表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
611/835

558.魔女の弟子と悪の花


ヘリオステクタイトの材料は人間、そして一週間後に地下街で一斉確保が始まる、何としてても阻止しなければならない、一斉確保で材料を確保したらソニアは超巨大なアルフェルグ・ヘリオステクタイトを完成させ、サイディリアルにヘリオステクタイトを撃ち込み完全に世界の主導権を握るつもりだ。


これをみんなに共有しなければならない…と言うところまで来て、エリス達は。


「そこのお前達、帽子を取れ…顔を見せろ…」


「ぐっ…」


見つかった、潜入がバレた。目の前にはガウリイルがいる…逢魔ヶ時旅団の最高幹部がいる。それがゆっくりとこちらに近づきながら帽子を取る事を勧告してくる。


帽子を取らなければ攻撃される、帽子を取っても攻撃される、つまり詰みだ。終わりだ…これ以上は誤魔化しようがない。


こうなったら、仕方ない。


「ナリアさん…」


「え、エリスさん…どうしましょう」


「エリスが全力で暴れて気を引きます。その間に逃げてください」


「え…嫌です!それをしたらエリスさんはどうなるんですか!?僕も戦います!」


「それよりもこの事をみんなに伝える方が先です!頼みましたよ!」


「え、エリスさん!」


ナリアさんを置いて、エリスはキャットウォークから飛び降り。迫るガウリイルの前に立つ。時間稼ぎをしてナリアさんを逃す、今はそれが最善手だ…それしかない。


「…その身のこなし、只者じゃないな」


「ええ、顔が見たいなら…」


一気に帽子を取り、作業服を脱ぎ、その下に着ていたエリス本来の服を露わにし、黒いコートをビッ!と伸ばし着直す。それを見たガウリイルの顔を険しくなり。


「見せてあげます、これがお望みでしょう」


「貴様、孤独の魔女の弟子エリスだな」


「態々確認する必要ないですよね」


「そうだったな、まさか貴様が生きていたとはな…どうやってここに入り込んだか、は今聞く必要もないな。貴様を倒して…後でソニアに聞いてもらうとしよう」


「倒せますかね、エリスが」


「楽勝だと思うが」


互いに構えを取れば、作業員達は慄いて距離を取り始める、その人の動きに乗じてナリアさんも人混みに消える。ガウリイルも気がついてない。よし…これでいい。


しかし参ったな、エリスはどうしよう。


(見たところガウリイルの強さはエアリエルに匹敵するか…或いは上回る)


あの怪物みたいな強さを持ったエアリエル、少なく見積もってもガウリイルはそれと同格…最悪上回る使い手だ。エリスの持てる手を全て使い、策を弄して、耐えに耐えてようやく倒せたエアリエルと同じ段階にいる男。


だが今のエリスは超極限集中を使い終わりボアネルゲ・デュナミスを使えない…状況はあまりに最悪。今エリスは勝てるかどうかと言う段階にない、生き残れるかどうかの段階だ。


「さて、では…行くぞ」


「…ええ」


ガウリイルは腰を深く落として拳を立てる。拳闘の構え…来るッ────。


「ぐほぉぁっ!?」


と思った瞬間エリスは壁に打ちつけられ、鉄の壁が軋みエリスの全身が悲鳴をあげる。見えなかった!殴りつけられた!まずい!反応することも出来ない速度!これは…!


「フッ!」


「『旋風圏跳』ッ!」


更に飛んできた追撃を風を纏い飛び上がり回避する。ガウリイルの拳は鉄の壁を突き抜けまるで紙のように引き裂いてしまう。なんて身体能力だ…いや、奴もサイボーグか!?


「逃さん!」


「嘘ッ!?」


しかもガウリイルは引き裂かれた壁を足場に飛び上がったエリスを追いかけて垂直に走り出すのだ、そして駆け上がったガウリイルは再び黒い拳を構える。


チッ、逃げられない…なら迎え撃つッ!


「『煌王火雷掌』ッ!」


「フンッ!」


叩きつけるように炎雷の拳をガウリイルに向け振り下ろすがガウリイルは両手をクロスさせエリスの魔術を防ぐのだ…ってか!硬い!?


