559.魔女の弟子と悪と正義
「メルクリウス・ヒュドラルギュルム…ふむ、本物のようだ」
「エラリー・アンズリベンジだな。噂は予々聞いているよ」
懲罰隊本部の本部長室にて、椅子に縛り付けられたメルクリウスを睨むエラリーは…メガネを掛け直しながら鋭い視線を向ける。
突如、自首をしてきたメルクリウスの意図を察しきれなかったからだ。
「どう言うつもりですかな、噂を聞いているなら私が貴方を探している事も把握している筈ですが」
「ああ、だがあんまりにも必死になって探してる物だから…可哀想になってな。自分から出てきてやった」
「そうですか、お心遣い感謝します」
メルクリウスは自首をした、自分達を探している逢魔ヶ時旅団に対して自ら姿を晒し敢えて捕まった。どの道エリスがガウリイルに捕まった以上魔女の弟子が生存していることがバレているのだ、ならば秘匿する意味もない。
だから…と言うわけではないが、こうして出てきた。全ては…奴の元へ赴く為。
「さて、では本物のようなので貴方をソニア様の所へ連行します。そこで他のお仲間の場所を吐いて頂きますよ」
「……好きにしろ」
「では好きにします、連行は私が直接執り行います。魔封石の手枷を使っているとは言え貴方は歴戦の実力者、甘くは見ませんよ」
「君のような、見るからに中間管理職みたいな男に…私を止められるか?」
「興味がお有りでしたら、どうぞご自由に」
見たところエラリーに隙らしい隙は見当たらない。まぁ当然か…彼もまたこの地下エリアの守備を任されているエリアマスター…。弱いわけがないか。
「行きますよ」
「ああ」
そして私はエラリーに手枷を掴まれ、部屋から出され…そのまま何処かへと連行されるように歩かされる。
「にしても」
そうして歩いている最中、私は口を開く…。
「私は君を知らない。逢魔ヶ時旅団とは何度か戦っているが君の存在を最近知った…君は何者だ?新入りか?」
「ええ、逢魔ヶ時旅団に入団したのは一年程前なので新入りですね」
私は四年前と一年前に逢魔ヶ時旅団と戦っている。その時こいつの顔を見たことがなかったからもしやと思ったが、やはりか。恐らく一年前に私と戦った後に入団したんだろう。
「私はマレウス北部のとある領地を任されているアンズリベンジ家の嫡男でしてね、そこでこの場所の話を聞きつけて、こうして入団したわけです」
アンズリベンジ家…聞いたことがあるな、確か北部と西部の境目付近に領地を構える歴史の深い貴族だ、代々マレウス軍に貢献する人間をその役職問わず輩出しており時には将軍すら務めたこともあるとかなんとか。
…だが私が聞いた話では今はもうかなり没落気味、マレウスの武家貴族といえば今やルクスソリスの時代だ。最強のエクスヴォートや猛将ゴードンを輩出したあそこに比べれば今はかなり小さいものだ…。
なるほど、こいつのやたらと強調するエリートは…瀬戸際まで迫った実家の影響か。にしても…。
「貴族の地位を捨ててまで、逢魔ヶ時旅団に?」
「というより、ソニア様の配下になりたかったと言えば良いのでしょうか。あのお方の志に痛く共感したのですよ…」
「ソニアの志だと?貴様…やはり知っているだろう、奴が作っているヘリオステクタイトの存在を」
ギロリと私がエラリーを睨めば、エラリーはクツクツと肩を揺らして笑い…それが何か?とでも言わんばかりの反応を示す。やはり知っている…ヘリオステクタイトの存在とその材料を。まぁ…知らないわけがないか。
「貴様…正義の使者を名乗っているそうだが…、これのどこが正義だ。無辜の民を犠牲にして大量殺戮兵器を作ることに加担する。この何処に…!」
「正義ではありませんか?無辜の民とは言いますがここにいるのはどの道地上が行く先のないゴミばかり。親族から疎まれ故郷から追い出され自律的に自己管理を行うことも出来ずギャンブルと酒に溺れた所謂『ゴミ』ですよ」
「止むに止まれずここにきた者もいる!」
「だが大多数の人間はここには来ない、地上で遊んでそのまま帰る方が多数を占めここに来るのはほんの一部。それが普通なんです、そんな普通さえ出来ないのがここにいる者達です、例えどんな事情があろうとも普通の行いが出来ない奴は社会に必要ないんです、その必要の無いものをエリートである私が有効活用しより一層社会の役に立つ存在へと昇華させている…慈悲深いとは思えませんか?」
「思えん…ッ!」
これのどこが正義だ、どこに正義がある。ただの徹底したエリート優先主義…他より劣る者を卑下し勝手に勝ちを決めて、到底許せるものではない。
だが、私がいくら否定しようともエラリーは鼻で笑い…。
「これが私の正義です、蔑まれようとも罵られようとも『人類の悪き部分を選定』する。それが人々の上に立つエリートの役目…これを放棄することそのものが悪ですから」
「………」
「そして、ソニア様の作るヘリオステクタイトがもたらす新たな時代は険しく厳しいものになる。劣る者が生きる余裕などないほどにね…つまり、人類の純度は更に向上する。これは人類の進化と呼ぶのでは」
「呼べんよ」
断じて許容出来ん、だが…それでもこの男は譲らない。それならここで私が何を言っても押し問答か…。
「さて、ここから上に上がれます。これを探していたのでしょう?」
「む…」
すると、目の前巨大な階段が現れる。懲罰隊本部の奥に…上に上がる階段?そうか、この街の中心にある岩盤に穴を開け中心に繋がる道を作っているんだ。
(ここから上に上がれる、居住区へ上がれるんだ…これを使いさえすれば)
「貴方の魂胆は分かっています、どうせ敢えて自首することで本部の中を調べ居住区へ繋がる道を探していたのでしょう?なら教えましょう。これが地下と地上を繋ぐ唯一の道…そして、『燃料』を運ぶ搬入ルートでもある」
「ッ…じゃあローン社長はここから!」
「ローン?…ああ、第二十四工場の末端作業員長か。ええそうですよ、彼が我々に盗難申請してきたので…もう面倒だったのであの工場ごと取り潰すつもりで彼も利用させて頂きました」
「ッ……!!」
思わず体が動いてエラリーを殴り飛ばそうとしたが、手枷に阻まれ動きが封じられる。くそ…こいつ!人の命を…ッ!!
