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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
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557.魔女の弟子と正義の原点


「よし、んじゃ行ってきます」


「酒場のマスターにはお休み頂いたので、一応今日中には帰ってくるつもりです」


「ああ、気をつけてくれよ…二人とも」


そして次の日、エリスとナリアさんはエリス達がこのフレデフォート悪窟街に落ちてくる要因となった郊外の滝を通り、居住エリアの地下を目指す為旅立ちの支度を終える。


「あんた達、その格好で行くのかい?」


「まぁ変装する必要はないので」


見送る為にいつもより早めに起きてきたシャナさんが、デティとメルクさんと並んでエリスの格好を見る。その格好はこの街に馴染むような作業服ではなくいつものコートや私服だ。まぁこの格好で見つかったら一発でエリス達だってバレるかもだが…。


これから忍び込む場所を考えるとそもそもどんな格好していようが見つかれば一発アウトなんだから別にいいかなって。それなり動きやすい格好の方がいいだろう。


「エリス、もしかしたら居住エリアの地下に失踪事件で消えた人達がいるかもしれない、もし見つけたら連れ戻さなくてもいいから何処にいるかだけは確認しておいてくれ」


「あいあいさー!」


「頑張ってね二人とも!」


「任せてください!…っていうかこの服、ちょっと綺麗になってません?」


「…確かに、もしかして」


ふとエリス達の服を見てみると戦闘で着いた汚れや水を流れて出来たシミとかが落ちている。もしかして…シャナさん、この服を預かってる間に、洗濯してくれた?


「フンッ、早く行きな。懲罰隊に見られたら事だよ」


「はい、では!」


「行ってきます!」


そしてエリス達は走り出す、そのまま通りに出てナリアさんを抱えて旋風圏跳で空を飛び誰にも見られる事なく郊外の滝を目指す。よし…頑張るぞ。


「うひゃ〜、エリスさんに抱えられて空飛ぶの久しぶりです〜!」


「そう言えば二人だけで行動するのはエトワール以来ですか」


「魔女の弟子で別れて行動する時もなんだかんだで一緒になることは少ないですしね」


ナリアさんを抱えて飛ぶ、これはエトワール以来だ。あの頃からナリアさんもちょっと大きくなってるし、強くなってるし、立派になったなぁなんて思ったりもして。


「にしてもなんで急にエリスと一緒に行きたいなんて言ったんですか?」


「えっと、迷惑でした?」


「別にそんなことはないですけど、ただ気になっただけなので」


「…僕も、役に立ちたいなって思っただけですよ」


「役に立ちたい?…そうですか」


役に立ちたいか、前回も言っていたが別にナリアさんかー役に立たないと思ったことはない。彼はいつだって全力でエリス達を助けてくれるしね、その事もちゃんと伝えているのだが…彼的にはまだ物足りないのだろうか。


「あ、エリスさん!滝が見えてきましたよ」


「地下排水道が裂けて出来た滝ですね。あれを遡っていけば別の場所に行ける…という話でしたが、果たして」


クルリと空中で回転し滝の前に着地する。さてと…流れは結構なもんだが、なんとかなりそうな感じだな。


「どうやって泳いで行きますか?クロール?」


「いやいや、普通に手足を動かして泳いでもなんともなりませんよ。ラグナじゃあるまいに、魔術を使います。ナリアさん?忘れてはいませんか?エリスの師匠が誰かを」


「レグルス様ですよね…あ、レグルス様は属性魔術の達人でしたね、なら水魔術で流れを操って?」


「それだと余計に排水道が壊れそうですね。この亀裂も結構大きいですし、下手すると穴が広がって地下街が沈むかもしれません、なのでそういうのはしません」


「え?ならどうやって」


エリスの師匠はレグルス師匠だ。確かにレグルス師匠は属性魔術を使う…が別に他の魔女様のように『一つの系統の魔術』しか使えないわけではない。


師匠の使う魔術は広義的に言えば『治癒・付与・錬金・時空・幻惑』以外の全てだ。全ての魔術系統を極めた魔道の深淵だ。結果的に属性魔術が一番火力が出るから属性魔術を使ってるだけだし、それはエリスも同じ事。


結論を言えば魔術の類に関わらずなんだって出来るのが孤独の魔女なのだ。


「行きますよ〜!浮雲は場を選ばず、雷雲時を選ばず、何物にも囚われる事なく在るが儘に征き望むべくを望む!『霊魔六門渡舟』ッ!」


「おお!?」


ドン!と魔力が膨れ上がり…目の前に生まれるのは魔力と水で形成された小さな子舟だ。師匠は魔力で馬を形成しそれで馬車を引いていた。所謂魔力形成術を魔術でより効率よく再現した代物で無属性魔術と呼ばれる物。


それを水を加える事でより固定化したのがこの舟だ。エリスもこのくらいの事はできるんですよ。


「凄いですエリスさん!船が出来ました!こんな便利なことできたんですね!」


「は…早く、乗ってください…エリス…これ、維持するの…大変で」


「あ!分かりました!」


魔力形成術は凄まじい練度と技術で出来る超高等技術だ。それを魔術で再現するにしたってもうやはり技術と集中力がいる。エリスの場合はこれを維持するには両手を合わせて集中してグギギと歯を噛み締めてないといけないのだ。


とても普段から使えるものではない。これを鼻歌混じりに使い何日も継続し続けてた師匠が異常なのだ。エリス達は二人で舟の上に乗り込むと、舟は確かな足場となりエリス達を持ち上げ…動き出す。


「おお、動き出した…」


「このまま…向かいます…」


「え?大丈夫なんですか?」


エリスの意志に沿って小舟はぷよぷよと浮かび上がり、滝を登って亀裂の中に入っていく。するとエリス達の周りを水は避けるように動き、強烈な流れの中にあってエリス達の小舟は水の影響を受けることなくスイスイ進むのだ。


「凄い!水が僕達を避けていきますよ!」


「薄い魔力の膜で…周りを防御してるので…水くらいならこれで受け流せます。これなら…水の流れを変えず、水の中を…進めます」


「エリスさん…凄い冷や汗ですけど…大丈夫ですか?」


「……途中で解けちゃったら、ごめんなさい」


「ひぇ…」


両手を合わせて魔力を集中させながら祈る、頼むから途中で魔術が解けないでくれよ。だがエリスの祈りも杞憂とばかりに作り上げた舟は滝を登り水の中に入り、排水道の中に入っても問題なく機能し、流れる水を遠ざけながらスイスイ進む。


「なんか安定してますね」


「……ですね、なんだか調子が上がってきたので加速しましょう!」


「急に調子に乗らないでください!?」


なんだかコツが掴めたぞ…加速いけるか?と思い更に魔力を追加し水道の中を加速し進む。別に調子に乗ってるわけではなくあんまり時間をかけるとマジで魔術が途中で解除されそうだからだ。


故にエリスは更に加速してグネグネとうねる水道の中を突き進む。…にしても大きな水道だ、これどうやって作ったんだろう。


「…………ん?ナリアさん、その首からぶら下げてるやつなんですか?」


「え?あ、これですか?ほら、前一緒に撮影したじゃないですか。カメラですよ」


「カメラ……」


ふと、ナリアさんの首からぶら下げられている黒い箱を見て首を傾げる。はて、カメラ?それってあの一瞬で綺麗な絵を描いてくれる魔力機構ですよね。でもエリスが知ってるのはもっと大きくて…持ち運べるものでは…。


