俺達の馬車の中だった。そこにはネレイドと共にアマルトやメグも居て…。そうか、俺はアマルトに呼び戻されたんだったな。
「大丈夫、ラグナ…何か掴めた?」
「ああ、おかげでな。流石はネレイドさんだよ」
「えへへ…」
ネレイドさんの魔術のお陰で師範にアドバイスを聞けた。今までの肉体修行と合わせて師範の言っていた事を物に出来れば或いは勝機もあるかもしれない。
「悪いなラグナ、修行してるところさ。でも状況が状況なんだ」
「おう、俺も今までサボってみんなに任せててごめん。俺に出来る事があるならなんでもやるよ」
「言ったな、何でもやるって言ったな」
「え?」
なんか急にグッと来られたんだけど…え?何させられるの?俺。
「実はな、前ラグナが見つけたレゾネイトコンデンサー…あれ結構重要な物らしいんだわ」
「そうなのか?まぁ重要くさい匂いはしてたけど」
「それで全エリアを調べたところそれぞれのエリアに一つづつあったんだ、だが娼楽園エリアだけ調査が出来なかった…多分ここにもあるんだろうけど俺達じゃ立ち寄れない。だからラグナ、娼楽園エリアのレゾネイトコンデンサーを見つけてきてくれ」
「え、えぇ…めちゃくちゃ無茶言うじゃん…」
とんでもない事言い出したぞ…、そんな放り投げられておいそれと見つけられるようなモンでもないだろ…。でも見つけなきゃいけない物なんだもんな…。
「大丈夫でございます、ラグナ様。実はこんな物を見つけまして」
「なにこれ…」
「求人広告」
「は?」
そう言ってメグが渡してきたのは…スタッフ募集と書かれた紙で…これ、娼楽園エリアのだよな。娼楽園ってつまりそう言う店のエリアだよな、そこで…え?
「俺働くの?」
「それが一番だろ」
「俺が?」
「大丈夫、女にしてやるよ」
「え?アホ?アマルトってアホだっけ。娼楽園ってつまり娼館じゃん、そこで働くってことはつまり…お、お…俺がーッ!そう言うことをするってかー!?!?」
ぜぇーったい嫌だけど!何で初体験がこんな店で!しかも女側じゃなきゃダメなんだよ!絶対嫌だからな!死んでも行かん!どうしても行けって言うなら俺もう暴れる!娼楽園で!
「まぁ落ち着けって」
「落ち着けるか!他人事だと思って!」
「よく見ろよ、スタッフはスタッフでもほら、男の人と一緒にお酒飲んでお話しするだけみたいだぜ?そう言う行為をしろとは書かれてないぜ?」
「え?」
…う、確かにそうだ、これは曰くキャバレーなる店のスタッフを募集する物らしい。ただ酒を飲んで会話するだけ…こんなもんに金落とすやつがいるとは思えないが、それでも…まぁそう言うことしないなら。
「でも俺、上手くやれる自信ないよ…」
「お前な、俺なんか結婚したんだぞ」
「う…それ言われると弱い…」
「大丈夫、お前なら上手くやれるよ」
「みんなは?」
「ついていかない、俺とメグは顔が割れてるし、ネレイドはどうやったって目立つ、ラグーニャちゃんしか行けない、けど大丈夫だろ。お前なら」
「アマルト…俺そんなに信頼されて嬉しいんだけどさ、今は悲しいよ…」
はぁ〜〜でもやらなきゃだよなぁ〜!ソニアの企みを阻止するにはこれしかないもんなーッ!くそーっ!仕方ねぇー!
