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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
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560.魔女の弟子と天を見据える石ころ


「ミュラァアアアアア!!!」


「お、怒らないでくださいよ!ルビーさんが悪いんですよ!こんな無謀な話に突っ込んで…武器を用意して懲罰隊と戦う!?勝てるわけないでしょう!私はただこの街で楽して金稼いで平穏に生きていければそれでよかったのに!」


取り囲む、懲罰隊を前にルビーは叫ぶ。ここに来て副官であるミュラーの裏切りによりアジトが懲罰隊にバレてしまったのだ。既にエラリー率いる無数の懲罰隊はアジト内部に入り込み一斉射撃の用意を整えている。


ミュラーの手には大量の札束がある、買収されたのだ。即ち最初から裏切っていたのだ…。


「デティ…奴の裏切りに気が付かなかったのか」


「不穏なものは感じてた…けどごめん、裏切りにまでは気が付かなかった」


デティは痛恨の思いで目を伏せる、ミュラーの内心に宿した裏切りに気が付かなかったのは…ミュラーが直前まで本当にルビー達と共に行くつもりでいたから、つまり裏切りを決意したのはほんの数分前。


迷っていたのだ、ミュラーは狡猾に『勝ち馬がどちらか』を見定めていた。最初はエリスやメルクリウスの加入によって『もしかしたらなんとかなるかも』と思い裏切りを白紙にするつもりでいた。


しかし、一斉確保の話が出ていつの間にかルビーは懲罰隊を相手に全面戦争を仕掛ける気になり、その上武器不足を前にメルクリウスが渋い顔をしたのでこれはもう勝ち目がないと悟り…裏切りを決意。


エラリーから渡されていた魔力機構にてアジトの場所を密告、メルクリウスに煮湯を飲まされていたエラリーは一も二もなく軍勢を引き連れて殺到…今に至る。


つまり、裏切りに気がつく云々以前に、デティフローアは知らなかったのだ。ミュラーという人間がただルビーに従うだけの人間ではなく、狡猾に自身の利益を狙う女である事を。


「ルビーと魔女の弟子の居場所を教えたら、500万ラールと他の人間の身柄の保護…それが私とエラリーの取引。ルビーが死んだら!私達は助かるんだよ!」


「ちょっ!?ミュラーさん!俺たちそんな話聞いてねぇよ!」


しかし湧き上がるのは他メンバー達からの紛糾、どうやらルビーと魔女の弟子を売れば助けてくれる…という話はミュラーの中だけでの話だったらしく、全員寝耳に水といった様子だ。


「みんな!もう馬鹿な真似はやめようよ!懲罰隊と戦って勝てると思ってる人間がこの中に一人でもいる!?このままルビーさんについて行ったらどの道自滅!ならさ!そろそろしないと!自立!私達だけで生きていこうよ!お金ならこんなに貰ってるからさ!」


「そんなこと言ったってこんな後ろから撃つような真似しなくてもいいだろ!あんただってルビーさんに散々お世話になったんじゃないのか!?」


「お世話になったよ、けどこの身には代えられない!それとも何!?私も一緒に死ねっての!?いやだよそんなの!私は私が大切だからここに居ただけ!心中なんて真っ平!」


「ミュラー…お前そんな風に思ってたのかよ…」


一方、ルビーはショックを受け…打ちのめされている。ミュラーとは長い付き合いだ、この地下で最初に出会いずっと一緒にやってきた仲だった。友達だと思っていたし、自分の不在を任せられる女だと思っていた。


なのに実際は、ミュラーはただルビーを利用していただけ。この地下で生きていく為に強い者の影に隠れたかったミュラーが…ただ単にルビーを最初に選んだだけ。そして次は懲罰隊を選んだ…それだけの話なのだ。


「ミュラー!分かってんのか!そいつらは地下の人間全員を殺そうとしている奴らだぞ!放っておいたら地下にいる人間は全員殺されるんだぞ!誰かが止めないと!」


「どうしてそれを私達がやらなきゃいけないの!もう聞きたくない!話にならない!エラリーさん!早くこいつら殺してよ!それで取引は終わりでしょう!?ねぇ!」


「……ふむ」


すると沈黙を保っていたエラリーは、拳銃に弾を装填し…。


「そうですね、それが私と貴方の取引だ…」


「そう…だから、…え?」


瞬間、エラリーはミュラーに銃口を向け────。


「やめろ!エラリーッッ!!」


ルビーの叫びと銃声が木霊する。血が辺りに飛び散り額に穴を開けたミュラーの体が力無く地面に倒れ…金の詰まったスーツケースを取り落とし、場が静まり返る。


そんな中、口から煙を吹く拳銃を再びルビー達に向けエラリーは肩をすくめる。


「金銭の支払いと身柄の保護…この契約は履行した、保護した後の事は…特に話し合っていなかったので、ああ…そこにある金は回収しておきなさい?『持ち主不明の落とし物』として…我々が管理しましょう」


「ハッ!」


そして、部下に金を回収させたエラリーは満足げに笑う。最初からミュラーを生かしておくつもりなど毛頭なかったのだ、こんな事意外でもなんでもない、エラリーならどういう事をして然るべきだと誰でも理解できた。


だがミュラーの感覚は麻痺していたんだ、地下で最初に出会ったルビーが自分を全力で守ってくれたから…、尻尾さえ振れば誰でも自分を守ってくれると勘違いしてしまっていたんだ。


彼女はただ、ついていく人間を最後の最後で間違えただけなのだ。


「貴様ァッッ!!」


「おや、自分を裏切った人間が殺されて、怒るんですか?寧ろ感謝してほしいくらいなんですがねぇ…、貴方を裏切った罰を私が代わりに与えてあげたんですから」


「ミュラーはな!私の友達だったんだ!裏切られたって…そこは変わらない!」


「ハッ、やっぱりガキの理屈ですね。私には理解しようもない」


「知るか!テメェら全員ぶっ殺してやるッッ!!」


「それはこちらのセリフですよ、貴方達全員を…私がぶっ殺すんですよ」


激化するエラリーとルビーの睨み合い、もういつ戦いが始まってもおかしくない…そんな中メルクリウスは、撃ち抜かれた肩をデティに治癒してもらい…。


「どうするメルクさん、かなりやばいよ…」


「ああ、分かっている…だが」


メルクリウスの判断は『どうにもならない』と告げている。今ここで暴れて…それで、どこに行く?どうする?相手は軍勢だ、こちらは対抗する手段も持っていない、このまま暴れて…。


無茶と無闇は違う、明確な目的もないのに戦えない。…だが。


(見捨てることも出来ん…!)