「いったた!なんですか貴方!その体の硬さは!」


「特別製でな、悪いが…お前の攻撃は効かんッ!!」


「ちょっ!?」


エリスの魔術をまるで寄せ付けないガウリイルの防御力にエリスの拳は弾かれ、寧ろこちらの手が傷ついてしまう。あり得ない硬さだ…鋼鉄なんか可愛く思える。


そして弾かれたエリスの胸ぐらを掴んだガウリイルはそのまま体を入れ替えるようにエリスの体を地面に叩きつけ…。


「『黒銃脚』ッ!」


「ごはぁっ!?」


そのまま上から降り注ぐガウリイルの蹴りが更にエリスを痛めつける。鉄の床は歪みエリスの骨がミシミシと軋む。まずい…こいつ、強い…。


(ッ…接近戦じゃ勝ち目がない!戦い方を切り替えないと)


「ほう、まだ動くか!」


クルリと地面を転がり距離を取ると共に手に魔力を集め…。


「水界写す閑雅たる水面鏡に、我が意によって降り注ぐ驟雨の如く眼前を打ち立て流麗なる怒濤の力を指し示す『水旋狂濤白浪』ッ!」


「水か…」


大量に水を振り撒きガウリイルを押し流しつつ更に距離を取り…もう片方の手で。


「血は凍り 息は凍てつき、全てを砕く怜悧なる力よ、臛臛婆 虎虎婆と苦痛を齎し、蒼き蓮華を作り出り砕け!『鉢特摩天牢雪獄』!」


「むっ…」


冷気を放つ、冷波は振り撒かれた水を凍らせガウリイルごと氷に閉じ込める。以前はこの方法でサイボーグであるヒルデブランドを完封出来たが…果たして!


「効かんと言っている…」


しかし、ガウリイルは問題なく氷を破砕し拳で氷の礫を砕きながら進む。ダメか…まぁそうだよな、ソニアが弱点をそのままにしておくわけがないか…しかしどうすれば。


「『風刻槍』ッ!」


「無駄だ…」


咄嗟に風刻槍を放った瞬間エリスは思う、ああこれは迂闊だった。もう少し考えて撃てばよかったと。思考の片手間に行動してはいけなかった。


ガウリイルはエリスの風刻槍の下を潜るように走りあっという間に距離を詰めてきたのだ。まずい、速度的に引き剥がせない!来るッ!


「『黒銃乱射』ッ!」


「ぐっ!?」


そこから叩き込まれる左右の拳による連続殴打、鉄よりも硬い拳が何度もエリスを打ちのめし反撃の隙を与えず烈火の如く攻め立てる。


「こ、この!雷を侍らせ 滾れ豪炎、我が望むは絶対なる破壊 一切を許さぬ鏖壊の迅雷、万雷無炎 怨敵消電 天下雷光、その威とその意が在るが儘に、全ての敵を物ともせず 響く雷鳴の神髄を示せ『黒雷招』!!」


「もう見飽きたぞ」


咄嗟に腕を振るい雷を放つが既にそこにガウリイルの姿を無く…。


「その程度の実力であのエアリエルを倒したのか?奴はそんなに生半可な奴じゃないと評価していたのだが…」


「ッ…!」


気がつくとガウリイルはエリスの背後で腕を組んでいた…。攻めを中断し、エリスの様子をマジマジと見て首を傾げている。


本当にエアリエルを倒せたのか?と…。


「やはり考えられん、奴の技量は俺と同格。防壁の扱いでは俺を超えていた、そんなアイツを…お前が下した?嘘偽りを吹聴しているのではないだろうな」


「そんなわけありませんよ!エリスはエアリエルに勝ってますから!」


「何かの間違いか、風邪で体調でも崩していたのか?」


「いやそれは知りませんけど…」


「……見せてくれ、エアリエルを倒したその技を。俺は今から防御も反撃も回避もしない…


「はぁ!?エリスの事…ナメてますか?」


「そうだが?」


こ、こいつ…。どんだけ調子に乗れば気が済むんだ。


確かにガウリイルの体は硬い、何の材質でできているかはよく分からないが少なくとも鋼鉄異常なのは確か、その肉体の防御力の高さに…絶対の自信を持っているのか。


なら結構、目に物見せてやる。


「後悔…しないでくださいね」


拳に魔力を集めていく、絞るように練り上げるように高めるように、体の中に魔力の流れを作り出し一点に集めれば、拳から溢れ出た魔力が光を放ち始める。


「我が八体に宿りし五十土よ、光を束ね 炎を焚べ 今真なる力を発揮せん、火雷 燎原の炎を招く…黒雷 暗天の闇を招く、咲雷 万物を両断し若雷大地に清浄を齎す、土雷 大地を打ち据え鳴雷は天へ轟き伏雷万里を駆け、大雷 その力を示す、合わせて八体 これぞ真なる灼炎雷光の在りし威容」


「ほう、凄まじい魔力だ…魔力量なら、確かに八大同盟の盟主級に匹敵するか…!」


『天満自在八雷招』…エリスの持つ最大火力の魔術。それをただ放つのでは無く拳に集中させ、射程距離を犠牲に威力を底上げしたエリスの新たなる必殺技!エアリエルさえノックアウトした奥義!