ああ、そう言えばメルクさんは小型化を目指すとか言ってましたね。


「小型化出来てたんですね」


「いえ、これはその試作品ですよ。撮れる回数が決まってて…ほら、こうすれば前撮った写真も出せるんです」


「これは…アマルトさん…」


遊楽園のど真ん中でめっちゃいい笑顔を見せながらピースをするアマルトさんの写真が黒い箱からニョキニョキ出てくる。…アマルトさん、楽しんでんなー。


「もしこれから潜入するなら、これがあった方がいいかなと思って。偶々身につけたままでしたのでこれも持ってきました」


「いいですね、確かにこれがあればメルクさん達とも居住エリアの地下の情景を共有出来ます、あと何回取れますか?」


「ええっと、あと五回ですね。アマルトさんの事を撮りすぎました」


次々と黒い箱からアマルトさんの写真が出てくる。どんだけ撮ったんだ…。


「…ん?」


そんな中で一枚、アマルトさんの写ってない写真を見つける。これは…。


「逢魔ヶ時旅団…」


「あ、それ僕達が地下に落ちる直前…ロクス・アモエヌスから脱出する時僕達の前に立ち塞がった逢魔ヶ時旅団のメンバーの写真ですね」


そうだ、あの時脱出を阻むために現れたオウマとガウリイルとアナスタシアとシジキとディランだ、それが克明に刻まれた写真があったんだ。この後エリス達は地下に落ちて……。


「この写真は取っておいてください、後の写真は捨ててもいいですよ」


「捨てませんよ!?」


いや他の写真は大体同じだし、撮ってる場所が変わってるだけでアマルトさん自身の表情やポーズは寸分違わず一緒なんだから…。あの人ポーズのレパートリー少なすぎでしょ。


「む…そろそろ着きますよ、気合い入れてください」


「着くって何処に…」


水道の奥に何やらスペースがあるように見える。恐らく何かしらの空間に辿り着いたのだろう。そして…。


「そして気をつけてください、もう魔術が切れます」


「は!?」


瞬間エリス達を守っていた魔力の膜が消失しエリス達は一気に水に飲まれる。流石に持たなかったか、だから使い慣れてない魔術を使うのは嫌いなんだ…。


「がぼぼ!?」


「………」


一気に水に飲まれ流れに押し飛ばされそうになったナリアさんの足を掴み、エリスは両足を動かし流れに逆らい一気に目の前の空間に飛び出すように泳ぐ。このくらいの距離なら遡上できます!


「よっと!」


「ふんぎゃー!?」


そのまま水から飛び出し、一瞬で目を左右に動かし足場を見つけるとそのままナリアさんを抱えたままその足場に着地する。エリスの読み通りちゃんと陸地があったようだ。


「ナリアさん、ナリアさん、大丈夫ですか」


「ぴぃえ〜…鼻に水が入りました」


「チーンってしてください」


「びゅーっ!」


鼻に入った水を出しているナリアさんを置いて、エリスは立ち上がり周囲を確認する。ここは何処だ?どういう場所だ?周囲に人は?まぁ人がいたら終わりなんだが…。


ふむ…。


(人はいない…というか、ここは)


壁面も、地面も、白いタイルで覆われた水の迷宮とでも言おうか。あちこちにプールのような水路とその脇に道があり…いくつ枝分かれした道と水路が無限に広がっているように見える。上を見れば、やはり天に果てはなく、水の通り道が蜘蛛の巣のように張り巡らされ何層にも重なっている。


なんなんだここは、迷宮…?


「ゲホッゲホッ、…なんですかここ、不気味ですね…」


「地点としては、やや水楽園寄りの場所ですね。いや…場所的には水楽園の中心くらいか」


「分かるんですか?」


「エリスは常に何処にどれだけ移動したかを把握してるので、今がどの辺かは分かります」


フレデフォードの中心にある岩壁が居住エリアだとするなら、後は東西南北だけ覚えておけば何処に何があるかは把握出来る。まぁ言ってみれば自分の頭の中で地図を作り、その上を歩くような感じでエリスは自分の座標を常に記憶し続けているんだ。


だからここは水楽園の地下だ、そして多分だが水楽園のあのお城の地下に当たる部分だと思う。恐らくアトラクションの一部として水の迷宮を作ろうとしたのだろうが、色々あって断念したんだろう。一応作るだけ作った水の迷宮をそのままプールの排水機構の一部に利用しているのかもしれない。


という話をナリアさんにすると…。


「え?じゃあこのままこの迷宮を上に行けば、水楽園のお城に着いて…僕達は地上にでられるってことですか?」


「恐らくは…、エリス達の座標は今フレデフォードよりも上にいますからね。下に行って地面をぶち抜けばまたフレデフォードに戻れますよ」


フレデフォードもチクシュルーブも別の街じゃない、ただ地面に遮られただけの上下関係にある場所でしかない。だから上に行けばチクシュルーブに行けるし、下に行けばフレデフォードに行ける。


だからここから脱出することもできるだろうが…今はそれが目的ではないからな。


「さて、行きますか。居住エリアはこっちですよ」


「は、はい…」


コンパスを取り出し再び座標を確認し、居住エリアの方角を確かめてエリスは水路を進んでいく。一応陸路はあるからそこを通りつつ、すぐ横を流れる水流を見る。


にしても水が穏やかだ、すぐそこに排水道に繋がる穴があるのにこんなにも水が穏やかなんて…いや、あれか。流れるプールの逆だ、水流操作魔力機構で水の流れを抑制して騒音問題を解決してるんだ。


だから多分水路に落ちてもまた排水道に流される事はあるまい。


「み、見張りとかはいないんですかね」


「多分ここにはいないですね、言ってしまえばここも排水道の一部なので、そんなところに見張り駐在させる意味はありませんから」


「なるほど…」


「まぁとは言え、気を抜いていいわけではありませんが」


コツコツと白いタイルの上を歩いて地下迷宮を進んでいく。道が入り組んでるし水のせいで進めない場所もある、まぁエリスには迷宮なんて意味もないが…これは先が長そうだな…今のうちに服を乾かしておくか。


「ん………?」


ふと、エリスは足を止める。何かが見えた…。


「あれは…?」


チラリと脇道に目を向けると、そこには厳重に施錠された鉄の扉が見えた。エリス達の進行方向から脇に逸れて…ずっと奥に行った暗い道の奥に、見えるんだ。


なんだあれ…あそこだけ酷く異様な気配が…。


「エリスさん?どうしました?」


「…いえ、なんでもありません。進みましょう」


いや、今は寄り道をしている時間なんてなかったな。少なくともあれはエリス達の探しているものではないようだし、今は一旦…頭の片隅に置いておくとしよう。


………………………………………………………………


「さて、ではこちらはこちらで動き出すぞ…、連続失踪事件の解決を目指して動く。諸君、是非協力してくれ」


「よろしくねーん」


「る、ルビーさん…マジでこいつら仲間になったんすか?」


一方ルビーギャングズのアジトにやってきていたメルクとデティは次々と地下の街で人が消える事件を解決する為動き出していた。これが私達の目的と如何なる関係があるかは分からない、だが確実にソニアの意図が関与している以上潰しておくに越した事はない。


という建前以上に、傷ついたローン社長を攫ったのは許せないし許すわけにはいかない。


しかしそんな私を見てギャング達はやや戦々恐々といった様子。昨日アジトの襲撃を受けた件もありやや警戒しているようだ。


「おう、信頼していいぜ。この人達は真摯だ…私が見定めた」


「でも…こいつ、昨日俺を殴った奴だよ」


「君は、ああ…いの一番に私に殴りかかってきた君か。悪かったな、だがこちらも金と資材を盗まれていたんだ、そこは理解してくれ」


「う……」


「まぁまぁ、昨日話したろ?今後はそういう強引なのはやめるってさ。それにこの人達の言う連続失踪事件が解決すればまたフレデフォードも平和になるかもしれないしさ」


「確かに…」


「では理解は示してもらえただろうか」


アジトには千人近いメンバーがいる。とは言え…こうして見てみるとその大多数が子供、その他がルビーと同じような大人と子供の中間地点みたいな子ばかりだ。人手がいるとは思っていたが…これでは戦力面は心許ないか。