「まぁまぁ慌てない、どうせ貴方ももう終わるのです…この先でソニア様がお待ちです。心の準備を…」
「………………」
ソニアが、この先に。…つまり、エリスもそこにいる。
…私がここに来たのは、ソニアと決着をつける為。そしてもう一つ。
……待ってろよ、エリス。
……………………………………………………………
「でー?メルクリウスは何処だ、他の仲間も生きてるんだろ?お前は何処まで掴んでる、言え」
「さ、さぁ…エリス…記憶力が良くなくて、忘れちゃいました…」
「あっそう」
ソニアの残酷な声が響くと同時に、ガチャンと手元の小さなレバーを指で弾く。と同時にエリスの手に設置された機械が動き…左手中指の爪が剥がれ血が噴き出る。
「ぁがっ…ぐっ!ぅぁあ…ッ!」
「殴られ慣れてんだろ?戦い慣れてんだろ?痛いのか?ええ?」
「ま…まぁ…ぜぇ…ぜぇ」
冷や汗が顎から零れ落ちる、息が上がり意識が朦朧とする。拷問…ソニアの拷問がエリスを襲う。エリスを捕らえたソニアはそのままエリスに対して拷問を繰り返し…あれからどれくらいが経ったか。
既に右手の指の爪は全て剥がされた、左手も小指から中指まで剥がれ…後は人差し指と親指を残す限りとなった。
これが…また痛い、筋骨隆々の大男に殴られたって平気で殴り返せるエリスですが、爪を剥がされるという小さな事象に気が狂うほどの痛みを感じている。
「痛いよな、そりゃそうだ。指先は神経の塊だ…ここは刺激を最も早く脳に伝達しなければいけない繊細な器官。その痛みは殴打にも勝る…、ましてや手足を拘束され両手足に神経を集中させた状態だ、来るだろ…?これは」
今エリスは手足を拘束された上で体に布を被せられ露出した手足のみに異様に神経が集中している状態にある、これで痛みを与えられればまるで脳みそに棘を刺されたみたい血痛むんだ……よくもまぁこんな知識ばかり持ってるなこいつは。
「詳しい…ですね」
「好きこそ物の…という奴ですね」
ニコッと微笑むソニアはまぁなんとも楽しそうだ、こいつ…本当に死にかけか?
「随分元気そうですね。余命…長くないんでしょう?」
「ああ、けどやっぱりこれをやってる時は体が元気になるんだ。王貴五芒星になってからはこうやって趣味の時間を作ることさえままならなかったからな…やはり趣味は命の養分だよな、なぁ…おい!」
「ぐっ…」
その瞬間ソニアは足元の水バケツを振るいエリスの顔に水をかける。冷たい水だ…意識が嫌でも元に戻る。気絶さえ許されないか。
ソニアの寿命は残り短い、無理な工業化を推し進めた事による人体への悪影響…それを無視して最前線で常に指揮を取っていた所為か。或いはヘリオステクタイトの持つ毒性が彼女を蝕んだか…識確の切れたエリスには分からないがそれでもこの目で見てもソニアは先が長くない事は分かる。
一ヶ月前に会った時より確実に弱々しくなっている。残りの時間は短い…そんな残りの時間を全て悪事に用いて世に爪痕を残して逝きたい。その覚悟と決意は彼女から退路を奪い凄絶なる狂気を生み出した。
これがソニアの強さ…ソニア・アレキサンドライトという人間が歩んだ人生の結晶。それがこの狂気なのだ。
「おい、余所事を考えるな」
「グッッッ!?!?」
瞬間エリスを現実に引き戻すのはソニアの鋭い針だ、親指くらいある太さの針がエリスの人差し指に刺さり、ゴリゴリと骨を裁断し潰していくのが目に見え────。
「ぁがぁぁぁ!?ぐぅぅううう!」
「惚けてる間は殺されないと思ったか、何も喋らないなら生かしてもらえると思ったか?残念だったな…私はお前を殺すぞエリス。別にお前から何も得られずともお前の死に顔を見れるなら私はそれで満足だってことを忘れてくれるなよ」
「ぐっ……」
そしてエリスの血で汚れた針をエリスの喉元に当てる。…冷える、肝が。人生で一番肝が冷えている、恐れている…恐怖している。ソニアという人間の恐ろしさを今エリスは実感している。
殺される…という恐怖の先を行く『何をされるか分からない恐怖』。もう余裕の笑みを作る余裕もない。
「…聞いてやろうか、お前の仲間は何処にいる…?」
「ッ…喋らない!」
「ああそう」
その瞬間今度はもう片方の手に持った肉叩きでエリスの親指を潰し…脳に火花が散る。意識が半分飛んでいるのが分かる、どこかでエリスみたいな声が叫んでいる。
「起きろって」
「ぐっ…」
再び水をかけられ、喉に走る痛みで今しがた叫んでいたのが自分であることを理解する。やばい…やばい…指が全部なくなった、次は何をされるんだ。
「さてと…んじゃあ次は…」
そう言ってソニアは近くの棚からそれを取り出す。
ああ最悪だ…糸鋸だよ…糸鋸だ…。
「もう一回聞こうか…仲間の場所はどこだ?」
「ッッ…ッ…」
エリスの右足に当てられる、膝の関節の間に…刃当てられる。やられる…斬られる…。
「言えよエリス、言ったらこれは勘弁してやるよ」