「分かったよ!行ってくる!」
「よし!それでこそ男だ!これから女になるがな!」
「うっせぇやい!」
「なら早速着替えだ、ああそれと…」
「なに?」
ふと、アマルトは俺の体をチラチラ見ると…ジト目で。
「お前汗臭い、何日体拭いてないんだ?」
「あ…もう一週間くらい修行漬けだったから体の手入れとかしてないや」
「論外、そこの浴場の写真の中で体洗ってこい!」
「いってらっしゃいませ、ラグナ様」
「ちょっ!?」
そしてそのまま俺はメグに体を持ち上げられ、オライオンの秘湯の写真の中へと突き飛ばされクルリと写真の中に入り湯船の中に沈められるのだった…。
……今までサボってたツケと思えばまぁ、仕方ないが…にしても大変なことになってしまったぞ。
…………………………………………………
「ふむ、ラグーニャ・グナイゼナウちゃん?」
「はい…求人広告を見て、来ました…」
「なるほど…」
そして俺はアマルトに再び女の体に変えられ、娼楽園エリアへとやってきた。働き口を求めてやってきた女の子…と言う体裁でだ。そうして紙に書かれていた通りの場所に向かい俺はこの娼楽園を訪れ、今…面接中です。俺面接なんて生まれて初めて。
名前はラグーニャ、姓は母方のグナイゼナウを名乗ることにした。昨今じゃラグナ・アルクカースの母方姓グナイゼナウは知られていないし、よしんば知られても母は庶民出身の女戦士だった、謂わば良くある姓だ。誤魔化しも効く。
まるっきり存在しない姓を名乗るより、説得力が出るだろうからな。
「ふむふむ、なるほどね。君可愛いね」
「はあ、…ありがとうございます」
目の前には店の人間と思われるスタッフがメグが用意した偽の経歴を見て頷いている。あの偽の経歴書…少し見せてもらったけど流石はメグと言えるくらい完璧な物だった。
完璧に全てが曖昧に濁されている、かつ疑問に思っても調べようがない物ばかりだ。これなら怪しまれることもないだろう。
「モジモジしてていじらしいねぇ、そう言うの好きな人多いと思うからきっと好かれると思うよ。よし!合格!今日から早速働いてもらえる?」
「あ、ありがとうございます」
合格らしい、まぁ…自分で言うのもなんだけど俺可愛いしな。さっきチラリと鏡を見たがなんかあれだ。ホリン姉様を大人しくしたようなそんな感じの顔つきだった。ホリン姉様も昔は絶世の戦姫と呼ばれ各国から求婚者が来ていたくらいの美人だ。
それと同じ…と思えばまぁ顔つきにも自信が持てると言うもので。
「さて、じゃあ仕事について詳しく説明するね。私はここの店長シアヌス…よろしくねラグーニャちゃん」
「よろしくお願いします」
「案内するよ、こっちにどうぞ」
そう言うなり…店長のシアヌスは歩き出す。すると部屋の外に…いや、『娼楽園』へと歩み出す。
「まず見て分かる通り、『娼楽園はそれそのものが一つの店』だ。感覚的には金楽園エリアに似ているかな」
部屋の外はあちこちをピンクの光で照らした官能的な建物が立ち並ぶ…と言えば街のように聞こえるかもしれないが、足元を見れば違和感を感じる。
何せ外には全面真っ赤な絨毯が敷かれているんだ、そして路上には机が置かれ、そこで格と思われる男がスタッフと思われる女と呑んでいたり、其処彼処に突き立てられた棒に女が絡みつきポールダンスを披露していたり…凄まじい有様だ。
エリア全体を一つの店にすることにより、路上でもお構いなしにそう言ったパフォーマンスをする事ができる。この解放感と背徳感は格別だろう…ある意味ここでしか味わえない快楽とも言える。
まぁ、見た目はただの酒池肉林だが…。
「路上で営業しているところもあれば、店の中で個室で楽しむことも出来る。蛇口を捻れば無料のお酒が出るし、頼めばどんな料理も出てくる…勿論女もね」