「じゃあ早速あれやるのかい?」


グッ!とルビーは気合を入れたように拳を握る、アレ…とは、なんだろうか。


「あれ?」


「聞き込みだよ聞き込み!私さぁ!憧れだったんだよな!探偵みたいなことするの!!」


「探偵…ああ、推理小説のようなアレか?」


「そうそう!こんな街だ…娯楽も少ないしな、下に流れてくる本は全部読んでんだ」


そう言いながらルビーは自分で集めた箱いっぱいの本をドンと私の前に出す。意外だな、こいつこんなナリで読書家なのか。いや見た目は関係ないか…。


「聞いたぜ?メルクさん聞き込みでウチのアジトを見つけ出したそうじゃないか。それみたいなことをやるんだろ?」


「いや、しない」


「え!?しないの!?」


「アジトを見つけた時は『アジトがあることが分かっていた』からだ。だが今回は何処でどうやって連れ去っているのかも分からないし、そもそも聞き込みは君達が既にやって成果がないんだろ?」


「ま、まぁ…」


ルビー達は既に聞き込みを終えている。この失踪事件に際して消えた人達の人数把握のために聞き込みをやっているんだよ。だがそれでも成果はなかった、なら今更私が聞いても意味はないだろう。


何より、失踪事件が蔓延しているにしてはこの街は平穏過ぎる。恐らく失踪事件のことを知っている人間すら少ないのだろう。或いは下手に知ってしまった人も…消されているか。


「ならどうするんだよ」


「アジトの時と違って今回はおおよそ犯人と思われる者の検討がついてるからな。そいつらを見張る…」


「犯人ってまさか…」


「懲罰隊だ、その本部を見張り続ける」


「えぇーっ!地味!」


「地味で結構、派手にやってどうする」


下手に聞き込みをして探り回っていることがバレたらそれこそ一大事だ。第一懲罰隊がやってるのは明白なんだ、そこを調べるに限る。


「じゃあ今から懲罰隊本部に…?」


「ああ、行くのは私とデティとルビーの三人だけだ」


「他のメンバーは?」


「正直何もしてほしくないが…そうだな、もしも囚われている人達の居場所が分かったら救出に乗り込むかもしれん。故に武器の支度でもしておいてくれ」


「武器の支度…一応俺達剣や銃弾を作るための設備や技術を持ってはいるが、材料がない。何処からかかっぱらってこないと」


「ふむ、足りないもののリストを出せ」


「え?あ…はい」


すると他のメンバー達はスラスラとペンで紙に足りない物を書き記す。ふむふむ、意外に本格的だな、ここにいる子供達は皆武器を作る技術を持っているのか…惜しいな、これを外で活かせればそれこそ職になるだろうに。


「分かった、デティ。魔術で水を出してくれ」


「水?なんで?まぁいいけど…『ウォーターキューブ』」


そして私はデティに話を通し、ボンっ!と一気に虚空にいくつもの巨大な水の塊を出してもらう。さてと…こいつを。


「まずは鉄だな、『Alchemic・steel』」


「え…!?水が鉄になった!?」


「次に火薬…『Alchemic・Black powder』」


「おぉ!?黒色火薬がこんなに!?」


それらを錬金術で材質を変えていく。材料など盗んでこなくとも私達でいくらでも用意出来る。巨大な水は鉄の塊や火薬に変わりメンバー達の前に転がり…。


「すげぇ!こんだけあれば盗む必要なんかないぜ!」


「本当はこう言う使い方はしたくないが、今回は特別だ。これだけあれば足りるか?」


「足りるなんてもんじゃない!作りたい放題だ!しかもこの鉄…地下に落ちてくるような屑鉄じゃない」


「おお、なんて綺麗な…俺こんな良質な鉄を使った事ないよ」


「使い切ったらまたいくらでも出す、遠慮や節約など考えるな。全力で作業しろ」


「は、はい!」


デルセクトが一大工業都市に発展することが出来た所以たる錬金術を使えばこの通りだ。にしても…この工場、子供達が使ってる割には設備もいいし、案外製作に関しては心配がないかもしれないな、製作に関しては…だがな。


「すげぇ、メルクさん…すげぇぜ」


「では私が陣頭指揮を取りますね!」


「ん?君は?」


すると、メンバーの中から一人…胸を張って前に出る女性がいる。緑の髪に眼鏡…年齢は多分ルビーと同じくらいか。


「ああ、紹介しますよ。こいつはミュラー、私の副官っす」


「あ、ミュラーと言います!よろしくお願いします!」


「副官か、優秀なのか?」


「頭はいいっすよ、付き合いも長いし信頼出来る」


「そうか、なら任せるよ」


「はいっ!」


そしてミュラーは陣頭指揮を取って資材を運び武器の作成に取り掛かる。これでアジトは良いとして…。


「さて…懲罰隊の本部を見張りにいくぞ」


「はーい!」


「うっす!」


バッと手で虚空を撫で踵を返し…今私がコートを着ていないことに気がつく。いつもならこう…手で払って華麗にコートを翻せるんだが…まぁいいか。


ともかく懲罰隊の本部を目指そう。


………………………………………………


「はいメルクさん、ルビーちゃんも、おいち〜ジュース」


「む、感謝する」


「あ、サンキュっす!うひゃ〜!冷えてるっすね!」


「ふふん、ここに来るまでに冷却魔術で冷やしておいたから」


デティからグレープエードの入った瓶を受け取り、私は腰を下ろす。よく冷えたエードだ…本当は酒が飲みたいが、今は勤務中だからな。仕方ない。


「さて、ここからは根気勝負だ…デティ、頼めるか?」


「あいあい、あそこの本部を中心に探ればいいんでしょ?」


グレープエードを飲みながら、私達は路地裏の物陰から通りの向こうにある懲罰隊本部を監視する。これから私達は奴らの動きを監視する為に本部前で張り込みを続ける。


奴等が妙な動きをしたり、或いは本部に人を連れ込んだりするところを捉える為だ。


「ここにいて、見つからないっすかね」


「見つかるかもな、だから声は張るなよ」


「はいっす」


ここに来てルビーは私達に対して慣れない敬語を使い始めている。恐らく、彼女の中で完全に私達が『敵対者』から『協力者』になったからだろう。組織の長として虚勢を張らずとも良い相手と認識されたからこそ、こうして敬意を示してくれているんだ。


なんだ、こうしてみると年相応で可愛いじゃないか。


「にしてもメルクさん、慣れてますね。ここに来る前ってなにしてたんすか?」


「………まぁ、結構大きな商店の長かな。それより前は軍人だ、この経験はその時のものだな」


「へぇ、軍人。えぇっとデルセクトの…っすか?」


「ああそうだ」


「へぇ、よくわからないっすけど凄いっすね」


こう言ってはなんだ。私は有名人のつもりだ、デルセクトのメルクリウスといえば一人しか思い当たらないくらいには有名なつもりだ。しかしルビーはそれも知らないようだった。と言うか魔女の弟子とかもよく分かってない感じだ。


十四歳だから…というのもあるかもしれないが、にしても世間知らずだな。


「なぁルビー」


「お?なんすか?」


「少し雑談をしよう、話していた方が集中出来る」


「ん、分かった。けど話なんて何を…」


「君の過去を教えてほしい。君は十四歳だったな…何歳からここに?」


「チクシュルーブが出来てすぐに…なんで、十歳からっすね、この街が出来る前から地下にいるっす」


「なに?そうなのか?」


「ああ、そん時から今のメンバーと一緒にいて、そいつらと一緒にこの地下を生きてきたから外のこととかあんまり知らないんすよね」


そんなに前から…、しかし地下に落ちるにはそれなりに借金をしたりソニアに弱みを見せない限りは落とされないはずだ。なのに何故…。


「どうして地下に?」


「食い逃げっすね、私…というか、ルビーギャングズのメンバーの殆どは親がいないんで」


「親が…いない」


「私の父ちゃんと母ちゃんは冒険者だったんすよ。なんでも父ちゃんの父ちゃん…私の祖父さんと祖母さんがすげー冒険者だったらしくてその影響で…とか。祖父さんの更に父ちゃんも冒険者で…ってまぁ先祖代々冒険者の家系だったんすよ」