行くぞ…受け止めてみろっ!そして泡でも拭いて卒倒しろッ!!


「『煌神・天満自在八雷拳』ッッ!!」


「むッ…!」


叩き込む、八つの雷が迸る拳をガウリイルの胸へと。奴は宣言通りこの攻撃に対して回避も防御も行わず無防備にもエリスの拳を受け光に飲まれる。


クリーンヒットだ、煌王火雷掌と同じで射程距離が短く当てるのが難しいこの『煌神・天満自在八雷拳』を…真正面から受けたんだ。これなら────。


「なるほど…」


「え!?」


しかし、光と煙が晴れた先にいたのは…服だけが焦げ落ちその身には一切の傷を負わず、未だに立ち続けるガウリイルの姿が…。


「確かに凄まじい一撃だ、ラグナ・アルクカースの全霊よりも威力は上と言ってもいい。これならエアリエルもやられるか…」


「う、嘘でしょ…」


効いてない…ダメージが入ってない、と言うかこいつ…服が破けてようやく分かったけど。


こいつの体…アダマンタイトで出来てないか…!?不朽石製の肉体なんて…そんなのどうやって破壊すれば…!


「お前の実力はよく分かった、俺を倒せる段階にいないことも、もういい…寝ていろ」


「ちょっ…!」


そして拳を振り抜き無防備になったエリスにガウリイルは拳を握る、いやいや反撃しないってさっき…。


「『黒銃拳』ッ!」


「グッ…!?」


そして、その黒い拳は…エリスの顎を射抜き。その意識を刈り取り…逆にエリスをノックアウトする。倒れ伏し白目を剥いて抵抗する力を失ったエリスを見るガウリイルは…。


「エリスとラグナ、確か魔女の弟子の主力級がこの二人だったな。どちらも俺に及ばなかった以上…魔女の弟子達が俺達に勝つのは、不可能だな」


エリスとラグナ…この二人に圧勝して見せたガウリイルは魔女の弟子達の力を見切り、とんだ期待外れだったと首を振るう。


(オウマの言った通り、恐れる必要などなかったか…)


もし、逃げ出したラグナ・アルクカースが再戦を挑んでこようとも。他の弟子が束になってかかってこようとも、脅威にはならない。


そもそもエリスもラグナも、自分に本気を出させることすら出来ていないのだから…。


「こいつをソニア様の所へ連れて行け、詳しく話を聞く必要がある」


「は、はい。それでガウリイル様」


「なんだ」


「侵入者は二人のはずでしたが…もう一人は?」


「え?あれ?」


ふと、周りを見る。そういえば二人居たような気がするが…あれ?なんか居なくない?


「……………取り敢えずその辺を探せ」


「曖昧…」


「俺はエリスを連れていく」


「さっきの指示は…?」


まぁいい、取り敢えずエリスを捕まえることは出来たのだ。つまりメルクリウス達も生きてどこかに潜んでいる可能性が高い。その情報をエリスから得ることが出来れば…それで良いのだ。


……………………………………………………


「はぁ…はぁ、ぜぇ…ぜぇ…」


走る、走る、走る、言われた通り走る、任されたから走る、仲間を置き去りにして、親友を見捨てて、僕は走る。


サトゥルナリア・ルシエンテスは水迷宮を走り、その水の流れに沿ってひたすらに走る。帰り道の道標になるように自分で残していた痕跡を頼りに僕は走る。


僕は今、エリスさんを置いて逃げるように走っている。ガウリイルに見つかりどうにもならなくなったから…。だからエリスさんは僕を逃す為にあの場に残った。ガウリイルは強い、八大同盟の最高幹部は伊達じゃない…もしかしたら帰って来れないかもしれない。


そんな事分かってる、分かっているけど…あの場に残って戦うと言う選択肢は自分にはなかった。


「何が…役に立つだ…!全然役に立ててない…!」


僕は、役に立てていない。ここ最近はそれを痛感することばかりだ。敵組織と戦うことがあっても僕一人で勝てた相手はいない、辛うじてリアに一度勝ったくらいで、実力で勝てたとは言い難い。


実力も確実に僕だけ一段劣る、魔力覚醒の見込みもない。だから少しでも役に立ちたくて…せめて金銭面で役に立てるようにといの一番に職場を探したり、ギャングと分かっていながらお金を借りたり…今回みたいに潜入に同行したり、色々した。


結果的に…ギャングの力を借りたせいでエリスさんとルビーさんに余計な諍いを発生させ、潜入に同行した結果…僕はエリスさんの足を引っ張り彼女が逃げられない状況を作ってしまった。きっとエリスさん一人なら上手く逃げることが出来たかもしれないと思えば…泣きたくなる。


つくづく役に立てていない…、僕だって魔女の弟子なのに…もっと…強くなりたいのに。


「くっ…うわぁあああああああ!!」


そして僕はここに来る時エリスさんと一緒に通ってきた排水道への入り口へ飛び込み。迷いを振り払うようにフレデフォードに向かう。情けない…あまりにも情けない。


どうしたら僕はもっと…みんなの役に立てるくらい、強い僕になれるんだ…!