「……う…」
恐ろしい…何が恐ろしいって、今エリス…一瞬口を開きかけた…。言いかけた、仲間の居場所…ルビーたちの居場所、知ってる事…全部。
だから下唇を噛む、絶対に喋らないと言う意思表示をする為…首を振る。するとソニアは…。
「ああ、そう…」
押し込む、刃が皮膚を裂く…。
「ギィッ!?…ぐっ…!?」
「言うか?言わないか、聞くだけ損だよな」
引く、刃が更に肉を切り裂く。
「聞いてほしいか?聞いてほしいかエリス!足がなくなるぞ!?お前の足が!」
「ッッッ……!」
「お前の…!」
更に刃が…。
「仲間は…!」
押して、引いて…。
「何処にいるッッ!!」
血が…溢れ──────。
「ここだッッ!!ソニアッッ!!」
「っ…お前…!」
響く、声が…その声に応じてソニアは手を止め、糸鋸を回収し…振り向く。
もうエリスに構っている暇は無くなった。…何故なら。
「メルクリウス…?」
「ソニア…」
メルクリウスが、拷問部屋に現れたからだ。その手に…手枷を嵌めて。
「は?なんでお前が捕まってるんだよ…」
「ソニア様、このエリートであるエラリーがメルクリウスを捕らえました」
「は?」
メルクリウスの隣に立つエラリーはなんとも自慢げに胸を張るが、対するソニアは混乱の極地にあるとばかりに目をクルクル回す、なんでメルクリウスがここにいる。それも捕まっている。
お前は最後まで抵抗するはずだろ…。というか…。
「誰だお前」
「え?」
「エラリー?逢魔ヶ時旅団か?」
「な、何言ってるんですか。地下エリアのエリアマスターのエラリー・アンズリベンジですよ!貴方の従僕の」
「ああそんなのもいたな。悪い、興味がなかった」
「え……」
普通に興味がなかった、ヘリオステクタイト建造の為日夜開発費を稼いでいる地上のエリアマスターたちと違って馬鹿でも出来る人攫いしかしてない奴だから。そう言えばそんな名前だったな…久しぶりに見たな。
「お前が捕まえたのか?」
「え、ええ…」
……嘘だな、こいつにメルクリウスは捕まえられない。私でさえ捕まえられなかったんだ、こいつになんかメルクリウスが捕まるわけがない。という事は自首でもしたか…何か意図があってここに来たな。
「………………」
「ハッ…生意気だな、メルクリウス」
「それでソニア様、此度の働きを評価して是非私を地上のエリア…食楽園エリアが未だエリアマスター不在と聞いていますので…そちらの方に異動を…」
「そこら辺はオウマの管轄だ、オウマに話しておくから下がれ」
「ハッ!畏まりました…」
メルクリウスを壁から垂れる鉄製の手枷に嵌め、拘束すると同時にそそくさと消えるエラリーに目もくれず…ソニアはメルクリウスに視線を向ける。
「なんのつもりだよメルクリウス…お前が自分からここに来るなんて」
「別に、顔が見たくなっただけだよ…とでも言うと思ったか。ここに来た要件なんて決まっている」
メルクリウスは血塗れで気絶するエリスを見て…怒りの視線を私に向ける。そんなにエリスが大切か…メルクリウス。
「大切か…大切だよな、そいつはお前を私の手から救ってくれた恩人だものな」
「…エリスを傷つける奴は、許さん…!」
「許さないならどうする…お前も捕まって、相変わらず後先考えない奴だなお前は」
「後先なんて考えないさ、今を逃せば…一生後悔する。なら今を足掻き、後を作る…それが私の生き方だからな」
「行き当たりばったりをカッコよく言えばそうなるか、で……」
カチリ…と音が鳴る。撃鉄を起こし…拳銃をメルクリウスに向ける。その銃口でメルクリウスの眉間を狙う。
「殺すが…いいよな、覚悟して来てるんだし」
「……………」
私はお前を殺したい、私から全てを奪ったお前が…いや、それ以前に。私とお前は真逆の存在、食い合う以外の選択肢が存在したい間柄なのだから。
しかし、銃を向けられてもメルクリウスは全く表情を変えず。
「聞かせろ、ソニア。お前は何を企んでいる」
「聞いてないのか?エリスの他にもう一人侵入者がいた、そいつからどうせ話を聞いたからここに来たんだろ。ヘリオステクタイトがどういう物か知ってるはずだ」
「そこだ、そこが気になった。お前らしくないと」
「…何?」
メルクリウスはまるで私を見透かすように目を細め。
「ヘリオステクタイトを量産して、何がしたい。世界を変える?魔女の優位性を消す?…お前はそんな殊勝な奴だったか?」
「何が言いたい」
「お前は別に魔女排斥派じゃない。ただ組む相手を選ばないだけだ…オウマ達が掲げる目的とお前の理念は一致しない、違うか?」
「いいや私は魔女大国存在を格下げし、魔女という存在を貶める為に──」
「分かりやすい嘘を吐くな、ソニア。お前は悪人だが…身を削ってまで魔女に敵対する程真面目な奴じゃない…ソニア、お前は魔女に敵意を向けていない」
メルクリウスは前へ踏み出る、枷を鳴らして私を睨む…熱き瞳で。