立ち上がる、エリスは今気絶している、デティとナリアは後衛タイプ…前面を切って戦えるのは私だけ。ならば私がやるしかない。


「デティ、他のメンバーやエリスを頼む。ナリア…魔術陣で退路の確保を」


「メルクさんは…!?」


「多少なりとも時間を稼ぐ…」


「…死ぬ気じゃないよね」


「死なんさ、こんなところで」


私はまだ死ねない、エラリーは前座だ…その先にいるソニアを追い詰めるまで私は死ねない。だから…。


「行くぞ…!」


「わ、分かりました!」


「む…!」


瞬間、私が立ち上がったのを見てエラリーが表情を変える。どうやら奴にとって最優先抹殺対象は私のようだ…なら都合がいい!


「総員退避ッ!後ろの壁に穴を開ける!そこから逃げろッッ!!


「させるか!一斉掃射ッ!」


一歩前に出る、それと共に拳に魔力を集め地面を叩きながら…放つ、古式魔術を。


「吼えた立てる大地、星よ 生まれ落ちたその形を変質させ 新たなる姿を私が与えよう『錬成・大錬土断崖』ッ!」


「むっ!?大地が迫り上がって…いや、土の壁が生まれてるのか!?」


一気に目の前に壁を錬成しながらメンバー達を背後に逃しつつ、私は壁の向こう側へと飛び…分断する、他のみんなと懲罰隊を。


「この壁は錬金術で作り上げた壁だ、破壊しても直ぐに修復する…一撃で完全に破壊し切らない限りな。お前達にそれだけの火力が用意できるか」


「ふんっ、それなら迂回していけば良い。誰一人逃さん…全員殺す」


「させると思うか、私が何故ここに残ったか…説明するまでもないだろう」


「ああ、勿論貴方は先に屠殺します。述べるまでもないと思ってたのですが…」


背後に土の壁を背負い、私は懲罰隊と相対する。いくら土の壁で寸断したとは言えここは工場の内部…出入り口から出て迂回していけば簡単に追いつける。だからこそ誰かがここで時間稼ぎをする必要がある…だから、その役目を私が担うまで。


「おう、一緒にやろうぜメルクさん」


「ああ頼りにしてるよルビー…って!?ルビー!?」


ギョッとしつつ隣を見ればルビーがいる。こいつ…さっきのタイミングで逃げなかったのか!?


「お前!何故他の奴らと逃げなかった!」


「え?いや、私も戦うし」


「馬鹿!お前が他のメンバーを先導しないでどうする!」


「あ!」


クソッ!!無鉄砲が!つまり今ギャング達を先導しているのは…デティがナリア君ということになる。まぁ二人なら大丈夫だろうが…ええい仕方ない!


「蹴散らして私達もみんなと合流するぞ!」


「おう!」


「くだらない!射殺しろ!」


次の瞬間雨のように放たれる銃撃の嵐を、私とルビーは横っ飛びに散開し回避する。ルビーの実力は分かっている、簡単に殺されるような事はないだろう!なら今は自分のことだけを考える!


「やれ!殺せ!」


「『錬成・空駆葬送駒絡』ッ!」


詠唱と共に腕を振るい、慌ててこちらに照準を合わせる黒服達に向け放つのは不可視の牙。空気を錬成し生み出した気圧の牙で目の前にある物、居る者を引き裂き吹き飛ばす。


「ぐぅっ!?こいつ…!」


「そう言えば全員サイボーグだったな、なら遠慮はいらんか!」


しかし私の錬金術を受けても黒服達は立ち上がる、全員が鋼鉄の肉体を持っているから生半可な攻撃では倒れないのだ、なら…本気を出す。


両手に軍銃を錬成し構えると共に。


「『錬成・大炎激龍弄』ッ!」


両手の銃から放たれる大炎は龍の形を作り出し、燃え盛りながら暴れ狂う。やはり錬金機構ありの方が錬金しやすいな!このままドンドン行くか!


「ぐっ!?炎が意志を持って!?」


「まだまだ!『錬成・鋼刃漆喰雲丹』ッ!!」


放たれた弾丸が周囲の鉄を引きつけ巨大なウニのように刃を尖らせながら周囲を疾走し黒服達を引き裂き吹き飛ばす。その間も炎の龍は暴れ狂い気圧の牙は今も黒服達を狙っている。


「なんだこれ!?魔術が消えずに…自律して襲ってくる!?」


「錬金術なのか…これが、古式錬金術!?」


「なんだ、お前達もエラリー同様新入りか?デルセクト戦には参加していないのか…ああそうだ、これが古式錬金術だ!」


現代錬金術と古式錬金術の違いとは何か、双方共に物質を媒体に別の物質を作ることに変わりはない。だが…『創造』という一点において古式錬金術は現代錬金術どころか他の古式魔術さえも上回る。


古式錬金術によって生み出された物質には…僅かながらも意志が宿る。私の意志を切り分けたような分身のような存在として顕現し、自律で攻撃を行う。マスターはこれを連射しその場を自身の魔術によって埋め尽くし究極の物量戦でレグルス様さえ圧倒した。