「なら両親は…」


「魔獣に食い殺されて死んだ。冒険者だから大して貯蓄も無いんで私はあっという間に極貧孤児っすよ、地下に落ちる前から似たようなダウンタウンで残飯漁って生きてきたんすよ」


「そう…だったのか、祖父や祖母は?他の親族は」


「さぁ?話にしか聞いたことないんで生きてるかも分からない。私に頼れる人はいなかった、自分の身は自分で守るしかなかった。まぁ幸い私強かったんで、生きていく分には生きていけたんですけどね」


「そうか……」


「んで、地上の楽園なんて呼ばれてるこの街に来て、飯食って、金払えなかったんでそのまま地下行き。それ以来ずっとここで生きてるんすよ」


「…聞くべきではなかったか?」


「別に、自分の事を不幸だなんて思ってないんで。私は私の人生しか知らない、他の人生の方が良かったと思えたなら他人に嫉妬も出来るんでしょうけど…そうでもないんで、だから遠慮とか要らないですよ」


気丈な少女…そんな印象を受ける。ルビーはまだ子供だ…まだ親の下で何かを学んでいてもおかしくない歳だ。それなのに今日まで一人で…か。


剰え、十四歳で組織を束ねるなんて立派だよ。


「立派だよルビー、君は子供ながらによくやっている」


「でへへ、私の話したんで次はメルクさんの話聞かせてくださいよ。メルクさんは私と同じ歳の頃何してたんすか?」


「わ、私?十四歳か…確か」


ポクポクと考える、私十四歳の頃何してた?随分前だからもう覚えてないが…うーん。確か…。


「あ、エリスと会ったのが丁度十四歳の頃か」


そうだ、思い出した。エリスと会ったのが丁度十四歳の頃だ…。


「へー、そんな前からの付き合いなんすね」


「ああ、幼くして両親が死んでな。両親が残した借金を返す為に軍に仕官してここみたいな地下で貧乏暮らしをしてたんだ。そこでエリスと出会って…国を救って、十五歳で同盟首長になったんだ…そうだった、思い出したよ」


「わ、私より凄い過去じゃないっすかね。ドーメーシュチョーってのが何か知らないっすけど、凄そうだし」


「そうでもないさ、私は幸運だった。だってエリスと出会えたんだから」


エリスと出会えた、それが私の最大の幸運だったと今でも信じてる。エリスが私を動かしてくれたから私は私の正義を貫けたんだ。例え国が倒れるとしても…ソニアという名の腐った柱を焼き切り正義を貫こうと。


…あの頃は私もがむしゃらだった、それが全てだと…正義が全てだと考えていた。結局今はそれさえ迷っているが…。


「エリスは私を助けてくれた、引き上げてくれた…だから私は今も、彼女に最上の信頼を置いているんだ」


「へぇ、大好きなんすね、エリスさん事」


「ああ、恩人だ。そんな彼女に会えたのだから私は不運ではなかった」


「なら今の私と一緒っすね、私も十四歳でメルクさんに会えたから」


「え?」


「メルクさん達と出会えたおかげで、何かが動こうとしている…少なくとも、ただの無法者に成り下がり始めてたルビーギャングズが、前を向き始めてる」


ニッと微笑み私を見るルビーに、ハッとさせられる。確かに私とエリスが出会った歳と同じ歳でルビーは私と出会った…そして、事態が動き、ソニアと戦う道を歩み始めた。


あの時と同じだ、強いて違う点があるとするなら…地下に落ちてきた私が地下にいたルビーを動かしているという点。エリスといた場所に…私がいるという事。


「そうか…」


ただ、大人になっただけじゃないんだな。私も少しは…彼女に、エリスに近づけているのかもしれない。


そうであったなら、嬉しいな。


「おうよお二人さん、楽しい雑談の最中悪いねん」


「む、どうした?デティ」


「なーにやら怪しい集団が本部の裏手から出てるですますよう、こりゃあ臭いね…全員剣呑な魔力を漂わせてこれからなんかしますよって感じでさぁ」


「何?そんなことまで分かるのか?」


「言ったでしょ、場所を絞れば詳しいこともわかるってさ。取り敢えず本部全体の魔力を監視してたら怪しい集団がいたから詳しく調べてみたらビンゴよ。多分こいつら…なんかするよ」


「へぇ〜、治癒魔術の腕といいデティさんってただのチビじゃないんすね」


「ンン〜?チビじゃねぇよ?ルビーちゃん?口には気をつけようようやぁ…な?」


「子供相手に喧嘩してる場合か、行くぞ!」


ビキビキと顔中に青筋を浮かべているデティを抱えて私達は人目につかないルートを通りつつ、デティの案内で怪しい集団とやらを追う。


すると…見えてくる、私達と同じように人目につかないように行動している六人程度の黒服達が。


「奴等…普通の懲罰隊じゃないな、纏っている雰囲気が尋常じゃない」


サッと裏路地から顔を出し、向こうの裏路地を歩く六人の黒服達を見る。魔力を感じ取れずとも分かる…アイツらはこれから何かをする。それほどまでに剣呑な雰囲気を漂わせピリピリしてる。


これから人でも殺すのかって勢いだ…、なんなんだアイツら。


「追いかけようメルクさん、アイツら…ヤバいよ」


「ああ、武装も持たず…なんのつもりだ?」


「え?え?ちょっとメルクさんデティさん、あんな遠くの奴らよく見えますね」


「遠視を使ってるんだ、君も使えるだろ」


「え、遠視?ってなんすか?」


「知らないのか…!?」


まさか…この子、今まで誰からも戦闘技術を教えてもらってないのか?エリスと殴り合える実力があるから勘違いしていたが…。そうか、最近感覚が麻痺していたが魔眼術などの魔力操作技術は別にみんな使える物でもないのか。


「メルクさん、今は後。アイツら動き出した」


「ルビーは私について来い、決定的な瞬間を見逃す…!」


「は、はい!」


一気に路地を駆け抜け向こう側の裏路地に飛び込み…物陰から懲罰隊の動きを見張ると。


奴ら、大通りに出て何かをしている。よく見てみれば…大通りの真ん中で寝ている浮浪者を見て何かを話している。


「…っ!周囲に誰もいない、まさか…」


「巡回だよ、メルクさん」


巡回…十人程度の懲罰隊が街をぐるりと徘徊するアレ。アレを怖がって街の住人は巡回を遠ざける…という話があった。デティ曰く今この通りの両側を巡回部隊が塞いでいるらしい。


これじゃあ誰もここに近寄らない。人目がないんだ…今この通りには。


「そうか、だから目撃証言が殆どなかったんだ…、奴等チームプレイで人を遠ざけていたんだ」


「つまり今からやるのは…」


失踪事件の真相だ。と言っても何も特別なことはない。懲罰隊は縄を持ち、袋を持ち、一人で寝ている浮浪者に近づき…。


『な、なんだお前ら!?懲罰隊!?待て俺は何も…!』


『…………』


『ひ、ヒィッ!待ってくれ!ちょっ待っ…むぐっ!?』


そして男は懲罰隊に殴り倒され気絶させられ、縄で体を縛られ頭陀袋に体を入れられ…。攫われた…。


「一人でいるところを狙って、奴等は誘拐をしている。これで間違いなくなった…奴らは人を攫っている」


「メルクさんッ…!」


瞬間、戦慄する私の肩を掴んでルビーが声を潜めて私に向け叫ぶ。


「何見てるんすか!助けないんすか!このままじゃマジで攫われて…」


「落ち着いてルビーちゃん、今はこれでいいの。手を出さないで…奴等が連れ去る先を見つけないと」


「デティさん…でも…!」


「後で助ける、その為に武器を整えるようメンバー達にも言ったでしょう」


「そうだけど…」


いいのか…これで、このままで…確かに放置すれば奴等は目的地にあの老人を連れて行く、そこを観測すれば…囚われている老人を助け、囚われているローン社長も助けられる。


それで、目的が達成される…。


「でも、あの老人がこの後も生かされてる保証はないだろ!?」


「目的を違えないで!ここで助けたらなんの意味もなくなる!」


目的の為…目的の為なら…。


何をしても…いいのか……。


『いいんですか!その為なら!どんな事をしてもチャラになるんですか!』


(エリス…!…私は……)