「余所見をするな!お前が敵意を向ける相手は私一人のはずだろうッ!」
「…………かもな」
確かに、言う通りだよ。私は別に魔女大国に対して何かをしてやる事に執念を燃やさない。利益になることも不利益になることも…自分から進んでする事はない。極論を言えば『どうでもいい』のだ。
ただオウマの話に乗ったから本気を出した。ただ私は…。
「兵器のあるべき姿を取り戻したかっただけだよ」
「何?」
「魔術や魔力が幅を利かせる世界を変えたかった、私の作った兵器が…魔術にも勝る物になり、国全てが私の兵器を使い、新たな時代を作りたかった…って気持ちもあるかな」
「………何を、そんな余生みたいなことを言っているんだ」
「余生さ、お前に全てを奪われたあの時から…私の人生は余生になった、今は人生のアディショナルタイムさ」
拳銃を机に置く、疲れてしまったので鉄製の器具の上に腰をかけ…汗を拭う。体力もやや落ちているようだ…。
「お前……まさか」
「メルクリウス…、私は世界を変えるぞ。一週間後だ…地下にいる人間を全員捕まえてヘリオステクタイトの燃料にして、サイディリアルを狙う。この国の執政を潰し…私が主導権を握り、世界中にヘリオステクタイトを売り払い…時代を変える」
「…ヘリオステクタイトを打ち込むだと?…聞いた話では随分エネルギーを使うみたいだが…それも人を?」
「…下手くそな誘導尋問に乗ってやる。それは別途で用意出来る…レゾネイトコンデンサーがあればな」
「なんだそれは…」
「さぁ、自分で調べな。最もそんな時間があるならな…」
再び立ち上がり拳銃を握る、メルクリウスの胸を狙う。さぁメルクリウス…どうする、ここから。
「ソニア…」
「もう話は聞かないぞ」
「構わん、これだけ私は伝えに来た…聞かずとも聞け」
「……?」
メルクリウスは、命の危機を前にして…浅く笑い。
「私は私の正義を貫く、お前も…お前の悪を貫けよ」
これは、どれだけ事態が拡大し複雑化しようとも私とお前の対決であることに変わりはないのだから…そう告げるメルクリウスに、ソニアは悦ぶ。
向こう見ずで笑えるくらい知性を感じない、ただ一点だけを見た正義。愛おしいまでの無謀と金剛すら砕く信念…それでこそ。
(それでこそ、メルクリウス・ヒュドラルギュルム!私の宿敵だ!私が終生をかけて殺すに値する女だッ!)
故に容赦しない、容赦せず躊躇せず、ソニアは一気に引き金を引く。手枷で拘束されて身動きの取れないメルクリウスを狙う。手枷は魔封石製、破壊も魔術使用も不可能、逃げることも防ぐことも不可能!
これで終わるか?そう笑みを見せながらソニアは拳銃を放ち────。
「フッ…ッッ!」
「なっ!?」
瞬間、メルクリウスは…なんと。横に飛んで銃弾を避けたのだ。手枷で拘束されているにも関わらず、何にも縛られていないかのように横へ飛び銃撃を回避した…何故だ。
そう思い、手枷で拘束されていたはずの腕を見ると…。
「知っているか…私の中にあるニグレドとアルベドは…、魔力を封じられても…活動を止める事はないと…」
究極の錬金機構ニグレドとアルベド。それはメルクリウスの心臓と同化している、それらが停止する事はつまり心臓の停止を意味する。故に魔封石でも止まる事はない。されど破壊や再生を外部に対して行う際は魔力をばいかいに媒介にすることに変わりはない。
魔封石を付けられている以上、ニグレドとアルベドが使えないことに変わりはないと…ソニアは思っていた。事実使えなかった…そう、『外部に対して』…。
「お前…破壊の力で自分の腕をッッ!」
見れば、メルクリウスの両腕は手首から先が無かった。黒く炭のように崩れ…ボロボロと塵に変わり崩壊していた。ニグレドの破壊の力を内部に使い…自らの肉体を崩壊させて拘束を解いたのだ。外部ではなく内部に対してなら魔封石を付けられていても問題なく破壊の力を使えるから。
だが、腕を崩せば当然痛みも発生する。神経から腐っていき形を失う痛みは切り付けられたり潰されたりするのとは訳が違う…だと言うのに。
「フッ…エリスが、あんな傷を負っているんだ…私だって、覚悟くらいするさ…!こんな痛みなど、屁でもない!」
「何が…狂っただよ、お前も十分狂気的だろうが!」
失われた腕に対して、アルベドの創造の力を使い白結晶の義手を作り出すメルクリウスとリボルバーを回しメルクリウスを狙うソニアの視線が交錯する。狂気的な正義と狂気的な悪が交わり…今一度、終生の決着を。
「死ねェッ!!!メルクリウスッッ!!」
「死なんさ!ソニア!私は死なない!」
銃弾を回避しながら足元に転がる水バケツを拾い上げたメルクリウスはそのまま魔力を編み上げ。
「『Alchemic・smoke』ッッ!!」
「しまっ…!」
錬金術だ!やられた!水を煙に変えられた!何も見えない!くそっ!何処だ!メルクリウス!