そんな悩みを抱えたまま、僕は水の流れに乗って…フレデフォードへと向かうのだった。


……………………………………………………


「すまない…、調査は失敗だ」


「えぇ!?」


一方、連続失踪事件を追っていたメルクリウスとデティとルビーの三人は、アジトへと戻り事の顛末を皆に説明していた。懲罰隊の本部を見張り連続失踪事件…その犯行の瞬間を抑えたメルク達だったが、攫われる老人を見たメルクは咄嗟に老人を助けてしまい…何処に誰が攫われているか追うことが出来なくなってしまったのだ。


そのまま老人をアジトまで連れてきて匿いつつ…今に至るのだが。


「え?じゃあ連続失踪事件は…どうなるんですか?」


「より手段が巧妙になるか、あるいは方法が過激化するかのどちらかだ。また新しく手段を講じなければ対応が出来ない」


「そうですか…」


ルビーの副官であるミュラーは顛末を聞いて目を伏せる。この件についてはデティに散々怒られた、まぁデティの言っていることは最もだし彼女も必要以上にグヂグチ言わない質だ。後の反省は自分で勝手にしろ…と言うスタンスを取る彼女に倣って今は反省を重ねるとして。


また何か方法を考えなければいけないな。


「まぁでもさ!メルクさんは立派だったって。ちゃんと爺さんも助けられたし…いい事尽くめってわけじゃないけど、確かに助けられた物があるんだからそこは無視しちゃいけないぜ」


「ルビー…ありがとな」


ルビーは私の行いを賞賛してくれた。…私の正義感の暴走、そのせいで巻き起こされた事態なのにな。


「それはそれとして、これからどうする?」


「デティ、君の魔力探知で何処に人が囚われているか分かったりしないか?」


「分からないかな、この街全体に探知の網を広げることは出来るけどその分精度も落ちるから難しい、それより広く…となると街を覆う岩壁の所為で上手く探れないかな」


「そうか…」


「また張り込みしても…無駄っすかね」


「恐らく我々の手口はバレているだろうな」


「今から戻ってさっきの黒服捕まえて拷問とかは」


「無駄だ、彼らはプロだからな」


「プロ?」


黒服は即ち逢魔ヶ時旅団の証。世界最強の傭兵団が拷問にかけられたくらいで口を割るとは考えづらい。それに奴らを捕まえて情報伝達を阻害しても多分無駄、彼らが人間を連れて帰って来なかった時点で本部のエラリーは何かに気がつく。アイツは抜け目ない男だ…定時連絡も義務付けているはずだろう。


下手にアジトに軟禁すると、返ってアジトの場所がバレかねない。あれはノータッチでいい。


「となると…うーん、八方塞がりか?」


「かもな…、やはり…あの老人を助けるべきではなかったのか?デティの言うように…後から助けに行けば…それで」


迷う、こうなるくらいなら…あそこで見逃していた方が。だが…目的の為ならば如何なる手段を取ってもいい、と言う風に…自分の行いを正当化したくない気持ちもあり────。



「それはありません!」


「む?…ナリアか!」


ふと、アジトの入り口の方を見ると…そこにはずぶ濡れで息も絶え絶えのナリアが居た。どうやら潜入から無事帰ってくる事が出来たようだ。


「ナリア!」


「ナリア君!大丈夫!?」


「僕は大丈夫です!それより…大変です、ソニア達…とんでもないものを作っていました!」


ナリアの目は確実に冷静な状態になく、血走り意識も半分飛んだ状況でフラフラとこちらに向けて歩いてくる。どうやらかなり強引にあの水道を渡り、その上でここまで止まる事なく走ってきたんだろう。


そんな状態になる程…とてつもない物を見たのか?