脳裏に過るのは正義の二文字…そして。


今、助けを求める人を前にして、揺らいだ正義が見せるのは…。


私にとっての…原初の正義…………。


『メルクリウス、正義は一人では完結しない。故に選びなさい…手段を』


あれは…嗚呼、そうか…私が今迷っているのは……。


──────────────────────


「納得いきません!グロリアーナ隊長!私…私は!あんな終わり方認められません!」


あれはまだ…私が年端も行かぬ少女だった頃。食うにも困り盗みを働こうとした私を止めてくれたグロリアーナさんの元で自らの正義を貫くため、働いていた頃の事だ。


グロリアーナさんはこの頃すでに頭角を表し、部隊を率いる隊長として…甲斐甲斐しく未熟な私の世話を焼いてくれていたんだ。だからこの日も一緒に…デルセクトに蔓延る犯罪組織と戦って、私達は無事…誰も死ぬ事なく犯罪組織を一網打尽にする大手柄を挙げたんだ。


ただ、そんな中…まだ小さかった私は、納得がいかないとグロリアーナ隊長を困らせていた。


「納得がいかない、と言われましても。事実として犯罪組織を一網打尽にしてデルセクトの平和は守れたでしょう?ならなんの問題もない筈」


「問題大有りですよ!グロリアーナ隊長!だって…貴方が負傷して…」


「この程度問題ではありません」


軍の駐屯場にて、椅子に座り二の腕に包帯を巻くグロリアーナ隊長を前に私は涙を溢れさせながら地団駄を踏んだ。どうして私の気持ちをわかってくれないんだと大きな音を立てて感情を表現することしかできない私は、未熟で…愚かで、そしてただただグロリアーナ隊長を困らせることしかできなかった。


ただ、納得がいかなかったんだ。


「しかも手柄の半分を他所の部隊に持っていかれたんです!あの組織は私と隊長が一緒に見つけて!それで本当なら私達だけで…グロリアーナ隊長だけで壊滅できたのに!」


「仕方ない事です」


仕方ない事と言われれれば、今の私なら飲み込んだだろう。だがこの時の私には納得がいかなかった。


長い年月をかけてコツコツと情報を集めて、ようやく私とグロリアーナ隊長はデルセクトに蔓延る人攫い組織を見つけ、そのアジトに突入したのだ。敵は然程強くない、未熟な私を抱えていてもグロリアーナ隊長なら問題なく殲滅できた。彼女はあの時からそれほどの力を持っていた、当時総司令だったニコラスさんを遥かに上回ると目された彼女の才能はその時から輝いていたんだ。


だが、突入して…グロリアーナさんと私が戦っていた時のことだ。組織のボスが…攫ってきた民間人一人に銃を突きつけ、こう言った。


『動くな、動けばこいつを殺す』…と。


既に組織は半壊状態、この期に及んでまだそんな抵抗をするかと私は笑った。問題ないと思ったからだ。


なにせグロリアーナ隊長にそんな脅しは効かない。グロリアーナ隊長の錬金術なら奴が人質を撃つよりも前にボスを倒せる。そしてこの作戦は終わり…たった一人で組織を壊滅させたグロリアーナ隊長は更に昇進するだろうと私は確信していた。しかし…。


……動かなかったのだ、グロリアーナ隊長は。私は叫んだ、隊長どうして動かないのかと、貴方の力ならこんな状況簡単に打破出来ると。ここでアイツを倒せばそれで終わり、最悪…一人が犠牲になるだけでこの組織に囚われている人や囚われる予定の人達も助けられる、天秤にかけるまでもないと。


しかし、隊長は動かなかった。ボスの弾丸が右腕を貫いてもなお動かなかった。私はただ泣いて隊長の手を握ることしか出来なかった…その時だった。


『デルセクト国家連合軍だ!抵抗はやめろ!』


扉を吹き飛ばして現れた援軍がボスの体を撃ち抜き、不意を突かれたボスは倒れ…この一件は幕を閉じた。


結局、隊長の手柄は『組織のアジトを突き止め、構成員を無力化した』に留まった。本当なら全部隊長の手柄になっていたのに。


「納得がいきません!どうして隊長の手柄を横取りされなければいけないんですか!」


「横取りじゃありませんよ、あれは私がもしもの時のために呼んだ援軍です」


「隊長が…自ら!?どうして!」


「奴等が人質を取ることが容易に想像出来たからです、そしてその通りになった。だから当初の計画通り援軍にて鎮圧した、それまでです」


「だから!どうして!手柄を譲るような真似を!」


「それが…誰も死なせない唯一の、そして最も確実な方法だったからです」


「え……!?」


グロリアーナ隊長は、包帯による処置を終え…私を厳しい目で見つめると。


「メルクリウス、貴方が戦いの中で大切にする物はなんですか」


「え…正義です。いつか貴方が見せてくれたような…眩い正義を私は…」


「そうですか?ですが今の貴方は手柄や功名心に囚われているように見えますが」


「それは……でも、あんなに頑張ったんだから…ちょっとくらい…」


「そんな物、人質達には関係ない。助けを求める側には…助ける側の事情なんてのは関係ないんですよ、メルクリウス」


「ッ………」


「メルクリウス、貴方の心意気は素晴らしい物です。くだらない欲に流されず磨き続けなさい」


グロリアーナ隊長は、痛むはずの右腕を動かし私の頭を撫でた。それは私を諌めるようでいて、殊更私という存在の醜さを際立てるようでいて…私はただ、行き場のない怒りと悔しさに涙することしかできなかった。


「でも…それじゃ、損ですよ…」


「かもしれませんね、ですがね…よく聞きなさい」


「…?」


「メルクリウス、正義は一人では完結しない。故に選びなさい…手段を」


「一人では…完結しない?」


見上げる、私を撫でるグロリアーナ隊長の顔を見上げる。しかし窓から差し込む光によって後光となり、彼女の表情は見えなかった。情報の得られない視界…されど、その光景は強く脳裏に焼き付いて…。


「ええ、一人で貫く正義は自己満足に過ぎない。貴方の正義を正義だと認めてくれる人がいてようやく正義は確たる形を得る」


「形を…?正義なら私の胸にあります」


「それだけでは足りません、貴方の言う正義は一人立つ正義ではありません…人々を導く正義です。ならばこそ必要なのは…」


貴方の正義を見る人々の存在、正義を貫く貴方を認める人々の存在。だからこそ助けなさい、多くの人達を…多くの存在を助け、その上で貴方は立ち続けなさい。


その姿はやがて希望になり、より多くの人達を助けられますから……。


そう語ったあの言葉はやがて私の中に染み込み、いつか言葉そのものを忘れても…その意識は、私の中で息づいていた。


そうだ、これが私の…正義の根源………。


─────────────────


「あいつらが行っちまう…!」


「いい!後を追えば!取り返せば後はチャラになる!」


脳裏にエリスの叫びが木霊する、記憶にグロリアーナ隊長の姿が煌めく、その全てが今…私から、煩わしい物を奪い去り───。


「メルクさん!ダメッ!」


デティが叫ぶ。


「え!?」


ルビーが驚きと共にこちらを見る。


「ッ…!?私は…何を!?」


私は…路地から飛び出していた。


なんで私は走り出しているんだ、デティが激怒してる…ルビーが驚愕している、頭が真っ白だ…命じてないのに体が動く。考えるまでもなく動く、まるで…『私がそうしたい』と、体が叫んでいるようで。