ようやく…私にも出来るようになってきたんだ、これが。


「『錬成・烽魔連閃弾』ッ!」


放つ紅の弾丸、それが無数に噴き出て黒服達を襲う。真っ赤になるまで赤熱した弾丸は容易に鉄の体を融解させ穴を開けていく。だが…キツイな、こう錬金術を連発してそれを維持したまま他の魔術も使うというのは…。


私には四つくらいが限界…ということか。


「すげー!流石だぜメルクさん!」


「ルビーか!そっちも大丈夫そうか!」


「ああ!つってもこいつら一人一人がクソ強いけどな」


「地上のは恐らくこの比ではないぞ…」


「マジか!」


戦って分かったが地下にいる連中は地上に居た黒服達より弱い、恐らく地上は昔から逢魔ヶ時旅団にいた古株達。対する地下のメンツはエラリー同様新参者。それ故に鋼鉄の肉体の性能が同じでも経験面に差が出ているんだ。


「さぁこのまま離脱するぞ、ルビー!」


「ああ!」


「フンッ、懲罰隊の切れ端を蹴散らしただけでもう勝ったつもりか?まだまだおかわりはある…たんと馳走させてくれたまえ」


しかしエラリーは慌てることなく指を鳴らす、すると工場の入り口付近からドンドン兵士が入ってくる、中には…。


「…なんだあれは…!」


「魔導機兵だ、業腹だが投入させてもらうよ」


工場の壁を引き裂いて鉄の巨人が現れる。黄金の球体、それに手足がついたデザインをした武装した鉄の巨人が数体…我々の行手を阻む。


「うへぇ、あんなのもいるのかよ…」


「チッ、これは…厄介だな」


魔導機兵の防御力は大したもので、私の錬金術さえ打ち消しながら他の兵士達の道を切り開く。これが本物の戦争だったなら…これが決め手になるくらいには凄まじい突破力だ。


これを止めるにはエリス並みの超火力がいるか!


(なら問題ない、私がそれだけの火力を出せばいいだけのこと!)


両手の銃を合わせ魔力を集中させ魔導機兵を狙────。


「させるわけないでしょう」


「なっ!?グゥッ!?」


瞬間煌めいた白の閃光が私の側面を打ち、私の体を蹴り飛ばし工場の壁に叩きつける。


やられた…今のは…。


「エラリーか…!」


「貴方さえなんとかすれば、この場は収まる。失礼ですが…少し乱暴に行かせていただきますよ」


そこには足を蹴り上げた姿勢のまま、規律よく姿勢を正し一礼するエラリーの姿があった。そうだ、こいつもいた…黒服や魔導機兵よりも恐ろしい、エリアマスターのエラリーが。


「私の体はソニア様の改造を賜り、人類を超越しているのです…悪いですが先程のような失態は期待しないでほしい」


「ふんっ、お前をなんとかすれば…懲罰隊は烏合の衆。ここでケリをつけたいのはお前だけじゃないのさ」


「言っていなさい…さぁ、やりますよ」


目を細め、睨み合うエラリーとメルク。その視線が交錯した瞬間…動き出し両手の銃を容赦なく乱射するメルクリウス、その弾丸を前にエラリーは両手を振るい容易く弾丸を叩き落とす。


「ただの弾丸が私に傷をつけられるわけがないでしょうに。私の体は人類を超越していると…」


「甘いよエラリー」


「は?」


エラリーの肉体は確かに人類を超えている、だが脳みその方はどうやら手付かずのようだ…弾丸が効かないと分かってただ闇雲に撃つわけがないだろう。


「錬金術にはな、媒体となる物が必要なんだ…そういう点では、銃という存在は非常に相性がいい…」


「何を…いや、まさか…!」


「そのまさかさ、その身を刃とし、その魂は鋼と化し 意のままに従う武器となれ、何人たりとも止める事なき気炎の劔よ、今ここに顕れよ『光顕 天断之矛』!」


本来は人間に対して用いる事で、その人間の特質を受け継いだ剣を生み出し古式錬金術『光顕 天断之矛』…それを弾かれ宙を舞う弾丸に対して使う、これによって生まれるのは鋼の剣だが…関係ない。


エラリーは闇雲に弾いてしまった。彼ら囲むように飛び散った弾丸全てが刃に変わり、グンッ!と伸びた鉄の閃光がエラリーに突き刺さる。


「ぐっ!?だがこの程度では私は止まらな───」


「それだけじゃないさ、錬金術は物質を変えられるんだぞ?…だから」


「うっ…!?」


「『Alchemic・bom』」


パチパチと音を立てて突き刺さった剣が全て火花を散らし、燃え上がり…爆発する。錬金術で剣を爆発そのものに変えた。突き刺さった剣が炸裂し外部も内部も吹き飛ばされたエラリーの体は四散、腕やパーツが私のところに飛んでくる、


酷いやり方だが、サイボーグはこのくらいじゃ死なないだろう?工房に持っていけばまた元通り、なら多少過激でもこのくらいは……。


「ゔううう…メルクリウスゥウウ…」


「まだ動くのかお前…って、なんだそれは…」


しかし、私の予想に反して未だに動くエラリーは、その純白の躯体を半分ほど消し去りながらも動き続ける。だが私が驚いたのはそこじゃない。


驚いたのは…。


「再生してる…?」


空気中の塵がエラリーに吸い寄せられ、それが彼の体に変わり…肉体が再生し始めているということ。あのレベルの治癒は古式治癒でもなければ不可能…いや、あの再生の仕方。


どこかで見たことが…嗚呼!


「これは…」


私の手を見る、そして見比べるようにエラリーを見る。あの再生の仕方…間違いない!