「何があった、攫われていた人達は見つけたのか」


「見つけ…ました、けど…ええっと、すみません…整理して話もいいですか?」


「ああ、落ち着いて話せ。誰か!タオルを!」


そして私達はナリアをタオルで介抱しつつ、その間に話をまとめたナリアが体を拭きながら我々の方へ向き直り。


「まず…ソニアが作っているヘリオステクタイトとは、一撃で国を吹き飛ばす爆弾です、それも自律で飛び上がり勝手に対象を攻撃する…最悪の兵器」


「とんでもないな、もしそれが開発されたらどんな国も一方的に滅ぼされる、無論…魔女大国でさえ」


「いや…でもそんな爆発どうやって起こすの?普通に必要となる魔力量が莫大になるけど…」


「ソニアはもうそれを解決するための材料を見つけていたんですよ。…魔力機構よりもずっと魔力生成力の強いとある物を…」


「えぇ〜?ンなもんある〜?あったら私が一番最初に使ってるけどなぁ〜………」


なんだそれ、そんなものがあるのか?とデティに視線を向けると、彼女も数秒顎に手を当て考えた後…思い至る。


「ね、ねぇ……まさかそれって、『魂』とか言わないよね」


「その通りです、ヘリオステクタイトには一機につき五百人分の人間の魂が使われています。つまりヘリオステクタイトの材料は人間なんです」


「な……!?」


ゾッと音が聞こえるような、血の気の引く感覚を味わう。明らかに周囲も動揺し始めている。当たり前だ…人間が持ち合わせる倫理観を、容易く超越する残虐非道な行い。


人間の命を…消耗品として使っているのだから。


「マジか…」


「はい、ソニアは…その膨大な数の人間を補充する為に、この地下の街を使っています。つまり…今起こっている連続失踪事件は、ヘリオステクタイトの燃料補充の為に行われたものでした……」


「…ッ!?じゃあローン社長は!」


「……………」


ナリアは、ゆっくりと首を横に振るう。つまり…連続失踪事件で攫われた人間は既に全員がヘリオステクタイトの燃料に使われてしまっているという事か…?


ローン社長も…既に……そんな…。


「ああ……そうか…」


力が抜けてしまう、その場に座り込み、守れなかった事実を背負い…項垂れる。甘く見ていた…ソニアという女を。


攫われた人間は今も、何処かで囚われ強制労働させられている物と思っていた。だが考えてみれば既にこの街が人間を強制的に働かせる為にあるような場所だ、そこから攫っているということは…つまり。


……既に、何千人、何万人という人間が…犠牲になっているのか。


「しかもソニア達は、更に巨大なアルフェルグ・ヘリオステクタイトなるものを作っています。それに必要な人間の数は十万人…つまり」


「地下にいる人間を根こそぎヘリオステクタイトの燃料に…?」


「その為の一斉確保が…今から一週間後に起こります…、それが遂行され次第ソニアはサイディリアルにヘリオステクタイトを打ち込み、本格的な行動を開始すると…そう言ってました」


もたらされる衝撃の情報の連続を前に、私達には驚く為の力など残されていなかった。あまりにも衝撃的過ぎて、地の底から全てをひっくり返すかのようなソニアの計画と…ソニアの恐ろしさ。


地下の住人全員を、ヘリオステクタイトの燃料に…いや分かりやすく言おう。フレデフォードの住人全員皆殺しにしようとしているのか、ソニアは。


重たい沈黙が場に流れる。全員が全員…ゴクリと生唾を飲み額に手を当てて汗を拭うことしかできない。そんな中…ニッと笑顔を見せたのは。


「やっぱり、正しかったね」


「デティ…?」


笑ったのだ、頬を笑みで歪めながらテディはメルクリウスの方を見る。この状況で笑顔を作る、そんな材料何処にある…。


「メルクさんの言ってたこと、直感?正義感?どちらでもいい。メルクさんがソニアを放置出来ないと言って強引にでもここに来たのは間違いじゃなかった、老人を助けたのだって…正しかった、そうでしょう?」


「あ……」


「一週間後に一斉確保が始まる?それが遂行されたらマレウスが終わる?…じゃあつまりそれさえ阻止しちゃえばソニアの計画は動かないってことだよね?地下の人達もこれ以上死なずに済むってことだよね?なら私達は『間に合ってる』んだよ」