「ッ…!?何者だお前は!?」


「くッ…」


黒服達が私に気がつきこちらを振り向く、咄嗟に帽子で顔を隠し…更に強く踏み込み。


「ぜぇぇぁああっ!」


「ぐふっ!?敵襲だと!?馬鹿な!?」


「どりゃああああああッッ!!」


そこからは一心不乱、黒服に飛び蹴りをかまして取り押さえようとしてきた別の黒服を強引に振り解き胸ぐらを掴み地面に叩きつけ…。


「『Alchemic・Water』ッ!」


黒服全員に水をぶち撒けると同時に地面に拳を突き立て。


「『Alchemic・electricity』ッ!」


「ガガガッ!?」


感電させる…気絶させる。倒した…倒してしまった…全員。


「メルクさんッ!何考えてるのッ!!」


「っ…デティ」


黒服が全員倒れているところを見て、デティが激怒しながら路地裏から走って来る。いつもの怒り方じゃない、かなり真剣な怒り方だ…当然だ。


これで…全部オシャカになってしまった。


「これでもうローンさんの居場所が分からなくなったよ!?もう今更なかったことには出来ない!襲撃を受けた以上懲罰隊は更に警戒する!より一層手口は難解になる!これが唯一にして最後のチャンスだった!分かるよね!?」


「あ、ああ…だが体が勝手に」


「自分の体くらい自分で管理して…ッ!」


「面目ない…」


本当に面目ない…私がこんな、一時の気の迷いでこんなことをするなんて…。これでもう調査の続行はできなくなった。ローン社長を助ける手立ても糸口も…潰えてしまった。


私が、潰したんだ…。何をしているんだ私は、なぜ身体が勝手に動いた…。


「……正義感を暴走させるのも、これっきりにしてよ」


「正義感…?」


「そうだよ、メルクさん…あの瞬間魂の中で物凄い炎のような気持ちが昂ってた。アレはメルクさんの正義の炎だよ」


これが…私の正義?こんな気持ちに任せて突っ走るのが私の正義だと?そんな馬鹿な…。


「おかげで全部オシャカ、これからどうするか話し合わないと」


「でもさぁデティさん、そうはいうけど…」


するとルビーは倒れた黒服達から頭陀袋を取り返し、私に差し出すと…。


「助けられたよ!人を一人!」


「…助け…られたか」


「はいっ!正直メチャクチャかっこよかったっす!」


「そうか……」


そういえば、私は元々こういう人間だったな。エリスと出会った時も後先考えず突っ込んで…とんでもない目に遭いながらも正義を貫いたんだ。今この場に限っていえば正しい行いとはいえないかもしれない。


だが見方を変えれば…私は人を一人助けられた。そう思えば…。


「はぁ〜〜そう言われると私も弱いじゃん〜、取り敢えずアジトに戻りましょ。その人保護する必要があるよ、誰かに見られる前に早く」


「あ、ああ。悪いなデティ」


「うん、だから挽回の策をお願い、メルクさん」


「ああ、任せろ」


ニッ!と笑ってくれるデティと共に私達は一旦アジトに戻ることにする…しかし。


……本当にこれからどうしよう。


………………………………………………………


「よっこいせ、外れましたよ、ナリアさん」


「外れたのではなく、壊したのでは…」


そしてエリス達は水の迷宮を超えて、その先にあった壁を壊し、排気口があったのでそこに潜り込み、換気扇をガコッ!と外し…新たなエリアへと進入することに成功した。


「ここからは見張りがいそうですね、あちこちに魔力を感じます…ナリアさん、気をつけて」


「はい…」


エリス達が忍び込んだのは、鉄の壁や床で覆われた巨大な作業エリアだ。この感じは見覚えがある、初めてチクシュルーブに来た時見た地下工場だ。


ということはエリス達は遂にチクシュルーブの地下工場に入ることが出来たんだ。ここにソニアの言っていたヘリオステクタイトがあるのかな…。


「にしても暗いですね…暗視を使いますか」


「そうですね…って、広ッ!?」


恐らく今この工場は休憩時間が何かで動いていないんだろう、なので暗いので暗視を使って見ると…これがまぁ広い。天井が見えない、向こう側の壁が見えない、横を見ても左右に壁がない。


どんだけ広いんだここ…。


「なんか作ってそうな気配がビンビンしますね」


「魔女に匹敵する兵器を作るにはもってこいです」


この感じ…アレだな、ラクレスさんがジャガーノートを作っていた地下工場に似てるな、ってことはアレに匹敵するくらい巨大な何かがあるんだろう。


とはいえこうして見回してもあちこちに柱しかないし…それらしい兵器はない。ナリアさんと一緒に歩き回っても…それっぽい物は見当たらない。


「ないですねエリスさん」


「ここじゃないのかなぁ…」


「うーん…あるのは柱ばかりで…ってあれ?」


「どうしました?ナリアさん」


「いや、この柱…大理石?いや大理石みたいな鉄だ…」


ふと、ナリアさんは屹立する柱の一つが周りの鉄壁や鉄床とは違う材質であることに気がつく。おかしいな、普通柱も床と同じ材質のはず。


そう思い見て見ると、確かにこの柱だけ白い…ってぇ!?


「うげぇっ!?なにこれ、気持ち悪いデザイン…!」


柱をよく見て見ると、無数の腕や人が巨大な剣に絡みつくような薄気味悪いデザインをしていた。まるで地獄を表しているかのようなデザインだ…なにこれ、気持ち悪いぃ〜。


「おお、ナイスなデザイン。まるで戦乱に喘ぐ人々がそれでも戦乱に縋り付くような…戦争という事象の矛盾性を表したかのような良デザイン。6点」


「絶賛した割には低いですね…しかしこれなんでしょうか」


でっかい彫刻のようにも見える、されどこの工場の持ち主はこんなところに彫刻を飾るような人間ではない。それこそ…これが兵器なのだろうとしか思えないが、どういう物なのか。


なんかないかな、説明書とか…ないよな。仕方ない。


「はぁ、仕方ありません。この手の使い方はリスクがありますが…」


魔力を静かに高めながら内へと逆流させる。今目の前に兵器と思われる存在があるならこの手の使い方もある意味ありかもしれないな…。


「『超極限集中状態』…!」


「あ、魔力覚醒…」


一日十数分しか使えないエリスの切り札だ、これを使わねばエリスの最強形態『ボアネルゲ・デュナミス』が使えない、だからおいそれと使うわけにはいかないのだが…同時に、超極限集中状態なら識の力によりエリスにとって未知の存在であっても一目見ただけで理解することができる。


これがなんなのか、どういう使い方をする物なのかをね。


「これで調べてみます、少々お待ちを」


淡く光る瞳で彫刻を見上げる…すると様々な文字が知識として浮かんでくる。


…名前は……ヘリオステクタイト…?これが!?


「これです、これがヘリオステクタイトです」


「え?これが?ただの彫刻に見えますが」


「いえ、これは…間違いなく兵器です」


飛び込んでくる情報はどれも驚愕のものばかりだ。


『起動すれば魔力で空を飛び設定した対象に向け降下を行う』


『莫大な魔力を一気にエネルギーに変換し核融合魔術を使用し更に絶大なエネルギーによる爆発を発生させます』


『爆発すれば国家に大損害を与える規模の大爆発を発生させる』


『魔女の古式魔術に匹敵する威力』


『十発ほどあれば魔女大国を滅亡させられる』…など、どれもこれも頭が痛くなるような情報だ、ソニアはこんなものを作っていたのか。確かにこれがあれば魔女大国の優位性は失われるだろう、魔女という存在の特別性は失われ…オウマの言ったような魔女が介在しない争いが世界中で勃発する。


最悪の兵器だ…だが同時に気になる情報もある。


『発射に必要な魔力量』


『起動に必要な魔力量』


『核分裂使用魔術に必要な魔力量』


これらが全て常軌を逸する額なのだ、具体的に言うなればエリスが全魔力を使っても発射させるので精一杯、起動も爆発も…それに必要な魔力量が現実的じゃない。


「どうやって動かすつもりだ、魔蒸機関だけじゃとても賄いきれない…これは、一体どうやって…」


そう思い、エリスはヘリオステクタイトに軽く触れる…と同時に、流れ込んで来る情報。それはつまり今エリスが疑問に感じている事柄への…答えだった。


「ッッッッッ!?!?!?!?」


「え、エリスさん!どうしたんですか!?」


ビリビリと衝撃を受けたようにエリスの体は跳ね上がる…今入ってきた情報は本当か?何かの間違いじゃないのか?この兵器を動かす原動力は…え?