「凄い場所ですね、ここを作ったチクシュルーブ様は人の欲を理解しているのでしょうか」
「いいや、ここの設計をしたのはここのエリアマスター…アナスタシア様さ」
「アナスタシア…」
「ほら、あそこ」
そう言ってシアヌスさんが指差す先には、広場の真ん中に突き立った巨大な柱の真上で…あちこちをジロジロ見回す女の姿が見える。あの特徴的なジャンパーとフードを被った姿、間違いない…逢魔ヶ時旅団幹部陣のNo.2『殺剣』のアナスタシアだ。
メグが言ってたな、アナスタシアが街中をずっと見張ってるって。ありゃあ気が抜けない、サイなんかよりもずっと警備が厳しいな。
「あれがアナスタシア様、あんなところで何してるんですか?…敵を探してる、とか?」
「いや、覗き見さ」
「は?」
「彼女は他人のセックスを見るのが趣味なんだ、だからああやって娼館の方を見て遊んでる。いつもああ言う感じさ」
ただの変態じゃん…マジかよ、アイツもなんか変な感じなのかよ。じゃあ何か?アイツがやってるのは見張りじゃなくて、ただの出歯亀!?最低かよ…。
『むほほっ!すげぇ〜プレイ。変態だなぁ〜…すんご…』
聴覚を集中させアナスタシアの言葉を聞き取ると、確かに楽しんでいるように見える。…アホか。
「そ、そうなんですね」
「ははは、引くよね。私も引いてる、けどその倒錯した変態的趣向がこの娼館楽園を作り上げたのさ、一応この事はお客さんには内緒ね」
自慢できることかよ…。しかも公然じゃないのかよ…。
……ん?
(あれ…スタッフオンリーの看板、あれってまさか…)
ふと、アナスタシアの座る柱の向こうに厳重に施錠されている鉄の扉が見える。確か金楽園ではあんな扉の向こうにレゾネイトコンデンサーがあったんだ…ってことはまさか。
あそこにあるのか!?行ってみるか!
「あ、ああー!あっちはなんでしょうか〜!私とても気になりま〜す!」
「え?ああちょっと!ダメだよ君はあっちに行っちゃ!」
「へ?」
しかし、急いで鉄の扉に駆けつけようとすると…シアヌスに止められる。弾き飛ばしていこうかと思ったがそういうわけにもいかないので一旦立ち止まると。
「君あっちに行こうとした?気になるのは分かるけど娼楽園エリアの奥は『VIPエリア』なんだよ」
「VIPエリア…?」
「ほら見てごらん?アナスタシア様がいる柱の下を…あそこに赤い線が引かれているだろう?あそこから先は金を持っているだけじゃなくて、地位も家柄もあるお客様だけが行けるエリアなんだ」
「で、でも私はスタッフですし」
「当然、そう言ったお客様の対応が出来るのはスタッフの中でも成績優秀な子だけ。日に100万ラールくらい稼げる子じゃないとあそこには行かせられないよ」
「ひゃ…100万ラール!?」
「しかも、贔屓にしてくれるお客様が居て、ようやくVIPエリア対応のスタッフになれる、まずは成績を上げて、贔屓のお客様を作らないと…」
「それって、早くてもどれくらいで達成出来ます?」
「んー、まぁ頑張れば3ヶ月くらいでいけるんじゃないかな」
「3ヶ月!?」
そんな悠長にしてる暇なんかねぇよ…、こりゃ真っ向勝負で行くのは無理だ、忍び込んでいかないと────。
『きゃああああああああ!!』
「っ!なんだ!」
瞬間、エリアに悲鳴が木霊する。見ればVIPエリアと通常エリアの境目で暴れている男が目に入る。そいつはナイフを手に半狂乱で大暴れでしており。
「通せ!そこを通せ!俺はセリーヌちゃんに会うんだぁぁああ!!」
「お、お客様!お待ちください!お客様はVIPエリアへの立ち入りが許可されていません!」
「喧しい!俺は客だぞ!セリーヌに会わせろ!俺達は好き合ってるんだー!」
なんだあれ、セリーヌ…って言う子に会いたいのか?ってか周りのスタッフも手を焼いている感じだし…。そう思いシアヌスを見ると。