貴方の正義感が、私達をここに導き、瀬戸際で人々を守る機会を作った。そう語るデティの言葉に…私の心の、奥底にある芯のような物が熱く震えた気がした。


間に合ったのか、もう既に凄まじい数の犠牲者を出したが…これ以上の犠牲者が出るよりも前に、私は…。確かに私がここに来ようと言わなければ…ルビー達は。


………見失いかけていた私の正義が、砕け散った私の芯が、曖昧ながら、不確かながら…再び形を作り始めているのを感じる。


「そうか…デティ、ありがとう」


「いいの、それより間に合ったんだからなんとしてでも守らないと」


「そうだな……ところでナリア、一つ気になっていたんだが」


「…………エリスさんですか?」


話は聞いた、なら次は私たちが聞く番だ。私はずっと気になっていた、この場にエリスがいない事が。それを聞かれたナリアは沈痛な面持ちで…。


「エリスさんは、恐らく捕まりました。潜入が最後の最後でバレて…僕を逃して、みんなにこの事を伝えるようにと言って、その場に残り…」


「なんだと!?じゃあエリスは…」


「多分、僕を追って来なかったということは、今頃ソニアのところに…」


「……………」


エリスならやりかねない、彼女がこの衝撃の事実を知ったなら。その事実を私たちに伝えることを優先する、自分が暴れて、ナリアをここに寄越す事を選ぶ。ナリアなら確実に逃げて私達のところに辿り着くと信じているから…。


つまり、ナリアも私達も…エリスに託されたということだ。


「そうか、分かった。エリスの意志は確かに受け取った」


「意志はって…」


「エリスは一斉確保をなんとしてでも阻止する事を優先した、だから私達もそれを優先する…来たる一週間後に備えて計画を練る、いいな?ナリア…デティ」


「……分かった」


「ちょっと、メルクさん!デティさん!優先するって…エリスさんはどうするんですか!見捨てるんですか!?」


「言い方が違う、私達はエリスの為に…一週間後に備えるんだ。エリスが与えてくれた一週間の期間を、無駄にしない為に」


「そんな…」


「ナリアは今すぐ魔術陣の用意を、大量の紙に衝破陣を描いてくれ。ルビー達は武器の準備を、恐らく一週間後が決戦の日になる」


「う…分かりました」


「分かったよ、あんたが言うなら従うぜ」


「デティ、君は私が言った通りの物を用意してくれ。私に…一計がある」


「ん、なんでも言ってちょーだい」


そうして私は一週間後に備えて、動き出す。一週間後が決戦の日になる、奴らはその日に一斉確保と称して地下街の人達を次々と捕まえヘリオステクタイトの燃料にする為虐殺を開始するだろう。


それだけはなんとしてでも阻止しなければならない、だから私は皆に指示を出す。ナリアも渋々ながら作業に取り掛かり…ルビー達も武器の用意を始め、デティも私に言われた通りの作業を始め…。


「それで、メルクさんはどうする?」


「………」


聞いてくる、私はどうするのかと…デティが。決まってる、私がやるべきことなんて…一つしかない。


「…少し、ここを空ける。みんなを頼んだぞ…デティ」


「…りょーかい、ちゃんと帰ってきてね」


「無論だ」


どうやらデティは、私が既に覚悟を決めている事に気がついていたようだ。…悪いなデティ、君に押しつけて。


でも…私はもう逃げるわけには行かなくなったんだ。


向き合う時が来た、私の正義と…宿敵との対決から。


………………………………………………………………………


「う…うう………」


ズキズキと痛む体、朧気な意識の中漠然と感じる苦痛。閉ざされていた重たい瞼を開き…エリスは目を開き、意識を取り戻す…。


エリスは…ここは…。


「お目覚めかな…?」


「お前は……ッ!?」


気がつくと、エリスは薄ら暗い石室の中にいた、あちこちに鉄製の器具が置かれた血生臭い部屋のど真ん中で、磔にされて気絶していたのだ。…ガウリイルに負けて、どうやらエリスはそのまま捕まりこの部屋へと送られたらしい。


問題は、この部屋の真ん中…エリスの目の前に座る女だ。


「ソニア…」


「久しぶり…というか、こうやって面と向かって話すのは初めてだったか?」


ソニア・アレキサンドライトが座っていた。血と錆で汚れた鉄の器具に腰を下ろし、気安い笑みを浮かべるソニアはエリスを見て、なんとも楽しそうに笑う。


咄嗟に拘束を破壊しようとしたが…ダメだ、ちゃんと魔封石で作られた拘束器具だ…それに、今の万全じゃないエリスでは、これは壊せない。


まずったな…覚悟はしてたけど、今想定し得る中で最悪の状況だ。


「…初めてじゃありませんよ、デルセクトの舞踏会で…会って話したでしょう」


「え?……ああ、お前が執事に変装してる時の話か。そんな会話ってほどでもなかったと思うけど…」


こうして面と向かうのはデルセクト以来だ、それ以外の時は互いに目に入れながらも不干渉。ソニアにとって重要なのはメルクさんで、メルクさんにくっついてるエリスは飽くまでオマケなのだ。


まぁ、オマケとはいえ、憎い相手である事に変わりはないが。


「お前のせいで、私の人生メチャクチャだよ。お前がある日突然現れて、腐り始めてたメルクリウスの目を覚まさせて、あっという間に私の闇を暴いて…全部を奪った。思えば全てはお前から始まっていた」