「何処だ!何処に行った!メルクリウス!」
『ソニア、私はいつか…お前に語ったな。たとえ私が死んでも別の正義がお前を追い立て闇を暴くと!』
銃を四方に乱射すると、煙の奥からメルクリウスの声が響く。それはいつか…クリソベリアで着けた決着の際の、メルクリウスの言葉。正義は死なず、例え私が死んでも別の正義がソニアを追い詰めるとメルクリウスは言った…だが。
『訂正する、お前の闇を暴くのは私以外あり得ない!必ずお前を追い立て!お前の闇を暴き!お前と言う悪を…私が…私達が断罪する!!』
「メルクリウスゥゥァァアアアアア!!!」
『だからそれまで…待っていろ!』
その瞬間、部屋の扉が開く音がする。外に逃げられた…追わなくては!
「待てメルクリウッ…くっ…!」
しかし、足が動かない。どうやら…今の自分にはそれさえ可能な余力さえ残っていないようだ。
「…けっ、なら早くしろよ。私が私のやり方を通す前に…時間が…来る前に」
仕方ない、待つ…待ってやる。お前と言う正義の命を狩る為の…時が来るのを。
「はぁ…はぁ…、待ってろよ…エリス!直ぐにデティの所に連れて行ってやる。傷を治してやる…!」
そして廊下に出て、気絶したエリスを救出したメルクリウスはエリスの肩を支えながら走る。私がここに来たのはソニアに対する宣戦布告をする為…そして、他でもないエリスを助ける為。
たとえ如何なる傷を負おうとも必ず助ける、エリスを助ける、その一心の為に私は私の恐れを超えて…ここに来たんだ。
「今度は、私がお前を助けるんだ…!」
「…………」
ぐったりと気絶したエリスに語りかける。お前は何度も私を助けてくれた、だから私もお前を助けるんだ。
死んでも助ける、絶対に助けてみせる、エリス…お前は絶対に死なせないからな!
「はぁ…はぁ、…ぅぉぉあああああああああ!!!」
絶叫と共に走る、エリスを助ける為に…全てはその為に。この子は…私の希望なんだから…!
…………………………………………………
「ソニア様に覚えられていなかった…だと、この私が…エリートのこの私が…」
懲罰隊本部へと戻ってきたエラリーは自身の執務室の机に手を置き、もう片方の手で顔を覆いワナワナと震える。自分はソニアの狂信的な信奉者だと常日頃から公言して彼女の強きあり方、エリート至上主義のあり方に憧れて…あのイカれた人間ばかりいる北部から抜け出し田舎の西部にやってきたと言うのに。
あり得ない…おかしい、きっとソニア様には何か意図があるはずだ。私への評価をメルクリウスに悟らせない為に敢えて知らないふりをしたのだ。きっとそうに違いない。
でなければ…そんな、私が眼中にないなんてことは…。
「…そうか、きっとこれはもっと成果を上げろと言うソニア様のありがたいお言葉なのだ。ははは、何を曲解していたのだ私は…」
成果だ…成果がいる。あのお方が私を無視出来ないくらいの成果が…。だが一斉確保までまだ日がある…その前に一度ソニア様からの評価が上がることをしなくては。
…となると、やはりあれしかないか。
「本当は一斉確保の日に切るべきカードだと…思っていたのだが、まぁ遅くとも早くとも関係ないか。どの道ルビーギャングズは滅ぼすつもりだったのだから」
チラリと執務室の机に置いてある一つのスーツケースを見つめる。ルビーギャングズを滅ぼす為の切り札は用意してある…奴等は私の術中にハマったとも知らずに…今も呑気にアジトで武器を作っている。
…なら、早々に仕掛けるか…。
「エラリー様!大変です!」
「なんだ…私は今、今後の施策を練っている所なんだぞ!」
突如部屋の扉が開かれ部下が怒鳴り込んでくる。それに対して怒りを見せるエラリーだったが…。
「それが!例の階段を通ってメルクリウスとエリスがこの本部に乗り込んできて!今隊員で制圧しようとしているのですがとても手に負えず!このままでは突破され地下街に逃げられます!」
「なんだと!?」
今しがたソニア様のところに届けたメルクリウスが地下街に戻ってきた!?何故だ!?何故ソニア様はメルクリウスを逃して…いや関係ない!今ここでメルクリウスに地下街に逃げられたらそのまま私の失態になる!