「ッ…嘘だ!」


「ちょっ!?」


拳で殴る、ヘリオステクタイトを全力で殴る。何度も何度も殴りつけ、彫刻を崩し壊していく。


「ちょっとエリスさん!これ爆弾!爆発したらまずいですよ!」


そんなナリアさんの言葉を無視してエリスは拳を叩きつけ、外表を破壊し…その内部に目を向ける。ヘリオステクタイトが爆発するためには大量の魔力が必要だ…起動や発射は外部から魔力を注入すればいいが爆発だけはそうもいかない。


となると、大量の『魔力源』が必要になる。魔力機構だけじゃ賄いきれない莫大な魔力が…なら、ソニアはどうしたか。その答えが…ここにある。


「穴が開いた…」


「え?あ、本当だ────────え?」


「ですが…これは」


簡単だった、ソニアが…何を爆薬代わりに使っているかなんて。ああそうだ、魔力機構だけじゃ足りない…ならもっと高密度の魔力を作れるものを使えばいい、この世で最も大量の魔力を作る物はなんだ?


「エリスさん…これ、中に入ってるのって…」


「……………はい……」


…つまり………。



「…人間です」



開かれた穴を見つめる、そこには肌を白く染め…白い眼球を開き、時折苦痛の呻き声を上げる人型の何か、いや…人間だったそれが何重にも折り重なり敷き詰められていた。ヘリオステクタイトの中に大量の人間が入っていたんだ。


識確の力がつげた結論はこうだ。


『ヘリオステクタイトは内部に搭載された人間の魂を燃焼させる事で、エネルギー不足の問題を解決している』…と、これは全て生きた人間…いや生きていた人間と言うべきか。


「え…人間…?本物の…?」


「はい、ですが既に『処置』は終わっているようですね」


当然そのまま人間を入れても機能しない、それなりの『改造処置』を行わなければいけない。既に内臓は動いていない、恐らくだが脳も機能していない、ただ魂が肉体に入っているだけの状態だ。


ただ…問題は魂があるという事で、魂があるということはつまりある程度の感情があるという事。もしかしたら自分達がどういう状態か、これからどうなるかを理解している可能性があるという事で……。


「…何人いるんですか?」


「これ一機につき五百人です…ですが」


「……一つにつき五百人、なら…」


エリスとナリアさんは周りを見る。この部屋には大量の柱が…いや、ヘリオステクタイトがある。その総数は千を超えている、五百人の魂が入った兵器が…千機あるのだ。既にその被害者の数は途方も無いものになっている可能性がある。


「……助けられますか?」


「無理です、識確もそう告げています。この処置は不可逆でありもし人間を中から取り出すことが出来ても魂が即座に霧散するので…生きて取り出すことは出来ません、それに…これを作った人間はそれを危惧しているからか、人間が一人でも取り外されたら即座に爆発するように作ってある」


「これが一つでも爆発したら、他も連鎖的に爆発しますよね」


「そうなったらマレウスが消し飛ぶだけじゃ済みません、最悪カストリア大陸に大穴が開きます」


「…………」


これを作った人間は…そういう風にこの兵器を作っている。そう…この兵器を作った…ソニアは。


「ッ…ソニア!遂に狂ったかッ!!」


ソニアは人間を材料に最悪の兵器を作り上げたッ!倫理観を捨てて!人として持ち合わせているべき最低限のラインを超えて!奴は作ってしまった!ヘリオステクタイトという悪魔の発明を!


一機作るのに五百人の人間の命を使うヘリオステクタイト…、こんなもの存在することさえ許してはいけないッ!何より…何よりも…ッ!


「…………すみません、メルクさん」


エリスは目を細める、俯く、項垂れる。エリスの目には今目の前で呻き声を上げる白い人間達一人一人の名前が浮かんでいる。識確はそこまでエリスに教えてくれる。だから分かるんだ…この中に…ローン社長がいる事が。


昨日攫われたローン社長が、既にヘリオステクタイトに取り込まれているんだ。


「助けられませんでした…」


つまりそういう事なんだ、今フレデフォードで起こっている連続失踪事件とは…そういう事なんだ。エリスはてっきり攫われた人達は何処かに囚われている物とばかり思っていたが。


事実は違った、攫われた人達はここで殺されているんだ。殺されてヘリオステクタイトの一部にされてしまっているんだ。ローン社長はもう…死んでいる、攫われてしまった人達はもう戻らないんだ。


(そうか、地下に街を作ってまで地下街の住人を生かして居着かせているのは、ヘリオステクタイトの部品を確保しておくためだったんだ…)


つまりあの街は、丸々全部…ヘリオステクタイトの爆薬保管庫ってわけか。


「エリスさん…」


「是が非でも止めましょう、何が何でも────ッ!?」


瞬間、暗闇に包まれていた部屋に一気に光が灯る。奥の大きな扉から作業員と思われる人たちがゾロゾロとやってきた。


まずい、また工場が作動し始めた…何処かに身を隠して…。


いや…。


「エリスさん、人が来ました…」


「はい、少々お待ちを」


「へ?」


エリスはナリアさんの手を引いてヘリオステクタイトの物陰に隠れると…近くを歩く作業員に目をつける。フレデフォードの作業服とは違い白く清潔な作業服を着た作業員二人…そちらに目を向け。


「フッ…!」


「あがっ!?」


即座に飛び出し背後から首元を手刀で叩き気絶させ、再び物陰に隠れ…。


「ナリアさん、この作業服を着てください。これで潜入します」


「あ、はい。この服を脱がした作業員はどうします?」


「この辺に隠しておきましょう」


そして服を脱がし、ヘリオステクタイトの彫刻に隠れるように寝かせておく。あんまり長いこと置いておくことは出来ないが…どうせ直ぐにここから帰るんだ。


でも、まだ帰るわけにはいかない、もう少し調べないと…。


「よしっ、行きますよ」


「はいっ!」


そして作業服を着て、帽子で顔を隠しつつエリス達は他の作業員達に紛れるように走り出す。調べたいのは…ソニアはこの兵器をいつ動かすのか。


もうヘリオステクタイトは完成している、なのにソニアはまだ動いていない…ならいつ動き出す?もう時間の猶予は殆どないだろうから、せめてそれを調べておかないと!


「おい、完成品は今幾つある?」


すると、作業員の中でリーダー格と思われる人間が他の作業員と話しているのが聞こえ、エリス達は見つからないように盗み聞きする。


「今大体千機程です」


「ううむ、ヘリオステクタイトの在庫数的にはもう少し欲しいな。追加で五百ほど作ろう」


「ハッ!ですがもう魂の器がありません。今日の追加分がまたフレデフォードから届かず…」


「何ぃ?エラリーの奴…何をしているんだ、職務怠慢だぞ全く」


胸糞の悪い話をしているな…、しかしやはりエラリーがここに人間を送っているのか。そしてここ人間はみんなヘリオステクタイトの材料が人間である事を知っている…まぁ当然か。


「このままではアルフェルグ・ヘリオステクタイトの建造が間に合わんぞ」


(…アルフェルグ・ヘリオステクタイト?)


ふと、リーダー格が忌々しげに呟く。聞きなれない単語が出てきたな…普通のヘリオステクタイトとは違うのか?