「いいえ、始まりはソニア…貴方が悪行を働いた時から始まっていたんですよ」


「メルクリウスみたいな事を言うんだな、私がそれを嫌いなのを知ってるよな」


ソニアは鉄の器具から立ち上がり、その手にペンチを持つ…うひぃ〜怖え〜…これ絶対やられるよなぁ〜。


「エリスは何をされても何も喋りませんよ」


「まだ何も聞いてないだろ、ビビるなよ」


「うっ…」


「まぁ…実際お前には聞きたいことが山ほどあるから、こうして捕らえたわけだが…しかしやはり生きていたな。お前とメルクリウスが簡単に死ぬとは思えない、前も同じような手でやられたんだ…二度目はないさ」


「……………」


鋭いソニアの目がエリスを射抜く、その目に込められた感情は…殺意か、害意か…。計り知れない何かを込めた目でエリスを見つめるソニアは、徐に口を開き。


「…お前をあの日、檻から出したのはオウマだろ?」


「え!?」


「アイツは義理堅いからな、お前に恩があるなら一時的とは言え協力することもあると踏んだ…そうしたら案の定、お前は檻から出てきた…。特にエリス、お前は捕らえても捕らえても必ず檻から出てくるからな」


「…………………」


「言わないか…こんな答えても良さそうな話題にも口を割らないと来た。こりゃあ骨が折れそうだ。まぁオウマの件は別にいいんだ、折り込み済みだったし…何よりアイツはそう言う男だと知っていて手を組んでるわけだしな」


フッと軽く笑うソニアはエリスから離れていく。なんだか…試されている気がする、焦らすような…待たせるような、ただ単に痛めつけるだけでなく、場の空気を掴みながらエリスという人間を確かめている。


そんな気配さえ感じるんだ。…けれど、けれどねソニア。聞きたいのは…貴方だけじゃないんですよ。


「ソニア、貴方…遂に気が狂ったんですか?」


「……………見たか?あれを」


ああ見たとも、狂ったかソニア…人間を素材に兵器を作るなんて、エリスはお前を最悪のゴミクズだと思っていたけど、それにしたってもやりすぎだ。お前だって人であるなら超えてはいけない一線があるはずだ!


「あんな物、作っていいわけがない!人を材料にして人を殺す兵器なんて!」


「神が許さないと?」


「エリスが許しません!」


「カカカ!縛られた人間が何を言うか…、だがなエリス。考えてもみろ、何も変わっていない」


クルリとソニアは振り向き両手を広げ…。


「『王』とは『臣民』の安寧を守る盾であり、『臣民』とは『王』の使命を遂行するための消耗品だ」


「違ッ──」


「違わない、執政をしたことのないお前には分からないかもしれないがそう言う物なんだよ。国を維持する為に終生を掛けて民に麦を作らせるのも王、国を守る為に兵に鎧を着せ前線に出すのも王、必要とあらば人の命を消費するのが王なんだ…魔女だってそうだろ?戦が起こっても決して前面には出ず、畑だって耕さないし、それでいて自分は生き続ける…国の安寧のためにな」


「…………………」


「綺麗事抜きで言えば王は人を消費する生き物だ、そこには絶対の『使う側』と『使われる側』の違いがある」


「オウマは、それを嫌ってるようでしたけど」


「かもな、けどアイツも所詮は使われる側…私とは違う。アイツを使ってるのは私なんだ、アイツの意志なんて関係ない…そしてその様に、臣民の意志も関係ない」


ソニアの語る王政論は残酷でありながらも、エリスには否定出来る材料がない。執政をしたことのないエリスには王たる視座は理解出来ない。理解できないから言いくるめられる、それが正しいか否かなど差し置いて。


「使う側が使われる側を使う。そこの構図に何も変わりはないんだよ…ヘリオステクタイトは」


「だからって、命を消費していいわけがない」


「言ったろ…関係ない。王の望む世界を作る為に民は畑を耕す、当人の意志など関係なく…それと同じように王の望む世界のために、民は命を差し出す物なんだよ」


「そんなわけ───」


「だから…」


瞬間、振り向いたソニアは…いつのまにか手に持っていた太い針を、エリスの太腿に突き刺し…グリグリの抉り始め…。


「エリス、私は私の望む世界の為なら何人だって消費する。私はそう言う王なんだ」


「ぐっ!?ぁがっ…ッ!」


「私が善人じゃないことくらい分かってるだろ?なぁ?史上最低の暴君?悪王?なんとでも呼べ…そんな事は私が一番よく理解している」


「クッ…うっ…まだ、分かってないんですね…ソニア」


痛みを堪え、ソニアを睨む。お前はまだ何も分かっていないのか…何も!