「今すぐ増員して……いや!私が出る!」
部下に任せていてはしくじるかもしれない、業腹だが私が出撃せざるを得ないだろう。
「撃て撃て撃て!ここで殺せ!絶対に逃すな!」
「うがぁあああああああああ!!!退けぇえええええええ!!」
一方階段を降り、懲罰隊の本部へと乗り込んだメルクリウスは懲罰隊の包囲攻撃を受けながらもそれを凄まじい気迫と共に押し退け強行突破を仕掛けていた。エリスの怪我を治すにはデティの力がいる。
デティのいるアジトに向かうには懲罰隊の本部を突っ切って地下街に戻る必要がある。エリスを抱えての隠密は不可能、そう判断したメルクリウスは力技による突破を試みる。
「うっ!銃弾が空中で分解されてる!?」
「なんだあの力!」
ニグレドの力を全力で展開し銃撃を防ぎながら走る。両腕は満足に動かず、エリスを抱えているから存分に動くこともできない、はっきり言って凄まじく不利な状況。
しかし、何故か…力が湧いてくる。今手元に…絶対に失われてはいけない命があることを自覚すればするほど、何処からか魔力と生きる気力が湧いてくる。誰にも止められる気がしない!
「退けと言っているッッッ!!」
「ぐぁぁあああ!?!?」
自由な腕を振るい、錬金術により爆薬と電撃を生み出し周囲の黒服を吹き飛ばす。平時では出来ない芸当も出来る…なんだこの力は。
「そこまでだメルクリウス・ヒュドラルギュルム…ッ!」
「エラリー!?」
しかし、そこで立ち塞がるのは例のクソメガネ…エラリーだ。メルクリウスの爆撃を引き裂いて現れた彼はきっちり第一ボタンまで絞められた黒のコートを一気に剥がし、脱ぎ捨てる。
「貴様の命運はここで尽きるべきなんだ。私がそう決めた…故に死ね、メルクリウス!」
服の下から現れたのは…純白の躯体。未知の素材で作られた鋼鉄の体が顕になる。いやそうか…奴も逢魔ヶ時旅団、身体改造をして然るべき。何より…幹部の末席に名を連ねる奴が弱いわけがない!
だが…止まらない、止まれないッ!!
「今は戯言を聞いている余裕などない!そこを退け!エラリーッッ!!」
「退かん!兵装駆動ッ!」
瞬間、メルクリウスは迎え撃とうと駆け出したエラリーに向け…怒りを発露させる。だから、今、相手をしている余裕なんてない。それが分からないと言うのかお前は…私の友が苦しんでいるのだ。
お前達の勝手な理屈でッッ!!
「知るかッッッ!!」
「ッッ…!?」
瞬間、メルクリウスの瞳が輝き…向かってくるエラリーを捉える。
その時だった、エラリーの体に異変が起こったのは。
(か、体が動かない…!?なんだこれは!)
まるで全身を岩で包まれたかのように動かない、防壁で阻まれたように体がピクリとも動かない。まさか錬金術で体を石にでも変えられたかと思ったが…違う。錬金術じゃない…いや錬金術にも似た何か。
まさかこれは…。
(魔力覚醒の兆し!?)
「うがぁぁあああああああああああああッッッッッ!!!」
刹那…エラリーの体は吹き飛ばされ宙を舞う、メルクリウスを中心に発生した極大の…それでいて不可視の爆発が衝撃波となって本部の中をメチャクチャに荒らし、部下諸共纏めて弾き飛ばされ…エラリーが地面に着地したその時には。
「抜かれた!くそっ!」
既にメルクリウスはエラリーを超えて地下街の外に踏み出していた。その様を見たエラリーの顔は青褪め、顎が震える。
(この懲罰隊の本部が突っ切られて逃げられる?あっていい事実ではない!あっていい失態ではないッ!こんな!このエリートが!こんな…こんなの!)