そう思っているとリーダー格と作業員が何やら壁の方を見つめている…。


「アルフェルグ・ヘリオステクタイトさえあれば他の国々がヘリオステクタイトを持っても理想街が優位に立てる。つまりアレが完成しない限りヘリオステクタイトを全国に売り払う事ができん」


「チクシュルーブ様の切り札ですからね、アレさえ完成すればヘリオステクタイトをサイディリアルに撃ち込んでこの国の執政を一気に乗っ取ることも出来るのに」


「ああ、エラリーはそう言った大切な部分を担っている事を理解しているのか…?今一度話し合う必要がありそうだな」


アルフェルグ・ヘリオステクタイトはソニアの切り札…そしてそれが完成したら、サイディリアルにヘリオステクタイトを撃ち込む!?そんな事をしたら凄まじい数の人が死ぬぞ!?


それこそレギナちゃんや…ステュクスまでッ!


「表面は出来た、後は人間の魂をこめるだけだ」


というかさっきから二人はどちらを見て話しているんだ?さっきから壁の方を見て…何もないのに……。


いや…待て、よく見たらあの壁…色が違うぞ、他は全部鉄の壁なのに、あそこの壁だけ色が白い…まるで大理石のような…まさか。


「…っ!?エリスさん、あの壁…壁じゃありません」


「あ…ああ…、嘘…でしょ…?」


見上げる、白い壁を見上げる、そこでエリス達はようやくそれが壁じゃないことに気がつく。あれは壁じゃない…壁のように見えるほど巨大な…ヘリオステクタイト!


(あれが、アルフェルグ・ヘリオステクタイト…)


ヘリオステクタイトの千倍…いやそれ以上の大きさを持った超巨大なヘリオステクタイト…。巨大な腕が天を掴むように手を広げた形をした超々巨大な彫刻を、エリス達はずっと壁だと勘違いしていたんだ。


識確の力で読み込む、その威力は…カストリア大陸を一つ丸々消し去る程の威力。こんなもん切り札としても使えないぞ…、使ったら最後…みんな死ぬ。


(しかもアレ、内蔵人数が十万人って…)


「このままチマチマ人間を集めていてもキリがないな、これは…エラリーの言う一斉確保に期待するしかないな」


(一斉確保…まさか)


リーダー格の言葉で点と点が結びつく。フレデフォードの住人は…十数万人、十万人の人間を必要とするアルフェルグにさらに追加の五百機のヘリオステクタイト。


…まさかアイツら……。


「一週間後が楽しみだ、地下の人間全員を一気に魂の器にすれば計画が一気に進む」


「ッッ……!」


一週間後だ、一週間後に一斉確保が始まる!そうなったら地下の人間全員ヘリオステクタイトの燃料にされるッ!


(まずい!直ぐに戻ってみんなに知らせないと!)


この件は直ぐにでも共有しないといけない!エラリーが一週間後に人々を連れ去ろうとしている事を!みんなが殺されようとしている事を!


「ナリアさん、戻りますよ…ナリアさん?あれ?」


ふと、ナリアさんがいないことに気がつく。あれ?ナリアさん何処に行った?と識確の力でナリアさんを探すと…。


「あんなところに…何をしてるんだろう」


見れば壁際に取り付けられた階段を上がった先にあるキャットウォークの上でナリアさんが何かをしている。考えなしに興味本位であんな事をする子ではない、何かあるんだろうとエリスは慌てて駆け抜け階段を上がりナリアさんに駆け寄ると。


「ナリアさん、何をしてるんですか?」


「あ、すみません…色々写真を撮っておこうと思って」


「なるほど、確かにここからなら画角的に全部収まりますしね」


なるほど、写真か。カメラも持ってきていたからそれを使ったのか。でもあんまり目立つようなことはやめてほしいな…ん?


「あれ?何ですかこれ」


「え?あ、変なの写っちゃった」


ふとナリアさんの写真を見ると変なものが写っていることに気がつく、それはキャットウォークの手摺り、つまりエリス達の目の前にある。手すりに取り付けられているのは…ボタン?


「何だこれ」


五十近くのボタンが配置された基盤のようなものを見つける、そこには『操作盤』と書かれており…、ふむふむ識確はこれを『ヘリオステクタイトの発射などを取り行う操作盤だ』と伝えている。


「このボタン…正しい手順で押せば発射やその他の操作を行う事ができるようです、それぞれの操作を行う前に暗号が設定されてるみたいで…ええっと暗号は……」


「え?じゃあこれ今のうちに壊しておきます?」


「壊した結果いきなり全部発射…なんてことになりかねないのでやめておきましょう」


「そ、そうですね」


「ともかく今は戻りましょう、今すぐ共有したい事が……」


「そこのお前達」


「ッ…!?」


瞬間、エリス達以外の声が響く…別の人間に…話しかけられて…。


「は、はい…」


咄嗟にエリスは声を低くして、帽子で顔を隠しながら声のした方見ると…そこには。


「悪いが、聞きたい事がある…」


(ガウリイルッ!?!?)


黒衣の拳闘士…逢魔ヶ時旅団の最高幹部ガウリイル・セレストが…エリス達を見下ろして立っていた。


やばい…バレたか…!?今こいつに見つかるのは非常にまずい!今一番バレたくない相手に見つかってしまった!


「あ、はい。なんでしょうか、ガウリイル様」


するとナリアさんが毅然とした態度で、かつ声を若干変えてガウリイルに対応する。流石だ…流石の対応力だ。


「いや、それが主任を探していてな…知らないか?」


「主任?それならあちらに」


「ん?ああ、居た。助かったよ」


「いえいえ」


ナリアさんは先程話していたリーダー格を指差し紹介すると、ガウリイルは納得してエリス達に礼を言って去っていく。バレなかったのか?顔見られた気がするが…気づいていないフリで罠に嵌めようとしてる?


うーん…なんかアイツ異様に鈍感だったな、それにナリアさんの咄嗟の対応のおかげで助かった。


「ありがとうございます、ナリアさん。でもよくアレが主任だって分かりましたね」


「いえ、『それならあちらに』で切っておけばガウリイルさんが主任かどうか判断してくれます、違いそうなら『居る方に聞いてください』と続ければ違和感なく他人に押し付けられるので、少なくともあの人が立場ある人であることに変わりはないので多分分かるはずでしょうし」


「おお…」


そんなことまで考えて…やっぱりナリアさんは頼りになる。


『すまん、主任。聞きたいことがあるんだが…』


『おや?ガウリイル様。今は西棟の見回りの予定のはずでは?』


『そうだったか?まだよくスケジュールを覚えていない』


『いやこの仕事初めて四年目ですよね貴方…』


するとガウリイルは主任に向けフレンドリーに話しかける。話の内容を聞くに…多分ガウリイルはあまり仕事が出来る方ではないようだ。まぁいい、今のうちにメルクさんの所に帰ろう…。


『それで聞きたいこととは?』


『あそこの換気扇が壊れている、何者かが入った形跡があるが主任は知っているか?』


『え!?』


(なっ…!?)


ガウリイルは何気なしに換気扇の方を指差している、それはエリス達が侵入した換気扇、しまった…あんまり目立たないところにあるから見つからないと油断していた!


『あと全裸にひん剥かれている作業員も見つけたが、アレも業務の一環なのだろうか』


『し、侵入者ですよ!侵入者ッ!全員警戒体制ーーッッ!?』


しかも隠しておいた作業員も見つかって…やばい、ガウリイル…仕事は出来ないようだけど。


それでもアイツは一流の傭兵なんだ…!他の奴らとは洞察力がまるで違う!まずい!バレた!


『む…?警戒体制って言われたら…全員が帽子を取るって決まりだったな』


『え?ええ』


『……あそこの二人は、どうなんだ』


「……やばい」


ガウリイルの視線がこちらを向く。作業員達の視線がエリス達に注がれる。


………これは、完全にバレた。

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