「アルベドか!?」


「クク…クククク、言っただろう…私は人類を、超越したエリートだと!」


アルベドだ、創造の力を持ったアルベド。あれと同じ挙動をしている…ということはまさか、いやそんな…あれはデルセクトの至宝。


……待て、確かマスターは…アルベドとニグレドは、元々はピスケスの技術の模倣だと言っていたな。ピスケスの技術を使って兵器を作れるなら、ソニアはあるいは…アルベドとニグレドの大元に当たる技術さえ継承しているのでは。


「分子単位で物体を再生・操作を行うマグヌム・オプス・システムの一端…。ソニア様がピスケスの文献を解読して擬似再現した技術が私の身には宿っている。故に例えどれだけ傷つけられようとも…私の肉体は『無限錬成』によって再生され続ける」


「無限錬成…だと」


「ああ、空気中に漂う全てを私はエネルギーに出来る。故に傷を負っても即座に回復出来る、いやそれだけじゃない…食事や睡眠といった人類に必要な補給行動も私には必要ない!休息も休憩も必要ない!私は文字通り無限に戦うことが出来る!最高だろう!?これがエリートにだけ許された処置!未来永劫存在し続ける事を許された神の加護!」


「未来永劫だと…馬鹿な」


いや、あれは魔女様の不老の法程万能じゃない。処置されているのは肉体面だけ…魂の劣化は避けられない以上老化はするし、一撃で消し去られれば死にもする、だが逆に言えば死なない限り無限に再生を続けることが出来るということ。


奴を止めるには、殺すしかない…。


「アハハハハハハ!さぁ次はどうするメルクリウス、私は何をされても構わないぞ?ンン?」


「チッ…」


無限に再生し、休憩も休息も必要ない?そんな奴を相手に耐久戦など出来るはずもない。何処かで引かねばならんが…。


「来ないならこちらから行くぞ!『白錬刃』ッ!」


「なっ!?」


その瞬間、地面を叩いたエラリーの手が光り…大地から無数の白い結晶の刃が突き出て私に向かってくる。この結晶はアルベドの…文字通りアルベドの力そのものも使うことが出来るのか!


「この刃はいくら攻撃されても再生を続けるぞ!そして…喰らえ、『分子切断』ッ!」


「はぁっ!?」


飛んでくる白結晶を引き裂くようにエラリーが指を振るえば、射線状にある物がパッカリと割れる。幸いしゃがんで回避出来た物の…なんだこれ。


斬撃…いや違う、斬れているんじゃなくて割れているのか!


「言っただろう、私の中にあるマグヌム・オプス・システムの欠片の真髄は分子の操作と生成だと…お前も同じことができるようだが、これもできるかな?」


「………」


出来ない、そうか…奴の使っている物はアルベドの元ネタ。同じようでいて別物だ。古代の超文明大国ピスケスの遺産である技術を用いているんだ。つまり奴がやっているのはただの創造ではない。物体を構成する分子を自在に操っているんだ。


分子を凝固させ白結晶を作り、射線状の分子を剥離させ切断し…絶対の防御と絶対の攻撃を両立させている。


おまけに無限に再生する力があるとは、思ったよりも強敵だぞこれは…。


「ハハハハッ!さぁ逃げろ!お前が足を止め白結晶に捕まった瞬間…切断してやる!」


そう言って白結晶をを再び隆起させ私に向かわせる、しかし…だ。


白結晶は壊せない、だから逃げるしかない…だがもし、奴の力がアルベドと似ているなら…これが有効か?


「開化転身!フォーム・ニグレド!」


「は?」


腕を振るい放つは破壊の波動。黒い塵を纏った旋風は白の結晶を破壊し、その再生を阻害する。そしてそのまま真っ直ぐ飛んだ黒い波動はエラリーを包み…。


「ぐっ!?なんだ!」


「悪いな、私も使えるんだよそれを。それも創造と破壊…両方な」


「そんな馬鹿な!?…ぐぅううう!」


しかしエラリーを包んだ破壊の波動はその身を削るに留まり…直ぐに再生してしまう。ニグレドの力でもダメか…、じゃあいよいよどうやって破壊すれば…。


「私よりも優れていると…言いたいのか!ならば許さん!私より優れた存在の生存は私が許諾しないッ!」


「チッ…仕方ない、気が済むまで付き合ってやる」


両手に結晶の刃を作ったエラリーを相手に、破壊の塵を纏って私も構える。さぁどこまでやるか…何処で逃げるか、追手もドンドン来てるし収拾がつかなく────。


「死ねぇええええ!メルクリウスゥウウウウウウ!!!」


「ッッ……」


そしてエラリーが突っ込んでくる、考える暇はない…そう、思われた瞬間だった。


『メルクリウスッ!』


「ッ…!?」


声がした、エラリーでもルビーでも仲間でもない声が…その声を聞いた瞬間、私は…。


「ルビー!」


「え?何!?」


先ほどの声に気がついていないルビーに声をかけ、退避の合図を送る…その時だった。


「エラリー様ーっ!周囲の機器が!暴走を始めてます!」


「何ィッ!?」


そこかしこに置かれている機器が暴走を始め次々と蒸気を噴き出してガタガタと暴れ始める。何が起こったか分からず混乱する黒服達の間を抜けて私とルビーは走り出し…。


「っ待て!逃すか!」


それでも追いかけてこようとするエラリー、しかし…部屋を包み始めた蒸気の間を縫って飛んできた何かがエラリーの顔面を打つ。


「ぐっ!?今度はなんだ…スパナ?」


それはスパナだった、それがエラリーの鋼の皮膚を打ち、一歩押し留めた…その間に煙に紛れて消えたメルクリウスとルビーに対して舌を打つ。


「チッ、また逃しただと…この私が、こんな連続で失態を…」


ギリギリと歯を噛み締める、二度目だ…二度も逃げられた。しかも今度はミュラーと言う切り札を切って…。もうエラリーにメルクリウスたちを追う手立てはない。


「クソッ!……最悪だよ」


拳を地面に叩きつけ…メルクリウスとの再戦を見据えるエラリー。確かに逃げられた…だが奴等は必ずやまた自分の前に現れる。現れなければいけない…その時、確実に殺せるように…。