周囲に目を走らせる、だが何もない…部下も何もない。そうしている間にメルクリウスは外へと出て…。
「待て…待てぇええええええええええ!!!」
追いかける、全力で追いかける、改造された脚力で執念の追走を見せるエラリー。その速度は直ぐにメルクリウスの背後に迫り…。
「メルクリウスゥウウウ!!!」
「くっ…!」
既にメルクリウスの魔力覚醒の兆しは消えている、今なら殺せるとエラリーは背後からメルクリウスの首を狙い手を伸ばす。ここで殺す、殺す、絶対に生かして返してはいけない…絶対に────。
「させるかよッッ!!」
「なッ!?」
しかし、次の瞬間メルクリウスよりも前…地下街の方向から飛んできたのは、高速で飛来する鉄製のハンマー。メルクリウスにのみ視線と注意を注いでいたエラリーはそれを回避することができず、顔面でハンマーを受け止めてしまい。
「がふっ!?」
カン…と金属音を鳴らし懲罰隊の本部へと突っ込む、その隙にハンマーを投げた張本人はメルクリウス達のところへ向かい。
「大丈夫かよ!二人とも!」
「ルビー!助けに来てくれたか!」
「水臭いぜ!カチコミかけるなら私にも言えよ!」
「すまん、無用な心配をかけるつもりは…なかったんだ」
「ああそうかい!それより逃げるぜ!」
そしてルビーは二人を抱え、煙幕弾を二、三個ぶち撒けエラリーの視界から消え…逃げられる。逃げられてしまった、起こってはいけない事が…起こってしまった。
「あ…ああ、そんな…そんな…ッ!!」
現実が受け入れられず、エラリーは頭を抱え…立ち上がる。居ない…メルクリウスがいない!そんな…こんな。
馬鹿な事があっていいのか、メルクリウスを捕まえた結果…エリスを取り戻され懲罰隊を突破され、剰え…無事逃げられて…。
懲罰隊始まって以来の、いや…エラリー生まれて以来の大失態。
「う…うぁあああああああああああああ!!!!!!」
今まで積み上げた全てが消え去る音を聞いて、孤独なエリートは泣き叫ぶ……。
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「デティさん!連れてきたぜ!」
「戻ってきた!?お!エリスちゃんも連れ戻してきたね…って拷問受けてる!?クソがーっ!清潔な床に寝かせてーっ!今直ぐ治す!」
「メルクさんもヤベェ!腕がない!」
「ソニアの仕業か…許せねぇーっ!」
そしてアジトへと戻ってきたルビーはいの一番にメルクリウス達を綺麗な床に寝かせる。ルビーの救援に安心したのかメルクリウスも意識を失い、ゴロリと床に寝かされる。
二人とも酷い怪我だ、エリスは拷問を受けた跡がありメルクリウスに至っては手が丸々無い。何がどうなったらこうなるんだと思っていたら…。
「クソッ…ソニア、私の友達をよくもこんな酷い目に…ぶっ殺してやる…!」
「な、治るのか?」
「治す!癒せ…我が手の中の小さな楽園を 、癒せ…我が眼下の王国を、治し 結び 直し 紡ぎ 冷たき傷害を 悪しき苦しみを、全てを遠ざけ永遠の安寧を施そう『命療平癒之極光』」
ブチギレながらも冷静に対処したデティは即座に古式呪術によって二人の傷を癒す。ズタボロにされたエリスの体は瞬く間に戻り…、メルクリウスの失われた手も完全な形で再生する。その様を見ていたルビーは唖然と口を開け。
「すげぇ…これが癒しマスター…」
「フンッ!二人とも私がいるからって無茶しすぎ…ルビーちゃんもありがとね」
「へ?あ、っす!」
デティはメルクリウスが決意を固めていることを知っていた、故にソニアのところに向かいエリスを助けに行くとも分かっていた。しかしそれでも危険であることに変わりはないと判断した彼女はその後ルビーに声をかけひっそり救援として送り込んでいたのだ。
ルビーの実力は近接線ならエリスに渡り合うほど、そう聞いていたが故に彼女の実力の高さを信じて任せ…そしてちゃんと連れ帰ってきてくれた。お陰で二人ともこうしてここに帰ってくる事ができたのだ。
「デティさん!二人とも戻ってきましたか!?」
「うん、ナリア君…無事帰ってきたよ、流石メルクさんだよ…」
そしてナリアもまた仲間の帰還に気がつき…、倒れ伏したメルクリウスを眺めて…。
「すみません…重荷を背負わせてしまって」
そう呟くのだ、自分がもっとしっかりしていればメルクさんもエリスさんもこんな目に合わずに済んだのに…と。
「別にナリア君が責任感じる必要ないよ」
「でも…」
「みんなで助けに行くって方法もあった、なのにメルクさんは一人で行く道を選んだ、無茶なことは重々承知でね。でもまぁ…それがメルクさんなりの正義、彼女のなりのやり方を通した結果なんだから、この事で誰かが反省する必要はないよ」
寧ろ二人とも変に背負いすぎとデティは怒りを見せる。いくら自分がいるからっていくらでも怪我していいわけじゃないのだから。
「う…デティか…すまん、助かった」
「いいよ、それより目が覚めた?メルクさん」
「ああ…苦痛が消えた、助かったよ…」
「にしてもすげーよメルクさん!あんな状態で懲罰隊のアジトを突破するなんて!」
「あ…ああ、無我夢中で殆どおほろえてな覚えてないがな…」
体を蝕んでいた痛みが消え、楽になったメルクリウスは起き上がり息を吐く。なんとかなったようだ…、最後はルビーに助けられた。
お陰で私は懲罰隊の本部を突破して、こうして戻ってくる事ができたしエリスを連れ戻す事ができた。結果だけを見るなら…大成功だった。
(エリスはまだ目が覚めないか…、この子は拷問を受けていた…精神的な疲労もあるのだろう)
対するエリスは目を覚さない、まぁこの子の場合そのうち目を覚ますだろうからいいのだろうが…。それにしても許せん、私の友達を拷問し…信じ難い苦痛を与えるなんて。
「それで、ソニアとは満足の行く会話ができた?」
「ああ、お陰でな。奴に宣戦布告を叩きつける事ができたよ」
「そりゃよかった、これで決戦は既定路線になったわけだけど…」
「懲罰隊も刺激したからな、私とルビーの関係もバレた…奴らも今頃死に物狂いで私達を探しているだろう」
ソニアとの決戦の前に…エラリーは必ず私を見つけ出し殺しに来る。奴の絶叫が耳に残っている……必ず奴は私を殺しに来る。だが構わない、どの道一斉確保の日には奴を倒さねば事を納められないのだから。
「決着をつけるさ、その為には武器と前準備がいるが…ミュラー!作業の方はどうだ!」
「あ、はい!」
ルビーの副官であるミュラーに声をかけると彼女は慌てた様子でこちらに向けて走ってくる。すると彼女は手元の書類を見て……。
「その、まだ時間があまり経ってないので武器の用意はあまり出来てないです」
「そうか、一週間でどれだけ出来る」
「素材はあるのですが…、あんまり時間がないです。正直…結構厳しいかと」
「そうか……」
時間的余裕はないか、一週間後に起こる一斉確保を阻止するには懲罰隊との全面戦争は免れない。
だが……。
(ここにいる子達が半端な武器を持って…果たして対抗出来るのか?)