「ああ、彼はセリーヌを懇意にしていた客ですね。借金をしてまでセリーヌに貢いで…色々入れ込んでいた方です」
「え?入れ込んでた…って、好き合ってるって」
「彼の勘違いです、ただ彼のおかげでセリーヌは成績が良くなり…先日他の貴族出身の方で贔屓にしてくれる人が現れて、今日からVIPエリア対応に移ったんですよ。なので会えなくて暴れてるんでしょう」
「なるほど…ってか、落ち着いてるんですね。シアヌスさん」
セリーヌなる人物に勝手に惚れ込み金を貢いだ結果、セリーヌは見事VIPエリアへと移った
結果あの男はセリーヌに会えなくなり…ああやって暴れているんだろう。まぁ…惚れ込んだ女に金を使いまくった結果会えなくなるなんて理不尽だとは思うが…。
だからってナイフを持ち出して暴れるのはもっと理不尽だ、というのにシアヌスは酷く落ち着いており…。
「いえ、もう止めようがありません。彼はVIPエリアへ入る」
「いいんですか…?」
「良くありません、だから…動きますよ、彼女が」
そう告げた瞬間…男は周りのスタッフを振り払い、VIPエリアのラインを踏み越え…。
「セリーヌぅううううううう!!」
その絶叫と共に、遂にVIPエリアへと一歩踏み込んだ…その時だった。
間髪入れず…落雷が落ちた。
「なっ!?」
違う、落雷にも見紛う速度で…天から人が飛来したのだ。
それは巨大な両刃剣を持ち、目にも止まらぬ速度で天から落ちたそれは…VIPエリアへ立ち入る資格を持たぬ者の背後へと着地し、その手に持った刃の血を拭い───。
「ガッ………」
瞬間、VIPエリアへ立ち入った男の体が…細切れになって血を噴き…消えた。まるで鉄の網に通したバターのようにバラバラになった男に対し一瞥もくれず笑うのは…。
「あれが、VIPエリアに立ち入った者の末路です。彼女は趣味を楽しみながらもキチンとここを守っている、…あれが『チクシュルーブ最速の存在』とも呼ばれる…」
「アナスタシアの力…!?」
アナスタシアだ、一瞬で…俺の目で見ても視認出来ない速度で柱の上から飛んできたアナスタシアが男を細切れにして殺したのだ。今までキチンと見張っている素振りさえ見せていなかったのに…ラインを超えた瞬間容赦なく殺しやがった。
もし俺が、不用意にあそこを超えていたら…俺がああなっていたかもしれないのか。
「彼女の最高速度は光に迫る程、トップスピードだけならガウリイル様の最高速を凌駕する。例え何処で誰がラインを超えようとも見逃さず…殺す。ラグーニャちゃんも気をつけなさい、アナスタシアはああ見えて全エリアで最も残忍で厳しい…エリアマスターなのだから」
「ッ……」
こりゃ、忍び込むって線もなくなった。アナスタシアが常にあそこで見守っている以上、俺どころかメグさんでさえレゾネイトコンデンサーに近づけない。
「マジかよ…」
奥に進むには、唯一…スタッフとして働き100万ラールを稼ぎながら贔屓の客を作らねばならない、それ以外の方法で立ち入ればアナスタシアは容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
「ふぅ〜ったく。私の趣味の邪魔をするんじゃないっての…」
そして再び目にも止まらぬ速度で柱の上に戻るそのスピード、何よりもう一度改めてアナスタシアを確認すると。
エリア全体が奴の『間合い』…魔力領域で覆われている。このエリアに入った時点で奴の視界に捉われているのだ、故に既に俺も捕捉されている…。
ヤベェな…これ、思ったよりも結構無理難題な気がしてきたぞ。正攻法じゃあ三ヶ月かかる…されど裏をかくにはあのアナスタシアの鉄壁の見張りを越えなければならない。
やれるのか?俺一人で…レゾネイトコンデンサーを見つけられるのかな…!