「仕方ない、一週間後の一斉確保…それに使う人員を増加させる。地上の部隊にも連絡をする…次こそ確実に、遂行しなくては…」


拳を握る…一週間後に全てが動くのだ、その日だけは必ず…奴を倒さなくては……。


倒さなくては、私が終わりだ。


「エラリー様大変です!」


「今度はなんだ…」


「機材が…火を吹き始めて」


「何…?」


チラッと武器加工用の機材を見る。あれは…工場から盗み出されたものか?と言うことは魔蒸機関が使われて────。


まずい!?火を吹いている!?爆発するのか!?なんで急に!


「そ、総員退避────」


その瞬間、置かれていた機材、安置されていた黒色火薬、全てに火がつき…炸裂する。


この日、ルビーギャングズが数年間使い続けたアジトが…子供たちの家が、跡形もなく吹き飛んだのだった。



………………………………………………………


「はぁ…はぁ…なんとか巻けたか?」


「ああ、のようだな」


そして煙を抜けて、入り組んだ路地の中に身を潜めたルビーとメルクリウスは共に息を切らしながらその場に座り込む。ここまで来れば奴らも追っては来れないはずだ。


「はぁ〜やばった〜!あっははは!」


「なんで笑ってられるんだお前は」


「いや…笑うしかないかなってさ、はぁ〜…これからどうするかな」


そう言うと彼女は力無く項垂れてしまう。それもそうか…ずっと連れ添った友に裏切られその末に目の前で殺され、苦楽を共にしたアジトは潰され、また路上で生きる孤児へと逆戻りしてしまったんだから。


「折角作った武器も、それを作る機材も、なんもかんもなくなっちまった…」


「そうだな」


「武器だって置いていちまったし…こりゃ、無理か」


「………………」


状況は悪い、時間がないのに…何もかもを失った。どうすれば良いのか答えは出ない…だが諦める選択肢もない、なんとかして阻止しなければ。


「なんて悩んでも仕方ないか、私頭悪いし…みんなと合流してから話すべきかな」


「そうだな、デティ達は無事だろうか…」


「ってかさ、さっきの爆発…なんなんだ、急に機材が火やら煙やらを吐き始めてさ。あんなの初めて見たぜ」


「…恐らくだが、彼女のおかげだ」


「彼女?」


私達の窮地を救ってくれたのは…あの直前に聞こえた声。あの声の主が仕掛け人だろう…或いは彼女なら、機材を暴走させることも可能なはずだ。


きっと今も、私達を見ているだろう…。


「貴方のおかげ…なんでしょう?シャナ殿」


「え?あのババア?」


そう私が路地の奥に視線を向けると、彼女は肩をすくめ笑みを見せながら現れる。曲がり角から姿を見せ…皺だらけの顔を動かし、こちらを見る。


シャナ殿だ…あの時、聞こえた声は確かにシャナ殿の物だった。


「だから言ったろうメルクリウス、ルビーギャングズと関わるとロクなことが無いってね」


「ば…ババア!?お前かよ!工場からぶっ飛ばしたの!」


「感謝してほしいくらいだね、あのまま戦い続けてりゃどえらいことになってた。まぁそれ以前にあの懲罰隊に一泡吹かせられる良い機会だと思ってね」


「…何故貴方がルビーギャングズのアジトにいたのですか?あそこは、表向きには秘匿されているはず」


「女の勘さ、歳取るとそれが冴え渡ってね。あとはまぁ…あんた達の動きを見てりゃある程度追跡出来る」


「追跡出来るって…あんた、何者だよ」


この人は…何処までも油断ならない人だ、私達の動きを見たたげでアジトの場所まで当たりをつけて追跡までしてきたと?私やデティに気づかれることもなく。


エラリーがかつて伝説と口にした事があった、ナリアも私達が想像するよりも凄まじい数の修羅場を潜っている可能性があるとも言っていた、もしかするとこの人は私が想定するよりもずっと…。


「何者だよ…じゃないだろ、礼は!礼はないのかいクソガキ!助けてもらったらお礼!当然のことだよ!」


「あ、わ…悪ぃ…助かった」


「じゃなくて!」


「た、助かりました。ありがとうございます」


「フンッ、ギャングだかなんだか知らないけどね。渡世の義理も知らないようじゃ程度が知れるよ、気をつけな」


「は、はい…」


…なんか、ルビーもタジタジと言った様子だな。しかも…思えば彼女は私達が懲罰隊に追われていることにも気がついていただろうに、それでも構うことなく工場に突入し誰にも気が付かれることなく機材を暴走させ私達が逃げるための手を打ってくれたのだ。


度胸と技術、そしてそれに裏打ちされた経験がなければ出来ないことだ。


「…あ!って言うかよ!」


「あんだい」


「礼は言ったがオメェだろ!私の家ぶっ飛ばしたのは!あそこにはな!懲罰隊と戦争する為の武器があったんだよ!それを作る為の機材も!」


「武器ってこれかい?」


「え?」


そう言ってシャナ殿はポケットから一丁の拳銃を取り出す。あれはルビーギャングズが部品を盗み出して組み立てた銃だ…一丁だけ持ち出していたのか?