こちら側は年端も行かない若者達、相手は逢魔ヶ時旅団…世界最強と呼ばれる傭兵軍団だ、結果なんて火を見るより明らか…。人数面でも戦力面でも経験面でも負けている、対抗するには相応の武器が居るが…。
逢魔ヶ時旅団側の武器を用意するのは、あのソニアだ。現状世界最高の武器開発者であるソニアが武器を用意するのだ。…品質で負けるのはまず間違いない。
その上数まで揃えられないとなると…。
「そこで…なんですけど、私考えたんです」
「ん?どうした」
するとミュラーが真剣な顔で私に問うてくる。この窮状を前に考えたと……。
「今現在の武器ではどうあっても勝てないですよ…、真っ向から戦っても勝ち目はない。それは武器を用意している私だからこそ如実に分かります」
「おいおいミュラー、弱気だな…大丈夫だって、私達にはメルクさん達がいるから」
「でもメルクさん以外は弱いですよね、メルクさん達が私達全員を守れるんですか?戦った結果…死人が出ないなんてことはないですよね」
「まぁ、戦いである以上、被害がないことを担保する物はない」
それは事実だ、銃を持ち剣を持ち戦いに赴いて誰も死なないわけがない。そこを織り込み済みでみんな覚悟を決めるんだ…、それに私達だって全員を守れるわけじゃない!だからみんなに武器を用意しているんだ。
「ですよね、だから私考えたんです…出来る限り被害者を少なくする方法を」
「被害者を…少なくする?どうやるんだ…?」
「それは…」
そう言って、ミュラーは足元に置いてあったスーツケースを手に…入り口に向かい─────。
「なッ!?」
瞬間響く銃声…、それは私の肩を射抜き…血が噴き出て…。
何が…起こった…。
「ぐっ!?なんだ!?」
『さっきはよくもやってくれましたね…メルクリウス・ヒュドラルギュルム』
響き渡る声…開かれる、工場の扉。硝煙を上げ穴の開いた扉の先から軍靴を鳴らして現れたのは…。
「エラリー……!?何故ここに……!」
「フフフ…」
エラリーだ、その背後からゾロゾロ現れるのは懲罰隊達。この場所がバレた?まさかさっき追跡されていたのか?いやあり得ない、それを防ぐために煙幕を焚いて逃げたのだから。だが現れるのが……追ってくるのが早すぎる。
「テメェエラリー!なんでお前がこの場所知ってんだよ!」
「君が、ルビー・ゾディアックだね?あまり大人をナメ無い方がいい。草の根掻き分けて探すだけが…君達の居場所を知る方法では無いのだよ。金を持ち、地位を持ち、教養のある大人は…もっとスマートに事を済ませる物さ」
チラリとエラリーが視線を向けたのは…スーツケースを持った、ミュラーだ。そのミュラーはそのままエラリーに向け駆け出し。
「え、エラリーさん!アイツらがエラリーさんの言って魔女の弟子です!ルビーさんも居ます!アイツらを捕まえたら…この場所を教えたら!助けてくれるんですよね!」
「ミュラー…お前何言ってんだ…まさかお前」
ミュラーは震える手でルビーや私達を指差している。もうそれだけで全てが分かった、エラリー達がここにいる理由が…。
「テメェ!まさか私を……っ!」
「ひっ……!」
怒鳴られたミュラーはスーツケースを取り落としてしまい、その中から大量の…1万ラール紙幣の束が出てくる。それを見たルビーは愕然とショックを受ける。
買収だ、ミュラーは金と身の安全を理由に私達を売った…いや、持ちかけられた取引に答えたのだ。
「お前私を売ったのかよミュラーッ!どうして!私達…仲間だろッ!」
「だ、だって…ルビーさんが言ったじゃないですか…」
「あ?」
震える手で、恐怖に塗れた顔で、確かに笑いながらミュラーは地面に転がった札束をかき集め、抱きしめながらヘラヘラ笑い…。
「この街で生きていくなら、なんだってしなきゃいけないって…どんな事をしても最終的に生きてればそれでいいって。だから…私…ルビーさんを売って、この金で地上に出て、生きていこうかな〜…って」
「お前…ッ!」
「そういう事です、凡愚たる民草は…エリートの足に縋って、生きていくべきなんですよ、そしてそれが出来ないなら…」
懲罰隊が私達に銃を向ける。ニタリと笑うエラリーが銃を向ける。
「死ぬしか無いんだよ、この世情を乱すゴミ共が」
「ッ……」
最悪の状況を切り抜けた先にあったのは…さらに最悪の状況。唯一の隠れ家たるアジトがバレてしまった。これは…どうする。
どうしたらいい、どう…切り抜ければ。