「それが悪行であるならば、いつか必ず暴き立てられ…崩される。お前が以前やった悪行が暴かれたように…!今回もまたエリス達がお前ほど闇を暴きたて全てを破壊する!」


「………確かに、私は前回…同じように自分の望む国を作ろうとして、お前達に敗れた。そこは反省しているんだ」


ソニアはエリスの太腿に刺さった針を残したまま…クルリと振り向き、エリスから距離を取る。


「確かに私は負けた、お前達に。私の計画は完璧だったし簡単に崩されることのないように細心の注意を払っていた…なのに負けた、何故なのか。ずっと考えていた…私に無く、お前達にある物を」


「………それで、思いついたんですか?」


「ああ、難航したがようやくな、そもそも考え方が違った。私に無くお前達にある物…これじゃなかった、お前達には無かった…私にはあった、だから負けた」


「は?」


肩を震わせ、背中を見せるソニアは…ん?あれ?


なんか…様子がおかしいぞ…?


「私はあの時、王だったからな。失う物もたくさんあったし…なんなら逃げ道も用意していたし、後の事を考えていた。だがメルクリウスは違った…奴には後がなかった、だから覚悟が違った…死んでも事を成してやると言う決意が、私を上回ったんだ…」


「ソニア…?」


「だから…今回は、私も…無くした、後を…」


すると、ソニアは体を震わせ…静かに膝を突く…。


「無くしたって…貴方」


「ああ、私は…グッ…ゲホッゲホッ!…クッ…カァ…ふふふ」


咳き込み、体を震わせ、力なくこちらを向く…まるで今まで堪えていた何かを吐き出すように、激しく咳き込んだ彼女が振り向きざまに見せた顔は。


正気の無い、土色の顔。そして口から垂れる…血。


「貴方、それ…」


「クリソベリアを工業化し、有毒なガスが出ようとも…自国を強化し続けたツケか。或いはヘリオステクタイトなんて悪魔の兵器を作ったが故に神から罰せられたのかは知らんが…私の寿命は、もう長くない。近いうちに私は死ぬ…」


「なっ…!貴方…病気だったんですか!?」


「さぁな、医者に見せても…よくわからんと言われたよ。ただ漠然と…残りの時間が少ない事だけを伝えられた」


ふらふらと幽鬼のように立ち上がるソニアの体から立ち昇る狂気は…確かな決意と覚悟を秘めていた。後先を考えない狂気…事を成す事だけを考えた歩みを…ソニアは。


「ククク、私にもう後はない。遅かれ早かれ私は死ぬ、だがその前に私はこの世界を変える…『私と言う名の悪』が居た証明を残す。その為ならなんだってしてやるさ」


「………ッ」


「あの時のお前達と同じだな…エリス、狂喜したよ私は。この体に残された時間が多くないと知った時…お前達とようやく同じ条件になれたと、同じ土俵に立てたと…、今度は負けないぜ…?」


「貴方は、本当に…どこまでも狂っている」


そして、どこまでも…悪人だ。遍く人が生まれ死んでいくこの世界に於いて唯一無二とも言える完全なる悪。


その一端を見て、その鋭い信念のあり方を見て…エリスは圧倒される。こいつは…何がなんでも世界を壊し、自分の爪痕を残すつもりだ。



………………………………………………………………




「貴様、何者だ…!」


「見慣れない奴…ここが何処か分かっているのか!?」


それからメルクリウスはある場所へ向かった、決意と覚悟を定める為着慣れた作業服を脱ぎ…デルセクト製のコートとシャツに身を包み、そこへと向かったのだ。


されど向かった先では、歓迎はされなかった。当然だ…だってここは。


「知っている、懲罰隊の本部…だろう?」


「…お前、まさか……」


フレデフォードの中心部に存在する懲罰隊の本部。その門を…私は叩いたのだ。当然中からは黒服達が巣を突かれた蟻のように現れた瞬く間に私を取り囲む、黒服達は逢魔ヶ時旅団だ、当然私の顔に見覚えがあるやつも居て…。


「こいつ…メルクリウスだ!メルクリウス・ヒュドラルギュルム!」


「何…!?メルクリウスが、懲罰隊に何を…」


「決まってるだろ、そんなの…態々言わなきゃダメか?」


そして私は、拳を握り…それを前に突き出して、宣言する。


「自首しに来た、私を逮捕してくれ」


「な!?」


ソニア…私はもうお前を恐れない、もうお前から逃げない。


私は…私の正義を遂行する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