「お、おうそうだよ」


「作ったのはあんた達かい」


「ああ、部品盗んでそれ以外は私達が作った、銃弾もな!」


「ふーん」


そう言いながらシャナ殿はタバコに火をつけながらカチャカチャと鮮やかな手つきで銃を解体してそれぞれのパーツを見ていく。そして…。


「素人にしちゃよく作ってるよ、問題なく動くって時点で大したもんさ」


「だ、だろ?それをあんたは吹っ飛ばして…」


「だが素人にしてはって域を出ない、…メルクリウス。あんたに聞くよ?こんな銃で懲罰隊と喧嘩して勝てるのかい」


そう言ってシャナはメルクリウスに組み立て直した銃を手渡す。その銃を見て…私は静かに俯く。この銃は…恐らくだが元々はソニアが外部に輸出しているものだろう。型が古いし品質良くない。


南部でゴブリンが持っていた物と同じ物だ、所謂型落ちの銃…しかも素人の手が加わったこれを…例え数万丁量産したとしても…。


「勝てないかもな…」


「はぁ!?あんた私たちにこれ作れって言ったよな!」


「無いよりは良い、だが…それ以前に良いか悪いかで聞かれれば悪い。と言うだけで話だ…だがこんな物でも無いよりはは良いことに変わりはない」


「悪銃なんざどれだけあっても意味なんかないよ、五、六発撃つ間に暴発するのが関の山かね」


カスもカスだね、アタシから言わせれば…そんな言葉を聞いたルビーはみるみる内に顔を赤くし…一気にシャナ殿に向け食ってかかり。


「テメェ!私達の努力の成果を馬鹿にしてんのか!これを作るために!みんながどれだけ苦労したか分かってんのか!」


「あんだいあんた、怒ってんのかい?」


「ッたりめぇだろうが!私はアイツらのリーダーだからな!」


胸ぐらを掴み、殴りかかろうとするルビーを咄嗟に止めようとするが、そんな私をシャナはさらに手で止める。止めるなと…。


そしてシャナはルビーに向け、更に目を見開き逆に胸ぐらを掴み返し。


「リーダーだったら、進む道にちゃんと責任を持ちな!」


「ッ…」


「あんたの号令一つで、人が死ぬことを自覚しな!あんたが間違えればそれだけ人が死ぬ事をちゃんと理解しな!そして…その咎を永遠に背負い続ける覚悟をするんだよ!」


「な、なんだよ。枯れ枝みたいなババアが知った口を聞くんじゃねぇよ!」


「知ってるさ…あんたよりずっと、大勢の人間を率いて…そしてあんたよりずっと間違えて、大勢を死なせたからね…」


「え……」


その言葉に思わずルビーは手を離す。シャナ殿の言葉には重みがある、その場凌ぎでなんとなく口にしただけの言葉や嘘や誤魔化しを含んだ言葉とは違う、重みが。


「あんた…一体」


「昔はあんたみたいにどでかい奴と喧嘩してたのさ。結果アタシは何もできなかったけどね…」


「…………」


「だから戦い方は選びな、武器も選びな、全部にチェックを入れて万全になってからやるんだよ、喧嘩ってのはね」


「……けど」


それも、もう遅い。いくら何を言われようとも一斉確保はもう目の前で戦わざるを得ない事に変わりはない。そしてその為の武器が失われた物また事実…。


「戦わなきゃいけないんだよ」


「どうしても?」


「うん、だってアイツら人を殺そうとしてるんだ。地下の人間…全員」


「ここの奴らはゴミ同然だよ、死んだって誰もなんとも思わない」


「誰もなんとも思わなくても、私が思うよ…ここの奴らが必死に生きてるの知ってるから。だから世界中の誰もが味方しなくても…私はしたい。したいんだ…」


「……………」


「シャナ殿、ルビーはただ…」


「分かってるよ」


すると、シャナ殿は一気にタバコを吸い込み…吸い殻をその辺に捨てると。


「ついて来な」


「え?」


「いいから、ついて来な」


「……?」


すると、シャナ殿は私達に何も言わず…路地の奥へと歩いていく。どこへ連れて行かれるんだろうと思う物のシャナ殿は頑として何も言わず…。


「なぁ…ババア、どこにいくんだよ」


「こっちは…機関場か?」


路地を越えた先には、地上の魔蒸機関を動かす為の超巨大な機械がドンと並ぶ地帯があった。ここは恐らく…シャナ殿の仕事場か?


「なんでこんなところに…」


「あんたら目立つとやばいんだろ、とっとと来な!」


「あ、はい」


そうしてシャナ殿は…機械のうちの一部、モウモウと煙を吐く煙突に梯子をかけ、その上へと登っていくのだ。いよいよどこへいくのかと思えば…。


「こっちだよ」


「え!?煙突の中!?」


「見られるとやばいよ、早くしな」


「…メルクさんさっき行って」


「お前なぁ…」


シャナ殿はそのまま煙突の中へとスルリと入っていくのだ。まだ煙を吐いている煙突の中にだぞ?だがまぁシャナ殿が先に行ってるなら…大丈夫なんだろうと私はルビーに促され煙突の中へと入り込む。


すると……。


「うぉっ!?なんだこれ!?」


煙を抜けると…何やら広いスペースがあった…というかここは、拠点…!?


「これは一体…」


「アタシの秘密基地さね、言ったろ?機械弄りが好きでね…あってもなくても別にいいような場所をアタシの個人スペースに改装しておいたのさ」


そこには鉄の壁と鉄の床…そして煌々と輝く光源が設置された、小綺麗な空間がドーンと広がっていたのだ。かなりのスペースだ、あの工場よりも広いんじゃないか?ここ。


ふと、自分が降りて来たところを見ると…水が沸騰している鍋が置かれている、その上に金網を設置して…なるほど、水蒸気をこうやって作って煙突が動いてるように見せかけて…って。


「メルクさーん!」


「無事だったんだねー!」


「デティ!ナリア!みんなも!」


拠点の中には他のメンバー達やデティやナリアがいた。全員無事だ…ということは。


「みんなもシャナ殿に?」


「うん、一旦家に帰ったらここへの道が書かれた手紙が置かれててね、それに従って来たらびっくり!地下の地下にトンネルがあってここに繋がってたの!」


「なんと…」


まさか、シャナ殿が…私達をここに匿って…。


「シャナ殿…これは、拠点…ですか?」


「ああそうさ、いつもいつも監視されてたんじゃ気が狂うからね。落ち着ける空間が欲しかったのさ…それでまぁ、アタシの家にチンピラ入れられたんじゃ困るから、代わりにここを用意したのさ」


「だがこんな…他の作業員だっているでしょうに、バレたら…」


「問題ないよ…だって」


すると、壁に立てかけられている扉が開き…その向こうから。


「シャナさん!こっちの空調整備終わったよ!子供達を入れても大丈夫だ!」


「おう、サンキュー!」


「シャナさん!こっちの照明明るくしといたよ!」


「いいね!気が効くじゃないかい!」


「シャナさん!冷房設置しといたよ!」


「あんたも普段からそんだけ仕事が出来りゃこっちも楽なんだけどね」


「な、な…」


続々とあちこちから作業員達が現れる…これは、まさか。


「グルなのか!?この作業員達!」


「違う、この作業員達がグルなんじゃない、今チクシュルーブを支えている作業員全員がアタシとグルなのさ。自分達で好きに弄れるスペースってのは…作業員達にとっちゃロマンだからねぇ」


そうか、あの鉄の森で部品を拾っていたのは…ここの整備をするための。そして作業員達全員を共犯者にすることで、こうも公然と不正行為を…。


お、恐ろしいぞ、私も一応ソニアと同じ経営執政を行う身として現場でこんな大々的な不正がされているのを見るのは、怖いぞ!


「ここにゃ食糧もある、しばらくここにいても問題ないさ」


「いいのか!?」


「無闇に出歩かれると厄介だからね、むしろここにいな」


「そうか……」


確かにここなら、もう懲罰隊に見つかることはないか…ありがたいな。メンバー達もホッと一息ついているし…ここなら安全だ。


「でもさ、一斉確保が始まったら、ここだって危ないんじゃないのか?」


「お?ルビー」


いつの間にか煙突から降りて来ていたルビーが言う。一斉確保が始まったらここも危ないと…それは確かにそうだ。なんせターゲットは街の人間全員、草の根分けてエラリー達は私を探し出すだろう。


そうなればここも見つかる…やはり戦わなくてはならない。


「戦いは避けられないんだよ…」


「でも武器がいるだろ?」


「ああそうだ、だからまた外に行って武器を調達して…」


「その必要はないよ、ほれ…」


「は?」


ドン!とシャナ殿が壁を叩くと壁がクルリとひっくり返り…その向こうから大量の銃が現れる、それもルビー達が作っていた劣悪品ではなく…逢魔ヶ時旅団が使っている最新式の奴が…こんなに!?


「知ってるかい?懲罰隊の武装を管理してるのはアタシ達技術者なのさ…。だから帳簿よりもちょいと多めに発注してちょろまかすなんて事、ワケないのさ」


「す、すげぇ!メルクさん!これすげぇよ!」


「あ、ああ…しかし何故こんなに武器が!」


「ンン?決まってんだろそんなの、アタシらも企んでたからさ、反乱」


「え!?」


「こんな過酷な職場押し付けておいて給料は雀の涙!やってられないよこんなのね!だから作業員全員で反乱起こしてやろうと思ってたのさ!まぁ…人数が足りないからなんとも出来ずにいたんだが、ちょうどいい…あんたら人手はあるんだから手伝いな」


「バ、ババア〜〜〜!!!」


なんてことだ…私達が求めた物全てがここにある。安全な場所、最新の武器、そして新たな人手…こんな、誂えたかのような。


いや、まさか…シャナ殿は最初からこれを狙っていた?だとしたら一体いつからだ、私達が地下に来てからじゃ遅い…もっとずっと前から…。


「シャナ殿、どうしてこんなに…協力してくれるんだ」


「…………」


「貴方はケチなババアだと、自分で言ってただろう」


「……こっち来な、おいガキども!ただで居着かせてもらおうなんて考えんなよ!あんたら機械弄りは多少出来んだろ!?だったら働きな!おいテメェら!クソガキに大人の仕事叩き込んでやれ!」


「はい!」


「おっす!」


そしてシャナ殿はタバコを蒸しながら子供達と作業員達に命令し、私を一人…別室へと連れていく。


「なんで協力してくれるか…だったね」


そして、鉄の扉を閉めて…周りの喧騒から私とシャナ殿を隔絶し、話を始める。


「別に大した意味なんかないよ。ただ一斉確保の話を聞いてアタシ達もヤバくなったから協力してるだけさ」


「本当ですか?その割には準備がいいようですが…、もしかして最初からギャングを味方に引き入れるつもりだったのでは?」


「フフッ…明け透けに聞いてくるね。まぁ考えないでもなかったよ…けど、それにしてはアイツらはガキ過ぎた、一緒にいてもロクな事にならなかったからね、ただ最近…物を知って来たようだから、仲間にしてやっただけさ」


「……本当に?それだけ?」


「…本当さ」


シャナ殿はそれだけの為に動いたとは思えない、明らかに…ルビーに対して思うところがあると言った行動だ。


そこで思い出すのは、ルビーの生い立ち…両親は死んでいるが、祖父と祖母は…。


「まさか、貴方はルビーの…」


「メルクリウス」


しかし、私の言葉はシャナ殿の言葉に遮られ…。


「…あんたはルビーやギャングを焚きつけた…その意味を分かっているのかい」


「……はい」


「一斉確保を抵抗して戦う…ってのは飽くまで地下の住人の理屈だ、真の意味で地下の住人じゃないあんたには関係ない話だ。あんたはその先を見据える必要がある」


「私は、ソニアと戦うつもりでここに来ています」


「…戦うつもり、なら聞こう。なんのために戦う」


シャナ殿はやや誤魔化すように話を変え、いや或いは先程の話を繋がっているのか…私に聞いてくる。戦う意味を、だが聞かれても一つしかない…私が戦うのは仲間の為。だが今回に限って言うなれば。


「私の正義のためです」


「正義…青臭いとは笑わないよ、そこに至るまでアンタはそれを貫いて来たんだろうからね、だが…本当に正義を貫けるかい?ソニアは確かに悪人だよ、でも…」


上を見る、シャナ殿は上を見上げる。私も釣られて天井を見る…いや見ているのは天井ではなく。


「地上には、ソニアの恩恵に与る人間が大勢いる。ソニアが消えれば…多く人間が路頭に迷う、あんたの正義を貫いた結果…多くの人間が不幸になる、あんたはその意味を理解しているのかい」


「………」


「ソニアはあまりにも大きくなり過ぎた、今も強く立ち続けるあの女の影に寄り添い、影の中でなければ生きていけない人達には…罪はない筈だ。そんな人達の生活や人生を犠牲にしてまで…貫ける程あんたの正義は尊いのかい?」


正気とは、脆く…見方を変えるだけで正義は正義ではなくなる。ある意味地上に暮らす人達にとって…或いはこの西部チクシュルーブ領に生きる人達にとって、私の正義は身勝手で乱暴な理屈なのだろう。


ルビー達の正義のように、やり過ぎた正義になるかもしれない…それか、エラリーの掲げる自己満足の正義に、なり得るかもしれない。


「あんたは今、ルビー達を率いてソニアに戦いを挑もうとしている。結果ソニアの牙城が崩れれば…ソニアの側に立つ者達は破滅する。お前はそれを正義と呼べるか否か…そいつを聞かせておくれ」


「…私は……」


正義…それは私が掲げる全てだ。私は正義故にエリスと共に立ち、正義故に仲間と共に戦い、正義故にここに居る。それを全て否定すれば私は立っていられなくなる、だが身勝手な正義を振りかざすくらいなら…大人しくしている方がいいのかもしれない。


だが……。


(ソニア……)


脳裏に浮かぶのは、奴の覚悟を決めた顔つき。奴は己の悪を貫いている…例え何を巻き込み、世界がどうなろうが奴は悪を貫くつもりだ。それがソニア・アレキサンドライトだから。


仲間と共に明日を生きたい、その明日を守るには私はソニアを止めなければならない。ソニアを止めるには…私は、メルクリウス・ヒュドラルギュルムでなくてはならない。


ならば…答えは一つ。


「それが、メルクリウス・ヒュドラルギュルムの正義ならば。私は胸を張って突き進めます、例えその過程で被害を負った者がいようとも…私は私が正しいと思える事を信じ最後まで歩きます」


「…いいのかい?それは或いは正義とは呼べないかもしれないよ」


「かもしれませんね。もしそれで何かを失う者がいたなら…私はその者の手を取る、それが私の正義だから。もしソニアが正義でも私は手を止めない、それが私の正義だから…本質的にはこの世には正義も悪もない、なら私は私の中の正義を信じます、もう迷いません」


「………そうかい」


私は私の正義を持つ、それが世界の正義でなくとも私は私の正義を貫く。行き過ぎた正義にならぬよう私は私の手綱を握り、身勝手な正義にならぬよう自制を忘れず、手段を選び、目的を見定め、何よりも大切は正義を守り貫く…それが私のあり方だと伝えればシャナ殿は納得したのかニッと笑い。


「やっぱりあの日、お前を見て…賭けてみても良いと思えたのは、事実だったみたいだね。慣れないギャンブルだったが…いきなり大当たりとは、ビギナーズラックってやつかね」


「…やはり貴方は、ギャンブルで地下に落ちたんじゃないんですね」


「フッ、あんたの答えが聞けて満足だよ。…任せたよ、ルビーを。アタシじゃアイツを外に出してやれないからね…アンタに託すよ、あの子を」


終ぞシャナ殿は私に真実を語ることはなかった、だが…把握は出来た。彼女にとっての正義とはそういう事なのだ。


そうしてシャナ殿はタバコを吸い終わり、近くに設置してあった灰皿にタバコを潰し。


「協力するよメルクリウス、今日からあんたは真の意味でアタシの協力者だ。この地下に在っても正義を貫く愛おしい愚か者よ、地の底から星を穿て…アンタならきっと出来るよ」


「はい、シャナ殿」


そうして私達は鉄の扉を開け…みんなと合流する。シャナ殿との問答で、私は更に己の正義を明確化出来た気がする…けど。


まだ足りない、まだあやふやな気がする…というのも。感じるんだ。


(この正義が形になった時…私はきっと…新たな段階へ扉を開くことができる)


魔力覚醒とは即ちその者の人生の具現だと言う。私にとっての人生とは即ち正義だ…ならばこれが明確になった時、私は…魔力覚醒の扉を開くことが出来るんじゃないか?


なら私にとっての正気とは何か…その答えを、考え続けよう。


「あ、メルクさん」


「ん?デティ?」


ふと、みんなと合流すると…デティが何やら困った様子で私を見ている。他のメンバーの空気も何やらピリピリした空気を醸し出しているのだ。


何があったのだ?


「どうした、こんなピリピリして」


「それが…見慣れない奴が、外から…」


「何…?」


そこには、煙突の穴を潜って現れたであろう…見慣れない男が居た。そいつは私達の姿を見るなり礼儀正しく胸に手を当て…こう言うのだ。


「何者だ…」


「ご心配無く、私は皆様の味方です」


と…な。ここに来て、また新たな人間が出現し…私達の戦いは、最終決戦へと進んでいくのであった。

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